誰も、何も言葉を発しない――いや、発せられない。
 襲撃に関する混乱もひとまず収まり、落ちついたヴィヴァルディ邸の談話室は、そのくらい重苦しい空気に包まれていた。
 ムリもない。完全に裏をかかれて本音とミフユをさらわれ、清香と癒子は負傷。唯一相手の手口を読んで先回りしていたジュンイチも、新たに姿を見せた敵によって返り討ちにされてしまったのだから。
「……はい、これでよし」
 ジュンイチの手当てを終えたあずさが告げるが、それでこの沈黙が破れることはなく――
「……戻ったぞ」
 結局、沈黙を破ったのは戻ってきたアレクサンダーであった。
「どう……でしたか?」
「ダメだな。
 各方面に情報提供を呼びかけてはみたが、今のところ有力な情報は……」
 尋ねる簪だが、アレクサンダーの答えは芳しいものではなかった。
「それとなくアストライアやサガにも話を振ってみたが、知らぬ存ぜぬで通された」
「まぁ……そこは当然だよね。
 人さらっておいて、その行方を聞かれて『はい、私達がさらいました』なんて素直に言うワケないし」
 同意するカレンにうなずき、今度はアレクサンダーが尋ねた。
「それで……お前達の方はどうだったのだ?」
「一応、学園には知らせました。
 ただ、アストライアやサガがからんでる、っていうのは、状況証拠の上での推測でしかないですから……
 確かな証拠が出てきたりしない限り、公的機関である学園は動けません」
「そうか……
 こちらも似たようなものだ。警察もIS委員会イタリア支部も、確たる証拠がなければ動きようがないそうだ」
「結局何の進展もなし、か……」
 一夏とアレクサンダーのやり取りに箒がつぶやくと、
「でもないさ」
 そう答えたのは鷲悟であった。
「少なくとも、『表舞台からアプローチする手段がない』ってことはわかった。
 その一点だけでも、どう攻めればいいか、選択肢は十分にしぼられる……だろ? ジュンイチ」
「そういうこった」
 鷲悟に答え、ジュンイチは通信回線を開き、
「束、どうだ?」
〈もちろん、現在作動待ちの真っ最中だよー♪
 いやー、さすがはじゅんくん、抜け目ないね!〉
 投げかけられた問いに、通信ウィンドウに映し出された、中庭に急設された簡易ラボにこもっている束は実に楽しそうにそう答えた。
「え? 何? どういうこと?」
「オレが、『狙われてる』ってハッキリわかってる子の首に鈴のひとつもつけずにいたとでも思ってるワケ?」
 清香に答えたジュンイチに目配せされ、束は笑顔でうなずいた。
〈あのちっちゃいちーちゃんには、この束さん特製のスペシャル発信機をつけさせてもらったんだよ。
 これさえ動いてくれれば、ちっちゃいちーちゃんや本ちゃんの居場所なんてたちどころに丸わかりだよっ!〉
「でも、その発信機に気づかれたら……」
 口をはさむシャルロットだったが、束はそんな彼女の反応もお見通しだったらしい。自慢げにその大きな胸を張り、
〈ふふん、この束さんを甘く見てもらっちゃ困るね!
 発信機のサイズはナノ単位! それを束さん印の人工皮膚に埋め込んで貼り付けてあるから、肉眼で見つけ出すのは不可能!
 その上、そういう“気づかれる”事態に備えて、じゅんくんに持たせてある親機から一定距離離れて、且つ、その後移動しなくなってから一定時間経たないと作動しないようになってるから、アジトに連れ込まれた時のチェックで電波を捉えられる心配もないんだよ! へへ、すごいでしょ? すごいよねー?〉
「じゃあ、それで本音達を――」
〈そうあわてなさんな、だよ。
 言ったでしょ? 『移動しなくなってから“一定時間経たないと”作動しないようになってる』って。
 今のところ電波は発してないから、まだ移動中かアジトに連れ込まれたばかりか……とにかくもうしばらくは“待ち”だね〉
「……だそうだ」
 清香に答える束の言葉に、ジュンイチはうなずいた。
「束が二人の居場所を探してる間、お前らは装備を整えておけ。
 発見次第連中のアジトに突撃、二人を救出して――」



「連中を、叩きつぶす」

 

 


 

第38話

反撃開始!
本音とミフユを助け出せ!

 


 

 

「やーっ! やーっ!」
「くそっ、おとなしくしろっ!」
 無機質で飾り気のない、コンクリートがむき出しの一室――そこに、子供の悲鳴と男の怒号が響いた。
「やめてっ! ミフユに乱暴しないで〜っ!」
 そこに新たな少女の声が加わる――そう、本音の声だ。
 襲撃者達に襲われ、懸命にミフユをかばっていた本音だったが、その結果業を煮やした犯人達によって、彼女もまたもろともに拉致されてしまった。
 今は力ずくでミフユから引き離され、両手も両足も縛り上げられて床に転がされ、身動きもままならない状態だ。今にもミフユが連れて行かれそうになっているというのに、彼女には声を上げることしかできない。
「やーっ!」
「あ、こら!」
 そんな中、ミフユが男の手から逃れた。そのまま本音のもとまで駆けてくると彼女にしっかりとしがみつく。
「いい加減にしろ、このガキ!」
「やーっ! ホンネといっしょにいるーっ!」
 男が引きはがそうとするが、ミフユも必死だ。渾身の力で本音に抱きついて放さない。
「こいつ……っ!」
 ついに、しびれを切らせた男が右手を振り上げて――



「そこまでにしておけ」



「――――っ!?」
 新たな声の介入に、男はビクリと身をすくませた。
「せっかくの“素材”をキズモノにするでないわ、愚か者が」
 言って現れたのは、白衣に身を包んだひとりの老婆だった。
「ど、ドクター……!?」
 声を上げる男にかまわず、ドクターと呼ばれた老婆は本音にしがみついているミフユの顔をのぞき込み、
「どうやら、余計な感情を得て帰ってきたようだの。
 ……まぁ、大した問題ではないわ。むしろ教育のしがいがあるというものじゃ」
 言って、“ドクター”はその場に立ち上がり、
「それに……なかなかいい“素材”も連れてきてくれたようだしの」
「え…………?」
 その視線は本音に向けられていた。いきなり注視され、本音は戸惑うばかりだ。
「まぁ、しばらくはおとなしくしておれ。
 こやつの“教育”が終わったら、お前さんも何かしら“強化”してやるからの。ほっほっほっ」
 そんな物騒極まりないことを言いながら笑い声を上げる“ドクター”に、本音は初めて恐怖を覚えていた。



「…………アレだ」
 言って、ジュンイチが視線で示すのは、森の中に建てられた研究施設だった。
「アストライア傘下の企業が持ってる生命医学研究所。
 件のクローン研究をやってる施設のひとつで、同部門では一番業績を上げてる……つまり、アストライアの施設の中で、“一番うまくクローンを作れる”施設がここだ。
 連中がミフユについてアレコレ暗躍するなら、ここ以上の施設はない」
〈オマケに、発信機の反応もあそこからだしねー。
 むしろ、そこ以外のどこにちっちゃいちーちゃんがいるのかと聞きたいくらいだよ、私は〉
「あそこに、本音とミフユが……」
 ジュンイチと、通信ウィンドウ上の束――二人の言葉に、簪は木々の向こうに見える研究所をにらみつける。
 その身には迷彩色のラファール・リヴァイヴをまとっている。清香や癒子と共にアレクサンダーから自社に預けられていたものを借りてきたのだ。
「じゃ、さっそく作戦開始だ。
 っつっても、すでに説明した通りなんだけどな。専用機持ち“ほぼ”全員で攻撃、混乱させている間に、カレン、簪、清香、癒子が潜入、本音ちゃんとミフユを救出する」
「シンプル極まりない陽動作戦だことで」
「その方が、後々何かしらトラブった時にリカバリが利くからな」
 甲龍を展開、装着し、肩をすくめる鈴にジュンイチが答えると、鷲悟が一同を見回し、
「ただ……どっちの組も忘れないでほしいのが、敵もIS戦力を持ってるってこと。
 特に潜入組。カレンの親父さんの計らいでラファールを借りられたとはいえ、当然学園で使ってる訓練機とは仕様も違う。ムリだけはするんじゃないぞ」
「わかってるよ」
「そもそも私達の役目は、本音とミフユちゃんの救出だけだものね」
 答えて、癒子と清香はそれぞれが持つライフルやショットガンを点検する。
「専用機持ち組も十分に気をつけろよ。
 シモネッタの狙撃はもちろん、先の戦いで現れた“三人目”――アイツは文句なしに強い」
「ジュンイチがガチで一撃入れられるほどの相手なんだよな……」
 箒達に注意を促すジュンイチの言葉には一夏が同意する。
「個人的な欲を言わせてもらえば、アイツはリベンジの意味からオレが相手したいところだ。
 みんな、セシリアみたくビットを使ってるISと出くわしたら、ムリに相手せずにオレに知らせてくれるとうれしいかな?」
「え…………?」
 と――そのジュンイチの言葉に、なぜかセシリアが反応した。
「どうした? セシリア。
 今さらそんな反応するような話でもないだろ――相手にビット使いがいる、なんて、さっきの戦いの後ジュンイチから聞いてるんだし」
「え、えぇ……そうですわね」
 鷲悟の言葉に、セシリアは苦笑まじりにそう返す。
 そう。確かに敵の装備については一通り聞いている。
 ビット兵器についても、研究しているのはイギリスだけではない。ブルー・ティアーズと同じくビットを使うISがどこかで開発されていても、おかしな話ではないのだが――
(……“わたくしのように”……)
 ジュンイチがした、その表現が引っかかった。
 『セシリアのように』、すなわち『ブルー・ティアーズのように』――
(……まさか、考えすぎですわね)
 しかし、セシリアは自ら頭に浮かんだその仮説を否定した。
(ジュンイチさんは単にわたくしをビット使いのたとえとして挙げただけですもの。
 それ以上でもそれ以下でもない……“あの機体”が敵として現れた……そんな偶然があるワケがありませんわ。
 あの……)



(“奪われた”、ティアーズタイプの二号機が……)



「じゃ、始めるか」
「――――――っ」
 作戦を取り仕切るジュンイチの言葉に我に返る――意識を切り替え、いつでも戦闘に入れるよう、スターライトMkVの安全装置を解除する。
「さて、そんじゃ乗り込むとしましょうか」
「まぁ待て」
 言って、連結した双天牙月を肩に担いで飛び立とうとした鈴をジュンイチが止める。
「鷲悟兄、頼む」
「おぅ」
 そして、彼に応える形で鷲悟が先行して上昇する――鷲悟に一番槍を奪われた形になり、不満そうにしている鈴に、ジュンイチは軽く肩をすくめて、
「そうむくれんなよ。
 せっかく売られたケンカなんだからさ……」
 頭上で、自らの専用“装重甲メタル・ブレスト”、G・ジェノサイダーを身にまとった鷲悟が全身の火器を展開するのが見えて――







「先制打は、できうる限りドハデにいかないとな♪」



 フルバーストの一撃が、研究所の建物の一角を吹き飛ばした。







「って、ぅおぉいっ!?」
 いきなりの大火力による容赦のない一発――我に返るなり、一夏はあわてて白式を展開、急上昇して鷲悟に詰め寄った。
「何考えてるんだよ!?
 いきなりあんな大火力――あそこには、何も知らずに普通の部署で働いてる人達だっているんだろ!? それなのに……」
「わかってるよ、そのくらい。
 だから、ちゃんと人のいないところ、爆発物や燃焼促進剤のないところを狙ったって」
「いや、それにしたって、建物が崩れたりとか、そういう二次被害だって……」
「“だから最初にぶちかましたのさ”」
 言葉を重ねる一夏に、鷲悟はそう答えた。
「建物にダメージのない一番最初の状態なら、全体をブッ飛ばさない限りお前の言うような“二次被害”は起こり辛い。
 遠慮なく撃てる内に、人を傷つけないところへハデにごあいさつ――そうすれば、何も知らない一般職員はさっさと逃げ出してくれるさ」
「あ…………」
 鷲悟の言葉に、一夏はようやく彼やジュンイチの狙いに気づいた。
「お前ら、一般職員を早く避難させるために、わざとハデに……?」
「ま、『売られたケンカはハデに買う』って言い分もちゃんと本気だったりするんだけどな。
 それより――」
 鷲悟がそこまで告げて――白式のシールドバリアを銃弾が叩いた。
「おいでなさったみたいだな。
 まるで巣穴に一撃もらったアリだな。ワラワラ出てきやがった」
「そこはハチじゃないのか?」
「ハチほど恐ろしくないからな」
 そう。研究所の警備部隊だ。IS相手には通じないとわかっているだろうが、それでも懸命に攻撃してくるその姿に鷲悟が苦笑して――
「どっ、せぇいっ!」
『ぅわぁぁぁぁぁっ!?』
 眼下ではジュンイチもまた突撃をかましていた。炎の拳で研究所の外壁を粉砕、その向こう側にいた警備員数名が巻き込まれて宙を舞う。
「って、あっちもあっちでおかまいなしにっ!」
「大丈夫だって。
 ケガはさせても殺しゃしないよ――ジュンイチの実力ならそれができる」
 舌打ちする一夏に答え、鷲悟はグラヴィティランチャーをかまえ、
「それより、オレ達も負けてられないぜ。
 オレ達の役目は陽動――ハデに暴れたモン勝ちだ! いくぜ、一夏!」
「あ、あぁっ!」



「始まった始まった」
「ハデに暴れてるねー、ホント……」
 一方、潜入組は茂みに潜伏しながら突入のタイミングを探っていた。できる限りハデに見えるように暴れ回る鷲悟達の姿に、清香や癒子が苦笑する。
「本音……ミフユと一緒に、必ず助けるから……!」
 一方、自らに気合を入れているのは簪だ。つぶやき、握りしめた拳に思わず力が入り――
「そんなに気負わないの」
 そんな彼女に、カレンが優しく自らの手をそえた。
「布仏さんやミフユを助けたいのはみんな同じ。
 私達みんなで助けるの。あなたひとりが背負うことなんてない……でしょう?」
「……うん、ありがとう」
 カレンの気遣いがうれしくて、簪は微笑みと共にうなずいて――
「お嬢、それにみなさん」
 この突入ポイントまで案内してくれた、ヴィヴァルディ・ファミリーのマフィアなお兄さんが声をかけてくる――彼の指さす方を見ると、突入予定の研究所の裏口を守っていた警備員が、表の騒ぎに対する増援に駆り出されるところだった。
「……攻め時ね。
 みんな、行くわよ」
 簪達に言い、カレンは先陣を切って茂みから飛び出した。



「ダメです! 歯が立ちません!」
「やはり相手がISでは!」
「くそっ、どこの組織の連中だ!?」
 一方、研究所の警備室は、先の一夏のたとえではないがハチの巣をつついたような騒ぎになっていた。
 だがそれもムリはない。いきなり謎のISの一団による奇襲を受け、警備戦力が成す術なく蹴散らされているのだから。
 と――
「うろたえるでないわ、たわけども!」
 混乱するばかりの警備スタッフを一喝したのは、“ドクター”と呼ばれていたあの老婆であった。
「向こうがISで来るなら、こっちもISを出しゃいいじゃないか!
 何のためにあの三人を高い金出して雇ってると思ってるんだい! さっと出しな!」
「は、はいっ!」
 自分に言われてようやく動き出すスタッフ達に、“ドクター”はロコツに舌打ちした。
「まったく、グズどもが……っ!
 けど、あの三人が出ればすぐに片づくさね。もっとも……」
 言って、“ドクター”は手元のモニターに“三人”のデータを呼び出した。
「足がつかないよう、わざわざ別々の組織から雇い入れるような手間までかけたんだ。そのくらいの成果は出してくれなきゃ、困るんだけどね。
 特に最後に雇った“三人目”……コイツに活躍してもらえば……」



「アタシの“作品”の力の、いいデモンストレーションになりそうだしねぇ……」







「急所は外してあげるけど――」
「その分、むしろ痛いかもね!」
 言って、鈴と、“ジェイソン”を装備したあずさが突っ込む――双天牙月が、刃の回転を止めて殺傷力を抑えた“ボーヒーズ”が、警備員を次々にブッ飛ばす。
 対し、相手は少しでも戦力差を埋めようというのか、装甲車を持ち出してきた。その上に顔を出した警備員がロケットランチャーを放つが、
「フッ、RPGか。
 そんなオモチャで……」
 ラウラが立ちはだかった。AICでロケット弾を停止させると、投げ返してやろうと手にとって振りかぶり――
「ボクらは、止められないよっ!」
 それよりも早く、狙っていた装甲車はシャルロットが“灰色の鱗殻グレー・スケール”で殴り飛ばしてしまった。仕方がないので、ロケット弾は手近なところにいた敵集団の中に投げ込んでやる。
「はぁぁぁぁぁっ!」
「でやぁっ!」
 一夏と箒も、次々にわいて出てくる警備員達を蹴散らしていく。そんな彼らをさらに上空からセシリアが援護する。
「次、いきますわ!」
 言って、セシリアがスターライトMkVをかまえ――



 衝撃と共に、彼女の意識が途切れた。







「セシリア!?」
 突如セシリアの“力”の気配が乱れ、小さくなっていく――他の場所で戦っていた鷲悟がそれに気づき、急ぎ彼女の元へと向かう。
 墜落し、倒れるセシリアを捕まえようとしている連中を着地ついでに吹っ飛ばし、セシリアを救うと状態を確かめる。
「気を失ってるだけか……よかった。
 あずさ、来てくれ! 装備は“ナイチンゲール”で!」
「う、うんっ!」
 鷲悟の言葉に答え、あずさがオートクチュールを切り替えようと上昇して――
「――きゃあっ!?」
 彼女もまた叩き落とされた。四方からビームを受け、撃墜されてしまう。
「あずさ!?」
 セシリアを抱えたまま、鷲悟はあずさのもとへと向かおうとするが、
「――――――っ!?」
 気づき、その足を止めた彼の目の前を閃光がはしる――あと一歩踏み出していたらまともにくらっていたであろう位置を。
 間髪入れずにバックステップ。足元を狙った攻撃をかわして鷲悟は後退し、
「現れやがったな――ビット使い!」
 そこに現れた、先の戦いでジュンイチに手傷を負わせたビット使いをにらみつけた。



「――アイツは!?」
 鷲悟の前に現れたのは、自分が一番借りを返したかった相手――ビット使いの出現に気づき、ジュンイチは思わず声を上げる。
 すぐに乱入してやろうと翼を広げ――
「――って、鈴、危ねぇっ!」
「え――――?」
 それに気づき、迷わず反転――いきなりの警告に戸惑う鈴の前に飛び出すと、自らの力場で飛来したビームを受け止める。
「狙撃――!?
 ジュンイチ!」
「あぁ!
 おいでなすったぜ――シモネッタだ!」
 鈴に答えジュンイチは爆天剣をかまえる。
「っつっても、対応は簡単じゃねぇか……
 向こうだって、狙撃地点を割り出されないように移動くらいするだろうし……気長にやるしかないか……!?」
 うめき、それでも追いかけようと前に出かけた、その時だった。
「――ジュンイチ!?」
「っとぉっ!?」
 鈴の叫びと同時、とっさに身をそらす――そんなジュンイチの目と鼻の先、ちょうど一瞬前まで自分の頭があったところを“真横からの”ビームが貫いた。
「真横から!?」
 一瞬、仲間がいたのかと考えるが、今のビームも間違いなく一発目の狙撃と同一のエネルギー、すなわちシモネッタのISの放ったもので――
「――こっち!?」
 今度は反対方向からビームが飛来、とっさにかわして上昇する。
(BT兵器がフル稼働時に可能にするっていう、偏向射撃フレキシブルってヤツか!?
 ――いや、違う……今のはBTレーザーじゃない。普通のビームだった……)
 自らの仮説を自ら否定する――そうしている間にも、周囲の森の中、四方八方からビームが放たれ、ジュンイチは次々に迫るそれをかいくぐっていく。
「オレの気配察知の有効範囲に入らないまま、こんな四方から……!?
 どうなってやがる!? あんにゃろ、瞬間移動でもしてるってのか!?」



「ぐ…………っ!?」
「安心しろ。殺しはしない」
 一撃を受け、男が倒れる――軽く一瞥して箒が告げ、今度は手近なところにいた装甲車へと向き直る。
 空裂からわれをかまえ、エネルギーをチャージする――それ見た搭乗者達があわてて逃げ出し、無人となった装甲車が、空裂から放たれた光刃によって両断、爆散する。
「ただし……物は容赦なく破壊させてもらうがな」
「って、箒!」
 淡々と言い放つ箒に声をかけ、舞い降りてきたのは一夏だ。
「いくら何でも飛ばしすぎだろ。
 装甲車くらい簡単に壊せるのに、あんな大技で、しかも何発も……
 できるだけハデに、とは言われたけど、そんな戦い方じゃすぐにエネルギーが……」
「安心しろ、一夏」
 しかし、そんな一夏の言葉に、箒は笑いながら答えた。
「今まで撃っていた攻撃はすべて、ハデに爆発するように、チャージ時間を長めに調節した通常弾だ。
 大技の連発に見えても、実際はさほど消耗していない」
「え…………?」
 箒の言葉に、一夏は思わず目を丸くした。
「ハデに爆発するように、ってのはまだわかるけど……なんで、チャージ時間まで長めにしてるんだ?」
「その方が、彼らの逃げる時間が稼げるだろう?」
 続く問いにもあっさりと答える。
「悪人だからといって、命を見捨てていいワケがない――臨海学校の時、一夏、お前が言っていたことだぞ」
「……あぁ、そうだな」
 大丈夫だ。箒は怒りや力におぼれてなんかいない。
 箒の言葉に、一夏は安堵の息をつき――



「――ぐあぁっ!?」



 いきなり、側面から攻撃を受け、爆発で吹っ飛ばされた。
「一夏!?
 おのれ――何者だ!?」
 突然吹っ飛ばされた一夏に驚き、攻撃してきた相手を探す箒だが、それらしい相手の姿はない。
 と――いきなり虚空から榴弾が撃ち出された。とっさに一夏を拾って箒が離れた後に着弾。爆発を起こす。
「バカな……ハイパーセンサーに引っかからないどころか、視認もできないだと!?」
 うめきながらも体勢を立て直そうとする箒だが、そんな彼女に向けてさらに攻撃が放たれる。
 IS用クロスボウの矢――どうやらトレーラーの調査に向かったジュンイチを襲ったのはコイツのようだ。
「くっ……まったく捕捉できん!
 これではまるで“白騎士事件”の……」
 言いかけて、そこで箒は気づいた。
 かつての“白騎士事件”の時、すでに“視認すらできないほどのステルスシステム”は完成していたのだ。
 むろん、束が手がけた機体だから実現していた能力だが――それはあくまで“当時の話”だ。
 もし、あのステルスシステムを徹底的に突き詰めていた者がいたとしたら。
 もし、かつての白騎士を当時の兵器が捉えられなかったように、ハイパーセンサーですら捕捉できないほどのステルスシステムが開発されていたとしたら。
 そんな考えに箒が至った時、まるで彼女の仮説を証明するかのように相手の方が姿を現した。
 漆黒の、スマートなデザインのISをまとった少女――先の戦いでミフユと本音の奪還に動いたジュンイチの前に最初に立ちはだかったあの少女である。
 シンプルで飾り気のないISと同様、こちらも特徴がないのが特徴、といった感じだ。整ってはいるがまるで感情の感じられない、人形のような無表情のまま、淡々とこちらを見下ろしている。
「大丈夫か? 一夏」
「オレ自身は、な……
 けど、スラスターをやられた。自己修復は始まってるけど……」
「わかった。
 なら、一夏はジャマが入らないよう、フォローを頼む」
 言って、箒は漆黒のIS、その操縦者へと向き直った。
「一応……名を聞いておこうか」
「名前なんか……ない。
 好きに呼べばいい」
「そうか」
 相手からの答えに箒は刀をかまえ、
「そういうことなら……貴様を墜として後でゆっくりと考えさせてもらおうかっ!」
 漆黒のISに向け、飛翔した。



「――こっち!」
 ミフユの発信機の反応はこっちから――簪達を先導し、カレンは廊下を突き進んでいく。
 途中何度も警備員達の抵抗が入るが、生身の人間にISを止められるはずもなく、カレンは悠々と突破していく。
「本音、ミフユ、無事でいて……っ!」
 そんなカレンのすぐ後ろで、簪はわらにもすがる思いでつぶやいて――急に視界が広がった。
 顔を上げ、学園のアリーナのような開けた場所に出たのだと理解する。ISの性能試験場のようだが――
〈現れたようだねぇ、ネズミどもが〉
『――――――っ!?』
 突如スピーカーから響いた声に、カレン達四人の間に緊張が走る。
「私達の侵入がバレてた……!?」
「っていうか、この声、誰……!?」
 周囲を警戒しながら清香や癒子がうめくと、
「……なるほどね……」
 突然、カレンが納得しながらつぶやいた。
「裏で誰が糸を引いているのかと思ったら、あなただったのね……コッホ博士。
 いえ……“元”博士と言った方がいいかしら?」
「え? 知ってるの?」
「アギラ・コッホ。フランスのとあるIS企業で開発に携わっていたドクターよ。
 けど……『最高性能のISを扱うには、その操縦者の“性能”も最高でなければならない』という思想のもと、テストパイロットを生体改造。何人も廃人に追いやった罪で博士号を剥奪はくだつ。逮捕される寸前で逃亡して、欧州連合全域で指名手配されている危険人物よ」
〈フンッ、人聞きの悪い事を言うでないわ〉
 尋ねる癒子に説明するカレンにアギラが口をはさんだ。
〈ワシの強化は完璧じゃった。問題などあるはずがない。
 問題だったのは、そのワシの完璧な強化について来れなかった“できそこない”どもの方じゃ。
 所詮、役立たずは何に使っても役立たずだったということじゃ〉
「なるほど。反省する気持ちはまるでなし、と」
〈『反省』……? いやいや、十分しておるとも〉
 聞いているだけでイヤになってくるような独善的な物言いにカレンがうめく――が、アギラはあっさりとそう答えた。
〈要は、できそこないを素材に使ったのが間違いの元。
 ならば、できそこないではない――“最高の素材”を使えばいい〉
「――――っ!? それでミフユを!?
 ミフユに何かしたの!? まさか本音にも!?」
〈ミフユ? 本音?……あぁ、あの素体と、一緒についてきた小娘か。
 安心せい。まだ何も手は加えておらんわ〉
 声を荒らげる簪に、アギラは笑いながら答える。
〈手を出す前にお前らが現れたからのぉ。
 まぁ、お前らを始末した後にでも、ゆっくり強化させてもらうとするかの。
 何なら、お前らも一緒に強化してやろうか? あの素体ほどではないが、なかなか優秀そうだしのぉ〉
「冗談じゃないわよ!」
「改造人間になんて、されてたまるもんですか!
 ミフユや本音だって改造させない! 返してもらうわよ!」
 アギラの言葉に、清香や癒子が嫌悪感もあらわに言い放つが、
〈やれやれ、しょうがないのぉ。
 そうであれば……〉



〈力ずくで、おとなしくしてもらうまでじゃ〉



 その言葉と同時、その場に飛び込んできた者がいた。その姿を認識する間もなく、カレン達は一撃を受けて吹っ飛ばされる。
「な、何……!?」
「ハイパーセンサーでも……捉え切れなかった……!?」
 大地に叩きつけられ、簪とカレンがうめく。そんな彼女達の前で、攻撃の主は動きを止め、
『な…………っ!?』
 カレン達四人は思わず言葉を失った。
 なぜなら、その攻撃は……







『……ミフユ……!?』







 自分達がまさに助けようとしていた人物が、ISを身にまとって放ったものだったのだから。
「ちょっ、ミフユ!?
 何してるの!? 私達よ! 助けに来たの!」
 あわてて立ち上がり、清香がミフユに告げるが、
〈ターゲット、確認〉
「え――――?」
〈排除開始〉
 いきなり聞こえた、覚えのない声に首をひねる清香に対し、ミフユはすさまじい加速をもって、一瞬にして清香の懐に飛び込んだ。
 あまりの速さに、清香は自分の懐に飛び込まれたことにすら認識が追いついていない。ミフユはそのまま、清香に向けて右腕のアーマーから伸びたブレードを振るい――



「なるほどね」



 鳴り響く金属音――攻撃を止められたと悟り、ミフユは距離をとり、
「一種のマインドコントロールね……
 まだ子供で自我の確立していないミフユをコントロールするには一番の方法だわ」
 ミフユの一撃を止めたカレンが、受け止めるのに使ったナイフを弄びながら納得してつぶやいた。
「何が『ミフユには手を出してない』よ、このペテン師が」
〈フンッ、何をバカなことを。
 ワシゃ『手は“加えて”おらん』としか言った覚えはないぞ?〉
 カレンの言葉にアギラが答え、ミフユが再び攻撃態勢に入る。
「……どうやら、力ずくで止めるしかないみたいね……」
「そんな……カレン!」
「私だってやりたくないわよ。
 けど、ここでそんなことを言っていても、あの子は止まらない――今はとにかく、あの子を取り押さえるのが第一よ」
 声を上げる簪に答え、カレンは改めてミフユへと向き直った。
「ISは専用機……の、試作機ってところかしら。
 能力は……まぁ、考えるまでもなく高速型よね。
 だったら……スタジオーニ!」
 カレンの指示によって、愛機スタジオーニが装備を換装する――全身各所に増設ブースターを備えた白銀の追加装甲、“インヴェルノ”である。
「待ってなさい、ミフユ……
 今すぐそのISから引きはがして、布仏さんのところに返してあげるから!」



「……ん……」
 明かりも灯っていない、無機質なコンクリート質の部屋――その奥で、彼女はわずかに身をよじった。
 身体に力が入らない――それでも、四肢の拘束が解かれているのが幸いした。なんとか身を起こそうともがいている内、少しずつ力が戻ってくる。
「……ミフユ……」
 その正体は、ミフユと共に連れ去られた本音だ――壁を支えになんとかその場に立ち上がる。
「待っててね……
 私が、今、行くから……っ!」





立ち上がる
  あの子の笑顔を
    守るため


次回予告

本音 「やっほ〜、本音だよ〜。
 ミフユを助けるために、みんなが戦ってくれてる……っ!」
カレン 「止まりなさい、ミフユ!
 あなたには、帰りを待ってる人がいるでしょうが!」
鷲悟 「待ってろよ!
 オレ達もすぐにそっちに向かうからな!」
ジュンイチ 「次回、IB〈インフィニット・ブレイカー〉!
   『本音が流した本気の涙 鷲悟よ、怒りを解き放て!』
   
ミフユ 「ホンネ……大、好き……」

 

(初版:2011/12/13)