「……つまり、姉さんのチケットは、柾木ジュンイチが福引で当てたものだった、と……」
「う、うん……」
「で、そのお兄ちゃんは一夏さんがデータ取りやるって聞いて、そっち目がけてネコまっしぐら。
 『束お姉ちゃんのために』っていうのが皮肉だねー」
「あぅ〜……」
 とりあえずウォーターワールドに入場、カフェにて状況を整理――箒に洗いざらい吐かされた束は、あずさに追い討ちをもらって軽く凹む。
「そして、ジュンイチさんの手の不要となったチケットはあずささんの手に、ですか……
 鷲悟さんの言っていた『どこからともなくチケットを手に入れてきた』というのは、そういうことだったんですのね」
「うん……なんか、もう持ってるって知ってガッツリ凹んでる鷲悟お兄ちゃんには説明しづらくって……」
 一方、別のところに納得しているのはセシリアだ。 その言葉にあずさが苦笑すると、
「でもでもー」
 不意に、本音が口を開いた。
「おりむーもまさっちもじゅんじゅんも、あっさり他の女の子にチケットあげちゃうあたり、間違いなくデートだと思ってないよねー」
『う゛……』
 その言葉に、セシリアや束、箒がうめく――今日デートするワケではなかった箒までうめいているのは、“明日は我が身”的な意味だろうか。
 その一方で、逆にまったく反応を示さなかったのが鈴だ。まるでにらむような視線を束に向けている――否、実際にらんでいる。
(まさか、この人までジュンイチのことを……)
 意外な伏兵の出現に内心で舌打ちする。ライバル宣言されたカレンにばかり意識が向いていたが、まさかこんなところにも強敵が潜んでいたとは。
 じっくりと新たなライバルを観察する――顔はさすが箒の姉と言うべきか、普通に「美人」と評することのできるレベルだ。
 スタイルなどは自分とは比べるまでもなく圧倒的。ぶっちゃけ殺意がわくくらい――イヤになるほど、外見的な魅力ではこちらが不利だと思い知らされる。
 性格については今さら語るまでもなく破綻している――が、ムチャクチャぶりではジュンイチも負けてはいない。むしろ似た者同士気が合うのかもしれない。
 そして何より――現在進行形でジュンイチと行動を、寝食を共にしている。これが大きい。
(ヤバイわ……
 カレンがジュンイチと接点持てなさそうだったから、一夏を先になんとかしようって話だったのに……)
 こちらは一夏と違い、狙っている者同士互いに牽制し合う構図ができにくい分始末が悪い。一夏にばかり注力していたら、こちらが――
(――って何焦ってんのよ、あたしはっ!
 一夏はともかく、ジュンイチをあたしに惚れさせようっていうのは、あくまであたしが気持ちに決着をつけるまでの一時しのぎのためであって!
 アイツが他の誰かとくっつくなら、それはそれでいいじゃないのよっ!)
 薫子にノせられて始めたはずの“一夏もジュンイチも自分に惚れさせてよりどりみどり作戦”だったが、いつの間にか自分もすっかりその気になっていたことに気づき、思わず頭を抱える。
「あたしが好きなのは一夏あたしが好きなのは一夏あたしが好きなのは一夏あたしが好きなのは一夏あたしが好きなのは一夏あたしが好きなのは一夏あたしが好きなのは一夏あたしが好きなのは一夏あたしが好きなのは一夏あたしが好きなのは一夏……」
 懸命に鈴が自分に言い聞かせていると、唐突に園内放送が響き渡った。
〈では! 本日のメインイベント! “水上ペアタッグ障害物レース”は、午後1時より開始いたします! 参加希望の方は12時までにフロントへとお届けくださいっ!
 優勝賞品はなんと――〉

〈沖縄五泊六日の旅をペアでご招待!〉

 ぴたり、と鈴の動きが止まった。
 鈴だけではない。セシリアに束、そして箒も。
(優勝すれば……)
(沖縄へ……)
(五泊六日……)
(ペアでご招待……)
『これだっ!』
「……え?」
「ほえ?」
 ガタンッ!と同時にイスを蹴って立ち上がる――そんな四人についていけず、あずさと本音は目をパチクリさせるのであった。

 

 


 

第28話

夏のプールは危険がいっぱい!?
恋の嵐は止まらない!

 


 

 

〈さぁ! 第一回ウォーターワールド水上ペアタッグ障害物レース、開催です!〉
 視界のお姉さんがそう叫ぶと同時に大きくジャンプする。その拍子に大胆なビキニから豊満な胸が思わずこぼれそうになった。
 そのせいなのか、はたまた単純にレースの開始を喜んでか、わぁぁぁぁぁっ!と会場からは(主に男性の)歓声と拍手が入り乱れる。
 レース参加者は全員女性なのだから、観客のテンションも大いに盛り上がっている――ちなみに、男性の参加希望者もいたことはいたのだが、そのことごとくが受付で『お前空気読めよ』的な無言の笑みに撃退された。
 女性優遇? そんなものは関係ない。やはり水上を走り回るのは女性の方がいいに決まってる。誰が好き好んでムサい野郎どもが水着でたわむれる姿を見たがるものか。そんな連中は腐女子だけで十分だ。
「さぁ、みなさん! 参加者の女性陣に今一度大きな拍手を!」
 司会のお姉さんの言葉に、再び巻き起こる拍手の嵐――参加者がそれぞれに手を振ったりおじぎをしたりして応える中、まるで反応を示さないペアがいた。
「わかってるわね、セシリア」
「えぇ、鈴さん」
『目指せ優勝!』
 セシリア・鈴ペア。
「この戦い、負けられないよ、箒ちゃん!」
「言われるまでもない!
 今日この時だけはわだかまりはなしです! 『やってやるぜ!』ですよ、姉さん!」
 箒、束ペア。
「がんばるぞ! おーっ!」
「……なんで、あたし達まで巻き込まれてるんだろ……」
 本音、あずさペア。
 六人とも念入りに準備体操をしながら、それぞれ身体をほぐしている。あずさにしても、ケガしたくはないし出場するからには勝ちたい、とそこは他の五人にならっている。
〈優勝賞品は南国の楽園、沖縄五泊六日の旅!
 みなさん、がんばってください!〉
 あくまでも彼女達の狙いはこの一点――それぞれに勝手な妄想を抱いて、むふふと笑みをもらした。
(いくら唐変木の一夏でも、若い男女が二人で南国の海に出かければ……)
(『夏は人を変える』と言いますし、夏休み最後の思い出ということでしたら、鷲悟さんも……)
(臨海学校の時は紅椿のことで頭がいっぱいで遊ぶどころではなかったからな。
 今度こそ、一夏と……!)
(ふっふっふっ……今日がパーになったからってあきらめる束さんではないのだよ!
 プールがダメなら夏の海! 束さんの野望は終わらないよっ!)
 若干一名、「アンタ旅行じゃなくても普通にいけるだろ」という人物が混じっているが気にしてはいけない。こういうのは雰囲気が大事なのだ。
〈では、再度ルールの説明です!
 この50×50メートルの巨大プール! その中央の島へと渡り、フラッグを取ったペアが優勝です!
 なお、コースはご覧の通り円を描くようにして中央の島へと続いています。その途中途中に設置された障害は、基本的にペアでなければ抜けられないようになっています!
 ペアの協力が必須な以上、二人の相性と友情が試されるということですね!〉
 鈴達はアナウンスを聞きながら、改めてコースを見渡した。
 中央の島というのがなかなかに厄介だ。ワイヤーで宙吊りになっており、泳いで向かうことは不可能。そこまでのコースも高低差をうまく使ってショートカットができないようになっている。
 途中でプールに落ちた場合、冒頭ならともかく終盤ではリカバリは不可能。最初からやり直しである。
 かなり難易度の高いコースだ。ただし――
((相手が一般人なら……ね))
 彼女達は未来のIS操縦者として、代表候補生として母国やIS学園でそれ相応の訓練を積んできた身だ。こうしたイベントにもっとも不向きと思われる本音ですら、「このメンツの中では」というだけの話であり、一般人よりは高い水準の身体能力を身につけている。
 ISとはそれだけのものであり、そしてそれを扱う者も人材的価値として非常に高い。
〈さぁ! いよいよレース開始です! 位置について、よ〜い……〉
 パァンッ!と乾いた競技用ピストルの音が響き、
「セシリア!」
「わかっていますわ!」
 開始直後、セシリアと鈴は足払いをしかけてきた横のペアをジャンプでかわし、一番目の島に着地する。
 このレースは、なんと“妨害OK”なのである――が、しかし、高度な訓練を積んだIS学園生と“すべてにおいて万能の天才”と豪語し、かつ実践してみせている大天“災”にとっては、このルールは自分達の有利を固めるだけだ。
「いくよ、箒ちゃん!」
「はい、姉さん!」
 束と箒も、向かってきたペアを余裕でかわし、ついでに足を引っかけて水中へと転落させる。
 サッと状況を確認する――レースは先行逃げ切りを狙うマジメ組と妨害上等の過激組とで完全に分かれていた。
 だが――そんな状況下でこの四人のスタートダッシュはマズかった。
 なにせ、まったくのノーマークだった二組がいきなりの大立ち回りである。観客のみならず他の参加者の注目をあびてしまった四人は、そのまま過激組の最優先ターゲットにされてしまう。
「あぁ、もうっ! うっとうしいっ!」
「ジャマですわっ!」
「くっ、ジャマをするなっ!」
「もうっ! 会場ごと吹き飛ばしてやろうかっ!」
 かたっぱしから水中へと叩き落とすものの、次から次へとキリがない。どうやら先行したマジメ組とグルの過激組までいるようだ。
「くっ……このままじゃ置いてかれる!」
 先頭グループが二番目の島に渡っていることに気づいた鈴が、セシリアに目配せする。ついでに箒や束にも。
〈さっそくだけど、奥の手よ〉
〈ほ、ホントにやってしまうか!?〉
〈はぁ……どうなっても知りませんわよ〉
〈気にしない気にしない! すべては私が勝つために!〉
 ついでに個人間秘匿回線プライベート・チャンネルで交信して、四人はしつこい妨害組へと向き直る。
『ぅりゃあぁぁぁぁぁっ!』
 飛びかかってくる妨害組に対し、ため息、そして一閃――あっさりと水中に叩き落とす。
 もちろん、それでおとなしく引き下がるような連中ではない。すぐに水中から復活してくる。が――
「フッ、人は水着なくして生きてはいけない……」
「マリー・アントワネットの言葉どおり、水着がないのなら全裸でどうぞ」
『きゃあぁぁぁぁぁっ!?』
 代表して告げる箒とセシリアの言葉がすべてを物語っていた。パニックに陥る妨害組を一瞥し、四人は奪った水着のブラを丸めて反対側の観客席に投げ込んだ。
 四人のこのえげつない攻撃に、他の妨害組が自分達に対して及び腰になる――道が、できた。
「さて、あとは心置きなく」
「追撃しましょう」
「一気に遅れを取り戻す!」
「ゴーゴーゴー!」
 そのまま、四人は一気に先行組の追撃に移る。
 一番の問題であった妨害組を振り切った今、彼女達を阻むものは何もない。途中の障害もまるで意に介さず、無人の野を行くが如く突き進む。
〈こ、これはすごい!
 彼女達は高校生とそのお姉さんということですが、何か特別な練習でもしているのでしょうか!?〉
 水着ポロリ(故意)にわいていた会場も、今度は四人の活躍に歓声を上げる――先行するマジメ組に追いつき、次々に抜き去っていくが、ついに先頭を捉えた時、問題が起きた。
「ここで決着をつけるわよ!」
 まともに走ったのでは負けると踏んだのか、トップペアが反転して四人に向かってきた。
「フンッ! 一般人があたし達代表候補生に勝てるとでも――」
〈おぉっと、トップの木崎・岸本ペア! ここで得意の格闘戦に持ち込むようです!〉
「――はい? 得意の……なんですって?」
〈ご存知、二人は先のオリンピックでレスリング金メダル、柔道銀メダルの武闘派ペアです!
 仲がよいとは聞いていましたが、競技が違えど息はピッタリですね!〉
「え……? 待て、金メダル? というか、体格が明らかに違わないか!?」
 そもそも性別の段階から偽っていないかと疑いたくなってくるような筋肉――マッチョ・ウーマンと名づけてもよさそうなそのペアは、気合十分の怒号とともに鈴やセシリア、そして箒と束に向かってきた。
(これは……マズイな)
(こっちはさっきから全力疾走で疲れてんのに、こんな筋肉バカどもとやり合ったら……)
(さ、さすがに押し切られますわね……)
 疲労からさすがに不利と察した専用機持ち三人が思わず足を止める――が、それがマズかった。
「もらったぁぁぁぁぁっ!」
 なんとか突進はかわしたものの、そこは浮島。もはや逃げ場はない。
 当然、相手もその好機を逃しはしない。今度こそ叩き落としてやると突っ込んでくる――



 この時の鈴達の幸運は三つ。

 第一に、自分達が下がったところが、この浮島の入り口、つまり自分達の渡ってきた足場を背にする位置であったこと。

 第二に、メダリスト・ペアから見て、鈴達の身体がブラインドになって“それ”が見えなかったこと。

 そして第三に……“それ”がちょうど手の届くところに“やってきた”こと。



 なので――







『一般参加者バリアーッ!』







 鈴と束の声が重なる――自分達を追って浮島に上陸してきた後続のペアを捕まえ、目の前に蹴り出す。
 哀れ、楯にされたペアはメダリスト・ペアの連携ラリアットを受けて浮島から転落――微妙な沈黙の中、束と鈴はメダリスト・ペアをビシッ!と指さした。
「こんな程度の攻撃じゃ――」
「あたし達は倒せないわよ!」
『待て待て待てぇっ!』
 思わずメダリスト・ペアはツッコミの声を上げていた。
「あなた達、いくら何でもそれはひどくないっ!?」
「フッ、何を言っているのかな? キミ達は」
「『妨害OK』って時点でルール無用でしょうが。
 アンタ達だってあたし達を蹴落としに来たじゃない」
「だからって他人を楯にするなぁぁぁぁぁっ!」
 ツッコんで、メダリスト・ペアが再び襲いかかってくる。
「ハッ! “バリア”なら後ろにたくさん――」
 言って、鈴は後ろへ振り返り――
「……って、アレ?」
 後続組は少し後方で一時停止。どうやら自分達の戦いに巻き込まれるのがイヤらしい――決して“バリア”を使った鈴と束が怖いからではないだろう。違うと言ったら違うのだ。
「あぁ、もうっ!
 こうなったら、いっくんしゅーくんの取り巻き二人!」
「鈴よ! 凰鈴音!」
「セシリア・オルコットですわ!」
「名前なんかどうでもいいから、突っ込んで!」
「はぁ!?」
「わたくしが、前衛!?」
「この束さんに秘策アリだよっ!」
「あぁ、もうっ!」
「信じますわよ、篠ノ之博士!」
 束にせかされ、鈴とセシリアはメダリスト・ペアに向けて突撃する。
 そして、相手を間合いに捉えるか捉えないか、というところで――
「二人とも、こっち向いて!」
「は?」
「え?」
 呼ばれた二人が振り向くと、そこに見たのは、眼前に迫る束と箒――の、足の裏。
「ぶべっ!?」
「ふぎゃっ!?」
 踏まれた。
 顔面を、思いっきり。
「はぁっ!」
「シュワッチ!」
 セシリアと鈴を踏み台にした束と箒は、そのままメダリスト・ペアを跳び越えて、
「あ、あたしを踏み台にした!?――どべっ!?」
「踏んづけてった!?――はぶっ!?」
 その後ろでは、踏まれてバランスを崩した鈴とセシリアがさらにメダリスト・ペアのタックルを受け、もろともに数メートル下のプールへと落ちていった。
「フッ、競争相手の言葉を信じるとは、愚かな」
 どっぽーんっ、と水柱が上がるのを、束は感慨深げに見つめる。
 キラリッ、とウォーターワールドの天窓越しに見える青空に、鈴とセシリアの笑顔を幻視する。完全に故人の扱いである。
「よ、よかったのか? これは……」
「あっはっはーっ、一緒になって踏んづけといて、今さら何を言ってるのかな、箒ちゃん?」
 笑いながら答える束だが、箒にしてみれば束に促されるまま、気がつけば踏んでいた、といった感が強い。相変わらずいろんな意味で状況に流されやすい娘である。
 と――その時だった。

『ふ、ふ、ふ……』

 眼下から、地の底から響くような低く、絶対零度の笑い声――そして、さっきの倍以上の水柱が上がる。
「今日という今日は許しませんわ!
 わ、わたくしの顔を! 足で!――鈴さん!」
「わかってるわよ、セシリア!
 ISの生みの親だろうが大天災だろうが!」
 ブルー・ティアーズと甲龍を展開した水着姿のセシリアと鈴が、憤怒の表情で箒と束へと向かう。
「フッ、この私とやろうっていうのかい?――箒ちゃん!」
「わ、私が!?」
「どの道箒ちゃんも一緒に踏んづけちゃったんだから狙われるよー」
「あぁ、もうっ!――紅椿!」
 ほとんどヤケクソで宣言し、紅椿を展開した箒が鈴とセシリアを迎え撃つ。
「な、なっ、なぁっ!? か、彼女達はまさか――IS学園の生徒なのでしょうか!?
 この大会でまさか三機のISを見られるとは思いませんでした! え? でも、あれ? ルール的にどうなんでしょうか……?」
 困惑と興奮の入り混じった声で、司会のお姉さんはまくし立てる。大きな身振り手振りに、またしても豊満なバストが弾んだ。
「アンタって人はぁぁぁぁぁっ!」
「はぁぁぁぁぁっ!」
 ガギンッ!と鈴と箒が刃を交え、火花を散らす。
「ティアーズ!」
「見えている!」
 セシリアもビットで援護しようとするが、箒は素早く鈴の前から離脱。ヒット・アンド・アウェイに切り替え、セシリアに狙いを絞らせないまま鈴と斬り結ぶ。
「ゴーゴー! やっちゃえ、箒ちゃん!」
「気楽に言ってくれますね、姉さんも!」
 眼下で応援しているだけの束に箒が言い返し――しかし、それがスキにつながった。飛び込んできた鈴の双天牙月を受け止め、動きを止められてしまう。
「動きが止まれば、こちらのものですわ!」
「くっ…………!」
 そこにセシリアが狙いをつける。鳴り響くロックオンアラートに箒が焦り――











『ゴール♪』











『………………は?』
 響いた声が、争っていた三人+束の動きを止めていた。
 四人の視線がゴールの浮島に向く。そこにいたのはあずさと本音。
 鈴達と違いまったく目立たずにいたが、二人もちゃっかり生き残っていた。そして、鈴達のIS戦に他の参加者達が恐れをなしている間に先に進み、ゴールへたどり着いていたのだ。
「フフン、沖縄旅行もーらい♪
 こうなってくるとさすがに楽しみになってくるねー、本音ちゃん♪」
「わ〜い、あずっちと海だ〜♪」
 あとはフラッグさえ取ってしまえば自分達の優勝だ。悠々とフラッグのもとへと向かい――
「そうは――」
「させるかぁっ!」
「ぅひゃあっ!?」
 フラッグを取る前に声を上げたのは失敗だった。鈴と箒に斬りかかられ、あずさと本音はあわてて距離を取る。
「い、いきなり何をするのかな!?」
「それはこちらのセリフだ!」
「どさくさに紛れて呂布の利を狙うなんて、油断もスキもあったものじゃないわね!」
「鈴ちゃ〜ん、『“呂布”の利』じゃなくて『“漁夫”の利』ねー……ある意味間違ってないけど」
 とりあえずツッコんでみるが、そんなことで二人や合流してきたセシリア(&束)の怒りは収まりそうにない。
「あー、もうっ!
 桜吹雪きんさん! “フレディ”お願い!」
 さらに斬りかかってくる鈴や箒の剣をかわし、あずさもISを展開。高機動・近接戦装備で二人を迎え撃つ。
 セシリアの狙撃をかわし、箒に向けて右手のクローで斬りかかるが――
「そんなものっ!」
 箒にはあっりと弾き返された。パワー負けして後退したところを、鈴によって弾き飛ばされる。
「その形態はスピードはあるがパワーはないっ!」
「あたし達に近距離のパワー勝負で勝てると思ってるの!?」
 浮島に墜落したあずさを狙い、箒と鈴が突っ込んで――



「確かにムリだね――“フレディ”じゃ」



『――――――っ!?』
 止められた。
 箒と鈴の一撃が、あずさの腕に装備された――アーマー一体型の、“二枚重ねのチェーンソーによって”
 変わったのは武装だけではない。オートクチュールそのものが切り替わっている。重厚な装甲に身を包み、両肩にはパワーアシスト用と一目でわかる追加モーターが組み込まれている。
 さらにアーマーの各所には多数のナタが留められており、あずさの顔を覆うのはホッケーマスク型のフェイスガード――
「別の、近接戦用オートクチュールだと!?」
「確かに、“フレディ”は近接戦闘用のオートクチュールだよ。
 けどね……“近接戦用オートクチュールが“フレディ”だけだとは言ってない”!」
 驚く箒に、あずさは「してやったり」と笑みを浮かべてそう答える。
「スピードの“フレディ”にパワーのこの子!
 “フレディ”がいるならこの子もいなくちゃ始まらない! 近接パワー型オートクチュール――」







「“ジェイソン”!」







 同時、両腕のチェーンソーのエンジンがうなりを上げた。回転を始めた刃が鈴と箒の剣を受け流し、
「たぁっ!」
 “フレディ”装備時とは比べ物にならないパワーで、二人を弾き飛ばす!
「次っ!」
「く…………っ!」
 そのままの勢いで、あずさはセシリアへと向かう。とっさにビットとライフルで迎撃しようとするが、
「むざむざ撃たせやしないよっ!」
 両腰に多数ぶら下げたナタ“ひぐらし”を両手に取り、セシリアに向けて投げつける。セシリアがそれを弾いているスキに、両手のチェーンソー“ボーヒーズ”でビットを粉砕する。
「おのれっ!」
「調子に乗んじゃないわよ!」
 そこへ箒と鈴が再度突撃、迎え撃つあずさと斬り結ぶ。
 しかし、押しているはあずさの方だった。
 原因はそれぞれの得物――あずさの振るうチェーンソー、その高速回転する刃が、鈴や箒の刃を弾いてしまうのだ。
「ほらほら、どうしたの!?
 『パワーで勝てると思ってるのか』!? さっきのセリフ、そのまま返すよ!」
「くっ、やり辛い……っ!
 鈴!」
「わかってる!
 相手の得意分野でやり合ってやるつもりなんかないわよ!」
 あずさの言葉に舌打ちし、箒と鈴が距離を取る。セシリアと共に遠距離戦で仕留めるつもりのようだ。
 だが――
「バカにしないでよ!
 こっちにだって、砲戦パッケージはあるんだから!」
 対し、あずさも三人に向けてかまえ、



「“プロイツェン”!」



 漆黒のアーマーに両肩の大型荷電粒子砲、両手にも携行型荷電粒子砲を携えた砲戦仕様のオートクチュールへと換装する。
「また新しいオートクチュール!?
 いったいどれだけ積んでんのよ!? 拡張領域バススロットのレギュレーションどうなってんのよ!?」
「残念でしたっ!
 レギュレーションに、拡張領域バススロットの容量制限に関する項目はないんだよ!
 『技術的に現行以上の容量を持たせるのは難しいから』って理由でね!」
 思わずツッコむ鈴に、あずさが答える。
「けど……忘れたかな!?
 あたしのISを作ったのが誰か!」
『………………っ!?』
 その言葉に、その意味を悟った箒達が眼下を見る――そこにいる、桜吹雪を作った張本人を。
 対し、束は「えっへん」とばかりに胸を張り、
「この束さんを甘く見てもらっちゃあ困るね!
 そこらの技術者にはできないことでも私にとっては軽い軽いっ! 桜吹雪の拡張領域バススロット容量は、現行機の比じゃないよ!
 拡張領域バススロット容量で桜吹雪に比肩しうるのは、こないだまでそっちにいたイタリア娘の機体くらいだよっ!」
「今まさにその自慢の拡張領域バススロット容量が自分の妹やあたし達を苦しめてるってわかってるのかな、アンタはっ!?」
 束の言葉に鈴がツッコむが、そんな彼女にかまわずあずさは全身の荷電粒子砲のチャージを始める。背中の放熱ファンが回転、さらに姿勢制御用に尻から伸びる尻尾状のテールバインダーに備えられた放熱システムも解放、勢いよく熱を放出し始める。
 もちろん、箒達も負けてはいない。集結し、あずさに向けて武装をフル展開する。
「三対一……数の上ではこちらが有利!」
「“射”撃がせいぜいのみなさんが、“砲”戦相手に何人いたって!」
 箒とあずさの叫びが交錯する。どちらも退くことはなく、そして――



 爆発が、ウォーターワールドを揺らした。





「とにかくっ! こういったことはっ! 金輪際! しないでくださいねっ!」
『…………はい』
 さっきまで水着を着ていた司会のお姉さんにこってりとしぼられて、私服に着替えた箒と鈴、セシリアにあずさはしゅんと小さくなる。
 幸い、あれだけ大暴れしておきながら死傷者が出るようなことはなかったものの、レース会場のプールは全壊。天窓も会場直上は全滅という物的被害が発生していた。本当によくケガ人が出なかったものだ。
 当然、大会もメチャクチャになって途中で中止。沖縄旅行も水の泡である。
 なお、本音と束はIS戦に加わっていなかったためお咎めなし。本音はともかく元々ISを使っての乱闘に発展する原因を作ったのは束なのに……と思わないでもないが、実際に被害を出した自分達が言っても説得力はない。
「とにかく、学園の方からあなた達の身柄の引き取り人が来るから、あと少しおとなしくしてなさいよ」
『はい……』
 お姉さんの言葉にうなずき、いたたまれない空気にさらされることしばし――ピリリリリ……と電話が鳴った。
「はい、事務室……あぁ、はい。わかりました」
 応対し、電話を終えたお姉さんは鈴達にしっしっ、と手を振ってみせる。
「迎え、来たってさ。さっさと帰んなさい」
『失礼しました……』
 四人そろって退室する。ぱたんっ、とドアが閉じたところで四人そろって嘆息し――
「お、なんか暗いな。さてはたっぷり怒られたんだろ」
「そりゃそうだろ。外から見てもひどい被害だったからなー」
『――――え?』
 四人は同時に顔を上げた。
 そこにいたのは――
『よっ』
 鷲悟と一夏であった。
「本当は山田先生が来るはずだったんだけど、緊急の用事だとさ」
「で、ちょうどデータ取り(と簪さん関係の交渉)が終わったオレ達が代わりに――ぉわっ!?」
 一夏に続いた鷲悟の言葉が終わらないうちに、二人は箒に鈴、そしてセシリアに詰め寄られていた。
「アンタねぇ……っ!」
「一夏のせいで、一夏のせいで……!」
「わたくし達が、どんな目にあったと……」
 口々に言う三人に対し、一夏と鷲悟は顔を見合わせ――その視線があずさに向き、
『どういうこと?』
「あたしは、それがわからない二人に怒りたいよ……」
『………………?』
 心からのため息をつくあずさに対し、男二人はもう一度顔を見合わせるのだった。



「それでね、それでね……ん?」
「ほぇ?
 あ、いっく〜ん、箒ちゃ〜ん、あ〜ちゃ〜んっ!」
 ウォーターワールドの外、木陰で涼みながら、本音と束は一同を待っていた。一夏と箒、そしてあずさの姿を見つけ、束がパタパタと手を振る。
 だが、そこにいたのは二人だけではなく――
「よっ」
『(柾木)ジュンイチ!?』
「お兄ちゃん!?」
 ジュンイチだった。驚く女子四人に対し、軽く手を上げてあいさつする。
「あ、アンタ、どうしてここに!?」
「どうしてって……コレの迎え」
 詰め寄る鈴に答え、ジュンイチは『コレ』こと束を背中越しに、右の親指で指さす。
「さっさと連れて変えるつもりだったんだけど、束のヤツが『箒ちゃん達にあいさつしてから帰る!』って聞かなくてな……」
「それで……待っていてくれたんですか!?」
「モチのロンロン、国士無双! 現代の赤木しげるとは私のことだーっ!」
 思わず聞き返す箒に答え、束は彼女のもとまでやってきてその肩をバシバシと叩く。
「でもでも、待ってる間もヒマじゃなかったから安心してね?
 あっちのおチビちゃんから、いっくんや箒ちゃんの“あんなこと”や“こんなこと”、いろいろ聞かせてもらったからねー♪ い、ろ、い、ろ、と♪」
「い、いろいろ!?」
「布仏! お前いったい何を話した!?」
「んー、いろいろ!」
 思わず声を上げる一夏と箒だったが、本音は満面の笑顔で言い切ってくれる。
「フフンッ、安心したまえ!
 束さんは口が固いからねー。二人の秘密は黙っててあげるよ!」
「それ以前に、バラそうにも話す友達いないクセにゃぶっ!?」
 余計なことを口走ったジュンイチの顔面に水着の入ったカバンを叩きつける。
「いるもん! ちーちゃんがいるもん!
 もう、じゅんくんなんか知らないっ!」
 ジュンイチに対してぷいとそっぽを向くと、束は改めて箒や一夏、あずさへと向き直り、
「今日は楽しかったよ!
 またみんなで遊びに行こうじゃないのさ! 今度はいっくんと一緒にね!」
 言って、束は一同に背を向け、
「じゃあね、箒ちゃん、いっくん、あーちゃん、しゅーくん――」











「あと、鈴ちゃん、せっちゃん、本ちゃんも」











『………………え?』
 意外な一言に、一同の目がテンになる――呆然とする一同を尻目に、束はそのまま夕陽の中を去っていった。
「……り、鈴ちゃん、せっちゃん、本ちゃんって……」
「わたくし達のこと……ですわね……」
「たぶん……」
 鈴、セシリア、本音がそれぞれにつぶやく――だが、束を昔から知る一夏や箒の驚きはそれ以上だった。
「ね、姉さんが……他人を、認識した……!?」
「あ、あぁ……」
 呆然としたまま、箒と一夏がつぶやくと、
「というか……『本音ちゃんからお前らの話を聞いた』って話題になった時点で気づこうよ」
 苦笑まじりにツッコむのはジュンイチだ。
「ま、アイツもいつまでも昔のままじゃない……そういうことさ。
 オレと出会ってオレを、あずさと出会ってあずさを、アイツは受け入れた。
 そして今度は鈴達を……少しずつだけど、アイツは他の誰かを受け入れることを覚え始めてる」
 言って、ジュンイチは一同を見回し、
「アイツは変わり始めてる。
 きっかけが何だったのかはわからないけど……今この時アイツを変えている“何か”の中には、きっとお前らの存在も含まれてる。
 お前らとの出会いは、アイツにとって決してムダなものじゃなかったはずだ」
「……そうだな。
 束さんのあの変化は、きっといいことなんだよ。な、箒?」
「あ、あぁ……」
 一夏の言葉に箒がうなずく――まだ少し困惑しているが、それでもその顔はどこかうれしそうで――
「そう考えると、今日の一件は決してムダじゃなかったってことだな」
「あぁ……そうだな」
『………………』
 そのやり取りに――女子専用機持ち一同の動きが止まった。
 『こってりしぼられた自分達の辛さも知らないで』という気持ちもあったが――何より、気づいたから。
 そもそも今日のこの一件、“何がきっかけであんな流れになったのか”ということを。
 だから――
「あ」(セシリア)
「ん」(鈴)
「た」(あずさ)
「ら」(箒)
『がっ!』



『キレイに、まとめるなぁぁぁぁぁっ!』



 今度は、外からの衝撃がウォーターワールドを揺らした。





夏の陽が
  オチがつく中
    沈みゆく


次回予告

シャルロット 「こんにちは、シャルロットです。
 まったくもう、ラウラってば、女の子なんだからもっとオシャレに気を使うとかしないと」
ラウラ 「問題ない。今の服装で日常生活に支障はない」
シャルロット 「そういう問題じゃないから!
 ほら、オシャレしたら鷲悟とか織斑先生とか『カワイイ』ってほめてくれるかもしれないよ?」
ラウラ 「鷲悟はともかく、織斑教官がそういうことを言ってくれるキャラクターだと思うか?」
シャルロット 「………………」
鷲悟 「次回、IB〈インフィニット・ブレイカー〉!
   『オシャレ向上大作戦! ラウラ、初めてのショッピング』
   
ラウラ 「こ、こんなものを着ろというのか!?」

 

(初版:2011/10/04)