「おーい、鈴!」
「あ………………」
 とある日曜日の昼下がり――寮の食堂で昼食を食べようとしていた鈴は、こちらの姿に気づいた鷲悟に呼び止められた。
 見れば、鷲悟はすでに食事中。テーブルの上に所狭しと並べられた山盛りの料理の数々に最初はドン引きしたものだが、今では慣れたもので何とも思わない。ちゃんと完食する以上文句を言う理由もないし。
 実際、となりで自分の分の昼食を食べているセシリアも平然としたものだ――そして、今日はセシリアの他にも同席者の姿があった。
「あ〜、りんりんだ。やっほ〜」
「ちょっ、その呼び方やめてよね」
 布仏のほとけ本音ほんね。一夏が名づけて曰く“のほほんさん”。そのあだ名のとおりにのほほんとしたノリで声をかけられ、鈴は勢いを削がれながらも一応抗議の声を上げる。
「ハハハ、さすがの鈴も布仏さんには形無しか」
「うっさいわよ。
 ……っと、そうだ。アンタ達、一夏知らない?
 一緒に食べようと思って誘おうとしたのに、部屋にいなかったのよ」
「あぁ、一夏なら出かけたぜ」
 あっさりと鷲悟はそう答えた。
「実家の様子見に行ってくるってさ。
 昼メシは、食堂やってる友達のトコで食うってさ。確か、ごた……ごた……」
「五反田よ。五反田弾。
 そっか……あそこに行ってるのか……」
「…………?
 鈴さん、お顔が優れませんけど……?」
 一夏の行き先を知ったとたん、鈴は顔をしかめた。そんな鈴の姿に、セシリアが思わず首をかしげる。
「何? その五反田って子と仲悪いの、お前?」
「そんなんじゃないわよ。
 ただ……妹の方が、ね……」
 『妹』――そのフレーズで、鷲悟はピンときた。
「あぁ、例によって一夏にホの字なワケですか」
「おりむー、モテモテだね〜♪」
「………………」
 そのものズバリを言い当てられ、鈴の眉間のシワがさらに深くなる。
「お前も気の休まるヒマがないよな、ホント」
「あ、あたしは、別に……」
 憮然としたまま、鈴はラーメンをすする――そんな彼女の姿に、鷲悟とセシリアは互いに苦笑まじりに肩をすくめるのだった。

 

 


 

第7話

嵐を呼ぶ転校生!?
三人目の男子生徒

 


 

 

「やっぱりハヅキ社製のがいいかなぁ……」
「えー? そう?
 ハヅキのってデザインだけって感じしない?」
「そのデザインがいいの!」
「私は性能的にミューレイのがいいかなぁ。特にスヌーズモデル」
「あー、アレね。モノはいいけど、高いじゃん」
 月曜の朝、クラス中の女子がワイワイと談笑している――それぞれ手にしているのは、ISを展開する際に着るインナースーツ“ISスーツ”のメーカーカタログである。
「そういえば織斑くんのISスーツってどこのヤツなの? 見たことない型だけど」
「あー、特注品だって。男のスーツがないから、どっかのラボが作ったらしい。
 えーっと、元はイングリッド社のストレートアームモデルって聞いてる」
 一夏がクラスメイトの質問に答えていると、セシリアも思い出したように鷲悟に尋ねる。
「鷲悟さんが着装なさる時に着ているインナーも、ISスーツのようなものなんですの?」
「いや、あれはただ丈夫なだけのインナースーツだね。
 確か、お前らのはISの制御補助も兼ねてるんだっけ?」
「えぇ、そうですわね」
 聞き返す鷲悟にセシリアが答えると、
『ISスーツは肌表面の微弱な電位差を検知することによって、操縦者の動きをダイレクトに各部位へと伝達、ISは必要な動きを行ないます。また、このスーツは耐久性にも優れ、一般的な小口径拳銃の銃弾程度なら完全に受け止めることができます』……あ、衝撃は消えませんのであしからず」
 スラスラと説明しながら現れたのは真耶だった。
「山ちゃん詳しい!」
「一応先生ですから……って、や、山ちゃん?」
「山ぴー見直した!」
「今日がみなさんのスーツ申し込み開始日ですからね。ちゃんと予習してきたんですよ、えっへん……って、や、山ぴー?」
 入学から早いもので二ヶ月。真耶には八つほど愛称がついていた。慕われている証拠、と言ってしまえばそれまでなのだが……
「あのー、教師をあだ名で呼ぶのは、ちょっと……」
「えー、いーじゃんいーじゃんすげーじゃん」
「まーやんはマジメっ子だなぁ」
「ま、まーやんって……」
「あれ? マヤマヤの方が良かった? マヤマヤ」
「そ、それもちょっと……」
「もー、じゃあ前のヤマヤに戻す?」
「あ、あれはやめてください!」
 他よりも強い拒否反応が返ってきたのを見て、鷲悟は最初に呼ばれた時も同じように拒否反応を示していたことを思い出した。何かトラウマがあるのだろうか。
「と、とにかくですね、ちゃんと先生とつけてください。わかりましたか? わかりましたね?」
『はーい』
 ……明らかに“言っているだけ”の返事だ。彼女は今後もあだ名が増えていくに違いない。
 と――ふと気になったので、一夏は試しに聞いてみた。
「そういえば……千冬姉にはあだ名とかついてないよな。つけないのか?」

 ……ざわっ……

 瞬間――クラスに緊張が走った。何事かと戸惑う一夏だったが、そんな彼に女子の輪の中から一言。
「……お、織斑くんは私達に死ねと?」
「はいっ!?」
「あー……“千冬様”はあだ名とかじゃないのか?」
「“千冬様”は尊敬を込めた敬称だよ!」
「くだけた呼び方なんかしたら怒られちゃうよ〜」
 鷲悟の問いには他の女子や本音が答える。
「んー、けっこう大丈夫だと思うけどな。職務中はともかくプライベートタイムとかなら。
 試しに誰か呼んでみなよ。“冬ちゃん”とか」
「じゃあ柾木くんが呼んでみてよ」
「ンなマネできるかっ! 殺されるわっ!」
「数秒前の自分のセリフを思い出そうか、うんっ!」

「あの……」
 非常に頭の悪いやり取りを繰り広げる鷲悟達に対し、遠慮がちに声をかけてきたのはすっかり置いてきぼりになっていたセシリアだ。
「そのアダナ、というのは、わたくしにもありますの?」
「もちろんっ!
 “せっしー”でしょ? “オルオル”に……」

「“カスタードコロネ”!」

「………………?
 最後のひとつはどういう意味ですの?」
 どうしてそこで菓子パンの名前が挙がるのか、セシリアには今ひとつ理解できない――が、それはきっと知らない方が幸せなことかもしれない。
 少なくとも、あだ名の意味を察し、彼女の後ろで必死に笑いをこらえている一夏、箒、鷲悟の三人が不幸にならずにすむのだから。
「諸君、おはよう」
『お、おはようございます!』
 それまでざわざわしていた教室の空気が一瞬にして引き締まる――担任、・織斑千冬の登場である。
(あ、ちゃんとオレの用意したスーツ着てくれてるな)
 入ってきた千冬のスーツが、デザインも色も同じでありながら冬物から夏物に変わっていることに一夏だけが気がついた――まぁ、先日家に戻った際に用意しておいた張本人なのだから、当然といえば当然なのだが。
「さて、今日からは本格的な実戦訓練を開始する。訓練機とはいえ実際にISを使用しての授業になるので、各人気を引き締めるように。
 各人のISスーツが届くまでは学校指定のものを使うので忘れないようにな。忘れた者は代わりに学校指定の水着で授業を受けてもらう。それもない者は、まぁ、下着でもかまわんだろ」
 いや、かまうだろ!――そう心の中でツッコんだのは一夏や鷲悟だけではないはずだ。男が二人もいるのに、下着はどう考えてもマズイと思うのだが……
「ちなみに山田先生は去年4回下着で授業をした」
「教師が最高刑!?」
「いろんな意味で何やってるのさこの学園っ!?」

 付け加えた言葉に今度こそ男二人がツッコんだが、当然そんなことに頓着する千冬ではない。
「私からの連絡は以上だ。
 では山田先生、HRを」
「は、はいっ」
 容赦なく千冬に話を振られ、恥ずかしい過去をあっさりばらされて凹みに凹んでいた真耶が再起動。正直痛々しいにも程があるのだが、残念ながら鷲悟達にはどうすることもできない。せいぜい自分達が気にしていないように振る舞うことくらいだろう。
 だが――
「えぇと、ですね……今日はなんと、転校生を紹介します! しかも二人です!」
『………………えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!?』
 そんな気まずい空気は、真耶による突然の“転校生紹介”で一瞬にして吹き飛んでいた。
 しかも――衝撃はその一度だけでは終わらなかった。
「失礼します」
「………………」
 第二の衝撃は、入ってきた二人の転校生――そのうちのひとりによってもたらされた。
 その“一方の転校生”の姿に、クラスの全員が文字通り言葉を失い、直前までとは一転して教室内が静まり返る。
 なぜなら、その“一方の転校生”というのが――



 男子だったのだから。



「シャルル・デュノアです。フランスから来ました。
 この国では不慣れなことが多いかと思いますが、みなさんよろしくお願いします」
 その男子、シャルルがにこやかな笑顔でそう告げ、一礼する。
「お、男……?」
「はい。
 こちらにボクと同じ境遇の人がいると聞いて、本国から転入を――」
(あ、ヤベ)
 誰かのつぶやきに答えるシャルルの言葉をよそに、鷲悟はあわてて耳をふさぐ。
 これから何が起きるか、察しがついたからだ。
「きゃ……」
「はい?」
『きゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!』
 予感的中。クラス中のほとんどの女子から歓喜の叫び声が上がる。予見し、事前に耳をふさいでいた鷲悟はともかく、直撃をもらった一夏や箒、セシリアなどは目を白黒させている。
「男子! 三人目の男子!」
「しかもうちのクラス!」
「美形! 守ってあげたくなる系の!」
「織斑くんや柾木くんにはなかったものがっ!」
「地球に生まれてよかった〜っ!」
「あー、騒ぐな。静かにしろ」
 千冬が面倒くさそうに告げるが、さすがの彼女もこの勢いはなかなか止められないようだ……いや、声に迫力がないし、本当に面倒くさくて本気で止める気がないのかもしれない。
「み、みなさん、お静かに。まだ自己紹介は終わってませんから」
 しかし、真耶のその言葉に一同の視線がもうひとりの転校生に向く――その姿は、シャルルとは性別云々を抜きにしても実に対照的だった。
 一言で言うなら――鋭い。
 全身から放つ気配が、周りのすべてを拒絶しているようにすら感じられる。温和な印象を受けるシャルルとは大違いだ。
 そして何より目を引くのが、左目を覆う眼帯。医療用ではなく、しっかりとした作りの黒眼帯だ。
「………………」
 当の本人は未だ口を開かず、腕組みをした状態で教室の女子達を下らなさそうに見ていたが、今はその視線を千冬に向けている。
「…………あいさつをしろ、ボーデヴィッヒ」
「はい、教官」
「ここではそう呼ぶな。
 もう私は教官ではないし、ここではお前も一般生徒だ。私のことは織斑先生と呼べ」
「了解しました」
 そう言葉を交わす、ボーデヴィッヒと呼ばれた転校生と千冬の会話で、一夏は彼女の素性にある程度の見当をつけていた。
(あぁ……ドイツの軍関係者か)
 千冬は以前、ある事情からドイツで一年ほど軍の教官として働いていたことがある。「教官」と呼んだことから察して、その時の教え子か何かなのだろう。
「ラウラ・ボーデヴィッヒだ」
 そう名乗ったきり、再びの沈黙。
「…………あ、あの……以上、ですか?」
「以上だ」
 真耶の言葉も一蹴――と、不意にそんなラウラと一夏の目があった。
「――――っ!
 貴様が……」
「………………?」
 とたん、その目が鋭さを増した。迷うことなく一夏の席に向かうと右手を振り上げ――

 ――バシンッ!

 衝撃音は一夏の“目の前で”発生した。
 一夏に向けて振るわれたラウラの右手を、いつの間にかとなりに来ていた鷲悟が同様にはたき、弾いたのだ。
 前にも語ったが、鷲悟の席の場所は窓際の後方。最前列、中央の一夏の席とはかなり離れている。にも関わらず、一瞬にして距離を詰めた鷲悟の早業に、クラスの誰もが――シャルルや、手をはたかれたラウラ本人も――目を丸くしている。唯一驚いていないのは千冬くらいだ。
「…………何のマネだ?」
「それはこっちのセリフだ。
 何の理由があって、オレの友達に手ェ上げた?」
「貴様には関係ない」
「ある。
 目の前で友達が殴られて、いい気分なワケがないだろうが」
 言いながら、千冬に目配せ――千冬がうなずいたのを確認した上で、ラウラへと視線を戻す。
「もう一度聞く。
 なんで一夏に手を上げた?」
「答える、理由はない!」
 先ほどまでの物静かな印象から一転、ラウラが吼え――次の瞬間、鷲悟ののど元にはラウラの繰り出したナイフの刃が押し当てられていた。
 まさに電光石火の、一瞬の攻勢――しかし、憤怒に顔をしかめたのはしかけた側のラウラだった。
「………………貴様……今、“わざとかわさなかったな”!?」
「寸止め前提の脅しの一閃をかわす理由なんかないよ。
 オレを脅かすには、ちょっとばかり殺気が足りないよ。修行が足りないんだよ、この三流が」
「この私が……三流だと!?」
「こうしてオレを生かしてる時点で、そういうことさ。
 そもそも、一流なら脅しもせずにかっ切ってる――殺す気もないのに、中途半端に刃をちらつかせるなんて余計な騒ぎの元にしかならない。そんなこともわからないヤツが、三流以外の 何だって言うのさ?」
「――――――っ!
 ならば、次は止めん!」
 鷲悟の言葉に言い返し、ラウラは刃を引き――
「勢いつけようとするところも三流な」
 鷲悟の言葉と同時、その右手を一瞬見失う――その一瞬の間に、ラウラの手からナイフが消えた。
「せっかく押し当てたナイフなら、引かずにそのままかっ切るの」
 消えたナイフは彼の手に――取り上げたナイフを慣れた手つきで取り回し、鷲悟はまるでアドバイスでもするかのようにラウラに告げる。
「貴様……何者だ?」
「それを決めるのはお前だよ」
 とりあえず、戦闘モードは引っ込めたようだ。答えて、鷲悟は彼女にナイフを返す。
「もし、お前がこれからも理由を明かさないままオレの友達を狙うなら、理由を明かしてもそれが納得の行かない理由なら……オレとお前は敵同士ってことだ」
「なら、この瞬間から貴様は私の敵だ」
「結論を急ぐべきじゃないと思うけどね。
 要は理由次第ってことなんだからさ――それが納得できる理由なら、もっと言うなら、明らかに一夏が悪いっていう明確な理由なら止めたりしない。好きにすればいい。
 というか、そういう話だったならむしろオレの方から一夏を進呈してあげるよ。パーなりグーなりサブミッションなりナイフなり拳銃なりISなり、好きな方法でボコればいい」
「おいっ!?」
「心当たりないんでしょ? だったらビビる必要ないでしょうが」
 一夏が思わず声を上げるが、鷲悟は一夏にもあっさりと答え、席に戻ろうとラウラに背を向けて――
「せっかく没収したナイフを返すな、馬鹿者が」
 その後頭部に千冬の出席簿が叩きつけられた。



「ではHRを終わる。
 各人はすぐに着替えて第二グラウンドに集合。今日は二組と合同でIS模擬戦闘を行う。解散っ!」
 改めてラウラからナイフを――確認したところ拳銃も持っていたのでそちらも――没収し、千冬はそうHRを締めくくった。
「あぁ……それから、織斑、柾木」
『はい?』
「同じ男同士、デュノアを世話してやれ。
 寮の方も……そうだな、柾木、一ヶ月でいいからデュノアの部屋に移って面倒を見てやれ」
「え? 期間限定? 本移動じゃなくて?」
「貴様とオルコットの相部屋は特に問題もなくうまくやっているようだからな。今回のような場合は別として、不必要に引越しをさせるよりも現状維持が最も混乱を抑えられると判断した」
「………………本音は?」
「ベッドまで私物を持ち込んでスペースの大半を占有しているオルコットの部屋に空きを作っても入りたがるヤツなどいはしない、ということだ。
 わかったら素直にオルコットの部屋の空きスペースを埋めていろ」
「あー……」
 鷲悟の後ろで話を聞いていたセシリアが不満そうにしているが、真の理由――部屋割を担当している真耶がセシリアから「部屋割は現状維持で」と直訴されたこと――を明かさないだけまだ良心的と思ってもらう。自他共に厳しい千冬も、そのくらいの情けは持ち合わせているのだ。
「話は以上だ。
 早く着替えに行け」
「っと、いけね!」
 千冬の言葉に我に返り、鷲悟はあわててシャルルの元に向かう。
「キミが柾木くん? さっきはすごかったね。
 初めまして、ボクは……」
「あー、それは後だ、後。
 とにかく移動だ」
 言って、鷲悟はシャルルの手を取って、一夏と共に教室を出た。道すがら、一夏がシャルルに説明する。
「とりあえず男子は空いているアリーナの更衣室で着替えだ。
 これから実習の度にこの移動だから、早めに慣れてくれ」
「そ、それはいいけど……こんなに急がないと間に合わないものなの?」
「あー、着替え“だけなら”問題はないんだけどね……」
 そう返す鷲悟だったが――“答えの方から姿を現した”
「あぁっ! 転校生発見っ!」
「しかも織斑くんや柾木くんと一緒!」
 そう。HRが終わり、転校生の情報を聞きつけた他のクラスの面々が飛び出してきたのだ。これに捕まったら最後、質問攻めにされて実習は遅刻確定だ。絶対に逃げ切らなくてはならない。
 もっとも――
「いたっ! こっちよっ!」
「者ども、出会え出会えぇいっ!」
「待てコラ! いつからここは武家屋敷になった!?
 ほら貝とか出てきたりしないだろうな!?」
 ぶおぉぉぉぉぉ〜っ!
『出てきたしっ!?』
 一応、ツッコミを入れる程度の余裕はあるようだが。
「織斑くん達の黒髪もいいけど、金髪っていうのもいいわね」
「しかも瞳はエメラルド!」
「きぁあぁぁぁぁぁっ! 見て見て! 柾木くんと手つないでる!」
「日本に生まれてよかった!
 ありがとう、お母さん! 今度の母の日は河原の花じゃなくてウツボカズラをあげるね!」
「ちょっと待て! それは何かグレードダウンしてないかっ!?
 つか今年以外もちゃんとカーネーション贈れよっ! ひょっとしなくても母さん嫌いか!?」
「な、何? なんでみんな騒いでるの?」
 状況が飲み込めないのか、シャルルはツッコむ鷲悟に困惑顔で聞いてくる。
「珍しいからだろ、オレ達がさ」
「………………?」
「お前と一夏は数少ない“ISを動かせる男子”、そしてオレは“そのISと互角に渡り合えるパワードスーツ持ち”。
 最近はネタ切れムードで落ち着いてきていたのが、お前っていう新しいネタが出てきたことで再燃してきちゃったんだよ!」
「あっ!――あぁ、うん、そうだね」
 今になってようやく気づいたといった様子のシャルルに、今度は鷲悟の方が眉をひそめるが――が、今はそれよりも、この場を切り抜ける方が先決だ。
「鷲悟!」
 気づいた一夏が前方を指さす。廊下の突き当たり、T字路のところの窓が開いている。
「仕方ない。
 あまり“力”を使いたくないんだけど……“アレ”でいくか!」
「あぁ! “アレ”だなっ!」
 言葉を交わすなり、鷲悟と一夏が加速する――“窓に向かって全力疾走”というこの図式は、シャルルにイヤな予感を抱かせるには十分すぎた。
「ね、ねぇっ! “アレ”って何!?
 ボク、すごくイヤな予感がするんだけどっ!」
「心配するな、シャルル!」
「そ、そうだよね!
 いくらなんでもそんなこと――」
「その予感、たぶん正解っ!」
「へ――――――?」
 疑問の声が形になるよりも早く、シャルルは鷲悟に抱きかかえられた。シャルルが顔を真っ赤にしたり背後から黄色い悲鳴が上がるが、正直相手をしているヒマはない。
「ち、ちょっと!?
 いくら何でもムチャだと思うんだ、ボクは!」
「大丈夫っ!
 恐怖は最初のうちだけだっ!」
「できればその『最初』もなしにしてぇぇぇぇぇっ!」

 その叫びが放たれる頃には、すでに鷲悟達は窓から空中に身を躍らせていた。彼らの身体を一瞬落下感が襲い――しかし、それは急になくなった。“四階の窓から落下中のはずなのに”。
「………………?」
 不思議に思ったシャルルが思わず閉じていた目を開くと、彼らは自然落下よりも明らかに遅いスピードで、地面に向けて“降下”していた。
「驚かせて悪かったな。
 オレは重力を操ることができる――その力を使えば、こういう即席エレベータ、みたいなマネも簡単にできる」
「そ、そうなんだ……」
 シャルルがうなずく間に、三人は無事地上にたどりついた。しっかりと降り立ち、鷲悟はシャルルを放してやる。
「さて、それ以上の説明は後だ。
 とにかく今は着替えないと」
「あ、うん。そうだね」
 鷲悟の言葉にシャルルがうなずき、三人は移動を再開。無事更衣室までたどり着くことができた。
「ぅわ、時間ヤバイな! すぐに着替えちまおうぜ!」
「あぁ!」
 時計を見ると、時間はかなりギリギリだった。ショートカットしたものの、やはりその前の追いかけっこで足止めされた分が痛い。
 とにかく、一夏はISスーツに、鷲悟も道着に着替えるべく、いささか乱暴に制服を脱ぎ捨てて――
「わぁっ!?」
「…………?
 シャルル、どうし……って、着替えてないじゃんか、忘れ物でもした?」
「あ、うぅん、大丈夫」
 インナーも着替えるため上半身裸の状態の鷲悟に対し、上着を脱いだだけのシャルルは顔を真っ赤にしてそう答える。
「ボクも着替えるから……その、あっち向いてて……ね?」
「んー、まぁ、別に着替えをジロジロ見るつもりはないけどさ」
 言って、鷲悟はシャルルに背を向けると道着の下に着る赤いシャツに袖を通し――
「…………って、シャルルこそこっち見てない?」
「み、見てないよっ!? うん、別に見てないよっ!?」
 視線を感じて振り向いてみれば、すでにシャルルはISスーツへの着替えを完了していた。
「早っ!?」
「すごいな……何かコツでもあるのか?」
「い、いや、別に……」
 またまた何やらあわてている様子のシャルルに首をかしげながら、鷲悟は上着を羽織り、ズボンをはく。一方で一夏もISスーツのズボンをはきにかかる。
「これ、着る時に裸っていうのがなんか着づらいんだよな。引っかかって」
「ひ、引っかかって……?」
「おぅ」
 あっさりと答える一夏の言葉にシャルルの顔が真っ赤になる――さっきから何かにつけてシャルルが恥ずかしそうにしているのを見てまたまた首をかしげる鷲悟だったが、そんな彼に気づいたのか、シャルルは今度は鷲悟に話しかけてくる。
「そういえば、柾木くんは……」
「鷲悟でいいぜ。オレもシャルルって呼ぶから」
「じゃあ……鷲悟はそんな格好で大丈夫なの? 授業とか」
「ちゃんと織斑先生の了承はもらってるよ――ISを使わないオレがISスーツを着る理由はないからな。
 それに、この道着一式だってバカにできない特別製なんだぜ。何しろ非着装時の戦闘服でもあるからな――耐刃、耐弾、耐熱と何でもござれだ」
「そ、そうなんだ……」
「そう言うシャルルのISスーツもすっごく着やすそうだよな。どこのだよ?」
「あ、うん。デュノア社製のオリジナルだよ。
 ベースはファランクスだけど、ほとんどフルオーダー品」
「ふーん……って、“デュノア”社?
 それって……」
「うん。ボクの家だよ――父がね、社長をしてるんだ。
 一応、フランスで一番大きいIS関係の会社だと思う」
「へぇ……お前の父さんも大したもんだ」
「父さん……ね」
 不意にシャルルが視線をそらす――どこか陰が差したかのようなその様子に、鷲悟はさらにもう一度首をかしげるのだった。



「遅いっ!」
 結局、無事第二グラウンドに到着、とはいかなかった。到着した鷲悟達を、千冬の鋭い声が出迎える。
「早く列に入れ。実習を始める」
 言われて、三人がそそくさと列に加わり、ようやく一組、二組が全員集合となったようだ。
「ずいぶんとゆっくりでしたわね」
「文句は他のクラスのヤツらに言ってくれ。どいつもこいつも足止めしてくれてさ……」
 ちょうどとなりにいたセシリアに答える鷲悟だったが、そのセシリアはどことなく機嫌が悪そうだ。
「どうだか。
 鷲悟さんはとぉってもお優しいですから、またどこかで厄介ごとに首を突っ込んだんじゃないかと。
 そうでなければこうも立て続けにもめ事に首を突っ込んだりしませんものね」
「何? 鷲悟がまた何かやったの?」
 と、セシリアの言葉を後ろの二組の列にいた鈴が聞きつけ、話に加わってくる。
「こちらの鷲悟さん、今日来た転校生に一夏さんがはたかれそうになったところに乱入して、それどころか自分がケンカをお売りになったんですの」
「はぁ!?
 こいつらまたもめ事起こしたの!?
 アンタ達、なんでそうもバカなのよ!?」

「――安心しろ。バカは私の目の前にも二人いる」

 その言葉に、二人の動きが止まる――恐る恐る振り向くと、そこには予想通りの鬼教官。
 かくて――今日も絶好調な出席簿アタックが炸裂した。



「では、本日より格闘及び射撃を含む実戦訓練を開始する」
『はいっ!』
「くぅ……何かというとすぐにポンポンと人の頭を……」
「……鷲悟のせい鷲悟のせい鷲悟のせい鷲悟のせい鷲悟のせい……」
「完っ全に自業自得だろうが。
 つか鈴、責任転嫁するにしてもオレひとりにピンポイントかよ。一夏はどーした」
 改めて千冬が授業の開始を宣言する中、セシリアと共にうめく鈴に鷲悟がツッコむ。
「今日は実習の前に戦闘を実演してもらおう。
 ちょうど活力があふれんばかりの10代女子もいることだしな――凰! オルコット!」
「あ、あたし!?」
「わたくしもですの!?」
 いきなり指名され、鈴とセシリアが声を上げる。
「専用機持ちはすぐに始められるからだ――いいから前に出ろ」
「だからってどうしてわたくしが……」
「さっきのは鷲悟のせいなのになんであたしが……」
 ブツブツ言いながら前に出る二人に対し、千冬は彼女達にしか聞こえないほどの小声で一言。
「………………織斑と柾木にいいところを見せるチャンスだぞ?」
「やはりここはイギリス代表候補生、わたくしセシリア・オルコットの出番ですわね!」
「まぁ、実力の違いを見せつけるいい機会よね! 専用機持ちの!」

 なんともわかりやすい二人である。
「それで、相手はどちらに?
 わたくしは鈴さんとの勝負でもかまいませんが」
「フフンッ、こっちのセリフ。返り討ちよ」
「あわてるな、バカども。
 対戦相手は――」
 千冬がそこまで言った時だった。
「あぁぁぁぁぁ〜っ! ど、どいてくださぁいっ!」
 空の彼方から悲鳴が聞こえてきた。何やらメチャクチャな機動で突っ込んでくるのは――
「や、山田先生!?」
 そう。真耶だ。誰かのその声が終わるか終わらないかというその間に、ラファール・リヴァイヴを身にまとった彼女がみんなの整列している列に突っ込んできて――
「っ、とぉっ!?」
 ちょうど進路上にいた鷲悟が、とっさに彼女の両肩を押さえ込むようにして受け止めた。
 しかし、真耶はよほどあわてているのか、未だ推力を切っていない。鷲悟だからなんとか耐えられているようなもので、もしこれが他の人間だったら、最初の衝突の時点ではね飛ばされているところだ。
 しかし――
「や、山田先生っ! 推力落としてっ! 」
「は、はい〜〜〜〜〜〜っ!」
 轟っ!
「って、むしろ全開〜っ!?」
 これにはさすがの鷲悟もたまらない。真耶に押し切られ、彼女に振り回されながら宙を舞い――
「ふみゃあっ!?」
 セシリアが巻き添えでねられた。 かわいらしい悲鳴と共に蹴倒される彼女に気づく余裕もなく、そのまま鷲悟と真耶はメチャクチャに回転しながら上空へ。
「鷲悟!?」
「大丈夫――捕まえた!」
 一夏の叫びが届いたか、鷲悟はそう答え、真耶の身体を肩に担ぐように引き寄せる。
 と、ようやく真耶が推力を切ったようだ。二人の身体が落下を始め――
「………………あ」
 その声が誰のものかはわからない――だが、意味しているものはほぼ全員が理解していた。
 振り回される中で引き寄せたせいだろう。 鷲悟は真耶を自分に対してちょうど上下逆さまの体制で、彼女の肩を自分の肩に担ぐように捕まえていた。
 そして、彼女の身体のより先を捕まえようとしたのか、彼の両手は真耶の両足首をしっかりとつかみ、彼女の両足を自分の方へと大きく開脚させた状態でホールドしている。
 そう。それはまさに、某国民的超人プロレスまんがの主人公が最初にマスターした初代必殺技フィニッシュホールド――
『48の殺人技ぁ――――――っ!?』
 元ネタのわかった全員がツッコむ中――実に理想的なキン肉バスターが炸裂した。
「ふぅ……っ」
 地面に突っ込み、動きが止まったことで鷲悟が真耶を解放する。彼女が背中側に倒れ込んで――そこでようやく、鷲悟は一同の視線に気づいて我に返った。
「………………え? 何? どしたの?
 山田先生なら……」
 首をかしげながら、鷲悟は後ろに放り出した真耶へと振り向いて――
「………………きゅぅ」
「や、山田先生っ!?」
 そこには完全に目を回した真耶が横たわっていた。
 ISの操縦者保護機能のおかげか、あれほど綺麗なキン肉バスターをくらったにも関わらずこの程度のダメージで済んだのはまさに不幸中の幸いと言えるだろうが――
「どうしたんですか!? 何があったんですか!?
 一体誰がこんなことを!?」
『お前だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!』

 大多数の人間のツッコミが唱和した。



「あー、本来なら山田先生が対戦相手だったのだが……どこかの馬鹿者がオルコット共々見事にK.O.してくれた」
「……ごめんなさい」
 結局、大事はないものの真耶とセシリアは完全K.O.。千冬の言葉に鷲悟は素直に頭を下げる。
「なに、気にするな。
 これからすぐに責任はとってもらう」
「………………はい?」
 思わず顔を上げた鷲悟にかまわず、千冬は一同を見回し、
「そこで、だ。
 模擬戦は、予定を変更して、柾木と凰で行なう」
「………………あー……」
 納得した。
「あたしと、鷲悟が……?」
 一方、鈴はと言えば、いきなりの展開の変化に戸惑いを見せている――
「……そういえば、鷲悟ともやり合ったことはなかったわね。
 アンタ、一夏より強いんでしょ?」
 ――かに見えたが、それも一瞬の話だった。不敵な笑みと共に鷲悟へと向き直る。
「あたしは別にいいわよ。
 こないだの黒いのはともかく、セシリアや一夏との戦いで専用機持ちが自分より弱いって思われるのもシャクだしね」
「気が進まないなー。
 間違いなく、鈴って二人よりもやり辛いだろうし……」
「……って、そっちはやる気ないわね」
「あるワケないだろ」
 鈴の言葉に、鷲悟はため息をつき、
「だって、そうでしょ?
 今言ったとおり相性悪いんだから……」



「お前にケガさせずに勝てる自信ないもん」



「上等よっ!
 その余裕ぶっこいた態度を思いっきり後悔させてやるわよっ!」
「え!? やる気ゲージMAX!? つかむしろ“殺る気”!?」
「………………いい加減、自分の地雷踏み体質を自覚しろ、馬鹿者が」
 千冬が、心底あきれてため息をついた。





転校生
  置き去り話は
    進みゆく


次回予告

鷲悟 「おぅ、鷲悟だ。
 あ〜ぁ、またやっちゃったよ。鈴を怒らせて、やり合うハメになっちゃった」
「言っとくけど、容赦しないからね!」
鷲悟 「ま、オレもやるからには勝つよー。
 鈴! バトルもメシも負けないからなっ!」
「上等よ! かかってきなさい!
 …………って、はい? メシ?」
鷲悟 「次回、IB〈インフィニット・ブレイカー〉!
   『鷲悟VS鈴! 昼メシ戦線異常アリ!?』
   
セシリア 「不肖、このわたくしもお弁当を作って……って、なんで逃げるんですのーっ!?」

 

(初版:2011/05/12)