「いくわよ、箒!」
「おぅっ!」
 先陣を切るのは、近接仕様のこの二人。鈴が夜明に、箒が福音にそれぞれ突撃する。
 もちろん、敵も黙ってやらせたりはしない。迎え撃つべく加速体勢に入り――
「させませんわ!」
 いきなり出鼻をくじかれた。上空から突っ込んできたセシリアの狙撃が、夜明と福音の足を止め、
「動きが止まった!」
「援護するよ! 弾幕張って!」
「うん!」
「このこのこのぉっ!」
 ラウラとシャルロットが号令を発し、清香と癒子が一斉射撃。銃弾に砲弾、ミサイル、果てはレールカノンの合金砲弾までもが豪雨の如く福音と夜明に降り注ぐ。
 そして――
「本音!」
「はいは〜いっ!
 どっかぁ〜んっ!」
 清香の合図で本音が両手のグレネードランチャーを発射。さらに両肩に取りつけた大口径グレネードカノン2門を遠慮なくぶちかます。
「ちょっと、弾幕濃いよ! 何やってんの!」
 みんなの援護で福音と夜明の動きは止められた――が、たて続けに巻き起こる爆発で視界は『最悪』の一言に尽きた。文句を言いながらも、鈴は的確に夜明を探り当て、右の双天牙月で斬りかかる。
 対し、夜明は頑強な左腕の装甲で受け止める。反撃とばかりに繰り出してきた夜明の右腕を、鈴も左の双天牙月で受け止める。“金の陽光ゴールド・サン”で破壊されないよう、つかみづらい刃の腹で受けるのも忘れない。
 互いの攻撃を受け止め合い、両者は一瞬拮抗し――
「今!」
「オッケイ!」
「任せろ!」
 それこそが鈴の狙いだった。鈴と押し合う夜明の無防備な背中に、清香の放ったミサイルとラウラのレールカノンの砲弾が直撃する。
 さらに、鈴が離れたところにセシリアが狙撃――大きく叩き落とされ、それでも夜明は体勢を立て直す。
「アイツは、アンタに撃墜された……っ!」
 胸中に、布団の中でかみしめた悔しさがよみがえる――双天牙月をかまえ、鈴は夜明をにらみつけた。
「あたしがしっかりフォローしていれば……箒の暴発を止められていれば……後悔することなんて山ほどあるわよ。
 けどね……」



「とりあえず、直接墜としたアンタへの落とし前、つけさせてもらうわよ!」

 

 


 

第19話

洋上の決戦!
ついにヤツらが参戦だ

 


 

 

「ハァアァァァァァッ!」
 一気に間合いを詰め、斬りかかる――箒の斬撃をかわした福音はシャルロットのアサルトカノンの狙いからも逃れ、一同から距離を取ろうとする。
 “銀の鐘シルバー・ベル”での一掃を狙っているのだろうが――
「布仏!」
「はいはぁ〜いっ!」
 むしろその動きは、“こちらも味方を巻き込む心配なく攻撃できる”ということでもある――箒の合図で、本音がグレネードを雨アラレとぶちまける。
 しかも今回は榴弾だけでなくハイパーセンサーにジャミングをかけるジャマー弾を混ぜさせてもらった。その効果はてきめんで、福音は一瞬こちらの位置を見失い――
「谷本さん、タイミングはそっちに合わせるから!」
「何気に責任重大なんだけど、それ!?」
 その一瞬のスキに、シャルロットと癒子がはさみ込むように福音の懐へと飛び込んでいく。
 そんな癒子の打鉄の右腕には、どっかのとっつきらーのおかげですっかりおなじみとなった第二世代型兵器最強の69口径パイルバンカー、“灰色の鱗殻グレー・スケール”――当然のようにシャルロットも左腕の盾を強制排除パージ。自分の専用機に装備された同様のそれを露出させる。
 二人の狙いに気づいた福音も動く。“銀の鐘シルバー・ベル”で二人を迎撃しようとするが――
「させるか!」
 そこへ箒が襲いかかった。繰り出された二振りの刀を福音はかわしきれずに防御するしかなく――



『ダブル! リボリビング、ステェェェェェクッ!』



 シャルロットと癒子の同時攻撃が、福音に叩きつけられた。





「わたくしの狙いからは――逃れられませんわよ!」
 高速で飛び回るセシリアが、夜明に向けて砲狙撃戦をしかける――その内の一発が肩をかすめ、夜明がセシリアに気を取られ――
「そこだ!」
 ラウラが砲撃を叩き込む。砲戦パッケージ専用のバズーカを2門呼び出すコールすると両肩アーマーに接続・固定。レールカノンの砲撃で動きを止めつつ、炸裂性の砲弾を叩き込む。
 さらに、一方のバズーカのカートリッジを交換、本音が使ったものと同じジャマー弾を夜明にもお見舞いし――
「私だって、やる時はやるんだから!」
 福音の目の前の煙が弾け飛び――“両肩の粒子砲のチャージを終えた”清香が姿を現した。
 とっさに迎撃しようとする夜明だったが――
「そっちにばっかり、意識を向けてていいのかしら!?」
 その背後に鈴も飛び出してくる――もちろん、衝撃砲はフルチャージ済みだ。
 鈴の登場に気づいた夜明の動きが一瞬硬直し――その一瞬が命取りだった。

「“月光打鉄砲”!」

「“龍咆”、“崩山”!」



『零距離射撃! シュート!』



 二人の同時攻撃が炸裂したのは、奇しくもシャルロットと癒子の同時攻撃が福音に決まったのと、まったく同じタイミングであった。





(ここは……?)
 波の音が聞こえる――気づけば、一夏はひとり、どこかの砂浜を歩いていた。
 臨海学校で来たあのビーチではない。まるで見覚えのない砂浜だった。
 じりじりと太陽が照りつける中、サクサクと音を立てながら砂浜を歩く。いつの間に脱いだのだろうか。一夏は裸足で、その手には靴が握られていた。
 と――
「――。――♪ 〜〜♪」
「………………?」
 歌が、聞こえた。
 とてもきれいで、とても元気そうな、澄んだ歌声――気になって、聞こえてくる方へと足を向ける。
「ラ♪ ラ〜ラ♪ ラ〜ラ〜ララ♪ ラララ♪ ラ〜ラ♪ ラ〜ララララ♪」
 そこに、少女がいた。
 髪も、肌も、着ているワンピースも、まばゆいばかりの白色。
 波打ち際、足をほんの少しだけぬらしながら、歌い、舞い踊る――

 “白”が、そこにいた。



「決めるわよ!」
「あぁ!」
 それぞれに大技を叩き込まれ、吹き飛ばされた福音と夜明が空中で激突。どこか引っかかったのか、離れようともがいている二体に向け、箒と鈴が前後から突っ込む。
 が――
「――っ! 気をつけろ、二人とも!」
「そいつら、まだ抵抗するつもりだよ!」
 気づいたラウラとシャルロットが声を上げる――お互いが離れることよりも目の前に迫る攻撃への対処が優先。そう両者の判断が一致したのだろう。福音も夜明ももがくのをやめ、それぞれの火器を前方に向ける。
 そのまま、二体は高速回転と共に一斉射撃――無差別にばらまかれる光弾に全身を打たれながらも、それでも箒と鈴は止まらない。
「これは、一夏の――」
 両手の刀を握り締める箒の脳裏に、自分をかばって福音の一斉射を受ける一夏の姿がよみがえる。
「鷲悟の分だ!」
 双天牙月を連結させる鈴の脳裏を、夜明に撃墜され、海中に没する鷲悟の姿がよぎる。
 そして――



『受け取れぇっ!』



 二人の斬撃が、すれ違いざまに福音と夜明に叩き込まれる。
「でもって、こいつは――」
「私達の分だ!」
 さらに、返す刀でもう一撃。渾身の二連撃を受けた福音と夜明は、崩れ落ちるように海面へと落下していく。
「二人とも、大丈夫〜?」
「なんのこれしき、ってヤツよ……」
「それより、ヤツらは……!?」
 飛んできた本音に答え、鈴と箒の見下ろした先で、二つの水しぶきが上がる。
 それを見て、誰もが「勝った」と確信し――











 海が、爆ぜた。











『――――――っ!?』
 巻き起こるエネルギーの渦に海水を押しのけられ、半球形にくぼんだようになっている海面――そのくぼみの中央には、蒼い雷をまとった福音と赤い雷をまとった夜明が背中合わせに佇んでいた。
「な、何これ!? どうなってんの!?」
「――――っ!? まずい!
 訓練機組、下がれ!」
 声を上げる清香のとなりで、ラウラは眼下で起きている現象の正体に気づいた。
「これは――」



「“第二形態移行セカンド・シフト”だ!」



 ラウラのその言葉と同時、福音が、そして夜明が顔を上げた。
 無機質なバイザー越しではその表情は読み取れない。しかし、そこから確かな“ナニカ”を感じ、一同の背筋を形容しがたい悪寒が走る。
 直後――
《キァアァァァァァッ!》
《オォオォォォォォンッ!》
 まるで獣の如き咆哮を響かせて――二体の暴走ISが飛翔した。
 あまりに急激な、“瞬時加速イグニッション・ブースト”だとしても「異常」と言える爆発的な急加速に、ハイパーセンサーを持ってしてもその姿を一瞬見失い――
「きゃあっ!?」
「ふみゃあっ!?」
 直後、爆発音と悲鳴――自分が何をしたのか、彼女達が何をされたのか、誰も理解できないまま、清香と癒子が機体をズタズタに破壊されて海中に没した。
「相川!?」
「谷本さん!?
 ――よくもっ!」
 ハイパーセンサーの知らせる敵の反応は間合いの中――近接ブレードを、プラズマ手刀をかまえ、シャルロットとラウラは背後の反応に向けて振り向きざまに斬りつける。
 だが――二人の斬撃は目標を捉えることなく虚空を薙ぐ。すでにそこにいない敵機の姿を探す二人を、突然光り輝く何かが包み込んだ。
 それは、福音の翼を、夜明の両手をそのまま巨大化させたかのような、光で作られた巨大な翼と手のひら――直後、零距離からの光弾の雨を全身にくらい、福音に捕まったラウラが、夜明に握られたシャルロットが墜ちた。
「な、何ですの!?
 この性能……軍用とはいえ、あまりに異常な――」
「せ、せっしー、くるよ〜!?」
 うめくセシリアのとなりで本音が声を上げ、あわてて引き金を引く――発射された榴弾はちょうどこちらに向かってきていた福音、夜明の前に放り出され、巻き起こった爆発が二体の敵機を飲み込む。
「やったぁっ!」
「そんなワケないでしょう! あんなマグレ当たりでダメージを受けるはずが――」
 命中を喜ぶ本音にセシリアが声を上げ――その言葉も終わらぬ内に福音の光の翼に抱かれた。全身に光弾を浴びせられ、夜明に捕まった本音もろとも一瞬にして撃墜される。
「私の仲間を――よくも!」
「鷲悟や一夏だけじゃ、足りないってワケ!?」
 次々に仲間を沈めていく福音と夜明に箒と鈴が迫る――箒のたて続けの斬撃が福音を襲い、鈴の熱殻拡散衝撃砲が夜明を狙う。
 二人とも先の戦いによって他のみんなよりも福音達の動きは熟知している。“第二形態移行セカンド・シフト”によって格段に反応が速くなっているが、動きのクセまではそうそう変わるものではない。少しずつ、着実に福音を、夜明を追い詰めていく。
「いくら“第二形態移行セカンド・シフト”していても、人の制御がなきゃ所詮こんなものかしら!?」
「いける! これなら――」
 一気に押し切る。必殺を誓い、鈴に続いた箒が雨月あまづきの打突を放ち――

 何も起こらなかった。

 雨月から赤い光弾が放たれることはなかった。それどころか、紅椿の全身の展開装甲が末端から順に閉じていく。これは――
「なっ!? またエネルギー切れだと!?――ぐぁっ!?」
 うめく箒の首を福音が捕まえた。すぐさま光の翼で箒を包み込み――
「箒を――放しなさいよ!」
 巨大な刃が福音を弾き飛ばす――箒を救出し、鈴は彼女を守るように分離状態の双天牙月をかまえた。
「鈴、すまない……」
「そう思うなら、ちょっと下がっててくれない? 今の状況じゃ、それが一番の恩返しだわ」
「そうしたいのはやまやまだが……残念ながら、ムリのようだ」
 箒の言いたいことはすぐにわかった――いつの間にか夜明が背後に回り、こちらを福音と二機ふたりではさみ撃つように陣取っているのだ。
 第四世代型とはいえ、エネルギー切れの紅椿で逃げ切れる相手ではない。
「絶対防御張れる内に突っ込んでわざと墜とされる――ってどう?」
「そんなことをさせるつもりなどないクセによくも言う」
「あ、わかる?」
「自分なら絶対許さないだろうからな」
 叩き合う軽口もお互い震えている。これでは緊張もほぐれやしない。
「さすがに……ヤバイかもね、これは……」
 つぶやく鈴の頬を、一筋の冷や汗が伝った。



「織斑先生……!」
「く…………っ!」
 今にも泣き出しそうな真耶の声に唇をかむ――しかし、千冬にもこの状況をひっくり返すだけの手札の持ち合わせはない。
「まさか“第二形態移行セカンド・シフト”するとは……!」
 一夏と鷲悟を撃墜した相手とはいえ、戦力的には十分だったはずだ。実際、相手の“第二形態移行セカンド・シフト”を許すまでは圧倒的だった。
 それなのに――誰がこんな事態を予想できただろうか。アレさえなければ、彼女達は今頃福音と夜明を撃墜し、鷲悟の捜索に取りかかれていたはずなのに――
 もはや戦えるのは鈴ひとり。しかも戦闘能力を失った箒を守りながら、“第二形態移行セカンド・シフト”を遂げた、暴走状態の、最新鋭の軍用ISを二体、同時に相手しなければならない――絶望的にもほどがある。
(万事休すか……)
 さすがの千冬もそう思わずにはいられない――と、その時、
「………………あれ?」
 レーダー画面に視線を戻した真耶が“それ”に気づいた。
「どうした? 山田先生」
「戦場に、急速接近する反応があります!
 けど、これ……そんな!?」
 千冬に答える真耶だったが、続けて表示されたデータを見て自らの目を疑った。
「このエネルギーパターンって……」



「柾木くんの“装重甲メタル・ブレスト”と、同じ……!?」





「…………ぷはぁっ!」
 小さくしぶきを上げ、顔を出す――海面まで浮上し、セシリアは抱きかかえた本音の容態を確認する。
「布仏さん! 大丈夫ですか!?」
「ん〜……あと5分〜……」
 大丈夫らしい。寝ぼけまなこをこすりながらお決まりのセリフをもらす本音に安堵の息をもらし、セシリアは周囲を見回す。
 どうやら先に撃墜されたメンバーも無事らしい。ラウラが清香を、シャルロットが癒子を抱きかかえて海面に浮かんでいるのを確認した。
 だが、二人とも険しい表情で頭上を見上げている。上空の戦いがそれほど厳しくなっているのかとセシリアは頭上を見上げ――
「――鈴さん! 箒さん!」
 「厳しい」どころではない。「最悪」だ――それほどまでに一方的な戦いが繰り広げられていた。



「キャアッ!」
 夜明の手はつかみ、撃ち抜くだけが能ではない――巨大な光の拳を受け、防御した鈴の左腕のISアーマーが粉砕される。
 さらに福音が光弾の雨を降らせた。全身を爆撃される鈴の脇を駆け抜け、福音が箒に迫るが、
「やらせないって――言ってんでしょうがっ!」
 鈴が双天牙月を連結、投げつける。片方の刃を中ほどで砕かれたそれはフラフラと頼りない軌道ながらも福音に迫り、追い払い――撃ち落とされた。
「箒、大丈夫!?」
「人のことを心配している場合か!
 そんなにボロボロになって……!」
 箒を守るように合流し、尋ねる鈴だったが、箒の言う通り彼女の方がよほど深刻だ。先述の通り左腕のISアーマーは損失、他の部分もボロボロで、傷ついていない部分など今や皆無と言っていい。
 衝撃砲はパッケージで追加された分も含めた全四門すべてが沈黙し、非固定浮遊部位アンロック・ユニットは飛行するだけでやっと。さらに双天牙月もたった今失った。
 そんなにボロボロになってはシールドバリアもほとんど働かない。何度も絶対防御を貫かれ、鈴の身体はあちこちがおびただしい出血で赤く染まっている。
 そして何より――その傷のほとんどが、箒を守ってつけられたものだった。当初は自分の身を守るくらいはと抵抗を試みた箒だったが、エネルギーの尽きた紅椿ではそれすらままならなかった。あっという間に刃を砕かれ、いたぶられ始めた箒を守り、鈴は彼女をかばいながら福音と夜明を相手に懸命に戦ってきたのだ。
「もういい! もうやめろ!
 私にかまわなければ、エネルギーの残っているお前は逃げるくらい――」
「今さらそうするくらいなら、最初から逃げてるわよ。
 もっとも……このまま戦うのもキツイけどね!」
 箒に答え、鈴は制止しようとする彼女の手から逃れるように、福音と夜明に向けて突撃する。
「アイツは……この程度の傷であきらめなかった!」
 その身を貫かれながらも迷うことなく戦場に舞い戻った鷲悟の姿を思い出す。
「最後の最後まで、戦う意志を捨てなかった!」
 夜明によって最後の一撃を受けるその瞬間まで悪態をついていた姿を思い出す。
「この程度で白旗揚げてたんじゃ……アイツに合わせる顔がないのよ!」
 福音が光弾をばらまくが、被弾も恐れず一気に距離を詰めていく。
「武器がなくたって……この拳がある!」
 そして、右の拳で福音を思い切り殴りつける――シールドバリアを拳が叩き、吹っ飛ばしたものの右腕のISアーマーが砕け散る。
「だとしても――蹴りがある!」
 突っ込んでくる夜明の手をかいくぐって連続蹴り――両脚のISアーマーが逝った。
「体当たりでも、のどぶえに噛みついてでも……あたしはまだ、戦える!」
 立て直した福音が光弾を放つ――左の非固定浮遊部位アンロック・ユニットが直撃を受け、爆散する。
「最後の最後まで……
 ……あきらめてたまるかぁっ!」
 残る右の非固定浮遊部位アンロック・ユニットで最大加速、体当たりで福音を吹っ飛ばす。左の肩アーマーが砕け散り――そんな鈴の目の前に夜明が飛び込んできた。
 かまえた両腕の間に、鈴の身の丈ほどの大きさの光球を生み出して。
 絶対防御も満足に作動せず、ISアーマーもほとんどが失われた今の鈴に防げる規模の攻撃ではない。今の彼女がこんなものを受ければ、髪の毛一本残さず蒸発してしまうだろう。
 最悪の事態が脳裏をよぎり、セシリアが絶望に目を見開いた。
 シャルロットが、届かないとわかっていてもなお手を伸ばした。
 ラウラが、どうすることもできない自分の無力に唇をかんだ。
 それでも――鈴は、変わらぬ強い瞳で夜明をにらみ返す。







「鈴――――――ッ!」







 箒の悲鳴が響く中、一瞬だけ収縮した光球がふくれ上がり――











 炸裂し











 巻き起こった爆炎が





















 “夜明自身を飲み込んだ”。





















『――――――っ!?』
 海上の面々、そして箒には見えていた。
 突如上空から飛来した一条の閃光――それが正確無比な狙いで光球を撃ち抜き、暴発させたのだ。
「何だ!?」
 驚く箒が頭上を見上げ――その視界を影が駆け抜けた。同じく上空を見上げた福音へ駆け抜けざまに一撃、叩き落とす。
 影の向かう先には、夜明を飲み込んだ爆発で吹き飛ばされ、落下する鈴――彼女の身体を抱きとめ、影はひとまず上昇。一同に背を向ける位置取りでようやくその動きを止めた。



 それはISではない――それは一目で理解できた。
 半全身鎧セミ・アーマーの、青と白を基本カラーとした、動きやすさを重視したシンプルなアーマー。
 非固定浮遊部位アンロック・ユニットではなく、背中のアーマーから直接伸びる、生物的な質感の翼。
 そして――それを身につけているのが男であるということ。
 だが、何よりもまず――







 その後ろ姿に、彼女達は見覚えが“ありすぎた”。







「……くっ……」
「ったく……ムチャしやがって……」
 一瞬遠のきかけた意識が、痛みによって引き戻される――だが、そんな痛みよりも自分にかけられた声の方が鈴にとってはよほど衝撃的だった。
「けど……まぁ、そういうノリは、嫌いじゃないかな?」
「って、ウソ……!?」
 見上げた鈴が見たのは、鈴もよく知る、しかしもう会えないと思っていた人物――
「……鷲……悟……?」
「んにゃ、違うよ」
 しかし、彼は鈴のつぶやきを間髪入れずに否定した。
「オレは……鷲悟にぃじゃない」
「……『鷲悟』……『“にぃ”』……?」
 その言葉に――鈴は思い出した。
 鷲悟が度々話してくれた、“弟”の存在――
「アンタ、まさか……」
「あぁ、そうさ」
 言って、彼は不敵な笑みを浮かべ、
「オレは……」











「柾木……ジュンイチだ」









「柾木……」
「ジュンイチ……!?」
「鷲悟さんの……弟……!?」
 その登場はまさに劇的、まさに衝撃的――海上からその姿を見上げ、ラウラが、シャルロットが、セシリアがそれぞれにつぶやく。
「え? ウソ、なんで……!?
 鷲悟は、自分の世界から『ひとりで飛ばされてきた』って……」
「あぁ、別にそいつぁ間違っちゃいないさ」
 中でも驚いているのが直接ジュンイチに助けられた鈴だ。いわゆる“お姫さまだっこ”の状態で抱きかかえられている現状に顔を真っ赤にしている彼女のつぶやきに対し、ジュンイチは笑いながらそう答える。
「ただ、鷲悟兄は気づいてなかった――それだけ。
 転移に巻き込まれたのが、自分だけじゃなかった可能性――自分以外にも、オレ達が別の場所に飛ばされていた可能性にね」
「じゃあ、鷲悟とは別にこの世界に……」
 言いかけて――鈴は今の話の中に聞き捨てならないフリーズが紛れていることに気づいた。
「ち、ちょっと待ちなさいよ!
 『オレ“達”』って何!? まさか、アンタ以外にも誰か――」
《うん、いるよ?》
「ぅひゃあっ!?」
 いきなり開放回線オープン・チャンネルで声をかけられ、驚いた鈴が見上げると、ちょうど上空からひとりの少女が、見たこともないISを身にまとって舞い降りてきた。
 本当に見たことのないISだ。ピンク色のカラーリングを基調にしたシンプルなデザインで、今は一目で外付けとわかる、真紅に染め抜かれた追加装備――背中に身の丈ほどもある大型コンテナを、両足、両肩に追加ブースターを装着している。
 だが――初めて見るのはISだけで、少女の方には見覚えがあった。
 そう。彼女は――
「アンタ……学年別トーナメントの時の!?」
「うん!」
 そう。学年別トーナメントの時、自分とセシリアのやり取りに口をはさんできたあの少女だ――鈴の言葉に、少女は元気にうなずき、名乗る。
「柾木あずさ――あずさだよ。
 お兄ちゃん達の妹なんだ……よろしくね、鈴ちゃん♪」
「い、妹……?」
 少女――あずさの言葉に、鈴はジュンイチの顔を見上げた。
 ジュンイチの、ひいては鷲悟の妹である彼女が学年別トーナメントに来ていたということは……
「……何よ、けっこう前からこっちの状況は把握してたってワケ?」
「まぁ……そういうことだ」
「今回の臨海学校も、最初からついてきてたしねー」
 納得する鈴にはジュンイチだけでなくあずさも加わってそう答える。
「ホントなら、あんまり手を出すつもりはなかったんだけどな……なんかそろって危ないことになってやがるおかげで、出てこざるを得なくなっちまった。
 特にお前だ。昨日はおぼれて、今日は墜とされかけて……そんなにオレを引っ張り出したいか?」
「お、おぼれて……って……
 じゃあ……昨日あたしを助けてくれたのって……」
「そういうことだ。
 救助が中途半端になってすまなかったな――鷲悟兄と間違えられてもややこしいことになりそうだったから、さっさと逃げてきたんだよ」
 鈴の言葉に答えて――今度はジュンイチが質問する番だった。
「で……その鷲悟兄はどこ?」
「え?
 そ、それは……」
 鷲悟はすでに夜明に――答えにきゅうする鈴だったが、
「聞き方が悪かったかな?
 鷲悟兄が沈んでんの、どこ?」
「――――――っ!?」
 すでにジュンイチは鷲悟がどうなったのか知っていた。その上であっさりと尋ねるジュンイチの言葉に、鈴は思わず息を呑む。
「あ、アイツが沈んでんのは、この下で、その、あの……
 …………ゴメン」
「………………?
 なんで鈴が謝るのさ?」
「だって、アイツ、あたし達をフォローするためにムチャして、そのせいで……」
「それがどうかしたか?」
 本当になんでもないかのように、鷲悟は鈴に聞き返した。
「どういう経緯があろうが、『やる』と決めて、実行したのは鷲悟兄だ。鷲悟兄が自分で『そうする』って決めて、動いた結果だ。
 ハッキリ言えば自業自得だ。お前らに責任はないし、オレだって“知ったこっちゃない”」
「………………っ!
 何よ、その言い方……アンタ、弟なんでしょ!? 鷲悟が心配じゃ――」
「ねぇな、ちっとも」
 迷うことなくジュンイチは即答した。
「鷲悟兄が“どう”なったか、オレは知ってる――知った上で言ってる。
 鷲悟兄が――いや、オレ達があの程度でどうにかなるとか思ってもらっちゃ困るんだよ」
「あ、あの程度って……」
 平然と言ってのけるジュンイチに鈴がうめき――そんな二人に対し、体勢を立て直した福音と夜明が襲いかかる!
「危ない、二人とも!」
 海上のシャルロットが声を上げ――しかし、彼女の叫びもむなしく、福音と夜明の光弾が二人に向けて降り注いだ。たて続けに直撃を受け、その姿は瞬く間に炎と煙に 覆い隠されてしまう。
「鈴! 柾木!」
 その光景に箒が思わず声を上げ――
「大丈夫だよ」
 あっさりと答えたのはあずさだった。
「あの程度のエネルギー弾じゃ……」
 その言葉に伴い、煙が少しずつ晴れていき――
「お兄ちゃんには、傷ひとつつけられないよ」
 ジュンイチと鈴は、変わらずそこに佇んでいた。
「バカな……
 あれだけの光弾を受けて……」
 仲間達を次々に撃墜した攻撃が、まるで問題になっていない。箒が呆然とつぶやき――敵も同じように戦慄したのだろう。夜明が、先ほど鈴に向けて放とうとしたものと同じ大光球を作り出した。
「あー……さすがにアレはマジメに対応しなきゃダメかな?」
「ちょっ!? 何のん気なこと言ってんのよ!?」
 落ち着いた様子でつぶやくジュンイチに鈴がツッコむ中、夜明が光球を放ち――
「……しょうがない」
「きゃあっ!?」
 その言葉と同時、鈴の身体が“一瞬だけ”浮遊感に包まれる――すぐに落下感が消え失せ、ジュンイチが“対応”するために自分の“持ち方”を変えたのだと理解する。
 そのジュンイチは、左手で鈴を“つかんだ”まま、右手を迫り来る光弾に向けて――



 光弾は、ジュンイチの目の前に展開された不可視の壁に受け止められていた。



 炸裂性だったのだろう。光弾が大爆発を起こす――しかし、衝撃の過ぎ去った後、煙の向こうから現れたジュンイチはまったくの無傷だった。鈴も、新たに傷を負った様子はない。
「バカな……
 なんという防御力だ……!」
 その光景に、箒は呆然とつぶやいて――
「エネルギー攻撃に対しては……ね」
 対し、あずさがジュンイチに代わってそう答えた。
「あれがお兄ちゃんの力場の、固有の特性だよ。
 “エネルギー制御特化”……“力”の制御に特化した能力者であるお兄ちゃんの展開する力場、ISで言うところのシールドバリアは、エネルギー系の干渉や攻撃に対してはとんでもなく強いの。
 まぁ、その代償として物理的な衝撃にはとことん弱いんだけどね……トータルの防御力は箒ちゃんの紅椿の方が上。むしろ狙撃戦を想定して装甲薄めのブルー・ティアーズにすら劣るんじゃないかな……って、どしたの? そんなしかめっ面して」
「いや……お前の声が姉さんに良く似ていてな……」
「ふーん……ま、いっか」
 あっさりと納得すると、あずさは改めてジュンイチに声をかけた。
「あー、ところでお兄ちゃん」
「何だよ?」
「いい加減……鈴ちゃんの片足つかんで逆さ吊りにしてるその体勢、なんとかしてあげたら?
 ISのおかげで頭に血が上る事はないけど……女の子を支える持ち方じゃないよね、それ」
「あ……ワリぃ」
「今気づいたワケ!?」
 思わず鈴がツッコんで――
「――って、来たぁっ!」
 敵の動きに気づき、続けて声を上げる――光弾系の攻撃は通じないと判断したのだろう。福音と夜明が自分達に向けて突っ込んでくる!
「ふーん……ま、判断としちゃ、間違ってないかな?」
「え――って、きゃあっ!?」
 ジュンイチの言葉に伴い、自身の身体が宙を舞う――自分が放り投げられたのだと鈴が気づくのと、自分を手放したジュンイチの懐に福音と夜明が飛び込んだのはまったくの同時だった。
 鈴が声を上げる間もなく、福音と夜明がジュンイチに向けて襲いかかり――



「…………ま、教科書どおり、ってツッコんじゃえばそれまでの話なんだけどね」



 平然とジュンイチはそう告げた。
 つかみかかってきた夜明の腕をかいくぐり、カウンターの拳をその腹に打ち込み、一方で背後の福音の顔面にカウンターの蹴りを叩き込みながら。
「戦術に忠実なのはいいけど、彼我の戦力差を計算に入れないからそうなる。
 こっちの格闘戦能力を把握する前に行動に移すべきじゃなかったな――あずさ!」
「はいはいっ!」
 その声と同時、鈴の身体の落下が止まる――ジュンイチに言われる前から動いていたあずさが、鈴の身体を受け止めたのだ。
 一方、立て直した福音と夜明が再びジュンイチに襲いかかるが、ジュンイチは再びつかみかかってきた夜明の懐に飛び込んでヒジ打ち。間髪入れずにショートアッパー気味の掌底で零距離から夜明のアゴを打ち上げる。
 だが、操縦者を無視して暴走する夜明に脳震盪のうしんとうでダウンする、などということはない――すぐに立ち直ってくるが、ジュンイチもそんなことは百も承知だった。夜明が次の行動に移るよりも早くその右腕、手首の辺りをつかんで一本背負い。投げ飛ばされた夜明がジュンイチの背後に迫っていた福音に激突する。
 そんな二体に向け、ジュンイチが右手をかざし――そこから放たれた膨大な炎の渦が、福音と夜明を吹っ飛ばす!
「……オレを墜とすつもりなら、それなりに覚悟してからかかってくるんだな」
 二体の突っ込んだ海面が衝撃と共に弾け飛ぶ――“第二形態移行セカンド・シフト”した時と同じように海面を吹き飛ばして上昇してきた福音と夜明に告げ、ジュンイチは深く息をつき――
「鷲悟兄を墜としやがって……
 今のオレは……少々機嫌が最悪だ!」
 爆発的な加速と共に二体に向けて突っ込んだ。福音の腹に思い切り蹴りを叩き込み、返す刀とばかりに夜明をも蹴り飛ばす。
「おかげで加減も効きゃしねぇ……てめぇら、頼むから“あの二人”が復活する前に墜ちてくれるなよ」
 言いながら、ジュンイチは腰のツールボックスから何かを取り出した。
 携帯電話のような端末ツールだ……それを使うでもなく海に向けて放り込むと、ジュンイチは二体に向けて静かに告げる。
「てめぇらをつぶすのは……」



「織斑一夏と、鷲悟兄だ」





「ララララ〜♪ ラ〜ララ、ラ〜ララ〜♪ ラ〜ラ、ララ、ラ〜ララ〜♪ ラ〜ララ、ラ〜ラ〜ラララ、ララ、ラ♪」
 さざなみの音と歌声をBGMに、一夏は少女を眺め続けていた。
(…………あれ?)
 しかし、その歌声が途切れた。
 見ると、少女は踊るのもやめて、じっと空を見上げている。
 一夏もつられて見上げるが、そこには何もなくて――
「呼んでる……行かなくちゃ」
「え…………?」
 突然のつぶやきに視線を戻すと、そこに少女の姿はなかった。
 と――
「力を欲しますか……?」
 新たな声が一夏に呼びかけた。
 いつの間にそこにいたのだろう。波の中――ヒザの下まで海に浸かった女性がそこにいた。
 白く輝く甲冑を身にまとった、騎士の如きいでたち――顔の上半分、目元までを覆うバイザーによって、その素顔は隠されている。
「力を欲しますか……? 何のために……」
「ん? んー……難しいことをきくなぁ」
 女性の問いに、一夏はしばし考えて、
「……そうだな、友達を……いや、仲間を守るためかな」
「仲間を……」
「あぁ。
 なんて言うか、世の中ってけっこういろいろ戦わないといけないだろ? 単純な腕力だけじゃなく、いろんなことでさ」
 特に何かを考えて話しているワケではない――しかし、何も考えていないワケではない。
 話している内に、自分の頭の中で考えがまとまっていく感じだ。
「そういう時に、ほら、不条理なことってあるだろ。道理のない暴力ってけっこう多いぜ。
 そういうのから、できるだけ仲間を助けたいと思う。この世界で一緒に戦う――仲間を」
「そう……」
 女性が静かにうなずくと、
「だったら、行かなきゃね」
「えっ?」
 また後ろから声がかけられた――白いワンピースの少女が、そこにいた。
「ほら、ね?」
「あ、あぁ……」
 無邪気に少女が一夏の手を取り――世界が、光に包まれた。



 身をひるがえし、福音が光弾をばらまく――が、ジュンイチには通じない。周囲に張り巡らされた力場によって、直撃するはずの光弾はことごとく防がれてしまう。
 それでも、着弾し、爆発した光弾はジュンイチの周囲を爆煙で覆い隠した。煙に紛れて福音が距離を詰め――
「効かないとわかっている攻撃を愚直に繰り返す――」
 その顔面がつかまれた。動きを読まれていたと気づくがもう襲い。
「そんなの、ヤケクソか策があるかの二択じゃねぇか!」
 福音の離脱よりも早く、顔面をつかんだ手からそのまま炎を放ち、福音を吹っ飛ばす。
 そんなジュンイチの背後に夜明が回り込む――が、つかみかかったその手はむなしく空回り。真下に逃れていたジュンイチが、夜明の腹を思い切り蹴り上げる!
「す、すごい……」
 その光景を見上げ、箒が呆然とつぶやく――彼女は現在、あずさが持ち込んできていたレスキュー用フロートの上にいた。手のひらサイズのブロックから海水を吸って膨張、10畳ほどの大きさになったその上に、撃墜され、海上を漂っているセシリア達を順次引き上げているところだ。
 一方、あずさは鈴のダメージをチェック中。フロートの上に寝かせ、自身のISの追加装備にパッケージされていたスキャナで鈴と甲龍の状態を確認する。
「んー、やっぱりひどいね。女の子の珠のお肌がボロボロだよ。骨が折れてないだけでもまだマシって感じ?
 甲龍も甲龍でダメージレベルD。本当なら停止していてもおかしくないよ、コレ……」
「ハハハ……我ながらムチャしたもんよね……」
 あずさの言葉に、鈴は思わず苦笑するが、
「それもあるけど……甲龍この子、本当に鈴ちゃんのことが大好きなんだね」
「え…………?」
「もう停止していてもおかしくないくらいのダメージを受けて……それでも、鈴ちゃんの戦う意志に応えてくれた。
 鈴ちゃんのために、最後の力をふりしぼってくれたんだよ」
 応えて、あずさは甲龍のひび割れた装甲をなでてやり、
「けど、あたしが来たからにはもう大丈夫!
 こんなダメージ、すぐに治してあげるよ!」
 その言葉と同時、彼女のISの背中に背負われていたコンテナボックスが開いた。
「さぁ、出番だよ!
 “大工さんズ”“お医者さんズ”、GO!」
《ピヨッ!》
 あずさの言葉に声をそろえて答え、コンテナボックスの中から飛び出してきたのは手のひらサイズの、それぞれ大工と医者の衣装に身を包んだメカデ○スズメ“の大群”である。
「え!? ちょっ!? 待っ!? 何コイツら――ひゃあぁぁぁぁぁっ!?」
 その群れは、あわてふためく鈴へと一斉に殺到する――あっという間に彼女を取り押さえると、それぞれ甲龍の修理や鈴の手当てに取りかかる。
「これがあたしのIS桜吹雪きんさん専用パッケージオートクチュールのひとつ――前線メディカルメンテナンスステーション、“ナイチンゲール”。
 この子達にかかれば、ダメージレベルDのISだろうが左手の指4本切り落とされたカイジさんだろうが、チョチョイのチョイで復活だよ!」
「いや、効果の程よりもこの群れに襲われるビジュアル的なものがぁぁぁぁぁっ!?」
 あずさの説明に鈴が悲鳴に近い感じでツッコんでいると、
「でしたら……わたくしから先に復活させていただけませんこと?」
 そう口をはさんできたのはセシリアだった。
「やはり、このまま見ているだけなんてできませんわ。
 一刻も早くあの二機を倒して、鷲悟さんを……」
「必要ないよ」
 あっさりとあずさはそう答えた。
「みんなが出る必要なんかない。鈴ちゃんも手当てが終わっても出る意味なんかない。
 お兄ちゃん、言ってたでしょ? 『アイツらを倒すのは、鷲悟お兄ちゃんと一夏さんだ』って。
 絶対に二人は帰ってきて――福音と夜明を倒す。もうみんなに出る幕はないよ」
「で、ですけど……」
「わかんないかな?」
 食い下がるセシリアに答え、あずさは上空の戦いを指さした。
「お兄ちゃんだって、“自分ひとりで片づくところをわざわざ鷲悟お兄ちゃん達に譲ろうとしてるんだよ”?
 鷲悟お兄ちゃん達にリベンジの機会をあげようとしてるのに、わざわざ横槍を入れるのも野暮だと思わない?」
「ひ、ひとりでも勝てるって言うんですの!? あの方は!?」
 あずさの言葉にセシリアが驚いていると、上空のジュンイチが彼女に声をかけてくる。
「セシリア・オル……オル……オルゴール!」
「オルコットですっ!

 ご兄弟そろって、どうして名前が一発で言えないんですの!?」
「気にするな! オレは気にしない!」
「気にしましょうか! 間違えた張本人なんですから!」
 セシリアがツッコむが、ジュンイチはどこ吹く風といった様子で夜明の拳をかわし、
「よく見とけ!」
「え…………?」
「ビット兵器ってぇのは……こうやって使うんだよ!」
 言って、ジュンイチが周囲に光をばらまいた。舞い散るように漂うそれらはひとつひとつが鳥の羽根のようにも見えて――
「フェザー、ファンネル!」
 ジュンイチの言葉と同時、それぞれの光が収束して物質化。三角錐状のビット兵器となる。
 その数――12機。一斉に飛翔し、福音と夜明に襲いかかる。
 すぐに迎撃しようとする福音達だが、いくら光弾をばらまこうと目まぐるしく飛び回るフェザーファンネルには一発も当たらない。
 そればかりか、フェザーファンネルから放たれるビームが次々に直撃する――しかし、こちらもシールドバリアに阻まれて福音や夜明には届かない。
「さすがIS。耐えやがるか……
 けど、これならどうだ!」
 だが、ジュンイチは落ち着いたものだった。ジュンイチのさらなる指示で、フェザーファンネルはジュンイチの周りに集結し、
「全フェザーファンネル、着弾タイミング同期!
 くらいさらせっ!」



「ギガクラッシュ!」



 瞬間、一斉にビームが放たれ――大爆発が巻き起こった。
 フェザーファンネルのビームは“まったく同じタイミングで”福音に着弾。それぞれの爆発が相乗効果によって互いに増幅し合い、巨大なひとつの大爆発と化したのだ。
「ま、まさか……すべてのビットの攻撃を、まったく同時に着弾させたんですの!?」
 これにはさすがの福音も耐え切れず、吹っ飛ばされる――そのからくりに気づき、セシリアが驚いて声を上げる。
 そして――思い出す。
 最初に対戦した時に鷲悟が言っていた、“自分以上のビットの使い手”の話を。
 すなわち――
「そう、ですの……彼が……」
 格が違う――そう、思い知らされた。
 自分達がまるで歯が立たなかった、第二形態となった福音と夜明をたったひとりで圧倒するその実力もさることながら、ビットの扱いにおいても、彼は自分のはるか上を行っている。
 自分が、まだまだ未熟であると思い知らされる――
「大丈夫だよ」
 しかし、そんな彼女にはあずさが答えた。
「あんなの、ちょちょいっとハイパーセンサーに手伝ってもらえば、アタシ達にもできることなんだから。
 大丈夫。みんなまだまだ強くなれるよ。箒ちゃんも、鈴ちゃんも……オーバーロードちゃんも」
「オルコットです!」

 兄妹三冠達成。最後にボケ倒してくれたあずさに、セシリアは力いっぱいツッコんだ。



(…………ん……)
 未だ定まらない意識の中、鷲悟はボンヤリと闇の中を漂っていた。
(……ここは……?
 オレ……どうなったんだっけ……?)
 ぼんやりと、何があったのかを思い出す。
 臨海学校に来て……束が現れて、軍用ISが暴走したって話が来て。
 迎撃に出た一夏と箒が心配で、鈴と二人で追いかけて、それで……
(……あー、そうだ……
 撃墜されたんだ、オレ……)
 戦いはどうなっただろうか。鈴達はうまく逃げられただろうか。
(……確かめなきゃ……)
 おぼろげながらそう決心した、その時――
(…………ん?
 あれは……)
 闇の向こうから、何かがこちらに向けてゆっくりと降りてくるのが見えた。
(まさか、あれって……)
 その正体に、彼は心当たりがあった。まだ満足に動かないその手を、“それ”に向かって懸命に伸ばし――



「オォォォォォッ、ラァッ!」
 咆哮し、振るった右腕から炎が解き放たれる――ものともせずに炎の壁を突破する夜明だが、待ちかまえていたジュンイチのヒザ蹴りを腹に受け、さらに身体を一回転させてのヒジ打ちでブッ飛ばされる。
 そこへ福音が光弾をばらまくが、あっさりとフィールド防御。逆に熱線のごとく放った炎で福音を吹っ飛ばす。
「つ、強い……!」
「あぁ……!
 鷲悟も強かったが、あの男はそれ以上だ……」
 福音と夜明をまるで寄せつけないその戦いぶりに、シャルロットとラウラが思わずつぶやくと、
「あぁ? 何言ってんの、お前ら」
 そんな二人のつぶやきを聞きつけ、ジュンイチが上空からそう返してきた。
「オレが鷲悟兄より強いって?
 確かにそこを否定するつもりはないけどさ――鷲悟兄の実力も知らないクセによく言うねぇ」
「そ、そんなことありませんわ!」
 告げるジュンイチの言葉に、セシリアはムキになって反論した。
「わたくしは入学当時からずっと鷲悟さんを見てきました!
 ずっと、鷲悟さんを目標に、鷲悟さんに追いつくために……だから、鷲悟さんの実力はよくわかってます! 少なくとも、この数ヶ月離れていたあなたよりは――」

「“弱くなった鷲悟兄を”……ね」

 キッパリと、ジュンイチは言い放った。
「お前らが見てきた鷲悟兄の強さが全力だなんて思ってほしくないね。
 鷲悟兄が本当に本気になったら、この程度の相手どうとでもできるんだよ。それこそ“煮るなり焼くなり”ってヤツだ」
「鷲悟は、実力を隠してる、ってこと?」
「結果だけを見るなら……な」
 尋ねるシャルロットに答え――ジュンイチは突っ込んできた夜明の拳をさばき、カウンターのヒジをその脇腹に叩き込む。
「確かに、鷲悟兄は力を抑えてる。
 けど……鷲悟兄にはそんな自覚はない。そもそも、自分が実力を抑えてるって自覚すらないはずだ」
「どうして、そんなことに……!?」
「ンなの、決まってる」
 うめくラウラに、ジュンイチはキッパリと答える。
「それは……」



「お前らが、鷲悟兄よりも弱いからだ」



「お前らも知っての通り、鷲悟兄は“誰かと一緒にいること”に対して強い執着がある。
 けど……今はそれが、鷲悟兄の中でブレーキとして働いてる……」
 キッパリと『鷲悟よりも弱い』と断言され、箒が唇をかむ――そんな彼女にかまわず、ジュンイチは続ける。
「鷲悟兄は、お前らと一緒にいたいから……無意識に馬力を落としてる。
 お前らと一緒にいるために……本人すら気づかないうちに、“お前らのレベルにまで戦闘能力を落として”“お前らと同じ次元にいようとしてる”
 福音のばらまく光弾を、フェザーファンネルによる迎撃で一発残らず撃ち落とす――その一方で、自身は接近戦を挑んでくる夜明の乱打をさばいていく。
「それでも、鷲悟兄はお前らのために身体を張った――気づいていないとはいえ、自分の力がフルに発揮できない中で、お前らを守るために命を懸けた。
 自分達が鷲悟兄に守られてるっていうことを……お前らはもっと知るべきだ」
 言って、福音を熱線で、夜明をサマーソルトキックで吹っ飛ばす。自分達をまったく寄せつけないジュンイチに、福音と夜明は改めて突進し――











 天と海からの砲撃が、福音と夜明を吹き飛ばした。











「何だ!?」
 空からの閃光が福音を吹き飛ばす。突然の異変に箒が声を上げ――
「……箒、アレ!」
「――――――っ!?」
 いち早く気づいた鈴が指さした雲の切れ間――視線を向けた箒は見た。
 大型4機のウィングスラスター。
 左手に追加された新武装。
 全体が洗練され、より動きやすく、より防御力が高まったISアーマー。
 大きく姿は変わっているが――間違いない。
 彼は――



「オレの仲間は、誰ひとりとしてやらせねぇっ!」

『一夏!』



 白式第二形態・雪羅を身にまとった一夏がそこにいた。





「きゃあっ!?」
「な、何が起きた!?」
 突然海面を突き破って飛び出してきた閃光が、夜明を真下から直撃した。その余波で荒れる海上で、波に揺られるフロートの上でシャルロットとラウラが驚いていると、
「そんなの、決まってますわ」
 そんな二人に対して、セシリアは落ち着いたものだった。激しく揺さぶられるフロートの上でも、なんとか耐えながらじっと海面の一点を見つめている。
「帰ってきたんですわ……あの人が」
 その言葉と同時――彼女の見つめる海面が“開いた”。
 まるで海面が内側から押しのけられるかのように、瞳が開かれるかのように、左右に押し開かれていく。
 そして――その中から、それは姿を現した。
 全身を覆う漆黒のウロコ。
 周囲に飛び散る水しぶきを吹き飛ばすように羽ばたく翼。
 倒すべき敵をにらみつけ、うなりを上げる双つの頭部。
「黒い……双頭竜……!?」
 見るものすべてを圧倒するその威容を前に、シャルロットがつぶやき――

暴竜皇ぼうりゅうおう……タイラント・オブ・ドレイク」

 一方でその名を知る者もいた。満足げにつぶやくジュンイチの言葉に応じるかのように、双頭竜が天高く雄叫びを上げる。
 そんなタイラント・オブ・ドレイクの背の上に、セシリアは“彼”の姿を見つけた。
 だから――告げる。
「お帰りなさい……」



「鷲悟さん」



 その言葉が聞こえたかどうかはわからない。
 ただ、鷲悟は前方――自分を撃墜した因縁の相手をにらみつけるのみだ。
 そして告げられる、復活の第一声――
「さて……」











「踏みつぶすか」











満を持し
  ついに復活
    反撃だ


次回予告

鷲悟 「おぅ、鷲悟だ。
 心配かけたけど、一夏もオレも、ついに復活!」
一夏 「もう好きにはやらせねぇ!
 今度こそアイツらを止めてやる!」
鷲悟 「向こうもパワーアップしてるみたいだけど、関係ねぇな、そんなもんっ!
 こっちだってパワーアップで対抗だ! いくぜ、一夏!」
一夏 「おぅっ!」
鷲悟 「次回、IB〈インフィニット・ブレイカー〉!
   『“勝つ”ためじゃなく“守る”ため……鷲悟と一夏の超絶進化!』
   
一夏 「借りは返すぜ……福音、夜明!」

 

(初版:2011/08/05)