「…………ん……」
 まどろみの中から意識がゆっくりと浮上――まだ寝ぼけている思考の中、鷲悟はベッドの中でうっすらとまぶたを開いた。
 部屋の中はまだ暗い。正確な体内時計が、現在の時刻を教えてくれる。
(……4時ちょっと前、か……)
 まだ起きるには少し早い時間帯だ。せっかくなので二度目の心地よさをたっぷりと堪能しようと、鷲悟はベッドの中で寝返りを――
(………………うん?)
 うてなかった。
 というか……右腕の自由が利かない。
 まだ思考がまともに回らないながらも、鷲悟はこの違和感の正体を突き止めようと右腕に視線を向けて――
(――――――っ!?)
 眠気が一瞬にして吹き飛んだ。
 なぜなら――



 自分の右腕を腕枕に、自分の身体に寄り添うようにして、寝間着姿のセシリアがスヤスヤと寝息を立てているからだ。



(――――――*&@%$※#っ!)
 鷲悟が寝ているのは確かに自分のベッドだ。セシリアの天蓋つきベッドではない。となると、故意か寝ぼけてかは知らないが、セシリアがもぐり込んできたことになるのだが――今の鷲悟の頭は“セシリアとの添い寝”というシチュエーションに全力で沸騰中。おかげで状況の把握もままならない。
 ちなみにセシリアの着ている寝間着はごく一般的なパジャマ姿だ。最初はそれはもうセクシーなネグリジェだったのだが、それは自分の理性が持たないと鷲悟が土下座までしてやめてもらった、という経緯があるが今は割とどうでもいい。
 また、そのパジャマはネグリジェをやめてもらう代価として鷲悟が自腹を切り、生活用品を扱っている寮の売店で買ってきたものだ。鷲悟としては「こんな安物でお嬢様のセシリアが納得してくれるのか」という不安もあったが、当のセシリアは“鷲悟からのプレゼント”ということでそれはもう喜んだという――が、そんな話もやっぱり今は割とどうでもいい。
(え゛っ!? ちょっ!? 待っ!? ぅうぇえぇぇぇぇぇっ!?)
 恥ずかしさやらオトコノコの本能やら、いろいろなものが頭の中で飛び交い、半ばパニック状態になる中、鷲悟は――



「…………ん……」
 まどろみの中から意識がゆっくりと浮上――まだ寝ぼけている思考の中、セシリアは布団の中でうっすらとまぶたを開いた。
 部屋の中はうっすらと明るくなってきている。偶然視界に入った壁掛け時計が、現在時刻を知らせてくれる。
(……6時少し前、ですか……)
 身支度の時間を勘定に入れても、もう少しくらいは眠れそうだ……と、セシリアはふと思い出した。
(そうですわ……
 昨夜は、わたくし、鷲悟さんのベッドに……)
 夜中、偶然にもふと目が覚めたセシリアは、不意に聞こえてきた鷲悟の寝息に改めて彼のことを意識してしまい――決断したのだ。
 かねてから、考えてはいたものの踏み切れずにいたこと――“鷲悟との添い寝”を今こそ決行すべき時だと。
 鷲悟に気づかれないようにベッドにもぐり込み、偶然にも投げ出されていた彼の右腕を腕枕に、その胸元に顔を寄せるように寄り添って……今にして思うとなんて大胆なことをしたのだと改めて思う。
 はしたない女だと思われはしないか、かえって引かれたりはしないか……恥ずかしさで顔を真っ赤にしながら、セシリアは鷲悟の様子をうかがおうと顔を上げるが、
「………………え?」
 その目に飛び込んできたのは――



 ベッドの足だった。



 なんでこんなところにベッドの足が? 鷲悟はどこに――と、セシリアはもうひとつ気づいた。
 自分が今、身動きひとつままならない状態にあることに。
 どういうことかと自分の身体を見下ろして――
「な、何なんですの!? これはっ!?」
 彼女の身体は……布団を巻きつけられた上から縛られ、完全に簀巻きにされていた。
 その状態で、無造作に床に転がされていたのだ。ワケがわからず、声を上げてしまうのはムリのない話だったが――
「…………んー……」
 そのセシリアの声に、ベッドの上で眠っていた鷲悟が目を覚ました。
「……あー……セシリア、起きたんだ……」
「『起きたんだ』って……鷲悟さん、これはどういうことなんですの!?」
 眠そうに目をこする鷲悟の姿に一瞬萌えてしまったものの、すぐに我に返ってセシリアが尋ねる。それに対し、鷲悟は――
「いや……セシリアがオレのベッドにもぐり込んできてたからさ。
 さすがに男女が同じベッドっていうのはマズイと思ったけど、だからってオレがお前の天蓋つきベッドを使わせてもらうワケにもいかないし……と、いうワケでお前を放り出した」
「ほ、『放り出した』って、年頃の女の子を床に放り出すなんて……」
「だから簀巻きにしたんだよ。
 それなら、どれだけ寝返りうっても布団から出ちまう心配もないし、身体の下に回された布団が敷布団の代わりになるから、床の固さで身体を痛める心配もない」
「そうやって気遣っていただいた結果がコレというのは、いろいろ間違ってると思うんですけどっ!」
 答える鷲悟の言葉に、セシリアは簀巻きになった状態でゴロゴロと転げ回る――手足が動かないため全身で憤慨を示しているつもりなのだろうが、この光景はちょっと和む。
「というか……『わたくしのベッドに運んでくださる』という選択肢はなかったんですの?」
「………………あー……」
 しかし、続くセシリアの言葉に一転して気まずくなって視線をそらす――実は最初そうしようとしたのだが、それをやろうとするとセシリアの身体を抱きかかえることになる。
 そのことに思い至ったとたん、鷲悟の頭はさらなるオーバーヒートに見舞われた。パニック同然の思考の中、こんなトンチンカンな対処法に落ち着いたのもムリのない話かもしれないが――
(言えないよなー……
 『セシリアの身体が柔らかくっていろいろ振り切りかかった』なんてさ……)
 顔が赤くなっていることをセシリアに気取られるのはいろいろと気恥ずかしいものがある――簀巻きになったまま、かわいらしく頬をふくらませるセシリアに対し、鷲悟はなんと言ってごまかしたものかと思考をめぐらせるのであった。

 

 


 

第4話

セカンド幼なじみ、ファン鈴音リンイン
日本震撼!?の再来日

 


 

 

「ではこれより、ISの基本的な飛行操縦を実践してもらう。
 織斑、オルコット、試しに飛んで見せろ――柾木、お前もだ」
 四月も下旬、桜が葉桜への模様替えを終えた頃――今日も今日とて、鷲悟達は千冬の授業を受けていた。
「早くしろ。熟練のIS操縦者は展開まで一秒とかからないぞ」
 急かされて、意識を集中する。一夏は右腕を突き出し、その手首でガントレット状の待機状態となっている白式を左手でつかむ。
 いろいろ試してみたが、このポーズが一番集中でき、ISを展開するイメージが明確に描けるからだ。
(来い、白式――)
 そう心の中でつぶやき――時間にして0.7秒、一夏の身に白式が装着されていた。
 なお、セシリアと鷲悟はすでに展開、着装を終えている――授業というコトで、鷲悟も例の見得切りはなしである。
「織斑せんせー、順番は誰からでもいいんスか?」
「そうするとお前らは一番手を競って話が進まなくなるからな。
 オルコット、織斑、柾木の順で行け」
「って、オレ最後!?」
「一番を狙ってがっつくからだ、馬鹿者」
「フフフ、鷲悟さん、お先に」
 千冬に一蹴され、肩を落とす鷲悟に答え、セシリアは上空へ。急上昇し、はるか上空で停止する。
 一夏も遅れて続くが、その上昇速度はセシリアよりもかなり遅いもので――
「何をやっている。
 スペック上の出力では白式の方が上だぞ」
 結果、千冬からお叱りの言葉を頂戴するハメになる。
 そして次は鷲悟の番だ。一歩前に出ると息をついて腰を落とし、
「柾木鷲悟――いきまーすっ!」
 瞬間的に“力”を解放。爆発的な加速を見せ、一気に一夏とセシリアのところまで上昇してみせた。
「……相変わらず、その重装備がウソみたいな加速を見せるよな、お前」
「今のは、ちょっとした小細工をやってみたんだけどねー」
 感心する一夏に答え、鷲悟は身振り手振りを交えて説明する。
「オレ達で言うところの、“スーパーライジング”っていう急上昇テクニックさ。
 上昇する力を発生させると同時に、それとは別に上から自分を押さえつける力を発生。十分に上昇する運動エネルギーがたまったところで上からの圧を解放して、一気に上昇する。
 バネを上から押えて、十分押し込んだところで放した光景をイメージしてもらうとわかりやすいと思うけど――とりあえず、完璧にモノにすれば、今のオレみたいに一瞬でできる」
「なるほど……勉強になりますわ」
「ISの飛行ユニットも原理は違えど反陽子浮揚システムリパルサーリフトであることは変わりないから、やろうと思えばできるはずだけど……」
 納得するセシリアに鷲悟が答え――二人の視線が一夏に向いた。
「一夏は、どう考えてもそれ以前の問題だよな」
「そう言われてもなぁ……
 だいたい、空を飛ぶ感覚からしてまだあやふやなんだよ。なんで浮いてるんだ、これ」
「説明してもかまいませんが、長いですわよ?
 反重力翼と流動波干渉の話になりますもの」
『いや、それはかんべん』
 男二人で遠慮する――そんな二人にセシリアがクスクスと笑っていると、千冬からの次の指示が来る。
〈柾木、オルコット、織斑――急降下と完全停止をやってみせろ。
 目標は地表から10センチ。順番は今呼んだ順だ〉
「うし、今度はオレが一番手〜♪
 んじゃ、おっ先ぃ♪」
 千冬の言葉に、鷲悟は地上に向けて一気に急降下。タイミングを合わせて反重力を生み出し、地上10cmちょうどのところにつま先が来るように静止する。
 そして次はセシリアの番――こちらも、危なげなく鷲悟の目の前で静止してみせる。
「…………13cm。
 まぁ、行き過ぎるよりはいいだろう――次、織斑」
 そして、いよいよ一夏の番だ。視界に映る一夏の姿がどんどん大きくなっていき――
「………………あ」
 気づいた。鷲悟はセシリアの手を引いて一歩下がらせて――



 轟音と共に、一夏は大地に突っ込んだ。





「では、次は武装の展開だが……」
 シールドバリアで守られたものの、グラウンドに大穴を開けた一夏は鷲悟の反重力でサルベージ。何事もなかったかのように授業は次の段階に移っていたが……
「しかし……標準でフル武装の柾木は展開も何もあったものじゃないな」
「一応それっぽいものはありますけどねー。
 セシリア、ちょっと持ってて」
「あ、はい」
 千冬に答えると、鷲悟はセシリアにグラヴィティランチャーを預けると地面に右手を押しあてた。
 瞬間、触れていた辺りのグラウンドの土が若干消失する――その代わりに、鷲悟の右手には重天戟が握られていた。
「……とまぁ、こんな感じで」
「地面にいちいち触れなければならないのは、なんとかならんのか?」
「なりませんね――触れたものを分解、再構築して作ってるんで。
 仕組み上どうしようもないですから、後は使い手であるオレがどう工夫するかです」
「そうか」
 納得したのか、千冬は今度は一夏へと向き直る。
「織斑、武装を展開しろ。それくらいはできるようになっただろう」
「は、はい」
 言われて、誰もいない方を向くと、一夏は突き出した右手に左手を添えた。
 意識を集中し――次の瞬間、一夏の手の中には雪片弐型が握られていた。
 が――
「遅い。0.5秒で出せるようになれ」
 千冬の要求は厳しかった。
「オルコット、手本を見せてやれ」
「はい」
 話を振られ、セシリアが左手を肩の高さまで上げ、真横に突き出す――次の瞬間光が走り、セシリアの左手にはスターライトmkVが握られていた。
「さすがだな、代表候補生。
 ――ただし、そのポーズはやめろ。真横に向かって銃身を展開させて誰を撃つ気だ。正面に展開できるようにしろ」
「で、ですが、これはわたくしのイメージをまとめるために必要な……」
「直せ。いいな」
「………………はい」
 セシリアの主張は難なく一蹴され――実習の終了を告げるチャイムが鳴り響いた。



「ふぅん、ここがそうなんだ」
 夜、IS学園の正面ゲート前に、小柄な身体に不釣合いなボストンバッグを持った少女が立っていた。
 まだ暖かな四月の風になびく髪は、左右それぞれを高い位置で結んである。俗に言うツインテールにまとめられた髪は、金色の留め金がよく似合う黒色だ。
「えっと……受付ってどこにあるんだっけ?」
 上着のポケットから行き先を記したメモを取り出す。くしゃくしゃになったそれを広げて目を通すが、少女はすぐに顔をしかめた。
「本校舎一階総合事務受付……って、本校舎ってどこよ?」
 どうやら目的地以前の問題だったらしい。
「……ま、いっか。
 歩いてりゃその内見つかるでしょ」
 なお、『その内見つかる』ものの中には目的地だけではなく案内してくれそうなヤツという想定も含まれている。
 ともあれ、少女はメモをポケットに押し込むとボストンバッグを担ぎ直して歩きだして――
「………………なぁ」
「え…………?」
 そんな彼女に声がかけられた……ただし、男の声で。
 一瞬「ISを動かせる男!」として騒がれた“アイツ”のことを思い出すが――“自分の知るアイツ”の声とは違った。不思議に思って少女が振り向くと、
「こんな時間にそんな荷物持って……どうしたんだ?」
 そこにいたのは鷲悟だった。



「そっか、転入生か」
 話を聞けば、転入手続きのために受付を探しているのだという――ちょうどすぐそばの職員室に用があった鷲悟はそのついでに彼女を案内してやることにした。
「こんな時間にンな荷物持ってたから、てっきり訓練に音を上げての夜逃げ……とか思っちゃったよ」
「よっ………………!?
 あ、あたしはそんなヤワじゃないわよっ!」
「ハハハ、悪い悪い」
 少女の言葉に笑いながら謝ると、鷲悟は視線を前方に戻す。
「つか、そっちこそ何よ?
 “独自武装の技術提携”って……何? ISに勝てるとか言う気?」
「イギリスの代表候補生を踏みつぶしましたが何か?」
「………………へぇ」
 あっさりと返す鷲悟に、少女はどこか楽しそうに口元を歪めた。
「じゃあ、今度あたしと戦ってみる?
 あたしはどこぞの代表候補生とは違うわよ?」
「へぇ、そいつは楽しみだ」
 鷲悟もそれに応じる。不敵な笑みと共に少女に右手を差し出した。
「柾木鷲悟だ。
 対戦する気なら覚悟しなよー。踏みつぶしてやるからさ」
「上等じゃない。
 いいわよ。その挑戦受けたっ!」
 対し、少女も元気に答えて鷲悟の右手を握り返す。
「よっく覚えときなさい。
 あたしの名前は――」



「……と、いうワケでっ!
 織斑くんクラス代表決定おめでとうっ!」
「おめでと〜っ!」
 はやし立てるクラスメイト、鳴り響くクラッカー……しかし、騒ぎの中心の一夏はそんな空気の中でため息をついていた。
 理由はこの騒ぎのテーマ――“織斑一夏クラス代表就任記念パーティー”。自分がクラス代表に“されてしまった”ことをしみじみと実感させられる。
 ちなみに今は夕食後の自由時間。場所は寮の食堂。使用許可は先ほど鷲悟が職員室に許可申請書を提出してきたので問題はない。
 ただ……だからと言って、気になることがないかと言われればそうでもない。
 というのも――
(………………なんで、人数31人以上いるのかなー……)
 参加している面子の中には他のクラスの女子までいるのがわかる。一組の集まりなのにどうしているんだろう。いや、来るなというのが野暮だというのはわかるが、それ以前にどこでこの集まりのことを聞いたのだろうか。一夏へのサプライズということで一夏を除くクラス全員の間で緘口令が敷かれていたはずなのだが……
 そんなことを考えながら、鷲悟はセシリアと共に騒ぎの中心から退避。女子に次々に話しかけられて困り果てている一夏を見守っていた。
 ……もちろん、見守るだけである。入っていって巻き込まれてはたまらない。
「はいはーい。新聞部でーす。
 話題の新入生、織斑一夏くんと柾木鷲悟くんに特別インタビューをしに来ましたー」
 とうとう新聞部まで乱入してきた。その内上級生までやってくるんじゃないかと不安になる鷲悟だったが、
「あ、私は二年のまゆずみ薫子かおるこ。新聞部副部長やってまーす」
 その新聞部が上級生だった。
「ではでは、ズバリ織斑くん! クラス代表になった感想を、どうぞっ!」
「えーと……まぁ、何と言うか……がんばります」
「え〜っ、もっといいコメントちょうだいよ。『オレに触ると叩っ斬るぜ!』とか」
「いや、それじゃオレ、ただの辻斬りです」
「じゃあまぁ、適当にねつ造するからいいとして」
「いや、よくないでしょそれっ!
 あ、ちょっと! 話聞いてくださいよっ!」
 一夏のツッコミをあっさりとスルーし、薫子は今度は鷲悟のところにやってきて、
「じゃあ、もうひとりの男子の柾木くんもコメントどうぞっ!」
「って言われても……オレも『がんばります』としか言えませんよ?
 オレにできるのは、ただ試合で当たった相手をかたっぱしから踏みつぶすだけですから」
「もう、二人してノリ悪いなぁ。
 まぁ、こっちは少しはネタになりそうなフレーズを拾えたからいいか。
 『相手が上級生だろうが踏みつぶす』と……」
「ちょっ!?
 勝手に上級生への宣戦布告をねつ造しないでーっ!」
 鷲悟もツッコミの声を上げるが当然スルーだ。
「あ、セシリアちゃんもコメントちょうだい」
「わたくし、こういったコメントはあまり好きではありませんが、仕方ないですわね」
「先輩が新聞部だと知ったとたんに身だしなみのチェックに取りかかった人間のセリフじゃながふぅっ!?」
 ツッコみかけた鷲悟の脇腹に衝撃が走る――すぐとなりのセシリアがまったくのノーモーションからヒジを叩き込んだのだ。
「コホンッ。
 では、まず、このわたくしが――」
「あぁ、長くなりそうだからいいや。写真だけちょうだい」
「ちょっと!?」
「いいよいいよ。適当にねつ造しておくから。
 そうだね……『愛する柾木くんをしっかり支えます』くらいでいいや」
「なっ、ななな……っ!?」
「ま、黛先輩っ!?」
 あっさりと言ってのけた薫子の言葉にセシリアが真っ赤になってフリーズする――同じく声を上げる鷲悟だが、つい初日に出くわしたセシリアのバスタオル姿やら自分のベッドにもぐり込んで眠るセシリアの寝顔やらを思い出してしまい、やはり真っ赤になってフリーズしてしまう。
 が――
「あ、そうだ。
 織斑くん、こっち来てー。専用機持ちの集合写真が欲しいからさ。
 ほらほら、柾木くんとセシリアちゃんももっとくっついて」
『え゛っ』
「は、はぁ……」
 薫子はさらなる爆弾を投下してくれた。うなずく一夏だが、ちょうど今意識してしまった相手とくっつけと言われた鷲悟とセシリアはさらにフリーズしてしまう。
「それじゃ撮るよー。
 35×51÷24は?」
「え? えっと……2?」
「ぶーっ。74.375でした〜」
 なんだそりゃ、と一夏がツッコむ間もなく、パシャッ、とシャッターが切られて――
「……なんで全員入ってるんだ?」
 一夏の言う通り、恐るべき行動力をもって、クラスを問わずパーティーの参加メンバー全員が撮影の瞬間に鷲悟達の周りに集結していた。



「織斑くん、おはよー」
「ねぇ、転校生のウワサ聞いた?」
 10時過ぎまで騒いだパーティーから一夜明け、一夏が登校してくるとさっそくクラスメイトに話しかけられた。
「転校生? 今の時期に?」
「そう。
 なんでも、中国の代表候補生なんだって」
「ふーん」
「このクラスに転入してくるワケではないのだろう? 騒ぐほどのことでもあるまい」
 納得する一夏に答えたのは、自分の席にいたはずなのにいつの間にか話の輪に加わっていた箒である。
「今のお前に女子を気にしている余裕があるのか?
 来週、月明けにはクラス対抗戦があるんだぞ」
 度々話に挙がっているこのクラス対抗戦。読んでそのまま、クラス代表によるリーグマッチだ。本格的なIS教育が始まる前の、スタート時点での実力指標を作るためにやるらしい。
 また、クラス単位での交流、及びクラスの団結のためのイベントなのだそうだ。
 やる気を出させるため、1位のクラスには優勝商品として学食デザートの半年フリーパスが配られる。これがまた、女子のテンションを著しく引き上げる一因となっていたりするのだが……
 一夏がそんな情報を思い出していると、
「おはよー」
「おはようございます」
 鷲悟がセシリアと二人で登校してきた。
「あ、柾木くん、セシリア。
 例の転校生のウワサ聞いた?」
『転校生?』
 ウワサ好きの女の性か、先ほど一夏に向けられた問いが今度は鷲悟とセシリアに向けられる。
 が――
「……あぁ、知ってるよ」
「そうなの?
 柾木くん、早耳だねー」
「いや、そうじゃなくてね」
 苦笑まじりに答え、鷲悟はほおをかきながら、
「もう……オレ、会ってるから」
「そうなの!?」
「あぁ。
 昨日、偶然ね」
 そう鷲悟が答える一方で、一夏の周りは対抗戦の話で盛り上がっている。
「織斑くん、がんばってねー」
「フリーパスのためにもね!」
「織斑くんが勝つとクラスみんなが幸せだよー」
「今のところ、専用機を持ってるクラス代表って一組ウチと四組だけだから、余裕だよ」
 やいのやいのと楽しそうなクラスメイト達に、一夏は「おぅ」とだけ答えて――

「――その情報、古いよ」

 新たな声がそう告げた。
 一夏達が、そして鷲悟達も声のした方へと視線を集める。そこにいたのは――
「二組も専用機持ちがクラス代表になったの。
 悪いけど、そう簡単には優勝できないから」
 昨日鷲悟が出逢った、あの少女だった。
「あー、やっぱりウワサの元はお前か……」
 当然、すでに予備知識のあった鷲悟のリアクションは淡白なものだが――
りん……? お前、鈴か?」
「って、一夏……?」
 予想外だったのは一夏の反応――鷲悟が首をかしげるが、鈴と呼ばれた少女はかまわずうなずき、
「そうよ。
 中国代表候補生、ファン鈴音リンイン。今日は宣戦布告に来たってワケ」
 言って、少女改め鈴音はフッと笑みをもらし――
「何カッコつけてんだ? すげぇ似合わないぞ」
「んな……っ!?
 なんてコト言うのよ、アンタはっ!」
 そんなシリアスムードは一夏の手によってぶち壊された。思わず肩をコケさせ、鈴音が声を上げるが、
「よっ、凰さん、一晩ぶりー♪
 あの後ちゃんと寮まで帰れたー?」
「ちょっ、アンタまで何言い出すのよっ!?」
 さらに鷲悟にまで追い討ちをくらってしまう。
 と――
「おい」
「何よっ!?」
 バシンッ!と鈴音の頭に出席簿アタック――そう。千冬の登場である。
「もうSHRの時間だ。教室に戻れ」
「ち、千冬さん……」
「織斑先生と呼べ。さっさと戻れ。そして入り口をふさぐな。ジャマだ」
「す、すみません……
 また後で来るからね! 逃げないでよ、一夏っ!
 それから鷲悟っ! 昨日のことで余計なこと言うんじゃないわよっ!」
 千冬にすごまれ、鈴音はそう言い残して自分のクラスに戻っていった。
「っていうか、アイツIS操縦者だったのか。初めて知った」
「オレはアイツがお前の知り合いだったことにオドロキだよ」
 なんとなくつぶやく一夏に鷲悟が答える――しかし、それがマズかった。
「一夏、今のは誰だ? えらく親しそうだったな」
「し、鷲悟さんっ!? あの子とはどういう関係なんですの!?
 『昨日のこと』とは一体っ!?」
 箒とセシリアを皮切りに、クラスメイトからの質問の集中砲火が火を噴いて――
 バシンバシンバシンバシンッ!
「席につけ、馬鹿ども」
 千冬の出席簿アタックも火を噴くのだった。



「お前のせいだ!」
「あなたのせいですわっ!」
 昼休み、いきなり箒が一夏に、セシリアが鷲悟に文句を言ってきた。
「何の話だよ?」
「とりあえず……先生に怒られたことを言ってるなら、完全に自業自得だからな」
 そう。この二人、午前中だけでも真耶から注意を計10回、千冬の出席簿アタックを計6回喰らっている。普通なら学習しそうなものだが、突然現れた“気になる異性と親しい新たな女子”のことが気になって仕方がないらしい。
「まぁ、話ならメシ食いながら聞くから」
「とりあえず、学食に行こうぜ」
「む………………」
「わ、わかりましたわ」
 とにかく今は昼休み、すなわち昼飯時だ。一夏と鷲悟の提案で、さらに数名のクラスメイトが名乗りを上げて加わった一向は学食へと向かい――
「待ってたわよ、一夏!
 それと鷲悟! あることないこと言いふらしてないでしょうね!?」
 ラーメンを乗せたお盆を手にした鈴音が待っていた。
「『待ってた』って……のびるぞ、それラーメン
「うっさいわねっ!
 アンタ達がさっさと来ないのが悪いんでしょ!?」
 ツッコむ一夏に鈴音がいささか理不尽な反論を返すが、
「……オレ達が弁当派だったらどうするつもりだったんだ?」
 続く鷲悟の問いにはぷいと顔を背けた。どうやら考えていなかったらしい。
 とにかく、一夏達も昼食を注文し、できあがった順に受け取って空いているテーブルにつく。ちなみにメニューは一夏が日替わりランチ、箒がきつねうどん、セシリアが洋食ランチ。そして鷲悟がネギチャーハン定食アルティメット盛りである。
「一夏、そろそろどういう関係か説明してほしいのだが」
「そうですわ!
 鷲悟さんも親しいようですけど」
「オレはそんな大したことじゃないよ。
 今朝言ったろ? 『昨日偶然転校生と会った』って。昨日のパーティーのための食堂の使用申請を出しに行った時に会って、事務室まで一緒に行って……その時にかる〜く世間話して、仲良くなった」
「はぁ……」
「それを言い出したら、むしろ一夏の方だろ。
 ずいぶん古い知り合いっぽいだけど……何? 入学前に付き合ってた彼女とか?」
「なっ!?」
『えぇぇぇぇぇっ!?』
「べ、べべ、別に、あたしは付き合ってるってワケじゃ……」
 鷲悟の問いに箒が目を見開き、クラスメイト達も声を上げる。一気に注目を浴び、鈴音は顔を真っ赤にするが――
「そうだぞ。なんでそんな話になる? “ただの”セカンド幼なじみだよ」
「………………」
「? 何にらんでるんだ、鈴?」
「なんでもないわよ!っ」
「チッ、からかい甲斐のないヤツめ」
「そして鷲悟は何を期待していた!?」
「幼なじみ……? というか、『セカンド』……?」
 騒ぐ一夏をよそに、眉をひそめたのは箒だ。
「あー、えっとだな……箒が引っ越してったのが、小4の終わりだっただろ?
 鈴が転校してきたのが小5の頭だよ。で、中2の終わりに国に帰ったから、会うのは一年ちょっとぶりだな」
「なるほど、だから『セカンド』……
 にしても、きれいに入れ違ってたワケだ」
 どうりで、同じ“幼なじみ”なのに二人の面識がないはずだ。一夏の説明に、鷲悟は箒と鈴音を交互に見ながら納得する。
「で、こっちが箒。
 ほら、前に話しただろ? 小学校からのファースト幼なじみで、オレの通ってた剣術道場の娘」
「ふぅん」
 一夏の説明を聞いているのかいないのか。鈴音はジロジロと箒を見る。箒も箒で鈴音を見返している。
「初めまして。これからよろしくね」
「あぁ。こちらこそ」
 そうあいさつを交わす二人だが――鷲悟は二人の背後にゴジラガメラをかたどったオーラを幻視したような気がした。ちなみに箒が東宝ゴジラで鈴音が大映ガメラだ。
「ンンッ! わたくしの存在を忘れてもらっては困りますわ。中国代表候補生、凰鈴音さん?」
 と、ここで円谷ゼットン乱入。こういう自己主張の場で彼女が黙っているはずがなく、わざとらしく咳払いしたセシリアが口をはさむが――
「………………誰?」
「なっ!? わ、わたくしはイギリス代表候補生、セシリア・オルコットでしてよ!? まさかご存じないの!?」
「うん。
 あたし他の国とか興味ないし」
「なっ、なっ、なっ……!?」
「まぁまぁ。セシリアも落ち着いて」
 あっさりと返されたセシリアがワナワナと肩を震わせ、鷲悟がそれをなだめる――そんな彼女達に楽しそうに挑発的な視線を向ける鈴音だったが、ふと先のセシリアの名乗りに引っかかりを覚えた。
「ん……? 『イギリス代表候補生』……?
 じゃあ……アンタなの? 入学早々鷲悟に踏みつぶされたのって」
「な……っ!?
 し、鷲悟さん、話したんですの!?」
「え? うん」
 あっさりと返され、セシリアは思わず目まいを覚えて天井を仰ぐ。
「ったく、何男なんかに負けてんのよ」
「あ、あなたはあの砲撃地獄を味わっていないからっ!」
「そうだよ。
 実際に見てもいないうちからそう悪く言うもんじゃないよ」
 ムキになって反論するセシリアに鷲悟が加わる――『砲撃“地獄”』という発言にツッコまない辺り、案外本人も自覚があるのかもしれない。
「確かに、あの勝負はオレが勝ったけどセシリアだって弱くない。実際戦った立場として、そこは保証する」
「そ、そうですわよね!?」
 鷲悟のフォローにセシリアが顔を輝かせて――
「そりゃ、一夏に比べて踏みつぶしやすかったのは否定しないけど」
「はぅあっ!?」
「って、あれ? セシリア、いきなり崩れ落ちてどーしたのさ!?」
『持ち上げて落としたぁーっ!?』
 続く言葉で一刀両断。一転して撃沈されたセシリアとその姿に首をかしげる鷲悟の姿に、一同のツッコミが唱和した。



二人目の
  幼なじみが
    波乱呼ぶ


次回予告

「ハァイ、あたしファン鈴音リンイン
 ったく、一夏ったら信じらんない! 女の子との約束をちゃんと覚えてないなんてっ!
 こうなったら、クラス対抗戦できっちりぶちのめしてやるんだからっ!」
鷲悟 「約束……?
 一体何約束してたのさ?」
「え゛…………っ?
 そ、そんなこと、言えるワケないじゃない! バッカじゃないのっ!?」
鷲悟 「……顔、真っ赤だよ?
 次回、IB〈インフィニット・ブレイカー〉!
   『両雄激突! 決戦、クラス対抗戦リーグマッチ!』
   
「覚悟しておきなさいよ、一夏!」

 

(初版:2011/04/21)