9月3日、放課後――
「くっ、この……っ!」
意識を広げ、“それら”のひとつひとつに気を配り、それぞれに指示を――
「スキありよっ!」
「ぐぁ……っ!?」
下すよりも先に攻撃を許した。鈴の双天牙月をまともにくらい、
「はぁっ!」
姿勢が崩れたところに箒の連続切り。そして最後に、
「でぁあぁぁぁぁぁっ!」
一夏の零落白夜をまともにくらい――
鷲悟の二学期の戦績は、仮想シミュレーションでの黒星(秒殺)から始まった。
第40話
その名は更識楯無!
生徒会長、見参!
「……稼働率一ケタ。
まったく使えてないね」
「鷲悟……ハッキリ言って、お前にビット系装備は向いていない」
「その上、シミュレーションとはいえ、アンタの苦手な近接系三人を同時に相手するなんて……」
「いくらなんでも、ハードルが高すぎるだろ」
「……わかってるよ、そのくらい」
仮想データを用いてのバーチャルシミュレーション――新装備の試用のためのシミュレーションシステムを使っての仮想模擬戦を終えての反省会での一幕である。
バッサリと切り捨ててくれるシャルロットにラウラ、呆れ半分の鈴と一夏の言葉に、鷲悟は軽く肩を落とした。
そう。シャルロットやラウラが指摘したように、今回鷲悟はビット系装備を試しに使ってみた――バーチャルシミュレーションでの対戦だったのはそのためだ。現物を持ってきて使用するよりも、こちらの方が準備の手間もないというワケだ。
とはいえ、結果は散々なものだったが。ビットの制御に気を取られ、ろくに動くこともできないまま鈴達によるフルボッコ。しかも計測されたデータによればフルボッコにされてまで意識を向けていたビットの制御もほとんど行えていなかったというのだから泣けてくる。
しかし――
「別に、この条件で今からお前らに勝てると思うほどうぬぼれちゃいないよ。
ただ……目指す頂は知っとく必要はあるからな」
「『目指す』……?
ではお前は、さっきのシミュレーションの条件で勝利できるレベルを目指しているというのか?」
「というか……」
聞き返す箒に答え、鷲悟は「んー」としばし考える仕草を見せ、
「そのくらいできなくちゃ……“アイツ”には勝てない」
『――――――っ』
その言葉が意味するところは、全員が理解していた。
「……イタリアで戦った“アイツ”か」
そう“意味”を語るのは一夏だ。
夏休み中に訪れたイタリアで遭遇し、戦うことになった未知の相手。
関わった事件の中で知り合い、心を通わせた少女、ミフユを殺害した因縁の相手。
そして――自分達よりも明らかに強い敵。
「仇を討つつもりか……」
「それもあるんだけどさ……」
ジュンイチにも止められた。自分でも仇を討ったところでどうにもならないことはわかってる。
しかし、それでもあきらめられるものじゃない。それが仇討ちというものだ。
それに、理由はそれだけではない――ラウラに答え、鷲悟は軽く息をつき、
「それ以前に……アイツより強くならなくちゃ……」
「アイツから、お前らを守れない」
キッパリと、迷いなく言い切った。
「ミフユを殺された落とし前はもちろんつける。
けど……それ以前に、アイツとは今後もぶつかる、そんな予感がするんだ……
その時に……お前らを守りきれない、なんてことには、なりたくない」
「だから、アイツからオレ達を守れるくらいに強くなる……か?」
「おぅ」
一夏の言葉にキッパリとうなずく。
「ハッ、バカにされたもんね。
あたし達だってもっと強くなる。いつまでも守られてばっかりじゃ……」
「わかってるよ」
口をとがらせる鈴にも、鷲悟は苦笑交じりにそう答え、
「だから……その“強くなったお前ら”より、オレももっと強くなる。
お前らを、守るためにな」
その言葉に、シャルロットとラウラは思わず顔を見合わせた。
元々そういった傾向はあったが――最近の鷲悟は、以前にも増して“守る”ということに執着している気がする。
……いや、『気がする』どころではなく、明らかに執着している。
それが、イタリアでの一件に――ミフユを守り切れず、殺されてしまったことに起因しているのは明らかであった。
焦っているのだ。また守りきれなくて、誰かを死なせてしまうのではないか……と。
慣れないビット操作に挑戦してその扱いを学ぼうとしたり、近接組をまとめて相手取って対近接戦闘スキルを磨いたりしているのも、きっとそういう意識からだろう。
と――そこでふと鈴は気づいた。
「そういえば……セシリアは“今日も”?」
「あぁ。
アリーナで自主トレ。ひとりでやりたいんだってさ。
オレもビットの扱い方、アイツから教えてほしかったんだけどな……」
答えて、鷲悟は肩をすくめる――そう、あの一戦が影響を与えたのは、鷲悟だけではなかった。
帰国直後、イタリアでの一件について報告書の提出を求められ――その際、周りのみんなの報告書を見たその時から、セシリアもまた明らかに変わっていた。
それまでは鷲悟にベッタリだったのが一転。今日のようにひとりで自主トレを行うことが多くなった。
2学期が始まった以上、自主トレに割ける時間はますます減っていく。こうしたことは今後も増えていくだろうが――
(これで……本当にいいんだろうか……)
シャルロットは、そう思わずにはいられなかった。
鷲悟も、セシリアも、あの一件に対し思うところがあったから……だから少しでも強くなろうとしている。
しかし――
『もう……甘えられないな』
『そうだね。
ボクらは、強くならなくちゃいけない――せめて、鷲悟に心配をかけなくてもすむくらい』
『そして――鷲悟さんを支えられるくらい。
鷲悟さんと共に戦うだけじゃない……鷲悟さんの心を、守れるくらいに……』
(強くなろうって……ボクらみんなで決めたことなのに……)
なんだか、あの一件は自分達の絆すら引き裂いてしまったような気がする――今後に一抹の不安を感じ、シャルロットはため息をつかずにはいられなかった。
「――――――っ」
自然体から素早くかまえ、狙い、撃つ――セシリアの放ったビームは、はるか前方に配置されたターゲットをすべて、正確に撃ち落としていた。
文句なしの全弾命中。しかし――
「……ふぅっ……」
セシリアにとっては満足のいく結果ではなかったようだ。ため息をつき、ライフルの銃口を下す。
(まだまだ、こんな程度でどうにかできるような相手ではないんでしょうね……)
心の中でつぶやき、思い出すのは先日のイタリアでの戦い。
あの戦いで自分をたやすく撃墜し、さらには鷲悟やジュンイチまでもを出し抜き、ミフユを殺害してみせた実力者の存在……
しかし――セシリアが最も注目したのは、その“実力者”の使っていたISだった。
(“サイレント・ゼフィルス”……我がイギリスから強奪された、BT兵器試験搭載機の2号機。
すなわち……“ブルー・ティアーズの後継機”)
まさか自分の目の前に現れるはずがないだろう――そう否定していた相手が現れた。しかもミフユはその機体によって殺害されたのだ。
少なくとも、自分は一度サイレント・ゼフィルスが相手だという可能性に気づいていたのだ。あそこで否定せず、その介入を想定していたら、結果は違っていたかもしれない。
(ミフユさんの死は、わたくしにも責任がある……
あの場で何もできなかった、という意味でも、あの機体を奪われたイギリスの代表候補生という意味でも……
ミフユさんの無念、本音さんの悲しみ……サイレント・ゼフィルス、あの機体は、わたくしが必ず……っ!)
決意を新たに、セシリアはスターライトMkVをかまえ、再配置された、今度は動体目標に設定され、激しく動き回る目標群を、正確無比な射撃で撃ち落とした。
「じゃ、先行ってるからな」
「おぅ」
上下一着ずつのみのISスーツと道着+各種装備とでは、どう考えたってISスーツの方が着替えは早い。先に着替え終わり、アリーナへ向かう一夏を見送ると、鷲悟は道着の帯をキュッと締める。
装備を点検しながら、考えるのはやはりサイレント・ゼフィルスのことだ。
(アイツのビットが厄介な最大の理由……やっぱ、“撃墜できないこと”。これだよな……)
セシリアのブルー・ティアーズ(ビット)や、ジュンイチのフェザー・ファンネルと違い、サイレント・ゼフィルスのビットは自らがシールドを張ることができる。実際、イタリアでの戦いでもロクにビットを撃ち落とせず、一方的に振り回された。
(アレに対して何かしらの対策を考えないと……アイツには勝てない。
アイツには負けられないんだ……アイツに殺されたミフユのためにも、布仏さんのためにも……っ!)
装備を点検する手が止まり、本音のことを思い出す。
日本に戻り、ミフユを織斑家の墓に弔って以降、本音はまた以前ののほほんとしたノリに戻っていた。
本当に今まで通り、まるでミフユの一件など初めからなかったかのように――しかし、そんな本音が時折ひとりですすり泣いているのを、仲間の誰もが知っていた。
彼女のためにも、サイレント・ゼフィルスとの決着はいずれつけなければならない。そのためにも――
『仇を討って、それで何が守れるってんだ!』
(――――――っ)
ジュンイチの言葉が脳裏によみがえり、動きが止まる。
(わかってる……わかってるけど……っ!)
あれが他の誰かからの言葉であったなら、「何がわかる」と一蹴していただろう。
しかし、相手はあのジュンイチ――かつて実際に復讐に狂い、“壊れた”経験者なのだ。その言葉には、他の者には出せない重みがあった。
それに――
(だから……お前が代わりに仇を討つ、か……?
もう“壊れた”後だから……とっくに“罪”を背負っているから……)
兄だからこそ、“ずっと一緒だった”からこそ、弟の考えていることが手に取るようにわかる。
(どうするのが、正しいんだろうな……)
答えの出ない思考の迷路に迷い込み、鷲悟はため息をつき――
視界も闇に閉ざされた。
(…………あれ?)
何のことはない。背後から目隠しされただけのことだ。
「だーれだ?」
目隠しの主と思われる、聞き覚えのない声が楽しそうにそう尋ねてくるが、
(おいおい、ちょっと待て!?)
鷲悟にとっては、それは尋常なことではなかった。
(いくら考え事をしていたからって……オレの背後を取っただと!?)
戦士として以前にその“本質”上、鷲悟は周囲の気配には敏感だ。
“力”の感知についてはジュンイチほどのキレはないものの、体温などによる放射熱や移動の際に生じる空気の流れなど、“そこに存在する限り物理的に避けられない”類の気配についてはジュンイチと同等に感じ取れるのだ。
考え事によって注意が散っていたとはいえ、そんな鷲悟の背後を取った――のん気に「だーれだ?」なんてやってくれているが、この声の主――
(強い……っ!
少なくとも、技術においては確実にオレの上……っ!)
「………………っ!
誰だっ!?」
「おっと」
とっさに背後に向けて振るった鷲悟の拳を、相手はわずかに身をそらすだけで、いともたやすく紙一重でかわしてみせた。
それだけでも相手の実力が伺える。警戒もあらわに鷲悟は相手を視界に捉え――
「…………え?」
さっきまでとは、別の意味で思考が停止した。
「もう、ダメじゃない。
『だ〜れだ?』ってやったんだから、ちゃんと答えてくれなくちゃ」
子供っぽくも見え、大人の余裕にも見える――そんな空気を身にまとい、両手を腰に当ててぷりぷりと怒ってみせる女子はもちろん初対面。
しかし――その面影には見覚えがあった。
整った顔立ちに水色の髪――外側に跳ねているそれを内側に巻き、眼鏡をかければ見知った顔の出来上がりだ。
すなわち――
「…………簪さん?」
「フフフ♪」
しかし、まとっている空気がまったく違う。どこか人を寄せつけず、自らも距離をとろうとする簪と違い、目の前の女子はむしろ人懐っこそうな印象がある。むしろ自分から寄っていくタイプだ。
一瞬「簪さんって二重人格だったのか」などとアホなことを考えるが、即座に否定する。
なぜなら――制服のリボンの色が、彼女が二年生、すなわち上級生であることを示していたからだ。
以上のことから考えるに――
「アンタ、ひょっとして……」
「あっ」
不意に彼女が視線をこちらの背後にずらした。またしても誰かの接近を許したのかとあわてて振り向いて――
「引っかかったなぁ♪」
背後には誰もいなかった。思わず拍子抜けする鷲悟の頬を、彼女がどこからともなく取り出した扇子でつつき――
「――――っ、らぁっ!」
瞬間――“力”が荒れ狂った。
女子の態度にキレた鷲悟が、周囲に重力波をぶちまけたのだ。漆黒の渦はロッカーを吹き飛ばし、周囲のすべてを薙ぎ払う。
当然、鷲悟のすぐ至近にいた女子も、それに巻き込まれて吹っ飛ばされている――はずであった。
「もう、ダメじゃない。ロッカールームをこんなにしちゃ」
「――――――っ!?」
のん気な声は背後から――ポンッ、と鷲悟の肩を女子が扇子で軽く叩く。
(ウソだろ……!?
今のは、逃げ場なくぶちかました全方位攻撃だぞ……!?)
「逃げ場がなかったと思ってるのは本人だけ……ってね」
「な――――っ!?」
驚愕したところにさらに思考を先回りされ、鷲悟は完全に言葉を失った。
「確かに攻撃は全方位に向けて放たれた――けど、エネルギーはムラだらけだし、向きによって放出のタイミングも速度もバラバラ。
そんな感情任せの攻撃に、当たってあげるワケにはいかないわね」
そう告げると、女子はもう一度、今度は自らの手で鷲悟の肩をポンッ、と叩いて更衣室を出ていった。
「…………何?」
結局、女子によって足止めされた鷲悟がアリーナへとたどり着いたのは、授業開始ギリギリ直前であった。見咎めた千冬に事情を説明し――女子の容姿を説明したところで、千冬の眉がつり上がった。
「それは本当か?」
「は、はい……」
「そうか……
……アイツめ、私の教え子を遅刻させようとするとは、いい度胸をしている」
「いや、別に狙ったのはそこじゃないと思いますけど……」
真耶からのツッコミは軽くスルーされた。
「織斑先生。
ひょっとしてあの女子って……」
「お前の考えている通りだ。
だが捨て置け。今気にしても始まらん」
「いや、だけど……」
あっさりと放り出す千冬の言葉に、鷲悟は思わず眉をひそめた。
何のつもりかは知らないが、少なくとも彼女が自分をただからかうためだけに現れた、なんてことはないはずだ。
一応気にかけておくべきなんじゃなかろうか――そう考える鷲悟だったが、そんな鷲悟に千冬がさらなる冷たい視線をぶつけてくる。
「今は考えるなと言ったぞ。
それでも気になるというのなら――そうだな、山田先生と模擬戦でもしてみるか?」
「お、織斑先生!?」
また何のつながりもなく、予定に入っていないことを言い出した。いきなり指名を受け、あわてる真耶だったが、
「いいですよ」
「柾木くんまで!?」
鷲悟までもがあっさり同意し、さらに悲鳴を上げる――が、対する鷲悟はすでに“装重甲”を着装、上空へと舞い上がっていってしまった。
「……あぁっ、もうっ!」
やるしかなさそうだ。すでに訓練機のラファール・リヴァイヴを身にまとっていたのを幸いと考え(もっとも、そのせいで「すぐに戦える」と指名を受けたのだが)、真耶もまた鷲悟を追って上昇していく。
そんな後輩を――いや、その先を行く鷲悟を見送り、千冬はポツリ、とつぶやいた。
「……やはり、そうとう参っているようだな」
「千冬姉?」
「織斑先生、だ」
ばしんっ、と一夏の頭を出席簿がはり飛ばす――が、千冬も頭上の様子が気になっているのか、今の一撃はいつもに比べてややぞんざいなものであった。
何が気になっているのかというと――
「柾木のことだ。
忘れたか? 一学期の頃、ヤツは『手の内を知られて対策立てられるのはイヤだから』と模擬戦で指名されることをとにかく渋っていただろう」
「あ…………」
言われてみれば確かにそうだ。
なのに、さっき鷲悟はいともあっさりと……気づき、改めて頭上を見上げる一夏に、千冬はさらに付け加える。
「今のアイツは、そんなことも忘れるほど精神的に“キている”ということだ。
自分の手の内を隠すことなどどうでもいい……ただ、動きたい。動き回って、頭の中をからっぽにしたい。今のヤツの心理状態は、まぁ、そんなところだろう。
そこで言葉を切り――続きは一夏に告げることなく、心の中でだけ付け加える。
(だがそれは……ただの逃避でしかない。
柾木の心がそこまで折れるとは……イタリアでの戦いは、ヤツにとってそこまで大きな出来事だったということか……?)
そして――千冬は真耶と個人間秘匿回線で交信、指示を与える。
《山田先生。
ひとつ、試してもらいたいことがあるのだが……》
「――いきます!」
宣言と同時に急加速。真耶は鷲悟を撹乱するかのようにその周囲を飛び回り、散発的に銃撃を仕掛けてくる。
「そんなのっ!」
もちろん、鷲悟も素直に当たってやるつもりはない。飛来する銃弾をあっさり回避し、左右のグラヴィティランチャーで反撃に出る。
対し、真耶もそれをかわしてアサルトライフルで反撃してきて――
(…………あれ?)
不意に、鷲悟の頭の中を何かが掠めた。動きが一瞬鈍り、真耶の放った銃弾を浴びてしまう。
ダメージが計算され、競技用に設定された仮想シールドエネルギーの値が減少する――サブウィンドウ上に表示された数値の変化に舌打ちし、それでも全身の火器で真耶を狙う。
降り注ぐ砲火を真耶がかいくぐり、反撃してくる――その度に、鷲悟の頭の中を“それ”がよぎる。
そして、それを何度もくり返すうち、“それ”は次第にハッキリした形を成していき――
(…………あぁ……そうだ……)
ハッキリと認識した鷲悟の動きが完全に止まる。回避も反撃も、防御すらもしなくなり、完全に真耶にされるがままになってしまう。
「鷲悟……どうしたんだ……!?」
「鷲悟さん……!?」
突然動きの止まった鷲悟の姿に。一夏やセシリアが声を上げ――
「織斑、オルコット。
それに他の専用機持ちもよく聞け」
そんな二人に、そして箒達にも、千冬はまとめて声をかけた。
「いつでも出られるようにしておけ。
万一の場合はお前達に――」
「“柾木を、取り押さえてもらわなければならないからな”」
「え…………?」
鷲悟を取り押さえろとはどういうことか。意味がわからず、一夏が声を上げ――
「オォォォォォッ!」
咆哮が響いた。
何事かと見上げてみれば、そこには自身の身体からほとばしる漆黒の“力”の渦に包まれた鷲悟の姿があった。
「あれは……!?」
そして、一夏にはその光景に覚えがあった。
「一夏さん……?」
「あぁ、そうか。
セシリアはあの時気絶してたから、直接見たワケじゃないんだよな」
一方で首をかしげるのはセシリアだ。納得し、一夏は告げた。
「イタリアで一度、鷲悟は“あぁ”なった……」
「ミフユが、殺された時に……っ!」
それが“そう”だと認識した瞬間、頭の中から理性がすっ飛んだ。
相手が真耶だということも、どうでもよかった。
ただ、目の前の――“ミフユの仇を思い出させる動きをするヤツ”を踏みつぶす。それだけだった。
千冬が真耶にやらせたことは至極単純。イタリアでの一件で精神的に消耗しているのは明らかだった鷲悟――その消耗の度合いを測る一環として、戦闘記録の映像に残っていたサイレント・ゼフィルスの動きを真耶に再現してもらった、それだけだ。
結果、鷲悟の中に溜め込まれていたモノを引きずり出すことには成功したが――どうやら、想像以上の“バレモノ”が出てきてしまったようだ。
〈山田先生、下がれ!
今の柾木は、恐らく特定個人の見分けはついていない!〉
「は、はいっ!」
“そう”と認識しただけでコレだ。理性的な対応など望んでもムダだろう。千冬の言葉に真耶が顔を上げ――
“光の壁”がそこにあった。
「きゃあぁぁぁぁぁっ!?」
「山田先生――っ!?」
かつてのブリュンヒルデの力をもってしても耐えるしかなかろう、かわすことなどとうてい不可能――本人にすらそう思わせるほどの密度で放たれた弾幕だった。爆発の向こうに消えた真耶の姿に、クラスメートの人垣の中から声が上がる。
やがて、一撃(?)で撃墜された真耶がアリーナの地上に落下し――鷲悟は迷わず、全身の砲を真耶に向けた。
すべての砲がチャージされ――
「やめろ、鷲悟!」
そう止める声の主は一夏だ。白式を展開、飛来して鷲悟の肩をつかんで制止の声を上げる。
だが、鷲悟はそんな一夏すら正しく認識できていなかった。力任せに一夏の手を振りほどき、真耶を狙っていた砲のすべてを今度は一夏に向け、
「鷲悟、やめて!」
「わからないのか!? 私達だ!」
そんな鷲悟を、シャルロットとラウラが両脇から飛びついて止める。
「オォォォォォッ!」
両脇を抑える二人を振りほどこうと、鷲悟は力任せに暴れるが、
「いい加減にしろ――この、単細胞がっ!」
紅椿をまとった箒が一撃。カカト落としで鷲悟を地上に叩き落とした。
轟音と共に、鷲悟が地面に突っ込む。全員が注意深く立ち昇る土煙を注視することしばし――
「……っ、てぇなっ!
何すんだ、篠ノ之さんっ!」
煙を吹き飛ばして現れた鷲悟の目には、正気の色が戻っていた。
「『何すんだ』……? それはこちらのセリフだ。
貴様、自分が何をしたのか、わかっていないのか?」
「え………………?」
箒が返すが、鷲悟は本気でわかっていない様子だ。そんな鷲悟に対し、一夏達は一斉に鷲悟の背後を――鷲悟に吹き飛ばされ、地面に突っ込んで目を回している真耶を指さした。
「や、山田先生!?
これを……オレがやったってのか……?」
「本気で憶えていないのか……?」
呆然とつぶやく鷲悟に、一夏は思わず眉をひそめた。
「ちなみに、どこまで憶えてる?」
「えっと……
山田先生との模擬戦が始まって……山田先生の動きに、なんか覚えあって……
で、イタリアで戦ったアイツの動きとそっくり……だっ、て、わかったから……」
「ちょっ、鷲悟、深呼吸深呼吸っ!」
「落ち着け! ここにヤツはいないっ!」
再び黒いモノをまとい始めた鷲悟を、シャルロットとラウラがあわてて“こちら側”へと引き戻す。
「やれやれ……これは、思った以上にイタリアでの一件が響いているようだな。
いつもの冷静さが見る影もない」
「『冷静さ』……?
何言ってんスか、織斑先生」
ため息をつく千冬の言葉に、鷲悟はムッとして答える。
「あの時、オレ達は殺し合いをしてたんですよ。
ミフユを殺されたのは、確かに残念な結果ではあったけど、十分にあり得た話だったんだ。
問題ない。もう……割り切ってる」
「割り……っ。
鷲悟、お前な……っ!」
ミフユの死を『割り切ってる』と言い捨てた鷲悟の言葉に思わずムッとする一夏だったが――
「――――――っ」
気づいた。
「あぁ……そうさ……オレは冷静さ」
そうつぶやく鷲悟だが――どう見ても尋常な様子ではない。
「オレは、“怒り”を力の源にしているブレイカーだ。
“怒り”を使いこなしてナンボなんだ。“怒り”に振り回されず、御する術くらい心得てる……
オレは……冷静だ……」
ハイライトの失せた瞳で、まるで自分に言い聞かせるかのように「オレは冷静だ」とくり返す姿はあきらかにキている。この姿を前にしては、いつもなら空気を読まないことにかけては最先鋒の箒やラウラすらドン引きである。
「……お前達。
しばらくの間、柾木には逆らうな……踏みつぶされたくなかったらな」
しまいには千冬までもがそんなことを言い出した。今の鷲悟がどれだけ危険なのかがうかがえるが――
「…………?
あれ……?」
不意に、鈴が鷲悟の周りの顔ぶれに“欠け”があるのに気づいた。
周りを見回して――少し距離をおいたところにいるのを見つけて、声をかける。
「どうしたのよ? セシリア」
「鈴さん……?」
「アンタらしくないわね。
いつもだったら、真っ先に鷲悟を止めに動いてそうなものなのに……」
「…………えぇ…………そうかも、しれませんわね……」
素直に肯定が返ってきた。これもこれで珍しい。
いったいどうしたのかとセシリアを観察して――気づいた。
セシリアの両足が、わずかにだが――
(震えてる……?)
「まさか、アンタ……鷲悟が怖いの?」
「――――っ」
ビクッ、と、セシリアが一際大きく反応する。
「……図星みたいね。
まぁ、気にすることもないんじゃない? 今の鷲悟、どう見たってマトモじゃないもの」
「それでも……っ!」
鈴の言葉に、セシリアはうめくように答えた。
「わたくし達が支えでしたのに……
鷲悟さんの力になると、決めましたのに……それなのに、肝心な時に怯えて飛び出せないなんて……っ!」
「セシリア……」
千冬の言葉ではないが、イタリアでのあの一連の事件は、自分達の中に思った以上に大きな傷として残っているようだ。
あっちでもこっちでも問題が噴出しているのを実感し、鈴は深々とため息をつくのだった。
翌日。
SHRと一時限目の半分を使っての全校集会が行われた。
内容は――今月中ほどに予定されている学園祭について、と聞いている。
(正直、そんな気分じゃないんだけどな……)
クラスの列の中で、鷲悟は心の中でため息をつく。
一学期の頃は、そして夏休み中は 楽しみでしょうがなかった。学園祭なんて、生まれて初めての体験になるのだから。
しかし、今では――イタリアでのあの戦いを経た直後では、そんな、楽しむ余裕など持てそうにない。
(こうしている間にも、アイツは好き勝手やってるってのに……っ!
セシリアも、何も教えてくれないし……)
胸中でうめき、チラリと視線を前の方に並んでいるセシリアに向ける。
例のISのことを教えたとたん、セシリアもまた態度が一変した。
イタリアでの交戦時、速攻で撃墜されていたセシリアは例のISと直接対峙はしていないはず。それでも反応を示したということは、すなわちセシリアはあのISか操縦者か、最低でもそのどちらかを知っていたと思っていい。
しかし、いつもならこちらが聞いていなくても教えてくれるセシリアが、今回に限っては不気味な沈黙を保っていた。
直接尋ねてもみたが、「鷲悟さんのご迷惑になりますから」とだんまりを決め込まれてしまった。おかげでイタリアから戻って以来、二人は部屋でも学園でも何かとギクシャクしてしまっていた。
「それでは、生徒会長から説明をさせていただきます」
進行役――おそらく生徒会役員のひとりだろう。その言葉に、周囲のざわめきが一気に消え失せていく。
そして、壇上には鷲悟の予想通りの人物が姿を現した。
「やぁ、みんな。おはよう」
先日、アリーナのロッカールームで接触してきた上級生、すなわち――
「さてさて、今年はいろいろと立て込んでいて、ちゃんとしたあいさつがまだだったね。
私の名前は更識楯無。キミ達生徒の長よ。以後よろしく」
簪の姉、生徒会長殿のご登場である。
「では、今月の一大イベントである学園祭だけど、今回に限り特別ルールを導入するわ。
その内容というのは――」
言いながら、取り出した扇子を閉じたまま横一閃。それを合図に、彼女の傍らに巨大なウィンドウが展開された。
そこに表示されたのはただの一文――
「名づけてっ!」
「“各部対抗、男子生徒争奪戦”っ!」
パンッ!と景気のいい音と共に扇子が開く――同時、ウィンドウ画面には一夏と鷲悟の写真が大写しになっていた。
『…………え?』
『えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!?』
呆然とする男子二人の声を飲み込むように、響き渡った女子の叫びがホールを揺らす。
「静かに。今詳しく説明するから。
例年は、各部活動ごとの催し物を出し、それに対して投票を行って、上位組は部費に特別助成金が出る仕組みでした。
しかし、今回はそれではつまらないと思い――」
言って、楯無はびしっ、と閉じた扇子で一年一組の列を指す――真に指しているのが誰と誰かは、今さら考えるまでもないだろう。
「一位には織斑一夏と柾木鷲悟のどちらか、二位には、二人の内一位が選ばなかった方を強制入部させましょう!」
『オォォォォォォォォォォッ!』
再度上がった声は、驚きの声ではなく雄叫びであった。
「素晴らしい、素晴らしいわ会長!
「来たわ来たわ、テンション上がってきたわぁっ!
「今日からすぐに準備始めるわよ!
秋季大会? ほっとけ、あんなんっ!」
「ちょっと待て!
部活に励む者として、言っちゃならない発言がなかったか、今!?」
「というか、オレの了承とかないぞ……」
思わずツッコむ鷲悟だが、その声は周囲の喧騒に紛れて誰の耳にも届かない。一夏のもらした、至極もっともなツッコミも同様だ。
それぞれの場所から、男子二人が生徒会長へと視線を向けるが、
「あはっ♪」
満面の笑みでウィンクを返してくれた。
「よしよし、盛り上がってきたーっ!」
「今日の放課後から集会するわよ! 意見の出し合いで多数決とるから!」
「最高で一位! 最低でも一位よ!」
(あー、こりゃ止まらんわ)
なんとなく確信する鷲悟だったが、決してこの状況を受け入れたワケではない。
(けど……これはマズイな……
オレには、部活動なんかやってるヒマはないってのに……っ!)
今の鷲悟にとって、ミフユの仇討ちこそが何よりも優先される事項なのだ。こんな時に部活に入って時間を取られるワケにはいかない。
(この状況を回避するには……)
もはや集会の体を成していない集会などどうでもいい。状況をひっくり返す方策を探り、鷲悟は思考を巡らせる……
しかし、世の中はそんなに甘くはなかった。
世界というものは、彼らにさらなるトラブルの種を用意していたのである。
「……と、いうワケで、一学期だけでもうお前達も飽き飽きしているだろうが……またしても転入生だ」
教室に戻り、少し遅めのSHR――しかし、クラスの一部の人間は、先ほどまでの全校集会の衝撃もすっ飛ぶほどの新たな驚きを味わっていた。
その原因は、壇上で語る千冬のとなりに立つ“転入生”である。
整ってはいるが、それ以上の特徴を見出せない、まさに“普通”としか形容できない顔立ち。
快方に向かってはいるが、未だ吊っている負傷した右腕。
それは、鷲悟達にとってよく知る相手――
「今日からこのクラスの一員となる――」
「織斑、忍だ」
イタリアでの事件において、エムやシモネッタと共にアギラに雇われていた、あの氏名不詳の少女だった。
新学期
早々怒涛の
イベントラッシュ
次回予告
鷲悟 | 「おぅ、鷲悟だ。 あーっ、くそっ、新学期早々新顔は出るわ、学園祭の景品にされるわ……」 |
楯無 | 「フフフ、大変ね」 |
鷲悟 | 「アンタが言うな、原因のひとりっ!」 |
楯無 | 「気にしちゃダメよ。 次回は、新旧両方の意味でさらに人が増えるんだから」 |
鷲悟 | 「え゛っ、まだ増えるの!? 次回、IB〈インフィニット・ブレイカー〉! |
『東奔西走! 学園祭とコーチ就任』」 | |
楯無 | 「おねーさんが、教えてア・ゲ・ル♪」 |
(初版:2011/12/29)