「そ、それは本当ですの!?」
「う、ウソついてないでしょうね!?」
「………………?」
 月曜の朝、今まさに入ろうとしていた教室から聞こえてきた声に、鷲悟は思わず眉をひそめた。
「何だ……?」
「さぁ?」
「セシリアと鈴……だよな、今の声」
 首をかしげる鷲悟には、シャルル(男装バージョン)も途中で一緒になった一夏もあいまいな返事しか返せない。
 ちなみに、シャルルの正体については一夏に知らせていない。当事者である一夏も知るべき話ではあるが、ラウラとのアレコレで問題を抱えている一夏に知らせても負担を増やすだけだ。少なくともラウラの問題が片づくまでは秘密にする、ということになったのだ。
 それはともかく、今は教室内の騒ぎである。
「本当だってば! このウワサ、学園中で持ちきりなのよ?
 学年別トーナメントで優勝したら、織斑くんか柾木くんと交際できr
「オレ達がどうしたって?」
『きゃあぁぁぁぁぁっ!?』
 とにかく、入って声をかけてみる――しかし、鷲悟が話しかけたとたん、返ってきたのは取り乱した女子達の悲鳴。
「………………悲鳴上げられた」
「あぁぁぁぁぁっ! す、すみません、鷲悟さん!」
「いきなりでビックリしただけだから!
 ……あぁ、もうっ! あたし達が悪かったから、すみっこでうずくまってシクシク泣かないでよ! 罪悪感すごいからっ!」
「まさっち、いーこいーこ」
 で、その悲鳴を真っ向から受けた鷲悟が凹むワケで――セシリアや鈴、本音があわててフォローに回る光景にちょっと場が和んだりしたのだがそれはさておき。
「うぅっ、覚えてろよ、お前ら……
 ……で? 何の話してたんだよ? オレ達の名前が出てたみたいだけど」
「う、うん? そうだっけ?」
「さ、さぁ、どうだったかしら?」
 なんとか復活し、改めて尋ねる鷲悟だったが、鈴もセシリアも乾いた笑いを返すのみ。内容が内容なだけに、ウワサの真相を直接本人に確かめようとする猛者はいない。
「じ、じゃあ、あたし自分のクラスに戻るから!」
「そ、そうですわね! わたくしも自分の席に戻りませんと!」
 まるでこの話題への詮索を避けるかのように(実際避けているのだが)、鈴とセシリアはその場を離れていく。それを合図にしたかのように、他の女子達も散っていき――
「……何だったんだ?」
『さぁ……?』
 残された鷲悟の問いに、シャルルと一夏は首をかしげるしかなかった。

 

 


 

第10話

脅威の停止結界!
ついに見せたラウラの実力

 


 

 

『………………あ』
 時は流れてその日の放課後――いつもは一夏の特訓のためにみんなで訪れる第三アリーナにひとりでやってきたセシリアは、ひとりでISを展開している鈴と出くわした。
「奇遇ね。あたしはこれから学年別トーナメントに向けて特訓するんだけど」
「奇遇ですわね。わたくしもまったく同じですわ」
 セシリアも応えながらISを展開。二人の間に火花が散る。
 どうやら二人とも狙うのは優勝のようだが――そのやる気の源が今朝聞いたウワサであることは想像に難くない。
 いつもは想いを寄せる相手が違うことからそれほどぶつかることのない、それどころかクラス対抗戦の日、放課後の屋上でのやり取りを経てむしろより仲が良くなってきている二人だが、例のウワサが事実なら交際権を握るのは優勝者のみ。枠がひとつしかない以上、今回ばかりはお互いがライバルというワケだ。
「ちょうどいい機会だし、どっちが上かハッキリさせとくってのも悪くないわね」
「あら、珍しく意見が一致しましたわね。
 どちらの方がより強くより優雅であるか、この場でハッキリとさせようではありませんか」
 言って、二人が対峙し――と、そんな二人の間をいきなりの砲弾が駆け抜けた。
『!?』
 とっさに緊急回避。二人が砲弾の飛来した方を見ると、そこにいたのは――
「“黒い雨シュヴァルツェア・レーゲン”……ラウラ・ボーデヴィッヒ……」
 悠然と佇む漆黒のISを前に、セシリアがうめくようにその名を口にする。
「……どういうつもり?
 いきなりぶっ放すなんて、いい度胸してるじゃない」
 連結した双天牙月を手にそう言い放ちながら、鈴は衝撃砲“龍咆”を準戦闘状態へとシフトさせる。
「中国の“甲龍シェンロン”にイギリスの“ブルー・ティアーズ”か。
 ……フンッ、データで見た時の方がまだ強そうではあったな」
『――――――っ』
 いきなりの挑発的な物言いに、鈴とセシリアのこめかみに血管マークが浮かぶ。
「何? やるの?
 わざわざドイツくんだりからやってきてボコられたいなんて大したマゾっぷりね。それともジャガイモ農場じゃそういうのが流行ってんの?」
「あらあら鈴さん、こちらの方はどうも共通言語をお持ちでないようですから、あまりいじめるのはかわいそうですわよ? 犬だってまだワンと泣きますのに」
 口々に挑発し返す二人だが、ラウラはまったく動じる様子はない。
「はっ、ISでもないガラクタを身にまとった正体不明アンノウンに負ける程度の実力しか持たぬ者が、私と同じ第三世代の専用機持ちとはな。
 よほど人材不足と見える。数くらいしか能のない国と、古いだけが取り得の国はな」
 ぶちっ。
 何かが切れる音と共に、セシリアと鈴は同時に装備の安全装置を外していた。
「あぁ、あぁ、わかった。わかったわよ。スクラップがお望みなワケね。
 ――セシリア。どっちが先にやるかジャンケンしよ」
「えぇ、そうですわね。
 わたくしとしてはどちらでもいいのですけど……」
「はっ、二人がかりで来たらどうだ? 1+1は所詮2にしかならん。
 下らん種馬を追いかけ回すようなメスに、この私が負けるものか」
 その一言が、最後の決定打になった。
「――今何て言った?
 あたしの耳には『どうぞ好きなだけ殴ってください』って聞こえたんだけど?」
「この場にいない人間の侮辱までするとは、同じ欧州連合の候補生として恥ずかしい限りですわ。
 その軽口、二度と叩けぬようにここで叩いておきましょう」
「……ごたくはいい。とっとと来い」
『上等(ですわ)っ!』



「珍しいこともあるもんだな。
 鈴もセシリアも自分達の特訓だなんて」
「だよなー。
 いつもは一夏の訓練の片手間にやってるのに」
「それだけ、二人も今回のトーナメントはやる気になってるってことじゃないかな?」
 いつものようにみんなでアリーナに向かおうとしたものの、セシリアと鈴の姿がない。心当たりを探して回った結果、すでにアリーナに向かったことがわかった――二人に遅れてアリーナにやってきた一夏と鷲悟の言葉にはシャルルが応える。
「とにかく、我々も合流するぞ。
 今日はアリーナの使用人数も少ないと聞いている。空間が空いていれば模擬戦もできるだろう」
 箒が言い、アリーナの入り口まで来て――そでようやく、アリーナの中が何やら騒がしいことに気づいた。
「何だ……?」
「何かあったのかな?
 こっちで先に様子を見ていく?」
 一夏に言って、シャルルは観客席へのゲートを指さす――確かにピットから回るよりは早い。反対する者もなく、四人は観客席へと向かう。
「誰かが模擬戦をしてるみたいだけど、それにしては様子が――」
 そんなシャルルの言葉をさえぎって爆音――アリーナに視線を向けると、中央からもくもくと立ち上る煙の中から誰かが飛び出してくる。
「鈴!?」
「セシリア!?」
 その“誰か”の正体に気づき、一夏と鷲悟が声を上げる――観客席のシールド越しでこちらの声は届かず、鷲悟達に気づかない二人は爆煙の中から姿を現したラウラをにらみつける。
 見ると、セシリアも鈴もISにかなりのダメージを受けている。ラウラも無傷とまではいかないが、それでも二人よりはダメージは軽い。
 しかし、見たところセシリア&鈴VSラウラという構図のようだ。それでも孤立している側であるラウラの方がダメージが軽いというのは……
「まさか、あの二人を同時に相手にしてもなお上だというのか……?」
 気づき、箒が声を上げる中、セシリアと鈴は軽く目配せした上でラウラへと突っ込んでいく。
「くらえ!」
 言い放つと同時、鈴が衝撃砲を最大出力で発射する。不可視の砲弾は一直線にラウラを狙うが、
「ムダだ。このシュヴァルツェア・レーゲンの“停止結界”の前ではな」
 ラウラが右手をかざす――ただそれだけの動きで、鈴の攻撃は打ち消されてしまったようだ。効かないどころか、着弾の様子すら見られない。
「ウソ!?」
「衝撃砲を防いだのか!? でも、どうやって……?」
 その様子にシャルルや一夏が声を上げると、
力場フィールド……だよ」
 そう答えたのは鷲悟だった。
「今、ボーデヴィッヒさんの右手を中心に何かのフィールドが展開された。
 それが、どういう原理かは知らないけど、鈴の攻撃を衝撃すら受けることなく止めたんだ」
「そんなことが、可能なのか……?」
「たぶん、アレがボーデヴィッヒさんのISの第三世代兵器……」
 箒に答え、鷲悟は再びアリーナへと視線を戻す。
「くぅ……! まさかこうまで相性が悪いなんて……!」
 ラウラの防御の正体に気づいているのか、鈴が苦々しくうめく――そんな彼女に、ラウラは両肩の非固定浮遊部位アンロック・ユニットからブレードを射出、ワイヤーを伴って放たれたそれは複雑な軌道を描いて飛翔し、鈴の右足をからめ取る。
「そうそう何度もさせるものですか!」
 鈴の援護のために射撃を行なうセシリア。その合間にビットもラウラへと向かわせるが、
「フンッ、理論値最大稼動のブルー・ティアーズならいざ知らず、この程度の仕上がりで第三世代兵器とは笑わせる」
 これもラウラに止められた。左右に、腕を交差するように突き出した先で、見えない力にからめ取られたビットが動きを止めていた。
「動きが止まりましたわね!」
「貴様もな」
 そこをセシリアが狙い撃つが、ラウラもそれを大型カノンで相殺。セシリアの次弾発射よりも早く、先ほど捕まえた鈴を振り回し、セシリアに叩きつける。
 さらに二人に向けて突撃。まるで弾丸の如く一瞬で間合いを詰めたその動きは――
「“瞬時加速イグニッション・ブースト”……!?」
 そう。その名をつぶやいた一夏自身の十八番、“瞬時加速イグニッション・ブースト”だ。
 双天牙月で迎え撃つ鈴だったが、ラウラは両手に発生させたプラズマ刃で応戦。さらに両肩だけでなく腰からもワイヤーを射出、六つの刃で鈴を追い詰めていく。
 と――
「…………おかしいな」
 不意につぶやいたのは鷲悟だった。
「『おかしい』? 何が?」
「鈴とセシリアだよ。
 いつものあいつらの動きじゃない。前のめり過ぎて、動きが完全に空回りしてる。
 あんな動きじゃ、ボーデヴィッヒさんに押されて当たり前だ……何焦ってんだ、アイツら……」
 聞き返すシャルルだが、先の両者のやり取りを知らない鷲悟にも何が原因なのか皆目見当もつかず、あいまいな答えしか返せない。
「このっ――!」
「あ、バカ――!」
 そんな中、鈴がまたしても失策――至近距離で片一方の衝撃砲を展開したのを見て鷲悟が声を上げるが、
「甘いな。この状況でウェイトのある空間圧兵器を使うとはな」
 懸念的中。衝撃砲は不可視の砲弾を放つ前にラウラの砲撃を受け、非固定浮遊部位アンロック・ユニットごと爆散する。
 衝撃砲の発射時のタイムラグについては、先日の授業での模擬戦で鷲悟も気づいていた。接近戦ではスキにつながりやすいから注意しろと言っておいたのに、完全に失念していたようだ。
 そして、それもまた彼女が焦っている証左のひとつ――直情的なように見えて、その実は冷静にものを見ることができる鈴が、指摘されてまだ日が浅いとはいえ問題点を完全に失念するなど……
「もらった」
「――――――っ!」
 一方の非固定浮遊部位アンロック・ユニットを失い、バランスを崩した鈴にラウラが 迫り――
「させませんわ!」
 間一髪のところでセシリアがカバーに入った。スターライトを盾にラウラの一撃を防ぎ、お返しとばかりにウェストアーマーのミサイルビットをラウラに向けて叩き込む!
「この至近距離でミサイルなんて、ムチャするわね、アンタ……」
「苦情は後で。
 けれど、これなら確実にダメージが……」
 セシリアの言葉がそこで止まる。
「…………終わりか?」
 爆発の中から、ほとんどダメージの増えていないラウラが姿を現したからだ。
 右手を二人に向けて――と言うより、ミサイルビットの飛んでいった辺りに向けてかざしている。どうやら例の謎のバリアでセシリアの一撃を防いだようだ。
「ならば――私の番だ」
 次の瞬間、“瞬時加速イグニッション・ブースト”で距離を詰めたラウラが鈴を蹴り飛ばした。間髪入れずにセシリアを至近距離からの砲撃で吹き飛ばすと、飛ばされた二人をワイヤーブレードで捕まえる。
 全身をからめ取られ、動けない二人を引き寄せ、そこから始まるのは一方的な蹂躙。
 腕に、脚に、体に、次々にラウラの拳が叩き込まれる。シールドエネルギーはあっという間に0へ――しかし、ラウラはそれでも攻撃の手をゆるめなかった。
 本来、シールドエネルギーのゲージは操縦者の生命維持分のエネルギーは別として表示される。だからメインのシールドエネルギーのゲージが0になったからと言ってただちにシールドが失われるワケではないが、その生命維持分のシールドまで削り取る勢いでラウラは二人を蹴り、殴り、ISアーマーを破壊していく。これ以上ダメージを受け、もしISが強制解除されるようなことになれば、それこそ二人の生命が危ない。
 と――普段は無表情なラウラの口元に確かに愉悦の笑みが浮かんだ。それを見た瞬間、一夏の中で何かのゲージが振り切れた。
「おぉぉぉぉぉっ!」
 白式の展開、雪片の構築、そして“零落白夜”。一気に観客席のシールドバリアを打ち破り、一夏は“瞬時加速イグニッション・ブースト”でラウラに向けて突撃する。
「その手を放せ!」
 鈴とセシリアをつかんでいるその手に向けて雪片を振り下ろす――が、
「感情的で直線的……絵に描いたような愚か者だな」
 エネルギー刃が届くか届かないかのところで、一夏の動きが止まる。まるで見えないコンクリートに押し固められたかのように押せども引けどもビクともしない。
「やはり敵ではないな。
 この私とシュヴァルツェア・レーゲンの前では、お前も有象無象のひとつでしかない。
 ――消えろ」
 ラウラのカノンが一夏へと向けられた、その時――
「一夏、離れて!」
 シャルルの声と同時、アサルトライフル2丁から放たれる弾雨がラウラのISのシールドバリアを叩く。
「チッ、ザコが……っ!」
 その身を拘束していた力が消え、一夏はとっさに離脱。ラウラに銃口を向けるシャルルと合流する。
「フンッ、おもしろい。世代差というものを見せつけてやろう」
 対し、ラウラはまだまだ余裕だ。シャルルに向けて言い放ち――



「『感情的で直線的。絵に描いたような愚か者』……か」



 突然の声が乱入――見ると、鷲悟が“装重甲メタル・ブレスト”の着装もせず、悠々とラウラに向けて歩いてくるところだった。
「人のこと言えるのかよ?
 一夏にドロドロベッタリな粘着質のアメーバ娘が」
「…………何?」
「し、鷲悟! 生身だなんて危ないよ!」
 初めて、ラウラが不機嫌そうに眉をひそめる――あわてて声を上げるシャルルにかまわず鷲悟へと向き直る。
「実力差も見えていない愚か者が……
 この私とシュヴァルツェア・レーゲンの前に生身とは、身の程知らずにも程がある!」
 相手が生身と知りながらも、かまうことなく拳を振るい――
「――――なっ!?」
 直撃すると思われた瞬間、鷲悟の姿がラウラの視界から消え失せ、
「一夏、シャルル、こっちに」
「え…………?」
「ウソ……」
 その姿はラウラの背後にあった。変わらぬ足取りで鈴とセシリアのもとへと向かい、何事もなかったかのように自分達を呼ぶその姿に、一夏もシャルルも目を丸くするしかない。
「大丈夫か? 二人とも」
「こ、ここから、大逆転するところだったわよ……」
「無様な姿を……お見せしましたわね……」
「ん。そんな口が叩ける余裕があるなら大丈夫かな?」
 声をかけると、すぐに返事が返ってきた――応える鈴とセシリアの言葉に、鷲悟は満足げにうなずき、
「貴様……私をなめているのか!」
「――――――っ! 鷲悟!」
「後ろ!」
 完全に自分を無視したその態度にラウラが動いた。背後から鷲悟に襲いかかるのに気づいた一夏やシャルルが声を上げ――



「うるさいよ」



 その瞬間――ラウラが吹っ飛ばされた。一直線に宙を駆け抜け、アリーナの反対側の壁に叩き込まれる。
「な…………っ!?」
(何だ、今のは……!?
 ヤツは何をした!? 私は、何をされた!?)
 鷲悟が自分を吹き飛ばした――それだけは間違いない。
 だが――逆に言えば“それだけしかわからなかった”。警戒を強めながらもダメージをチェックするラウラに対し、鷲悟はようやく彼女へと向き直る。
 そんな彼のもとに、一夏やシャルルが合流する――しかし、そんな中でひとりだけ動けずにいる人物がいた。
「専用機があれば……!」
 そう。専用機がなく、この場の戦いに参加できないでいる箒だ。
 本当なら今すぐにでも飛び出していきたい。あの場に飛び込み、一夏の力になりたい。
 だが――

『自分の無力をわきまえろ、この身の程知らずがっ!』

 クラス対抗戦での乱闘事件。自分はそうやって飛び出した挙句にその身を危険にさらした。その結果が――あの鷲悟からの叱責だ。
「私は、また見ていることしかできないのか……!?」
 セシリアと鈴を打ち倒したラウラへの怒りはもちろん、それ以上に何もできない自分が許せず、箒はただひとり、悔しさに唇をかみしめるしかなかった。



「……一夏、シャルル。
 セシリアと鈴をお願い」
 一方、アリーナ内の戦いも次なる局面に移ろうとしていた。一夏やシャルルに告げ、鷲悟はラウラに向けて一歩を踏み出す。
「お前はどうするんだよ?」
「もちろん、ボーデヴィッヒさんの“お誘い”をお受けするに決まってる」
「フッ、ようやくやる気というワケか、正体不明アンノウン
 一夏に答える鷲悟の言葉に、ラウラは壁にめり込んだ部分のISアーマーを引き抜きながらそう応える。
「何をしたのかは知らないが……攻撃はできても生身では防御はたかが知れている。
 そして回避もだ――さっきはうまくかわしたようだが、まぐれは二度も続かない。
 この私の前に立ちふさがったこと――後悔するがいい!」
 言って、ラウラが鷲悟に襲いかかる。“瞬時加速イグニッション・ブースト”で一気に間合いを詰め、見下ろす形になった鷲悟へと拳を打ち下ろし――先ほどと同じように鷲悟の姿がかき消える。
 が――
「見えているぞ!」
 今回はラウラも鷲悟が攻撃をかわし、距離を取るのをハッキリと認識していた。その姿を追い、繰り出した拳を鷲悟はのけぞるようにかわし、続く蹴りも一瞬で身をひねって回避する。
「フッ、よくかわす――だが、これでどうだ!」
 と、ラウラが動きを見せた。一度鷲悟から距離を取り――右肩のレールカノンを鷲悟に向ける。
「安心しろ。
 “今はアリーナでの模擬戦中”――死んでも事故だ!」
 言い放ち、超音速の砲弾が放たれて――



 かわされた。



「な…………っ!?」
 砲弾は鷲悟の脇をかすめ、グラウンドを大きく穿つ――直後発生した衝撃波ソニックブームに身を任せ、間合いを離す鷲悟の姿に、ラウラは驚きを隠せない。
 先日打ち返された榴弾とはワケが違う(むろん、そちらもそちらで十分ありえないのだが)。先日の思わぬ返しを教訓に、今回は榴弾砲からより弾速の速いレールカノンに換装してきたのだ。超音速で飛来する砲弾に生身で反応するどころか、その速度によって発生する衝撃波ソニックブームも冷静に利用して間合いを離すなど、どう控えめに見ても人間業ではない。
 予想を覆す鷲悟の動きに、さすがのラウラも驚きを隠せず――それが一瞬のスキを生んだ。着地と同時に地を蹴り、間合いを詰めた鷲悟がラウラに蹴りを叩き込む。
 相手は生身のはずなのに、まるでISを装着した操縦者に蹴りを入れられたかのような衝撃が叩きつけられる――まともに蹴りをもらい、ラウラがたたらを踏む。すかさず追撃に入る鷲悟だったが、
「――なめるな!」
 吼えたラウラが右手をかざすと同時――鷲悟の身体が動きを止めた。
 鷲悟の意志によるものではない。一夏が先ほど捕まった、不可視の力によるものだ。
「クソッ、捕まった……っ!」
 鈴達が苦しめられ、一夏をわずか一手で詰んだ力――うめく鷲悟だったが、ラウラに視線を戻した瞬間、思わず抵抗の手を止めてしまった。
 いつの間にか眼帯を外していたラウラ――隠されていた方の目が金色に輝き、鷲悟をしっかりと見つめているのを見て。
「なるほど、眼帯はその目を隠すためのものだったワケだ」
「軽口もそこまでだ。
 ……だが、誇ってもいいぞ。生身で私に挑みながら、私に停止結界やこの“越界の瞳ヴォーダン・オージェ”まで使わせたのだからな」
「停止結界、ね……
 つか、この“力”って……」
「だが、結果はこれだ。
 私を侮り、生身で挑んだことを後悔させてやる」
 つぶやく鷲悟にかまうことなく言い放ち、ラウラは拳を握りしめ――鷲悟は改めて彼女に告げた。
「…………あのさぁ」
「何だ? 今になって命乞
「オレ、さっきお前がセシリアや鈴と戦うのを見てたんだ。
 で……気づいたことがある」
 ラウラのセリフを最後まで言わせず、鷲悟は続ける。
「あの時……お前はこの力で衝撃砲やビットの動きを止めていたけど……“セシリアのビームは避けていた”
 つまり、コイツは物理的な衝撃や飛来物には有効でも、エネルギー系の攻撃に対する効果は薄い」
「それがわかったところで何ができる?
 貴様はもう身動きひとt
「もうひとつ」
 再びラウラの言葉がさえぎられる。
「この停止結界とやら……左右の手を起点に発動するみたいだな。
 けど……お前は左右同時に発動はしても、“左右別々に発動させることはしなかった”
 おそらく、セシリアのビットと同じで、使用するには深く集中することが必要なんだ――だから、一度停止結界を発動させてしまうと重ねがけも、他の相手に使うこともできない。
 ……つまり」



「“発動時点で止めていなかったものを止めるには、その都度停止結界を解除しなければならない”」



 その言葉と同時、捕まったそのままの姿勢で“装重甲メタル・ブレスト”を着装。両肩のグラヴィティキャノンがラウラへと向けられる。
「しまった!?
 貴様……まさか、生身で挑んできたのは最初からこれを狙って!?」
「まぁね。
 さぁ、どうする? 停止結界を解いてオレに殴られるか、停止結界を維持してオレに吹っ飛ばされるか!」
「く…………っ!」
 鷲悟の言葉に、ラウラの顔に焦りの色が浮かぶ。
 普通に考えれば、たとえ装着者同士の殴り合いでも、一発殴られた程度でISがどうにかなるものではない。迷わず停止結界を解除し、より脅威の大きな鷲悟の砲撃に対処するべきところだ。
 しかし、先ほど受けた鷲悟の蹴りは生身でありながらISを展開した自分をたじろかせるだけの威力を有していた――その打撃も、武装した今ではかなりの威力に強化されているはず。一撃必殺も十分に可能な脅威と見ることができるのだ。
 放すも地獄、捕まえておくのも地獄――進むも退くもままならない状況に、ラウラはグラヴィティキャノンの砲口に光が生まれるのを見届けることしかできなくて――
「はい――時間切れ!」
 チャージを完了した鷲悟の砲撃がラウラを吹っ飛ばす!
「ぐぅ…………っ!
 やってくれたな、正体不明アンノウン!」
 うめきながらも、すぐに体勢を立て直す――だが、怒りに任せて突っ込むような愚は犯さない。その怒りを最も効果的に叩き込める機会を求め、鷲悟のスキを探る。
 対する鷲悟も、そんなラウラを警戒し、油断なく身がまえている――が、



「…………やめだ」



「…………何?」
 突然鷲悟がかまえを解いた。
「これ以上戦う理由はない――これで失礼させてもらうよ」
「バカな……
 貴様……逃げるつもりか!?」
「んー、そうなるのかな?」
 宣言と共に、その言葉の通り背を向け、歩き出す――いきなりの鷲悟の態度の変化に思わず声を上げるラウラだったが、鷲悟はあっさりとそう答えた。
「軍人さんならわかるだろ? ミッションをクリアした以上、戦場に長居は無用だ。
 となれば、あとはさっさと撤退するだけ……それを『逃げる』と言うなら、そうなんじゃないかな?」
「ミッション、だと……?」
 聞き返し――ラウラは気づいた。
 自分が打ち倒した二人――セシリアと鈴の姿がない。
 鷲悟から二人を任された一夏も――ひとり残り、殿しんがりとしてこちらを警戒しているシャルルがいるだけだ。
「まさか……貴様っ!?」
「お察しの通り。
 オレの目的は、あくまでも“お前にボコボコにされたセシリアと鈴を助けること”……“ラウラ・ボーデヴィッヒを倒すこと”じゃない。
 そして、ミッションが果たされた今、これ以上お前の“お遊び”に付き合う理由はない」
「お、お遊びだと!?」
 鷲悟の言葉に、ラウラは明らかに気分を害したようだ。着装まで解き、完全に戦闘態勢を解除した鷲悟をにらみつける。
「この私との戦いを『遊び』と言うか、貴様!?」
「まぁ、『遊び』と言うには少しばかり危険だったのは認めるよ。
 けど、“理由”があからさまに『遊び』のレベルなんだよ――オレや一夏を挑発するめために、わざわざオレ達に近しい人間、つまりセシリアや鈴を狙うようなヤツの相手なんてさ。
 そんなの、完全にガキのやり口じゃないか。マジメに相手なんかしてられるか」
「『遊び』の次は『ガキ』ときたか……
 どこまでも……こちらをバカにしてくれる!」
 怒りもあらわに言い放ち、ラウラが鷲悟に向けて飛び――
「やれやれ……
 ぶちのめす必要がないからって、手加減して戦ってやっていればつけ上がりやがって……」



「この、半人前のド新人ルーキーが」



『――――――っ!?』
 瞬間、鷲悟のまとう空気が一変した。突撃していたラウラは思わず急停止、さらに鷲悟と直接向き合っていないシャルルまでもがまるで心臓を鷲づかみにされているかのようなプレッシャーにさらされる。
「わかってないな、ラウラ・ボーデヴィッヒ。
 ヘタすれば他のアリーナ使用者も巻き込みかねなかった今の戦いで……オレが本気で戦っていたとでも?」
 言って、鷲悟がラウラに向けて一歩踏み出し――同時にラウラも一歩後ずさりする。
「セシリアと鈴をあんなふうに痛めつけられて……オレが怒っていないとでも、本気で思っているのか?」
 また一歩踏み出し、また一歩下がる。
(バカな……っ!?
 ISも持たず、武装も解いた生身の人間を相手に、私が気迫負けしているというのか……!?)
 胸中でうめくラウラ――彼女は気づいていなかった。
 しかし、彼女の奥底、生命としての本質――本能はすでに悟っていたのだ。
 自分が誰を……いや、



 “ナニ”を怒らせてしまったのか。



「……だ、だったらどうした!
 貴様が本気になったところで、この私に勝てるものか!」
「……やっぱ、踏みつぶされなきゃわからないか」
 しかし、ラウラはその本能からの警告を自らの執着によって振り払った。ため息まじりにつぶやく鷲悟に向けて改めて突撃し――

 ガギィンッ!

 その金属音は、鷲悟が立てたものでもなければラウラが立てたものでもなく、増してや距離をおいたところで二人の戦いを見守っていたシャルルが立てたものでもなかった。
「……やれやれ、これだからガキの相手は疲れる」
「千冬さんっ!?」
 そう。乱入してきたのは千冬だった。
 しかし――その姿はISどころかISスーツすら身につけず、いつものスーツ姿。それでいて全長170cmはあるIS用の近接ブレードを、ISの補佐もなしに軽々と扱っているではないか。
 しかも、その長刀でラウラが鷲悟を狙って繰り出したプラズマ手刀を、受け止めるどころか真っ向から打ち返してみせたのだ。鷲悟が驚くのもムリのない話であった。
「模擬戦をやるのはかまわん。その中でケガ人が出るのも、まぁ仕方のないことだろう。
 だが、アリーナのシールドまで破壊される事態になられては、さすがに教師として黙認しかねる。
 この戦いは私がひとまず預かる――異論はあるか?」
「教官がそう仰るなら」
 素直にうなずいて、ラウラはISの装着を解除する。それを見て、千冬は鷲悟達に視線を向け、
「柾木、デュノア、お前達もそれでいいな?」
「まぁ、オレは元々やめるつもりでいましたし……」
「ボクもそれでかまいません」
 鷲悟の言葉にシャルルも続き、千冬は彼らを含むすべての生徒達に告げた。
「では、学年別トーナメントまで私闘の一切を禁止する。解散!」
「……鷲悟、早くオルコットさん達のところに行こう?」
 千冬の言葉が合図となり、ことの成り行きを固唾を呑んで見守っていた生徒達が我に返り、散っていく――シャルルも鷲悟に声をかけるが、鷲悟は動かない。
 去っていく千冬を見送っていたラウラが、こちらに視線を戻してきたからだ。
「……フンッ、命拾いしたな」
 しかし、千冬に釘を刺された手前、これ以上やり合うつもりはないようだ。挑発のつもりなのか、それだけ言い放ち、背を向けて――
「ラウラ・ボーデヴィッヒ」
 そんな彼女を、今度は鷲悟が呼び止めた。
「ひとつ――忠告しておいてやる」
「忠告、だと……?」
 それは、セシリアや鈴と戦った時のような“無自覚の挑発”ではなかった。
「学年別トーナメント……オレとは決勝まで当たらないように祈るんだな」
 それは、彼がIS学園にやって来てから初めての――
「お前は……」



「試合の場で、ぐちゃぐちゃに踏みつぶす」



 明確な意志のもとでの、宣戦布告だった。





『………………』
 アリーナの騒ぎから一時間――保健室は微妙な沈黙に包まれていた。
 千冬の言った通り、アリーナの遮断シールドまで破壊されるような騒ぎになっては教師陣が動かないワケにはいかない――と、いうワケで、当事者として自分達の知る限りの事情をアリーナの管理をしていた教師に話し、ようやく解放された鷲悟以下乱入組が保健室に担ぎ込まれたセシリアや鈴の見舞いにやってきたのがついさっきのこと。
 ちなみに箒はいない。事情聴取の後、「ひとりにしてほしい」と言うので別れてきた。
 ベッドの上には手当てを終え、身体のあちこちに湿布や絆創膏を貼られたセシリアと鈴。二人してむすっと不満そうに頬をふくらませ、鷲悟達に対してぷいっとそっぽを向いている。
「別に助けてくれなくてよかったのに」
「あのまま続けていれば逆転できていましたわ」
「どこがだよ。完全に詰んでたじゃないか。
 あそこでオレが乱入しなかったら――あだっ!?」
「お前が言うな。
 一夏だって、初手でいきなり詰まれただろうが」
 ツッコむ鷲悟に反論しようと顔を上げた一夏だったが、口調とは裏腹に鷲悟の表情がマジモードであることに気づいた。
「鷲悟……?」
「一夏……そろそろ話してくれてもいいんじゃないか?
 お前と千冬の姐さん……そしてあのラウラ・ボーデヴィッヒとの間に何があったのか」
「………………っ」
「今回の件、ボーデヴィッヒさん――いや、ラウラの目的は、間違いなくお前や、お前へのちょっかいを再三ジャマしたオレへの挑発だ。
 自分から割り込みまくってるオレはいいとしても、今回はお前らの不仲に関して不干渉を決め込んでたセシリアや鈴まで巻き込まれた――もう、ここにいる全員が関係者なんだ。
 言いづらそうにしてるのはわかるけど……事情は、知っておきたい」
 わずかに、だが確かに身体を震わせた一夏に対し、鷲悟はさらに言葉を重ねる。セシリアや鈴、シャルルにも注目され、一夏は軽くため息をつき、口を開いた。
「……すべては、千冬姉がドイツでラウラ達を鍛えることになった……その原因になった“事件”のせいだ」
「『事件』……?
 いきなりおだやかじゃないわね」
 聞き返す鈴に、一夏は真剣な表情でうなずいた。
「まぁ、実際おだやかな出来事じゃなかったからな。
 何しろ、あの第二回“モンド・グロッソ”決勝戦の日――」



「オレ、誘拐されてたから」



『――――――っ!?』
 その日に何かあった、くらいには予想していたが、予想以上に大事だった。明かされた事実に、鷲悟達は思わず目を見開く。
「犯人はわかっていますの?」
「いや……犯人は全員逃走。犯行の手際のよさからどこかの組織だった連中らしい、ってことくらいしかわかってない。結局目的も不明のままだ」
 セシリアの言葉に、一夏は首を左右に振ってそう答える。
「とにかく、何かされるでもなくただ閉じ込められていたオレを助けてくれたのが……」
「姐さん、ってことか……
 ラウラの話の通りだとすると、その結果試合は……」
「あぁ。不戦敗だった」
「あの不戦敗にはそういう裏があったのね……でっかいニュースになった割には背景事情がちっとも明かされなくて、変だとは思ってたのよね。
 けど……それとドイツとどうつながるのよ?」
「オレの居場所を突き止めて、千冬姉にその情報を提供したのが、ドイツ軍だったんだよ。
 それで、その関係でドイツに“借り”のできた千冬姉は、一年くらいドイツでIS戦闘の教官をすることになったんだ」
「なるほどね……」
 鈴に答える一夏の言葉に、鷲悟は軽くため息をついた。
「つまり……整理するとこういうことだな?
 ラウラはその一件のせいで姐さんが“モンド・グロッソ”二連覇を逃したのを納得していない。教官として自分を鍛え上げた姐さんのことを信奉してるっつーのがその理由。
 だから、むざむざ捕まって姐さんの足かせになった一夏が許せない。ついでにその制裁をジャマしたオレも許すつもりはなくて……」
「けど、一夏も鷲悟も、どれだけ挑発されても自分からボーデヴィッヒさんに戦いを挑むことはしなかった。
 だから、二人を戦いの場に引きずり出すためにオルコットさんや凰さんを狙った……」
 鷲悟の言葉にシャルルが付け加え、一同は同時にため息をつく。
 全員のため息、その理由を口にしたのは鈴だ。
「何よ、それ。
 完っ璧に八つ当たりじゃないの」
 そう。問題の一件、悪いのは一夏を誘拐した組織であり、一夏はむしろ被害者側なのだ。それで「お前のせいだ」と言われても困るし、そんな一夏をかばった鷲悟はもちろん、二人が相手をしないからと狙われた鈴やセシリアはさらにとばっちりだ。
「とりあえず、理由もわかったことだし……オレからの方針提案。
 ラウラの逆恨みについては、オレ達の中の誰かが学年別トーナメントでぶつかった時にしばき倒してお説教……ってことでいいかな?」
「あ、意外。あたし達にも権利くれるんだ。
 アンタのことだから、『アイツはオレがやる。お前らは手を出すな』とか言い出すと思ったのに」
「ンなこと言っても、トーナメントである以上、対戦組み合わせのクジ運とかもあるからな。仮にオレより先にお前らの中の誰かがラウラと当たったら、そりゃ譲るしかないだろ。
 獲物を横取りされたからってヘソ曲げるほど、オレはガキじゃないと自負してるんだけどね?」
「十分子供だと思いますけど……」
「…………セシリア?」
「なっ、何でもありませんわ! 何でも!」
 鷲悟にアヤシく輝くジト目でにらまれ、セシリアがあわてて弁明していると、
 ドドドドド……ッ!
『………………?』
 地鳴りのようにも、スタンドが迫ってきているようにも聞こえる音が聞こえてきた。一同が気づき、首をかしげている間にも、音はこちらに近づいてくる。
「………………足音?」
 その音の正体に気づいたシャルルがつぶやいた、まさにその時――ドカァンッ!と音を立てて保健室のドアが吹っ飛んだ。比喩的表現ではなく、本当に。
 しかも、弾け飛んだ際にどこかに引っかけて軌道が狂ったのだろうか。吹っ飛んだドアはベッドの上の鈴に向けて飛んでくる。
「え――――――?」
 突然のことに思考の追いつかない鈴にドアが迫り――
「――って、危ねぇっ!?」
 気づき、動いたのは鷲悟だった。ベッドに飛び乗り、鈴をまたぐように仁王立ちすると飛来したドアを受け止める。
「おいコラ! どこのドイツだ! こんな――」
「織斑くん!」
「柾木くんっ!」
「デュノアくん!」
 駆け込んできた、なんて生易しいものではない。文字通り雪崩れ込んできたのは数十名の女子だった。そのままこちらを取り囲むと、一斉に手を伸ばしてくる。
「どわぁぁぁぁぁっ!?」
 おかげで目の前には人の顔より手、手、手……女子達のテンションも異常なまでに高く、その相乗効果である意味ヘタなホラーよりも怖い。鷲悟がセシリアを肩に担ぎ、鈴を小脇に抱えて窓“の外”に逃げても、それはきっと無理からぬ話だろう。
「お、お前ら、ちょっと待て! 落ち着け!」
「え、えっと……どうしたのかな?」
『これ!』
 結果、一夏とシャルルが取り残されてしまったが、ケガ人の安全を優先したということでかんべんしてほしい――なんとかなだめようとする保健室内の二人に対し、女子達は何かの紙を突きつけてきた。
「……『学年別トーナメントのペア申請書』?」
「はぁ? 何ソレ?」
 確か学年別トーナメントは個人戦だったはずだが――主題を読み上げる一夏の言葉に、鷲悟もまたふよふよと窓際まで戻ってきた。ちなみに鷲悟が生身でも飛べることは今や一般生徒にも周知の事実なので、現在鷲悟が着装もしないで宙に浮いていることに対してツッコむ声は上がらない。
 ともあれ、ケガ人を抱え、担いでいるため両手のふさがっている鷲悟に代わり、鈴が問題の申請書を一枚受け取り、読み上げてくれる。
「えっと……何ナニ?
 『今月開催する学年別トーナメントでは、より実戦的な模擬戦を行なうため、二人一組ツーマンセルでの参加を必須とする。
 なお、ペアができなかった者は抽選により選ばれた生徒同士で組むものとする。
 締め切りは』――」
「あぁ、そこまででいいから! とにかくっ!」
 そしてまた一斉に伸びてくる手。怖いので鷲悟は再び窓際から距離を取る。
「私と組もう、織斑くん!」
「お願い! 柾木くん! 私と一緒に!」
「私と組んで、デュノアくん!」
「織斑くんと戦わなければ生き残れない!」
「柾木くん! 負けたくないなら一緒に来て!」
「デュノアくん! トーナメントを革命する力を!」
 口々に言いながら、猛烈な勢いで誘ってくる女子達だったが――
「あ、悪い。
 そういうことならシャルルと組むわ、オレ」
『………………』
 あっさりと鷲悟に返され、女子達の勧誘の動きがピタリと止まった。
 その視線が一斉にシャルルに向く――その尋常ならざるプレッシャーに怯え、シャルルがものすごい勢いで首をブンブンと縦に振ると、再び視線が動く。
 そう。残るひとりの男子、一夏へと。
「え? あ、いや、オレは……」
 もはや残る男子は自分ひとり。鷲悟とシャルルのように男同士(実際には男子&女子なのだが)で組むという手は使えない。
 かと言ってこの場で誰かひとりの女子を選ぼうものなら間違いなく場は荒れるだろう。いかにその手の話には鈍い一夏でも、この異様なテンションを前にしてはそのくらいのことは想像がつく――もっとも、テンションの高いそもそもの理由には案の定気づいていないが。
 ともかく、なんとか当たり障りのないように断れないものかと言葉を探る一夏だったが、周りの女子達からの(ついでに鷲悟の脇に抱えられた鈴からの)プレッシャーに圧されて頭がうまく回らない。
 そして、女子達の勧誘合戦が再び始まろうとした、その時――



「保健室で何を騒いでいる?」



 その言葉と共に――目の前の女子達のプレッシャーよりもさらに重いそれが保健室の空気を一変させた。
「パートナーにと見初めた者を追い回すのはかまわんが、時と場所をわきまえろ」
 そう言って、現れた千冬は一夏へと視線を向けた。
「その様子だと、トーナメントの形式変更の話は聞いたようだな」
「あ、あぁ……じゃない。はい。今ちょうど」
「ならば話は早い。
 そのことで話がある――来い」
「あ、えっと……
 悪いな、みんな。そういうことだから」
 今の一夏にとって、千冬はまさに救いの女神に見えたことだろう――実際には剣の変わりに破壊力バツグンの出席簿を持った戦女神だが。
 ともあれ、一夏は千冬の後について保健室を出ていく。残された女子達も、男子を全員誘い損なったとあって、やや落胆した様子で散っていった。
「……一夏達がダメならダメで、なんであたし達に声かけないのよ……」
「わたくしの実力なら、優勝も夢ではないというのに……」
 無視されて、ちょっぴりプライドの傷ついた代表候補生二人を残して。
「……つい1時間ほど前に株を大暴落させたからだろ。具体的にはラウラにボロ負けして」
 そして、よせばいいのに余計な口をはさんでしまうのがこの男――その一言に、鈴とセシリアの視線が自分達を抱える鷲悟に向いた。
「鷲悟! 前言撤回してあたしと組みなさい!
 アイツらやラウラに目にもの見せてやるーっ!」
「鈴さんは一夏さんと組めばいいじゃありませんの!?
 鷲悟さん、ここはわたくしと――」
「ダメ」
 闘志を燃やす二人だったが、鷲悟はハッキリと答えて二人をベッドに下ろしてやる。
「胸の内に秘めていただけだったならともかく、ハッキリと言葉にして表に出しちまったからな。『シャルルと組んで出場する』って。
 ここで覆すのは、その言葉を信じて引き下がったさっきの子達に悪いだろ」
「それは、そうですけど……」
「ダメですよ」
 なおも食い下がろうとしたセシリアを止めたのは、新たに保健室にやってきた真耶だった。
「お二人のISの状態をさっき確認しましたけど、ダメージレベルがCを超えています。当分は修復に専念させないと、後々重大な欠陥を生じさせますよ。
 修復の完了は交換したパーツがなじむまでの時間も考慮するとトーナメントの開幕ギリギリ……その間ISを使った訓練もできないことを考えると、事実上リハビリなし、病み上がりでのトーナメント参加になります。安全上の観点からも、お二人のトーナメント参加は許可できません」
『ぅぐっ……』
 真耶の言葉に、セシリアと鈴が悔しげにうめく――そんな二人に、鷲悟はため息まじりに口を開いた。
「そこまでISがやられたっていうのに、お前らは打撲、擦り傷程度……ブルー・ティアーズと甲龍が守ってくれたからだろうが。
 意気込むのはいいけど、アイツらのことも考えてやれ」
「……わかってるわよ」
「不本意ですが……非常に、非常にっ! 不本意ですが! トーナメント参加は辞退します……」
「ん。いい子だ」
 しぶしぶ引き下がった鈴とセシリアに、鷲悟は笑顔でうなずいてみせる。
「ま、安心しろ。
 セシリアと鈴がやられた分は、オレ達か一夏がノシつけて返してやるからさ」
 言って、鷲悟はシャルルと共に保健室から去っていく。最後に真耶が「お大事に」と言い残して出ていき、保健室にはセシリアと鈴だけが残された。
「………………フンッ」
「……何むくれてんのよ?」
 だが、セシリアはまだ何か納得がいかないようだ。不機嫌そうに鼻を鳴らすのを聞きとがめ、鈴が尋ねる。
「鈴さんが何かしたワケではありませんから、安心してくださいな」
「何? まだ鷲悟にペア断られたのが納得いかないの?」
「そこでもありませんわ。
 何かにつけて『セシリアと鈴が』……わたくしと鈴さんは、鷲悟さんにとって同格なんだと思いまして」
「あぁ、そういうこと」
 納得する鈴をよそに、セシリアは見舞いの品として鷲悟が持ってきてくれたスポーツドリンクを口の中に流し込み――
「まぁ、それは確かに気に入らないわよね。
 アンタ……鷲悟のこと好きなんだしね?」
「ぶフ――――ッ!?」
 思いっきり吹き出した。
「なっ、なななななっ、何をっ!?」
「あれ、違うの?」
「ち、ちちちちち、違いますわっ!
 わっ、わわわわわっ、わたくしと鷲悟さんは、くく、クラスメートで、その……そ、そうっ! 同志! 戦友ですわっ!」
「そのリアクションで、どうやって『違う』と思えってのよ……
 ……はぁ、まぁいいわ。一番気になるのはそこじゃないし」
「はい……?」
「とりあえず、“そういう”前提で話進めるわよ。
 実際のアンタの気持ちがどうあれ、アイツとこの先つるんでいくつもりなら、聞いておいて損な話じゃないと思うし」
 その言葉に、セシリアが動揺を押し込めたのを確認し、鈴は続けた。
「あたしね……前にアイツに食事に誘われたことがあるのよ」
「はいっ!?」
「カン違いしないでよ。
 単に、アイツが他の誰も捕まえられなくて、一緒に食べる相手がいなかったところにあたしが通りかかった……ただそれだけ」
 一瞬にしてエキサイトしかかったセシリアを「どうどう」となだめる。
「でも……ちょうどあたし、山田先生に寮の備品のことで書類を提出に行く途中だったから、最初は断ったのよ。
 そしたらもう、凹むこと凹むこと……あんまり凹むもんだから、いたたまれなくなって結局書類を後回しにして一緒に晩ご飯食べちゃったくらい」
「そ、そうなんですの……」
 微妙な顔で返してくるセシリアの気持ちはよくわかる。直接目にした自分も、あの凹みっぷりはちょっとありえないと思ったから。
「しかも、それで終わりじゃないのよ。
 そんなことがあったから、『アイツあたしに気があるのかなー?』なんてちょっと調子こいて鷲悟の様子見てたらさ、なんか他の子に対してもそんな感じなのよね。
 それも、食事とかに限らず、クラスの用事とかで手伝ってほしくて声かけた、なんて状況でも……とにかくシチュエーションを問わず、“誰かに声をかけて断られる”とものすごく凹むのよ、アイツ。
 さすがにアレ見てたら『自分に惚れてるかも』なんてうぬぼれは吹っ飛んだわよ」
「……結局、何が言いたいんですの?」
「アイツは、人から拒絶されるってことを人一倍怖がってるのよ」
 しびれを切らしてきたセシリアに、鈴は息をついてそう答えた。
「他人とつながっているのが何よりも大事、って言えばいいのかしら――アイツにとって、恋愛も友情も関係なく、人とのつながり、それ自体が何よりも大切。『LOVE』だろうが『LIKE』だろうが、アイツにとっては優先順位を左右させる要因にはなり得ないのよ。
 たとえばさっきの模擬戦。あたしがアンタよりも危ない状況だったら、アイツは迷わずあたしを優先して助けに来てたでしょうね」
「………………」
 鈴の言葉に、セシリアは口をはさめない――自分でもありえると思ってしまったから。
「アイツのとなりに立ちたいなら、覚悟決めて、しっかり捕まえときなさいよ。
 ただとなりにいるだけじゃ、アイツは他の誰かがピンチになったら迷わずそっちにすっ飛んでくから」
「えぇ……わかりましたわ。
 貴重な情報、感謝しますわ」
 決意も新たに、などという表現がピッタリ似合いそうな様子でうなずくセシリアに、「やっぱり好きなんじゃない」と思いはするが、あえて言葉にはしない――苦笑し、鈴は肩をすくめてみせる。
「まったく……鷲悟は“そんな”だし一夏は“あんな”だし。
 あたし達の周りの男子は、どうしてこうもヤキモキさせてくれるのかしらね……シャルルを見習いなさいっての」
「えぇ、まったくですわ」
 色恋的な意味でもその身を案じる意味でも、本当に目が離せない――ため息をつく鈴にセシリアが答え、二人は思わず笑みをもらすのだった。



「あ、あのね、鷲悟っ」
「ん?」
 夕食を済ませて部屋に戻ってくるなり、シャルルは意を決して鷲悟に対して口を開いた。
「あの、遅くなっちゃったけど……助けてくれてありがとう」
「………………?
 オレ、何かお前を助けるようなことしたっけか?」
「ほら、保健室で。
 トーナメントのペアを言い出してくれたの、すごくうれしかった」
「あー、そのことか。
 ンなこと言ったって、お前が女の子だってこと、その事情まで知ってるはオレだけなんだ。オレ以外のヤツと組んでも不自由するだろうし、フォローするのは当たり前だろ?」
「そんなことない。そこで『当たり前』なんて言葉が出るのは、鷲悟が優しいからだよ。
 誰かのために自分から名乗り出られるなんて、それが自然とできるなんて、すごく素敵なことだと思う。少なくとも、ボクはすごくうれしかったよ」
「ん、そっか。
 役に立てたみたいで何よりだ」
 言って、制服から部屋着に着替えようとして――ふと気づいた。
 そうだ。シャルルがいる時に着替えても問題がなかったのは一昨日まで話。シャルルが女の子であると知った今、この場で着替えるのは非常にマズイ。
 昨日は休日ということもあって一日中部屋着だったから、特に問題はなかったのだが――
「…………オレ、外出てるわ」
「え? どうして?」
「いや、オレがいたら着替えられないだろ。
 昼間だってISスーツへの着替えで苦労してたし……しばらくどっかうろついてくるから、その間に着替えておいてくれよ」
 別に鷲悟自身はそれでかまわない。セシリアとの同居でもやっていることだし――しかし、シャルルはそれに納得いかないようで、
「い、いいよ、そんなの。
 鷲悟に悪いし、その……ボクは気にしないから」
「いや、気にしようよ。
 男装してるって言っても、元は可愛い女の子なんだからさ」
「か、可愛い……? ボクが?
 ほ、本当に? ウソついてない?」
「いや、今の会話の流れでウソつく理由なんかないだろ」
「そ、そっか……」
 あっさりと答える鷲悟にシャルルは顔を赤くして――話がズレてきていることに気づいた。
「――って、そうじゃなくて。
 男の子同士ってことになってるのに、着替えの度にどっちかが外に……なんて変に思われちゃうよ。ヘタしたら、それでバレちゃうかも……」
「なるほど、それは困るな」
「でしょ?
 だから、ほら、普通に着替えればいいんだよ。お互い見なければいいんだし」
「んー……」
「ほらほら、向こう向いて。早く着替えちゃおう」
 何か丸め込まれているような気もするが――シャルルの勢いに押され、鷲悟は背を向けていれば大丈夫だろうとそのまま着替えることにした。
 部屋着を取り出し、制服に手をかけ――
 じー。
 視線を感じる――試しに気配を探ってみると、シャルルがこちらを見ているようだ。なので――
「……あー、シャルル?」
「ふぁっ!? な、何かな!?」
「こっち……見てるよな、お前?」
「そ、そんなことはないよ!?」
「そうか。
 ならいいんだけど……」
 全力で否定された。「気配読み違えたかなー?」などと内心で首をかしげつつも、鷲悟は気を取り直して上着を脱いで――
 じーっ。
「……のぞきはダメだぞ」
「ふぇっ!? い、いや、ボクは――きゃんっ!」
 鷲悟の言葉にあわてた拍子に、脱ぎかけのズボンに脚を引っかけ、バランスを崩してしまう――が、顔面から床に突っ込みそうになったシャルルは、その寸前で動きを止めていた。
「…………セーフ」
 その声に振り向いてみれば、鷲悟がこちらに背を向けたまま、右手でこちらを指さしている。どうやら反重力で床との激突を防いでくれたらしい。
「あ、ありがとう、鷲悟……
 っていうか……よくわかったね。ひょっとして鷲悟も見てた?」
「まさか。
 気配察知の応用さ――相手の体勢とか何してるかとか、そのくらいなら見てなくてもなんとか把握できるんだよ。
 で……それ使って、お前の動きを見張ってた」
「み、『見張って』……?」
「だってお前、『見ない』って言っといてこっちガン見してたみたいだし」
「そ、そんなことしてないよ!?」
「さっき、『オレ“も”見てたのか?』って聞いたよね?」
「………………ゴメンナサイ」
 実にキレイな土下座であった。



「ふぅっ、さっぱりした」
「ようやく一息って感じだな」
 その後は無難に着替えてのんびりムード。シャワーを済ませ、ようやくいつもの調子を取り戻したシャルルに、先にシャワーを済ませていた鷲悟が苦笑する。
「考えてみたら、シャワーついでに脱衣所で着替えればよかったんだよな。制服用にハンガー持ち込んで」
「アハハ……それもそうだね」
 気づいて、そんなことを言い出す鷲悟に苦笑を返すシャルルだったが――ふと、まだ湿気の残る鷲悟の髪に気づいた。
「そういえば……鷲悟の髪ってすごくキレイだよね?
 シャンプーとか、何使ってるの?」
「お、正体バレたとたんに女の子らしい話題を持ってきたなー。
 けど残念。特にこだわりなんかないよ。薬局のセールの時に一番安いのを選ぶ、くらいかな」
「えぇっ!?
 じ、じゃあ、手入れとかどうしてるの!?」
「何も」
 あっさりと鷲悟はそう答えた。
「男の子っていうのは、ビジュアルがモノを言う仕事とかに就いてない限り、たいていそーゆーのは気にしないんだよ。
 あえて気にするところを挙げるなら……髪型くらい? それもオレは気にしてないし」
「そ、そんな!?
 何考えてるの!? そんなキレイな髪が痛んじゃったら、どう責任とるつもりなの!?」
「いや、とる責任なんかないって。
 女の子ならともかく、男のオレがこんなキレイな髪してたっていいコトないよ? むしろ周りの女子の妬みがひどいくらいで」
 具体的には本来のルームメイトたるイギリスの代表候補生とか数少ない男友達に想いを寄せる“オサナナジミーズ”とか“トリオ・ザ・のほほん”とかイマイチ不遇なオチ要員な我らが副担任とか。
 一度、神か悪魔かな担任にまでこの件でイヤミを言われたことがあるが……いや、彼女の場合普段から女らしさに欠けているのでむしろいい傾向だと思っておくことにする。
「しかも手入れせずにコレって言ったらますます怒るし。
 もういっそ、痛んでくれた方がオレにとっては――」
「バカァァァァァッ!」
「ぶほぉっ!?」
 打ち込まれた瞬間、拳がグリッ、と捻られるのがわかった――渾身のコークスクリューで鷲悟を殴り倒し、シャルルは某仮面の指導者の如く芝居がかった仕草と共に告げる。
「違うよ、間違ってるよ、鷲悟!
 世の中にはね、どれだけがんばってもそのキレイな髪を手に入れられない人が何億人、何十億人……ううん、何百億人といるんだよ!?」
「……最後、人類総人口超えたぞ?」
 鷲悟のツッコミはいともあっさり黙殺される。
「言わばその髪は世界のお宝! 全人類の至宝!
 銀河の果てから宇宙海賊が奪いにやってきたって何の不思議もないんだよ!」
「とりあえず、その『宇宙海賊』がロボット生命体かスーパー戦隊か天人あまんとかは意見が分かれるところだな。
 少なくとも一番迷惑な3番目はノーサンキュー」
「ボクは個人的に2番目がいいかなー……って、そういう話じゃないよ!
 鷲悟はそのくらい価値のある髪を捨てようとしてるんだよ! わかってるの!?
 ……って、あぁもうっ! 今だって適当にふいたままだし!」
 言って、シャルルは殴り飛ばした際に落ちたタオルを手に取ると、鷲悟の後ろに回ってその髪をふいてやる。
「まったく……鷲悟はこういうところが見てられないんだよ。
 うん、決めた。今後、鷲悟の髪はボクがきちんと手入れする。ほっといたら、鷲悟はホントにダメにしちゃいそうだよ」
「いや、そこまでしてもらわなくても……」
「ん?」
「…………ヨロシクオネガイイタシマス」
 鷲悟に、反論する権利など認められてはいなかった。



「………………」
 夜――なんとなく眠れなくて、シャルルはベッドの上で身を起こした。
 一昨日から今日にかけて、あまりにもいろいろなことが起こりすぎた――そのせいで、まだ気持ちが落ち着かないのかもしれない。
 キッチンに向かい、水を一杯――戻ってきたところで、ふと気持ちよさそうに眠っている鷲悟の姿が目に入った。

『オレが、お前の居場所になってやるよ』

 先日言われた、言ってくれた言葉が頭の中で繰り返される――それだけで、胸の中に暖かいものが満ちてくる。

『お前は……試合の場で、ぐちゃぐちゃに踏みつぶす』

 セシリアと鈴を打ちのめされ、二人のために本気で怒る鷲悟の姿がよみがえる――仲間のために真剣になれるその姿に頼もしさを感じるかと思えば、その反面自分のことには無頓着で、どうにも放っておけない。
「……ホント、ほっとけないんだよね、鷲悟って」
 つぶやくシャルルの言葉に返事は返ってこない。無防備に眠るその姿は、昼間の乱闘でラウラのみならず自分まで戦慄させた者と同一人物とはとても思えない。
 頬をなでても目を覚まさず、くすぐったそうに身をよじる――そんな鷲悟をなでていると、かつて母と暮らしていた頃のような暖かい気持ちになってくる。
 だから……
「……おやすみ、鷲悟」
 母が自分にしてくれたように、鷲悟の額に口付けを落とす――彼が自分を受け入れてくれた先日とはまた違った安らぎを感じながら、自分のベッドに戻ったシャルルは心地よい眠りに落ちていった。



 ――――――が。
「…………はぁ……」
 そんなシャルルとは対照的に、気が重くて眠れないでいるのは一夏である。
 原因は――夕方の、千冬とのやり取りにあった。

 

「ち、千冬姉……本気か?」
「もちろん本気だ――それと、『織斑先生』だ」
 姉の真意が見えず、思わず聞き返すが、千冬は無情にもハッキリとうなずいた。
 だが、その提案は正直言って大博打もいいところだ。続いて一夏が確認を取るのは、千冬のとなりでいつも通りのポーカーフェイスを見せているラウラである。
「お前はそれでいいのかよ?
 オレとの決着、学年別トーナメントでつけるんじゃなかったのか?」
「教官の指示だ。
 それに、条件も悪くない」
「『条件』……?」
「優勝した場合、お前との、ジャマが入らない状態での決着の場を改めて用意する。
 代わりに、敗退した場合は今までのことはすべて水に流し、巻き込んだオルコットや凰にも謝罪する――とな」
 眉をひそめる一夏にその“条件”を明かしたのは、もちろん提案者の千冬である。
「元はと言えば、一連の騒動はすべてお前達二人の不仲が原因だ。
 優勝して後日決着をつけるなり、負けて水に流すなり、勝ち上がっていく中で関係を改善していくなり、いい加減ケリをつけろ」
 そして――千冬は改めて告げた。
「織斑、お前には――」



「ボーデヴィッヒと組んでもらう」





決着の
  幕が開くまで
    あと少し


次回予告

鷲悟 「おぅ、鷲悟だ。
 いよいよ始まる学年別トーナメント! ラウラとの決戦だ!
 ……って、なんで一夏がそのラウラと組んでるのさ?」
一夏 「オレにもいろいろあるんだよ……
 ま、こうなった以上は全力で戦うだけだ! 負けないぜ、鷲悟!」
ラウラ 「フンッ、調子に乗っていられるのもそこまでだ。
 貴様など私の敵ではないと……こら、聞け! お前達二人だけで始めるな!」
シャルル 「大丈夫だよ、ボーデヴィッヒさん。
 ……ボクも忘れられてるから」
鷲悟 「次回、IB〈インフィニット・ブレイカー〉!
   『トーナメント開幕! リベンジマッチの始まりだ』
   
「えっと……私は?」
本音 「しのっち、どんまいっ!」

 

(初版:2011/06/02)