「えっとね、一夏が鷲悟やオルコットさんに勝てないのは、単純に射撃武器の特性を把握していないからだよ」
「そ、そうなのか?
一応わかってるつもりだったんだが……」
シャルル(とラウラ)が転校してきて五日。最初の土曜日がやってきた。原則土曜日は午前中に座学の授業があるだけで午後は完全に自由時間となっているが、アリーナが全面開放されているため、ほとんどの生徒が実習に使う。
鷲悟達もその例にもれずにここ、第三アリーナで自主トレの真っ最中。今はシャルルが自分との模擬戦に敗北した一夏に気づいたことをアドバイスしていたところだ。
「うーん、知識として知ってるだけ、って感じかな。
さっきボクと戦った時もほとんど間合いを詰められなかったよね?」
「うぅ……確かに。
“瞬時加速”も読まれてたしな……」
「一夏の白式は近接格闘オンリーだから、より深く射撃武器の特性を把握していないと対戦じゃ勝てないよ。
特に一夏の“瞬時加速”って直線的だから、反応できなくても軌道予測で攻撃できちゃうからね」
「直線的か……うーん……」
「あ、でも、“瞬時加速”中はあんまりムリに軌道を変えたりしない方がいいよ。
空気抵抗とか圧力とかの関係で機体に負荷がかかると、最悪の場合骨折したりするからね」
「…………なるほど」
わかりやすい。
それが、傍らで聞いていた鷲悟の正直な感想だった。
くどくなりすぎず、それでいて要点をしっかりと押さえていて、本当にわかりやすい。
一方、今まで一夏を教えていた面々はというと――
『こう、ずばーっとやってから、がきんっ! どかんっ! という感じだ』
箒は相変わらず。
『なんとなくわかるでしょ? 感覚よ感覚……はぁ? なんでわかんないのよ、バカ!』
鈴は完全に自分基準+フィーリング一辺倒(罵声付き)。
『防御の時は右半身をななめ上前方に5度かたむけて、回避の時は後方へ20度反転ですわ』
セシリアは理路整然としすぎていて逆にわかりづらい。
唯一まともな指導できるのは鷲悟だけ。しかもアレやコレやと口をはさんでくる女子三人を抑えなければならず――いろいろな意味で行き詰まって(息詰まって)いたところに現れた救世主には本当に頭が下がる思いの鷲悟と一夏であった。
第9話
それぞれの想い……
シャルルの居場所はどこにある?
「一夏の白式って、後付武装がないんだよね?」
「あぁ」
ともあれ、シャルルの説明は続く――確認するシャルルに、一夏は自分の記憶をたどりながらうなずいてみせる。
「前に何回か調べてもらったんだけど、拡張領域に空きがないらしい。だから量子変換はムリだって言われた」
「たぶん、それは“単一仕様能力”の方に容量を使ってるからだよ」
「“単一仕様能力”って、確か……」
「言葉どおり、“単一仕様”の“能力”だよ。
各ISが操縦者と最高状態の相性になった時に自然発生する能力のこと。
でも、普通は第二形態から発現するんだよ。それに、二次移行しても発現できない機体の方が圧倒的に多い。だから、発現していないISでも特殊能力を使えるように、って開発されているのが第三世代IS。オルコットさんのブルー・ティアーズや凰さんの甲龍がそうだね」
「ってことは、オレのカラミティシステムはISで言うところの“単一仕様能力”になるのか……
……いや、待てよ。能力っていうより機能だし、第三世代兵器か……?」
「いや……鷲悟の“装重甲”をISと同じように考えようとするところにそもそものムリがあると思うんだけど……だって、聞けば聞くほど技術体系ぜんぜん違うし」
自分の説明を聞き、となりで考え込む鷲悟にシャルルは思わず苦笑する。
「一夏の白式の“単一仕様”って、やっぱり“零落白夜”なのか?」
エネルギー性質のものであれば攻撃、防御を問わず無効化させる白式の切り札、“零落白夜”。しかしその発動には自身のシールドエネルギー、つまり自らのライフポイントを削る必要があるという、RPGの呪いの武器のような仕様のためとにかく使いづらい。その特性上エネルギー攻撃主体の鷲悟やセシリアに対し絶対的に優位に立てるはずなのに二人に勝てない理由もそこにあった。
「白式は第一形態なのにアビリティがあるっていうだけでものすごい異常事態だよ。前例がまったくないからね。
しかも、その能力って織斑先生の――初代“世界大会優勝者”が使っていたISのアビリティと同じだよね?」
「まぁ、姉弟だから、とか、そういうことなんじゃないのか?」
「ううん、姉弟だからってだけじゃ理由にならないと思う。
さっきも言ったけど、ISと操縦者の相性が重要だから、いくら再現しようとしても意図的にできるものじゃないんだよ」
「あ……だからこその第三世代か。
“単一仕様能力”は必ず発現するとは限らないし、発現したとしてもどんな能力になるかわからないから……」
「そう。
ボクらのISみたいな“競技用”ならそれでもいいかもしれないけど、軍用ISでそんなことじゃ、兵器としての戦力の安定性が良くも悪くも大きく欠けることになる。
だから、第三世代ISは軍用として見た場合“特殊兵装の安定供給を可能とする”って意味合いもあるんだ」
納得する一夏にシャルルが補足すると、
「…………“コア・ネットワーク”……」
ポツリ、とつぶやいたのは鷲悟だった。
「前に授業で言ってたよな?
ISのコアは、互いに情報をネットワーク共有して、相互学習してるって……
そして、それはISが世に出た当時から続いてる――千冬さんの弟ってことで、白式がネットワークに提供されていた千冬さんの当時のIS……確か、“暮桜”だっけか。そのデータを拾い上げて同じアビリティを構築した……そうは考えられないかな?」
「あー、なるほど。そういう考え方もあるね。
確かにありえない話じゃないけど……あ、だとしても疑問は残るか」
「相性が最高の状態までいかないと発現しないはずの“単一仕様能力”が、どうして起動したての白式に発現したか……だろ?」
「あ、気づいてた上での仮説提起だったんだね」
などと鷲悟とシャルルが話しているが、当の一夏はのん気なもので――
「でもまぁ、今は考えても仕方ないだろし、そのことは置いておこうぜ」
「あ、うん。それもそうだね。
じゃあ、射撃武器の練習をしてみようか。はい、これ」
言って、シャルルが一夏に手渡したのは、シャルルのISの武装のひとつ、55口径アサルトライフル“ヴェント”だった。
「え? 他のISの装備って使えないんじゃなかったか?」
「普通はね。
でも所有者が使用を許諾すれば、登録してある人全員が使えるんだよ。もちろん、一夏の雪片もね。
……うん、今一夏と白式に使用許諾を発行したから、試しに撃ってみて」
「お、おぅ……」
シャルルから銃を受け取り、一夏はとりあえずかまえてみる。
「………………不恰好だぞ、一夏」
「うっ、うるさいな。
銃なんか初めてなんだから、しょうがないだろ」
「えっと……脇を締めて。それと左腕はこっち……わかるかな?」
鷲悟に答える一夏に苦笑して、シャルルは一夏の身体に手を添えて姿勢を直していく。
「あ、シャルル、それ火薬銃だろ? だったら銃尾を肩にしっかり押しつけさせた方がいい。
自分への反動はISが殺してくれるって言っても、銃の方は発射の衝撃で狙いがぶれると思うぞ」
「あ、そうだね。
…………鷲悟、詳しいね」
「まぁね。銃器の扱いはガキの頃から仕込まれてたから。
ついでにもうひとつ豆知識。生身でライフル銃を撃つ場合、銃尾を肩に押し付ける理由はもうひとつ――安全性の問題がある。
ヘタに銃尾と肩の間に空間を作ってると、反動で銃尾が肩に当たって、最悪鎖骨を砕かれることになる」
「そ、そうなのか……」
「でも、そんなに詳しい割には鷲悟って銃とか使わないよね。大火力砲ばっかりで」
「銃の扱いを覚えたのは対銃器戦の修行の一環だよ。
自分でも銃の扱いを覚えることで、撃つ側がやられてイヤなことを知る――ちょうど今一夏がしてるみたいにね。
……ところで一夏。さっきから銃口がぶれまくってるけど、ちゃんと狙ってるのか? センサー・リンク、できてなかったりするか?」
「銃器を使う時のヤツだよな? さっきから探してるんだけど……見つからないんだ」
「そういうところでも格闘戦オンリーなんだね、白式って……」
完全に“突っ込んで斬る”ことだけにシステムのすべてを割り振っているらしい。鷲悟に答える一夏の言葉に、シャルルも思わず苦笑する。
「仕方ない。一夏、目視照準で撃ってみろよ。
顔を銃に押しつけるくらいの勢いでよせて、目線を銃の射線に重ねるようなイメージで……あぁ、だからって顔はかたむけちゃダメだ。顔はあくまで、可能な限りまっすぐだ」
鷲悟のアドバイスに従って姿勢を直し、試しに一発――バンッ!と音を立て、放たれた弾丸が前方に表示されたターゲットを撃ち抜いた。
「どう?」
「ん……なんか、アレだよな。とりあえず『速い』って感想だ」
シンプル極まる一夏の感想に、しかしシャルルは満足げにうなずいた。
「そう。“速い”んだよ。
一夏の“瞬時加速”も速いけど、弾丸はその面積が小さい分さらに速い――だから、軌道予測さえできてしまえば簡単に命中させられるし、外れてもけん制になる。
……あ、何ならもうちょっと撃ってもいいよ。そのマガジン使い切っていいから」
「おぅ、サンキュ」
答え、一夏がさらに射撃を続けている間に、鷲悟はシャルルに声をかけた。
「そーいや、お前のISって“ラファール”だよな?
またずいぶんといじってあるみたいだけど……ノーマルとどこが違うんだ?」
そう。シャルルの専用IS、“ラファール・リヴァイヴ・カスタムU”は、ノーマルの“ラファール・リヴァイヴ”と比べずいぶんと趣が違う。
カラーリングがノーマルのネイビーに対してオレンジ基調となっているのは、まぁカスタム機のシンボルカラー的なものとしても、真耶も何度か使っていたノーマルの機体と比べてシルエットからして別物に近い。
ノーマルが安定性と小回りに定評のある4枚の多方向加速推進翼だったのに対し、シャルル機の推進翼は大型で2枚一対、より機動性、加速性が高いセッティングになっている。アーマー部分もノーマルよりもコンパクトにまとめられ、スカート前面にはマルチウェポンラックが2基。
何より大きな違いが肩アーマー。ノーマルには某私設武装組織のスナイパーガンダムの如く装備されていた4枚の物理シールドがすべて取り外され、ずいぶんとスッキリした印象となっている。
その代わり左腕に腕部装甲一体型の大型シールドが取り付けられており、逆に右腕は射撃のジャマにならないようスッキリしたスキンアーマーのみとなっている。
「“ラファール”か……そっち側に略す人、初めて見たよ。たいていの人は“リヴァイヴ”って呼んでるのに。
で、質問の方だけど……基本装備をいくつか外して、その上で拡張領域を倍にしてある」
「おいおい、どんだけ増やしてんだよ。
要は、拡張領域倍にした分プラス基本装備を外した分……だろ?」
「そうだね。
今装備してある装備だけでも20はあるし」
「デュナメスかと思いきやヘビーアームズだったか」
「アハハ……色的にもそっちだね。ノーマルだったらそれこそデュナメスだったんだろうけど。
そう言う鷲悟はヴァーチェだよね。『柾木鷲悟、目標を消滅させる!』みたいな」
「カラミティキャノンはダブルエックスだけどなー」
セシリア達がついて来れずに微妙な顔をしているのにもかまわず、二人でそんなことを話していた、その時だった。
「ねぇ、ちょっとアレ……」
「ウソっ、ドイツの第三世代機だ……」
「まだ本国でのトライアル中だって聞いてたけど……」
「………………?」
周囲で起きたざわめき――特にその中の「ドイツ」という単語に反応し、鷲悟は周りの女子の視線を追ってアリーナのピットゲートへと視線を向ける。
そこにいたのはもうひとりの転校生、ラウラ・ボーデヴィッヒだった。漆黒のISをまとい、ようやく彼女の存在に気づいた一夏へと敵愾心むき出しの視線を向ける。
「おい」
「……何だよ」
ISの開放回線で声が飛んでくる。とりあえず無視するワケにもいかず、一夏が応じる。
「貴様も専用機持だそうだな。ならば早い。私と戦え」
「イヤだ。理由がねぇよ」
「貴様にはなくても私にはある」
その言葉にわずかに一夏が顔をしかめたのを鷲悟は見逃さなかった。
(まさか……一夏のヤツ、どうして自分がアイツに恨まれているのか、知っているのか……?)
鷲悟のその予感はどうやら正解らしい――なぜなら、ラウラが当事者以外を置き去りにするように間の流れをすっ飛ばしてきたからだ。
「貴様がいなければ、教官が大会二連覇の偉業をなしえただろうことは容易に想像できる。
だから私は貴様を――貴様の存在を認めない」
(『大会』……? “IS世界大会”のことか……?)
「ちょっと、一夏! どういうことよ!?」
「まさか、千冬さんが第二回大会の決勝を棄権したのは、お前が原因なのか!?」
事情を知らないのは自分だけではなく――それでも、周りの面々は自分よりは事情を知っているらしい。眉をひそめる鷲悟とは別に、鈴や箒も一夏に詰め寄っている。
「とにかく、今はなしだ。また今度な」
「フンッ、ならば――戦わざるを得ないようにしてやる!」
言うが早いか、ラウラは自らのISを戦闘状態にシフトさせる。刹那、左肩に装備された大型の実弾砲が火を噴き――
「さぁ、油断せずにいこう」
あっさりと告げられたその一言と同時――ラウラのすぐ脇を“打ち返された砲弾が”駆け抜け、彼女の背後の遮断シールドに命中した。
「……まだまだだね」
言って、鷲悟は柄の部分を剣の握りと同じくらいの長さに調整して作り出した重天戟をラウラに向ける。今の攻防、鷲悟はコレを使ってラウラの一撃を打ち返したのだ。
「一夏だけを狙うならまだ許せた……けど、ISも展開していない篠ノ之さんや鈴もいたのに遠慮なくぶっ放したのは感心しないな。
それともドイツの軍人さんは目標さえつぶせれば非戦闘員がどれだけ巻き込まれようが“目的のための犠牲”の一言で無罪放免なのか? おー怖い怖い」
「黙れ、正体不明。
一度ならず二度までも私の前に立ちはだかるか」
「言ったはずだぜ。
理由を知って、且つ納得しない限りジャマをするって。
それと、誰がアンノウンか」
「そうだよ。
鷲悟は別に超能力者狩りとか神様気取ったりとかもしてないよ」
言って、鷲悟のとなりに並び立つのはシャルルだ。ラウラと二人の間に火花が散り――
『そこの生徒! 何をやっている! 学年とクラス、出席番号を言え!』
アリーナのスピーカーから声が響いた。騒ぎを聞きつけてやってきた担当の教師だろう。
「…………フンッ、今日は退こう」
二度もジャマが入って興が削がれたか、ラウラは戦闘態勢を解除してゲートの奥へと去っていく。
「……大丈夫か? 一夏」
「あぁ。
サンキュー、助かったぜ」
重天戟を土に還し、尋ねる鷲悟に一夏が答えると、ちょうどそこにアリーナの閉館時間が迫っていることを知らせる予鈴が鳴り響いた。
「あー、もうこんな時間か。
戻ろうぜ、鷲悟、シャルル」
「おぅ」
一夏の言葉に鷲悟はすんなり答えるが、シャルルは――
「え、えっと……じゃあ、二人は先に着替えて戻ってて」
「またそれか?」
どこか申し訳なさそうな様子のシャルルに、鷲悟は思わずため息をつく――そう。シャルルはとにかくIS実習後の着替えを鷲悟や一夏としたがらない。実習前の着替えも初日の一回きりで、それからはたいてい先に行ってすでに着替えを終わらせてしまっている。
「まぁ、そういうことなら先に行くよ。
じゃ、後で部屋でな」
もっとも、鷲悟としても無理強いをするつもりはないので問題はない。一夏と共に更衣室へと引き上げ、手際よく着替えをすませる。
そして部屋に戻ろうとしたところで、鷲悟は荷物の中にスポーツドリンクの入ったボトルが一本残っているのに気づいた。
鷲悟の作った手作りのものだ。一夏やシャルル、セシリア達には自主トレ前に渡していたが、肝心の自分の分をアリーナに持ち込み忘れていたのだ。
「……せっかくだし、シャルルにあげるか。
一夏、先帰ってていいよ。シャルルにコイツと書き置き残したら、オレもすぐ戻るから」
「あぁ、また後でな」
そして、一夏が去って――更衣室には鷲悟だけが残された。
「…………しっかし、考えてみれば、これってすんごい贅沢だよな……」
更衣室のロッカーは50、しかも上下2段に分かれている構造だから、都合100人利用できることになる。
それを「男である」と言うだけで自分達三人が独占できるのだから、優越感やら申し訳ないやら……
「あのー、柾木くんとデュノアくんはいますかー?」
「はい?
えっと……柾木だけいます」
と、廊下から真耶の声がした。
「入ってもいいですかー? まだ着替え中ですかー?」
「あー、大丈夫ですよ。着替え終わってます」
「そうですかー。じゃあ、失礼しますねー」
ドアが開き、真耶がようやく姿を見せた。更衣室を見回し、尋ねる。
「デュノアくんはいないんですか?
さっき会った織斑くんはデュノアくんもいるだろうって……」
「あー、まだアリーナです。
呼んできましょうか?」
「あ、いえ、大丈夫です。柾木くんから伝えてください。
えぇとですね、今月下旬から、大浴場が使えるようになります」
「ホントですか!?」
「はい。
結局時間帯を別にするといろいろと問題が起きそうだったので、男子は週に2回の使用日を設けることにしました」
「それでも十分ですよ! 今まで使うことすらできなかったんですからっ!」
言って、鷲悟は真耶の手を取り、
「いや、ホント助かります!
ありがとうございます、山田先生!」
「い、いえ……そんなに喜ばれると照れちゃいますね。アハハ……」
大喜びの鷲悟に手を握られ、真耶は思わず顔を赤くして――
「……鷲悟、何してるの?」
「あぁ、シャルル!」
そこに現れたのは、ISスーツ姿のシャルルだった。
「喜べシャルル!
月末から大浴場が使えるってさ!」
「そう」
鷲悟が声をかけるが、シャルルはなぜか不満げだ。
「言ったよね? 先に帰ってて、って……」
「あぁ、悪い。戻ろうとしたトコに山田先生が来てさ。
じゃあ、先に戻ってるから……ほら、山田先生もこれからシャルルが着替えるんだから出た出た」
「は、はい。
じゃあ、デュノアくん、身体の手入れ、ちゃんとするんですよ」
しかし、そんなシャルルの態度に気づかないまま、鷲悟は真耶と共に更衣室から出ていった。
「………………はぁっ……」
ようやくひとりきりになって――シャルルは吐き出すようにため息をもらした。
「……何イライラしてるんだろう、ボク……」
つい今さっきの自分が恥ずかしい――しかし、真耶の手を取って楽しそうにしている鷲悟を見てなぜか気持ちがざわついたのも確かだ。
とにかく着替えようとロッカーに向かい――そこにドリンクボトルの入った袋が引っかけられていることに気づいた。
もちろん見覚えがある――鷲悟が作ってくれたスポーツドリンクだ。余りを分けてくれたのだとすぐに気づき、ますます申し訳ない気持ちでいっぱいになる。
「……帰ったら、まず謝ろう」
声に出してつぶやき、シャルルは改めてロッカーの扉に手をかけた。
「鷲悟……って、アレ? いない……」
部屋に戻ってみると、そこに鷲悟の姿はなかった。
いや――シャワールームの方から水音が聞こえる。どうやらシャワーを浴びているようだ。
仕方がないので部屋着であるジャージに着替えて待っていると、ガチャリ、と音を立てて脱衣所のドアが開いた。
「あぁ、鷲g
しかし――現れた鷲悟へと振り向いたシャルルはその姿勢のままフリーズした。
なぜなら――
「あぁ、シャルル、帰ってたのか」
出てきた鷲悟は――全裸だったから。
「素っ裸でゴメンなー。ボディソープが切れてたから、取りに来たんだよ」
言って、鷲悟はフリーズしたままのシャルルにかまわず共用のクローゼットからボディソープを取り出し、またシャワールームに戻っていった。
水音が再開され、シャルルがフリーズしたまま数分――
「……ふぅっ、さっぱりした。
シャルル、さっきは見苦しいモノ見せてゴメンなー」
今度こそ、ちゃんと部屋着に着替えた鷲悟が脱衣所から姿を現した。
そして――ようやくシャルルがさっきの姿勢のままフリーズし、動きひとつ見せないのに気づいた。
「…………シャルル?」
「……え、な、何っ!?」
「何、って……シャワー、空いたけど」
「あ、うん!
じゃあ、ボクも使わせてもらうね!」
心配そうにのぞき込んでくる鷲悟にあわててそう答え、シャルルは脱衣所に向かう――しかし、その動きはまるで油の切れたブリキ人形のようにギクシャクしている。
(うぅっ……鷲悟ってば……
……でも、しょうがないよね。うん、しょうがないんだ)
自分に言い聞かせるように、何度も心の中で「仕方がない」と繰り返す。
そう――仕方ないのだ。
彼は知らないのだから。自分が――
(……早くシャワーを浴びて、気分を変えよう)
のろのろとした動きで服を脱ぎ、シャワールームの扉に手をかけた、その時――
「きゃあぁぁぁぁぁっ!?」
「――――――っ!? シャルル!?」
突然シャワールームから聞こえてきた悲鳴に、マックスでゴッドなダンクーガがHP3桁まで削ったハムのフラッグを最強斬撃で一刀両断という、いぢめ丸出しの戦闘デモを堪能していた鷲悟はあわてて携帯ゲーム機を放り出して脱衣所へと駆けつけた。
ドアに手をかけた、ちょうどそのタイミングで向こうから扉が開け放たれる――その拍子に手を弾かれ、痛みに顔をしかめる鷲悟だったが、そんな彼の胸にシャルルが勢いよく飛び込んできた。
が――
(え――――――?)
その瞬間、鷲悟は何か違和感を感じた。
……柔らかい。具体的にはシャルルのしがみついている胸元の辺りが、
見下ろしてみれば、自分に圧しつけられたシャルルの胸元には、押しつぶされた二つのふくらみが――
「……ごっ、ゴゴゴ……」
「…………っと」
が、シャルルの声に我に返る――そうだ。今はシャルルをこんなにもおびえさせているモノの正体を突き止めるのが先だ。
しかし、『ゴゴゴ……』とは何なのか。まさかスタンド使いの攻撃でも受けたのか。いや待て。それだと『ドドド……』じゃないのか?――などとアホなことを考えながら(「胸元の感触からの現実逃避」とも言う)辺りを見回していると、
――カサカサカサカサ……
「…………あー……」
合点がいった。すぐに“力”を発動。重力操作で床を這い回っていた“台所の黒い悪魔”を拘束。そのまま宙に持ち上げると自分の手元まで運び、懐から取り出したポケットティッシュをありったけ使って包み込み、
「――フンッ!」
パンッ!と合掌。合わせた手とティッシュの間で、Gは物言わぬ屍と化した。
「…………終わったぞ」
「う、うん……」
鷲悟の言葉に、ようやくシャルルは身体を離して――
『………………』
女子が、そこにいた。
「…………お、お待たせ」
「おぅ……」
シャルルを残して脱衣所を出て数分――部屋着を着込んだシャルルが姿を見せた。
その服装はいつもと同じシャープなラインが格好いいスポーツジャージなのだが、性別を偽っていたのがバレてしまったからだろうか。胸を隠していた何らかの処置をしていない。その上で身体のラインの出る服装をしているものだから、胸があることが誰の目にも明らかだった。
彼女が自分のベッドに腰かけ、こちらと向き合うのを待って、それから鷲悟は口を開いた。
「…………女の子……だったんだな」
「う、うん……」
「理由とか……聞いても大丈夫か?」
「それは、その……実家の方から『そうしろ』って言われて……」
「『実家』……?
それって、デュノア社のことか?」
「そう。ボクの父がそこの社長。
その人からの直接の命令なんだよ」
命令――その単語に、鷲悟は引っかかりを覚えて眉をひそめた。
「ちょっと待てよ。
命令、って……父親が、お前に?」
「うん……
鷲悟、ボクはね……愛人の子供なんだよ」
「――――――っ」
シャルルの言葉に、鷲悟は言葉を失った。
人の心の機微には疎いところがあるものの、それ以外にはむしろ鋭いのが柾木鷲悟という男だ。シャルルの語った生い立ちが何を意味するのか、わからないはずがなかった。
「引き取られたのが2年前。ちょうどお母さんがなくなった時にね、父の部下がやってきたの。
それでいろいろ検査をしていく過程でIS適性が高いことがわかって、非公式ではあったけど、デュノア社
のテストパイロットをやることになってね」
しかし――それだけでは彼女が男装してIS学園に来た理由の説明には足りない。
だから、鷲悟はじっとシャルルの説明に耳をかたむけ続けた。
「父に会ったのは2回くらい。会話は数回くらいかな。普段は別邸で生活してるんだけど、一度だけ本邸に呼ばれてね。
あの時はひどかったなぁ。本妻の人に殴られたよ。『泥棒猫の娘が!』ってね。
参るよね。お母さんもちょっとくらい教えてくれたら、あんなに戸惑うことはなかったのにね」
あはは、と苦笑してみせるシャルルだったが――その声は少しも楽しそうではなかった。
「それから少し経って、デュノア社は経営危機に陥ったの」
「え…………?
ちょっと待ってくれ。お前がそこの子だって知った時に調べたけど……“ラファール”作ってるのってあそこだろ? お前の専用機だって“ラファール”のカスタム機じゃないか。
世界上位のシェアを持つ量産機を作ってる会社が経営危機って……」
言いかけて――鷲悟は気づいた。
そう――あるのだ。
どれだけ高いシェアで業績を上げていても、そんなものをあっさりとひっくり返してしまう、この手の企業にとって最凶最悪の“金喰い虫”。
それは――
「…………新型機の開発か」
「うん。
確かにラファール・リヴァイヴは世界第3位のシェアを持ってるけど……結局のところは第二世代。いつまでも今の業績が安泰っていうワケじゃない。
言うまでもないことだけど、ISの開発っていうのはすごくお金がかかるんだ。ほとんどの企業は国からの支援があってやっと成り立っているところばかりだよ。
それでなくても、フランスは欧州連合の統合防衛計画“イグニッション・プラン”から除名されてるからね。第三世代機の開発は急務なんだ。
国防のためもあるけど、資本力で負けてる国が最初のアドバンテージを取れないと悲惨なことになるんだ」
「“イグニッション・プラン”か……
確か、今は第三次プランの主力機の選定中なんだっけか。セシリアのブルー・ティアーズもそのための試作機だって話だし……
対抗馬はドイツのレーゲン、イタリアのテンペスタU……あ、ホントだ。フランスいないや」
だが、これでラウラがIS学園に来ることができた理由にも納得がいった。
何しろ口を開けばとにかく「打倒一夏」なのだ。ドイツ本国もよくもまぁこんな私情はさみまくりの人材をよこせたものだと思っていたのだが、彼女のIS、“シュヴァルツェア・レーゲン”の稼動データ収集のためと考えれば納得だ。放っておいてもほうぼうにケンカを売り歩いてくれるラウラのような人材に持たせておけば、本国から指示しなくても勝手に稼動データを集めてきてくれる。
その上このIS学園には世界中から未来のIS操縦者や最新ISが集まる、世界中のIS関係者が常に目を向けている場所だ。そんな場所で“世界で唯一ISを動かせる男”として世界中から注目をあびた一夏を倒せば、これ以上の宣伝はあるまい。
ラウラの個人的恨みとドイツ本国のプライド、両者の利害がうまく一致したということなのだろう。あの言動にさえ目をつむれば十分に優秀な人材のようだし。
「話を戻すね。
それでデュノア社でも第三世代機を開発してたんだけど、元々遅れに遅れての第二世代最後発だからね。圧倒的にデータも時間も不足していて、なかなか形にならなかったんだよ。
それで、政府からの通達で予算を大幅にカットされたの。しかもそれだけじゃなくて、次のトライアルで選ばれなかった場合は援助を全面カット。その上でIS開発許可も剥奪するって流れになったの」
「んー、とりあえず、シャルルの実家がピンチだっていうのはわかった。
けど、それとお前の男装とどう結びつくんだよ?」
「簡単だよ。
注目を浴びるための広告塔。それに――」
と、そこでシャルルは鷲悟から視線をそらした。どうしたのかと首をかしげる鷲悟と目を合わせないまま、続けた。
「『同じ男子なら日本で出現した特異ケースと接触しやすい。可能であればその使用機体と本人のデータを取れるだろう』……ってね」
「って、それ……」
「そう。
白式やG・ジェノサイダーのデータを盗んでこいって言われてるんだよ。ボクは、あの人にね」
「おいおい、オレもか!?
オレの情報は封鎖されてるはずなのに……あ、国や企業はその限りじゃないのか」
「うん。
マスコミはともかく、国や企業、研究機関に対してはIS学園は情報開示を義務づけられてるからね。
5月くらいには、もう鷲悟の情報はデュノア社に届いてた」
驚く鷲悟に対してそう答え、シャルルはふぅと息をついた。
「……あ、データは渡してないから安心して。
鷲悟、スキだらけなようでいてそういうことにはぜんぜんスキなんか見せなかったし、一夏は部屋も違うから論外だったもの」
「………………」
「と、まぁ……そんなところかな。
でも、鷲悟にバレちゃったし、きっとボクは本国に呼び戻されるだろうね。
デュノア社は、まぁ……つぶれるか他企業の傘下に入るか、どの道今までのようにはいかないだろうけど、ボクにはどうでもいいことかな」
「………………」
「あぁ、なんだか話したら楽になったよ。聞いてくれてありがとう。
それと……今までウソついててゴメン」
言って、深々と頭を下げるシャルルに対して、鷲悟は無言で立ち上がった。
ひょっとして殴られるのだろうか。だとしてもこれだけのことをしたのだから当然だと覚悟を決めるシャルルだが――そんな彼女にかまわず鷲悟は自分のクローゼットを開けると寮内用のシューズから外出用のブーツにはき替え、部屋を出て行こうとする。
「鷲悟、どこ行くの?」
「ん。
ちょっとフランスまで飛んで、デュノア社踏みつぶしてくる」
………………
…………
……
「って、ちょっと、鷲悟!?」
「大丈夫。今からなら全開でカッ飛ばせば朝までには戻ってこれるから……って、何してるんだ、シャルル。床掃除か?」
振り返ると、鷲悟の手を両手で握ったシャルルが床にはいつくばっていた。
「……手を取って止めようとしたのにそのまま進まないで」
どうやら自分を止めようとその手を取ったまではよかったが、パワー負けしてそのまま引きずられたらしい。
「――って、そうじゃなくて!
いきなり何言い出してるの!?」
「いきなりかもしれないけど……当然だろ? シャルルにこんなことさせてるんだから」
身を起こして声を上げるシャルルに対し、鷲悟はごくあっさりとそう答えた。
「性別偽って学校に入れるなんて立派な経歴詐称、犯罪じゃないか。自分の子供に何させてるんだよ、お前の親父さんは。
それまでのことにしたってそうだ。勝手に子供作って、ほったらかしにしてたクセして、いざ利用価値が出てきたら呼び戻して、それで“家族”をやるかと思えば駒扱い。ふざけるのもたいがいにしろってんだ。
親なら子供に何しても、何させてもいいのかよ。子は親を選べないんだ。どんなヤツのもとに生まれても、そいつの子供だって事実は一生ついて回るんだ。だからこそ、親は子供を大切にしなきゃいけないんだ。守ってやらなきゃいけないんだ」
「……う、うん……」
反論も許さぬ勢いで語られ、シャルルは完全に口を開くタイミングを奪われてうなずくしかない。
「……まぁ、オレの意見ばっかり一方的にまくし立ててもしょうがないか。
で? シャルルはどうするんだよ? これからのこと」
「どう……って、時間の問題だろうね。
フランス政府も事の真相を知ったら黙ってないだろうし、ボクは代表候補生を下ろされて、よくて牢屋とかじゃないかな」
「違う」
しかし、鷲悟はそんなシャルルの言葉をバッサリと斬り捨てた。
「そうじゃない。そこじゃない。
シャルル……今の答えは、オレの質問に答えてない」
「え…………?」
「フランス政府がどうするなんて聞いてない。実家がどうなるかなんて聞いてない。
オレは、“シャルルがどうしたいか”を聞いてるんだ」
「で、でも、ボクには選ぶ権利なんて……痛っ!?」
「『ない』なんて、そんなこと言う権利こそないよ」
シャルルの言葉をデコピンでさえぎり、鷲悟はそう答えた。
「だって、お前はもう今の段階であきらめてる。
自分を踏みつぶそうとしてるそのくそったれな運命をひっくり返す手がないか、探そうとしてない。ひっくり返せるだけの力を得ようともしてない。そもそもひっくり返そうとすらしていない。
本当はひっくり返せるかもしれないんだ――そこがハッキリしていない内から、『選ぶ権利がない』なんて言わせない」
ハッキリと自分の言い分をつぶされ、シャルルはぐぅの音も出ない。
「で、改めて聞くけど……シャルル、お前はどうしたいんだ?」
「どう、って……」
つぶやくシャルルの脳裏に浮かぶのは、このIS学園で出逢った仲間達。
セシリア。
一夏。
箒。
鈴。
本音達“トリオ・ザ・のほほん”(命名:一夏)。
クラスメートのみんな。
そして――
鷲悟。
「…………に………た………」
「ん?」
「……ここに、いたい」
ハッキリと言葉にして――シャルルはようやく、自分の中でモヤモヤしていたものが確かな形を成したような気がしていた。
IS学園に来てからまだたったの五日。しかし、その五日間は実家にいた時よりもずっと楽しくて、ずっと充実していた。
正体を偽っている罪悪感はあったが、それ以上に自分の心を明るくしてくれるものがここにはあった。明るくしてくれる人達がいた。
だから――
「ボクはここに……IS学園にいたい。
一夏や……みんなや……鷲悟と、もっと一緒にいたい」
「ならいればいいよ」
「ふぇ…………?」
「オレが黙っていれば、バレたことが国や実家に知られることはないだろ?
それに、万一知られたとしても……切り札はある。
IS学園諸規則、特記事項第二一。『本学園における生徒はその在学中においていかなる国家、組織、団体に帰属しない。本人の同意がない場合、それらの外的介入は原則として許可されないものとする』」
あっさりと返され、きょとんとするシャルルに対し、鷲悟は覚えていたその条文をスラスラと読み上げる。
「つまり、在学中は国の代表候補生という立場よりもIS学園の生徒という立場の方がプライオリティは上だ。
『本人の同意がない場合』っていう文言がある限り、たとえ本国からの命令だろうがオレ達には拒否権が認められている――ただ、それが行使された前例がないっていうだけでね。
少なくとも、在学中は国や実家からの干渉はシャットアウトできる――その間に、連中に対抗する“力”をつければいい」
「ボクに……できるかな?」
「『できるかできないかか』じゃない。『やるかやらないか』だ。
それと、もうひとつ」
言って、鷲悟は人さし指をピッと立て、
「『ボク』じゃない。『ボク“達”』だ。
シャルル、お前はひとりじゃない――オレ達がいる。みんなでやればいいさ」
「で、でも、ボクの問題なのにみんなを巻き込むワケには……」
「データを狙われたオレと一夏はすでにぶっちぎりで巻き込まれてんですけど何か?」
「……そうでした」
あっさりと返され、しょげ返るシャルルに鷲悟はクスリと笑みをもらして彼女の頭をなでてやる。
「とにかく、だ。
当分はここがお前の居場所だ。フランスでも、デュノア社でもなくてな。
それに、もしここだけじゃ不都合だっていうなら……」
「オレが、お前の居場所になってやるよ」
「え………………?」
「どこにいたって、何が相手だって、オレはお前の味方だ。
約束する――絶対に、お前を守ってやるって」
いきなりの宣言に、シャルルの顔が真っ赤に染まる――そんな彼女の頭をなで続けながら、、鷲悟は彼女にそう答える。
「だから――忘れるなよ。お前にはオレ達がついてるんだってこと」
「…………うん」
「ん。よろしい」
シャルルがうなずいたのを確認して、鷲悟は彼女の頭をなでていた手を引っ込めた。シャルルが名残惜しそうにしているにも気づかず軽く息をつき、
「しっかし、お前の親父さんも抜けてるよな」
「え…………?」
「よりにもよって男装させて放り込むなんてさ。他にもやり方あっただろうに。
だって……この先臨海学校とかあるんだぜ。水着とかどうフォローするつもりだったんだろ……」
「みずっ……!?」
鷲悟の言葉に、シャルルは耳まで真っ赤になって固まってしまう。
「……シャルル?」
「――――ハッ!
お、男物でも上まで着る水着とかあるよっ!
いきなり何言い出すの!? もう……鷲悟のえっち」
「んなっ!?」
真っ赤な顔でのいきなりなシャルルの物言いに、鷲悟は思わず声を上げた。
「なっ、なんで今の話でそんな話になるのさ!?
冤罪だぁーっ! 謝罪を要求するーっ!」
「し、鷲悟がそーゆーのに無神経なのがいけないんだよっ!
さっきだって、タオルも巻かずに出てくるしっ!」
「あ………………」
今度は鷲悟が真っ赤になってフリーズする番だった。
「…………ご、ゴメン」
「あぁっ! ぼ、ボクの方こそゴメン! 鷲悟はボクが女の子だって知らなかったんだもんね!
それに大丈夫! 肝心なところは小さくて見えなかったから!」
「がはぁっ!?」
「わーっ!? 鷲悟ーっ!?」
シャルルから受けた痛恨の一撃は鷲悟に絶大なダメージを与えていた。床を転げ回って悶絶するその姿に、シャルルが思わず声を上げる。
「し、シャルル……お前、男にとって最大級の侮辱になるセリフを今、言ったぞ」
「そ、そうなの!?」
「そうだよっ!
人のことどうこう言っても、シャルルだって男心わかってないじゃんかーっ!」
「だ、大丈夫! もう忘れるからっ!
……って、その握りしめた拳は何なのか聞いてもいいかなっ!?」
「物理的に忘れさせてやるーっ!」
「やっぱりーっ!?
――って、わぁっ!? 今本気で殴りに来たよねっ!?」
「確実性を重視っ!」
「確実すぎて記憶と一緒に命まで飛んでっちゃうよっ、そんなの!」
「問答無用ぉーっ!」
殴りかかる鷲悟と逃げるシャルル、バタバタと大騒ぎの二人だったが――
「って、わぁっ!?」
「シャルル!?」
バランスを崩したシャルルの姿に鷲悟が動いた。倒れるシャルルの身体をとっさに抱きとめて――
『………………あ』
とりあえず、シャルルがケガをするようなことはなかった。
鷲悟が彼女の下でクッションになった上、倒れ込んだ先が鷲悟のベッドの上だったから。
しかし――その結果、二人はベッドの上で密着状態。しかも両者の顔の間はわずか2cm程度。
「…………あー……」
「え、えっと……」
鷲悟も、シャルルも、思考がまとまらずにただ呆然とするしかなくて――
――コンコンッ。
「鷲悟さん、いらっしゃいます?」
『――――――っ!?』
聞こえてきたのはセシリアの声――その声に我に返り、二人はビクリと肩をすくませた。
「何か騒いでいらっしゃるようですけど、何かありましたの?
大丈夫ですの? 入りますわよ?」
その言葉と共にドアが開けられ――
「…………何をしていますの?」
「し、シャルルがちょっと体調崩しちゃってさ。
落ち着いて寝られるようにと思って添い寝だよ、添い寝。アハハ……」
「ゴホゴホッ、ケホケホッ……」
とっさに布団を被って二人でベッドの中にもぐり込んだ。眉をひそめるセシリアに、鷲悟もシャルルも必死にごまかしにかかる。
「はぁ……男同士の添い寝でも落ち着けるものなんですの……?
……まぁ、いいですわ。夕食をまだとられていないようでしたので、よろしければご一緒に、と思ったんですけど」
「あ、そ、そうか。
じゃあ、オレは行ってくるけど……シャルルはどうする?」
「ぼ、ボクはまだちょっと調子が悪いから……」
「そ、そうか。
じゃあ、何か適当に見つくろって持ってくるから。
行こうぜ、セシリア」
「え、えぇ……
デュノアさん、お大事に」
とりあえずはごまかせたらしい。鷲悟はセシリアの手を引いて部屋を出ていく。
「…………ふぅっ、助かったぁ……」
セシリアが去り、ひとりになった部屋で安堵の息をつく――と、シャルルはそこで気づいた。
(こ、こっちのベッドって……鷲悟のベッドだよね!?)
さっきは自分達もあわてていたし、セシリアもこの部屋を訪れるのは初めてだった。結果誰もツッコまなかったのだが――気づいてしまった今となっては意識せずにはいられない。
(ど、どどど、どうしよ〜っ!
や、やっぱり出ておいた方がいいよね……でも、セシリアはボクが体調を崩してると思ってるし、見舞いとか来るかも……こっちで寝てないと怪しまれちゃうかな? 怪しまれちゃうよね?
でも、鷲悟の迷惑になったりとかしないかな? う〜、どうしよ〜っ!)
などとシャルルが(鷲悟の)ベッドで悶えていると、
「…………何してるんだ? シャルル」
「ぅひゃあっ!?」
鷲悟の声に、シャルルは天井まで飛び上がらんばかりに驚いた。
「し、鷲悟!?
は、早かったね」
「いや、『早かった』って……」
シャルルの言葉に、定食の乗ったトレイを持った鷲悟は視線で時計を指し示す――悶えている間に一時間経過。大食いの鷲悟でも、のんびり食事をとって戻ってくるには十分すぎる時間だ。
「で……メシ、もらってきたけど」
「あぁ、うん、いただくよ」
テーブルの上に定食を置き、手招きする鷲悟に答え、シャルルがやってきて――その表情が一瞬にして青ざめた。
鷲悟の持ってきた……“焼き魚定食を前にして”。
「…………ん? どうした?」
「う、うん……」
首をかしげる鷲悟だが、シャルルは心配には及ばないとばかりに席につく――しかし、その表情は依然として強張ったままだ。
何をそんなに緊張しているのか――答えはすぐにわかった。
まず、割り箸をうまく割れない。
箸の持ち方もおかしい。
そして――
「あっ……」
ぽろっ。
「あっ、あっ……」
ぽろっ。ぽろっ。
「あぅ〜……」
「……ナイフとフォーク、もらってくるわ」
「い、いいよ。そこまでしてくれなくても……」
立ち上がった鷲悟を、シャルルがあわてて呼び止めるが、
「またそうやって遠慮する。
お前はもっと人に頼ることを知るべきだ。今みたいに遠慮ばっかりしていると損するだけだし、周りに余計な心配をかけることになる。
そういうの、心配する側もけっこうキツイんだ。かんべんしてくれ」
「………………?
なんだか、身に覚えがあるような言い方だね?」
「弟がモロにそのタイプなんだよ。
どうでもいいようなところは遠慮しないクセに、肝心なところで遠慮して人に頼らずに、自分だけで背負っちまう。
そのせいで今までどれだけ苦労してきたか、わかったものじゃないっていうのに、ちっとも直そうとしないから困ったもんだ」
ため息まじりに肩をすくめてみせる鷲悟に、シャルルはクスリと笑みをもらす。
「…………何?」
「ううん。そういうところ、確かに“お兄ちゃん”だなーって」
「ひとりっ子がナマ言ってんじゃないの」
照れ隠しにシャルルの額にデコピン一発。改めてナイフとフォークをもらいに行こうとする鷲悟だったが、
「あぁ、待って、鷲悟」
「待たね。
言ったろ、お前はもう少し頼っていいって」
「いや、そうじゃなくてね……」
返す鷲悟に対し、シャルルは何やら言いにくそうにしていたが、
「え、えっとね、あのね……」
「鷲悟が、食べさせて」
「………………はい?」
「そ、そうすれば、ナイフとフォークを取りに行く手間が省けるかな、って思って……」
いきなりの提案に目を丸くする鷲悟に、シャルルは顔を赤くしたまま箸を差し出す。
「あ、あ……ダメ?」
「…………慎ンデヤラセテイタダキマス」
瞳をウルウルさせて上目遣いで見上げられては、反論などできようはずもなかった。箸を受け取り、シャルルと向き合うように座る。
「じ、じゃあ……あ、あーん……」
「ん…………」
口を開けるシャルルに対し、先ほどシャルルが悪戦苦闘していた焼き魚を投入。
「ど、どうだ……?」
「う、うん。おいしいよ」
「そうか。よかった」
この焼き魚定食は(量の問題を除けば)自分もお気に入りの一品なのだ。緊張で味がわからない、とかだったらどうしようかと思っていたが、その心配は杞憂のようだ。
「じ、じゃあ……次はご飯がいいな」
「メシだな、よし」
「ん……おいしい」
「うん。
…………あ、ご飯粒ついてるぞ」
「鷲悟、取って」
「いや、そのくらい自分で……あぁ、わかった! 取るよ! 取るからその目はナシ!」
後に、鷲悟はこの時のことをこう語っている。
「こんなの、シラフでできるのはよほどのバカップルだけだ」と――
(な、なぜこのようなことに……)
一方、寮の廊下を歩きながら、箒は内心で頭を抱えていた。
近頃、何か学年別トーナメントにからんでウワサが流れているのは知っていた。
問題は、ついさっきようやく自分の耳にも届いたその内容である。
『学年別トーナメントの優勝者は、織斑一夏か柾木鷲悟と交際できる』
(ま、まさか、あの時の宣言を誰かに聞かれていたのか!?)
性格上、一夏が話したということはまずないだろうから、そういうことなのだろう。
鷲悟の名前まで加わっているのは、まぁ、わかる。ウワサに尾ひれがつく中で中で巻き込まれたのだろうし、逆にシャルルの名前がないのは、単に転入のタイミングの問題だろう。
(と、とにかく、優勝だ。優勝すれば問題はない。
今回はあの時のようには――)
自分に言い聞かせようとした拍子に思い出したくもない記憶がよみがえり、箒は被りを振った。
(あの時とは違う。大丈夫……大丈夫……な、はずだ……)
箒はかつて、引っ越しによって一夏と一度離れ離れになっているが……その原因は実の姉、束にある。
束の発表したISは、その圧倒的な性能差から発表直後であったこの頃からすでに兵器への転用が危ぶまれていた。そのため、本人を含む家族の保護という名目で、政府主導の転居を余儀なくされたのだ。
あの日から、箒は束のことが好きではない――元々その奔放さに振り回され、苦手意識を持っていたのだが、この一件で一夏と引き離されたことが決定打となり、「嫌い」と言い切れるまでにその感情は悪化していた。
その後も重要人物保護プログラムによって西へ東へと引っ越しをさせられ、気がつけば両親とも離れ離れ。しかも肝心の、一番守らなければならない束は行方をくらませてしまう始末。これでは何のための保護プログラムかわかったものではない。
実の妹ということで、箒は執拗なまでの監視と聴取を幾度となく繰り返され、心身ともに参っていた。それでも剣道をやめずにいたのは、それが唯一、自分と一夏をつなぐものように思えたから。
しかし――昨年の全国大会、優勝という成績とは裏腹に、その戦いぶりは無様に過ぎた。
それが、彼女にとってただの“憂さ晴らし”でしかなかったからだ。
――誰かを叩きのめしたい。
そんな思いが、彼女の中で渦巻いていたからだ。
しかし、剣は己を映す鏡。試合を重ねれば重ねるほど、そんな醜い自分の姿を突きつけられ、それがさらなるストレスとなって次の対戦相手にぶつけてしまうという悪循環。
何より決定的だったのが、そんな自分に負けて優勝を逃した対戦相手が涙している姿を見たこと――見てしまったことだった。
――私ハ、何ヲシテイルノダロウ……
そう、思わずにはいられなかった。
自分が目指した“強さ”とは、こんなものではなかったはずだ。これではただ暴力と変わらない。
しかし――
『自分の無力をわきまえろ、この身の程知らずがっ!』
クラス対抗戦の最中の乱入者との戦い――あの時、鷲悟に言われた言葉が脳裏によみがえる。
(そうだ……私は無力だ……
自分の中の、醜い自分にすら打ち勝てない……
私は……弱いんだ……)
篠ノ之箒。
その心は、未だ迷宮の中をさまよっていた。
「………………」
夜の闇に包まれ、ひっそりと静まり返るアリーナを、ラウラはひとり、無言で見つめていた。
その胸の内にあるのは、この学園にやってきた“自分の”目的。
(教官……
あの人の存在が……その強さが……私の目標であり、存在理由……)
織斑千冬。
自分でも認めている通り、ラウラにとって彼女の存在こそがすべてだった。
自らの師であり、絶対的な存在であり、たどり着くべき理想。
だからこそ……それが完全な状態でないことを許せはしない。
(織斑一夏……
教官に汚点を残させた張本人……)
そんな男の存在を、認めはしない。
(排除する。
どんな手を使ってでも……)
しかし、そのためにはどうしてもジャマな存在がいる。
(柾木鷲悟……正体不明の分際で、いつも私のジャマをする。
織斑一夏も、ただ挑発しただけでは乗ってこない。それは昼間ハッキリした。
となると……)
そして、ラウラは目の前にウィンドウを展開した。
そこには――
(ヤツらが、出てこざるを得ないようにしてやるまでだ)
セシリアと鈴のデータが表示されていた。
闇の中
黒き想いが
動き出す
次回予告
鷲悟 | 「おぅ、鷲悟だ。 どうなってんだよ? セシリアや鈴がラウラとバトルだなんて!」 |
一夏 | 「しかも、二人の方が圧倒的に不利らしいんだ。 早く助けに行かないと!」 |
鷲悟 | 「わかってる! オレの友達に手ェ上げやがって! 覚悟はできてるんだろうな!? 次回、IB〈インフィニット・ブレイカー〉! |
『脅威の停止結界! ついに見せたラウラの実力』」 | |
鷲悟 | 「いくぞ一夏! セシリアと鈴の弔い合戦だ!」 |
一夏 | 「おぅっ!」 |
セシリア&鈴 | 『死んでない死んでない』 |
(初版:2011/05/26)