「今日からこのクラスぶたいの一員となる――織斑、忍だ」
 言って現れたのはイタリアで箒と戦い、敗れて逮捕されたはずのあの少女だ――意外な人物の登場に、鷲悟達はワケがわからず固まるしかない。
 というか――
『……“織斑”ァッ!?』
 その辺りの事情を知らない他のクラスメート達にとっては、まずそこが引っかかった。声をそろえて驚くその様子に、千冬は軽くため息をつき、
「名前については気にするな。
 学園に入るにあたり、私が身元引受人になった関係からだ」
「いや、織斑先生が身元を引き受けたからって、なんで“織斑”姓に……?」
 思わず聞き返すシャルロットだが、それ以上千冬は答えない――『聞くな』ということらしい。
「じゃあ、名前についてはいいとして……なんでソイツが学園に!?
 それに、なんでよりによってうちのクラスに!?」
「司法取引、というヤツだそうだ」
 別の疑問を口にする一夏には忍と名乗った少女が自ら答えた。
「先日の件についてと所属組織についての情報提供、組織からの足抜けと正規IS操縦者としての、いずれかの国家への帰化と所属……以上の条件のもと、私の罪は問われないことになった。
 まぁ、言い方を変えれば“社会への奉仕”という形で刑罰が下った、とも言えるが。
 そして、そのための準備段階として、IS学園で正式にISの教育と訓練を受けることになった――織斑千冬を直接の身元引受人としてな」
「……と、そういうことだ。
 なお、このクラスへの転入となったのは、単純に『私の目の届くところに』という理由からだ」
 忍の言葉に千冬が付け加え――
「もうひとつ……いいか?」
 そう口を開いたのは鷲悟だった。
 重く、低い声色――最近よく陥っている“ブチギレモード”がまたしても発動寸前の状態までいっていることに気づき、教室内が一気に静まり返る。
「……あのビット使いはどこにいる?」
「知らん」
 しかし、そんな鷲悟を前にしても、忍は動じることなく即答した。
「私は彼女やシモネッタとは別の組織の所属だった。
 共にアギラ・コッホに雇われたために行動を共にしていたにすぎない。事件後の消息については知らないし、知りようもない……そもそも知ろうとも思わん」
「……その言葉に、偽りはないだろうな?」
「偽ることで、私に何のメリットがある?」
 念を押す鷲悟にも、忍は堂々とそう答える。
「柾木、そこまでだ」
「…………はい」
 最後は千冬に止められ、鷲悟は渋々席に戻る。一触即発の空気が緩み、皆がホッと胸をなで下ろす中、真耶もまた安堵の息と共に口を開いた。
「じ、じゃあ、織斑さんは……」
「忍でいい。織斑一夏と混同しかねん」
「は、はい……
 それじゃあ、忍さんは後ろの方に席を用意してありますのでそちらへ」
「わかった」
 うなずき、忍は素直に用意された席へ向かう。それを見送り、真耶は改めて授業の開始を宣言するのであった。

 

 


 

第41話

東奔西走!
学園祭とコーチ就任

 


 

 

 忍の転入によってまたみんなが騒ぐかと思われた一年一組であったが、忍自身が『私に近づくな』的なオーラを撒き散らしていたこと、朝に見られた鷲悟との一触即発の空気などがうまく作用したのか、これといって騒がれることもなく一日の授業が無事終了。
 今は学園祭におけるクラスごとの出し物を決めるため、緊急のクラス会議を開いている。開いているのだが……
「えぇと……」
 クラス代表として、みんなの意見をまとめる立場にいる一夏は、正直頭を抱えていた。
 というのも――クラスのみんなから上がってきた“意見”が原因である。
(“男子二人のホストクラブ”、“男子二人とツイスター”、“男子二人とポッキーゲーム”、“男子二人と王様ゲーム”……って、あのなぁ……)
「却下」
『えぇぇぇぇぇっ!?』

 一夏の宣告に、教室中からブーイングの声が上がる。
「あ、アホか! 誰がうれしいんだ、こんなもんっ!」
「私はうれしいわね、断言する!」
「そうだそうだ! 女子を喜ばせる義務を全うせよ!」
「織斑一夏と柾木鷲悟は共有財産である!」
「他のクラスからいろいろ言われてるんだってば! うちの部の先輩とかもうるさいし」
「助けると思って!」
「メシア気取りで!」
 言い返す一夏だったが、怒涛の勢いで反撃が返ってくる。
 こういう時に頼りになりそうな千冬の姿もない。『時間がかかりそうだから職員室に戻る。後で結果報告に来い』だそうだ。
「とにかく、ウチは男子が二人もいるんだから、それを活かさない手はないでしょ、ね!?」
「二人を前面に押し出した企画なら絶対勝てるって!」
 数に任せ、一夏に対し攻勢に出るクラスメート達であったが――



「ダメだな」



 低く重く、有無を言わさぬ一言がその騒ぎを断ち切った。
 発言者は――
「し、鷲悟……?」
「黙って聞いてれば、ツイスターだのポッキーゲームだの……っ!」
 うめく一夏にかまわず、鷲悟は席を立って壇上へ。
 バンッ!と教壇を叩く音に何人かがビクリと肩をすくませるが、かまわず告げる。
「自分達のやりたいことを好きに主張するのはかまわないけどな……」











「そんな程度の企画で、勝てるとでも思ってるのか!?」







『………………は?』











 今の鷲悟の口からはおよそ飛び出すとは思わなかった言葉に、一同の目がテンになる。
「確かに、オレや一夏はこ学園に二人しかいない男子だ。前面に押し出せば、相応に注目を集めるだろう。
 だがな……」
『…………「だが」?』
「注目されることと、顧客を満足させられることとは、意味が違う!」
 今の彼をかの尾田栄一郎氏が描いたら、きっと「ドンッ!」と効果音がつくに違いない。そんな貫禄と共に、鷲悟は断言した。
「お前らの企画で考えられているのは、オレ達がお客を集めることだけ。その先はごく普通のイベントでしかない。
 そんなことじゃ、投票の一位なんか狙えやしないぞ!」
「えっと……」
 熱弁を振るう鷲悟に対し、清香はおずおずと手を挙げ、尋ねる。
「もしかして……柾木くん、勝ちに行くつもりでいる?」
「おぅともよ」
 鷲悟は迷うことなくうなずいた。
「出し物の投票で勝てば、オレや一夏の入部指名権を勝ち取れる――つまりはそういうことだろう?
 だったら勝ちに行くさ――部活でなく、クラスの出し物が一位になれば、強制入部の指名権は発動しない。
 発動するとしても、その時は“クラスへの所属”という形でカタをつけられるだろう」
「でも……集会の時のルール説明によると、“部活の出し物の中で一位をとった部活に……”っていう意味にも取れるよね?」
「その時は『クラスの出し物に負けてるようじゃ本当の一位とは言えない』って言ってやるさ。
 実際そうなった場合、部活部門の一位はオレ達に負けているワケだしな。理論武装としては十分だ」
 口をはさむシャルロットにも、自信タップリにそう言い切る。
 だが、他にもクリアすべき課題は残されている――その“課題”を口にしたのはセシリアだ。
「ですけど、商品として指名権が与えられるのは一位と二位ですわよね?
 わたくし達が一位をとっても、二位をどこかの部活がとってしまったら……」
「それについては……お、来たな」
 答えかけた鷲悟がその気配に気づくと同時、教室のドアが開き、
「来たわよ、鷲悟!」
 姿を見せたのは鈴だった。
「やっほー、鷲悟お兄ちゃん♪」
「し、失礼します……」
 そして彼女の後ろにはあずさや簪も控えている。すなわち――
「あぁ、なるほど。
 鈴達かあずさ達のクラスにも勝ってもらって、上位を独占しようってことか」
「理想はオレ達三クラスによるワンツースリーフィニッシュだな。
 これなら、部活組を完全に踏みつぶしたことになる。さっきの“理論武装”にも、より一層の説得力が生まれるってもんだ」
 納得する一夏に鷲悟が答えるが、
「……ひとつ、いいか?」
 手を挙げ、声をかけてくるのは箒だ。
「三クラスで結託するのはいいが……肝心の企画はどうするんだ?
 勝てる企画でなければ、たとえ結託したところで……」
「う゛っ……
 そ、それは……」
 さすがにそこまではまだ考えがまとまっていなかったのか、ここで初めて鷲悟が答えに詰まった。
 が――
「それについては大丈夫っ!」
 手を挙げ、代わりに答えたのはあずさだった。
「こうして結託することになるとは思わなかったけど……ウチもウチで勝つに行くつもりだったからね。
 強力な“助っ人”を呼んである……任せておけば大丈夫だよっ!」
「『助っ人』……?」
「って、まさか……」
 あずさの言葉に清香や癒子がつぶやいた、その時――再び教室のドアがガラリと音を立てて開き、







「お困りのようだな、お前らっ!」



『出たぁぁぁぁぁっ!?』







 現れたジュンイチの姿に、一同の声が見事にハモる。
「話は聞いてるぜ!
 オレに任せとけ! 今回の投票勝負、必ずお前達に勝利をもたらしてやろうっ!」
「って、相変わらずこの手のお祭り騒ぎは見逃さんヤツだなー」
「オレの中のラテンの血がそうさせるのさ」
「もしもーし、お兄ちゃーん。
 確かにあたし達混血クォーターだけど、ラテンの血は入ってないよー」
 呆れる鷲悟に答えるジュンイチにあずさがツッコむ――相変わらずムダに息の合った兄妹である。
「え? 何? あずさ達ってクォーターなの?」
「うん。ハーフ×ハーフの四血同一比率でね。
 アメリカ、中国、日本、大阪……」
「大阪人って、日本人と区別されてたっけ……?」
「というか、その区分けだと間違いなくお祭り好きは大阪人の血ね」
 さらに、清香に答えたあずさに簪や癒子がツッコむ――話がこまま際限なく脱線していくかと思われた、その時、

「…………で、結局何をやるんだ?」

 話を本流に引き戻したのは、意外なことにそれまで興味なさげに沈黙を保っていた忍であった。
「……まさかお前が止めるとは思わなかったぞ」
「決定事項には従う――それだけだ」
 感心する箒に対し、忍は自分を墜とした相手にそれなりに思うところがあるのか、フンと鼻を鳴らして答える。
「だが、だからこそ同時に、決定する側には揺るぎない決断を求める。
 指揮する側が今のお前達のようにフラフラしていたのでは指示が二転三転することになる――そうなった時、無用の危険にさらされるのは、現場の我々だ」
「うん、まぁ、その通りだな。
 さすが、本職の傭兵は言うことが違うね」
 忍の言葉に、ジュンイチが笑いながら肩をすくめ――それに反応したのは一夏だ。
「傭兵……?」
「なんだ、千冬の姐さんからコイツの素性について何も聞いてないのか?」
「あぁ。
 司法取引で学園に通うことになったことと、千冬姉が身元引受人になったことぐらいで……」
「…………間違いなく、説明めんどくさがりやがったな、あの人」
 確信と共にため息をつくと、ジュンイチは改めて忍を見て、
「生粋の戦場育ち……ってヤツさ。
 物心ついた時にはすでに内戦の戦災孤児。生きるために銃を取り、殺し合いで食い扶持ぶちを稼いできた……そういう種類の人間だ。
 本人曰く、親の顔も知らなければ自分の名前も知らないとよ」
「あ…………」
 ジュンイチの言葉に、忍がぷいと顔を背ける――その姿に、箒は彼女が以前「好きに呼べばいい」と言っていた、その本当の理由に思い至っていた。
 周りの面々も、どうして彼女が身元引受人の千冬の姓を名乗っているのかを理解する――当然だ。そうでもしなければ、彼女には“姓そのものが存在しない”のだから。
「そっか……それで、千冬姉が身元引受人になったのに合わせて織斑姓を……
 じゃあ、『忍』って名前も?」
「あぁ。
 今回の転入のために改めて名づけられた」
 一夏に答え、忍は右手に着けたシルバーアクセを見せた。
「私のISのステルス能力を調べた日本政府の技術者が『忍者のようだ』とのたまっていたことにちなんでな」
「それ、まさかあなたのIS……?
 司法取引中の身で、ISは取り上げられていないの……?」
「あぁ。私も、正直不思議に思っている」
 つぶやく清香に忍はため息をつく――そんな忍を興味深そうに見ていたジュンイチだが、気を取り直して話を続ける。
「話を元に戻すぞ。
 学園祭の出し物だけど……」
「あぁ、そうだったな。
 ジュンイチ、何かいいアイd――」



「お前らの好きに決めてもらってかまわないから」



「――って、何?」
「『好きに決めてくれていい』――そう言ったんだ」
 いきなりの意外な提案に、一夏は思わず自らの耳を疑う。
 が、聞き間違いなどではなかったようで、ジュンイチはあっさりとくり返す。
「とりあえず、企画の一番の根っこはお前らの好きにしてもらってかまわない。
 それを下地に、勝てる企画に味つけしていくからさ」
「それで大丈夫なのか?
 最初からお前の得意なジャンルで一気に勝負をかけた方が……」
「お前らがやりたい企画の方が、お前らのやる気が出るだろう?」
 尋ねる一夏に、ジュンイチはあっさりと答えた。
「どんな必勝の策も、実行するお前らにやる気が伴わなかったら宝の持ち腐れだからな。
 やっぱり、やるからにはやりたいことをやらないと」
「いや、言いたい事はわかるんだけど……」
 その結果みんなが好き勝手言い出して、さっき収拾がつかなくなってたんだが……一夏が困惑気味に答えると、
「ならば……」



「メイド喫茶はどうだ?」



『…………え?』
 いきなりの提案が一同を呆けさせる――だがそれもムリはない。
 提案自体ほとんど不意討ち同然だったし、企画の方向性も一夏や鷲悟をエサにしていたさっきまでとは大きく方向性を異としている。
 そして何より、言い出したのが――
『…………ラウラ?』
 この手の企画とは実に縁の遠そうな人物であったから。
「客受けはいいだろう。それに飲食店は経費の回収が行える。
 確か、招待券制で外部からも入れるのだろう? それなら、休憩場としての需要も少なからず見込めるはずだ」
 立て板に水とはまさにこのことか。スラスラと述べるラウラだが、残念ながら一夏達は意外な人物からの意外な提案に呆けたままだ。
「え、えーと……みんなはどう思う?」
 とりあえず再起動した一夏が尋ねるが、他のメンバーの復活は遅れていて――いや、
「いいんじゃないかな?
 一夏と鷲悟には執事か厨房を担当してもらえばオーケーだよね」
 いや、シャルロットがいた。ラウラの援護射撃と思われるその言葉は、見事一組女子全員の心にヒットする。
「織斑くん達の執事! いい!」
「厨房でのコック姿も絵になりそう!」
「メイド服はどうする!?
 私、演劇部衣装係だから縫えるけど!」
 一気に場が盛り上がる。まさに“アイデア”という名のマップ兵器。魂+必中+幸運+努力でウハウハだ。
 さすがに、一夏や鷲悟もこれを鎮めるというか、水を差すのはためらわれて――
「メイド服ならツテがある。
 執事服も含めて、貸してもらえるか聞いてみよう」
 そんな空気の中、またしてもラウラがそんなことを提案する。
 ラウラにメイド服?――と一同が不思議そうな顔をする中、ラウラは自分が注目を浴びていることに気づいて頬を赤らめ、
「……し、シャルロットや、清香達が、な」
『え…………?』
 注目から逃れようと、シャルロット達に話を振った。
 いきなり話を振られて戸惑うシャルロット達だったが、すぐにラウラの言いたいことに気づく。
「ら、ラウラ……? それって……」
「まさか、先月の……?」
「うむ」
「き、訊いてみるだけ訊いてみるけど……ムリでも怒らないでね」
 清香や癒子にラウラがうなずく――不安げにそう告げるシャルロットだったが、クラスの女子達は『怒りませんとも!』と断言する。ムリでもその時は作ってしまえばいいのだから。
「なら、衣装の問題はそれで解決、かな」
 そんな一同を前に、ポンッ、と手を叩いて告げるのはジュンイチだ。
「なら、じゅんくん'sプロデュース第一弾。
 まず、言うまでもないことだけど、一組がこうである以上……あずさ、簪、鈴。お前らのクラスは食い物系は避けろ。
 特に二組だ。立地的にとなり同士だし、一組と違って鈴の料理の腕以外に客を呼べる要素がない。食べ物系をやっても一組に客を総取りされるだけだ。
 オレ的オススメは軽い運動系のゲームだな。一組での食後の腹ごなしや、一組に入るためお腹をすかせようとする客の需要が見込める――まぁ、圧倒的に後者がメインになると思うけど。
 四組は少し離れるから、今のところ飲食系を避ける以外の注意点はないかな。
 強いて言えば、二組の客を奪わないようにゲーム系も避けるべく、くらいか……そうだな、物販系が妥当だろう」
「えっと……ゲーム系なら、自由にやってもいいのよね?」
「らじゃった!」
 ジュンイチの言葉に、鈴とあずさが同意するが、
「あと……一組の子達に注意。
 鷲悟兄と一夏はホールには出すな。厨房に徹させること――これは絶対だ」
『えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!?』
 続く指示には全員から不満の声が上がった。
「それはないって!」
「そうだよ!
 二人が目当てのお客って絶対来るよ!? それもたくさん!」
「だからだよ」
 次々に上がる声に、ジュンイチはそう答えた。
「だからこそ、二人はホールに出さないんだ。
 おそらく、今言ったような期待と共に来る客は相当数に上るだろうけど、その数に対して鷲悟兄と一夏はたったの二人。
 当然、接客に限りが生まれ、タイミング的に二人に接客してもらえない客はどうしても出てくる――そういう客があきらめきれずに『今度こそ』って再来店してくれればいいけど、『相手してもらえるはずなのにしてもらえなかった』なんて悪評を立てられたら目もあてられない。
 だから二人にホールは担当させない。ここは集客力を多少犠牲にしてでも、客への公平性を取るべきところだ。
 そして何より――二人のスキル的な意味でも、二人が真に活きるのはホールよりも厨房だ」
「でも、二人のネームバリューを集客に活かせないのは痛くない?」
「『活かすな』とは言ってないさ」
 口をはさむ女子にも、ジュンイチは迷いなく答える。
「厨房をオープンキッチンにして、二人が働く姿を客が見えるようにするのさ。
 少し離れた席も、少し床を底上げするとかして、ちゃんと見えるようにする――それなら、二人を見たくてやってきた客のニーズにも可能な限り公平に応えられる」
 ジュンイチの言葉に、女子達は一様に想像してみる。
 教室内に設置された簡易キッチンの中、真剣な表情で、自分(=客)のための料理を額に汗して作り続ける鷲悟と一夏の姿……
『…………いい』
「だろう?
 現状でできる、ベスト配置だろうが」
 一様にうっとりする女子達(鈴含む)にジュンイチがニヤリと笑って答える――
 かくして、一年一組の出し物はメイド喫茶改め“ご奉仕喫茶”に決まったのだった。



「……と、いうワケで……一組は喫茶店になりました」
 ともあれ、無事(?)出し物も決まり、一夏は職員室で千冬にクラス会議の結果を伝えていた。
「また無難なものを選んだな……と言いたいところだが、どうせ何か裏があるんだろう?」
「いや、その……
 ……コスプレ喫茶、みたいなものです、はい」
「立案は誰だ?
 田島か? それともリアーデか? 柾木が“あぁ”な以上、言い出したのはあの辺の騒ぎたい連中だろう?」
「えーと……」
 ニヤニヤしている千冬に本当のことを言うのは少々ためらわれたが――逆に言えばサプライズになるか、と思い直して告げる。
「ラウラです」
「………………」
 案の定、千冬がきょとんとした顔で停止する――たっぷり数秒は沈黙した後、盛大に吹き出した。
「ぷっ……はははっ! ボーデヴィッヒか! それは意外だ。
 しかし……くっ、ははっ、あいつがコスプレ喫茶? よくもまぁ、そこまで変わったものだ」
「やっぱり意外……ですか?」
「それはそうだ。
 お前だってあいつの過去は聞いているだろう? そのラウラ・ボーデヴィッヒが、コスプレ喫茶だぞ? ふっ、ふふっ、あいつがコスプレ喫茶……ははっ!」
 一夏などは、ラウラがセシリア達と鷲悟を巡ってバカをやっている姿を知っているだけにまだ耐性があった方なのだろう。いつものクールな仮面がはがれるほど、千冬にとっては“ツボ”だったようだ。
 しかしそんな千冬も、突然の大笑いに周りの教師達が驚いた顔をしているのに気づくと、軽く咳払いしてその場をごまかした。
「ん、んんっ。
 ――さて、報告は以上だな?」
「はい、以上です」
 本当はジュンイチが来ているのだが――黙っておく。
 いずれはバレるだろうが、自分からは言わない。先日黒星をつけたとはいえ、ジュンイチは福音、夜明を片手であしらった実力者だ。そんな男と地上最強の姉の超常(『頂上』ではない)決戦などプロデュースしてたまるか。
「では、この申請書に必要な機材と使用する食材などを書いておけ。一週間前には出すように。いいな?」
「はい」
「あぁ、それから。
 織斑。学園祭には各国軍事関係者やIS関連企業など多くの人が来場する。
 一般人の参加は基本的に不可だが、生徒ひとりにつき一枚配られるチケットで入場できる。渡す相手を考えておけよ」
「あ、はい」
 最後にそんなやり取りを交わし、一夏は一礼して職員室を出て――
「やぁ」
「………………」
 そには、ひとりの女子が一夏を待って立っていた。
 生徒会長、更識楯無である。
「…………何か?」
「ん? どうして警戒しているのかな?」
「それを言わせますか……」
 鷲悟が遅刻しかけたこと、学園祭で自分達を勝手に景品に仕立て上げたこと――少なくとも現時点ではこちらに対してデメリットしか提供していない相手を、警戒しない理由の方がむしろないだろう。
「あぁ、最初の出会いでインパクトがないと忘れられると思って」
「インパクトでオレ達を景品にしないでください」
 言って、一夏はアリーナに向けて歩き出す。
 が、楯無もその横にごく自然な流れで並んで歩き出した。
「まぁまぁ、そうふさぎ込まずに。
 若いうちから自閉してるといいことないわよ?」
「誰のせいですか、誰の」
「んー。それなら交換条件を出しましょう。
 これから当面私がキミのISコーチをしてあげる。それでどう?」
「いや、コーチはいっぱいいるんで」
 箒や鈴はいつものこととして、鷲悟と特訓がかち合えば彼や彼と行動を共にしているセシリア達からもコーチしてもらえるのだから。
「うーん、そう言わずに。
 私は何せ生徒会長なのだから」
「はい?」
「あれ? ひょっとして知らない?
 IS学園の生徒会長というと――」
 と、その時だった。
「覚悟ぉぉぉぉぉっ!」
 ひとりの女子が、竹刀を片手に襲いかかってきたのは。
「な…………っ!?」
 思わず楯無を守るように彼女の前に出る一夏だったが、楯無はそれをするりとかわして一夏のさらに前に出る。
「迷いのない踏み込み――いいわね」
 言って、楯無は扇子を取り出し――それで竹刀を受け流した。間髪入れずに左手の手刀を襲撃者の首筋に叩き込む。
 襲撃者がその場に崩れ落ち――今度は窓ガラスが破裂した。
「こ、今度は何だ!?――矢ぁっ!?」
 楯無の顔面を狙い、次々と矢が飛んでくる。
 飛来する矢の先を見ると、となりの校舎の窓から和弓を射る袴姿の女子の姿が確認できた。
 楯無を狙い――結果的に一夏も巻き込み、さらに矢が飛来して――



「えっと……」



 困惑のつぶやきと共に、その矢のすべてが蹴散らされた。
「とりあえず防いだけど……何なの? この状況」
 鷲悟の重力波による迎撃だ。この場に現れたということは、一夏を迎えに来たのだろうか。
「ちょっと借りるよ」
 そうしている間に楯無は倒れている女子のそばにあった竹刀を蹴り上げて浮かせ、空中のそれをキャッチすると同時に投擲する。
 割れた窓ガラスの間を飛んだ竹刀は弓をかまえた女子を正確に直撃、撃破する。
「もらったぁぁぁぁぁっ!」
 バンッ!と今度は廊下の掃除用具ロッカーが開き、三人目の刺客が登場する。
(両手にボクシンググローブ……ボクシング部か)
 鷲悟が冷静に分析する中、ボクシング女は軽快なフットワークとと共に楯無へと襲いかかる。
「ふむ。元気でよろしい。
 ……ところで織斑一夏くん」
「は、はい?」
「知らないようだから教えてあげる。
 IS学園において、“生徒会長”という肩書きはあるひとつの事実を証明しているんだよね」
 ボクシング女の猛ラッシュを涼風のようにあしらいながら、告げる。
「生徒会長、すなわち生徒の長たる存在は――」
 大振りの右ストレート、そのスキを見逃さず、円の動きで避ける。ほとんど足音も立てず、その足が地面を蹴って――



「最強であれ」



 まるで突撃槍ランスでも突き込むような鋭いソバット――ボクシング女は登場したロッカーに叩き込まれて沈黙。ごていねいに、その衝撃でロッカーの扉が閉まり、ボクシング女は登場シーンを逆再生するように退場した。
「……とね」
 セリフをしめくくりながら、楯無はその場に着地。ソバットの際に空中に放り出し、今ようやく落ちてきた扇子を空中でキャッチし、ばんっ、と開いてスカートの裾を押さえる。
「見えた?」
「みっ、見てませんよっ!」
「それは何より。
 もっとも――」
 フフ、と楽しそうな笑みをたたえて楯無は一夏のとなりを見て、
「そっちの柾木鷲悟くんは、バッチリ見ちゃったみたいだね」
 そう言われた鷲悟は、真っ赤になって沈黙していた。
「……で、これはどういう状況なんですか?」
「うん? 見た通りだよ。
 か弱い私は常に危険にさらされているので、騎士のひとりも欲しいところなの」
「さっき『最強』だとか言ってたクセにですか」
「あら、ばれた」
 少しも悪びれることなく笑ってみせる。
「まぁ、簡単に説明するとだね、最強である――ううん、“最強でなければならない”生徒会長はいつでも襲っていいの。
 そして勝ったなら、その者が次の生徒会長になる」
「不意討ちされてもなお勝てるくらいじゃないとダメ……ってことですか」
「ま、そういうことだね」
 復活してきた鷲悟にそううなずく。
「うーん……それにしても私が就任して以来、襲撃はほとんどなかったんだけどなぁ。
 やっぱりこれは……」
 ずいっ、と楯無は一夏に詰め寄り、その顔を近づけてくる。
「キミ達のせいかな?」
「な、何でですか?」
「ほら、私が今月の学園祭でキミ達を景品にしたから、一位を取れそうにない運動部とか格闘系が実力行使に出たんでしょう。
 私を失脚させて景品キャンセル、ついでにキミを手に入れる、とかね」
「それ、明らかにオレ達何もしてないですよね。オレ達を勝手に景品にしたあなたの自業自得ですよね」
「んー、気にしない気にしない」
 鷲悟のツッコミも笑いながら受け流し、楯無は一夏から離れる。
「ではまぁ、一度生徒会室に招待するから来なさい。お茶くらい出すわよ」
 あくまでも笑みを絶やさない楯無の言葉に、鷲悟と一夏は顔を見合わせ、同時にため息をつくのだった。



「……いつまでぼんやりしてるの」
「でも……」
「しゃんとしなさい。
 いつまでも悲しんでたって何も変わらないのよ」
「わかってるけど……」
 そんな声がドアの向こうから聞こえてきて、鷲悟は足を止めた。
「ん? どうしたの?」
「いや、すごく覚えのある声が……」
「あぁ、そうね。
 今は中にあの子がいるものね」
 同じく足を止めた一夏の答えに納得し、楯無は笑いながらガチャリとドアを開けた。
「ただいま」
「お帰りなさい、会長」
 出迎えたのは三年の女子だった。
 眼鏡に三つ編み、いかにも『お堅いが仕事はできます』風の委員長キャラ、といったいでたちだ。手にしたファイルが実によく似合う。
 そして、その後ろにいたのが――
「あー、おりむー、まさっち……」
 本音であった。
「まぁ、そこにかけなさいな。
 お茶はすぐに出すわ……うつほが」
『うつほ……?』
 楯無の言葉に男子二人が聞き返すと、
「私です」
 三年の女子が二人に答えた。
「初めまして――本音の姉の、布仏うつほです。
 妹がいつもお世話になってます」
「………………っ」
 名乗り、頭を下げる虚に、鷲悟はイタリアでの一件を思い出して息を詰まらせ、本音もピクリと反応を見せる。
「っていうか、なんでのほほんさんがここに?
 ひょっとして、姉妹で生徒会に?」
「えぇ、そうよ。
 生徒会長は最強でなければならないけれど、他のメンバーは定員数になるまで好きに入れていいの。
 だから、私は幼なじみの二人をね」
 そんな鷲悟の雰囲気を察し、あわてて話題の転換を試みる一夏に楯無はそう答え、
「そして……そんな幼なじみを、あなた達は二度も助けてくれた。
 臨海学校の時。そして――先日のイタリア」
 一夏の話題転換の思惑を完全にぶち壊してくれた。
「楯無先輩、鷲悟に今その話題は……」
「でも、その話をしなくちゃお礼が言えないもの」
 耳打ちするように告げる一夏に答えると、楯無はそれまでのひょうひょうとした態度を引っ込めると一夏や鷲悟とまっすぐに向き合い、
「改めてお礼を言わせて。
 ありがとう。私の幼なじみを守ってくれて」
「でも……守れなかったヤツもいる」
 頭を下げる楯無に対して、鷲悟はそう答えた。
「オレはミフユを守れなかった……そのせいで、布仏さんを悲しませてる。
 守れてなんか、いやしない……お礼を言われるようなことなんて……」
「でも、あの子の命は守ってくれた」
 うめくように答える鷲悟に、それでも楯無は答えた。
「今は悲しいかもしれない。でも……生きていれば、また立ち上がる機会は来る。
 そしてキミはその“機会”をくれた……だからやっぱり『ありがとう』なのよ」
 そんな楯無に対し、鷲悟は正面から彼女を見返すことができず、視線をそらしてしまう。
「……まぁ、いいわ。
 じゃあ、気を取り直して、今のこの状況についての話をしましょうか」
 鷲悟については、これ以上触れない方がよさそうだ――そう判断したのか、楯無は改めて男子二人に正対し、
「一応、最初から説明するわね。
 一夏くんと鷲悟くんが部活動に入らないことで、いろいろと苦情が寄せられていてね。生徒会としては、キミ達をどこかに入部させなくちゃマズイことになっちゃったのよ」
「それで学園祭の投票決戦ですか……」
 楯無の言葉に一夏が返し――
「知ったこっちゃないよ」
 容赦なく鷲悟はぶった切った。
「別に部活動への所属が強制ってワケじゃないんですから、そもそもそこで文句を言われる筋合いなんぞないわ。
 要するに『学園に二人しかいない男子を入部させて自分達の部活に箔をつけたい』っていう先方のクソくだらないプライドから来るワガママでしょうが。なんでオレ達がそれに配慮して部活動なんぞしてやらなくちゃならないんですか」
『………………』
 不機嫌ぶりを隠そうともしないで告げる鷲悟の言葉に、楯無は一夏に耳打ちする。
「えっと……何? あの子、あんな無愛想な子だったっけ?」
「すみません。
 元々悪気なく地雷を踏むタイプではあったんですけど、イタリアでの一件でそれに拍車がかかってまして……」
 一夏が答え、二人は鷲悟へと視線を戻す。
「オレは一刻も早く強くならなくちゃならないんだ。
 部活なんかに時間を割いてやるつもりなんかないんだよ」
「そ、そう……よね。
 だから、交換条件として私が特別に鍛えてあげようってこと……ISも、生身もね」
 そんな楯無の言葉に、鷲悟はうさん臭そうな視線を返してくる。
「アンタの指導を受ければ、オレは強くなれるのか……?」
「うん、なれるよ。
 この私が保証――」







「しない方がいいぜぇ。恥かくだけだ」







 突然乱入した声が、楯無にそう答えた。
「鷲悟兄は百の指導より一の実戦で強くなるタイプ。
 IS組みたいに一から十まで理詰めで技術をまとめているタイプとの相性は最悪――アンタに鷲悟兄の指導はできねぇよ」
 見れば、生徒会室の事務机、その席のひとつにジュンイチが座っていた。机の下に両足を投げ出した行儀の悪い体勢で一同に告げる。
「それに……だ。
 こちとら、今ちょうど千冬の姐さんから一年の専用機持ちの指導係を仰せつかったところでね。
 その二人もオレの指導対象だ。獲物の横取りは困るな」
「千冬姉から?」
「ん。何なら、問い合わせて確認してもらっても……」
 一夏に答える声は途中で途切れた。
 楯無の振り下ろしたカカト落としが、ジュンイチの目の前の机を粉砕したからだ。
 もちろん、ジュンイチを狙った一撃だ――しかし、当のジュンイチはあっさりかわしていた。さっきの体勢からどうやったのか、楯無の頭上を易々と飛び越え、彼女の背後に着地する。
「……生徒会長が、生徒会室の備品を壊してもいいのかよ?」
「いいのよ、長だから」
 あっさりとジュンイチの問いに楯無が答える。
「それよりも、不法侵入者を取り押さえる方が先だしね」
「言ったろ? 千冬さんから……」
「事後承諾よね、それは」
 答えるジュンイチだが、楯無もすかさず返してくる。
「そもそも、どうしてあなたが一夏くん達を鍛える、なんて話になっているのかしら?
 私が一夏くん達を鍛えるのは、生徒会長、すなわち生徒達の長である私の役目なんだけど」
「ん? ソイツぁ簡単だ。
 アンタより、オレの方がひっじょおぉぉぉぉぉに、優秀だからだ」
 楯無の問いに、ジュンイチは迷うことなくそう答えた。
「だってそうだろう?
 アンタが鍛えるのは鷲悟兄と一夏だけ。それに対して、オレは一年の専用機持ち全員。何なら一組の連中みんなを相手してやってもいいくらいだ。
 全体的なレベルアップ――“学”びの“園”である学園の意義を考えるなら、二人しか強くしないヤツとみんなを強くするヤツ、どっちが優秀かなんて考えるまでもないよな?」
「あら、全体が伸びてもそれが微々たるものなら意味はないんじゃないかしら?」
「その心配なら無用さ」
 楯無の言葉に、ジュンイチはニヤリと笑って、
「言ったろ? アンタよりオレの方が優秀だって。
 アンタと違って、全員キッチリ鍛えてやれるし、全員アンタより強くしたところでまだまだ強くできる余地はある。
 なぜなら――オレの方がアンタより強いからな。みんながアンタより強くなっても、まだまだオレの方が上。指導する余地はあるってこった」
「大した自信じゃない」
「そのセリフ、そっくり返すぜ。
 たかだか“学園内で”一番ってだけでテングになってる生徒会長サマ?」
「フフフ……」
「ククク……」
 楯無とジュンイチ、両者はしばし笑みを交わし――



 何の前触れもなく











 楯無の掌底せんせんふこくと、ジュンイチのせんせんふこくが、激突した。





にらみ合う
  二人の“最強”
    激突す


次回予告

鷲悟 「おぅ、鷲悟だ。
 なんつーか、オレ達をほったらかしにして盛り上がってるジュンイチと楯無センパイなんだけど」
一夏 「当事者のオレ達の意見、完全無視だよなー……」
楯無 「生徒会長である私の力、甘く見ないことね」
ジュンイチ 「言うじゃねぇか。
 井の中のかわずが鳴くな、“学園”最強」
一夏 「……ホント、オレ達、完全無視だよなー……」
鷲悟 「次回、IB〈インフィニット・ブレイカー〉!
   『ジュンイチVS楯無! 教官はどっち!?』
   
セシリア 「わたくし達の方が、よほど無視されてますわ!」

 

(初版:2012/01/03)