「……と、ゆーワケで、やってきました、イタリアはローマ!」
「何が、『と、ゆーワケで』なんだ?」
「気にするな。お決まりのごあいさつ、というヤツだ」
「む。そうか」
 キッパリと答える鷲悟の言葉に、とりあえずラウラは納得する――先の鷲悟の言葉の通り、二人を始めとしたいつもの面々は、イタリア、ローマ新国際空港に降り立ったところだった。
「さすがは欧州連合圏内。まさか入国審査なしでフランスから来られるなんて……」
「もちろん個々の国は独立していますけど、通貨や交通、インフラなどのシステム面においては、欧州連合加盟国全体で一国家、という解釈のもと、可能な限りの規格統一と運用がされてますの」
「そうやって人や物、お金が動きやすくすることで、連合全体の経済が活性化することを狙ったんだよ」
「オレ達の世界のEUみたいなモンだとは思ってたけど、まさかそういうところまで似てるとはな……」
 感心する箒にセシリアやシャルロットが答え、ジュンイチが傍らで納得する――そんな彼らをよそに、一夏はキョロキョロとターミナル内を見回している鈴に声をかけた。
「鈴、カレンは見つかったか?」
「見つかってたらこんなキョロキョロしてないわよ」
 確かにその通りである。
「一応、乗ってきた飛行機の便番号と到着予定時刻は伝えてあるから、迎えには来てくれてるはずなんだけど……」
 言って、鈴は周囲を見回すが、やはりカレンらしき人影は見つからない。
「あー、もうっ。やっぱあたしの身長じゃ探しづらいわ。
 一夏、アンタ台になりなさい」
「はぁ?」
「肩車よ、肩車。
 視点を上げて、上からカレンを探すのよ」
「いや、別にそこまでしなくてもいいだろ。携帯で居場所伝えるとかさ」
 ごく当然のように言い切る鈴に対し、一夏はすかさずツッコミを入れる。
「つか……相手はカレンだろ?
 ほっといたって、お前の匂いか何かをかぎつけてすっ飛んできそうなものだけど」
「アンタあの子を何だと思ってるのよ!?」
「わんこ」
 ツッコむ鈴にジュンイチがサラリと答えて――



「鈴ちゃぁ〜んっ!」



「どわぁっ!?」
 いきなり人ごみの中から飛び出してきた人影が鈴に飛びつき、押し倒した。
 その正体は――
「か、カレン!?」
「ぅわぁ、鈴ちゃんだ鈴ちゃんだ鈴ちゃんだぁっ!」
 そう、カレンだ。いきなり押し倒され、驚く鈴に抱きつき、心からうれしそうにその胸元に頬擦りしている。
「……今、直前まで気配しっかり隠してきたんだけど、カレンちゃん」
「猫被るのをやめてわんこキャラになったと思ってたけど……わんこはわんこでも猟犬だったか」
「っていうか、ヴィヴァルディさんってこういう子だったっけ……?」
「完璧に学園でのイメージがぶち壊しになってるよね……」
「かれかれ、かわい〜♪」
「よっぽど、凰さんに会えるのが楽しみだったんだね……」
「って、アンタ達、見てないで助けなさいよぉっ!」
 あずさ、ジュンイチ、清香、癒子、本音、簪の順――口々につぶやく一同に、鈴は全力でツッコミを入れた。

 

 


 

第35話

カレンからの招待状
みんなで行こうイタリアへ!

 


 

 

「……ふぅっ、鈴ちゃん分、補充かんりょ〜♪」
 鈴に飛びついてからゆうに10分以上――ようやく満足したのか、カレンは幸せそうな顔で鈴から離れた。
「じゃあ、改めて……みんな、ようこそ我が祖国イタリアへ♪」
「ホントに『改めて』だな」
 ようやく自分達のよく知るノリに戻ったカレンの言葉に、鷲悟は思わず苦笑する。
「さぁ、どこに行きたい?
 どこにだって案内してあげるわよ」
「って、その前にまず荷物を置きたいんだけど。
 名所を見て回るよりもまずはそこでしょ?」
「おっと、そうだったわね。
 じゃあ、まずはウチに戻りましょうか」

 ――ざわっ……

 あっさり告げたカレンの言葉に、場の空気が変わった。
「う、『ウチ』って……ヴィヴァルディさんの、実家……?」
「確か……マフィアなんだよね……?」
「ん? そうよ?」
 思わずつぶやく清香や癒子に答え――カレンはそこでようやく、彼女達が不安そうにしているその理由に思い至った。
「あぁ、大丈夫大丈夫。
 マフィアって言っても、ウチがクリーンさをウリにしてることは知ってるでしょ?
 確かに優男のいるようなところじゃないけど、みんな豪快で気さくな人達ばかりよ?」
「うーん、その環境にすっかり慣れ親しんでいるヴィヴァルディさんの保証じゃなぁ……」
「ヴィヴァルディさんは平気でも一般人は……って可能性も捨てきれないような気が……」
「そんなこと言われたら、こちらも保証のしようがないのだけど」
 なおもぐずる二人にカレンが答えると、
「そう心配することもないだろ」
 あっさりとそう答えるのはジュンイチである。
「お前ら……自分達の顔ぶれをよく見てみろよ。
 専用機持ちがこれだけいれば、マフィアどころか一国にだってケンカ売れるぞ」
 ジュンイチのその言葉に、昨日それが実現しかけたことを思い出した一同はただ苦笑するしかなかった。



 さて、気を取り直して一同は改めてカレンの家まで移動することになった。各々荷物を持ち、カレンの後に続いて空港を出て――
「お帰りなさいやせ、お嬢!」
「うん、待たせちゃってゴメンね」
 出迎えた、いかにも“そっちの世界の人”といった風情のいかつい男にカレンが答える――が、問題は男が番をしていた車である。
 それこそ“いかにも”な感じの、真っ黒な長リムジンである。
「ぅわ……長リムジンの実物なんて初めて見た……」
「あ、あぁ……
 しかも、それに出迎えられる日が来ようとは……」
「フフフ、いきなり驚かせちゃった?」
 圧倒される庶民代表一夏と箒の言葉に、カレンは軽く苦笑する。
「普通の車を回そうと思ったんだけど……あなた達のことだから、普通の車を複数台回したら誰と誰が一緒に乗るかでまたもめそうな気がしたから。
 だからみんな一緒に乗れる車にしたかったんだけど、今ちょうどファミリー所有のマイクロバスが全部出払っててね。対VIP接待用の長リムジンしか空いてなかったのよ」
「……状況は、わかってたけど……」
「消去法の結果出てきたのがコレって、逆に財力の差を見せつけられただけな気がする……」
 カレンの言葉に、庶民代表その2清香と癒子が思わず正直な感想をもらす。
「とにかく乗って。
 お菓子やジュースもタップリ用意してあるから」
「お菓子!? ジュース!?
 かんちゃん、あーちゃん、早く行こう〜っ!」
「ち、ちょっと、本音ちゃん!?」
「わかったから、引っ張らないで……」
 カレンの『お菓子やジュース』という言葉に目を輝かせたのは本音だ。さっそくあずさや簪を引っ張ってリムジンに乗り込んでいく。
 そんな本音が先陣を切ったことで二の足を踏む気持ちが薄れたか、一夏達もひとまずリムジンに乗り込んでいき――
「……ところで」
 なんとなく気になって、鷲悟はカレンに尋ねた。
「お前の実家くらいになってくると、それなりの大人数での移動ってけっこうあるよな?
 それを前提に用意しているはずのマイクロバスが全部出払うような状況って何なんだよ?
 まさか、どっかのファミリーにかち込みかましてたりしないよな?  抗争に巻き込まれるとかヤだぜ、オレ」
「あぁ、安心して。
 今回はそういう物騒な理由じゃないから」
「『今回は』って……」
 思わずツッコむ鷲悟だが、カレンは気にせず続ける。
「気にしなくていいってば。
 今日から、この春新卒採用した新人の強化合宿でね。参加者を軍基地まで送迎してるの」
「……確かに、想像してたのよりはまっとうな理由だけどさ……
 けど、マフィアが新卒採用って、強化合宿って……っ!」
 物騒ではなくても、ツッコミどころは満載であった。



 ともあれ、カレンの用意した長リムジンに乗り、カレンの実家、ヴィヴァルディ・ファミリーの本家へと移動開始である。
「ねぇねぇ、ヴィヴァルディさんちってどんな感じなの?」
「やっぱり、マフィア映画に出てくるような豪華な感じ?」
「んー、確かにそういう建物もあるにはあるけど」
 車内に用意されていたポテトチップをかじりながら、興味本位でそう尋ねる清香や癒子に対し、カレンは苦笑まじりにそう答えた。
「けど、マフィアとしての体裁を整えるため……って部分の方が大きいかな?
 仕事相手を通さない部分についてはあまりお金はかけてないわね。生活のためのエリアは、広さ以外は案外日本の一般家庭と同レベル程度よ」
「『広さ以外は』……?」
「ほら、護衛とかで泊り込む人も多いから」
「あぁ、人数的な問題ね」
 聞き返す清香に答えたカレンの言葉にシャルロットが納得すると、突然カレンの懐で携帯電話が震えた。
「あぁ、ごめんね。
 あ、はい、もしもし?
 ……あぁ、パパ?」
『………………』
 カレンの父親ということは、ヴィヴァルディ・ファミリーのボスだ――カレンの言葉に、鷲悟達の間に緊張が走る。
「うん、うん……そうなの?
 うん、今ちょうど帰る途中。うん……
 ……わかった。じゃあ、後でね」
 言って、カレンは電話を切り、
「パパ、ちょうど仕事に空き時間ができたんだって。
 それで、みんなにあいさつしたいから連れてきてくれって」
「そ、そうなんですの……?」
「なんか、緊張するね……」
 カレンの言葉にセシリアやシャルロットがつぶやくと、
「そうかしこまるような相手じゃなかったぜ」
 口を開いたのはジュンイチである。
「確かに豪快っちゃあ豪快だったけど、それ以外はどこにでもある普通のオッサン……って感じだった」
「あー、そういえばアンタは面識あるのよね」
 思えば、ジュンイチは以前カレンの父親からの依頼で動いていたことがあった――そのことを思い出し、鈴は軽くため息をつく。
「オレ自身、親父さんからの覚えもめでたくてな。
 『カレンの婿に』なんてジョークもかまされる間柄だよ」
「じ、ジョーク……
 そ、そうよね。ジョークよね。アハハ……」
 ジュンイチの言葉に苦笑するカレンだったが、その頬は真っ赤で……
「………………」
「……鈴?」
「ハッ!?
 な、何? 一夏」
 一夏に声をかけられ、ムッとしてジュンイチを見ていた鈴は我に返った。
「どうした?
 なんか、すごく不機嫌そうな顔をしてたけど……」
「そ、そう? アハハ……」
 一夏に問われて鈴は思わずごまかす。
 だがそれも当然だ。『カレンの婿にジュンイチを』という話を聞かされたらなんかムカついた……にどと言えるはずもない。
(そうよ! 別にカレンがジュンイチとくっつこうが、あたしはぜんぜんかまわな……いや、かまうか。友達が変な男に捕まるってことなんだから……
 ……そう、そうよ! それだけのことよ!
 あたしが好きなのは一夏だもの! ジュンイチが誰とくっついても……あぁっ、もうっ!)
「あたしが好きなのは一夏あたしが好きなのは一夏あたしが好きなのは一夏あたしが好きなのは一夏あたしが好きなのは一夏あたしが好きなのは一夏あたしが好きなのは一夏あたしが好きなのは一夏あたしが好きなのは一夏あたしが好きなのは一夏……」
「………………?
 どうしたんだ? 鈴のヤツ」
「うん、お兄ちゃんと一夏さんに気づいてもらえるとは思ってないから」
「………………?」
 頭を抱える鈴に気づくが、それについてのあずさのコメントは解釈に困るものであった。ワケがわからず首をかしげるジュンイチの姿に、クスリと笑みをもらすカレンであった。



 やがて、彼らを乗せたリムジンは高い塀に囲まれ、何人もの屈強な男達に守られた敷地内へと入っていく。
「さっすがマフィア。警備も厳重だな」
「当然よ、織斑くん。
 マフィアなんていつ、どこの同業者に襲われてもおかしくない人種だもの……それに、ウチはその“あり方”のせいでただでさえ敵が多いし」
「あー、そうだったな。
 “イタリアン・マフィア界の法の番人”だっけか」
「でもさ……オレの目から見たら、入れそうな警備の穴がいくつかあるぜ?」
「えぇっ!?
 ジュンイチくん、それ本当!?」
「あぁ。後で教えてやるよ」
 などと話している間に、リムジンはやたらと大きく、豪華な屋敷の前へとさしかかった。
「ぅわ、すご……」
「大豪邸じゃない、ヴィヴァルディさん!」
「フフフ、さっきも言ったでしょう? そっちは来賓の接待用。
 見たいって言うなら後で案内してあげるけど……とりあえず、私達が向かうのは住居の方よ」
 感嘆の声を上げる清香や癒子にカレンが答え、リムジンは豪邸の裏手に回る。
 そこに建っていたのは、ここに来る間にも見かけた、イタリアの標準的な様式の住宅――もっとも、“標準的”なのは様式のみで、大きさは十分に規格外の規模なのだが。
「こっちが、私達の本宅。
 まずは部屋に案内するわね――個室を人数分用意してあるから、その中で好きな部屋を使っていいわよ」
 カレンが言うのを聞きながら、一行は続々とリムジンから降りて――

「おぉっ! ジュンイチ!」

 いきなり声が上がった。
「待っていたぞ!
 まさかこんなに早く再会できるとは思っていなかったぞ! はっはっはっ!」
 豪快な笑いと共に現れたのは、貫禄あふれるいでたちのひとりの男だった。
「えっと……まさか、あの人が?」
「えぇ。
 私のパパ、アレクサンダー・ヴィヴァルディ」
 尋ねる鈴にカレンが答えると、アレクサンダーはそんな鈴に気づき、
「おぉっ! お前が凰鈴音だな!
 娘から見せてもらった写真で顔は知っていたが、まさかこんなかわいらしいお嬢ちゃんだったとはな!」
 言いながら、強引に鈴の手を取って握手を交わす――見た目通りのバカ力で右手を振り回された鈴が顔をしかめるが、特に気にする様子もない。
「そんななりで、しかも一年でただの素人から中国の代表候補生にまで上り詰めたそうじゃないか!
 ただ才能があっただけではそうはいかん! 確かな努力もあってこそと見た! いや、大したものだ!」
 そして、アレクサンダーはようやく鈴を放すと他の面々も見渡し、
「他のヤツらも、いい面がまえのヤツらがそろっとる!
 いやー、お前達が代表候補生じゃなかったら、IS学園在学中の不干渉の原則がなかったら、今すぐにでもウチに迎えたいくらいだ! いや、実に残念だ!」
「……パパ、そのことで言うことがあるでしょ?」
「ん? そうだったな。
 いや、才能あふれる若人を見て、つい血が騒いでしまった!」
 カレンに釘を刺され、アレクサンダーはそう言うと居住まいを正し、
「織斑一夏。
 篠ノ之箒。
 柾木鷲悟。
 そして――各国代表候補生諸君。
 先日は、我がヴィヴァルディ・ファミリーの内輪の問題に巻き込んでしまい、本当に申しわけなかった。
 このアレクサンダー・ヴィヴァルディ、伏してお詫びしよう」
「あぁ、そんな……」
「頭を上げてください。
 未然に終わった事件です。私達も気にしていませんから……」
 自分達を悠々と見下ろす偉丈夫に深々と頭を下げられ、一夏や箒は思わずフォローの声を上げる。
「むしろ、その一件があったからこそ、オレ達はカレンと仲間になれたんです。
 だから……気にしないでください」
「……そうか。
 そう言ってくれると助かる」
 一夏の言葉に気が晴れたのか、アレクサンダーは頭を上げて息をつき――
「ごめんないね、みなさん」
 そこへ新たな声がかけられた。
「いきなり頭を下げられて驚いたでしょう?
 その人、何をするにもオーバーなものだから」
 そう続けて姿を現したのは、まだ年若い日本人の女性だった。
 ずいぶんとアレクサンダーに対して遠慮がない物言いだが、そもそも彼女は何者なのか。一夏達が彼女の正体を測りかねていると、カレンとジュンイチがサラリと一言。



「あぁ、ママ」

「カレンのママさん、おひさ〜」



『ママぁっ!?』



 その一言で、一同の間に衝撃が走った。
「初めまして。
 カレンの母の、真珠・ヴィヴァルディです」
「お母さん、若……」
「犯罪でしょ、アレクサンダーさん……」
 自己紹介するカレンの母、真珠の言葉に、清香や癒子がうめくのもムリはない。そのくらい、見た目の年齢が離れすぎている。
「っていうか、カレンってハーフだったんだ……」
「あぁ、そういえば言ってなかったわね。
 でもね、『カレン』って名前は、日本の女の子の名前にも通じるものを、ってことで名づけてくれたんだって、前に言ってた」
 初めて知る事実につぶやく鈴に、カレンは苦笑しながら肩をすくめる。
「いきなりの話に加えてフランスからここまで大変だったでしょう?
 腕によりをかけてごちそうを作らせてもらったから、たっぷりとどうぞ」
「やった! 久々のママの手料理!」
 彼女にとっても久しぶりだったのか、真珠の言葉にカレンが小さくガッツポーズ。
「心遣いはうれしいんですけど……足りないかもですよ。
 何しろ、バカみたいに大食い人が二人もいますから」
「大丈夫よ。
 前にジュンイチくんにごちそうして、その大食いについては承知の上だもの。それ前提でタップリ用意させてもらったわ。
 焼きものはバーベキュー方式で片っ端から焼いてあげるから、いつでも焼きたてをごちそうしてあげるわよ」
 苦笑まじりに二人の兄のことを話すあずさだったが、真珠は笑顔でそう答える。
「ママはウチの料理長もしてるから。
 私達家族の分だけじゃなくて、本家勤めのファミリーのみんなの分の食事も一手に引き受けてるから、量にモノを言わせて作るのも得意なの」
「ファミリーみんなの胃袋を支える肝っ玉母さんの実力、とくと見なさいっ! ってね♪」
『……「肝っ玉母さん」って……』
 なるほど、このセンスは確かに母親世代だ――思いもよらない形で“真珠=カレンの母親”という事実を実感する鷲悟達であった。



「ふー、食った食った」
「久しぶりに、ホントに満腹まで食った気がするぜ」
「……お前ら、マジで腹いっぱい食おうと思ったらこれだけ食うのかよ……」
 真珠が腕によりをかけて作ったと豪語するだけあって、夕食は量も味もなかなかのものだった――満足げな鷲悟とジュンイチの言葉に、一夏は頬を引きつらせながら“そちら”を見た。
 そこには、“会食用の”テーブル二つを占拠し、且つうず高く積み上げられた食器の山。
 鷲悟とジュンイチ、二人だけで築き上げたものである――つまり、単純に考えると鷲悟達はそれぞれひとりで会食用テーブルひとつ分の食器の山を作ったことになる。
「鷲悟、学園でもまだセーブしてたんだね……」
「でないと本気で全部食い尽くしちゃうからな」
「うむ。他のみんなの分も残しておいてやる……さすがは私の嫁だな」
 シャルロットに答える鷲悟の言葉にラウラがうんうんとうなずき、
「がははははっ! いいぞ、実にいいっ!
 男たる者、そのくらい豪快でなければな!
 織斑一夏! 我らも負けてはおれんなぁ!」
「って、オレもこれだけ食べろってことですか!?」
 アレクサンダーの言葉に一夏が思わずツッコむと、
「あなた、お風呂の支度ができましたよ」
 言って、真珠がアレクサンダーを呼びに来た。
「おぉ、そうかそうか。
 では、男ども、先に風呂をいただくとしようか。
 男同士、裸の付き合いといこうではないか! はっはっはっ!」
「はーい」
「おぅ」
「は、はぁ……」
 アレクサンダーの言葉に鷲悟やジュンイチがあっさり同意するが、一夏のリアクションはどこか戸惑いが先に立っている感じだ。
「あれ、一夏、風呂好きのお前が珍しくノリが悪いな」
「いや、あのノリに未だに慣れなくてな……」
「あぁ、アレクサンダーさんの」
 首をかしげる鷲悟に一夏が答えるが、
「はっはっはっ、何を言うか!
 だからこそ裸の付き合いで親睦を深めようと言うんじゃないか!」
「わ、わかりましたから! わかりましたから引っ張らないでくださいっ!」
 アレクサンダーが一夏を引きずり、男性陣退場――それを見送った後、箒とセシリアは思わず顔を見合わせた。
「……今、アレクサンダー殿、『先に』と言わなかったか……?」
「ま、まぁ、大きいとはいえ一般の住宅ですし、男湯、女湯の別があるとも思えませんし……」
「公共の場、ってワケでもないしね」
 鈴が付け加え、その場を微妙な沈黙が支配する。
「つまり、一夏や……」
「鷲悟さん……」
「ジュンイチが入った後……」
「同じお湯でボクらも……」
「入浴する、ということか……?」
「そう、なるわね……」
 箒、セシリア、鈴、シャルロット、そしてラウラにカレン――それぞれにつぶやき、六人の間に緊張が走る。
「なんだか……ものすごい葛藤のオーラが渦巻いてる気がするんだけど……」
「頼むから、変態的な行為に走らないでよー……」
「……否定できないのがまた怖いよねー……」
 そんな六人の姿に思わずつぶやくのは、清香にあずさ、そして癒子の三人だ。
「ねーねー、かんちゃん。『へんたいてきこーい』って?」
「え? え、えっと……」
 一方、無邪気に尋ねる本音に簪が答えに困っていると、
「あら、あなた達……」

「その程度のことで終わらせるつもり?」

 ニコニコ笑顔で真珠が告げる――それを見たあずさは後にこう語った。
 『良からぬことを思いついた時のお兄ちゃんや束お姉ちゃんと同じ目をしていた』と……



「ふぅ…………っ!」
 経済的余裕からか利用者が多いからか、ヴィヴァルディ家の風呂はちょっとした銭湯並の規模があった。大きな湯船に身を沈め、ジュンイチは大きく息を吐き出した。
「いやー、長旅の疲れにこのお風呂は効くね〜」
「旅の前半のフランス編、ほぼお前のせいで疲れた気がするんだけど」
 のんびりとつぶやくジュンイチにツッコむと、鷲悟はクルリと後ろへと振り向き、
「……大丈夫か? 一夏」
「せ、背中……削ぎ落とされるかと思った……」
 ヒリヒリする背中のせいで湯船につかることもできず、備え付けられていた長いすにうつ伏せになっている一夏が鷲悟に答えた。
 なぜこんなことになっているのかというと――
「はっはっはっ! その程度で何だ!
 柾木兄弟を見ろ! 同じように私に背中を流されても平然としておるではないか!」
「その二人と一緒にしないでください……」
 犯人はこの人。背中を流してくれたものの明らかに力加減を間違えていたアレクサンダーの言葉に、一夏は思わずため息をつく。
「しかし、やはり裸の付き合いというものはいいものだな!
 最近はファミリーのヤツらも一緒に入ってくれなくてな! 少し寂しいものがあったのだが、いや、お前達が来てくれて本当によかった!」
 あぁ、ファミリーのみなさんもこれやられて逃げるようになったのか――なんとなく確信する一夏であった。



「……うーん、湯気がジャマね。よく見えないわ」
「……あのー、真珠さん?」
 そんな浴室の外――ため息をつく真珠に対して、箒は恐る恐る声をかけた。
「ん? 何?」
「一体、何をしようと……そして私達にさせようとしているんでしょうか……?」
「のぞき」
 まさに即答であった。
「私ひとりだけなら、家族相手に遠慮することもないし普通に突撃かけるところなんだけど、あなた達、恥ずかしくてできないでしょう?
 だったら別の楽しみ方――何も知らずに裸の付き合いに興じるあの人達の艶姿をこの目にバッチリ収めるのよ!」
「力いっぱいアホなこと力説してくれたわよ、この人っ!?」
 思わず鈴がツッコんだ。
「まさかとは思いますけど、ファミリーの部下の人達にも同じことしてるんですか!?」
「え? まさか。
 ファミリーのみんなは“家族”じゃない」
 つまり“突撃”しているらしい。
「でも、みんな恥ずかしがって逃げちゃうのよね。
 家族なんだから、もっと遠慮なしに付き合ってくれていいのに……」
「………………」
 カレンへ視線で助けを求めるが、ため息まじりに首を振るのみ。どうやら彼女もいろいろとあきらめているらしい。
「アホらし。
 みんな、引き上げるわよ」
 言って、一同に撤退を促す鈴だったが――
「ふむ、まぁ、見ても言いというのなら存分に見てやるとするか」
「ちょっ、ラウラさん!?」
「ダメだってば、ラウラ! のぞきなんて!」
 こういう話に真っ先に毒されるのがラウラクオリティ。風呂場の窓に向かおうとするのを、セシリアとシャルロットがあわてて止めるが、
「ではお前達は見たくないのか?
 ならば下がっているがいい。私は見たいから見る」
「そ、それは、その……
 ……し、仕方ありませんわね! ラウラさんがそれ以上不埒なマネに出ないよう見ててあげなくてはなりませんし!」
「そ、そうだね!
 ラウラと鷲悟達、両方を守るには仕方ないよね!?」
 あっけなく二人も陥落した。
「むぅ、毒を喰らわば皿までとも言うしな……
 ここまで同行してしまった時点でもはや言い逃れはできない。ならばここで引き返すくらいならいっそ……」
「ちょっ、箒まで何言い出すのよ!?」
 その上箒まで――他の面々に助けを求めようと鈴は振り向き――
「清香、デジカメの準備は!?」
「バッチリ!
 イイのが撮れれば高く売れるよ!」
「二人とも、ムリしちゃダメだよ。
 お兄ちゃん達、カンが鋭いからヘタに動くと気づかれちゃう。ヤバイと思ったらムリはしないで、あたしに任せて下がっててね」
「お、織斑くんや柾木くんの裸……」
「んー? なんでみんな顔赤いの?」
 ダメだ。むしろ写真を売りさばく気マンマンだったり熱暴走していたりよくわかっていなかったりと、誰ひとり戦力としてあてにできない。
「フフフ、みんな、覚悟は決まったようね?
 では往かん、魅惑の園へ!」
 言って、真珠は改めて浴場の窓へと向かい――

 ――ざばぁっ。

 頭から湯をかぶせられていた。
 いったい何事かと、女性陣はずぶ濡れの真珠の頭上を見上げ――固まった。
「のぞき……それはのぞく者とのぞかれる者の真剣勝負。
 のぞかれる物はのぞかれまいと、のぞく者はそれをかいくぐってのぞこうと、互いに智略の限りを尽くす。
 真珠よ! お前がオレの裸をのぞこうというのなら、このアレクサンダー・ヴィヴァルディ、全力をもってそれに応えよう!」
 この嫁にしてこの夫あり、というヤツか。妻に勝るとも劣らぬズレっぷりを遺憾なく発揮したアホな発言と共に、アレクサンダーは女性陣の前に立ちふさがる――



 いろいろと丸出しで。



『○◇×△※@〜っ!?』
 堂々と衝撃的なモノを見せつけられて、真珠を除く女性陣の頭は一瞬にして沸騰した。言葉にならない悲鳴と共に、クモの子を散らすように逃げていってしまう。
「……ふむ。あやつらも“こっち”方面はまだまだか。
 オレのものを見ただけでアレとはな」
「フフフ、みんなうぶねー」
 気にすることもなく平然とそんな会話を交わすヴィヴァルディ夫妻の言葉に、鷲悟はポツリとつぶやいた。
「……あの両親に育てられて、よく染まらなかったなー、カレンのヤツ」
「反面教師にしたんだろうよ――オレ達みたく」
「って、お前らの親もあんな感じなのか!?」
 思わずツッコむ一夏に対し、鷲悟とジュンイチは顔を見合わせ、
「んー、まぁ。
 ウチは母さんだけだけどな」
「片親だけだけど、その分あの二人以上のピンク脳だよな?」
「そ、そうか……」
 これ以上話を掘り下げることに危険を感じたのか、一夏がさらにツッコんでくることはなかった。



 明けて翌日――
「うん、絶好のイタリア観光日和だな!」
 カラリと晴れた青空を見上げ、上機嫌な鷲悟がそう言うが、
「うん、そうだね……」
「よかったですわね……」
「楽しめそうじゃないか……」
 シャルロットやセシリア、ラウラを始めとした女性陣のテンションは明らかに低かった。
「……なんだよ、元気ないな」
「そりゃ、一日の最後に“アンナモノ”を見ちゃね……」
「ショックで、昨夜は一睡もできなかったよ……」
 どんよりと暗い表情で、鈴とあずさが鷲悟に答える――どうやらみんな原因は同じらしく、鈴達二人の話にうんうんとうなずいている。
「あー、まぁ、自業自得な部分もあるし、そこはあきらめようぜ。
 それより、せっかく観光のために街に出たんだ、ここからは明るくいこうぜ」
「ん……そうね。
 じゃあ、ここからは気持ちを切り替えていきましょうか」
 一夏の言葉にまず復活したのは、相手が父親ということで比較的ダメージの軽かったカレンである。
「フランスじゃロクに観光できなかったし、今度こそ楽しんでいこうぜ」
「あー、そうだな。
 フランスじゃ、どっかの誰かが到着早々騒ぎを起こしてくれたし、それが終わったと思ったら今度は別のどっかの誰かがイタリアに呼び出してくれたから、ちっとも観光できなかったもんな」
 一夏に答える形で、鷲悟は騒ぎの元凶ジュンイチ呼び出した張本人カレンへとイヤミ混じりの視線を向けるが――
「ホントだよなー。
 本場のフランス料理、楽しみにしてたのに」
「まったく、ひどい人もいたものね」
「いや、アンタ達のことだからね!?」
 それこそ他人事のように言い切る当事者二人に、鈴が全力でツッコんで――



 ガシャーンッ!と轟音が響いた。



「どうした!?」
「何事ですの!?」
 箒とセシリアが声を上げ、一同が振り向いて――ちょうど今まさに、横転したトレーラーが横滑りに歩道に突っ込み、さらにその向こうの川へと落下する光景を目の当たりにしていた。
「交通事故!?」
「大変!
 “桜吹雪きんさん”っ! “ナイチンゲール”出して!」
 声を上げる清香のとなりを駆け抜け、あずさがISを展開する。
「“お医者さんズ”はケガした人の手当て! “大工さんズ”はトレーラーのドライバーさんのレスキュー! すぐにとりかかって!」
 そして、あずさの指示でコンテナからミニデ○スズメ軍団が出動。それぞれの役目を果たすべく動き出す。
 しかし、事故に巻き込まれた路上のケガ人達はともかく、トレーラーの方はかなり切迫した状態だ。みるみるうちに川へと沈んでいく。
「“大工さんズ”が間に合わない……!?
 くっ、オートクチュール変更! “ジェイソン”!」
 とっさにあずさはオートクチュールをパワータイプの“ジェイソン”に変更。トレーラーのトラック部分の一角をつかみ、馬力にモノを言わせて引き上げる。
「“大工さんズ”、今のうちっ!」
 あずさの言葉に、工作用のメカデボ○ズメ“ワーカーズ”の一団は運転席の扉をこじ開けると、中のドライバーを救出すべく内部へと数体が飛び込んでいき――
「――――っ!?」
 “ワーカーズ”、その内の一体が見つけた“それ”の映像が送られてきた。
 トラック内の計器のひとつ。一定のペースでカウントダウンを刻んでいるそれは――
(カウントダウン!?)
「いけない――っ!」
 その意味を悟り、背筋が凍る――しかし時すでに遅く、カウントはゼロに達し――



 トレーラーが爆発した。



「きゃあぁぁぁぁぁっ!?」
 カウントゼロによる爆発は荷台のみ――しかし、それはすぐにトラック側にも引火、二度目の爆発を引き起こした。至近距離で爆発を受けたあずさが吹っ飛ばされ――
「危ねぇっ!」
 ジュンイチが動いていた。“装重甲メタル・ブレスト”を身にまとい、飛翔し、吹っ飛ばされたあずさの身体を受け止める。
「大丈夫か?」
「う、うん……ありがと……
 でも……」
 ジュンイチに答え、あずさはただのくず鉄と貸し、川に沈んでいくトラックの残骸を見下ろした。
 カウントダウンと明らかに連動した爆発。アレは――
「どうして、自爆なんか……」
「今となってはドライバーに聞くこともできねぇさ。
 よほど見られちゃマズイものでも積んでたんじゃないか……ん?」
 あずさに答えかけたジュンイチだったが、不意に動きを止めた。
「お兄ちゃん?」
「……何かいる」
 答えてジュンイチは慎重に周囲を見回し、
「――――っ!
 いた! あそこだ!」
 最初のトレーラーの水没ポイントのすぐそばの水面を漂う、小さな人影を見つけた。
「あたしも見つけた!
 “お医者さんズ”、こっちはお願い!」
 あずさが指示を出し、医療用メカデボ○ズメ“ドクターズ”の内数体が人影に向かい、引き上げて――
「……女の子……!?」
「さっきの事故に巻き込まれたのか……」
 その光景を岸から見ていた一夏と箒が、引き上げられた人物を見て顔を見合わせ――



「…………マ、マ……」



 小さく、少女がもらしたつぶやきを、聞き取った者はいなかった。





突然の
  新たな出会いは
    何を呼ぶ?


次回予告

鷲悟 「おぅ、鷲悟だ。
 事故現場で保護した女の子。何の因果かカレンの家で預かることになったんだけど……」
???? 「ぅわ〜んっ! ママぁ〜っ!」
鷲悟 「……とまぁ、ご覧の調子で大騒ぎ」
本音 「んっふっふーっ♪ それならこの私にお任せだよ〜」
鷲悟 「真珠さんに世話を頼むしかないのかなー?」
本音 「あれあれ〜♪ どうして無視するのかなー?」
鷲悟 「次回、IB〈インフィニット・ブレイカー〉!
   『迷子の迷子の女の子! 本音は小さなお母さん!?』
   
本音 「む〜っ、『小さな』は余計だよ〜」

 

(初版:2011/11/23)