「くらえっ!」
 言い放つと同時にトリガーを引く――先制攻撃と言わんばかりに左右のグラヴィティランチャーを放つ鷲悟だが、敵ISにはあっさりとかわされてしまう。
「その程度!」
 しかし、その程度の回避行動であわてたりはしない。回避を先読みしていた鷲悟は、敵ISの逃げる先にグラヴィティキャノンを撃ち込む――が、敵ISはその攻撃もあっさりとかわしてみせる。
「いい読みしてるじゃないのさ!
 ……でもっ!」
 対し、鷲悟はさらに砲撃の勢いを強めた。バスターシールドも加え、たて続けの砲撃をお見舞いするが、敵ISには当たらない。
 だが――放つ攻撃をかわされていく中で、鷲悟はある違和感を覚えた。
(何だ、アイツの反応……?
 何か……どこかでタイミングが微妙におかしい……?)
 しかし、その“違和感”の正体を探る余裕はなかった。反撃に転じた敵ISが距離を詰め、鷲悟に殴りかかってくる。
「ぐぅ…………っ!
 なめんなっ!」
 それを左のバスターシールドで受け、反撃。至近距離から両肩のグラヴィティキャノンを放つ――が、
「――ウソだろっ!?」
 かわされた。この距離でかわされるとは思っておらず、驚く鷲悟を敵ISが思い切り殴り飛ばす!
 さらに、吹っ飛ぶ鷲悟に向けて両腕のビーム砲をかまえ――直後、その背中で爆発が起きた。
「鷲悟さん!」
 声を上げ、飛来するのはブルー・ティアーズを身にまとったセシリアだ――今の爆発も、彼女が鷲悟を救うために放ったスターライトの狙撃によるものだ。
「悪い、セシリア、助かった。
 お礼は……そうだな、学食のランチ一食でどうだ?」
「あら、このわたくしを食べ物で釣れると思って?」
「………………デザートメニューのスペシャルDXパフェをつけてやる」
「ノリましたわっ!」
 軽口を叩きあいながらも、相手への警戒は忘れない――突撃してきた敵ISの体当たりを左右に散ってかわし、二人が再度合流する。
「それにしても、鷲悟さんともあろうお方が、あの程度の相手に後れを取るだなんて……」
「あー、お前もアイツが大したことないと思う?
 実際、攻撃も回避も、あんまり大したことない動きのはずなんだけど……なんか変なんだよな、アイツ」
「何か変……ですの?」
「その“何か”がわからないから困ってるんだよ」
 そう答えると、鷲悟はセシリアに提案した。
「とりあえず、適当に仕掛けてみよう。アイツの反応から感じる違和感の正体を見極めたい。
 一夏達のことも心配だけど……だからこそ慎重に、だ。焦ってオレ達が墜とされたら元も子もないからな」
「わかりましたわ」
 セシリアがうなずき、二人は敵ISに向けて飛び出した。

 

 


 

第6話

これが鷲悟の超本気!
世界に代わってオシオキだ

 


 

 

「くっ…………!」
 一撃必殺の間合いからの一閃――しかし、一夏の斬撃は敵ISにスルリとかわされてしまう。
「一夏っ、バカ! ちゃんと狙いなさいよ!
 これでもう4回目よ!」
「狙ってるっつーの!」
 並の相手ならかわせるはずのないタイミングと速度による攻撃も、敵ISには届かない――全身に配されたスラスターの出力がすさまじく、距離を詰めても一瞬で離脱されてしまうのだ。
 さらに――
「一夏! また来る!」
 その後の反撃も厄介だ。長い腕をブンブンとコマのように振り回しながら突っ込んでくる。しかも同時に拡散ビームまでばらまいてくるのだからタチが悪い。
「あー、もうっ!
 めんどくさいわね、コイツ!」
 いい加減焦れてきた鈴音が衝撃砲を放つ――が、敵ISは見えないはずの衝撃を腕の一振りで打ち払う。これも、もう七度目の攻防である。
「見えないはずの衝撃砲を7回も止めるなんて……
 アイツ、一体何なの……?」
 舌打ちする鈴音の傍らで、一夏はシールドエネルギーの残量を確認――すでに残り60を切っている。やはり“雪片弐型”の仕様が厳しすぎる。
 我が姉もよくこの“雪片”一本で世界の頂点に上り詰めたものだ。そんなことを考えながら、鈴音に尋ねる。
「……鈴、あとエネルギーはどのくらい残ってる?」
「180ってところね」
 一夏よりはマシだが、それでも彼女もかなり削られている。
「ちょっと、厳しいわね……
 現在の火力でアイツのシールドを突破して機能停止ダウンさせるのは、確率的に一ケタ台ってトコじゃない?」
「ゼロじゃなきゃいいさ」
「あっきれた。確率はデカイほどいいに決まってるじゃない。
 アンタってよくわからないところで健康第一っていうかジジくさいけど、根本的には宝くじ買うタイプよね」
「うっせぇな。オレは宝くじなんか買わねぇよ。オレは賭け事が弱いんだ」
「そうなの?」
「あぁ。それで中学時代何回五反田にジュースをおごったことか」
「ぅわ、アイツに負け越すなんてどれだけ弱いのよ。こっち来んな、この疫病神!」
 などとふざけているが頭の中はいたってマジメだ。さて、どうやってあの敵ISを攻略したものか……
(オレも鈴ももう余力がない。
 このまま同じことを繰り返していても……ん?)
 そこまで考えて――ふと思考の片すみに引っかかりを覚えた。
(“同じことを”……“繰り返す”……?)



「こなくそっ!」
「墜ちなさいっ!」
 鷲悟が前に出て、セシリアが援護する――鷲悟の砲撃とセシリアのビットによる射撃が一斉に襲いかかるが、やはり敵ISはそのことごとくをかわしてしまう。
「くっ、またですの!?」
「グチんのは後! 反撃くるぞ!」
 舌打ちするセシリアに鷲悟が答え、一夏達も苦しめられている敵ISの回転アタックを回避する。
 そのまま距離をとろうとする鷲悟だったが、敵ISも後を追ってくる――とっさにバスターシールドでその拳を受け止めるが、衝撃を殺しきれずに吹っ飛ばされてしまう。
 さらに追撃をかけるべく、敵ISが体勢を立て直した鷲悟に真正面から襲いかかり――突然、鷲悟の視界からその姿が消えた。
 直後、鷲悟の眼前をビームが駆け抜ける――セシリアのビットが放ったビームだ。どうやらセシリアが敵ISを追い払ってくれたらしい。
 しかし――
(何だ……? 今のヤツの動き……)
 今の敵ISの動きに、鷲悟は何かを感じ取っていた。
「鷲悟さん、大丈夫ですか!?」
「あぁ、なんとか……」
 セシリアに答えると、鷲悟は少しだけ考えて、
「…………セシリア、もう一回だ」
「え……?」
「もう一度、ヤツの死角から仕掛けてみてくれ。
 注意はオレがひきつけるから」
「何か気づいたんですの?」
「まぁね……それを確かめたいんだ」
「わかりましたわ。
 その鷲悟さんの思いつきに、賭けてみましょうか。
 ……あの、鷲悟さん」
「ん?」
「お気をつけて」
「……OK。
 そんじゃ……お前も援護頼むぜ!」
 うなずくセシリアに答え、鷲悟は敵ISに向けて突撃。敵ISもそれに応じ、両者は激しく砲火を交える。
 しかし、やはり鷲悟の砲撃は当たらない。それどころか反撃を受け、じりじりと後退を余儀なくされる。
 そんな鷲悟を追い、敵ISが突っ込んできて――突如停止、後退し、死角から放たれたセシリアのビット攻撃を回避する。
「やっぱり、そうか……」
「その様子では、鷲悟さんの読みは当たりだったみたいですわね」
 合流してくるセシリアの言葉にうなずき、鷲悟は敵ISへと視線を戻し、
「違和感の正体は……アイツの反応速度だよ。
 さっきも、そして今も……アイツはセシリアのビット攻撃を“撃たれてからかわしてる”
 他の動きはオレ達……というか、お前らの専用機とそれほど変わるものじゃない。けど、攻撃を感知してから対応に移るまでの反応速度“だけが”異常と言ってもいいくらいに速い――その反応速度の速さがあったから、オレ達の攻撃をことごとくかわすことができていたんだ」
「そんな……!?
 衝撃くうきを撃ち出す衝撃砲ならいざ知らず、至近から放たれたビームを、撃たれてからかわすなんて……」
「気づいたことはもうひとつ」
 敵ISは今のところこちらの様子をうかがっているようだ。警戒を解かないまま、鷲悟はセシリアに答えた。
「アイツ……オレ達のことを一度も目で追ってないんだよ。
 そりゃ、ISなら死角で起きてることもハイパーセンサーが教えてくれるけど、それは人間が元々持っていた感覚じゃないから、簡単には受け入れられない。
 結果、どうしても人は反応のあった方を確かめてしまう――けど、アイツにはそういう行動がまるでないんだ。
 そして……そういう動きがない分だけ、反応がさらに速くなる……」



「なぁ……鈴」
「何よ?」
 一方、一夏もまた、敵ISの行動からあることに気づいていた。鈴音に合流し、話しかける。
「アイツの動き……妙に機械じみてないか?」
「ISは機械よ?」
「いや、そういうんじゃなくてだな……
 思い出してみろよ。攻撃回避の後、アイツは必ずあの回転攻撃をする。オレと鈴……どっちの攻撃の後でもだ。
 で、それに対抗した鈴の衝撃砲をアイツが防いで、そしてまた同じことの繰り返し……
 寸分違わない行動を、アイツは7回も繰り返してる……生身の人間から感じる緩急や乱れ……そういうのがアイツにはないんだ」



 そして――



「えっと……どういうことですの?」
「簡単な話さ。
 人間である限り避けられない、本能からの行動をアイツは必要としていない……」



 鷲悟と



「まったく同じ行動を、まったく同じように7回も繰り返す……そんな正確な行動が、人間にできると思うか?」



 一夏は



「つまり」



 まったく同時に



「要するに」



 それぞれの場所で





『アイツは、無人機かもしれない』





 同じ結論に到達していた。





「鷲悟さん、何を言ってますの?
 ISは人が乗らなければ動かな――」
 しかし、二人の仮説はISのことをより深く学んでいる代表候補生達にとっては突拍子もないことだった。セシリアが反論しかけて、しかしその動きが止まる。
「……そういえば、あのIS、さっきからわたくし達が話している時は、あまり攻撃してきませんわね……
 まるで、興味があるみたいに聞いているような……」



「うぅん、でも無人機なんてありえない。
 ISは人が乗らないと絶対に動かない……そういうものだもの」
「それはオレも勉強したよ」
 鈴音に答え――「でも」と一夏は続ける。
「でも……“それはオレ達が勉強した当時の話”だろう? “今現在もそうだとは限らない”」



「どこかの国なり企業なりが極秘に開発に成功して、それを利権のために黙っていたとしたら……話は変わってくるだろ。
 そう考えると、アイツらがどういう目的で送り込まれてきた……って話にも、一応の仮説が成り立つ……“2体が別々に襲ってきた理由も含めて”」
「狙いは鷲悟さんと一夏さん……お二人のデータ収集が目的……と?」
「あくまで仮説の域を出ないけどね」
 セシリアに答えて――鷲悟は不敵な笑みを浮かべ、
「それで、だ……
 オレとしては、そんな敵さんのリクエストに、ぜひとも応えてやろうかなー、とか思ってんだけど」



「仮に……仮にだ。
 アイツが無人機だったら……どうだ?」
「何? 無人機だったら勝てるって言うの?」
「勝てる」
 聞き返す鈴音に、一夏は迷わずうなずいた。
「人が乗ってないなら……“全力で攻撃しても大丈夫”だしな」



「全力で……って……
 ま、まさか鷲悟さん、わたくしと戦った時は手を抜いて入らしたとでも言うのかしら!?」
「む、ムリ言うなよ。あの時はオレだっておっかなびっくりだったんだからさ。
 ヘタに最大火力ぶっ放して、絶対防御がもちこたえられませんでした、じゃシャレにならないだろ……今でも、対人戦じゃ“けっこう本気”以上の火力は怖くてそうそう撃てないんだぞ」
「え…………
 じゃあ、火力を抑えたのは、わたくしのことを心配して……?」
 気まずそうに答える鷲悟の言葉に、自分を心から気遣ってくれていることを知ったセシリアの頬が赤く染まる――そんなセシリアから照れくさそうに視線をそらすと、鷲悟は気を取り直して敵ISをにらみつけた。
「けど……アイツが無人機ならその心配もいらない。
 お前らとの戦いじゃ怖くて切れなかった切り札も、遠慮なく切っていけるってもんだ」
 言って、鷲悟はグラヴィティキャノンの照準を敵ISに向ける――会話終了と判断したのか、敵ISもすぐさま戦闘態勢に復帰する。
「セシリア」
「はい?」
「お前のブルー・ティアーズ……あぁ、ビットの方な。
 アレって……5、6番機はミサイルだよな?」
「え…………? そうですけど……どうして今その話を?
 撃ってもいいですけど……あの機動性が相手では当たりませんわよ?」
「いやいや、そうじゃなくてね……
 “今でもミサイルが健在なら、その対策もまた健在なはず”だと思ってね」
 そう答えると、鷲悟はセシリアに軽く耳打ちし、
「じゃあ……頼んだぜ」
「本当にそれでうまくいくんですの……?
 鷲悟さん……その策、信じますからね!」
 言って、セシリアが敵ISに向けて突撃――こちらが攻め手を変えてきたことにも動じず、敵ISは迎撃すべくビーム砲をかまえ――
「今だ、セシリア!」
「フレア、チャフ――発射!」
 鷲悟の合図でセシリアが仕掛けた。ミサイルの追尾機能をかく乱するためのチャフやフレアを、ブルー・ティアーズに搭載してある分すべて、敵ISの周辺にばらまく――というか、むしろ敵ISに直接ぶっかける勢いでぶちまける。
 とたん――敵ISの動きが乱れた。頭痛を覚えたかのように一瞬苦しんで見せた後、こちらを見失ったかのようにしきりに周りを見回している。
 言うまでもなく、原因は今セシリアがばらまいたフレアとチャフだ。フレアが熱源感知系の、チャフが電波感知系のセンサーに干渉、その機能を大きく狂わせているのだ。
「ほ、ホントに効きましたわ……」
「と言っても、この方法自体が長時間ごまかしていられるようなものじゃないし、何より相手はハイパーセンサーだ。対ミサイル用のチャフやフレアじゃ完璧に目つぶしできたとは言いがたいけど……少なくとも、さっきまでのような超反応は、もうできないはずだ」
 これで相手の有利な点はつぶした――つぶやくセシリアに、鷲悟がそう答える。
「チャフやフレアに、こんな使い方があったなんて……」
「対ミサイル用装備だからって、ミサイル相手にしか使っちゃいけないってルールはないんだよ。おわかり?」
 言って――ようやくこちらを見つけたらしい敵ISに向け、鷲悟はグラヴィティランチャーをかまえ、
「それじゃ……改めて、踏みつぶすか!」
 発射した。放たれた漆黒の“力”の渦をなんとかかわし、敵ISが鷲悟へと襲いかかる。
 一気に間合いを詰め、鷲悟に向けて拳を繰り出す――しかし、その一撃が鷲悟を捉えるよりも早く、敵ISの方が周囲からのビームの一斉射を受けていた。
「わたくしがここにおりましてよっ!」
 そう。セシリアのビットによる援護射撃だ。
 一発一発はそれほど威力はないが、不意討ち同然に集中砲火を喰らった敵ISは大きく姿勢を崩し――
「へい、らっしゃい♪」
 体勢が崩れ、その顔が向いた先には鷲悟がいた。眼前に突きつけた右のグラヴィティランチャーが火を噴き、敵ISを吹き飛ばす。
 爆発の中から、至近距離からの一撃を絶対防御でしのいだ敵ISが飛び出してくる――しかし、そこにすでに鷲悟の姿はない。
 直後――背後から鷲悟による砲撃の嵐が襲いかかった。立て続けに直撃をもらい、体勢の崩れた敵ISを、セシリアのスターライトによる狙撃が反対側から狙い撃つ!
「よし、このまま一気に踏みつぶすぞ!」
「はい!」
 鷲悟の言葉にセシリアが答えた、その時――

《一夏ぁっ!》

 眼下のアリーナから、すっごく聞き覚えある声が響いた。



「『全力で攻撃』って、具体的にはどうすんのよ!?」
 時間はわずかに、具体的には30秒ほどさかのぼり――アリーナ内も戦闘再開。敵ISのビームをかいくぐり、鈴音が一夏に問いかける。
「今まで一発も当てられてないってのにっ!」
「次は当てる!」
「言い切ったわね!
 じゃあ、そんなことは絶対にありえないけど、アレが無人機だと仮定して攻めましょうか!」
 一夏に策ありと見て、鈴音はニヤリと不敵に笑った。
 一夏にしてみれば、一年前まで度々見ていた笑顔だ――『間違っていたら、それを理由に駅前のクレープをおごらせる』という意味の。
「一夏」
「ん?」
「どうしたらいい?」
「オレが合図したら、アイツに向かって衝撃砲を撃ってくれ。最大出力で」
「いいけど……当たらないわよ?」
「いいんだよ、当たらなくて。狙いは別にあるんだから。
 じゃあ、さっそく――」
 一夏が突撃姿勢に入ろうとした、その時だった。

《一夏ぁっ!》

 アリーナのスピーカーから大音量が響いた。
「箒!?」
 そう、箒の声だ――見ると、スタッフが避難し、無人となった実況席にマイクを持った箒の姿があった。アリーナへの出入り口は観客席も含めて封鎖されてはいたが、それ以外の場所の通路は特に封鎖されてはいなかったのだ。
《勝て、一夏!
 男なら……そのくらいの敵に勝てなくてなんとする!》



「……っ、の、バカタレが!」
 しかし――そんな箒の行動に、鷲悟は上空で思わず毒づいていた。
 箒が一夏を激励するためにあんな行動に出たことは鷲悟にもわかる。わかるが――その手段に問題がありすぎた。
 なぜなら――箒のそんな行動に興味を持ったのか、敵ISが“2体とも”彼女の方へと視線を向けたからだ。
「ブタの丸焼き担いで人食い羆の前に出て行くようなマネしやがって!
 セシリア! 少しの間……1分……いや、30秒でいい! こっちのヤツの動きを止めててくれ!」
「鷲悟さん!?」
「このままじゃ篠ノ之さんが危ない!
 先に遮断シールドからブチ破って――ついでにあっちの敵に一撃入れる!」
 セシリアに答え、鷲悟は背中に装備された、セシリアや一夏との対戦では使われなかった“カラミティキャノン”を起動させた。右側の一門が上方に砲門を向けるように外回りに回転、そこから前方に倒れ込むと右肩アーマー上部のジョイントに接続、固定される。
「カラミティシステム!」
 続けての指示で、鷲悟の“装重甲メタル・ブレスト”、“グラヴィティ・ジェノサイダー”の中で目的のシステムが起動――背中のスラスターから噴き出したエネルギーが、漆黒の翼を形作る。
 と――セシリアのハイパーセンサーがその異変を感知した。
(周囲の気温が低下……?
 それに、戦闘による残留ビーム粒子の濃度も急速減少……?
 一体、何が……?)
 その数値の変化に眉をひそめ――気づいた。
(まさか……)
「これが……“カラミティシステム”の効果……?
 周りのあらゆるエネルギーを、吸収している……?」
「正解だ」
 つぶやくセシリアに、鷲悟が答える。
「周囲にまき散らされた、戦闘によって放たれた攻撃の残滓、そしてこの世界に元から存在する様々な“力”……
 カラミティシステムは、それらのエネルギーを吸収し、自分のパワーに転化する……
 世界から“力”を借りて、敵に叩き込む。まるで自然災害のように……ゆえに、“災厄カラミティ”システム」
 鷲悟の言葉に伴い、両足のアーマー側面、両肩のアーマー後部が展開。放熱システムが露出し、チャージに伴って発生した熱を放出し始める。
 バイザーが下りて鷲悟の両目を覆うと、砲狙撃用のターゲッティングデバイスとしてアリーナ内の、箒へと向き直った敵ISに照準を合わせる。
 カラミティキャノンの砲門、その奥に輝きが生まれ、そして――
「いっ、けぇぇぇぇぇっ!
 カラミティ、バスタァァァァァッ!」
 その咆哮自体がトリガーとなり、閃光が解き放たれる――人の身の丈ほどもある太さの破壊の渦が、遮断シールドに叩きつけられる!
「ぶち抜けぇぇぇぇぇっ!」
 遮断シールドが持ちこたえたのはわずか数秒――シールドを貫いたその一撃が、一夏と鈴音の追撃を振り切り、今まさに箒に襲いかかろうとしていた敵ISを直撃する!
 だが――止められない。遮断シールド突破で威力を削がれたか、耐え切った敵ISが箒を狙って爆煙の中から姿を現し――
「させるかぁぁぁぁぁっ!」
 破られた遮断シールドの穴から飛び込んできた鷲悟がその勢いで蹴りを一発。敵ISを今度こそ地面に叩き落とした。
「てめぇらの相手は一夏達だろうがっ!
 勝手に余所見してんじゃねぇぞコラぁっ!」
「ま、柾木……!?」
 実況席を守るように威勢よくタンカを切る鷲悟の姿に、箒が思わず声を上げ――そんな箒にも鷲悟は鋭い視線を向けた。
「お前もお前だ、このバカタレ!
 ISも持たないお前がこんな……! それがどれだけ危険なマネか、わかってないのか!?」
「わ、私はただ、一夏に喝を……」
「それが余計な事だって言ってるんだ!
 オレがフォローしなかったら、誰がお前を守ってた!?
 一夏達か!? さっきの位置取りで一夏達がお前を守ろうとしたら、どれだけのムチャをしなきゃならなかったと思ってる!?
 そんなに一夏の足を引っ張りたいのか!? そんなに一夏達を危険にさらしたいのか!?」
 箒の言葉にも、鷲悟はさらに強い口調で言い返す――初めて見る、激しい怒りを見せる鷲悟の剣幕に、セシリアも、鈴音も、そして一夏でさえも口をはさめない。
「戦う力もないクセにっ……!
 自分の無力をわきまえろ! この身の程知らずがっ!」
「………………っ!」
 鷲悟の言葉が、鋭い刃となって箒の胸を貫く――反論できず、うつむく箒とそんな彼女をにらみつける鷲悟に向け、上空の敵ISが襲いかかる!
「鷲悟! 箒!
 鈴、やれ!」
「わ、わかったわよ!」
 気づき、動いた一夏の言葉に鈴音も我に返る。衝撃砲のチャージを始め――“その射線上に一夏が割り込んだ”
「ち、ちょっと、バカ! 何やってんのよ! どきなさいよ!」
「これでいい!
 アイツに向けて――“オレを撃ち出せ”!」
「あぁ、もうっ……!
 どうなっても知らないわよ!」
 高エネルギー反応を背中に受け、一夏は“瞬時加速イグニッション・ブースト”を作動させる。
 “瞬時加速イグニッション・ブースト”は、後部スラスター翼からエネルギーを放出、それを内部に一度取り込み、圧縮して放出、その勢いで加速する……という一連のプロセスによって成り立っている。
 この際重要なのは、“エネルギーを内部に取り込んで加速に用いる”という点だ。そのエネルギーは自分のものでなくてもかまわないし、取り込むエネルギーの量が大きければ大きいほど加速力も増すのだ。
 ドンッ!と背中に巨大なエネルギーの塊がぶつかるのを感じる――衝撃砲の砲弾だ。衝撃で身体がみしみしときしむのを感じながら、そのエネルギーを取り込み、一夏は加速した。
「オォォォォォッ!」
 右手の“雪片弐型”が強く光を放つ――“零落白夜”の発動だ。
「オレは――っ!」
 自分でも意識しないまま、決意が言葉となってあふれ出る。
(千冬姉を、箒を、鈴を、鷲悟を、セシリアを……関わる人すべてを……)

「守る!」

 一閃――振り下ろされた刃は、敵ISの右腕を斬り落としていた。
 しかし、直後に反撃――左拳を受けて吹っ飛ばされた一夏に肉迫、敵ISが左腕のビーム砲を突きつけ――
「じゃあ、後はお願いします――」



「山田先生」



 一夏のその言葉を合図にしたかのようなタイミングで、敵ISのビーム砲、その砲口が爆発と共に吹き飛ぶ――ラファール・リヴァイヴを駆り、突入隊を指揮していた真耶がピンポイント狙撃で撃ち抜いたのだ。
 さらにそのまま距離を詰める。反撃しようと振り回す敵ISの腕をかいくぐると、その胸部にショットガンの銃口を突きつけ――トリガーを引いた。
 瞬間、無数の散弾がごく狭い範囲を一瞬にして撃ち貫く――数秒、腕を振り上げたままの姿勢で硬直すると、敵ISは仰向けに倒れ、沈黙した。
「す、すげー……」
《山田先生は元代表候補生だ。この程度のことは造作もない》
「そ、そんな大したものじゃありませんよ。
 結局候補生止まりでしたし……」
 確かに最後にあてにはしたが、まさかここまでの実力者だったとは――自分達がさんざん苦労した相手をわずか二手で仕留めた真耶の姿に呆然とする一夏には千冬が答えた。
 当の真耶は謙遜しているが十分にすごいことだ。というか――
「……ホントに、入試の時のオレとの対戦で壁に突っ込んで自滅した人と同一人物なんだろうか……」
「そ、その話は忘れてくださ〜いっ!」
 一夏の言葉に、真耶は真っ赤になって大あわて。ようやく続々と到着し始めた突入隊の教師達も、そんな彼女を微笑ましく見守るばかり。どうやら教師達の間でも彼女はマスコット的な立ち位置にいるらしい。
「そ、それにあの個体はオルコットさんのチャフでセンサーの一部が利かなくなってましたし、絶対防御だって織斑くんが“零落白夜”で……」
「あ……
 じゃあ、一夏の最後の一撃って……」
「あぁ。
 最初のプランじゃ、あの一撃で仕留めるつもりだったんだけど……鷲悟の砲撃で、アリーナの遮断シールドが破られただろう?
 先生達が突入してくるのは時間の問題だったから、最低限、絶対防御くらいは……ってな」
 鈴音に助けられた一夏が答えた、その時――

 ――敵IS、再起動を確認! ロックされています!

「――――――っ!?」
 ハイパーセンサーが警告を発し――思い出す。
 “敵は1体だけではなかったことを”。
「一夏! 向こうのヤツ、まだ動いてる!」
 同じく気づいた鈴音が声を上げたのとほぼ同時、鷲悟のカラミティバスターの直撃を受け、さらに追撃の蹴りで地面に叩きこまれていた敵ISが立ち上がり、一夏へと狙いを定めて――



「させるか、バーカ」



 瞬間、刃が閃き――敵ISの両腕、そのヒジから先がなくなった。
 鷲悟が重天戟を一閃、斬り落としたのだ。
 ようやく鷲悟に気づいた敵ISが蹴りで反撃――しかしその足も斬り飛ばされた。さらに足払いで転ばされ、その背中を思い切り斬りつけられる。
 その間わずか5秒足らず。真耶に優るとも劣らぬ瞬殺劇に、誰もが言葉を失い――敵ISが再起動。上空に舞い上がる。
「アイツ……逃げるつもり!?」
「…………山田先生」
 鈴音が声を上げるのにもかまわず、鷲悟は真耶に問いかける。
「出所を調査するサンプルはさっき先生が倒した分がありますから……“アレ、いりませんよね”?」
「ひ――――――っ!?」
 底冷えのするような鷲悟の声に、真耶の背筋が凍りつく――返事がないのを肯定と受け取り、鷲悟はカラミティキャノンを“二門とも展開した”。
 カラミティシステムの起動を示す光翼が展開。バイザーが照準モードへと切り替わり、逃げていく敵ISへと狙いを定める。
「バカが……
 オレの友達に手を上げて、生きて帰れるとでも思ったのか……?」
 問いかけるような物言いだが、答えなど最初から期待していない。二つの砲口から光があふれ――
「………………消し飛べ」



「ツイン! カラミティ、バスタァァァァァッ!」



 先ほどの一撃とは比べものにならない、圧倒的なまでのエネルギーが解き放たれた。それは脇目も振らずに敵ISを飲み込み、文字通りチリひとつ残すことなく消し飛ばしていった。





「う………………っ?」
 全身の痛みに呼び起こされ、一夏は目を覚ました。
 周囲を見回して、そこが保健室らしいと理解して――そこでようやく、自分の身に何が起きたのかを理解した。
「そうか……鷲悟が2体目を吹っ飛ばした後、動けないオレは保健室ここに……」
「気がついたか」
 こちらの返事も待たずにカーテンが開けられ、千冬が姿を現した。
「身体に致命的な損傷はないが、全身に軽い打撲がある。
 数日は地獄だろうが……まぁ、慣れろ」
「あ、あぁ……」
「まったく……衝撃砲の最大出力を背中から受けたんだぞ。
 しかもお前、ISの絶対防御をカットしたな? よく死ななかったものだ」
 そう言われても、当の一夏には今ひとつピンとこない。実際、無我夢中だったこともあり、あの時のことは自分でもよく覚えていないのだ。
「っていうか……絶対防御ってカットできない仕様じゃなかったっけ?」
「お前がやったんじゃなかったのか?
 ということは、白式が勝手にやったというコトか……衝撃砲のエネルギーを最大限取り込むために、絶対防御で威力が殺されることを嫌ったか……
 やれやれ、持ち主共々ムチャをする」
 ため息をつく千冬の姿に、一夏は“ISのコアには意思表示こそしないものの自我のようなものがある”と授業で習ったのを思い出したが……本当に白式が勝手に絶対防御を解除したのなら、一度じっくりと話し合う必要がありそうだ。もっとも、今のところ対話の手段などありはしないが。
「まぁ、何にせよ無事でよかった。家族に死なれては寝覚めが悪い」
 そう告げる千冬の表情は、いつもよりも柔らかい――“家族”の顔だった。それを見て、一夏は彼女がどうして今ここに現れたのかを理解した。
 だから……告げる。
「…………千冬姉」
「うん? 何だ?」
「いや、その……
 ……心配かけて……ごめん」
 一夏の言葉に一瞬きょとんとした後、千冬は小さく笑った。
「心配などしていないさ。
 お前はそう簡単には死なない――なにせ、私の弟だからな」
 そう言い残し、千冬はさっそうと保健室を後にしていった。



「………………ん」
 その後、少し休もうと横になり――再び目を覚ました一夏の目の前には、
「あ」
 鈴音の顔があった。その距離3cm。
「……何してんの、お前」
「ぅひゃあっ!?」
「……何焦ってんだ?」
「あ、焦ってなんかないわよ! 勝手なこと言わないでよ、バカ!」
 あわてて飛びのき、さらに顔を真っ赤にしての否定。絶対何かあったと思うのだが、答えてくれそうにないのでそれ以上追求しないことにする。
「あー、そういえば試合、どうなるんだ?」
「そりゃ、もちろん無効よ」
「だよなぁ……
 じゃあ、勝負の決着ってどうする? 次の試合が決まるまで待つか、放課後の自主練の時にでも……」
「そのことなら、別にもういいわよ」
「え? なんで?」
「い、いいからいいのよっ!」
 またもや鈴音は顔を真っ赤にしてそう答える――これもこれ以上の答えは期待できなかったが、それでも言うべきことは言っておく。
「鈴」
「何よ?」
「その、なんだ……
 悪かったよ。いろいろと……すまん」
「ま、まぁ……あたしもムキになってたし、その……いいわよ、もう」
 どうやら許してくれたらしい。ようやく安堵の息をつき――そんな一夏の脳裏で閃いたものがあった。
「あ、思い出した」
「え…………?」
「約束だよ、約束。
 正確には『料理の腕が上達したら、毎日あたしの酢豚を食べてくれる?』だったっけ。
 で? どうよ、上達したか?」
「え、あ、う……」
 一夏の問いに、鈴音は真っ赤になって黙り込んでしまう――そんな鈴音の態度に首をかしげていた一夏だったが、ふとある可能性に気づいた。
「なぁ、ふと思ったんだが……その約束ってもしかして違う意味だったのか?
 オレはてっきり、タダ飯を食わせてくれるんだとばっかり思ってたんだが……」
「ち、違わないわよ、違わない!
 だ、誰かに食べてもらったら料理って上達するじゃない!? だから、そう、だからよ!」
「そ、そうか……」
 ものすごい勢いでまくし立てられ、ちょっと気圧されながらも納得する。
「確かにそうだな。
 いや、もしかしたら『毎日味噌汁を〜』とかの話かと思ってさ。違うんならいいけど。
 深読みしすぎだな、オレ」
「………………」
「鈴?」
「そ、そうね! 深読みしすぎじゃない!? あは、あはははは!」
 ごまかすような鈴音の笑いは気になったが、本人が避けたい話題を追求することもないだろう。どの道酢豚の一件は解決したのだし――と、話題を変えるついでにふと気になったことを聞いてみることにした。
「そういえば……こっちに戻ってきたってことは、またお店やるのか?
 鈴の親父さんの料理もうまいもんな。また食べたいよ」
「あ…………」
 一夏のその言葉に――鈴音の動きが、今までとは違う意味で止まった。
「鈴……?」
「あ、その……お店は……しないんだ……」
「え? なんで……?」
「あたしの両親、離婚しちゃったから……」
 一瞬、鈴音の言っていることが理解できなかった。
 なぜなら、一夏の記憶にある鈴音の両親はとても仲がよかったから――そんな一家が、バラバラになるなんて、すぐには信じられなかった。
「あたしが国に帰ったのも、実はそのせいなんだよね」
「そうだったのか……」
「一応、母さんの親権なのよ。
 ほら、今ってどこでも女の子の方が立場が上だし、待遇もいいしね。
 だから……父さんとは、もう一年会ってないの。たぶん、元気だと思うけど……」
 うつむく鈴音に対し、一夏はかける言葉が見つからなかった。
 物心ついた頃から千冬しか肉親のいなかった一夏には、鈴音がどんな気持ちでいるかなど想像もつかない。
 しかし……これだけはわかる。
 話題を変えようとして振った新たな話題が、よりによって最大級の地雷であったことだけは。
 だから、せめて……
「…………なぁ、鈴」
「ん、何?」
「今度、どっかに遊びに行くか」
「え!?
 それって、その、デ……」
「五反田も呼ぼうぜ。久しぶりに三人で集まぶべっ!?」
 言い終わらない内に、一夏の顔面に鈴音の芸術的な右ストレートが突き刺さった。
「そんなオチだと思ったわよ! このバカ!」
 言い捨てて、「ふんっ!」とそっぽを向いた鈴音は保健室を飛び出して――
「――って、アンタ達!?」
 鈴音が出てくると知ってあわてて逃げ出そうとしたのだろう。こちらに背を向けて駆け出そうとしていた鷲悟とセシリアの姿がそこにあった。



 学園の地下50m。
 そこにはレベル4権限を持つ関係者しか入れない、隠された空間があった。
 機能停止したISはすぐさまそこに運び込まれ、解析が開始された――それから2時間、千冬は何度もアリーナでの戦闘映像を繰り返し見ていた。
 いや――正確には“鷲悟の戦闘映像を”。
(最後に見せた容赦のない戦いぶり……そしてツインカラミティバスターの、“こちら側”の常識をはるかに超えた火力……
 おそらく、柾木の純粋な戦闘能力は生粋の軍用ISをも上回る……それほどの力がなければ勝てない相手と、“向こう”で戦っていたというのか……)
 鷲悟の身の上は、保護した自分が一番深いところまで知らされている――彼と、彼がその力をもって戦っていた“瘴魔”と呼ばれる存在の底知れない力を思うと、彼女ですらも戦慄を覚えずにはいられない。
 と――
「織斑先生?」
 ディスプレイに割り込みでウィンドウが開く――ドアのカメラから送られてきたその映像には、ブック型端末を持った真耶が映っていた。
「どうぞ」
 千冬の許しを得て、真耶はいつもよりも幾分きびきびした動作で入室してきた。
「あのISの解析結果が出ました」
「あぁ、どうだった?」
「はい。
 アレは……無人機です」
 世界中で開発の進んでいる、しかしまだ完成していない“はずの”技術――遠隔操作リモート・コントロール独立稼動スタンドアローン、そのどちらか、あるいは両方の技術があの謎のISには使われている。すぐさま事件に関わった関係者全員に緘口令が叱れたことからも、この事実の重要性がうかがい知れた。
「どのような方法で動いていたかは不明です……というか、すみません」
「………………?」
「私が最後に撃ったショットガンが、機能中枢を完全に破壊してしまって……修復も、おそらくムリかと。
 こんなことなら、柾木くんが2体目を撃墜するのを止めておけば……」
「手心を加えて機能停止を遅らせて、織斑達に危険が及ぶよりはいい。気にするな。
 それで……コアはどうだった?」
「……それが、登録されていないコアでした」
「そうか……
 ……“やはりな”」
 どこか確信じみた発言をする千冬に、真耶は思わず眉をひそめた。
「何か心当たりがあるんですか?」
「いや、ない」
 即答して、千冬はディスプレイの映像に視線を戻す――それは教師の顔と言うよりは戦士の顔に近い。
(今はまだ、な……)
 胸の内でそう付け加え――かつて世界最高位の座にあった伝説の操縦者は、現役時代を思わせる鋭い瞳で、ただただ映像を見つめ続けていた。



 “自分と同じ、戦士の顔をした少年の映像を”……





「最っ低っ!
 盗み聞きしてたワケ!?」
「そ、そう言われましても……」
「しゃーねぇだろ。一夏の見舞いに来たらお前がいて、しかもなんか乱入しづらい話してるしさぁ……」
 二人のえり首を捕まえ、屋上に連行――怒って詰め寄ってくる鈴音に、セシリアと鷲悟は気まずそうに視線をそらす。
「けど……まぁ、その……ごめん」
「何よ、しょうがないんじゃなかったの?」
「それでも……ごめん。
 親のこととか……無神経に聞いていい話じゃなかったから」
「えぇ……
 本当にごめんなさい、鈴さん」
「……もう、いいわよ。悪気がなかったってのは本当みたいだし」
 頭を下げる鷲悟とセシリアの言葉に、鈴音は怒りを収めてため息をつく。
「なぁ……凰さん」
「鈴でいいわよ」
「じゃあ……鈴。
 親父さんに会いに行かないのか?
 まさか、離婚の条件で禁止されてるとか?」
「そういうんじゃないわよ。
 ただ……あたしが気まずくて会いに行けないだけ」
 鷲悟の言葉に、鈴音改め鈴が自嘲気味に肩をすくめると、
「それでも……会えるのでしたら、会うべきだと思いますわ」
 そう口をはさんできたのはセシリアだった。
「鈴さんは……まだ、会うことができるんですから……」
「何よ、その言い方。
 まるでアンタは……」
 言いかけて――鈴は気づいた。そんな彼女にうなずき、セシリアは口を開いた。
「わたくしは……もう、会うことはできませんから……
 国外でも大きく報道されたから、鈴さんも知ってると思いますけど……数年前にイギリスで起きた列車事故、その際に……」
「………………ごめん」
「いいですわ。
 わたくしも、さっきの話を盗み聞きしてしまいましたから……これでおあいこですわね」
 謝る鈴に、セシリアは優しく微笑みながらそう答えて――
「………………オレ、ますますいづれー……」
 両親は健在で仲睦まじい。ただ簡単に会えない状況なだけ――二人に比べてはるかに家庭環境に恵まれている鷲悟は頭を抱えるしかなく、そんな鷲悟に女子二人はクスリと笑みをもらす。
「ねぇ……セシリア」
「はい?」
「家族って……難しいよね」
「えぇ……」
「………………」
 しかし、そうつぶやく二人の背中はどこか寂しげで――だから、鷲悟はそんな二人の頭をなでてやる。一瞬だけ身体を強張らせたものの、セシリアも鈴もすぐにその手に身を任せた。
「ごめんねー、鈴。
 胸とか貸してあげられたらいいんだろうけど……それは一夏の方がいいだろう?」
「うん」
 鷲悟の言葉に思わずうなずき――数秒後、鈴の頭がボンッ!と沸騰した。
「あ、えっと、その……」
 ぎぎぎぃっ、という音が聞こえてきそうな感じでとなりを見る――すごく楽しそうにニヤニヤと笑いながら自分を見る鷲悟とセシリアの姿を。
「ち、ちちち、違うわよ!
 別に、一夏のことなんか! つか今のは忘れろぉぉぉぉぉっ!」
 真っ赤になって両手をバタバタさせながらわめき、鈴は鷲悟やセシリアを追いかけ回す――そんな鈴の相手をしながら、鷲悟が考えるのは今日の襲撃者のこと。
 アレを誰が、何の目的で送り込んできたのかはわからない。
 だが――
(上等だ。来るなら来い。
 オレの友達には、誰にも手出しは許さねぇ……!
 もしまた、ケンカを売ってくるのなら……)





 何度だって……踏みつぶす。







鉄火場は
  ひとまず越えるも
    謎、残る


次回予告

鷲悟 「おぅ、鷲悟だ。
 さぁて、みなさんお待ちかねぇっ! オレと一夏の他にも、男子の新入生が登場ぅっ!
 その名はシャルル・デュノア! フランス代表候補生!
 そしてもちろん専用機持ちだぁっ!」
シャルル 「え? あの、鷲悟……?」
鷲悟 「顔よし! 腕よし! 性格よし!
 その存在はさながら、男二人で肩身の狭い思いをしていたオレ達に差しのべられた蜘蛛の糸ぉっ!」
シャルル 「あ、あの……そんなに持ち上げないで。
 なんか罪悪感が……」
鷲悟 「は? 罪悪感? なんで?
 次回、IB〈インフィニット・ブレイカー〉!
   『嵐を呼ぶ転校生!? 三人目の男子生徒』
   
ラウラ 「ちょっと待て。私も次回出るんだが……?」

 

(初版:2011/05/05)