「あー、本日は“うちのクラスは”連絡事項はない。
 今日も実習がある。期末試験前だ。各自ケガには十分気をつけるように」
 朝のHRも始まり、千冬が壇上に上がり、一同に向けてそう告げる――『はいっ!』と全員が声をそろえて返事するのを聞いてうなずき返し、
「そして柾木。
 妹の転入初日、心配する気持ちはわからないでもないが、少し落ち着け」
「だ、だってアイツ、“こっち”では初めての学校だし、かんざしさんと知り合いになったとはいえ、逆に言うならまだ簪さんしか友達いないワケだし……」
 千冬の言葉に、鷲悟がオロオロしながら答える――こうして反応を返してくる辺り、ちゃんと千冬の話は聞いているようだが、
「うぅっ、自己紹介でコケたりしてないだろうな?……一夏みたいに」
「確かに、その一点は心配だな……織斑の前例があるだけに」
「なんでオレが引き合いに!?」
 鷲悟と千冬の言葉に、一夏が思わず声を上げるが――入学時の自己紹介が“アレ”ではしょうがない、と全員の結論が水面下で一致していた。
 そんな時だった。

『……えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!?』

 となりの二組から驚きの声が上がったのは。
「な、何!?」
「今の、二組よね? どうしたのかな?」
 それを受け、一組の教室もざわつく中、千冬は思わずため息をついた。
「あいつめ……」



「さっそく“やらかした”か」

 

 


 

第22話

標的は専用機持ち!?
イタリアからの挑戦状

 


 

 

「専用機持ちを……」
「全員、倒すだと……!?」
 二組で上がった悲鳴が気になり、悶々としたまま1時間。
 1時限目の授業が終わるなり、さっそくやってきた鈴に何があったのかと尋ねてみれば、聞かされたのは転入生からの“宣戦布告”。シャルロットとラウラが顔を見合わせたのも、ムリからぬ話であろう。
「わたくし達全員を相手に、勝つつもりですの……?」
「そりゃまた、大きく出たな、ソイツ……」
「ずいぶんな自信だな。私達の実力も知らないで」
「少なくとも、自信を持つだけの実力は持ってるみたいよ」
 眉をひそめるセシリア、鷲悟、箒の三人に、鈴はため息をついてそう答える。
「1時限目、飛行概論の授業だったんだけど……その子、反重力推進のエネルギー場構築理論でうちの先生を論破しちゃったのよ。そうとう知識あるわよ。
 身のこなしも……まぁ、今朝から見てた、1時間程度の時間だけでの印象になるけど……ほんの少しのスキもなかった。
 まるで、いつでも射てるように張り詰めた弓の弦……そんな印象を受けたわ」
 鈴がそこで一度言葉を区切った、その時だった。



「当然よ」



『――――――っ!?』
「あなた達、一年生の専用機持ち全員にケンカを売ったんだもの。油断している余裕なんて、あるはずがないじゃない」
 いきなりの声に一同が驚き、教室の入り口へと振り向く――そこには、まさにウワサの人物が立っていた。
「カレン・ヴィヴァルディ……!」
「じゃあ、コイツが……!?」
「えぇ。
 こちらでは初めてだから、名乗らせてもらうわね――私はカレン・ヴィヴァルディ。“あなた達全員をぶちのめす者”よ」
 鈴のつぶやきにうめく一夏に答えると、カレンは改めて彼らに向けて宣戦布告を叩きつける。
「とはいえ……そうにらまないでもらえるかしら?
 確かにあなた達を倒すという宣言はしたけれど、それはISでの対戦の話――あなた達とは、敵ではなく、互いに競い合うライバルでありたいと思っているのだけれど」
 言って、カレンは教室に入ってくると一夏の前に進み出て、
「あなたが織斑一夏ね。
 あなたの専用機が最近“第二形態移行セカンド・シフト”したと聞いたのだけど」
「あ、あぁ……」
「それに、篠ノ之箒。
 あなたのISはあの篠ノ之束が自ら製作した、現在存在している唯一の“純”第四世代型……」
 『純』をつけたのはおそらく白式との区別のためだろう。白式の場合雪片弐型に展開装甲が使われているから第四世代型に分類されているだけで、機体そのものは第三世代型技術の産物だからだ。
「他の子達との対戦も楽しみだけど、あなた達二人は格別だわ。
 もっとも、全員倒すのだから、最終的には同じことだけど――」



「それはムリだよ」



 突然の声が、カレンの勝利宣言に待ったをかけた。
 四組からやってきたあずさの登場だ――簪と共に入ってきて、カレンをにらみつける。
「ずいぶんとナメてくれるね。
 一夏さんや箒ちゃんは注目しても、純第三世代型とはいえ束お姉ちゃんが作ったあたしの桜吹雪きんさんは無視?」
「そういうワケでもないのだけどね……」
 あずさの言葉に苦笑して――すぐにその笑みが不敵なそれに変化した。あずさをまっすぐに見返し、問いを返す。
「それで? 最初の言葉は、『私がこの学年の専用機持ち全員に勝つのはムリ』という意味だと受け取ってもいいのかしら?」
「ん。まぁ……そうだね」
「あなたが勝つから……かしら?」
「それもあるけど……ね」
 問いを重ねるカレンに、あずさも不敵な笑みを返して答える。
「たとえあたし達みんなに勝ったとしても、あなたは絶対、“この学年の専用機”すべてに勝つことなんかできない。
 なぜなら……」
「……なぜなら?」
 カレンが返す中、誰かがツバを飲み込む音が聞こえた。重苦しい沈黙の中あずさは間をおいて、告げる。
「なぜなら……」







「まだ完成もしていない簪ちゃんの専用機に、いったいどうやって勝つっていうの!?」







 ………………

 …………

 ……



 沈黙が別種のそれに変化したのがハッキリとわかった。誰もがコメントに困る中、痛々しい沈黙が場を支配し――
「……ぷっ、あははははっ!」
 沈黙を破り、笑い声を上げたのはカレンだった。
「あぁ、まさかそう返してくるとはね。
 なかなかおもしろいところを突いてくるわね」
「そう?」
「えぇ。
 だけど……」
 あずさに答え、カレンはあずさの横を指さし――

「どうせ……私の専用機、できてないよ……」
「わーっ! 簪さーんっ!?」

「今の指摘のダメージ、全部私じゃなくてそっちの子に行ったみたいだけど」
「にゃぁぁぁぁぁっ!? 簪ちゃん、ゴメ〜ンっ!」
 果てしなく凹んでいく簪とあわてて駆け寄る鷲悟を見ながらのカレンの言葉に、あずさもあわてて簪に向けて頭を下げる。
「まぁ、彼女についてはまた何か考えるわ。
 専用機がないのならお互い訓練機を借りて、訓練機同士で戦ってもかまわないし……何なら、製作を手伝ってあげてもいいわよ?
 これでも“自分の専用機を一から作り上げた”経験者だもの。手を貸せることは多いと思うわ」
「って、お前のIS、お前自身が作ったのか!?」
「ついでにテストパイロットもね――まぁ、新参であるうちの実家は、私以外にISを使える子もいなかったものだから」
 驚く一夏にカレンが答える――その言葉にシャルロットが身体を強張らせたのは、デュノア社でテストパイロットをしていた頃の自分を思い出したからだろうか。
「そういうことだから……開発についても完成後の調整についても、力になれると思うわ。
 どうかしら?」
 改めて、そう提案するカレンだったが――
「…………いらない」
 そう返してきたのは、つい今の今まで凹んでいたはずの簪本人だった。
「私の専用機は……私が完成させる。
 私だって……ひとりで、完成させてみせる」
「……最後のは、余計なお世話だったようね。ごめんなさい」
 その言葉には、おとなしくも強い決意が込められていた。簪の“本気”を感じ取り、カレンは素直に頭を下げる。
 と――その時、次の授業を知らせる予鈴が鳴った。
「……ここまでのようね。
 じゃあ、また後で……対戦、いい試合をしましょうね」
 そう言い残し、カレンは優雅に教室を出ていった。
「なら、あたし達も帰らなきゃ。
 行こう、簪ちゃん」
「うん」
 そしてあずさ達も――簪を連れて一組の教室を出ると、あずさは簪に対し頭を下げた。
「ゴメン、簪ちゃん。
 一組まで連れてきて、なんか凹ますだけで終わっちゃって……しかも凹ませたのあたしだし」
「大丈夫。気にしてない。
 それに……あの人のおかげで目標を見直せた。だから……むしろ、ありがとう」
「え………………?
 んー、簪ちゃんがそれで納得してるなら、いいけど……」
 謝ったつもりが逆に礼を言われ、複雑なものを感じずにはいられないあずさだったが、
「でも、本当に自分ひとりで専用機を作るつもりなの?
 カレンちゃんの言葉じゃないけど、言えば手伝うよ? あたしだって、束お姉ちゃんのところでそれなりに勉強してるし」
「いい」
 改めて提案してみるも、簪はやはりその提案だけは拒絶する。
「ごめん……これだけは、私にやらせて。
 私のISは……私が作らなきゃ、いけないから……」



「…………ん?
 あれ、篠ノ之さんじゃない」
 珍しい来客に顔を上げたまゆずみ薫子かおるこに対し、箒はぺこりと頭を下げた。
 昼休み、部活棟の一室――新聞部の部室でのことである。
「何ナニ? 篠ノ之さんがもらったっていう専用機について、篠ノ之さんの方から情報提供?」
「あ、いえ、そういうことではなくて……」
 ものすごい勢いで、嬉々として迫ってくる薫子に対し、箒は若干気圧されながらも本題を切り出した。
「黛先輩……」

「“ウィザード”という名前に、聞き覚えはありませんか?」

「………………」
 その名を耳にしたとたん――薫子の顔から笑みが消えた。
「その名前を……どこで?」
「それはこれから説明します。
 ……やはり、黛先輩も知っていたんですね」
「それは篠ノ之さんの話を聞いてからでないとなんとも……ね。
 私の知っている“ウィザード”が、篠ノ之さんの知りたい“ウィザード”と同一の存在なのか、まだわからないもの」
「はい」
 そして、箒は一通りの事情を、“福音・夜明事件”の機密についての部分はなんとかぼかしながら説明した。
「……ISのコア・ネットワークに潜む魔法使い……
 その“自称”は初めて聞くけど……少なくとも、私の知っている“ウィザード”みたいだね。
 けど、まさか私のことを知っていたなんてね……情報通として光栄やら後が恐ろしいやら」
「それで、先輩。
 “ウィザード”とは一体……?」
「って言われてもねぇ……
 確かに、篠ノ之さんが聞いて回れる範囲の人間の中では一番詳しい自信はあるけど、それにしたって世間のウワサより少し詳しい、くらいしか知らないのよね……」
 尋ねる箒に対し、薫子は軽くため息をつき、
「“ウィザード”――ここ数ヶ月のうちにその名を知られるようになった、ネットワーク上の謎の人物……
 既存のネットワークはおろかISのコア・ネットワークにまでアクセスが可能。あらゆるファイヤーウォールを意にも介さずどこにでも現れる。その様が魔法のようだからって、いつの間にかそう呼ばれるようになったの。
 その正体はすご腕のハッカーとも、どこかの国や組織が作り出した超高度なAIプログラムとも、現代のグレムリンとも呼ばれているわ」
 グレムリン――なるほど、あのからかうような言動はまさしくそれだと思わず納得する。
「けど……“ウィザード”の方から篠ノ之さんに接触してきたの?
 “ウィザード”は神出鬼没がウリなのに、何からしくないような……」
「は、はぁ……」
 そこは自分に言われても困るのだが――そんなことを思う箒だったが、
(…………ん?
 そういえば……)
 ふと思い出したことがあった。
(“ウィズ”は、柾木のことをよく知っているようだった。
 そしてその上で“自分は柾木ではない”とことさら強調していた……)
 それは間違いない。指摘した自分に対して、彼はあっさりと肯定してみせたのだから。
 あの時は結論が出なかった疑問――しかし、今はあの時とは違う。“別の可能性”を導き出す“根拠”があった。
(まさか……)



(貴様の仕業か? 柾木ジュンイチ……)







「さて、今日の実習ではISによる模擬戦をしてもらうワケだが……ヴィヴァルディ」
 今日も、昨日に引き続き午後からアリーナでの実習だった。整列した一同の中で千冬が注目したのは、やはりというべきか――カレンであった。
「やってくれたな。
 転入早々、専用機持ち全員に対して宣戦布告か」
「あら、言っても言わなくてもやることは同じなんですから、最初からお互いの関係をハッキリさせておけば、どちらにとっても気合が入るんじゃありませんか?」
 千冬の言葉にも、カレンはあっさりとそう答える。その通りだし、宣戦布告も実質はライバル宣言程度のもの。こう言われては、さすがの千冬も強く釘を刺すことはできなかった。
「……いいだろう。そこまで言うなら、一戦目はお前に出てもらおうか。
 相手は……誰か希望はあるか?」
「私が決めてもいいんですか?
 でしたら、そうですね……」
 説得をあきらめた千冬の言葉に、カレンは列中から周りを見回し――
「それじゃあ……シャルロット・デュノア。お相手、お願いできるかしら?」
「ぼ、ボク!?」
「えぇ。ダメかしら?」
 挑発的な調子で確認してくるカレンの言葉に、シャルロットはなんとなくカチンときた。
「……いいよ。やる」
「よし。ならばさっそく始めろ」
 シャルロットの受諾を確認した千冬が告げ、二人は列の前に進み出る。
「いくよ、リヴァイヴ!」
 先にISを展開したのはシャルロットだった。胸に輝くネックレス・トップ――待機状態のラファール・リヴァイヴ・カスタムUが光を放ち、ISとしての正体を現すとシャルロットの身体に装着されていく。
 そして、その後に続くのはカレンだ。左手に着けた腕時計――待機状態の自らのISに告げる。
「“スタジオーニ”、起動。
 パック選択、“アウトゥンノ”」
 その言葉と共に、カレンの身体が光に包まれる――次の瞬間、カレンの身体は紫を基本カラーとした、シンプルなデザインのISアーマーに包まれていた。
 だが、それだけでは終わらなかった。背中のウィング状の非固定浮遊部位アンロック・ユニットが少し彼女から離れたかと思うと、そこへさらに追加の、ネイビーカラーのISアーマーが装着されていく。
 首から上を除くほぼ全身をカバーした重装甲の追加アーマーを身にまとい、大型のライフルを手にする――完全に展開を終えたカレンの姿は、さながらネイビーカラーの重戦車。PICにより浮き上がり、上空に舞い上がったシャルロットを追う。
「“スタジオーニ”と“アウトゥンノ”……イタリア語で“季節”と“秋”か……
 なるほど。ヴィヴァルディの『四季』になぞらえたネーミングってワケだね」
「えぇ。
 せっかく家名が同じなんだもの。あやかってみるのも悪くないでしょう?」
 シャルロットの言葉にカレンが答え、お互いの武器のセーフティが解除される。カレンのライフルが出所だと思われるチャージ音の中、二人は距離をとってにらみ合う。
「ねぇ……ひとつ聞いてもいいかな?」
「何かしら?」
「ボクを指名したのは……ボクが、専用機持ちの中で唯一第二世代型ISを使ってるからかな?」
「だとしたら?」
「もしそれで、ボクが一番倒しやすいと思ったのなら、考え方を改めた方がいい。
 ISの性能だけで戦っていけるほど、ISバトルは甘くない」
「えぇ、そうね。私もそう思うわ。
 だから安心して。あなたのISが第二世代型であることと、あなたを指名したことはまったくの無関係だから」
「そうなんだ。よかった」
 カレンの答えに軽く微笑むシャルロットだったが、
「けどね……シャルロット・デュノア。
 今のあなたの理屈……まったく逆のことも言えるのではなくて?」
「どういうことかな?」
「つまり……」



「操縦者の技量だけで戦っていけるほど、ISバトルは甘くない」



「――――――っ!」
 それが自分のことを言っているのだと、シャルロットはすぐに気づいた。かまえたアサルトライフルの引き金を引くが、カレンもまたその手の大型ライフルをかまえ、放つ。
 放たれた閃光はシャルロットのばらまいた銃弾をあっけなく飲み込み、シャルロットへ迫る――素早く回避し、カレンのいた位置に銃口を向けるシャルロットだったが、
「いない!?――きゃあっ!?」
 相手の姿を見失い、直後に衝撃――シャルロットの動きを先読みしていたカレンが、死角から彼女に蹴りを見舞ったのだ。
「――――っ、のぉっ!」
 それでも、むざむざやられるようなシャルロットではない。素早く近接ブレードを展開してカレンに斬りかかり――
「見え見えなのよ!」
 カレンはあっさりと対応してみせた。左腕の追加アーマー内からナイフの刀身が飛び出し、シャルロットのブレードを受け止める。
「内蔵ナイフ!?」
「こんな大きなライフルを持ちながら、手持ち式の刀剣なんて使いづらいじゃない!」
 なるほど、彼女の言う通りだ。アーマー一体型のナイフなら大型ライフルを扱いながらでもジャマになることなく使いこなせる。思わず内心で感心しながらも、反撃に失敗したシャルロットは距離を取ろうと後退――が、その直後、ハイパーセンサーが敵の攻撃の命中とシールドエネルギーの減少を知らせてきた。
 それはまさに一瞬。カレンの左腕のナイフが勢いよく射出され、狙い違わずシャルロットの胴に命中――ISアーマーのない胴をその刃から守るため、リヴァイヴがシールドバリアを発動させたのだ。
 さらに、そこへカレンが大型ライフルで追撃。なんとかかわすが、カレンの追加ボディアーマーに内蔵されたバルカンの斉射を受けた。絶対防御こそ発動しないものの、またしてもシールドバリアを削られてしまう。
 と――そこでシャルロットは気づいた。
(ヴィヴァルディさん……ライフルの狙いがどこか甘い……? あの一瞬で、ボクに飛びナイフを命中させた腕があるのに……?
 まさか、ライフルでの命中を狙ってないんじゃ……そうか、オトリ!
 ライフルの攻撃を“かわさせて”、回避先を先読みして本命――)
 一撃必殺を予感させるライフルを警戒させ、そちらに注意が向いた相手の“思考の死角”をついてスキの少ない攻撃を確実に当て、着実にシールドエネルギーを削る――対する相手もあくまで大型ライフルを警戒しているから、少量のダメージでは「アレをくらうことに比べたらこの程度」と注意の外に追いやってしまい、結果じわじわと削られていくことになる。
 見るからに重装型の追加装備も大味な攻撃の連想を後押しする。その実コレとは、なかなかどうして、やってくれる。
「だったら……ライフルの使えない距離なら!」
 だが――気づいた以上はもうやらせない。一気に加速し、シャルロットはカレンとの距離を詰めていく。
 対し、ライフルで狙ってくるカレンだったが、スキを見せず最小限、紙一重の回避で一気に接近。カレンの目の前に飛び込むと“高速切替ラピッド・スイッチ”で展開したサブマシンガンをかまえ――



「――かかったわね」



 その瞬間――シャルロットの両腕がつかまれた。
 カレンのISアーマー、両肩の楯だと思われたパーツが展開され、隠し腕となってシャルロットを捕まえたのだ。
 そして、カレンの胸部追加装甲が開き――現れた内側を見たシャルロットの顔が引きつった。
 そこには、ビッシリと並んだベアリング弾のカバー。これは――
「クレイモア!?」
「大丈夫――絶対防御で止まるから!」
 カレンが答えると同時、放たれたベアリング弾が至近距離からシャルロットを直撃。さすがにこれには絶対防御が発動し、シャルロットのシールドエネルギーをごっそりと削り取る。
 衝撃で拘束が解け、シャルロットが吹っ飛ばされる――おかげで拘束からの脱出はできたものの、クレイモアによって絶対防御が発動した範囲は広く、一気にシールドエネルギーを持っていかれた。シャルロット自慢の“灰色の鱗殻グレー・スケール”でも一撃でここまで削るのは不可能だ。
 それでも、シールドエネルギーはかろうじて残っている。反撃に転じようと体勢を立て直し――顔を上げたすぐ目の前にカレンの姿があった。
 こちらに大ダメージを与えても油断することなく、完全に撃墜判定を下すべく追撃をしかけてきたのだ。逆襲の目を完全に摘み取られたことをシャルロットが確信し――











「――――ごめんなさい」











(え――――――?)
 一瞬、小さな声告げられた言葉――表情も、どこか悲しそうな顔を浮かべているように見えたような気がする。
 だが、それを確かめる間もなく、シャルロットが吹っ飛ばされた。試合終了を告げるブザーが鳴り響く中地面に叩きつけられ、そこでようやく大型ライフルの銃剣で突き飛ばされたのだと理解する。
 そして――
「残念だったわね。
 試合終了も告げられていないのに、勝ち誇るほど気は早くないのよ、私は」
 そう告げて微笑むカレンからは、悲しみの色など少しも感じられなかった。



「ウソだろ……
 シャルロットが、あんなに簡単に……」
 愛機の豊富な拡張領域バススロットの助けがあるとはいえ、数多の武装を状況に応じて適切に使い分けることのできる高い判断力 と“高速切替ラピッド・スイッチ”に支えられたシャルロットの実力はかなり高い。 そのシャルロットがほとんどワンサイドゲームと言ってもいい勢いで敗北したのを見て、一夏が呆然とそうつぶやく。
「あはは……負けちゃった。
 ボクらへの全勝宣言、いきなりつぶす気でいったんだけどね……」
「心配するな。
 今ので手の内は知れた。私が仇を討ってやる」
 一方、戻ってきたシャルロットを労い、ラウラが彼女に告げるが――
「ふーん。具体的にはどうやって?」
 あっさりと返したのは鷲悟だった。
「手の内がわかったとして、どうやって攻略する?
 離れれば大火力狙撃に振り回されたところをチクチクと削られて、近づけば隠し腕にクレイモア。
 シャルに使った隠し腕による奇襲は確かにもう通用しないけど、それならそれでお前のワイヤーブレードみたくハナから展開してガチの接近戦に使えばいい。
 AICも通じないんじゃないか? 何しろあの重装甲だ。他にも隠し腕や隠し武器がある可能性は否定できないから、どうしてもその警戒に意識を割かれる。その状態で集中を強いられるAICを使えるのかよ? ヘタすればそのスキをつかれて捕まった挙げ句クレイモアだぞ。
 そもそも、クレイモアだって単独で撃てないワケじゃないだろう。全身のシールドバリアをまんべんなく叩くアレは、単発で撃たれたってISバトルにおいてはこの上ない脅威――ISバトル限定で言うなら最強の武器だと言ってもいいだろうな。ISバトルってシールド使わせてナンボだし。
 今こうしてざっと分析した限りで対策を立てるとしたら、攻めどころは唯一戦術の限定されている長距離戦。アイツ以上の火力をもって問答無用でブッ飛ばす、くらいだけど……シュヴァルツェア・レーゲンの火力でできる?」
「そ、それは……」
「ま、それができるのはオレのG・ジェノサイダーくらいってことだな。
 ってなワケで、シャルの仇はこのオレが……あだっ!?」
「アンタも見落としてるわよ」
 名乗りを上げようとした鷲悟の頭をはたいたのは鈴だった。
「アンタもラウラも忘れたの?
 アレ、パッケージ換装で“あぁ”なってたのよ」
『あ…………』
「“あの状態”に対策立てたって、別の装備で来られたら意味ないわよ」
 ラウラと二人で間の抜けた声を上げる鷲悟に、鈴は軽くため息をつく。
「とにかく、今の段階で対策を固めるのは早計だわ。
 もっと情報が欲しいわね。何よりもまずそこよ」
「鈴さんの言う通りですわ。
 今の模擬戦のデータも、もっと検証してみる必要があるでしょうし……」
「それに彼女自身についてもな。
 戦い方の基本を押さえられれば、そこからの予測も容易になる」
 セシリアや箒も加わってみんなが話し合っている間、シャルロットは二組のクラスメイトに勝利を祝われているカレンへと視線を向けた。
 気になるのは、対戦の中で告げられた一言――
(あの時……ヴィヴァルディさん、『ごめんなさい』って言ったような……
 あれはボクの気のせい……? もし、気のせいじゃなかったら……どういう意味だったんだろう……?)
 そもそも、一瞬の出来事だっただけにあれが現実だったかどうかもあやふやだ。消化できない違和感を胸の片すみに抱え、シャルロットはひとり首をかしげるのであった。



「……ふぅっ」
 実習も終わり、制服に着替え終えると、カレンは軽く息をついた。
 代表候補生のシャルロットに勝利するという、傍から見れば大金星を挙げた彼女だが、そんな彼女に声をかけてくる者はいない――だが、それも当然だ。何しろこの後すぐ教室に戻ってHRなのだから。
 すぐに着替えて戻らなければ、待っているのは担任教師からのありがたいお説教だ。特に一組はそういった意味ではまさに生死に直結すると言っても過言ではない。
 そんなワケで、手早く着替え終えたカレンは級友に声をかけ、更衣室を出る。と――
「あれ、ヴィヴァルディさん?」
「ホントだ」
 上がった声に振り向くと、そこには学園に二人だけの男子――鷲悟と一夏がいた。
「あら、柾木くんに織斑くん。
 二人とも早いのね。私も“着替え組”としてはけっこう早かった方だと思ったのだけど」
 カレンがわざわざ“着替え組”と言い添えたのは、ISスーツまで全部脱いで着替えるのではなく、ISスーツの上にさっさと制服を着込んで着替えをすませてしまう“重ね着組”の存在があるからだ――かつてそれを知った鷲悟からは「水泳シーズンの小学生女子か」とツッコまれたが。
 ちなみに、一、二組の専用機持ちの中では鈴とラウラが重ね着組。『めんどくさい』『有事即応のため』というのがそれぞれの言い分だが、女の子の身だしなみ的な意味でその理由は大いに問題があるような気がしてならない。特に前者りん
 それはともかく、重ね着組はすでに着替え終わって教室に直行している頃合いだ。だからこそ、カレンはこのタイミングで現れた男子二人を着替え組と判断したのだ。
「まぁ……オレ達はもっと時間的にシビアなのを経験してるからな。慣れてるんだよ。
 何しろ、グラウンドで実習の時はグラウンドからここまで来て着替えて、そこから教室へ……って流れだから」
「そうなの?
 どうしてそんな遠回りを……あぁ、ここにしか男子の使える更衣室がないから」
「理解が早いねぇ、ホント」
 自分に聞き返そうとしながら結局自ら答えにたどり着いたカレンに、鷲悟は軽く苦笑して見せる。
 と、今度は一夏がカレンに声をかける。
「とりあえず……宣言達成に向けてまず一勝、おめでとうってところか?」
「あら、あなた達から賛辞を贈られるとは意外ね。
 シャルロットの仇討ちとばかりに打倒私に燃えていると思っていたのだけど」
「確かに借りは返すつもりだけどさ……試合の中でのことじゃないか。
 お前もシャルロットも正々堂々と戦ったんだ。その結果に恨みを持つ理由なんかないさ」
「フフフ、スポーツマンシップ、というヤツかしら?」
 一夏の答えに笑いながら、カレンは彼に向けて右手を差し出した。
「あなたとの対戦、ますます楽しみになってきたわ。
 お互い、いい試合をしましょうね」
「あぁ、こっちこそよろしく」
 一夏もそれに応じて握手を交わして――
「フンッ、どーせオレは専用機持ちとは似て非なる相手ですよーだ」
「すねるな、そこ」
 ぷいとそっぽを向いて唇をとがらせる鷲悟に一夏がツッコみ、カレンもその光景にクスリと笑みをもらす。
 ともあれ、さっさと教室に戻らなければならないのはどちらも同じだ。男子二人が先に立つ形で、三人はそれぞれの教室に向かう。
(……織斑一夏。
 それに、柾木鷲悟……)
 先を行く男子二人の背中を見ながら、カレンはその名を改めて反芻する。
(大丈夫。大丈夫だから……
 あなた達は何も知る必要はない……これは私“達”の問題。私がすべて終わらせる。
 たとえ、そのためにあなた達全員を倒すことになってでも……)



(……あなた達を、守ってみせるから……)







 シャルロットがカレンに完敗してから数日。
 あれから、実習は各種基本動作と運用の訓練ばかり。模擬戦が行なわれる機会はなく、またカレンがいたって友好的なため、今のところ鷲悟達の内の誰かがカレンと衝突するような事態は起こっていなかった。
 一方で、簪との関係も特にこれと言った進展はない。あずさに連れられて一組には顔を出すのだが、元々が積極的に他人と関わりを持つような性格ではないため、こちらから話題を振らなければ話にからんでこないのだ。
 まぁ、からんでくれば普通に話せるし、一夏にしても嫌われているワケではなさそうなので、時間をかけてじっくり友情を育んでいこう、という形で落ち着いているのが現状である。
 そんなある日の昼休み――

『マフィア!?』

 もたらされた新情報に、鷲悟達は思わず驚きの声を上げた。
 場所は新聞部――薫子に呼ばれ、集まった席でのことである。
 最初はまた何かの取材かと思い、断ろうとしたのだが、「ヴィヴァルディさんのこと、知りたくない?」と返された。どうやら彼女についての情報提供のようだ。
 ということで、素直に彼女の誘いに乗ったのだが――
「あの子は、“ヴィヴァルディ・ファミリー”所属の、企業専属IS操縦者……っていうのは、もう知ってるよね?
 日本で“イタリア”で“○○ファミリー”とくれば、思い浮かぶのは――」
「アダ○スファミリー?」
「それはアメリカだ」

 あずさのボケが鷲悟につぶされた。
「あー、茶々が入ったけど、日本でその二つのキーワードがからんだら、“マフィア”って連想する人は決して少なくないわ。
 だから、もしかして……と思って調べてみたら、ビンゴ。
 ヴィヴァルディ・ファミリーっていうのは、イタリアの大物マフィアの一派。しかも10代以上続く古株中の古株」
「マフィアが、IS開発を認可されてるっていうの!?」
「んー、マフィアって言っても、実態はすごく“クリーン”なのよ、ここ」
 驚く鈴に対して、薫子は落ち着いた様子でそう答えた。
「ファミリーの気質として、汚いところはとことん嫌うのよ。
 法に触れるようなことはしてないし、ファミリーの収入源もまっとうに事業運営した収益から。その上孤児院の援助とか他のファミリーの違法事業を警察にリークしたり――と、絵に描いたような“善玉マフィア”なのよ。
 調べてたら“イタリアン・マフィア界の法の番人”なんて二つ名まで出てきたし……実際、地元での人気はかなり高いみたいよ。
 その上かなりの武闘派――まぁ、これは仕方ないわね。今話したことのからみでそこらじゅうの同業者からにらまれて、しょっちゅう抗争しかけられてるみたいだから。身を守れるほど強かったからこそ、そのやり方を通してこれたってことね」
「経歴にやましいところはなし、か……」
「そう。
 それが最近になって、飛び抜けた技術を引っ下げてIS関連事業に参入してきてね。
 マフィアってところがやっぱり国的にはネックになったみたいだけど、実態はいたって“真っ白”だし技術的にも優秀。その上地元密着で人気も高い――国も、その肩書きに目をつむってでもIS本体の開発認可を与えた方がメリットは大きいと判断したんでしょうね。
 実際技術レベル、すごく高いもの――もし、ヴィヴァルディ・ファミリーに開発認可が下りるのがあと1年早かったら、イグニッション・プランのイタリア推薦の機体はテンペスタUじゃなくてあそこの新型機だっただろう、とまで言われているわ」
 ラウラに答え、薫子はそこで一度話を区切る。
「で、ヴィヴァルディさんはそこのボスの跡取り娘……
 けど、そんな子がどうしてIS学園へ? なんで一夏達全員をブッ飛ばす、なんて話になってるんですか?」
「そこまではわからないわ。
 私が集められるのは、あくまで巷で流れている情報だけだもの」
「つまり、“巷に情報が流れない水面下に理由がある”……ということですね」
 鷲悟に答える薫子の言葉に軽く考え込むと、箒は鈴に声をかけた。
「鈴、お前は何か聞いていないのか?
 同じクラスなんだ。直接語られなくても、日常の会話の中に何かヒントになりそうなことでも……」
「そんなの、そう簡単に拾えるワケないでしょ? あたしはどこの名探偵よ?
 それでなくてもあの子、あたし達を倒すって宣言してる以外はいたって“いい子”で、今やすっかり人気者だもの。いつもいろんな子が入れ代わり立ち代わりあの子と話してんのよ? その話にいちいち聞き耳立ててろって?」
「そこはやっぱり、鈴ちゃんイヤーで」
「それはナニ? あたしは地獄耳だと、そう言いたいのかしら?」
 あずさの言葉に鈴がこめかみを引きつらせていると、
「……少なくとも」
 今まで黙って話を聞いていた簪が口を開いた。
「あの人が私達に挑んでくる理由は、専用機ではなく私達自身にある。
 でなきゃ、私に『訓練機同士で戦ってもいい』なんて提案はしない」
「そっか。ボクら“の専用機”に勝つのが目的なら、訓練機で戦って勝っても意味ないもんね。
 けど、ヴィヴァルディさんはそれをしなかった……」
 ポンと手を打って納得するシャルロットに、簪はうなずいて肯定を示し、
「……あ、そういえば」
 不意に一夏がそれを思い出した。
「昨日、カレンが千冬姉に頼み込んでた。『もっと授業での模擬戦を増やしてほしい』『もっと(オレ達と)戦わせてほしい』って……」
「それはどういうことですの?」
「その根本までは知らないけど……彼女はお前らを“一刻も早く倒したい”ってことだな」
 首をかしげるセシリアには鷲悟が答えた。
「その“理由”っていうのがちゃんとしたものなのか、それとも何かしらの焦りからくる単なる思い込みなのか……それはわからない。
 けど、少なくとも彼女は“一刻も早く”“お前ら自身を”全員倒したがってる……それは確かだ」
「なんとか、本人から聞き出せればいいんだけどね……」
「話してくれるつもりがあるんなら、そもそも『あたし達全員を倒す』なんて話にはならないと思うんだけど」
「……だよね」
 鈴に提案をつぶされ、シャルロットががっくりと肩を落とす――他にこれといった対策も思いつかず、結局その場は昼休み終了のチャイムと共に解散となったのであった。



「う〜ん……考えれば考えるほど、わかんないわね……」
 時間は流れて放課後――廊下をひとり歩きながら、鈴は腕組みをしてつぶやいた。
 ついさっきまで、いつものようにみんなでアリーナに向かい、放課後の特訓に励んでいたのだが――そこで新たな事実に気がついた。
 カレンが現れないのだ。
 確かに他の生徒もアリーナを使っているが、それでも模擬戦くらいならできる。それなのに、あれほど自分達との対戦を熱望していたカレンが挑んでこない――それどころか、アリーナに姿すら見せないのだ。
 思い返せば、転入してきた日からずっとそうだ。これは一体どういうことなのだろう。
(放課後に挑んでこれない理由がある……?
 それとも、“放課後に戦っても意味がない”……とか?
 だとしたらその理由は何? 放課後と授業、二つの模擬戦は何が違う……?)
 そんなことを考えながら、自分の部屋に面した廊下へと差しかかり――



「お願いします!」



「………………?」
 不意に、そんな声が耳に入ってきた。
 見れば、ひとりの女子が真耶に何やら頼み込んでいる――なんとなく気になって、鈴は真耶に声をかけた。
「山田先生、どうしたんですか?」
「あぁ、凰さん。
 実は……」
 そこでようやく鈴に気づき、真耶は彼女にだいたいの事情を説明した。
 それによると、目の前の女子のルームメイトにとんでもない問題があり、毎日のようにそれが原因でひどい目にあっているという。
 そのため、もうガマンの限界だと真耶に部屋割の変更を願い出たのだが、ただ部屋割を変えるだけでは彼女に代わり問題の子とルームメイトになる他の女子に火種を押しつけるだけだ。そもそも、そんな理由では部屋割の変更を引き受けてくれる子もいないだろう。
 そんなワケで、さぁ、どうしよう……と頭を悩ませていたところに鈴が通りかかった――という流れだ。
「部屋を移動させようにも、応じてくれる子がいるかどうか……」
「ふーん……」
 本当に困り果てた様子の真耶に、鈴は少し考えて、
「だったら……あたしが部屋変わりましょうか?」
「えぇっ!?
 凰さん、いいんですか!?」
「はい。
 あたしなら荷物も少ないからすぐ引っ越せますし……これでも代表候補生ですよ? その子がどんな問題抱えていようがなんとかしてみせますよ」
「本当!?
 ありがとう、凰さん!」
「いいって。
 じゃあ、あたしの部屋、受け入れ準備しておくから」
 礼を言う女子に答え、鈴はさっそく準備に取り掛かるべくきびすを返した。



 そんなワケで、自分の荷物をさっさとまとめ、鈴は問題のルームメイトとやらがいるはずの、今日から自分が暮らすことになる部屋へとやってきた。
 さっきの女子とは、ここに来る途中にすれ違ったのだが、その際「がんばってね」と心底心配そうに励ましの言葉をいただいた。いったいここに何があるというのか……
「ま、気にすることもないわよね。
 あの福音や夜明に比べたら、たかが問題児のひとりくらい何だってのよ」
 ちょっとだけ不安になってきた自分自身に言い聞かせ、鈴はドアノブに手をかけた。意を決して開け放ち――

 ばしゃあっ!と頭から水をかぶっていた。

 ついでに、ガランガランと音を立て、飛んできたバケツが鈴の頭に被さるように命中――そんな鈴のもとに、ルームメイトのものと思われる声が聞こえてきた。
「うぅっ、またやっちゃった……
 新しい子が来るんだから、キレイな部屋で出迎えてあげたかったのに……
 えっと、バケツバケツ……って、きゃあっ!? だ、大丈夫!?」
 ようやくこちらに気づいたらしい。あわててこちらに駆けてくる足音が聞こえて――
「――きゃあっ!?」
「に゛ゃあっ!?」
 悲鳴と同時、鈴の腹、さらに間髪入れず右のつま先にも衝撃――転んだ彼女が鈴の腹に頭突きするように激突、さらに崩れ落ちた拍子に彼女のヒジがエルボードロップのように鈴の右足に落下したのだ。
「#◆$☆%*@&〜〜っ!?」
 言葉にならない悲鳴を上げ、鈴は一撃をもらった右足を抱えてもがく――マンガでよくある、踏まれた足を持ってピョンピョンと片足跳びで飛び跳ねている、まさにあんな感じだ。
 しかし、その拍子に何かドロリとしたものを踏んだ。足をすべらせ、鈴はその場に勢いよくひっくり返る
 頭のバケツを持ち上げて視界を確保してみれば、自分の足元に何かのクリームがぶちまけられている――近くにフタの開いた保湿クリームのビンが転がっているので、おそらく出所はソレだろう。一方で自分がぶっかけられた水とバケツはこれを掃除しようと用意されたものなのだろうとなんとなく見当をつける。
 しかし――それらの状況すら生易しく思えてくるような光景が、今鈴の目の前に広がっていた。
 散らかっているのだ――それもとんでもなく。
 そこら中に衣服や勉強道具、私物が散乱。足の踏み場もない状態とはこんなことを言うんだろうな、と現実逃避気味な考えがチラリと頭をよぎる。
「な、何よ……これ……」
「ごっ、ごめんなさいごめんなさい!
 あなたが新しいルームメイトなのよね!? こんなありさまで本当にごめんなさい!
 片づけようとしていた荷物を引っくり返しちゃって……あなたが来る前になんとかきれいにしようとしたんだけど……」
「いや、ムリでしょ、これは……」
 驚く鈴に対し、相手はブンブンとそれはもうものすごい勢いで頭を何度も下げて平謝り。そんな彼女に怒る気も失せ、鈴は完全に頭のバケツを取り去って――
「………………え?」
 気づいた。
 未だブンブンと頭を下げまくりの新ルームメイト――おかげで顔は見えないが、燃えるような赤毛と三つ編みに束ねた髪型には覚えがありすぎる。
 だが――いつもの立ち振る舞いからして、“彼女”が目の前の惨状を作り出したとはにわかには信じがたい話だった。他人の空似であってほしいと心のどこかで願いながら、彼女の名を呼ぶ。
「アンタ、もしかして……」







「カレン・ヴィヴァルディ……?」







「え………………?」
 反応があった。あってしまった。動きがピタリと止まり、彼女が顔を上げ――
「……凰、鈴音……?」
「う、うん……」
 鈴とカレン、二人はそのまましばし沈黙し――



『……えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!?』



 驚きの声が唱和した。





明かされる
  転入生の
    意外な素顔


次回予告

「ハァイ、あたし鈴!
 まさか、カレンがあんなドジっ子だったなんてね……
 そんなカレンから明かされる、彼女がIS学園に来た理由とは!?」
カレン 「私達が原因なんだもの……私が責任をもってどうにかしなくちゃ!」
「ちょっと、落ち着きなさいよ!
 アンタひとりが気張ったってどうしようもないじゃないのよ!」
鷲悟 「次回、IB〈インフィニット・ブレイカー〉!
   『無敵のダメっ!? カレンががんばるその理由』
   
カレン 「仁義があるのよ、マフィアにだって!」

 

(初版:2011/08/25)