空中を、双つの光が目まぐるしく飛び回り、幾度となくぶつかり合う。
 ひとつは小さく、ひとつは大きく――シャルロットの意識はその一方、大きな光の中にあった。
 そしてもう一方、小さい方の光の正体は――
【もういい……もういいよ!
 鷲悟、もうやめて!】
 前身傷だらけになり、ボロボロになった自身の“装重甲メタル・ブレスト”、G・ジェノサイダーを身にまとった鷲悟だった。
 シャルロットを“取り込んでいる”大きな光に何度も挑みかかるが、その度に反撃を受け、弾き飛ばされる。
【もう、やめて……っ!
 ボクにかまわないで、早くコイツを倒して!】
 叫ぶシャルロットの声は届いているはずだ。しかし、鷲悟はそれでも突撃を繰り返す。
【このままじゃ鷲悟が死んじゃう!
 鷲悟だけじゃ勝てないよ! この……デビルデ○スズメには!】
 シャルロットが叫ぶ中、彼女を額に取り込んでいる巨大なメカデボス○メの腹が開き、ミニサイズのメカデボ○ズメがまるで鳩時計の鳩のごとく足場に乗った状態で姿を現した。
 本体との違いはと言えばそのサイズと――頭にそびえ立つモヒカンであろう。そのモヒカンがバチバチと放電を始め、口から放たれた荷電粒子砲が鷲悟を直撃、吹っ飛ばす。
 さらに、特攻服を着た暴走族仕様のデボスズ○が操縦するビットが多数、全方位から鷲悟を攻撃。そこへ羽をパタパタさせて懸命に飛翔する○ボスズメミサイルが降り注ぐ――明らかにシリアスブレイクな光景だが、幸か不幸かそこにツッコむ者はいない。
【もういいよ……もうやめて!
 ボクのことは助けなくてもいい! ボクごとコイツをやっつけて!】
 シャルロットの叫びをあざ笑うかのように、デビルデ○スズメは荒れ狂うエネルギーをまとめ上げた光球を叩きつけた。直撃を受けた鷲悟はメチャクチャに回転しながら吹っ飛ばされる。
【鷲悟……もういい! もういいよ!
 ボクのことはいいかr
「よくねぇっ!」
 シャルロットの叫びがかき消される――吐き出した血が胸元を汚すが、かまわず鷲悟は立ち上がる。
「悪いな。オレはしつこくてあきらめも悪い、俗に言う“人に嫌われるタイプ”だ!」
 言うと同時、再びデビルデボス○メに向けて突撃、激しい反撃を受けながらも、徐々に距離を詰めていく。
「近づくな、ってか……?
 そんな道理……オレのムリでこじ開ける!
 今日のオレは、悪魔将軍すら凌駕する存在だ!」
 咆哮し、鷲悟が砲撃、デビルデボ○ズメの片翼を吹き飛ばす。
「かなわなくたって、守るんだ……っ! お前のことはオレが守る!」
 ミサイルやビットの飛び交う中、鷲悟はシャルロットに向けて叫ぶ。
【鷲悟……っ!
 なんで!? どうしてそこまでして、ボクのことを!】
「お前が好きだからに決まってるだろうが!」
 シャルロットに答えながらの砲撃が、正面のミサイルやビットの群れを薙ぎ払う。
「ようやく理解した! お前の圧倒的な魅力に、オレは心奪われた!
 この気持ち……まさしく愛だ!」
【あ、愛!?】

 モヒカンデボスズ○の荷電粒子砲を被弾、左の肩アーマーがグラヴィティキャノンごと砕け散るが、返す刀とばかりに右のグラヴィティランチャーで反撃、モヒカン○ボスズメを粉砕する。
 そのままデビルデ○スズメの額に取りつき、両手のグラヴィティランチャーをがむしゃらに叩きつけて外装を破壊、その奥に取り込まれていたシャルロットを引っ張り出す。
「もう大丈夫だ」
「鷲悟……っ!」
 自分を安心させるように優しく抱きしめてくる鷲悟に対し、シャルロットもまた彼にその身を預け、
「鷲悟……ボクのこと好きって、本当?」
「あぁ」
 デビルデボス○メが大破した大爆発を背に、二人の影が徐々に重なって――







「………………あれ?」







 ベッドの中で、シャルロットは間の抜けた声を上げていた。

 

 


 

第14話

訪れた休息
鷲悟とあの子の初デート!?

 


 

 

「……あ、れ?」
 ぼーっとした頭で状況を確認する――場所はIS学園、一年生寮の自室。時刻は午前6時半。
 あれ? あの戦いの空は? デビルデボ○ズメは? 鷲悟は?
 様々な疑問が頭の中を飛び交って――理解する。
「…………夢?」
 深く、本当に深くため息がもれる。
(せめてあと10秒……ううん、5秒くらい続いていれば……)
 夢とは得てして“いいところ”で目が覚めるもの――そう理解してはいるが、だからといって納得できるものではない。
 何しろ、(その前のツッコミどころ満載の展開はともかく)自分はもう少しで鷲悟と――
「………………」
 ぼんっ、とシャルロットの頭から湯気が立ちのぼった。
 転入から一月。鷲悟はすでに自分の世話係の任を全うし、セシリアと同室という本来の部屋割に戻っていた。
 それでも、夢の内容が内容だっただけに、シャルロットは思わず、かつて彼の使っていたとなりのベッドへと視線を向け――
「…………あれ?」
 そこに“今の”ルームメイトの姿がないことに気づいた。
 それも、起きてどこかに行った、というものではなく、そもそも使われた痕跡すら見られない。
「……まぁ、いいや」
 それよりも今はあの夢だ。今すぐ眠りにつけば、もしかしたら続きが見られるかもしれない。いや、むしろ――
(どうせ夢なら、もうちょっとエッチな内容でもボクはぜんぜん……)
 ………………
「なっ、何を考えてるんだろうね、ボクはっ!?」
 もはや自分の心の声すら恥ずかしい。さっと二度寝してしまおうと、シャルロットは頭から布団をかぶった。



「…………ん……」
 朝日差し込む自室――ぼんやりと意識が覚醒を始めたセシリアが最初に認識したのは、自分の吐息とチュンチュンと外から聞こえてくるスズメの鳴き声だった。
(もう少し……もう少し……)
 未だ、現在時刻を認識していない。もしかしたら時間ギリギリかもしれない――しかし、目覚めたばかりのこのまどろみの時間は何ものにも代えがたい至福の時。もうしばらくは堪能していたい。
 ふにっ。
(………………?)
 と、不意にセシリアの身体が何かに触れた。
 ふにっ。ふにっ。
(何ですの? このすべすべして柔らかい物体は……)
 しかし、まどろみの心地よさに支配された思考は、なかなかその正体を理解できず――
 ふにゅっ。
「………………ん」
「………………」
 明らかに自分以外の誰かの声がした。
 寝床を共にしたい相手――鷲悟の声ではない。というか、彼だったとしたらセシリアの思考が眠気とは別の意味で機能不全に陥ることは必至だ。
 意識が一気に覚醒。確信めいた予感に突き動かされ、セシリアはがばっ!と布団をめくるそこにいたのは――
「ら、ら、ラウラさん!?」
 そう。ラウラだ――彼女が、セシリアのベッドにもぐり込んでいた。
 別に、彼女と仲が悪いというワケではない。先日の乱闘についても挑発のために放った暴言も含め彼女本人から謝罪を受け、セシリアもそれを素直に許している。
 謝るべきとなれば迷わず頭を下げられるその実直さも好感が持てるし、何より一般生活については無知とすら言える純粋さがどこかこちらの保護欲をかき立てる。今となっては鷲悟を巡る恋敵である点を除けばその関係は極めて良好と言えるだろう。
 だが、だからと言って同衾するような関係かと聞かれればもちろんそんなことはないし、何よりツッコみたいのは――
「ど、どうして何も着ていらっしゃらないんですの!?」
 そういうことだ。身につけているのは左目の眼帯と待機状態のIS――右太ももの黒いレッグバンドのみだ。
「……ん……何だ……? 朝か……?」
 状況を理解できず、あわてるセシリアの前で、ラウラがうっすらと目を開いた。
 上半身を起こし、周囲を見回し――セシリアに向けて尋ねる。
「……なぜ貴様がいる?」
「それはこちらのセリフですわ!
 どうしてラウラさんがわたくし達の部屋にいらっしゃるのかしら!?」
「ここは嫁の部屋だぞ?」
「わたくしの部屋でもありますのよ!」
「そうか。
 嫁のベッドに入ったつもりだったが……すまん、間違えた」
「そういう問題ではありませんわ!
 鷲悟さんのベッドに入って、どうするつもりだったんですの!?」
「日本ではこういう起こし方が一般的と聞いたぞ。将来結ばれる者同士の定番だと」
 鷲悟が起きていたら、もしくは一夏がこの場にいたら全力で「違う」と否定したことだろう。
「そうなんですの?
 けれど、鷲悟さんには通用しませんわよ? 何しろこの方、ベッドにもぐり込んだ女性を簀巻きにして、床に転がしたまま朝まで放置、くらいのことは平気でやるんですから」
「やけに具体的だな。やられたのか?」
「うぅっ……」
 ラウラのツッコミにセシリアががっくりとうなだれる。
 繰り返された簀巻き体験、通称“セシリアロール”の回数を思い返すと泣けてくる。
「………………くかぁ……」
 が――そんな二人にかまわず一番の当事者はこの騒ぎにも目を覚まさずに夢の中――聞こえてきた寝息に、二人の動きがピタリと静止した。
「…………わたくし達が必死になっている時に、この人は……」
「まったく、困った嫁だな」
 眠っているのだからしょうがないと言えばしょうがないのだが、こうまで我関せずといった様子で爆睡されると正直ムカつく。
「………………やるか」
「やりますか」
 もはや、二人の間にそれ以上の言葉はいらなかった。セシリアとラウラは握りしめていた拳を振り上げて――



 小一時間後、一年生寮、食堂――
「なぁ……セシリア、ラウラ」
「はい?」
「なんだ?」
「ホントに何もなかったのか?
 なんか、顔が二発ほど女の腕力で拳を思い切り叩き込まれたかのように痛いんだけど」
「知りませんわ」
「あぁ、知らん」
 二人そろって取りつく島もない。そっけないセシリアとラウラの態度に首をかしげながら、鷲悟は“ラーメン用のどんぶりに”なみなみと注がれた味噌汁を一気に口の中に流し込む。
「わぁぁぁぁぁっ! ち、遅刻っ……遅刻するっ……!」
 と、不意にあわただしい声が聞こえてきた。見れば、そのセリフそのままに大あわてのシャルロットが食堂に駆け込んできたところだった。余っている定食からとりあえず一番近くにあったものを手に取る。
「よぅ、シャルロット」
「あぁ、鷲悟、お、おはよう……」
 鷲悟が手を挙げて声をかける――ちょうど彼のとなりの席が空いていたので、シャルロットはパタパタと駆けてきてその席に座る。
「珍しいな。時間管理のしっかりしてるシャルロットがこんな時間に出てくるなんて。
 寝坊でもしたのか?」
「あー、うん、寝坊っていうか……」
「ん?」
「夢って、寝直したからって続きが見られるワケじゃないよね……わかってた。うん、わかってた」
「あー……」
 シャルロットの言葉に、鷲悟は「いい夢を見たから二度寝して続きを見ようとしたのか」ととりあえず納得する。
 もっとも、夢の内容までは知る由もないので――
「お前が二度寝してまで続きを見たがるなんて、よっぽどいい夢だったんだな。
 どんな夢だったんだ?」
「え゛……?
 そ、それは……その……」
 鷲悟の問いにそのものズバリ答えるワケにもいかず、シャルロットが返事に困っていると、
「ごちそうさまでした。
 ほら、鷲悟さん、行きますわよ」
「お、おぅ」
 二人に和ませてたまるものかとセシリアが割り込んできた。急かされ、鷲悟も立ち上がり――
「……あ、そうだ」
 ふと思い出し、足を止めた。セシリアとラウラが気づかずに食堂を出ていってしまったので、少しあわてながらシャルロットに声をかける。
「なぁ、シャルロット」
「何?」

「付き合ってくれ」

「………………え?」
 その瞬間、シャルロットの思考は停止した。



 さて、時は一気に流れて次の日曜日――IS学園のある島と本土とをつなぐモノレール、その本土側の駅に、『付き合って』と言い出した鷲悟と言われたシャルロットの姿があった。
「おー、よく晴れたなー。
 まさに絶好の買い物日和だな……そうは思わないか? シャルロット」
「……ボクは夢が砕け散る音が聞こえたよ……」
 久々の買い物にウキウキしている鷲悟とは対照的に、シャルロットのテンションはとにかく低い。今朝買い物の話を聞かされてからずっとこの調子である。
「そうだよね。相手は鷲悟だもん。『“買い物に”付き合ってくれ』って意味に決まってるよね。いつもの主語が抜けてるパターンだよね。
 うぅ……期待した自分がバカみたい……」
「………………?
 どうした? なんか元気ないけど」
 この男の場合本気で心配しているのだからタチが悪い。こちらの顔をのぞき込んでくる鷲悟に、シャルロットはため息をつき、
「鷲悟」
「うん、何?」
「乙女の純情をもてあそぶ男は、風雲再起うま蹴られて死ぬといいよ」
「………………?
 んー……まぁ、確かにそんなヤツは顔面蹴られて首飛んじまえってんだ。
 何ならオレがダークネスフィンガーかましてもいいし」
「やめといた方がいいよ、自殺願望でもあるの?」
「………………?」
 シャルロットの答えに首をかしげる――何を言いたいのかは今ひとつわかっていないが、少なくともシャルロットの機嫌を損ねてしまったことだけは理解できた。
 だから――
「あー、すまん。何か、お前に悪いことしちゃったみたいだな。
 できれば直したいから、何が悪かったか教えてくれるか?」
「え゛」
 その言葉に、シャルロットの表情が引きつった。
 まさか「恋愛的な意味での『付き合って』だと思っていた」とは言えない。言った方が早いのだが、それでも言えない。そんなことをすれば事実上の告白ではないか。さすがにそこまでの心の準備はシャルロットにもできていなかった。
「あー、えっと……
 うん、大丈夫。なんでもないから……」
「そうか……?
 まぁ、気になったことがあったら言ってくれよ。な?」
「う、うん……」
 結果、シャルロットにはごまかすことしかできなかった。あっさり信じる鷲悟の姿に改めてため息がもれる。
「……っと、気になるといえば……オレからもひとついいか?」
「ん? 何?」
「いや、前に『二人きりの時はシャルロットって呼んで』って言ってたろ?
 だからオレとしてはまだしばらく男子のフリを続けるつもりなのかって思ってたんだけど、翌日あっさり女子として再転入してきただろ? 何かあったのかな、って……」
「え? あ、えっと、それは、その……」
 そのことについても思うところのあったシャルロットとしては素直に言葉が出てこない。顔を真っ赤にして言葉を探り、やがて意を決して口を開く。
「その、ちゃんと女の子として……ね……
 鷲悟に、女の子として見てほしかったから……だから、二人きりの時にだけ女の子っていうのも、変っていうか、物足りないっていうか……だから、いっそ女子として再転入して、いつも女子として見てほしいって、思って……」
 なんともいじらしい話だが、そこは“LIKE=LOVE”の鷲悟である。
「そっか……
 けど、そんなことしなくても、ちゃんとシャルロットのこと女の子として見てたのに」
「え? それって……」
「だって、性別女だし」
「………………」
 たまらずその場にがっくりと崩れ落ちるシャルロットであった。
(う〜っ、鷲悟って、鷲悟ってぇ〜っ!)
 思わず心の中で地団駄を踏む。リアルに踏まないあたりは乙女の恥じらいのなせる業か。
「あ、でも」
 一方、そんなシャルロットの気持ちを間違いなくわかっていない鷲悟は不意に何かを思いつき、手をポンと叩いた。
「そうなると、せっかくの呼び方が普通になっちゃったよな。
 この際だし、何か考えるか」
「え? い、いいの?」
「あ、でも布仏さんの『しゃるるん』に困ってたっけ。
 やっぱり、そういうのは迷惑か?」
「う、うぅん! そんなことないよ!
 ぜんぜん大丈夫! お願いしようかな?」
 興奮のあまり声が裏返りそうになりながらも、流れてしまいそうになった提案を必死に引き戻す。なんとか平静を装おうとするシャルロットだったが、心の中はリオのカーニバルも真っ青なお祭り騒ぎである。
(わ〜っ! ど、どうしよう! 鷲悟ってばどうしたんだろう。い、いきなりで心の準備が……
 あぁ、でもこれって、少なからずボクのことを、す、す、好きってことだよね。ね? ね!?)
 思考はただひたすらにヒートアップの一途をたどる。幸いなことにヒートエンドに至る前に鷲悟が口を開いた。
「そうだ。『シャル』なんてどうだ?
 呼びやすいし、親しみやすいし」
「シャル……
 うん、いい! すごくいいよ!」
「そうか。
 偽名と本名の共通部分を引っ張り出しただけだったんだけど、気に入ってくれて何よりだ」
 その一言がなければ完璧でした。
「まぁ、いいや。
 とにかく行こうぜ」
 話もまとまったところで、本来の目的である買い物に向かうとしよう――言って、鷲悟はおもむろにシャルロットの手を取った。
「し、ししし、鷲悟!?」
「ん? この手?
 いや、けっこう混んできたし、はぐれたらマズイと思って」
 鷲悟に言われ、ようやくシャルロットも気づく。日曜の駅前は人の流れも激しく、自分達が駅から出てきた時と比べても明らかに混雑の度合いが増している。
「イヤなら放すけど……だとしたらつかめる場所ってお前のその髪くらいしかないからなぁ。
 束ねてるからつかみやすいけど、『髪は女の命』って言うし、やっぱりマズイだろ?」
「なんで二番目の選択肢でいきなりそこ行っちゃうかな!? 肩とかあるでしょ!?
 手で大丈夫だから! むしろ手をつなぐ方がいいから……あ」
 思わず本音がもれてしまい、真っ赤になるシャルロットだったが、
「ん、なら問題ないな。
 それじゃ、行くか」
 鷲悟はそんなシャルロットの心情に気づくことなく、彼女の手を引いて雑踏の中へと歩き出した。なんとなく釈然としないものを感じながらもおとなしく引っ張られていくシャルロットだったが――
(…………あれ?)
 不意に、鷲悟の手がさっきよりも汗ばんでいることに気がついた。
 見ると、自分を引っ張って前を歩く鷲悟の表情は見えないが、その耳はほんのり朱が差していて――
(意識……してくれてるんだ。
 できるなら、それをもっと表に出してくれればいいのに……)
 さっきより、ちょっとだけ暖かな気持ちになれたシャルロットであった。



『………………』
 駅前からショッピングモールへと向かう鷲悟とシャルロット――そんな二人を物陰から見つめるふたつの影があった。
「…………あのー……」
「…………何よ?」
 ひとりは躍動的なツインテール、もうひとりは優雅なブロンドヘアー。要するに鈴とセシリアである。
「あれ……手、つないでませんか?」
「つないでるわね」
「ホホホ……そうですか。やっぱりそうですか。
 白昼夢でもわたくしの見間違いでもありませんでしたか。
 えぇ、そうですか……よし、狙い撃ちましょう」
 セシリアがISを部分展開し、背後にビットが現れる。
「手伝うわよ、セシリア。
 こっちは一夏を誘い損なったってのに、アイツらだけ幸せにしてたまるもんですか」
 鈴もすでに右腕にISアーマーの部分展開を完了。準戦闘モードに入っている……動機は正直八つ当たりもいいところではあったが。
 そして、二人が動き出そうとした、その時――
「ほぅ、楽しそうだな。
 では私もまぜるがいい」
『――――――っ!?』
 その声にあわてて振り向くと――そこにいたのはラウラだった。
「ら、ラウラさん、どうしてここに!?」
臨界学校のための必要物資の買出しだ」
臨海学校、ね」
 やんわりと鈴が訂正する。
「嫁と共に行こうとしたのだが、すでに出かけていたようなのでな。追いかけてきた」
 言いながら、迷うことなく鷲悟達の後を追いかけようとするラウラを、セシリアと鈴はあわてて呼び止めた。
「ち、ちょっと待ちなさいよ!」
「そ、そうですわ! 追ってどうしようと言いますの!?」
「決まっているだろう。
 私も混ざる。それだけだ」
 迷いなく言い切るラウラに、逆に二人の方が圧倒される。このストレートさが自分達にもあればと思わなくもないが――
「とにかく待ちなさい。
 未知数の敵と戦うにはまず情報収集が先決よ」
「む、なるほど」
「ここは追跡の後、お二人の関係がどのような状態にあるのかを見極めるべきですわ」
「そうだな。では、そうしよう」
 納得し、ラウラは二人のところに戻ってきて、
「あぁ、それから」
「ん?」
「何ですの?」
「ブルー・ティアーズと衝撃砲はやめておけ。
 一発で我々だとバレる」
『なるほど』
 止めるのではなく、「もっと方法を考えろ」と、よりタチの悪い方向に軌道修正するのだった。 



「じゃあ、今日の買い物って臨海学校の?」
「あぁ。
 メインは水着だな。水泳の授業で使うのでいいだろ、って言ったら、『せっかくの海に学校指定の水着とは何事か』って鈴とセシリアから猛抗議。
 これで指定水着で通そうものなら、衝撃砲とブルー・ティアーズの滅殺コンボが待ってるのは確実だからさ、ちゃんとしたのを買おうと思って」
「それはボクも鷲悟が悪いと思うよ。
 学校行事とはいえ、せっかく海で泳げるんだから」
 目的地は一夏から教えてもらったショッピングモール“グランゾン”。どこか先達への敬意のような心惹かれるものを感じながら答える鷲悟の言葉に、シャルロットは思わずため息をついた。
「だいたい、髪のこともそうだったけど、鷲悟はファッション全般に無頓着すぎるよ。
 私服だってそんなだし」
「変か?」
「変」
 迷わずシャルロットは即答する。
 そんな鷲悟がどんな格好をしているかというと――ぶっちゃけ言えば“道着”である。
 色は真っ白で上着はエリの部分が緑色に縁取られている半そでタイプ。インナーシャツと帯は赤色とかなり極端なカラーリングだ。
 ブーツはしっかりした造りで先端には鉄骨入り。素人でも思い切り蹴れば人の骨くらい軽く蹴り砕けるシロモノである。
 そして何より――見えないところにこれでもかというくらいに暗器を仕込んでいるのが一番タチが悪い。一度授業で千冬から頼まれる形で投擲とうてき訓練を実演してくれたが、苦無くない飛針とばり、鎖分胴に小型のブーメラン、果ては単分子ワイヤーまで。一体どこにそれだけの量を隠しているのかというほどの暗器の大盤振る舞いには一同唖然としたものだ――ぶっちゃけ言って、全員ちょっと引いた。
 以来鷲悟の道着の懐は四次元ポケット説がささやかれていたりするがそれはさておき。
 さて、対するシャルロットはというと、夏によく似合う半そでのホワイト・ブラウス。その下にはスカートと同じライトグレーのタンクトップを着ている。フワリとしたティアードスカートはその短さもあって、健康的な脚線美を十二分に演出している。
 もちろん、鷲悟との外出ということで思いきりめかし込んできたからこその服装なのだが、当の鷲悟がこうも興味を示さないのでは空回りにもほどがあるというものだ。
「鷲悟はもっとおしゃれに気を回すべきだよ。
 元はいいんだから、もったいないよ」
「えー?
 見てくれがどれだけよくても、動きにくかったらノーサンキューなんだけど、オレ」
「動きやすくてもカッコイイ服だってちゃんとあるよ。
 良かったら、今度見てあげようか?」
「んー、ホントにそーゆーのがあるなら、一度自分で探してみる。
 それで見つからなかったら、その時は頼むわ」
「うん、頼まれる♪」
 などと話している間に水着売り場に到着である。
「さて、オレは水着買いに行ってくるけど……シャルはどうする?」
「んー、そうだね……」
 尋ねる鷲悟に、シャルロットはしばし考え、
「……あの、鷲悟はさ、その……ボクの水着姿、見たい?」
「………………?
 なんでそこで見たい、見たくないの話になるんだよ? そこは泳ぎたい、泳ぎたくないだろう?」
「そ、そうだね、そうだよね!
 じゃあ……鷲悟はボクと一緒に泳ぎたい?」
「まぁ、泳ぎに限らずさ、思い切り遊ぼうぜ。
 オレも海なんて久しぶりだからさ……正直、ちょっと楽しみなんだ」
「そうなんだ……
 じゃあ、ボクも新しい水着を買おうかな?」
「よし、なら、男と女は売り場違うし、一旦別行動な」
 言って、鷲悟が手を放すと、シャルロットはどこか名残惜しそうな表情を浮かべた。
「………………? どうかしたか?」
「あ、うぅん、なんでもない」
「そっか。
 じゃあ、30分後にここに集合な」
 答えるシャルロットの言葉をあっさり信じると、鷲悟はシャルロットと別れて自分の水着を買うべく目的の売り場に向かう。
「ま、シンプルなトランクスタイプでいいよな。
 色は……黒はやめとくか。ジュンイチとかぶっちまう」
 今は遠く離れている双子の弟の好みを思い出し、素直にその反対色、白色の水着を手に取る――余談だが、彼の私服である、今着ている道着の派手なカラーリングも、同様の基準で弟の道着のカラーリングを反転せたものである。
 しかし――本人のいないところでもこうして弟の好みを重んじる辺り、鷲悟の“兄”っぷりがうかがえるというものである。
 ともあれさっさと会計を済ませて待ち合わせ場所に戻ってみると、そこにはすでにシャルロットの姿があった。
「あれ? もう選び終わったのか?」
「ううん、そういうワケじゃなくて……あの、鷲悟の意見も聞きたくて……」
「オレに……?
 お前らにダメ出しもらうようなオレの意見でもいいのか?」
「うん、いいの。ボクが鷲悟に聞きたいんだから」
「んー、まぁ、そういうことならかまわないけど。
 じゃあ、実物を見に行くか」
 シャルロットの提案に鷲悟も同意し、二人で女物の水着売り場に移動する。
 実際足を踏み入れてみると、男性用の売り場とは段違いの華やかさだ、色とりどりの水着が、バリエーションも豊かにところせましと並べられている。
「……よくもまぁ、こんな目がチカチカしてくるような色彩を平然と採用できるもんだよなー……」
 などと鷲悟がどこかピントのズレた感想をもらしていると、
「鷲悟、こっちこっち」
「あぁ、はいはい」
 水着を選び終えたらしいシャルロットに手招きされた。いよいよ水着選びかとパタパタと彼女のもとへと駆けていき――



 そのまま、試着室へと引きずり込まれた。



「……って、え?
 あの……シャルさん?」
「ほ、ほら、水着って実際に着てみないとわからないし、ね?」
「いやいやいやいや! だからって着替える前に試着室に連れ込まれる意味がわからないから!」
「だ、大丈夫だよ! すぐに着替えちゃうから!」
「そういう問題じゃなくて!
 とにかく、一回外に出てるから!」
「だ、ダメ!」
 外に出ようとした鷲悟だったが、間髪入れずシャルロットに阻止される。
「時間はかからないから、待ってて」
 言うなり、シャルロットはいきなり上着を脱ぎ始めた。あわてて鷲悟もそんな彼女に背を向ける。
 こうなってしまっては、服を脱ぎかけのシャルロットがいる手前試着室のドアを開けるワケにはいかない。時折聞こえる衣ずれの音にドキドキしながら、ただ時が過ぎるのを、シャルロットの着替えが終わるのを待つしかない。
(うぅっ、勢いでこんなことしちゃったけど、どうしよう……)
 一方、シャルロットもシャルロットで、現在恥ずかしさから今にも逃げ出したい衝動に駆られていた。
 そんなことになるなら鷲悟を連れ込まなければよかったのだが――彼女がこんな行動に出たのは、彼女が追跡トリオの存在に気づいたからである。
 すべてのISは“コア・ネットワーク”と呼ばれる特殊な情報網によってつながっているのだが、その特徴のひとつとして、お互いの位置情報を確認できる、という点がある。元々ISは宇宙開発用。互いの位置を恒星間距離においても正確に把握する必要があるからだ。
 一方で、そうしたネットワークによる位置の特定を避ける必要がある場合、潜伏ステルスモードに切り替えることでそれが可能となる――当然、追跡トリオの面々は尾行がバレないよう、それぞれのISを潜伏モードにしていたのだが、それは逆に言えば“自分達の位置を知られたくない状態にある”ということを自分から明かしているようなものだ。洞察力に優れるシャルロットが潜伏モードを使っている顔ぶれからその“理由”にたどり着くのに、大した時間はかからなかった。
(ん〜……三人ともあきらめて帰ってくれないかなぁ……)
 事情はどうあれ、今は鷲悟と二人きりでの外出――つまりデートなのだ。鷲悟がこの外出をどう思っているかはこの際問題ではない。シャルロットにとってはデートと言ったらデートなのだ。
(で、でも、さすがに個室で着替えはやりすぎたかなぁ……)
 顔を赤くして背後の様子をうかがう――鷲悟も鷲悟で、そわそわと落ちつかない様子で視線をさまよわせている。
(うぅっ、変な子だって思われてないよね……?
 で、でも、鷲悟ってボクらとの付き合いも完全に友達感覚だし、このくらいしないと……あぁっ、もう勢いでいっちゃえ!)
 意を決し、シャルロットは一気に服を脱ぎ捨て、試着する水着を身につける。
「い、いいよ……」
「お、おう……」
 シャルロットの言葉に振り向いて――その水着姿を見たとたん、鷲悟は真っ赤になってフリーズした。
 彼女が試着した水着はセパレートとワンピースの中間のような水着で、上下に分かれているそれを背中でクロスしてつなげるという構造になっている。色は夏を意識した鮮やかなイエローで、正面のデザインは胸の谷間を強調する形となっており、均整の取れたシャルロットのスタイルを十二分に魅力的に見せている。
「……ど、どう、かな……?」
「ど、どうって……」
「あ、あの、実はもうひとつあって……」
「いや、それが似合うんじゃないか!? うん、それがいい!
 つかもう一回ここで着替え出すとかかんべんしてください割とマジで!」
 後半本音がダダモレである。
「じ、じゃあ、これにするね」
「おぅ。
 じゃ、オレは外にいるから」
 言って、シャルロットに止められる前にと試着室から出ようとする――が、ここで鷲悟はミスを犯した。
 言うまでもなく、今の状況は試着室の中で女の子と二人きり。本人達の意思やこうなった経緯はどうあれ、あまりほめられた状態でないのは確かだ。
 だから――出て行く前に外の様子をうかがっておくべきだったのだ。
 それを怠り、あわてて試着室のドアを開けたりするものだから――
「え?」
「はい?」
「えぇっ!?」
「何をしてるんだ、馬鹿者が……」
 一夏を荷物持ちにして買い物に来ていた真耶や千冬と鉢合わせしてしまうのであった。



「はぁ、水着を買いにですか。
 でも、試着室に二人ではいるのは感心しませんよ。教育的にもダメです」
「す、すみません……」
 一通りの経緯を聞き、改めて注意する真耶に、シャルロットはペコリと頭を下げる。
「あー、シャルは悪くないですよ。
 元はといえば、オレが最初にキッパリ断って外に出ればよかったんですから」
「そうかもしれませんけど……」
「そうだよ。
 ボクがそもそも試着室に引っ張り込まなきゃ……」
「それに」
 シャルロットをかばおうとしたら逆にフォローされた。真耶やシャルロットの反論をさえぎり、鷲悟は付け加える。
「どうしてシャルがあんな行動に出たのか、今はわかるから」
「えぇっ!?
 鷲悟、それって……」
「ん。“アイツら”に見られてるのが恥ずかしかったんだろ?
 っつーワケで……出てこいよ。そこに隠れてるのはわかってるぜ」
「――――っ!?
 そ、そろそろ出ていこうかと思っていたのですわ」
「そ、そうよ。タイミングを計ってたのよ」
 シャルロットに答え、声をかけた鷲悟の言葉に、セシリアと鈴が陳列棚の陰から姿を現した。
「鷲悟、気づいてたの……?」
「いや、気づいたのはつい今さっきだよ。
 先生達に見つかったことで、『ひょっとしたら、誰かに見られたくなかったのかも』って気づいて、“力”を探ってみたらコイツらが……って。
 つか、お前らも水臭いな。偶然とはいえ見かけたなら声をかけてきてもよかったのに」
『………………』
 その言葉に、鈴とセシリアの動きが止まる――すぐに再起動、シャルロットに歩み寄るとぽんっ、とその両肩をそれぞれ叩いた。
「……アンタも大変ね」
「心中、お察しいたしますわ」
「うん、ありがとう、二人とも……」
「………………?
 一夏、どういうこと?」
「オレに聞くなよ」
 首をかしげ、尋ねる鷲悟だが、一夏もワケがわからず首をかしげるしかない。
「さて、いつまでもこうしているワケにもいかん。さっさと買い物を済ませて退散することにしよう」
 ひとまずオチがついたところで口を開いた千冬を見れば、その手には物色中と思われる水着がいくつか。どうやら彼女達も鷲悟達と同じ土壇場準備組らしい。
「あ、あー、私ちょっと買い忘れがあったので行ってきます。
 えーと、場所がわからないので凰さんとオルコットさん、ついて来てください。デュノアさんと柾木くんも」
 と、千冬の提案に対し真耶がそんなことを言い出した。そのまま有無を言わせぬ勢いで鷲悟の手を引いて歩き出す。
「あ、ちょっと、山田先生!?」
「はいはい、鷲悟、おとなしくついて来ようねー」
「気遣いのできない殿方は嫌われますわよ?」
「シャル!? セシリアも!?」
「後で説明してあげるから、黙って連行されなさい」
「鈴まで!? つか『連行』って何!?」
 女性陣は全員、真耶の言いたいことを察したようで、わかっていないのは鷲悟だけ――みんなで鷲悟の背や肩を押してグイグイと千冬や一夏から遠ざけていき、売り場を出たところでようやく鷲悟を解放した。
「ったく、何なんだよ、いきなり!?」
「もう、鷲悟さん、わからないんですの?」
「………………?」
 セシリアの言葉に首をかしげながら、鷲悟はもう一度水着売り場の一夏と千冬を見て――気づいた。
 千冬の表情が、いつもに比べていくぶん柔らかい。これは――
「……あぁ、なるほど。
 せっかくお互いのオフに顔を合わせたんだから、姉弟水入らずを楽しんでもらおう、と。
 山田先生、やるね」
「私としても、織斑先生には息抜きしてもらいたいですから」
 鷲悟にほめられ、真耶は「えっへん」とばかりに胸を張り――
「まぁ、そこは納得したからいいとして」
 あっさりと鷲悟は話を流した。スルーされた真耶が寂しそうにしているのにかまうことなく、セシリアや鈴に尋ねる。
「セシリア、鈴。
 なんか向こうの売り場にラウラの“力”を感じるんだけど……お前らと一緒に来たのか?」
「え? あぁ、一応途中で一緒になったんだけど……」
「そういえば、いつの間にかいなくなってましたわね……」
「えぇい、相変わらず集団行動のできないヤツめ」
 言って、鷲悟はラウラの気配のする方へと一歩だけ踏み出した。左半身体のかまえで拳を握りしめ――
「あー、鷲悟。
 一応聞くけど……その握った拳で何するつもり?」
「せっかくお前らと来てるのにひとりでフラフラしてるバカに重力子弾を一発」
「かますんじゃないわよ、バカ!」
 鈴に全力でツッコまれた。



 時間は十分ほど前にさかのぼる。
 鈴、セシリア、ラウラの三人で始まった追跡トリオだったが、シャルロットによって鷲悟が試着室に連れ込まれたことで事態は一気に急変した。
「シャルロットもやるわね。
 あんなとろに鷲悟を連れ込むなんて」
「のん気にコメントしている場合ではありませんわ!
 う〜、いったいどうしたら……?」
 鈴やセシリアがそんなことを話している一方、ラウラは何の気なしに周囲に視線をめぐらせて――
「――――――っ!?」
 偶然、人ごみの中に見覚えのあるツンツン頭を見つけた。
 まさか、試着室から何らかの方法で脱出していたのか――そう思い、試着室に釘付けのセシリア達をその場に残してそのツンツン頭を追いかける。
 が――しばらく追った後、、不意にその姿を見失ってしまった。
 逃げられたのか、それとも単なる見間違いか――ともかく、それ以上の追跡は不可能と判断し、セシリア達の元に戻ろうとした、その時だった。
「しっかり気合入れて選ばなくちゃね!」
「………………?」
 聞こえてきた声にふと視線を向けると、見知らぬ女子の一団が、鷲悟達が入ったのとは別の店で水着を選んでいた。
「似合わない水着なんか着ていったら、彼氏に一発で嫌われちゃうもん」
「他のことが全部100点でも、水着がカッコ悪かったら致命的だもんねー♪」
 びしり、とラウラの中で何かがひび割れた。
(まさか、水着というものがそこまで重要なものだったとは……うかつ!)
 正直、泳げればいい、くらいにしか思っていなかったラウラは学校指定の水着を持っていくつもりだった――ちなみに、IS学園指定の水着というのは絶滅危惧種を通り越して保護指定種へとランクアップを果たした“紺色の芸術”ことスクール水着である。なお、名札つき。
 しかし、今の話を聞き、ラウラはそれでいいのか不安になってきた。シャルロットもここへは水着を買いに来ていたようだし、このままでは出遅れてしまうのではないかという不安が頭をもたげてくる。
 ここはやはり“彼女”の助言をあおぐべきか――焦りから何度もコールする番号を間違えながら、ラウラは個人間秘匿通信プライベート・チャンネルの回線を開いた。



 同時刻、ドイツ国内軍施設。
 そこでは現在、ドイツ軍IS配備特殊部隊“シュヴァルツェ・ハーゼ”――通称“黒ウサギ隊”が訓練を行っていた。なお、「通称、和訳しただけじゃん」とツッコんではいけない。
 眼帯をした黒ウサギが部隊章であるこの隊は隊長であるラウラ以下全員が“越界の瞳ヴォーダン・オージェ”を与えられている。元々ラウラの眼帯は機能をカットできなくなった彼女のためリミッターであったのだが、現在では全員が肉眼の保護と部隊の誇りとして眼帯を着用していた。
 その中心に立つのは副隊長クラリッサ・ハルフォーク。年齢は22、最年長ということもありラウラ不在の中隊員達を厳しくも優しく牽引する、“頼れるお姉様”である。
 と、そんな彼女の専用機“黒い枝シュヴァルツェア・ツヴァイク”に緊急回線と同義の個人間秘匿通信プライベート・チャンネルで通信が入った。
「――受諾。クラリッサ・ハルフォーク大尉です」
《わ、私だ……》
 本来なら階級、氏名を言わなければならないところだが、そんな基本も失念するほど相手は混乱しているようだった。
「ラウラ・ボーデヴィッヒ隊長。何か問題が起きたのですか?」
《あ、あぁ……とても、重大な問題が発生している……》
 その様子から、ただごとではないと判断したクラリッサは、訓練中の隊員へとハンドサインで指示を出す――『訓練中止、緊急招集』
「――部隊を向かわせますか?」
《い、いや、部隊は必要ない……軍事的な問題では、ない……》
「では?」
《実は、柾木鷲悟のことなんだが》
「あぁ、織斑教官の被保護者で、隊長が好意を寄せているという……」
《うむ。
 お前が言うところの……『私の嫁』だ》
 このやり取りからわかる通り、ラウラに『気に入った相手を“嫁”にする』という(間違っていないが用法的にアウトな)知識を与えたのはクラリッサである。彼女こそ、年頃の女性に必要な知識のごっそり抜け落ちているラウラを陰からサポートしているアホの子に仕立て上げた立役者真犯人なのだ。
《実は、今度臨海学校に行くことになったのだが……水着の選択基準がわからない。
 そちらの指示を仰ぎたいのだが》
「わかりました。
 柾木鷲悟の気を引けるようなものがお望みなのですね?」
《あ、あぁ……》
 ちなみに、招集をかけた隊員達には、クラリッサがラウラに応対しながら筆談で状況を伝えている。
【隊長が片想いの相手へのアタックを計画中】
 「おぉぉぉぉぉ〜っ!」と十数名の乙女が盛り上がった声をもらす。
 なお、日本に向かう前のラウラは一夏への恨みにこり固まっていたことから人間関係に多大な問題を抱えていたのだが、先月のVT事件を境にすべてのわだかまりが消えた。もっと言うと「好きな男ができた」の一言がすべてに優先された。
 具体的には――

 

「えぇぇぇぇぇっ!? あ、あの隊長に、好きな、男……!?」
「私は織斑教官が本気で好きなんだとばかり……」
「そうだろう、そうだろう。私もそう思っていた。
 しかしだな、あの隊長が、あの、隊長がだぞ? 『お、男の気を引くにはどうしたらいい……?』と言ったんだ!」
『きゃあぁぁぁぁぁっ!』
「だから私は真摯に答えた! 日本では気に入った相手を『自分の“嫁”にする』という風習があることを!」
「さすが副隊長! 日本に詳しい!」
「当然だ。伊達や酔狂で日本の薄い本を愛読しているワケではない!」
「か、かっこいい……!」
「そんなかっこいい副隊長が好きです!」
「でも、可愛くなった隊長はもっと好きです!」
「そうだろう! 私もそうだ!
 あぁっ、どうして本国にいる間にこうして心を通わせ合えなかったのだろうか!」
「確か、こういう時に日本では赤い米を炊くんですよね!?」
「そうらしい。おそらく、血よりなお濃いものがある、という教訓なのだろうな」
「さすがは日本! シビレます!」
「憧れます!」
「よし。部隊員諸君、現時刻をもって今日の訓練は終了する!
 今すぐ兵舎食堂に向かい赤い米を炊くぞ!」
『はい! 副隊長おねえさま!』

 

 ――とまぁ、こんな感じである。何かいろいろ間違っていると思わないでもないが、実際こんな感じだったのだから仕方がない。
 さすがは十代女子(&二十代女子1名)、自分達の隊長に振ってわいた色恋話にやんや騒ぎ。よほど娯楽に飢えていたことがうかがえる。
 さて、話を現在に戻そう。
「それで……隊長、現在隊長が所有しておられる装備は?」
《う、うん……学校指定の水着だが……》
「何をバカなことを!」
《!?》
「確か、IS学園は旧型スクール水着でしたね。それも悪くない。悪くはないでしょう。男子が少なからず持つというマニア心をくすぐるでしょう。
 というか、以前私が教えた通り名札の名前を日本語のひらがなで書かれたのでしょう? 完璧ですとも。萌えますとも。私もそれを着た隊長を見たいですとも! 写真頼んだのに送ってくれませんけど。
 だが、しかし、今回の場合それはよくありません。それでは……」
《そ、それでは?》
「それでは……」



「イロモノの域を出ない!」



《な……っ!?》
「隊長は確かに豊満なボディで男を籠絡というタイプではありません。
 ですが、そこでキワモノに逃げるようでは“気になるアイツ”から先へは進めません!」
《そ、そうなのか……!?
 教えてくれ、クラリッサ! 私はどうすればいい!?》
「フッ、私に秘策があります」
 ラウラにそう答え――クラリッサの目がキュピーンと光った。





お待ちかね
  臨海学校
    いざゆかん


次回予告

鷲悟 「おぅ、鷲悟だ。
 ついに始まる臨海学校! 楽しみだな〜♪」
セシリア 「そうですわね。
 あ、あの、鷲悟さん? よろしければわたくしと……」
鷲悟 「いざゆかん、夏の海!
 泳ぐぞ! 遊ぶぞ! 食うぞ! とぉぅりゃあぁぁぁぁぁっ!」
セシリア 「……って、あの、鷲悟さーんっ!?」
鷲悟 「次回、IB〈インフィニット・ブレイカー〉!
   『夏だ! 海だ! 血戦だ!? IS学園、臨海学校!』
   
「はろはろ〜、私も出るよーっ、ぶいっ!」
鷲悟 「えっと……誰?」

 

(初版:2011/06/23)