『………………え?』
 放課後の第3アリーナ。今日も今日とて自主トレに励もうとやってきた鷲悟達は、そこに待っていたニューカマーの存在に思わず目を丸くしていた。
 ニューカマーと言っても鈴音ではない。彼女であれば流れ的にはむしろ順当。別に驚くには値しないからだ。
 では、誰が現れたかというと……
「な、なんだ、その顔は……おかしいか?」
「いや、その、おかしいっていうか……」
「意外な子が、意外なカッコして現れたなー、と……」
「篠ノ之さん……どうしてここにいますの!?」
 そう、箒だ。いつもは“装重甲メタル・ブレスト”はもちろん、専用ISも持たないため、アリーナの訓練ではピットでの見学を余儀なくされている彼女がそこにいた。
 しかも、学園に訓練機として配備されている日本製の量産型IS“打鉄うちがね”を展開、装着して、だ。
「どうしても何も……本来、一夏に教えを請われたのは私だからな。
 今まではISがなく、アリーナでの訓練には付き合えなかったが……」
「使用許可申請、通ったんですのね……」
 箒の言葉に、先日彼女が申請に必要な書類をせっせと書き上げている姿を目撃したのを思い出し、納得するのはセシリアだ。
「んー、その許可申請って、一回ごとにしなきゃいけないの?」
「いや、私がしたのは期間単位での申請だから、打鉄にさえ空きがあればいつでも使える」
「あれ? “ラファール”の方は申請してないの?」
 鷲悟の言う“ラファール”とは、打鉄と共にIS学園に訓練機として配備されているフランス製量産型IS“ラファール・リヴァイヴ”のことである。
 打鉄が“サムライ”とするならこちらは“兵士コマンドー”だろうか。多彩な後付装備がウリの、初心者に人気の定番モデルだと聞いていたが――
「あちらには刀がないっ!」
「いや、近接ブレード、確かパッケージされてたでしょ」
「両刃も直刀も好かんっ!」
日本刀ボントー限定かよ」
 実に箒らしい理由だった。
「まぁ、確かに、剣道を基本スタイルにしてる篠ノ之さんには、西洋剣は相性が悪いけどさ」
「そうなんですの?
 同じ剣なんですから、そう変わらないと思いますけど……」
「んー、そうでもないんだよ。
 言葉そのままの意味で“斬る”ことに特化してる日本刀と違って、西洋剣ってのは“つぶし斬る”のが基本スタイルだから」
 首をかしげるセシリアに、鷲悟は少し説明してやることにした。地面に長方形に三角屋根がついたような、細長い五角形を描き、そのすぐとなりに、今度は細長いひし形を描く。
「こっちの五角形が日本刀の、そしてひし形の方が西洋剣の断面図だ。
 で……刃の研ぎ具合、つまり切れ味はどっちも同じだと仮定しよう……あ、言うまでもなく強度もね。
 さて……セシリア。この二つで、“斬りやすい”のはどっちだと思う?」
「え…………?
 同じではありませんの? だって、切れ味は同じなのでしょう?」
「ところが違うんだなー。
 見ての通り、形が違うだろ? この形の違いがクセモノなんだよ」
 言って、鷲悟はひし形の上半分を消し、三角形に描き直した。
「斬る方向だけに着目すると、西洋剣の断面図はこうなる。
 実は、この形状の刃物ってのは、意外に身近にあったりする……代表的なのは包丁。あとは、薪割り用のハンドアックスとかもこの形状に近い。
 で……一夏。剣道やってて、なおかつ料理もするお前だけど……この違い、わかるか?」
「いや……
 箒は?」
「むぅ……
 ……違っていたらすまない。もしかして……斬り抜けの良さ、か?」
「正解。
 刀が五角形の形をしているのは、基本的に“刃の幅よりも大きなものを斬る”ことを前提にしているからだ。
 鋭いところで肉を斬り分けつつ、後ろのまっすぐな部分がガイドの役目を果たして、刃筋を直線に保つ仕組みなんだ」
「なるほど……
 後ろの直線部分がすでに斬り開いた部分に押さえられることで、刃先がぶれずにまっすぐ斬ることができるんですのね?」
 だんだんとわかってきたセシリアの言葉にうなずく――見れば、一夏と箒もこういったところはわかっていなかったのか、鷲悟の話に時折納得したようにうなずいている。
「対して、包丁や西洋剣の片側みたいな三角形の刃じゃ、後ろのガイド部分がないから、よほどしっかり支えていないと刃先が安定しない。ヘタしたら、手元が狂って自分を傷つけることにもなりかねないんだ。
 したがって、西洋剣の場合攻撃力と切れ味はイコールではつながらない。西洋剣にとっての切れ味っていうは、どちらかというと刃こぼれしにくいように求められるものであって、このテの刃物は最初に言ったように切れ味よりも重さと強度で“つぶし斬る”ことにその本質がある。
 ま、何が言いたいかって言えば、日本刀と西洋剣とじゃ扱い方はまったく違う。剣道を極めてるからって、西洋剣が使えるとは限らない……ってことだね」
 そうしめくくると、鷲悟は地面に描いた図をつま先で消しながら立ち上がり、
「何にせよ、今日からは篠ノ之さんも参加するってことだよね?
 じゃ、今日のところは篠ノ之さんに一夏の指導を任せようか」
「あぁ、任せろ!」
 鷲悟の言葉に元気にうなずくと、箒は一夏へと向き直り、
「では始めるぞ。
 かまえろ、一夏!」
「おぅっ!」



 10分後。
「………………」
 一夏は早くも箒に指導を求めたことを後悔していた。
 と言っても、別に箒の指導が厳しいというワケではない。
 というか……

「ぐっ、とする感じだ」

「どんっ、という感覚だ」

「ずがーんっ、という具合だ」

 ………………わからない。
 さっきから一事が万事この調子。擬音と抽象的表現に満ちあふれた箒の説明に、一夏は指示通りISを動かすことよりもむしろその解読の方に神経をすり減らしていた。
「だから、ずかーんっ、という具合だと言っているだろう、一夏」
「いや、そう言われてもだな……」
「しょうがないヤツだ。もう一度説明してやろう。
 こう、ずがーんっ、といって、ぐんっ、t

「やかましい」

 ツッコミと共に降り注ぐ閃光――指導を箒に任せてセシリアと共に自分達の訓練に励んでいたはずの鷲悟が、箒を自らの砲撃で吹っ飛ばしたのだ。
「い、いきなり何を……」
「『何を』と聞くか、『何を』と……」
 もちろん、シールドバリアに守られた箒には傷ひとつついていない――身を起こし、抗議の声を上げる箒に対して、鷲悟は思わずこめかみを押さえてうめく。
「さっきから聞いてれば、ずがんだのどかんだの」
「どかん、ではない。どかーんっ、だ」
「ニュアンスの問題じゃないよっ!
 説明が抽象的だって言ってんのっ!」
 箒に答え、鷲悟はいよいよ頭を抱えた。
「あー、もう、なんでオレの周りってこうも手のかかる子ばっかりなんだよ……」
「フフフ、まるでお父さんですわね」
「何? じゃあセシリアがお母さんとでも言うつもり?」
「お゛っ!?」
 何気なく――本当に何気なく返した鷲悟だったが、だからこその爆弾発言。セシリアの顔が、思考が、一瞬にして沸騰する。
「そ、そんな、わたくし達が夫婦だなんて、気が早すぎますわよ、もうっ」
「………………?」
 だが、箒のアレっぷりに気を取られた結果ほぼ反射的に返した鷲悟は、自分がどれだけ破壊力のある発言をぶちかましたのかわかっていなかった。真っ赤になった頬を押さえて身をくねらせるセシリアの姿に、不思議そうに首をかしげるのであった。

 

 


 

第5話

両雄激突!
決戦、クラス対抗戦リーグマッチ

 


 

 

「あー、疲れた……」
「体力よりも精神の方が……な」
 結局、箒から理論面での指導を受けることはあきらめた。アリーナの解放時間いっぱいまで模擬戦に費やし、ピットに戻ってきた一夏と鷲悟が口々にボヤく。
「早く帰ってシャワー浴びたい……
 あ、でも、たぶん箒が先に使うか」
「こっちもだよ。
 セシリアのヤツ、けっこう長々とシャワー使うんだよなー……」
 お互い、しばらくは汗だくのままガマンするしかないか――二人でもう一度ため息をついた、その時だった。
「一夏っ!」
 スライドドアがバシュッ、と音を立てて開き、鈴音が姿を現した。
「お疲れ。
 はい、タオルと……飲み物はスポーツドリンクでいいわよね?」
「なんだ、用意してくれてたのか? サンキュ」
「でもって、はい、ついでに鷲悟も」
「ホントに『ついで』って感じだな」
 一夏がちゃんと手渡しなのに対し、こちらは適当に投げ渡されただけ。宙を舞う、タオルをしばりつけたドリンクボトルを難なくキャッチして、鷲悟は思わず苦笑する。
「ねぇ、一夏、アンタの部屋ってどこよ?
 後で遊びに行くからさ。一年ぶりだし、いろいろと話すこともあるし」
「わぉ、いきなり男の部屋に突撃とはダイタンだねー」
「はい、そこうるさい」
 茶化す鷲悟の言葉に、鈴音は顔を赤くしてそう答える。
「だいたい、アンタもいるんでしょ? “そういう展開”は期待してないわよ」
「んー、まぁ、確かに一夏達の部屋にはよく遊びに行くけどさ」
「………………え?」
 と、ここで初めて鈴音は怪訝そうに眉をひそめた。一夏へと向き直り、尋ねる。
「何? アンタ達、まさか部屋別々?
 男ってアンタ達二人だけなんだから、てっきり相部屋だとばかり……」
「それがさ……上も部屋割でいろいろあったらしくてさ。
 オレが箒と、鷲悟がセシリアと相部屋なんだよ」
「そ、それって、女の子と寝食を共にしてるってこと!?」
「そういうこと。
 おかげで苦労してるよ。セシリアなんて、こないだから急にこっちのベッドにもぐり込んでくるようになってさ……その度に簀巻きにして転がして」
「すま……っ!?
 鷲悟……アンタ女の子相手にすごいコトするわね」
「いや、最初はいきなりのことでテンパった挙句の天然ボケだったワケだけどさ……そういう“前例”ができちゃったし、それで通そうかな、と」
「いや、改めなさいよそこは」
 気の遣い方がどこかずれている鷲悟の言葉に、鈴音は思わずため息をつく。
「で、何? 一夏は満足しちゃってるワケ?」
「してるワケないだろ。
 でも……まぁ、相手が箒で助かったっていうのは確かだけどさ。
 これが見ず知らずの相手だったら、緊張して寝不足になってたところだ」
「ふーん……」
 一夏の言葉に、鈴音は腕組みしてしばし考え込み、
「つまり……幼なじみだったらいいワケね?」
「んー、まぁ……」
「わかった。わかったわ。えぇ、わかりましたとも」
『………………?』
 ひとりで納得し、うんうんとうなずいている鈴音に、男衆二人は思わず顔を見合わせるが、
「一夏っ!」
「お、おぅ」
「幼なじみは二人いる、ってこと、覚えときなさいよ」
「別に言われなくても忘れてないが……」
「じゃ、後でね!」
 一方的に話を打ち切ると、鈴音はピットを飛び出していってしまった。まったく話についていけず、一夏と鷲悟はもう一度顔を見合わせるのだった。



 そんなこんなで日も沈み――
「と、いうワケだから、部屋代わって♪」
「ふっ、ふざけるな! なぜ私がそのようなことをしなければならないっ!?」
 場所は寮の自室。時刻は8時過ぎ――目の前で繰り広げられるやり取りに、一夏は思わず頭を抱えていた。
 目の前で箒と対峙しているのは、夕方ピットから姿を消したきりだった鈴音だ。夕食も終わってくつろいでいたところにいきなりやってきて、この状況である。
「いやぁ、篠ノ之さんも男と同室なんてイヤでしょ? 気を遣うし、のんびりできないし。
 その辺、あたしは平気だから代わってあげようと思ってさ」
「べ、別にイヤとは言ってない……そ、それにだ! これは私と一夏の問題だ。部外者に首を突っ込んでほしくはない!」
「大丈夫。あたしも幼なじみだから」
「だから、それが何の理由になると言うのだ!」
 先ほどからずっとこの調子だ。会話がかみ合っているようでかみ合っていない。
 というか……
「なぁ、鈴」
「ん?」
「それ、荷物全部か?」
「そうだよ。
 あたしはボストンバッグひとつあればどこにでも行けるからね」
 言って、鈴音は手にしたボストンバッグを持ち直す。「そういえば昔からフットワークの軽いヤツだったなー」と昔を思い出す一夏だったが、もちろんそんなことを考えていても事態が好転するはずもない。
「とにかく、あたしも今日からここで暮らすから」
「ふざけるな! 出ていけ! ここは私の部屋だ!」
「一夏の部屋でもあるでしょ? じゃあ問題ないじゃん」
 鈴音が同意を求めるように一夏へと視線を向ける。対する箒も、自分に味方するように視線で訴えてくるが、間に立たされた一夏はたまったものではない。
「とにかく!
 部屋は代わらない! 出ていくのはそちらだ! 自分の部屋に戻れ!」
「ところでさ、一夏、約束覚えてる?」
「む、無視するな!
 えぇい、こうなったら力ずくで……」
 あくまでもこちらの話を聞こうとしない鈴音に、ついに箒がキレた。いつでも取れるようにベッドに立てかけてあった竹刀を握る。
「あ、バカ――」
 一夏が止めるヒマもない。完全に冷静さを失った箒が、防具も何もつけていない鈴音に打ちかかり――



「はい、そこまで」



 その言葉と同時、“二人の”視界が一回転――次の瞬間、ズダァンッ!と音を立てて箒が、さらに彼女だけでなく鈴音までもが背中から床に叩きつけられていた。
「ったく……部屋の前を通りかかったらなんか騒がしいから、何かと思ってのぞいてみれば……」
「し、鷲悟……?」
 うめき、立ち上がる鷲悟の姿に、一夏が思わずその名をつぶやく――そう。いきなり現れ、目にも留まらぬ体さばきで二人を投げ飛ばしたのは鷲悟だったのだ。
「今来たばっかりだから詳しいことはわからないけどさ……篠ノ之さん、いきなり竹刀はないでしょ。
 防具なしで篠ノ之さんの面打ちなんか喰らったら、並の人間は本気で危ないよ」
「う……」
 怒りに任せて自制心を失ったという指摘が何よりも効いたのか、箒はバツが悪そうに顔をそらす。
「それに……凰さんもだ」
 その言葉に、一夏はようやく気づいた――箒の竹刀に対抗しようとしたのだろうか。鈴音は右手の部分だけISを局所展開していた。
「お前がISを持ってるのは、こういうところで使うためじゃないはずだ。
 むやみやたらと力をひけらかすな――余計な争いを呼び込むぞ」
「……わかったわよ」
 彼女にとっては初めて見る、突然マジモードに切り替わった鷲悟に少々面食らいながらも、鈴音はISの展開を解除する。
 場に気まずい沈黙が落ち――そんな重苦しい空気を打ち払おうと、一夏が口を開いた。
「そ、そういえば……鈴、約束がどうのって言ってたよな?」
「う、うん……
 覚えてる……よね?」
 顔を伏せ、鈴音はちらちらと上目遣いで一夏を見る。対する一夏はしばし考え、
「えーと……アレか?
 鈴の料理の腕が上がったら、毎日酢豚を……」
「そ、そうっ、それ――」



「――おごってくれる、ってヤツか?」



 ぴしりっ――と何かがひび割れる音が、鷲悟と箒の耳には聞こえた気がした。
「………………はい?」
「だから、鈴が料理できるようになったら、オレにメシをごちそうしてくれるって話だろ?」
 あっさりと答える一夏に、鈴音は静かに目を伏せた。
 よく見ると肩がぷるぷると震えている――が、肝心の一夏はまったく気づいた様子はなく、
「いや独り暮らしの身にはありがt
 次の瞬間――乾いた音が響いた。
 鈴音が、一夏の頬を思い切り張り飛ばしたのだ。
「最っっ低っ!」
「あ、あの……だな、鈴……?」
「女の子との約束をちゃんと覚えてないなんて、男の風上にも置けないヤツ! 犬にかまれて死ねっ!」
 戸惑う一夏の言葉など届きはしない。感情に任せて言い放つと、鈴音はボストンバッグを手にして部屋を飛び出していってしまった。
 後に残されたのは、突然のことに呆然とする一夏と箒、そして――
「………………これ、誰がフォローするの?」
 思わずため息をつく鷲悟だった。



 そんなことがあってから早三日――月末、週末を迎えても、鈴音の機嫌は直るどころか悪化の一途をたどっていた。
 何しろ、一夏に会いに来ることはほとんどないし、たまに廊下や学食で会ってもロコツに顔を背けられる。おかげで一夏の方も謝りたくても謝れない。
 しかし、そんな中でも時間は容赦なく過ぎていく。この週末の休みが明ければクラス対抗戦の開幕だ。
 週末休みの間、アリーナは試合用に調整するために使えない。今日の内に訓練の総仕上げをしようとピットにやってきた一夏達だったが――
「待ってたわよ、一夏!」
 そこには鈴音が待ちかまえていた。
「貴様、どうやってここに!?
 ここは関係者以外立ち入り禁止だぞ!」
「あたしは関係者よ。一夏関係者。だから問題なしね」
 強い口調で詰め寄る箒だが、鈴音も挑発的な態度であっさり返す――相変わらず一夏を巡って水と油の二人である。
「…………で、一夏、反省した?」
「こないだのことか?」
「そうよ。
 あたしを怒らせて申し訳なかったなー、とか、仲直りしたいなー、とか、そういうのないワケ?」
「いや、そりゃ思ってるけど……鈴が避けてたんじゃないか」
「アンタねぇ……
 じゃあ何? 女の子が『放っておいて』って言ったらほっとくワケ?」
「そりゃそうだろ。
 放っておいてほしいんなら、放っておいてやるのがいいだろ……何か変か?」
「変かって……あぁ、もうっ!」
 先日の箒とのやり取りとは別の意味で会話がかみ合っていない――自分の意図が伝わらないことに腹を立て、鈴音はぐしゃぐしゃと頭をかきむしる。
「謝りなさいよ!」
「その前に理由を教えてくれよ! 約束は覚えてただろうがっ!」
「あっきれた。まだそんな寝言ほざいてんの!?
 意味が違うのよ、意味が!」
「その意味を説明してくれって言ってるんだよ!」
「せ、説明したくないからこうして来てるんでしょうが!」
 着実にヒートアップしていく一夏と鈴音の攻防に、鷲悟もセシリアも完璧に置いてきぼりだ。箒ですら勢いを殺されてしまい、乱入しようとするものの取っかかりをつかめず、口をパクパクさせるばかりの状態だ。
「じゃあこうしましょう!
 来週からのクラス対抗戦――ちょうど一回戦は一組VS二組。つまりあたしと一夏の対戦なのは知ってるわよね?
 そこで白黒つける……ってのはどう?」
「おぅ、いいぜ。了解だ」
 もはやどちらも売り言葉に買い言葉。鈴音の言葉に、一夏は迷わず……というよりむしろ何も考えずに即答する。
「オレが勝ったら、その“意味”とやらを説明してもらうからな!」
「せ、説明は、その……」
「なんだ? やめるならやめてもいいぞ」
「誰がやめるのよ、誰がっ!
 アンタこそ、あたしに謝る練習しておきなさいよ!」
「なんでだよ、バカ」
「バカとは何よ、バカとは!
 この朴念仁! マヌケ! アホ! バカはアンタよ!」
「うるさい、貧乳!……あ」
 感情に任せて返してしまった一言――その中のNGワードに気づいた一夏だったが、それはすでに手遅れだった。
 轟音と共に、いつかと同じく右腕にISを部分展開した鈴音が、ピットの壁を思い切り殴りつけたからだ。
「い、言ったわね……
 言ってはならないことを言ったわね!」
 壁に直径80cmほどのクレーターを作り出した鈴音の右手のISアーマーにぴじじっ、と紫電が走る――彼女の怒りによって引き出されたエネルギーが、部分展開された右腕だけでは収まりきらなくなっている証拠だ。
「い、いや、悪い。
 今のはオレが悪かった。すまん」
「『今の“は”』!? 『今の“も”』よ! いつだってアンタが悪いのよ!」
 実際、怒りのボルテージはさっきまでとはケタが違う――さすがに謝る一夏だが、一連の出来事も加わって鈴音の怒りは治まる気配がない。先日はガメラをかたどったオーラも、今は怒りの大魔神だ。
「ちょっとは手加減してあげようかと思ったけど、どうやら死にたいらしいわね……
 いいわよ。希望通りにしてあげる――全力で、叩きのめしてあげる」
 言って、鈴音は足早にピットを飛び出していく――それを見送ると、鷲悟は一夏へと視線を向ける。
「……さすがのオレも、今のは一夏が悪いと思うぞ?」
「あぁ……わかってる。
 よりによって胸のことを……アイツが一番気にしてる、真剣に怒るポイントをえぐっちまうとは……」
 来週の試合は、勝っても負けても彼女に頭を下げることになりそうだ――自分の短気を呪い、一夏は深々とため息をつくのだった。



「あ、いたいたー!
 織斑せーんせ! 聞きましたよ〜〜」
 その頃、職員室――千冬の元を、命知らず黛薫子が訪ねていた。
「職員室に何か用か? 黛」
「いや、対抗戦の取材許可をもらいに来たんですよ」
 千冬に答えると、薫子は彼女に取材許可の申請書を手渡し、
「で、そのついでに織斑先生に聞きたいことが……
 なんでも、試合前予約でアリーナの客席を取れなかった人に座席券を売ろうとした輩がいたらしいじゃないですか。
 ウワサによると、首謀者達は織斑先生に制裁を下されたとか……で、彼女達は何日も部屋から出てこなくて、オマケに部屋からはうなされるような声が聞こえるとか。
 いったい何をしたんですか、何を」
「人聞きの悪いことを言うな。
 厳重注意をしただけだ」
 どのくらい“厳重”だったんだろう――薫子だけでなくその場で聞いていた真耶もそんなことを思ったが、怖いので二人とも口にしない。
「そんなくだらないことを聞きに来たのか?」
「あ、いえ。
 それも質問のひとつではあるんですけど……ほら、今年の対抗戦は例年にない目玉がありますから、新聞部でも大々的に特集してるんです。
 それで、月曜日の開幕直前号に織斑先生のインタビューを載せたいと……」
「『目玉』……?
 ……あぁ、あの馬鹿者か」
 薫子の言っているのが一夏のことだということはすぐにわかった。千冬は軽くため息をつき、
「しかし、何もおもしろいことは言えないぞ?」
「何でもいいんですって!
 教師にして実の姉! そして――」



「IS世界大会、初代王者!」



「絶対読者は期待してるんですから〜!」
 これだけの肩書きがそろっている人物のコメント、興味を抱かない読者などこのIS学園にいるはずがない――興奮気味に告げる薫子に、千冬はもう一度ため息をつき、
「そうだな……アレは他の女子のように元々ISの教育を受けていたワケではない。
 ほんの一月ちょっとISに触れただけ……そんな人間が果たしてどこまで戦えるか、興味深いところではあるな」
「ふむふむ、なるほど……
 ………………で?」
「?
 『で?』……とは?」
「いや、だからですねぇ……『アイツならきっとやれる!』とか、『ケガしないか心配だなぁ』とか、姉目線の意見ですよ」
「あ、それは私も気になります!」
「でしょー?
 なので、姉弟の微笑ましいエピソードをひとつ!」
 興味深い話題に真耶もノってきた。瞳を輝かせる薫子と真耶だったが――
「……どうやら、二人も私に“厳重注意”されたいようだな」
「い、いいえ!」
「めめめ、滅相もありません!」
 これ以上の追求は“死”につながる――殺気を放つ千冬に、二人はあわてて白旗を揚げた。
「まったく……黛、用が済んだならもう帰れ」
「あぁ、待ってください。あと二つだけ」
 殺気を収め、告げる千冬に食い下がり、薫子は次の質問を投げかけた。
「一夏さんと同じ男子生徒の鷲悟さん。彼も今回の代表戦では注目されてるんですよ」
「試合に出ないのに……か?」
「試合に出ないから……ですよ。
 こっちでつかんでる情報だと、『ISを使えないから』という理由で鷲悟さんがクラス代表を辞退して、その代わりに一夏さんが出場することになった、という話なんですけど……もし出られたら、どこまで行けたと思いますか?」
「ふむ。柾木か……
 “たられば”を言い出したらキリがないが……おそらく優勝候補の筆頭、くらいには挙げられただろうな。
 規格の違いに他の参加者が対応できないだろう、ということもあるが……何よりも経験に差がありすぎる」
「経験……ですか?」
「そうだ。
 アレはアレでかなりの場数を踏んでいる……ISの稼働時間とは別の、本物の実戦経験を積み重ねたアレを撃墜するのは、今の一年生のレベルではかなり厳しいだろうな」
「ふむふむ……」
 千冬の話を、薫子は手際よくメモに書きとめ、
「じゃあ、最後に。
 凰さんも一夏さんの幼なじみなんですよね? 昔から知ってる子が相手ということで、何か思うところがあれば……」
「あぁ、そうだな……
 よくもこう、懐かしい顔が集まったものだ」
 薫子の言葉に、千冬は軽くため息をつき、
「凰鈴音……それに、篠ノ之……………………」
『織斑先生……?』
「いや……なんでもない」
 自分が黙り込んだのが気になったのか、真耶と薫子の声がハモる――答えて、千冬は窓の外へと視線を向けた。
「少し……昔のことを思い出しただけだ……
 ………………昔のことを、な……」



 試合当日。
 第二アリーナ第一試合――クラス対抗戦の開幕戦にして、一夏と鈴音の試合である。
 ウワサの新入生同士の対戦ということで会場は満員御礼。席の確保できなかった生徒や関係者はリアルタイムモニターで立ち見という盛況ぶりである。
 だが――当の一夏にそんなことを気にしている余裕はない。
 理由は簡単。すでに対戦相手が――鈴音がお待ちかねだからだ。
 一夏と白式はもちろん、鈴音もすでに専用IS“甲龍シェンロン”を展開している――ブルー・ティアーズ同様、非固定浮遊部位アンロック・ユニットが特徴的な機体だが、合体していたビットの形状からスマートな印象のあったブルー・ティアーズと違い、両側に張り出した一対のスパイクホーンがやたらと攻撃的な威圧感を与えてくる。
「アレで殴られたら、すげー痛そうだな……」
《あー、一夏……?
 アレは間違いなく、そういう武器じゃないと思うな、オレ……》
 思わず素直な感想をもらす一夏に通信越しにツッコむのは、ピットからこちらの様子をモニターしている鷲悟だ。
《それでは両者、規定の位置まで移動してください》
 アナウンスに促され、一夏と鈴音はスタート位置へと移動する。
 両者の間は5m――開放回線オープン・チャンネルで鈴音が話しかけてくる。
「一夏、今謝るなら少しくらい痛めつけるレベルを下げてあげてもいいわよ」
「雀の涙くらいだろ。
 そんなのいらねぇよ。全力で来い」
 鈴音の言葉に迷わず即答する――鷲悟と戦った時もそうだが、一夏はとにかく勝負事で手を抜かれることを嫌う。全力でぶつかってこそ、そこに意味が生まれると考えているからだ。
「一応言っておくけど、ISの絶対防御だって完璧じゃないのよ。
 シールドエネルギーを突破する攻撃力があれば、本体にダメージを貫通させられる」
 それは脅しでも何でもなく、本当のこと――元々の存在目的はどうあれ、現在は兵器としての側面を与えられているISだ。軍用装備の中には操縦者に直接ダメージを与えるため“だけ”の兵装も存在するという。言うまでもなく、一夏達のISに積むのは競技規定レギュレーション違反だが。
 しかし、それらの武装がなくても代表候補生クラスともなれば絶対防御を抜くことは決して不可能ではない。“殺さない程度にいたぶることができる”という点は変わらないのだ。
《それでは両者、試合を開始してください》
 試合開始のブザーと共に一夏が、鈴音が動く――ガキィッ!と重い金属音を響かせ、一夏の“雪片弐型”と鈴音の連結型変形青龍刀“双天牙月”がぶつかり合う。
「ふぅん、初撃を防ぐなんてやるじゃない。
 ――けどっ!」
 言いながら、鈴音が再度突撃――双天牙月をバトンのように振り回し、一夏に向けて怒涛の連続攻撃を繰り出してくる。
(くそっ、このままじゃ消耗戦になるだけだ。
 一度距離をとって……)
 このままでは押し込まれる。仕切り直そうとする一夏だったが、
「――甘いっ!」
 鈴音の叫びを合図に、甲龍の非固定浮遊部位アンロック・ユニットがスライド式に開いた。中心の円形の“何か”が光り――次の瞬間、一夏は見えない何かに“殴り”飛ばされていた。
「今のはジャブだからね!」
 さらにもう一発――見えない拳に殴られ、一夏がグラウンドに叩きつけられる!



「何だ、アレは!」
 ピットからリアルタイムモニターで観戦していた箒がつぶやく――彼女の目にも、一夏がなぜ吹っ飛ばされたのか、何をされたのか、何も見えなかった。
 が――
「…………空間圧攻撃、か……」
「あら、鷲悟さん、ご存知なんですの?」
「んにゃ。
 でも、今一夏が何をされたのかはわかる――忘れた? 圧力操作は、重力使いのオレの専門分野だぜ」
 答えを口にしたのは鷲悟で、どうやらそれは正解だったらしい。感心するセシリアに答えて、肩をすくめてみせる。
「わたくしの“ブルー・ティアーズ”と同じ第三世代兵器“衝撃砲”。
 空間自体に圧力をかけて砲身を生成、余剰で生じる衝撃、それ自体を砲弾として撃ち出す……」
「砲身から砲弾まで全部を空気でまかなった空気鉄砲……みたいなもんか」
「少し乱暴な表現ですけど……それでだいたい正解ですわ。
 もっとも……威力は空気鉄砲のようなオモチャの比ではありませんけど」
「それだけじゃありません」
 そう二人に付け加えたのは、千冬と共に同じピットで試合を記録していた真耶である。今の鈴音の攻撃を分析しながら続ける。
「どうやら、あの衝撃砲、本体の向きに関係なく、射角無制限で撃てるようです」
「ちょっ、何それっ!?
 うらやましーっ! 同じ肩装備でも、オレのグラヴィティキャノン、そこまで射角広くないのに!」
「あー、ほとんど縦回転しかしませんものね」
「でも、代わりにバスターシールドとグラヴィティランチャーが……」
「となりの芝は青いって言うでしょ!」
「本人が即答することか……?」
 セシリアと真耶に答える鷲悟に千冬が呆れる――そんな一同をよそに、箒はリアルタイムモニターを食い入るように見つめていた。
(一夏……)
 ただ一夏の無事だけを祈る箒の姿に気づき、鷲悟は小さく笑みをもらし――
(………………ん?)
 気づいた。
(何だ……?
 この違和感……誰かが見てる……?
 観客じゃない……もっと遠くから、一夏達を……一夏を、誰かが……
 …………いや、違う……)



“ナニカ”が、見てる……?)





「よくかわすじゃない。
 衝撃砲“龍咆”は砲身も砲弾も目に見えないのが特徴なのに」
「ほめても何も出ないぜ!」
 鈴音に答え、一夏が不可視の砲弾を回避する――最初こそまともにくらっていた一夏だったが、今では何とかクリーンヒットを避けられる程度には対応できるようになっていた。
 しかし……
(ハイパーセンサーに空間の歪み値と大気の流れを探らせているが、これじゃ遅い……撃たれてからわかってるようなものだ)
 感知できるからこそわかる――鈴音の攻撃には本当にスキがない。無制限機動と全方位への軸反転……基礎のすべてを高いレベルで習得している。
(どこかで先手を打たなきゃ……やられる……っ!)
 右手の“雪片弐型”を強く握りしめ、打開策を探る――武器がこれしかない以上、接近してぶった斬るしかないのだが、それには問題が多い。
 鈴音がそう簡単に近づけてくれない、ということもあるが……
(問題は、シールドエネルギーがどれだけもつか、だな……)
 “雪片弐型”によるフルパワー攻撃、その名も“零落白夜れいらくびゃくや”――鷲悟との対戦で彼の武装を片っ端から叩き斬ったのも、勢い余って発現させたこの技のおかげである。
 だが……それだけの攻撃力を実現させている、そのエネルギー源が問題なのだ。
 その正体はシールドエネルギー。すなわち、一夏は“零落白夜”に限らず、雪片を光刃発生状態にしているだけでライフポイントとも言えるシールドエネルギーをそれはもうゴリゴリとすごい勢いで削られていくことになる。
 ゆえに、その使いどころが重要となるのだが――
(……考えてもしょうがないか。
 オレにできるのは……ただ、全力でぶつかることだけだ)
 技術者ではない自分には白式と甲龍、どちらのISが上かなどわからない。しかし、操縦者としての実力は明らかに鈴音が上――その差を今この場で埋められるものがあるとすれば、それは気持ちの強さ――“心”しかありえない。
(“瞬時加速イグニッションブースト”からの“零落白夜”……これで決める!)
 奇襲に使えるとしてつい先日覚えたばかりの技法も、もはや出し惜しみはしない――決意を固め、一夏は静かに呼吸を整える。
「鈴」
「何よ?」
「本気でいくからな」
「な、何よ……そんなこと、当たり前じゃない……
 と、とにかくっ、格の違いってヤツを見せてやるわよ!」
「おぅ!」
 真剣な一夏の表情に一瞬だけ見とれてしまい、あわてて我に返る鈴音に向けて全力で突撃。“瞬時加速イグニッションブースト”の爆発的な加速と共に、一夏は雪片を振るい――



 突然の衝撃が、両者の間を貫いた。



「な、何だ!? 何が起こって……」
 衝撃で吹っ飛ばされ、なんとか体勢を立て直してみれば、グラウンドの中央からもくもくと煙が上がっている――状況を把握しようと一夏がハイパーセンサーに周囲を探らせていると、鈴音から個人間秘匿通信プライベート・チャンネルで通信が入った。
《一夏、試合は中止よ! すぐにピットに戻って!》
 それはどういうことかと聞き返そうとした瞬間、白式のハイパーセンサー警告を発した。

 ――ステージ中央に熱源。所属不明のISと断定。ロックされています。

「なっ――」
 アリーナの遮断シールドはISのシールドバリアや絶対防御の技術を転用して作られている――つまり、“絶対防御を貫けるだけの攻撃力を持つ何者か”が乱入し、しかもそいつが“こちらをロックしている”ということだ。
《一夏、早く!》
「お前はどうするんだよ!?」
 まだ初めての相手とのプライベート・チャンネルの開き方がわからない一夏は、普通にオープン・チャンネルで聞き返す。
「あたしが時間を稼ぐから、その間に逃げなさいよ!」
「逃げるって……女を置いてそんなことできるかよ!?」
「バカ! アンタの方が弱いんだからしょうがないでしょうが!」
 一夏がプライベート・チャンネルで返さなかったものだから、鈴音も普通に言い返してきた。
「別に、あたしも最後までやり合うつもりはないわよ。
 こんな異常事態、すぐに学園の先生達がやってきて事態を収しゅ
「あぶねぇっ!」
 間一髪、一夏が鈴音の身体を抱きかかえてかっさらう――直後、さっきまでいた空間が熱線で貫かれた。
「ビーム兵器……!?
 しかもこんな火力……鷲悟じゃあるまいしっ!」
 思わずうめく一夏だったが、そんな彼の腕の中で鈴音が我に返り、
「ちょっ、ちょっと、バカ! 放しなさいよ!」
「お、おいっ、暴れるな――ってバカ! 殴るな!」
「う、うるさいうるさいうるさいっ!
 だいたい、どこ触っt
「――――――っ!
 しゃべるな! 舌かむぞ!」
 騒ぐ自分達に向け、再びビームが放たれる――回避する一夏達を追って、ビームの主がフワリと浮かび上がった。
「何なんだ、こいつ……」
「IS、なの……!?」
 一夏と鈴音がそううめくのもムリはない。何しろ、全身をくまなく覆った全身装甲フルスキン非固定浮遊部位アンロック・ユニットもなく、腕が異常に長く、しかも頭はあれど首がない……という異形の相手だったのだから。身長も2mを軽く超えるなど、ISとしてはあまりにも基本形状が違いすぎる。
「お前、何者だよ?」
 試しに呼びかけてみるが、異形のISからの反応はなく――
《織斑くん、凰さん! 今すぐアリーナから脱出してください!》
 代わりに通信してきたのは真耶だった。
《すぐに先生達がISで制圧に行きます!》
「いや……先生達が来るまで、オレ達で食い止めます」
 見れば、アリーナの観客席にはまだ避難し切れていない観客が大勢いる。アリーナの遮断シールドを突破できるような相手を、こんな状態で野放しにはしておけない――真耶に答えると、一夏は自分の腕の中の鈴音へと視線を落とし、
「いいな、鈴」
「だ、誰に言ってんのよ。
 それより放しなさいってば! 動けないじゃない!」
「あぁ、悪い」
《織斑くん!? だ、ダメですよ! 生徒さんにもしものことがあったr
 などとやっているうちに、再び攻撃が放たれる――敵ISの放ったビームを、一夏と鈴音は散開して回避する。
「フン、向こうはやる気マンマンってワケね」
「みたいだな」
「一夏、あたしが衝撃砲で援護するから突っ込みなさいよ――武器、それしかないんでしょ?」
「その通りだ。じゃあ、それでいくか」
 言って、それぞれの武器を軽くぶつけ合わせて――急造タッグは敵ISに向けて飛び出した。



「もしもし!? 織斑くん聞いてます!? 凰さんも、聞いてますーっ!?」
 ISのプライベート・チャンネルは声に出す必要はまったくないのだが、そんなことも忘れてしまうほど、真耶は焦りに焦っていた。
「本人達がやると言っているのだから、やらせてみてもいいだろう」
「お、お、織斑先生!? 何をのん気なことを言ってるんですか!」
「落ち着け。コーヒーでも飲め。糖分が足りないからイライラするんだ」
 言って、千冬は手際よくコーヒーを準備して――
「……あの、先生。それ塩ですけど……」
「………………」
 真耶の指摘に動きを止めた。
「なぜ、塩があるんだ?」
「さ、さぁ……」
「………………」
「あ! やっぱり弟さんが心配なんですね! だからそんなミスを……」
「………………」
 イヤな沈黙だった。危機感を覚え、真耶は話をそらそうと試みる。
「あ、あのですねっ……」
「山田先生、コーヒーをどうぞ」
「へ? あ、あの、それ塩が入ってるヤツじゃ……」
「どうぞ」
「………………いただきます」
 真耶は涙目でコーヒーを受け取るしかなく、
「熱いので一気に飲むといい」
 悪魔の追い討ちが待っていた。
「先生、わたくしにISの使用許可を!
 一夏さんと凰さんを助けに行きます!」
「出られるのか?」
「“常在戦場”――鷲悟さんから教わったことです」
「いい心がけだが……これを見ろ」
 セシリアに答え、千冬が彼女に手渡したブック型端末には、このアリーナのステータスチェックが表示されていて――
「……遮断シールドがレベル4に設定……!?
 しかも、アリーナに通じる扉がすべてロックされていて……あのISの仕業ですの!?」
「そのようだ。
 これでは避難することも救援に向かうこともできないな」
「で、でしたら、緊急事態として政府に助勢を……」
「もうやっている。
 それに、現在も二年生の精鋭がシステムクラックを実行中だ。
 遮断シールドなり扉のロックなりを解除できれば、すぐに部隊を突入させる」
 冷静に話しているように見えるが、千冬の放つプレッシャーは明らかにその圧を増している――これ以上つつくと自分が危ないと察し、セシリアは息をついた。
「はぁ……結局、待っていることしかできないのですね……」
「なに、どちらにしてもお前は突入部隊には入れないから安心しろ」
「な、なぜですか!?」
「お前のISの装備は一対多向きだ。多対一ではむしろジャマになる」
「そんなことはありませんわ! このわたくしがジャマだなどと……」
「では連携訓練はしたのか?
 その時のお前の役割は?
 ビットをどういうふうに使う?
 味方の構成は?
 敵はどのレベルを想定している?
 連続稼働時間は――」
「わ、わかりました! もうけっこうです!」
「ふん、わかればいい」
 白旗を揚げたセシリアに、千冬はフンと鼻を鳴らし――
《セシリア、連携訓練なら一夏をしごいた時にやってるよ。自主トレだけど》
 突然の通信が千冬に答えた。
《役割はバックスでオレの援護。
 ビットはフォワードの支援に。
 構成はオレないし一夏か篠ノ之さんとのツーマンセル。
 敵は……そうだね、今回は仮想オレ、くらいでいいんじゃないかな?
 連続稼働時間は今回は無視していいでしょ。どう考えても限界前にはカタがつく。
 ……他に、質問あります?》
「柾木か……
 今どこにいる?」



「はーい、こちら現場の柾木です♪
 現在アリーナ上空で待機中で〜す♪」
 そう告げる鷲悟は、その言葉どおりアリーナの上空で“装重甲メタル・ブレスト”の着装を済ませ、待機していた。
 先に感じた違和感――その正体を探ろうと、みんなの輪から抜け出して外に出ていたのが幸いした形だ。
「織斑先生、ちょっとセシリアを見くびりすぎ。
 セシリアだって十分やれる……つか、オレの方から組ませてもらいたいくらいだよ」
《そ、そうですわよね!?》
《……オルコットの擁護のために、わざわざそんなところから通信してきたのか?》
「っと、そうだったそうだった。
 織斑先生、ちょっと暴れる許可くれません?――遮断シールドぶち破って、一夏と凰さんを助けに行くからさ」
《む、ムリですよ!
 アリーナの遮断シールドは現在レベル4。いくら柾木くんの火力でも……》
《まぁ待て、山田先生》
 反論しかけた真耶を制すると、千冬は映像越しに鷲悟を見据え、尋ねる。
《……やれるのか?》
「許可と、少々のチャージタイムをくれるなら。
 今まで見せてきたのが、オレの最大火力だと思ってもらったら困る……そういうことです」
 答える鷲悟に千冬はしばし黙り込み、
《………………いいだろう。任せよう》
「ありがt
 その瞬間、第六感が危険を報せる――とっさにバックダッシュをかけた鷲悟の眼前を、二条の閃光が貫いた。
《どうした、柾木!?》
「………………スンマセン。ちょっとプラン修正。
 山田先生、やっぱ突入部隊準備して、そっちの指揮をお願いします……遮断シールドだけは、なんとかぶち抜きますから。
 で、セシリアはこっちに合流――さっそく出番だ」
 千冬に答え、鷲悟はゆっくりと振り向いて、
「こっちにも……お客さんのお出ましだ」
 一夏達の前に現れたのと同じ異形のISがもう一機、鷲悟の目の前に舞い降りてきた。
《待っていてください、鷲悟さん! すぐに参りますわ!》
「頼んだぜ。
 こいつの相手をしながらのシールド突破ってのは、さすがにちょっと厳しいからさ」
 セシリアに答えると、鷲悟は大きく息をつき、告げる。
「さて……」







「踏みつぶすか」







白と黒
  戦場いくさば二つ
    いざ出陣


次回予告

一夏 「おぅ、一夏だ。
 ったく、何なんだ……コイツらいきなり襲ってきやがって!」
鷲悟 「しかも、やたらしぶといし。
 こうなったら、こっちも切り札を切るしかないかな?」
一夏 「おいおい……まだ何か隠し玉があるのか? お前は……」
鷲悟 「そいつぁ見てのお楽しみ♪
 次回、IB〈インフィニット・ブレイカー〉!
   『これが鷲悟の超本気! 世界に代わってオシオキだ』
   
セシリア 「わたくし達も!」
「忘れてもらっちゃ、困るのよ!」

 

(初版:2011/04/28)