「……いたた……まだあちこち痛いよ〜……
ミフユと離された時、いっぱい殴られちゃったもんなぁ……」
まだ歩くだけでも全身が痛い。それでも、ミフユのことを考えるとじっとしてなどいられなかった。痛む身体にムチ打って、本音は研究所の廊下を進んでいた。
鷲悟達の襲撃によって自分達のいた区画の電源が落ちたのか、閉じ込められていた扉は簡単に開いた。ミフユの身を案じ、こうしてミフユを探しているのだが……
「きっと、これ……みんなが助けに来てくれたんだ……
大丈夫……きっと助かるから……
だから、今すぐ行くよ……ミフユ……っ!」
「………………っ」
「来る――っ!」
察知すると同時、身がまえる――次の瞬間、とっさに横に跳んだカレンの眼前を衝撃が駆け抜けた。
ミフユだ。爆発的な加速と共にシールドバリアとは別種のバリアを展開、体当たりを敢行したのだ。
それがかわされると見るや反転、手にしたサブマシンガンをかわす――それも回避し、腕部ISアーマーに装備されたバルカンで反撃に出るカレンだが、ミフユはその機動性であっさりとかわす。
「くっ、なかなかの反応をするじゃない!」
〈当然じゃ。
そ奴はワシの“作品”の中でも最高傑作――余計な感情のせいで普段はその能力を発揮できんが、いざそのヘッドギアで感情を排除してしまえば見ての通りよ〉
うめくカレンに対し、ウィンドウに映るアギラは自慢げにそう告げる。
〈まだ成長途中なおかげで腕力はないが、その分スピードは一級品。サガで作られた高機動超特化型IS“バーストセイバー”との相性は抜群じゃ〉
「いろいろゲロってくれてありがと!」
これがいわゆる「冥土の土産に教えてやる」というヤツか――自慢げに告げるアギラに答え、カレンは地をすべり、サイドステップでミフユの体当たりをかわす。
「それじゃあ、いろいろ情報も得たところで……」
「さっさとミフユと本音を助けて、アンタをとっ捕まえてあげるわよ!」
第39話
本音が流した本気の涙
鷲悟よ、怒りを解き放て!
「っとぉっ!?」
的確にこちらの死角をついてくるビームを身をひねってかわす――次々に繰り出されるビットの攻撃を、鷲悟は懸命にかいくぐる。
「こなくそっ!」
反撃とばかりにグラヴィティランチャーで砲撃――しかし、相手もそれをあっさりかわし、藍色のISはさらにビットを繰り出してくる。
バックダッシュで回避。すかさず全門斉射で反撃に出る。
さすがに、これは何発か当たるが、本体もビットも、シールドバリアでこちらの攻撃をしのいでしまう。
「鷲悟!」
「大丈夫!」
地上から声を上げるシャルロットに答え、鷲悟は彼女に介抱され、ラウラに守られているセシリアとあずさを見下ろした。
不意を突かれ、まともに攻撃をもらった二人は、絶対防御によって傷こそ負ってはいないものの、完全に意識を失っている。
ブルー・ティアーズも桜吹雪もズタズタで、気がついてもすぐに戦線に復帰、とはいきそうにない。
「……この程度で、やられてられるか……っ!」
こみ上げてくる怒りを原動力に、鷲悟は改めて藍色のISをにらみつけた。
「それでなくても布仏さんやミフユが心配だってのに、その上あの二人まで……
お前の相手なんかしてるヒマはないんだ! さっさと踏みつぶさせてもらうぞ!」
「くぅ……っ!」
閃光がすぐ脇をかすめる――紙一重でかわしながら、ジュンイチはカウンターを狙って炎を放つ。
炎は飛来したビームの軌跡をなぞるように空間を奔り、森の一角を爆砕する――が、手応えはない。
「くそっ、またか……っ!」
またしても相手を補足しそこなった――舌打ちするジュンイチに向け、今度は背後からビームが迫るが、
「ジュンイチ!」
その攻撃には鈴が対応した。シールドバリアで耐えしのぎ、二人は背中を守り合う形で周囲を警戒する。
「アンタともあろう者が、ずいぶんとてこずってるじゃない」
「何なら交代しようか?」
「冗談。
アンタですら捉えられないようなバケモノの相手なんかしてられるもんですか」
軽口を交わし――同時に動き、再び迫るビームをかわす。
「どういうカラクリよ……
あっちからこっちからバカスカと……っ!」
「グチってるヒマがあったら動け! 次が来る!」
ジュンイチが鈴に答え、再び地上から放たれたビームをかわして――
「ったく、地上からしか撃ってこないのが不幸中の幸いよ!
これで、空からも狙われてたらたまったものじゃなかったわ!」
「――――え?」
鈴の叫びが、ジュンイチの中で引っかかった。
(そういえばそうだ……
さっきから四方から撃ってきやがるけど、そのすべての軌道が地上から……
確かに、狙撃の基本は相手に見つからないことではあるけれど……これだけ動ける相手なら、多少セオリーを無視したって、上空も使って撹乱した方がよほど有効なはず……
このスナイパーが本当にシモネッタだとしたら……いや、ヤツじゃなかったとしても、これだけのことができるスナイパーが、そのことに気づけないはずがない。
それでも、地上からの移動狙撃に徹してる。そんなことしなくても勝てるっていう自信なのか、それとも……)
(“それができない理由がある”か)
そこまで考えて――気づいた。
「なるほど……そういうことか!」
「はぁぁぁぁぁっ!」
気合と共に突っ込み、刃を振り下ろす――しかし、箒の一閃は目標を捉えず、虚しく宙を薙ぐ。
そんな彼女に向け、何もないはずの空間から銃弾が放たれる――とっさにかわし、銃弾の出所に向け雨月の光弾を放つ。
しかし、相手はすでにそこにいないのか、手応えはまるでない。先ほどからこの繰り返しである。
「くっ、相手の姿が見えないというのがこうも厄介だとは……っ!
卑怯ではあるが、こうまで振り回されると脅威と認めざるを得ないか……っ!」
投げ込まれたハンドグレネードの爆発から距離をとる――そこへ銃弾が降り注ぎ、シールドバリアで防ぐ。
(ロックオンアラートが鳴ってから動いていたのでは反撃が間に合わない。このままではジリ貧だ……!
紅椿の反応速度に助けられていなければとうに終わっている……なんとか、反応できている内に対策を見出さなければ……っ!)
瞬間、鳴り響くロックオンアラート――とっさに後退、放たれたミサイルを光刃をぶつけ、撃墜して――
(――――ん?)
不意に、ハイパーセンサーから送られてくる情報に違和感を覚えた。
(……待てよ。今、ハイパーセンサーの反応が捉えたのは……
それに、そもそも……)
もし、自分の考えている通りだとしたら――
「……賭けてみる価値はあるか!」
腹を決めた箒に、再び放たれるミサイル群――回避しながら、箒はハイパーセンサーの感度を上げる。
反応――あり。
「そこだぁぁぁぁぁっ!」
咆哮し、突撃――箒の全体重を乗せた突きは、一瞬の抵抗の上、空間にしっかりと突き立てられた。
そして――
「バカ……な……!?」
空間がゆらぎ――肩に刃を突き立てられた、漆黒のISの少女が姿を現した。
「どうして、私の位置が……!?」
「調子に乗って、撃ちすぎたんだ、お前は」
うめく少女に対して、箒は静かにそう答えた。
「手にした武器にまで影響するとは大したステルス技術だ。
だが、さすがに出し入れの際の量子変換のエネルギーまではごまかしきれなかったようだな。わずかな反応を、ハイパーセンサーが拾っていたぞ。
もっとも……私も気づくのが遅れたクチだがな。ロックオンアラートが鳴る時点で、照準レーザーのエネルギーをごまかせていない、エネルギー関係のステルスは完全ではないと気づけたはずだからな」
「く…………っ!」
箒の言葉に、歯がみした少女の意識が落ちた。箒の突き立てた刃も抜け、その身体が落下し――
「よっ、と」
飛来した一夏がそれを受け止めた。
「一夏!
白式はもう大丈夫なのか!?」
「お前が時間を稼いでくれたおかげでな。
サンキュー、箒」
「う……べ、別に、礼を言われるほどのことでは……ん?」
頬を赤くして答えかけ――不意に箒は動きを止めた。
「どうした、箒?」
「あぁ、いや……大したことではない」
一夏に答え、箒は彼の腕の中の少女にうらやましそうな視線を向け、
「そいつの名前を、聞くのを忘れていた」
篠ノ之箒&紅椿 VS 漆黒のISの少女(本名不明)
敵の能力のスキをつき、箒の逆転勝利
「…………っ」
淡々と、ただの作業として引き金を引く――放たれた閃光は予定通りの軌道を描き、目標へと襲いかかる。
目標がそれをかわし――それ以上の動きを見せず、ただ周囲を警戒するだけの様子を見て、シモネッタ・スカットーラはふうとため息をついた。
(すっかり守りに入ってしまったようね……
つまらないわ。必死にあがいていたさっきまでの方が、まだ狙い甲斐があったわ)
だが、自分の仕事とは関係ない。ただ、狙い撃ち、撃ち墜とす――それだけだ。
スコープをのぞき、狙い――撃つ。
放たれた閃光を、目標、すなわちジュンイチと鈴がかわし――再び狙いを定めようと、シモネッタがスコープをのぞき込んだ、その時だった。
突然ジュンイチが身をひるがえし、何かを投げつけるのが見えて――“それ”のひとつが破壊されたことをハイパーセンサーが伝えてきた。
「――バカな!?」
そして、その事実はこれまで淡々と戦いを進めてきたシモネッタを初めて動揺させた。
なぜなら、彼が今破壊したのは、まさに自分の戦術の要となるものだったからだ。
さらに、ジュンイチは次々に各所に配置した“それ”を正確に破壊していく。このままでは――
「くっ――!」
これ以上やらせてはいけない。ジュンイチを“直接”狙い、引き金を引く。放たれた閃光を、ジュンイチは自らの力場で受け止め――
――そこか。
スコープ越しに、ジュンイチの唇がそう動いたのがわかった。
(――しまった!)
こちらの位置を気取られた――焦りからの失策に後悔するがもう遅い。
ハイパーセンサーが捉えているジュンイチの反応はぐんぐん近づいてくる。急ぎその場を離れようとするが、
「――――っ!?」
その周囲をビームが飛び交う――そこでようやく、自分の周囲を多数のビットが取り囲んでいることに気づいた。
ジュンイチの放っていた、フェザーファンネルである。
「バカな……いつの間に!?」
まったく気がつかなかった。驚き、シモネッタが声を上げ――
「お前の攻撃の“カラクリ”に気づいてすぐ、だよ」
直接かけられた声がシモネッタに答えた。
「お前さんの狙撃、その射線を観測するのと同時に、森の中に遠隔構築して、広範囲にばらまいておいたんだよ。
お前の居場所を特定したら、すぐにでも包囲できるようにな」
ジュンイチだ――鈴と共に、すぐ頭上からシモネッタに向けて告げる。
「考えたもんだよな。
戦場全域にリフレクターを配置して、反射攻撃を仕掛けることで自分の位置をごまかして、同時に四方からの攻撃を可能とした……
カラクリ自体は“よくあるパターン”だけど、まさかそんな『よくある』手にオレがここまで振り回されることになるとは思わなかったぞ」
「どうして、気づいたの……!?」
「鈴が、地上からの攻撃しか来ないってことに気づいたからさ」
シモネッタに答え、ジュンイチは傍らの鈴を指さす。
「そりゃそうだよな。リフレクターを介しての攻撃である以上、上空から攻撃しようと思ったら上空にもリフレクターを配置して、それを撃たなくちゃならない。けど、そんなことをすれば相手に攻撃のカラクリをわざわざ教えるようなものだ」
ジュンイチの言葉はまさに図星。指摘され、シモネッタが歯がみする。
「実際、タネが割れれば攻略は簡単だ。
リフレクターの位置を特定して、ひとつひとつブッつぶす。
そうすれば全方位攻撃は封じられるし、焦ったお前が直接攻撃に出てくれたおかげで、こうしてお前の位置も特定できた。
――あぁ、もちろん攻撃は反射される心配のない実体攻撃で、だ。実際、オレの炎では破壊できなかったみたいだし。熱エネルギーを反射されてたんだろうな」
「なるほど。
私はまんまとしてやられたワケね……」
懐から苦無を取り出して告げるジュンイチの言葉に、シモネッタはそううめいて――
「けどね……一流のスナイパーが、自分の居所をつかまれた時の対処を何も考えていないとでも思っているのかしら!?」
言って――足元に何かを叩きつけた。同時、噴き出した煙が視界を覆う。
「今の内っ!」
ジュンイチ達の視覚を封じ、同時にセンサーにもジャミングをかける煙幕だ。煙に紛れ、シモネッタは離脱しようとその身にまとっていたラファール・リヴァイヴのカスタムIS、その非固定浮遊部位の出力を上げて――
「あー、逃げる?
どうぞどうぞ。お好きになさってくれてかまわないよー」
対し、ジュンイチはあっさりとそう答えて――
「逃げられれば、ね」
「――――――っ!?」
煙の中から飛び出したシモネッタの前には、ビッシリと前面を覆いつくすほどにフェザーファンネルの群れが配置されていた。
「バカな……私の離脱経路を読んでいた……!?」
「ってワケでもないよ」
うめくシモネッタにジュンイチが答え、煙幕が晴れていき――シモネッタは今度こそ言葉を失った。
なぜなら――
「言ったろ? 『お前の攻撃のカラクリに気づいてすぐ、“広範囲に”“ばらまいておいた”』ってさ」
逃げ道をふさいだものだけではない。前後左右、上方に至るまで、ビッシリとフェザーファンネルで包囲されていたからだ。
その数も尋常ではない。10や20なんてものではない。ヘタをすれば100、いや、200はありそうな大量のフェザーファンネルの総動員である。
「ど、どれだけのビットを持ってるのよ……!?」
「悪いね、搭載数決まってないんだよ」
思わずうめくシモネッタに、ジュンイチは笑いながらそう答えた。
「お前らのISの装備みたく、用意したものを量子変換して持ち歩いてるワケじゃなくてね、オレ自身の“力”を材料にその都度構築してんだ。
つまり――そのシステム上、オレの“力”が尽きるまで、こうしていくらでも、無制限に作り出せるんだよ。
オレ自身が面倒見きれなくなるから、普段は数に制限を設けてるんだけど、こういう使い方ならその辺も気にする必要ないからな……」
そう告げる言葉に伴い、すべてのフェザーファンネルの砲口に光が生まれる。
「ちょっ、まさか!?」
「そのまさか♪」
シモネッタの言葉に、ジュンイチは笑顔でうなずき、
「フェザーファンネル、全機スタンバイ! 着弾タイミング、全同期!
くらいさらせ――」
「ギガクラッシュ!」
まったく同時に撃ち込まれたビームは、互いの爆発の相乗効果によってとてつもない大爆発となり、絶対防御もろともシモネッタを飲み込んだ。
そして、ジュンイチはクルリときびすを返した。爆発に対し背を向けると、天を指さすように右の人さし指と中指を頭上に掲げ、
「Finish――completed」
その手を振り下ろすと同時――ISアーマーを粉々に砕かれ、爆風で頭上高く吹き飛ばされていたシモネッタが頭から、いわゆる“車田落ち”で落下した。
柾木ジュンイチ・凰鈴音&甲龍 VS シモネッタ・スカットーラ
敵の戦術を見抜いたジュンイチのひとり勝ち
「ドレイク!」
《待ちかねたぞ!》
《我らの力が必要か、主よ!》
鷲悟の叫びに応え、彼のかざしたブレインストーラーから姿を現すのは、鷲悟の使役する精霊獣、暴竜皇タイラント・オブ・ドレイクである。
《貴様か、主の敵は!》
《墜ちるがいい!》
そして、藍色のISを捕捉、重力波の光線を吐き放つが、敵もそれをたくみにかいくぐっていき、
「これならどうだ!」
「ムダだ」
挟撃を狙った鷲悟の砲撃も難なく回避。それどころかシールドビットを放ち、自身の射撃と併せて反撃までしてくる。
「くそっ、ミフユと布仏さんを助けにいかなきゃならないってのにっ!」
「ミフユ……あの織斑千冬のクローンか」
うめく鷲悟に対し、相手の少女は激しい攻撃とは裏腹な、淡々とした口調でそう返してくる。
「あきらめるんだな。
アレがお前達の手に渡ることはない」
「勝手を、ぬかすな!」
言い返し、両肩のグラヴィティキャノンの同時砲撃――回避する少女の後を追う。
「渡るだの渡らないだの……ミフユは物なんかじゃないんだ!」
「心配するな。
どうせ、すぐに死体になる運命だ」
「――――――っ!
使い捨てのモルモットになんか、させてたまるか!」
少女の言葉に、鷲悟は一斉射撃の体勢に入り――死角からの衝撃が鷲悟を襲った。
シールドビットによる奇襲だ。さらに少女の放ったライフルの直撃を受け、鷲悟は大地に叩きつけられ、
《主――ぐわっ!?》
《むぅっ!?》
そして、ドレイクにもシールドビットの一斉射撃をお見舞いし、吹き飛ばす。
「その程度で、私に『させない』などとほざくとはな」
「やかま……しいっ!」
淡々と告げる少女に答え、鷲悟は地面に穿たれたクレーターの中央で身を起こし――突如、研究所の一角が“内側から”爆発した。
「な、何だ!?」
いきなりの異変に驚き、視線を向けると、煙の中から何者かが飛び出してくるのが見えた。
人影は二つ。一方はカレン。そしてもう一方は――
「――ミフユ!?」
「きゃあっ!?」
戦いの衝撃でバランスを崩し、倒れ込む――それでも、本音は力を振り絞ってその場に身を起こした。
「ミフユ……どこにいるの……!?」
つぶやき、先に進もうとした時だった。
崩れた壁の向こう、上空を駆けているのは――
「かれかれと……ミフユ!?」
猛スピードで空を駆ける小さな影が二つ――しかし、なぜか本音にはその影が誰なのかハッキリとわかっていた。
「どうして、ミフユが……!?
とにかく、止めなくちゃ……!」
つぶやく本音だが――そこには問題がある。
「でも、どうやって……ISもないのに……」
今の自分に、あの中に割って入っていく力はない。どうすることもできないのかと空を仰ぎ――
「きゃあっ!?」
すぐそばに流れ弾が降ってきた。爆風にあおられ、本音の小さな身体が飛ばされる。
「……ミ……フユ……」
痛めつけられた後にこれは効く。壁に叩きつけられた本音の意識が遠のいていき――
「――――――っ!」
“それ”を見つけた。
「止まりなさい、ミフユ!」
カレンが防戦しながら懸命に呼びかけるが、ミフユからの反応はない。ただ淡々と、執拗な攻撃を繰り返してくる。
ミフユのISは一撃離脱に重点を置いたと思われる高速機動型。強力な火力こそ持っていないものの、素早いその動きを捉えることもできず、カレンは苦戦を強いられていた。
そう。追いつけない――“高速戦装備の“インヴェルノ”を使っているにも関わらず”。
「ミフユ!」
「………………」
カレンがさらに呼びかけるが、やはりミフユは答えない。カレンの懐へ飛び込み、その手のサブマシンガンの銃弾をばらまくと素早く後退し――
「やめなさい、ミフユ!」
「私達が助けてあげるから!」
そんな彼女に、清香と癒子が迫る。背後からミフユに飛びつこうとするが、ミフユはそんな二人の手もスルリとすり抜け、二人にもサブマシンガンの弾雨を降らせる。
「ダメだ、捕まえられない!」
「速すぎるよ、あの子!」
カレンのもとまで後退し、清香達がうめくと、
〈当然じゃ〉
ミフユの背後にウィンドウが展開され、映し出されたコッホが告げる。
〈そ奴の正体を忘れたか? あの織斑千冬のクローンなんじゃぞ。
その能力を引き出せるだけ引き出しておるのじゃ――今のそ奴を、お前達程度のスピードで捉えきれるものか。
さぁ、やってしまえ!〉
コッホの言葉に、ミフユの身にまとうIS、そのヘッドギア部分が何やら電子音を鳴らし――ミフユが動いた。
カレンらとの間合いを一気に詰め、サブマシンガンで三人を攻撃。シールドバリアでしのぎ、捕まえようとする清香の腕から逃れ、距離をとる。
そして、退いたと見せかけて再びの突撃、三人の周りを飛び回り、サブマシンガン、さらにアサルトナイフによる一撃離脱の攻撃を繰り返す。
(ダメだ、一方的すぎる……っ!
何か手を打たないと、このまま……っ!)
懸命に打開策を探るカレンだったが――それがいけなかった。思考がそれたその一瞬で、ミフユが彼女の懐にすべり込んでいた。
手にしたアサルトナイフを、カレンののど元めがけて突き出し――
「ダメぇっ!」
止められた。
横から飛びついてきた、“ISをまとった”本音によって。
「ミフユ、そんなことしちゃダメだよっ!」
「………………」
告げる本音にも、ミフユは応えない。ただ彼女を振り払い、後退する。
「本音、無事だったの!?」
「っていうか、そのISは……?」
「置いてあったのを見つけたんだよ〜。
みんなと戦ってるミフユを見つけて、とにかく止めなくちゃと思って〜……」
「だからって、そんな機体で……」
親友二人に答える本音の言葉にカレンがうめく――だが、それもムリもない。
本音がまとっているのはイタリアが次期主力候補機に推しているテンペスタのトライアルモデルのようだが、武装もロクに取りつけられておらず、それどころかISアーマーも装甲が不足しており、あちこち内部配線が露出している。
メンテナンスなりカスタマイズなりの最中だったのか、少なくとも遠慮なく動かしていい状態でないのは誰の目にも明らかであった。
そんな機体を持ち出してでも、本音はミフユが自分の友達に襲いかかるのを止めたかった――しかし、そんな本音の想いも今のミフユには関係なかった。
むしろ、ロクに動けないであろうISで出てきた本音など新たな、しかも格好の獲物でしかなかった。真っ先に叩き墜としてやろうと、本音を狙って一直線に突っ込んでくる。
「本n――」
フォローどころか警告も間に合わない。癒子の声が上がる中、ミフユは本音に向けてアサルトナイフを突き出して――
「ひゃあっ!?」
かわされた。
本音ののど笛をかっ切るだろうと思われた刃が、あっさりと。
攻撃をかわされ、一瞬動きが止まるが、ミフユはすぐに気を取り直し、一旦離脱した上で再度強襲、しかし――
「きゃあっ!?」
またもや本音はミフユの凶刃をかわしてみせた。
さすがに二度目で動揺は見せない。そのまま駆け抜け、再び襲いかかる――が、これも届かない。
動きを止めることなく、何度も何度も、超高速機動のまま繰り返されるミフユの攻撃を、本音もことごとくかわしていく。
もはや、ミフユに対する本音の回避がまぐれでないことは疑いようがなかった。
「な、何だよ、アレ……」
「布仏は、いったい何をしているんだ……?」
乱入したいところだが、あのスピードを前にうかつに攻撃しては、むしろミフユを傷つけてしまいかねない――手を出すに出せない状況に歯がみしていた一夏と箒だったが、目の前の光景には正直驚かされていた。
ロクに装備もそろっていないISで超高速機動のISの攻撃をかすらせもしない。本音のやっていることのすごさを肌で感じ取り、思わずうめくと、
〈ふむふむ、なるほどねー。
うん、すごいね本ちゃん〉
一方、こちらは本音のやっていることがわかっているようだ。通信ウィンドウの向こうでうんうんとうなずき、束はそう本音をほめたたえた。
「姉さん、布仏が何をしているのか、わかるんですか?」
〈んー、本ちゃんはただかわしてるだけだよ。
攻撃を見て、理解して、かわす――ただそれだけ〉
「そ、それだけ、って……あの速さを相手に……!?」
箒に答えた束の言葉に、一夏はうめいて本音へと視線を戻し――
「……“過速思考”か」
そうつぶやいたのは、いつの間にか鈴と二人ですぐそばに合流していたジュンイチであった。
「……“かそくしこう”?」
「読んで字の如く、『“速”“過”ぎる“思考”』――それが“過速思考”。
その名の通り、思考、つまり頭の回転が速すぎるんだよ」
「そんなバカな。
布仏の日頃の言動を思い返してみろ。のんびり屋で、おっとりしていて、話についてこれないことも多くて……
そんな布仏の頭の回転が速いと言うのか?」
「言ったろ? 『速すぎる』って」
口をはさむ箒に、ジュンイチはそう答えた。
「あまりいい言い方じゃないけど……“過速思考”が起きている人間の脳ミソは、正常に機能してない。
“過速思考”ってのは、脳機能の一部、思考や反射、つまり反応速度に関する部分“だけが”“異常に”発達した状態――むしろ発達障害の一種に分類されるものだ。
繰り返しになるけど、とにかく思考が“速すぎる”んだよ。“身体の方がついてこれないほどに”。
結果、思考と行動が連動せず、日頃の動きはかえってちぐはぐになってしまう……
言ってみれば、車のミッション車だ。普通の人がちゃんとローギアから順にシフトチェンジしていくのに対して、本音ちゃんはいきなりトップギアに入れて発進しているようなものだ。それじゃ加速なんてできるワケがない。元々の土台が違うんだからな」
そこで一度、ため息をついて話を区切る。
「そしてそれは、ISの操縦にも影響を与える。
一般的な機体は“普通の人間の反応速度”を前提に調整されてる。当然、調整のための基準値も常人のそれを前提にしてる。
その基準値に従ってちゃ、いくら調整したって“過速思考”の起きてる人間にマッチしたセッティングにはなり得ない。そもそも、その基準値の枠組みに入ってないんだから」
「あ…………」
その説明に、箒はかつて学年別トーナメントの際の、本音と真耶、そしてシャルロットのやり取りを思い出した。
『布仏さん、ちゃんとISの調整はしましたか?
布仏さんの動きに、リヴァイヴがついて来れてませんでしたけど』
『う〜、ちゃんとしたと思うんだけどなぁ〜』
『でも、実際ついて来れてなかったよね? ボクも戦っていてそう思ったもの』
(そうか……あれはそういうことだったのか……)
「その点、今本音ちゃんが使ってるテンペスタは、メンテナンス中のものをムリヤリ持ち出してきたみたいだ――けど、それが結果として幸いした。
機体をいじるために、ハイパーセンサーの情報許容に余裕を持たせるために、センサーの調整値はかなり高めに設定されていたはずだ。
だからこそ、本音ちゃんの“過速思考”とかみ合い、あの子の本来の思考速度についていけている……」
納得する箒をよそに、ジュンイチの説明は続く。
「今の本音ちゃんの反応速度は、ヘタすればオレよりも上かもしれない。
本音ちゃんなら、あのミフユを止められるかもしれない……いや、きっと止められる……!」
「“過速思考”……ね!
まさか、布仏さんにそんなスキルがあったなんてな!」
言って、鷲悟は両手のグラヴィティランチャーをかまえ、時間差で発射。ビット使いの少女を牽制する。
「くっ……!
砲台ごときが、ジャマをするな!」
「ジャマするに決まってんだろ! 移動砲台ナメんな!」
ビット使いに言い返し、鷲悟は全身の火器を乱射、彼女の動きを封じ込めにかかる。
「どうした!? ずいぶん焦りが見えてきたな!」
砲撃をかわすビット使いの動きが淡々としたものからムラのあるものへと変わってきた。垣間見えた相手の感情に、鷲悟が彼女に告げるが、
「『焦り』……?
いや、違うな」
その言葉に、ビット使いは鷲悟をにらみつけ――
「これは……怒りだ!」
鷲悟を捨て置き、地上へ――墜とされたセシリアとあずさ、そして二人を守って戦うシャルロット、ラウラを狙ってビットを差し向ける!
「――――っ!? アイツ!?」
うめきながらも、すぐに身体は動く――ビットの後を追い、確実に攻撃を当てられる距離まで追いつくとグラヴィティランチャーでビットを狙う。
シールドで阻まれ、撃墜には至らなかったものの、なんとかビットを叩き落とすことには成功――しかし、その結果ビット使いを自由にしてしまった。鷲悟がビットに対応している間に、一路研究所上空の、本音達とミフユの戦う場へと向かう。
「くそっ、行かせるか!」
狙いは本音か――あわてて加速し、鷲悟もまたビット使いの後を追って研究所へと向かった。
「ミフユ!」
ついに捉えた――ミフユの射撃をかわし、本音はついにミフユの身体に飛びついた。
〈ターゲット接触! ターゲット接触!〉
もちろん、ミフユもおとなしく捕まってはくれない。ヘッドギアが警告を発し、なんとか本音を振りほどこうと暴れ始める。
「いけない!
本音! 一旦離れて! 危ないわ!」
「イヤ!」
真っ向から抱きつく形だ。あれではミフユは本音に対し抵抗し放題――警告するカレンだったが、本音は彼女にしてはめずらしい、強い口調で拒絶した。
「やっと捕まえたんだもん……もう放さない!
このまま……ミフユを助けるんだ!」
言って、ミフユのヘッドギアへと手を伸ばす――つかんだ瞬間、防御システムが働いたのか本音の手に電撃が走る。
「本音!」
「大丈夫……だもん!」
つかんだ手に直接電流を流しているため、シールドバリアなど関係なく電撃が本音を打ち据える――声を上げる清香に答えて、本音はヘッドギアを強く引く。
電撃で皮膚が裂けるが、それでもその手を放さない。
「ミフユ……今、助けるから……っ!
だから……」
「一緒に、帰ろうっ!」
本音の言葉と同時、ヘッドギアのベルトが弾け飛んだ。
ヘッドギアが取り払われるのと同時、迸っていた電光が消え失せ、ミフユの身体が一瞬の硬直の後に力を失う。
「ミフユ、ミフユ!」
ぐったりとしたミフユの小さな身体を抱え、本音は彼女に呼びかけて――
「……ホン、ネ……?」
「ミフユ!」
明らかに自分を認識したミフユに、本音は喜びの声と共に彼女を強く抱きしめた。
「帰ろう、ミフユ。
みんな待ってるよ……!」
「うん……うん……っ!」
本音の言葉に、ミフユも彼女を抱きしめ返して――
パンッ!と音がして
ミフユの右足が弾け飛んだ。
「――――――っ!?
あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛っ!」
「ミフユ!?」
同時、悲痛な絶叫が響き渡る――何が起きたのか、理解が追いつかない本音は、苦しみもがくミフユに腕を振りほどかれてしまい、
パンッ!
今度は左腕が“撃ち砕かれた”。
その光景に――理解する。
(対IS……シールドバリア貫通弾!)
最初に襲われた時、これで撃ち抜かれた鉄砲玉の男達の頭が弾け飛んだ光景が脳裏によみがえる。
「いったい、誰が……っ!?」
うめき、カレンが射撃の犯人の姿を探し――
「認めて……たまるか!」
「――――っ!?
アイツは!?」
現れたのは、鷲悟を振り切ってきたビット使いの少女だ。実弾モードのライフルをかまえ、さらにミフユに狙いを定め――同時、放ったビットからの射撃がミフユの背中をとらえ、ISアーマーを撃ち砕く!
「アイツ……っ!」
突然のビット使いの凶行――後を追って現場へと向かいながら、鷲悟がうめく。
「何なんだ、アイツ……
ミフユを奪って、守るのが役目なんじゃなかったのか……!?」
思わずうめいて――と、思い出した。
先ほどの、彼女の発言を。
『どうせ、すぐに死体になる運命だ』
(まさか……)
思い出して――ある可能性が脳裏に浮上した。
もし、この発言がミフユのモルモット扱いを指しているのではなかったとしたら。
もし、彼女がミフユを奪い、奪還を阻止していたのが、演技でしかなかったとしたら。
もし、今までの彼女の行動が、“本来の目的”を隠すためのカモフラージュにすぎなかったとしたら――
(アイツの目的は……)
(“自分が”、ミフユを死体にすること……!?)
「な、何をしておるか、貴様!?」
ビット使いの行動に度肝を抜かれたのは鷲悟達だけではなかった。アギラもまた、管制室で声を上げていた。
「血迷ったか!?
貴様の役目は、その実験体のガードじゃろうが!」
〈役目なら忘れていない〉
しかし、ビット使いはあっさりとそう答えた。
〈これは“ついで”だ。役目を果たす上で、一緒に私用を果たさせてもらったまで〉
「なん、じゃと……!?」
〈私の役目は、あのクローンを巡って襲撃してくるであろうコイツらとの戦いを激化させ、貴様の注意を外に向けること〉
「何を……何を言っておる!?」
ビット使いの言葉に思わずうめき――
「こういうことさ」
背後からの声が彼女に答え――その声の主を認識するよりも早く、彼女の意識は途切れた。
「お前が救われて終わるなど……認めない」
もうアギラにかまうつもりはない。ビット使いは淡々と告げながら、ISの独自判断でなんとか対空しているミフユを狙う。
「お前に……私達に、救いなどありえないのだから」
言って、引き金に指をかけ――
「いったい、何をっ!」
「ぬかしてやがるっ!」
一夏が、そしてジュンイチが飛び込んできた。トドメの一撃を阻まれ、ビット使いは二人の斬撃をかわし、
「もう一発くらっとけ!」
追いついてきた鷲悟が砲撃。それをかわしてさらに後退する。
「ミフユ! ミフユ!」
一方、ついに落下しかけたミフユの身体を支え、呼びかける本音だが、ミフユの状態は最悪だ。
撃ち砕かれた手足からは馬鹿げた勢いで血が噴き出し、その顔からは見る見るうちに血の気が引いていく。
普通なら作動するはずの、操縦者保護のための致命領域対応も働いていない――先のビットによる追撃で、それらに関するシステムが破壊されたためだ。念入りに生存の道をつぶしたビット使いの殺意がうかがえるが、今はそれどころではない。
「大丈夫だから! あずあずの“ナイチンゲール”に治してもらえば、こんな傷……っ!」
呼びかける本音だが――コア・ネットワークによる情報で、彼女もあずさがすでに撃墜されていることを知っている。
同時に、ハイパーセンサーによって理解もしてしまっている――もう、“間に合わない”と。
せっかくまた会えたと思ったのに、こんな終わり方など……涙で顔をぐしゃぐしゃにしながら、本音はミフユを抱きしめて――
「……ホン、ネ……」
「ミフユ……!?」
弱々しく、しかしハッキリとミフユが口を開いた。
「……ホンネ……ホン、ネ……」
「うん、うん……
いるよ……私は、ここにいるよ……っ!」
しきりに自分の名をくり返すミフユに、本音はもはや焦点も定まっていない彼女の目を真っ向から見返して応える。
「ホン…………ネ……」
そんな本音の存在を確かめるように、ミフユは健在な方の右手、飛び散った血で赤く汚れたその手で本音の頬をなでる。
「…………ホン、ネ……」
もう一度、ミフユは本音の名を呼ぶと、優しい笑みを浮かべて――
「…………だい、すき……」
その言葉を最後に
本音の頬に触れていたミフユの右手が
ダラン、と、垂れ下がった。
「…………ミフユ?」
信じたくなかった。
「……ミフユ……」
けど……ミフユはもはや、自分を見てはいなかった。
「…………ミフユ……っ!」
身体も、すっかり冷たくなっていた。
「ミフユっ!」
つまり、ミフユは――
「……ぅわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
「ミフユが……っ!」
「そんな……ウソでしょ……!?」
目の前で、手の差しのべようもないままひとつの命が消えた。本音の泣き声が響く中、清香と癒子が呆然とつぶやく。
だが――
「フンッ、ようやく死んだか」
「――――――っ!
てめぇっ!」
仕留めた側にしてみれば望んだ通りの結果でしかない。淡々とつぶやくビット使いに、一夏が怒りと共に斬りかかる。
「よくも――ミフユを!」
「あぁ。
私が殺した」
「――――――っ!」
本当になんでもないことのようにあっさりと答えるビット使いの言葉に、一夏は完全に逆上した。
「ふざけんな! ミフユが、一体何をしたっていうんだ!
ミフユが、どんな悪いことをしたっていうんだ!?」
一気に距離を詰めるが、ビット使いはあっさりと一夏の斬撃をかわすとその手のライフルを一夏に向ける。
迷うことなく引き金を引く――が、撃鉄が落ちる音がしただけで銃弾は放たれない。虎の子の対ISシールドバリア貫通弾が尽きたことに気づいて舌打ちするが、すぐにビーム砲モードに切り替えて一夏に対し反撃に出る。
「何を寝ぼけたことを……
たかだか人形の分際で、人として生きようとする……その時点で間違っているのがわからないか」
「ミフユは――人間だろうがっ!」
言い返し、ジュンイチも仕掛ける――斬撃をかわしたビット使いに炎を叩き込むが、シールドバリアに阻まれる。
「『人間』……か。
何もわかっていないクセにほざくな」
対し、ビット使いの方もまだまだやる気だ。ジュンイチに向けてライフルをかまえ――
「……わかってないのは、お前の方だ」
静かな、しかしとてつもなく“重い”声が答えた。
「あの子は……ただと女の子だった……」
鷲悟だ。視線を伏せたまま、ビット使いに告げる。
「ただ……生きていたかっただけなんだ……」
その全身から漆黒の“力”がもれ出し、バチバチと火花を散らす。
「ただ、布仏さんと一緒にいたかっただけなんだ……っ!」
ギリッ、と歯ぎしりする音が一夏達の耳にも届いた。
「それなのに……っ!」
「それを……お前らがっ!」
言い放ち――怒りと“力”が爆発した。すさまじいエネルギーが荒れ狂う中、顔を上げた鷲悟がビット使いをにらみつける。
「フンッ、くだらないな。
人形風情が『生きる』だと? バカを言うのもたいがいに――」
ビット使いの言葉は途中で切れた。
鷲悟が問答無用で両肩のグラヴィティキャノンを放ち、彼女を吹っ飛ばしたからだ。
「…………もういい。もう黙れ」
静かに告げ、鷲悟は体勢を立て直すビット使いに向けて一歩を踏み出した。
「そして……覚悟しろ。
もう――」
「謝ったって許さねぇぞっ!」
咆哮し、地を蹴って飛翔。一瞬で距離を詰めると、右のグラヴィティランチャー、その銃身で彼女を思い切り殴り飛ばす。
さらに間髪入れずに蹴り上げる――上空で体勢を立て直そうとするビット使いに、全身の火器を思い切り叩き込む。
その背中には漆黒のエネルギー翼。カラミティシステムが稼動している証拠だが――
「な、何なのだ、あの出力は……!?」
「カラミティシステムを使ってる分を差し引いても、反応が大きすぎる……!?」
彼のまとっているエネルギー、そのエネルギー量が尋常ではなかった。鷲悟を見つめ、離れたところでセシリアやあずさのガードについているラウラとシャルロットがつぶやき――
〈みんなに告げるっ!〉
突如、現場にいるはずのジュンイチから通信が入った。
〈緊急事態! 今すぐ――〉
〈“鷲悟兄から”逃げろ!〉
『え…………?』
ジュンイチの言葉に、二人は思わず動きを止めた。
「し、鷲悟から逃げろ、って……」
「どういうことだ……?」
ワケがわからず、首をかしげる二人だが――ジュンイチの言葉の意味するところはすぐに知れた。
飛来した巨大な“漆黒の”閃光が、二人のすぐ脇を駆け抜け、大地をごっそりと削り取ったからだ。
「ちょっ、今の、あとちょっとズレてたら……!?」
「まさか鷲悟は……私達のことが見えていないのか!?」
おそらくその通りだろう。ここから見ても――いや、ここから見ているからこそわかるのかもしれないが、とにかく鷲悟がビット使いしか見ていないのは明らかだ。いつもの鷲悟ならその持ち前の火力ゆえに常々気にかけている、周りへの流れ弾に対する配慮が完全に欠けている。
つまり――
「……ミフユを殺されて……怒りで、我を忘れちゃってる……!?」
「オォォォォォッ!」
カラミティシステムが取り込んだエネルギーを全身に、すべての火器に流し込む――バーストモードによって高められた“力”を、何の遠慮もなくぶちまける。
鷲悟の放った砲撃をビット使いがかわし――その結果発生した流れ弾が、森を、研究所を、容赦なく蹂躙していく。
「ちょっ、柾木くん、ストップ!」
「私達もいるんだってば!」
今また自分達のすぐそばを砲撃がかすめた。癒子や清香が呼びかけるが、鷲悟の耳には届かない。
「本音! 急いでここを離れて!
今の柾木くんは周りが見えてない! ここにいたら巻き込まれる!」
そんな中を本音の前に舞い降り、告げる簪だが、本音はミフユの亡骸を抱きしめて泣きじゃくるばかりで――
「簪! 私達で二人を運ぶわよ!
今の本音は、自分で動ける状態じゃない!」
「う、うんっ!」
カレンに言われ、簪は彼女と二人で本音とミフユを抱えて離脱する。
「くそっ、調子に乗るなよ!」
対し、ビット使いの少女もやられてばかりではない。言い返し、鷲悟に対して反撃に出る。
狙いを定め、引き金を引く――ライフルから放たれるエネルギーの奔流が鷲悟を捉えるが、
「――――何っ!?」
爆発の向こうから姿を現した鷲悟はまったくの無傷だった。
怒りによって高められ、さらにカラミティシステムによって無尽蔵に流入してくる“力”に支えられ、彼の力場が格段に強度を増しているためだ。
「……こんなもんかよ……っ!
こんな程度じゃねぇだろ……ミフユを殺した一撃はっ!」
しかも、その一撃は鷲悟の怒りの火に油を注ぐ形となった、叫び、鷲悟はますます砲撃の勢いを強めていく。
「くそっ、見境なく暴れてくれる……っ!
そんなに、アイツを殺した私が憎いか!?」
しかし、それは同時にビット使いの少女の心にも黒い感情を呼び起こしていた。
「そんなに、アイツが大切だったというのか……!?
アイツは“私と同じだというのに”!」
こちらも怒りのままに叫び、ビット使いは鷲悟に向けてライフルをかまえ――
〈――そこまでだ〉
突然の通信が、ビット使いの動きを止めた。
個人間秘匿回線による直接のコンタクトだ。相手は――
「オータムか!?」
「任務は果たした。もうここに用はないだろ」
〈バカを言うな!
まだアイツを殺してない!〉
オータムと呼ばれた女性の見ているモニターには、鷲悟の猛攻にさらされる通話相手の姿が映し出される。
と言っても、別にオータムが自ら進んで見ているワケではない。さっきまでこの部屋に“いた”人物が見ていたものだ。
〈アイツも殺してやらないことには気がすまない! 殺らせろ!〉
「それは、柾木鷲悟に今まさにボコボコにされてるからか?
それとも……ヤツらがあのクローンは受け入れて、お前は否定するからか?」
〈――――っ! オータムっ!〉
「こっちが図星か。
まぁ、しょうがないよな。“同じ人間なのに”こうまで扱いが違えばな」
〈お前から先に殺してやろうか!?〉
「エム」
と、オータムが初めて少女の名を口にした。
「いい加減にしろよ。
調整不足の“サイレント・ゼフィルス”で……偏向射撃もロクにできない今のその機体で勝てる相手じゃない。
ここから見ているだけの私ですらそれはわかる。実際やり合っているお前が、それに気づかないはずがないよな? あ?」
〈………………っ〉
「それに、あのクローンをどうしてもお前がぶち殺したいって言うから、こんな回りくどい作戦になったんだろうが。
これ以上のワガママが通ると思うなよ。それ以上、任務を放り出してソイツをぶち殺すことにこだわるなら……」
〈……わかった〉
その言葉に、ようやくビット使い――エムは撤退を承諾した。
「それでいいんだ、それで。
……まぁ、安心しろ。サイレント・ゼフィルスの調整が済めば、そんなヤツはいつでもぶち殺せる」
〈…………チッ〉
舌打ちと共に通信が切られる――帰ったら待っているのは殺し合いだな、とまるで他人事のように考えながら、オータムはきびすを返し、
「――おっと」
その拍子に“それ”につまづいた。
「フンッ」
しかし、もうオータムにとって“それ”は用済みのシロモノだった。軽く鼻を鳴らし、彼女は――
頭を撃ち抜かれたアギラの骸を軽く蹴飛ばした。
「…………チッ」
オータムとの交信を終えると、エムは鷲悟の砲撃をかわして距離をとり、その場でクルリときびすを返した。
「逃げるつもりか!?」
「不本意だがな」
声を上げる鷲悟に、エムは不満を隠しもしないでそう答える。
「次は……誰にもジャマされないところで、確実にお前を殺す」
「――待てっ!」
言い捨て、飛び去っていこうとするエムを追おうとする鷲悟だったが、そんな彼の前にシールドビットが立ちふさがり――自爆した。
爆発が鷲悟の足を止め、その間にエムは悠々と離脱していくが――
「…………ふざけんな……っ!」
それは、またしても鷲悟の怒りの火に更なる油を注いでいた。
「さんざん好き勝手しておいて……
ミフユまで殺しておいて……っ!
そこまでやっておいて、今さら逃げるだと……!?」
怒りによって限界を超えて高められた“力”が、鷲悟の周囲でバチバチと弾ける。
「ふざけんな……ふざけんじゃねぇぞ……っ!
今さら……今になって……っ!」
「このオレから、逃げられると思うなぁっ!」
怒りの咆哮と共に、両手を頭上にかざす――その手の間に漆黒の渦が生まれたのを見て、ギョッとしたのはジュンイチだ。
「あ、あれは……!?
待て、鷲悟兄! “それ”はマズイ!」
しかし、鷲悟は渦の勢いを強めていく――それに伴い、周りの仲間達のISのハイパーセンサーも異常を検知し始めていた。
「こ、これって……!?
鷲悟の周りで重力子の異常収束……!?」
〈あの黒い渦が、内側に向けてとてつもない重力を発生させている……!?
あれはまさか……!? そんな、バカな……!?〉
「何だ、あのイヤな感じ……っ!
鷲悟のヤツ、一体何を……!?」
「私が知るかっ!
だが……これだけはわかる。一夏の言う通り……あの一撃は、とてつもなく……危険だ……っ!」
鈴やラウラが、その異常の意味するところに気づいてうめく――詳しいところまで気づいていない一夏や箒も、何か途方もないことを起きようと、起こされようとしていることは理解できた。
やがて、鷲悟の手の中で漆黒の渦が勢いを増し――イヤな予感は確信へと変わる。
「ウソでしょ……!?」
だが、“それ”を生身の人間が成し遂げたなど信じられない。鷲悟の生み出した漆黒の渦……いや、漆黒の塊を見て、シャルロットが呆然とつぶやく。
「あれは、まさか……」
「マイクロ、ブラックホール……!?」
「――――――っ!?」
「なんだと!?」
その言葉に、一夏や箒が声を上げる――しかし、そんな彼らにかまわず、鷲悟は飛び去っていくエムへと振りかぶり、
「ブラックホール! イレイz――」
「頭を冷やせ――バカ兄がっ!」
だが、それが放たれる寸前、ジュンイチが鷲悟を地面に向けて蹴り落としていた。
マイクロブラックホールはその拍子に真上に放たれた。そのまま何も被害をもたらすことなく空の彼方に消えていく。
「オレじゃあるまいし、何ブチキレてやがる……っ!
よりによって、こんなところで擬似ブラックホールをぶちかまそうとしやがって……っ!」
「やはり、あれはブラックホールだったのか……」
「あぁ。
超高密度の重力エネルギーを生み出し、意図的に内側に向けてバランスを崩したことで人為的、限定的に重力崩壊を引き起こしたもの……擬似ブラックホール。
重力使いの、禁じ手中の禁じ手だ」
うめくラウラにジュンイチが答えると、
「…………っ、く……っ!」
地上で、鷲悟が頭を振りながら身を起こした。
「何するんだ、ジュンイチ……っ!
ミフユの仇を、みすみす逃がすようなマネをしやがって……っ!」
「あぁ、逃がしちまったな」
すでにエムははるか彼方。今からでは何をしたって一矢報いることはできないだろう――咎める鷲悟に、ジュンイチはあっさりとそう返した。
「それがわかってて……なんでっ!」
だが、そんなジュンイチの態度が鷲悟の気に障った。激昂し、鷲悟はジュンイチの胸倉をつかむ。
「アイツは、ミフユを殺したんだぞ!
なのに、アイツをおめおめと……ミフユの仇を討t」
「鷲悟兄!」
しかし、言いかけた言葉は唐突に途切れた。
ジュンイチによって――その場に殴り倒されて。
「オレ達に……その先を言う資格なんかねぇだろうが……っ!」
兄を殴り倒した拳を収め、ジュンイチは何かを吐き出すかのように告げる。
「仇を討って……アイツをぶち殺して……
……それで一体、何が守れるってんだよ……っ!」
言って、ジュンイチは倒れた鷲悟の胸倉をつかんで立ち上がらせて、
「オレ達は……そのことを身に染みてわかってるはずだろ……っ!」
「………………っ」
その言葉は、彼らにしかわからない、彼らの心の奥底に突き刺さった。ジュンイチの指摘に、ようやく鷲悟の瞳に理性の色が戻ってきた。
「オレ達はミフユを守れなかった……助け出すことが、できなかった……
認めるしかねぇんだよ。オレ達は……」
「……負けたんだ……っ!」
「………………っ!」
ジュンイチの言葉が、再度鷲悟の心を抉る――ハッキリと敗北を突きつけられ、鷲悟はその場に崩れ落ちる。
一夏も、カレンも、誰もがジュンイチの言葉を否定できず――それは、この戦いが自分達の敗北で終わりを告げたことを意味していた。
「いろいろありがとう、カレン」
「ううん。
こっちこそ、何の役にも立てなくて……」
来た時にも降り立ったローマの国際空港――鈴に答えて、カレンは彼女と強く握手を交わした。
「事件のことを言うなら、役に立てなかったのはお互い様だ。
シモネッタを始め、けっこうな数の人間を逮捕したものの、結局出てきた物的証拠からは黒幕を特定するには至らなかった……
関わりを証言されたアストライアやサガも『そいつらの出まかせ』『責任逃れのウソ八百』でトカゲの尻尾切り。
アギラ・コッホが殺されていたのが致命傷だった。おかげで、違法研究所がひとつつぶれただけで、結局何も変えられないまま……」
「えぇ……そうね……」
まだ少し引きずっているのだろう。どこか元気のない鷲悟にカレンが答え、二人や周りの全員が本音へと視線を集める。
彼女の手には、小さな骨壷の納められた小箱――ミフユのものだ。
アレクサンダーと千冬、双方の計らいによって、ミフユの亡骸は事件の証拠として扱われることはなく、検死の後火葬となった。千冬の許しも得られたので、日本に戻った後、織斑家の墓に納められることになっている。
「……でも、今回のことでこの国を、私の故郷を嫌いにならないでくれるとうれしいわ。
きっとまた来てね――その時は、今度こそ平和なイタリアを案内するから」
「あぁ。期待してる」
なんとか笑顔を作って告げるカレンに一夏も答え、二人は改めて握手を交わした。
「……見送り、行かなくてよかったの?」
「お前こそ箒を見送らなくてよかったのか?」
鷲悟達を乗せた飛行機が、日本に向けて飛び立っていく――空港の屋上でそれを見送りながら、ジュンイチは束にそう返した。
「それより……どうなんだ?」
「じゅんくんの読んだ通りだよ」
逆に聞き返すジュンイチに、束もすぐさま返してくる。
「あの三流マッドが雇い入れた時のプロフィールはデタラメ。戦闘中の通信記録も調べてみたけど、本来の所属がわかるような発言はなし。
わかったのは、あの子の名前が“エム”。通信相手の名前が“オータム”……あとは二人のISの“出所”だけ」
「なるほどな」
束の言葉に、ジュンイチは軽くため息をついた。
「あれだけハデに姿を見せて暴れておきながら、ハッキングに対してだけはまるで正反対の警戒ぶり……
まるで、“一番警戒してる相手にハッキングしか攻め手がないとわかってるみたい”だな」
「何を言い出すんだい、じゅんくん。
それじゃあまるで、あの子達がこの束さんを警戒してるみたいじゃないか。はっはっはっ」
カラカラと笑いながら答えて――束はジュンイチに対して続けた。
「……でも、じゅんくんはまさにその通りだと思ってるワケだね」
「お前に物理的方向からの攻め口が一切ないことがわかるくらいの期間は、一緒に暮らしてるつもりだけど?」
「………………」
ジュンイチの言葉に、束が顔を真っ赤にして沈黙する――が、ジュンイチは別に気にするでもなく自分の推理を進める。
「で、お前の介入“だけを”そこまで警戒するってことは……」
「間違いなく……“あの子達”だろうね」
「“亡国機業”……」
束の言葉に、ジュンイチがその名を口にする。
「だとしたら、アイツらにとっては今回鷲悟兄達とぶつかったのは、完全に偶然からの鉢合わせってことになるな。
アギラ・コッホを殺害したのは間違いなくヤツらだ。ミフユを殺したのはエムの独断臭かったが……少なくともこっちと完全に事をかまえるつもりはなかったはずだ。
そのつもりなら、アギラなんて小物はほっといて真っ先にこっちに来たはずだからな――“二兎追う者は一兎も得ず”を徹底してやがるからなぁ、アイツら」
「まさか実際狙って動き出す前に出会っちゃうなんて、運のない連中だねぇ、あっはっはっ」
カラカラと笑う束だったが、
「本当に運が悪いのは、そこじゃないさ」
対するジュンイチはあっさりとそう答えた。
「ミフユを殺したことで、アイツらはこっちを完全に敵に回した。
連中と鷲悟兄達、ひいてはIS学園との衝突はもはや不可避と言って……」
と、そこで不意に言葉を切った。
「いや……違うな。
オレとの衝突も、避けられそうにねぇや」
言って、空を見上げるジュンイチに、束は何も答えない。
彼がどうしたいか、なんとなくわかったから。
「……じゅんくんの好きにすればいいよ」
「言われるまでもねぇよ」
その返しはまさに即答であった。
「“亡国機業”……」
つぶやくように告げるジュンイチは――
「このままじゃ、済まさん……っ!」
血が滴るほどに、拳を強く握りしめていた。
見えてきた
“敵”の影へと
宣戦布告
次回予告
鷲悟 | 「おぅ、鷲悟だ。 夏休みも終わって、IS学園は二学期開始だ」 |
一夏 | 「ミフユの事は辛いけど、だからってオレ達が沈んでてもしょうがない。 忘れずに、けど引きずらずにがんばろう」 |
??? | 「うん、いい心がけね。 いやー、いい子達みたいで、お姉さんは安心だ♪」 |
鷲悟&一夏 | 『………………誰?』 |
鷲悟 | 「次回、IB〈インフィニット・ブレイカー〉! |
『その名は更識楯無! 生徒会長、見参!』」 | |
一夏 | 「『更識』……? じゃあ、ひょっとして……」 |
(初版:2011/12/20)