「ミフユが……千冬姉のクローン……!?」
「いい気分はしない話だけどな……」
唐突に明かされた衝撃の事実――呆然とする一夏に、ジュンイチは答えた。
「ラウラの生い立ちを忘れたか?
軍人になるためだけに生まれた……“生まれさせられた”デザイナーベビーだぞ。人間ひとり作り出すことは、技術的には可能なんだ。
遺伝子いじって作り出すデザイナーベビーに比べれば、ただコピペするだけのクローンを生み出すことくらい朝飯前ってことさ」
「けど、それでなんで千冬姉が……」
「バカね。千冬さんは初代“ブリュンヒルデ”……現在でも最強のIS操縦者なのよ。
あの人の力を持ったクローンを作り出す……それができれば、わざわざ優秀なIS操縦者を探してくる手間が省けるってもんでしょ」
うめく一夏にそう答えるのは鈴である。
「ま、やらかした連中の目的は、鈴の言う通りだろうな……理想論ではあるけれど」
「理想論……?」
「そう、理想論だ」
聞き返す箒に、ジュンイチはそう答えた。
「いくら千冬の姐さんのクローンを作ったからって、姐さんの強さまで複写できるワケじゃない。確かに才能は持って生まれてくるだろうが、結局はその才能を開花させてやらなくちゃならない。
最終的に育てる手間は発生するんだ。素直にスカウトマンを安月給でこき使って優秀な人材をスカウトして育て上げた方が、クローンひとりを作るよりよほど安あがりになるってことがわからんらしい。
それで安易に“生まれさせられる”ラウラやミフユ達にしてみればいい迷惑だってのにな……どこもかしこもバカばっかりだ」
「………………?」
ジュンイチのその言葉――そこに一瞬何かを感じ取ったカレンが首をかしげるが、そんな彼女をよそにその場の会話はある意味一番重要な問題に移っていた。
「で……どうするんだ? 一夏」
「………………?
『どう』……って?」
「あー、もう、察しが悪いな。
“ミフユをこれからどうするんだ”って話だよ」
そのジュンイチの指摘に、一同が息を呑む。
「まず第一に、ミフユは何者か……状況からして、たぶんミフユを生み出した連中か。そいつらに狙われてる。
そして、その問題が解決しても、クローンであり身寄りのないミフユには行くところがない。
他にも細かい問題はいくらでも出てきそうだけど、とりあえずこの二つが問題だ」
「ミフユを狙うヤツらの存在、ミフユの今後……そういうことか?」
確認する一夏に対し、ジュンイチはうなずいて肯定を示す。
「とりあえず……ミフユを狙ってきてる連中については単にブッ飛ばす方向性で考えておけばいいとして……問題は」
「ミフユの身の振り……だね」
ジュンイチの言葉に清香がつぶやき、全員の視線が本音にしっかりとしがみついて離れないミフユへと集まった。
「率直に考えれば、IS学園で保護するのが一番なんだろうけど……」
「そのためには、ミフユの素性を説明しなければならない。
そして素性が学園側の知るところとなれば、当然その情報がもれる心配をしなければならない。
万一情報がもれれば、ミフユはまた狙われることになる――それも、間違いなくIS学園に十分な勝算と共に仕掛けられる規模で」
シャルロットに答え、ラウラはコホンと咳払いして、
「そこで、だ。
ウチの部隊で保護してはどうだろう? クラリッサならばよくしてくれるだろう」
その言葉に、一同は顔を見合わせて――
「円陣っ!」
鷲悟の言葉に、ラウラと、ミフユにしがみつかれて動けない本音を除く面々が円陣を組んだ。
「なぁ……どう思う?」
「クラリッサさんって、ラウラに日本のアレコレを教えたんだよね……?」
「『鷲悟は私の嫁』発言の元凶だしね……」
「それに、ラウラさんは元々……」
「あー、そっち方向があったわね」
尋ねるジュンイチに癒子、シャルロット、セシリア、鈴が順に答えていく――それを受け、鷲悟が円陣の中から顔を出し、尋ねる。
「…………ホントのところは?」
「ミフユは織斑教官の血を引いてるんだぞ!
言わば織斑教官の娘も同然っ! 我々が保護しなくてどうする!?」
『………………』
ラウラの意見は、満場一致で却下された。
第37話
狙われたミフユ!
ヴィヴァルディ邸の攻防
〈…………私のクローン、か〉
「あぁ……」
事が事だ。盗聴を警戒して個人間秘匿回線での秘匿通信――展開されたウィンドウに映る千冬に、一夏は沈痛な面持ちでうなずいた。
ミフユの身の振りについて未だ良案は出ていないが、少なくとも一番の当事者である千冬には報せておいた方がいいだろう、ということで連絡をとったのだが――
「それで……千冬姉。
学園の方で保護できないかな……ラウラとかは情報漏洩からまた狙われることを心配してるけど、それでも一番安全な場所だと思うんだ」
〈……ふむ……難しいな〉
しかし、一夏のその提案に、千冬は渋い顔をした。
〈今回の場合、学園で保護したからと言って安全とは言えない。
学園の人間に対する保護規則はあくまで“生徒を保護するためのもの”であり、人員の配備もそれを前提にしている――物理的、人手的な意味で、彼女の護衛に回せる人的余裕は学園にはない。
柾木妹のように飛び級で入学、という手を使えるような年齢でもないようだし……〉
「そこを何とか……
ラウラのところに預けるよりはマシだろ?」
〈よし、警備の増員を検討しよう〉
「織斑教官までそんなことを!?」
ラウラの悲鳴は全員が黙殺する。
〈まぁ、冗談はさておき、だ。
仮にIS学園で保護するとしても、今現在彼女を狙ってきている連中を野放しにしたままでは、いずれ探し当てられる可能性は高い。
彼女の、そして彼女を保護することになる我々の安全のためにも……〉
「今ミフユを狙ってきているヤツらを、なんとかしなくちゃならない……」
一夏の言葉に、千冬は映像の向こうでうなずいた。
〈私も鬼ではないが、だからと言って仏というワケでもない。
『狙われているかもしれない』程度ならともかく、『狙われている』とハッキリわかっている者を学園内に入れることは、学園内の安全を守る上で許可できない。
まずはそちらでのゴタゴタをなんとかしろ。すべての話はそれからだ〉
そう締めくくって、千冬は通信を切ってしまった。
「……だってさ」
「むー、千冬さん、『鬼じゃない』とか言って、十分厳しいよ。
現在進行形で狙われているからこそ、すぐにでも助けてあげなくちゃいけないのに……痛っ!?」
「カン違いするな。
学園は慈善事業でやってるワケじゃないんだぜ」
ため息をつく一夏にあずさが憤慨する――が、そんなあずさの頭をジュンイチがはたく。
「千冬さんはIS学園の教師、実質的にはその代表だ。教師として学園の、そこで学ぶ生徒の安全を守る責任がある。
確かに人道的には狙われているミフユは保護すべきだよ……けどな、それは学園にトラブルを持ち込むことになる、責任者としての立場に背を向ける行為だ」
「でも……」
「まぁ、そう心配するな」
なおも反論しようとしたあずさを制したのは鷲悟だ、
「要するに、ミフユがトラブルを持ち込まなければいいんだよ。
つまり、今ミフユを狙ってるヤツらをブッ飛ばして、ミフユが千冬の姐さんのクローンだって情報がそれ以上広まらないうちに学園に匿う。
要するに、問題を学園内に持ち込まなければいいんだ――千冬さんも、それならいい的なことを最後に言ってただろ?」
「まぁ、どの道ミフユが狙われてる状態のまま、ってのはオレも気分悪いしな。連中を叩いてから、ってのにはオレも賛成だ」
鷲悟の言葉にジュンイチが同意。他の面々からも反対の声は上がらない。
「……決まりだな。
なら、オレ達はミフユを狙ってきてる連中を探し出してどうにかする。いいな?」
『オーッ!』
改めて告げる一夏に鷲悟達が答え、
「そういうことなら、我々にも協力させてくれ」
彼らにそう言い出したのはアレクサンダーである。
「我らヴィヴァルディ・ファミリーのシマで起きていることだからな。
それに、そんな命を弄ぶような輩を野放しにするのは我らの信念にも反する。
我らにとっても他人事ではない。必要なことがあれば何でも言ってくれ」
「ありがとうございます、ヴィヴァルディさん」
アレクサンダーに対して頭を下げると、鷲悟は息をつき、
「それじゃあ……行動開始だ!」
「……って、意気込んではみたものの……」
「私達がやることなんて、ミフユの護衛くらいしかないのよね……」
ヴィヴァルディ邸、本音の滞在する部屋――絵本や図鑑(カレンのお古)を読むミフユとそれを見守る本音を眺めながら、清香と鈴は軽くため息をつく。
ちなみに、二人とも狙撃を避けるため窓の外からは死角になる位置に陣取っている。普通にミフユの相手をしているように見える本音もそれは同じだ。
「こういう時、やることのあるメンツはうらやましいわ」
「あぁ、ラウラとかセシリアとかシャルロットとか?」
鈴のつぶやきに、二人と同じく護衛についている癒子が返す。
そう。ラウラは自分の部隊を、セシリアやシャルロットは実家の情報網を駆使して今回の件の調査を開始。今頃は同様にヴィヴァルディ・ファミリーを動かしたアレクサンダーと連携についての打ち合わせをしているはずだ。
他にも簪はあずさと二人でネットワーク上から情報を集めているし、ジュンイチも独自に情報を集めに出ていった。
そうして残されたのが、今回母国のツテがあまり当てにならない鈴やこういう調査には不向きのメンバー。この場にいない鷲悟や一夏、それに箒も、屋敷の中を巡回する形で警備についている。
「こう、厄介なことになりそうな臭いがプンプンしてるのに、何もできない、ってのがすごくもどかしいのよ」
「確かに、根は深そうだよね、この事件」
「うん、それもあるんだけど……」
鈴が清香に答えようとした、その時だった。
轟音と共に、中庭に何かが落下したのは。
「ふみゃあっ!?」
「な、何!?」
「攻撃!?」
「さっそくお出まし!?」
かわいらしい悲鳴を上げるミフユや彼女を抱き寄せる本音、とっさに周囲を警戒する清香と癒子――それぞれに反応を示す中、
「あー、やっぱり来たわね」
ただひとり、鈴だけは落ちついていた。そうしている間に、中庭の土煙が晴れてきて――
『…………ニンジン?』
“トリオ・ザ・のほほん”の声がハモる――そう。中庭に姿を現したのは、人の身の丈よりもさらに大きな、ニンジンの形をした何かだった。
「……ジュンイチが『髪の毛送った』って言ったでしょ? 絶対来ると思ったわ」
鈴が言うと、ニンジンが内側からパカッと開き、
「ちっちゃいちーちゃんがいると聞いて飛んできました!
ちっちゃいちーちゃん、どこーっ!?」
「……千冬さんのクローンがいるって聞いて、千冬さんが大好きなあの人が黙っていられるはずがないものね……」
また事態をややこしくしてくれる人が現れた――登場するなりミフユを探し始める束の姿に、鈴は思わずため息をつくのだった。
「……あー、来たのか、束のヤツ……
わかった。聞くこと聞いたらすぐ戻るよ」
言って、ジュンイチは手にした携帯電話をパタンと閉じた。
「……で、どこまで話したっけ?」
「どこまでも何もねぇよ。
お前みたいなガキが『情報を寄越せ』だぁ?」
話を戻すジュンイチにそう答えるのは、見るからにガラの悪いひとりの男。
この界隈に幅を利かせている情報屋だ――裏通りの酒場に陣取っていたこの男に話を聞きに来たのだが、どうにも客である自分に対して好意的ではないようだ。
「こちとらお前みたいなガキの相手をしてるヒマはねぇんだよ。
身ぐるみはがされない内にさっさと帰んな」
「そう言わないで。
ちゃんと情報料なら払うんだからさ。知ってること教えてくれよ。な?」
こちらを見た目通りの若造だとあなどっている様子の男に対し、パンッ、と合掌してさらに頼むジュンイチだったが、
「しつけぇぞ、このガキが」
言って、ジュンイチと男の間に別の男が割り込んできた。
身の丈はゆうに2メートルはある筋肉質の男――どうやら用心棒のようだ。
「あまりうるせぇとつまみ出すぞ。
痛い思いをしたくなかったら、さっさと失せろ」
手を伸ばし、用心棒がジュンイチの肩をつかみ――
「話のジャマだよ、オッサン」
ジュンイチは、その手を無造作に、“用心棒もろとも”振り払った。裏拳のように、しかし明らかに適当に振るった左手に打ち据えられ、用心棒は真横に、一直線にブッ飛ばされ、店の壁に頭から突っ込み、沈黙した。
「なっ!? てっ、てめぇっ!?」
「何しやがった!?」
とたん、周りの男達が騒ぎ出す――映画でよくあるワンシーンそのままの展開に、ジュンイチは軽くため息をつき、
「……しょうがない」
無造作に、右手を頭上に掲げた。
「少し……頭、燃やそうか」
その言葉に伴い、右手に紫電と炎が奔り――
5秒後。
一軒の酒場が地図から消えた。
「ただいまー」
「あー、ようやく帰って“きてくれたか”」
そんなことがあった後、ヴィヴァルディ邸に戻ったジュンイチを出迎えたのは、やたらと疲れた様子の鷲悟だった。
「……好き勝手?」
「ん。好き勝手。
ある意味、あの人をコントロールできるのはお前しかいないんだ。何とかしてくれ」
「うい、りょーかい」
その様子だけですべてを察したジュンイチは、とりあえずみんなが集まっているはず談話室へと向かい――
「う〜ん、ちっちゃいちーちゃん、かわい〜♪」
「や〜んっ!」
「み、ミフユちゃんを放してあげて〜っ!」
「ごめんなさいごめんなさいっ!
うちの姉が本当にご迷惑を……」
「気にするな気にするな!
なんとも豪儀な姉上ではないか! はっはっはっ!」
ミフユを気に入り、抱きしめて頬ずりしている束。
過剰なスキンシップを嫌がるミフユと、そんなミフユを助けようと珍しくあわてた様子の本音。
姉の暴走を謝り倒す箒にまったく気にしていないアレクサンダー。
実にジュンイチの予想通りのカオスが広がっていた。
「あー、う〜ん……」
さて、どこから手をつけたものかとしばし考えたジュンイチは――
「やめい」
「きゃんっ!?」
とりあえず、ミフユと本音に迷惑をかけまくっている束の頭にゲンコツを落とした。
「じ、じゅんくんっ!?」
「何やってんだ、お前……」
ようやくこちらに気づいたらしい束に、ジュンイチはため息をつく――そのスキに束の腕の中から逃れたミフユは本音のもとまで駆けていくと彼女の後ろに隠れてしまう。
「あぅ、ちっちゃいちーちゃんが……」
「いきなり現れるなりかまいまくったんだろ、どーせ。
かわいそうに。ありゃ間違いなく苦手意識を植え付けられたな」
残念そうな束に、ジュンイチがため息をつきながら答える――フラフラとミフユの方へと向かおうとする束を、その首根っこをつかんで制止しながら。
「とりあえず……報告、いいか?」
「あ、あぁ……」
確認するジュンイチの言葉に、一夏は清香や癒子に目配せする――その意図を察し、二人は本音やミフユを連れて談話室を出ていく。
とりあえず、彼女達には後で改めて話せばいい――三人の退室を気にすることもなく、ジュンイチは引き続き三人の後を追おうとする束を止めながら報告を始める。
「街の情報屋から情報をいただいてきた。
で……その情報の中に、クサイ連中をチラホラと見つけた」
言ってジュンイチは傍らにウィンドウを展開。そこにその“クサイ連中”のデータを表示する。
「まずはここ……アストライア社。
クローン技術による再生医療の研究をしていて、その関係で一部のISが持つ生体再生能力に興味を持ってる」
「生体再生……?
それはまさか、“福音・夜明事件”で白式が一夏の傷を治した……?」
「そう。まさにアレだ」
「説明してあげようっ!
生体再生というのは、最初は“白騎士”固有の特殊能力だったんだよね。この束さんが心血注いで“白騎士”を仕上げようとしていたことで、コアの方も操縦者を守ろうとそういう能力を発現させたみたい。
まぁ、“単一仕様能力”ってワケではなかったんだけど、そういう流れで備わった能力だから、他のISにはできないはずなんだけど……どうも、コア・ネットワークに情報が残ってるみたいでね。時々その情報を拾って使えるようにしちゃった機体が出てきたりするんだよ。
そんなワケだから、生体再生ができるISはスーパーレア。いっくん、自慢していいよー」
ジュンイチが箒に答えたのを聞いて、ミフユに逃げられて凹んでいた束が復活。意気揚々と説明する。
「で……問題はここが“クローン技術を持ってる”ってこと。
つまり……コイツらなら、ミフユを“造る”ことができるってことだ」
「アストライア社のクローンか……
『実際にクローン人間の製作を請け負っている』というウワサがあり、我らも前々から調べているが、なかなかハッキリしない。不気味なヤツらだ」
「ウワサはガセで、クローン人間なんか作ってない……とか、そういうオチなんじゃないんですか?」
「それならそれで、ガセだという証拠が出てきそうなものだが、それすらないのだ。
連中の研究施設のいくつかに、セキュリティが厳重でどうしても調べられない区画がある――そこがビンゴかもしれんし、ただの企業秘密を扱っているだけの部署かもしれん。それがハッキリせんことには、シロかクロかは断言できんな」
聞き返す鈴に答え、アレクサンダーは深々と息をつく。
「そいつらがクサイ連中その1。
つづいてその2……先の襲撃の時の狙撃。アレができそうなヤツが浮上してきた」
言って、ジュンイチはウィンドウを操作。ひとりの女性を映し出した。
「シモネッタ・スカットーラ。
非公式記録で最高射撃距離2000メートルを叩き出したと言われている凄腕のスナイパーだ」
「もちろん、存じてますわ。
超高速機動下でも狙った的は外さない――スナイパーすべての憧れにして目標ですわ」
「でも、交通事故で左足をなくして、代表候補生争いからもれて……それ以降、表舞台での彼女の足取りは完全に不明になってる、って……」
「未確認情報ではあったが、裏社会で狙撃による暗殺をやっていると聞いたことがある。
まさか、本当だったのか……!?」
ジュンイチの言葉に、セシリア、シャルロット、ラウラが順につぶやく。
「もし本当だとしたら最悪だ。
IS操縦時のコイツの有効射程は、オレの気配察知の確定有効範囲である2キロをはるかに上回る。
オレに気づかれないギリギリの距離から狙ったってまったくの余裕なんだ。こっちの反撃行動の有無を別にして考えれば、コイツは本気になれば鼻唄まじりにオレを一方的にいたぶれるワケだ――もちろんやらせるつもりはないけれど」
そして、ジュンイチはまたどこかの会社の写真を表示し、
「極めつけがここ、クサイ連中その3。
サガ・コーポレーション。シモネッタが代表候補生時代に所属してた企業がここだ。
それだけじゃない……聞いて驚け。なんとここ、バチカンご公認のIS開発企業だ」
「バチカンが、IS開発を支援してるってのか?」
「宗教家どもに言わせれば、“空を飛ぶ”ってのは、元々飛べる生き物と神様だけの特権だからな。
“だからこそ支援する”んだよ――ガッツリ開発させて、その成果を見せつけることで強調しようとしてるのさ。『人が空を飛べるのは道具があってこそ』『人間は本来飛べない存在』『飛べるのはそういう生き物と神様だけ』ってな。
元々バチカンには科学アカデミーだってあるしな。バチカンと科学技術って、案外ガッツリからみついてるんだよ」
一夏に答えて、ジュンイチはため息をつき、
「ところが、このサガ・コーポレーション。バチカンのお墨付きをもらってるからってやりたい放題。
表は健全な競技用IS開発企業。裏ではドロドロの軍需系非合法開発の巣窟だ。
ウワサじゃ、斡旋の名目で優秀な操縦者の人身売買までやってるって話だし……何よりここ、さっき話したアストライア社のクローン医療部門に多額の出資をしてる」
「…………っ、それって、まさか……!?」
「あぁ。
その“出資”ってのが、クローン育成された操縦者の“購入資金”だったとしたら、今回の件の裏事情はだいたい見えてくる」
簪のつぶやきに、ジュンイチは明らかにおもしろくなそうにそう答える。
「で、でも、まだ確証はないんだよね?」
「あぁ、ないな。
オレ達がミフユを拾ったあの事故の直後から、二つの会社のシークレットサービスが血眼になって何かを探したり
、ミフユを運び込んだあの病院に探りを入れたり、その日からシモネッタが行きつけのバーに顔出さなくなってたりはするけどな」
「状況証拠だけならすでに真っ黒だよっ!?」
シャルロットに対するジュンイチの答えに、あずさが思わず声を上げる。
「とはいえ、シャルロットの言う通り確かな証拠がないのも事実だ。
つーワケで束。お前が来てくれたのは都合がいい。さっそく“のぞいて”くれるか?」
「お安い御用だよっ!
私の許しもなくちーちゃんを増やすなんて! そんなうらやましいマネ、野放しになんてしておけないよっ! 罰としてちっちゃいちーちゃんはすべて私が没収だよっ!」
『本性ダダモレだ――っ!?』
一同のツッコミが唱和するが、束は気にすることなくウィンドウを立ち上げ――
閃光が、ヴィヴァルディ邸の一角を直撃した。
「な、何っ!?」
「ビームによる砲狙撃――くそっ、向こうの攻撃の方が早かったってのか!?」
衝撃で建物が揺れる。驚きながらもバランスを保つ鈴に対し、状況を察した鷲悟が声を上げる。
「ジュンイチ!?」
「砲撃元の気配は感じない……シモネッタの超遠距離狙撃か……!?」
一夏の問いにジュンイチが気配を探る――そうしている間にも次の狙撃が来た。先の狙撃が当たった場所のすぐそばに着弾する。
「また!?」
「大丈夫だ! 布仏達のいる部屋とは反対側の端だ! 彼女達に危険はない!」
あわてるシャルロットにラウラが答えるが、
「……いや……違う! そうじゃない!」
そう声を上げ、箒がきびすを返して走り出す。
「箒!?」
「狙撃は一階の外壁を狙ってる!
おそらく工作員を待機させてる! 侵入口を作ったんだ!」
「攻撃に見せかけたサポートってこと!?
行ってみよう、みんな! ホントにそうだとしたら、侵入者をやっつけなくちゃ!」
一夏に答えた箒の言葉にあずさが声を上げ、彼ら専用機持ち組はそろって飛び出していき――
「…………ふむ」
束と二人でその場に残ったジュンイチは、ひとり面倒くさそうに息をついた。
「――みんな!」
狙撃による被害か、それとも別の何かか――狙撃によって破壊されたそこにはケガ人が多数。その光景に、カレンが思わず声を上げる。
「大丈夫!?」
「お、お嬢……
すみません、侵入を許しました……」
「ううん、気にしないで。
それで……侵入者は?」
「は、はい……
爆発の後、ジープで飛び込んでくると、オレ達を撃って……」
「“すぐに、そこの壁の穴から出ていきました”……!」
『――――――っ!?』
そこまで伝えて、男は気を失う――しかし、その一言は一同に衝撃を与えていた。
「『すぐに出ていった』……?
――まさか!?」
「やられた……っ!」
その意味するところに気づき、簪が声を上げる――同じく気づき、鷲悟は舌打ちした。
「狙撃による攻撃に見せかけての工作員の突入……
確かに連中は乗り込んできた。けど……」
「その工作員の侵入も、オトリだったんだ……っ!」
「布仏さん!」
「清香、癒子!?」
鷲悟やラウラを先頭に、本音の部屋へと駆け込む――そこで目にしたのは、
「……う……く……っ!?」
「み、みんな……!」
メチャクチャに荒らされた室内に倒れる、清香と癒子の姿だった。
「ごめん……いきなり襲われて……」
「本音ごと、ミフユを……」
「布仏さんも!?」
二人の言葉に、シャルロットが声を上げる――まんまとしてやられた悔しさに歯がみして、鷲悟は天井を仰いだ。
「くそっ、完全に出し抜かれた……っ!
ジュンイチ、どうする――って……」
尋ねて――鷲悟はようやく、ジュンイチがついてきていないことに気づいた。
「ジュンイチ……?
……まさか、アイツ!?」
混乱に乗じてヴィヴァルディ邸の敷地を脱出し、その車は悠々と裏通りを走っていた。
後部座席には、意識を失った本音やミフユが横たわっていて――
「………………ん?」
運転する男がそれに気づいた。
行く手に佇む、ひとりの少年の姿に。
それは、彼らにとって見覚えのある顔で――
「アイツ……ヴィヴァルディの屋敷にいたガキか!?」
「かまわん、ひき殺せ!」
そう。ジュンイチだ――先回りされたことに気づいた男達は強行突破しようと車を加速させる。
対し、ジュンイチはおもむろに懐に右手を突っ込んで――
取り出した、ヴィヴァルディ邸から借りてきた44マグナムを、迷うことなくぶっ放した。
銃撃は二発。一発がエンジン部へと正確に命中、エンジンを傷つけオーバーヒートを引き起こし、さらにもう一発の銃弾は左前輪を撃ち抜き、パンクさせる。
エンジンがイカれ、左前輪を失った車はバランスを崩してすぐ脇の電柱に激突、停止した。
「……やれやれ。なんてお約束の展開だ。
酒場吹っ飛ばした時といい、実にオレらしくない戦い方だな」
こんな“よくある展開”、自分が描くべきではない。自分はもっと意表をつく戦い方をしたいのに……そんなことを考えながら、ジュンイチは沈黙した車に向けて一歩を踏み出し――
「――――――っ!?」
気づき、寸前で後退――直後、ジュンイチの足元を銃弾が叩いた。
シモネッタの狙撃ではない。これは――
「あー……そういや、お前もいたっけな。
オレの川底調査をジャマしてくれた、お前がな!」
通常のIS用サブマシンガンだ。にらみつけるジュンイチの目の前に、漆黒の、シンプル且つスマートなデザインのISをまとった少女が舞い下りてきた。
「車を止められたのを見て、あわててフォローに出てきやがったか……けど、遅い!」
瞬間、ジュンイチの周りに“力”が荒れ狂う――“装重甲”を身にまとい、ジュンイチは少女に向けて飛翔する。
一瞬にして距離を詰めると、手にした爆天剣で彼女の手のサブマシンガンを叩き斬る。
続き、非固定浮遊部位を狙って刃を振るい――
弾かれた。
「――っつ――っ!?」
いきなり飛来した何かに手首を叩かれ、爆天剣を取り落とす。痛みに顔をしかめつつジュンイチはその“何か”を探す。
「――――っ! アレは!?」
そして見つけた。空中に静かに浮かぶ――ビットの姿を。
「ビット兵器!?
セシリア以外に、使えるヤツがいたかよ!?」
驚きの声を上げるジュンイチだったが――相手は待ってくれない。いつの間にか射出され、周囲に潜んでいたビットが一斉に飛び出してきてジュンイチを狙う。
「ちぃっ!
この程度で……っ!」
もちろん、そう簡単にやられるジュンイチではない。あっさりとかいくぐって少女に向けて炎を放ち――止められた。
ビットの一部が少女の楯となり、さらにシールドまで張ってジュンイチの炎を受け止めたのだ。
「シールドビットか……その程度でっ!」
うめきつつも次の手に出るが、シールドビットは巧みにジュンイチの動きに先回りして攻撃を阻む。
が――ジュンイチはその動きにある違和感を感じていた。
(防御行動が、アイツの反応と連動してない……?)
それはつまり、彼女の意識の外でシールドビットの防御行動が行われているということで――
「オートガードってヤツか! ナマイキなっ!」
叫び、突撃をかけるジュンイチだったが、その行く手を今度は彼方から飛来したビームが阻む。
(シモネッタの狙撃――!?)
「イヤな連携してくれるけど――その程度ならっ!」
一瞬動きが止まるが、それでもすぐに動く。シールドビットをかいくぐり、少女に肉迫し――
“真上からの”銃撃がジュンイチに降り注ぎ、叩き落とした。
「ぐぁあっ!?」
ビームではなく実体弾、それも大口径の銃弾は物理的衝撃に弱いジュンイチの力場を難なく粉砕、彼の身に降り注ぐ――完全に不意を突かれて、ジュンイチは全身を撃ち抜かれながら大地に叩きつけられた。
衝撃が穿たれたばかりの傷に響き、痛みに顔をしかめる――それでも、ジュンイチは上空を見上げ、見つけた。
周囲にシールドビットを従えた、“三人目の”敵――藍色のISを身にまとった少女の姿を。
(まさか――アイツが本来のシールドビットの使い手!?
気配を殺して、シールドビットがさっきのヤツのものだと、オートガードだと見せかけて……!?)
だとしても、自分の気配察知から逃れられるほど気配を殺しながら、それでも自分の攻撃をしのぐほどのキレでビットを操るなど尋常ではない。
新たに現れた少女の実力を垣間見て戦慄するジュンイチだったが、そんな彼にかまわず、藍色のISの少女はシールドビットに指示を下す。
それを受け、シールドビットが一斉に動く。ジュンイチに向けて飛翔、回避しようとするもダメージで動きの鈍いジュンイチの全身にその内の四機がまとわりついて――自爆した。零距離で爆発を受け、ジュンイチが再び吹っ飛ばされる。
「ぐぁあっ!?」
さすがのジュンイチも、先の被弾の後でこれは効いた。全身を焼かれ、煙を上げながら大地を転がる。
そんな彼に向け、藍色のISの少女は手にしたライフルをかまえながら近づいていく。
実弾モードのままのライフル、その銃口をうつ伏せに倒れるジュンイチの頭に押し当てて――
「――――――っ!」
何かに気づき、離脱――その直後、彼女のいた場所を閃光が貫いた。
「ジュンイチくん!」
カレンだ。砲戦パック“アウトゥンノ”を装着した愛機スタジオーニを駆り、ジュンイチの元へと駆けつける。
「大丈夫!?」
「無事に決まってんだろ」
あっさりと答えが返ってくる――カレンの問いに、ジュンイチは平然とその場に身を起こした。
「ったく、お前がジャマしなかったらアイツの顔面に蹴りをくれてやったものを……
せっかくの不意討ちをジャマされて、ジュンイチくんはとってもご機嫌ナナメですっ!」
「あはは、そんな口が叩けるなら大丈夫だ」
軽口を叩き合う二人だが、そんなやり取りとは裏腹にどちらの表情も固い。
一瞬たりとも気が抜けない――それほどのプレッシャーを、二人の敵、取り分け藍色のISの少女から感じていたからだ。
(何なのよ、この子……!?)
(このオレが、うかつに動けねぇだと……!?)
仕掛けるにせよ、退くにせよ、動くべきスキを見つけられない――警戒を強めるカレンとジュンイチに対し、藍色のISの少女は小さく笑みをもらし、
「――やれ」
初めて言葉を発した。それと同時、彼女の周囲に残っていた二機のビットが一斉に飛翔、ジュンイチとカレンへと突撃し――
――二人の脇を駆け抜けた。
『な――――っ!?』
プレッシャーは自分達に向いていた。自分達への攻撃がくる――そう考えていたところに意表を突かれたジュンイチ達が驚き、そして気づく。
あのプレッシャーは、自分達に向けられたものではなかった。
自分達ではなく、そのさらに後方――
ミフユと本音をさらった男達の車に向けられていたものだったのだ。
「――いけないっ!」
思わずカレンが声を上げる――が、遅かった。二機のビットが同時にビームを放ち、車は一瞬にして爆発、炎上する。
とたん、鼻をつく肉の焼ける臭い――
「そんな――布仏さん! ミフユ!」
「心配すんな」
思わず声を上げるカレンだったが、対してジュンイチは冷静にそう返した。
「前回の襲撃と同じだ。
用の済んだ鉄砲玉の始末と証拠の隠滅……二人なら、あそこだ」
言って、ジュンイチが視線で示した先には、ミフユを抱きかかえたまま意識を失っている本音をかかえた、先にジュンイチと相対していた“二人目”――漆黒のISの少女の姿があった。
「二人を、放しなさい!」
「お、おい、待て!」
当然、それを黙って見過ごすカレンではない。ジュンイチが止めるのも聞かずに飛び出すが、
「ジャマだ」
「――――――っ!?」
藍色のISの少女がビットを差し向けてきた。とっさに撃ち落とそうとするカレンだが、ビットは彼女の砲撃をかいくぐり――
「カレン!」
ジュンイチがビットの前に立ちふさがった。自らの力場でビームを防ぎ、炎を放ってビットを追い散らす。
「うかつに突っ込むな、このバカ!」
「ご、ごめん!」
ジュンイチの叱責にカレンが思わず謝るが、
「――――フッ」
藍色のISの少女の口元に笑みが浮かぶ――直後、彼女の操作でビットが飛翔、またしてもジュンイチ達には目もくれず、今度は市街地へとその銃口を向ける。
「アイツ!?」
「いけない、街が!」
すぐに彼女のやろうとしていることに気づいた。とっさにビットの前へと回り込み、ジュンイチとカレンは自らの身を楯としてビットのビームから街を守る。
そして――二人が意識を戻した時には、すでに敵は姿を消していた。
そう――
彼女達に拉致された、本音やミフユもろとも――
出し抜かれ
強敵現る
負け戦
次回予告
鷲悟 | 「おぅ、鷲悟だ。 まんまとしてやられて、ミフユをさらわれちまった……」 |
簪 | 「しかも、本音まで一緒に……」 |
一夏 | 「けど、このまま黙って引き下がるつもりもないんだろ?」 |
カレン | 「えぇ、そうね。 二人の救出のため、敵の研究所に殴り込みよ!」 |
鷲悟 | 「次回、IB〈インフィニット・ブレイカー〉! |
『反撃開始! 本音とミフユを助け出せ!』」 | |
ジュンイチ | 「やられた分は、万倍返しだ!」 |
(初版:2011/12/06)