「……IS学園の方ですか?」
 観光のために街に繰り出した矢先に居合わせた交通事故――駆けつけた救急車には路上で巻き込まれていたケガ人を任せ、鷲悟達は自分達が救助した、川に投げ出されていた女の子をいち早く病院に運ぶことにした。
 あずさがしたように一夏もISを救助目的のもとに緊急展開。ダッシュ力に優れる白式で一直線に病院へと運んで――他の面々も合流してきた頃になって、医師が姿を見せ、一夏達に声をかけてきた。
「患者とは知り合いで……?」
「いえ、オレ達は通りすがりにその子を助けて……」
「そうですか……
 親御さんは見つからないんですか?」
「わかりません。路上のケガ人はレスキューの人達に任せてきたので……
 オレ達は、先行してあの子だけをここへ……」
 代表して一夏が医者に情況を説明していると、
「カレン、みんな!」
「ママ!?」
 駆けつけてきたのは真珠であった。名を呼ばれ、カレンが思わず声を上げる。
「話は聞いたわ。大変だったわね」
「うん……
 それで、ママ……」
「わかってるわ。女の子の親御さん探しよね?
 もうウチの人がファミリーのみんなと一緒に現場に向かってるわ。
 女の子の特徴を伝えるから……教えてくれる?」
「あ、うん……
 年の頃は7、8歳ってところ。髪は黒の長髪で……」
 一通りカレンから女の子の特徴を聞き出すと、真珠はそれを携帯電話で夫に伝える。
「……すぐに探してくれるって。
 連絡役は私でもできるから……警察の事情聴取があると思うけど、それが終わったら帰りなさい。
 もう、観光に行くような心の余裕もないでしょう?」
「はい……そうさせてもらいます……」
「まったく、なんでいつもこうなんのよ……」
 真珠の言葉にシャルロットや鈴が息をついて――ジュンイチが一言。
「いつもいつも、大変だなー、お前ら」
『………………』



 病院なので、全員無言でジュンイチをフクロにした。

 

 


 

第36話

迷子の迷子の女の子!
本音は小さなお母さん!?

 


 

 

 そして、夕食の席で……
「現場で一通り探したし、周囲にも人をやって聞き込みをしたが……問題の少女の両親は発見できなかった」
「そう、なんだ……」
 その量故に一番食事に時間のかかる柾木兄弟も食べ終わり、食器が下げられていく中、告げるアレクサンダーの言葉にカレンは軽く息をつく。
「ひとりであそこにいた……ってことですか?」
「かもしれんが、あんな小さな子供が、ひとりで街をうろついていたというのも、いい気分はせんな。親は何をしているのだ」
 聞き返す清香にアレクサンダーが渋い顔で答えると、今度は本音が尋ねる。
「えっと……もしおとーさんとおかーさんが見つからないと、あの子はどうなっちゃうんですか〜?」
「どうもこうもない。
 普通に考えれば、一定期間保護され、その間に両親が見つからなければ孤児として施設行きだろう」
「そんな……っ!」
 淡々と答えるラウラの言葉に簪がうめくと、
「…………ん?」
 不意に、マナーモードにしてあったあずさの携帯電話が震えた。
 発信者は……
「……真珠さん?」



「簡単にはさっき電話で話した通り。
 あの子が目を覚ましたの」
 真珠からの電話の内容は病院への呼び出し――やってきた鷲悟達に真珠が軽く説明する。
「そんなの、私に連絡してくれればみんなに伝えたのに……」
「第一発見者はあずさちゃんでしょう? 一番心配してると思ってね」
「それで……親について、何かわかったんですか?」
「それなんだけど……いや、直接見てもらった方が早いわね。
 みんな、こっちよ」
 カレンに答えたところに聞いてくる一夏に対し、真珠は彼らを女の子が運び込まれた病室に案内する。
 プシュッ、と空気の抜ける音と共にドアが開き――



「びえぇぇぇぇぇんっ!」



 大音量の泣き声が一同の鼓膜を叩いた。
 何事かとのぞき込んでみれば、問題の少女が全力で大泣き中。看護士達もなんとかなだめようとしているが、今のところまったく効果は見られない。
「……と、こんな感じなの。
 親御さんについて聞きたくても、ずっとこの調子で……」
「は、はぁ……」
「困りましたわね……」
 真珠の言葉に癒子やセシリアが困惑していると、
「………………」
「って、本音ちゃん……?」
 そんな中、本音が動いた。あずさが声を上げるが、かまわず少女の下へと向かい――



「大丈夫だよ〜」



 言って――少女を優しく抱きしめた。
「ここには、怖いものなんてないから……
 キミを傷つけるようなものもないから……
 だから大丈夫〜。大丈夫だよ〜」
 優しく語りかけながら、抱きしめたその手で背中をさすってやる……そんな本音の腕の中で、少女は泣き声の勢いを弱めていく。
「大丈夫〜……大丈夫だからね〜」
「……本当?」
「――――っ。
 うん、本当に大丈夫だよ〜♪」
 そして、初めて言葉をもってリアクションを返すに至る――応えてくれたことがうれしくて、本音も笑顔でうなずく。
「じゃあ、ちょっと教えてくれるかな〜?
 キミのお名前、何ていうの〜?」
「おなまえ……?」
「うん」
 聞き返す少女に本音がうなずく――が、

「……わかんない」

 少女は、少し困ったようにそう答えた。
「わたし……名前……わかんない……」
「そうなの〜?
 忘れちゃったのかな〜?」
 少女の言葉に本音が首をかしげるが、それで少女が自分の名前を思い出せるワケでもない。
「……どう思う?」
「さぁな。
 事故のショックで、一時的に記憶がトンでるのかもしれないし……」
 尋ねる鷲悟にジュンイチが答えると、
「……うん、よし」
 真珠が突然うなずいて――



「……と、いうワケで、あの子は親が見つかるまでウチで預かることにしました」
「何が『というワケ』なんですの?」
「また唐突ですね……」
 “少女を連れて”ヴィヴァルディ邸に戻り、宣言する真珠の言葉に、セシリアと鈴がツッコミを入れる。
「だって、あの子、本音ちゃんに懐いちゃったみたいだし。
 そう考えると、あの子にとってもここにいた方が本音ちゃんといられていいと思うの」
「それは、まぁ……」
「そうですけど……」
 どうしたものかとリアクションに困り、清香と癒子は本音の腕の中でおとなしくしている少女へと視線を向ける。
「でも……そうなると名前がわからないのが不便ですよね?」
「そうね。
 仮の名前になるけど……何か考えてあげないと」
 その一方で、預かることを前提に指摘するあずさに、真珠は少し考える。
「名前、か……」
「仮の名前でも……女の子だもん。可愛い名前にしてあげたいよね」
 箒やシャルロットも、何かいい名前がないかと考え込み――



「…………“ミフユ”って、どうだ?」



 突然、ジュンイチがそう提案した。
「『ミフユ』……?」
「いや、由来とかは聞かないでくれ。なんか唐突に頭に浮かんだんだ」
 眉をひそめるラウラに対し、ジュンイチは手をパタパタと振りながらそう答える。
「んー、そうだね。
 黒髪だし、東洋系の名前の方がしっくり来るかも」
「ジュンイチくんにしてはいいセンスしてるね」
「おい、コラ。『オレにしては』って何だよ?」
女の子いもうとのISのオートクチュールに架空のシリアルキラーの名前をつけまくる男が、ネーミングセンスに期待されてるとは思わないことね」
 清香と癒子を軽くにらみつけるジュンイチだったが、そこへ鈴のカウンターが炸裂する。
「ミフユ……ミフユ……
 ……わたし、ミフユ……?」
「うん、そうだよ〜。
 それとも、別の名前がいい〜?」
 本音の問いに、少女は首を左右に振る。それはもうすごい勢いで。
「それじゃあ……よろしくね、ミフユ〜♪」
「うん!」
 改めて本音に応えて――少女ミフユは初めて自分から本音に抱きついた。



〈…………なるほど。事情はわかった〉
 その晩、泣いてはしゃいで、疲れきっていたミフユは早々に眠ってしまった。一緒に寝ることにした本音を除く一同は一夏の部屋に集まり、千冬に通信すると事情を説明した。
〈まったく……お前達はどこへ行っても厄介ごとに出くわすな〉
「そんな言い方はないだろ、千冬姉。
 ミフユは厄介ごとなんかじゃ……」
〈あぁ、すまない。言い方が悪かったな。
 本当に気の休まるヒマのないヤツらだ……そういう意味で言ったんだが〉
 一夏に反論され、千冬は素直に自らの失言を詫びた。
〈しかし……わかっているのか?
 お前達がそちらにいられるのは夏休みの間だけだ。その間に両親が見つからなかったら……〉
「あぁ……わかってるさ。
 その間に、なんとか見つけられればいいんだけど……」
 ため息をつく一夏に対し、千冬も同じように息をつき、
〈まぁ……いざとなれば、布仏を残してお前達だけでも帰ってこい――布仏ひとりくらいなら、私の権限で滞在の延長許可程度はなんとかなる。
 幸い滞在している場所が場所だ。“ヴィヴァルディ・ファミリーへの研修”とでも理由はでっち上げられるしな〉
「ありがとうございます、織斑先生。
 きっと本音も喜びます」
〈プライベートで『先生』はよせ〉
 空気を読んだのか、いつもとは真逆の方向性でツッコミが入った。
〈しかし気になるのは、自爆したという例のトラックの方だな。
 柾木弟、お前はどう……〉
 言いかけて――千冬は気づいた。
〈おい……柾木弟はどうした?〉
「アレ……? そういえば……」
「言われてみれば……ここに集まった時からもういなかったような……?」
 千冬の言葉に癒子やシャルロットが周囲を見回す――しかし、やはりジュンイチの姿はその場から消えていた。



(…………あった)
 そのジュンイチはヴィヴァルディ邸を離れ、例の事故現場にいた。川の中へともぐり、“それ”がまだあるのを確認する。
(思ったとおりだな……
 こんなでっかいトレーラー、昨日の今日で片づけられるワケがない)
 そう。目当ては千冬も気にしていた、事故を起こしたトレーラーだ。息継ぎもせず、ジュンイチはさっそくトレーラーを調べ始める。
(さすがに、持ち主や積荷の特定に至りそうな部分は吹っ飛んでるな……
 まぁ、そのための自爆なんだろうけど……ん?)
 ふとコンテナの残骸から視線を外した拍子に、それがジュンイチの視界に入ってきた。
(……コンソール……?
 爆発してないみたいだけど……)
 調べてみると、確かに自爆用の火薬は仕込まれている――最初にトラックが沈みかけた時にこぼれ、そのために自爆を免れた……そんなところだろうか。
(まぁ、何にせよ幸運だな。
 回収して調べれば、何かの手がかりが……)
 さっそく回収しようと、そのコンソールに近づき――
(――――――っ!?)
 直感からの警告に従い、身をそらす――直後、ジュンイチの顔があった位置を何かが駆け抜け、川底に突き刺さる。
(――矢だと!?)
 そう。それは一本の矢――しかも、IS用クロスボウに使われるものだ。つまり――
(ISによる襲撃!?)
 とっさに水上に飛び出し、周囲を見回す。
 しかし、襲撃者の姿はなく、代わりにこの場を離れるように空中を移動していく気配がひとつ。
(仕留め損なったとわかって、姿を見られる前に即退散、か……
 大胆にして慎重……プロだな)
「どうやら、よほど自分達のことを知られたくない連中の持ち物だったみたいだね、あのトラックは」
 つぶやき、ジュンイチは改めて川底で見つけたものを回収すべく水中にもぐっていった。



 翌日。
 鷲悟達はミフユを連れて、カレンの案内でローマ市内へとくり出していた。
 ミフユの親探しのためである――ついでに観光する気マンマンだが、観光地なら人も多い。情報を集める上で不都合はないだろう。
 なお、ジュンイチの姿はない。川底で見つけた例のコンソールに何か手がかりがないか、その解析に取りかかっているのだ。
 当初はカレンも手伝おうとしたのだが、鈴の『道案内しなさい』との一言によって強制連行。その真意に思い至り、女性陣は思わず苦笑したりしたものだがそれはさておき。
 そうそう、『本音』といえば――
「………………♪」
「えっと。ミフユ〜。
 そんなにくっつかなくても、どこにも行かないよ〜」
 こちらの本音は、ミフユにしっかりとしがみつかれ、少々歩きづらそうにしている。
「すっかり懐かれちゃったね、布仏さん」
「えへへ〜、人徳の賜物なのだよ〜、えっへんっ!」
「えっへんっ!」
 シャルロットに応え、胸を張る本音のとなりで、ミフユもそれを真似て胸を張る。
 なんとも微笑ましい光景だ。周りで見守る一夏達も含め、和やかなムードの一行だが――
「………………」
 そんな一行の中にあって、ただひとり、鷲悟だけは浮かない顔をしていた。
「……例のコンソールのことが気にかかるのか?」
「ラウラ……?」
「私も、少し気になっている」
 そんな鷲悟に告げるのはラウラだ。息をついてミフユへと視線を向けた。
「自爆システムまで組み込んで何かを運んでいた……例のトラックの持ち主に、後ろ暗いものがあったのは明白だ。
 柾木ジュンイチの解析で何かわかればいいが、問題はそれだけではない」
 ラウラの言いたいことにはすぐに思い至った。
「ジュンイチに一撃入れようとした、ISらしき機影、か……
 ISを持ってるような連中が相手……ってことだよな?」
「それ自体は別におかしな話ではない。
 ISは単体の性能としては間違いなく世界最強の兵器だ。その機体数の少なさから、戦略上はまだまだ最強とは言えないが、それでもその性能からそこに絡む利権や軍事的な思惑も大きい。
 むしろ、そういった暗躍がない方がおかしいんだ。クリーンさを売りにしているヴィヴァルディ・ファミリーも、そういった暗躍の存在は認め、自衛している。そういう意味では彼らも十分にその渦中にいると言える」
「国やら軍やら企業やら研究機関やらが相手でも、少しもおかしなことはない、ってことか」
「むしろそちらを警戒しておく、くらいでべきだろう。
 正真正銘後ろ暗い、フィクションで言うところの“悪の秘密結社”のような連中もいないワケではないが、圧倒的な少数派だ。国や企業など、表舞台に姿を見せている連中が裏で暗躍している可能性の方がよほど高い」
「へぇ、そんな連中がいるんだ」
「あぁ。
 だが、ヤツらについて語ることはかんべんしてくれ。これ以上は機密に触れる」
 答えて、ラウラは軽く息をつき、
「少なくとも、今の段階で判断を下すには情報が少なすぎる。
 どこが相手でもいいように、覚悟は決めておくべきだ」
「……そうだな」
 ラウラの言葉に、鷲悟は軽くため息をつき、
「覚悟……しておかなきゃいけないんだな……
 ここは欧州連合のド真ん中……黒幕は欧州連合の連中と見るべきだ。
 状況次第では、国からの命令でお前らが敵に回る可能性だって、十分にあるんだよな」
「安心しろ。それはない。
 IS学園在学中は生徒としての立場が優先される。学園の生徒である限り、お前達に敵対する指示は拒否する権限がある」
 鷲悟に答えると、ラウラは不意に視線をそらし、
「そ、それに……だ。べ、別にそんな立場などなくても……わ、私はシャルロットやセシリア……そして、お、お前の味方だ」
「ん、そっか。ありがとな」
「………………」
 顔を真っ赤にして、なんとか口にした宣誓はあっさりスルーされた。これが鷲悟なんだとわかっていても、思わずため息がもれる。
「そんなことより――」
 しかし、ラウラのそんな想いも鷲悟にとっては『そんなこと』。あっさりと次の話題に移ろうとするが、
「何を二人で話していらっしゃいますの?」
「ズルイよ、ラウラ。鷲悟を独り占めなんて」
 それよりも早く、セシリアやシャルロットが割り込んできた。
「べ、別に独り占めなど……
 それに今はマジメな話をだな……」
「ほらほら、そんな怖い顔してたら、ミフユが怖がっちゃうよ?」
 シャルロットに返され、気づく――本音に手を引かれたミフユが、不安そうにラウラを見上げている。
「おねーちゃん……怒ってる……?」
「う゛っ……そ、そんなことは……」
「………………」
「むぅ……」
「………………」
「……だ、大丈夫だ。
 別に怒ってなどいない。安心しろ」
 ミフユの不安げな視線にさらされ、ラウラはあっけなく陥落した。ミフユの前にかがみ込むと、懸命に笑顔を作って安心させようとする。
「鷲悟も、こんな小さな子のそばで何物騒な話してんのよ?
 そういうのはジュンイチが引き受けてくれてるんだし、ミフユを不安がらせるようなことは言わないの」
「そうは言ってもなぁ……」
 鈴に言われ、鷲悟はミフユの前にしゃがみ込む。
 ラウラが怒っていないとわかってホッとしているミフユの頭をなでてやると、その両脇に手を添えて――



「こんなお兄さん達もいるワケで」



 ひょいっ、とミフユの身体を持ち上げ――横から伸びてきた新たな手が空をつかんだ。



 手の正体は、歩道ギリギリにそうように走ってきたワンボックスカー。そこから身を乗り出してきた男だった。
 その手は明らかにミフユを狙っていた――目標をつかみそこない、車は少し先で急停車する。
 と、その中からさらに数人の黒ずくめの男達が出てくる。どう見ても友好的とは言えないその態度に警戒を強める鷲悟達に対し、まるで行く手をふさぐかのように相対する。
「なっ、何なんだ、アンタ達!?」
「お前達が知る必要はない。
 おとなしくその子供を引き渡してもらおうか」
 一夏に答え、男のひとりが懐に手を突っ込み――取り出した拳銃の銃口をこちらに向けてきた。
「な、何よ。おだやかじゃないわね……」
「つべこべ言わずに渡せばいいんだよ」
 清香のつぶやきには背後からの別の声と金属音――新たに数人の黒ずくめの男達が現れ、それぞれに銃をかまえる。
「お断りよ。
 アンタ達、どう見てもこの子の親には見えないし」
「『親』……?
 フンッ、何も知らないっていうのは哀れなもんだな」
 気丈に言い返す癒子に対し、男のひとりが鼻で笑う。
「いいか、そのガキはあの――」







「うるさい黙れ」







 言いかけた男の顔面は、突然叩き込まれたヒザ蹴りによって完全につぶされた。
 そして、鷲悟達の前に着地し、ヒザに刺さった男の前歯を平然と引き抜くのは――
「まったく、急いで駆けつけてみればこれだ」
「ジュンイチ!?」
「お兄ちゃん!?」
 ジュンイチであった。ため息まじりにボヤくその姿に、鷲悟とあずさが声を上げる。
「な、何だ、お前は!?」
「通りすがりの破壊神デストロイヤーだ、憶えておけっ!」
 すぐ正面の男に答え、突っ込む――顔面に飛び蹴りを叩き込まれ、その男も倒れ伏す。
「くそっ、何なんだ、アイツ……!?
 こうなったら、かまわん! 何人か殺してでもガキを確保しろ!」
 男のひとりが言い、彼らが一斉に発砲し――
「まったく……本当におだやかじゃないわね」
 ため息まじりのつぶやきと共に、銃弾が空中で弾かれる――ISを展開、全員を包める規模でシールドバリアを張り巡らせたカレンの仕業だ。
 さらに――
「はぁっ!」
「ちょいなーっ!」
 鈴とあずさが、
「たぁっ!」
「ふんっ!」
 シャルロットとラウラが、それぞれ当て身で男達を打ち倒す。
「おのれぇっ!」
 そんな中、別のひとりがシールドバリアの外に出たあずさに襲いかかる。
 その手には火花を散らすスタンロッド、しかし――
「させませんわっ!」
 セシリアがそれをさばいた。男の手を取ると巧みな体重移動によって投げ飛ばし、
「箒さん!」
「おぅっ!」
 男の手から取り上げたスタンロッドを箒に投げ渡した。それを手に、箒は男達の中に飛び込んでいくと次々に打ち据えていき――
「箒……スタンロッド、電源入ってない」
「あ……
 ……い、いいんだ! この程度の者達、電撃に頼るまでもないっ!」
 一夏にツッコまれた。顔を真っ赤にして言い返すと、新たにひとり打ち倒す――ちゃっかり、スタンロッドの電撃付きで。
「相手が悪かったわね。
 このイタリアで、ヴィヴァルディ・ファミリーのドンの一人娘とその友人一同の前で無法を働くなんて……覚悟は、できてるんでしょうね?」
「く……っ!」
 気づけば、残っているのは仕切っていたリーダー格の男のみ。カレンの言葉に思わず後ずさりする。
「こんな使いっ走り、何の情報も持ってないとは思うけど……とりあえず、知ってる限りの事は話してもらいまし――」



「危ねぇっ!」



 その瞬間、ジュンイチが動いた。カレンの手を引いて下がらせて――







 男の頭が爆ぜた。







「――――――っ!
 ミフユ、見ちゃダメ!」
 真っ赤な液体と“ナニカ”が周囲に飛び散る――とっさに本音がミフユを抱き寄せ、自らの身体でその視界をふさぐ。
 そんな彼女達の周りで、打ち倒した男達の頭も次々に爆ぜていく。
 さらに――
「――くそっ!」
 舌打ちしてジュンイチが動いた。“紅夜叉丸”を爆天剣に“作り変え”、一夏達の前に飛び出すと飛来した何かを次々に叩き落とす。
「――狙撃!?」
「銃声がしない――サイレンサー付き!?」
「いや……違う」
 状況を察し、声を上げる清香と癒子に、ジュンイチは周囲に目を配りながら答える。
「狙撃は狙撃だけど……サイレンサーは使われてないぞ、コレ……」
 ジュンイチがそう告げると、男達の頭が“爆ぜ終わり”――その音が聞こえてきた。

 ……ォォォォォン……

「銃声……今頃!?」
「銃弾の後に遅れて銃声が聞こえてきた……!?
 ライフル弾の速度はおよそ1000メートル/秒……最後の銃撃から銃声が聞こえてくるまでの時間差を考えると、最低でも1キロ以上は離れたところから撃ってきてますわね」
 驚く一夏のとなりで、セシリアが冷静に分析してそうつぶやく。警戒を強める一同だったが――
「……銃撃、止んだ……?」
「こっちが狙撃だと気づいたからだよ。
 狙撃の基本は“気づかれる前に仕留める”だからな……気づいた以上こっちもいくらでも対処できる。これ以上撃っても仕留められないと判断したんだろう。
 けど……」
 簪に答えると、ジュンイチは爆天剣を近くの地面に突き立てた。地面を掘り返すと、その中から先ほど自分が弾いた銃弾を拾い上げ、セシリアに投げ渡す。
「本職のスナイパーであるセシリアなら、それが何かわかるだろ」
「……対IS、シールドバリア貫通弾……!?」
「何だと……!?
 まさか、それを使って今の狙撃を……!?」
 それを見たセシリアや、彼女のつぶやきを聞いたラウラの顔が青ざめる――その意味を図りかね、あずさが尋ねる。
「ねぇねぇ、セシリアちゃん、ラウラちゃん。
 その弾がどうかしたの?」
「対ISシールドバリア貫通弾……
 その名の通り、ISのシールドバリアを貫くことを前提とした、軍用の銃弾ですわ。
 シールドバリアを貫くほどの貫通力がありますから、ISアーマーだってひとたまりもありませんし、その内側の人体も言うに及ばず……文字通り“ISをまとった操縦者を殺傷するための”銃弾ですわ。
 当然、レギュレーションによってわたくし達のISに搭載することは固く禁じられてます」
「なるほど……
 そんなので撃たれれば、人の頭くらい簡単に吹っ飛ぶわな」
 その点には納得する鷲悟だったが、疑問は残る。
「けどさ……セシリアが驚くほどのことでもないだろ。
 ISのハイパーセンサー越しなら、通常の拳銃型火器でも1キロくらいの距離は余裕で狙えるんだ。ライフルによる狙撃なら……」
「いや……そうではない」
 しかし、ラウラがその言葉を否定した。
「その弾は、本来ISの銃火器用ではない。
 もちろんISの火器でも使えるが、本来は……“通常のスナイパーライフル用の”銃弾なんだ」
「え…………?」
「今でこそ、未だ実現せずにISが世界最強の兵器の座に君臨しちゃいるけど、ISを超える通常兵器の開発、ってのがまったくされてないワケじゃない。
 この弾も、そのテの試行錯誤の中で生まれたもんさ」
 ラウラの言葉に目がテンになる鷲悟に、ジュンイチが重ねて説明する。
「シールドバリア越しの操縦者の殺傷までは実現したものの、通常の銃火器じゃIS相手にはまず当てられない。
 だったら気づかれないように狙撃してみたら……ってことで狙撃銃用にしてみたものの、レーザーサイトやらデジタル望遠やら、デジタルに傾倒してる最近のスナイピング装備じゃ、恒星間距離でのサーチすら可能としているISのハイパーセンサーの目を潜り抜けることは不可能だ。
 かと言って、その辺のサーチに引っかからない非デジタルなアナログ装備での狙撃じゃ、よほど凄腕のスナイパーでもない限りそれほど距離はとれない。狙撃が可能な距離まで近づこうとしている間にやっぱり見つかってジ・エンド。
 そんなワケで非IS装備では何の役にも立ちゃしない。じゃあISに持たせたらまともに使えるか……と思えば、今度は狙撃の意味がない」
「どういうこと?」
「ISにはコア・ネットワークによる相互の位置確認のシステムがあるでしょ?
 確かにステルスモードとかもあるけど、あくまで相手に見つかった状態っていうのが大前提。狙撃なんて、IS戦では“相手の射程の外から攻撃する手段”でしかないのよ」
「先ほどジュンイチさんが言った“気づかれる前に仕留める”という狙撃の本質が事実上無意味となっていますの。
 ですから、わたくしのブルー・ティアーズも“ビットによって相手を相手の射程外に留めたまま、わたくしが狙撃によって仕留める”というスタイルをとっていますでしょう?」
 首をかしげるあずさには鈴とセシリアが答える。
「そんなワケで、お蔵入りになってたはずの銃弾だったんだけど……」
「これを撃ってきたスナイパーは、その“不可能”を実現してる。
 ISを展開していたカレンのハイパーセンサーに引っかからなかったってことは、ISもデジタル装備も使わない、生身でのアナログ狙撃……にも関わらず、ISの通常索敵範囲である半径1キロ圏の外から、この人達の頭をすべて正確に撃ち抜いて、さらにボク達まで狙ってきた……」
「そのくらいの腕前のスナイパーが、敵にいるってこった」
 シャルロットの説明を間にはさみ、ジュンイチはそうしめくくった。
「願わくば、そのスナイパーさんが女性でないことを祈るよ。
 ISなしでコレだ。ハイパーセンサーの補助がつけば、有効射程がどれほどになるか、ちょっと想像つかねぇ。
 まったく……どえらい敵を抱えた相手に目をつけられたもんだよ、そのお嬢ちゃんはさ……」
 言って、本音の腕の中で震えるミフユを見つめるジュンイチに、誰も、何も言葉を返すことができなかった。



「……襲撃者の所持品からは、やはり身元を特定するようなものは見つからなかったそうだ」
「だろうな。
 しくじったら始末するつもりでいた鉄砲玉に、ンなもん持たせるヤツがいたら、オレはそいつの正気を疑うよ」
 ヴィヴァルディ邸に戻ってしばらくすると、アレクサンダーのもとへと警察から連絡が入った。一同を呼び集めて告げるアレクサンダーに、ジュンイチは肩をすくめてそう答える。
「身元不明のミフユを狙う怪しい集団、か……
 関係していそうなのは、やっぱり……」
「あぁ……あの自爆したトラックだな。
 思えば、あのトラックの事故に巻き込まれて川に落ちたと考えるには、ミフユのケガは軽すぎた。
 むしろ……あの事故によってトラックから投げ出されたと考えるべきだろう」
 つぶやく一夏に答えると、ラウラはジュンイチへと視線を向け、
「柾木ジュンイチ。
 例のコンソールの解析結果は? 解析が終わったからこそ、お前は我々が狙われていると察してあの場に現れたのだろう?」
「あぁ、終わってますよー」
 そう答えて――ジュンイチはあっさりと告げた。
「ありゃな……生命維持システムのコントロール端末だ。
 そして、それによって生命維持を受けていたのは……」



「……ミフユだ」



『………………っ』
「ラウラの予想は、見事に的中、ってワケだ。
 ミフユはあの時、トラックに跳ね飛ばされて川に落ちたんじゃない。トラックが川に落ちて、その後あずさが引き上げようとした……その時に、トラックの中から転落していたんだ」
 自らの言葉に、一同が思わず息を呑む――しかし、伝えるべきことは伝えなければならない。淡々と、ジュンイチは一同に対してそう告げて、
「…………なるほど、な」
 最初に思考が復帰したのは鷲悟だった。口元に笑みを浮かべ、しかしつまらなさそうにジュンイチを見返す。
「ジュンイチ……お前さ、ミフユの正体、薄々気がついてたんじゃないのか?
 お前自身は自覚してなかったとしても……たぶん、無意識の内に」
「鷲悟さん……?
 いきなり、何を根拠に……?」
「ミフユの名前さ」
 聞き返すセシリアに、鷲悟は答えた。
「ジュンイチ……お前、ミフユの名前、『いきなり思いついた』って言ってたよな?
 けど……“そのままストレートに『ミフユ』って思いついたワケじゃないだろう”?」
「んー、まぁ」
 あっさりとジュンイチは認めた。
「けどな、鷲悟兄……最初はマジでカンだけでそう思ったんだ。
 確証を得たのは、コンソールが“そういうもの”だってわかった後だ」
「ち、ちょっと、どういうことよ!?」
「オレが提案した『ミフユ』って名前は、“略称”だ。
 元々思いついたフレーズを、当たり障りのない形に縮めただけなんだ」
 口をはさむ鈴に、ジュンイチはそう答えた。
「元々思いついたフレーズは……」











“ミ”ニマムな千“冬”











『――――――っ!?』
 ジュンイチの言葉に、一同の間にさらなる衝撃が走る。
「もちろん、まだ根拠には乏しい。
 一応、髪の毛一本拝借して束に送った。アイツがDNA解析でもしてくれれば何よりの証拠になるだろうけど……そこまでしなくても、ほぼ間違いないとオレはにらんでる」
 そう前置きした上で、ジュンイチは告げた。
「ミフユは――」





















「織斑千冬の、クローンだ」





明かされる
  少女の正体
    その運命


次回予告

一夏 「一夏だ。
 まさか、ミフユが千冬姉のクローンだったなんて……」
ラウラ 「気にするな。
 ミフユはミフユ、織斑教官は織斑教官だ」
一夏 「わかってるけど……」
「悩んでる場合じゃないわよ、一夏!
 アイツら、ミフユを狙って仕掛けてきたわよ!」
鷲悟 「次回、IB〈インフィニット・ブレイカー〉!
   『狙われたミフユ! ヴィヴァルディ邸の攻防』
   
本音 「ミフユ……私が守ってあげるからね……っ!」

 

(初版:2011/11/29)