「海! 見えたぁっ!」
 トンネルを抜けたバスの中で、鷲悟が歓喜の声を上げる。
 この男、出発どころか集合した時からこのはしゃぎよう。普段からそれなりにテンションの上げ下げはある方だが、今日はそれが常時MAX。上がったまま下りてこない状態だ。
「はしゃぎすぎだぞ、鷲悟。
 そんなに楽しみだったのか?」
「おぅともよ!」
 二人だけの男子、ということでとなり合って座っている一夏の問いにも、鷲悟は力いっぱいそう答える。
「う〜、早く着かないかなぁ〜♪」
 まるで子供のようなはしゃぎようだ――もっとも、かく言う一夏も、なんだかんだで楽しみにしているのだが。振り向き、後ろの席に座っていた箒に声をかける。
「向こうに着いたら泳ごうぜ。
 箒、泳ぐの得意だったよな」
「そ、そうだな。あぁ、昔はよく遠泳をしたものだな」
 何か考え事でもしていたのだろうか。一夏に声をかけられ、心ここにあらずといった様子だった箒があわてて答える。
 そんな箒の態度に一夏が首をかしげる――が、一夏が再び声をかけようとしたちょうどそのタイミングで、千冬が目的地への到着を一同に告げた。

 

 


 

第15話

夏だ! 海だ! 血戦だ!?
IS学園、臨海学校!

 


 

 

「………………」
「えっと……」
 滞在中お世話になる旅館“花月荘”に到着。旅館の人にあいさつした上で各自の部屋に移動、となったワケだが――鷲悟と一夏は自分達の部屋の扉を開けた瞬間コメントすべき言葉を失った。
「何をしている? さっさと入れ」
 そこにはすでに先客――千冬の姿があったからだ。
「な、なんで姐さんがオレ達の部屋に……?」
「織斑先生、だ。
 そしてお前の質問についてだが……私もこの部屋に泊まるからだ」
『えぇっ!?』
「最初はお前ら二人のみ二人部屋に、という話だったのだが、それだと絶対に就寝時間を無視した女子が押しかけるだろうという意見が出てな。
 結果、私と同室に……ということになった」
 千冬の言葉にすべてが納得できた。なるほど、彼女が一緒の部屋というのなら、女子達もそうおいそれとムチャはできまい。まさに最強のガードマンというワケだ。
 が――鷲悟にとって彼女と同室というのは致命的だった。がっくりとその場に崩れ落ちる。
 なぜ彼がここまで凹んでいるのかというと――
「織斑先生がいたんじゃ……枕投げなんてできやしねぇ……っ!」
「別室だろうがやらせるワケがないだろう、馬鹿者が」



『………………』
 ともあれ、荷物を下ろすと海へとくり出すことにした鷲悟と一夏だったが――またもや言葉を失う光景に直面していた。
 途中で箒と出くわした――まぁ、これはいい。問題は、三人で更衣室の別館に向かおうとした矢先、行く手に発見した“それ”である。
 一言で言うなら――ウサミミである。それが、地面からにょっきりと生えているのだ。
 しかもごていねいに、『引っ張ってください』という張り紙までしてある。
「……何コレ?」
 首をかしげる鷲悟だったが、残りの二人、一夏と箒には“こんなこと”をしそうな人物に心当たりがあった。
「なぁ、これって――」
「知らん。私に聞くな。関係ない」
 皆まで言うよりも早く、箒は全力で回答を拒絶する――しかし、それで一夏の予感は確信に変わった。
「……やっぱり、“あの人”の仕業か……」
「だから、関係ないと言っている!」
 一夏の言葉に声を荒らげ――箒は我に返った。バツが悪そうに視線をそらすと、そのまま別館の方へと歩き去っていってしまった。
「……どうしたんだ? 篠ノ之さん」
「あー、えっと……」
 尋ねる鷲悟に一夏が返事に困っていると、
「どうかしましたの?」
 今度はセシリアまで現れた。道の真ん中で立ち尽くす二人の姿に、不思議そうに声をかけてくる。
「あー、オレにも何がなんだか……
 とりあえず、アレ」
「…………耳?」
 鷲悟とセシリアが話している間に、一夏は問題のウサミミの前にかがみ込んだ。
 これが本当に自分の考えている通りの人物の仕業なら危険はないはずだ。意を決してウサミミに手をかけ、力いっぱい引っ張って――

 すっぽ抜けた。

 ウサミミの下には何もなかった。ただウサミミがバランスを保てる程度に埋められていただけだったのだ。てっきりウサミミの下に何かあると思って思い切り引っ張った一夏はバランスを崩してひっくり返り――
「ぬがっ!?」
 転んだ先には、後ろで様子を見ていた鷲悟がいた。後ろに立っていた彼のヒザに後頭部が直撃。一夏は頭を抱えて悶絶する。
「あー、すまん、一夏」
「い、いや……鷲悟が悪いワケじゃないんだ。気にするな……」
 謝る鷲悟に一夏が答えると、
「…………あら?」
 セシリアが何かに気づいた。見上げた空の果てから何かが飛来し――
「ぅだぁっ!?」
「でぇっ!?」
 鷲悟と一夏があわてて逃げ出した後に、轟音を立てて落下した。
 何事かと立ち込める土煙の奥に目をこらしてみる中、姿を現したのは――
「…………ニンジン?」
 鷲悟のつぶやきの通り、それは人の身の丈ほどの大きさのニンジン――の形をした“ナニカ”だった。
 一夏やセシリアもコメントに困り、何も言えない。しばし(イタい)沈黙がその場を支配して――
「あっはっはっ! 引っかかったね、いっくんっ!」
 ニンジンがバカッ、と二つに割れた。中から現れたのは――
「……束さん?」
「ピンポ〜ン♪ そうだよ! 束さんだよ〜♪」
 そう。篠ノ之束だ。一夏に答え、ピョンと地面に跳び下りた彼女の後ろで、ニンジン型カプセルがまるでISのように量子変換されて消滅していく。
「お、お久しぶりです、束さん」
「うんうん、おひさだね。本当に久しいねー」
 一夏の言葉に元気に答え、束はふと一夏の後ろで状況について来れないで面食らっている鷲悟に気づいた。
「ん? おやおや? キミは……?」
「え…………?」
 今度は、一夏が束の行動に面食らう番だった――何しろ、あの束が“自分以外の人間に興味を示したのだから”
 この篠ノ之束という人物はとにかく自分の興味のないことには反応しない性格であり、それは人に対しても同じことが言える。
 その徹底ぶりたるや、まともに個人を認識できるのは箒、千冬、一夏の三人だけ。両親ですらかろうじて「肉親」とわかる程度の認識しかなく、その他の人間にいたっては“その他大勢”でしかないのだ。
 だからこそ、そんな束が鷲悟に反応を示したことが一夏には信じられなかった――が、そんな一夏の困惑などまるでおかまいなしに、束は鷲悟の周りをウロチョロしながら彼を観察する。
「ふーん、へー、ほー」
「えっと……何?
 つか、アンタ誰?」
「へー、はー、ふむふむ」
「って、聞けよ」
「あ、ゴメンねー。
 ただ納得しただけだよ――“ウワサの迷子くんがどんな子か、ね”
『――――――っ!?』
 その言葉に驚いたのは三人。一夏とセシリアは目を見開き、鷲悟は警戒心が一気に跳ね上がり、視線が数段鋭くなる。
「まぁ、キミのことは“今のところは”このくらいでいいかな?
 ところでいっくん、箒ちゃんはどこかな? さっきまで一緒だったよね? トイレ?」
「えーと……」
 さすがに「あなたを避けてどこかに行きました」とは言えず、一夏は思わず返事に困ってしまう。
「まぁ、この私が開発した箒ちゃん探知機ですぐ見つかるよ。
 じゃあね、いっくん、しゅーくん、また後でね」
 言うなり、そのままさっさと走り去っていってしまった。こちらを完全に置き去りにしたその言動に、鷲悟達はただ呆然と見送るしかない。
「……言いたいことだけ言って消えちまった、って感じだな」
 そうつぶやく鷲悟だが――その目は少しも笑っていない。自分の根幹に関わる最高機密にあっさりと触れられたのだからムリもないが。
「い、一夏さん、今の方は一体……?」
「束さん。箒の姉さんだ」
「え…………?
 ……えぇぇぇぇぇっ!? い、今の方が、あの篠ノ之博士ですか!? 現在行方不明、各国が探し続けている、あの!?」
「そう。その篠ノ之束さん」
「なるほど、あの人が……」
 セシリアと一夏が話しているのを聞きながら、鷲悟はさらに視線を鋭くして束の去っていった方向を見つめ続けていた。



「あ! 織斑くんと柾木くん!」
「う、ウソっ!? わ、私の水着変じゃないよね!? 大丈夫だよね!?」
「わ、わ〜、身体カッコイイ! 鍛えてるね〜」
 束の真意は気になるが、現状では手の打ちようがない。気を取り直して海で泳ぐことにした鷲悟は、一夏共々さっさと着替え、当然別室での着替えとなったセシリアと合流。三人で浜辺へとくり出した。
 一夏の水着は鷲悟とデザインの違う白のトランクスタイプ。セシリアは鮮やかなブルーのビキニで、腰にパレオを巻いている。
 束の存在に気づいてさっさと姿をくらませた箒は今のところ見当たらない。セシリアの話では更衣室にはすでにいなかったそうだから、浜辺に先行しているのだろうと思っていたのだが、周囲を見回した限りその姿は見つからない。
 まぁ、泳いでいればその内出くわすだろう――そんなことを考えながら砂浜に一歩を踏み出した一夏だったが、さんさんと降り注ぐ太陽の光で熱せられた砂に足の裏を焼かれる。
「あちちっ」
「アハハ、何やってるんだよ、一夏」
 あわてて飛び跳ねる一夏に笑いながら、鷲悟はビーチパラソル――セシリアの私物――を砂浜にざっくりと突き立てる。
 見れば、その両足は一夏と同じく裸足だ。しかし鷲悟自身からは砂浜の熱さを感じている様子は見られない。
「鷲悟さんは熱くありませんの?」
 と、こちらはビーチサンダルで足の裏を守りながら、それでも熱そうにしているセシリアが尋ねる――その問いに苦笑し、鷲悟は逆に二人に問い返した。
「お前ら……オレの“力場”がどういうものか忘れた?」
「え? えっと……
 鷲悟の“力場”、つまりISで言うところのシールドバリアは“装重甲メタル・ブレスト”の機能じゃなくて鷲悟自身の能力。
 “装重甲メタル・ブレスト”はそれを増幅しているだけで……」
「一般的なブレイカーの方はそれを常時展開しているのに対して、鷲悟さんは任意展開型。
 “任意の場所に収束展開して、バリアとして用いる”……」
 一夏の言葉にセシリアが答え――二人の動きが止まった。
 その視線が鷲悟へと戻り、
「………………フッ」
「きっ、きったねぇっ! 足の裏に力場展開して防いでたのか!?」
「ズルイですわ! 恥を知りなさい!」
「ハッハッハッ、使えるもん使って何が悪いっ!」
 二人からの抗議もどこ吹く風。あっさり一蹴した鷲悟が胸を張り――
「い、ち、か〜〜っ!」
 突然の声に鷲悟が振り向くと、水着姿の鈴がこちらに向けて駆けてくる――彼女の水着はスポーティなタンキニタイプ、オレンジと白のストライプがよく映えている。
「とぅっ!」
 砂浜を蹴り、まるで1号のようにこちらに向けて大ジャンプ。その姿に、鷲悟は彼女の狙いに気づいた。
 なので――
「ん」
「へ?」
 彼女が飛びつこうとしていた一夏の手を引き、自分の方に引き寄せた。
 当然、そうなると鈴音の跳んだ軌道上から一夏ちゃくちてんの姿が消えうせることになる。結果――
「に゛ゃあぁぁぁぁぁっ!?」
 狙いを外した鈴音は空中でバランスを崩し、哀れ顔面から砂浜に突っ込んだ。
「――って、ちょっと鷲悟っ! いきなりナニすんのよっ!?」
「いや、ここであえて外した方がベターかなー、と」
「誰にとってのベターよっ!?」
ギャラリーオレっ!」
「あたしにとってはベターじゃないわよっ!」
 言い返し、鈴は全身についた砂を払い落とす。頭をブンブンと振って砂を吹き飛ばす様はさながら猫のようだ。
「とにかく……おとなしく一夏を渡しなさい、鷲悟!」
「だが断るっ!」
「ぉわっ!?」
 再び鈴が一夏に飛びつこうとするが、鷲悟も一夏の背後に回り、彼を横にどかすことで鈴をかわす。
「フッ、やるじゃないの、鷲悟」
「お前もな、鈴」
 もはや当初の目的はどこへやら。鷲悟VS鈴の構図となった両者は(一夏に)飛びつく、(一夏を)どけるといった攻防を繰り返す。その光景にセシリアは闘牛を思い出したがそれは割とどうでもいい。
 が――たまったものではないのはそんな二人に振り回される一夏である。
 と、いうワケで――
「お、ま、え、ら……っ!
 いい加減に、しろぉっ!」
 さすがの一夏もこれにはキレた。鷲悟の手を振りほどいて脱出をはかり――
「へ?」
「え?」
 上がった間の抜けた声はどちらがどちらのものだったのか――振りほどかれてバランスを崩した鷲悟が、跳躍した鈴の軌道上に放り出されていた。
 ぶつかる、と当事者二人や一夏、やり取りを見守っていたセシリアがそう確信した、次の瞬間――すとんっ、と、鈴は鷲悟に肩車されるように彼の肩の上に収まった。
 ただし――



 “二人が向かい合う形で”。



 つまり、鷲悟の鼻先には鈴の――
「――――――※%$*@#&っ!」



















 

(鷲悟がボコボコにされております。しばらくお待ちください)





















「最っ低っ!」
「…………ゴメンナサイ」
 怒りの鈴の手によって血の池に沈められた状態で、鷲悟が顔を真っ赤にしている鈴に謝る――わざとではないとしても今回は被害が被害だ。ここは自分が全面的に頭を下げるしかないということは、人の心の機微に疎い鷲悟にもわかっていた。
「ほんっ、とーに、悪いと思ってる?」
「思ってる」
 尋ねる鈴に対し、身を起こした鷲悟はその場に自ら正座すると迷うことなくそう答える。
 ちなみに、背後ではセシリアもまた不機嫌モード全開といった様子で二人のやり取りを見つめている――当初は彼女も制裁に加わろうとしたものの、鈴の怒りの鉄拳制裁の勢いに圧されて不発に終わっている。なまじくすぶっている分、爆発した時がすごそうだ。
 とにかく、今は目の前の鈴だ。息をつき、鷲悟は改めて口を開く。
「さっきので怒りが収まらないならまだ殴ればいいよ。全面的にオレが悪いし、それだけのことをしたって自覚はある。
 別の形で責任取れっつーならそれでもいい。なんだってしてやるよ」
「フンッ、その言葉に二言はないわね?」
「もちろん」
「ふぅん、だったら……」
 いったいどんな無理難題をふっかけてやろうか――そんなことを考える鈴だったが、
「本気で何でもかまわないぜ?
 たとえば――」







「結婚だってしてやるぞ?」







 ………………

 …………

 ……







『……えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!?』
 鷲悟の方からトンデモナイ爆弾が投下された。
「けっ、けけけ、結婚って!?
 あんた、またそういうことを軽々しく――」
 直前までとは別の意味で顔を真っ赤にしながらも、ツッコもうとする鈴だったが――鷲悟の表情を目にしたとたん、ツッコミの言葉は頭の中から吹っ飛んだ。
 鷲悟の表情が、いつになく真剣だったからだ。
 いつもの空気を読み間違えた上でのバカ発言ではない――明確な自覚のもと、確かな覚悟を決めて先のセリフを発している。
 つまり――
「………………本気?」
「言ったろ? そのくらいのレベルの恥をかかせたって自覚はあるんだ。
 今回のせいで『(一夏のところへ)嫁に行けない』っていうなら、責任とってそれくらいはしなきゃ」
 迷いのない口調でそう答える――それが何よりも鷲悟の“本気”を物語り、鈴の頬をますます熱くさせる。
「そ、そこまでしてくれなくてもいいわよ!
 あたしも、もうそこまで怒ってないから!」
「本当……か?」
「本当だから! 気にしてないし! 許すから!」
「そっか……よかった」
「あと! 女の子にとって結婚は重大イベントなんだから、いくらそのくらいの覚悟があるからって軽々しく言わないこと!」
「お、おぅ……」
 鈴の言葉に、鷲悟はコクコクとうなずいて――
「ていっ!」
「どわぁっ!?」
 背後から思い切り蹴り倒された。
 砂まみれの顔で振り向いてみれば、セシリアがムスッとした顔で立っていて――
「せ、セシリア!?」
「……わたくしも、バスタオル姿を見られましたのに」
「え゛………………?」
「わたくし達が同室だとわかった、あの晩の話ですわ」
「あー……」
「『責任をとる』って……言ってもらえませんでした」
「いや、あの時は部屋割の方に気を取られてて……」
「………………」
「……ゴメンナサイ」
 再び、鷲悟は頭を下げるしかなかった。
「責任、とってくださいます?」
「取る! ちゃんと取るから!」
「そう。
 でしたら……」
 そこで一度言葉を切る。何が来るかと身がまえる鷲悟に対し、セシリアは――



「サンオイル、塗っていただけます?」



 言って、サンオイルのビンを差し出した。
「サン……オイル?」
「えぇ。
 もっとハードル上げてもよろしくてよ?」
「まぁ、お前がそれでいいっていうなら、いいけどさ……」
 言って、鷲悟はサンオイルを受け取り、シートを広げ始める――それを見守るセシリアだったが、
(……うぅっ、なんか鈴さんに比べて態度が違いすぎませんこと?)
 内心ではちっともおだやかではなかった。
(そりゃ、鈴さんに対して結婚云々なんて話になった後で同じことを言い出すのもアレですけど……それじゃまるで、わたくしに対しては何とも思ってないみたいじゃありませんの?)
 もう少し、最初の要求からハードルを上げていけばよかったか――今さらながら後悔するが、それはそれで恥ずかしい。
 まったく、ままならないものだ――セシリアが内心でため息をついていると、
「……セシリア?」
「ぅひゃあっ!?」
 鷲悟に声をかけられ、セシリアは思わず飛び上がって驚いた。
「………………?
 どうした?」
「な、なんでもありませんわ……」
(そ、そうですわ……
 いつまでも悪手打ちを嘆いていてもしょうがありませんわ。今はここから鷲悟さんの気を引くことを考えるべきですわ!)
 内心で決意を固めつつ、セシリアは首の後ろで結んでいたブラの紐を解き、水着の上から胸を押さえて鷲悟が敷いてくれたシートの上に横になる。
「で、では、鷲悟さん、いざ尋常にサンオイルを!」
「いや、ンな気合入れられても……ぶっちゃけ、お前は寝てるだけじゃんか」
 ため息をつき、鷲悟は改めてサンオイルのビンを手に取り――ふと思い立ち、一夏と鈴に声をかけた。
「あ、一夏達はどうする?
 シートもまだスペース空いてるし、オイルも十分量がある……鈴も一夏に塗ってもらったらどうだ?」
『え゛…………?』
 鷲悟の言葉に、一夏と鈴の引きつった声が重なる――鈴はサンオイルを一夏に塗ってもらう光景を、一夏はサンオイルを鈴に塗る光景をイメージしてしまい、二人して耳まで真っ赤になってしまう。
 どうしたのかと首をかしげる鷲悟とそんな鷲悟へと背中越しに「あ〜ぁ、やっちゃった」的な視線を向けるセシリア、二人をよそに一夏と鈴の間に気まずい沈黙が落ち――
「……あ、あのね、一夏――」
「お、オレは海で泳いでくる!
 鈴! サンオイル塗ってもらうなら鷲悟に塗ってもらえ。じゃあな!」
 口を開いた鈴の声をかき消すようにまくし立て、一夏は全力で海に向かって駆けていってしまった。
「……逃げたわね」
「……逃げたな」
「……逃げましたわね」
 その意味するところは明白――鈴の言葉に、鷲悟やセシリアも同意する。
「で……どうする? 鈴。
 一夏に乗っかるワケじゃないけど、オレが塗ってやろうか?」
「い、いいわよ、別に……」
 鷲悟の言葉に、鈴はぷいとそっぽを向く――先の『結婚』発言のこともあり、鷲悟の顔も直視できない。
「ま、塗ってもらう時間があるならその分遊びたいしね。
 というワケで、あたしも泳いでくるわ。じゃあね」
 言って、鈴もまた自分達に背を向け海へと向かう――そんな彼女の後ろ姿を見送り、鷲悟はため息をついた。
「鈴のヤツも大変だな」
「あなたがそれを言いますの?」
「………………?」
 自分が鈴の恋路を一番かき回している自覚がまったくない鷲悟であった。
 と――
「あ、柾木くーん!」
 そんな彼らに、今ちょうどビーチに出てきたらしい女子が声をかけてきた。
「旅館の人から伝言。
 『今準備してるから、30分くらいしたら取りに来て』って」
「うい、りょーかい。
 伝言ありがとね」
「……何の話ですの?」
 尋ねるセシリアに、鷲悟は笑顔で答えた。
「海で遊ぶ上の、定番アイテムってヤツだよ♪」



(ったく、鷲悟のヤツ……)
 一夏と競争でもしようかと海を泳ぎながらその姿を探しつつ、鈴は心の中でため息をついた。
 鷲悟に悪気も、自分に対する特別な感情もないのはわかっている。先の肩車(前後逆)だって事故だし、その後の「結婚」発言だって本気で悪いと思っているからこそだ。それに自分と一夏の仲を応援してくれているから一夏に対してサンオイルの話を持ちかけたのだろうし。
 あぁ、今さら考えるまでもなくわかっている。人付き合いの下手さや何かと悪ノリする悪癖にさえ目をつむれば、鷲悟は掛け値なしに“いいヤツ”だ。
 だが――
(なんで、あたしとばっかり距離が縮まってんのよ!?)
 さすがに今回の肩車事故のようなラッキースケベイベントはそうそうあるものではないが、「結婚」発言のようなこちらをドキリとさせるようなセリフはそれはもうポンポンと飛び出してくる。本命のいる身と言っても、鈴も年頃の女の子。そんな言葉をしょっちゅうぶつけられれば意識もする。
(セシリア達も苦労するわ……というか、こんなの続いたらあたしも危ないわ。
 あたしが好きなのは、あくまで……)
 一夏のことを意識してしまい、誰も見ていないのがわかっていても思わず顔の下半分を海中に沈める。
(えぇい、凰鈴音、しっかりしなさい!
 せっかくIS学園に入れたんだし、ここでがんばんなくてどうするのよ!?)
 気合を入れ、グッと拳を握りしめる――が、その拍子に思わず海水を吸い込んでしまう。
「!? ごぼぼっ!?」
 いきなりのことで冷静な判断などできなかった。軽いパニックに陥り、さらに身体が強張って海中に沈んでしまう。海上に戻ろうとしても、もはや上下の区別すらつかない。
 いよいよ本格的に溺れ始め、意識が薄れてきた鈴だったが、不意に力強い腕が彼女の身体を引き寄せた。
(これ、一夏……?)
 一瞬、想い人の顔が脳裏をよぎるが、抱き寄せられた拍子に見えたのは水中でも自己主張をやめない特徴的なツンツン頭。
 ようやく認識できた海上からの光が逆行になり、その顔まではわからないが――
(なんだ……鷲悟か……
 まったく……またそうやって……ポイント、稼ぐんだか、ら……)
 力強い腕に優しく抱きかかえられて――安心感の中、鈴は意識を手放した。



「おい、鈴、大丈夫か!?」
「……ごほっ! けほっ!
 ……い、一夏……?」
 意識を取り戻した鈴の視界に入ってきたのは、心配そうな一夏の顔――気を失っている間に、彼女は一夏やセシリア、クラスメイト達に囲まれ、砂浜にしかれたシートの上に寝かされていた。
「気がついたか……
 オレがわかるか? この指、何本に見える?」
「大丈夫よ、一夏……ちゃんと1本に見えるから」
 右の人さし指をピッと立てて尋ねる一夏に答えると、鈴はシートの上で上半身を起こす。
「ビックリしたぞ。
 いきなり浜辺の方が騒がしくなったと思ったら、お前が溺れた、なんて話になってたんだから」
「ハハハ……心配かけてゴメン」
「まったくですわ。
 鈴さんとはまだIS戦での決着がついてないんですから、こんなところでリタイアなんてされたら困りますもの」
「うん、ホントにゴメン。
 ……でもセシリア。そのセリフは日本じゃ最後まで主人公に勝てないライバルかませ犬フラグよ?」
「えぇっ!? そうなんですの!?」
 茶化す鈴に、セシリアは大げさに驚いてみせる。場の重苦しい空気を吹き飛ばそうとこちらに付き合ってくれる彼女の気遣いに、鈴はクスリと笑みをもらし――

「おーい、鈴、大丈夫か?」

「――――――っ!」
 唐突に聞こえてきた声に、鈴の心臓がドキリとはねた。
「し、鷲悟……?」
 そう。自分を助けてくれた人物の登場だ。手にしていたビニール袋を地面に下ろすと、鈴の顔をじっとのぞき込んでくる。
「な、何……?」
「動くな」
 鈴に鋭く言い放つと、鷲悟は鈴の顔をガッシリとつかんだ。もう一方の手で鈴の両目、そのまぶたを順に広げ、眼球の様子を確認する。
「……ん。異常なし。
 脳へのダメージもなさそうだ。大丈夫だな」
 あっさりと鈴を解放し、告げる鷲悟だったが、鈴にしてみればそれどころではない。何しろ、こちらの瞳をじっくり診ようとした鷲悟は思い切り顔を近づけてきていたのだ。その結果、じっとこちらの目を真剣な眼差しで射抜かれたのだから、意識しないワケがない。
「ん? どうした?」
「あ、いや、えっと……なんでもない」
 しかし、対する鷲悟はまったく気にしていない。多少拍子抜けしたものを感じはしたものの、そんな鷲悟のノリによっていつもの調子に戻ることのできた鈴はため息をつき――
「……って、何それ?」
「あぁ、これか?」
 ふと、鷲悟が持ってきていたビニール袋が目に入った。鈴の問いに、鷲悟が袋から取り出したのは――
「…………スイカ?」
「おぅ。
 海といえば、夏といえばスイカだろ? そう思って持ってきておいたのを、旅館の人に頼んで冷やしてもらってたんだよ」
「あぁ、さっきの伝言はこのことでしたのね……」
 女子の誰かのもらしたつぶやきに答える鷲悟に、セシリアはサンオイルを塗ってもらっていた時のやり取りを思い出して納得する。
「と、いうワケでっ!
 スイカ割りに参加するヤツ! この指とーまれっ!」
『はーいっ!』
 さすがに人数が多いので実際掲げた指に飛びつく猛者はいないが、鷲悟の言葉に一同が声をそろえる。なんともノリのいい連中である。
「えっと、スイカ割りというのは……?」
「あぁ、セシリアは知らないのか?
 じゃあ、最初にオレが手本を見せてやるよ」
 いや、ひとりだけノれていない人物がいた。スイカ割りそのものを知らず首をかしげるセシリアに答え、一夏が鷲悟から目隠しに使うハチマキを受け取る。
「鈴も参加しろよ。
 実際やるのは厳しくても、声出す側ならできるだろう?」
「フフン、いいわよ。
 せいぜい混乱させてやろうじゃないの」
「おいおい、お手柔らかに頼むぜ?」
 鷲悟に答える鈴に苦笑しながら、一夏は目隠しを済ませて木刀を受け取るとスイカの方へと向き直り、少しずつ進んでいく。
「織斑くん! もっと前、前!」
「右右! あぁっ、行きすぎ! ちょっと左に戻って!」
「……なるほど。
 あぁやって、目隠しした状態から周りからの声を頼りにスイカの位置を見極めて、叩き割る、と……」
「ん。叩くのは一回限りで外したり割れなかったりしたら次の人が挑戦、と。
 始める前にクルクル回って目を回した状態で始めたりとか、細かいローカルルールはいろいろあるんだけどね。
 ……けど」
 セシリアのつぶやきに答える鷲悟の言葉がそこで途切れる。
「『けど』……何ですの?」
「いや何、ちょいと“オレ達ならではの仕掛け”ってヤツをプラスさせてもらおうかな、と♪」
 言って、鷲悟はギャラリーの女子達にハンドサインで介入の旨を伝えると“仕掛け”を発動。それを見て一瞬驚きの表情を浮かべたものの、すぐにみんなおもしろそうな顔をしてサムズアップしてくる。何気にみんな鷲悟に染められているようである。
「右、右!
 うん、そのまままっすぐ!」
「もう少し! もうちょっと前!」
「上ぇ――っ!」
「ちょっと待て! 今『上』っつったの誰だ!?」
「しょうがないでしょ!? 実際上なんだから!」
 問題の発言をした女子に代わって鈴が答える――その言葉に、一夏は気づいた。
「――鷲悟! お前の仕業か!?」
「普通にやってもおもしろくないだろ。
 と、ゆーワケで、通常のスイカ割りに……上下の概念もプラスしてみました♪」
「ちょっ!? 何さその3Dスイカ割り!?」
「安心しろ! 位置が高いだけでやることは普通のスイカ割りと同じだ!」
「簡単に言ってくれるな、オイっ!」
 あっさり言ってのける鷲悟に毒づきながら、一夏はみんなの誘導でスイカの前まで進み出る。
「――いくぞっ!」
 後は木刀の一撃を当てるだけ。意を決して木刀を振るい――ドシャアッ!と音を立て、木刀の切っ先は足元の砂を叩いていた。
 目隠しを外してみれば、空中にピタリと静止したスイカの姿。一夏の一撃がスイカを捉えることはなかったのだ。
「あー、くそっ、意外に難しいぞ、これ」
「ハッハッハッ、残念だったなぁ、一夏。
 どれ、お前に代わってオレが見事にかち割ってやるとしよう」
 ため息をつく一夏に対し、鷲悟は自信タップリに目隠しをすると一夏から木刀を受け取り――
「…………ん?」
 一夏はふと、あることに気づいた。
「ちょっと待て。
 確か、あのスイカを浮かべているのは鷲悟だよな?」
「他に誰ができるってんだよ?」
「つまり……」

「鷲悟が、あの位置にスイカを固定してるんだよな?」

「………………」
 その言葉に、鷲悟の動きが止まった。一夏の向ける冷たい視線にコホンと咳払いして――
「さて、いくか!」
「何事もなかったかのようにイカサマ続けるなぁぁぁぁぁっ!」
 目隠しした鷲悟に、一夏の蹴りをかわす術はなかった。



「……スイカ自体も初めて食べますけど、けっこうおいしいものですわね」
「だろ? 日本の夏と言えばやっぱりコレだよなぁ」
 結局、ダメ出しをもらった鷲悟に代わって挑戦したセシリアによってスイカは叩き割られた。さすが、剣は素人でもブルー・ティアーズの運用で磨き上げられた空間認識能力を持つセシリア。目隠ししたままでも空中に固定された目標を捉えるのは簡単なことだったようだ。
 現在は一夏や鈴を始め、ギャラリーのみんなにもスイカをおすそ分け。みんなでシャクシャクと食べているところである。
 と――
「あれ、スイカ?
 おいしそうだね」
「あぁ、シャルか……」
 かけられた声はよく知る相手のもの。言いながら鷲悟は振り向いて――
「――って、何? そのミイラパッケージ」
 シャルロットのとなりにはなんとも奇天烈きてれつな存在がいた。バスタオル数枚を全身に巻きつけ、その姿を覆い隠している。足首の辺りまでしっかりとバスタオルを巻いているのに、普通に歩いてくるシャルロットに遅れることなくチョコチョコとついて来ているのだからある意味スゴイ。
「ほら、出てきなってば。大丈夫だから」
「だ、だ、大丈夫かどうかは私が決める……」
 バスタオルラッピングの中から聞こえてきたのは、またしても聞き覚えのある声――ラウラの声だった。
「ほーら、せっかく水着に着替えたんだから、鷲悟にも見てもらわないと」
「ま、待て。私にも心の準備というものがあってな……」
「もー、そんなこと言って、さっきからぜんぜん出てこないじゃない。一応ボクも手伝ったんだから、見る権利はあると思うけどなぁ」
「だ、だが……」
「うーん、ラウラが出てこないんなら、ボクも鷲悟と遊びに行こうかなぁ」
「な、何!?」
 バスタオルの中で戸惑っているラウラをよそに、シャルロットが目配せ――その意味を汲み取り、鷲悟もまたニヤリと笑みを浮かべた。
「よし、じゃあ、行くか。
 あ、その前にスイカ食うか? まだあるけど」
「うん、もらおうかな?」
「ま、待て。私も……」
『その格好のままで?』
「う゛っ…………」
 鷲悟とシャルロットにダブルで返され、一瞬たじろぐラウラだったが、
「えぇい、脱げばいいのだろう、脱げばっ!
 ジャケットアーマー、パージ!」
 そのセリフに「あー、そーいや『OGs』シャルに貸したままだったっけ……」などと思い出す鷲悟だったが、そんな彼の目の前でラウラが自身を覆っていたバスタオルを取り払い――
「わ、笑いたければ、笑うがいい……」
 その水着というのは、黒地にレースをふんだんにあしらったビキニタイプ。いつもはストレートに流している髪は左右一対のアップテールにしていて、恥ずかしそうにモジモジしている姿は、普段見せている凛々しさがそのままかわいらしさに変換されたような――そう。かわいかった。それもものすごく。
「おかしなところなんかないよね? 鷲悟」
「お、おぅ。
 まさかそういう方向性で来るとは思わなかったけど……うん、かわいいと思うぞ?」
「か、かわ……っ!?」
 シャルロットに答えた鷲悟のその言葉に、ラウラの顔が一気に赤くなる。
「し、社交辞令ならいらん……」
「いや、世辞なんかじゃないって。な、シャル?」
「うん。ボクもかわいいってほめてるのに、ぜんぜん信じてくれないんだよ。
 みんなもかわいいと思うよね?」
 そのシャルロットの言葉を合図に、周りの女子達も一斉にコクコクとうなずき、ラウラのもとへと集まってくる。
「うん、すっごくかわいいよ!」
「ボーデヴィッヒさん、普段からオシャレとかすればいいのに!」
「ツインテールかわいい!
 ね、ね、今度ポニーテールとか試してみない!?」
「ぅわっ、肌すべすべ! うらやましーっ!」
「え、あ、その……」
 みんなから口々にほめられ、ラウラはますます赤くなっていく。その頭から立ちのぼる湯気を鷲悟達が幻視し始めた、その時――
「おっりむっらく〜んっ!」
「柾木くん! ビーチバレーしよう!」
「わ〜いっ、おりむーやまさっちと対戦〜っ!」
 相川清香、谷本癒子、そして布仏本音――“トリオ・ザ・のほほん”の登場である。
「お、いいな。
 やろうぜ、鷲悟」
「だな。
 じゃあ、チームは……」
 言って、鷲悟は軽くチーム編成を考えて、
「一夏にセシリア、相川さん、谷本さんのチームと、オレ、シャル、ラウラ、布仏さんのチーム……ってところかな?」
「わ、わたくしも鷲悟さんと一緒のチームの方が……」
「そうか? 戦力的にもこれが一番バランス取れてんだけど……
 オレとしちゃ、お前とはいつもIS戦とテストでしか競ってないからなぁ……料理はそもそも勝負にならんし
 だから、たまには別の勝負もしてみたいと思ったんだけど」
「全力でお相手いたしますわっ!」
「切り替え早いっ!?」
 あっさり主張をひっくり返したセシリアに癒子がツッコむと、
「ま、待ちなさいよ。
 あたしだって……」
「ダメ。
 溺れかけたんだから、もう少し大人しくしてろ」
 言って立ち上がろうとした鈴を、鷲悟はあっさり制止した。
「一夏と遊びたい気持ちはわかるけど、それでお前がムリして倒れたら、一夏は絶対気にするぞ?
 わかったら休んでろ。いいな?」
「……ん。わかった」
 鷲悟に諭され、鈴は大人しく座り直し、
「鷲悟」
「ん?」
「えっと……その……ありがと」
「別に、礼を言われるようなことじゃないよ」
「でも、さっきだって溺れかけたのを助けてくれたし……」
「…………え?」
 と、そこで初めて鷲悟の顔に疑問の色が浮かんだ。
「何言ってんだ?
 オレ、お前を助けてなんかいないぞ?」
「へ…………?」
「だって……オレ、お前が溺れかけてた時はさっきのスイカを受け取りに旅館に戻ってたんだから。
 お前が溺れかけたのだって、向こうで聞いたんだし」
「え? え? だって、あの時あたしを助けてくれた手は……」
 言いかけて――鈴は気づいた。
 自分が気がついた時、“誰も自分を助けてくれたのが誰か教えてくれなかった”ことに。
 あの時はまだ鷲悟が助けてくれたと思っていたから鈴も疑問に思わなかったのだが、もし鷲悟の言う通り、助けてくれたのが彼ではなかったのだとしたら話は変わってくる。
 もし、あの時あの場にいた人間が全員、“誰が助けてくれたのか知らなかったとしたら”……?
「一体……誰があたしを助けてくれたってのよ……?」
「ンなの知らないよ。
 誰かは知らないけど、大方お礼を言われるのが恥ずかしくて隠れてる……とか、そういうオチなんじゃないのか?」
 鈴に答えると、ちょうど準備を終えたらしいシャルロットが呼びに来た。鈴に改めて休んでいるように念を押すと、鷲悟はみんながネットを張り、ラインを引いてくれた簡易コートに足を踏み入れる。
「ふっふっふっ、七月のサマーデビルと呼ばれたこの私の実力……見よっ!」
 最初は一夏チームからのサーブだ。自信タップリに癒子が放ったジャンピングサーブが鷲悟達の側のコートに飛んでくる。
「任せてっ!」
 対し、ボールに向けて走ったのはシャルロットだ。絶妙なレシーブで、ネット際にボールを上げる。
「リバウンドぉっ!」
「ゲームが違うよ、織斑くんっ!?」
 一夏のボケにツッコみながら、清香がブロックすべくネットの目前で跳び――そんな彼女の前に飛び出してきたのは鷲悟だ。
 瞬間、清香の身体を鷲悟の視線が射抜く――

『  死  ネ  』

「ぅひゃぁっ!?」
 強烈な殺気に清香の身がすくみ――そのスキを逃さず鷲悟のスパイクが炸裂。拾いにいくセシリアのフォローも間に合わず、ボールは一夏達側のコートに叩きつけられた。
「ちょっと、何してるの!?」
「こ、殺されるかと思った……」
「は?」
 駆け寄る癒子に清香が答えるのを聞いて、シャルロットはなんとなく気づいた。
「鷲悟……何かした?」
「フェイントに殺気ぶつけました♪」
「そこまでやるっ!?」
「ISだろうがテストだろうがビーチバレーだろうが、やるからには勝ぁ――つっ!」
 思わずツッコむシャルロットだが、鷲悟は胸を張って堂々と言い切ってくれた。大人げないにもほどがある。
「クソッ、鷲悟のヤツ、ビーチバレーで殺気全開ってマジか!?」
「気にしてはいけませんわ、一夏さん!
 競争ごとにおける鷲悟さんの大人げなさは今に始まったことではありませんわっ!」
「セシリアも、けっこう柾木くんに言うこと言うよね……」
 一方、こちらも何気に言いたい放題。一夏とのやり取りに癒子がツッコむが、セシリアは気にせずシャルロットが打ち込んできたサーブを一夏が受けたところに飛び込んだ。ネット際で跳び上がり、スパイクをお見舞いする。
 ボールは先ほど癒子のサーブを返したシャルロットは避け――
「はぅあっ!?」
 なぜか、まったくの無反応だったラウラの顔面を直撃した。
「ら、ラウラ!?」
「おいおい、大丈夫か?」
 そのままひっくり返ってしまったラウラにシャルロットと鷲悟が駆け寄るが、ラウラは顔を真っ赤にしたまま起き上がる様子はない。
 一瞬、顔が赤いのはボールが当たったせいかと思ったシャルロットだったが――
「か、か、かわいいと……言われると、私は……はぅ……」
「ひょっとして……今までずっと照れてたの……?」
「照れて……って、何に?」
 ひとりわかっていない鷲悟だが、そんな鷲悟と目が合ったとたん、ラウラはますます真っ赤になる。
「どうした? ラウラ」
「う、あ、へぅ……」
 だが、その原因に気づいていない鷲悟はさらにラウラの顔をのぞき込む。結果――
「ぅわぁぁぁぁぁんっ!」
「って、ラウラぁーっ!?」
 限界を超えたラウラは、真っ赤になった顔を両手で隠しながら海に向けて走っていってしまった。
「どうしたんだ……?
 追いかけていった方がいいかな?」
「そっとしてあげようか」
「………………?」
 今鷲悟が追いかけていっても追い討ちにしかならないのに、この男はそれがわかっていない――シャルロットの答えに鷲悟が首をかしげていると、
「ぅわぁ、ビーチバレーですか」
「あぁ、山田先生」
 現れたのは黄色のビキニタイプの水着を着た真耶だった。気づき、声をかける鈴に手を振りながらコートの脇までやってくる。
「あぁ、ちょうどいいや。
 今ちょうどひとり戦線離脱したから、山田先生、参加します?」
「いいんですか?
 織斑先生もどうですか?」
「え……?」
 鷲悟に誘われた真耶の言葉に一夏が声を上げる――そんな彼らの前に“水着姿の”千冬が姿を現した。
 スポーティでありながらメッシュ状にクロスした部分がセクシーさを演出しているビキニタイプの黒水着。千冬のスタイルのよさと相まって、女子一同をいろいろな意味で圧倒している。
「織斑先生、素敵!」
「まるでモデルみたい!」
「わ、きれーい。すごいなー、憧れちゃうなー」
 女子達だけでなく、一夏もまた思わず見とれてしまうほど、千冬の水着姿は強烈なインパクトを持っていた。
 そんな中、鷲悟も千冬に向けて興味深そうな視線を向けていて――
「………………っ」
「っ、てぇっ!?」
 その右足を、ムッとしたシャルロットが思い切り踏みつけた。
 しかも小指をカカトでピンポイント。ブレイカーであろうがこれは効く。きっとかの狂戦士のサーヴァントですら悶絶するに違いない。
「な、何するんだよ……?」
「織斑先生に見とれてた」
「いや、見とれてたっつーか……ただ、意外だっただけだよ」
「『意外』……?」
「ん」
 聞き返すシャルロットに、なんとか復活した鷲悟は千冬へと視線を戻し、
「いや……織斑先生のことだから、きっと空気も読まずにスーツ姿で、しかも汗ひとつかかずに出てくるだろうなー、と思ってたから」
「よし、織斑のチームから誰かひとり抜けろ。
 あの馬鹿者を叩きつぶしてくれる」
「あるぇ!? なんか火ぃつけた!?」
「いつも通り、鷲悟が悪いと思うな、うん」
 シャルロットの言葉に、鷲悟を除くその場の全員がうなずいた。



 そんな感じで、みんなが遊び倒した一日が過ぎ――
「こんなところにいたのか」
「ちふ……織斑先生」
 みんなの輪の中に一度も入ることなく、彼女はずっとそこにいた――岩場に佇み、ひとり夕陽が沈むのを眺めていた箒に、ビーチバレーで鷲悟を完膚なきまでに叩きつぶした千冬が声をかけてきた。
「気もそぞろといった様子だな。
 何か心配事でもあるのか?」
「……それは……」
「束のことか?」
「――――――っ」
 千冬の言葉に、箒はまるで自分の思考が見透かされていたような気がして息を詰まらせた。
「先日、連絡をとってみた。
 ラウラのVTシステムの一件は、無関係だそうだ」
「…………はい」
 静かにうなずく箒に、対し、千冬は息をついて告げた。
「明日は七月七日だ。
 姿を見せるかもしれんな、アイツ」
 千冬の言葉に無言でうなずき、箒は束の言葉を思い返した。



『モチロン用意してあるよ。最高性能にして規格外。
 そして――異質を超えしものオーバー・ザ・イレギュラー
 白と並び立つもの。その機体の名前は――』



「…………“紅椿あかつばき”」
 その名をつぶやきながら、箒はしばし瞑目する。
 束は言っていた。『“異質を超えしものオーバー・ザ・イレギュラー”』と。
 ISに対する“異質”、それはおそらく――
(柾木の……G・ジェノサイダー……)



『自分の無力をわきまえろ、この身の程知らずがっ!』



 かつて彼に言われた言葉が脳裏によみがえる。
 彼女のことだ。自分と鷲悟の確執のことを知るなど造作もないことだろう。その上で自分のために作ってくれたという“紅椿”……
(柾木……私は“紅椿”でお前を超える。
 次に己の無力をかみしめるのは……お前の方だ)
 おそらく明日、自分は彼の上に立つ――その時が来ることを確信し、箒は拳をさらに強く握りしめた。





陽は沈み
  嵐来るまで
    あとわずか


次回予告

鷲悟 「おぅ、鷲悟だ。
 いきなり現れた箒の姉ちゃん。オレの事情も知ってるっぽいし、いったい何者なんだ……?」
一夏 「しかも束さん、箒の専用機を持ってきたらしいぞ」
鷲悟 「篠ノ之さんの……?」
「そうだ!
 もう、お前に大きな顔はさせんぞ、柾木!」
鷲悟 「次回、IB〈インフィニット・ブレイカー〉!
   『遅れてきた最強 天空に舞え紅椿あかつばき
   
「私は、力を手に入れたんだ!」

 

(初版:2011/07/07)