「……みなさん、急な呼び出しに応じてくださって、ありがとうございます」
 セシリアにシャルロット、ラウラ、鈴、さらには“トリオ・ザ・のほほん”まで――照明が落とされ、ろうそくの灯りだけがその場を照らし出す中、あずさを傍らに控えさせた鷲悟は珍しく神妙な口調でそう切り出した。
「残念ながら、一夏と篠ノ之さんは捕まりませんでした……あぁ、鈴、別に二人で出かけたとか、そういうんじゃないから。二人とも完全に別件で出てるから、安心して席に戻るように。
 そんなワケで、このメンバーで緊急会議を始めたいと思います」
「緊急会議とは穏やかではありませんね。
 何か深刻な問題でも?」
「深刻……まぁ、深刻と言えば深刻だな」
 聞き返すセシリアに、鷲悟は口調を元に戻してそう答えた。
「話っていうのは……簪さんのことなんだけど」
「かんちゃんの?」
 声を上げたのは本音だ。さほど接点の見えない彼女が簪をあだ名で呼んでいるのは気になったが、とりあえず話を進める。
「オレやあずさが、彼女の専用機作りに対していろいろと便宜を図っていたことは、みんなも知っての通りだ」
「うん、そうだね。
 鷲悟は倉持技研に支援をお願いしたり……」
「あずさは、陣中見舞いにオ○メダルをプレゼントしてたわね」
 シャルロットも鈴も、その時のことを思い出しながら同意する。
「まぁ、その甲斐あって、今の簪さんは、やる気、環境共に充実した状態にあると言ってもいい。
 ……けど、だ。そこで新たな問題が発生した」
『問題……?』
「あぁ」
 鷲悟がうなずき、一同の間に緊張が走る。
 一瞬にも、永遠にも思える沈黙の末、鷲悟は口を開き――







「…………簪さん、作業室に引きこもっちゃった。どうしよう?」

『知らんがな』







 全員が、声をそろえてツッコんだ。

 

 


 

第31話

そうだ、お祭りに行こう!
あずさと簪の思い出作り

 


 

 

「あー、緊張して損した」
「何かと思えばそんなこと?」
「そ、『そんなこと』って何だよっ!?
 けっこうヤバイだろ、これっ!」
 一気に緊張感が霧散した。気が抜けて机に突っ伏す清香と癒子に、鷲悟は声を荒らげる。
「今までだって割と独走気味だったのがさらに悪化したんだぞっ!
 このままだとホントに身体壊すまで作業に没頭しかねないんだぜ! 深刻な問題だろ!」
「いや、そういう問題じゃなくてね……」
 鷲悟の言葉に、鈴は軽くため息をついて、
「シチュエーションと話の重さがかみ合ってないのよ。
 何部屋まで暗くして雰囲気出しちゃってんのよ?」
「ん? あぁ、これはオレ達がやったってワケじゃなくて……」
 鷲悟が鈴に答えかけた、その時――部屋の奥から声が聞こえてきた。
「あずさちゃ〜ん、写真の現像終わったから、暗幕開けていいよ〜」
「あ、はーい。
 黛先輩も大変だねー。暗室使えないからここに道具持ち込んで現像だなんて」
「しょうがないよ。向こうはほとんど写真部に使われて、空いてる時なんてほとんどないし。
 かと言って、デジカメじゃまだまだ写真の“味”に限界あるしね〜」
「……とまぁ、そういうこと」
 背後の会話に鷲悟が付け加えると、暗幕があずさの手で開けられ、外の光が差し込んでくる――そう。ここは部活棟の一角、新聞部の部室であった。
「……で、話を戻すぞ。
 オレもあずさも、簪さんの専用機作りが少しでも楽になればと思って力を貸したワケだけど……正直、“楽になった分”をさらに専用機作りにブッ込むとは誤算だった」
「このままだと、さっきの鷲悟お兄ちゃんのセリフじゃないけど、本気で身体壊しちゃうよ。
 みんな、何かいいアイデアないかな?」
「何か、と言われましても……」
 改めて相談する鷲悟とあずさの言葉に、セシリアは思わず考え込む。
「事この問題に関して、『やめろ』って言って聞く子じゃないしねぇ……」
「となると、多少力ずくになってしまうのはやむを得ないか」
「まぁ、どうしてもそうなっちゃうね……
 かと言って、専用機作りをやめさせる、っていうのはナシだから……」
「やっぱり、『ムリヤリにでも外に連れ出して気晴らしさせる』ってところかな?」
 シャルロットやラウラ、清香に癒子も話し合い、ある程度は基本の方針が固まってくるが――
「……で、どう“気晴らし”させてあげるつもりよ?」
 そんな一同に鈴が尋ねた。
「中途半端なトコ連れていったって、絶対打鉄弐式のことが気になって気晴らしにならないわよ?
 それこそ、お祭り騒ぎでパーッと遊び回るくらいじゃないと」
「……『お祭り』?」
 その鈴の言葉に反応した者がいた。
「そうだよ、お祭りだよっ!
 目の付け所が違うねっ! さすが鈴ちゃん、愛してる〜っ♪」
「あ、愛っ!?」
「え、何ナニ?
 あずさちゃんと凰さんとで熱愛発覚!?」
「黛先輩はいらんところで食いついてこないでっ!
 それで、あずさ、アンタは一体何が言いたいのよっ!?」
「だから、お祭りだよ、お祭りっ!」
 聞き返す鈴に、あずさは興奮気味にそう答えた。
「鷲悟お兄ちゃん、言ったよね? 『箒ちゃんも捕まらなかった』って。
 その“捕まらなかった理由”っていうのがね……」



(……何も変わっていないな、ここは……)
 その頃、篠ノ之箒はとある神社にいた。
 篠ノ之神社。箒が転校する前の家であり、生家でもある。
(本当に、変わっていない)
 板張りの剣術道場は、本当に今でも昔のままだった。聞くところによると、師範であった父がここを離れた後も、定年退職した警察官の知人が善意で剣道教室を開いてくれているそうだ。
(……ふむ、けっこうな人数がいるようだな。
 昔は、私と千冬さん、それに一夏だけだったが)
 壁の木製名札を見ながら、少しだけ昔の思い出を頭の中でリプレイする。

『今日はオレが勝つっ!』
『ふんっ』
『だぁぁぁぁぁっ!』
 べしっ。どたんっ。
『あ、明日はオレが勝つっ!』
『ふんっ、その“明日”とやらはいつ来るのだろうな』

 ………………
(いや、待て。私はそこまで愛想の悪い子供だったか?
 というか、剣術以外の思い出はないのか? もう少し、こう、いい思い出とか……)

『いくぞ、千冬姉っ!』
『フッ、お前が私に勝てるとでも?
 今のお前達では、まだまだ私には及ばんさ。何なら二人がかりでもかまわないぞ』
『言ってくれるな!
 いくぞ、箒!』
『あ、あぁ!』
 べしっ。びしっ。びしばしっ。ぐしゃっ。ぎりぎりっ。みしみしっ。ごきんっ。
『あ、あがが……』
『ま、参りました……』
『フッ、精進しろよ、ひよっこども』

 ………………
(あ、あれ……?
 いや、だから、剣術以外の思い出はないのかと……)
 というか、明らかに竹刀の打ち合いで響いてはいけない音が響いていた点にこそツッコむべきなのだろうが――箒はそこをスルーした。というか、思い出すのが怖すぎる。
「箒ちゃん、ここにいたの」
「は、はいっ!?」
 急に声をかけられ、トラウマに片足突っ込んでいた意識が戻ってくる――驚いて振り向くと、そこには自分もよく知る親戚の姿があった。
「懐かしくて、つい……
 すみません、雪子叔母さん」
「あら、いいのよ。
 元々住んでいたところだもの。誰だって懐かしくて見て回るわよ」
 優しく微笑む姿はただのひとつも裏はなく、純粋に箒の帰省を楽しんでいるふうだった。
「それにしてもよかったの? 夏祭りのお手伝いなんてして」
「め、迷惑でしょうか……?」
「そんなことないわよ。大歓迎だわ。
 でも、箒ちゃん? せっかくの夏祭りなんだから、誘いたい男の子のひとりもいるんじゃないの?」
「そ、そんなことは……」
 叔母の言葉に、箒の頭に浮かんできたのはもちろん一夏の姿だ。
 が、しかし――相手はあの一夏だ。仮に祭に誘ったところで、フレンドシップな誘いとしか受け取らず、平気で他の仲間達も連れてくるに違いない。
 ボッと赤くなり、しかしすぐに凹んでしまった箒の姿に、何かしらの理解と納得を得たらしい。雪子はまた小さく笑みをもらし、
「それじゃあ、せっかくだから厚意に甘えましょうか。
 4時から神楽舞だから、今の内にお風呂に入ってちょうだいね」
「はいっ」
 答えて、箒はその足で脱衣所へと向かう――少し早足なのは、一夏のことで一喜一憂する姿をこれ以上見られたくないからか。
(……本当に変わっていないな)
 脱衣所までの道中も、自分の中の記憶と寸分違わぬものだった。脱衣所に入り、箒は改めてかつての自分の家を懐かしむが、
(だが――)
 それは、同時にこの家を離れることになった理由も思い出させていた。
(あの人がISを作らなければ……)
 そうすれば、ここにいられたはずだ。
 ――そして、一夏のそばにいられたはずなのだ。
「………………」
 そう考えると、どうしても表情が険しくなってしまう。憮然としたまま、衣服を脱いでいく――と、その手が、ふと左手の“それ”に気づいて止まった。
 幅1センチ程度の赤い紐。交差するように巻かれ、両端にはそれぞれ金と銀の鈴が一対になっている。
 “あの人”がくれた自身の専用IS“紅椿”の待機状態だった。
(けれど、これをくれたのもあの人だ……)
 初めて言った自分のワガママに、姉は気前よく応じてくれた。
 あの時の、心から楽しそうな声を思い出す。それに……先日のウォーターワールドで会ったあの時のことも。
 結果はさんざん(自業自得)であったが、それでも、姉と組んでアトラクションに挑戦した――思えば、あの姉と一緒になって“遊んだ”のは、ひょっとしたらあれが初めてだったのではないだろうか。
 そう考えると、少しだけ恨みがましい気持ちも晴れてくる。
(私は……本当はどうしたらいいのだろうか……)
 許したいのか、それとも断じたいのか。
(……わからない……)
 どちらも本心のように思えるし、どちらも否定したいようにも思える。
 結果、箒のとった行動といえば――
(……とにかく、今は風呂に入ろう)
 結論の先送りであった。



「よし、これで準備万端ね」
 純白の衣と袴――神楽舞の装束に着替えた箒を見て雪子が言う。
 剣道着とは違う。神のために舞うことを目的とした衣装――それに加えて金の飾りを装った箒はいつもよりもぐっと大人びて見える。加えてそこが神社ということで神秘的な雰囲気も加わり、息を呑むような美しさがあった。
「口紅は自分で塗れる?」
「は、はい。昔もしていましたから」
「あ、そうよね。
 箒ちゃん、小さい頃からやってたものね、神楽舞。
 う〜ん、あの姿も可愛かったわぁ」
「む、昔の話は……」
 昔、母がしていたのを見て自分もマネしたくなり、ムリを言って小さい頃から神楽舞を舞っていたことを思い出す。
 実は今でも舞の練習はしているのだが――これに関しては絶対に一夏には知られたくなかった。
 というのも――
(昔も男子に冷やかされた――)
 なまじ普段の態度が凛々しいだけに、時折見せる“女の子としての姿”は、当時の悪ガキ達には格好のネタだったのだろう。
 結果――女らしいことをしている、というのは、箒にとって若干トラウマとなっていた。
 だからこそ、それをかばってくれた一夏に惹かれたりもしたのだが――それ故に、一夏にはそういった“女の子”としての自分を見せることに抵抗があった。
 もし、一夏に『女の子らしいことは似合わない』などと言われてしまったら、トラウマどころの騒ぎではない。
 最悪、みっともなく泣き出してしまうかもしれない――この祭りに一夏を誘わなかったのも、そんな心情から彼に神楽舞を見られたくなかった、という意味もあったからだ。
(どうせアイツのことだ。誘われもしないで自分から祭りに来る、などということはあるまい。
 面倒だ、とか言いながらゴロゴロしているに違いない)
 しかし、それはそれでなんだかおもしろくない。
(え、えぇい、とにかく一夏は来ない! だから私は精一杯舞を舞うだけだ!)
 内心の葛藤を振り払い、箒は気持ちを切り替えてその場に立ち上がった。



「ほ〜〜う〜きちゃん♪」
「ん……?」
 無事神楽舞を終え、今度は社務所を手伝おうと巫女装束に着替えて社務所に向かう途中、箒は聞き慣れた声に呼び止められた。
 一瞬姉の姿を思い浮かべるが、振り向いた先にいたのは――
「あずさ……?」
「うん、来ちゃった♪」
 つぶやく箒に、あずさは元気にうなずいてみせる。
「そうか。お前も来ていたのか」
「うん!
 簪ちゃんと一緒にね」
 言われて理解する――気まずそうにあずさの後ろに隠れているのが誰なのか。
 そしてその正体に気づいたからこそ、あずさの意図も理解する。
(なるほど、彼女の気晴らしか……)
 簪がここしばらく作業室にこもっていることは、あずさからさんざんにぐちられていた。何しろ同室なのだから。
「さっきの神楽舞、見たよ!
 箒ちゃん、すっごくキレイだった!」
「そ、そうか……?」
「そうだよ!
 ね、簪ちゃんもそう思うでしょ?」
「う、うん……」
 あずさに話を振られ、簪もあずさの後ろから出てきてうなずく。
 と――その時だった。
「ん…………?」
 あずさの耳が、こちらに向かってくる足音を捉えた。
「誰だろ……?」
 不思議に思い、あずさが振り向くと、足音の主は建物の向こうから姿を現し――
「よっ、ここにいたか」
「え…………?」
「おつかれ、箒」
 現れたのは一夏だった――呆然とする箒に対し、笑顔で手を挙げる。
(待て、待て待て。おかしい。おかしいぞ。
 どうして一夏がここに現れる!?)
 状況がわからず、呆然とする箒に対し、一夏は気にすることもなく歩いてきて、
「それにしても、すごいな。
 様になってて驚いた」
(『様になってて』――まさか!?)
 一夏の言葉に、神楽舞を見られていたことを悟る。
(こ、これが夢という可能性はないだろうか。あり得ないことが起きる時はたいてい夢だ)
「それに、なんていうか……キレイだった」
「――――っ!?」
 ボンッ、と一瞬で顔が真っ赤になる。あずさと簪が『ぅわ……』と苦笑するが、箒の赤面に一夏はまったく気づいていない。
(ゆ、夢だ。絶対に夢だ。あ、あの一夏がわ、わたしにこんなことを言うはずがない。
 そうだ、そうだとも、夢だ!)
「夢だ!」
「な、何?」
「これは夢だ! 夢に違いない。早く覚めろ!」
「まぁまぁ箒ちゃん、大きな声を出してどうしたの?……あら?」
 異変に気づいてやってきたのは雪子だった。箒に一夏、そしてあずさと簪を交互に見て、
「……あぁ」
 何かに納得して、ポンと手を打ち合わせた。
「箒ちゃん、後は私がやるから、夏祭りに行ってきなさいな」
「なっ!?
 ……くっ、さすがは夢だ。ありえないことばかりが起きる。ならば……」
 ぶつぶつとつぶやきを繰り返し、まだこれが夢だと思っている箒に対し――
「えいっ」
 べしっ。
「あいたっ!?」
 柔らかな物腰とは裏腹に、鋭いチョップが飛んできた。
「箒ちゃん、現実に戻ってきてね」
「は、はぁ……」
 叩かれた頭を押さえながら、どうにか現実に帰還する箒を、雪子はくるりと回れ右させて、
「ほらほら、急いで。
 まずはシャワーで汗を流してきてね。その間に叔母さん、浴衣を出しておくから」
「あ、あの、あの……」
「いいからいいから。
 そちらの可愛らしいお嬢さん達もどう?」
「え、いいんですか?
 簪ちゃん、行こう!」
「え? わ、私は……」
「いいからいいから」
 簪の背を押して、あずさは雪子の後に続く。なんとなくノリの似ている二人である。
 と、去り際に一夏へと振り向き、告げた。
「ちょっとだけ待っててね。女の子を待つのも男の子の役目よ」
「え? あ、はい……」
 ぽかんとしている一夏にウィンクを送り、雪子は箒やあずさと共に家の中へと消えていく。
 どうしたものかと少し困るが、とりあえず一夏は言われた通り待つことにした。



(あ、あ、ありえん!)
 ざぱ〜んっ、と3回目のお湯を頭からかぶりながら、箒は同じ言葉を頭の中でくり返していた。
(一夏が夏祭りに来た。それは可能性としてゼロではない。
 し、し、しかしだなぁっ!)
 さらに、4回目のお湯を頭からかぶる。
 ぐっしょりと濡れた黒髪からお湯がしたたり落ちるが、気にしていられない。
(あ、あ、あの一夏が、わ、わ、私に、『キレイだ』などと……)
「……あのさぁ、箒ちゃん」
 そんな箒に、声をかける者がいた。
「いい加減……我に返ってほしいんだけど」
「ハッ!?」
 思考があさっての方向にすっ飛んでいた箒を現実に引き戻したのは、簪と二人で湯船につかっているあずさだ――しかし、その髪は、まるで頭からお湯をぶっかけられたかのようにぐっしょりと濡れている。
 まぁ、箒がお湯をかぶろうと湯船からお湯をすくう度、とばっちりで思いきりぶっかけられていたのだから、ある意味当然なのだが。となりにいるのになぜか無事な簪がうらやましい。
「す、すまない、あずさ……」
 素直に頭を下げる箒だったが――それを見たあずさはなぜかさらに顔をしかめた。
「な、何だ……?」
「ん」
 その様子に心なしか不安を覚えた箒に、あずさは自らの意図を伝えるべく彼女の胸元を指さす――謝るために箒が自らの手を身体の前に寄せた結果、図らずも彼女のたわわな胸が強調される形になっている。
 対し、あずさは自分の胸を見る。

 すとーんっ。(←比喩的表現)

「………………」
「あ、あずさ……?」
「……フンだ」
 ぷいっとそっぽを向かれてしまった。
 とはいえ、箒もこの件についてヘソを曲げられても正直困る。「一夏の気を惹けるのならこれも……」とは思っているが、大きく育ったこと、それ自体に関しては、別に狙ったワケではないのだから。
「あー……簪?」
 とりあえず、あずさのとなりの簪に救いを求めてみるが――
「……フンだ」
 ぷいっとそっぽを向かれてしまった。



 なんとなく気まずい空気のまま風呂から上がり、ドライヤーで髪を乾かす。その間に「時間短縮」と言って浴衣の着付けをしてくる雪子に対し、三人は次々にされるがままになってしまう。
「うん、できた。
 やっぱり箒ちゃんって和服が似合うわ〜。お母さん譲りの髪のおかげかしらね」
「ど、どうも……」
 箒の着付けを終え、その着こなしを絶賛する雪子に対し、箒は自分の着ている浴衣に視線を落とす。
 浴衣を着るなど実に数年ぶりの話だが、雑誌のモデルと言われても違和感のない見事な着こなしだ。赤色というのも、箒のイメージによく似合う。
 そして――
「うん! 簪ちゃん、すっごく似合ってるよ!」
「そ、そうかな……?」
 桜の花びら模様の浴衣を着たあずさもまた、水色の浴衣を着た簪をほめちぎっている。
 彼女達もまた、それぞれによく似合う見事な着こなしだ。こうなってくると素材云々より、着付けている雪子の腕前のような気がしてくるのだが――
「それじゃ、これ持っていってね。
 お財布とか携帯電話とか、他にも必要なのいろいろ入れておいたから。
 はい、あずさちゃんと簪ちゃんも……用意するためにちょっとカバン漁らせてもらっちゃった。ごめんね?」
「あ、いえ……」
「ありがとうございます……」
 おそらく、お風呂に入っている間用意してくれたのだろう。巾着を受け取る箒の傍らで、あずさや簪にも色違いの巾着が差し出される。
「どういたしまして。
 それより、ほら、あんまり待たせるとさっきの子に嫌われちゃうわよ」
「い、いや、あの、アイツは……」
「はいはい、急いで急いで」
 箒が急かされ、玄関に向かう――途中、通りすがりに壁掛け時計で時間を確認すると、時刻はすでに6時を回っていた。
「8時から花火よ。三人とも、がんばってね!」
「いや、がんばるって何を!?」
「はーい、行ってらっしゃーい」
 あずさのツッコミもどこ吹く風。草履をはくなり外に放り出され、弁明しようと振り向いた時には、すでに玄関の扉はぴしゃりと閉じられた後だった。
「……な、なかなかにパワフルなご親戚で……」
「すまない、巻き込んでしまって……」
「あぁ、いいよいいよ。
 ホントはあたし達も浴衣で来たかったんだけど、持っていないからあきらめてたの。
 だから棚からボタモチ、大歓迎っ! ね、簪ちゃん!」
「う、うん……」
 などと言いながら一夏のもとへと向かう――何だかんだ言いながら、箒は一夏を待たせてしまったことが気がかりでしょうがなかった。
(ど、どうしよう……思ったよりも時間がかかってしまった。帰ってしまったりしていないだろうか。
 それにそもそも雪子叔母さんのカン違いなワケで……あぁ、何と説明すればいいんだ)
 などと箒が考えている間に、神社における待ち合わせの定番、鳥居のところまでやってくる。
 すでに祭りは始まっているようで、境内は人であふれ返っている。一夏はどこに――
「あ、いたいた。
 おーい、箒! あずさ! 簪さん!」
 いた。向こうの方が気づいて、手を振って声を上げる。
「あぁ、一夏、待たせたな」
「いや、別に退屈していたワケじゃないし」
 応える箒に、一夏は笑いながら答え――



「みんなも来たからな」

『いらっしゃ〜い♪』



 一夏に続き見事なノリのよさで出迎えた鷲悟以下いつもの面々の姿に、箒はいろんな意味でその場に崩れ落ちた。
「ちょっと待て!
 どうしてお前達まで現れる!?」
「あずさと簪さんが現れた時点で、祭りの件がオレ達にも知られていたと気づこうか」
 すぐに立ち直り、詰め寄ってくる箒に対して、鷲悟はため息まじりにそう答える。
「つっても、ホントは大勢でゾロゾロ行っても簪さんにはプレッシャーになるかも……と思って、あずさと二人だけで行かせたんだけど……」
 そして、鷲悟は“そちら”に視線を向け、
「そちらの西洋組が祭りそのものに興味を持って『行きたい』とか言い出してな」
『う……』
 そうか、お前達の仕業か……と視線で抗議する箒に対し、セシリア、シャルロット、ラウラの三人は気まずそうに視線をそらす。
 こうなってしまっては、一夏はみんなで回ろうとするに決まってる。半ば予想通りのその光景に箒はため息をつき――
「…………ん?」
 そのとなりで、あずさはふと気づいた。
 セシリア達西洋組、鈴、“トリオ・ザ・のほほん”――新規合流組の女性陣を一通り見回し、尋ねる。
「みんな……その浴衣どうしたの?」
 そう。女性陣はみんなそろって浴衣姿。自分達は浴衣がなくて私服で出てきたのに……
「あぁ、これですか?
 実は、あずささんを送り出した後、山田先生にお会いしまして」
「事情を話したら、『それなら』と貸してくれたんだよ」
「卒業生が日本を離れるにあたって残していった浴衣も、寮の管理者として保管していたらしくてな。私達に合うサイズのものも持っていた」
「っていうか、嬉々として着付けまでしてくれたわ」
 そう答えるのはセシリア、シャルロット、ラウラ、鈴の専用機持ち組だ。
「ねぇねぇ、おりむー、似合う? 似合う?」
「ん? あぁ、みんなすごく似合ってるぜ。
 山田先生、着付けとかもできたんだな」
 本音に聞かれ、一夏が苦笑まじりに答えるのを見て、箒はなんとなくおもしろくなくなってフンと鼻を鳴らす。
 それに気づいたのはあずさだ。すぐに彼女の不機嫌の理由に思い至り、一夏に声をかける。
「一夏くん一夏くん。
 それじゃあ箒ちゃんは?」
「もちろん似合ってるって。
 それに簪さんや、お前もな」
「フンッ、今さらとってつけたようにほめられてもうれしいものか」
 ますますヘソを曲げてそっぽを向いてしまった。ご機嫌取りは失敗かと思わず苦笑する。
「じゃあ、こんなところでダベっていてもしょうがないし、早く見て回ろうか」
 まぁ、これからの出店めぐりで一夏のフォローを期待しようと思い直し、あずさは改めて一同に提案した。



「わたがしに焼きもろこしに鈴カステラ……」
「さすが、けっこうにぎわってるだけあって、定番ネタは一通り押さえてるね」
 屋台の群れの中に繰り出すと、そこは本格的に始まった祭りのにぎわいの中――周りの屋台を見回し、一夏とあずさは感心してつぶやき、
「おっちゃーんっ! たこ焼きちょうだいっ!
 しょうゆにソースにロシアン、ひとつずつっ!」
「……さっそくあの人は買い食いに走ってますし」
「我々を無視して食べ物とは。“色気より食い気”は相変わらずか」
「というか……何か今、テイストの選択に物騒なものが混じってた気が……」
 真っ先に屋台に突撃する鷲悟の姿にセシリアやラウラ、シャルロットが口々につぶやく。
 もっとも、そう言う彼女達も始めての日本の祭りに興味津々。まるで幼い子供のように目を輝かせながら、それぞれに屋台を見て回る。
 と――
「あら? あれは……」
 セシリアの目にふと止まったのは、カキ氷の屋台だった。
「カキ氷……?
 アイスの一種ですの?」
「んー、どっちかって言うと氷菓子だね」
 けっこうメジャーな夏の風物詩なのだが、それを知らないとはさすが海外出身のお嬢様……そんなことを考えながら清香が答える。若干顔が赤いのは、鷲悟にもらったロシアンたこ焼きで激辛あたりを引き当てたからだ。
「屋台のおじさんの前に機械があるでしょ?
 あれに――」
「あの中に寒いヤツを閉じ込め、吊り天井でギリギリと圧力を加えつつ床に仕込まれた刃でその身を少しずつ少しずつ削り落としていく夏の風物詩……」
「夏の風物詩をスプラッタ表現するなっ!」
「三流芸人処刑マシーンかっ!」

 癒子と鈴が鷲悟を蹴り倒した。
「まぁ、百聞は一見にしかず、って言うし、食べてみたらどうだ?」
「うん、そうだね。
 すみませーん」
 一夏に言われて最初に動いたのはシャルロットだ。セシリアやラウラも後に続き、鈴や日本組も一緒に買い求める。
「えへへ、ボクイチゴ味〜♪」
「私はメロンだが……ふむ、悪くないな」
「このブルーハワイというのは、不思議な味わいですわね……」
「私レモン〜♪」
 上からシャルロット、ラウラ、セシリア、本音――皆それぞれに好きなシロップをかけてもらい、氷が解けてしまう前にと食べ始める。
「くぅ〜……っ!
 急いで食べると、頭の方に刺激が来ますね……」
「それはそうだよ、氷を一気にかき込むんだから……」
「フフンッ、セシリアちゃんもシャルロットちゃんも甘いね。
 カキ氷は、この『キ〜ンっ!』って感じがいいんだよ〜♪」
 あずさが自慢げに答え、一同があらかたカキ氷を食べ終わった頃だった。
「…………さて。
 そろそろみんな食べ終わったと思うので、ここでひとつ、重大な発表があります」
 不意に、鷲悟がそう口を開いた。
「篠ノ之さん。
 カキ氷、何味頼んだ?」
「ん? イチゴ味だが……」
「一夏は?」
「レモン」
「鈴は?」
「セシリアと同じブルーハワイだけど……?」
 そうして、鷲悟はそれぞれ何味を頼んだかを確認していき、
「初体験組はすごく真剣に選んでいたし、他のみんなも交えて食べさせ合いっこしてたけどさ……」



「実は、カキ氷のシロップって……全部同じ味って知ってた?」



『…………え?』
 鷲悟の言葉に、一同の目がテンになった。
「で、でも、イチゴ味とかレモン味とか、いろいろあるよ!?」
「食べさせ合いしてたけど、ぜんぶ違う味に思えたけど……」
 シャルロットや癒子が聞き返すと、鷲悟はセシリアと鈴を見て、
「そこのブルーハワイ頼んだ組。
 ブルーハワイが何味かわかった?」
「い、いえ……」
「まぁ、『ブルーハワイってこういう味なんだ』って納得してたけど……」
「当然だよ。
 “最初から、カキ氷のシロップの味しかしないんだから”」
 答えて、鷲悟はクスリと笑い、
「共感覚性ってヤツだよ。
 風鈴の音を聞いたら、気温が下がったワケでもないのに涼しくなったように感じるのと基本は一緒だ。
 シロップを赤色に着色して“イチゴ味”と銘打てば、脳はそれがイチゴ味だと思い込む。その結果、味わった際に味覚はイチゴの味をしてるとカン違いする……って寸法さ」
「な、なんか、聞きたくなかったムダ知識トリビアかも……」
「次から、何味食べても同じ味にしか思えないかも……」
「要するに、好きな色で選んでいい、ってことだよ」
 苦笑する癒子や清香に、鷲悟は答えて肩をすくめ、
「その点、セシリアは偶然とはいえ正解だよ。
 ブルー・ティアーズつながりでブルーハワイとは恐れ入る」
「そ、そうですか……?」
 鷲悟の言葉にセシリアが照れて――
「……オレンジ色、なかったし……」
「黒色もな……」
 シャルロットとラウラがすねていた。
「でも、カキ氷のシロップにはそういう秘密があったんだね〜」
「うん、甘く見てたかも……」
 一方、素直に感心するのは本音と簪だ。つぶやく言葉に一夏は一言。
「シロップだけにな」

 ………………
 …………
 ……

「……すまん、ちょっと削ってもらってくる」
『自らカキ氷器に頭を!?』

 先刻の鷲悟のボケが活きた。



 さて、続けて一行が足を止めたのは金魚すくいの屋台である。
「……? あれは……」
「あぁ、金魚すくいだね。
 ポイっていう、紙とかモナカとかでできた、水に弱い専用の網を使って、ポイが破れないようにうまく金魚をすくう……っていうゲームなの。
 屋台を最初に見つけたのはシャルロットだった。金魚の水槽を見て首をかしげる彼女にはあずさが説明する。
「すくった金魚はもらえるから連れて帰って育ててもいいし……」
「そして数日もすれば興味をなくして育児放棄発生、と」
「だから、どうしてアンタはそう物騒な方向へアレンジして説明すんのよ!?」
 いらんことを付け加える鷲悟を、鈴が再び蹴り倒して――

「――あれ?
 一夏……さん?」

 不意に、そんな声が聞こえてきた。
『………………?』
 一同が振り向くと、そこにいたのは浴衣姿の、赤い髪を結い上げた少女だった。
 鷲悟達の知らない顔だ。自然と、名前を呼ばれた一夏に視線が集まり――
「…………蘭?」
 そう声を上げたのは、一夏……ではなく、鈴だった。
「ぅわ、蘭じゃない! 久しぶりっ!」
「鈴さん! お久しぶりです!」
 対する少女の方も、鈴のことを知っているようだ。手を取り合う二人の姿に、鷲悟はつぶやいた。
「……誰さん?」





夏祭り
  突如現る
    ニューカマー


次回予告

一夏 「おぅ、一夏だ。
 まさか、こんなところで蘭にも会うなんてな」
「それで、あの、この人達は……」
「初めまして。
 一夏の幼なじみの篠ノ之箒だ」
「むっ……
 どうも。こちらこそ初めまして
鷲悟 「こ、怖い……」
一夏 「次回、IB〈インフィニット・ブレイカー〉!
   『夏祭り本番! 花火と射的と恋模様』
   
「一夏、私は……」

 

(初版:2011/10/25)