「……ふわぁ〜ぁ……」
 その日、シャルロットの目覚めは実に爽快であった。
 ラウラとおそろい、色違いのネコミミパジャマ姿で身を起こし、他に人の目もないのをいいことに隠しもしないでアクビを一発。
「……〜〜〜〜っ、むぅ……!」
 となりのベッドの、やはりネコミミパジャマ姿のラウラは未だ夢の中。何やらまたうなされているようだが……
「……た、頼む。それだけは……やめてくれ、鷲悟〜……
 ……その大判焼きは楽しみに取っておいた最後のひとつなんだぁ……」
 いろんな意味で幸せそうな夢のようなので放置することにした。
 とりあえず、眠気覚ましに散歩でも……と、音を立てないように気をつけながら部屋のドアを開け――



「よっ」



 そこには、彼女のよく知った顔があった。
「しゅ――っ!?」
 思わず上げかけた声をとっさに制する――そして彼女は気づいた。
 つい先日間違えて、他ならぬ目の前の本人にツッコミをもらったばかりだ。動揺を抑え込みながら、改めて口を開く。
「……いろいろ言いたいことはあるけれど……まず、どうやってここまで来たのか聞いてもいいかな――ジュンイチ?」
「侵入して」
 ごく当たり前のように、当たり前であってはいけない答えが返ってきた。
「あぁ、侵入ルートなら後でレポートにまとめて千冬さんに渡しとくから安心しとけ。
 いくら何でも、ちょっと警備ザルいよー。兄と妹を預けてる身としては少し心配だよ」
 侵入した張本人には言われたくないセリフである。
「……じゃあ、次の質問。
 何しに来たの? 鷲悟やあずさに用なら部屋が違うよ」
「あー、ノンノン。
 二人に用があって来たワケじゃないから――この後ついて来る気なら止めるつもりはないけどね」
(……『この後』……?)
「じゃあ……誰に用があったの?」
「お前」
 あっさりとシャルロットを指さし、ジュンイチが答える。
「40秒で支度しな!
 さぁ……」



「フランスに帰るぞっ!」

 

 


 

第33話

ジュンイチ動く!
ワナにかかった鷲悟達

 


 

 

「…………ホンっトに、お前はいつもいきなりだな」
「あっはっはーっ、そんなにほめても手料理をごちそうしてやるくらいしかしてやれないぞ?」
「いや、ほめてないから」
「っていうか、ごちそうしてもらえるんだ……」
 笑いながら鷲悟に答えるジュンイチに清香と癒子がツッコむ。
 なお、現在地はフランスに向かう飛行機の中――そう。ジュンイチがいきなり言い出したシャルロットの帰国には、話を持ってきたジュンイチやシャルロットのみならず、鷲悟を始めいつもの面々が勢ぞろいしていた。
 というか、千冬からあっさり同行の許可が出たことに、むしろ一夏達の方が驚いたくらいだ。どうやらジュンイチが交渉して許可を取りつけたらしいが、一体何を話したのやら……
 そしてさらにツッコみたいのが……
「こんなプライベートジェット持ってるなんて、アンタ達どういう生活してんのよ……」
「『オレ達』じゃなくて『束』な。
 失踪前にどっかの国がゴマすり目的でプレゼントしてくれたんだとさ」
 呆れながらもツッコんで――それでいてちゃっかり備え付けの冷蔵庫にあったコーラを拝借している鈴に、ジュンイチは肩をすくめて苦笑する。
「けど……ジュンイチ。
 シャルロットをフランスに連れて帰るなんて……今度は何企んでるんだよ?」
「『企む』なんてとんでもないなぁ、一夏クン。
 ちゃんとお前らのためになることを企んでるっていうのに」
「自分で『企んでる』って言っちゃったよ、お兄ちゃん!?」
 一夏に答えたところであずさからツッコミが入るが、それでジュンイチが動じるはずもない。
「ま、安心しろ。
 本当にお前らの……特にシャルロットにとって最良の結果を目指して動いてることだけは、確かだからさ」
「ボクの……?」
「あぁ、そうさ。
 兄貴の友達のために、全力で一肌脱いであげようじゃないか」
 シャルロットに答え、ジュンイチは操縦席に向かう――目的地の空港が近い。着陸は自動操縦を解除し、手動で行なう必要があるためだ。
「というか……離陸の時にも思ったが、よく操縦できるな……経験があるのか?」
「イヤってほどにな」
 ISや“装重甲メタル・ブレスト”とは勝手が違うはずなのに――さすがにこれには感心する箒に対し、ジュンイチはあっさりと答えた。
「毎年一月、紛争地域でね♪」



 ――ォォォォォン……ッ。
「ふむ、着いたな」
 飛行機の動きが止まり、シートベルト着用を促すサインが消える――着陸の完了を確認したラウラのつぶやきに、一同がシートベルトを外す。
「あたし、フランスって初めてなんだ〜♪
 う〜、楽しみ♪」
「うん、私も……」
 ワクワクしているあずさに簪が答え、まずは一夏が扉を開けて外に出て――

 ――ジャキンッ。

『………………へ?』
 いきなり、外に集結していた武装した男達が銃を突きつけてきた。
「全員動くな!
 お前達を拘束する!」
「公然とデュノア社にテロ予告とはいい度胸だな、テロリスト!」
「はぁ!? ちょっと待ちなさいよ!
 テロリスト!? テロ予告!? どういうことなのか説明しなさいよ!」
 いきなり銃を向け、口々に告げる男達に鈴が憤慨して声を上げると、
「……待って」
 そのことに気づいた簪が口を開いた。
「柾木ジュンイチが……まだ出てきていない」
『――――――っ!?』
 そういえばそうだ。全員の視線がジュンイチがいるはずの操縦席へと集まり――

《Three! Two! One!》

「宇宙、キタ――ッ!」

 電子音声によるカウントダウンから威勢のいい掛け声――直後、操縦席のあるジェット機の機種部分は、真下からのロケット噴射によって、その区画だけを空高く打ち上げていた。
 いきなりのトンデモ展開にその場の全員が呆然とする中、ジェット機の機首部分は空の彼方に消えていき――

『――逃げたぁぁぁぁぁっ!?』

 そのことに気づいた全員の叫びが唱和した。
「か、彼は何を考えてますの!?
 雲行きが怪しくなるなり自分だけ逃げ出しましたわよ!?」
「っていうか、あの手際のよさ、まさかこの状況って彼の仕込み!?」
 思わず声を上げるセシリアのとなりで、癒子が彼の逃亡の意図に気づく――確かに、そうでなければ彼がここで逃げ出す理由がない。
 というか――もしこれが何者か、第三者の仕組んだものだとしたら、彼の性格上むしろ嬉々として男達の迎撃に向かいそうなくらいだ。
「見ろ! 誰かひとり逃げ出したぞ!」
「やはり何か後ろ暗いことが!?」
 一方、男達も男達で、突然のジュンイチの逃走に大あわて。一味だと思っている鷲悟達をこれ以上誰ひとりとして逃がすものかと警戒を強める。
「ま、待ってください!
 こっちの話も聞いてください!」
 と、そんな状況を鎮めに動いたのは、この国の代表候補生であるシャルロットである。
「ボクは代表候補生のシャルロッ――」
 パァンッ!
 その瞬間――シャルロットの言葉をさえぎって、乾いた破裂音が響いた。
 これは――
「銃声!?」
「ヤツらめ、撃ってきたか!?」
「ち、違っ、これは――」
 弁明しようと声を上げつつも、シャルロットは状況を把握しようとISを限定起動。ハイパーセンサーだけを立ち上げて音の発生源を調べる。
 結果はすぐに出た。
(ジェット機の機体底部外装に焦げ跡、真下に燃えカス……花火!?
 まさかこれもジュンイチの仕込み!? いつの間に!?)
 しかし、その意図まで推理しているヒマはない。今の花火の炸裂音で、男たちは完全にこちらが発砲したと思っている。
「抵抗する気か!?
 総員、撃ち方用意――てぇっ!」
『ぅわぁぁぁぁぁっ!?』
 その結果が、こちらを完全にテロリストと認定しての銃撃――あわてて、鷲悟達はジェット機の中へと逃げ込む。
「くっ、こうなったらISで……」
「だ、ダメだよ! 誤解なんだから!」
 うめき、ISを展開しようとするラウラをあわててあずさが止めるが、
「……議論しているヒマは、なさそうだぞ……」
 青ざめた箒が見ているのは、ジェット機の客室のメインモニター。そこに表示されたメッセージを、電子音声が読み上げる。

《本機は攻撃を受けています。
 機密保持のため、本機は今すぐ自爆します》


『ちょっと待てぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!』

 全員のツッコミの声が唱和して――



 ジェット機は、大爆発と共に四散した。





「…………む?」
 傍らの端末にメッセージが表示されたのを見て、千冬は処理していた書類から顔を上げた。
 時計で時間を確認して――つぶやく。
「始まったようだな……茶番劇が」
 その端末には、一夏達がISを起動した旨が表示されていた。



「み、みんな……大丈夫か……?」
「あ、あぁ……なんとかな」
「全員無事のようだな……」
 とっさにISを展開して爆発をやり過ごし、尋ねる一夏に鷲悟や箒が答える。
 その一夏の腕の中には、専用機が未完成の簪が抱きかかえられている。清香や癒子、そして本音も、それぞれセシリア、シャルロット、あずさに抱えられて無事である。
「ったく、何なのよ、もう……
 攻撃受けたら即自爆って……せめて時間の猶予くらい作っておきなさいってよ」
「いや、それ以前に自爆システムがついてることの方にまずツッコもうか」
 もう少しで自分達もこっぱみじんに吹き飛んでいたところだ。毒づく鈴にもっと気にするところがあるだろうと清香がツッコみ――
「それに、状況はむしろ悪化したと言えるだろうな」
 言って、ラウラは眼下の男達を見下ろした。
「なっ!? アイツら……!?」
「ISだと!? どこかの国の工作兵か!?」
「くっ、後退しろ!
 それから応援要請だ! ISは我々の手に負えんっ!」
 当然と言うべきか、男達は一同のISや“装重甲メタル・ブレスト”を見て大あわて。ジェット機の爆発も重なり、さらにパニックをあおる結果になってしまったようだ。
「で、でも、誤解なんだし、ちゃんと説明すればわかってくれるんじゃ……」
「説明するまで、撃たずにいてくれれば……な」
 あくまで説得を主張するシャルロットに異を唱えるのは鷲悟だ。
「もうすでに一度撃っちゃってるからな。二度目の引き金は軽いぜ〜」
「それに、あの人達応援を呼んだっぽいしね。
 あたし達のISを見て出した応援要請だもの……たぶん、ISが来るよ」
「軍が出てくるってこと!?」
「もう弁解の余地ないじゃない!
 いったいどうしろってのよ!?」
 さらにあずさもまたさらなる危機の到来を予見。焦りの声を上げる清香と癒子だったが――



「逃げよう」



 あっさりと一夏が言い切った。
「に、『逃げよう』って……このわたくしに、相手に背を向けろとおっしゃいますの!?」
「って言っても、このままここにいたって状況よくならないだろう?」
 反論するセシリアにも、一夏は迷うことなくそう答える。
「鷲悟やあずさの言う通り、向こうはもう完全な戦闘態勢だ。このままここで説得しようとしても、問答無用で撃たれるだけだ。
 かと言って、抵抗するのももちろんアウト……となれば、ひとまず逃げて、向こうの頭が冷えるのを待つのが一番だと思う。
 それに、逃げている間に千冬姉に連絡も取れる――千冬姉が間に入ってくれれば、なんとかなるかもしれない」
「他力本願な気もするし、セシリア同様背を向けるのはしゃくだが……まぁ、仕方ないか」
 一夏の言葉に箒が納得したのが決め手になったようだ。それ以上反対の声は上がらない。
「そんじゃ、逃げることで決定、ということで」
 言って、鷲悟はバスターシールドの裏に収納されていたそれを取り出し、
「IS着けてない子――目と耳ふさげ!」
 眼下の男達に向けて放り投げる――数秒後、強烈な炸裂音と共に周囲一体が光に包まれる。
 特製のスタングレネードだ。男達の視覚と聴覚を封じて、鷲悟達はそのスキにそそくさとその場から離脱していった。



 さて、鷲悟達乗ってきたジェット機は、束が仕込んでいたムダにせっかちな自爆装置によってこっぱみじんに吹き飛んだ。
 当然、機体の破片や中に積まれていた荷物もほうぼうに飛び散ってしまっていて――その中に、客室に置かれていた冷蔵庫もあった。
 と――機体の着陸地点から少し離れたところに落下したそれの扉がひとりでに開き、
「おー、いてぇしさみぃし、さんざんだぜ……」
 中から姿を現したのは、なんと脱出装置(?)によって逃亡したはずのジュンイチであった。
「とりあえず、これで動きやすくなったな。
 鷲悟兄もあずさも、それに一夏達も……みんな、オレが脱出装置で逃げたと思っただろうし」
 そう言うと、ジュンイチはおもむろに携帯電話を取り出してダイヤルし、
「……あ、もしもし、千冬さん?
 予定通り、アンタの弟さん達にテロリスト予備軍の汚名を着せましたよー、っと」
〈わかった。
 では私は、一夏達から連絡を受けた後、フランス政府に対して一夏達の身の潔白を主張すればいいんだな?〉
「あぁ。
 束の名前を出せば、いろんな意味で一発解決だろうさ」
 答えて、ジュンイチは自分が潜んでいた冷蔵庫の上に腰かける。
「しっかし、アンタもムチャするねー。
 一夏達のフランス行き、あっさり認めたと思ったら、こんなドッキリを用意させるんだから。
 いくらアイツらの気を引きしめるためとはいえ、ここまでやらせる?」
〈嬉々として計画を立てていた男に言われたくはない〉
「そりゃごもっとも」
 千冬に言われてしまうが、特に気分を害した様子もなくそう答える。
〈まぁ、アレらは仮にも専用機持ちだ。
 夏休みだからとたるんでいられる身分ではないと自覚させておかなければな〉
「……三名ほど、専用機持ちじゃない子が混じってるのは、ツッコむべきなのかねー」
 苦笑し、軽く肩をすくめると、ジュンイチは気を取り直して立ち上がり、
「ま、とにかく……だ。
 アンタのそーゆー思惑はキッチリ果たしてやるけど……オレにもオレの思惑がある。
 両立できねぇと思ったら、遠慮なくこっちの都合を優先するからな」
〈あぁ、それでかまわない。
 じゃあな〉
 ブツンッ、と少々乱暴に通話が切られた。
「……やれやれ。
 スパルタもいいけど、時と場所と程度は考えるべきだと思うんだけどねー」
 もっともな言い分だが、ジュンイチが言っても説得力はない。
「じゃ、オレもオレで動くかね。
 アイツらが軍や警察の目を引きつけてくれている内に……」



「デュノア社に乗り込むとしましょーか♪」





「……今のところ、見つかった様子はなさそうね」
「えぇ……」
 わずかに開いた窓から外の様子を確認し、鈴とセシリアは奥に身をひそめる鷲悟達の元へと戻ってきた。
「大丈夫。見つかってないわ」
「連絡を取るというなら、今の内ですわよ」
「そうだな。
 一夏、早く千冬さんに連絡を取って……」
「いや、まだだ」
 セシリアと鈴の報告に、鷲悟が連絡をうながすが、一夏はそれをキッパリと否定した。
「連絡を取る前に少し休む――連絡するのは、いつでもここを離れられる状態を整えてからだ」
「なぜだ? 千冬さんに連絡して弁護をしてもらえば……」
「いくら千冬姉でも、連絡をとって“すぐに”解決、ってワケにはいかないだろ」
 反論する箒に、一夏は逆にそう指摘した。
「千冬姉の弁護ですぐにフランス政府が納得してくれたとしても、軍や警察の現場まで連絡が行くには時間がかかる。
 その間オレ達は、追ってくる軍や警察から逃げ回らなくちゃならない。
 次いつ休めるかわからない状態になるんだし、ここで休息を取っておくべきだろ」
「でも、それにしたって連絡くらいは取ってもいいんじゃないの?」
「いや、たぶん連絡を取ったらその時点で見つかる」
 口をはさむ癒子にも、一夏はそう答えた。
「今でこそオレ達を見失ってるけど、向こうだってバカじゃないんだ。
 オレ達が誰から連絡を取ろうとすることを見越して、通信網の監視はしているはずだ」
「なるほど……
 ISの開放回線オープン・チャンネルはもちろん、個人間秘匿回線プライベート・チャンネルもセキュリティモードで監視されていると思っていい。
 携帯電話も、不特定多数の人間が同じものを使う、という意味ではある程度特定は困難になるが、代わりにセキュリティがザルだ。連絡に使えば遠からず足がつくだろうな」
「連絡がくればすぐに軍や警察が駆けつけてくる、そういう前提でいた方がいい。
 だから、連絡を取る前に少しでも休んでおこう、ってことだね」
「まぁ、そういうことだな……ん?」
 納得するラウラやシャルロットに答え、顔を上げた一夏は鷲悟が苦笑まじりの視線を自分に向けていることに気づいた。
「……何だよ?」
「いや……言いたいこと、全部言われたな、と思ってさ」
 一夏に答えて、鷲悟は苦笑したまま肩をすくめる。
「そういえば、ここに隠れようって言い出したのも一夏くんだよね。
 普通、あそこはISのスピードにものを言わせて全速力で逃げて、それから隠れるところだよ? それを……まさか同じ空港の敷地内の倉庫に隠れるなんて」
「オレも最初はそうしようと思ったからな。
 だから、逆に考えれば、もっと遠くに逃げられたあの状況でこんな近場に隠れるとは思わないだろう、って思ったんだ」
「まさかの灯台下暗し、だね〜。
 おりむ〜、えらいえらい♪」
 あずさの指摘に対する一夏の答えももっともなものだ。感心し、本音は座っている一夏のもとへと駆けていくとその頭をなでてやる。
「なんていうか……織斑くん、どんどん頼もしくなってくね」
「ホントだね。
 入学当時の授業で『ほとんど全部わかりません』なんて言ってた子と同一人物だとは思えないよ」
「織斑くん、そんなこと言ったの……?」
「う゛っ……」
 しかし、そこに清香や癒子のツッコミが入る――簪に冷たい視線を向けられ、一夏は思わず顔をしかめる。
「だ、だから死に物狂いで勉強したんだよ。
 あんな恥ずかしい思いはもうたくさんだったからな……千冬姉に殴られるのもイヤだし」
『…………確かに』

 むしろ後者の理由に納得する一同であった。



〈……わかった。
 では、私の方からフランス政府に話を通しておく〉
「ごめんな、千冬姉」
〈織斑先生、だ。
 それと今回の件は気にするな。ぬれ衣については、お前達は悪くない〉
 それからしばし休息を取り、脱出ルートの確保までしたところで、一夏は携帯電話で千冬に連絡を取り、事情を説明――迷惑をかけたことを謝る一夏に対し、千冬はそう答えて電話を切った。
「……『ぬれ衣については』だって。
 なんか、他には悪いところがある、みたいな言い方だったね」
「考えすぎじゃない?」
 考えすぎ、どころか千冬自身が今回の件の黒幕のひとりであるのだが、そんな裏事情を知らない清香や癒子は首をかしげるしかない。
 と――
「来たわよ」
「やはり携帯電話の通話を押さえられましたわね」
 倉庫の外の様子をうかがっていた鈴とセシリアが、追っ手の到着を確認してそう知らせてくる。
「脱出ルートの方は?」
「問題なしナシ、ナッシング――いけるよ♪」
 尋ねるラウラの問いにあずさが答え――次の瞬間、頭上の窓ガラスが割れ、それが投げ込まれてきた。
 催涙ガス弾だ。刺激の強い白煙が倉庫の中を満たし――

 突入部隊が乗り込んでいった時には、すでに倉庫の中に鷲悟達の姿はなかった。





「……気づかれずに逃げられたかな?」
「大丈夫だと思うよ。
 出入り口は鷲悟お兄ちゃんの“再構成リメイク”で元通りふさいだし、そもそもこの地下搬入路への抜け道自体、“再構成リメイク”で作った本来存在しないルートだもん。
 まさか一から脱出ルートを作って逃げ出した、なんて思いもしないはずだよ」
 つぶやく清香に対して、あずさが自信タップリに断言する――彼女達は、空港に物資を運ぶ地下搬入路から、一路地上を目指して歩いていた。
「このまま、この奥に隠れて追っ手をやりすごせないかな?」
「それはムリだと思う。
 私達があの倉庫に潜んでいたことはわかってるんだもの。その私達が倉庫からいなくなってることにもすぐに気づくはず。
 そうなればすぐに周辺の捜索が始まる……そうなれば、ここも当然……」
 周囲を見回す癒子に答えたのは簪だ。
「織斑くんがさっき言ったように、織斑先生がフランス政府に話をつけてくれても、そのことが私達を追っている人達に伝わるまでにはさらに時間がかかる。
 その間は逃げ続けていなくちゃならない――逃げ場がなくなるような隠れ方は、しない方がいい」
「そういうこと。
 隠れるならむしろ街に出て、人ごみにまぎれた方がよほど効果的さ。
 “木を隠すなら森の中”ってね……おわかり?」
「な、なるほど……」
 鷲悟も加わっての説明に清香がうなずき――やがて、行く手から日の光が差し込んでくるのが見えた。
「やれやれ、ようやく出口か。
 このまま人ごみにまぎれて、やりすごせればいいんだが……」
 ひとまず地下からの脱出はできそうだ。箒が安堵のため息をもらし――



「残念ながら、そうはいかないのよ――悪党ども!」



 突然響いたその声は鷲悟達のものではなく――しかし、鷲悟達にはその声の主を誰何すいかする余裕はなかった。
 なぜなら――地下道の外から、多数のミサイルが自分達に向けて撃ち込まれてきたからだ。
「どわぁぁぁぁぁっ!?」
「任せろ!」
 あわてる一夏に告げ、鷲悟は傍らのコンクリート壁に手を触れる――コンクリート壁の一部を分解、再構築して重天戟を作り出し、
「落ちてろ!」
 超重力を発生させた。ミサイル群はバランスを崩して地面に墜落、そのすべてが鷲悟達に届くことなく炸裂する。
「へぇ、なかなかおもしろいことができる子がいるのね」
「そう言うそっちは、おもしろくないことしてくれるじゃないのさ。
 こんな閉鎖空間にミサイルなんぞ叩き込みやがって。通路が崩落したらどうするつもりだよ?」
「どうもするワケないじゃない。
 正義を行う上での、名誉ある犠牲なんだから」
 そう鷲悟に答えて――声とミサイルの主は地下通路の出口から差し込む日の光を背に鷲悟達の前に立ちはだかった。
 青みがかった髪を腰まで伸ばし、気の強そうな顔立ちをしたその少女は、ラファール・リヴァイヴをベースにしたカスタムISを身にまとい、こちらを見下すような視線を向けてくる。
 ――いや、『ような』ではない。実際に見下している。フンッ、とロコツにこちらを鼻で笑ってくれた。
「テロリストが入国したって聞いて、私の出番と駆けつけてみれば、まさかあなたがいるとはね……シャルロット・デュノア?」
「………………っ」
「って、知り合い?」
「う、うん……」
 彼女の言い放った言葉にシャルロットが息を呑む――尋ねる鈴に、沈痛な面持ちでうなずく。
「エロイーズ・エロワ……ボクよりも一期前に選ばれた、フランスの代表候補生のひとりだよ」
「つまり、先輩ってことか……」
 その言葉に一夏がつぶやくが、彼女はそんな一夏には目もくれず、シャルロットだけにさげすむような視線を向ける。
「誇り高き我がフランスの代表候補生ともあろう者が、テロリストに身をやつしたばかりか、そんな他国の駄犬どもと平然とつるんでいるなんて、堕ちたものね。
 さすが、妾の娘なんて卑しい生まれの娘は恥を知らないわ。私にはとてもマネできないわね」
「ちょっと待った!
 アンタ今何つった!?」
「わたくし達を駄犬ですって!?
 その上シャルロットさんを卑しいなどと……!」
 あからさまにこちらを見下した……『見下す』という表現では生ぬるいくらいにこちらをバカにした物言いに、鈴とセシリアが怒りの声を上げるが、
「あら、あなた達に相応じゃない。
 栄光ある我らフランス国民に比べれば、他所の国の雑種なんて犬畜生とどのくらい違うというの?」
 対するエロイーズに反省する様子はない。むしろ平然とさらなる爆弾を投下してくる。
「まぁ、もっとも。妾の娘なんて生きたゴミクズが群れるには相応の相手ではあるけれど。
 欲を言えば今すぐこの国から出ていってもらいたいくらいだわ。我が神聖なるフランスの国土がけがれるわ」
「言わせておけば……っ!」
 言うに事欠いて、シャルロットのことを『ゴミクズ』とまで言い切ってくれた。エロイーズの言葉に、箒が殺気もあらわに一歩を踏み出すが――
「待て、箒」
 それを止めたのは一夏だった。
「一夏!? なぜ止める!?
 お前は悔しくないのか!? 仲間をあんな風にけなされて――」
「オレだって怒ってるさ。
 けどな……」
 箒に答え、一夏はそれでも彼女を押し留め、
「それでも待て。
 アイツのあの物言いに真っ先にブチキレるべきなのは、オレ達じゃない」
「何……?」
 一夏に言われて、彼の見ている方を見て――ようやく、彼の言わんとしていることに気づいた。
「言ってくれるな。
 シャルロットがゴミクズだと? 聞き捨てならないにも程がある」
「どのような生まれであれ、シャルロットさんはシャルロットさんですわ」
 言動こそおだやかではあるものの、ラウラとセシリアの身にまとうオーラが尋常ではない。
 そして――
「ずいぶんと言ってくれるじゃねぇか」
 一番黙っていられるはずのない男が動いた。こめかみを引きつらせながら、鷲悟はエロイーズに向けて踏み出した。
その程度の実力でシャルロットの上を気取ったつもりか?
 本国暮らしが災いしたな。上には上がいるって知ることができなかったんだから」
「フフンッ、男のクセにずいぶんなことをほざくじゃない。
 あなたごときにいったい何ができるのか、見せてもらおうじゃな――」
 しかし、エロイーズがその先を告げることはできなかった。
「もう黙れ」
 生身のまま、一瞬で距離を詰めた鷲悟が、重天戟の一撃でエロイーズをシールドバリア越しに殴り飛ばしたからだ。
「お前の独りよがりに付き合うのはもうたくさんだ。
 そもそもハメられてこんな状況に放り込まれた手前、逃げるため以上に事を荒立てるつもりはなかったんだけど……お前に限っては話は別だ」
 言って、鷲悟はその場で“装重甲メタル・ブレスト”を着装する。
「オレの目の前でシャルロットをコケにしたのがお前の一番の不幸だ。
 運がよければ五体満足で帰れるだろうな。けど……」
 そこで、一度言葉を切る。
 左右にラウラとセシリアが並び立つのを待ってから、改めて告げる。
「お前のその腐りきったプライドだけは……」



「欠片も残さず、踏みつぶす」





ブチキレろ
  友の名誉を
    守るため


次回予告

鷲悟 「おぅ、鷲悟だ。
 ジュンイチのヤツ、見事にハメてくれたもんだな。
 けど、おかげで根性腐ったヤツを駆除できるのは、感謝かな?」
ジュンイチ 「じゃ、そっちはよろしくな。
 その間に、オレはオレの用事をすまさせてもらうからさ」
一夏 「お前の用事……?
 まさか、まだ他に何か企んでるのか?」
ジュンイチ 「当然。
 いったい何のためにシャルロットをフランスに連れて帰ってきたと思ってるのさ?」
シャルロット 「え? ボク?」
鷲悟 「次回、IB〈インフィニット・ブレイカー〉!
   『デュノア親子の真実 止まった時間が動き出す……』
   
シャルロット 「父さん、ボクは……」

 

(初版:2011/11/08)