「オ〜っス、一夏♪」
「鷲悟……?」
クラス対抗戦から一夜明け――ノックに呼ばれて一夏がドアを開けてみれば、そこには非常に見知った顔があった。
「……いつもは恥も外聞もなく廊下から大声で呼びつけるヤツが、また珍しい訪問の仕方を……」
「いや……さすがのオレも療養中のヤツが相手となれば少しは自重するから」
そう。
先日のクラス対抗戦――そこに乱入した謎のISとの戦いの中、加速力を得るために鈴の衝撃砲を背中から受けるという暴挙に出た一夏は、めでたく全身打撲という診断と数日の療養を言い渡されていた。
「つーワケで、はい、お見舞い」
「あぁ、サンキュー」
ともかく、鷲悟は売店で買ってきたお菓子の袋を一夏に手渡す――と、足りない顔があることに気づき、尋ねる。
「そういえば……篠ノ之さんは?」
「あぁ、売店に茶葉を買いに……会わなかったのか?」
「いや、オレは……
あー、でも、そういうことなら今頃何してるか想像ついたかも」
「そうか?」
「あぁ。
セシリアと鈴が売店でまだお菓子選んでるはずだから、向こうで出くわしたかも」
「なるほど……
っていうか、セシリアが売店の菓子って意外だな」
「最近ちょっとしたマイブームなんだと。縁のない人生送ってきたせいか興味津々でさ。
実際、さっき売店に行った時も鈴と二人で真剣に悩んでてテコでも動きそうになくてさ。だからオレだけ先に来たんだけど……篠ノ之さんが行ってるんなら、鉢合わせしてるだろうな」
苦笑まじりに答え、鷲悟は一夏に対して肩をすくめてみせる。
「今頃、向こうでダベってるんじゃないかな?」
「あー、やってそうだな。
女ってそういうの好きだし」
「だろ?
まるで井戸端会議のごとべいどうっ!?」
「誰がご近所のおばちゃんかっ!」
鷲悟が鈴に後頭部を張り飛ばされた。
番外編
(第6.5話)
オレ達がゲームに!?
魅惑?の『IF〈インフィニット・フォーチュン〉』
「いやでも、一時はどうなることかと思ったけど、無事一夏と鈴が仲直りできてよかったぜ。
あのままギスギスした空気が続いてたらどうしようかと思ってた」
「ハハハ……心配かけたみたいだな」
気を取り直して、集まったみんなでお菓子を囲んでおしゃべり開始。「やれやれ」とばかりに肩をすくめる鷲悟に、一夏も思わず苦笑する。
「でも大丈夫だよ。
鈴とは昔からよくケンカしてたし」
「そうなんですの?」
「あぁ。
たとえば――酢豚のパイナップルはアリかナシか、とか」
「今考えるとすごくくだらない理由よね……」
セシリアに答える一夏のとなりで、鈴はその時のことを思い出したのか思わず顔を赤くする。
「えっと……確かあの時は鈴が折れたんだよな?」
「え? あんたでしょ?」
「違うよ」
「違わないって」
そこで会話が止まる。しばしの沈黙と共に、一夏と鈴がにらみ合い、
「鈴が謝った!」
「アンタでしょ、バカ!」
「バカって言った方がバカなんだよ!」
「じゃあアンタもバカでしょ!」
『ぅわぁ……』
またケンカが始まった――ただし、前回よりもはるかに低いレベルで。これには鷲悟やセシリアだけでなく、さすがの箒もドン引きである。
「言った!」
「言わない!」
「謝った!」
「謝ってまーせーんーっ!」
やり取りはますます低レベル化。正直ついていけないが……
「オレがいつ謝ったんだよ!?
何時何分何秒、地球が何回回った時!?」
「は? アンタは小学生か!
それならこっちだって……あ、アンタの姉ちゃんでーべーそーっ!」
「千冬さーんっ! 今鈴のヤツがねーっ! 千冬さんのこと『でべろっぱぁっ!?」
「待てやそこの外野ぁーっ!」
拾えるネタはすぐさま拾え。これ弟の教えなり――すかさず廊下に向けて叫ぶ鷲悟を、鈴が思い切り張り倒した。
と――
「何ナニ? どしたの〜?」
部屋をのぞき込んで声をかけてきたは布仏本音だ。
「あぁ、なんでもないよ。
ちょいとオレがボケかまして鈴にノされただけだから」
「そなの?
あ、ひょっとしてまさっち達もおりむーのお見舞い?」
「ん、そうだけど……つか、その呼び方は結局確定なのね……ん?」
と、そこでようやく、鷲悟は彼女がひとりではないことに気づいた。
「あー、やっぱり谷本さんと相川さんもいたか……
珍しく布仏さんひとりかと思ったら、結局いつもの仲良しトリオか」
「あはは……お見舞いに来ちゃった」
どうやら、自分達の騒ぎを聞きつけて現れたのではなく、最初からこの部屋に来るつもりだったようだ。鷲悟の言葉に、谷本癒子がぺロリと舌を出して答える。
「と、いうワケで……入っても大丈夫?」
「おー、大丈夫大丈夫。ぜんぜんOK♪」
「おーい、ここオレと箒の部屋ー」
一夏がツッコむのもなんのその、鷲悟が本音達と同じくクラスメイトである相川清香に答え、三人はぞろぞろと部屋に入ってくる。
「……ま、することもなくてヒマだったからいいんだけど」
「なんだよ、結局一夏だってウェルカムだったんじゃないのさ」
「住んでもいないのに仕切るなって言ってんだよ」
肩をすくめる鷲悟に一夏が答えると、
「フフン、やっぱりヒマだったみたいだね、織斑くん♪
そう思って、私達、ヒマをつぶせそうなもの持ってきたんだー♪」
「トランプに〜ウノにオセロに〜」
「極めつけに、ゲーム機でーす♪」
一夏の言葉に、さっそくニューカマー三人がノってきた。
「あ、『アーマードコア』あるじゃん」
「あー、うん。こーゆー学園にいると、自然とそっちにも興味が……ね」
「フッ、おもしろい。
トリガーハッピーの真髄、見せてやろう」
「柾木くん、こういうのでもそっち方面なんだね……」
さりげなく宣戦布告する鷲悟に清香が苦笑していると、
「ゲーム……あ、そういえば」
何かを思い出したのか、一夏が突然棚をあさり始めた。
「一夏……?」
「こないだオレ、街に買い物に出ただろう?――ほら、箒が茶菓子をついでに頼んだ、あの時。
その時、福引に当たってゲームもらったんだけど、ハードがないから持て余してて……あぁ、あったあった、コレだよ」
箒に答え、一夏が取り出したその“ゲーム”は――
「これ……『IF』じゃない」
「IS?」
「Sじゃなくて、“Fortune”のF!
『IF〈インフィニット・フォーチュン〉』。最近出たばかりで、女の子達に人気のゲームなんだよ」
清香に聞き返す一夏に癒子が答えるが、
「へぇ……どういうゲームなんだ?」
「パッケージすら見てなかったのかよ、一夏……どれ」
当の持ち主が一番わかっていなかった。一夏の言葉に呆れながら、鷲悟は彼の手からパッケージを取り上げて裏側を見て――
「………………」
止まった。
「……鷲悟?」
「ん? あぁ……こりゃやった方が早いかもしれないな。
ちょうど相川さんの持ってきたハードで遊べるし」
「そうか……
箒達もそれでいいか?」
「あ、あぁ……まぁ、別に……」
「かまわないわよ」
「たまにはこういうゲームも一興ですわね」
箒や鈴、セシリアも異論はないようなので、さっそくゲームスタートとなったが――
私、折野壱佳。
今日からここ、IF学園に入学します!
「…………ん?」
(中略)そこで私は、なぜか男にしか動かせないIFを起動させてしまって、そのせいで生徒、職員すべてが男と言う学園に入学するハメに……
はぁ、私これからどうなっちゃうんだろ……
「…………あの、これ……
その……なんかオレと似てる気が……」
照らし合わせれば合わせるほどそっくりだ。冷や汗をダラダラと流しながらつぶやく一夏の言葉に、癒子と清香は顔を見合わせ、
「うん。実はこのゲーム、織斑くんの話題が出てから作られてて」
「現在の世界が男女逆転したお話なんだよね」
「つまりこの女の子、オレがモデルってこと!?」
そっくりなのも当然。何しろ自分の体験が元になっているのだから――二人の言葉に一夏が声を上げ、同時に気づいた。
となりで腹を抱えて笑いをこらえている鷲悟の真意に。
「鷲悟……やってみた方が早い、って、こういうことだったのか……」
「プクク……そういうこった。
がんばれよー。“壱佳”ちゃん♪」
「うるせぇよっ!」
「一応、『このゲームはフィクションです。実際の団体や人物には一切関係ありません』と説明書にはあるが……」
「名前でパクってんのバレバレじゃない。大丈夫なの? これ販売して……」
「ところがぎっちょん、法的にはセーフなんだよ。そのものズバリじゃないから」
取説を確認した箒や鈴に、一夏の相手をしながら鷲悟が答える――しかし、今もなお笑いをこらえるので必死である。
「設定はわかりましたけど……結局、これは何をするゲームなんですの?」
「まぁまぁ、先に進んでみよう!」
尋ねるセシリアに清香が答え、ゲーム再開である。
初めての授業……ぜんぜん理解できなかったな。
落ち込んでてもしょうがない。寮の部屋に行こう。
『壱佳』
『あ、千尋兄さん』
主人公、壱佳の前に現れたのはスーツをビシッと着こなした男性。というか……
「こ、このキャラはもしや……」
「千冬さんがモデルでしょうね……カッコがそんな感じだもん」
「スタッフ、怖いもの知らずだなー……」
なんとも無謀なマネに出たものだ。このゲームを作ったスタッフ達による自殺行為も同然のキャラクター作りに、箒と鈴、鷲悟の頬を冷や汗が伝う。
「つかさ、ここの流れって……」
「あぁ……」
というか、自分達の初日を思い出すと、この後の展開が読めてきた。鷲悟にうなずき、一夏がゲームを進める。
『お前の部屋なんだが……急なことで個室を用意できなかった。
男子と相部屋になるのがイヤなら、私と寮長室に住めばいい……どうする?』
選択肢
◆相部屋でも大丈夫!
兄さんの部屋に行きたいな……
「あ、選択肢」
「どうする? 一夏」
「うーん……」
鈴と鷲悟の言葉に全員の視線が集まる中、一夏はしばし考えて――その視線が箒に向いた。
自分がこの部屋で何度箒にしばき倒されたかどういう生活をしてきたかを思い返して――結論。
「男と相部屋なんて気まずいだろうし――よし、ここは寮長室に」
『ダメ――――――ッ!』
清香と癒子に阻止された。
「え? なんでだよ?」
「他のキャラとのフラグが立たなくなるでしょ!」
「ふ、フラグ……?」
「いや、それもあるけど……あっち」
清香に聞き返す一夏の肩を叩き、鷲悟が指さした先では――
「そうか……お前そんなに千冬さんのことを……」
「な、仲の良いご姉弟だとは思ってましたけど……」
「だからって肉親同士とか……ちょっと……」
「ぅおぉぉぉぉぉいっ!?
何の話だよお前らっ!? これゲームの話だろ!?」
そこには思い切り誤解している三人――ドン引きしている箒、セシリア、鈴のリアクションに、一夏が抗議の声を上げる。
「あー、もう! だったら誰か他の人がプレイしてくれよ!
気まずくてしょうがない」
「まぁ……モデルになった張本人だしな。
ならオレがやるよ。お前がやるよりマシだろ」
ボヤく一夏に答えて鷲悟がプレイヤー交代。とりあえず清香達の主張に従って相部屋を受け入れる方の選択肢を選ぶ。
『私のこと特別扱いしなくていいよ。
私もみんなと同じように生活する!』
『壱佳……』
「なんか……健気な子ね」
「うんうん、壱佳ちゃんいい子〜」
「……微妙な気持ちなんだけど」
鈴や本音の言葉に苦笑して――ふと一夏は気づいた。
(ちょっと待て。
確かこの後、オレは……)
ここが今日から私の部屋か……
同室の人と仲良くできるといいな。
『失礼します』
『!
お前……』
「あら、また新しい方が出てきましたわ」
画面には、いかにも風呂上り、といった感じに上半身裸で牛乳パックを手にした男キャラの一枚絵。つぶやくセシリアのとなりで癒子が答える。
「あぁ、彼はね、主人公幼なじみで、剣道の達人の東雲総司くんだよ」
「……東雲総司? 天道じゃなくて?」
「うん。東雲。天の道を往き総てを司る人じゃないから」
聞き返す鷲悟に癒子がツッコむと、
「……“幼なじみ”?」
「……“剣道の達人”?」
「……“シノノメ”?」
鈴、一夏、セシリアがそれぞれ気づいた。その視線が、一斉に箒へと集中する。
「………………?」
なぜ自分が注目されているのか、一瞬わからなかった箒だが――すぐに彼女も気づいた。
「ま、まさかこの男……私か!?」
「だろうなぁ……
プロフィールといい苗字といい」
「“総司”って名前も、“箒=掃除”から来てるんだろうね……」
「また安直な……」
声を上げる箒に一夏や清香、セシリアがつぶやき――
「………………ん?」
何かに気づいた鷲悟が顔を上げ、一夏に視線を向けた。
「え…………何?」
「いや……今んトコ、お前の初日の流れがちゃんと再現されてるよな? もう、どっから情報仕入れたんだってくらい」
「あぁ……」
うなずいて――その姿勢のまま、一夏は動きを止めた。
その顔をダラダラと冷や汗が流れるのを見て、本音は何事かと首をかしげていたが、
「……あ、ひょっとしておりむーとしのっちも〜?」
「え゛!?
あ、いや、その……」
「ちっ、違うぞっ! そんなことは断じてないぞっ!?」
あわてて否定の声を上げる箒だが、一夏はどもってるわ自分も真っ赤だわでまるで説得力がなく、
「そうか……お前らもだったのか……」
「わかりますわ。
気まずいその気持ち、とてもよくわかりますわ……!」
「え? 何そのリアクション」
「まさか……お前達も?」
反応したのは同じようなことをやらかしたこの二人。微妙な表情でうんうんとうなずいている鷲悟とセシリアに、一夏達も思わず聞き返して、
「………………あれ?」
今度は鈴が眉をひそめた。
「ちょっと待って。
一夏や千冬さんだけじゃなくて、箒がモデルのキャラが出てきたってことは……」
「あ………………」
これにはセシリアも反応し、二人で顔を見合わせる。その視線が、コントローラーを握る鷲悟に集まり――意図を察し、鷲悟はため息をついた。
「……はいはい。出てくるところまで進めりゃいいんでしょ」
どうせ、外部への情報開示が制限されている自分は望み薄だし――そうボヤきながらも、鷲悟は二人のリクエスト通りゲームを先に進める。
その結果――
『ボクはイギリス代表候補生、セシル・オーウェルだ。
ボクはキミ達とは格が違う。同じクラスであることを誇りに思ってくれたまえ』
『二組に転校してきた鳳廉韻アル!
久しぶりアルね、壱佳! ……あ、肉まん食うアルか?』
「ちょっと!
何ですの、この鼻持ちならない男はっ!?」
「中国人バカにしてんのか!?
『アル』なんて誰が言うかーっ! 肉まん持たせりゃいいと思うなーっ!」
「落ち着けお前らーっ!
少なくともゲームに罪はねぇーっ!」
案の定二人がキレた。ゲーム機を破壊しかねない勢いの二人に、鷲悟が必死に待ったをかける。
「ま、まぁ……主要キャラもこれで出そろったし、これからがゲームの本題だよ」
「本題……?」
荒れる二人の意識をよそに向けようというのか、気を取り直して声を上げる清香の言葉に、一夏は先ほどセシリアが尋ねたこの問題がおざなりになっていたことを思い出した。
「そういやコレって、結局何をするゲームなんだ?」
「何、って……壱佳ちゃんがIF学園の男子と恋をするゲームだよ」
「はぁぁぁぁぁっ!?」
「この段階で驚くの!?」
「一夏、まさか今まで気づいてなかったのか!?」
癒子の言葉に驚きの声を上げた一夏に清香や鷲悟がツッコむ――しかし、それどころではないのが自分達がモデルのキャラクターが登場している面々である。
(い、一夏がモデルのキャラクターを……)
(鷲悟さんが操作して……)
(あたし達がモデルのキャラと恋、ですって……!?)
注:このゲームはフィクションです。実際の団体や人物には一切関係ありません。
(……え? 何コレ?
篠ノ之さんや鈴はわかるよ。一夏のこと好きなんだから。
なのになんでそーゆー話のないセシリアまでプレッシャーすごいワケ!?)
突然自分に降りかかるプレッシャーがその重圧を増した。一部は理由がわかるが別の一部はまったく心当たりがない――“自分がプレイしている”ことが原因だとは露知らず、鷲悟はそんな三人の放つプレッシャーに圧されながらゲームを進めていく。
『このボクがIFの特訓を見てやろう。
光栄に思うがいい』
「セシルがI……Fの特訓に付き合ってくれるらしいな。
どうする? 一夏」
「そりゃ、教えてくれるって言ってるんだし、教えてもらおうぜ」
「待て、一夏!」
鷲悟に答える一夏に箒が待ったをかけた。何事かと思って画面に目を戻すと、
『待て。
そいつにはオレが教えることになっている』
『待つアル!
接近タイプの我にするアルよ!……もぐもぐ』
「残りの二人も名乗りを上げているぞ」
「つか……オレは廉韻クンが完全に肉まんキャラになってることの方にツッコみたいんだけど」
「うーん……」
箒や鷲悟の言葉に、一夏は少し考えて、
「親切を棒に振るのも気が引けるな……みんなに見てもらうっていうのはできないのか?」
「できないみたいだね〜」
ポッキーをかじりながら本音が答えた通り、選択肢は名乗りを上げた三人と、山田佐藤先生の四択となっている。
「待て一夏!
先に約束したのは私だろう!?」
「鷲悟さん、一番優秀なのが誰か、わかっていますわよね!?」
「ここは一夏と同じ近接パワー型のあたしよっ!」
「おーい、お前ら落ち着けー。これゲームの話ー」
一方こちらは大騒ぎ。それぞれに自己主張する箒、セシリア、鈴の三人に鷲悟がツッコむが明らかに聞いていない。
「あー、鷲悟。
誰かひとりに決められないなら、ここは間をとって山……じゃなかった、佐藤先生にしとこうぜ」
「え? いいの?」
「ん? 何か問題なのか?」
「いや……お前がそれでいいなら、いいけどさ……
じゃ、ポチっとな」
『あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!』
結局、一夏の意見で間を取ることになった。鷲悟が選択肢を選んだのを見て、箒達が絶叫する。
IF理論のレベルが上がった!
「はぁ……こんな風にボタンひとつで頭が良くなればなぁ……」
「だよねぇ〜」
「お前ら、こないだのペーパー悲惨だったもんな」
ゲーム内のレベルアップのメッセージを見てボヤく一夏と本音に鷲悟が苦笑すると、
『一夏……』
「鷲悟さん……」
『とっとと次のイベントに進め!』
「ですわっ!」
「え? え!?」
「お、おぅ……」
箒達に怒られた。
ともあれ、箒達にせっつかれる形で、一夏と鷲悟による半ば二人羽織に近いゲーム進行は続いた。
個人トーナメントでは対戦相手となったドイツの代表候補生のIFが暴走し。
臨海学校では軍用IFの暴走事件に巻き込まれ。
文化祭では生徒会長主導で学園をあげての“折野壱佳争奪戦”が勃発し……
そんな、自分達の将来を暗示されているような気がしてならない数々のイベントの果て、ついにゲーム内では卒業式の日を迎えていた。
今日で私も卒業……3年間、楽しかったな……
「この時点で条件を満たしていれば、一番仲のいいキャラに告白されるよ」
「い、一夏は誰と結ばれるんだ……?」
「鷲悟さん、わたくしは信じていますわ……っ!」
「がんばれあたしー。一夏に告れー」
もう彼女達の中では完全に自分達にキャラクターが置き換わっているらしい。癒子の言葉に、箒もセシリアも鈴も必死に祈りを捧げている。
そして、ゲームは本格的にエンディングに突入し――
……卒業後、私はIF関係の研究所で働くことになった。
代表候補生にはなれなかったけど、みんなと過ごした宝石のような日々は、きっと一生忘れない……
『………………ん?』
告白シーンのないまま後日譚へ。首をかしげる箒達に、清香がため息まじりに告げた。
「これはいわゆるひとつの……誰にも告白されない、バッドエンドだねぇ……」
『えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!?』
「だって、選択肢の度に三人がケンカして、織斑くんも柾木くんもまんべんなく全員を選んでいくんだもん。
みんな、好感度が友達どまりだったんだね」
「あー、なるほど」
清香の言葉に、一夏はポンと手を叩いて納得し、
「つまり……誰かひとりにしぼって攻略しないとダメなんだな」
『お前が言うなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!』
「ぎゃあぁぁぁぁぁっ!?」
一夏が箒と鈴にしばかれた。
「あー、やっぱりこーゆーオチがついたか」
「『やっぱり』って……鷲悟さん、こうなるのがわかっていたなら……」
「あの空気の中で誰かひとりにしぼろうものなら、残り二人のキャラのモデルになったヤツらにしばかれるのがオチだろ。
お前ごひいきのセシルの味方して、箒と鈴にしばかれる、なんてヤだぜ、オレ」
一方で、鷲悟もまたセシリアに詰め寄られていた。ため息まじりにそう答え――
「安心しろ。全員平等にしばいてやる」
ピタリ、とすべてが静止した。油の切れたロボットのように、全員が声のした方へと振り向いて――
「お前ら……消灯時間はとっくにすぎているぞ。
いつまで騒いでいるつもりだ?」
鬼寮長、折野千尋織斑千冬がそこにいた。
「千尋……いや、千冬姉!」
「こ、これはですね……!」
一夏と箒が弁明しようとするが、もちろん通じるはずもなく――
「問答無用っ!」
『ごめんなさぁぁぁぁぁいっ!』
全員の悲鳴が響き渡った。
その後。
学園からの「生徒のプライバシーを侵害している」との訴えで、ゲーム『IF〈インフィニット・フォーチュン〉』は回収。数年後プレミアがついたというが、それはまた別の話である。
そして。
この騒ぎの後、千冬がゲームショップでゲーム機本体を買っている姿が目撃されたり、鷲悟が千冬から件のゲームのプレイレビューをレポートとして提出を求められたりしたそうだが――
真相は、当事者だけの秘密である。
恋愛ゲー
基本はひとりで
やりましょう
(初版:2011/05/12)