「……おい、止まれ!」
 警備が増員され、物々しい雰囲気のデュノア社本社――そこへやってきたひとりの少年を警備員のひとりが呼び止めた。
「何者だ?
 ここは今、社員以外は立ち入り禁止だ。社員だと言うのなら、IDを提示しろ」
「んー、ちょっと社長さんに面会したくて来たんだけどなぁ……」
 言って、少年は少し困ったように頭をかき、
「じゃあさ、ここで待たせてもらうから、社長さんに取り次いでもらえる?
 アポ取ってないけど、こう言えばたぶん一発だからさ」
 そう言って――



「『篠ノ之束印の新鋭技術、いりませんか?』ってさ」



 ジュンイチは、警備員にニッコリと笑みを返した。

 

 


 

第34話

デュノア親子の真実
止まった時間が動き出す……

 


 

 

「……ずいぶんと、言ってくれるわね。男のクセに」
 鷲悟の一撃を受けて大地に叩きつけられ――それでもエロイーズ・エロワは不敵な態度を崩さなかった。身を起こし、鷲悟をにらみつける。
「たかが男が、この私に意見するなんて。
 そんなISのモノマネのようなオモチャで、この私に勝てるとでも?」
「別に勝ちとか負けとか、ンなコトぁ知ったことじゃないさ」
 あっさりと鷲悟は答えた。
「ただ、踏みつぶす――それだけだ」
「………………っ!
 雑種風情が、偉そうにっ!」
 淡々と勝利宣言する鷲悟に、エロイーズは怒りをあらわにした。両手に近接ブレードを展開、鷲悟に向けて斬りかかる。
 当然、鷲悟もそれをかわすが、エロイーズは両手のブレードで次々に息もつかせぬ連続攻撃を繰り出してくる。
 距離を取ろうとする鷲悟だったが、そこに剣が飛んでくる――左手のブレードを投げつけてきたエロイーズは、すぐに次の近接ブレードを展開する。
「……なるほど。近接スタイルね」
「えぇ。
 シャルロット・デュノアのような、遠くからチマチマ撃つかパイルバンカーで博打を打つかくらいしか能のない恥さらしとは違うのよ!」
 つぶやく鷲悟に答え、エロイーズはさらに斬りかかり――

「その程度でぬかすな」

 次の瞬間、エロイーズは宙を舞っていた。
 鷲悟の振るった重天戟による一撃を喰らって――空中で体勢を立て直すこともできず、大地に落下するエロイーズを前に、鷲悟はガシャンッ、と音を立てて重天戟を肩に担いだ。
「シャルロットなら今“ごとき”の一撃にもきっちりカウンターまで合わせられたろうし、喰らったとしてもちゃんと受け身を取れただろうな。
 その程度でシャルロットを見下すなんて、身の程知らずもいいトコだ」
「何、ですって……!?」
 告げる鷲悟の言葉に、エロイーズは地に伏したまま彼を見返して――気づいた。
 自分は地に倒れ、鷲悟はその場に立っている。すなわち――
「……何を……見下ろしているの……!?
 男の分際で、この、私をっ!」
 言い放ち、立ち上がる動きからそのまま突きを放つ――が、鷲悟は顔面を狙ったその一撃を、軽く首をかたむけるだけでかわしてみせる。
「またかわした――!?
 そんな、バカな!?」
 驚愕しながらもらに攻撃。両手の剣でたて続けに斬りかかるが、鷲悟はその攻撃をことごとく回避していく。
「どうして、かわされるの……!?
 男のクセに……愚鈍極まる砲撃型の分際でっ!」
 そして、その事実はエロイーズをさらに激昂させた。怒りの咆哮と共に鷲悟へと刃を振るい――

「なめんな」

 再び鷲悟の重天戟を受けて吹っ飛んだ。
「相手のタイプも性別も関係ないさ。
 戦いの場に立ってもなお相手を見くびるそのおごりが、お前が一流になれない原因と知るがいいさ」
「知ったような……口をぉっ!」
 咆哮し、エロイーズはその場に立ち上がり、
「後悔するのね……この私に対してそんなふざけた口を叩いたことを……っ!
 その身体、もはや肉片ひとつ残しておくものですか!」
 告げると同時――エロイーズは上半身のISアーマーに取りつけられた実体シールドをすべて切り離した。通常のラファール・リヴァイヴのそれと広さでは同等、しかし厚みはゆうに3倍はあろうかという重厚な楯が、自らの重量によって足元のアスファルトに“突き刺さる”
「……へぇ。
 500……いや、1トンは身軽になったか。またずいぶんとクソ重たいシールドを使ってるな。
 そこまでいくともう鈍器だろ、鈍器」
「えぇ、鈍器よ。“楯打シールド・バッシュ”も想定して作られた楯だもの。
 ISのパワーアシストがあるからこそ、初めて振るうことを許された武器……それを切り離した、その意味がわかるかしら?」
 鷲悟に答え、エロイーズのかまえたブレードに異変が起きた。高速で振動を始め、さらに吹き出した光に包まれ、より長大な二振りの光刃を作り出す。
「……高出力のプラズマソード、さらに実体刃の部分は高周波ソードか。
 楯の運用のために使っていたパワーアシストを弱めて、その分のエネルギーをブレードに回したみたいだな」
「えぇ。
 これが私の専用機“ラファール・シュレッダー”の切り札。
 受けられるものなら受けてみなさい――もっとも、受けたところで真っ二つになるだけだけど!」
 言って、エロイーズは鷲悟に向けて襲いかかり――
「――――っ!?
 何!? 身体が……動かない!?」
 その身が突然、彼女の意に反して動きを止めた。何があったのかとエロイーズは身をよじろうとするが、ピクリとも動くことができず――
「鷲悟、独り占めはよくないな」
 言って、鷲悟のとなりに並び立つのはISを展開したラウラだった。
 そう。ラウラの放ったAICが、エロイーズの動きを封じ込めたのだ。
「この女には私も頭に来ているんだ。
 私の分も、少しは残しておいてもらいたいものだな」
「あなた……そいつらの味方をするつもり!?
 妾の娘とくだらない男なんかのために、この私に戦いを挑むつもり!?」
「あぁ、そのつもりだ。
 仲間と嫁をコケにされて……それで黙っていられるほど、ガマン強いタチではないのでな!」
 その瞬間、ラウラのIS“シュヴァルツェア・レーゲン”の右肩に装備されたレールカノンが火を吹いた。動けないエロイーズを正面から直撃、吹き飛ばす!
「くぅ……っ!
 たかがドイツの新し物好きが、この私にっ!」
 うめいて、それでもエロイーズは体勢をなんとか立て直し――
「それだけやられてもなお自分を格上に置きますのね……
 プライドの高さもそこまでいくと滑稽こっけいですわね。同じ欧州連合の代表候補生として恥ずかしい限りですわ」
 そんなエロイーズの周囲を、セシリアの放った四基のビットが包囲する。
「その剣……『受けてもいいけどその時は真っ二つ』でしたわね……
 それほどの斬れ味がご自慢のようですけど……」
 セシリアが言い、四基のビットが一斉射撃。そのすべての直撃をもらい、吹っ飛ぶエロイーズに対し、セシリアは告げた。
「当たらなければ、そんなものはただの棒切れですわよ♪」



「待たせてしまったな、申し訳ない」
 デュノア社本社ビル、社長室。
 ソファに座って待っていたジュンイチに対し、入ってきた男は開口一番そう告げて――
「私は――」
「あー、別にいいよ。お人形さんの社長の自己紹介なんぞ」
「………………」
 のっけからキツイ先制パンチをお見舞いされた。
「気分害したか?
 気にすんなよ。株式会社の社長なんてみんな同じだ。結局、会社において一番の権力者は金を出してくれる株主さんなんだから」
 答えて、ジュンイチは軽く肩をすくめ、
「それに……アンタ今、ンなことにかまけてるヒマないもんな。
 何しろ、“娘が今大変なことになっちまってる”んだからな」
「………………っ!」
 告げるジュンイチの言葉に、デュノアの目は大きく見開かれた。
「お前、なぜそのことを……!?」
「さて、なんでだろうね?
 あぁ、対処の方は心配しなくても大丈夫だぜ――何しろ、天下の織斑千冬が動いてるからな。そう遠くない内にぬれ衣は晴れるだろうよ」
 警戒を強めるデュノアに答え、ジュンイチはニヤリと笑みを浮かべる。
「て、問題がひとつ片づいたところで、本題に入ろうか」
 しかし、今までのやり取りも、ジュンイチにとっては単なる前フリでしかなかった。笑顔を崩さぬまま、平然と告げる。
「あぁ、そうだったな。
 ドクター篠ノ之の新技術を提供してくれるとのことだが……」
「ん? あぁ、その話?
 違う違う。提供はしてあげるけど、オレの言ってる“本題”はそこじゃない」
 そうデュノアの言葉を否定し――ジュンイチは告げる。
「別に大したことじゃないよ――」

「アンタの娘さんのことさ」



「おぉぉぉぉぉっ!」
 咆哮し、エロイーズが弾幕をかいくぐって斬りかかる――が、やはり当たらない。高速で繰り出される刃はそのすべてが鷲悟によってかわされてしまう。
「バカな……っ!?
 この私が、こんな……こんな!」
 うめき、再度突撃――しかし、その刃が届くよりも早く、鷲悟の砲撃がエロイーズを吹っ飛ばす。
「もう、いい加減思い知れよ――お前じゃオレには勝てないよ」
「うるさいっ!」
 鷲悟に言い返し、エロイーズは空中で体勢を立て直し、
「私が、負けるはずがない……っ!
 私は、栄光あるフランスの代表候補生……っ!
 薄汚い男や、雑種なんかに負けるはずがない……っ!
 負けるはずがないんだぁっ!」
「……やれやれ」
 この期に及んでもなお負けどころか自分の不利すら認められないエロイーズの姿に、鷲悟は軽くため息をつき、
「セシリアのセリフじゃないけど、ここまで来ると確かに滑稽だな。
 しょうがない……」



「バカは死ななきゃ治らんか」



 その言葉と同時――鷲悟の周囲で膨大な量のエネルギーが荒れ狂った。
 そして、鷲悟の“装重甲メタル・ブレスト”の背に光の翼が展開される――切り札、カラミティシステムの発動である。
 背中に控えていたカラミティキャンが両肩に展開される――肩アーマーに固定され、エロイーズに狙いを定める。
「おとなしくあきらめていればいいものを……
 ネタなのは、名前だけにしておけよなっ!」
「何がネタよ、何がっ!」
 言い返し、エロイーズが鷲悟へと突っ込むが――反撃に出るにはすべてが遅すぎた。
 カラミティキャノンの双つの砲口に光が生まれ――







「ツイン! カラミティ、バスタァァァァァッ!」







 放たれた閃光はエロイーズの左右に浮かぶ非固定浮遊部位アンロック・ユニットを掠め、吹き飛ばした。その衝撃とツインカラミティバスターの余波によって吹き飛ばされ、エロイーズはメチャクチャに回転しながら地面に突っ込んだ。
 もうもうと立ち込める土煙が晴れていき――
「……ま、ムダに思い上がったバカには似合いの末路だわな」
 そこには上下逆さまの状態で、上半身を丸ごと地中にうずめたエロイーズの姿があった。
「ば、バカな……まだ代表候補生とはいえ、専用機持ちがあぁも簡単に……!?」
「いったい何者だ、アイツらは!?」
 一方、エロイーズの連れていた部隊は彼女の惨敗によって完全に浮き足立っていた。動揺が彼らの間に広がり――
〈テロ容疑者の追跡任務についている全部隊に告ぐ!〉
 いきなり開放回線オープン・チャンネルで通信が入った。
〈追跡中止!
 追跡対象について、IS学園より身元が保証された!
 彼らはIS学園の生徒であり、その身元はIS学園教諭、“ブリュンヒルデ”織斑千冬より保証されている!
 繰り返す! 追跡を中止しろ! 彼らはテロリストではない!〉
「……やれやれ、ようやくか」
 ようやく、千冬に身元の保証を頼んだのが効いてきたらしい。鷲悟達の大暴れを(エロイーズの暴言にキレて飛び出そうとする箒を鈴と二人で止めながら)見守ってた一夏はやっと訪れた終わりに安堵の息をつく。
「さすが、織斑教官の名は影響力もすさまじいな」
「その姐さんの弟がいたんだから、もっと早く気づけとも言いたいけどな」
 一夏だって“ISを動かせる世界初の男子”として世界的な有名人のはずなのに……姉弟の“有名人度”の差に内心で苦笑しながら、ラウラに答えた鷲悟は地上へと舞い降りる。
 そこには、エロイーズの暴言による一番の被害者であるシャルロットがいて――
「……ん。勝った!」
 そんな彼女に向け、鷲悟は笑顔でVサインを突きつける。
「あ、えっと、その……
 ……ありがとう。ボクのために、怒ってくれて……」
「何、気にするな」
「わたくし達が、友達をバカにされて勝手に怒っただけですから」
 鷲悟の後に続いて降りてきたラウラやセシリアも、笑顔でシャルロットにそう答え――







〈……なるほどな〉







「――――――っ!?」
 いきなり個人間秘匿回線プライベート・チャンネルのラインに割り込みがかかったかと思うと、そんな声が聞こえてきた。
 そして――その声に、思わず身をすくませたのはシャルロットである。
「シャル……?」
「この声……父さんだ……」
「お父さんというと……」
「デュノア社の、社長か……?」
 鷲悟に答えたシャルロットの言葉に、セシリアやラウラがつぶやくと、
〈それがキミの狙いか〉
〈あぁ。
 問題が問題なだけに、まともに用件を伝えても会ってくれないと思ってね……いろいろ小細工させてもらったよ〉
『――――――っ!?』
 続いて聞こえてきた声には全員が驚いた。
「ジュンイチの声……!?」
「まさか、あの子!?」
 清香や癒子が声を上げ――全員が気づいた。
 そもそも今回の騒ぎは、いきなりテロリスト扱いされ、弁明しようとしたところにジュンイチがアレコレやらかしてくれたおかげで話が一気にややこしくなった。
 つまり、自分達はジュンイチの行動によって今のような状態に追いやられたのだ。すなわち――
「あの愚弟……っ! オレ達をオトリにデュノア社に乗り込みやがった!?」



「私に会うそのために、一緒に連れてきた友人達や私の娘をテロリストに仕立て上げて騒ぎを起こさせたワケか……
 しかし、そこまでする必要があったのか? 篠ノ之束の技術をエサに交渉を持ちかければ、たいていのIS関係企業は食いついてくる。それだけで十分、私と会う段取りはつけられたはずだ」
「代わりに余計な重役どもおじゃまむしがくっついてきただろうけどな」
 ため息まじりに尋ねるデュノアに対し、ジュンイチはあっさりとそう答えた。
「だからこその、ニセのテロ情報……そんな話が流れれば、身の保身第一の重役連中は巻き添えを恐れて出社してこない――アンタと引き離すのが容易になるって寸法さ。
 そのための要員として、ウチの兄キや織斑一夏、そしてアンタの娘さん達は最適のオトリ役だった。オレの知り合いとして巻き込みやすいし、千冬さんの身元保証という形で誤解を解くのも簡単だ」
「後々助けるのも簡単というワケか……
 そこまでして、私と二人で会おうと、しかもシャルロットのためにそれをしようとした理由は何だ?」
「別に大したことじゃないよ」
 あっさりとそう前置きして――ジュンイチは告げた。



「ちょっとした……お悩み相談ってヤツだよ♪」



「お悩み相談、だと……?」
「そ」
 あっさりとジュンイチはうなずいた。
「シャルロットをIS学園に送り込んだ経緯が経緯だったからな、また何か仕掛けてくるんじゃないかと思っていろいろ調べさせてもらったよ。
 けど、そしたらむしろかわいそうになってきてね……齢16の若輩だけど、グチのはけ口にくらいはなってやれるだろうと思って、こうしてはせ参じた次第さ。
 それとも、大きなお世話だったかな?――」



「惚れた女と別れ“させられた”上に娘を愛でることも許されないデュノアさん?」



「…………っ」
 ジュンイチのその指摘に、デュノアはビクリと肩を震わせる――が、それも一瞬。すぐに動揺を封じ込めてジュンイチに視線を戻す。
「な、何を根拠に……」
「素性が知れたらスキャンダルの種にしかならん妾の子をデュノア姓のまま引き取るだけでもヤバイっつーのに、その上わざわざ目立つ広告塔にまつり上げた時点でいきなり怪しいことに気づこうか」
 あっさりとカウンターをもらい、デュノアは言葉に詰まった。
「今の嫁さんとのことにしたってそうだ。
 アンタと嫁さんが籍を入れたのは、“シャルロットが生まれる7ヶ月前”。シャルロットがよほどの未熟児でない限り、まず確実にシャルロットの母ちゃんがアイツを妊娠した後に、アンタと今の嫁さんは籍を入れてることになる。で、その時期を境にデュノア社は急激に資本を増やし、それを元手に急成長してる。まぁ、相手が超大手銀行のご令嬢じゃ当然だわな。
 そして、アンタと正妻との間に未だ子供のいない事実……ここまでそろえばだいたい想像がつく」
 言って、ジュンイチは軽く息をつき、
「……政略結婚、だったんだろ?
 デュノア社を成長させるため、アンタは望まぬ結婚を強いられた……シャルロットの母ちゃんっていうド本命がいたっていうのに」
「オレが自ら会社のためにアレを捨てた、とは考え――」
「――ないね。考えられるワケがない」
 即答し、ジュンイチは傍らにウィンドウを展開し、
「今の嫁さんとの結婚は会社の決定で、アンタはそれに最後まで反対してる。
 こうして“議事録まで入手している”のに、他の可能性を考えろっていう方がムリだ」
 問題の議事録を表示し、デュノアの反論を封じ込める。
「そう考えると、シャルロットのIS学園行きにも別の要因が見えてくる。
 そもそも、スパイまでさせて鷲悟兄達のデータを手に入れようって発想からしておかしいんだよ。
 そのタイミングこそ任意性が認められているけど、自分や使用機体のデータの最終的な開示は在校生の義務だ。
 つまり、いずれデータは開示される――少しでも早く手に入れたいと思ったとしても、リスクとリターンの釣り合いが明らかにおかしいんだよ。
 結果……『鷲悟兄や一夏のデータを得るため』という理由に対し疑問が生じることになる」
 デュノアからの反応はない――息をつき、続ける。
「となると、他に理由があって、シャルロットを送り込んだ、ってことになる。
 シャルロットをIS学園に送り込むことで得られるメリットは何か――そこに目を向けたら、案外あっさり答えは出たよ。
 アンタ……」







「シャルロットを、IS学園に“逃がした”な?」







「IS学園はあらゆる国、企業、組織の干渉を受けつけない中立地帯……ほぼ有名無実化している建前ではあるけど、少なくともこの原則がある限り、IS学園に在学している間は本社からの干渉はシャットアウトできる。
 IS学園に放り込むことで、シャルロットを守ることができる――社内の権力闘争にシャルロットを利用しようとする輩から、な。
 男子のデータを得るためのスパイ、っていうのは、そういうバカどもを納得させるための口実だろ? それに、そういう背景事情を作っておけば、万が一バレても学園側の同情を引ける。
 すでに“二人目のISを使える男”としてデュノア社の広告塔にまつり上げられていたのも、そういう意味ではプラスに働く。
 アンタは、デュノア社からシャルロットを遠ざけることで、シャルロットを守ろうとした……違う?」
「……まだ若いのに、大した洞察力だな」
 立て板に水、とばかりに自分の推理を披露するジュンイチに、デュノアはとうとう白旗を揚げた。
「キミの言う通りだ。
 私には、あれをIS学園に入れる以外に、あれを守る方法を思いつかなかった……」
「社長の地位も一緒に守ろうとするからそうなるんだよ。
 『スキャンダルになるから』って理由で重役連中からにらまれてたんだろう? だったら社長でも役員でもなくなっちまえば……」
「私が社長を辞したら、誰があの子の面倒を見る?
 代表候補生となり、国から金が出るようになる前は、あの子の生活費はすべて私のポケットマネーから出ていたんだぞ」
「それっておかしくないか?
 デュノア社でテストパイロットしてたんだろ? その辺の給料は……いや、ダメか。
 給料が出るってことは社員として正規の登録をする、ってことだ……存在自体がスキャンダルの種のシャルロットを、社員として登録なんて重役連中がさせるワケがねぇ」
「そういうことだ。
 結果、彼女は“私が連れてきた善意の協力者”ということにされていた。
 当然、テストパイロットとしての給料は出ない……私から個人的な報酬という形で出していたんだ」
 言って、デュノアは深々とため息をつく。
「けど、今は違うだろう?
 アイツだって今やれっきとした代表候補生として国から補助金が出てるはずだ。今ならアンタが社長を辞したって問題ない。会社を辞めてシャルロットと暮らすって選択肢だって……」
「代表候補生となったあの子を、重役達が黙って手放すとでも思うのか?」
「……ムリだな。
 男装の件を抜きにしたって、代表候補生というだけでも十分すぎる宣伝効果がある」
 渋い顔で答えたジュンイチに、デュノアは黙ってうなずく。
「つまり、今アンタが社長の職を退いても、シャルロットは会社に縛られたまま。
 それどころか“社長の娘”というアドバンテージが消えるから、シャルロットはただの“16歳の小娘”でしかなくなる……会社にとって扱いやすさ抜群のお人形さんの出来上がり、ってワケだ。
 なるほど、今度は今までとは別の理由で、社長職にしがみついてアイツを守る必要が生じたワケか。見事に逃げ道を封じられてるな」
「……それに」
 納得し、つぶやくジュンイチに対し、デュノアは続けた。
「あの子のためにも、スキャンダルがもれるのは避けなければならない。
 代表候補生であり会社の看板――今あの子の素性が明るみに出れば、その知名度ゆえにあの子が正妻の子でないことは一気に知れ渡ってしまう。
 そうなれば、事はあの子の立場が失われるだけではすまない。これから先、あの子はずっと妾の子として世界から後ろ指を指されて生きていくことになる。
 それだけは……なんとしても避けなければならない」
「そのために、“会社のために娘を利用する外道親父”の仮面をこれからも被り続けるつもりかよ?」
「あの子が少しでも幸せに生きられるなら、私があの子に嫌われるくらいは安い代償だ」
「やれやれ、難儀な父親だ」
「どうとでも言え」
 言って、デュノアはジュンイチを見返し、
「……では、今度はこっちから聞かせてもらおうか。
 お前の目的は何だ? 何がしたくて、私にここまでしゃべらせた?」
「『何がしたくて』と言われてもねー。
 オレは正真正銘、アンタに事の真相をぶちまけてもらえればそれでよかったワケで」
 言って、ジュンイチは懐をあさり、
「アンタがしゃべってくれさえすれば……」







「あとは全部、本人達に筒抜けだし」







 起動状態の通信端末を取り出したのを見て、デュノアの思考が停止する。
「ま、まさか、今の会話……」
「そ。シャルロット達に丸聞こえ。
 ついでに言うなら、もうテロリスト容疑も晴れてこっちに向かってるしね――」



「そろそろ、到着の時間だよ」



 その言葉と同時、社長室の扉が開け放たれて――
「……父さん」
 鷲悟達の先頭に立つ、シャルロットが姿を現した。
「……ジュンイチ。
 お前にはいろいろと言いたいことが山ほどあるんだけどな」
「安心しろ。
 言ったところで、右から左へオールスルーだ」
「安心できるか、ンなもんっ!」
 鷲悟がジュンイチに言い返す一方で、シャルロットは自らの父親へと進み出た。
「し、シャルロット……」
「……父さん……」
 うめくように名を呼ぶ父に対して、シャルロットは右手を振りかぶり――







 グーで、思い切り殴り飛ばしていた。







「……これで、ボクにしてきたことは許してあげます」
 代表候補生として磨きに磨かれた拳に顔面を打ち抜かれ、ハデに転がって倒れるデュノアに対し、シャルロットは静かにそう告げた。
「許して……くれるのか?
 父親らしいことなど、何ひとつしてやれなかった私を……」
「『しなかった』のなら、許せなかった……
 でも……本当に『できなかった』のなら……怒れるワケ、ないよ……」
 デュノアに答え、シャルロットは悲しげに目を伏せた。
「だって、ボクは……それ以下だったんだから。
 IS学園に入る前のボクは、すべてをあきらめてたから……父さんに愛されることも、自分の現状を変えることもあきらめて、ただ、流されるままに生きていた……」
 言って、シャルロットは鷲悟を見て、
「ボクが変われたのは、IS学園で鷲悟やみんなに会えたから……
 でも……父さんには、そんな人は、いなかったんだよね。
 ホントなら、娘のボクがその役目をしなければならなかったのに……」
 そう言うと、父の手を取り、両手で優しく包み込む。
「今からでも……間に合うかな?
 ボクでも、あなたを支えることが、できるかな……?」
「シャルロット……」
 シャルロットの言葉に、視線を伏せたデュノアは息をつき――



「子供が、生意気言うんじゃない」



 ピンッ、と空いている方の手でシャルロットの額を小突いた。
「まだまだ半人前のお前に何ができる。
 まずはIS学園を3年間通い通せ――向こうでの経験は、きっとお前の力になる。
 親の力になりたいのなら、そのための実力をまずつけろ――それが、子供が親のために何かしてやる、そのための第一歩だ」
「…………はいっ!」





「……とりあえず、あの親子に関しては一件落着……ってことでいいのか?」
「いいんじゃないか?
 ずっと遠回りしていた親子が、ようやく顔を合わせられたんだからさ」
 つぶやく鷲悟に答え、一夏は安堵の息をつく。
「なんか、『ホッとしたーっ!』って感じだな」
「まぁな。
 オレんち、両親いないからな――うまくやっていけるはずの家族が引き裂かれずに済んだんだ。こんなにうれしいことはないさ」
 一夏の言葉に「そういえば」と思い出す――自分の周りの専用機持ち達は皆、家族がいないか、特殊な家庭環境に生まれた者達ばかりだ。それだけ“家族”というものには思い入れがあるということか。
 見れば、一夏以外にもセシリアやラウラ、箒や鈴、あずさや簪に至るまで、皆感慨深げな視線を向けていて――
「うぅっ、デュノアさん、よかったねぇ……っ!」
「IS学園にも今まで通りいられるみたいだし……!」
「感動のワンシーンだよ〜」
「いや、お前らのその号泣が感動ぶち壊しにしてるからな。現在進行形で」
 いろいろな意味でシリアスキラーな“トリオ・ザ・のほほん”にはとりあえずツッコミを入れておく。
 その一方で、忘れてはいけないのが――
『待て』
 この一件をムダにややこしくしてくれた人物の“処理”だ。デュノア親子の感動の対面のスキに逃げ出そうとしていたジュンイチを、シャルロットやデュノアを除く全員で取り囲む。
「どこ行くつもりだ、愚弟?」
「いやー、無事に親子仲直りしたみたいだし、水入らずをジャマしちゃ悪いから、帰って『ウルトラマン超闘士激伝』のビデオでも見ようかな、と」
「別に気にすることもないんじゃありませんの?」
「そうだな。
 シャルロットが家族の絆を取り戻したことを共に祝福しようじゃないか」
 完全に視線をそらしながら鷲悟に答えるジュンイチだったが、そんなジュンイチの左右を抑えているセシリアとラウラが告げる。
「と、いうか……お前、あれだけの騒ぎを起こしておいて、後始末もしないで帰るつもりか?」
 一夏からも言われ、ジュンイチはニッコリと笑って告げた。



「任せた♪」

『任せるなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!』



 全員のツッコミと拳と平手打ちと蹴りが降り注いだ。





「うぅっ、ちょっとしたお茶目なのに……」
「『お茶目』で一軍動かされても困るんだがな」
 ミノムシ状態で床に転がされ、さらに『私は悪い子です』というはり紙まで貼られ、それでもわざとらしくさめざめと泣いてみせるジュンイチに対し、一同を代表してラウラがそう答える。
「いいじゃねぇかよ。おかげでシャルロットはまた親父さんと仲良くできるようになったんだからさ」
「それは確かにお手柄だけど、なんでそのために回りくどい荒療治しかできないかな?」
「荒療治とか、好きだからっ!」
「ンな理由で事態をややこしくするなっ!」

 あずさに即答するジュンイチを、鈴がツッコミと共に踏みつけて――
《ハロハロ、デンワ、デンワッ!》
 突然、その鈴の携帯電話が某ガンダムシリーズの丸い悪魔の声で着信を告げた。
 すぐに携帯電話を取り出して相手を確認――思わず眉をひそめつつ応答する。
「もしもし?
 久しぶりね――カレン」
〈うん。
 久し振り、鈴ちゃん〉
 電話してきたのは一学期の終わりに友達となり、今はイタリアの実家に戻っているカレン・ヴィヴァルディであった。
「今日は一体何の用?
 悪いけど、また『鈴ちゃんの酢豚食べたいから送って〜♪』なんてお願いなら聞けないわよ。今出先だから」
〈うん、わかってる。
 ジュンイチくんと一緒にフランスのデュノア社本社社長室にいるよね?〉
「………………」
 無言で視線を向けるが、しっかり電話の向こうの声を聞き取っていたジュンイチはミノムシ状態のまま首を左右に振る。
「……いくらジュンイチにほれたからって、ストーキングは感心しないわね」
〈失礼な。そんな違法行為なんかしたら、ヴィヴァルディ・ファミリーの名に傷がつくじゃない。
 ちゃんと“篠ノ之束を探す上での最重要人物を追いかけるため”として、国から超法規的許可をもらってやってるわよ〉
「合法ならいいって問題でもないんだけど!?」
〈うん、気にしない気にしない♪〉
 思わずツッコむが、電話の向こうのカレンはどこ吹く風だ。
〈それでね、本題なんだけど。
 せっかく欧州連合の圏内に来てるんだもの。そっちの用事が終わったら……〉



〈ウチに遊びに来る気ない?〉





突然の
  イタリアからの
    招待状


次回予告

「ヤッホー♪ あたし鈴!
 カレンからの正体で、あたし達は今度はイタリアへ!」
清香 「イタリアっていうか……ヴィヴァルディさんの実家でしょう?
 つまりマフィアの本拠地ってことで……」
癒子 「何が出てくるか、ちょっと不安かも……」
「そう気にすることもないんじゃない?」
本音 「何で?」
「だって……“あの”カレンの実家だし」
トリオ・ザ・のほほん 『…………あぁ』
カレン 「どういう意味!?」
鷲悟 「次回、IB〈インフィニット・ブレイカー〉!
   『カレンからの招待状 みんなで行こうイタリアへ!』
   
カレン 「みんな、ヴィヴァルディ・ファミリーへようこそっ!」

 

(初版:2011/11/15)