『………………』
 気まずい。
 それが、鷲悟とセシリア、二人の共通見解だった。
 同じ部屋であることが判明し、セシリアが折れたことでひとまず現状維持ということになったのだが……だからと言って、風呂上がりのセシリアと出くわしてしまった気まずさが払拭されるワケではない。
 結局、一夜明けてもこの調子。おかげで昨夜の夕食も、今食べている朝食もロクにのどを通らない。
 と――
「あぁ、鷲悟」
「一夏……?」
 やってきたのは一夏だった。となりには箒もいる。
 と――ふと鷲悟は気づいた。
「そっか……
 オレが“そう”だったってことは、一夏もそうなんだよな」
「いきなり何だよ?」
「いや、部屋割の話」
 それだけで通じたらしい。一夏の表情が目に見えて渋くなる。
「…………お前もか」
「あぁ」
「ちなみに相手は?」
「セシリア」
「マジか!?」
「マジ。
 一夏は?」
「箒」
「あー、それで」
 納得して鷲悟は一夏のとなりの箒に視線を向ける――が、ぶすっとした表情で顔を背けられてしまった。
「…………何かあった?」
「まぁ、な……」
「そうか……」
 自分の方もアレコレあった手前、それ以上の追求はやめておくことにした鷲悟であった。

 

 


 

第3話

鮮烈Vividデビュー!
一夏のIS、その名は白式びゃくしき

 


 

 

『えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!?』
 その日、朝のSHRはみんな(真耶含む)の大声から始まった。
「……えっと、柾木くん、本気……ですか?」
「はい。
 クラス代表、辞退します」
 念のために尋ねる真耶に、鷲悟は改めて大声の原因になった発言を繰り返した。
「だって、クラス代表ってことは、クラス対抗戦とかも出なくちゃいけないでしょ?
 IS操縦者じゃないオレがやるのは、いろいろと問題があると思うんですよ」
「そ、それは……そうですけど……」
「そんなワケで、クラス代表はセシリアに譲ることにします。
 セシリアの実力なら、代表として申し分ないしね――実際やり合った身として、そこは断言させてもらいますよ」
「ま、まぁ、当然ですわね」
 真耶に答える鷲悟の言葉に、ほめられて悪い気のしないセシリアだったが――千冬がポツリ、と口をはさんだ。
「本音は?」
「ISがない以上、クラス代表になっても対抗戦以下IS運用を必要とする行事は別の人に頼むしかない。事情を知らない人は間違いなくそれについて事情説明とか求めてくるだろうし、その度に説明するのはぶっちゃけめんどくさい。
 となれば、さっさとセシリア辺りに押し付けちゃうのが一番かな、と」
「今聞き捨てならないことを言いませんでしたか!?」
 サラリと答えた鷲悟に食いついたのはもちろんセシリアだ。
「『面倒』って……鷲悟さん、あなた、そんな理由で代表を辞退するんですの!?
 このわたくし、セシリア・オルコットを倒すという名誉ある勝利を手にしておきながらっ!」
「一応、さっき山田先生に言ったのもちゃんとした理由のひとつではあるんだけどね。
 まぁ、クラス代表って要は委員長でしょ? そういう意味でも、仕切りたがりなセシリアは適任なんだって。
 別にいいじゃん。立候補してきたんだし、なりたかったんでしょ?」
「なる経緯が問題なんですっ!
 鷲悟さん、あなたはこのわたくしにお情けで代表の座につけと!?」
「なれるんだからいいじゃんか! タナボタと思っとけよっ!」
「断固拒否いたしますわっ!」
「ぐぬぬぬぬ……っ!」
「むぅ〜〜……っ!」
「フーッ!」
「シャーッ!」

「…………どこの野良猫のケンカだよ、お前ら」
 言葉が交わされるほどにどんどんレベルが低くなっていくやり取りに、思わず一夏がツッコんで……二人の動きが止まった。
 その視線が同時に、同一の方向へと向けられて――
「……と、いうワケで、協議の結果残る候補のお前に任せることになった」
「がんばってくださいね、一夏さん」
「ツッコんだのが裏目に出た!?」
「仲がいいのか悪いのか、どっちなんだ、お前達は……」
 今度は千冬がツッコんだ。



「……あぁ、そうだ、織斑」
 結局、渋った一夏の抵抗もむなしくクラス代表は一夏で本決定。SHRが終わり、頭を抱える一夏に向け、千冬が思い出したように声をかけてきた。
「代表に決まったワケだが……お前のISは、準備に少し時間がかかる」
「へ?」
「予備の機体がない。
 だから、少し待て。学園で専用機を用意するそうだ」

 ――ざわっ……

 その千冬の言葉に、にわかに教室がざわついた。
「せ、専用機!?
 一年の、しかもこの時期に!?」
「つまりそれって政府からの支援が出てるって事で……」
「あぁ〜、いいなぁ……
 私も早く専用機欲しいなぁ」
「んー……」
 ざわつく教室の様子に、事情の飲み込めない鷲悟はとりあえず手近なところにいたクラスメイトに話を聞いてみることにした。
「ねぇ……専用機がもらえるってそんなにすごいことなの?」
「もちろんだよ!
 ISは世界に467機しかないんだから。そんな中で専用の機体がもらえるんだよ?」
「よっ、467!? たった!?」
「ISの中心に使われている“コア”の技術は、一切開示されてないの」
 それでは自分達のいた地球での、全人類に対するブレイカーの比率よりも少ないじゃないか――思った以上に少ないISの機体数に驚く鷲悟に、別のクラスメイトがそう補足する。
「現在、世界中にあるISは467機。そのすべてのコアは篠ノ之束博士が作成したものなのよ。
 けど、そのコアは完全なブラックボックスになっていて、篠ノ之博士以外には誰もコアが作れないの――しかも、博士はコアを一定数以上作ることを拒絶していて、各国、企業、組織、機関では、それぞれ割り当てられたコアを使って研究や開発、訓練を行なうしかない状況なの」
「ふーん……
 けどさ、そんな状況なら、どこぞの三文フィクションじゃないけど、どっかの国とか組織とかがムリヤリ博士に作らせる……とかやりそうなものだけどねぇ」
「それが、博士、ある日突然姿消しちゃってて……今、全世界規模で行方不明なの」
「……まさか、今オレが考えたようなことを先読みして……とかじゃないだろうね?」
 思わず苦笑するが……とにかくだいたいの事情はわかった。騒ぎの中心にいる一夏へと視線を戻し、
「で、そんな貴重なISを、そいつ専用に使ったのが、専用機ってことか……」
「そういうことだ」
 答えたのは千冬だ。一夏へと視線を向けたまま続ける。
「本来なら、IS専用機は国家、あるいは企業に所属する人間にしか与えられない……が、織斑は状況が状況なので、データ収集を目的として専用機が用意されることになった。
 理解できたか、織斑?」
「な、なんとなく……」
「なるほど、ねぇ……
 事情が特殊だってのはともかくとして、専用機をもらえるのはすごいこと、ってのはわかった」
「そう、すごいことなんですのよ!」
 鷲悟の言葉に胸を張るのは、いつの間にかとなりにいた専用機持ちセシリアである。
「世界でISは467機、その中でも専用機を持つ者は、言わば全人類60億超の中でもエリート中のエリートなんですのよ」
「そ、そうなのか……?」
「えぇ。
 そんな専用機持ちのひとり、このセシリア・オルコットを倒したのですから、鷲悟さんはその自覚をもっと……」
「この世界の人類って60億超えてるんだ……」
「え!? 柾木くんにとっての重要ポイントってそこっ!?」
 傍らのクラスメイトからツッコまれるが――
(…………『“この”世界の』……?)
 セシリアは鷲悟の言葉に周囲とは異なる違和感を感じていた。どういうことかと口を開き――
「…………あれ?
 でも、『“篠ノ之”束博士』って……」
 鷲悟も鷲悟で別のことに気づいていた。首をかしげ、その視線を箒に向ける――そんな鷲悟にうなずき、千冬は答えた。
「そうだ。
 篠ノ之はあいつの妹だ」

 ――ざわっ……ざわっ……

 その千冬の言葉に、再び教室内がざわつく――世界を一変させる発明をした人物が行方不明で、しかもその身内が目の前にいる。確かに話題性には事欠かないが……
「えぇぇぇぇぇっ!? す、すごい! このクラス、有名人の身内が二人もいる!」
「ねぇねぇ、篠ノ之博士ってどんな人!? やっぱ天才なの!?」
「篠ノ之さんも天才だったりする!? 今度ISの操縦教えてよ!」
 瞬く間に箒の周りに人だかりができる――このノリの切り替えには、鷲悟は正直ついていけずに苦笑するしかない。
 が――


「あの人は関係ないっ!」


 喧騒を断ち切ったのは、突然立ち上がった箒の上げた大声だった。
 いきなりの大声に、周りの女子達も目をぱちくりとさせていて……その様子に、思わず大声を上げた箒もようやく我に返った。
「…………大声を出してすまない。
 だが、私はあの人じゃない。教えられるようなことは、何もない」
 言って、箒は席に座り直すと窓の外に顔を背けてしまう。女子達は盛り上がったところに冷水を浴びせられた気分のようで、それぞれ困惑や不快を顔に表していて――
「あのさ、篠ノ之さん」
「柾木か――たっ!?」
 声をかけられ、振り向いた箒の顔がのけぞる――目の前までやってきた鷲悟が、箒の額にデコピンをお見舞いしたからだ。
「な、何を……」
「それはこっちのセリフだ」
 一撃を受けた額を押さえた箒がうめくが、鷲悟はむすっとした顔で応じた。
「自分の家族の話だろうが。
 『自分はあの人じゃない』ってのはまだわかるけど、『関係ない』ってのは何だよ?」
「お前には関係――」
「なくない」
 再び箒の額にデコピンが炸裂した。
「見ちまったし、聞こえちまった……“目撃者”という名の立派な関係者だ。
 関係者として、お前が自分の家族を悪く言ってるのは見過ごせない。
 何より、傍で聞いてるだけでもいい気分しないしな」
 本当に気分を害したのか、その口調もセシリアとの決闘の時のように遠慮がない――言って、鷲悟は真っ向から箒の胸元に人さし指を突きつけ、強い口調で告げる。
「いいか。血を分けた肉親に刃を突き立てるのは、外道以下の所業だ――そしてそれは、言葉の刃でも変わらない。
 たとえその身が世界中の敵となって、明日討ち滅ぼされることになっても、最後の最後まで味方でいてくれるのが肉親なんだ。
 そのことだけは……何があっても忘れんじゃねぇ――オレが言いたいのはそれだけだ」
 それだけ言い残して、鷲悟は箒の席の後ろ、いくつか席をはさんだ自分の席に戻り――
「すごいね、柾木くんっ!」
「いいこと言うじゃない!
 私、感動しちゃった!」
「柾木くん、おっとなー♪」
「え? な、何?」
 今度は鷲悟が、今のやり取りに感心したクラスメイトに取り囲まれてしまった。
「やっぱり、お父さんとかお母さんとかの教え?
 ねぇねぇ、どんな人なの?」
「でも、今は千冬様が保護者なんだよね?」
「千冬様のところに下宿してるとか?
 ……あれ? でも寮入ったんじゃ違うよね……?」
「あ、いや、えっと……」
 興味津々といった様子のクラスメイト達に、鷲悟はさっきの箒への勢いもどこへやら。ただただ圧倒されるばかりで……その後、一時間目の授業が始まるまで延々と質問攻めにあうのだった。



「あー、ちかれた……」
「ハハハ……お疲れさま」
 結局、昼休みに至るまで休み時間の度に質問攻めにあうハメになった。なんとか自分の出自や能力については当たり障りのないようにごまかすことができたが、正直かなり神経をすり減らした。
 と、いうワケで――現在思い切り机に突っ伏し、うめいている鷲悟に、一夏も苦笑まじりに労いの言葉をかけるしかない。
「一夏は相変わらず距離置かれてるってのに、なんでオレだけ……」
「なんか、箒に説教かましたのをきっかけに一気にタガが外れたような感じだよな」
「ぅっ……わ、私のせいか……?」
「あー、篠ノ之さんは悪くないから。
 説教かましたのはオレが勝手にしたことだからさ」
「まったくですわ」
 一夏の言葉にバツが悪そうにしている箒に答える鷲悟だが、そんな彼に対するセシリアの言葉はどこか冷たい。
「女というのはデリケートな生き物なんですのよ。
 なのに、不用意に距離を詰めたりするからそうなるんです。
 ……わたくしだって、鷲悟さんといろいろお話したいんですのに……」
「………………?
 セシリア……なんかヘソ曲げてない?」
 あからさまに機嫌が悪く、そっぽを向くセシリア。最後の小声の部分を聞き逃し、鷲悟が首をかしげるが――箒は知っている。
 クラスメイト達の勢いに押されて、しぶしぶ質問に答えていくことで明らかになっていく鷲悟のプライベートのアレコレを、セシリアが逐一メモに書き留めていたことを。
「――ま、こんなところで凹んでいてもしょうがないだろ。
 鷲悟、メシ食いに行こうぜ」
「そうだな。
 セシリアはどうs
「ご一緒させていただきますわっ!」
「お、おぅ……」
 そっぽを向いていたのが一転、ものすごい勢いで食いついてくるセシリアに圧倒される鷲悟に苦笑しながら、一夏は箒にも声をかけた。
「箒、メシ食いに行こうぜ」
「わ、私は……いい」
 どこか気まずそうに顔を背ける箒に一夏がため息をつくと、そんな一夏に鷲悟が耳打ちする。
「さっきといい今といい……篠ノ之さんって、ひょっとして人付き合い苦手?」
「あぁ。
 昔っから、目を離すとすぐ集団から浮くんだよな、箒って」
「聞こえているぞ、そこの二人」
 ギロリ、と箒ににらまれた。



「そーいやさ」
「ん?」
 結局、箒もついてきた。四人でテーブルを囲んでの食事中、鷲悟は思い出したように一夏に声をかけた。
「一夏のIS、いつ届くか……具体的な日付とか聞いた?」
「あー、そーいえば『遅れる』ってことしか聞いてないな」
「そっか……」
 自分はともかく、当事者である一夏が聞いていないということは、本当に到着の予定日が定まっていないのかもしれない――返ってきた答えに納得し、鷲悟はハンバーグを切り分けることなく、箸で持ち上げてかじりつく。
「となると、それまで一夏はISでの訓練はできないワケか」
「まぁ、焦ってないけどな。
 ISについて、オレは知識の方も大きく出遅れてるからな――その穴埋めの時間ができると思えば、待たされるのも悪くないさ。
 それに、『ISを使っての訓練ができない』っていうだけで、身体を鍛えるくらいのことはできるしな」
 鷲悟に答え、一夏はほぐした鯖の塩焼きを口の中に放り込み――
「そういうことなら」
 唐突に箒が口を開いた。
「今日の放課後、剣道場に来い。
 一度、腕がなまってないか見てやろう」
「って、一夏も剣道やってたのか?」
「まぁな。
 中学入ってからは帰宅部で、しばらくやってなかったんだけど……」
「ふーん……
 ま、全国大会優勝の篠ノ之さんが教えるんなら、ブランクくらいすぐに埋まるんじゃね?」
 一夏の答えに鷲悟が肩をすくめて――
「待て」
 突然、箒が待ったをかけた。
 ただし、一夏ではなく、鷲悟に対して。
「なぜ貴様が、私が全国大会で優勝したと知っている?」
「え? だって昨日廊下で話してたじゃんか。
 全国大会で優勝し……たっ、て……」
 答えるその言葉は尻すぼみに消えていく。
 箒の視線が自分を刺し貫きそうなくらいに鋭さを増したから――そしてなぜかセシリアまで同じような視線を向けてきたから。
「鷲悟さん……まさかとは思いますが、篠ノ之さんと一夏さんの会話を盗み聞きしてらしたのかしら?」
「え? あ、いや……」
「聞いていたのか?」
「その、えっと……」
「聞、い、て、た、ん、で、す、の?」
「………………はい」
 すっかり縮こまってうなずく鷲悟を前に、女子二人は顔を見合わせ、
「……篠ノ之さん」
「皆まで言うな。
 人様の会話を盗み聞きするようなこの男の根性、お前に代わって私が責任を持って叩き直してやろう」
「よろしくお願いいたしますわ」
「………………え?」
 どうやら、放課後の特訓は自分も強制参加になったらしい。何やらわかり合っている二人に、鷲悟は思わず間の抜けた声を上げていた。



 そんなワケで、舞台は放課後の剣道場へと移り――

「はぁぁぁぁぁっ!」
「ぅだぁぁぁぁぁっ!?」
 次々に繰り出される竹刀を、鷲悟は懸命に弾いていく――が、箒の猛攻の前に、しのぐだけで精一杯だ。
 ちなみに、一夏はすでに箒によってK.O.済み。壁際にイスを借りて腰かけるセシリアのとなりで伸びている。
「剣道は、オレっ、専門外っ、なんだけど……ねっ!」
「何を言うかっ!
 武芸百般に秀でてこそ真の武士!」
「オレ、武士じゃないんだけどっ!」
「えぇい、大の男が泣き言を言うなっ!」
 言って、大きく斬りかかってくる箒の面打ちを前方に転がることでなんとかかわすが、箒はすぐにこちらへと反転してくる。
「だぁぁぁぁぁっ、もうっ!
 こうなったら、とことんやってやらぁっ!」
 再度の打ち込みを今度は横に転がって回避。体勢を立て直した鷲悟は壁際に跳んだ。
 そして手にするのは、そこにかけてあった予備の竹刀。
「二刀流とでも言うつもりか?
 素人がそんなマネをしたところで……」
「結局ブッ飛ばされるのは変わらない……わかってるさ、そんなことは。
 この二本目は……“長さを補うために使わせてもらうのさ”」
 箒に答えると、鷲悟は竹刀の柄尻同士を合わせ――竹刀が空中に霧散した。
 セシリア戦で重天戟を作った時と同じ、物質の分解と再構成――それはすぐに収束し、一本の棍へと姿を変える。
「お、お前、剣道部の備品を!」
「大丈夫。ちゃんと元に戻せるから!」
 竹刀を作り変えてしまったことにあわてる箒に答え、鷲悟は彼女に向けて思い切り打ちかかる。
 とっさに竹刀で弾く箒だが、鷲悟はその場で一回転ターン。再度箒にしかける。
 一見すると遠心力で速度が殺されそうだが――そう判断した箒が飛び込むよりも先に棍が襲いかかってきた。さすがにこれを受けるつもりはないか、箒は横薙ぎに放たれたその一撃をかわして距離をとる。
「………………なるほど。
 わずか数合の打ち合いでもわかるほど動きがよくなった……長物が貴様の本来の獲物か」
「セシリアとの対戦で重天戟じゅうてんげき見せてるだろ。
 その時点で……長物使いってことは頭に入れとこうかっ!」
 言って、打ちかかる鷲悟の攻撃を、箒はあるいは弾き、あるいはかわしていく。
「豪語するだけのことはあるな!
 ……だが!」
 告げると同時、箒が攻めに転じる――鷲悟も反撃に出るが、箒はその一撃をかわして鷲悟の懐に飛び込む。
「懐に入れば、手が出ま――がっ!?」
 箒の言葉は途中で途切れた――彼女の身につけた剣道の防具、その胴を衝撃が打ち抜いたからだ。
「代わりに足が出るわい」
 そう――鷲悟の蹴りだ。壁に叩きつけられた箒の眼前に棍の先端を突きつける。
「………………私の負けだ」
 ため息をつき、箒が降参するが――
「いんや、オレの負け」
 棍を引き、あっさりと鷲悟がそう答えた。
「そもそも、剣道の試合やってたんだよね――二本目の竹刀を手に取った、取らざるを得なかった時点でオレの反則負け。
 そっからの流れは、単なるオレの意地だよ――最初からなんでもありのルールでやってたら、篠ノ之さんの言う通りオレの勝ちだったんだろうけどさ」
「試合に負けても勝負には勝つ、か……」
「そのくらいには、負けず嫌いだからね」
 箒に答える鷲悟の手の中で棍が霧散、収束し、元の二本の竹刀に戻ると鷲悟の両手に握られる。
 そんな鷲悟に苦笑する箒だったが、不意にその表情が険しくなった。彼女の視線が向くのは――
「…………その気概を、一夏にも持ってもらいたいものだがな……」
「いや、意識刈り取られたら気概のあるなしなんて関係ないと思うんだけどなー」
 未だ目を回している一夏に落胆する箒に鷲悟がツッコみ、見学していたセシリアも思わず苦笑をもらす。
「だいたいさぁ、一夏本人が証言してるでしょ。『中学は帰宅部だった』って。
 ブランク全開の相手に全国大会優勝者が本気で打ちかかればこうなることくらいわかろうよ」
「うっ…………す、すまない……」
 さすがにやりすぎたと自覚したのだろう。身を縮こまらせる箒に対して、鷲悟は軽くため息をつくのだった。



「っつー……ひどい目にあった」
「ハハハ、ご愁傷様」
 寮に戻っての夕食時、打たれた頭をさする一夏に鷲悟は苦笑まじりにそう応える。
「鷲悟はいいよな。元々専門外って免罪符があるんだから」
「でもないよ。
 お前との会話を聞かれたのがよっぽどお冠だったらしくてさ……その上一夏が目を回してる間にルールの外とはいえオレが勝っちゃったもんだから、もうムキになることムキになること。
 結局、お前が起きるまでにさらに二戦、トータルで三連戦させられたんだぜ」
「フンッ。
 人の話を盗み聞きするような輩にはいい薬だ」
 ため息まじりに答える鷲悟に箒が返す……ちなみに二戦目、三戦目は剣道のルールの枠内にこだわった結果鷲悟の連敗。雪辱を果たしたためか箒はどこか上機嫌である。
「篠ノ之さんの言う通りですわ。
 人の話を盗み聞きするなんて、デリカシーに欠けますわよ、鷲悟さん」
「でも気になるだろ。
 セシリアだって、オレがクラスの他の子と、わざわざ場所を移してまで内緒話してたら気にならない?」
「そ、それは……」
 鷲悟の言葉に、セシリアが思わず答えに困る――「気になる」その理由に微妙にズレがあるような気もするがそれはさておき。
「……まぁいいや。
 そーゆーのはアウトなんだろ? 次からは気をつける。それでいいでしょ?
 それよりも今はメシだ、メシ。昨夜はそれどころじゃなかったし、朝は時間なかったし、昼は学食で量固定だし……その上剣道で動き回って、もうお腹ペコペコだぜ」
 そう話を切り上げて、自分の分の夕食を盛りつけていく鷲悟だったが――
「……なぁ……鷲悟」
「ん?」
「それ……全部食うのか?
 いくら寮の食事がバイキングだからって、ちょっと取りすぎなんじゃないか?」
 そう。一夏の指摘した通り、鷲悟の盛りつけた“夕食”はそのすべての器がデカ盛り状態。しかもそれが両手に一枚ずつ持ったトレイに限界まで乗せられているのだ。
 その光景に一夏が正気を疑うのも無理からぬ話だったが――鷲悟は不思議そうに聞き返した。
「え?
 『全部』って……」



「持ちきれないから一旦席に運ぶだけだけど?」







 そして……

「……ホントに全部食いやがった……」
「いったい何人分食べたんだ……?」
 呆然とつぶやく一夏と箒の目の前には、マンガの中でしかお目にかかれないような、テーブルの上に積み上げられた食器の山――しかもその大半がどんぶりや大きめのサラダボウルだ。
 そのあまりの威容に、同席した一夏達はもちろん、食堂にいる生徒達全員の注目を集めてしまっているが――
「ふー……食った食った。
 余は満足じゃ〜♪」
 その山を作り出した張本人は実に満足げだ本当に幸せそうなその笑顔に、セシリアなどは先ほどまでK.O.寸前まで癒されていたりしたのだが……幸い、みんな食器の山に意識が向いていて気づく者はいなかった。
「どうなってるんだ? お前の胃袋は……」
「まぁ……ちょっとばかり普通じゃない身の上なのは、否定しないけどさ」
「『ちょっと』で済まされる次元ではないような……」
 一夏に答える鷲悟にセシリアがツッコむ――先ほどまでは鷲悟の幸せオーラに癒されまくっていた彼女だが、さすがに我に返った今は目の前の食器の山にちょっとばかり引き気味だ。
「お前なぁ……ちゃんと腹八分目で終わらせておかないと後が辛いぞ?」
 たとえ普通じゃないにしてもこれは食べすぎだろう。ため息まじりに忠告する一夏だったが、
「失礼な。
 ちゃんと腹八分目に抑えたわい」
『腹八分目でコレ!?』
「ホントにどうなってますの? 鷲悟さんのお腹は……」
 もう一度、改めてセシリアがツッコんだ。



 そんな感じの日々がドタバタと過ぎていき、一週間……

「……遅いな」
「遅い」
「遅いねぇ」
「遅いですわね……」
 上から一夏、箒、鷲悟、セシリアの順――現在、彼らはアリーナのピットで待機中。
 というも、今日到着するはずの一夏のISが、まだ届いていないのだ。
 いや、少なくとも学園に届いたという話は先ほど聞かされたのだが……問題はその後だ。その報せがあったからこそここで待っているのだが、報せを受けてからゆうに1時間以上は待たされている。
「早くしないと、アリーナの使用時間終わっちまうぞ……」
「搬入に手間取ってるんでしょうか……?」
 顔を見合わせ、鷲悟とセシリアが話していると、
「お、織斑くん織斑くん織斑くんっ!」
 相変わらず落ち着きのない様子で、真耶がこちらへ駆けてきた。
「山田先生、落ち着いてください。
 はい、深呼吸。吸って〜」
「は、はい。す〜〜」
「吐いて〜」
「は〜〜」
「吸って〜」
「す〜〜」
「吐いて〜」
「は〜〜」
「吸って吐いて吐いて吸って吸って吸って吐いて吸って吐いて吐いて吐いて吐いて〜」
「すっ、すっ!? はっ!? げほげほっ!」
 鷲悟にいぢられた真耶がたまらずむせていると、
「目上の人間には敬意を払え、馬鹿者」
 鷲悟の頭に千冬の出席簿アタックが炸裂した。
「ってぇ……
 相変わらず容赦ないな、千冬さんは」
 パァンッ!と再びの出席簿アタック。
「いくら被保護者だろうと学校では『織斑先生』と呼べ。学習しろ。さもなくば死ね」
「ぅわ、そこまで言う……」
「鷲悟も苦労してるんだな……」
「さすが実の弟。わかってくれるか、一夏」
「あぁ。
 美人の割に彼氏がいないのはこの性格のせいだと思う……」
「ふんっ。
 馬鹿な弟と被保護者に書ける手間暇がなくなれば、結婚くらいすぐできるさ」
「“恋人作って交際”って前段階はないんですね……」
「その一足飛び具合がらしいと言うか……」
「それで、山田先生……一夏に用だったのでは?」
「あ、そうでした!」
 鷲悟と一夏が苦笑する傍らで箒が尋ねる――本来の用件を思い出し、真耶は一夏へと向き直り、
「きっ、来ました! 織斑くんの専用IS!」
「じゃあ、さっそくフォーマットとフィッティングですね」
「どこですか? 一夏のIS」
「……って、え? あれ?
 なんか……落ち着いてますね、二人とも」
「いや、だって、そのためにここにいるワケですし……」
「そんな時に、このタイミングで先生達が出てこれば、そりゃISが届いたんだなーってわかりますって」
「な、なんだか私だけがワタワタしてるような……」
 一夏と鷲悟に返され、真耶が何やらたそがれているがそれはさておき。
「搬入に手間取ったからな、アリーナの使用時間もギリギリだ。
 すぐにフォーマットとフィッティングに取りかかれ」
 千冬の言葉と同時、ごごんっ、と鈍い音がして、ピットの搬入口が開く――斜めにかみ合うタイプの防壁扉は、重い駆動音を響かせながらゆっくりとその向こう側をさらしていく。
 そして――

 純白のISが、一夏の前にその姿を現した。

「これが……」
「はいっ!
 織斑くんの専用IS、“白式びゃくしき”です!」
 声をもらす鷲悟に真耶が答えるのをよそに、一夏は千冬に促されて白式の納められたハンガーへと乗り込む。
「背中を預けるように……あぁ、そうだ。座る感じでいい。
 後はシステムが最適化する」
 千冬に従い、装甲を開いた白式に身を任せる。受け止められるような感覚の後、かしゅっ、かしゅっ、と空気の抜ける音と共に装甲が閉じていく。
 一夏と白式が“つながる”――視界が一気にクリアになり、各種センサーが告げてくる値が感覚として伝わってくる。
「ISのハイパーセンサーは問題なく動いているな。
 一夏、気分は悪くないか?」
「大丈夫、千冬姉。いける」
「そうか」
 一夏の言葉にいつもの調子で千冬がうなずく――しかし、白式のハイパーセンサーは、そんな千冬のどこかホッとしたような吐息まで正確に感知し、一夏に知らせていた。
「では、フォーマットとフィッティングに入る。
 柾木」
「はい?」
 なぜここで自分が呼ばれるのだろうか――首をかしげる鷲悟に対し、千冬はそれが当然だと言わんばかりにあっさりと告げた。

「織斑の相手をしろ」

「………………はい?」
「ち、ちょっと、千冬姉!? いきなり!?」
「ただ飛んでいるだけでは、白式も大して学習できないからな。
 時間が押していると言った――時間短縮には模擬戦が一番だ」
 突然の話に呆ける鷲悟とあわてる一夏、二人にかまわず千冬が告げる。
「まぁ、そんな事情よりも何よりも、とにかくやってみる、という体当たりの姿勢の方が織斑には向いている。
 柾木も、そういう手合いは嫌いではあるまい」
「ま、そうですけどね」
 千冬の言葉に肩をすくめると、鷲悟は一夏へと向き直り、
「……だそうだ。
 やるか、一夏」
「おぅっ!
 先に行ってるぜ、鷲悟!」
 まるで一夏のその返事を合図にしたかのように、アリーナへと続くゲートが開いていく――ゲートが開ききると同時、一夏は推進力を最大に引き上げ、ゲートへと飛び込んでいく。
 そして鷲悟も――
「じゃ、オレもいくか。
 …………セシリア」
「は、はいっ!?」
 いきなり声をかけられ、セシリアの声が裏返る――裏声で返してしまい、顔を真っ赤にするセシリアに対し、鷲悟はニカッと笑って告げた。
「よく見てな。
 前回は爆発に隠れて見えなかったオレの着装シークエンス全工程、きっちり見せてやるからさ♪」



「ブレイク、アァップ!」
 鷲悟が叫び、眼前にかまえた左手のブレイカーブレスが光を放つ。
 その光は漆黒の“力”の渦となり、鷲悟の身体を包み込むと人間に近い体格の双頭竜の姿を形作る。
 そんな中、鷲悟が腕の渦を振り払うと、その腕には鈍く輝く漆黒のプロテクターが装着されている。
 同様に、両足の渦も振り払い、プロテクターを装着した足が現れる。
 両腕を交差させ、勢いよく開く――身体を覆う渦を吹き飛ばし、ボディアーマーを装着した鷲悟の全身がこれであらわになった。
 両肩に残る双頭竜の首を形作った“力”が吹き飛び、その中から現れたカラミティキャノンが背中側に格納される――両肩のグラヴィティキャノン、両腕のバスターシールドが形成、装着されると、最後に目の前に生み出されたグラヴィティランチャーを左右それぞれの手でキャッチする。
 最後に額にヘッドギアが形成され、鷲悟が名乗りを上げる。
「敵への怒りを力に変えて、哀しき運命さだめを踏みつぶす!
 漆黒の暴竜、グラヴィティ・ジェノサイダー!」




「……と、まぁ、こんな感じかな」
「…………ぽー……」
「………………セシリア?」
「――は、はいっ!?」
「……お前、最近そればっかだな」
 完全に見惚れていた――声をかけられ、我に返ったセシリアに鷲悟が苦笑すると、
「しかし……その前口上はいるのか?」
「テンション上げるのに大いに役立ってます」
 呆れ半分、といった様子の千冬に対し、鷲悟はあっさりとそう答えた。
「オレ達の“力”は使い手の精神力に大きく左右されますからね。
 やってる場合じゃないような緊急事態でもない限り、極力やった方がスタートダッシュしやすいんですよ」
「緊急時でもできる方法を考えろ」
「そーゆー時は必死ですから、やらなくたってテンションいきなり最高潮ですよ」
 千冬の言葉に肩をすくめ、鷲悟は“装重甲メタル・ブレスト”の反陽子浮揚システムリパルサーリフトを起動、その場でフワリと浮き上がる。
 背中の推進システムが推進ガスを噴射。加速しながらゲートから飛び出していく――アリーナの空へとその身を躍らせ、鷲悟は先行した一夏を視界に捉えると同時に両手のグラヴィティランチャーを腰だめにかまえた。
「さて……踏みつぶすか」
 そのまま、迷うことなくトリガーを引く。放たれた漆黒の渦が一夏に迫るが、一夏もそれをヒラリとかわす。
「ISを使うのが二度目の割には、いい反応するじゃないのさ」
「白式のおかげだよ」
 鷲悟に答え、一夏は白式の兵装、近接戦用ブレードをかまえる。
「今度は……こっちの番だ!」
 言って、一夏が斬りかかるが、鷲悟はそれをかわし、逆に一夏に向けて砲撃の雨を降らせる。
「千冬さんはとにかくお前に動いてもらうのがお望みらしいからな!
 悪いけど、最初っから余裕をなくしてもらう……手加減しないぜ、一夏!」
「むしろするなよ! 男同士の戦いで!」
「同感だ……な!」
 答えると同時、グラヴィティキャノンによる砲撃――しかし、一夏はそれをかいくぐり、一気に鷲悟へと襲いかかる。
 対し、鷲悟は弾幕を強めてカウンターの撃墜を狙う。さすがにそのまま突撃を続けるのは難しいと判断し、一夏は距離を保ったまま次々に放たれる砲撃を片っ端からかわしていく――




「はぁ……すごいですね、織斑くん。
 とてもISの起動が2回目とは思えません」
 ピットでリアルタイムモニターを見ながらつぶやくのは真耶だ――確かに、一夏はセシリアを下した鷲悟に対し、今のところ懸命に喰らいついている。
「でも、柾木くんもさすがです。
 機動性で上回る白式の動きに、遅れることなくついていってます」
「何、柾木のやっていることは単純だ。
 オルコット。実際に柾木と対戦したお前なら、わかるだろう?」
「あ、はい……
 鷲悟さんは、とにかく空間の使い方が上手い……そう感じました」
 千冬に答え、セシリアはリアルタイムモニターに映る鷲悟の姿へと視線を向けた。
「自分よりも速い相手と戦い慣れている、とでも言えばいいでしょうか……ムリに追いかけるようなことはせず、最低限の機動とターンを駆使することで、相手を視界に捉え続けることを優先しているような印象がありましたわ」
「そうだ。
 柾木の“装重甲メタル・ブレスト”は確かにあの重武装をものともしない高機動戦闘を可能としているが、それでもISに“匹敵する”というだけで、本当の意味でISと対等に動けるワケではない。
 さらにハイパーセンサーがなく、索敵においてもISに譲る。相手を見失うことは致命傷につながる――そういった不利な点を、あいつ自身の工夫で補っているワケだ」
 うなずき、千冬は画面を――鷲悟をかく乱しようと飛び回る一夏の動きを目で追いながら続ける。
「そういった工夫ができるくらいには、柾木は経験を積み重ねている。
 織斑の勝機は正直言って少ない――が」
 と、そこで千冬の表情がフッと緩んだことに真耶だけが気づいていた。
「白式の性能をフルに引き出すことができれば……状況をひっくり返せる余地がほんのわずかだが増す」
「そうですか……
 やっぱりご姉弟ですね。織斑くんならできるって、信じてるんですね」
 なんとなくそう言った真耶に、千冬はハッと我に返り、咳払いなどしてみせる。
「ま、まぁ……なんだ。あれでも私の弟だからな……
「あー、照れてるんですかー? 照れてるんですねー?」
「………………」

 ぐわしっ。(←千冬が真耶の頭を脇に抱えた音)

 みしみしみしみしっ。(←千冬のヘッドロックが真耶の頭蓋骨を締め上げる音)

「いたたたたたたたたっ!」
「私はからかわれるのが嫌いだ」
「はっ、はいっ! わかりましたから、放し――あうぅっ!」
 頭を襲う激痛にぎゃあぎゃあと騒ぐ真耶の姿を見て、箒は思った。
(……キジも鳴かずば撃たれまい……)



(くそっ、オレ“が”白式“の”反応に追いつけていない……っ!)
 すぐ目の前を漆黒の“力”が駆け抜けていく――鷲悟の砲撃をギリギリのところでかわし、一夏の背筋を寒気が走る。
 ハイパーセンサーがその威力まで正確に見切り、どれだけのダメージが予測されるかまで正しく伝えてくるのもさらに恐怖をあおる。システムが優秀なのも考えものだ。
「なるほど……セシリアが距離を取りたがってたはずだ」
「一夏も下がるか?」
「冗談っ!」
 鷲悟に答え、一夏はさらに放たれる砲撃をかわすと突撃をかける――ブレードを振り下ろすが、鷲悟もそれをかわし、さらに砲撃の雨を浴びせる。
 しかし、決定打には至らない――対する一夏もそれをかわして再度の突撃。距離を詰めてブレードを繰り出す――



「何を遊んでいますの、鷲悟さんはっ!」
 一夏のブレードをかわし、後退しつつ砲撃――すでに四度目となる攻防に、セシリアは焦れったそうに声を上げた。
「わたくしを圧倒した鷲悟さんの実力なら、初心者の一夏さんのお相手なんて……」
「いえ……実力の問題じゃありません」
 つぶやくセシリアに答えたのは、千冬の制裁から生還した真耶だった。
「柾木くんの“装重甲メタル・ブレスト”、G・ジェノサイダーは近接戦闘を完全に度外視した、徹底的な砲戦仕様です。
 だから、自分と同じく距離を取って戦うタイプであるオルコットさんのブルー・ティアーズを圧倒することができたんです。近づかれる心配がない分、火力にものを言わせて押し切るだけでいいんですから。
 ですが、織斑くんの白式はその真逆の完全近接戦仕様……接近を許せば対応する手段のない柾木くんにとっては、かなりやりづらい相手のはずです」
「私が、織斑が白式の性能を引き出すことがあれば勝機も見えてくると読んだ理由もそこにある。
 柾木のG・ジェノサイダーにとって、織斑の白式は致命的に相性が悪い。両者の実力差すらも容易に埋めてしまうほどにな。
 だが……」
 真耶の説明に付け加え、千冬は静かに息をついた。
「柾木も、いい加減織斑の動きに慣れてきている。
 この先勝敗を左右する要素があるとすれば……」



「っとぉっ!?」
 だんだんと際どい斬撃が増えてきた――迫る刃をかわし、鷲悟は一夏から距離を取る。
 だが、余裕がないのは一夏も同じだ。お返しとばかりに放たれた砲撃が、一夏のすぐ脇を駆け抜ける。
「やるじゃないのさ、一夏。
 今のは正直危なかったぜ」
「かわした上にしっかり反撃までしておいて、よく言うよ」
 口元に笑みを浮かべる鷲悟に答え、一夏はブレードをかまえ直す。
「とはいえ、だんだん攻撃が見えてきた……
 もう、そう簡単にはやられないぜ、鷲悟!」
「残念ながら……やらせてもらうっ!」
 返すと同時に一斉射――鷲悟の砲撃を一瞬だけ後退してやり過ごすと、一夏は間髪入れずに再加速、一気に間合いを詰めていく!
 鷲悟の第二射は間に合わない――とっさにグラヴィティランチャーを交差してかまえ、一夏の斬撃を受け止める。
「距離さえ詰めれば、こっちのものだっ!」
 そのままブレードに力を込め、押し切ろうとする一夏だったが――
「そいつぁ――どうかな!?」
 鷲悟の両肩のグラヴィティキャノンが火を吹いた。至近距離から一夏を直撃。さらにその衝撃で両者の間合いが開き、鷲悟が全身の火器で追撃の砲撃を立て続けに叩き込む!



「一夏……っ!」
「鷲悟さん……さすがにちょっとやりすぎでは……?」
 モニターを見つめていた箒が思わず声を上げる――となりのセシリアも、鷲悟の火力を実際に味わっているだけに表情が引きつり気味だ。
 しかし――
「………………フンッ」
 爆発の黒煙が晴れていく中、千冬は鼻を鳴らした。
「機体に救われたか、馬鹿者め」
 まだかすかに残っていた煙が、弾けるように吹き飛ばされる。
 そしてその中心には、あの純白の機体があった。
 そう、真の姿で――



「やれやれ、ようやくお目覚めか。
 そいつが……白式の本当の姿か」
「あぁ。
 これでやっと、この機体はオレ専用になった……ってことらしい」
 最初の工業的な凹凸は消え、なめらかな曲線とシャープなラインが特徴的な、中世の鎧を思わせるデザインに変わっている――本来あるべき姿を現した白式を身にまとい、一夏は鷲悟にそう答える。
 そう。これが“一次移行ファーストシフト”――今まで初期設定のみで稼動していた白式が、一夏の運用において必要なデータの収集と整理を終え、システムを初期化フォーマット、一夏に最適な形に最適化フィッティングしたのだ。
 姿が変わったのはIS本体だけではない。一夏の手の中のブレードもまた、その真の姿を現していた。
 近接特化ブレード――“雪片弐型”。
 その名に、一夏は覚えがあった。
 かつて千冬がISの日本代表選手だった頃に振るっていた、彼女のIS専用の近接ブレードの名、それが“雪片”。
 白式は――いや、一夏は、その姉の刀を今、この瞬間確かに受け継いだのだ。
「…………オレは、世界で最高の姉さんを持ったよ」
 姉の振るった刃の名を受け継いだ刀を、一夏がまっすぐにかまえる。
「これからは、オレも、オレの家族を守る。守れるようになりたい。
 だから――とりあえずは、千冬姉の名前を守る。
 世界一の姉の弟が、情けなくちゃカッコがつかないからなっ!」
 宣言と同時、爆発的な急加速――今までとは比べものにならない加速で一気に間合いを詰めた一夏が、“雪片弐型”から生まれた光刃で鷲悟の両手のグラヴィティランチャー、その砲身を二門まとめて斬り飛ばす!
「ちょっ――っ!?」
 とっさに鷲悟が手放したグラヴィティランチャーが、その直後に爆発する――後退し、距離を取ろうとするが、それ以上の加速を見せた一夏が飛び込んでくる。
 駆け抜けざまに一閃。今度は右肩のグラヴィティキャノンを斬り裂かれ、次の瞬間には反対側のグラヴィティキャノンも破壊される。
 両断された火器を強制排除パージ、爆発するそれから距離を取る鷲悟に対し、一夏はさらに突撃。その勢いを込めた蹴りで両腕のバスターシールドを次々に弾き飛ばす。
 重天戟を作り出していない今、残る鷲悟の武器は背中のカラミティキャノンのみ。しかしそれを展開しようにも今の一夏のスピードの前にはおそらく間に合わない。
 このまま決めるとばかりに一夏は一気に鷲悟との距離を詰めていく。そのまま、下段から上段へ、左下から右上への逆袈裟払いを放ち――
「――っ、のぉっ!」
「な――――っ!?」
 止められた。
 鷲悟が、刃を振るった一夏の“腕を”左手で押し留めたからだ。
「刃を受け止めるだけが――斬撃を防ぐ手段じゃないんだよっ!」
 言って、鷲悟は一夏の眼前に右手をかざした。
 その手のひらに“力”が集まり――



 一夏の離脱よりも早く放たれた“力”の渦が、白式に残されていたシールドエネルギーを根こそぎ奪い去っていった。





「……本当に何でもありだな、お前……
 手のひらから砲撃ってアリかよ?」
「へへんっ、二連勝っ!」
 試合が終わり、二人でピットへ――悔しがる一夏に対し、鷲悟は「えっへん」とばかりに胸を張ってみせる。
「目に見えるだけが、今まで見せてきたものだけが相手の武器のすべてと思っているからあぁなるのだ。身をもってわかっただろう。
 明日からは訓練に励め。ヒマがあればISを起動しろ。いいな」
「………………はい」
 千冬に言われ、一夏がうなずく――ともかく今日はこれで終わりということになり、箒、セシリアを加えた四人で寮への帰路につく。
「まぁ……アレだ。気にすんなよ、一夏。
 負けたとはいえ、戦ったオレから言わせてもらえばけっこうやった方だって」
 まだ少し負けたことを引きずっているようだったので、鷲悟は一夏の肩を叩いてそう告げた。ついでにチラリと視線を横に向けて、
「どっかの誰かは、武器破壊すらできなかったワケだし」
「つ、次は負けませんわよっ!」
 不名誉な形で話を振られ、セシリアもムキになって反論してくる。そのまま一夏へと向き直り、
「一夏さんっ!」
「お、おぅっ!?」
「特訓しますわよっ!」
 戸惑いながらも応じた一夏に告げ、セシリアはキッ、と鷲悟をにらみつけ、
「このまま好きに言わせておいていいんですの!?
 わたくし達で、何としてもこの人の牙城を打ち崩すんですのよ!」
「言ってくれるね。
 オレだってもっと強くなる――そう簡単に抜かせやしないよ」
 セシリアの言葉に鷲悟が不敵な笑みと共に答えると、
「ちょっと待て」
 そんな三人に待ったをかける者がいた。
「お前達……誰か忘れていないか?」
 箒である。話に加われず少しばかり不機嫌そうに三人に尋ねる。
「白式の主兵装は“雪片”のみだ。
 ならば、指導を乞う相手は決まっているようなものだろう」
 どこか遠まわしなその物言いに、一夏は軽く首をかしげ、
「…………つまり……教えてくれるのか? ISの操縦」
「む、ムリにとは言わないぞ。
 他に心当たりがあるのなら……」
「あるワケないだろ。
 お前以上の剣の使い手なんて言ったら、千冬姉くらいしか思い当たらないし」
 一夏のその言葉に、箒の表情が目に見えて明るくなる――傍で見ている鷲悟やセシリアの目にもハッキリとわかるほどに。
「つ、つまり……コホンッ。
 い、一夏は、私に教えてほしいのだな……?」
「そうだな」
「そ、そうか……そうかそうか。なるほどな。
 それでは仕方ないな。ではこの私が教えてやろう。特別にな。
 では、明日から必ず放課後は空けておくのだぞ。いいな?」
「おぅ」
 上機嫌の箒の言葉に一夏がうなずき――

「………………わかりやすー……」
「ですわね」

 鷲悟とセシリアの、ウソ偽らざる感想がもれた。



あからさま
  幼なじみの
    恋心


次回予告

鷲悟 「おぅ、鷲悟だ。
 なんか、となりのクラスに転校生らしいな?」
セシリア 「しかも、代表候補生らしいですわね」
鷲悟 「あげく、彼女も一夏の幼なじみなんだってさ。
 こりゃ、また篠ノ之さんが荒れるぞー。
 次回、IB〈インフィニット・ブレイカー〉!
   『セカンド幼なじみ、ファン鈴音リンイン! 日本震撼!?の再来日』
   
「と、いうワケで、次回はあたしが登場よっ!」

 

(初版:2011/04/14)