「えぇぇぇぇぇっ!?
ふ、ふぁふぁ、凰鈴音!? ど、どどど、どうしてあなたが!?」
いろいろあって寮の部屋割が変更になり、やってきた新たな居室に入ると同時に鈴を襲った“災難”の数々――それを引き起こしたのは意外な人物だった。
呆然とする鈴だったが、相手の驚きはそれ以上だった。無意識の内に後ずさりして、カレンが驚きの声を上げる。
「…………えっと……」
そのあまりのあわてぶりに、鈴は逆に落ち着いてきた。とりあえずカレンにも落ち着いてもらおうと声をかけるが――
「あ、あの……」
「――――――ハッ!?
ち、ちちち、違うのよ! 違うから! これはその……えっと……事故! 事故なのよ!
いつもはちゃんと片づけてるの! ちょっといろいろあって、ぶちまけちゃっただけだから!」
「いや、そうじゃなくて……」
「あああああ、信じてもらえてない!? やっぱりこんな言い訳じゃダメだった!?
落ちついて私! 素数を数えて落ち着くのよ! 1、2、3、5……あぁっ!? しまった、1は素数じゃないっ!?」
「………………」
一方のカレンはまったく落ち着いていなかった。鈴の声もまるで届いていなくて――
「……あぁ、もうっ!
カレン・ヴィヴァルディ!」
「ひゃいっ!?」
とうとう業を煮やした鈴が声を張り上げた。半ば反射で気をつけをするカレンの姿に、ようやく話をさせてもらえると安堵の息をつくが――
「…………ふぇ……」
「…………え?」
不意に、カレンの表情が崩れた――ただし、悪い方向へ。じわりと目尻に涙をためたカレンの姿に、鈴がイヤな予感を覚え――
「……ふぇえ〜〜〜〜んっ!
ごめんなさぁ〜〜いっ!」
「えぇっ!?
ちょっ、ちょっと!? ナニ泣き出してんのよ!?」
とうとうカレンはその場に泣き崩れてしまった。予想外の事態に、鈴もまたどうすればいいかわからず、途方に暮れるしかなかった。
第23話
無敵のダメっ娘!?
カレンががんばるその理由
「……落ち着いた?」
「…………えぇ」
あれから、カレンが泣き止むまで5分、落ち着くまでさらに5分――その10分(具体的には後者の5分)の間にずぶぬれにされた制服を着替え、部屋着姿となった鈴に対し、こちらは未だ制服姿のカレンはすっかりしょげ返った様子でそう答えた。
現在、二人は物のあふれる机の回りは避け、それぞれのベッドに腰かけ、向かい合う形で話していた。
「じゃあ……確認させてもらうわね。
アンタ……カレン・ヴィヴァルディ本人で、間違いないのよね?」
「え、えぇ……
本人、よ……」
「なんか……昼間とギャップがすごすぎるんだけど」
「そ、それは……その……
外を出歩く時は、しっかりしているように“演じてる”から……」
「昼間の姿は、演技だっていうの?」
「えぇ。演じてるの……決死の覚悟で」
(決死なんだ……)
なるほど。あの昼間の張り詰めた感じの真の根源はこっちかと納得する。
「じゃあ、この有様は昼間“しっかり者のお嬢様”を演じてる反動でブッ壊れた結果、ってところなワケね……」
「あぁ、これは反動が出るまでもなく元からで……」
「元からなんかいっ!」
思わずツッコむ鈴であった。
「私、昔から何をやってもダメで……失敗ばかりでみんなに迷惑をかけていて……そんな自分がイヤで、なんとかしようっていろんなことに挑戦してたんだけど、そのどれもがダメだったの……」
「ち、ちょっと待ちなさいよ。
その『何をやってもダメ』な子が、シャルロットに勝ったって言うの!?」
「え、えぇ……
言ったでしょ? 『ダメ“だった”』って、過去形で……
ISだけだったの。私が、何でも思い通りにできたのは……
思いついたアイデアはすぐにでもシステム化できた。操縦者としても、訓練はいつだって満点。イタリア軍の訓練に参加させてもらった時だって、教官との模擬戦は負け知らずだった……」
「な…………」
開いた口がふさがらなかった。
普段は何をやってもダメな子が、ISがからんだことに限っては完璧だなんて、アンバランスにもほどがある。
それはまるで――
(……意外にいるのね、天才って……)
鈴の頭を、臨海学校で出会った篠ノ之束の姿がよぎった。彼女が万能的な天才である代わりに人付き合いが壊滅的な有様であるように、カレンは他のあらゆることに対する才能を犠牲にISに関することの才能“だけ”が突出した、そんなイメージ――
「つまり、必死に演じてる“お嬢様の仮面”とISがらみの天才ぶりで、学園のみんなには完璧なお嬢様に見せかけている、と……
実際のアンタは気は弱いはドジだわIS以外はまるでダメだわ……目の前のアンタが、本当のアンタってことね?」
「え、えぇ……」
「まったく……前のルームメイトもよくもまぁ耐えたもんだわ。アンタの正体バラさなかったことも含めて」
「そ、それは……学校での私と部屋での私が頭の中でつながらなかったみたいで……」
「まぁ、別人だと思いたくなる気持ちはわかるけどね……」
「うぅ……ごめんなさい……」
鈴の言葉に、カレンはますます縮こまってしまう。少しいじめすぎたかとも思うが、先ほどのように泣き出すほどのショックは受けていないようなので話を進めることにする。
「けど……そんな天才サマが、なんでまたIS学園に?
正直言って、アンタの天才ぶりを見ていると、学園でISについて勉強する必要なんてないと思う。そんなアンタが、必死に見栄を張ってまで転入してきた……何か裏があるんじゃないの?」
「そ、それは……」
鈴の指摘に、カレンは思わず口ごもるが、
「……ごめんなさい。
それだけは、言えないの」
弱々しいながらも、明確な『NO』を突きつけた。
「それを知れば、あなたも巻き込んでしまうと思うから……」
「アンタにケンカを売られてる時点で、もう巻き込まれてると思うんだけど?」
「それでも、今のままなら“私にちょっかいを出されているだけ”の立場でいられる。
お願い……何も言わずに、私の“ライバル”でい続けて……それがきっと、あなたのためだから」
「………………」
その言葉に、鈴は思わず息をついた。
少なくとも、この件についてこれ以上の追求は難しいだろう。思いのほか決意が固そうだ。
この場は引き下がるしかあるまい。だが――
「……わかったわ。
今日のところはこれ以上聞かないし、アンタの“本性”も黙っていてあげる」
「そう。ありがとう――」
「ただし。
今後あたしが決定的な“何か”に直面したら、その時は話してもらうわよ」
「……わかったわ」
しっかりと釘を刺すことも忘れない鈴であった。
とにかく、話はこれで終わり。ということで――
「あと……もうひとつだけ」
「え…………?」
「部屋の片づけ、さっさとやっちゃうわよ。
こればっかりは終わらないとあたしも困るもの。『手伝わなくてもいい』なんて、言わせないわよ?」
「………………はい」
もはや周知の事実であるが、更識簪の専用機は未完成である。
未完成であるから――当然、完成させなければならない。
そんなワケで、放課後はアリーナのすぐ脇の整備棟、その中のIS整備室のひとつにこもって愛機の製作に取り組むのが彼女の日課となっている。
その日も、整備スペースのひとつを借りて作業に没頭していたのだが――
「失礼しまーす……」
「………………?」
聞き覚えのある声が聞こえてきた。顔を上げ、振り向くと、ちょうど一夏が整備室に入ってくるところだった。
そして、一夏がいれば当然ついてくるメンツもいるワケで――箒や鈴、セシリアにラウラにシャルロット、あずさ――さらには本来この部屋は無縁のはずの鷲悟まで。一夏に続いてゾロゾロと入ってくる。
「みんな……?」
「あれ、簪……?
どうしてここに……って……」
つぶやく簪の声を聞き逃さず、一夏が反応する。すぐそばまでやってきて、簪の前で整備台に収められた、装甲材もロクに取りつけられていないISに気づいた。
「ひょっとして……コイツか? 簪の専用機って」
「う、うん……」
「あぁ、そんなに身がまえなくてもいいって。別に手を出しに来たワケじゃないからさ。
自分で作るって決めたんだもんな。がんばれよ」
「わかってる」
「…………でも」
うなずく簪に対し、一夏は笑みを浮かべて付け加えた。
「その気になったら、いつでも頼ってくれよ。
オレ達みんな、簪のこと応援してるんだからさ」
「…………うん」
一夏の言葉に、簪の表情が和らぐ――背後で箒と鈴の中で怒気がふくれ上がったり、それに気づいた鷲悟が十字を切ったりしているがそれはさておき。
「けど……みんなはどうしてここに?」
「あぁ、白式を少し調整したくてさ」
「具体的にはスラスター周りをね。
第二形態になってスピードアップしたはいいんだけど、おかげで小回り効かなくなっちゃって……そのための“二段階瞬時加速”なんだけど、それに頼りっぱなしってワケにもいかないしね。
だから、通常機動でももーちょっとリニアに動けないかな、って一夏くんが言い出して……」
「そうなんだ……
なら、向こうの整備台が空いてる」
「あぁ、ありがとう。
じゃあ、また後でな」
一夏とあずさの言葉に、簪は空いている整備台を教えてくれた。礼を言い、一夏がそちらに向かったのを見送り、自分の作業に戻る。
――――が。
「ちょっとトルクレンチ借りますわね」
「……うん」
「あー、ごめん、通電チェッカーある?」
「そっち」
「ねぇ、電動ドリルある? ドリルドリル」
「…………はい」
「ハンマー、使わないなら持っていくぞ」
「ん……」
セシリア、鈴、シャルロットにラウラ――みんな簪のところに来ては工具を借りていく。これでは作業に集中できやしない。
「あー、悪い、簪さん。
ちょっとインパクトドライバ貸して――」
「…………ねぇ」
だから――次にやってきた鷲悟を呼び止めた。
「どうして、みんな私のところに来るの?」
「いや、どうして、って……」
簪の言葉に、鷲悟は困ったように頬をかき、
「自分の作業のために、携行工具のカートほとんどここに集中させてるの、簪さんじゃないのさ」
「あ……」
自分のせいだった。
「まぁ……工具の絶対数が足りないっていうのもあるんだけどねー。
これだけ整備台があるのに、出してある工具の数が明らかにそれより少ないって何さ? そんなの、なかったらよその台から借りてくるしかないじゃないのさ」
「いつもは、ここを使う人はそんなにいないから……
競技系行事で一斉整備をする時に奥から予備を出してくるぐらいで、いつもはそんなに数を置いてないの」
「あー、そーゆーことか」
いざ聞いてみれば納得の理由だ。うなずき、鷲悟はお目当てのインパクトドライバを手に取り、
「…………打鉄をベースにした、第三世代型、か……」
「――――――っ!?」
ポツリ、とつぶやかれたその言葉に、簪は思わず顔を上げた。見れば、鷲悟は確かに作りかけの自分の機体に視線を向けている。
「……わかるの? 外装、ほとんど外してるのに……」
「ISの勉強で、打鉄とラファールの設計データはイヤってほど目を通してるからな。ガワ外してたって、この2機ならなんとなくわかる」
簪に答えると、今度は鷲悟の方から彼女に声をかける。
「ところでさぁ……」
「手伝いなら、いらない」
「いや、そうじゃなくて」
先手を打つ簪だったが、彼女の読みは外れていたらしい。パタパタと手を振って、鷲悟は改めて告げる。
「コイツ、名前とか決まってるのかなー、って」
「うん……
打鉄、弐式」
「まんまかよ」
「一刀両断!?」
即答された。
「せめてもうちょっとひねろうぜ。な?」
「じゃあ……柾木くんなら、なんて名前つけるの?」
「ふむ、そうだな……」
簪に返され、鷲悟は腕組みしてしばし考え、
「……ダイカンザシ」
「それだ!」
「どれよ!?」
帰りの遅い鷲悟を呼びに来た鈴にツッコまれた。
とりあえず、白式の調整は整備室の使用時間ギリギリいっぱいまでかかってようやく一区切り。アリーナも閉館時間が近いため実際飛んでみるところまではできなかったが、シミュレーションでは問題はなかったので実動テストは明日ということになった。幸い明日は実習もないので、テストしないままの状態でも授業に差し支えることもない。
そんなワケで、整備室を片づけ、現在簪も含めたみんなで寮に向けてゾロゾロと移動中――
「……まったく、鷲悟お兄ちゃんってば……」
その道中、雑談の中で先の簪と鷲悟のやり取りについて聞かされ、あずさは思わずため息をついた。
「いくら簪ちゃん専用だからって、ダイカンザシはないでしょ。ダイカンザシは。どこの戦隊ロボ?
鷲悟お兄ちゃんこそひねりが足りないじゃない。簪ちゃんもそう思うでしょ?」
ワーカーズやドクターズに“大工さんズ”だの“お医者さんズ”だのと名づけているあずさには言われたくないのだが――気にせずそう簪に話を振るあずさだったが、
「そうかな?
すっごくいいと思うんだけど……」
「あ、あの……簪ちゃーん?」
眼鏡の向こうの瞳が、それはもう輝いていらっしゃる――珍しく興奮気味の簪の姿に、あずさの頬を冷や汗が流れる。
「う、打鉄弐式もいいと思うなー。シンプルでわかりやすくて。
ね、ね、シャルロットちゃんもそう思うでしょ?」
このままでは“ダイカンザシ”が正式名称にされかねない。あわてて近くのシャルロットに話を振るが、
「まんま……そのまんまか……そう言われるとボクのリヴァイヴも……
ボクもこれを機会に改名しようかな? ラファール・リヴァイヴの上位……王様……“リヴァイヴオー”? それとも“ラファールオー”?
うん、いけるよ! ありがとう、簪さん! 新たな道が拓けそうだよ!」
「い、いやいや、ちょっと待ってよ! あたしとしては簪ちゃん止めてほしいんだけど!?
っていうかセンスが似たり寄ったりだよ! それでいいの、シャルロットちゃん!?」
振った相手が悪かった。一緒になって暴走を始めるシャルロットに、あずさがあわててツッコミを入れる。
「セシリアちゃん、ラウラちゃん、二人を止めてーっ!」
「えぇ、わかってますわ。
二人とも、改名もけっこうですけど、“大”だの“王”だのつければいいというものではありませんわよ。
ここはやはり、そのすごさがストレートに伝わる改名でないと。そう……“ブルー・ティアーズ”を“スーパー・ブルー・ティアーズ”とするように!」
「何を言っている、セシリア。
ここはやはり嫁への愛を前面に押し出すべきだろう。“鷲悟の騎士”――そう、“シュウゴ・リッター”と私なら名づけるぞ」
「ちっがぁぁぁぁぁうっ!」
「……何をやってるんだ、アイツらは……」
彼女達の場合、冗談でも何でもなく、間違いなく本気だろうから始末に負えない。助けを求めた二人にまで暴走され、あずさが頭を抱えて絶叫するのを見て、一夏が思わず苦笑して――ふと、となりの箒が黙り込んでいるのに気づいた。
なんとなく――尋ねる。
「……まさか、紅椿を戦国武将とか剣豪とかの名前に改名しようとか思ってないよな?
そんなことしたら束さんが泣くぞ?」
「そ、そそそ、そんなこと考えているワケがないだろう! 何を言っているんだ、一夏!」
「目 を そ ら す な」
図星だったらしい。
そんな騒ぎに巻き込まれてたまるものかと、少し距離をとって歩いていた鈴だったが、
「………………ん?」
ため息まじりに視線をそらした拍子に、不意に“それ”が目に入った。
少し先、建物の影からわずかにのぞいている赤毛の三つ編みだ。
そして――
「…………鈴?」
鷲悟が気がついた時には、鈴の姿は集団の中から消えていた。
「……うん、大丈夫。
こっちでもうまくやってるよ。友達もできたしね……だから、心配しないで」
アリーナに隣接する整備棟の裏手――壁に背を預け、カレンは缶ジュースを片手に携帯電話の向こうの話し相手にそう告げる。
「……またその話? だから、私ひとりで十分だって言ってるじゃない。
絶対に証明してみせる――ヴィヴァルディ・ファミリーには私ひとりいればいい。他の子達になんて、値打ちのカケラもないってことを。
それまでは……絶対に帰らないから」
しかし――その内容は決しておだやかなものとは言えなかった。強い口調で、カレンは迷いなくそう告げる。
「……うん。心配かけてごめん。
じゃあ、また連絡する――おやすみ、パパ」
最後に優しくそう告げて、カレンは電話を切った。
缶に残っていたジュースを一気に飲み干すと、ため息をつき、つぶやく。
「……ふぅっ。
ウソとはいえ、パパに対して友達をこき下ろすのはいい気分しないなぁ……」
「よかった、ウソだったんだ」
「――――――っ!?」
「今の話が本心からのものだったら、容赦なく蹴り転がしてるところだわ」
突然の声に驚き、カレンが振り向く――そんな彼女に告げ、鈴は建物の陰から姿を現し――
「ち、ちちち、違うの! これは――ふにゃあっ!?」
動揺したカレンが自分の取り落とした缶ジュースを踏んでひっくり返り、
「ぶっ!?」
その拍子に、置いてあった自分のバッグに後頭部を強打。何か硬いものでも入れてあったのか、頭を抱えて地面を転げ回り――
「にゃあぁぁぁぁぁっ!?」
転がった結果下り坂に突入。少し下ったところにある裏道とその場を隔てていた土手を真っ逆さまに転がり落ちた。
「ち、ちょっとカレン!?
何外でドジっ娘モードに戻ってんのよ!?」
「け、蹴り転がされるまでもなく転がりました〜……きゅぅ」
「い、いや、そんなうまいこと言ってる場合じゃなくて!
カレン! カレ〜ンっ!」
「――――っ……!」
「はいはい、動かないの」
バレないように彼女を自室に運び込むのは本当に骨が折れた――消毒液がしみて痛がるカレンにかまわず、鈴は彼女の負ったすり傷を手当てしてやる。
「まったく……傷、全部制服とかでごまかせるところでよかったわ。
アンタ、ドジだけどこういうところは運がいいのね」
「アハハ……ISのこと以外じゃ唯一の自慢かも」
どうやらこういう傷の負い方をしたのは一度や二度ではないらしい。苦笑するカレンに対し、鈴は軽くため息をつき、
「……で、さっきの電話はどういうことかしら?」
「――――っ、そ、それは……」
「ウソとはいえ、『値打ちのカケラもない』なんて言ってくれるわね。
しかも相手は父親? アンタ、父親にまでウソついてこっちに来てるの?」
口ごもるカレンを、鈴はキツイ視線でにらみつける――鈴にとって、親は少々“特別”な存在だったから。
国の重要人物保護プログラムによって両親と引き離された箒。
両親の不仲にさらされ、さらにその両親を事故によってまとめて亡くしたセシリア。
愛人の子として、父親との間に深い確執を抱えるシャルロット。
試験管ベビーとして生まれ、そもそも両親そのものが存在しないラウラ。
両親が蒸発し、千冬と共に捨てられた一夏。
そして――両親が離婚した自分。
“親”との間に様々な“事情”を抱える人物を、自分も含めて何人も見てきた鈴にとって、親がちゃんといる、というのは、それだけで何物にも代えがたい“幸せなこと”なのだ。だからこそ、その親に対して自分からウソをついたカレンの行動が納得できない。
頭ではちゃんと「何か、それほどの事情があるのだろう」とわかってる――しかし、その“事情”がわからないことには、感情の方が収まりそうになかった。
「『決定的な何かがない限り追求ない』――昨日の今日でその約束を破ってるかもしれない。それはわかってる。本当にゴメン。
けど――話してくれない限り、もう納得して引き下がれない」
「…………いいわよ。
もう引き下がれないって言うのなら……それがあなたにとっての“決定的な何か”なんだろうから」
鈴の言葉に、カレンも覚悟を決めたらしい。息をつき、そう答える。
「いいわ。全部話す。
けど……そのために、いきなり謝ることになるわ。ごめんなさい」
「何のことよ?
あたし達にケンカを売ったこと? でもそれはアンタの目的のために必要だったからじゃ……」
「そうね……
でも……目的のために、私“達”があなた達を“カモフラージュに利用した”ことは変わらない。
だから――ごめんなさい」
「カモフラージュ……?
つまり、あたしはアンタに、本来の目的をごまかすためのオトリにされたってこと?」
「えぇ」
聞き返す鈴に対し、カレンはうなずき、告げた。
「私達の狙いは、“一年生の専用機持ち全員”じゃない。
本当のターゲットは――」
「織斑一夏、篠ノ之箒――そして、柾木鷲悟」
「……なるほどね」
カレンの言葉に、鈴はむしろ納得していた。
一夏と箒はISに第四世代型技術が使われ、鷲悟が使うのはまったく技術概念の違う“装重甲”――今さら言われるまでもなく、この三人は“特別”だ。
「つまり、アンタは“あたし達全員”じゃなくて、“あの三人”をブッ飛ばすために――」
「いいえ、違うわ」
だが、鈴の言葉を、カレンはハッキリと否定した。
「私は、あの三人を“倒す”ために来たんじゃない。
私は……」
「あの三人を“狙っている”人達から“守る”ために来たの」
「…………え?
『守る』って……え? どういうこと?
守るために来たのが、どうしてブッ飛ばす話になってるのよ?」
「……私の実家がマフィア……っていうのは、もう知ってるわよね?」
問いに問いを返すカレンに、とりあえず鈴はうなずいた。
「けど、マフィアって言っても、まっとうなことばっかりしてる、すごく“真っ白”なマフィアだって……」
「そう……身内びいきになるけど、“真っ白”だわ。
けどね……今がそうだからって、“常に“真っ白”でいられたワケじゃない”。
何度も、何度も“黒”く染まりかけて――その度にその芽を摘んできた。だから“白”くいられただけの話よ」
そのカレンの言葉に、鈴はピンと閃いた。
「つまり……また“黒”くなろうとしている。
そして、その動きにからんで、一夏達が狙われてる……」
「そう。
実はね……今、あなた達をウチにヘッドハンティング使用って話が持ち上がってるの。
テストパイロットが私ひとりでは何かと大変だろう。ならいっそ、優秀なのをまとめて引っこ抜こう……っていうのが、ヘッドハンティング推進派の言い分」
「あたし達まで引っこ抜こうって言うの? その豪快さはさすがマフィアっていうか……
けど、おあいにくさま。あたし達は代表候補生よ? そんな簡単に移籍できるワケ――」
「あるでしょう? “代表候補生でなくなってしまえば”」
あっさりとカレンはそう答えた。
「代表候補生はあなた達だけじゃない。辞退して、専用機を返納してしまえば、後はただの各国国民。せいぜい機密保持のための監視がつくくらい。
IS条約で、国家代表から落選したり途中でドロップアウトした代表候補生に対して、機密保持を理由にIS関連企業への就職を制限してはならないとあるわ――国家代表になれなかったとはいえ優秀なIS操縦者だもの。機密のためだからってISに関わることを禁止してしまっては、ISの発展の上で大きな損失になるから……ってね。
つまり、“あなた達が代表候補生でなくなれば、引き抜くことは可能になる”」
「あたし達に代表候補生を辞めろって?
しかも、あたし達全員? 不可能でしょ、そんなの。誰が呑むのよ、そんな話」
「そう。普通は不可能だわ。
けどね……“だからこそ、現一年生がスカウト対象になった”」
反論する鈴の言葉に、カレンはハッキリとそう答えた。
「この学年には、織斑一夏と、柾木鷲悟がいる。
あなた……好きなんでしょ? 織斑一夏のこと」
「な…………っ!?」
そのカレンの指摘に、鈴の顔が耳まで真っ赤になった。
「いくら代表候補生でも、恋愛事情なんて機密でも何でもないもの。調べればすぐにわかるわ。
たとえば……あなた、最初IS学園に入るつもりなんてカケラもなかったのが、織斑一夏のことが報道されるや否や、軍の担当官を脅してムリヤリIS学園行きを決めたそうじゃない。
そんなことがあったものだから、手続きが入学までに間に合わず、転入という形になった……」
「な、なんでそんなことまで知ってるのよ!?」
真っ赤になった鈴が手足をばたつかせているが、本題ではないのでカレンはあっさりスルーした。
「そんなあなたと同様、一年生の専用機持ちはほとんどが彼らのどちらかに想いを寄せている。
例外は私と同じく転入したての柾木あずさと、知り合ったばかりの更識簪――けど、時間の問題でしょうね。最近の気の許しようを見た限りは」
「一夏側来んなー、鷲悟に転べー」
「更識簪はともかく、柾木あずさはマズイんじゃない? そうなったらいろいろと危なすぎるわ」
かなり必死に祈りを捧げる鈴にツッコむと、カレンは続ける。
「つまり……彼ら二人を真っ先にスカウトしてしまえば、あなた達も追いかけてくる可能性は大きく高まる。追いかけてこなくても、彼らのことを持ち出せばスカウトは格段に容易になる……そう、ウチの実家では考えられているわ。
特に篠ノ之箒ね。彼女は代表候補生でも企業所属でもないし、ISだってどこの所属でもない。しばられるものがないから、織斑一夏さえ引っこ抜いてしまえば簡単に、しかもISごと転がり込んでくるでしょうね」
「……ありえるわ」
あの一夏がらみでの視野狭窄ぶりを考えると可能性がありすぎる――カレンの指摘に、鈴は思わず苦笑する。
「織斑一夏と柾木鷲悟も、国籍こそ日本人だし白式も日本のIS委員会に登録されているけど、操縦者としては無登録……彼ら自身のスカウトも不可能ではないわ。
二人を引き抜いて、彼らをエサに残りの専用機持ちを釣り上げる……それが彼らのプラン」
「なるほどね……」
「……と、ここまでが“表向きの理由”」
「……って、え?」
「彼らの本当の狙いは、“男のIS操縦者”である織斑一夏と“未知の技術を有する”柾木鷲悟。そして篠ノ之箒の持つ“第四世代型IS”。
彼らは最初から、それだけが狙いだった……今までの話は、その狙いを隠すためのカモフラージュにすぎなかったのよ」
いきなりの話の転換に思わず呆ける鈴に、カレンはため息をついてそう答えた。
「もっとも……篠ノ之箒に関しては“表向きの理由”で十分に手に入れられそうだけれど。
でも、そのためには“男子二人、特に織斑一夏の確保”が絶対条件……そのために、手段を選ばず彼の身柄を確保しようとする急進派の存在が確認されたの」
「『手段を選ばす』……って、何よ、拉致監禁でもしようって? こう言っちゃ何だけど、アイツ経験者よ?」
「拉致監禁で済めばまだいいけどね……最悪、クスリ漬けにされるかも。
ISの操縦者保護機能、その内のひとつに対薬効防御があるけど……それだって、捕まえて設定をいじってしまえば無力化できるしね」
カレンのその言葉に、鈴はあずさが転入前日の模擬戦の時に、まさにそこを突いてラウラを破っていることを思い出した。
「だから私は、その動きを阻止するためにこのIS学園にやってきた」
「んー……そこがわからないのよね。
今までの話が事実だとして、どうしてそれでIS学園に転入してあたし達全員ぶちのめすって話になるのよ? ファミリーの中でなんとかするってこともできたでしょうに」
しかし、カレンは鈴のその言葉に無言で首を左右に振った。
「わかったのは、そういう動きがあるのは間違いないということ……それだけだった。
計画は確かに存在していて、動き出しているのに、誰が動かしているのか……その尻尾をつかむことはできなかった。
誰が首謀者かわからないような状況で、うかつな動きは取れなかった。
実行犯だけ捕まえても意味がないもの。最悪、その実行犯をトカゲの尻尾にして逃げられる。
そんな状態で、彼らの計画をつぶすには……」
「表向きの理由である、スカウト計画をつぶしてしまえばいい」
鈴の言葉に、カレンは無言でうなずいた。
「必死になって主張したわ。『テストパイロットは私ひとりいればいい』『他のテストパイロットなんかいらない』って……
けど、“裏”で起きていることを知らず、純粋に私の負担を減らそうとスカウト計画に賛同してくれている人達もいてね……止められなかった。
ボスであるパパにも相談しようと考えたわ……けど、誰が“敵”かわからない以上、それもできなかった。パパが首謀者じゃないって信じたいけど、周りで誰が聞き耳を立てているか、わかったものじゃないもの。
だから……考えたの。
このまま“表向き”のスカウト計画に反対しているフリをしながら、あなた達を倒して、実家のみんなに『あなた達は大したことのない連中だ』と思わせる……ファミリーのみんなに『テストパイロットに迎える価値なし』と思わせて、スカウトの口実そのものをつぶそう、って……」
「つまり……実家のバカどもの狙いは一夏達で、アンタの目的はその計画の阻止。
そしてあたし達は、アンタとバカども、両方からそれぞれの狙いをごまかすためのカモフラージュとして利用された……」
「えぇ……本当に、ごめんなさい」
言って、カレンは改めて頭を下げた。
そんな彼女を前に、鈴は無言で立ち上がった。
「凰鈴音……?」
「みんなに話すわよ?」
「……って、えぇっ!?」
驚くカレンだったが、鈴はかまわない。
「こんなの、もう黙っておけるレベルの話じゃないじゃないのよ。
巻き込まれてる他のみんなも、狙われてる一夏達も知るべきよ」
言って、鈴が部屋を出ていこうときびすを返し――
「待って!」
その手を、カレンがつかんで引き止めた。
「お願い……彼らには話さないで」
「はぁ!? 何言ってんよ!?」
「転入前、ファミリーのみんなと約束してきてるの。
『私がスカウト対象、一年生の専用機持ち全員に勝てたら、その時は彼らが私よりも下、スカウトする価値なしと認めて、計画を白紙に戻す』って……
私がみんなに勝てば全部終わる! だから……っ!」
「そんなことできると思ってるの!?
シャルロットに勝ったからって、他のみんなにも勝てるって!? なめんじゃないわよ!
むしろ逆よ、逆! シャルロットに勝ったことで、アンタの強さは証明された! みんな、本気でアンタの全勝を阻止しようと――」
「それだって理由のひとつなのよ!」
鈴の言葉に、カレンは強い口調で言葉を重ねた。
「私の本当の目的を知らないからとはいえ、彼らは本気で私と戦おうと“してくれて”いる!
私だって、IS操縦者の端くれよ! 真剣に目の前の勝負に取り組もうとしている、その決意に水を差すようなことは教えられない! あなただって、そんなのイヤでしょう!?」
「そ、それは……」
「それに、みんなに話してわざと負けてもらったとしても……そんな八百長、すぐに見破られる。それじゃ計画は止められない。
計画を止めるには、全力のみんなに勝たなくちゃいけない……でなきゃ、私のファミリーの誰かが罪を犯すことになる。
そんなの……私はイヤなのよ……!」
「カレン……」
ここに来て、ようやく鈴はカレンの本音を理解した。
守りたいのだ。
狙われた一夏達だけではない。このまま“真の計画”を野放しにした時に罪を犯すことになるファミリーの仲間――計画を阻止することで、彼女は彼らをも守りたいのだ。
しかしそのためには、自分を除く一年生の専用機持ち9名、すでに敗れたシャルロットと専用機が未完成の簪を除いた残り7名と全力で戦い、勝利しなければならない。
と、そこで鈴は気づいた――どうして、カレンが放課後に模擬戦を挑んでこなかったのか。
自主訓練の模擬戦では、勝敗が公式記録に残らないからだ――全員に勝ったと証明するためには、あくまで勝敗が成績という形で公式記録に残る、授業中の模擬戦で勝利しなければならないのだ。
「私が勝てば、全部終わるの……
織斑一夏達に危険が及ぶこともなくなる。ファミリーの急進派も、罪を犯す前に止められる……
私が勝つことで、一番傷浅く終われるの……だから、お願い。私にチャンスをちょうだい。
あなた達と全力で戦って、勝つチャンスを……」
「………………」
真剣な表情で告げ、頭を下げてくるカレンに対し、鈴は何も言えず、ただ黙り込むことしかできなかった。
周りが暗闇に閉ざされた中、それは真上からの光によって照らされていた。
円柱状の台の上に無造作に置かれたそれ――ISコアを、ジュンイチはただ無言で見つめていた。
世界に467……いや、紅椿と桜吹雪の分を足して469しか“公式に”存在しない“はず”のISコアだが、ここにはそれこそ見飽きてくるほどあちこちに転がっている。
だが、それもそのはず。何しろここは、世界で唯一ISコアを作れる女――篠ノ之束の移動ラボの一角なのだから。
(IS技術の大部分はなんとか解明できたけど、このISコアだけがどうにも、なぁ……
自分以外のヤツに製造方法が知られないよう、“わざと難解に造ってやがる”。
半ば暗号化されているこの製造方法を解明するのは骨が折れそうだけど……やってやるさ。
たぶん、オレ達がこの世界に流れついた理由はコイツにあるんだから……)
鷲悟はIS学園の敷地内に降り立ち、自分は束に拾われた。そしてあずさは……いや、そこはいい。
問題は彼らが皆、“ISに深く関わる土地や人物のそばに降り立った”ということだ。そのことから、ジュンイチは自分達がこの世界に降り立った原因、その仮説の最有力候補にISとの因果関係を挙げていた。
だからこそ、鷲悟がIS学園にいることがわかっても合流することをせず、あずさだけを先方に保護してもらい、自分ひとりだけ束のもとに残ってその謎を追うことにしたのだが――
「じゅ〜んく〜んっ!」
「ん」
毎度毎度、これだけはかんべんしてほしい。後ろから飛びついてきた束の腕をスルリとかわし、狙いを外された束はずでーんっ!とかなりコメディタッチな感じで顔面から床に突っ込んだ。
「む〜、またまた失敗か。
なかなかやるね、じゅんくんっ!」
「いい年したおねーさんが年頃の男の子にむやみやたらと抱きつくもんじゃないっていつも言ってんだろうが」
「むー、じゅんくんはお堅いなー」
「これが普通なんだよ、これが」
「……じゅんくんから『普通』って言葉が出た」
「ちょっと待て! 確かに自分が普通じゃないって自覚はあるが、お前にだけは言われたくないぞ!?」
心底驚いたふうの束に対し、ジュンイチは力いっぱい言い返す。
「あのねぇ、オレだって、相手がいないってだけで、普通に女の子への興味とかあるの! わかる!?
そんなオレに対して、無警戒だって自覚はあるのか!? ってあるワケねぇよな、日頃の無防備っぷりからしてさぁ!」
「襲っちゃう? ねね、私のこと襲っちゃう?」
「あーあー、襲いそうだよなぁ。性的な意味じゃなくて怒りの鉄拳的な意味で」
少し投げやり気味に答えるジュンイチに対し、束はむぅと頬をふくらませる。何が気に入らないのだろうかと眉をひそめるジュンイチだったが、ふと思い出したのであっさりと話題を変えた。
「ところで、あずさと同じ日に転入してきたイタリアンのことだけど」
「あぁ、ヴィーちゃん?」
「……それ、“ヴィヴァルディ”だから“ヴィーちゃん”か?
つか、お前が会ったこともない他人に興味を持つなんて珍しいな――オレを認識したのだって、“装重甲”の技術に興味を持ったのが始まりだったのに」
「むー、私だって、認めた子はちゃんと覚えるんだよ? そういう子をほとんど見かけないだけで。
あの子は、すべてにおいて万能の天才である私と違ってISだけだけど、そのISに関してはこの束さんに迫る天才だからねー。それなりに注目していたのだよ、うん。
実際、あの子のISは私の作った桜吹雪と同じコンセプトを実現してる。教わるでも真似るでもなく、この束さんと同じ発想にいきついて、しかも形にしちゃったんだもの。それ自体が、彼女が私に比肩し得る存在だという証明――そうは思わない?」
「知るか、そんなの。
どっちが上か、なんて関係ねぇ。あっちが上だったとしても、今さらお前から離れるつもりもないしな」
「ふぇえっ!?
そ、それって……!?」
「拾ってもらった恩もあるしな――がっ!?
い、いきなりヒジ鉄って何!?」
「さぁ?」
実際自覚はないらしい。ジュンイチの脇腹に打ち込んだヒジを自分でも不思議そうに見ながら、束は彼にそう答える。
「で……そのヴィーちゃんがどうかしたの?」
「あぁ、その話だったな。
そのカレン・ヴィヴァルディにからんで……」
「ちょっと、“仕事”に行ってくる」
本当の
風雲急は
ここからだ
次回予告
鷲悟 | 「おぅ、鷲悟だ。 ついに始まる期末試験。実技試験は模擬戦だ!」 |
一夏 | 「オレの対戦相手は……お、いよいよカレンとの対戦か」 |
カレン | 「待っていたわ、この時を! 織斑一夏、負けないわよ!」 |
一夏 | 「オレだって!」 |
鷲悟 | 「次回、IB〈インフィニット・ブレイカー〉! |
『カレン、運命の一戦! 期末試験、開幕!』」 | |
鈴 | 「まさか、アイツは……!?」 |
(初版:2011/09/01)