「鷲悟さん……」
「一夏……!」
激戦の続く海上に、ついに彼らがカムバック――鷲悟と一夏、復活を遂げ、戻ってきた二人の姿に、セシリアと箒が改めてその名をつぶやく。
「やれやれ……ようやく起きたかよ、このネボスケどもが」
一方、二人の復活に口元をほころばせたのは彼も同じだ――不敵な笑みと共に軽く悪態をつくと、ジュンイチは眼下に浮かぶフロートの上に舞い降り、
「あずさ、鈴の手当ては?」
「んー、もう終わりだね……はい、終わったー」
あずさが答えるその言葉に合わせ、鈴の身体に群がっていたメカデボ○ズメ達が一斉に離れる。そして――
「……ウソ、ぜんぜん痛くない……!?
それに、甲龍のエネルギーまで……!?」
鈴の手当てと甲龍の修復は完璧に仕上がっていた。鈴自身の負傷も一切の見落としなく治療され、甲龍も完全に元通り。装甲はワックスがけまで施され、新品同然の光沢まで放っている。
当然エネルギーも満タンまでチャージ済み。今の甲龍を見て、ついさっきまで機能停止寸前だったなどと誰が信じるだろうか。
「うん、ぱーふぇくと! さすがはナイチンゲール!」
「他のヤツらに緊急で手当てが必要なヤツはいないな。
もうここにいる理由はない――帰るぞ」
「――って、ちょっと待ちなさいよ!」
あずさに告げるジュンイチの言葉に、鈴はあわてて待ったをかけた。
「アンタ達、もう帰っちゃうの!?」
「今あずさに言った通りだ。
オレ達のミッションの目的は完遂した――もうここにいる理由はない」
「いや、そうじゃなくて……鷲悟に会っていかないの?
せっかく助けに来たのに……」
「『助けに来た』……?」
しかし、鈴のその言葉に、ジュンイチは眉をひそめてみせた。
「カン違いしてるみたいだから言っておく。
オレはお前らを助けに来たワケじゃない」
「え……?」
「お前らを助けたのは、ただの“ついで”だってことだ」
思わず呆ける鈴に、ジュンイチはあっさりとそう答えた。
「オレはただ、身内の不始末を片付けるためにここに来た……それだけだ。
お前らを守ったのはその片手間――そのためにここに来たワケじゃない。
何より、お前らを守るのは、鷲悟兄と織斑一夏の仕事だろうが」
「その『身内』っていうのが、鷲悟なんじゃないの?」
「そこはまぁ、ご想像にお任せするよ。
とにかく、目的は果たした。もうここにいる理由はねぇよ」
「えー? いいじゃない。もうちょっといようよ」
「ダメだ。ほら、行くぞ」
あずさに答え、その首根っこを捕まえて――不意に、ジュンイチは箒へと向き直った。
「あぁ、そうだ……篠ノ之箒」
「な、何だ……?」
「これからの戦いを、よく見ておけ」
何を言われるのかと身を固くする箒に、ジュンイチはそう告げた。
「ここから先の福音と夜明は……今のまま“変われなかった”場合、お前がたどることになる未来の姿だ」
「何……?
おい、それはどういう……」
聞き返そうとする箒だったが、ジュンイチはその問いに答えることなく、あずさを捕まえたまま飛び去っていってしまった。
第20話
“勝つ”ためじゃなく“守る”ため……
鷲悟と一夏の超絶進化!
「……アイツらも、こっちに来てたんだな……」
飛び去っていくジュンイチとあずさの姿には彼も気づいていた。つぶやき――鷲悟は自分の手の中のそれを見た。
折りたたみ式の携帯電話のような形状の端末ツールである。
「ま、オレの“ブレインストーラー”を持ってきてくれたのは、感謝かな。
ドレイク、久しぶり。元気だったか?」
《バカにするなよ、我が主》
《永き刻を生きる我ら精霊獣にとって、たかだか数ヶ月などなんの苦になろうか》
「……要するに、ちっとも寂しくなかったワケね」
どうやら久しぶりに会った相棒達は相変わらずのようだ。自分のまたがる双頭竜――“暴竜皇”の名を持つ精霊獣、タイラント・オブ・ドレイクの偉そうな物言いに、鷲悟は思わず苦笑する。
と――
「……すごいな、ソイツ」
そんな彼らのもとへ一夏が合流してきた。ドレイクを見ながら、どこかうらやましそうにそう声をかけてくる。
「そういう一夏も、白式がなんかスゴイことになってるじゃないか。
ウワサに聞く“第二形態移行”ってヤツか」
「あぁ、どうもそうらしい。
それより……」
答えて、一夏が見るのはすでに体勢を立て直し、こちらを警戒している福音と夜明である。一夏の進化と鷲悟の新戦力、それぞれの力を値踏みしているようにも見える。
「おやおや、敵さん、ビビってるみたいじゃないのさ」
「そういう鷲悟だって、ビビったりしてないだろうな?」
「ハッ、ぬかせ」
一方の鷲悟達は余裕綽々といった様子だ。軽口を叩き合いながら、改めて福音と夜明をにらみつける。
そして――
「そんじゃ――」
「再戦といこうか!」
言って――福音と夜明に向けて飛翔した。
「いくぜ!」
一気に加速し、福音との距離を詰める――“雪片弐型”を右手だけでかまえ、斬りかかる。
ひらりとかわし、距離を取ろうとする福音だったが、一夏も左手に追加された新武装“雪羅”を起動させつつ追いかける。
“第二形態移行”したことで現れた、第二形態の名の由来にもなっているこの武装は、状況に応じてモードを使い分けるマルチ・フォーム・ウェポンらしい。現在の大型クローグローブ形態、その指先から伸びたエネルギー刃が福音を直撃。シールドバリアに阻まれたもののその身を大きく弾き飛ばす。
《敵機の情報を更新。
攻撃レベルAで対処する》
言うなり、福音が光弾をばらまき反撃に出るが――
――雪羅、シールドモードへ切り換え。相殺防御開始。
音を立てて装甲の一部が変形した雪羅から光の膜が放たれた。その膜は福音の光弾を受け止めると、爆発すら許さず一方的にかき消していく。
その様はまるで零落白夜で相手のエネルギーを打ち消した時に似ている――そう。これは相手のエネルギー攻撃を無効化することのできる“零落白夜のシールド”なのだ。
当然エネルギーの消耗は激しいが、炸裂性である福音の光弾にはきわめて有効だった。少なくとも、これで爆発の衝撃によって姿勢を崩される心配はなくなった。
「ぅおぉぉぉぉぉっ!」
相手の攻撃がわずかにゆるんだ一瞬のスキを突き、一夏が福音に向かって翔ぶ――機動力においても強化されている白式・雪羅は、大型スラスター4機の採用によって“二段階瞬時加速”を可能としている。さんざんこちらをかき回してくれた福音だが、もう逃がすつもりはない。
右手の雪片弐型と雪羅、二つの零落白夜の光刃を生み出して、一夏は再び福音に向けて飛翔した。
一気に距離を詰め、つかみかかる――が、夜明の手はむなしく虚空をつかんでいた。ドレイクの尻尾をつかみ損ねた夜明に対し、ドレイクはその尻尾の一撃で夜明を叩き落とす。
それでも、両手のビーム砲“金の陽光”を砲撃モードに切り換えて反撃してくるが、
《その程度で》
《我を傷つけようなど!》
対し、ドレイクが周囲に漆黒のバリアのようなものを展開。バリアを叩いたビームはその進行方向を“ねじ曲げられ”、あさっての方向へと飛び去っていく。
《今度は》
《我らの番だ!》
言って、ドレイクが双つの頭、それぞれの口を大きく開き、立て続けに光線を吐き放った。強烈な重力エネルギーを内包したそれはその重力ゆえにメチャクチャな軌道を描きながら夜明に向けて飛翔する。
対し、夜明は素早くその砲撃を回避。海面を直撃した光線は大量の海水を巻き上げ、メチャクチャな方向に弾けさせ――
「ドレイクばっかりに、気ぃ取られてんなよ!」
いつの間にかドレイクの背中を離れていた鷲悟が、夜明を至近距離からのフルバーストで吹っ飛ばす!
《主!》
「出迎えありがとっ!」
夜明を吹っ飛ばした鷲悟のもとへドレイクが飛来。鷲悟をかっさらうように再びその背に乗せて飛翔する。
そして――
「《くらえぇぇぇぇぇっ!》」
鷲悟とドレイクの一斉砲撃が、夜明に向けて降り注ぐ!
(一夏が駆けつけてくれた……!)
それは、箒にとって何よりも心強いことだった。
一夏がいてくれる。それだけで心が奮い立ち、熱くなる。
鷲悟は箒をこう評した――『一夏がいなければ戦えない』と。
しかし、それは逆に言えば『一夏がいればどこまでだって戦える』ということだ――上空で戦う一夏の姿に、何よりも強く願う。
(私は……一夏と共に戦いたい。
あの背中を……守りたい!)
その時だった。
箒のその願いに応えるように、紅椿の展開装甲から放たれる赤い光が金色に変わったのは。
「こ、これは……!?」
光が変わっただけではない。紅椿のエネルギーが急速に回復している。
――“絢爛舞踏”、発動。展開装甲とのエネルギーバイパス構築……完了。
表示されていた一文にはわずかに見覚えがあった。
(これは……柾木に対して攻撃してしまった時に……)
思えば、あの時もエネルギー切れの状態から息を吹き返すように力がみなぎっていた。あの時も、このシステムが発動していたのだろうか。
あの時は、自分の心を御しきれず、力の使い道を誤ってしまったが――
(今度こそ……使いこなしてみせる!)
強い決意と共に、箒は上空の戦いを見上げ――
「何を、ひとりで格好つけていらっしゃるんですの?」
そんな箒に告げ、セシリアがとなりに並び立つ。
「セシリア、お前、ダメージは……?」
「鈴さんがあそこまでがんばってくれたんですのよ。わたくし達も、この程度で音を上げてなんかいられませんわ」
「鷲悟や一夏にばっかり、任せてはおけないしね」
「何より、このままやられっぱなしは私個人としても引っ込みがつかん」
セシリアだけではない。シャルロットやラウラもやる気は十分のようだ。
そして――
「いくわよ、箒」
鈴もまた箒のとなり、セシリアの反対側に並び立つ。
「今度こそ――ケリつけるわよ」
「あぁ!」
そして、箒は改めて上空の戦いを見上げ、
「いくぞ、みんな!
『やってやるぜ!』だ!」
『おぅっ!』
「でやぁあぁぁぁぁぁっ!」
咆哮と共に、零落白夜の光刃が福音のエネルギー翼を断つ――しかし、もう一方の翼からの一斉射が一夏を襲った。一夏が対応に追われている間に、断ち切った方の翼もエネルギーを補充され、元通り再構築されてしまう。
――エネルギー残量20%。予測稼働時間、3分。
「くそっ、時間が……!」
ハイパーセンサーからの報告に思わず舌打ちする。
向こうは暴走の影響かエネルギーの尽きる気配はまったく見られない。対する一夏と白式には、刻一刻とエネルギー切れの時が近づいている。
(こうなったら、ムチャでもなんでも、やるしかないか!)
多少の強行もやむを得まいと一夏が覚悟を決めた、その時――
「一夏!」
「大丈夫!?」
「箒!? 鈴まで!?」
そこへ飛来してきたのは箒と鈴だった。
「お前ら、ダメージは……」
「………………聞かないで」
尋ねる一夏に、鈴はぷいと視線をそらしてそう答える――どうやら、あの“治療”と“修理”は彼女の心に少なからず傷を残したらしい。
「そんなことより――箒!」
「あぁ!
一夏、これを受け取れ!」
言って、箒が白式の肩アーマーに触れる――その瞬間、自らに起きた異変を白式がハイパーセンサーを通じて教えてくれる。
「な、何だ!?
エネルギーが――回復!? 箒、これは!?」
「説明は後だ!
今はヤツを倒すことだけを考えろ!」
尋ねる一夏を箒が一喝。二人は鈴と共に再び福音と対峙する。
「よぅし、反撃開始だ!
一気に巻き返すぞ、箒、鈴!」
『おぅっ!』
「鷲悟さんから――離れなさい!」
言い放つと同時、セシリアの放ったスターダスト・シューターによる狙撃が、鷲悟とドレイクに迫った夜明を直撃する。
すぐに体勢を立て直す夜明だったが――突如その動きが金縛りにあったかのように停止した。
「捕まえたぞ――シャルロット!」
「うん!」
ラウラのAICによる拘束だ。続けてシャルロットが夜明の懐に飛び込み、
「この距離なら、外さない!」
“灰色の鱗殻”の一撃で、夜明を力いっぱい吹っ飛ばす!
「セシリア!?
シャル、ラウラまで!?」
「助太刀しますわ、鷲悟さん!」
「オイシイところの独り占めは、よくないよ!」
「私達も、コイツには借りを返したいからな」
突然の援軍に驚く鷲悟に答え、セシリア達三人は鷲悟の周りに集結する。
「いきますわよ、鷲悟さん!
私達が力を合わせれば、たとえ“第二形態移行”されていようと!」
言って、セシリアがスターダスト・シューターの銃口を福音に向けて――
《少し待て、娘》
そんな彼女を止めたのはドレイクだった。背中にまたがる鷲悟に提案する。
《主よ。そういうことであれば、我の巨体は少々連携のジャマになる》
《ここは、彼女達に体格を合わせる意味でも“アレ”でいくべきだと思うが》
「久しぶりで、お前らが使いたいだけなんじゃないのか……?
……ま、同感だけどさ!」
言って、鷲悟は懐からブレインストーラーを取り出した。
折りたたみ式のその本体を開くと、携帯電話ならダイヤルボタンの並んでいる位置に上下に並んだ二つのボタン、その下側のボタンを押し込む。
〈Mode-Install.〉
システム音声が告げ、鷲悟はブレインストーラーを閉じて振りかぶり、
「みんな! もうちょっと離れてろ!
“変身の”余波に巻き込まれても知らないからな!」
「へ、変身!?」
思わずシャルロットが聞き返す中、鷲悟の腰――“装重甲”のベルト、
そのバックル部分が変化し、何かをセットするようなくぼみが作り出される。
「――いくぜ!」
「“精霊獣融合”!」
宣言と同時――ブレインストーラーをバックルのくぼみに左からスライドさせるようにセットする。
〈Install of DRAKE!〉
そして――鷲悟の周囲に“力”が渦巻き、その姿を瞬く間に覆い隠してしまう。
“力”の正体は強力な重力エネルギー。周りの大気を、眼下の海水までもを吸い上げ、渦を巻いて荒れ狂う。
その姿はまるで繭のようにも見えて――
弾けた。
“力”の渦が、突如内側から弾け飛び――鷲悟がその姿を現した。
そう――鷲悟だけだ。ドレイクの姿はどこにも見えない。
その一方で、鷲悟の“装重甲”は大きく姿を変えていた。
大型スラスターが追加され、まるで袴のように外側へ末広がりとなった両足アーマー。
砲身後方が二股に分かれ、その間にグリップが通される形になった“グラヴィティランチャーU”は腰の両側にマウントされている。
二連装から外側にさらに一門追加。三連装となった両肩の“グラヴィティキャノンU”に、シールド部分が大型化。さらに盾部分の上下に反り返ったブレードが追加された“バスターシールドU”。
砲身が短くなり、常時前方に展開された形となり、ドレイクの双頭を思わせる装飾の施された“カラミティキャノンU”。
背中に作り出した巨大な実体翼に、全体的に生物的な曲線が多くなった全身のボディアーマー。
そして――両手で握る、両端により巨大な刃を備えた新たな重天戟。
変身を完了し――鷲悟は閉じていた瞳を開いた。顔を上げ、高らかに名乗りを上げる。
「G・ジェノサイダー……ドラグーンフォーム。
with――」
「魔双重天戟――“烈禍”!」
「――いくぜ!」
宣言と同時、一気に加速――距離を詰め、鷲悟は新たな重天戟で夜明に斬りかかる。対し、夜明はその一撃をかいくぐり、接近戦に持ち込もうとするが――
「させるかよ!」
言い放ち――鷲悟の手の中で重天戟が“分かれた”。
鈴の双天牙月のように、柄の中ほどで分割されたのだ――二振りのハンドアックスとなった重天戟を巧みに操り、鷲悟は夜明に怒濤の連続攻撃を見舞う。
これにはたまわず夜明は後退。逃がすものかと鷲悟も重天戟を分割したまま背中にマウント、両腰のグラヴィティランチャーを抜いて砲撃体勢に入る。
が――
「――いけない!
詰めてくるよ、鷲悟!」
気づいたシャルロットが声を上げるのと同時、夜明が反転、距離を詰めてくる――最初からこちらがグラヴィティランチャーに持ち替える、すなわち近接戦装備を手放すのを待っていたのだ。
鷲悟の放つグラヴィティキャノンやバスターシールド、グラヴィティランチャーの砲撃をかいくぐり、夜明は距離を詰めて鷲悟につかみかかり――
「なめんな!
“カタールモード”!」
次の瞬間――光が散った。
つかみかかってきた夜明の手――エネルギーでできたその十指が斬り飛ばされたのだ。
“グラヴィティランチャーの砲身全体を包んだエネルギー刃によって”。
「ドラグーンフォームの“ドラグーン”――その由来を教えてやる!」
言って、鷲悟が身をひるがえし――
「単なる“竜”じゃない――“竜騎士”だ!」
叩き込まれた光刃の二連撃が、夜明を吹っ飛ばす!
「そらそら、どうしたの!?」
「さっきまでの勢いはこけおどしか!」
鈴の熱殻拡散衝撃砲が追い回し、逃げた先には箒の一撃――先ほどまで優勢がウソのように、福音は二人に圧倒されていた。
別に、能力差が埋まったワケではない。鈴は修理と補給、ケガの手当てを受けただけだし、箒に至ってはエネルギーが回復しただけだ。刀だって展開装甲のエネルギー刃で代用している有様だ。
だが――ただひとつ、気迫が違った。
一夏が戻ってきた。彼女達の一番の憂いが消えた。後は目の前の敵を叩きのめすだけ――これで気合が入らないはずがない。
気力、テンション、心がまえ――システムだけで動いている福音には決してマネできないその要素が、福音を完全に圧倒していた。
「二人とも、離れろ!」
そんな二人の気迫の源である一夏、彼が攻撃に加わっていなかったのは別にサボっていたワケではない――フルチャージした砲撃モードの雪羅を発射、放たれた荷電粒子砲の一撃が福音を吹き飛ばす。
直撃をもらい、福音が吹っ飛び――鷲悟の連撃で吹っ飛ばされた夜明が激突する。2体の暴走ISの動きが止まり――
「近接組、離れろ!」
「ちょっと、ハデなのいくよ!」
ラウラとシャルロットが叫び、二人の放った弾雨が福音、夜明に向けて降り注ぐ!
爆発の中、反撃に転じようと爆煙の中から飛び出してくる福音だが――
「そう来るだろうと――思ってたよ!」
シャルロットがその行く手に回り込んでいた。近接ブレードの一撃で福音をラウラに向けてブッ飛ばす。
「いい位置だ、シャルロット!
そら――返すぞ!」
対し、ラウラは福音をAICで拘束、プラズマ手刀で一撃を見舞うとさらにレールカノン2門の斉射で再びシャルロットに向けて撃ち返す。
そこへシャルロットが突っ込み、ラウラもその後を追い――
「これで――」
「どうだぁっ!」
シャルロットが“灰色の鱗殻”で一撃。さらに追いついてきたラウラが零距離砲撃を叩き込む!
一方、夜明は先の爆発に紛れて離脱しようとするが、
「逃がすもんですか!」
鈴がその前に立ちふさがった。両手の双天牙月を連続で叩き込み、オマケとばかりに蹴り飛ばす。
「はぁぁぁぁぁっ!」
さらにそこへ箒が突撃。両手だけでなく、両足の展開装甲にも光刃を張り、たて続けの斬撃の果てに夜明を真上にブッ飛ばす。
「セシリア、行ったわよ!」
「引き受けましたわ、鈴さん!」
その先に待ちかまえるのはセシリアだ。ストライク・ガンナーの構成パーツを切り離し、解き放ったブルー・ティアーズのオールレンジ攻撃が、そしてスターダスト・シューターの狙撃が夜明に向けて降り注ぐ。
そして――
『当たれぇぇぇぇぇっ!』
三人の一斉射撃が、改めて夜明に叩き込まれる。
「鷲悟、そろそろ決めるぞ!」
「あぁ!」
最後の仕上げはこの二人――言葉を交わし、一夏と鷲悟が突っ込む。
とっさに光翼を広げ、一夏を迎撃しようとする福音だったが、
「させると――」
「思ってるのかしら!?」
箒と鈴が強襲、その光翼を叩き斬る!
完全に抵抗の手段を奪われた福音に向けて一夏が突っ込み――
「これで……」
「終わりだぁぁぁぁぁっ!」
渾身の一撃が、今度こそ福音のISアーマーを打ち砕いた。
最後まで抵抗しようとした福音と違い、夜明は合理的な計算の上でこれ以上の抵抗は無意味であると悟っていた。
だからこそ、己の生存を第一として、離脱を優先したその判断は決して間違いではない。
もっとも――
「どちらへ行かれるつもりですの!?」
それが可能かどうかは別問題なのだが。セシリアが回り込ませたビットが夜明の顔面にカウンターを見舞った。
続けてミサイルビットが背中に直撃し――その脚にラウラのワイヤーブレードがからみつき、
「そら――シャルロット!」
「任せて!
これが最後の炸薬だ――持っていけぇっ!」
ラウラが思い切り福音を振り回し、シャルロットへ合図――夜明の振り回される軌道上に飛び込んだシャルロットが、夜明に“灰色の鱗殻”の一撃を叩き込む!
「鷲悟さん!」
「あぁ!
カラミティシステム!」
セシリアに呼ばれ、鷲悟が動く――背中の実体翼が下方に向くと、カラミティシステムの発動を示す漆黒の光翼が展開。二対の翼が「X」の字を描き出す。
そして――
「バーストモード、スタート!」
切り札、バーストモードを発動。自らのパワーを一気に引き上げ、鷲悟は夜明に向けて突っ込む。
背中の、ハンドアックスモードの重天戟を投げつけ、その直撃を受けた夜明にカタールモードのグラヴィティランチャーで追撃のラッシュを叩き込む。
最後に思い切り蹴り飛ばすと、鷲悟は両手のグラヴィティランチャーを目の前でひとつに重ねる。
そのまま、カタールモードの光刃を並べたグラヴィティランチャーを前方に突き出すように突撃、夜明を狙い――
「重皇――突貫!」
「グラヴィティ、ラム!」
全身をひとつの衝角に見立てた鷲悟の突撃が、夜明を直撃する!
同時、鷲悟の全身にみなぎっていたバーストモードのエネルギーもそのすべてが夜明に叩きつけられる――打点の軸をずらし、鷲悟は夜明を撥ね飛ばすようにそのまま駆け抜け、
「Revenge――completed!」
宣告と同時――叩き込まれたエネルギーが炸裂。夜明のISアーマーを粉々に爆砕した。
「……ふぅっ……」
ISアーマーを失い、落下する夜明の操縦者はシャルロットが受け止めてくれた――息をつき、鷲悟は“精霊獣融合”を解除。腰のバックルからブレインストーラーを外し、身にまとう“装重甲”が元に戻る。
「………………柾木……」
そんな鷲悟を、箒は複雑な表情で見上げていた。
『ここから先の福音と夜明は……今のまま“変われなかった”場合、お前がたどることになる未来の姿だ』
ジュンイチに言われたことを思い出し――その意味を理解する。
(ただ力のみによって戦う者は……それ以上の力によって叩きつぶされることになる、か……)
「力を持てばいいというワケではない、か……
“ウィズ”は余計な事を考えずに素直に振るえと言っていたが……」
その“素直”というのも、言葉そのままの意味というワケではないだろう。本当の意味で答えを出すには難儀しそうだと思わず苦笑し――
鷲悟が、落下した。
突然、鷲悟の身体がグラリと傾き、そのまま浮力を失った。“装重甲”の構築も解け、眼下の海へと落下して――
「鷲悟さん!」
セシリアがあわててその後を追った。落下する鷲悟の身体を海面スレスレで受け止める。
「鷲悟!」
「大丈夫か!?」
夜明の操縦者を抱えたシャルロットも、そしてラウラもあわてて飛んでくる。一夏や箒、福音の操縦者を抱えた鈴もあわててその周りに集まり――
「…………くかぁ……」
聞こえてきたのは安らかな寝息――場の張り詰めた空気が一瞬にして霧散する。
「……何だよ、心配させやがって……」
「まぁ、気持ちはわかるわよ……あたしもクタクタ。早く戻って休みたいわ」
ホッとしたついでに憎まれ口を叩く一夏に鈴も苦笑まじりに答える――笑みをもらし、セシリアは自分の腕の中で眠る鷲悟を見下ろした。
「……お疲れさまでした、鷲悟さん」
すでに日は傾き、夕焼けの太陽に赤く照らされながら、鷲悟は安らかに眠り続けていた。
「…………ん……」
まどろみ、ぼんやりとしていた意識が急速に戻ってくる――目を覚まし、鷲悟はゆっくりと目を開けた。
「……ここは……旅館か……?」
かろうじてそこまではわかったが、そこから思考が進まない――未だ本調子とは言えない頭を懸命に働かせ、鷲悟がつぶやくと、
「えぇ、そうですわ」
「…………?
セシリア……」
いきなりの声に顔だけをそちらに向けると――布団のすぐとなりにセシリアが座っていた。
見れば、シャルロットやラウラもいる。三人の中でセシリアだけが足を崩しているのを見て「あぁ、やっぱり正座はダメなのか」と苦笑して――
「………………」
止まった。
「……鷲悟さん?」
「…………そうだよ! 福音と夜明!」
どうやら、ようやく頭がまともに働き始めたらしい。尋ねるセシリアに応えるのも忘れ、勢いよく身を起こす。
「何でお前ら、アイツと戦ってたんだよ!?
大丈夫だったか!? ケガとかしてないか!?」
「だ、大丈夫ですわ。
わたくし達も、一夏さんも……箒さんに鈴さん、福音と夜明の操縦者のお二人も……」
「そっか……」
「それよりも鷲悟さんですわ。
復活したてであんなに激しく戦って……案の定気を失っ――」
だが、セシリアの言葉は唐突にさえぎられた。
言い終わるよりも早く――
鷲悟に、いきなり抱きしめられたから。
「し、ししし、鷲悟さん!?」
突然のことでまず驚きが先に立ったが――すぐに思考が沸騰した。鷲悟に抱きしめられ、うれしさと恥ずかしさ、二重の意味でセシリアの顔が真っ赤に染まる。
「ちょっ、鷲悟!?」
「いきなり何を!?」
一方、黙っていられないのが他の二人だ。シャルロットもラウラも、あわてて声を上げながら腰を上げ――
「…………よかった……!」
吹っ飛んだ。
セシリアの喜びも。
シャルロットの驚きも。
ラウラの嫉妬も――
セシリアを抱きしめたまま、肩を震わせる鷲悟のそのつぶやきを聞いて。
「……よかった……!
ちゃんと、守れた……みんな、守れたんだ……っ!」
前髪に隠れ、鷲悟の表情をうかがい知ることはできない。
だが、鷲悟が泣いているのはなんとなくわかった――だから、セシリアもそんな鷲悟を抱きしめ返し、その背中を優しくさすってやる。
気づけば、シャルロットも鷲悟の頭をなでてやり、ラウラもシャルロットの反対側に座し、セシリアとは別に鷲悟の背中をさすってやっている。
どのくらいそうしていただろうか――落ち着いたのか、ようやく鷲悟はセシリアから離れた。
「……ゴメン。ちょっと……取り乱した」
「いえ……落ち着くお役に立てたのでしたら、それで十分ですわ」
涙をぬぐいながら謝る鷲悟にセシリアが答えると、
「オルコットさ〜ん、柾木くんは起きましたか〜?」
ふすまがノックのように軽く叩かれ、向こう側から真耶の声がした。
「あぁ、はい、起きてます」
「そうですか。よかった……
でしたら、改めて検査しますから大広間の作戦本部に来てください――あと、織斑先生も聞きたいことがあるとか」
「はーい。
……ジュンイチとあずさのことだな、きっと」
「あと、最初の無断出撃についてのお説教もあるだろうね……」
「覚悟しておいた方がいい。
箒と鈴はこってりしぼられていたぞ」
「ぅげ、マヂかよ……
じ、じゃあ、行ってくる……」
シャルロットとラウラの言葉に肩を落とし、鷲悟は部屋を出て行き――
『………………』
「え、えっと……!?」
ラウラとシャルロットの冷たい視線がセシリアに集まった。
「いいよね、セシリアは」
「鷲悟と抱き合うことができて……な」
「い、いえ、あれは鷲悟さんの方から……」
二人の刺すような視線に、ワタワタとあわてて弁明するセシリアだったが、
「……まぁ、それもそうだよね」
「悪いのは鷲悟だな、うん」
思いのほか、あっさりと二人は怒りを引っ込めた。安堵の息をつき、セシリアが思い出すのは先ほどの鷲悟の姿――
「…………泣いて、ましたわね……」
「うん……」
「あぁ……」
想いはみんな同じのようだ。ラウラと共にうなずき、シャルロットはついさっきまで鷲悟が眠っていた布団へと視線を向けた。
「……ボクらは、見たのかもしれないね。
鷲悟がずっと隠していた……“本当の鷲悟”を」
強くて、優しくて、けどかなり子供っぽいところのある寂しがりや――それが、自分達の見てきた“柾木鷲悟”だった。
それこそが彼の偽らざる姿だと、そう思っていた。
だが――現実は違った。
『寂しがりや』なんてレベルではない。鷲悟は、心から恐れていた。自分達の内、誰かひとりでも欠けてしまうことを。
誰かがいなくなってしまうことを心から恐れ、その恐怖に押しつぶされそうになっていた。
だからこそ――鷲悟は強かったのだ。
失ってしまう恐怖から逃れたくて……誰も失わないように、死に物狂いで戦って……だから、あれだけの強さを発揮できた。
強いから戦ってこれたんじゃない――弱いから、恐ろしいから、鷲悟は戦ってこれた。その“弱さ”を、今自分達は目の当たりにしたのだ。
『自分達が鷲悟兄に守られてるっていうことを……お前らはもっと知るべきだ』
ジュンイチの言葉が三人の脳裏によみがえる――きっと、彼が本当に言いたかったのはこのことだったのだろう。
鷲悟は、自分達と一緒にいたいばかりに、自らも知らない間にその力を押さえ込んでしまっているのだという――だが、そのために彼は厳しい戦いを強いられ、守りきれない恐怖に押しつぶされそうになっている。
そんな鷲悟の内面を『知るべきだ』と、ジュンイチはそう言いたかったのかもしれない。
「わたくし達を失うことを何よりも怖く思ってくれて……」
「しかし、私達に心配をかけまいと、ずっとその想いを隠してくれていた……」
「優しすぎるんだよ、鷲悟は……」
入学直後のセシリアとの対戦に始まり、対無人IS、対VTシステム……圧倒的な力を見せつけるその姿に、心のどこかで彼は無敵なんだと決めつけていた。どんな敵にも負けないと、偶像視していた。
だが……今回鷲悟は墜ちた。
彼は決して無敵ではない――その“現実”を、自分達に見せつけた。
だが――それでも、“第二形態移行”した福音と夜明に追い込まれる中で、『鷲悟なら何とかしてくれる』と思ってはいなかっただろうか。
知らず知らずの内に、自分達は鷲悟に甘えていた――そのことを、思い知らされる。
「もう……甘えられないな」
最初に自分達の想いを口にしたのはラウラだった。
「そうだね。
ボクらは、強くならなくちゃいけない――せめて、鷲悟に心配をかけなくてもすむくらい」
シャルロットもまた、自分の拳を強く握りしめる。
「そして――鷲悟さんを支えられるくらい。
鷲悟さんと共に戦うだけじゃない……鷲悟さんの心を、守れるくらいに……」
セシリアも、強く心に誓う。
自分のためではなく、誰かのために――鷲悟のために強くなりたい。
心から、三人はそう願い始めていた。
「あー、帰ったら反省文とオシオキトレーニングか……」
ケガ人ということで、お説教はそこそこのところで終わったが――それは単に地獄が先送りになっただけだった。千冬から解放され、鷲悟は廊下を歩きながらため息をついた。
「……けど……守れたのかな? オレ……」
自分の手に視線を落とし、つぶやく。
本来なら、夜明に撃墜された時点で自分は終わっていた。普通はあれで死んでいる。
だが――自分は生還した。帰ってきて、またみんなを守って戦えて――今度は、勝った。
それ自体は確かに喜ばしいことだが――しかし、同時に思い知らされる。
自分は“間に合わなかった”ということを。ジュンイチとあずさが乱入し、時間を稼いでくれたから何とかなっただけだ。
もし、あそこでジュンイチ達が現れなかったら――
「鷲悟」
不意に声をかけられ、振り向くとそこには鈴がいた。
「少し……いい?」
「………………?」
一瞬、その意図が読めず首をかしげるが――すぐに彼の中で考えがまとまっていく。
だから――答えた。
「ちょうどいい。
オレも……お前に話しておきたいことがある」
「――――よっと」
旅館を抜け出し――と言っても、別に旅館を離れるつもりはない。“旅館の屋根の上に”、鷲悟は鈴を背負って一足飛びに跳び上がった。
「……ありがと」
「いいよ。人に聞かれたくない場所、ってことでここを選んだのはオレだ。
浴衣じゃ、女の子はここに上りづらいだろ」
礼を言う鈴に答え、鷲悟は彼女を屋根の上に下ろしてやる。
「けど、あたしを背負ったままで……あぁ、重力を操れるアンタには関係ないか」
「バーカ。“力”なんか使うまでもないよ。お前軽いし」
「むっ……」
鷲悟の言葉に鈴がむくれる――『軽い』と言われるのは女の子的には喜ばしいことだが、体型にコンプレックスのある身としては『つくべきところについていない』と言われているようでいい気分ではない。女の子の心は複雑なのだ。
「どうせ、あたしはセシリア達と違って“ない”ですよーだ」
「そんなことは思っちゃいないさ。
“低い”とは思ってるけぶっ!?」
「……それはそれで気にしてるんだけど?」
鷲悟の鼻っ柱にとりあえず拳を一発。痛がる鷲悟の姿に軽くため息をつき、
「まぁ、いいわ。本題に入りましょ。
アンタの弟と妹……鷲悟、アンタ本当にあの二人のこと気づいてなかったの?」
「うぃ、まったく」
答えて、鷲悟は両手を上げて「お手上げ」を示す。
「オレにとっても、あの二人の登場は完全に予想外。
まったく、どこで何をしていたのやら」
「ヒントになりそうなのはアンタの妹……あずね。
ジュンイチが身にまとっていたのは“装重甲”だったみたいだけど……あの子のは、明らかにISだった。
それも、オートクチュールまで用意された専用機……」
「専用機を用意できるようなところに身を寄せている……ってことだよな、やっぱり……」
鈴に答え、鷲悟は夜空を見上げ、
「推理するヒントはもうひとつある。
ジュンイチのヤツ……『身内の不始末』って言ってたんだよな?
今回の件で『不始末』をやらかした連中といえば、福音と夜明を暴走させたアメリカとイスラエル。初戦で無断出撃をかましたオレとお前。
そして……」
「…………箒」
鷲悟の言いたいことを察したらしい。鈴の顔が目に見えて渋くなった。
「その中でISを、しかも専用機をポンとくれてやれそうな“身内”なんて、ひとりしか浮かばないんだけど」
「あぁ。
篠ノ之さんがちょーしこいたそもそもの元凶――篠ノ之さんの“身内”の篠ノ之束。
彼女がジュンイチ達とつながっていたとしたら納得だ。オレの素性について妙に詳しかったことも、それで説明がつく」
「ジュンイチから聞いてたってこと?」
聞き返す鈴にうなずき――鷲悟は改めて鈴に尋ねた。
「けどな――鈴。
お前が本当に話したいのは、別のことだろう?」
「あ、わかる?」
「ジュンイチ達の出現は、今回の件に関わったみんなに共通する話だ。
さすがに関係のないヤツらのいるところじゃ話せないけど、わざわざ関係者にすら聞かれないで話せるような場所に来てまで話すようなことじゃない」
「なるほど、そりゃそうね」
鷲悟の言葉に肩をすくめ、鈴はコホンと咳払いして、
「じゃあ、単刀直入に聞くわ。
鷲悟……」
「アンタ……いったい何者?」
「柾木鷲悟。16歳。
異世界から転送事故でやってきた、“怒り”を司る“闇”属性のブレイカー。
……なんて説明じゃ、もう納得しそうにないな」
「まぁね」
「その根拠は……やっぱり、今回の戦いか」
「えぇ」
鈴の返答にはひとつひとつ迷いがなかった。
「アンタが墜ちた最初の戦い……アンタは腹を貫かれ、さらに荷電粒子砲を顔面に零距離からもらってた……
ISの生体保護機能ですら命を守りきれるレベルを超えるダメージ……あの時、アンタの受けた傷は間違いなく致命傷だった……」
「そうだな。
普通即死だぞ? 頭を消し飛ばされたりすれば、普通じゃなくてもたいてい死ぬ。
けど……それでもオレは死なない。いや、“死ねない”と言った方が適切か。
オレを本気で殺そうと思ったら、核でも持ってきて一瞬で消し飛ばさないとムリだね……しかもそれだけじゃ足りない。オレの立ち寄った場所すべてを地上から消し去る……オレが残したあらゆる痕跡をこの世から消し去らない限り、オレの復活の可能性はどこかに残る」
「実際生き返ったアンタとこうして話してなきゃ、くだらないジョークだって笑い飛ばしてるところね……
それで? そのことを知ってるのは?」
「“こっち”の人間では……千冬さんだけ。
後はジュンイチと、あずさと……アイツらが教えているとしたら、篠ノ之束も知ってるはずだ」
「一夏やセシリア達は知らないの?」
「あぁ、話してない。
ホントは、お前にだって話したくなかったんだ。オレの身体を“こんな”にした原因は、ブレイカーの力と違ってこっちの世界でも再現は不可能じゃないから。可能な限り、このことを知る人間は少なく抑えたかった。
けど……お前は見ちゃったからな。オレが“殺される”ところを……だから教えた」
「そう……
わかったわ。誰にも言わない。約束する」
「それから……オレはこんな身体だから、オレに何かあっても、命の心配をする必要はない。
むしろ、そういう状況に居合わせたら、お前だってヤバイはずだ。思い切ってオレの事は無視して、自分達の身の安全を第一に考えてほしい」
「それはお断りだわ」
迷うことなく鈴は答えた。
「いくら死なないからって、痛くないワケじゃないでしょ? 実際、福音にぶち抜かれた腹の傷、アンタは明らかに痛がってた。
仲間が痛がってて、ほっとける人間なんかあたし達の仲間にはひとりもいない。どれだけ危なかろうが、アンタがピンチならあたし達は助けに行く。それであたし達を危険にさらすのがイヤなら、アンタ自身がそうならないように努力なさい」
「……責任重大だな、それ」
「今さらソレを言うワケ?
アンタがこっちに来て……えっと、2月の半ばに来たっていうから、4ヵ月半か。それだけ一緒にいれば、絆だってそれなりに深まるもんよ」
「……自分の正体ひとつ、お前に洗いざらい話せないようなヤツなのに、か?」
「それでも、よ。
そのことでアンタが引け目を感じてる、感じてくれてるのは、今のアンタを見れば一目でわかる。
そりゃ、あたしだってアンタが隠してるっていう秘密は気になるわよ。いい加減、“異世界生まれの特殊能力者”ってだけじゃ、説明苦しくなってきてるもの。
けど……“言えない”。そういうことなんでしょ?」
「…………スマン。
けど、話せない、ってことだけじゃなくて、話しても理解してもらえるかどうかわからない……っていう部分もあるんだよ。
たとえば……マンガは子供でも読めるけど、その原稿に使われているスクリーントーンの番号とか、マンガを見ただけで理解できるか?」
「実際描いてる人間でもない限りムリね。
……なるほど、そういうこと。あたし達にとっては専門外の分野の話、と」
「理解が早くて助かるよ。
けど……本当に話さなくちゃいけなくなったら、その時はちゃんと話す。
今はそれで納得してほしい……頼む。腹を括るための時間を……オレにくれ」
「……わかったわよ。
今日のところは、引き下がることにするわ。けど、その内ちゃんと話してもらうからね」
「……ありがと」
礼を言って、鷲悟は一足先に旅館の中へと戻っていった。
上がるならともかく、ここから戻る分には鷲悟がいなくても平気だ。ひとりその場に残り、鈴は空を見上げた。
「まったく……セシリア達も苦労するわ。
人と触れ合うことに、臆病すぎるのよ、アイツ……」
「紅椿の稼働率は“絢爛舞踏”を含めても42%か……まぁ、こんなものかな?」
空中に投影されたウィンドウには、紅椿のデータが表示されている――岬の、断崖絶壁の柵に腰かけ、束は満足げにうなずいた。
「は〜、それにしても白式には驚くなぁ。
まさか操縦者の生体再生まで可能だなんて」
続けて画面の表示は白式第二形態・雪羅のデータに切り替わる。今度は本当に意外そうにつぶやいて――
「なるほどな。
織斑一夏が戦場に復帰できたのはそのせいか――あと、そこは危ないからこっち来なさい」
不意に彼女の身体が持ち上がった――言いながら、ジュンイチは束を柵の陸地側に下ろす。
「あぁ、じゅんくん!
あーちゃんは大丈夫?」
「初陣で精神的に“キた”んだろうな。戻ってくるなりバタンキュー。ベースでぐっすりお休み中だ」
尋ねる束にジュンイチはあっさりとそう答え――
「そしてお前は、“保護者”を迎えに来たワケだ」
「きちんと見てないと、どこで何しでかすかわかったものじゃないからな、コイツ」
背後の森から千冬が姿を現す――対し、すでに気づいていたのか、ジュンイチは驚くこともなくそう応える。
「柾木ジュンイチ……だったな? 私の事はすでに知っているだろうから自己紹介は省かせてもらうぞ。
とりあえず……うちの生徒を救ってくれたこと、感謝している。礼を言うぞ」
「よしてくれ。
アイツらにも言ったけど、オレはただ身内の不始末の落とし前をつけに行っただけだ」
「『身内の不始末』か……」
ジュンイチの言葉に、千冬は束へと視線を向けた。
「……なるほど。“そういう”構図か。
お前も大変だろう。コイツのストッパー役は、気の休まる時間などあるまい」
「そこは気にしないさ。
こんな“妹の専用機持ちデビューを華々しく彩るためだけに最新鋭実験機を2機も暴走させるようなバカ”でも、もう“身内”のカテゴリーに入れちまったからな」
「そうか」
「それに……妹に機体をくれた恩もあるしな。
“桜吹雪”……ありゃいい機体だ」
「そういう名前なのか?
鈴の証言では『きんさん』と呼んでいたと言っていたが……」
「あ、それオレのせい。
“桜吹雪”って名前を聞いた時に、ふと連想しちまってな」
「……遠山か」
「遠山だ」
「じゅんくんのセンスはどっかズレてるよねー」
「お前に言われたくねぇよ」
そこで会話が止まる。
「……ねぇ、ちーちゃん、じゅんくん。
今の世界は楽しい?」
「そこそこにな」
「元の世界に帰ってお別れ……なんてオチは惜しいと思うくらいにはね」
「そうなんだ」
その時、一陣の風が吹き――その中で何かをつぶやいたかと思った次の瞬間には、束は忽然とその姿を消していた。
「……帰ったか。
じゃ、オレも帰るわ」
言って、ジュンイチもまた千冬に背を向け、
「……あぁ、千冬さん」
「何だ?」
「鷲悟兄達のこと、よろしくお願いします。
オレは……この先“本当に大変な時”に、アイツらのそばにいてやれないから……」
「確約はできんな。
だが……全力は尽くそう」
「……サンキュ」
言って――ジュンイチもまた、森の中へと消えていった。
「……やれやれ。どいつもこいつも……」
ため息をつき、ひとり残された千冬も旅館に戻ろうときびすを返し――
「………………ん?」
ふと気づいた。ジュンイチの言葉を、その中でも特に引っかかった一言をくり返す。
「『鷲悟兄』……」
「…………『達』?」
その言葉の意味を千冬が知るのは、翌日、IS学園に戻ってからのこととなる――
翌朝。臨海学校最終日。
朝食を終え、すぐにISや専用装備の撤収作業に取りかかる。
そして――ちょうど今、その作業が終了した。あとはバスに乗り込み、帰るだけだ。昼食は途中のサービスエリアで食べる予定になっている。
だが――
「……大丈夫か? 鷲悟」
「腹……へった……」
若干1名、そこまでもちそうにない人物がいた。一夏に答え、鷲悟はバスに寄りかかるように背中を預けてへたり込む。
「珍しいな。いつもは人並みの量まで食事量を減らしたりしてもそこまで消耗したりしないのに」
「昨日、傷を治すのに蓄えてたカロリーの大半を使い果たしたからなぁ……
白式に治ってもらったお前とは条件が違うんだよ」
苦笑する一夏に答え、立ち上がろうとする鷲悟だったが、よほど消耗しているのか、その手に力が入らず――
「……はい」
そんな彼の目の前に、突然手が差しのべられた。
「……アンタ、確か……」
その手の主はIS学園の人間ではなかった――だが、鷲悟や一夏には彼女に見覚えがあった。
「福音の操縦者……ですよね?」
「えぇ。
ナターシャ・ファイルス。よろしくね」
そう。一夏によって止められた福音の操縦者。それが彼女だ。一夏に答え、ナターシャは鷲悟を助け起こしてやる。
「助けてくれたお礼がしたくてね……
ありがとう」
「それはいいですけど……身体の方は大丈夫ですか?
けっこう、本気でブッ飛ばしちゃったんですけど」
「フフフ、本職の軍人のタフさをなめないことね。
あぁ、もうひとり、夜明の操縦者の子も平気よ。今は車の番してる」
この上駐車違反でキップまで切られたくないからね――と、一夏に答えて軽く肩をすくめてみせる。
「それに……私ももうひとりも、“あの子達”が守ってくれたから」
ナターシャの言う“あの子達”が指す者にはすぐに思い至った。
福音と夜明だ。
「……やっぱり、“そう”なんですか?」
「フフフ、柾木くん、だったかしら? いいカンしてるわ。スカウトしたいくらい。
えぇ、そうよ。あの子達は私達を守るために、望まぬ戦いに身を投じた。強引な“第二形態移行”、それにコア・ネットワークの切断……あの子達は私達のために、自分達の世界を捨てた」
言葉を重ねるにつれ、ナターシャの気配に剣呑なものが混じっていく。
「だから、私達は許さない。あの子達の判断能力を奪い、周りのすべてを敵に見せかけ、キミ達を危険にさらした元凶を――必ず追って、報いを受けさせる。
……何より、飛ぶことが好きだったあの子達が翼を奪われた。相手が何であろうと、私は許しはしない」
「『翼を奪われた』……?
まさか、福音と夜明は……」
「えぇ……あの子達はコアこそ無事だったけど、今回の暴走を受けて、今日未明凍結が決定したわ」
尋ねる一夏にナターシャが答えると、
「……アドバイス、いいですか?」
不意に、鷲悟が口を開いた。
「行き過ぎた怒りは、敵だけでなく味方や自分も傷つける。
怒ることは止められない……けれど、その怒りをぶつける相手を、決して見失わないように」
「あら、言うじゃない」
「少なくとも、怒りを力の源にして戦うことに関しては、先輩だと自負させてもらってますんで」
「そうなの?
じゃあ、肝に銘じておくわ――アドバイスはそれだけ?」
「もうひとつ。
凍結された――武装を組み込まれていないISコアなんて、その力を狙うヤツらにとっては格好の獲物です。絶対に狙われます。
けれど……たぶん、あの子達を“助けるために”奪いに動くヤツもいるはずです。相手の目的を、見極めてください」
「ずいぶんと具体的ね。
心当たりでも?」
「助けに動く方に、ひとり。
扱いにくいヤツですけど……並び立つことができれば、最強の味方です。
その代わり……敵に回せば、間違いなく破滅します。そのことを忘れないように」
「実感がこもってるわね……聞いておいた方がよそうね。
わかったわ。アドバイス……どっちも忘れない。じゃあ……またね」
鷲悟の言葉に苦笑すると、ナターシャは背を向けて去っていく――それを見送る鷲悟に、一夏は戸惑いがちに声をかけた。
「なぁ、鷲悟……
ひょっとして、お前の言ってる『助けに動くヤツ』って……」
「あぁ……
ナターシャさんの言ってたこと、聞いたろ? 『福音と夜明は“誰かに”判断能力を狂わされた』って……
つまり、福音と夜明の凍結処分は言いがかりもいいところだ。必ずアイツは助けに動く」
それに……と、一夏に伝えることなく、心の中だけで付け加える。
(この一件がオレの考えてる通りの図式だったとしたら……なおさらお前は動かずにはいられない。
篠ノ之束がしでかした“不始末”の“落とし前”をつけるために、福音と夜明の濡れ衣を晴らすために……ナターシャさんに、“篠ノ之束に復讐させないために”。
そのためなら……国ひとつ敵に回すことになろうとも、必ず動く)
「そうだろう? ジュンイチ……」
つぶやいたその声はとなりの一夏にも聞こえることはなく、ただ、風に乗って消えていった。
嵐去り
それでも消えぬ
ヤな予感
次回予告
鷲悟 | 「おぅ、鷲悟だ。 臨海学校も終わって、IS学園は夏休み目前!」 |
一夏 | 「学期末テストも近いしな。 なんか、実技は生徒同士の模擬戦だってさ」 |
鈴 | 「それどころじゃないわよ。 なんか、また転校生が来るんだって」 |
一夏 | 「はぁ!? 転校生って……こんな中途半端な時期にか? またワケありじゃないだろうな?」 |
鷲悟 | 「次回、IB〈インフィニット・ブレイカー〉! |
『妹来る!? 風雲急の学期末』」 | |
簪 | 「私も……出るんだけど……」 |
(初版:2011/08/13)