降りしきる雨の中、ラウラは彼と対峙していた。
「すべてのブレイカーは封印した!
 残るは鷲悟! お前ひとりだ!」
 工場跡地だろうか。周囲でヂャラヂャラと音を立てて揺れている、上から垂れ下がる何本もの鎖――戦いにも使えそうなその鎖の位置をひとつひとつ確かめながら、ラウラは鷲悟に向けて言い放った。
「だが、できれば私は……お前とは戦いたくない!」
「戦うことでしか……オレとおまえは語り合えない!」
 ラウラに対して残酷な宣告と共に、鷲悟は戦いの火ぶたを切って落とした。地を蹴り、重天戟を振りかざし、ラウラに襲いかかる。
 対し、ラウラはナイフで応戦。重量級の武器である重天戟をまともに受けるつもりはもちろんなく、回避と受け流しを駆使して立ち向かう。
 ISも、“装重甲メタル・ブレスト”も使わずの死闘――刃のみならず蹴りも拳も飛び交い、どちらも何度となく地面を転がされる。
「どうした! その程度か!
 たとえお前が手加減をしても、オレは容赦はしない!」
 しかし、生身の戦いともなれば、かつて生身でシュヴァルツェア・レーゲンを圧倒したこともある鷲悟が有利だ――倒される回数は、明らかにラウラの方が上回っている。
「戦うんだ……鷲悟はブレイカーだ……倒さなければならない相手なんだ!」
 しかし、ラウラも負けてはいない。迷いを振り払い、次第にジュンイチの攻撃に対応、反撃を始める。
 全身を汚す泥をすぐさま洗い流してしまうほどの土砂降りの雨の中、二人はそれでも戦いをやめることなくぶつかり合う。
「それで限界か、ラウラ! お前の力はその程度か!」
 パワーではこちらが有利――ラウラを一息に粉砕しようと重天戟を振るい、鷲悟がラウラに言い放つ。
「もっと踏んばり、腰を入れないか!
 そんなことじゃ、悪党のオレひとり倒すことはできないぞ!」
「うるさい!
 今日こそ私は……お前を超えてみせる!」
 鷲悟に言い返し、ラウラはナイフをかまえて飛びかかり――







「あ、あのー……ラウラ?」

「う…………?」







 気づけば、ラウラは鷲悟ではなくシャルロットを組み伏せ、その首元にナイフを押しあてていた。

 

 


 

第29話

オシャレ向上大作戦!
ラウラ、初めてのショッピング

 


 

 

「ん…………?」
 状況を確認しようと周囲を見回す。
 場所はIS学園一年生寮の自室。朝日で外が少しずつ明るくなっていく中、チュンチュンとスズメが鳴いている。
「えーと、あのね? ラウラがうなされていたから声をかけようかなー、と思ったんだけどね」
「そ、そうか……」
 シャルロットの言葉に、ようやく自分が先ほどまで認識していたのが夢だったのだと理解する。
「……で、いつまでこのままなのかな?」
「そ、そうか、そうだな……すまない」
 シャルロットの頚動脈けいどうみゃくにあてていたナイフをどけ、そのまま彼女の上から離れる。
「ん、別にいいよ。気にしてないから」
「そうか。助かる」
 あっさりと応じるが――正直ラウラはシャルロットへの申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
 シャルロットは本当によくできた友人だ。学年別トーナメントでの対決直後にルームメイトになってからというもの、それまでの対立を特に気にすることもなく接してくれた。鈴やセシリアとの和解の際にも、彼女の果たしてくれた役割は決して小さくはない。
(そのシャルロットに刃を向けるなど……どうかしている)
 ふぅ、とため息をついてベッドから降りる――と、そんなラウラにシャルロットは声をかけた。
「ところでさぁ、ラウラ」
「なんだ?」
「あのー、やっぱり服は着ないの?」
 そう。今現在ラウラは全裸――別に寝ぼけてシャルロットを組み伏せた時に脱げたワケではない。最初から、寝る前から全裸であった。
「寝る時に着る服がない」
「いや、そうかもしれないけど……あぁもう、風邪ひくってば」
 シャルロットも心得たもので、ベッドサイドにあらかじめかけておいたバスタオルをラウラの身体にかけてやる。
「ふむ、すまない。
 ところで私はシャワーを浴びてくるが、シャルロットはどうする?」
「うん、ボクも浴びようかな。冷や汗かいちゃったし」
「よし、では行こうか」
「えっ!? い、一緒に!?
 ち、違うよっ、もうっ! ラウラの後!」
「わかっている。冗談だ」
 あっさりとシャルロットに答えると、ラウラはさっさとシャワールームにこもってしまった。
(前は冗談なんか言わなかったのに……どうしたんだろう?)
 人形のようだった友人にそういう人間くさいところが出てきたのは、喜ばしいことなのかもしれないが――
(それはそれとして、やっぱりパジャマ、なんとかしないと)
 本当に風邪を引く前になんとかしないと――シャワーの水音が響く中、ひとり考え込むシャルロットであった。



「買い物?」
「うん、そう」
 一年生寮の食堂――聞き返すラウラに、シャルロットは朝食のマカロニサラダをつつきながらそううなずいてみせた。
「今はいいけど、夏が終わって気温が下がってきたら、さすがのラウラも風邪引いちゃうよ。
 そうなる前に、今からパジャマを着る習慣をつけておこうよ」
 言って、シャルロットはフォークの先端にマカロニをするっと通して食べる。
「む、何だ、それは?」
「『何だ』って……マカロニ?」
「それはわかっている。
 どうして、フォークに通したのかを聞きたいのだ。刺すのではなく、なぜ通したのかを」
「んー、なんとなく?」
「なんとなく……か?」
「うん、なんとなく。
 刺すより穴に引っかけた方が取りやすい、とか、考え始めたら理由なんていくらでもつけられるけど……今やったのは本当に『なんとなく』だよ」
「ふむ、なんとなく……」
「ラウラもやってみたら? けっこう楽しいよ?」
 そう言って――不意に不安がよぎる。
(で、でも、これって子供っぽいよね?
 ラウラにバカにされたりしないかな? たとえば……)

 

『ほぅ、確かにおもしろいな』
『でしょ?』
『こんなものでおもしろいと言える、お前の頭がな』



(…………とか?)
 ………………
(い、いや! そんなことないよね!
 ラウラはきっと、そんなことは言わないよ――)
「シャルロット」
「なっ、何!?」
「これは確かにおもしろいな。
 ふむ……せっかくだ。全部の先端に通してみよう」
 言ってすぐ、他のマカロニもいじり始めるラウラ。どうやら本当におもしろがっているらしい。
「む、く、これは思ったよりも難しいな……この」
 なかなか最後のマカロニを通すことができず、ラウラの奮闘は続く――その姿に、シャルロットはなんとなく昔飼っていた猫を思い出した。
(そういえば、あの子も変なところで不器用だったっけなぁ。
 毛糸玉、ずっと追いかけたりして、最後は玉じゃなくなっちゃって、不思議そうな顔してたっけ)
「……できた」
「おー」
 シャルロットが昔を懐かしんでいる間に、ようやく最後の一本を通すことができたらしい。すべての先端にマカロニを通したフォークを頭上に掲げるラウラを、シャルロットの拍手が祝福する。
「それで、買い物には何時に行くんだ?」
「あ、うん。10時くらいには出ようかなって思ってるんだけど、どうかな?
 一時間くらい街を見て、どこか良さそうなお店でランチにしようよ」
「そうか。
 せっかくだし、しゅうごも誘っていこう。うむ、私はいい亭主になるな」
「あ、あはは……そうだね……」
 ラウラの言葉に苦笑し、シャルロットは改めてトーストにかじりついた。



 しかし――
「え…………?」
「いない……?」
「えぇ。
 鷲悟さんでしたら、朝早くからあずささんと出かけていきましたわ」
 聞き返す二人にそう答えるのは、鷲悟と同室のセシリアだった。
 朝食をすませ、さっそく鷲悟を誘おうと部屋を訪れたラウラとシャルロットだったが、応対したセシリアの答えは、「鷲悟はすでに出かけた」というものだった。
「こんな朝早くから、どこに行ったんだ……?」
「だよね……何かあったのかな?」
「あら、お二人とも、憶えてませんの?」
『…………え?』
「ほら、先日……」



「鷲悟お兄ちゃん!」
「んぁ……?」
 雑誌を片手にあずさが鷲悟のもとを訪れたのは、彼がセシリアやシャルロット、ラウラと共に昼食をとっていた時の事だった。
「どうしたよ、あずさ」
「ほら、これ!」
 言って、あずさが見せたのは一冊のホビー雑誌。新商品のラインナップ記事のページを開いて鷲悟に向けて突き出す。
 そこに大きく赤ペンでチェックされているのは――
「……今度出る新作のオ○メダルじゃんか」
「そうなの!
 発売日、ネットで確認したから、その日一緒に買いに行こうよ!」
「オレもか?
 いつも通りオレかお前、どっちかひとりで事足りるだろ。
 今回お前が当番なんだからお前行けよ」
「いや……あたし達の分とはべつにもうひとつ欲しくて……」
「売り払うつもりか? 高額転売は感心しないな」
「そんなんじゃないからっ!
 簪ちゃんにプレゼントするのっ!」
「簪さんに……?」
 鷲悟に答えるあずさの言葉に、シャルロットが思わず聞き返す。
「ほら、この間鷲悟お兄ちゃんが交渉してくれたおかげで、倉持技研の方も打鉄弐式の開発、支援してくれることになったじゃない?」
「あぁ。
 人員は相変わらず割けられないけど、技研のラボと資材は好きに使っていいってところまでは持っていったけど……」
「それで気合の入った簪ちゃんに、あたしからも何か……って思って。
 簪ちゃんもヒーロー系大好きでしょ? 喜んでくれると思うけど、あぁいうのってたいてい買えるのってひとり1セットじゃない。あたしひとりが行っても、自分達の分買ったらそれで終わりになっちゃうから……」
「で、オレにも……ね」
 あずさの話に納得し、鷲悟はコーヒーをすする……ちなみに、そういうことならシャルロットも欲しがりそうなものだが、「仲間内で同じものを何個も持っていてもしょうがない」ということで、柾木兄妹の買うものを仲間内で共有する形で話がついているので問題はない。
「わかったよ。
 そういうことなら協力してやる……報酬は当日の交通費な」
「うん!」
「で? いつだよ」
「んとね……」



「……ということがあったじゃないですか。
 それが今日なんですけど」
「あ、あれかー……」
「完全に忘れていたな……うかつ」
 セシリアの説明に、すっかり忘れていたシャルロットとラウラが頭を抱える。
「しょうがない、ボク達だけで行こうか」
「そうだな」
「お二人ともどこかへお出かけに?」
「うん。
 ラウラの服を見にね」
「ラウラさんの……?」
 シャルロットの答えに、セシリアは思わず首をかしげた。
 ラウラが普段から服装に頓着しないのを彼女も知っているからだ。そのラウラが服を買いに行くというのだから、首をかしげたくなるのもムリはない。
「ん、実はね……」
 だが、シャルロットが事情を説明すると、セシリアの目の色が変わった。
「わかりました。
 そういうことでしたら、わたくしにも協力いたしますわ」
「…………何?」
「セシリアも?」
「わたくしも、前々からラウラさんのファッションへの興味のなさは歯がゆく思っていましたから。
 これだけ可愛らしいのに、オシャレのひとつもしないなんて、それは日々その美を磨くべく努力しているすべての女子への冒涜ですわ!」
「――――っ!
 そうだよね! セシリアもそう思うよね!?」
「お、おい……?」
 声をかけるラウラの問いも届かない。シャルロットとセシリア、二人のテンションは上昇の一途を辿る。
「我らが興亡はこの一戦にあり!」
「目指せ、ラウラの女子力向上っ!」
『おーっ!』
「…………えっと……」
 当人そっちのけで盛り上がる二人をよそに、ラウラがどうしたものかと考えていると、
「あれ、セシリアにシャルロット……?」
「ラウラも……柾木くん抜きで三人そろってるって珍しいね?」
 通りかかり、鷲悟がいないことに気づいて首をかしげるのは相川清香に谷本癒子だった。
「そんなにテンション上げて、何かあったの?」
「えぇ、実は……」
 尋ねる癒子にセシリアが説明し――
「それなら私達も協力するよ!」
「どうせなら、もう思いっきりカワイくしちゃおうっ!」
『オ――――ッ!』
「……おーい……」
 “二人”が“四人”に増えていた。



 参加メンバーが決まったとはいえ、もちろん全員部屋着のままではそのまま外出、というワケにはいかない。それぞれが自室に戻り、身支度を整えてから改めて集合、ということになった。
 清香と癒子が集合場所に指定した寮の玄関ロビーにやってきた時には、すでに先客としてセシリアが待っていた。
「お待たせー」
「セシリア、早いねー」
「わたくしは部屋に戻る手間がありませんでしたし。
 その分早くて当然ですわ」
 声をかけてくる二人にセシリアが答えると、
「待たせたな」
「あぁ、来た来た。ラウ……らぁっ!?」
 自分達に向けられた声に振り向き――清香は目を丸くした。
「? どうした?
 シャルロットなら少し遅れるが」
 対するラウラは清香の驚きの意味がわからず首をかしげる――そんなラウラに、清香に代わって癒子が尋ねる。
「えっと……ラウラ。
 ……なんで軍服?」
「うむ。 これは本来なら公用の服装なのだがな。いかんせん私は私服を持っていない」
 その言葉に、セシリア達はどうしてシャルロットが出遅れているのかを理解した。
((ラウラのコレを止めようとして、自分の着替えが遅れたのか……))
 着替え中にラウラが軍服を持ち出したのを見てあわてて説得、かまわず着替えて出ていくラウラを半裸で追うワケにも行かず、シャルロットだけが置き去りに――そんな光景が容易に想像できる。
 責任感の強いシャルロットのことだ。きっと自分の着替えよりもラウラの説得を優先したに決まっているだろうから。
 なので――
『回れ右』
 シャルロットに代わり、三人でラウラを部屋へと連れ戻した。



 せめてもの妥協案(訳:軍服よりはマシ)としてラウラは制服に着替えさせ、シャルロットも合流した一行は改めて出発した。
 まずはバスで駅前へ移動。運よくバス停に着くなりバスがやってきて、五人は夏の暑さにさほどさらされることなくバスに乗り込むことができた。
「そういえば、街の方ってあんまりゆっくり見たことなかったなぁ……」
「あぁ、言われてみればわたくしも……」
「え? そうなの?」
「転入組のシャルロットはともかく、入学組のセシリアもとは思わなかったなー。
 あ、でも、休日も柾木くん追いかけ回してたら自然とそうなるか」
『う゛……』
 などと盛り上がる他の四人を尻目に、ラウラは真剣な表情で街並みを見つめている。
 しかし、風景を楽しんでいるのかと思ったらそうでもなくて――
(……あの建物は狙撃地点に使えそうだな。
 それに向こうのスーパーは長期戦時にライフラインとして機能させられる。
 いざという時のために下水道や地下鉄測道などの地図も手に入れておきたいし、独立した発電機のある設備も確認しておかなければ……)
 思いっきり軍人モード全開であった。



 やがて、バスは何事もなく駅前に到着。五人は他の乗客数名と共にバスを降りた。
 その足でやってきたのは駅前のデパート。中に入るなり、シャルロットは雑誌を片手に他の面々と相談を始める。
 ここでもラウラはカヤの外――というより、ラウラの方が輪の中に入っていかない形だ。
「……うん、この順番で回ればムダがないかな」
「順路の相談か?」
「うん。
 最初は服から見ていって、途中でランチ。その後、生活雑貨とか小物とかを見に行こうと思ってるんだけど、ラウラもそれでいい?」
「よくわからん。任せる」
 迷うことなく即答する。
 相変わらず、こういったことには一切興味を示さないラウラの答えに、セシリアや清香、癒子がため息をつくが、ラウラにしてみればそもそもどうしてため息などつかれるのかがわからない。
「じゃあ、最初はラウラの服からってことで。
 ラウラはスカートかズボン、どっちがいい?」
「戦いのジャマにならないものにしてくれればどちらでもいい」
「いや、まず戦いを前提に考えるのをやめるところから始めようか」
 またまたシャルロットに即答するラウラに、清香がため息まじりにツッコミを入れる。
「とりあえず7階にいくよ。
 その下、6、5階もレディースだから、順に見ていこうか」
「ん? 待て、谷本。
 なぜ上から見るんだ? これから上がっていくんだ。下から見ていけばいいだろう」
「お店の系統を見てごらんなさいな。上から下に見ていった方が手間がないのがのがわかりますでしょう?」
 答えて、セシリアがシャルロットから雑誌を借りてラウラに見せるが、
「……さっぱりわからん」
「……だよねー……
 いい? ラウラ。下の方はもう秋物になってるでしょ? 上の方ももうかなり秋物に入れ替わってきてるはずだけど、今ちょうど夏物のセールをやってるから、先にそっちで夏物を買って、その後で秋物を……」
「待て、相川。秋の服ならいらないぞ?」
「え? なんで?」
「今は夏だからだ」
 即答するラウラの言葉に、一同はいよいよ頭を抱えた。
「秋の服は、秋になってから買えばいい」
「い、いや……あのね?
 普通、こういうのは季節を先取りして買うんだよ」
「そうなのか?」
「そうなの。
 ほら、これから先の時期で言えば……天気予報の読みが外れて、いきなり冷え込んできたらどうするの?
 そういう時、『まだ夏だから』って秋物を用意してなかったら困るでしょ?」
「……ふむ。確かに、戦争になってから装備や兵を調達しても間に合わん。つまりそういうことか?」
「えっと……うん、それで合ってるよ」
「備えあれば憂いなし、というヤツだな」
「…………もう、そういうことでいいですわ」
 納得するラウラの姿に、説得に当たった他の四人はため息をつく。
 女の子の感性のまったく存在しない理屈ではあったが、自分達も彼女に納得してもらうためにそういう方向に誘導したフシはあるし、言っていること自体は間違っていないので一概に否定もできない。
 とりあえず、そのあたりについて納得してもらうのは次の機会にすることにした。
「とにかく、順番に見ていこうよ。
 わからないことがあったら何でも聞いてね」
「そうだな。お前達がいてくれるなら心強い」
 シャルロットに答え、五人はエレベータで一気に7階まで上がる――夏休み&夏物処分セール中ということもあり、そこは10代の女子男子であふれ返っていた。
「はぐれるとまずいね。
 手、つないでいこっか、ラウラ」
「ですわね。
 目的地の定まっていないラウラさんは、人波に流されてどこかに行ってしまいそうですし」
「う、うむ」
 サラリと言うシャルロットやセシリアに対し、少し照れくさそうにラウラがうなずく。
 そして、ラウラの右手をシャルロットが、左手をセシリアがそれぞれ取り、目的の店へと向かう――その姿はまるで仲のよい姉妹にも見え、後に続く清香と癒子はクスリと笑みをもらす。
「じゃあ、まずはここからね」
「『ファイナル・デスティネーション』……変わった名前だな」
「そこは同感ですわ……事故を生き延びた生存者が次々死にそうで」
 “最後の運命”――「他では見つけられなかった服もここでなら見つけられる」とでも言いたいのだろうが、同名のスプラッタ映画のおかげでいろいろと台無しである。
「ですけど、けっこう人気のあるお店のようですわよ」
 セシリアに言われてラウラが店内を見回すと、確かに女子高生、女子中学生の姿が多い。
 と――その時だった。
 ばさり、とレジの方で紙袋が落ちる音がしたのは。
金髪ブロンドに……銀髪プラチナ……?」
「お人形さんみたい……」
「何かの撮影かしら……?」
 店内各所から声が上がり――そこでようやく、シャルロットとセシリアは店の中の注目が自分達に集まっていることに気づいた。
 まぁ、単純に現れた美少女三人に魅了されただけなのだが――惜しむらくはそのせいで少し遅れて入店した清香と癒子が完全に霞んでしまったことだろうか。
 二人もシャルロット達に決して見劣りするものではないが、最初のインパクトを持っていかれた後では所詮“二番煎じ”にしか見てもらえない。ひとえにタイミングが悪かった。
「どっ、どっ、どんな服をお探しで?」
 そんな一行に対し、まるで魅入られたかのように店長が寄ってきた――いや、実際魅入られている。サマースーツをビシッと着こなしている人物とはお前ない緊張ぶりだ。
「えっと、とりあえず、この子に似合う服を探してるんですけど、いいのありますか?」
「こ、こちらの銀髪の方ですね!
 今すぐ見立てましょう! はい!」
 シャルロットに答え、店長はすぐさま店の奥に引き返していき、オススメであろう一着を手に戻ってきた。

 マネキンに着せてあったものをひっぺがして。

 普通、マネキンに着せてある服というのは客の目を引くための“とっておき”のはずだ。それを迷わず持ってくるあたり、店長のラウラのコーディネートに対する気合の入れようがうかがえた。
「ど、どうでしょう?
 お客様のきれいな銀髪に合わせて、この白のサマーシャツなどは」
「へぇ、薄手でインナーが透けて見えるんですね。
 ラウラはどう?」
「わから――」
「『わからない』はナシで」
 清香に答えかけたラウラの言葉を、先手を取ったシャルロットがつぶす。
「むぅ……」
 言葉を先回りされてむくれるラウラだったが、「ちゃんと答えろ」と言われてしまったからにはちゃんと答えることにする。
 が――
「白か。悪くはないが、今着ている色だぞ」
「あ、はい」
 なんとも女子力の低い回答だった。おかげで店長もすっかり毒気を抜かれてしまったようだ。
「ラウラ、せっかくだし試着してみたら?」
「いや、めんどうくさ――」
「『めんどうくさい』はナシで」
 再び、癒子に答えかけたラウラの言葉がシャルロットにつぶされる。
 ラウラが困り果てている間に、シャルロット達は店長と共にラウラに、そしてくだんのサマーシャツに似合うインナーとボトムスをピックアップしていく。
「ストレッチデニムのハーフパンツに、インナーは……」
「Vネックのコットンシャツなんてどうでしょうか?」
「あ、いいですね、それ。
 色は同系色か、はたまた対照色か、う〜ん……」
「ラウラさんにはあまりハデなものは似合わなさそうですわね。
 やはりクールな着こなしを……」
「いやいや、ここは意表をついて清楚な感じを……」
「あ、さすがは清香! 目のつけどころが違うっ!
 なら、これなんかどう?」
『きゃぁぁぁぁぁっ♪』
「………………」
 ヒートアップする一方のシャルロット達に、ラウラは抵抗してもムダだと悟ったのか、少し距離をおいたところでその様子を眺めていた。
(やれやれ、何がそんなに楽しいのだろうか)
 服など着られればそれでいい。それがラウラの考えだ。
 芸術的な美よりも機能美を優先している、と言えばいいだろうか。しかし、そんなラウラの感性が自分と他の女子達との間に齟齬そごを生じさせているのも、また否定できない事実であった。
「さ、ラウラ、これに着替えてきて」
「わ、わかった」
「試着室はこちらになります」
 シャルロットと店長に促されるまま、試着室に放り込まれ、ラウラは小さくため息をもらした。
 あれだけ当人そっちのけで盛り上がっていたのだ。ちゃんと自分に似合う服を見立ててくれたのか。よもやネタに走ってはいないか――そんな不安もあったが、それよりも、
(仕方がないとはいえ……せっかく初めて買う服なのだ。
 どうせなら、鷲悟に見立ててほしかったな……)
 こちらの不満の方が大きかった――兄弟そろって同じ道着を何着も用意して着回しているような鷲悟のセンスに任せたらそれこそネタに走られかねない、という可能性にまでは頭が回らないらしい。
(思えば、臨海学校の時もクラリッサに助けられたようなものだ。
 鷲悟が『カワイイ』とほめてくれたからよかったものの……)
 あの時のことを思い出して、頬が熱くなるが――



(――カワイイ?)



 その一言をリピートした瞬間――全身を稲妻が駆け抜けたかのような強い衝撃が貫いた。
 シャルロット達が選んでくれた服へと視線を戻す――それはいわゆる“クール系”と言われるものであった。
 ラウラの凛々しさを魅せることを考えるのであれば、これ以上のものはあるまいが――
(――これではダメだ)
 なんとなく、ではあるがそう感じ――ラウラは試着室のカーテンから顔だけを出して、
「シャルロット」
「ん? 何?
 ひょっとして、気に入らなかった?」
「いや、そうではない、そうではないが……」
 シャルロットに返され、ラウラは珍しくゴニョゴニョと言いよどんでいたが、やがて意を決して口を開いた。
「で、できれば……可愛らしさ重視で……」
 頬を赤く染め、視線をそらしてラウラが答える――そのあまりにも女の子的な仕草に、店内各所でバタバタとダウンする物音が聞こえたが、割とそこはどうでもいい。
「う、うん! カワイイのがいいんだね! すぐに見繕うから待ってて!」
「で、どんなのがいい?
 色とか、形とか、希望ある!?」
「そ、そうだな。
 ……そ、それなりに……露出度があるものがいいな……」
「ん、わかった!」
 清香と癒子にラウラが答える――シャルロットがうなずき、彼女達は再び服の物色を始める。
「そっちの肩が出てるワンピースと、そっちのブレスレット。
 それから、えっと……」
「露出度の高い服でしたら、色は黒の方がよくありません?」
「うん、それいいね! 落ち着いていてイイ感じ!」
「ラウラの銀髪にも合うしね! セシリア、ナイス!」
「あ、あまりハデなのは困るぞ……」
 あまりの盛り上がりように、思わず不安になったラウラが釘を刺す――聞こえているのかいないのか、ワイワイキャッキャと騒ぐシャルロット達の姿に、変なものを選んでこないでくれと密かに祈るラウラであった。



 そして20分後――
「こ、こんなものを着ろというのか!?」
「だーいじょうぶだって!」
「パッと見は不安かもしれないけど、着てみれば絶対似合うから!」
 ラウラは再び試着室へ。みんなが選んできた服を見て思わず声を上げるラウラに、清香とシャルロットは試着室の外から断言してみせる。
「大丈夫! もし似合わなくても、大笑いした後もっといいのを選んであげるから!」
「大笑いのステップはいらなくないか!?
 本当に大丈夫なんだろうな!?」
 癒子の言葉に思わずツッコみ――それでも、自分でリクエストした手前一度は試着してみようと、ラウラは着替えを始める。
 シュルシュル……パサッ、と衣擦れや布が床に落ちる音が聞こえてくる度、いったい何を想像したのか、またもや店内各所で人の倒れる音が聞こえてきたがやっぱりどうでもいい。
 そうしている内に、着替えが終わったのだろう。試着室のカーテンがシャッ、と音を立てて開かれ――
「ど、どうだろうか……」
 少し恥ずかしそうなラウラが姿を現すと、店内の全員が息を呑んだ。
「ぅわ、すっごいキレイ……」
「妖精みたい……」
 そんな声が各所で上がる――真っ赤なしぶきが吹き上がる音と人の倒れる音がセットになって聞こえてくるが、それでもやっぱりどうでもいい。
 ラウラが着ているのは肩が露出した黒のワンピース。部分部分にフリルのあしらいがあって、可愛らしさを演出している。
 ややミニ寄りの裾がラウラの超俗的な雰囲気とも合っていて、先ほどの妖精云々のつぶやきがたとえ話とは思えない、そんな空気をかもし出している。
 その上、ラウラが恥ずかしそうに身体をモジモジさせているのだ。その破壊力みりょくは天井知らずと言っても過言ではあるまい。
「しゃ、写真撮ってもいいかしら?」
「わ、私も!」
「握手して!」
「私も私も!」
 わぁっ、とラウラが一気に囲まれる。店内だけでなく、騒ぎを聞きつけた店の外の人々までもが輪に入ってきて、お祭り騒ぎはそれからしばらく続くことになるのだった。



「ふぅ、疲れたな」
「まさか最初のお店だけであんなに時間を使うことになるとは思わなかったね」
 ちょうど昼時になり、五人はオープンテラスのカフェでランチをとっていた。
「ラウラだけじゃなくて、シャルロットやセシリアも大人気だったしね」
「そういう相川さんや谷本さんも、いろいろ服を薦められていたじゃないですか」
「いやいや、お三方ほどじゃないって」
「そんなことないよ。
 もう、ボクら五人でちょっとしたファッションショー状態だったもんね」
 そう。あの後ラウラに続けとばかりに他の四人も自分達の服を選んでいたのだが、そこは先のラウラの功績によってボルテージが最高潮に高まった空気の中、店員のみならず他の客や野次馬達までもを巻き込んでの壮大な服選びとなったのだ。
「しかし、その分いい買い物はできたな」
「でもラウラ、せっかくなんだからそのまま着てればよかったのに」
「い、いや、何だ。汚れては困る」
 シャルロットに答えて、うつむき気味に自分の日替わりパスタを口に運ぶラウラの姿に、清香と癒子はひとつの確信を得た。
「あー、そうか、そういうことか」
「そうだよね。お披露目はとっておかないとね」
「なっ!?
 ちっ、違うぞっ! 断じて最初は鷲悟に見てほしいとは思っていないっ!」
「あれあれー? おかしいなぁ」
「私達、柾木くんだなんて一言も言ってないけどなー?」
「〜〜〜〜〜〜っ!」
 二人にからかわれ、ラウラは顔を真っ赤にして言葉に詰まる――それでも、なんとか話題の転換に挑戦する。
「ご、午後はどうする、シャルロット?」
「うーん、生活雑貨を見て回ろうよ。
 ボクは腕時計を見に行きたいなぁ。日本製の時計って、ちょっと憧れだったし」
「腕時計が欲しいんですの?」
「うん」
 聞き返すセシリアにシャルロットがうなずくと、清香がポツリ、と一言。
「……麻酔銃とか、そんなギミックはないからね」
「…………え?」
 止まった。
 シャルロットが、笑顔のまま、ピシッ、と。
 そのまま、数秒間沈黙し――
「……わ、わかってるよ!
 そんなの当たり前じゃないか! あはははは……」
((考えてたな……))
 顔を真っ赤にして言うシャルロットの言葉に他の四人が確信を抱いたりしたが、とりあえず追求はしないでおいてあげることにした。
「ラウラは何かないの? 日本製で欲しいもの」
 気を取り直して尋ねる癒子の問いに、ラウラはしばし考え、キッパリと答えた。
「日本刀だ」
『…………は?』
「いや、だから日本刀だ」
「……女の子的なものは?」
「ないな」
 即答だった。
 わかっていたとはいえ、にべもなく癒子を一蹴するラウラの返事に、シャルロットはがっくりと肩を落とし――
「……はぁ……」
(………………?)
 ふと、となりのテーブルの女性に気がついた。
「…………どうすればいいのよ、まったく……」
 年の頃は20代後半で、かっちりとしたスーツを着ている。
 何か悩み事でもあるのか、注文したであろうペペロンチーノはすっかり冷め切ってしまっている。
「はぁ……」
「……ねぇ、みんな」
「お節介はほどほどにな」
 今度は逆にラウラがシャルロットの言葉に先回りした。
 先読みされたことに少し驚くものの、シャルロットはすぐにその意味を悟って笑みを浮かべる。
「ボクのこと、ちゃんとわかってくれてるんだね」
「た、たまたまだ。
 ……で、どうしたいんだ?」
「うーん、とりあえず話だけでも聞いてみようかな」
 ラウラに答え、シャルロットは席を立って女性に声をかけてみる。
「あの、どうかなされましたか?」
「え……?」
 その言葉に、女性はシャルロットを見て、次いでラウラ達を見た。
 と、落ち込んでいたその顔にみるみるうちに精気がよみがえり――ガタンッ!とイスを蹴倒す勢いで立ち上がるとシャルロットの手を握った。
「あ、あなた達!」
「は、はい?」
「バイトしない!?」
『…………はい?』





初めての
  買い物の後は
    アルバイト?


次回予告

清香 「こんにちはーっ! 私、相川清香!
 なんだか突然アルバイトをすることになった私達なんだけど……」
癒子 「私達はともかく、ラウラが少し心配だ……」
ラウラ 「何を言っている?
 この程度、私にできないワケがないだろう」
清香 「……その自信が怖いんだよ……」
シャルロット 「次回、IB〈インフィニット・ブレイカー〉!
   アットクルーズへようこそ! 我ら戦う使用人!』
   
セシリア 「な、なんであなたが現れるんですの!?」

 

(初版:2011/10/11)