「…………ん……」
「あ、気がついた!」
 ゆっくりと意識が浮上してくる中、聞こえてきたのは友人の声――意識を取り戻した鈴の視界に最初に飛び込んできたのは、心から安堵の表情を浮かべたシャルロットだった。
「わ、わたくし、織斑先生に知らせてまいりますわ!」
 すぐそばにいたセシリアがあわてて部屋を飛び出していく――そこでようやく、鈴は自分が花月荘の一室に寝かされていることを理解した。
(あぁ、そうか……)
 同時に、なぜ自分がこんなところに寝かされているのかも。
(あたし、福音と夜明に撃墜されて……)
「――――って!?」
 気を失う前に起きたことを思い出し、鈴は思わず身を起こした。
「り、鈴! まだ寝てないとダメだよ!」
「そんなことより!」
 あわてて自分を寝かそうとするシャルロットの手を押しのけ、鈴は彼女に尋ねた。
「あれからどうなったの!? 鷲悟は!?」
 だが、その質問にシャルロットは驚いたように目を見開いた。
「鈴にも……わからないの……?」
「え…………?」
「我々も、お前にそのことを聞きたかったのだ」
 呆然とする鈴に答えたのはラウラだった。
「お前達が撃墜された後、福音と夜明はお互いをターゲットとして戦闘を再開。今もまだ戦いは続いている。
 そのスキをついて、駆けつけた教師達が海上を漂っていたお前を救助したのだが……鷲悟は、見つからなかった」
「そんな……探さなかったの!?」
「“探せなかった”んだよ。
 福音と夜明の戦いがそのくらい激しくて……実は、鈴を回収するだけでも先生達が三人も巻き込まれて撃墜されてる。
 そんな状態で、鷲悟の捜索を続けることはできなかった……」
「……そんな……」
 ラウラとシャルロットの言葉に、鈴は呆然とつぶやいて――

「目が覚めたようだな、馬鹿者が」

 言って――セシリアを連れた千冬が姿を現した。

 

 


 

第18話

遺された者の意地
やられたままじゃ終われない!

 


 

 

「…………以上です」
「そうか」
 あの戦場で自分の見たものを一通り話し終え、しめくくる鈴の言葉に、千冬は静かにうなずいた。
「あの……」
「何だ?」
「一夏は、大丈夫なんですか?
 それに、箒は……」
「安心しろ。二人とも命に別状はない。
 ただ……二人とも意識は戻っていない。織斑は白式が致命領域対応に入ったままだし、篠ノ之も消耗が激しくて眠ったままだ」
 尋ねる鈴に答えると、千冬は息をつき、
「それで……“柾木がどうなったかは、本当にわからない”んだな?」
「はい。
 最後の一撃の後、状況を確かめる間もなくあたしも撃墜されてしまったので……」
 ウソだ。自分は鷲悟が“どう”なったか知っている――だからこそ、頭に血が上って福音と夜明に撃墜されてしまったのだから。
 だが――それを口にすることはできなかった。
 言葉にしてしまったら、口にしてしまったら、認めてしまうことになると思ったから。
 鷲悟が――
「…………わかった。
 柾木はこのままMIAとして捜索を続行。お前と柾木の無断出撃については追って沙汰する」
 言って、千冬はセシリア達を連れて出ていき――部屋には鈴ひとりが残された。
「…………く……っ!」
 その胸の内を占めるのは抑えきれないほどの後悔――唇をかみ、鈴は両手を握りしめた。
「……何やってるのよ、あたしは……!
 鷲悟があたしを守ってくれたように……あたしも、鷲悟を守ってあげなくちゃならなかったのに……!」
 何のために自分はあそこに残ったのか。傷ついた鷲悟に代わって殿しんがりを務めるためではなかったのか。
 それなのに、戻ってきてしまった鷲悟をむざむざと……お粗末にもほどがある。
「結局……またあたしが守られた……!」
 鷲悟が撃墜された流れを思い出す――福音に密漁船を狙われ、その攻撃から密漁船を守ったところを夜明に襲われて……
 自分があの鷲悟以上の対応ができたとは思えない。あの時鷲悟を下がらせていたら、自分が同じ目にあっていたはずだ。
 一夏を救い、自分を攻撃した箒をもかばい、自分に代わり密漁船を守り、撃墜された――最後の最後まで、鷲悟は自分達を守ってくれた。
 それに引きかえ自分はどうだ。鷲悟が撃墜されたことで頭に血が上り、鷲悟の救助も忘れて突っ込んで――
「あたしは……アイツみたいにはできなかった……」
 鷲悟の代わりを務めようと張り切ってみれば、結果はいつも通り彼に守られて――それどころか最悪の結末となってしまった。あの状況で自分にできることなど何もなかったとわかっていても――いや、“わかっているからこそ”、彼女は自分の無力に打ちひしがれていた。
「あたしは……アイツみたいにはなれない……!」



「オォォォォォッ!」
 止まらない。止まれない。感情に任せて刃を、“力”を叩き込む。
 本来の目標などどうでもよかった。ただ――あの男の存在すべてが疎ましかった。
 アイツがいる限り自分の望みは叶わない。アイツがいる限り、自分のほしいものはすべて持っていかれてしまう。
 故に、排除しなければならない。そう思い、自分の“力”のすべてを叩き込む。
 だが――

『お前に何かあったら……オレが、一夏に、顔向けできないんだよ……っ!』

 その排除しようとした相手に、自分は守られた。
 自らの身体を貫かれるという深手を負いながら、それでも自分を守ってくれた。

『一夏のいないところでは……お前は、戦えない』

 そして――気づかされた、自分の根源。
(私は……何のために、今まで……)
 もう、それを考えるのもおっくうで――篠ノ之箒は、闇の中で再び意識を手放した。



「先生達の特殊任務行動って何なんだろうね」
「織斑くん達も連れてかれちゃったしね」
 たとえ部屋での待機を命じられていても、生理現象というものは避けられない――断りを入れた上で手洗いを済ませ、部屋に戻るその途中、清香のつぶやきに癒子もため息まじりに同意する。
「ねぇ、本音。
 アンタ、生徒会の方から何か連絡もらってないの?」
「ん〜、聞いてみたんだけどね〜。『あなたに話すとすぐみんなに広まっちゃうから教えない』って〜」
「……信用されてないのね、アンタ」
 癒子に答える本音に清香が呆れていると、

「しかし、柾木がMIAとはな……」

『――――――え?』
 廊下の向こうから聞こえてきた声に、三人は思わず足を止めた。
「織斑も重傷、凰や篠ノ之も撃墜……」
「この任務、どうなるんでしょぅね……」
「さぁな。
 ただ……凰のことでまた中国政府がかみついてくるのは、必至だろうな」
「無人ISにボーデヴィッヒとの乱闘、そして今回……転入以来、本当にロクな目にあってませんね、彼女。
 昨日だっておぼれかけたそうですし」
 その会話の内容に、三人は顔を見合わせて声の主を追いかけて――
「……って、あれれ〜?」
 角を曲がった先には誰もいなかった。声の主を見失い、本音は首をかしげる。
「どこかの部屋に入っちゃったのかな?」
「っていうか、今の話……」
 癒子と清香がつぶやき――三人は再び顔を見合わせ、うなずいた。



 上下もわからぬ闇の中、箒の意識はゆらゆらと漂っていた。
(私のせいだ……)
 どれだけ時間が経ったのかわからない。しかし、時間はわからなくてもその事実だけはわかっていた。
(私がしっかりしていないから、こんなことに……)
 自分を守って背中から貫かれる鷲悟、自分の盾となって熱波にその身を焼かれる一夏の姿が浮かび、消える。
(私は、どうしていつも……)
 力を手にすると、どうしてもそれに流されてしまう。
 力を振るいたい衝動に振り回され、自分を制御できなくなる。
(何のために修行をして……)
 箒にとって、剣術は鍛えるものではなく、律するものだった。
 自分の力に対する枷、リミッター、抑止力――そう言い換えてもいいだろう。
 しかし――その自らにはめた枷の、なんと頼りないことか。
 自分の中の獣に対し、その枷はあまりにも弱い。ともするとすぐに弾け飛び、獣が暴れ出す。
(私はもう……ISには……)
 ひとつの決心をつけようとした、その時――

【逃げるのかい?】

 突然聞こえてきた声が、箒に問いかけた。

【そうやって自分のしたことから逃げて、自分の積み重ねてきたものも放り出して、自分の殻に閉じこもるのかい?】

(お前は……?)

【さぁ?
 逆に聞こうか。誰だと思う?】

 まるで挑発するような物言い――箒には覚えがあった。
(お前……柾木か……?)

【さて、どうだろうね?
 そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない】

(……バカにしているのか?)

【とんでもない。
 そのくらいあやふやだって言いたいのさ――心の中なんて、所詮はそんなものさ】

(心……だと……? 
 では、ここは私の心の中だというのか?)
 相手の姿は見えない――しかし、相手がうなずいたのが、なぜか箒には理解できた。

【そう。ここはキミの心の中だ】

(私の心は、こんな闇に閉ざされていたというのか……?)

【いや、違うね。
 ここが真っ暗闇なのは、単に現実リアルのキミが眠っている……すなわち、何も考えていないからさ。
 心っていうのは実に不確かなものだ。「あぁしよう」「こうしよう」「これはアレだ」「アレがほしい」……その都度その都度、意識したことしか確かな形にはなり得ない。
 たとえばキミの好きな織斑一夏だ。キミはいつも、どんな時でも片時も忘れずに彼のことを想っているのかい?】

(な、何をバカなことを……
 一夏のことを忘れたことなど、ただの一度も……)

【本当になかった?
 勉強をしている時、料理で包丁を握っている時、本を読んでいる時、友達とおしゃべりをしている時……あぁ、外を自転車で走っている時、なんかもだね。そんな時でも、キミは本当に織斑一夏のことを想っていたかい?】

(そ、それは……)
 声の指摘に口ごもる……が、すぐにそれが声の主の揚げ足取りだと気づいた。
(……って、待て!
 今のたとえ、むしろ集中していなければ危ないものまで含まれていただろう! そんな時にまで……)

【そう。
 その時、確かにキミは織斑一夏のことを考えてはいなかった】

(………………っ)
 我が意を得たり、といったふうに返してくる声の主に、箒は思わず唇をかむ。

【あぁ、別に責めているワケじゃないよ。
 ただ、一番わかる例を持ち出しただけだから――人っていうは、一度集中してしまうと片時も忘れたくないような想い人のことですから、一時的にとはいえ簡単に忘れ去ってしまう。っていう例をね。
 人の心なんて所詮そんなもの――どれだけ強く想っていても、その想いをずっと強く保ち続ける、なんてことはできない。“できるようにできてない”んだ】

(……何が言いたい?)

【遠回しが過ぎたね。じゃあお望み通りストレートに。
 いくら頭で「こうありたい」と思っていても、それだけじゃ実践の場ではそうそう思い出している余裕はないってことだ。
 だから……キミは力におぼれている自分を抑えられない。「抑えよう」という意識を、実践の場で維持できない】

(………………っ!
 ならば、どうすればいいと言うんだ!? 何も考えず、ただ獣のように力を振るえとでも言うのか!?)



【まさにその通りですが何か?】



 あっさりと……ごくあっさりと、声の主はそう答えた。
(……何……だと……!?)

【『獣のように』って言うけどさ……実際に獣を見てみなよ。彼らは自分の力の使い道を誤るかい?
 こういう言い方は彼らに失礼かもしれないけど……動物、ってのは人間に比べ知能においてはるかに劣る。そりゃ、彼らだってものを考えるだろうけど、人間ほど高度なものの考え方はしないと言われている。
 けど……それでも彼らは自分の力の使い方を誤らない。ただ生きるために、その力を使うだけだ】

(………………)

【こと“力を行使する”という点において、彼らは人間以上の手本と言える。
 わかるかい? 人間だけが誤るんだ。ムダに考えて、余計なことばかりするから、使わなくていいことにまで力を使って、失敗する。
 余計な理屈や、無用な目的を“すべきこと”に重ねてしまうから、本当にすべきことが見えなくなる。
 一度、頭の中をからっぽにして、獣のように何も考えずにものを見てみようか。それこそ猪突猛進、『やってやるぜ!』くらいの勢いでね――そうすれば、きっと今キミがやるべきことが見えてくるはずだ】

(そうすれば……私はこの忌まわしい力へ執着から解放れるというのか?)

【ほら、また考えてる。
 そうやって『執着からの解放〜』なんて余計なことを考えるからダメなんだよ】

(むぅ……)
 ダメ出しされてしまった。

【考えていいのはただひとつ。
 『何をしなければならないか』?……違う。
 『何をした方がいいか』?……違う。
 『何をするべきか』?……違う】



【『何をしたいか』だ】



(『何をしたいか』……)
 繰り返す箒のその言葉を境に、声の主の気配が薄まり始めた。

【……そろそろお開きの時間、かな?
 まぁ、言いたいことは伝えたし、タイミングとしてはちょうどいいかもね】

(ま、待て!)
 これから立ち去ろうとでもいうような声の主の言葉に対し、箒はあわてて呼びかけた。
(お前……やはり柾木なんじゃないのか?
 私には、お前の声が柾木の声に思えてならない。そのしゃべり方だって……)

【どうしてそう思うのかな?
 ここはキミの心の中……キミが、ボクのことを柾木鷲悟だと思っているから、そう聞こえるだけなのかもしれないよ?
 だいたい、彼の日頃の言動からして、こんな小難しいことをペラペラしゃべると思うかい?】

(思わないな)
 即答する。
 別にそこに異論はない――“知りたい情報は聞き出せたことだし”
(しかし、ずいぶんと柾木のことを熟知しているようだな。
 そしてその上で、“自分が柾木ではないと強調している”)

【おやおや……少ししゃべりすぎたかな?
 それとも、キミの観察眼がボクの見立てを超えていた、と言うべきか……さすが、嫌っていても束ちゃんの妹なだけある……と、それはキミにとって地雷だったね。失敬失敬】

(……べ、別に、嫌ってなど……)

【まぁ、その辺の関係改善についてはキミのこれからの努力に任せることにするよ。
 もう少しキミの洞察力を試してみるのもおもしろそうだけど……そろそろキミのお目覚めの時間が来そうだしね】

 声の主がそう告げると同時、周囲は真っ白な光に包まれた。

【あぁ、それから、またボクに会って、今度こそ正体を突き止めてやる……とか考えない方がいいよ。
 ボクが今回キミにコンタクトをとれたのは、キミが紅椿を展開したまま意識を失ったから……キミを保護した先生達が手当てのために強制解除した後も、紅椿とキミとのリンクは脳機能の保護のために遮断されずにいた。それを利用させてもらったからだ。
 つまり、キミが意図的にボクにまた会おうとするには、わざと撃墜される……それも紅椿を展開したまま意識を刈り取られるくらいのダメージで撃墜される必要がある。それ、どう考えてもいいことじゃないよね?
 ……あ、でも、そう考えるとわざわざ会おうとしなくても機会はあるのかな? キミ、まだまだ未熟だし、これからもジャンジャン撃墜されそうだ】

(……悪かったな)

【文句は言っても否定はしないんだ】

(今回の件でしみじみ思い知ったさ。
 紅椿を得て調子に乗って、その結果一夏や柾木を……)

【それがわかれば上出来さ。
 今までのキミは、そのことにすら気づけずにいたんだからね】

 声の主は本当に楽しそうにそう告げ、続ける。

【それなら……成長のごほうびだ。
 現実に戻ったら、柾木鷲悟をファ○クしてきていいよ?】

(ふぁっ……!?
 い、いいい、いきなり何を!?)

【あれ? 織斑一夏の方がよかった?
 けど、ボクには彼に対してどうこう許可できる権利はないからなぁ】

(い、一夏が相手なら、その……って、そうではなくて!)

【ハハハ、冗談だよ。
 ごほうびっていうのはね……ボクを名前で呼ばせてあげる】

(何…………?)

【だから、ボクの名前だよ。
 ボクのことは……“ウィズ”って呼んでよ】

(ウィズ……?)

【ISのコア・ネットワークに潜む魔法使い。
 “Wizard in IS”――すなわち“W-ISウィズ”】

 思わず聞き返す箒に、声の主――“ウィズ”が答える。なんとなく、今彼は声に出さずとも笑っているんじゃないかと、漠然とそう感じる。

【まぁ、ボクのことはそれなりにウワサになってるみたいだし、学園に戻ったら情報通の子達にでも聞いてみなよ。ネットでは“ウィザード”の名で通っているから、その名前を出せば話は通じると思う。
 そうだね。キミと面識のある子だと……先輩になるけど、2年の黛薫子あたりがベターだろうね】

 その言葉に伴い、“ウィズ”の気配が急速に薄れていく。

【忘れないでね。
 獣の如く、自分の想いのまま、まっすぐに……】



【『やってやるぜ!』だよ……】





「……開戦から早6時間。
 よくもまぁ、エネルギーが尽きないものだ。暴走しているのは伊達ではない、ということか」
 つぶやき、千冬はメインウィンドウをにらみつける――衛星からの望遠映像のため画面は粗いが、そこには目まぐるしく交戦する福音と夜明の姿が映し出されていた。
「しかも、戦っているのは柾木くんの撃墜されたポイントの真上のまま……あれじゃ、柾木くんを捜索することもできません」
「あの辺りは潮の流れも弱い。柾木が他の海域に流れるよう期待することもできんか……つくづく厄介な」
 真耶と話す千冬の後ろ姿を、専用機持ちの面々は少し離れたところで見守っていた。
「これから……どうなるのかな……?」
「勝った方が我々の敵になるだけだ」
「わたくしとしては、どちらも撃墜してさしあげたいところですけど。
 鷲悟さんを撃墜した罪、そう簡単に許すものですか」
 つぶやくシャルロットにラウラが即答。セシリアも続けて答える――二人とも明らかに機嫌が悪い。千冬という“抑止力”がいなければ、今すぐにでも福音、夜明と戦いに飛び出しかねない勢いだ。
 その原因はやはり――
「……ごめん、みんな」
 だからこそ、この場に合流していた鈴は三人に向けて改めて頭を下げた。
「あたしが鷲悟をしっかりと止めていれば、こんなことには……」
「止まりませんでしたわ。誰が止めても」
 間髪入れず、セシリアはそう答えた。
「鷲悟さんは、自分の仲間が危ない目にあっているのにおとなしくしていられるような方ではありませんもの。
 たとえ織斑先生が直接止めていたとしても、それでも一夏さん達を助けに行ったはずですわ」
「むしろ、あそこで行かなければ私の嫁しゅうごではないさ」
「それに、二人が行かなかったら一夏達はあのまま福音にやられていたかもしれない。
 大丈夫。二人が飛び出したのは、命令違反ではあったけど、間違いでもなければムダでもなかった」
 セシリアが、ラウラが、シャルロットが答えた、その時――

「お、おい、お前達!
 部屋で待機していろと――」
「通してください! 織斑先生に話が!」

「………………?」
 何やら廊下が騒がしくなってきた。自分の名前を聞きつけ、千冬が眉をひそめると、彼女が確かめに動く前にふすまが開いた。
「織斑先生!」
「相川……?
 それに谷本に布仏まで……」
 清香を先頭に現れた“トリオ・ザ・のほほん”の三人に、千冬は眉間にしわを寄せた。
「何をしている?
 言ったはずだぞ。『許可なく部屋を出た者は身柄を拘束する』と――」

「まさっちとおりむーがやられたってホント〜?」

 本音のその言葉に、場の空気が凍りついた。
「……どこでそんな話を?」
「あの、三人でお手洗いに行った帰りに、偶然誰かが話していたのを聞いて……
 それで、本音の“コネ”で確かめたら……」
 千冬の言葉には癒子が答える――天井を仰ぎ、千冬は思わずため息をついた。
「……拘束はかんべんしてやる。
 だが、機密事項を耳にした以上解放はできん。お前達には……そうだな、専用機持ちの補佐を命じる」
『はいっ!』
「お、織斑先生!?」
「布仏の“コネ”ということは生徒会です」
 声を上げる教師のひとりに、千冬はそう答えた。
「つまり……“彼女”が゜教えてもかまわないと判断した、ということです。
 であれば、拘束するよりもむしろ手元に置いておくのが有効でしょう」
「しかし、専用機持ちでもない彼女達に何ができると……」
「た、大変です!」
 反論しかけた教師の声を、広間に駆け込んできた別の教師の声がかき消した。
「篠ノ之がいません!」
『えぇっ!?』
「今、様子を見に行ったら、部屋には織斑しか……
 それと、ISの予備エネルギーパックがひとつ、新たに空になっていました。おそらく……」
「補給を済ませて、再び福音のもとへと向かったか……
 まったく、余計なことをしてくれる」
 うめいて、千冬はセシリア達へと向き直り、
「お前達、すぐに後を追い、篠ノ之を連れ戻してこい。
 相川、谷本、布仏。お前達にも訓練機を貸与する。専用機持ちに同行し、篠ノ之の救援を援護しろ。
 現在の状況は布仏のルートから聞いているな? 相手の詳しいスペックデータは篠ノ之を追う道中にでも見せてもらえ――ただし機密事項だ。作戦終了後も守秘義務が発生することは忘れるな」
『はい!』
 力強くうなずく一同に対し、千冬は一度だけうなずき、
「忘れるな。“最優先は”篠ノ之を連れて戻ることだ。
 “決してムリはするな”――“そのために必要な装備があるなら好きに持っていけ”」
『はい!』
 もう一度声をそろえてうなずき、一同は広間を出る――すぐに鈴が確認を取る。
「セシリア、高機動パッケージ……“ストライク・ガンナー”だっけ? それは……」
「もうすでに量子変換インストール済みですわ。
 防御系パッケージも……」
「ボクが用意してる」
「OK。じゃあセシリア、シャルロットを連れて先行して。シャルロットを最優先で合流させて、箒の生存率を上げるわよ。
 ラウラも、もう準備できてるなら先に出ていいわよ――あたし“達”は、“攻撃特化系のパッケージを”量子変換インストールしてから後を追うわ」
「ほぇ? りんりん……?」
「『攻撃特化』って……別に福音や夜明を撃墜しに行くワケじゃないんだから……」
「墜とすよ」
 本音や癒子にシャルロットが即答。さらにセシリアが補足する。
「織斑先生は言ってましたわ。『“最優先は”箒さんを連れ戻すこと。決して“ムリはするな”』と。
 つまり、箒さんを連れ戻すという目的を果たしさえすれば、“ついでに”“ムリをしない範囲でなら”、福音と夜明を撃墜してしまってもかまわない、ということですわ」
「そ、それって屁理屈なんじゃ……」
「本当に戦うのを止めるつもりなら、きっちり『戦うな』って言って釘刺すわよ、千冬さんは」
 ツッコむ清香に答えるのは、このメンバーの中で最も古くから千冬のことを知る鈴である。
「抜け道を用意してくれたのよ、あの人は。
 つまり……」
『……つまり?』



「一夏達をやられてハラワタ煮えくり返ってるのは、あたし達だけじゃなかった、ってことよ」





 海上における福音と夜明の戦いは、未だ均衡状態を保ち続けていた。
 距離を詰め、“金の陽光ゴールド・サン”による零距離砲撃を狙う夜明の腕をヒラリとかわすと、福音が“銀の鐘シルバー・ベル”で広域攻撃。距離を取られた夜明はやむなく砲撃モードの“金の陽光ゴールド・サン”で反撃――細かいところはその都度違えど、ずっとこのパターンが続いていた。
 暴走によって何らかのリミッターでも外れたのだろうか。普通ならとうにエネルギー切れを起こしているはずなのに、どちらも動きが衰える気配すら見られない。
 そして、両者が再び距離を詰め――

 一ヶ所にまとまった両機に、真紅の光が叩きつけられた。

「オォォォォォッ!」
 巻き起こる爆発の中、突っ込んできたのは箒だ。雨月で福音に一撃、体勢の崩れた福音を海上に向けて蹴り落とす。
 さらに空裂で夜明に斬りつけ、斬撃と共に発生したエネルギー波が夜明を吹っ飛ばす。
「……柾木、お前の言う通りだ」
 データの通りなら、鷲悟はまさに自分達の真下に沈んでいるはず――その彼に呼びかけるように、箒は告げた。
「私はずっと、一夏を支えに生きてきた
 剣道を続けてきたのも、一夏と私をつなぐ共通項のように思えたからだし、この紅椿を姉さんに求めたのだって……」
 福音の弾幕を空裂からのエネルギー波で一掃。夜明の突撃には雨月の光弾の嵐で対抗する。
「あぁ、そうさ。私には一夏がすべてだ。一夏のためでなければ戦えない。
 だが――いや、だからこそ、私には今ここで戦う理由がある!」
 言って、箒は両手の刀をかまえ直し、
「一夏がここにいたなら、お前のために戦い抜こうとするだろう。
 自分がやられた恨み以上に、お前がやられたことへの怒りに震えるだろう。
 だから私は戦う。一夏のために、一夏に代わってお前の仇を討つ!
 一夏の望みを叶えるため――ダシになってもらうぞ! 柾木、福音、夜明!」
 そんな箒に、夜明が、福音が襲いかかり、箒もまた迎撃のために飛翔する。
「本当は、一夏はそんなことは望んでいないかもしれない――しかし、そんなことを考えていては始まらない!
 ただ、やるだけなんだ。一夏のために、私がしてやりたいことを!
 “ウィズ”が教えてくれた――『やってやるぜ!』の精神で!」



【ずいぶんと、うまいこと篠ノ之箒を炊きつけたものだね、“ウィザード”
 ……いや、彼女に名乗ったように、“ウィズ”って呼ぼうか?】
【いきなりイヤミとは恐れ入るね、“チキン・リトル”
 そんなに篠ノ之箒の再起を促す役目を奪われたのが不満かい?】
【当然だよ。“そういう仕事”は本来ボクの役目なんだから。
 布仏本音達に事態を知らせただけじゃ、奪われた役目の穴埋めにはとうてい足りないよ。あんなの、彼女達の死角にあった館内放送スピーカーをジャックして、音声を流すだけで終わりじゃないか。
 エサ程度に仕事を割り振っただけで、ボクを餌づけできると思ったら大間違いだよ】
【仕方ないだろう? 柾木鷲悟に気絶させられたまま、彼女は目を覚ましてはいなかった。
 そんな彼女に呼びかけるには、紅椿を介して、紅椿とつながったままになっていたリンクを使うしかなかった。
 それができるのは……ボクらの中で唯一コア・ネットワークへのアクセス権を持つボクだけだ】
【わかってるよ……けどね、わかっているからこそ腹立たしいのさ。
 まったく、どうしてボクらにはコア・ネットワークへのアクセス権がないのさ?】
【決まってる。
 キミがその話術を武器としているように、ボクは情報処理能力においてもっとも特化させられた存在だ。
 だからボクはコア・ネットワークの中にいながらにしてその正体をつかまれずにいる――これがキミ達だったら、まず“彼女”に気づかれる。
 そんなことよりも今は柾木鷲悟だ……M.M.エムツー、どうだい?】
【いいワケないだろう?
 何しろ頭を丸ごと吹き飛ばされたんだから……もうしばらく、みんなにはがんばってもらうことになりそうだね】
【ん。そこは仕方ないね。
 織斑一夏の復活を促せればまだマシな状況に持っていけたんだろうけど、白式ときたら、“ウィザード”の名を与えられたボクにすら扉を開いてくれないんだから。
 まったく、“前のマスター”に似たのか、ガンコな子だよ。完全にコア・ネットワークからその身を切り離して、ボクがたどる道筋そのものをぶち壊した福音や夜明の方がまだかわいげがあるね】
【とにかく、今打てる手はすべて打った……そういうことでいいのかな、“ウィザード”?】
【そうだね。
 さっき完了した、甲龍や布仏本音達のISの量子変換インストール作業、その処理高速化サポートが最後だ。
 そこから先は完全に現実リアルの話。ネットワークの中にしかその存在を許されていないボクらにできることは、もう何ひとつとして存在しない。
 ボクらはもう、ここから彼女達の無事をただ祈るのみだ】
【所詮、“作られた幻想イミテーション・ファンタズム”にすぎないボクらにできることは限られてる、か……
 あとは、現実のみんなに任せるしかないね】
【そういうことだね。
 すべては、青き清浄なる世界のために】
【違う違う。
 すべては、ゼーレのシナリオ通りに】
【それも違うから】



「ハァァァァァッ!」
 裂帛の気合と共に、箒が福音に斬りかかる――かわされるが、それも計算の内だ。福音が離れたそのスキに夜明を狙う。
 振るった雨月を受け止められる――しかし、“金の陽光ゴールド・サン”で破壊されるよりも速く空裂でエネルギー波を叩き込む。さらに腕部展開装甲から放つ光刃の連射で、夜明に向けて追撃をお見舞いする。
 すぐさま切り返し、今度こそ福音に斬りかかる。両の刀でたて続けに繰り出される斬撃に、福音は次第に押され始める。
 紅椿――というより自らの戦闘技能との相性を考えれば、より倒しやすいのは自分と得意距離が遠近正反対の福音だろう。できることならこのまま一気に押し切り、夜明との戦いに備えたい。
 が――相手もそんなに甘くはなかった。箒の読みよりも早く立て直してきた夜明が箒に迫り――



 まったく別方向から飛来した閃光の直撃を受けていた。



 青一色のIS――ブルー・ティアーズセシリアによる狙撃である。
 6機のビットは通常とは異なり、そのすべてが腰に備えられた専用マウンタによってスカート状に固定されている。しかも砲口はすべてふさがれており、完全に補助スラスターとして運用されているのがわかる。
 さらに手にするライフルもいつものスターライトmkVではなく、ビットの分の火力を補うべくより大型の、全長2mを超えるBTレーザーライフル“スターダスト・シューター”を持ち込んできている。先ほど夜明を狙撃したのもこのライフルだ。
 最後に、バイザー状の超高感度ハイパーセンサー“ブリリアント・クリアランス”をヘッドギアに装着。強襲用高機動パッケージ“ストライク・ガンナー”を装備したセシリアの出現に、夜明は彼女へと向き直り――
「どこを見てるのかな?」
 その言葉と同時、夜明の背中に散弾が直撃した。
 セシリアと別れ、ステルスモードで忍び寄ってきていたシャルロットの仕業だ。両手にショットガンをかまえ、二丁拳銃ならぬ二丁散弾銃で夜明に追撃を叩き込む。
 そんな彼女を福音が狙う。“銀の鐘シルバー・ベル”による光弾の雨をばらまくが、
「おっと。悪いけどこの“ガーデン・カーテン”は、そのくらいじゃ落ちないよ」
 シャルロットはリヴァイヴ専用防御パッケージによって追加された2枚の実体シールドとシールドバリアを駆使してそれを防ぐ。さらに、“高速切替ラピッド・スイッチ”によってアサルトカノンに切り換え、福音に対して反撃に出る。
 一方、立て続けの乱入に夜明は誰を攻めるか決めかねていたようだったが、仲間達の乱入に驚き、動きを止めている箒に気づいた。今なら墜とせるとばかりに箒へと突っ込み――
「させるかぁっ!」
 咆哮と共に飛来した、不可視の空気の砲弾が夜明を直撃、弾き飛ばした。
 そう、“不可視の空気の砲弾”――鈴の甲龍の虎の子、衝撃砲“龍咆”である。
 彼女を乗せてここまで飛んできたラウラも一緒だ。左右両肩に80口径レールカノン“ブリッツ”、さらに防御力を高めるための物理シールド4枚――砲戦パッケージ“パンツァー・カノニーア”を装備したシュヴァルツェア・レーゲンの背中には、別に送られてきていた強襲用パッケージに含まれていた長距離巡航用の追加ロケットブースターを、予備も含めた4基すべてをムリヤリ追加装備している。かなり強引な装備だが、彼女達が一刻も早く先行した面々に追いつくにはこの方法しかなかった。
「今度こそ叩き落としてやるわよ!」
 ブースターを切り離すラウラの背中から離れ、鈴が機能強化パッケージ“崩山”を装備した“龍咆”を夜明に、福音に向ける。パッケージによって追加された2門を含む4門の衝撃砲から放たれたのは、いつもの不可視のものではなく炎をまとった衝撃の塊。しかもそれを福音の広域攻撃に優るとも劣らぬ規模でばらまいたのだ。
 さらにそこへラウラもレールカノンで追撃。福音も夜明もこれにはたまらず距離を取る。
「お、お前達……!?」
 予想もしていなかった援軍の登場に、箒は思わず声を上げ――
「篠ノ之さん、大丈夫!?」
「私達も来たよ!」
「も〜、心配したんだからね〜」
 ラウラが連れてきたのは鈴だけではなかった。彼女に牽引される形でここまでやってきた清香、癒子、本音の三人が、それぞれ追加装備を装着したISを身にまとって箒を守るように集結する。ちなみに清香と癒子が打鉄、本音がリヴァイヴだ。
「お前達まで……!?
 いったい、どうして……!?」
「決まってるでしょうが」
 うめく箒を守るように位置取りし、鈴は彼女へと振り向くことなく答える。
「一夏のためよ」
「い、一夏の……?」
「当然でしょ?
 アンタに何かあれば、一夏、間違いなく凹むわよ――なんたって、アンタは“アタシと同じ”、アイツの幼なじみなんだから」
「わたくし達は、当然鷲悟さんのためですわ」
「あの2機がここで戦ってたんじゃ、鷲悟の捜索もできないしね」
「そういうことだ。
 鷲悟を捜索するためにも、アイツらにはここからどいてもらう――まぁ、“その際勢い余って撃墜してしまっても”、別にかまうまい」
 セシリアにシャルロット、ラウラも合流してそう答え、
「まぁ、私達は成り行きというか、巻き込まれたクチだけど……」
「聞いちゃったからには、黙ってられないよ。
 織斑くんと柾木くんがやられたっていうなら、なおさらね」
「友達だし〜、ほっとけないよね〜」
 仕方ないとはいえ専用機持ちに比べて理由の弱い清香、癒子、本音の三人だが、それでもやる気は十分。引き下がるつもりはないようだ。
「で? アンタはどうするのよ?」
「決まっている」
 改めて尋ねる鈴に、箒は迷うことなく即答した。
「私も戦う! 今度こそ、負けはしない!」
「決まりね。
 じゃあ、さっそくアイツらを叩き墜として、鷲悟を引き上げて帰るわよ」
「おぅ!」
 鈴の言葉に力強くうなずき、箒は彼女達のフォーメーションに加わる。
(まったく……どいつもこいつも、お節介が過ぎる)
 その一方で、箒は自分の中で何かが落ちついてゆくのを感じていた。
 “一夏のため”、“鷲悟のため”、“友達のため”……言葉にすると違って聞こえるが、同じ目的のためにみんながこの場に集結した。その事実がたまらなく心地いい。
 だからこそ――理解できる。
(あぁ、そうか……
 これなのか。一夏が守りたかったものは……)
 誰かと思いを同じくする一体感、みんながいてくれるという充足感――どちらも、一夏以外の人間に対して壁を作り、距離をおいていた自分には感じることのできなかったものだ。
「悪くないでしょ? こういうのも」
「――――――っ。
 フ、フンッ、まぁ……悪くはないな、うん」
 だが、それを素直に認めるのも気恥ずかしい――こちらの胸の内を見透かしたかのような物言いの鈴に、箒は頬を赤くしながらもそう返す。
「あらあら、鈴さんと箒さんが仲がよろしいなんて、珍しいこともあるものですわね」
「ホント。今日は槍でも降るんじゃないかな?」
「む? 槍が降るとは、あの2体はそういう攻撃をしてくるのか?」
 その光景に、セシリアとシャルロットが笑みをもらす――約一名、本気でカン違いしていそうな子がいたりするが。
「よし……やるぞ、みんなを!
 一夏を墜とした福音を!」
「鷲悟を墜とした夜明を!」

『今度こそ、絶対に墜とす!』

『おぅっ!』

 箒と鈴の声が重なり、全員が答える――自分を、周りを鼓舞するかのように、箒はさらに声を上げる。
「もう、私は負けない……
 一夏が守りたいものを、一夏に代わって私が守る!」
 そうだ。必ず守ってみせる。
 “一夏の守りたいもの”は今、“箒が守りたいもの”にもなったのだから。
 だから――
「絶対に、守ってみせる……」



「『やってやるぜ!』だ!」







守りたい
  やっと気づけた
    この絆


次回予告

「やっほ♪ あたし凰鈴音!
 力を合わせて福音と夜明に立ち向かうあたし達。
 だけど、福音と夜明にもさらなる異変が!」
「だが、負けるワケにはいかん。そうだろう?」
「もちろんよ!
 誰もやらせるもんですか! 沈むのはアンタ達よ、福音! 夜明!」
「次回、IB〈インフィニット・ブレイカー〉!
   『洋上の決戦! ついにヤツらが参戦だ』
   
「ウソ、鷲悟……!?」

 

(初版:2011/07/28)