「えっと……一夏。
 誰? その子」
「ん? あぁ、オレと鈴の、中学時代の友達の妹だよ」
 みんなで夏祭りの会場を見て回っていたところ、突如現れたのは一夏や鈴を知っていると思しき見知らぬ少女――尋ねる鷲悟に、一夏は笑いながらそう答えた。
「初めまして、五反田蘭です」
「『五反田』……?
 確か、一夏の話してた友達の名前が……」
「そうそう。
 その、五反田だんの妹だよ……そういえば蘭。弾はヤツは来てるのか?」
「さ、さぁ……家で寝てるんじゃないですか?」
 鷲悟に答え、話を振ってくる一夏に対し、蘭はドギマギしながらそう答える。
「ふーん、そっか」
 ともあれ、相手の素性を知り、納得した鷲悟は蘭の前へと進み出て、
「柾木鷲悟だ。
 いろいろあってIS学園に厄介になっててね。その関係で一夏友達やってんだ。よろしくな」
「はい、こちらこそ」
 答えて、蘭は右手を差し出してきた鷲悟と握手を交わし――
「よっしゃーっ! またひとり友達増えたーっ!」
「え、えぇっ!?
 いきなりどうしたんですか!?」
「あー、蘭。そのさびしんぼについては、あまり深く考えないでいいから」
 鈴が実に的確なアドバイスを贈った。

 

 


 

第32話

夏祭り本番!
花火と射的と恋模様

 


 

 

「そうなんですか。
 みなさん、IS学園の……」
「あぁ。
 偶然一緒になって、見て回ってたんだ」
 一通り仲間を紹介され、納得する蘭に対し、一夏はそうしめくくる。
 なお、今まで言及こそしていなかったが、蘭もまた他の女性陣と同じく浴衣姿だった。赤い髪も後ろにていねいに結い上げている。一夏の印象としてはストレートに流して前髪をヘアバンドで留めているのが定番だったのだが――
「へぇ、蘭の浴衣姿って初めて見たな。
 洋服の印象しかなかったけど、和服もなかなか似合うじゃないか」
「そ、そうっ、ですか? ありがとうございます……」
 一夏にほめられ、顔を赤くした蘭がうつむく――その態度に、彼女が一夏に対して抱いている想いに気づいた箒が眉間にシワを寄せる。ちなみに鈴はすでに知っていたのか「やれやれ」と肩をすくめてみせる。
 と――
「あー、会長が照れてるー。めずらしー」
「そっかぁ。他校の男子はもちろん同校の女子にもなびかない理由はこれかぁ」
「会長、ふぁいとっ♪」
 上がった声に視線を向けると、蘭の少し後ろに控えていた、同じく浴衣姿の少女達の四人組が、蘭に向けてはやし立てている。
「あ、あっ、あなた達ねぇっ!」
「きゃー、会長が怒った〜」
「逆鱗触れた〜」
「こわ〜い」
 声を上げる蘭だったが、少女達はさらにはやし立てるばかり。どう見ても蘭の方が劣勢である。
「学校の友達?」
「え、えっと、その、生徒会のメンバーで……」
「あぁ、そういえば会長なんだっけな」
 蘭の言葉に以前そう教えてもらっていたことを思い出す一夏だったが、
「クラス代表なのにクラスひとつまとめられない一夏とは大違いだな」
「うるせぇ」
 鷲悟にツッコまれ、少し肩身の狭い一夏であった。
 そんな、鷲悟と話す一夏に熱い視線を向ける蘭を交互に見る蘭の友人達――彼女達もまた、蘭が一夏をどういうで見ているのか気づいていた。
 なので――
「今日は、秋の学園祭のアイデアを探しに来たんですよ」
「祭りを学ぶには祭りに行かないと! ってことで……」
「でも、もうそろそろ帰ろうかなーって思ってましたー」
「え? 何を勝手に決めて――」
 口々に言う友人達と戸惑う蘭。両者の構図でだいたいの思惑は知れた。蘭の恋路をネタに遊ぶ気マンマンの友人達の意図を察し、清香と癒子は顔を見合わせ、
「じゃあ、五反田さんも私達と一緒に回る?」
「え!?」
「あぁ、それいいね。
 祭りはやっぱりみんなで回った方がおもしろいし」
「いや、ちょっと待ってくださいっ!」
 思わず声を上げる蘭であったが、清香や癒子は蘭の死角で彼女の友人達と「後は任せなさい」「お願いします」とサムズアップを交わしていたりする。会ったばかりなのに見事な連携である。
「じゃー、会長」
「私達は帰りますんで」
「アデュー!」
「え、あ、こら、待ちなさ――」
 あわてて蘭が呼び止めようとするが、友人達は思い思いの方向へ、人ごみに紛れて消えてしまった。
「す、すみません。お騒がせして……
 あの子達も、悪気があったワケじゃ……」
「あぁ、いいよ、気にしなくて」
 恥ずかしさから顔を真っ赤にする蘭に対して、一夏は苦笑まじりにそう答え、
「それで……どうする? 一緒に回るか?」
「わ、私は……」
 一夏に聞かれ、蘭は一夏に同行しているメンバーに視線を向けた。
 男の鷲悟はともかく、他のメンバーは誰も彼も美人ぞろいだ。正直気後れしてしまうが……蘭にはそれ以上に気になることがあった。
(ま、まさか、この人達みんな、一夏さんのことが……?)
 正確には一夏のことが好きなのは箒と鈴の二人だけなのだが、そんな人間関係を知らない蘭はどうしても不安になってしまう。
(この人達の中に入っていっても、私なんてきっとかすんじゃう……
 でも、この祭りでこの中の誰かと関係が進展したら、うぅ……)
 進むもかたく退くも不安。どうしたものかと蘭はしばし迷っていたが、
「……わかりました。
 私も、ぜひご一緒させてくださいっ!」
「お、おぅ……」
 結局、「負けてたまるか」という想いが勝ったようだ。力強く宣言する蘭に、一夏は思わず気圧される。
「……なぁ、セシリア」
 そんな二人のやり取りに苦笑するセシリアに耳打ちするのは鷲悟である。
「オレのカン違いかもしれないけど……あの子、一夏のこと好きなんじゃないのか?」
「でしょうね」
「あぁ、やっぱり?」
 セシリアの言葉に納得し、鷲悟はひとりうんうんとうなずいて――
「一夏も大変だな。篠ノ之さんに鈴ときて、今度はあの子か。
 女友達はいても好いてくれてる子のいないオレにはわからない苦労d爪先がカカトで思い切り踏み砕かれたかのような激痛がぁっ!?」
「もう、知りませんっ」
 セリフの途中で一撃をもらい、右足を抱えてもがく――そんな鷲悟を尻目に、セシリアは頬をふくらませてぷいっとそっぽを向くのだった。



 さて、蘭の登場によって話は少々脱線したものの、元々彼らは金魚すくいの屋台に気づいて足を止めたワケで。
 なので、興味津々の西洋組のために、東洋組が手本を見せてやることになったのだが――
「あー……鈴?」
「話しかけないでよ、集中してるんだからっ!
 ……あーっ!? また破れた!? おっちゃん、もう一回っ!」
 声をかける一夏をも一蹴する勢いで、鈴が金魚すくいに熱中してしまっている――かれこれもう10回は敗退しているはずなのだが……
「見てなさいよっ! 今度こそーっ! …………って、あーっ!?」
「……何だか……ゲームセンターのクレーンゲーム前でよく見かける光景が……」
「……まぁ、アレは悪い見本ってことで」
 そしてさらに黒星がひとつ――簪やあずさのコメントに、セシリア達は思わず苦笑するのだった。



「うぅっ、初挑戦のセシリア達にも負けるなんて……」
 再三に渡り挑戦を繰り返す鈴の傍らでセシリア達も金魚すくいに挑戦したのだが――初めてである彼女達ですら、鈴よりも多くの金魚をすくってみせた。おかげで鈴は大いに凹んでしまっている。
 もっとも……そんなセシリア達ですら一位ではなかった。一番多くの金魚をすくったのは……
「すごいねー、本音ちゃん!
 一個のポイであんなにすくった子なんて初めて見たよ!」
「あっはっは〜♪ もっとほめてくれたまえいっ!」
「うぅっ、この子にまで負けるとは……」
 そう。本音だ。あずさにはやし立てられ、胸を張るその姿に、鈴はますます凹んでしまう。
「気持ちばっかり先行しすぎなんだよ、お前はさ。
 落ちつかないまま勢い任せに突っ込んだって、うまくいくワケないだろ」
「って、一夏! それわかってたんなら教えなさいよ!」
 などと一夏と鈴が騒いでいる一方で、蘭は他の面々から一夏についての話をあれやこれやと聞き出されていた。
「へぇ、じゃあ、織斑くん、中学時代からモテてたんだ」
「で、蘭ちゃんも、そんな織斑くんに墜とされちゃったひとり、と……」
「え、えっと、その……」
 そうなると当然ネタになるのが一夏の中学時代のモテっぷり――清香と癒子にニヤニヤ笑いながら返され、蘭は顔を真っ赤にして沈黙してしまい、
「フンッ、一夏がそんなに女にだらしないヤツだったとはな」
「その一夏に真っ先に墜とされたお前が言ってもにゃぶっ!?」
 鷲悟が箒にしばかれた。
 対面した当初こそ緊張していた蘭であったが、金魚すくいやら何やらを通じてこのメンツの人間関係もだいたい把握し、こうしてコイバナができるくらいには一同の輪の中に溶け込んでいた。
 そんな感じでワイワイ祭りを楽しむ一行が次にやってきたのは……
「なるほど……置かれた景品をコルク銃で撃ち落とせば、その景品がもらえるんですのね」
「銃なら自分のものがある。借りる必要はない」
「いや、ラウラ、それだと景品も壊しちゃうから。それと、ホントに銃抜こうとしないで」
 射的屋である。セシリアのとなりで銃を抜こうとするラウラを、シャルロットがやんわりと制止する。
「とりあえずやってみる?
 おじさーん。ちょっと人数多いんだけど、大丈夫?」
「お、こりゃまた カワイコちゃんがそろってるね。
 よし、ちょっと待ってな」
 言って、おじさんが女性陣の人数分のコルク銃と弾を用意してくれる。なお、一夏と鷲悟は物理的に屋台の前からはみ出てしまったので、参加はあきらめて見学である。
 そして――ジャキンッ、と全員がコルク銃をかまえる。蘭を除く全員が全員、教科書の手本の写真に載っているようなキレイな射撃姿勢だ。
(あぁ……そっか。
 セシリア達は代表候補生だから言うに及ばずだし、布仏さん達もIS学園で千冬さんにしごかれてるからなぁ……)
 全員の見事なかまえ、その理由に思い至り――同時に鷲悟はこの後の展開も予想できた。おそらくこの後青ざめることになるであろうおっちゃんに対し心の中で十字を切り――



 女性陣による“大・景品一掃ショー”が幕を開けた。





「うん、大漁大量♪」
「おじさんには悪いことしたけどね〜♪」
 金魚すくいで味わった屈辱はすっかり晴れたらしい。ホクホク顔の鈴に、本音もまたゲットしたパンダのぬいぐるみを抱きしめて表情を緩める。
「みなさん、すごいですね……」
「何言ってるのよ?
 蘭ちゃんだって一番高い商品ゲットしたじゃない」
「わ、私はまぐれですよ……」
「いや、まぐれで取れる景品じゃないから、それ……」
 癒子に答える蘭に清香がツッコむ――まぁ、確かに射的で当てた液晶テレビなんて持ってる子にうらやまれても、優越感になど浸れるはずもない。
「撃つ姿勢も様になってましたし、自信持っていいですわよ。
 えぇ、蘭さん、本当にお上手でしたわ」
「そ、そうですか……?」
 本職のガンナーであるセシリアにもほめられて、蘭はすっかり照れてうつむいてしまう。
「わ、私、射撃とかけっこう苦手意識あったんですけど……先輩にそう言ってもらえると自信になります! ありがとうございます!」
「う、うん、喜んでくれてよかったよ……」
 元気になった蘭の言葉に、シャルロットは思わず苦笑して……その傍らの簪はふと気づいた。
「……『先輩』……?」
『え…………?』
「あぁ、そういえば言ってませんでしたね」
 簪の指摘に鷲悟達もまた気づく――そんな一同に、蘭は今思い出したかのようにつぶやくと、改めて告げる。
「私、来年IS学園を受験するんです。
 入学適性検査もAで、問題なく入学できるだろうと」
「へぇ、そうなんだ。
 じゃあ、来年から本当に先輩後輩なんだね」
 蘭の言葉に、あずさは笑いながら彼女へと手を差し出し、
「ひとつ年下の一年先輩になっちゃうけど、よろしくね」
「はい、こちらこそ」
 応えて、蘭はあずさと握手を交わし――
「……ひとつ、いいかな?」
 そう口を開いたのは簪だった。
「五反田さんは……どうしてIS学園に入りたいの?」
「え…………?」
「IS操縦者になりたいの? なった後にやりたいことがあるの?
 それとも……」
 言って、一夏を見る簪の視線に気づき、蘭は彼女が真に問いたいことに気づいた。
 彼女はこう問いかけているのだ――『単に一夏がいるから入りたいだけではないのか』と。
「簪、さん……?」
「織斑くんは、ISを使えるというだけでムリヤリIS学園に入らされた」
 そんな彼女達の言外のやり取りを読み取れず、首をかしげる鷲悟だったが、そんな彼にかまわず簪は蘭に向けて続ける。
「篠ノ之さんは篠ノ之博士の妹だから、重要人物保護プログラムの一環として。
 私は、家が政府とつながりのあった、その関係で……理由はそれぞれ違うけど、私達に選択の余地はなかった。
 けど……五反田さんにはその選択の余地がある。私達が選べなかったせいかもしれないけど……その選択の権利を、大事にしてほしい」
「……わ、私は……」
「あたしも、簪に賛成ね」
 答えようとする蘭だったが、それよりも早く鈴が口を開いた。
「蘭がIS学園に入りたい理由……それはIS学園に入学しなきゃ果たせないこと? 他にどんなリスクを背負っても貫きたい理由なの?
 もし軽く考えてるのなら、あたしは反対よ。他の子がどう思ってるかは知らないけど……少なくともあたしは、ISをファッション感覚で考えているような子には入ってきてほしくない」
「……どうしてですか?」
「ISが何なのかをわかってるからよ」
 聞き返す蘭に、鈴は迷わずそう答えた。
「蘭、アンタ……」



「ISが“兵器”だってこと、忘れてない?」



 鈴の指摘に、蘭は思わず息を呑む――そのリアクションだけで、鈴の今の問いに対する答えは容易にうかがい知れた。
「機密に触れるから詳しいことは話せないけど……ここにいるメンバーの中で、簪以外の子は全員ISでの実戦を経験して……本気で殺されかけた。
 ISを持つ、っていうことは……“そういうこと”よ」
「………………」
「誰が好き好んで友達に銃を握らせるもんですか。危険な戦場に放り込むもんですか。少なくともあたしはゴメンよ。
 もう関わっちゃったあたし達は、その責任をまっとうしなくちゃならない。けど……まだ関わらずにいることを選べるアンタには、もっとよく考えてほしい」
 鈴の言葉に、蘭はいよいよ黙り込み、うつむいてしまう。他の面々も口をはさめず、つい重苦しい空気になってしまい――
「……それでも」
 またしても、会話を先に進めたのは簪であった。
「それでもIS学園に入りたいのなら……入ればいい。
 その時は、私達がちゃんと鍛えてあげる……危ない目にあわないように。無事に帰ってこれるように。
 約束する……あなたが入学してくるまでには、それができるくらい強くなっておく」
「…………はいっ!」
 その簪の言葉に、蘭の顔に笑顔が戻り――
「よく言った、かんちゃんっ!」
 そんな簪に抱きついたのは大喜びの本音である。
「かんちゃんがそういうことの言える子になってくれて、私はとってもうれしいよ〜」
「ほ、本音……くすぐったいし、ちょっと、苦しい」
 本音に抱きつかれ、ほおずりされ、簪が少し困惑気味に告げる――そんな二人の姿に重い空気がかき消されていくのを感じながら、一夏はさらなる話題転換を狙って声をかけた。
「そ、そういえば……簪さんとのほほんさんってずいぶん仲がいいみたいだけど……ひょっとして、前々から知り合いだったのか?」
「え? う、うん、私は……」
「フフンッ、聞いておどろけ〜っ!
 実は私は、かんちゃんちの家の使用人を代々やってきた家系の出なのです。えっへんっ!」
 簪の言葉をさえぎって答えたのは本音だった。自慢げに胸を張り、告げる。
「使用人……つまり、布仏さんの家は、簪さんの家に代々仕えてきたんですの?」
「うん。そうだよ〜。
 私は、かんちゃん専属のメイドさんなんだよ〜」
 思わず聞き返すのは、つい先日メイドに扮したばかりのセシリアだ。不思議そうに尋ねる彼女に、本音は笑顔でうなずいて――
「……簪さん」
 口を開いたのは鷲悟だった。いきなり名を呼ばれてキョトンとしている簪の両肩をポンと叩き、
「苦労、してたんだな……っ!」
「え? え?」
「ちょっとちょっと〜、まさっち、それはいったいどういう意味かなぁ〜?」
 ワケもわからないまま同情の眼差しを向けられ、戸惑う簪の傍らで、彼の“言いたいこと”を察した本音は不満そうに口を尖らせた。



「ん〜、蘭ちゃん、遅いなぁ……」
「だよなー……
 弾のヤツが遅れてるのか……?」
 首をかしげるあずさに、一夏もまた同意する。
 ちょっとシリアスなやり取りがあったものの、その後もみんなで様々な屋台を回り、食べて遊んでと夏祭りを楽しんでいたのだが――やはりと言うべきか、蘭が射的で当てた液晶テレビは祭りの人ごみの中を持って歩くには大きすぎた。
 と、いうワケで、蘭は荷物を一夏の友人でもある兄、五反田弾に引き取らせることにした。電話で呼び出し、今は一同の輪を離れて境内を出たところの道路でその到着を待っている……はずである。
 「付き合っていただくのは申し訳ないですから」と他ならぬ蘭に言われてしまったので、一同は一休みも兼ねて神社の水飲み場で彼女の帰りを待っているのだが……どうにも帰りが遅い。
 探しに行こうかと一夏が腰を上げた時だった。一夏の携帯が震え、軽快な着メロを流し始める。
 着信表示を確認する――蘭からだ。
〈あ、あの……一夏さんですか?〉
「おぅ、どうした、蘭。迷子か?」
〈ちっ、違いますっ!〉
「はっはっはっ、冗談だって。
 誘拐されたんだろ? 身代金いくらよこせって?」
〈さらに冗談のタチ悪くなりましたよ!?〉
 一夏のボケに律儀にツッコむと、蘭はコホンと咳払いして話を仕切り直した。
〈それでですね……実は、おにぃに捕まってしまって……〉
「お、弾来たのか。
 じゃあ一緒に回ろうぜ。みんなも紹介したいし」
〈いえ、それが……一夏さんと一緒だと言ったら『どうしても私を連れて帰る』と言い出して聞かなくて……〉
 まったく、このバカ兄は……と付け加え、深いため息をつく蘭の言葉に、なるほど、電話の向こうが妙に騒がしいのはそれかと納得する。
 ついでに……ため息をつきながらもどこか楽しげな蘭の言葉に、やっぱり兄妹なんだな、と微笑ましいものを感じる。
〈そういうワケなんで、すみませんが私は失礼します〉
「そっか、わかった。
 じゃあ、気をつけてな」
〈あぁ、それから〉
 電話を切ろうとした一夏を、蘭が呼び止めた。
〈鈴さんと簪さんに伝えてもらえますか?
 『IS学園への進学について、二人から言われたこと、もう少し考えてみます』って……〉
「……あぁ、わかった。
 じゃあ、またな」
 言って、携帯の終話ボタンを押した一夏は鷲悟達へと向き直った。
「蘭、先に帰るってさ」
「え、そうなの?」
「何かあったのかな……?」
「あぁ、迎えに来た弾が、蘭を心配して連れて帰るって言い出したらしいんだ」
「まぁ、妹想いのお兄さんですのね」
 鷲悟やシャルロットに答える一夏の言葉にセシリアがつぶやくが、
(一夏に蘭へのフラグを立てられたくないんでしょうね……アイツもアイツでシスコン入ってるし)
 ただひとり、五反田兄妹の人となりを正確に知る鈴だけは事の真相に気がついていた。もちろん、鈴的にも弾が蘭を一夏から遠ざけてくれるのはありがたいので口にするつもりはない。
「じゃあ、そろそろ行こうぜ。
 花火がよく見える穴場スポットがあるんだ」
「へぇ、そうなんだ」
 そんな鈴の思惑になどカケラも気づかぬ一夏は、鷲悟と共に一同を先導して花火の見えるポイントへと移動することにして――
「あぁ、そうだ。
 鈴、簪さん」
「ん……?」
「何よ?」
 ふと思い出して、鈴と簪に声をかけた。反応する二人に先ほどの蘭からの伝言を伝えると、
「そ、そうなんだ……うん、よかった」
「フ、フンッ。これであきらめてくれればライバルが減るってもんよ」
 素直に喜ぶ簪のとなりで、顔を赤くしてそっぽを向く鈴の姿に、一夏は素直じゃないなぁ、などと考えながら肩をすくめた。



「へぇ、なるほど……
 確かにここはよく見えそうだ」
 一夏に案内されたのは、神社裏の林の中だった。やってきた“穴場”を見回し、鷲悟は感嘆の声を上げた。
 ここに来るまでは背の高い針葉樹林に頭上をさえぎられていたのだが、この一角だけがまるで天井を切り取られたかのようにパックリと開かれているのだ。
「すごいだろ?
 オレと箒と……それから千冬姉と束さんしかここは知らないんだぜ」
「へぇ、そうなんだ」
「まさに絶好の穴場ってワケね」
 今から花火が楽しみなようで、清香や癒子は一夏の言葉に納得しつつ、先ほどの鷲悟のように周囲を見回す。
「わたくし、日本の花火って初めてですの。楽しみですわ」
「セシリアも? 実はボクも……」
「私も、写真では織斑教官から見せてもらったことがあるが……やはり、実物は迫力も違うのだろうな」
「そりゃもう、ド迫力なんだからっ!
 みんなもきっと気に入るよ!」
 西洋組も花火の打ち上げを心待ちにしている。口々に期待感を口にする三人にあずさが笑いながら答えて――
「……問題は、ここからじゃ屋台が遠いってことか……腹へった……」
「いや、そりゃ屋台が近かったらみんなにここが知られちゃうでしょ……
 つか、相変わらずのブラックホール胃袋ね。あれだけ食べてまだ食べる気?」
 一方で一気にテンションのえた鷲悟の姿に、鈴は呆れながらもツッコミを入れる。
「あー、くそっ、始まるまでもちそうにないや。
 悪い、ちょっと屋台行って何か買ってくる」
 言って、鷲悟がクルリと振り向いて――ふと止まった。
 そのまましばし停止――どうしたのかと一同が首をかしげる中、一夏に声をかける。
「……なぁ、一夏」
「ん?」
「屋台の方には……どう抜けていけばいいんだっけ?」
「って、道わからなくなったのかよ?」
「ンなこと言っても、ここまではお前に先導されるままついて来たんだぜ」
「ったく、しょうがないな。
 悪いな、みんな。鷲悟を案内してくるから」
「あ、ちょっと!?」
「い、一夏!?」
 鈴や箒が声を上げるが、一夏はそのまま鷲悟と合流し、林の中へと消えていった。
「まったく、鷲悟さんにも困ったものですわね」
 もうすぐ花火が始まるというのに、あの食いしん坊ときたら――思わずため息をつくセシリアだったが、
「うん……そうだね」
 そううなずいたのは簪だった。
「柾木くん、余計な気を回しすぎ……」
「余計な……気?」
 簪の言葉に本音が首をかしげると、
「あ、なんだ、簪ちゃんも気づいたんだ」
 一方で簪の言葉の意味に――いや、彼女と同じことに気づいていたあずさはどこか楽しそうにそう口を開いた。
「鷲悟お兄ちゃんが、いくら暗い林の中だからって、一度通ってきた道を覚えられないワケないじゃない。
 屋台に行きたいってところはホントの可能性を捨てきれないとしても……一夏さんに声をかけたのは、間違いなく一夏さんをここから連れ出すための口実だよ」
「『連れ出す』……?
 いったい何のために?」
「今簪ちゃんが言ったでしょう? 『余計な気を回しすぎ』って」
 首をかしげる鈴に、あずさは簪を見ながらそう答える。
「要するに、『女の子だけで気がねなく花火見物ができるように』ってこと。
 男の自分達がいたんじゃ、気を遣って花火をのんびり見られないんじゃないか。だから、この場を離れて、のびのびガールズトークでもしながら花火見物を楽しませてあげよう……ってね。
 まったく、セシリアちゃん達はまさに鷲悟お兄ちゃんと一緒に花火が見たかったっていうのに、相変わらずトンチンカンなことで」
「……聞けば聞くほど、自分に好意が向けられてるって自覚ないよね……」
「まぁ、それは織斑くんにも言えることだけどね」
 あずさの言葉に清香と癒子が苦笑すると、
「こうしてはいられない!
 鈴、一夏を連れ戻しに行くぞっ!」
「えぇ!
 鷲悟のヤツ、余計なことしてくれるわね!」
「わたくしも参りますわ!
 鷲悟さんを連れ戻してまいりませんと」
「うん、そうだね!
 まったく、鷲悟ってば、気にしなくてもいいのにっ!」
「やれやれ、手のかかる嫁だ」
 一方で収まらないのが箒に鈴、セシリアにシャルロットにラウラの“一・鷲ラヴァーズ”である。さっそく一夏と鷲悟を連れ戻しに行こうとするが、
「あー、やめといた方がいいよ」
 それをあずさが止めた。
「どうせ、一夏さんも今頃鷲悟お兄ちゃんにその辺の思惑聞かされてるだろうから。一夏さんのことだからあっさり賛同しちゃいそうだし、今追いかけも逃げられちゃうよ。二人を行かせちゃった時点であたし達の負け。
 それに……」
 言って、あずさは夜空を見上げて、
「もう……タイムアップだよ」
 ドーンッ!
 夜空に、独特の風情あふれる爆発音と共に大輪の花が咲く――花火大会の幕開けである。
「……キレイですわね……」
「う、うん……」
「期待以上の迫力だな……」
 これには“一・鷲ラヴァーズ”も追跡を忘れて思わず見入ってしまう――この花火は百連発で有名で、一度始まると一時間はぶっ通しで轟音と夜空の彩りの祭典が続く。これを放り出してバカ二人一夏と鷲悟を探す、そちらのほうがよほど野暮というものだ。
「……すごいですわね、日本の花火というものは」
「フンッ、入学直後にその日本を『後進国』とこき下ろしたのはどこの誰だったかな?」
「あ、あれは忘れてくださいまし……」
 感心したところにとなりの箒に返され、セシリアは思わず顔を赤くしてうつむいて――
「……なぁ、セシリア」
 不意に、箒はセシリアに対して言葉を続けた。
「私は、一夏と二人きりでこの花火大会を見られたら、それが何よりも幸せだったと思う」
「でしょうね」
「だが……お前達とこうして見上げるのも、これはこれで悪くない」
「……えぇ」
 箒に同意して、セシリアは夜空を彩る光と音の芸術を見上げた。
「来年も……一夏さんや鷲悟さんとの関係がどうなっていようと……またみんな一緒に見られたらいいですわね……」
「…………あぁ」
 セシリアの言葉に、箒は笑顔でうなずいてみせる。
「……簪ちゃん」
 その一方で、あずさもまた、簪に声をかけていた。
「あずさ……
 ……ありがとう。元気、いっぱいもらったよ。
 これでまた、明日からもがんばれる」
「……うん。
 明日から、また一緒にがんばろう」
 簪の言葉に、あずさも元気にうなずくと花火へと視線を戻した。
 誰もがそれ以上何も語らず、ただ夜空に輝く光の華をその目に焼きつけていた。

 かけがえのない、思い出の一ページとして――





夏の空
  想いと絆の
    花が咲く


次回予告

シャルロット 「シャルロットです。
 ジュンイチ、どうしたの?いきなりフランスに行くって……」
ジュンイチ 「まぁ、いろいろとやりたいことがね。
 シャンゼリゼ通りで茶ぁしばいて、本場のフランス料理を味わって……デュノア社に殴り込みかけて」
シャルロット 「ち、ちょっと待って!
 ボクの実家に殴り込み、って、本気なの!? しかもひとりで!?」
ジュンイチ 「本気に決まってるじゃねぇか。
 それにひとりでもねぇしな――だってお前も連れてくし」
シャルロット 「えぇぇぇぇぇっ!?」
鷲悟 「次回、IB〈インフィニット・ブレイカー〉!
   『ジュンイチ動く! ワナにかかった鷲悟達』
   
シャルロット 「いったい、どういうつもりなの、ジュンイチ!?」

 

(初版:2011/11/01)