「うん、うまい!
 こんな本格的な刺身が出るなんて、豪勢なもんだ」
「そうだね。
 ホント、IS学園って羽振りがいいよね」
 刺身を一切れ口に放り込み、感嘆の声を上げる鷲悟にシャルロットが答える――現在、大広間を三つぶち抜いた大宴会場での夕食中である。
 今は鷲悟もシャルロットも、他のみんなも浴衣姿だ。なんでも、この旅館では食事時には浴衣着用がルールなんだそうだ。
「しかもカワハギのキモ付きとは恐れ入る。
 わさびだって本わさだし……わさびダメだから使わんけど
「本わさ?」
「あぁ、シャルは知らないのか。
 本わさっていうのは、本物のわさびをおろしたもののことだよ」
「本物の……?
 じゃあ、学園の刺身定食でついてるのって……」
「あれは練りわさびだな。
 ワサビダイコンとかセイヨウワビとか、その辺を合成したり色をつけたり……
 天然モノをおろしただけの本わさと加工食品の練りわさび……って覚えておけばだいたい正解だ」
「そうなんだ……はむ」
 鷲悟の言葉に納得しながら、シャルロットはわさびの山に箸を伸ばし――何を思ったのか、それを丸ごと口の中に放り込んだ。
「っ〜〜〜〜〜〜!?」
 そんなことをすれば当然こうなる――鼻を押さえ、涙目になるシャルロットの背中を、鷲悟は苦笑まじりにさすってやる。
「ったく、何やってんだよ……」
「うぅっ、だって、本物のわさびがどんな味が気になったんだもん……」
「だからって全部食うヤツがあるか……ほら、お茶」
「ご、ゴメン……」
 そんなシャルロットから見て、鷲悟をはさんだ反対側――鷲悟の左隣ではセシリアがしかめっ面。どうやら正座が苦手らしい。
「……お前はお前で大丈夫か? セシリア」
「み、見ての通り、大丈夫ですわ……」
「ごめん。ちっとも大丈夫そうに見えない。なんか震え始めてるし」
 脂汗まで流し始めていることにも気づいたが、彼女の名誉のために黙っておく――ため息をついて、鷲悟は軽く腰を上げ、
「ほら」
 自分の下から引き抜いた座布団をセシリアに差し出した。
「座布団高くして、足首から先が座布団の後ろからはみ出るように座るんだ。そうすれば足首が体重で伸ばされずにすむから、ちっとはマシになる。
 根本的な解決にはならんけど、少しは楽になるだろ」
「で、ですけど、それでは鷲悟さんが……」
「あぁ、オレなら無問題モーマンタイ。板張りの床どころか石造りの拷問器具……すら通り越して真っ赤に焼けた鉄板の上で土下座だってしてやるよ。力場のバリアなしで」
「どこの焼き土下座……?」
 反対側でシャルロットがツッコんでいるが、とりあえず流しておく――いつの間にか部屋の棚から消えていた『カイジ』第一期のDVD-BOXの行方も判明したことだし。
「で、では、お言葉に甘えて……」
 言って、セシリアが座布団を受け取――ろうとした瞬間、いくつもの視線が彼女を射抜いた。
 出所を探るまでもない。周りの女子達だ。
 「柾木くんの座布団……」「うらやましい……」「私も使いたい……」etc……そんな情念の込められた視線にさらされ、セシリアは……屈した。
「……遠慮しておきますわ。
 やっぱり、鷲悟さんに悪いですもの」
「そうか……?」
 やんわりと断るセシリアに、首をかしげながら差し出した座布団を引っ込める鷲悟だったが、
「でも、座布団の二段重ねというのは、いいアイデアですわね。
 旅館の方から、予備の座布団をもらえば何とかなりそうですわね」
「そうだね。
 山田くぅ〜ん、座布団一枚!」
『山田くんって誰(ですの)!?』

 周囲の海外『笑点』を知らない組一同からツッコまれた。

 

 


 

第16話

遅れてきた最強
天空に舞え紅椿あかつばき

 


 

 

「……ん……はぁ……」
「だいぶいいみたいだな。
 じゃあ、ここは……」
「くぁっ!? そ、そこは……」
「大丈夫。すぐによくなるって」
「そうは言うが……んんっ!?」
「身体はしっかり反応してるクセによく言うよ。
 そんじゃ……」
「あぁっ!」
「うんうん。いい感じになってきたね……」
「あぁ……
 ………………マッサージはもういい。十分だ」
「はいはい♪」
 言って、自分の身体をほぐしてくれる手を止めた鷲悟の前で、千冬は息をついて身を起こし、浴衣の乱れを正す。
「ん、ん〜……お前もなかなかマッサージがうまいな。一夏といい勝負だ」
「オレの場合は、そんなに大したモノじゃないよ。
 人の“壊し方”を知っているということは、すなわち“直し方”(誤字にあらず)を知っているってことでもある……まぁ、要するにそういうことだから」
 千冬は一夏のことを名前で呼んでいるし、鷲悟も千冬に対してタメ口だ――それは、今の二人が完全にプライベートで、“教師と生徒”ではなく“保護者と被保護者”として接し合っていることを意味していた。
「それで?
 いきなりこんなサービスを、しかも一夏が風呂に入って不在のスキを見計らって……何か話があるんだろう?」
「あぁ。
 箒の姉さん――篠ノ之束のことだ」
 鷲悟の言葉に、千冬の視線が鋭くなった。
「そういえば……昼間に会ったそうだな? 一夏から聞いている」
「その時、彼女はオレを指して『迷子』って言ってた。
 間違いなく――彼女はオレが別の世界の地球から迷い込んできたことを知ってる」
「だろうな」
「千冬さん……
 千冬さんの口から話がもれる、なんてことは考えづらいとして……学園のデータベースをハッキングされた可能性は?」
「ハッキング、それ自体はおそらく毎日のようにやられているはずだ。アイツには最新鋭のセキュリティも意味はないからな。
 ただ……そこからもれた可能性はないだろう。束が仕掛けてくるのはわかっていたからな、お前に関するあらゆるデータはネットワークにつなげていないスタンドアローンのサーバーに入れてある。閲覧するには直接出向く 以外にない」
「なるほど。これ以上ないハッキング対策だ。
 ……けど、そうなるとどうやって篠ノ之束はオレの素性を……?」
「正直、見当もつかない。
 お前が来た当時、事情を聞いた時の聴取記録は、確かに一時期通常の端末に保存されていたが……それを見てお前に興味を持ったにしては、接触してくるのが遅すぎる。一度興味を持ったものを何ヶ月も放っておくようなヤツじゃないからな」
「つまり、そっちからの線はナシ、か……」
 つぶやき、鷲悟はさらに思考をめぐらせる。
「アイツのことだ。明日にでも再びお前にコンタクトをとってるだろう。
 十分に気をつけておけ。アイツは基本、何をしでかすかわからん」
「千冬さんにそこまで言わせるか」
「実際に“そこまで”のヤツだからな」
「ま、でなきゃ“白騎士事件”なんて起きないよね」
 その言葉に、千冬の動きが止まった。
「……やはり、調べていたか」
「ISの歴史を学ぶ上で絶対に避けては通れない話でしょ。
 いろいろ調べたよ――その“裏側”も含めて、ね」
「なるほど。
 説明の手間が省ける」
「“当事者”の口からの武勇伝も、ぜひ聞いてみたいところだけどね」
 視線が、笑みが交錯する――息をつき、千冬は改めて口を開いた。
「いずれにせよ、アイツについては向こうのリアクション待ちだ。こちらからはどうすることもできん。
 だが……」
「わかってる」
 千冬に対し、鷲悟もまた真剣な面持ちで答えた。
「オレがこの世界に現れたことに、もし意味があるとしたら……その鍵はきっと、この変わりつつある世界の中心にある。
 つまり……」



「篠ノ之束の、手の中に」





 臨海学校・二日目。
 今日は文字通り朝から晩まで、ISの各種装備の試験運用とデータ取りに費やされる。
 特に専用機持ちの面々は本国から新型装備の試作品がどっさりと送られてくるためかなり大変なことになる――後付装備を持てない一夏には関係のない話だが。
「さて、それでは各班ごとに振り分けられたISの装備試験を行なうように。
 専用機持ちは専用パーツのテストだ。全員、迅速に行なえ」
 場所は四方をガケに囲まれたIS試験用のビーチだ。整列した一年生全員を前に、千冬がよく通る声で指示を出す。
 なお、鷲悟や一夏達専用機持ちは実習の内容が違うので別グループ。この時点でみんなとは別の列を組んでいるのだが……
「……んー……?」
「どうした? 柾木」
「あぁ、織斑先生」
 鷲悟は不思議そうに行動を開始した仲間達を見回している――そんな彼を見咎め、千冬が声をかけてきた。
「何を呆けている。
 ……束のことなら気にするな。アイツの行動など予測できるものか。それにアイツ、どうやら……
あぁ、そういうことじゃないですよ。
 専用機持ち、いつものメンツしかいないな、と……」
 千冬に答え、鷲悟はもう一度一夏達を見渡した。
「確か、一夏達とは別に四組にもひとりいるって聞いてますけど」
 鈴が転入してきた時――クラス対抗戦の話をしていた時にそんな話があったように思うが、とにかくその“四組の専用機持ち”がいないのだ。
「あぁ、そのことか。
 彼女は専用機が完成していなくてな……そのからみで今回、この臨海学校にも参加していない。
 学園に残り、専用機の開発を続けている」
「いや、機体が未完成だからって来ないとか、なんつーもったいないマネを……
 つか、そもそも機体が完成してないのに専用機“持ち”って……って、『開発してる』!? その子が、自分で!?」
「この試験実習に備えて追加装備の設計データを山ほど用意してきたヤツが何を言っている。
 超大火力殲滅せんめつパックとか、内容を見た山田先生が本気で引いていたぞ。島ひとつ消し飛ばすつもりか?」
「いや、アレは所詮実戦での使い道皆無のネタ装備だし」
 大容量エネルギーパックを20基も付けて、カラミティシステムを10分間フル稼働させてのオーバーチャージバーストなんて実戦の場で使えるワケがない。チャージが終わる前に自分か僚機がボコボコにされるかさっさとトンズラかまされるかのどちらかだ。
「……って、そうじゃなくて。
 パーツは発注すればいいとしても、組み上げとか調整とかOSのプログラミングとか、全部その子が自分でやるってことでしょ? その都度構築する手前、設計データを仕込むだけですむオレとは条件が違うでしょうに……ひとりで何やってんの、その子……」
 ため息をつく鷲悟に対し笑みを浮かべると、千冬はそこでふと思い出したかのように打鉄の装備を運んでいた箒に声をかけた
「あぁ、篠ノ之、お前はちょっとこっちに来い」
「はい」
「今朝、束から連絡があった」
『――――――っ』
 その言葉に箒の、そして束を警戒している鷲悟の顔色が変わる。
「お前、アイツに専用――」
「ちーちゃ〜〜〜〜〜〜んっ!」
 千冬の言葉をさえぎった声はビーチの外れの方から。見れば、こちらに向けて何か――いや、“誰か”が砂煙を上げながら走ってくる。
 ――いや、『誰か』という表現も的確ではない。
「…………束」
 なぜなら、その“誰か”の正体はすぐにわかったから――ため息をつくと、千冬は鷲悟に声をかけた。
「柾木」
「はい?」
「踏みつぶせ」
「はい――って、えぇっ!?」
「私がやっても反省しない。
 遠慮はいらん。どうせ防ぐ」
「そういう問題じゃないと思うんだけどなー……」
 千冬の言葉に「ホントにいいのかなー?」などと考えながらも、鷲悟は結局従った。重天戟を作り出すと束に向けてかまえ、
「重力――10倍ぃいっ!?」
 その声は途中から驚愕の叫びに取って代わられた。発生させた超重力に捕まるよりも速く、束は大きく跳んでその影響から逃れたのだ。
「やあやあ、会いたかったよ、ちーちゃん! さぁ、ハグハグしよう! 愛を確かめ――ぶへっ」
 そのまま飛びかかってきた束の顔面を千冬が片手でつかむ。さらにミシミシと音を立てて指がめり込んでいく。実に容赦のないアイアンクローであった。
「うるさいぞ、束」
「ぐぬぬ……相変わらず見事なゴッドフィンガーだね! ちーちゃんのその手が真っ赤に萌える! 私のハートをつかめと轟き叫ぶぅっ!」
 そしてそのアイアンクローから難なく抜け出す束も只者ではない。あっさりと千冬の拘束を解くと今度は箒の方を向く。
「やぁっ!」
「……どうも」
「えへへ、久しぶりだね。こうして会うのは何年ぶりかなぁ。
 おっきくなったね、箒ちゃん――特におっぱいが」
 がんっ!と音が響いた。
「殴りますよ」
「な、殴ってから言ったぁ……し、しかも日本刀の鞘で叩いた! ひどい! 箒ちゃんひどい! ドメスティックバイオレンス!」
 頭を押さえながら涙目で訴える束に、千冬はため息まじりに声をかけた。
「おい、束。自己紹介しろ。うちの生徒達が困っている」
「えー? めんどくいなぁ。
 私が天才の束さんだよ。はろー、終わり」
 あっさりと言って一般生徒一同に背を向ける。それでも、彼女がISの生みの親、篠ノ之束だということはわかったらしい。すぐにざわめきがビーチ全体に広がっていく。
「はぁ……もう少しまともにできんのか、お前は。
 そら一年生、手が止まっているぞ。コイツのことは無視してテストを続けろ」
「『コイツ』とはひどいなぁ。『らぶりぃ束さん』と呼んでもいいよ?」
「うるさい、黙れ」
 そんな二人のやり取りの中、ややためらいがちに口をはさんできたのは箒だ。
「それで、頼んでおいたものは……?」
(『頼んでおいた』……?)
 鷲悟が眉をひそめる一方で、束の目がキラリと光った。
「うっふっふっ、それはすでに準備済みだよ!
 さぁ、大空をご覧あr――」
 言い終わる前に轟音が響く。見れば、砂浜のちょうど誰もいなかったところに、身の丈よりも少し大きいサイズのコンテナが着陸――いや、“落下”したところだった。
 言われて大空を見上げる間もなく登場した“それ”を前に、一同の間を沈黙が支配し――
「………………タイミング、間違えちゃった♪」
「ぅおぉいっ!? あぶねぇな、おいっ!?」
「だぁーいじょーぶっ! ちゃんと人のいないところを選んで着陸するようにしてあったから♪」
 鷲悟の言葉に束が突き放すことなく答えるのを見て、彼女の性格をよく知る箒が驚いて目を見開く――その一方で、落下してきたコンテナは正面の壁をバタンと倒してその中身を一同の前に現した。
「じゃじゃーん! これぞ箒ちゃん専用機こと“紅椿あかつばき”! 全スペックが現行ISを上回る束さんお手製ISだよ!」
 束の言葉に従うように、その名の通り真紅の装甲に覆われたそのISは、ケース内のアームによって外に出てくる。
「さぁ、箒ちゃん、今からフィッティングとパーソナライズを始めようか! 私が補佐するから、すぐに終わるよん♪」
「……それでは、頼みます」
「堅いよ〜。実の姉妹なんだし、こう、もっとキャッチーな呼び方で……」
「早く、始めましょう」
「ん〜、まぁ、そうだね。じゃあ始めようか」
 ぴっ、とリモコンのボタンを束が押すと、紅椿の装甲が開き、操縦者の受け入れ待ちの姿勢へとシフトする。しかも、自らヒザをつき、乗り込みやすい体勢をとってくれるというオマケ付き。搭乗者がマニュアルでこの姿勢に持っていかなければならなかった打鉄とはえらい違いである。
「箒ちゃんのデータはある程度先行して入れてあるから、後は最新データに更新するだけだね。さて、ぴ、ぽ、ぱ♪」
 コンソールを開いて指をすべらせる束――さらに周囲にウィンドウを多重展開、そこに表示される膨大なデータに目を通し、修正が必要なところを洗い出し、微調整を施していく。
「近接戦闘を基礎に万能型に調整してあるから、すぐに馴染むと思うよ。あとは自動支援装備もつけておいたからね! お姉ちゃんが!」
「それはどうも」
「ん〜、ふ、ふ、ふふ〜♪ 箒ちゃん、また剣の腕前が上がったねぇ。
 筋肉のつき方を見ればわかるよ。やあやあ、お姉ちゃんは鼻が高いなぁ」
「………………」
「えへへ、無視されちゃった。
 ――はい、フィッティング終了〜。超速いね。さすが私」
 そうこうしている間にフィッティングが終わり、パーソナライズに移る――その間、束の手は一度も止まっていない。
「あの専用機って、篠ノ之さんがもらえるの……? 身内ってだけで」
「だよねぇ。なんかズルイよねぇ」
 ふと、ギャラリーの中からそんな声が上がる――と、すかさずそれに反応した人間がいた。
「おやおや、歴史の勉強をしたことがないのかな?
 有史以来、世界が平等であったことなど一度もないよ」
「使えるコネ使って何が悪いんだよ?
 立場の不公平を嘆くヒマがあったら、それをひっくり返せるだけのコネ自分で作れよ――通ってる学校が学校だぞ。IS関連企業とのパイプくらい、実力つければ好きなだけ作れるだろうが。
 まだ実力がないならさっさとつけろ。もう実力があるならパイプを作れ。何もしないで文句ばっかり垂れてんじゃないよ」
 たて続けにカウンターをもらい、先の声を上げた女子達は気まずそうに退散していく――と、そこでようやくカウンターをかました二人、すなわち束と鷲悟はお互いの行動に気づいた。
「ふむふむ、なかなか言うじゃないのさ、キミ」
「どーも。
 単に、何も自分で行動しないで文句だけ言うようなヤツらが嫌いなだけですから」
「と、いうワケで、キミの使ってる“装重甲メタル・ブレスト”を見せてもらってもいいかな? 束さんは興味津々なのだよ」



「断る」



 ……ざわっ……

 迷うことなく放たれた鷲悟の言葉に、場がざわつく――何しろ、“あの鷲悟が寄ってきた相手を突き放したのだから”
 束が人を拒むというなら鷲悟はその真逆をいく性格と言える――人とのつながりを何よりも重んじる鷲悟は、基本的にその接触を拒む事はしない。もちろん、相手が明確な敵意を示していれば話は別だが。
 しかし、今回束は取り立てて何かをしたというワケではない――にも関わらず、鷲悟は明確に彼女に対して拒絶の意を示した。それほどまでに、鷲悟は束のことを警戒していた。
「どうしても見たければ、デュノア社の方には個人的に開示してる。そこをあたることだ」
「そんなの“もう見たよ”
 けど、あんな“そこらの技術者の手に負えるシロモノじゃないと証明するためだけのデータ”じゃ、この束さんの知識欲を満たすにはぜんぜん足りないのだよ〜」
「知ったことじゃないな」
 束の言葉が本当なら、デュノア社本社は束によるハッキングを受けたことになる――渋い顔をするシャルロットをよそに、鷲悟はなおも束を拒絶する。
「オレのこの力は守るための、そのために戦うための力だ。あなたの知識欲を満たすためのものじゃない」
「んー、別にいいじゃないのさ。
 “キミが本来戦うべき相手はこの世界にはいないんだから”」
「――――――っ!?」
 だが――返ってきた束の言葉は、鷲悟をさらに驚愕させるものだった。
「アンタ……“どこまで”知ってやがる……!?」
「さぁ? どこまでだろうねー?
 ま、気が向いたらいつでも言ってよね。束さんはいつでも大歓迎だよ〜」
 そう言うと、束は紅椿の調整を続けていた手を止めた。ウィンドウを閉じ、キーボードを片づけると一夏へと向き直った。
「あとは自動処理に任せておけば、パーソナライズは終わるね。
 さて、次はいっくんだよ。白式見せて見せて〜♪」
「え、あ、はい」
 束に促され、一夏は白式を展開する。
「データ見せてね〜。うりゃっ」
 言うなり、白式の装甲にぶすりとコードを突き刺した。すぐにウィンドウが展開され、受け取ったデータが表示される。
「ん〜……不思議なフラグメントマップを構築しているね。
 何だろう? 見たことないパターン。いっくんが男の子だからかな?」
 フラグメントマップというのは、各ISがパーソナライズによって独自発展していったその過程を記録したものである。
「束さん、そのことなんだけど、どうして男のオレがIS使えるんですか?」
「ん? ん〜、どうしてだろうね。私にもさっぱりぱりだよ。
 ナノ単位まで分解すればわかる気がするけど、していい?」
「いいワケないでしょ……」
 断った理由は簡単。きっとその“分解”の対象には一夏自身も含まれているだろうから。
「にゃはは、そう言うと思ったよん。
 んー、まぁ、わかんないならわかんないでいいけどねー。そもそもISって自己進化するように作ったし、こういうこともあるよ。あっはっはっ」
「ってことは、“男でも使えるように進化したIS”が現れ始めたってことですか?
 だったら、これからもオレみたいなISを使える男が現れるって?」
「さぁ? 何しろいっくんしか事例がないからね〜。
 出てくるかもしれないしこれっきりかもしれないし。こればっかりは天才束さんにも責任持てないや。あっはっはっ」
「そもそも何をやるにしても責任持つ気ないだろうが、お前は」
「あっはっはっ、よくぞ見抜いた! さすがちーちゃん!」
 結論。何の解決にもならなかった。
「ちなみに、後付装備ができないのはなんでですか?」
「そりゃ、私がそう設定したからだよん」
「え……えぇっ!?
 白式って、束さんが作ったんですか?」
「ノンノン。欠陥機としてポイされてた子を動けるようにしただけだよー。ま、その時いろいろぶっ込んだけどね。
 でもそのおかげで、第一形態からいきなり“単一仕様能力ワンオフ・アビリティ”が使えるでしょ? 超便利。やったぜブイ。
 でもねー、なんかねー、形にできなかった、ってだけで、元々日本が開発してた時点から“最初からワンオフが使えるそういう機体”を目指して作ってたらしいよ〜?」
「馬鹿たれ。機密事項をべらべらバラすな」
 千冬の出席簿アタックが炸裂する――が、それでこりるような束ではない。
「むー、ちーちゃんの愛情表現は今も昔も過激だね。
 別にいいよね。“しゅーくんが異世界生まれだってことに比べれば”、こんなのちっとも機密の内に入らないでしょ?」
 またもや鷲悟にまつわる爆弾発言――鷲悟だけでなく、そのあたりの事情を知っている一夏達もぎょっとして周囲を見回すが、幸い今の束の言葉が周りの女子達に届いた様子はない。
「あー、ごほんごほん」
 とりあえず安堵の息をつく鷲悟をよそに、咳払いして声をかけてきたのは箒である。
「こっちはまだ終わらないのですか?」
「んー、もう終わるよー。
 はい3分経った〜。あ、今の時間でカップラーメンができたね、惜しい」
 どこが惜しいのかよくわからない束の言葉を合図にしたかのように、紅椿に取り付けられていたコード類が自動的に外れていく。
「んじゃ、試運転も兼ねて飛んでみてよ。箒ちゃんのイメージ通りに動くはずだよ」
「えぇ。それでは試してみます」
 箒がまぶたを閉じて意識を集中させると、次の瞬間、紅椿はすさまじい急加速と共に上空へと飛び立った。
 舞い上がる砂煙の中を見上げてみれば、瞬く間にかなりの高度にまで上昇した箒が滑空しているのが見えた。
「どうどう? “箒ちゃんが思った以上に動くでしょ”?」
《え、えぇ、まぁ……》
「――――――っ」
 端末でも持っているのか、開放回線オープン・チャンネルで声をかける束に箒が答える――その言葉に鷲悟がわずかに反応を見せたが、気づく者はいなかった。
「じゃあ刀使ってみよー。
 右のが“雨月あまづき”で左のが“空裂からわれ”ね。武器特性のデータ送るよん」
 言って、束が空中で指を踊らせ――今のでデータが転送されたのだろう。空中の箒が日本同時に刀を抜き放った。
「親切ていねいな束お姉ちゃんの解説付き〜♪
 雨月は対単体仕様の武装で打突に合わせて刃部分からエネルギー刃を放出、連続して敵をハチの巣に!する武器だよ〜。
 射程距離は、まぁアサルトライフルくらいだね。スナイパーライフルの間合いでは届かないけど、紅椿の機動性なら大丈夫」
 束の解説に、箒が試しに突きを放つ。と、周囲に赤色のレーザー光球が月の回数分だけ現れ、直後それらは光の弾丸となって近くを漂っていた雲を穴だらけにした。
「次は空裂ねー。
 こっちは対集団仕様の武器だよん。斬撃に合わせて帯状の攻性エネルギーをぶつけるんだよー。振った範囲に自動で展開されるから超便利。
 そいじゃ、コレ撃ち落としてみてね。ほい〜っと」
 言うなり、束はいきなり16連装ミサイルポッドを呼び出し、量子化状態から復帰したそれは構築が完了すると同時にミサイルをばらまいた。
「箒!」
「――やれる! この紅椿なら!」
 声を上げる一夏に答え、箒は空裂を一閃。赤い光が帯状に広がり、すべてのミサイルを一撃の元に撃墜した。
 圧倒的なスペックを見せつける紅椿に、一夏達は一様に圧倒され、言葉を失っている――ただ二人の例外を除いて。
「………………」
「鷲悟さん……どちらへ?」
「興味が失せた」
 その内のひとりは鷲悟だ。我に返り、声をかけてくるセシリアに答え、自分の作業に戻るべくきびすを返す。
 そしてもうひとりは――
(千冬姉……?)
 そう、千冬だ。気づいた一夏の視線の先で、紅椿の性能に圧倒される一同を満足げに眺めている束をにらみつけている。
(なんであんな顔してるんだ?
 あれじゃまるで敵でも見ているような……)
 どうかしたのかと一夏が口を開きかけた、その時――
「たっ、た、大変です! お、おお、織斑先生!」
 真耶のあわてた声が、場の空気を動かした。
「どうした?」
「こ、こっ、これをっ!」
 真耶から手渡された小型端末、その画面に表示された内容を見た千冬の顔色が変わった。
「『特務任務レベルA、現時刻より対策を始められたし』――」
「そ、それが、その、ハワイ沖で試験稼動をしていた――」
「しっ、機密事項を口にするな。生徒達に聞こえる」
「すっ、すみません……」
 何やら小さな声でやり取りをしている千冬と真耶の姿に、一夏は思わず首をかしげるが、
「………………?
 鷲悟……?」
 ふと、鷲悟が渋い顔で千冬達を見ているのに気づいた。
 ひとりその場を離れようとしていたところだったため、鷲悟のいる位置は一夏達以上に千冬達から遠い。しかし、その表情は真剣そのもので――
(まさか……聞こえてるのか?)
 一夏が鷲悟に声をかけようとした、ちょうどその時、千冬達のやり取りも終わったようだ。
「そ、それでは、私は他の先生達にも連絡してきますのでっ」
「了解した。
 ――全員、注目っ!」
 真耶の去った後、千冬はパンパンと手を叩いて生徒全員の注目を集める。
「現時刻よりIS学園教員は特殊任務行動へと移る。
 今日のテスト稼動は中止。各班、ISを片づけて旅館に戻れ。連絡があるまで各自室内で待機すること。以上だ!」
「え……?」
「ち、中止……? なんで? 特殊任務行動って……」
「状況がぜんぜんわからないんだけど……」
 いきなりの事態に、女子達の間に動揺が広がるが、それを千冬が再び一喝する。
「とっとと戻れ! 以後、許可なく室外に出たものは我々で身柄を拘束する! いいな!」
『はっ、はいっ!』
 千冬の言葉に、動揺を吹き飛ばされた女子達はあわてて片づけに取りかかる。
「専用機持ちは全員集合しろ!
 織斑、柾木、オルコット、デュノア、ボーデヴィッヒ、凰!
 ――それと、篠ノ之も来い」
「はい!」
 千冬の言葉に、降下してきた箒が答える――気合とはどこか違う感情を含んだその返事に、鷲悟は人知れずため息をつくのだった。



「では、現状を説明する」
 食事の際使われていた大広間に集合、正面に大きく展開されたウィンドウを注視する鷲悟達や教師陣を前に、千冬がそう口を開いた。
「2時間ほど前、ハワイ沖で試験稼動にあったアメリカ・イスラエル共同開発の第三世代型軍用IS“銀の福音シルバリオ・ゴスペル”が制御下を離れて暴走。監視空域より離脱したとの連絡があった。
 その後、衛星による追跡の結果、福音はここから2km先の空域を通過することがわかった。時間にして50分後だ。
 学園上層部から通達により、我々がこの事態に対処することになった」
 淡々と告げる千冬の言葉に、鷲悟は人知れず眉をひそめた。
「教師は学園の訓練機を使用して空域及び海域の封鎖を行なう。よって、本作戦の要は専用機持ちに担当してもらう」
 つまり、暴走した軍用IS、しかも試験稼動とはいえ運用の段階までこぎつけた最新鋭のISを止めろ、ということだ――なるほど、ベテランとはいえ第二世代型、しかも訓練機しか使えない教師達よりも、まだヒヨッコとはいえ第三世代型のISを使える専用機持ちの方が成功率も、万一失敗した時の生存率も高いということか。
「それでは作戦会議を始める。
 意見がある者は挙し――」
「はい」
 千冬が言い終わるよりも早く、鷲悟が手を上げた。
「アメリカ、イスラエル両軍の動きはどうなってますか?
 ……まぁ、最高機密であるはずの最新鋭機への対応を、暴走を招いたっていう恥をさらしてまでこっちに頼んでくるくらいだから、だいたいの想像はつきますけど」
「その“想像”の通りだ。
 試験海域を封鎖していた両軍の部隊は、福音を止めようとして返り討ち。“随伴のIS部隊も含めて”壊滅させられた」
「それだけの戦闘能力を持ってる、ってことか……
 特徴は? 武器は? 詳しいスペックデータ、あるんですよね?」
「あぁ。
 ただし、これは二ヶ国の最重要軍事機密だ。決して口外はするな。
 情報が漏洩ろうえいした場合、諸君には査問委員会による裁判と最低でも2年の監視がつけられることになる」
「上等ですよ」
 不敵な笑みを浮かべる鷲悟に「むしろケンカを売ってどうする」とため息をつき――それでも、千冬は一同の前にデータを表示した。
「広域殲滅せんめつを目的とした特殊射撃型……わたくしのISと同じく、オールレンジ攻撃を行なえるようですわね」
「攻撃と機動の両方を特化した機体ね。『当たらなければどうということはない!』ってヤツかしら。厄介だわ。
 しかも、スペック上ではあたしの甲龍を上回ってるから、向こうの方が有利……」
「この特殊武装が曲者って感じはするよね。
 ちょうど本国からリヴァイヴ用の防御パッケージが来てるけど、連続しての防御は難しい気がするよ」
「しかも、このデータでは格闘性能が未知数だ。持っているスキルもわからん――偵察は行なえないのですか?」
「ムリだな。
 この機体は現在も超音速飛行を続けている。最高速度は2450kmを超えるとある。アプローチは一度が限界だろう」
 セシリア、鈴、シャルロットとコメントが続き、ラウラの問いに千冬が答えると、
「記録は、残ってないんですか?」
 不意に、一夏が口を開いた。
「いや、だって福音って試験機でしょう? テストの記録、当然取ってますよね?
 それに、テスト中に暴走したっていうなら、当然暴走した後の暴れっぷりだって……」
「……なるほど。いい着眼点だ。
 だが、残念ながら記録は送られてきていない――何しろ試験をしていた部隊が丸ごと壊滅させられたんだ。彼らの回収がすまない限り、記録をよこすことはできないとのことだ」
「ということは……稼動ログもですか?」
「そういうことだ。
 一応、OSのプログラムソースはもらっているが……」
「あ、そっちはオレがほしいです」
 言って、鷲悟が手を挙げる――千冬から受け取ったプログラムソースに目を通し、
「……ちゃんと見ないと断言はできないけど、少なくともプログラム中に暴走の因子になりそうなものは見当たらないな……
 だとしたら暴走の原因は外的要因か……? ソフトウェア方面が原因だとするなら、オレが行けばなんとかなるんだけど、確証がないんじゃな……」
 言って、鷲悟は面倒くさそうに頭をかく。
「あーっ、くそっ、やっぱり情報が少ないのが一番痛いな……
 アプローチも一回が限度ってことを考えると、反撃を受けて取り逃がすと取り返しがつかない……やっぱりやられる前にやる、一撃必殺が基本になるか」
「それだけの攻撃力を持つ機体は、鷲悟さんのG・ジェノサイダーと一夏さんの白式に絞られますわね」
「で、確実に当てなきゃならない、ってことを考えると……」
 鷲悟とセシリア、鈴がつぶやき――全員の視線が一夏に向いた。
「え? オレ?」
「そうよ。
 一夏、アンタの“零落白夜”で墜とすのよ」
「それしかありませんわね。
 ただ、問題は……」
「どうやって一夏をそこまで運ぶか、だね。
 エネルギーは全部攻撃に回さないと難しいだろうから、移動をどうするか……」
「しかも、目標に追いつける速度が求められる。超高感度ハイパーセンサーも必要だろう」
 セシリア、シャルロット、ラウラが話し合っていると、千冬が確認するように口を開いた。
「現在、専用機の中で最高速度が出せる機体はどれだ?」
「それなら、わたくしのブルー・ティアーズが。ちょうどイギリスから強襲用高機動パッケージ“ストライク・ガンナー”が送られてきていますし、超高感度ハイパーセンサーもついてます」
「ふむ……オルコット、超音速下での戦闘訓練時間は?」
「20時間です」
「それならば適任――」

「待った待ーった。その作戦はちょっと待ったなんだよ〜!」

 千冬の言葉をさえぎる底抜けに明るい声は天井から――見上げると、ちょうど真上の天井から束がこちらをのぞき込んできていた。
「とう♪」
 見事な身のこなしで、束は天井から一同の輪の中心に着地し――

 ひょいっ。ぽいっ。ぴしゃりっ。

 鷲悟がそのえり首を捕まえた。そのまま束を廊下に放り出し、ふすまを閉めてシャットアウト。
「これでよかったんですよね?」
「よくやった」
 千冬が鷲悟に答えて――
「はぁ〜っ、せいやぁ〜っ!」
 すぐ脇のふすまを“突き破り”、束は再び室内に乱入してきた。
「ちーちゃん、ちーちゃん。もっといい作戦が私の頭の中にナウ・プリンティング!」
「……コレ、ちゃんと直して帰れよ」
 無残に突き破られたふすまを指さして鷲悟がツッコむが、きっと直さず帰るんだろうと全員が確信していた。
「聞いて聞いて! ここは断・然! 紅椿の出番なんだよ!」
「何?」
「紅椿のスペックデータ見てみて! パッケージなんかなくても超高速機動ができるんだよ!」
 言って、束は千冬の周りにウィンドウを展開してアピールを始める。
「紅椿の“展開装甲”を調整して、ほいほいほいっと。ほら! これでスピードはバッチリ!」
「展開……装甲……?」
 そんな一夏のつぶやきが聞こえたのか、束は一同の前に立って説明を始めた。しかもメインウィンドウまで乗っ取ったらしく、画面いっぱいに紅椿のデータが表示される。
「説明しましょ〜そうしましょ〜。展開装甲というのはだね、この天才束さんが作った“第四”世代型ISの装備なんだよー」
『だ、第四世代!?』
「はーい、ここで心優しい束さんの解説開始〜。いっくんとしゅーくんのためにね。へへん、うれしいかい?
 まず、第一世代というのは“ISの完成”を目標とした機体だね。
 次が“後付装備による多様化”――これが第二世代。
 そして第三世代が“操縦者のイメージインターフェイスを利用した特殊兵器の実装”。空間圧作用兵器にBT兵器、後はAICとかいろいろだね。
 で、第四世代というのが、“パッケージ換装を必要としない万能機”という、“現在絶賛机上の空論中のもの”
 はい。二人とも理解できましたか? 先生は優秀な子が大好きです」
 サラリと言ってのける束だが、その内容はまさに『異常』の一言に尽きる。
 何しろ、世界的には各国がようやく第三世代型の試験機を形にできた段階なのだ。ようやく第三世代型ISの開発が本格化しそうなこの時期に、いきなりその間をすっ飛ばして第四世代型ISが飛び出してきたのだから。
「具体的には白式の雪片弐型に使用されてまーす。試しに私が突っ込んだ〜」
『えぇっ!?』
 しかし、束はかまわずさらなる爆弾を投下してきた。これには当の一夏だけでなく、鷲悟も含めた専用機持ち全員が驚きの声を上げる。
 武装にだけとはいえ、白式には“第四世代型ISの装備である”展開装甲が使用されているという――それはすなわち、白式が第四世代型に分類されることを意味していた。
「それで、うまくいったのでなんとなんと、紅椿は全身のアーマーを展開装甲にしてありまーす。
 システム最大稼動時にはスペックデータはさらに倍プッシュだ♪」
「ちょっ、ちょっと待ってください。
 え? 全身? 全身が、雪片弐型と同じ? それって……」
「うん、ムチャクチャ強いね。
 一言で言うと『最強』だね」
 一夏に答える束だが――その視線は一夏の方を向いてはいなかった。
「ちなみに、紅椿の展開装甲はより発展したタイプだから、攻撃、防御、機動と用途に応じて切り替えが可能。
 これぞ第四世代型の目標である即時万能対応機リアルタイム・マルチロール・アクトレスってヤツだね。私が早くも作っちゃったよ。ぶいぶい」
 そう告げる束の視線は、ずっと鷲悟に向いていて――そんな束の視線に、鷲悟もまた気づいていた。
 そして――理解する。
 彼女が箒に紅椿を与えた“束にとっての理由”を。
 紅椿は束が箒のために作り上げたISだ――もちろん、負ける機体を与えても意味がない。箒が負けることのないよう、最高性能の機体に仕上げるのは当然だ。
 だが――それとは別に、束には最高の機体に仕上げる理由があった。
 “装重甲メタル・ブレスト”だ。
 思えば、束はこの臨海学校で出会ってからずっと、鷲悟に興味を持っていた――考えてみれば、元々ISという存在を生み出したのは彼女なのだ。そのISとまったく違う技術を使い、そして互角に渡り合う“装重甲メタル・ブレスト”に興味を抱かないはずがない。
 そして、興味を抱いたなら当然わいてくる疑問がある――すなわち、“どちらが上か”。
 すでに鷲悟はブルー・ティアーズ、白式、甲龍、シュヴァルツェア・レーゲン――場外乱闘を含めれば無人ISにVTシステム、これだけのISを撃破しているが、そのどれもが束の手がけた機体ではない。製作者不明の無人ISは限りなくクロに近いグレーかもしれないが、白式も束は使えるようにしただけでモノは日本のISメーカー製だ。
 だからこそ束は箒に与えるという形で紅椿を送り込んできた――箒に“専用機持ち”というステータスを贈ると同時、ISこそが、自分の作ったISこそが“装重甲メタル・ブレスト”よりも上だという、自分の技術者としてのプライドを満たすために。
 すなわち、紅椿は束にとって――
(オレを……“装重甲メタル・ブレスト”を倒すためのIS、ってことか……)
「――束、言ったはずだぞ。『やりすぎるな』と」
「そうだっけ?
 えへへ、ついつい熱中しちゃったんだよ〜」
 箒がどんな想いで紅椿を求め、手にしたのかはわからない。だが、束が『熱中しちゃった』理由に“装重甲メタル・ブレスト”の存在があるのは間違いないだろう。
 何しろ、束の言葉を聞いた千冬が「お前のせいか」とこちらをにらみつけてきたのだから――自分よりも篠ノ之束という存在をよく知る千冬がそう判断したのなら、おそらくそういうことなのだろう。
「それにしてもアレだね〜。
 “海”で“暴走”っていうと、10年前の“白騎士事件”を思い出すねー」
 そんな束は、周囲の動揺を一切気にも留めずに話し続ける――鷲悟に向けて。
「おっと失礼。知らないかもしれない人がいたね。束さん失敗失敗。
 しゅーくんしゅーくん、しゅーくんは知ってるのかな? “白騎士事件”」
「そりゃ知ってるさ。
 “今この世界に生きている人間”で、その事件を知らない人なんていないだろ」



 “白騎士事件”

 鷲悟の言う通り、今を生きる人間でこの名前を知らない人間はいないだろう。
 10年前、束が発表したISは当初その力を認められなかった。
 いや――『現行兵器のすべてを凌駕する』というそ触れ込みを、当時軍事に従事していたすべての人間が“認めるワケにはいかなかった”
 だが――それから一ヵ月後、“認めないワケにはいかなくなる”事件が起きた。
 日本を攻撃可能な各国のミサイル2341発、そのすべてが一斉にハッキングされ、制御不能に陥り――発射された。
 誰もが混乱と絶望の真っ只中にさらされ――そこに現れたのが、白銀のISをまとったひとりの女性だった。
 顔はバイザー型の初期型ハイパーセンサーに隠れてわからなかったが――だからこそ、その後のあまりにもヒーローマンガのような展開が人々の脳裏に焼きつけられることになった。
 中世の騎士を思わせるいでたちをしたその英雄は、ミサイルを――

 ぶった斬った。

 迫るミサイルの約半数、1221発を、その手にした剣で。さらに距離的に遠い残りのミサイルは、当時まだどこも実用化させていなかった大型荷電粒子砲を“召喚”して撃ち落とした。
 日本を10回壊滅させてもお釣りが来るほどのミサイル群――それをいともたやすく薙ぎ払った新たな驚異にして脅威の存在に対し、世界各国はその正体を見極めるべく、条約を無視してまですぐさま部隊を派遣した。
 その任務は各国共通――“目標の分析、可能であれば捕獲。ムリならば――撃滅”。
 だが――その結果は散々なものであった。
 要するに、まったく歯が立たなかったのである。
 まず、機動性が違う。急旋回のできない戦闘機に対し、ISは振り向くことでその場での180度ターンすらも可能にする。保護システムによって操縦者がブラックアウトしたり、呼吸困難に陥ったりすることもない。
 運良く攻撃を当てられても、シールドバリアによって守られたISには傷ひとつつけられない。
 操縦者の戦闘思考の差も歴然であった。レーダーや各種センサーの値を目で見てから判断する従来兵器に対し、ISのハイパーセンサーは五感とダイレクトにリンクする。元々人間の脳は処理速度“だけ”なら現在でもコンピュータの上をいく。そこにハイパーセンサーのダイレクトリンクと処理容量のサポートが加わっては、勝ち目などあるはずもない。
 圧倒的な物量差をひっくり返し、しかも誰ひとり殺すことなく戦う白騎士――そして、終わりは突然訪れた。
 まるで出現した時の映像を逆再生するかのように、その姿がかき消えたのだ。
 レーダーで追尾できないどころか、目視すら不可能とする“完璧なステルス能力”。
 その圧倒的な戦力差に、世界が敗北した瞬間であった。



 それが、ミサイル2341発、戦闘機207機、巡洋艦7隻、空母5隻、監視衛星8基――死者0名という被害を出した“白騎士事件”の顛末である。
 白騎士の正体は結局謎のまま。それ以上にISの力を見せつけられた世界は、以後急速にその存在を受け入れていくことになる。



 なお、この被害の数値を知った某ブレイカーの感想は

『ずいぶんと手を抜いたね、千冬さんも』

 であったという。



「その“白騎士事件”があったからこそ、私のらぶりぃISはあっという間に世界に広まっていったんだよね。
 女性優遇は、まぁ、どうでもいいんだけどね、私は……でもスキあらば誘拐・暗殺っていう状況はなかなかにスリリングだったよ。ウフフ♪」
 笑顔で言う束だが、その内容は笑い事ではない――『誘拐・暗殺』のくだりまでもがまぎれもない事実なのだからなおさらだ。
「話を戻すぞ。
 ……束、紅椿の調整にはどれくらいの時間がかかる?」
「7分もあれば余裕だね」
「よし、では本作戦は織斑、篠ノ之の両名による目標の追跡及び撃墜を基本方針とする。
 作戦開始は30分後。各員、ただちに準備にかかれ」
 千冬の言葉でようやく室内の空気が動き出した。箒と束は紅椿の調整を始め、一夏もセシリア達から超音速下での戦闘のレクチャーを受け始める。
 そして鷲悟は――
「柾木、どうだ?」
「んー……ここと、ここ……あと、ここの島と島の間も押さえといた方がいいかな?」
 千冬から、教師陣による海域封鎖についてのアドバイスを求められていた。手渡された携帯端末に表示された地図に、教師達を配置すべきポイントを示していくが――
「……封鎖するエリア、もっと絞れませんか?
 ぶっちゃけ、封鎖に回せる人数じゃカバーできませんよ、コレ――絶対に穴開きますって」
「予想進路の誤差を考慮するとそれが限界だ。できる限りのことをするしかない」
「はいはい、わかりましたよ」
 千冬の言葉にため息をつく――そんな鷲悟に、千冬は尋ねた。
「……不服か? 自分が作戦に参加できないのが」
「不服というより不安です」
 鷲悟はあっさりとそう答えた。
「一夏にとって、命のやり取りの伴う実戦はこれが初めてだ。
 そんな戦いに、戦闘の先輩としてついていってやれないのは、やっぱり……」
 言って、もう一度ため息をつくと、鷲悟は箒へ――いや、箒が身にまとい、束によって調整を受けている紅椿へと視線を向けた。



 果たして、ここにいる者の何人が気づいているのだろう。
 箒が紅椿を手にした、“その事実が意味するものを”



 忘れてはいけない。紅椿は篠ノ之束が作ったISだということを。
 そして彼女が“世界で唯一ISコアを作り出せる人物である”という事実を。

 束は現在どの国家にも、どの企業にも、どの組織にも属していない――すなわち、公式に登録されているどのコアに対しても使用する権限を持たない。
 もっとも、一声かければどこも喜んで貸してくれそうなものだが、そんなことをする必要はない。作ってしまえばいいのだから。

 そう――間違いなく、紅椿には未登録の、有人IS用としては468番目のコアが使用されている。
 そしてそれは、紅椿が、ひいてはそれを身にまとう箒が、どの国家、企業、組織にも属さないIS操縦者になったことを示していた。



 “どこにも帰属していないISとその操縦者”、“世界で初めて形になった第四世代型技術”、“篠ノ之束が自ら手がけた世界最高のスペック”に“篠ノ之束の妹であるという“人質的”価値”――箒を手にすることで得られるメリットは計り知れない。
 極端な話――強硬手段に出てでも手に入れたい。そこまでの価値が箒には生まれた。“国家ですらそう考えかねないほどの”価値が。



 浜辺でのやり取りから考えると、箒は紅椿のことをあらかじめ知っていた――いや、むしろ箒の方から紅椿を求めたと見るべきだ。
 箒が自らの専用機を求め、そこに束の『“装重甲メタル・ブレスト”を超えるISを作りたい』という技術者的欲求が重なり、紅椿の誕生につながった――そんなところだろう。



 だが――彼女は気づいているのだろうか。
 安易に力を求めたことで、自分が戦争すら引き起こしかねない危険な爆弾へと成り果ててしまったことに。

 束は気づいているのだろうか。
 安易に力を与え、示そうとしたことで、自分の妹を世界から狙われる存在に変えてしまったことに。



 間違いなく――この二人はわかっていない。自分達がしたことの持つ意味を。



(この二人……危険すぎる……)
 二人とも、“力を持つ”という事実が持つ意味をわかっていない――そんな二人の関わる今回の事件、ただですむとは思えない。
(間違いなく……荒れるぞ、この一件……)
 絶対に近い確信を抱き、鷲悟はひとりため息をつくのだった。





いろいろと
  不安渦巻く
    作戦開始


次回予告

鷲悟 「おぅ、鷲悟だ。
 暴走する軍用ISに立ち向かう一夏達。
 大丈夫だとは思いたいけど、正直言って心配だ」
「フンッ、お前などに心配される覚えはない。
 私と一夏の二人で、すべて終わらせてやる!」
一夏 「待て、箒!
 これって……まさか!?」
鷲悟 「次回、IB〈インフィニット・ブレイカー〉!
   『暴走ISを追え! 超音速の死闘』
   
一夏 「箒……お前、何やってるんだ!?」

 

(初版:2011/07/14)
(第2版:2011/07/16)
(加筆)