「お待たせー」
「ホントにおせぇよ、チンタラしやがって」
「女の子は、支度に時間がかかるものなのよ」
「『5分で来る』っつっといて20分も待たせた後にその理屈が通るとでも思ってんのか。
 それならちゃんと最初から『20分で』って言っとけ」
「目標タイムってことでひとつ」
「相手を待たせるシチュでンな目標立ててんじゃねぇよ。実際かかるであろう時間を伝えるべきところだろ、ここは。
 作戦行動において“定時定点必達”は基本だろうが――『20分かかるけど5分で補給物資落とすようがんばるから』って。その差の15分間味方に弾ナシで戦わせるつもりか?」
「あら、意外と正論を振りかざすのね」
「正論通して悪どく勝つ――交渉の極意だ」
 対峙するなり、そんな軽口の応酬――放課後の畳道場、白の道着に紺袴といったいでたちに着替えた楯無が、いつもの道着姿のジュンイチと向かい合った。
 その場には他に、生徒会室での二人の対立に居合わせた鷲悟と一夏――布仏姉妹はまだ仕事があるとかで生徒会室に残った。
「だいたい、廊下で大立ち回り演じてたヤツが、なんでここに来ていちいち着替えるんだよ? “常在戦場”はどこ行った。
 何度お前のいるはずの更衣室を爆砕してやろうと思ったことか……」
「あら、やってもよかったのに。
 キミの言葉通り、“常在戦場”の理屈を通すなら、爆破を決行するスキを与えた私のミスなんだから」
「止められたんだよ、鷲悟兄と一夏に」
『当たり前だ!』
 思うだけでなく、実行しようとしていたらしい。
「フフフ、なら二人は私の命の恩人ね。
 ……じゃあ、改めて始めましょうか」
「つか、そっちにとっちゃ捕り物だろう? 別にあのまま生徒会室でやり合ってもよかったんだけどな、こっちとしては」
「あれ以上は私が後でうつほに怒られるもの」
「つまりあの人のガマンのリミットゲージは長机ひとつ分か」
 互いに軽口を叩いてこそいるが、身にまとう空気は真剣そのもの――かまえを取らずともそこには一分のスキもないのが、見ている二人にもハッキリとわかった。
「じゃあ、ルールの確認ね」
「あぁ。
 この勝負は、アンタの生徒会長としての捕り物であると同時、織斑一夏のコーチ権の争奪戦でもある」
「つまり、私達は自分の方がより一夏くんのコーチに相応しいことを示さなければならない」
「要するに……」
「よって――」







『より“一夏(くん)より強い”ことを示した方を勝者とする』







「…………へ?」
 二人の言葉に、一夏が思わず声を上げ――











 ジュンイチの蹴りと、楯無の掌底が、一夏をブッ飛ばした。

 

 


 

第42話

ジュンイチVS楯無!
教官はどっち!?

 


 

 

「――って、いきなり何だよ、二人して!」
「あ、意外と復活早いな」
「さすがは一夏くんね」
 道場の床を転がり、それでもすぐに身を起こし文句を言ってくる一夏に対し、ジュンイチと楯無は悪びれることなく口々につぶやく。
「つか、『何だ』って言われてもなぁ……」
「まさに今言った通りなんだけど?
 『より“一夏くんより強い”方が一夏くんの教官になる』……となれば、自分とキミと、どれだけの力の差があるか、それを見せつけるのが一番の比較になるんじゃない?」
「それで二人からブッ飛ばされるオレはたまったものじゃないんですけどっ!?
 そもそも二人の対立でしょう!? 何しれっとオレ巻き込んでるんですかっ!?」
「そこはほら、一夏くん達を巡っての対立なワケだし」
「立派に当事者なんだ。観念して……巻き込まれろ?」
「巻き込まれてられるかぁぁぁぁぁッ!
 何二人して当然のように意見一致させてんですか! 対立してる割には仲いいですね、二人ともっ!」
「あら、そう?
 私は学園を預かる生徒会長。そして彼は不法侵入者……不倶戴天の間柄と自負してるんだけど」
「お互いさまじゃボケ」
 鷲悟に答える楯無の言葉に、ジュンイチはぷいとそっぽを向いて――
「強いて言うなら……そうね。
 やっぱり、豪語するだけあって……」
 その言葉と同時、楯無の姿が一夏の視界から消え失せ、
「腕を競い合うのに、最高の相手ではあるわね」
「そいつぁどうも」
 淡々としたやり取りと共に――ジュンイチと楯無、二人の振るったそれぞれの右腕が激突していた。
「それじゃあ、一夏くんからダメ出しをもらっちゃったことだし」
「こっからは……マジメにやり合うか!」
 告げると同時、動く――ぶつけ合った右腕を押し合い、両者の距離が開いた瞬間、同時に放っていたハイキックがぶつかり合う。
 次の動きのため、すぐに楯無が蹴り足を収め――対し、ジュンイチは蹴り足をそのまま真下に落とした。ちょうど、大またで一歩、楯無に向けて踏み込んだ形だ。
「へぇ、そうやって詰めてくるん……だっ!」
 そのまま打ち込まれた掌底を、楯無は後ろに跳びながら受ける――衝撃を逃がしながら、それでも数メートルの距離を飛ばされた楯無が着地し、
「せー、のっ!」
 そんな楯無に向け、ジュンイチがさらに突っ込む。大きく踏み込んだ形になっていた右足で思い切り踏み切り、爆発的な加速と共に楯無へと突っ込み――
「――――って!?」
 宙を舞った。
 楯無ののど元を狙ったジュンイチの拳を楯無が取り、そのまま投げ飛ばしたのだ。
「く…………っ!」
 それでも、なんとか空中で身をひねり、ジュンイチは畳の上に着地して――
「今度は、私が攻める番かな?」
「――――っ!?」
 顔を上げたジュンイチの横っ面を、楯無の振るった扇子が狙っていた。
 とっさにスウェーしてかわす――しかし、次の瞬間にはすでに縦に振り下ろされる次の扇子が迫っていた。
 すでにのけぞった上体ではこれ以上かわせない――やむなくバックステップで距離を取り、楯無の二撃目をやりすごす。
「……やってくれるね」
 舌打ちまじりに、こちらを狙った扇子でそのまま自分をあおいでいる楯無をにらみつけ、ジュンイチが告げる。
「狙ってやってるとしたらすげぇよ、アンタ……
 “それ”ができるってだけでも十分にすごいことなのに、オレが“それ”を苦手としてるって、たったあれだけの攻防で見抜いたってことだからな」
 その言葉に、楯無は答えない。ただ笑って、口元を扇子で隠している。
「あの投げ、そして扇子による高速二連撃……」



「ありゃ……“無拍子”だな?」







「“無拍子”……!?」
「一夏、言ってることわかるのか?」
「あ、あぁ……鷲悟は?」
「オレもだ。
 よかった。わかってなかったら説明しなきゃと思ってたところだ」
 一夏の言葉に鷲悟が苦笑して――
「あたしはわかんないよー。
 “無拍子”って何?」
「って、こっちがいたか……」
 上がった声に、鷲悟はため息をついて説明を始めた。
「呼吸しかり、鼓動しかり……人間、生きてればそれだけでそこにリズムは生まれる。
 それは、人の動きにおいても同じだ。人間の身体っていうのはいろんな筋肉や関節の連動によって動いているからな。
 そんなリズムを意図的に隠して、相手の対応を難しくする技法――“拍子”を“無”くすから“無拍子”だ」
 言って、鷲悟はジュンイチを見て、
「お前も知っての通り、ジュンイチは相手のリズムを掌握する戦い方を得意としてる。相手のペースを乱すにせよ、仲間のペースに合わせるにせよ、な。
 そのリズムを隠してしまう無拍子は、ジュンイチにとって極めて相性の悪い技なんだよ――」
 そこまで告げて――鷲悟は気づいた。
 一夏と顔を見合わせ、振り向いて――
『…………なんでいるんだ?』
「二人を探しに来たに決まってるでしょ」
 声をそろえて尋ねる二人に、あずさはぷぅと頬をふくらませてそう 答える。
「一夏さんはなかなかアリーナに来ないし、様子を見に行った鷲悟お兄ちゃんも戻ってこないし、探し回ったら生徒会室に連れてかれたって話聞くし、それで生徒会室に行ってみたらここだって言うし……
 二人して何してるの? しかもお兄ちゃんまでいるし」
「いや、まぁ……いろいろあったんだよ」
 半眼で尋ねるあずさに、鷲悟はため息まじりにそう答え、一夏が簡単に事情を説明する。
「……ってワケ」
「つまり、お兄ちゃんと生徒会長、どっちが一夏さんを鍛えるかで、あの二人はモメてる、と……」
「まぁ……そういうことになるな。
 他にも、ジュンイチが不法侵入した件とか、いろいろあるけど……とりあえずは」
「しょうがないなぁ、お兄ちゃんもあの会長さんも……」
 うなずく一夏の言葉にため息をつくと、あずさは携帯電話を取り出し、ダイヤルした。



「――――っ!」
「っ、とぉっ!」
 再び手を取られ、宙を舞う――投げ飛ばされ、ジュンイチはとっさに身をひねり、着地する。
 すぐさま楯無の手を払い、距離を取る――攻防の流れが切れ、楯無はため息をついた。
「本当に大したものね。
 何度投げられても、簡単に着地しちゃうんだもの。畳に叩きつけるつもりで投げても対応されたのは、さすがにちょっとプライドが傷ついたわ」
「安心しろよ。
 こうまで好き放題投げられまくってる時点で、こっちのプライドはズタズタじゃ」
 そんな楯無に対し、ジュンイチもまた口を尖らせてうめく。
「けど、まだまだね。
 投げ飛ばされてるだけじゃ、私には勝てないわよ」
「お約束なセリフをアリガトウ。
 けど安心しな。いい加減――」
 言いながら、ジュンイチは自らの懐をあさり、
「アンタの動きにも、慣れてきたところなんだから……さ」
「――――――っ!?」
 取り出したのは“楯無の”扇子だった。思わず自らの身体を手で探り、楯無はそこでようやく懐からくだんの扇子が消えていることに気づいた。
「おやおや、いけない子だねぇ。
 お姉さんの胸元に手を突っ込んだの?」
「表現に気をつけてもらいたいもんだね。
 “敵の”胸元に手ェ突っ込んだんだよ――ケンカしてる相手に男も女もあるかい」
「ぅわー、女の子扱いされてないなんてお姉さんショックだなー」
「本当にショックだと思うなら棒読みで語んな」
 互いに軽口を叩き合いながら、それでいて目は笑っていない。ジリジリと距離を詰めつつ、一気に相手の懐に飛び込むスキを伺う。
「――――っ、らぁっ!」
 しびれを切らせたのはジュンイチの方だった。一足跳びに楯無の懐に飛び込み、ラッシュをかける。
 対する楯無はそのことごとくを流れるようななめらかな動きでかわしていく――その中で一瞬のスキを見逃さず、ジュンイチの右手首をつかんで投げ飛ばし――



「――――――え?」



 宙を舞っていたのは楯無の方だった。
 上下が反転した視界に思わず声が上がる――が、すくに我に返り、ジュンイチがそうしていたように身をひるがえして投げ落とされることなく着地する。
「……驚いたわね、今のに合わせてくるなんて。
 種明かしとか、期待してもいいかしら?」
「どうってことぁねぇよ。単なる投げ返しだ」
 尋ねる楯無に、ジュンイチはあっさりと答えた。
「たとえ“無拍子”でも、リズムが見えないってだけで、“投げ飛ばす際の力のかけ方は変わらない”
 だったら、リズムじゃなくその力の流れに対して投げ返しをかけてやるまでだ――リズムがあろうがなかろうが、投げっていうのは結局のところ力学の問題でしかないんだ。そこを忘れないこった」
「…………お見事」
 ジュンイチの言葉に、楯無はその口元に笑みを浮かべる。
 互いにスキを伺い、にらみ合い――動く。
 まったく同時に地を蹴り、距離を詰めるその動きからそのまま一撃を繰り出し――





















「そこまでだ」





















 止められた。
「織斑先生……!?」
「千冬さん……!?」
 ジュンイチの拳、楯無の掌底――それぞれの手を、千冬につかまれて。
 どちらの攻撃も、相手のすぐ目の前で止められている。千冬が止めていなければ、お互いにクロスカウンターを決め合っていたところだ。
 しかし、なぜここに千冬が――顔を向ける二人の視線の先で、鷲悟や一夏のとなりに立つあずさがVサインを見せる。先ほどあずさが携帯電話で連絡をとったは千冬だったのだ。
「二人とも手を引け。
 この勝負は私が預かろう」
「……仕方ありませんね」
「はいはいっと」
 千冬に言われて、まず楯無が、そしてジュンイチがかまえを解く。
「さて……ちょうどいいですから、教えてもらえませんか、織斑先生?
 織斑くんと柾木くんを鍛える、それは私の役目――そういう形で、すでに話はついていたと思っていたんですけど?」
「すまないな。
 柾木弟が来て、その段階で初めて柾木弟コイツに教官をやらせることを思い立ったのでな。
 伝えようと思ったが、その前にお前達が“始めて”しまったというワケだ」
「つまり入れ違い、と……
 では、それについては仕方ないと納得します」
 千冬の言葉に、楯無はあっさりと引き下がる。
「ですが、彼の不法侵入が帳消しになるワケではありません。
 それについては、どうお考えですか?」
「すでに何度もしでかしている以上、“今さら”な気はするがな……
 まぁ、そういうことなら……」
 楯無の言葉に、千冬はしばし考えた後にジュンイチへと向き直り、
「柾木弟。
 教官としての職務がない時には、生徒会の丁稚奉公でもしていろ。それで不法侵入については不問にしてやる。
 ……楯無、これでどうだ?」
「……まぁ、いいでしょう。
 力仕事的な意味で人手が欲しかったのは事実ですし」
 千冬の言葉に、楯無はいかにも“渋々”といった様子で息をつく――そんな彼女の姿に、千冬は物珍しそうに眉を細めた。
「……珍しいな。お前がそんな感情をあらわにするなんて。
 柾木弟に、何か思うところでもあるのか?」
 それは、一夏や鷲悟も気になっていたところだ。
 自分達に対してはどこかひょうひょうとしていてつかみどころのないところを見せていた楯無だったが、ことジュンイチに対してだけは妙に感情的なのだ。
「そう……でしょうか?
 自分では普通にしているつもりですけど」
「……まぁ、いい。
 とにかく、柾木弟には一年全クラスの専用機持ちを一通り鍛えてもらう。お前は、当初の予定通り教え子を絞って教えればいい」
「……わかりました」
 改めて告げる千冬の言葉に楯無がうなずく。
 しかし、そこには先の千冬の指摘に対する困惑が強く出ていた。本気でジュンイチに対する感情に自覚がなかったらしい楯無に、鷲悟と一夏は思わず顔を見合わせるのであった。



「あれ、鷲悟……?
 それに一夏に、ジュンイチも……?」
「し、鷲悟さん!?」
「今日は第四アリーナで特訓と聞いていたが?」
 ともあれ、さっそく鷲悟達の特訓だと、千冬と別れた一行は第三アリーナへ――そこには、先客としてシャルロットにセシリア、ラウラの姿があった。
 三人とも訓練の途中だったのか、ISこそ展開していないもののそろってISスーツ姿である。
 そんな三人の視線がやがて集まったのは、当然ながら見慣れた男衆三人にくっついている楯無ニューカマーである。
「生徒会長……?」
「更識、楯無……?」
「鷲悟さん、どうして生徒会長が鷲悟さんと一緒に?」
「セシリア……今さらだけどさ、オレと一夏もカウントしようや」
 意外な同行者に首をかしげる三人、その中でさりげなく自分と一夏を無視シカトしたセシリアの言葉に、ジュンイチが肩をコケさせてうめく。
「まぁ、キミ達が不思議に思うのも当然だけどね。
 簡単に言えば、鷲悟くんと一夏くんの専属コーチをすることになったからだよ」
 そんなジュンイチのとなりでサラリと告げた楯無の言葉に、寝耳に水だった三人は当然驚くワケで。
「え? ど、どういうこと?」
「鷲悟さん!」
「鷲悟、貴様、私達というものがありながら……っ!」
「千冬さんも了承済み」
 騒ぎ始めた三人が、ジュンイチの一言でぴたりと停止する。
「ちなみに、オレはお前らを一通り見ることになったから。
 楯無はそれに加えて鷲悟兄と一夏を重点的に……って分担だ」
「ジュンイチが、ボクらを……?」
「あぁ。
 正直、オレ自身もどうしてこうなってんのか、いささか疑問なんだけどな……」
 聞き返すシャルロットに答えるジュンイチの言葉を聞いて、鷲悟は思わず眉をひそめた。
「…………?
 どういうことだよ、ジュンイチ? オレ達の訓練を見るの、お前が自分で考えたことじゃないのか?」
「オレの方も千冬さん命令なんだよ。
 別件で頼みがあって来たってのに、その“頼み”を聞いたら開口一番『だったらお前らを鍛えろ』だぜ。
 意図してることはわかるけどさ、『だったら』って何だよ、『だったら』って。アドリブにも程ってものがあるだろうが」
(……『頼み』……?)
 ジュンイチの言葉に眉をひそめる鷲悟だったが、そんな彼にかまわず、ジュンイチは気を取り直して続ける。
「ま、グチっててもしょうがねぇ。引き受けたからにはちゃんとやるさ。
 じゃあ……シャルロットにラウラ。“シューター・フロー”で円状制御飛翔サークル・ロンドをやってみせてくれないか?」
『え…………?』
 いきなり何を……と首をかしげるシャルロットとラウラに変わり、その意図を問いただすのは楯無だ。
「一夏くんへのお手本に……ってこと?」
「そゆコト。アンタも一夏に教えるつもりだったんだろ?
 それと、オレとしてもお前らに教える上で、お前らの練度を見たいんだよ――だから、セシリアも後でオレとな」
「どうせでしたら鷲悟さんと……」
「鷲悟兄の砲撃相手に円状制御飛翔サークル・ロンドをかます余裕があるんならそれでもいいけど?」
「……わたくしが悪かったですわ」
 即座にジュンイチに切り返され、白旗を掲げるセシリアであった。
「でも……ジュンイチ。
 これ、一夏への手本……なんだよね?」
「まぁな。
 鷲悟兄は、自分から撃つ分に関しては――つまり、今セシリアにツッコんだ“相手への余波の問題”を抜きにすれば、お前らよりよほどうまくこなせるし」
 手を挙げ、尋ねるシャルロットにもジュンイチはあっさりと答える――サラリと「鷲悟の方が自分達よりうまい」と断言されて少なからずムッとするが、シャルロットはガマンして続ける。
「でもアレ、射撃型の戦闘動作バトルスタンスだよ?
 “突っ込んで斬る”が身上の白式を使う一夏の参考になるの……?」
「ん。なるなる」
「それは、白式が第二形態“雪羅”となってことで、遠距離攻撃――射撃能力が追加されたからか?」
 と、今度はラウラが尋ねる。
「まぁ、無関係とは言わんけど……それだけじゃ、解答としては不十分かな?」
 対し、ジュンイチはそう答えるとシャルロットへと視線を戻し、
「シャルロット、以前お前が一夏にライフルの試射をさせたのは発想は同じだ。
 射撃型の動きを一夏自身が知ることで、射撃型の動きに対する予測が立てやすくなる」
「加えて、新たに追加された荷電粒子砲を使う上でも、射撃型のノウハウは役に立つ……だろ?」
「ま、そこはラウラの言ってた通りだけど……一夏の白式はシャルロットの言うように“突っ込んで斬る”のが本分だ。
 自然と、荷電粒子砲も至近発射が多くなる。“射撃型の動きを知り、それを元に接近していくための機動を組み立てる”。一夏の訓練の方向性は、まぁ、そんなところだろ」
「フンッ、そんなことしなくても、昔の織斑先生のモーション・パターンを使えばいいんじゃないかしら?」
「たぶんオレを試すつもりで言ってんだろうけど、それがムリだってのは言われるまでもなくわかってるからな。
 千冬さんの現役だった頃と今とじゃ、技術的な意味での環境がまるで違う。特殊装備だって増えてきてるし、PICの推進特性だってほぼ別物だ。
 IS黎明れいめい期の千冬さんのデータなんて、参考意見以上の意味はねぇよ」
 ジュンイチが楯無に答えている間に、シャルロットとラウラはISを展開して上空へ。お互いに対峙して準備完了である。
 そして動き出した二人は正面から接近しようとはせず、反時計回りに動き始める。その光景は、まるで砲口を向け合ったまま見えないターンテーブルの上で回転しているようにも見えた。
「いくよ、ラウラ」
「あぁ、かまわない」
 そんな言葉を交わしながら、シャルロットとラウラはさらに加速しながら射撃を始めた。
 円運動はそのままに、不規則な加速を織り交ぜて射撃を回避。同時に自らも反撃し、しかも減速することなく、むしろ加速している。
「これは……」
「うん。一夏くんにもすごさがわかったかな。
 あれはね、射撃と高度なマニュアル機体制御を同時に行っているんだよ。
 しかも、回避と命中の両方に意識を割きながら――だから、機体を完全に自分のものにしていないと、なかなかあぁはいかない」
 声をもらす一夏に楯無が答え、やがてシャルロットとラウラは互いに弾かれるように円運動を解き、こちらへと戻ってきた。
「まぁ……ざっとあんな感じ。
 どうだった、鷲悟?」
「ん。上出来上出来。
 さすがお前らだ。息もピッタリだったな」
「フフン、そうだろうそうだろう」
 シャルロットに答える鷲悟の言葉にラウラが胸を張り――
「だからこそ、回避も射撃も読みやすかったっていう部分もあるんだろうけどなー」
『うぐっ……』
 ジュンイチのツッコミに二人がうめいた。
「そういう意味じゃ、真の“手本”は息の合っていないオレ達ってことになるな。
 セシリア。お前の実力、コイツらに見せてやれ」
「……否定はしませんけど、普通自分から『息合ってない』って言いますか……?」
 ジュンイチの言葉に、セシリアはため息まじりにISを展開して上空へと飛び立つ。
 続いてジュンイチも“装重甲メタル・ブレスト”を装着し――ふと思い立ち、鷲悟達に告げる。
「あぁ、そうそう。
 お前らに今から謝っとく」
『………………?』
「いやな、たぶんセシリアの撃墜で終わると思うから」
『え…………?』
 ハッキリと断言してみせたジュンイチの言葉に、鷲悟達は思わず声を上げる――そんな彼らには目もくれず、ジュンイチはセシリアを追って飛び立っていった。



「お待たせー」
「いえいえ、お気になさらず」
 改めて合流してきたジュンイチの言葉に、セシリアは気にすることもなくそう答えるとスターライトMkVをかまえた。
 そして、二人が先のシャルロットやラウラのように円運動を始め、
「先手、いただきますわ!」
 言うが早いか、セシリアが仕掛けた。自分を狙うビームを、ジュンイチは冷静にかわす。
 と、ジュンイチの手の中の、“紅夜叉丸”から姿を変えていた爆天剣が変形。つば飾りの一方が上下逆にひっくり返ったかと思うとそこにトリガーが出現。さらに両刃の刃が開くようにすき間を作り、反応式のエネルギーライフルとなる。
 トリガーを引き、刃の間に光弾を作り出し、撃つ――ジュンイチからの射撃のお返しを、セシリアもまた余裕でかわす。
「その剣に、そんな形態があったんですのね!
 …………けどっ!」
「あぁ!
 本気になるのは、お互いここからだ!」
 セシリアの言葉にジュンイチが答え、両者はさらに加速。激しく火線を交えていく。
 と――次第にセシリアの回避の動きが大きくなってきた。余裕がなくなってきた証拠だ。
 対するジュンイチはまだまだ落ち着いたもので――それが両者の力の差を示しているようで、セシリアにとってはおもしろくない。
(くっ、こんな程度の攻撃をさばくので精一杯なんて……っ!
 こんなことでは――)







「『サイレント・ゼフィルスには勝てない』……か?」







「――――――っ!?」
 ジュンイチの言葉はまさに突然にして図星。思わずセシリアの身体が強張り――そのために動きも止まってしまった彼女に、ジュンイチの放ったエネルギー弾が直撃する。
 それだけではない。セシリアが被弾した拍子にスターライトMkVが暴発、放たれたビームがジュンイチを直撃する。
「セシリア!」
「ジュンイチ!」
 シャルロットや一夏が声を上げる中、爆炎の中からセシリアが吹き飛ばされてきた。PICがマニュアル制御だったためだろう。立て直すこともできずに頭から墜落してしまう。
 一方のジュンイチは――
「……予想通り、アイツの撃墜で終了、か……
 事前に鷲悟兄達に謝っといて正解だったな」
 上空、被弾した時にいたそのままの位置に、無傷のまま姿を現した。
「ほんの一言、名前を出すだけでコレかよ。
 アイツもアイツで、また難儀な状態になってるな……」
 眼下で鷲悟達がセシリアに駆け寄っていくのを見下ろしながら、軽くため息をつく。
(とはいえ、対サイレント・ゼフィルスのためには、同型機のブルー・ティアーズの果たす役割は決して小さくない……
 立ち直るきっかけが、何かあればいいんだけど……)
 そんなことを考えながら、チラリと楯無へと視線を向ける。
 鷲悟達がセシリアをレスキューする光景を見守りながら、その口元を開いた扇子で覆っている――








 ――その扇子には、『お手並み拝見』と書かれていた 











 その後、一夏と鷲悟が挑戦。一夏がマニュアル制御ができないことに関して、鷲悟が砲撃の手加減ができないことにそれぞれダメ出しを受けに受けて、その日の特訓は終了した。
 おかげで心身ともにヘトヘト――そんな疲れきった身体を引きずって、一夏は何とか自室へと戻ってきた。
 ガチャリ、と音を立ててドアを開けて――


「お帰りなさい。
 ご飯にします? お風呂にします? それともわ・た・し?」
 ――バタンッ。と扉を閉める。目の前にあったものを否定するかのように。
 目を閉じ、状況を整理する。
 建物……一年生寮。
 現在位置……自分の部屋の前。表札の『織斑』の二文字を確認する。
「……どうした? 織斑一夏」
「って、忍……?」
 そんな一夏に声をかけてきたのは忍だ。
 見れば、彼女はまさに一夏の部屋のとなり、1024号室に入ろうとしているところで――
「――って、なんだ、おとなりさんなのか」
「そのようだな。
 そしてお前は何をしている?」
「いや、楯無先輩が……」
「楯……生徒会長の更識楯無か?
 どうしてここで彼女の名前が出る? ここは一年生の寮だろう?」
「だよな? そうだよな? 楯無先輩がいるワケないよな?
 うん、さっきのだって夢か幻だろう。いくら何でも楯無先輩が裸エプ……おっと」
「裸……?」
「な、何でもない、何でもっ!」
 首をかしげる忍に答え、一夏はごまかすようにドアを開け――
「お帰り。
 私にします? 私にします? それともわ・た・し?」
「選択肢がないっ!?」
「あるよ、一択なだけで」
 思わずツッコむ一夏に対して、裸エプロン――いや、よく見ると、ちょうどエプロンに隠れるように水着を着込んでいる。とにかく、そんな際どいいでたちの楯無が笑顔で答える。
「っていうか、オレの部屋で何してるんですかっ!」
「そうですよ、会長。
 織斑一夏にハニートラップを仕掛けるのであれば、もっと胸を強調したポーズでですね……」
「忍もツッコむところはそこじゃないっ! 傭兵らしい発想だとは思うけどっ!
 とにかくっ! 何してるんですか、先輩っ!」
「ん。今日から私、ここに住もうと思って」
「は…………?」
「んー、いやぁ、みんなに自慢できるなぁ。まだひとりしか女の子の住んだことのない織斑くんの部屋かぁ。私ってば、二人目の女?」
「オレが連れ込んだみたいに言わないでくださいっ!」
「会長、それは……」
 ツッコむ一夏のとなりで何かに気づいた忍だったが、そんな彼女に対し、楯無は人さし指をピッと立てて沈黙を促す。
「そもそも、ここは一年生寮で……」
「生徒会長権限」
 さやかな一夏の抵抗も、あっさりジョーカーを切ってきた楯無によってつぶされる。
 それでもなんとか楯無を追い出そうと知恵を絞り、周囲に視線をめぐらせて――気づいた。
 『ここに住む』と言い出すだけあって、すでに部屋には楯無の私物らしきものも持ち込まれている。
 問題はその私物が――
(……段ボール箱とかそういう次元じゃなくて、すでに荷解き終了ですか……)
 すでに準備万端にセッティングされていることであった。



 そんな、家主が頭を悩ませている部屋に向け、急ぎ歩を進める人物がいた。
「ったく、あんにゃろ、まさか一夏の部屋に直接乗り込むとはな……っ!」
 ジュンイチだ。不機嫌ぶりを隠そうともせず、大股で廊下を突き進む。
「そんな大胆な行動に出れば当然目立つ……どうしてあぁも挑発するようなことばかり――」
「――ジュンイチさん」
 そんなジュンイチを呼び止める者がいた。
「セシリア……?」
「少し……お話、よろしいですか?」
 問いかけるその表情は真剣そのもので――都合を尋ねるその言葉がただの飾りに過ぎない、事実上の強制連行宣言であることを言外に告げていた。





ドタバタと
  いろんなものが
    動き出す


次回予告

楯無 「フフフ、生徒会長、更識楯無よ。
 いやー、一夏くんや柾木くんの周りは退屈しないねぇ」
一夏 「いや、現状その“退屈しない状況”を作っているのは先輩ですから」
楯無 「あら、そう?
 私にだって、いろいろと悩むことはあったりするのよ?」
一夏 「たとえば?」
楯無 「それは秘密です♪」
一夏 「うっわー、すっげぇウソくせーっ!」
鷲悟 「次回、IB〈インフィニット・ブレイカー〉!
   『楯無旋風全開! 鷲悟と一夏のドタバタデイズ』
   
楯無 「宇宙を守れ、トランスフォーム!」
「会長、番組が違います」

 

(初版:2012/01/11)