「と、いうワケでね、いきなり五人もやめちゃったの。
 辞めたっていうか、駆け落ちとその手助けなんだけどね、はは……」
「はぁ」
「ふむ」
「大変ですね……」
 買い物の途中で見つけた、何やら困り果てていた様子の女性。
 シャルロットが声をかけたとたん、「アルバイトしない?」と、あれよあれよという間に彼女が店長を務める“お店”へと連れてこられた上“制服”にまで着替えせられていた。
 そこでようやく詳細な説明――しかしここでもまたヘビーなネタが飛び出した。セシリアもラウラも、最初に声をかけたシャルロットですら、コメントに困ってうめくしかない。
「でもね、今日は超重要な日なのよ! 本社から視察の人間も来るし……
 だからお願い! あなた達五人に今日だけウチのお店でアルバイトしてほしいの!」
「まぁ、おもしろそうだからいいですけど……」
「この衣装もカワイイですし……」
 パンッ!と手を合わせて頭を下げる店長に対して、癒子と清香は自らの着ている“制服”を見下ろした。
 ワンピースにエプロンドレス……ぶっちゃけ言えばメイド服である。
 女性の“お店”というのは、女はメイド、男は執事の格好で接客するという――メイド喫茶と執事喫茶を足して2で割ったような店だったのだ。
「たまにはこういう格好もいいですわね。
 チェルシーが着ているのを見て、わたくしも一度着てみたいと思ってたんですのよ」
「へぇ、そうなんだ。
 チェルシーって、セシリアの家のメイドさんだよね?」
 少し楽しそうにスカートの裾をつまんでクルリとターンしてみせるセシリアに癒子が声をかけていると、
「それはいいんですけど……」
 着替えを終えた五人の中、シャルロットはやや控えめに尋ねた。
「なんでボクひとりだけ、執事の格好なんでしょうか……?」
「だって、ほら、似合うもの!
 そこいらの男なんかより、ずっとキレイで格好いいもの!」
「……そうですか」
 ほめられているのはわかるが、それでもシャルロットはため息をつかずにはいられなかった。
(ボクもメイド服がよかったなぁ……ラウラもセシリアも清香も癒子も、四人ともすっごくカワイイし……)
 そして、改めて自分の着ている執事服を見下ろす。
(う〜、ボクってやっぱりこういう方向性なのかなぁ……)
 落ち込んだ様子のシャルロットに気づき、自身もメイド服に着替えた店長はガシッ、と彼女の手をつかみ、
「大丈夫! すっごく似合ってるから!」
 満面の笑みでトドメを刺してくれた。
「そ、そうですか、あはは……」
(それが問題なんだけどなぁ……)
 社交辞令の笑みの裏で内心涙しつつ、シャルロットは他の四人を見た。
 きっと彼女達は男装してもちゃんと『カッコイイ女の子』として人の目に映るんだろうな、と思う。
 対する自分は、男装しようものなら『カワイイ男の子』なのだから泣けてくる。
「店長〜、早くお店手伝って〜」
 フロアリーダーがヘルプを求めて声をかけてくる。やはりバイトが五人も一度に抜けたせいでかなり大変なことになっているようだ。
「よし、じゃあ、みんな、お願いね!」
「あ、あのっ、もうひとつだけ」
 フロアに出ていこうとする店長を、清香が呼び止めた。
「ん?」
「このお店の名前……そもそも聞いてないんですけど」
「あぁ、そうだったわね」
 店長は笑みを浮かべて、先ほどのセシリアのようにスカートの裾をつまんで軽く持ち上げると、堂に入ったおじぎと共に告げた。
「お客様――」

 

 


 

第30話

アットクルーズへようこそ!
我ら戦う使用人!

 


 

 

「デュノアくん、4番テーブルに紅茶とコーヒーお願い。
 オルコットさんは8番テーブルにクリームソーダね」
「わかりました」
「はい」
 カウンターからそれぞれ飲み物を受け取り、@マークの刻まれたトレーに乗せ、指定のテーブルに運ぶ。
 ただそれだけの単純な動作にさえ、シャルロットやセシリアの気品がにじみ出ていて、本職のスタッフ達ですら思わず見とれてしまうほどだった。
 二人とも初めてのアルバイトだというのに、その立ち振る舞いは堂々としており、緊張しているような様子はみじんも見せない。
「いらっしゃいませ! アットクルーズへようこそ!」
「……はい、三名様ですね!
 ではこちらのお席へどうぞ!」
 一方、清香や癒子も負けてはいない。元気いっぱいの接客でお客を出迎えている。
 そんな四人の姿に、店内の客のほとんどが見入っていた。
 なお、その内女性客の視線はシャルロットが独占である。
「お待たせいたしました。紅茶のお客様は?」
「は、はい」
 自身の方が年上であるにもかかわらず、女性は緊張した面持ちでシャルロットに答える。
 紅茶とコーヒーをそれぞれの女性に差し出す前に、シャルロットはこのお店の“とあるサービス”の要不要を尋ねた。
「お砂糖とミルクはお入れになりますか?
 よろしければ、こちらで入れさせていただきます」
「お、お願いします。えぇと、砂糖とミルク、たっぷりで」
「わ、私もそれでっ」
 ちなみに、この二人の客は普段からノンシュガー&ノーミルク派だ。美人執事に接客してもらいたいがための宗旨替えである。
「お客様、お砂糖とミルクは……」
「お、お願いします!」
「オレもオレも! たっぷりと!」
 別のテーブルでも、セシリアの接客を受けた男性客が似たような感じになっている。清香や癒子も同様である。
(ふぅっ、接客業ってやってみるとけっこう大変だね)
(ラウラさんは大丈夫かしら……?)
 仕事とをこなしつつ、シャルロットとセシリアはラウラの姿を探す。
 ……いた。ちょうど男性客三名のテーブルで注文をとっているところだった。
「ねぇ、キミ、カワイイね。名前教えてよ」
『――――――っ!?』
 命知らずにもラウラに声をかけた男性客のひとりに、彼女の人となりを知る四人は思わず背筋を凍らせた。
 何しろ相手は“あの”ラウラだ。あんな馴れ馴れしい態度を取られて、どんな行動に出るかわかったものではない。いざとなれば自分達が彼女を止めるつもりで、事の成り行きを見守る。
「あのさ、お店何時に終わるの? 一緒に遊びに――」
「水だ、飲め」
 ダンッ!と叩きつける勢いで、水の入ったコップが男達の前に出される。
「こ、個性的だね。
 もっとキミのこと知りたくなっ――」
 セリフを最後まで聞くことなく、ラウラはテーブルを離れた。カウンターで何やら告げると、少しして出されたドリンクを持っていった。
「飲め」
 問答無用。ソーサーが割れるためさっきより多少は優しく、しかしそれでも有無を言わせぬ勢いでコーヒーの注がれたカップを置く。
「え、えっと、コーヒーを頼んだ覚えは……」
「何だ、客でないのなら出ていけ」
「そ、そうじゃなくて、他のメニューも見たいワケでさ……」
 至極もっともな意見だが、それだけではなく見た目は美少女であるラウラに好印象を持たれたいという下心もあるのだろう。男性客は言葉を探りながら会話を続ける。
「た、たとえば、コーヒーにしたってモカとかキリマンジャロとか……」
「はっ、貴様ら凡夫に違いがわかるとでも?」
「……すみません、わかりません」
 結局、ラウラの絶対零度の視線と心からの嘲笑に屈して、男達は小さく身を縮こまらせてコーヒーをすする。
 “ドイツの冷水”と呼ばれたラウラの一面は、今でも健在のようだ。
「飲んだら出ていけ。ジャマだ」
「はい……」
 しかし、そんな人を寄せつけない態度も、ラウラほどの美少女がとると一転、魅力に化けるらしい。一部の男性客は今の一幕を目の当たりにしてもなお、ラウラに熱のこもった視線を向けている。
「あ、あの子、超いい……」
「罵られたい、見下ろされたい、差別されたいぃっ!」
「え、えっと……」
「何ですの、この空気は……」
「あー、二人は気にしなくていいから」
「とりあえず、あのテンションのところには 近づかないようにしておけばいいから。ね?」
 特別盛り上がっているテーブルを見て困惑するシャルロットとセシリアの背を押し、清香と癒子は二人を怪しい空気から遠ざける。
 だが、盛り上がっているのはラウラに接客してもらいたい客ばかりではない。セシリア達に魅了された客達もまた、けっこうな勢いで盛り上がっている。
「あ、あの、追加の注文いいですか!?
 できればさっきの金髪の執事さんで!」
「コーヒーください! 銀髪メイドさんで!」
「金髪のメイドさん、注文いいですか!?」
「元気っ子メイドさんコンビで!」
 異様な盛り上がりを見せる店内に、どう反応していいか困る五人であったが、そこは店長がうまくフォローしてくれた。それぞれを滞りなくテーブルを回れるように声をかけて調整していく。
 そこはさすが本職。店長の指示は的確で、いつの間にか通常の五割増しにまで増えていた客を次々にさばいていく。
 そんな混雑が2時間ほど続いた頃――
「いらっしゃいませ! @クルーズへようこ……そぉっ!?」
 突然入り口の方で上がったのはシャルロットの素っ頓狂とんきょうな声――何事かと振り向くセシリア達だったが、次の瞬間には彼女達もまた目を丸くしていた。
「……何してんだ、お前ら?」
 そう告げるのは、自分達もよく知るツンツン頭の持ち主――
「し、ししし、鷲悟!? どうしてここに!?」
 なんとか言葉をしぼり出すシャルロットだったが、鷲悟はなぜかため息をつき――
「違いますわ、シャルロットさん」
 そう答えたのはセシリアだった。
「服、よく見てください」
「服……?」
 セシリアに言われ、シャルロットが視線を下ろし――そこでようやくセシリアの言いたいことに気づいた。
 鷲悟の私服は白の道着に赤のインナーシャツ。しかし、目の前の彼が着ているのはデザインこそ共通しているものの、カラーリングは正反対。漆黒の道着に青のインナーシャツ。
 この色の服を着ているのは――
「…………ジュンイチ!?」
「あからさまに着ているモノの色正反対なんだからさ、私服の時くらい一目で見分けてもらいたいもんだよなー」
 ようやく気づき、改めて声を上げたシャルロットに、ジュンイチは肩をすくめてそう応えて――
「それでお前は何を物騒な行動に走っとるか」
 おもむろに左手を伸ばし――距離を詰めてきたラウラの繰り出した食事用ナイフを、人さし指と中指ではさんで受け止める。
「やれやれ、こないだ期末試験に乱入したのをまだ根に持ってるのか?」
「過ぎたことをとやかく言うつもりはない。
 だが、貴様は油断できない。何を企んでここへ来た?」
「ん」
 あっさりとラウラの手からナイフを取り上げる――それでも気丈に自分をにらみ返してくるラウラに、ジュンイチは手にした雑誌を差し出した。
 そこには、この店“@クルーズ”が紹介されており、その記事の中でも、この店自慢のスイーツ類に赤丸でチェックが入っていた。
「束のヤツが食いたがってな。
 味を盗むために食いに来た」
「自分で作るつもり?」
「“買って帰る”って選択肢はないんだ……」
 清香と癒子のツッコミはとりあえず無視である。
「ま、何かするってワケじゃないから安心しろ。
 そんなワケで……どこ座ればいい?」
「あ、はい。
 では、こちらの席へどうぞ」
 ジュンイチに応え、シャルロットが営業スマイルで彼を案内する。
 すぐに癒子が水を運んできてオーダーを取る――が、
「……長いですわね」
「どうしたんだろう……?」
 なかなか癒子がジュンイチの座ったテーブルから離れない。カウンターから様子をうかがい、セシリアとシャルロットは思わず顔を見合わせる。
 それからなおも時間をかけ、ようやく癒子はジュンイチの前から離れた。苦笑まじりにカウンターへとやってくる。
「どうしたの? 谷本さん」
「ジュンイチくんにムチャ振りでもされたの?」
「んー、ムチャ振りって言えばムチャ振り……なのかな?」
 出迎えたシャルロットや清香に答え、癒子は注文端末を見せて――
『ぶっ!?』
 それを見たシャルロット達は一様に吹き出した。
 何しろ――
「な、何ですの!? この注文の量は!?」
「これを全部食べるつもりなのか!?」
 セシリアやラウラが驚いた通り、ジュンイチひとりで膨大な量の注文をしていたのだ。スイーツメニュー全網羅は当然として、ひとつひとつのメニューの注文量もべらぼうに多い。
「……まるで鷲悟並みだよ、これ……」
「あれだけ食べるのは、鷲悟さんだけではなかったんですのね……」
「あずさが人並みにしか食べないから、鷲悟だけが特異例だと思っていたが――甘かったな」
 シャルロットやセシリア、ラウラがうめくが――冷静に考えればこれほどの大量注文はちょっとした脅威だ。実際、端末からオーダーが転送されたらしき厨房からは悲鳴が聞こえてくる。
「あ、あの……谷本さん?」
 案の定、店長が引きつった笑みと共に声をかけてきた。
「あの注文……本気?
 お客様の嫌がらせとか……」
「あー、予想ですけど、たぶんマジです」
「彼はわたくし達の知り合いなんですけど……彼のお兄さんがあのくらいの量はペロリと平らげてしまいますから、彼もきっと……」
「そ、そう……ならいいんだけど。
 けど、そうなってくると大変よ。みんなもしっかり動いてね!」
『はいっ!』
 こうして、ジュンイチの大量注文によってさらに忙しさの増した店内を、セシリア達はあわただしく動き回る。
 やがてジュンイチのオーダーも一通り出し終え、ホッと一息つけるかと思った、その時だった。

「全員動くんじゃねぇっ!」

 そんな叫びと共に、入り口のドアが、まるで蹴り破らんばかりに開かれた。
 そして店内になだれ込んできたのは、六人の男だった。
 六人ともこの暑い中ジャケットにジージャン、顔には覆面を着け、札束のはみ出たバッグと銃火器。
 どう見ても――“お仕事”後の強盗犯である。
 一瞬、何が起きたかわからない様子の一般客やスタッフ達であったが、次の瞬間、発せられた銃声によって悲鳴が上がる。
『キャアァァァァァッ!?』
「騒ぐんじゃねぇっ! 静かにしろっ!」
 リーダー格と思しき男が声を荒らげると、店の外からパトカーのサイレンが聞こえてきた。
 さすがは駅前の一等地。警察の行動も迅速だと一瞬店内の人々に安堵の空気が漂うが――
〈あー、犯人一味に告ぐ。キミ達はすでに包囲されている。おとなしく投降しなさい。繰り返す――〉
「ど、どうしましょう兄貴! このままじゃ、オレ達全員――」
「うろたえるんじゃねぇっ!
 こっちには人質がいるんだ。強引なマネはできねぇっ!」
『………………』
 警察の呼びかけと犯人達のやり取りに、恐怖と緊張が別の意味で霧散した。
「……なんか」
「……警察の対応も」
「……古……」
 おそらく十代にはわからないであろう懐かしさを覚えて、一ヶ所に集められた人質の中からつぶやきが聞こえてくる。
「へ、へへ、そうですね。オレ達には高い金払って手に入れたコイツがあるし」
「そういうこった。
 おとなしくしてなっ! オレ達の言うことを聞けば殺しはしねぇっ!」
 言って、強盗達は手にしたショットガンやサブマシンガンを天井に向けて発砲した。再び店内に悲鳴が上がる。
 それを、物陰から観察する者達がいた。
「すぐに撃てるのがショットガンにサブマシンガン……全員がハンドガンを持ってますわね」
「他にも何か持っているかもしれない。油断は禁物だ」
「それに人質もいるしね……うかつには動けないよ」
 身をひそめて強盗達の装備を確認しているのはセシリアとラウラ、そしてシャルロットである。
「わかってるね? 私達の役目は……」
「動きがあった時の人質の安全確保、だよね」
 一方、清香と癒子は人質の直衛のためあえて人質と共に捕まっていた。小声で話しながら犯人達の動きをうかがい――ぎょっとした。
 この騒ぎの中、平然と食事を続けている者がいた。
((ジュンイチくん!?))
 清香と癒子の背筋が凍る――この大変な時に、彼はいったい何をしているというのか。
「おい、お前も向こうに行ってろ!」
 そして、そんな彼が強盗達の目に留まらないはずがない。強盗のひとりがジュンイチの座るテーブルへとやってきた。
「おい、聞いてんのか!?」
「聞いてるけど無視してんの」
 強盗のひとりに答え、ジュンイチは平然とケーキを口に運ぶ。その態度に、一蹴された強盗のこめかみが引きつる。
 まぁ、彼の気持ちはわからないでもないが――その怒りをぶつけるには相手が悪すぎた。
「おい、てめぇ、ふざけんじ」
 苛立ちもあらわな声が衝撃音と共に途絶えた。
「メシの途中だ。ジャマすんな」
 詰め寄った強盗のアゴを、淡々と告げるジュンイチの拳が打ち上げ――首から上を天井に叩き込んで。
「て、てめぇっ!?」
 哀れジュンイチの逆鱗に触れた男は天井から宙吊り状態――リーダー格の男が我に返った時には、ジュンイチは目の前の強盗の手からこぼれたハンドガンを落下途中でキャッチしていた。
 直後に響く五つの銃声――次の瞬間には、残った強盗達の帽子やサングラスなど、素顔を隠すために身につけていたものがひとりひとつずつ弾き飛ばされていた。
 “強盗達にかすり傷ひとつ負わせない正確さをもって”
「次は当てるぞ」
 静かに、淡々と――ただの作業報告の如き感情の一切こもらぬ声。しかし、だからこそ、その場の全員がジュンイチが次は本当に当てるであろう事を悟っていた。
 ヤバイ。アレは人を撃ったことのあるヤツの目だ――と、ホントに撃ったことのある男に対してらちもない感想を抱く。
「……それでいい。
 オレはケーキを食いたいだけだ。ジャマしないならオレもお前らに手出しするつもりはねぇよ」
 言って、ジュンイチは拳銃を傍らに置くと、天井から吊り下げられている強盗を右手一本で引き抜いた。男が床に崩れ落ちる中、今までのことがなかったかのように食事を再開する。
 そのあまりにも平然とした態度に、強盗達も人質にされたスタッフや客達も毒気を抜かれ、あ然とするしかない。
 対するジュンイチは気楽なものだ。鼻唄まじりに、ノってきているのか爪先でトントンとリズムまでとりながら、ケーキの山を片づけていく。
 外では警察が相変わらず強盗達に投降を呼びかけているが、正直言ってどうでもいい。店内の誰もが固唾かたずを呑んで見守る中、ケーキの山は見る見る内にそのかさを減らしていく。
 そして――
「……ごちそうさまでした」
 パンッ!と合掌して告げる――瞬間、強盗達がビクリと身をすくませ、人質を見張っていた二人がその人質に銃を向ける。
「……よ、ようやく食い終わったな。
 なら、お前も向こうに行きやがれ――言っておくが、余計なマネしやがったら人質がズドンッ、だからな!」
 もはや人質の意味が対警察から対ジュンイチにシフトしているが、先ほどの一幕を考えればある意味当然の反応だろうか。
 ともあれ、人質を武器にジュンイチにもおとなしくしているよう告げるリーダーだったが――
「知るか、そんな連中。
 撃ちたきゃ撃てよ。オレにゃ関係ねぇし」
『ぅおぉぉぉぉぉいっ!?』
 こともあろうに、そんなことをあくびまじりにのたまってくれた。これには人質、強盗双方からツッコミの声が上がる。
「つーかさ……まだちょっと食い足りないんだけど」
「って、おいっ!? また食う気か!?」
「当然♪」
 ツッコむリーダーだったが、ジュンイチはあっさりとそう答える。
「と、いうワケで――」



「デザート、いただきます♪」



 その言葉と同時だった。
「たぁっ!」
「ぐわぁっ!?」
「せいっ!」
「がふっ!?」
 人質を見張っていた二人の強盗メンバーが、清香の掌底と癒子の当身によってその場に崩れ落ちたのは。
「てっ、てめぇっ!?」
「コイツ!?」
 それを見て、別の二人が清香達に銃を向け――
「はぁっ!」
「ふんっ!」
 その二人にはセシリアとラウラがトレーを投げつけた。フリスビーのごとく飛翔する二枚の円盤が、強盗達を打ち倒す。
「な……っ!?」
 あっという間に仲間が全滅し、リーダーが思わず一歩後退し――
「……今だけは、執事服でよかったと思うよ」
 その背後でつぶやくのは、見目麗しい執事服の美少年――もとい、美少女のシャルロットであった。
「だって、思いっきり足上げても平気だし」
 言って――シャルロットのハイキックがリーダーの首に打ち込まれる。
「……強盗退治デザート、ごちそうさまでした♪」
 最後にジュンイチがそう告げて――音を立て、リーダーの身体がその場に倒れた。
「お疲れ、お前ら」
「ジュンイチさんの立てたミッションプランのたまものですわ」
 労うジュンイチにセシリアが答える――そう。すべてはジュンイチの仕込によるものだった。
 ケーキを食べていた時の、鼻唄と爪先によるリズム取り――実はアレがトン・ツーのモールス信号になっていたのだ。
 ジュンイチはハデでムチャクチャな行動によって強盗達の注意を引きつけつつ、その一方でセシリア達に作戦を授けていたのである。
「って言っても、各自が狙うべき相手と仕掛けるタイミングを教えただけだけどな」
「それだけだからこそ、その正確性が際立って怖いんだよ……」
「完全にジュンイチくんの読みそのままに動いたからね……タイミングまで含めて全部。
 ジュンイチくんの言う通り、私達が動いたジャスト2秒後に次の二人が動き出したのを見た時には、正直『コイツ預言者かっ!?』って思ったもん」
 清香と癒子ガジュンイチに答えると、にわかに外が騒がしくなった。
 どうやら、外の警察が店内の動きに気づいて動き出したらしい。
「やっべ、早くずらかった方がいいな。
 お前ら、引き上げるぞ」
「って、なんであなたが仕切っていますの?」
「っていうか、私達逃げる必要ないし」
「うんうん。悪いことしたワケじゃないもんね」
「してるだろうが、思いっきり」
 セシリアに続く清香や癒子に答え、ジュンイチが指さしたのは、床に転がる気絶した強盗だ。
「お前らは学生、代表候補生であって警察じゃねぇ。ラウラも軍属ではあるがそこは変わらない。
 当然、警察権の行使は認められていない――痴漢だろうが強盗だろうが関係ねぇ。取り押さえる程度ならともかく、ボコった以上傷害罪が適用される。
 事情をかんがみて無罪放免にしてくれる、ってだけで、“逮捕⇒連行”のプロセスは手順上確実に発生するぞ」
「そ、それってすっごくマズイよっ!」
「そうだな。今の内に失敬するか」
 ジュンイチの言葉にシャルロットやラウラがそれぞれに言い――その時、事態は動いた。
「捕まってムショ行きになるくらいなら、全部吹き飛ばしてやらぁっ!」
 気を失っていたかと思われたリーダーだったが、なんとこの短時間で復活。その場に立ち上がるなり革ジャンを左右に広げた。
 そこに身につけていたのは、こんな店くらいは軽く吹き飛ばせそうなプラスチック爆弾の腹巻きだった。もちろん、起爆装置は彼の手の中だ。
「覚悟しやがれ! てめぇら全員道連れだぁっ!」
 リーダーの言葉に、店内は先刻以上のパニックに見舞われる。
 ――しかし、
「わ〜……」
「最後まで古〜……」
「確かに、プラスチック爆弾をダイナマイトに置き換えたら、一昔前の刑事ドラマのワンシーンですわね」
「シャルロットがしっかり制圧しないからだぞ」
「え!? ラウラ、あれボクのせい!?」
「いや、お前が仕留めそこなったせいだろ、どう考えても」
「話を聞けぇぇぇぇぇっ!」
 平然と話すセシリア達やジュンイチの姿に、強盗が思わずツッコミの声を上げ――
「まったく……あきらめの悪い男性は、嫌われますわよ!」
 セシリアの言葉と同時に銃声――そして、起爆装置につながって“いた”コードがブラリと垂れ下がった。
 制圧の際に取り上げていたハンドガンでセシリアが発砲。起爆装置から信管につながるコード“だけ”を正確に撃ち抜いたのだ。
「な…………っ!?」
「そう言ってやるなよ――もう好かれることなんてないだろうからさ」
 驚いていたリーダーがその声に顔を上げると、目の前にジュンイチがすべり込んできていた。
 腰に差した霊木刀“紅夜叉丸”を抜き放ち、振りかぶり――
「じゅんく〜んっ! ホームラぁンっ!」
「ぐべばぁっ!?」
 渾身の力で、リーダーをカッ飛ばした。
「最後に言っておくっ!」
 きりもみ回転しながら、リーダーが店のガラスを突き破って外に――そんな彼に告げると、ジュンイチはクルリと背を向け、
「お食事中は――お静かにっ!」
 その言葉と同時――リーダーは、外の警察の包囲網のド真ん中に墜落した。



 リーダーが店の外にブッ飛ばされ、警察の注意がそちらに向いているスキに、シャルロット達はそそくさと退散した。
 ジュンイチも気づけばいなくなっていたが、彼は元々行動を共にしていたワケではないので関係ない。気を取り直して残りのショッピングを済ませ、彼女達はIS学園に戻ってきた。

 ――が。

「こ、これは……何だ?」
「ん〜♪ カワイイ!
 ラウラ、すっごくよく似合うよっ!」
「うんうんっ、バッチリ!
 選んだ私達の目に狂いはなかったよっ!」
「本音が着てたのを思い出して薦めてみたけど、大正解だねっ!」
「えぇ、本当に……
 わたくしも、たまにはこんな可愛らしいものを着てみるもいいかも……今度改めて買いに行ってこようかしら……?」
 ……などと今日一日行動を共にしていた五人がワイワイキャッキャと話しているのは、シャルロットとラウラの居室である。
 夕飯が終わった後、今日の余韻からなんとなくこの部屋に集まってまったりしていたのだが、不意にシャルロットがラウラに今日買ってきたパジャマを着てみようと言い出したのだ。
「う〜っ、ラウラ、ホントにカワイイよ〜っ!」
「こ、こらっ、抱きつくな。
 う、動きにくいだろう……」
「ふっふ〜、ダ〜メ。猫っていうのは、ヒザの上でおとなしくしていないと」
「お、お前も猫だろうが……」
 『猫』という単語が出てきたのには理由がある。
「これは……本当にパジャマなのか?」
「うん、そうだよ。寝やすいでしょう?」
「ね、寝ていないのにわかるワケないだろう……」
 理由はシャルロットとラウラが着ている“パジャマ”にあった――というのも、一般的にはあまり見ないタイプのパジャマだったからだ。
 袋状になっている衣服にすっぽりと体を入れるタイプで、露出しているのは顔だけ。フードにはネコミミ――というかフード自体猫の頭をあしらったものであり、手先足先には肉球。
 要するに――猫の着ぐるみパジャマであった。ちなみにラウラが黒猫でシャルロットが白猫だ。
「や、やはり脱ぐ。寝る時は裸でいい。その方が楽だ」
「え〜、ダメだってば〜。こんなに似合ってるのに、脱ぐなんてもったいないよ」
 そう答えるシャルロットの笑顔はそれはもうゆるみきっている。そんな状態で、ずっとラウラを後ろから抱きしめ――否、捕獲してヒザの上に座らせている。よほど気に入ったらしい。
 清香や癒子も二人の格好を絶賛しているし、セシリアなどはラウラを抱きしめているシャルロットにうらやましそうな視線を向けている。微笑ましい光景だが、ラウラにしてみれば文字通りの孤立無援だ。
「ほら、ラウラ。せっかくだから『にゃーん』って言ってみて」
「こ、断るっ!
 な、なぜそんなことをしなければならないっ!?」
「えー、だってカワイイよ〜。
 『カワイイは正義』って言うし、カワイイのは何よりも大切なことなんだよ〜」
 今もぽわぽわと音が聞こえてきそうなほどに幸せそうなシャルロットは、ラウラの手に負える相手ではなかった。
 何しろ理屈が通じない――『カワイイからいい』『これを着ないなんてとんでもない』『残念ですがその提案は却下されました』と強引に押し切られ、気がつけばシャルロットのヒザの上から逃げられなくなっていた。
「ほらほら、言ってみようよ〜、『にゃ〜ん』って」
「………………」
 最後の希望を込めて、ラウラはセシリア達に視線を向けて――あきらめた。
 だって、三人ともすっごく期待のこもった眼差しだったから。
「……にゃ、にゃ〜ん……」
『きゃぁぁぁぁぁっ♪』
 照れくさそうに猫の手振りまでつける黒猫ラウラに、一同の幸せのパーセンテージは急上昇。おそらくメンバー入れ替えのシンメトリカルドッキングも易々とこなせそうな数値に至っているであろうことは想像に難くない。
「ラウラ、すっごくカワイイよっ!」
「あぁ、もうっ! シャルロットさん、この子お持ち帰りしてもいいですかっ!?」
「ダ〜メ。この黒猫さんはウチの子だもんねー♪」
「ね、ねね、ラウラ、写真撮っていい?」
「き、記録を残すだと!?
 断固拒否するっ! 全力で見逃せっ!」
「そんなこと言わずにさぁ!」
「谷本さん、その写真はいただけますの!?」
「もらうとかあげるとかじゃなくて、セシリアも撮ればいいじゃない」
「そ、そうですわね! ではわたくしもっ!」
「や、やめろ〜っ!」
 と、室内のカオスっぷりがピークに達するかと思われた、その時――コンコンッ、とドアがノックされた。
「はーい、どうぞ〜」
 女子寮特有のフランクなノリで答えたシャルロットだったが、次の瞬間、ラウラを愛でて幸せいっぱいだったその笑顔がぼんっ!と真っ赤になった。
「あー、やっぱりここにそろってたか……って、なんか猫が二匹もいるな」
『鷲悟(さん)!?』
『柾木くん!?』
 そう。やってきたのは鷲悟だった。
「し、鷲悟さん、帰ってらしたのね」
「おぅ、ついさっきな。
 メダルのついでに秋葉原めぐりしてたらすっかり遅くなっちまった」
 いきなりの登場に動揺するセシリアに答え、鷲悟は軽く肩をすくめてみせる。
「で、帰ってきたらセシリアいないだろう?
 探してたら、布仏さんから今日一日お前ら五人で出かけてたって聞いたからさ、様子を見に来たんだよ」
「そ、そうか。
 うむ、嫁として殊勝な心がけだな。ほめてやろう」
 腕組みして鷲悟に答えるラウラだが、そこにいつもの覇気はまったく見られない。
 何しろネコミミ・肉球の黒猫コスプレパジャマである。その上恥じらい全開で真っ赤になってフリーズしているシャルロットに抱きかかえられたままでは、凄みなど望めるはずもない。むしろ可愛らしさ無限大といった勢いだ。
「ねね、柾木くん、二人のパジャマ、どうかな?」
「カワイイでしょ? カワイイよね?」
「んー、カワイイと言えば、カワイイけど……」
 だが、それを見た鷲悟の、清香や癒子に対する答えは微妙なものだった。
「け、『けど』……何?」
 何かマイナス要因でもあるのか――思わず恐る恐る尋ねるシャルロットだったが、対する鷲悟はあっさりと答えた。
「二人とも元からカワイイ分、猫パジャマによる増幅効果はそれほど見込めてないなー、と」
『か、カワイイ……』
 サラッと素の自分達をほめられ、シャルロットとラウラがピッタリと重なったつぶやきをもらす。
「それにさー、二人だけコレってどうなんだよ?
 どうせなら五人全員買って着る、くらいはやってみろよ。セシリア達だって絶対似合うぜ、コレ」
『に、似合……』
 さらに鷲悟はセシリア達にも爆弾投下。セシリアのみならず、清香や癒子も思わず頬を赤らめるが――
「あー、そうそう。
 それはそうと、おみやげがあるんだ……ほら」
 そんな彼女達のリアクションなどまったく気にしない鷲悟が見せた“それ”を見て、五人はぴしり、と固まった。
 なぜなら――鷲悟の差し出したクッキーの包みには、ものすごく見覚えのある@マークが大きく描かれていたのだから。
(も、も、も……もしかして、鷲悟に見られた!? ボクがまた女の子らしくないカッコしてたところを!?)
(ま、ままま、まさか見られたのか!? あんなフリフリの服を着ていたところを!?)
(だ、大丈夫ですわよね!? そんなにおかしな格好ではなかったんですし、笑われる、なんてことは……)
 もはや鷲悟の言葉など上の空。シャルロット、ラウラ、セシリアの三人は今日のアルバイトのことを思い出して冷や汗をダラダラと流しているが、
「……で、帰りに駅前の@クルーズって店に行ったら、なんか警察とかマスコミとかがウジャウジャいてさ。
 しかも、なんか事件解決の立役者と間違えられてさ……話聞いてみたら、ジュンイチのヤツが乗り込んできた強盗相手に大暴れしたみたいなんだ。
 まったく、あの愚弟はどこで何やってるんだか」
『あ、あはははは……』
 どうやら、ジュンイチの印象が強すぎて、自分達についてはそれほど覚えられてはいないらしい――そう安堵する五人だったが、次の瞬間、甘い考えだったと思い知らされることになる。
「しかも、美少女メイド四人と美少年執事の五人組が一緒になって大暴れしたっていうし。
 本気で何やってんだ、アイツ」
『………………』
 しっかり憶えられていた上に目の前の男に伝わっていた。しれっとつぶやく鷲悟の言葉に、五人は苦笑を浮かべるしかない。
「けど……ジュンイチと一緒に暴れられた、ってことは、そいつらもそれなりの使い手、ってことなんだよなー。
 どんなヤツらだったのか、見てみたかった気もするけどな」
 しかし、今度は鷲悟の言葉にぴくりと反応する。シャルロットとラウラに至っては、心なしかパジャマのネコミミがピンと立ったような気さえする。
(で、でも、わたくしが使用人の姿、というのは……)
(うー、でもせっかくなら、ボクもメイド服の方がよかったよ……)
(しかし、今さら実は私達だというのも気が引ける……)
 鷲悟に想いを寄せる三人はそんなことを考えるが、結局言うタイミングを逃してしまう。
「ま、とりあえずお茶でも淹れるか。クッキー食べようぜ」
「あ、いいよ! ボクが用意するから!」
「その手でか?」
 あわてて声を上げるシャルロットに鷲悟が答える――思えば、肉球手袋を着けたままだ。
「ココアクッキーだし、子猫が二匹もいることだし……ホットミルクでいいか。
 セシリア達もそれでいいだろ?」
『こ、子猫……』
 鷲悟の言葉に、シャルロットとラウラが赤くなってうつむく――なんとなくうらやましくて、セシリアは思い切って鷲悟に尋ねた。
「あ、あの……鷲悟さん。
 わ、わたくしも……似合うと思いますか? アレ……」
「さっきも言ったろ?
 お前らだって、絶対似合うって、きっとな」
「そ、そう……ですの?
 じゃあ、今度わたくしも買ってくることにいたしますわ」
「ん。そっか」
 笑顔のセシリアが答え、鷲悟は出来上がったホットミルクとココアクッキーを持ってくる。
 そして――



 子猫が二匹、お姫様が三人、王子様がひとりの不思議なお茶会が幕を上げた。





夢現ゆめうつつ
  魅惑のお茶会
    いらっしゃいませ


次回予告

あずさ 「やっほーっ! あずさだよっ!
 夏休みに入っても専用機作りに夢中な簪ちゃん。
 気合が入ってるのはいいけれど、正直ちょっぴり心配です」
「大丈夫。私なら……
 だから心配しないで」
あずさ 「そういうワケにはいかないよ!
 そんなワケで、箒ちゃん! 今度簪ちゃん連れてくから!」
「ちょっと待て!
 どうして私がそこで出てくるんだ!?」
あずさ 「次回、IB〈インフィニット・ブレイカー〉!
   『そうだ、お祭りに行こう! あずさと簪の思い出作り』
   
「私には、こんなことをしてるヒマは……」

 

(初版:2011/10/18)