「くっ、この……っ!」
 焦りに顔を歪めながら、セシリアが引き金を引く――焦燥に突き動かされながら、それでも正確無比に放たれた閃光が、狙い違わず目標を直撃する。
 しかし――
「また……っ!?」
 その一撃は通じなかった。目標に命中したとたん、セシリアの放ったビームはまるでホースの水が岩に当たって飛び散るように吹き散らされてしまう。
 そして――
「はぁぁぁぁぁっ!」
 目標が――カレンが動いた。シャルロット戦とは別の追加装備を身にまとった愛機スタジオーニを駆り、セシリアに襲いかかる。
 拳を振るって殴りかかるカレンの攻撃をかわし、セシリアはビットを自分と彼女との間に割り込ませ、彼女の視界を遮りながら後退、距離をとって改めて対峙する。
 カレンが見せた新たな追加装甲はそのすべてが金色に輝き、見るからに近接戦闘を主眼としていることがわかるマッシブなシルエットを有していた――まるで“福音・夜明事件”で戦った“金の夜明ゴルデイオ・デイライト”を相手にしているようでいい気分はしないが、 セシリアにとってはそんなことがどうでもよくなってくるほどに厄介な相手であった。
 何しろ“ビームが効かない”のだ。何度直撃させても、先ほどのように吹き散らされてしまう。
「厄介ですわね――その“対ビームコーティング装甲”というものは!」
 装甲材に特殊な合金を使い、さらにこれまた特殊な塗料で塗装することで、ビームに対して一方的とも言える絶対的な偏光性を持つプリズムのような効果を装甲に付加する――それが対ビームコーティング装甲。金色に見えるのは、その効果によって通常の光も乱反射しているためなんだとか。
 そんな凶悪な特性を持ちながら、強度も従来のIS装甲材と変わらないというのだからタチが悪いにも程がある。そんな装甲で重武装され、接近戦まで挑まれてしまっては、ビーム兵器主体、且つ機体、操縦者共に接近戦を苦手とするセシリアにはあまりにも不利すぎる。
 もっとも――弱点もないワケではない。
 まず、コストがバカみたいに高すぎる点。今彼女が使っている追加装備の分を作るコストで、打鉄20機分のIS装甲材が買えるというのだからそのすごさがわかる。さすがのカレンも、これを作った際にはあまりの出費に実家から大目玉をもらったとか。
 そして実用的な意味でも弱点が――従来の装甲材に比べてあまりにも重く、ISで運用する際にはパワーアシストによりエネルギーを割り振る必要が生じてしまうのだ。
 結果、火器にパワーを回す余力が著しく削られてしまうため、必然的にこの装甲を使用する機体は近接オンリーにせざるを得ないのだ。
 つまり、今カレンにできるのは接近しての格闘戦のみ。一方的な相性難に苦しみながらもセシリアが未だ健在でいられるのも、そうした仕様のカレン機から距離を保ち続けているからに他ならなかった。
(パワーアシストに重点的にエネルギーを割り振っている――つまり、単に動き回るだけでも、わたくし達以上にエネルギーを消耗するということ……
 距離を取って近づけさせずにいれば、消耗した彼女は必ず焦りを見せるはず……そこに、ミサイルビットをお見舞いしてやりますわ!)
 数少ない非ビーム兵器を最大限に活かすべく、そう作戦を立てるセシリアだったが、
「こっちのエネルギー切れまで逃げ切る作戦ね……
 残念だけど、そういう作戦も対策済みよ!」
 そう言い放ったカレンの背中、増設されたブースター類が一斉に展開――次の瞬間、カレンは一瞬にしてセシリアとの距離を詰め、懐に飛び込む!
「“瞬時加速イグニッション・ブースト”!?」
「それも、あれだけのブースターを一度に使ってだと!?」
 その機動の正体に気づき、地上から観戦していた一夏やラウラが驚いている間に、セシリアの懐に飛び込んだカレンは彼女の胸倉をつかみ、
「捕まえた――もう逃がさないわよ!」
 カレンが告げると、空いている右手のISアーマー、そこに備えられたスリットからエネルギーが噴き出した。それは空中に拡散することなく拳の周りに留められ――と、ISアーマーの追加装甲部分がカレンの腕、本体のISアーマーを軸に高速回転を始めた。それに引っ張られる形で、放出されたエネルギーが渦を――いや、“螺旋を描き始める”
 これは――
「エネルギーの……ドリル!?」
「確かに、このスタジオーニ・エスターテは燃費が悪いわ。
 けどね……それならそれで、一撃必殺の大技を、外さず確実に叩き込むまでよ!
 そう――織斑一夏の零落白夜のようにね!」
 言って、カレンは大きく右拳を――そこに構築された右の“ドリルを”引き、
「トラペイノ――ペネトランテ!」
「きゃあぁぁぁぁぁっ!」
 その一撃を、セシリアに思い切り叩き込んだ。絶対防御を発動させながら、セシリアが眼下の地上に突っ込んで――試合終了を告げるブザーが鳴り響いた。

 

 


 

第24話

カレン、運命の一戦!
期末試験、開幕!

 


 

 

「セシリア、負け……と。
 これで“三人”、カレンに連敗してるワケだけど……申し開きはあるか? 敗者のみなさんおまえら
『う゛っ…………』
 午前いっぱいを使って行なわれた模擬戦実習も終わっての昼休み。
 手元のメモに勝敗を書き込み、告げる鷲悟に対し、カレンに敗北した3名――セシリア、ラウラ、シャルロットの3名がそろって凹んでしまう。
 そう。語られることがなかっただけで、すでにラウラも敗退している――先日の模擬戦実習でシャルロットの仇討ちとばかりに挑んだものの、高機動パックで対抗してきたカレンを捉えることはできず、AICどころかワイヤーブレードまでもが封殺されての完敗を喫したのだ。
「ま、おかげでカレンの装備もだいぶわかってきたけどな。
 近接戦対策もバッチリの砲戦パック、“アウトゥンノ”。
 相手の照準を許さず、“狙われる前に撃つ”ヒット・アンド・アウェイ型の高機動パック、“インヴェルノ”。
 そして……漢のロマンドリル装備でビームの効かない格闘パック、“エスターテ”。
 本体やこの三つの装備の名前からして、残る装備はあとひとつ……名前はおそらく、“プリマヴェーラ”。
 このラストひとつが未知っつーのが、また不安を誘うっつーかなんつーか」
「わかっていないのはそれだけじゃない――あの“スタジオーニ”本体の基本スペックも、未知のままだよ。
 あれだけとんがった装備の数々を問題なく扱い、その性能を限界まで引き出すことに成功している……汎用性からしてかなりのレベルにあると思う」
 指折り数える鷲悟に付け加えるのは簪だ。となりであずさもうなずき、続ける。
「ついでに言えば、カレンちゃんのパックの選択も絶妙だよ。確実に相手に対して優位に立てるパックを選んできてる。
 たとえば、“盾殺しシールド・ピアース”以外には特筆する火力のない、距離をとっての一撃必殺ができないシャルロットちゃんには距離をおいて圧倒できて、且つ近づかれてもクレイモアで迎撃できるアウトゥンノで。
 発動に集中を強いられるラウラちゃんのAICを封じるために、高機動にモノを言わせてかき回せるインヴェルノ。
 光学兵器主体、且つ近接戦ダメダメのセシリアちゃんにはビームが効かず、格闘戦向きのエスターテ……たぶん、鷲悟お兄ちゃんとの対戦もコレで来るんじゃないかな?」
「……やっぱ、そう思うか?
 あー、ヤだヤだ。絶対苦戦するぜ、コレ……」
「けど、鷲悟さんはわたくしと違って接近戦もできますし、そう一方的にはならないんじゃ……」
“オレは”……ね」
「鷲悟お兄ちゃんのG・ジェノサイダーは、砲撃戦“しか”想定してないからねー。格闘戦における機体側のアシストなんて皆無だよ?
 アシストなしで、自分のスキルだけでなんとかしなくちゃならない鷲悟お兄ちゃんと、アシストを受けてガンガン攻めてこれるカレンちゃん……まず間違いなく、スペック的な意味で押し切られるね」
 鷲悟をフォローしようとするセシリアだったが、柾木兄妹にあっさり論破され、
「あと、一夏さん相手にもエスターテで来る可能性が高いね」
「オレもか?」
「あー、それはボクもわかる。
 白式自慢の零落白夜も、物理的な防御の前にはただのビームサーベルだしね」
「対ビームコーティング装甲に防がれるというワケか……
 となると雪羅も通じまい。実質真っ向勝負となり――」
「あのパワーにねじ伏せられてジ・エンド。
 同じ理由でビーム刃たくさん使ってる箒ちゃんも危ないけど、こっちは第四世代型の性能でなんとかなるかな? 今回ばっかりは自分の実力とかにこだわらずにスペック頼みで戦った方が勝率高いと思うよ、箒ちゃん」
 ついでに一夏も引き合いに出された。聞き返す一夏に答えるシャルロットや箒に続く形で、あずさは箒も交えてコメントする。
「そういうあずさは大丈夫なのか?
 ヤツに対抗できるパックはあったりしないのか?」
「んー、一応、それぞれのパックにぶつけられそうなのはあるよ?
 問題は、あたし自身がカレンちゃんより弱いってことかなー? なんか使い手の技量的なところで負ける気がする」
 ラウラに答え、あずさは軽く肩をすくめてみせる。
「それよりもあたしが気になるのは、やっぱり未だに使われてない“プリマヴェーラ”だね。
 砲撃戦、高機動戦、接近戦――もう機能特化ネタのお約束3パターンを網羅しちゃってるもん。どんなのが来るか想像つかないよ」
「この対策会議を無意味にしかねないような、トンデモ装備が出てくる可能性もあるってことか……
 鈴はどう思う?」
 言って、一夏が振り向いて――
「――って、鈴?」
「え? あ、あぁ、何?」
 さっきから会話に加わってこないと思ったら、鈴はどこか上の空。一夏に声をかけられ、ようやく我に返った、といった感じである。
「どうしたんだ?
 このところ、何か考え込んでるみたいだけど」
「な、何でもないわよ、何でも!」
「いや、何でもないように見えないから……
 ……あ、ひょっとしてアレか? 栄養が胸にも背にも行かずに腹に行っちゃうとか――」
「死ねやぁぁぁぁぁっ!」
「ふぎゃあぁぁぁぁぁっ!」
 余計なことを言った鷲悟が蹴り飛ばされた。



(んー、いけないいけない。一夏達にも心配かけちゃったわね)
 あの後、他の女性陣も加わって鷲悟にオシオキしている間に昼休み終了――教室に戻り、鈴は自分の席に腰かけた。
 チラリと視線だけを動かして、自分を悩ませている“原因”を見る。
(カレンのこと……どうにかならないものかしらね……)
 そう。鈴が上の空だった原因はカレン――彼女が自分達、すなわち一年生の専用機持ち全員に対して宣戦布告した、その“真の理由”を知ってしまったことが、鈴の頭を悩ませていた。
 専用機持ち全員を引き抜こうとしている。そのための手始めとして自分達が慕っている一夏と鷲悟に狙いを定めた――と見せかけて、真の狙いは男性操縦者である一夏に“装重甲メタル・ブレスト”を持つ鷲悟、そして一夏をエサに引き込めるであろう、第四世代型ISを持つ箒。
 しかもそのためなら手荒な手段も辞さない――そんな思惑がカレンの実家で動いているらしい。そしてカレンはそのことを知り、阻止するためにIS学園へやってきた。
 自分達に全勝することで『彼らをスカウトすることに価値はない』という主張を通し、“専用機持ち全員のスカウト”という表向きの理由から待ったをかける、そのために。
 今のところ、その計画は順調と言ってもいいだろう。すでにシャルロット、ラウラ、セシリアの3名に完勝。期末試験の模擬戦試験で誰かしらと当たるだろうし、このペースなら夏休みに入るまでに全員との対戦が実現するだろう。そのすべてに勝利すれば――
(けど……そんなことは、きっとできない)
 何も知らない一夏達はカレンに勝とうと対策を立ててくるだろうし、現行IS最強をうたう箒の紅椿だって控えている。そう簡単に勝ち抜けるとは思えない。
(とはいえ、カレンが負けたら負けたで、あの子の実家の計画が止まらず、一夏達が危険にさらされる……
 あー、もう、どうすればいいってのよ?)
 いっそ、千冬に全部話してしまおうかとも考えるが――
(……ダメだわ。
 あの人に話したが最後、ローマが火の海になりかねないわ)
 千冬を気遣いまくりの一夏と違い、常に厳しい態度を見せているが、彼女の一夏に対する“姉”っぷりもハンパではないのだ。今回のことを知ったらその日の内にイタリアのヴィヴァルディ・ファミリーに殴り込みをかけかねない。
 それに、話せない理由は他にもある――カレンが、この一件の秘密裏の解決を望んでいることだ。
 仮に千冬に話して、千冬が殴り込みを思いとどまってくれたとしても、彼女が動けば事態が表ざたになることは避けられまい。そのくらい――彼女のIS界に対する影響力は大きい。
 だが、それはカレンの望むところではない。首謀者達が動く前に阻止することで、彼らに罪を犯させることなくすべてを終わらせる――それがカレンの願いだ。虫のいい話だとは思うが、自分達だけでなくファミリーも、事件の首謀者達までもを守りたいと本気で願っているカレンの想いに水を差したくはない。
(結局、当事者あたしたちで何とかするしかないってことね……)
 事態を穏便に済ませるにはそれしかない、と結論づけたところで、「そのためにはどうすればいいのか」という一番最初の問題に戻ってきてしまったことに気づく。
(あー、もう、堂々巡りじゃないのよ……
 どうすればいいのよ、ったく……)
 人知れず頭を抱える鈴だったが、それでも妙案が浮かぶワケでもなく、ただ時間だけが過ぎていくのだった。



「くらえっ!」
「なんの!」
 放課後のアリーナの一角――咆哮し、鷲悟の放った砲撃に対し、一夏はシールドモードの雪羅で防ぎ、ビームを無効化する。
 そのまま距離を詰め、雪片で一撃。受けた鷲悟が吹っ飛んだ先で体勢を立て直し、両者は空中で制止した。
 そこから戦いを続けることなく、同時に武器を下ろす――そんな二人が同時に視線を向けたのは、地上にいるあずさである。
「どうだ? あずさ」
「んー、やっぱり、防いでから反撃に出る分、カレンちゃんに比べて反応がどうしても遅くなっちゃうねー」
 尋ねる鷲悟に対し、あずさは桜吹雪を身にまとい、周囲に展開した多数のウィンドウに今の二人の攻防の映像とそれを分析したデータを表示した状態でそう答える。
 その桜吹雪には、ナイチンゲールとは別のオートクチュールが装備されている。右肩の高精度カメラ、左肩のパラボラアンテナが特徴的なそれはデータ収集・分析専門オートクチュール“ハンニバル”である。
「まぁ、しょうがないって言えばしょうがないんだけどね。一夏さんの場合、ちゃんと防御しなきゃいけないけど、向こうは防御すらいらないんだから。
 とはいえ、その分の反応の遅れが、仮想敵を頼むには致命的なのがねぇ……鷲悟お兄ちゃん。一夏さんを仮想スタジオーニ・エスターテの特訓相手にするのはやめといた方がいいと思うよ」
「んー、そっか……」
「悪いな、役に立てなくて」
「いーや。最初にムチャ言い出したのはオレの方なんだ。気にするなよ」
 一夏に答え、鷲悟は軽く肩をすくめて、
「こうなってくると、ジュンイチがいないのがもどかしいよなぁ……
 アイツなんて、仮想ヴィヴァルディさん頼むのにもってこいなのに」
「そうなのか?」
「ほら、アイツと福音、夜明の戦いの記録映像見ただろ?
 あの2機の火力を真っ向から受けても、ジュンイチの力場はビクともしない――エネルギー制御特化能力者であるアイツは、自分が使う以外のエネルギーに対する対応能力も高いんだよ。
 その結果生まれたのが、あの2機の攻撃を受けてもなお平然としていられる、エネルギー攻撃に対する力場の絶対的防御力――同じ条件での勝負なら、“オレの砲撃がまったく通じない”って言えば……すごさ、わかる? 」
「…………マジか」
「まぢ。
 ま、その代償として物理攻撃に対しては無力もいいトコなんだけどな。9mm拳銃の銃弾止められれば運がいい方かな? パワーアシスト有りなら、IS展開してのデコピン一発で破れそうな気がする」
 頬を引きつらせる一夏に対し、鷲悟は軽くため息をつき、
「それに、本人の戦闘能力もバカみたいに高いからなー。
 そういう意味でも、ヴィヴァルディさん役を頼むにはピッタリなんだよ」
「ここにいない人をあてにしてもしょうがないでしょ?
 一夏さんにお願いする案もつぶれちゃったし、もう後は各自のスキルを徹底的に磨いて、本番に全力で挑むしかないって」
「……だよなぁ、やっぱり」
 ため息をつき、鷲悟は右のグラヴィティランチャーを軽く肩に担ぐと個人間秘匿回線プライベート・チャンネルで一夏に尋ねる。
《ところでさぁ、一夏》
《ん?》
《唐突に話が変わって申し訳ないんだけど……鈴と何かあった?
 最近……つかここ数日、明らかに様子おかしいじゃないのさ。
 昼休みだって、いつもならツッコミ程度のパンチで済ませてくれてるところのボケにマジ蹴り飛んできたし。どう見ても余裕ないだろアレ》
《それはわかるけど……なんでオレに?》
《アイツの転入早々悶着を起こしたヤツがそれを聞く?》
《…………オレが悪かった》
《で? どうなのさ?》
《いや……オレにも何がなんだか》
《ふーん……まぁ、お前に対する態度もオレ達とあんまり変わらない感じだし、ホントに一夏が原因って線はないのか……?
 …………珍しい》
《おい、オレはそんなにトラブル起こす人間だって思われてるのか!?》
《二度ある事は三度あるって言うよな?》
《いや、言うけどさ!》
 などと二人が話していると、あずさが地上から二人を呼ぶ。
「鷲悟お兄ちゃーんっ! 一夏さーんっ!
 もう今日はみんなで模擬戦やって終わろうって! 組み合わせ決めるから下りてきてーっ!」
「おぅっ!
 ……すっかりあずさに仕切られてるな」
「アイツ、昔から仕切り上手だったからなー」
「まぁ、そりゃそうだろ。
 お前らの妹なんかやってたら、苦労も多いだろうし」
「どーゆー意味だ、そりゃ?」
「さーて、どういう意味だろうな?」
 さっきさんざんツッコまれたお返しとばかりにそう告げると、一夏は一足先に地上に向けて降下していった。



「…………ん……」
 夜、なんとなく――本当になんとなく、鈴はふと目を覚ました。
 枕元の時計を確認すると午前2時――あぁ、丑三つ時か、と寝ぼけた頭で割とどーでもいいようなことを考えていた鈴だったが、意識がハッキリしてくるにつれてあることに気づいた。
 部屋全体がうっすらと明るいのだ。
 日の光ではない。時間が時間であるし、光源は窓の外ではなく足元の方。おそらく机のライトだ。
 だが、そうだとすると逆に光が弱い。どういうことかと身を起こし――納得した。
 部屋が仕切られている。シーツを2枚、テープ止めして作った即席のカーテンが、これまたテープ止めで机側とベッド側を隔てているのだ。
 おそらく、自分を起こさないように気を遣ってくれたのだろう。即席カーテンをかき分け、その向こうに顔を出す。
「カレン……? って……」
「…………すぅ……」
 眠っていた。
 机のライトをつけたまま、机の上にノートを広げたまま、カレンは机に突っ伏すように眠っていた。
「……まったく……
 ほら、カレン、起きなさい。いくら夏だからって、こんなトコで寝てたら身体壊すわよ」
「…………ほぇ……?
 ……ふぇえっ!? わ、私、寝ちゃってた!?――って、ひゃあっ!?」
 鈴の言葉に目を覚まし――カレンはあわてて身体を起こすが、その拍子にバランスを崩して後ろにひっくり返り――
「――おっと」
 その手を鈴がつかみ、かろうじてカレンは転倒を免れた。
「あっぶないわねぇ。
 まだ深夜なんだから気をつけなさいよね。いくら防音だからって、転んだりすればさすがに下に響くわよ」
「え、えぇ、ありがとう……」
 礼を述べるカレンにため息をつき、鈴は彼女が立て直すのを待ってその手を放してやる。
「ったく、耐え切れずに寝落ちしてまで……一体何を勉強してたのよ? アンタほどの天才サマが」
「あぁっ!? そ、それは!?」
 つぶやき、カレンの広げていたノートに鈴が手を伸ばす。カレンが止めるがかまわず目を通し――
「…………これって……!?」
 それは、自分達のISの運用スタイルをまとめた手書きの資料だった。
 セシリア、シャルロット、ラウラ――今まで対戦した3名だけではない。箒に自分、あずさ、一夏に鷲悟まで。専用機が未完成の簪についても実習での練習機の運用ぶりを入念に調べており、それら、一年生の専用機持ち全員分の詳細なデータが、貼りつけられた写真と共にわかりやすくまとめられているのだ。
 しかも、書きかけの方のノートは今自分が手にしているノートの内容をさらにまとめ直している真っ最中のようだ。どうやら新たに得られたデータの分を加えているようだが……
「……手書きとはまた、アナログな手法を……
 何? ハッキング対策か何か?」
「というか、その方が頭に入るから……」
「あー、わかるわかる」
 自分も勉強(主に試験前の一夜漬け)の時に似たような経験をしているからわかる。カレンの言葉に、鈴は思わずしみじみとつぶやく。
「にしても、ずいぶんと調べたもんよね、コレ……その上手直し?
 しかも、こっちの手直し前のノートもずいぶんと新しいし……まさかとは思うけど、毎晩あたしが寝た後にやってたんじゃないでしょうね?」
「……あ、あ〜、えっと……」
「え? 何? まさか図星?」
 指摘するなり、カレンはものすごい勢いで視線を泳がせ始めた。さらにツッコむ鈴に対して、観念したのか無言でうなずいてみせた。
「まさか、毎晩人が寝てる間にこんなことしてたなんて……
 つか、よく今までバレるようなドジを踏まなかった……あぁ、“これもIS関係だから”か」
「そ、そうかも……」
「にしても、よく調べてあるわ……
 天才な上にこんな努力までされれば、そりゃセシリア達が負けるはずだわ」
「そ、そんなことないわ。
 こうでもして、対策をいろいろ立てておかないと、むしろ不安で不安で……」
「不安、って……勝てるかどうか?」
「えぇ……」
 聞き返す鈴に対し、カレンは力なくうなずいた。
「あなたが前に言った通りよ。あなた達に対して簡単に全勝できるなんて、私だって思っていないわ。
 けど……それでも勝たなくちゃいけない。それも、急進派に有無を言わせないくらいの完勝で。それができなきゃ、織斑一夏達に危険が及ぶし、急進派が罪を犯してしまう……
 すべては私にかかってる。そう思うと、不安で、眠れなくて……」
「それで……これ、ね」
 カレンはすっかり肩を落としてうなずいた。彼女なりに、少しでも不安を和らげようとして、こんなことをしていたということか……
「それでも、やらなくちゃ……
 私が勝つ以外に、みんなを守る方法はないんだから……」
「まったく……」
 つぶやき、再び机に向かおうとするカレンの姿に、鈴はため息まじりにその手を取って制止した。
「凰鈴音……?」
「鈴でいいわよ。
 対戦前に余計な情をはさみたくないんだろうけど、仮にもルームメイトに対して他人行儀すぎるでしょ」
 振り向くカレンの額を人さし指で軽くつつき、鈴はカーテンとして使われて机とベッドを隔てているカレンのシーツを思い切り引きはがした。
「とにかく、今日はもう休みなさいよ。
 不安なのはわかるけど、だからってムリして体調崩したら、それこそ勝てる勝負を落とすわよ」
「え、えぇ……」
 うなずいて、カレンは回収したシーツをベッドに適当にかけて横になる――すぐに限界が来たのか、カレンが寝息を立て始めるまでにそう時間はかからなかった。
「まったく、気を張りすぎなのよ、この子は……」
 自分がここまで疲れを溜め込んでいることを、果たしてカレン本人は気づいていたのか――あっという間に泥のように眠りに落ちてしまったカレンの寝顔を見下ろし、鈴は深々と息をついた。
「ま、気を張りすぎって言うなら、あたしもなんだろうけどさ……」
 カレンの秘密を知り、そんな彼女のために何ができるのかと思い悩み、一夏達とカレンとの間で悶々としている自分も人の事は言えないと苦笑する。
「全部を救う、なんて、そんな都合のいい夢物語なんてそうそうないのにね……」
 そんなことはわかっている。わかっているが――それでも「夢物語」と切り捨てられないのは、きっと一夏達の戦いをずっと見てきたからだろう。
 どんな格上の相手でも臆することなく立ち向かう一夏。悪役に身をやつしてまで頑なだったラウラの心を救おうとした鷲悟――誰かのために身を賭して戦う二人を見てきたからか、どんな夢物語もなんとかなるのではないかと思えてくる。
 ひょっとしたら、一夏なら彼女の力になってあげられるのではないか、と考えるが、
(あぁ、ダメだわ。
 そんなことになったらカレンが一夏にまず惚れるわ)
 “その後の光景”までリアルに予想できてしまった。迷うことなく一夏の存在は切り離し、救ってもらうなら鷲悟だな、と思い直す。
 いや、それよりもむしろジュンイチにでも押しつけられれば一番後腐れなく……

 ………………

 …………

 ……

「って、なんでそこでムカついてくるのかな、あたしっ!」
 “ジュンイチに救われて彼に惚れるカレン”の姿を思い描いたとたん、心のどこかがざわついた。自分の気持ちを隠すかのように、鈴は自分のベッドに戻ってシーツをかぶる。
(あたしが好きなのは一夏あたしが好きなのは一夏あたしが好きなのは一夏あたしが好きなのは一夏あたしが好きなのは一夏あたしが好きなのは一夏あたしが好きなのは一夏あたしが好きなのは一夏あたしが好きなのは一夏あたしが好きなのは一夏……)
 自分はあくまで一夏のことをずっと想い続けてきたのだ。それに、命を助けられたとはいえ他の男にあっさりと惚れるような“軽い”女にはなりたくない――懸命に自分に言い聞かせ、鈴は悶々と眠れぬ夜を過ごすのだった。



 それからさらに数日後――
「こっ、のぉっ!」
 咆哮と共にフルバースト一発――鷲悟の放った砲撃の雨を、標的となった三人はあわてて散開して回避する。
 そう。三人――本音、清香、癒子、“トリオ・ザ・のほほん”の三人である。
「ま、まさっち、ちょっと狙い厳しくない〜?」
「そりゃ、確かに回避訓練の相手を頼んだのは私達だけど――ひゃあっ!?」
 本音と共に声を上げた癒子の脇をビームがかすめる――鷲悟とは別の位置に陣取ったセシリアからの狙撃だ。
「油断していると、墜としてしまいますわよ?
 いくらわたくし達と当たる心配がないとはいえ、その程度では期末の模擬戦試験では勝てませんわよ?」
「い、いや、そうだとしても……」
 セシリアに答え、癒子は周囲を見回し、

「だからって、柾木くんにセシリア、シャルロット、ラウラの4人がかりってハードル高くないかな!?」

「気にしない気にしない♪
 本番では、緊張して訓練の時ほどの力が出せないことがほとんどなんだし、本番よりハードル上げて訓練しておかないとね」
「これをしのげるだけの実力があれば、本番でも大丈夫だろう。
 勝つための試練だ! 全力で向かってこいっ!」
「いや! 言いたい事はわかるんだけど、それにしたって限度ってものが! ね!?」
 シャルロットとラウラの言葉に清香が叫ぶが、すっかりノリノリの鬼教官役4名に通じることはなく――
『にゃあぁぁぁぁぁっ!?』
 爆音に負けない三つの悲鳴が響き渡った。



「…………あれ……もうイヂメの域よね」
「あ、あぁ……」
 そんな様子を、一夏達はアリーナのすみで見学中――冷や汗を流す鈴の言葉に、箒は自分なら絶対にやりたくないな、と確信しながらうなずいた。クリアできる、できないに関わらず、精神的によろしくなさそうだ。
 今日も今日とて、彼らは放課後の自主トレ中。今日は本音達も参加を希望してきて、現在の状況となっている――実践段階の訓練ともなれば頭で考えるよりもひたすら動いて身体で覚えるのが第一となる。説明上手で知られるシャルロットまでもが鬼教官に変貌するのも、無理からぬ話であろう。決して、鷲悟達に染められたからではない……と信じたい。
「鷲悟お兄ちゃんや軍人さんのラウラちゃんはともかく、セシリアちゃんやシャルロットちゃんもけっこうスパルタだったんだねー……」
 そんな、苦笑する二人にあずさもまた同意して――と、そこへ一夏が首をかしげつつ口をはさむ。
「それにしても……どうして期末試験は臨海学校の装備試験みたく専用機持ちとそれ以外の子達で分けられてるんだ? クラス対抗戦や学年別トーナメントの試合は一緒くただったのに」
「そりゃ、見るものが違うんだから当然でしょ」
 あっさりとあずさがそう答えた。
「純粋に実力を見るためのものだった今までの大会と違って、今回は試合って形をとってはいるけど、本質はあくまで試験なんだもん。先生達が教えたことがちゃんと身についているかをしっかり評価しなくちゃいけない。
 だから、あたし達専用機持ちとそれ以外の子達で分けられてる……こういう言い方はしたくないけど、専用機と訓練機とじゃ性能に差がありすぎる。それだけで、ヘタすればワンサイドゲームになっちゃいかねないくらいにね。
 そんな両者をぶつけて、瞬殺なんてことになったら評価の材料になんかできないでしょ? 専用機持ちの子にしても訓練機の子にしても、実力を出し切る前に終わっちゃうんだから」
「な、なるほど……」
「そういうことだったのか……」
「って、箒……アンタもわかってなかったワケ……?」
 一夏のみならずとなりの箒までもが納得しているのを見て鈴が思わずツッコむと、
「あぁ、ここにいたんですね!」
 上がった声に振り向くと、真耶がこちらにパタパタと駆けてくるところだった。
「えっと……柾木くんは……?」
「あっちで本音ちゃん達しごいてしばいてますけど?」
 答えて、あずさが上空の地獄絵図を指さした。本音達に降り注ぐ砲火のすさまじさに、真耶の頬を冷や汗が伝う。
「だ、大丈夫なんですか? あれ……」
「大丈夫だと思いますよ。四方八方から撃たれてるっていうだけで、4人ともちゃんと、落ち着いて見ていればちゃんとかわせるように、少し真芯を外して撃ってますし。
 それに、ちゃんと桜吹雪きんさんもナイチンゲールに換装済みですし」
「大丈夫じゃなくなること前提じゃないですか!」

「それで先生、用件は……?」
 あずさの言葉にツッコむ真耶の姿に、話の脱線を予感した鈴がすかさずフォローを入れた。我に返り、真耶はコホンとせき払いして、
「そ、そうでしたね……
 実は、柾木くんにドレイクくんのことでお話しがあったんですけど……」
《我がどうかしたか?》
「ひゃうっ!?
 ど、どこから声が!?」
《こっちだ、山田真耶》
 思わぬところから当事者が答えた。驚く真耶に答え、プチ顕現したタイラント・オブ・ドレイクが彼女の目の前まで飛んでくる。
「柾木くんと一緒だったんじゃないんですか……?」
《ブレインストーラーならあくまで主が持っているさ》
《出番がなくて待機していたところ、貴様に呼ばれたのでこちらに出向いたまで――織斑一夏、頭を借りるぞ》
「え? おい、ちょっと!?」
 真耶に答えると、ドレイクは戸惑う一夏にかまわず彼の頭の上に舞い降り、
《それで、何用だ、山田真耶?》
《聞けば、我の扱いについてどうするか、学園側でもめているという話だったが……それ関係か?》
 そりゃモメるだろうな、と一夏達は納得する。何しろドレイク達精霊獣自体、この世界では未知の存在なのだ。生身でISと互角に渡り合い、しかも主の装備に宿ることでその装備を進化させられる生命体など前代未聞だ。そんなものが持ち込まれてきて、扱いに困らないはずがない。
「え、えぇ、まぁ……
 とりあえず、現段階ではまだ明確な答えは出ていませんけど、少なくともあなたに害のあるような方向性の話は出ていませんから、安心してください。
 ただ、今言った通り結論が出ていない状態なので、あまり使わないでくれると助かります。今度の期末試験の模擬戦でも使わないでくださいね……と、そういう話で」
《ふむ、心得た》
《その配慮に感謝する》
「とはいえ、クラス対抗戦や学年別トーナメントの時のような不測の戦闘もあり得ますから、その時は織斑先生の許可で使用が認められます。
 なので、ブレインストーラーそのものは今までどおり携帯しているようにと、柾木くんに伝えてもらえますか?」
《わかった。伝えておこう》
《面倒をかけてすまないな、山田真耶》
「いやいや、このくらい」
 一夏の頭の上でていねいに頭を下げるドレイクに、真耶はえっへんと胸を張って答えるが、
「この程度の苦労なんて“苦労”の内に入りませんよ。
 かわいい生徒のペットさんのためなんですから――ふぎゃんっ!?」
《誰がペットだ》
《失礼な話だ》
 真耶の頭が尻尾で叩かれた。
《用件はそれだけか?》
《他にも伝言があれば一緒に伝えておくぞ? 愛の告白でも何でも》
「あ、愛!?
 そ、そんなことしませんよ!」
《それもそうだな》
《そういうことは、本人の口から直接言うべきものだしな》
「そういうことじゃなくて!
 私と柾木くんは先生と生徒で、だから恋愛なんて……はぅ」
 ドレイクにすっかり遊ばれている。からかわれ、真耶は顔を真っ赤にして暴走を始め――次の瞬間、ドレイク目がけて砲火の雨が降り注いだ。ヒラリとかわし、ドレイクは砲火の主を見返し、告げる。
《危ないな》
《いきなり何をする?》
「気にしなくていいよ、ドレイク」
「えぇ。少ししつけのなっていないペットにオシオキしているだけですから」
「だから、安心してくらっておけ」
 そう。シャルロットにセシリアにラウラだ――三人が三人とも、額に青筋を浮かべてドレイクに答える。
《ほぅ、貴様らも我をペット扱いか》
《どうやら、しつけが必要なのはどちらか、教えてやる必要がありそうだな》
「奇遇ですわね。
 わたくし達もちょうど同じ事を考えていたところですわ」
「タップリ教えてあげるよ、タップリとね」
「鷲悟のペットに相応しいのがどちらか、決着をつけてくれる」
『《張り合うポイントそこっ!?》』
 火花を散らす一触即発の空気が一瞬にしてぶち壊された。ラウラに向け、にらみ合っていた両者から同時にツッコミの声が上がり――
「……お前ら、ボケツッコミの前にオレに言うことはないのか?」
 最初にドレイクを狙った一斉射(の爆発)に巻き込まれ、少し煤けた一夏から抗議の声が上がった。
「……まぁ、あっちのカオスはおいといて。
 マジメな話もう用件は終わり? だったら巻き込まれないうちに帰った方がいいよ?」
「あぁ、もうひとつ――これはみなさん全員に」
 気を取り直して尋ねるあずさに答え、真耶は彼女にプリントの束を差し出した。
「期末の模擬戦試験、専用機持ちのみなさんの対戦表ができたので持ってきたんですよ。
 専用機が未完成の更識さんを除く全9名。唯一“装重甲メタル・ブレスト”で戦う柾木くんとは私が対戦して、残りのみなさんはちゃんと専用機持ち同士であたるようになってます」
「ほぉ、私は鈴とか」
「あたしはセシリアちゃんとだね。
 ありがとうございます。残りはちゃんと鷲悟お兄ちゃん達にも渡しておきますんで」
「お願いしますね」
 真耶から手渡されたプリントはあずさによって一足先にこの場の面々に配られた。箒やあずさと真耶が話している一方で、
「…………一夏……」
「あぁ」
 かけられた声に、一夏は真剣な表情でうなずく――自分とは違う意味で真剣なんだろうな、となんとなく確信しながら、鈴は改めて手元のプリントに視線を落とした。
 ついに来たのだ。

 『第一試合:織斑一夏 対 カレン・ヴィヴァルディ』

 カレンにとって、“大本命”との対戦の時が。



 試験当日。
 第三アリーナの観客席は満員御礼とまではいかないがそれなりに人が入っている――すでに自分達の模擬戦試験を終えた訓練機組の生徒達が順次観戦に来ているのだ。
 この後に控える専用機持ち組の試合を観戦すべく、他のアリーナからも生徒達が集まってきているようなので、これから観客はさらに増えていくに違いない。
「……こんにちは」
 そんな中、Aピットに試合を終えた簪がやってきていた。
「あ、簪ちゃん!
 試合、どうだった?」
「ん。勝った」
「まぁ、機体がないってだけで、代表候補生に選ばれた実力は本物だってことだ。そのくらいは軽いだろ」
 あずさに答える簪にそう告げるのは鷲悟だ。
「訓練機での実習、何度か見たけど、訓練機であれだけ動ければ上等だ。
 ありゃ専用機が完成したら、オレ達の間でも上位に食い込んでくるんじゃないか? オレ達もうかうかしてられないな」
 言って、鷲悟は簪に向けて右手を差し出し、
「楽しみにしてるよ。専用機が完成した簪さんとの対戦。
 ま、勝つのはオレだけどな」
「私も……負けない」
 簪も応じ、二人は握手を交わし――
「……ところで、織斑くんと凰さんはどうしたの?」
「あー、気にするな。
 昨日までの筆記試験が悲惨っぽかっただけだから」
 向こうのベンチで二人そろって真っ白に燃え尽きた矢吹丈状態になっている一夏と鈴の様子を見て尋ねる簪に、鷲悟は苦笑まじりにそう答える。
「ダメだ……IS関係ぜんぜんできた気がしねぇ……
 普通教科は大丈夫だろうけど、それで納得する千冬姉じゃないだろうし……赤点なんか取ったら殺される……」
「なんで世界史なんかあるのよ。中国史で十分じゃない。4000年分あるんだからさ……
 英語も意味わからないわよ。ISの公用語は日本語なんだから日本語さえできればいいじゃないのよ……」
「……大丈夫なの?」
「二人とも根は単純だし、いざ試合が始まればすぐ切り換えてくるだろ」
 鷲悟が簪に答えると、場内アナウンスが試合の準備完了を告げてきた。
〈アリーナ整備が完了しました。これより専用機所有者の試験を開始します。
 第一、第二試合参加者は各ピットゲートへ入場してくだい〉
「……だそうだよ、一夏、鈴」
「一試合終わらせちゃえばそれで終わりなんだから、しゃんとするっ!」
「あ、あぁ……
 じゃあ、いくか、鈴」
「えぇ……」
 シャルロットやあずさに促され、一夏と鈴はノロノロとピットに向かう――そんな二人を見送り、簪はもう一度鷲悟に尋ねた。
「……本当に、大丈夫だと思う?」
「………………聞くな」



「一年一組、織斑一夏!
 白式・雪羅――いくぜ!」
「一年二組、カレン・ヴィヴァルディ!
 スタジオーニ・エスターテ――出ます!」
 簪や鷲悟の心配をよそに、一夏は入場する頃にはすっかり気持ちを切り換えていた。力強く宣言し、カレンと共にアリーナへと入場してくる。
「ようやくあなたと戦えるわね、織斑一夏」
「楽しみにしてくれていたみたいで、光栄だな」
 笑みを浮かべるカレンに答え、一夏は雪片をかまえ、
「だったら、そのご期待には応えなくちゃな。
 もっとも――勝つのはオレだけどな!」
「それはこちらのセリフよ。
 あなたを倒せば、専用機持ちとの対戦も折り返し――全勝宣言達成に向けて、弾みをつけさせてもらうわよ!」
 応えて、カレンもまたかまえる。両者は無言でにらみ合い――試合開始のブザーが鳴り響く。
 が――両者はそれでも動かない。お互いにスキをうかがい、沈黙を続け――
「――いくぜ!」
 先に動いたのは一夏だった。雪片を振りかざし、一気にカレンに向けて飛翔する。
 対し、カレンは動かず、重心を落として迎え撃つ姿勢をとった。両者の間の距離が一瞬にしてゼロになり――



 何かが、両者の間を貫いた。



「何だ!?」
「真上からです!
 遮断シールド、突破されました!」
 観測室で鋭い声が交錯する――千冬の問いに、表示されたデータを確認した真耶が答える。
「攻撃ではありません!
 何者かが、シールドを突き破ってアリーナ内に侵入したもようです!」
「何だと!?
 それでは――」
 まるでクラス対抗戦の際の襲撃事件の再現ではないか――そう言いかけた千冬だが、映像の変化に気づいて言葉を呑み込んだ。
 センサーが乱入者を捉えた――表示されたシルエットは、少なくとも相手があの時の襲撃者、無人ISではないことを示していた。
 というか――
「まさか、ヤツは……!?」



「ど、どうしたの!?」
「一体、何が……!?」
 ピットの方でも、もちろん異変は気づいていた。衝撃によろめきながらも、シャルロットと簪が状況を把握しようとモニターをにらみつける。
 その一方で――
「……鷲悟お兄ちゃん」
「あぁ」
 この二人はだいたいの現状を察していた。声をかけてくるあずさに対して、鷲悟は迷わずうなずいた。
「アイツ……こんなところに乱入して、何のつもりだ……?」



「カレン、大丈夫か……!?」
「私は、なんとか……
 あなたこそ大丈夫!? あなたのIS、機動性重視で装甲薄いんでしょう!?」
「こっちも平気だ!」
 そしてアリーナ内――突然のことに対決はもちろん中止。お互いの無事を確認し、一夏とカレンは空中で合流した。
「けど、何が起きたの……?」
「こいつは……」
 うめくカレンだったが、一夏は目の状況に覚えがあった。
 千冬が連想したのと同じ、クラス対抗戦の時の襲撃事件だ。あの時も、自分と鈴が今まさに激突しようとしていたところに無人ISが乱入してきた。
 当然、あの時の再現を予感して身がまえる一夏だったが――
「…………って……」
 煙が晴れてくるにつれて、いろんな意味で自分の予想が外れていたことに気づいた。
 なぜなら、衝撃の中心にいたのは――







「よっ」







「ジュンイチ!?」







 鷲悟の弟、柾木ジュンイチその人だったのだから。







「いやー、間に合ってよかったよかった。
 いろいろ準備してたら、遅くなっちゃってさぁ」
 驚く一夏にかまわず、すでに“装重甲メタル・ブレスト”を身にまとっているジュンイチはあっけらかんとした態度でそう言うと、上空の一夏やカレンに向き直り、
「そっちのお嬢ちゃんはもちろん、織斑一夏も実質初対面だよな?
 鷲悟兄の弟、柾木ジュンイチだ。以後よろしく♪」
「い、いや、『よろしく』じゃなくて!」
 のん気に名乗るジュンイチに対し、一夏はツッコみながら彼のもとへと舞い降り、
「いきなり何のマネだよ!? いきなりこんなところに飛び込んできて!
 まさか、また何か起きたのか!?」
「んー、起きたっつーか……これから起きるっつーか……」
 一夏の問いに、ジュンイチは困ったように左手で頬をかき――



「これから“起こす”っつーか」



「え…………?」
 その言葉に、一瞬一夏の思考が停止して――







 ジュンイチは、右手で無造作に一夏を張り飛ばした。







「が――――っ!?」
 まったくの無防備だったところに一撃――まともにくらった一夏は一直線にブッ飛ばされ、アリーナのフェンスに叩きつけられた。
「悪いね。オレとしてもお前らとはぶつかりたくないんだけど、これも“仕事”でね」
 そんな一夏に対してそう告げると、ジュンイチは緊張感の感じられない気楽な口調で宣言した。
「ま、そーゆーコトなんで。
 非常に心苦しいんだけど……」











「今回“敵”なんだわ、オレ」











突然の
  弟乱入
    急展開


次回予告

鷲悟 「おぅ、鷲悟だ。
 どういうつもりだ、ジュンイチ! いきなり一夏達を攻撃するなんて!」
ジュンイチ 「言ったろ? 『仕事だ』ってさ」
カレン 「つまり、誰かに雇われたってこと……?
 どういうこと!? 誰の差し金!?」
ジュンイチ 「あ、やっぱ知りたい?
 じゃあ教えてあげるよ。オレを差し向けてきたのは――」
鷲悟 「次回、IB〈インフィニット・ブレイカー〉!
   『ジュンイチ強襲! ここがカレンの正念場』
   
カレン 「そんな、どうして……!?」

 

(初版:2011/09/06)