「ふわぁ〜あ……」
あの嵐のような臨海学校から戻ってから一夜が明けた。
今日も暑くなりそうな、そんな予感を抱かせる、雲ひとつない早朝の青空の下、鷲悟はひとりで登校していた。
《ふむ……ここが主の通う学び舎か》
《なかなか良いところではないか》
「まぁな。
けど、勝手に出てくるなよ。クラスのみんなはともかく、先生達に見られるのはマズイって」
そんな鷲悟に話しかけてくるのは、一昨日再会を果たした相棒。“闇”の精霊獣、暴竜皇タイラント・オブ・ドレイクだ。
懐に忍ばせたブレインストーラー。その中に収められている自身の宿る特殊結晶体――“精霊石”と呼ばれるその中から手のひらサイズの、かわいらしくディフォルメされた姿で顕現(鷲悟達の間では“プチ顕現”と呼ばれる状態だ)し、鷲悟の肩に降り立つ。
と――
「おーい、鷲悟」
声をかけられ、振り向くと、一夏がこちらに向けて駆けてくるところだった。
《おはよう、織斑一夏》
《息災のようだな……まぁ、昨日の今日で息災も何もないが》
「おぅ、ドレイクもおはよう」
すでに互いの自己紹介は済んでいる。左右の首がそれぞれあいさつしてくるドレイクに返すと、一夏は周りを見回して、
「あれ……?
珍しいな。セシリアとかシャルとか、ラウラとかは一緒じゃないのか?」
「篠ノ之さんか鈴から聞いてないか?
昨日帰ってきてから、いつもの5人と布仏さんグループの三人を合わせた8人で、“福音・夜明戦のお疲れさま会”って名目でパジャマパーティーやったんだよ」
《パジャマジャマパーティーか》
「パジャマがジャマってどういう状況さ?
脱ぎ捨てるのか? 雄々しいな……つか、それじゃ“パジャマ”パーティーにならないだろ」
《では、パパジャマパーティー》
「父親は優しくしてあげようぜ、うん」
双つの首がそれぞれボケるドレイクに、鷲悟は苦笑まじりにツッコミを入れる。
「ふーん……オレは聞いてないな。
どこでやったって?」
「シャルとラウラの部屋」
「…………えっと……」
もはやその時点でネタの臭いが満載だ。シャルロットのことだから、相手の好みに反するような“作品”を押しつけるようなことはしないだろうが……それは逆を言えば“相手の好みにドストライクの作品を持ってくる”ということだ。仲間内のネタ汚染がさらに進行することは必至であろう。
特に心配なのがしっかりしているようでいて実はトップクラスに周りに流されやすい箒だ(そういう意味ではラウラも当てはまるのだが彼女はすでに“手遅れ”だろう。だってシャルロットと同室だし)。「所詮この世は弱肉強食」とか言いながら炎をまとった斬撃を放ったり、マヨラーになったりしないか今から少し心配だ。さすがに複数人必要な侍戦隊ネタはないと信じたい。
「で、それがお開きになって戻ってきたのが、いつも起きる時間より少し後。
身支度にちょっとかかるから、先行っててくれって」
「なるほどな……ん?」
納得して――不意に、一夏は鷲悟の持っている荷物に見慣れない包みが混じっていることに気づいた。
「鷲悟、それは……?」
「ん? あぁ、これ?」
一夏の問いに、鷲悟は問題の包みに視線を落とした。
「こいつぁ……」
「“お土産”だ」
第21話
妹来る!?
風雲急の学期末
そして、鷲悟は一旦教室にカバンを置くと、“お土産”を手に教室を出た。
二組、三組の教室の前を通り過ぎ、やってきたのは四組の教室。
「ちわーっス」
「あぁっ! 一組の柾木くんだ!」
「え、ウソうそ、なんで!?」
「よ、四組に御用でしょうか!?」
声をかけると、教室にいた女子がわっと寄ってくる――ちょうどいいので、尋ねる。
「えっと……更識、簪さんって、いる?」
『え゛』
――ざわっ……
瞬間――空気が一変した。
「更識さんって……」
「“あの”?」
(『あの』……?)
その女子のリアクションに眉をひそめる鷲悟だったが、その意味を尋ねるよりも先に、集まった女子達の視線が教室の一角に集中する。
そこに――“彼女”はいた。
水色がかった髪を肩の辺りで切りそろえており、そういう癖毛なのか、髪先はわずかではあるが内側に巻き込むようにはねている。
頭の左右にはどこか機械的な印象がするデザインの髪飾りがひとつずつ。眼鏡をかけたその視線は、今は目の前のウィンドウに固定されており、手元のキーボードをせわしなく叩いている。
「……あの子?」
尋ねた女子のひとりがうなずくのを確認し、鷲悟は「ちょっとごめんなさいよ〜」と人ごみをかき分け、教室へと足を踏み入れる。
「初めまして、更識簪さん。
オレは――」
「柾木鷲悟」
名乗るよりも早くその名を呼ばれた。
「知ってる」
「ま、学校に二人しかいない男子だしね」
「それもあるけど」
ちなみに、彼女は鷲悟を一度も見ていない。ずっとウィンドウを見つめたまま、キーボードを叩く手も止まっていない。
「あなたは、織斑一夏の友達だから」
「一夏の……?
なんだ、オレより一夏の方にご執心ってこと?」
今度は答えは返ってこなかった。
「……ま、いいや。
じゃ、本題だけど……これ」
言って、鷲悟は簪の席、彼女の作業のジャマにならない位置に手にした“お土産”の包みを置いた。それに気づいて、初めて簪は作業の手を止めて鷲悟を見上げた。
「これは……?」
「聞いたよ。
専用機、未完成なんだって?」
「――――っ」
「その専用機を作るために、臨海学校を休んだってことも聞いた。
だから……せめてお土産だけでもと思って」
専用機の話になったとたん、簪は身体を強張らせる――が、そのことに気づくような鷲悟ではない。かまわず続けるその姿に、包みを見ていた簪はもう一度彼を見上げ、告げる。
「……同情なら、いらない」
「んー、そこをツッコまないでほしいかも。
オレ自身、よくわからないんだよね。本当に更識さんを心配してお土産買ったのか、更識さんの言う通り同情からの“ほどこし”としてお土産買ったのか……ね」
どうやら同情じみているという自覚はあったらしい。努めて言葉を選びつつ、鷲悟はそれでも正直にそう答える。
「けど……みんなで行く行事に参加できないっていうのは、オレならすごく寂しいと思う。だから、参加できなかった更識さんのためにせめて……そういう思いがあったことは確かなんだ。
だから……感謝はしてくれなくてもいいから、せめてコイツは受け取ってくれないかな?」
「………………」
その鷲悟の言葉に、簪はようやく包みを手に取り、封を開ける。
中身はまんじゅうだった――旅館の売店で買ってきたご当地モノである。
「……わかった。
陣中見舞い……そういうことにしておく」
「そっか」
どうやら受け取ってくれるらしい。簪の言葉に鷲悟は満足げにうなずいて――
「はぁぁぁぁぁっ!?」
「…………鈴?」
突然、廊下から鈴の悲鳴が響いてきた。
「今度は何の騒ぎだ……?
ゴメン、更識さん。知り合いが騒いでるみたいだから、これで」
言って、鷲悟はきびすをかえし――
「…………『簪』」
「え……?」
「そう呼んでもらって、かまわない。
『更識』って……呼ばないで」
明らかに『名前で呼ばれる』ことよりも『苗字で呼ばれること』を嫌がっている――さすがに気づき、思わず眉をひそめるが、それよりも今は鈴の悲鳴の方が気になった。
「わかったよ、簪さん。
じゃ、またな」
簪にあいさつして廊下に出て――鈴はすぐに見つかった。
「おい、鈴。
一体何騒いで――」
言いかけて――鷲悟も気づいた。
驚き、口をパクパクさせている鈴と向き合っている――こちらに背を向けた形になっているその少女に。後ろ姿でも、すぐに誰かわかった。
見覚えがあり、それでいて見慣れない格好――まさか“彼女”がIS学園の制服に袖を通すことになるなんて考えもしていなかったが、間違いない。
鈴同様に二の句がつなげない鷲悟に気づき、少女は振り向き、告げる。
「えへ♪ 来ちゃった――」
「鷲悟お兄ちゃん♪」
「あずさぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」
「柾木あずさです!
鷲悟お兄ちゃん共々、よろしくお願いします!」
朝のHRは、それはもう衝撃的なものだった。
誰もが予想していなかった鷲悟の妹の登場に、シャルロット達の転入の際には大騒ぎだったクラスの面々も、どうリアクションしたらいいものかと困惑を隠せない。
「あー、柾木妹はまだ14歳だが、とある事情からすでに専用機を所有している。
そのため、『IS操縦者、関係技術者の育成』という本学園の理念に則り、例外的ではあるが飛び級という形で学園に迎え入れることとなった」
だが、その沈黙は彼女にとってはむしろ「黙らせる手間が省ける」と好都合だった。これ幸いとばかりに、千冬は一同に対しそう説明する。
「なお、正式な転入は明日付。クラスもこの一組ではなく四組となる。
だが、知っての通りこのクラスには兄である柾木がいる。そこで、彼女のたっての願いでこうしてあいさつの場を設けさせてもらった――柾木」
「あ、はい」
「彼女はこの後一日フリーだ。いい機会だから、休み時間を利用して学園を案内してやれ。
あぁ、転入先に知り合いを作るためにも、四組の生徒にも誰かついてもらえ――“ちょうど、お前も四組に知り合いができたことだしな”」
鷲悟が簪のもとに向かった事は千冬も知っている――何しろ、鷲悟が彼女を訪問するにあたり、名前を聞き出した相手というのが、他ならぬ千冬なのだから。
「では、授業を始める――柾木妹、お前は教室の後ろで待機だ。
まぁ、授業は聞いておけ。明日から学ぶことだ。今の内予備知識として頭に叩き込んでおくんだな」
「はーい♪」
元気にうなずき、あずさは教室の後ろへ――そこに立てかけてある、いつもは千冬が真耶の授業を監督する際に使っているパイプイスを開き、腰かける。
なぜこのタイミングで彼女が現れたのか。大方ジュンイチの仕業だろうが、その目的は何なのか――気になることは多々あったが、千冬の授業中にそれを問いただすことは死を意味する。追求は休み時間までガマンすることにして、鷲悟は千冬の話に耳をかたむけた。
「…………さて、どういうことか、説明してもらおうか」
授業が終わると同時、教室内の全員の視線が一点に集中する――注目の的になっているあずさに、鷲悟はため息まじりにそう切り出した。
「どうせ、ジュンイチの差し金だろ? アイツから何か言われてないのか?」
「んー、お兄ちゃんの差し金って、言えるような言えないような……」
鷲悟の問いに、あずさは困ったように軽く首をかしげ、
「お兄ちゃんには『IS学園に通え』としか言われてないんだよね。
ホントはもっと早くから通わせたかったらしいんだけど、鷲悟お兄ちゃんに対するみんなの反応を気にしてたみたい。
で、大丈夫みたいだし、ならいつ頃入れようかって話になって……こないだの初陣であたしの専用機もお披露目したし、今がちょうどいいタイミングかな、って」
「いや、『ちょうどいい』って……お前らが出てきたのはほんの二日前だろ?
実質、昨日一日で学園側に受け入れ態勢整えさせたのか?」
「束お姉ちゃんが日本政府の人に昨日の朝一で情報流したらトントン拍子に」
「……自分とあずさの専用機をエサにしたな」
おそらくそういうことだろう。日本政府はこれを機に束の身柄を押さえようと考えているのかもしれないし、それが失敗に終わったとしても、あずさをIS学園に迎えることができれば、紅椿に続く篠ノ之束製(だと思われる)IS、すなわち“間違いなく登録外のコアが使用されているIS”を学園に所属させることができる。
あとはじっくりと日本政府なり国内企業なりの所属として迎えられるよう勧誘していけばいい、と。他の国や企業、組織も動くだろうが、“入学に際して口利きした”という恩がある分自分達が有利だとでも思っているのだろう。
もっとも――束もジュンイチも、そしてあずささ本人もそんな思惑は百も承知だろうが。果たして日本政府は自分達の考えが見透かされていることに気づいているのかいないのか。
「たぶん、気づいてないと思うよー。今朝学園まで送ってもらった時も、担当官の人すっごい猫なで声だったもん。
バカだねー。いくらよくしてもらっても、下心が丸見えじゃ恩義なんて感じようがないのに。国民ナメるな、って感じ?」
「ま、政治家なんて今も昔も庶民とは感覚がズレてるもんさ。
別にかまうことないだろ。向こうが懐柔策に出るなら、しぼり取れるだけしぼり取っちまえ」
「らじゃっ!」
「……兄妹そろってなんつー話をしてるんだよ……」
呆れて口をはさんでくるのは、傍らで二人のやり取りを傍観していた一夏である。
もちろん、一夏以外にもいつものメンツが顔をそろえているワケで――
「先日はろくにあいさつもできませんでしたわね。
わたくし、イギリス代表候補生、セシリア・オルコットですわ」
「うん、よろしくー」
“鷲悟の妹”であるあずさと仲良くなろうとさっそくセシリアが動いた。名乗り、握手を求める彼女に、あずさも笑いながらその手を握り返す。
「あと、箒ちゃんにシャルロットちゃん、ラウラちゃんに一夏さんもね。
それから……清香ちゃんに癒子ちゃんに本音ちゃんも。この間は目ェ回してたからあいさつできなかったけど、これからよろしくね。
……あー、鈴ちゃんはクラス違うんだっけ。ちゃんとあいさつしたかったんだけど……」
「あぁ、心配ないよ――あと3秒」
一夏達にもあいさつし、つぶやくあずさに鷲悟が答え、ジャスト3秒後。
「ちょっと、あずさ!」
「……ほらな」
ドアを開け放ち、現れた鈴の姿に、鷲悟は肩をすくめてみせる。
「どういうことか説明してもらいましょうか!
どうせジュンイチの差し金なんでしょ!? アイツから何か言われてないの――って、何よ、みんな!? その微妙な視線は!?」
まくし立てながら教室に入ってきた鈴が、呆れたような視線を向けてくる一同に思わずたじろぐ――やがてその注目の的は鷲悟へと移り、
「鷲悟お兄ちゃん……鈴ちゃんとほぼ同じ流れの質問したよね。思考パターン同じ?」
「まぢかよ……かんべんしてくれ」
「ちょっとそこの兄妹! どういう意味よ!? 特に兄! 『かんべんしてくれ』って何!?」
あずさと鷲悟のリアクションに思わず反論する鈴だったが、
「っていうか、コイツとからめてネタにするならオレよりもジュンイチだろ?
だって2回も命助けられてるんだぜ? “白馬の王子様イベント”2回もやってりゃ……」
「はく……っ!?」
思わぬカウンターが飛んできた。何気なく放たれた鷲悟の言葉――特に『白馬の王子様』なんて言い出したその言葉に、鈴は思わず顔を真っ赤にする。
確かに、臨海学校初日におぼれかけた時にその翌日の福音・夜明戦と、自分は二日連続で彼に命を救われている。
しかも1回目は(海中から引き上げるために)思い切り抱きかかえられ、2回目も“お姫様だっこ”で――
「…………鈴?」
「ひゃうっ!?」
沈黙した鈴の姿を怪訝に思ったか、鷲悟が彼女の顔をのぞき込む――しかし、それがいけなかった。我に返ると同時に至近から鷲悟の顔を直視してしまい、彼を通じ意図せずしてジュンイチを幻視してしまった鈴の思考はますます沸騰してしまう。
「え、えっと……?」
「だ、大丈夫! 大丈夫だから!
……落ち着けあたしー。本命が誰か思い出せー」
「…………な、何なんだ……?」
「恋する乙女も大変だね」
自分(と弟)が原因だとはカケラも気づいていない鷲悟のとなりで、だいたいの事情を察したあずさは思わず苦笑するのだった。
さて、時は流れて昼休み――
「えっと……簪さん」
「………………?」
一年四組の教室――声をかけられた簪が顔を上げると、そこには申し訳なさそうな様子の鷲悟が立っていた。
「…………何?」
「あぁ、いや、今回の主役はオレじゃなくて……」
尋ねる簪に鷲悟が答えると、彼のとなりに控えていたあずさが彼女に名乗る。
「初めまして。
鷲悟お兄ちゃんの妹の、あずさです……あずさでいいよ。
明日付で、この一年四組に転入になるの」
「……ってことで、兄キのオレと、転入先の四組の子で、コイツを案内してやってくれって、織斑先生に言われちゃってね」
「……それで、私?」
「いきなり言われても迷惑なのは重々承知なんだけどさ……
けどオレ、四組の知り合いって簪さんしかいないから」
「お願いっ!」と両手を合わせる鷲悟の姿にため息をつき、簪はスッと立ち上がり、
「……お昼ご飯まだだから、昼休みは学食だけ。
残りの場所は放課後……それでいい?」
「……お、OKオーケー! いやー、ありがとう!」
「……早く終わらせたいだけ」
一転して表情をほころばせる鷲悟に「もしかして今の困った様子は芝居だったんじゃ……」という疑問が浮かぶが、鷲悟がそんな腹芸のできない人間であることを残念ながら簪は知らない――淡々と答え、先に立って教室を出ていく彼女の背中を追いかけ、鷲悟はホッと胸をなで下ろした。
「よかったー、引き受けてくれて」
「自信なかったの?」
「んー、正直言うと。
なんか、簪さんって、壁作ってるところがあるからさ……」
「あー、鷲悟お兄ちゃんってそういう子苦手だもんねー……突き放されることに耐性ないから」
苦笑し――不意にその笑顔を引っ込めると、あずさは簪の後を追いながらつぶやいた。
「けど……あの子の場合、壁を作ってるっていうより、逃げてる感じな気もするんだけどなー。
まるで……触れてほしくないものを遠ざけようとしてるみたいな……」
「――遅いですわよ!」
簪に追いつき、共に学食までやってくるとそこには先客が待っていた。
「いや……オレ、あずさの案内があるからかまわず食ってていいって言わなかったっけ……?」
「鷲悟さんのことですから、昼食を召し上がらないなんて万にひとつもありえませんわ!
ですから、真っ先にこちらにやってくるだろうとお持ちしていましたのに……」
「あー……」
どうやら、簪のところへ行っている間のタイムロス分待たせてしまったらしい。セシリアの答えに鷲悟は困って頬をかき――
「思考パターン読まれてるねー、お兄ちゃあだっ!?」
「やかましい」
からかってくるあずさにはとりあえずゲンコツを落としておく――と、セシリアはようやく、彼らの傍らの簪に気づいた。
「鷲悟さん、そちらの方は……?」
「あぁ、四組の子。ほら、千冬さん、オレと四組の子であずさを案内してやれって言ってたろ?」
「そうでしたわね。
初めまして。わたくし、イギリス代ひょ――」
「セシリア・オルコット。イギリス代表候補生。“専用機は”BT兵器理論実証試験機、ブルー・ティアーズ……」
「……って、えぇ……」
先手を打たれる形となり、戸惑うセシリアの脇を抜け、簪は食券売り場へと向かう――それを見送り、セシリアは困惑もあらわに鷲悟に声をかけた。
「わたくし……何か悪いことを言ってしまったんでしょうか……?
それに、今『専用機は』のところを強調されたような……」
「あー……いろいろあるんだよ。いろいろね」
セシリアの言葉になんとなく言葉をにごし、鷲悟はとりあえず食時にしようと簪に続いて食券売り場へと足を向けた。
『専用機を作ってる!?』
セシリアが案内してくれた席にはシャルロットとラウラが場所取りのために待機していた。交代で彼女達も食事を買いに行き、いざ食べ始めようというところで簪を軽く紹介。
その中で彼女が四組の専用機持ちであること、専用機が未完成で臨海学校へは不参加だったこと――そして彼女自身が自ら専用機を作っていると聞いたセシリア達のリアクションがコレである。
「専用機を持つことを許されるということは……簪さんは代表候補生なんですの? それともどこかの企業の所属とか……?」
「代表候補生……日本の」
「って、日本の代表候補生って簪さんだったのか!?」
「……なんで最初に声かけに行った鷲悟お兄ちゃんが知らないの……?」
「いや、オレが事前に聞いてたのって、専用機自分で作ってることと名前くらいだったから……千冬さんもそこまで教えてくれなかったし」
セシリアに答えた簪の言葉に、鷲悟は思わず吹き出した。ツッコんでくるあずさにそう答えると、
「け、けど、自分で専用機を作ってるってすごいね……
専用機の開発なんて、専門のチームを作って、莫大な予算をつぎ込んでもなかなかうまくいかないのに……」
「……シャルが言うと説得力がすごいなオイ」
実家が現在進行形で新型開発に難儀しているシャルロットもまた、驚きを隠しきれずに思わずうめく。ツッコむ鷲悟のとなりで、簪が答える。
「大丈夫、完成形は決まってる。資材もある。
ゴールは見えてるんだから、あとはそこを目指すだけ」
「そんな簡単なものじゃないだろ。
今の簪さんの言い回しだと、ゴールの場所は決まっていても、そこに至る道筋は決まってない、ってことじゃないか」
「………………っ」
すかさず返した鷲悟の言葉に、簪の身体が目に見えて強張った。
「あー……簪ちゃん。
答えたくないなら答えなくていいけど……開発状況、どんな感じ?」
「……動かすくらいなら、なんとか……
けど、運用するには、できてないところがたくさん……」
「まるで話になっていないじゃないか。もう入学して3ヶ月になるというのに、その有様は何だ。
そもそも、どうしてひとりで作るという話になっている? 国は何をしている? 企業なり研究所なり、開発支援くらい斡旋するものだろう」
あずさに答える簪にラウラが眉をひそめ――その言葉に、下降気味だった簪のテンションが目に見えて悪化した。
そして――発せられた簪の言葉に、一同は耳を疑った。
「……途中で放り出された」
『………………は?』
「ど、どういうこと?
それって、元々ついていた支援が、いきなり打ち切られたってことでしょ!?」
さすがに他人事には聞こえなかったか、思わず立ち上がったシャルロットが尋ねる――対し、簪はため息をついて答えた。
「作ってたのは倉持技研……って言えばわかると思う」
「倉持……?」
はて、どこかで聞いたような……と、自分の記憶を掘り起こし――鷲悟は気づいた。
同時、簪の言うところの『放り出された』という、その意味も理解する。いい意味でカン違いであってほしいと切に願いつつ、それでも冷や汗をダラダラと流しながら確認する。
「あー、簪さん?
ひょっとして、倉持技研って……」
「白式、作ってたトコ?」
「うん」
(ビンゴぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!)
予感的中。内心で絶叫しつつ、鷲悟は思わず頭を抱えた。
覚えがあるはずだ。白式を作っ(て頓挫し、こっそり介入した束のおかげでようやく完成させられ)たのが、その倉持技研なのだから。
そして簪の専用機の開発が『放り出された』原因は……おそらく一夏だ。
突如現れた男のIS操縦者――その専用機を作ったとなれば、代表候補生に専用機を作ってやるよりもよほど企業の宣伝になるし、その後押しをする国としても一夏に恩を売ることにつながる。
結果、一夏と簪、どちらを取ったか――そんなもの、今の簪を見れば一目瞭然。というか、白式の方だって頓挫していたのだ。どちらにせよ簪の専用機に回す余力なんてなかったはずだ。
そして、簪はその一連の事情に対してどう思っているのか――
「おいぃぃぃぃぃっ! どーすんだよ、モロ地雷踏んじゃったじゃないのさ!
責任取りやがれラウラーっ!」
「わ、私が悪いのか!?」
「国と企業は何してるって話持ち出したのお前じゃないか!」
「っていうか、マズイよ。
あの様子だと、自分の専用機よりも白式を優先されたこと、そうとう気にしてるよ」
「そんな状態の簪ちゃんが、一夏さんと会ったりしたら……」
「モメかねないですね……転入したての頃のラウラさんのように」
「う……反省している」
「……そういう内緒話は、本人のいないところでするものだと思う……」
途中からシャルロットやあずさ、セシリアも加わりヒソヒソ話――あからさまな彼らの様子に簪がツッコミを入れると、
「…………ん?
鷲悟達、何してんだ?」
((バカァァァァァッ!))
よりにもよって本人登場――箒や鈴と共に現れた一夏に声をかけられ、一同はなんてタイミングで出てくるんだと心の中で罵倒する。
「――――っ、織斑一夏……っ!」
そして出てきた以上は彼女も気づく。初対面である一夏が首をかしげるのにかまわず、簪はすっくと立ち上がる。
そのまま右手を振り上げる簪の姿に、鷲悟達は思わず腰を浮かせ――と、そこで簪の動きが止まった。
ゆっくりと手を下ろし――告げる。
「私には、あなたを殴る権利がある」
「は?」
「けど、疲れるからやらない」
「は!?」
「……ゴメン、あずささん。放課後はちゃんと案内するから」
戸惑う一夏にかまわず、簪は食べ終わった自分の食事のトレーを持って去っていく――それを見送り、一夏は鷲悟に尋ねた。
「で……結局何だったんだ? あの子」
「えっと……
お前の(間接的な)被害者……かな?」
「…………は?」
「では、本日の実習では、期末試験における実技試験、1対1の模擬戦の流れを説明、各自一通り演練してもらう」
簪のことは気になったが、ともあれ午後の授業開始――グラウンドではなく第二アリーナに集合、整列した一、二組の面々+あずさを前に、千冬がよく通る声でそう切り出した。
「さっそく始めるぞ。
まずは手本を誰かに見せてもらおうか――ボーデヴィッヒ」
「はい」
「さて、相手役は……」
「…………柾木妹」
「え? あたし?」
いきなり名前が挙がり、声を上げるあずさだが、千冬はそんなことにはかまわず続ける。
「転入のタイミングがタイミングだから、お前は本来今回の期末試験は免除となるのだが……日本政府の方が、お前の専用機の力を見たいと言い出してな。実技試験だけは参加という形になった。
よって、お前も今から教える流れはやってもらうことになる」
「あー、なるほど……」
「では、二人とも山田先生から試験の流れを説明してもらえ。すぐに実演してもらうぞ」
千冬の言葉に、二人は真耶のもとに向かい説明を受けると、それぞれ実演するためにピットゲートへと向かう。
「入場はピットゲートから、試験官の入場許可が出てから行なう――あぁ、言うまでもないが、次の組もこの時点でゲート入りしておけよ。
あと、対戦の組み合わせは公正を期すためランダムとなる。そのため、入場の際には各自クラスと名前、使用機体名を申告してもらう。
では、ボーデヴィッヒ、柾木妹、始めろ」
《一年一組、ラウラ・ボーデヴィッヒ! シュヴァルツェア・レーゲン、出る!》
《一年四組、柾木あずさ! 桜吹雪、入場します!》
千冬の言葉に、手本の二人が申告、ISを展開してアリーナに飛び込んでくる。
ラウラのシュヴァルツェア・レーゲンはともかく、あずさの桜吹雪は先日の戦いで現れた時と同じセッティングだった。桃色の本来の装甲に映える、真紅の追加装甲――救護支援用の専用パッケージ“ナイチンゲール”を装着したままだ。二人とも、淀みのない動きで指定された開始位置まで移動する。
「そして、この後試験官の合図で試合開始となる。
ちょうどいいから、お前達、実際に一戦交えてみせろ」
「わかりました」
「えぇっ!?
お、織斑先生!?」
「お前達は手本だと言ったはずだぞ。
では――始めっ!」
「ちょっ――って!?」
反論するあずさにかまわず試合開始――瞬時に距離を詰め、プラズマ手刀を繰り出すラウラの攻撃を、あずさはとっさに後退してやりすごす。
「いくぞ、あずさ!
未来の義妹の実力――試させてもらう!」
「もう……ラウラちゃんまでノリノリなんだから!
……そんなに、墜とされたいの!?」
ラウラに言い返すと、あずさは素早く武装を呼び出した。左手に実体化したシールドでラウラのプラズマ手刀を受け止めると、シールドの裏に収納されていた剣の柄を右手にかまえる。
瞬間、光がほとばしる――ラウラのそれと同じプラズマ刃を生み出したブレードを振るい、あずさはラウラの繰り出したもう一方のプラズマ手刀を受け止める。
「プラズマブレードか!
意外だな。予想されるその機体の出所からして、展開装甲系のビーム刃かと思ったんだがな!」
「期待を裏切ってゴメンね!
第四世代型装備は使ってないんだよ――この子!」
ラウラに言い返し、あずさが彼女を押し返し――瞬間、衝撃に襲われた。
離れると同時にラウラの放ったワイヤーブレード4機、そのひとつがあずさを直撃したのだ。
クリーンヒットをもらって一気に絶対防御まで発動。刃が肌に届くことこそなかったものの、シールドエネルギーを大きく削られ、体勢を崩したあずさの右足に別のワイヤーブレードがからみついた。立て直したラウラによって振り回され、あずさはアリーナの地面に叩きつけられる。
「ったぁ……! やってくれるね!」
今の攻防で、シールドエネルギーを一気に半分近く持っていかれた。毒づきながら、あずさは身を起こしてラウラをにらみつけ、
「もう、あったま来た! そういうことなら、こっちだって本気でいくよ!
ナイチンゲールが、ただの救護用装備じゃないってところを見せてやる!」
言うと同時――あずさの背中のコンテナ、その上部が開いた。そこから射出された、真紅に塗られた円柱状の飛翔体が六つ、ラウラに向けて飛ぶ。
「BT兵器だと!?」
「そんな大層なものじゃないよ!
ただの無線式ビットだよ――操作性とすばしっこさだけは、負けるつもりはないけどね!」
セシリアのブルー・ティアーズと同じものかと驚くラウラに答え、あずさがビットに指示を送る――それを受け、6機のビットはラウラの周りを飛び回り、ビームで攻撃をしかけてくる。
対し、あるいはかわし、あるいはAICで動きを止めてと対応していくラウラだったが――右肩のレールカノンが被弾した。ビームを受け、爆破ではなく溶断される。
「これは……っ!
そうか、そのビット……熱加工用のプラズマバーナーか!」
「そういうこと!
人間、その気になればスパナでも相手を殺せるんだよ――作業用ツールだって、使いようで武器になるんだから!」
そう。あずさのビットの正体はIS修理・整備用のもの。用意した装甲材を溶断、溶接するためのバーナーだったのだ。高い操作性も精密な作業を円滑に進めるために持たされたものだというワケだ。
「いくよ! ここからがナイチンゲールの本領発揮!
大工さんズ、GO!」
あずさが叫ぶと、背中のコンテナの本体が開かれた。中から次々に飛び出してきたのは、大工のコスチュームに身を包んだメカデ○スズメ軍団。あずさが『大工さんズ』と呼ぶISメカニック担当のメカデボス○メ、“ワーカーズ”である。
「お願い、大工さんズ!」
《ピッ!》
「くっ、なめるな!」
あずさの指示で、ワーカーズは一斉にラウラへと向かう――対し、包囲されまいとするラウラだったが、この数が相手ではAICなど使っていられない。レールカノンも先ほど破壊されたため、細かな機動とワイヤーブレード、プラズマ手刀での対応も間に合わない。
それでも、ワイヤーブレードのひとつがワーカーズを1機破壊――しかし、そのために動きが止まったそのワイヤーブレードに別のワーカーズが殺到した。あっという間に刀身をはがされ、内部の推進システムに至るまでバラバラに分解されてしまう。
「何っ!?」
「直せるってことは、裏を返せば壊せるってことなんだよ!
大工さんズ、続けてやっちゃえ!」
驚くラウラに答えると、あずさはさらにワーカーズをけしかけた。一斉に飛翔した彼(?)らが、ラウラの全身を守るISアーマーにまとわりついていく。
「くっ、やめろ、離れろ!
――このぉっ!」
このままではシュヴァルツェア・レーゲンそのものが先ほどのワイヤーブレードと同じ運命をたどる。懸命にワーカーズの包囲から脱出すると、ラウラは“瞬時加速”で残りのそれを振り払う。
「そう簡単に、やられてたまるか!」
「さすが、一年女子の中でも最強“だった”のは伊達じゃないね!
けど、もう詰みだよ――“止めたかったものは止めたからね”!」
しかし、ラウラに逃げられてもあずさが余裕の態度を崩すことはなかった。不敵な笑みと共にラウラに答え、
「お医者さんズ!」
背中のコンテナから新たなメカデボ○ズメの群れを出撃させた――白衣に身を包んだ治療用メカ○ボスズメ軍団、正式名称“ドクターズ”である。
「これで詰みだよ、ラウラちゃん!」
そんなドクターズはあずさのその言葉を合図に一斉にラウラの周りを飛び回り、煙のようなものを噴射してラウラの視界を覆い隠してしまう。
「煙幕のつもりか!?
こんなもので、何をどう詰んだと――」
ラウラがものともせずに反撃に出ようとした、その時――シュヴァルツェア・レーゲンのハイパーセンサーが警告を発した。
――ガス内に薬物検知。対薬効防御、非作動。
「何だと!?」
予想外のメッセージにラウラが声を上げ――とたん、彼女は強烈なめまいに襲われた。
いや、めまいではない。これは――
「眠気……睡眠ガスか……っ!」
「正確には、治療用の全身麻酔だよ。現場ですぐさま治療に移れるように、ガス状、高即効に調整された……ね。
そして――それをISに着けたままの子にも使えるように、大工さんズの方にはISの操縦者保護機能の内、“対薬効防御だけを限定遮断する機能がある”。
言ったでしょ? 『ナイチンゲールは救護、IS修理用のオートクチュールだ』って」
「く………………」
そこでラウラは限界を迎えた。意識を失い、落下するラウラを、急降下し、その先に集結したドクターズが協力して受け止める。
そんな、完全に意識を失っているラウラに対し、あずさは笑いながら告げる。
「覚えておくといいよ。
お医者さんとメカニックほど、敵に回しちゃいけないお仕事はないんだよ――どっちも、自分の命を預けるんだからね♪」
「……また、えげつない勝ち方を……」
「思い切り非戦闘用装備のところにいきなり『試合やれ』なんて言われたんですよ。
しかも、操縦者自身の戦闘技術だけなら一年女子最強のラウラちゃんが相手なんですよ。まともな方法で勝てるワケないじゃないですか。
そこから勝とうと思ったら、方法はひとつ――まともじゃない方法で戦うしかない。そうでしょ?」
「まぁ、そうだがな」
あずさとラウラの試合の後は、他の生徒達による入退場の演練。試験官のリハーサルも兼ねているため、当日担当となる教師達も参加して、実際試合を行なわない以外は本番さながらに進行している。
ちょうど今は箒とシャルロットが入退場を行なっているところだ――その光景を見上げながら、千冬はあずさの答えに苦笑する。
ちなみに、あずさはIS――正確にはそのオートクチュール、ナイチンゲールを展開したままである。ドクターズが眠っているラウラを介抱しているためだ。
ドクターズの1体がラウラの頬をぺしぺしと叩いているが――ラウラが目覚めないためか、先ほどまでは自分の翼で叩いていたのが、いつの間にかツールコンテナから持ち出してきたハリセンにシフトしている。気付け用スタンハンマー“おめざめくんFOREVER”を持ち出す前に止めるべきかとあずさが考えていると、
「しかし……その機体、展開装甲が使われていないというのは本当か?」
不意に、千冬が新たな話題を振ってきた。
「使ってませんけど……それがどうかしたんですか?」
「いや、あの新しいもの好きの束が、新技術を組み込まないとは珍しいと思ってな。
古い試作機の再利用か? それとも、まさか束ではなく柾木弟が作ったなどと言うんじゃないだろうな?」
「どっちも外れ。
あたしの“桜吹雪”は白式よりも後、箒ちゃんの紅椿を作る前に、束お姉ちゃんがあたしのためにってコアから作ってくれた、れっきとした準新型機ですよ。
展開装甲が使われてないのは、作る上で“テーマ”を設けたから――その“テーマ”上、展開装甲は使えなかったんですよ」
「テーマ?」
「はい。
うちのお兄ちゃんがポロっと『束が第三世代型を作ったらどんなのができるんだ?』って言い出したせいで……それに答える形で『束さんが本気で第三世代型ISを作ったらこうなった』っていうテーマが」
「……なるほどな」
そういうことなら、第四世代型装備である展開装甲が使われていないのも納得だが、またしょーもない理由で……あずさの説明に、千冬は思わずため息をつく。
「まー、各国が専用機にブッ込んでる技術をそのまま使ってるから、技術的に目新しいものはないんだけど……それでもISコアって貴重だし、登録外のコアを使ってるあたしを『よこせ』って声は、日本政府以外からもそうとう来ると思う。
すみません。“箒ちゃん共々”ご迷惑かけます」
「……気づいていたか。篠ノ之が政治的な意味での“爆弾”と化したことに」
「お兄ちゃんは……ね。束お姉ちゃんはどうなんだか」
「さて、アイツはどうだろうな。
……待て。となると、柾木弟がお前をここによこしたのも、その関係かもしれないな」
「どういうことですか?」
「篠ノ之とお前……登録外のコアを使ったISを持つと“公式に認知されている”二人を一ヶ所に集めておけば、二人まとめて守ることができる。
それでなくても、このIS学園には各国代表候補生が最新鋭の専用機を持ち込んでくる関係から警備が厳重だし、各国の思惑がからみ合って政治的な意味でも強行的な手段には出づらい。IS操縦者を守る上で、ここ以上の施設はない」
「なるほど。
確かにお兄ちゃんなら考えそうなことかも……ホント、ご迷惑かけます」
「まったくだ……」
頭を下げるあずに千冬は苦笑まじりにそう答える――
後ろで、ドクターズの1体の手によって“おめざめくんWONDERFUL”がラウラに向けて振り下ろされ、雷光がほとばしる光景を意識の外に追いやりながら。
「な…………っ!?」
その晩、自室に戻った箒は目の前の光景に思わず言葉を失っていた。
放課後、鷲悟はあずさの校内見学へ。当然セシリア達も加わったのだが、そこへ一夏も名乗りを上げた。簪と自分の関係についての詳しい話を聞かされ、白式のために彼女の専用機の開発が凍結されてしまったことを一夏自身の口からも謝りたいらしい。
そういうことならと箒も加わろうとしたのだが、そこで真耶から待ったがかかった。紅椿を手に入れ、専用機持ちとなったことで書かなければならない書類が山ほど出てきたというのだ。
仕方がないのでそれらの書類と対峙。文字通り『山ほど』の書類を真耶の協力のもとなんとか片づけ、今日はもう休もうと疲れた身体を引きずって戻ってきたのだが――
どうして、何体ものメカデボス○メ達が部屋の掃除をしているのだろうか。
「……あれ、箒ちゃん?」
と、呆然としている箒に気づき、クローゼットに荷物をしまっていたあずさが振り向いた。
「あずさ!?
まさか……お前の部屋というのはここなのか!?」
「うん、そうだよー。
……ひょっとして、箒ちゃんもここなの?」
「あ、あぁ……」
あずさの問いにうなずく――先ほど書類を書いていた時にでも教えてくれればとこの部屋割を仕組んだであろう真耶を毒づくが、思えば彼女も自分も書類の相手でいっぱいいっぱいだった。彼女も教える余裕はなかっただろうし、自分が教えられたのに気づかなかった可能性もある。
「そっか、箒ちゃんと相部屋なんだ。
じゃあ……“家政婦さんズ”、集合っ!」
あずさが声を上げると、部屋を掃除していたメカデ○スズメ達が集まってきた。パタパタと飛んできたり、チョコチョコと駆けてきて途中で転んだり、少々騒がしいながらもあずさと箒の前に整列する。
「この人がルームメイトの篠ノ之箒ちゃん!
みんな、箒ちゃんのお世話もヨロシクね!」
《ピッ!》
あずさの言葉に、『家政婦さんズ』と呼ばれたメカ○ボスズメ“キーパーズ”の一団が短い翼で器用に敬礼する。
数は12。手のひらサイズだったドクターズ、ワーカーズと違い、その大きさはちょっとしたぬいぐるみ程度。“抱き枕的な意味でちょうどいいサイズ”と言えばわかるだろうか。
「い、いや、私のことは放っておいてもらってかまわない」
「えー? どうして?」
「いや、どうしてと言われても……」
しかし、対する箒の反応は芳しいものではなかった。あずさの問いにも言葉をにごしながら、キーパーズへと視線を戻した。
こいつらを作ったのも、間違いなく束だろう。確かに彼女には紅椿をねだったし、それに応えてくれたことには感謝もしているが――それでも、長年培われてきた複雑な感情がそう簡単に改善されるワケではない。
そんな背景から、キーパーズの世話になることに難色を示す箒だったが、どうやらあずさは違う意味に受け取ったようだ。
「むむっ、さてはこの子達の実力を信用してないな?」
「あ、いや、そういうワケでは……」
「いいよ! そういうことなら、この子達のすごさ、その身で味わってもらうんだから!」
「だ、だから違うと……」
「みんな! 箒ちゃんにマッサージ!
箒ちゃんを快楽地獄に引きずり込んであげなさいっ!」
《ピピッ!》
「話を聞けぇぇぇぇぇっ!――って、ぅわぁぁぁぁぁっ!?」
その後1時間ほど、部屋には箒の悲鳴(notシリアス、notエロ)が響き渡ったという――
「…………はぁ」
開けて翌日――朝のHRを前に一夏と別れ、二組に戻ってきた鈴は自分の席についてため息をついた。
相変わらず、一夏と別れなければならないこの時間だけはどうしても好きになれない。他の面々は同じクラスのためにその後も一緒にいられるのに、どうして自分だけ――
(……あ、でも今日からはあずさもなんだっけ)
思い出し、苦笑する――自分よりも遠くに“飛ばされた”彼女にちょっとだけ優越感を抱いたりもするが、すぐにそれもあまりあてにならないと思い返す。
昨日一日の様子だけ見ていてもそれなりの行動力の持ち主のようだ。距離の問題などまるで意に介すまい。
実際、昨夜さっそく箒が振り回されたらしい。妙に疲れたその様子を見て心配した一夏に返した言葉が『穢された……』。いったい何をされたのやら。
そんなことを考え、HRが始まっても担任教師の言葉など右から左状態の鈴だったが――
「さて……次のお知らせですけど、今日はみなさんに転入生を紹介します」
(…………え?)
その言葉にはさすがに反応した。教室がざわつく中、思わず顔を上げる。
(転入生? うちのクラスに? あずさ、四組って言ってなかったっけ? 変更になったの?)
戸惑い、考えがまとまらない――困惑する鈴をよそに、“転入生”は教室に入ってきた。
結論から言えば――あずさではなかった。
背丈は鈴より上。身近なところではシャルロットと同じか、少し上くらいだろうか。
制服はスカートではなくズボンスタイル。男装当時のシャルロットが着ていたものと同じような感じだが、男装しているワケでも男というワケでもない。鈴が軽く嫉妬するくらいの胸のふくらみがしっかりと女性だと主張しているからだ。
赤毛の長髪は三つ編みにまとめられているが、それでも腰まで届いている。ストレートにしたらとんでもない長さになりそうだ。
教室に入ってくるその立ち振る舞いは一切のよどみがなく、まるでその動作ひとつひとつからも強い地震がにじみ出てくるかのようだ。
教壇のすぐとなりに立ち、となりに姓名と顔写真がウィンドウ表示される中、“転入生”が凛とした声で名乗る。
「イタリアから来ました、カレン・ヴィヴァルディです。
ヴィヴァルディ・ファミリーに籍を置く、企業専属のIS操縦者で、この学園には短期留学という形でお世話になります。
短い間ですが、ぜひみなさんと仲良くなって――」
「この学年の専用機持ちを、ひとり残らずぶちのめして帰りたいと思います」
『………………は?』
一瞬、その場の全員が自らの耳を疑った。
聞き間違いでなければ、彼女は今――
「では、よろしくお願いしますね」
そんな周囲の困惑など一切意に介さず、カレンと名乗ったその転入生は優雅に一礼し――
『……えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!?』
突然の“宣戦布告”に、驚きの声が響き渡った。
突然の
トラブルメーカー
超・降臨!
次回予告
鷲悟 | 「おぅ、鷲悟だ。 なんか、二組の方にも転入生だって?」 |
鈴 | 「えぇ、まぁね…… 何なのよ、あの子。いきなりあたし達に宣戦布告なんて」 |
一夏 | 「しかも、次の実習って確か模擬戦じゃなかったか?」 |
鈴 | 「上等よ。 思いっきり撃墜してやろうじゃないのよ……代表候補生、ナメんじゃないわよ!」 |
鷲悟 | 「次回、IB〈インフィニット・ブレイカー〉! |
『標的は専用機持ち!? イタリアからの挑戦状』」 | |
簪 | 「私も……専用機持ちなのに……」 |
あずさ | 「わぁぁぁぁぁっ! 簪ちゃんの地雷踏まれたぁっ!」 |
(初版:2011/08/18)