「………………♪」
篠ノ之箒は機嫌がよかった。
理由は単純にして明解。
今月に入って初めて作った料理がかなり出来がよかったからだ。
この自信作を一夏が食べた時の反応を予想すると、自然と足も早くなる。自分では抑えようがないし、また抑えるつもりもない。
(昔はこれがアイツの好物だったからな)
母親直伝のいなり寿司。一夏は剣道修行の後、これをたっぷりと味わうのが好きだった。
そんな昔の思い出を懐かしんでいる内に、一夏の部屋の前にたどり着く。
(さて、なるべく平静を装って……)
軽く咳払いして、静かにドアをノックする。
……反応がない。
ノックが軽すぎたか――そう思い、もう一度強めにドアをノックすると、今度は反応があった。中から一夏の声がする。
〈は、はい、どなたですか?〉
「わっ、私だ。差し入れを持ってきてやったぞ」
〈げっ、箒!?〉
(『げっ』とは何だ。『げっ』とは……っ!)
少なからずこめかみが引きつるが、それでこの自信作を一夏に食べさせるチャンスを逃してなるものかとなんとか怒りを抑えて続ける。
「入ってもいいか?」
〈……す、すまん。ダメだ〉
「………………っ」
あっさりと怒りのリミッターは振り切れた。衝動的にドアノブに手をかける。
――開かない。どうも一夏が内側から押さえているらしく、その必死な様子に箒の疑念はますますふくらむ。
〈わ、悪ぃ。 今度、な? また今度ってことで……〉
〈一夏くん、何してるの?
あ、わかった。浮気がバレるから必死なんだ?〉
「――――っ!」
最後の抑えが吹き飛んだ。一夏の声に続いて聞こえた女子の声に、箒は紅椿の武装である日本刀だけを限定展開するとドアを一刀のもとに両断した。
「のわぁぁぁぁぁっ!?」
「一夏、貴様……っ!」
「わぁぁぁぁぁっ!
待て待て! 箒! 誤解だ!」
「何が誤解か! そこへ直れ!」
「まぁまぁ、落ち着いて。冗談だから」
今にも一夏に斬りかからんとする箒を、楯無がやんわりと抑える――が、そんな楯無の服装を見た箒の動きが止まる。
ムリもない。今の楯無は水着にエプロン――しかもエプロンが水着を隠すように着こなしているのだ。正面の箒から見れば、楯無の姿はまさしく裸エプロン状態だ。
「…………一夏ぁっ!」
「待て! あの格好はオレの仕業じゃないぞっ!?」
「黙れっ!
女子を連れ込み、あろうことは破廉恥極まりない行為をしおって……恥を知れ!」
びゅんっ! と風切り音を立て、日本刀が一夏目がけて振り下ろされて――
「そこまでだ」
弾かれた。
ISを完全展開、飛び込んできた忍が、両手の小太刀で箒の刃を横から打ったのだ。
「――忍!? お前もいたのか!?」
「更識会長の言葉が聞こえなかったのか?
『冗談』だと言った――あの格好も含め、すべては会長の悪ふざけだ。偶然とはいえ一部始終に立ち会った私が保証しよう」
「うるさい!
だとしても、享受した時点で一夏が悪い!」
「フンッ、自分がしてやりたくても恥ずかしくてできないことを、たかが“冗談”であっさりやられたからと言って、そういきり立つこともなかろう」
「――――っ!
きっ、貴様ぁっ!」
忍の指摘に、箒はそれまでとは別の意味で顔を真っ赤にすると忍に向けて刀を振り上げ――
「あのさぁ、忍」
そんな声が一同の間に割って入り、
「自分がやりたくてもできるスタイルじゃないからって、このイノシシ女を挑発して波風立てるのやめてくんない?」
ジュンイチが、手にした爆天剣で箒の刃を止めていた。
第43話
楯無旋風全開!
鷲悟と一夏のドタバタデイズ
時間は少しさかのぼり――
「で……話って何?」
寮の廊下――人気のない一角に連れてこられ、ジュンイチはセシリアに尋ねた。
「何かまたあのクソ会長が一夏がらみで騒ぎになりそうなことしでかしてくれたらしいから、オレとしては早く止めに行きたいんだけど」
「今度は何をしたんですの? あの方……」
「心配するな。
お前らにとっては日常の一コマだ」
「………………?
まぁ……そういうことでしたら、いいですけど……」
そーいえばコイツも鷲悟兄と同居してるんだよなー、しかも公式に……などと思い出しながら答えるジュンイチに首をかしげるが、セシリアは気を取り直して本題に入った。
「では、お急ぎのようですから単刀直入に。
“サイレント・ゼフィルス”の名を、どこでお知りになったんですの?」
「束のラボ」
あっさりと答えは返ってきた。
「って言っても、最初から全部知ってたワケじゃないけどな。
イタリアの一件で、アイツには返さなくちゃならない借りができたからな。改めて調べて、たどり着いた。
元々はお前さん達のところの機体らしいな――お前のブルー・ティアーズに続く、ティアーズ型の二号機……」
「えぇ。
何者かによって奪われ、以来行方がわからなくなっていたんですけど……」
「イタリアでオレ達の前に現れた……か」
その言葉にセシリアがうなずく――ため息をつき、ジュンイチは告げた。
「セシリア……」
「“サイレント・ゼフィルス”から手を引け」
「な……っ!?
どうしてですの!? わたくしでは、彼女には勝てないとでも!?」
「それもある」
声を上げるセシリアに対し、ジュンイチはあっさりと肯定した。
「けど、それだけじゃない。
お前がヤツを倒すと、いろいろとマズイんだよ――“お前自身にとって”」
「どういうことですの!?
わたくしの祖国の機体が奪われ、それが元で鷲悟さん達にもご迷惑をかけているのに……」
「……本っ気でわかっていないみたいだな」
セシリアの言葉にもう一度ため息をつき、ジュンイチは続けた。
「いいか?
お前が“サイレント・ゼフィルス”を討つってことは……」
「鷲悟兄達が“仇”と狙う獲物を、横取りすることに他ならないんだぞ」
「………………っ!?」
ジュンイチのその言葉に、セシリアは思わず息を呑んでいた。
「お前らにはわからないだろうけどな……復讐心って、よく炎にたとえられるだろ?
アレ、けっこう正解なんだわ。“相手を裁かなければならない”という想いを燃料に燃え続ける、憎しみの炎……
そしてその炎は、対象を焼き尽くすまで燃え尽きることは許されない。
仮にその対象が失われた時には、その炎は行き場を失う。
失って……歪み、弾ける」
ジュンイチの言葉に言い知れないプレッシャーを感じて、セシリアは何も返すことができない。
「復讐を遂げる、っていうのは、当事者にとっては何にも勝る神聖な権利だ。
誰であっても、それを侵すことは許されない。阻むことも、獲物が自分以外の者の手にかかることも、決して認めることはできない。
復讐のターゲットとなった者に許されるのは、ただ復讐者の手にかかって死ぬことだけ。ジャマする者は……すべてが敵。
復讐っていうのは……そういうものだ」
「……まるで、自分に身に覚えがあるような言い方ですわね」
ようやくそれだけは口にできたセシリアだったが、ジュンイチは応えない。
「現状、お前が“サイレント・ゼフィルス”を討てば、それは鷲悟兄達から復讐の矛先を奪うことになる――そしてそれは、鷲悟兄達にとって何よりも許されないことなんだ。
あの狂気が、今度を復讐を阻んだお前に向くことになる――その覚悟がお前にあるのか?」
「では、ジュンイチさんは鷲悟さん達に復讐を遂げさせるべきだとおっしゃるんですの?
仇討ちを……復讐を正当化されますの?」
「そこを論じる権利はオレにはねぇさ」
聞き返すセシリアに、ジュンイチはそう答えた。
「オレに言えるのは、復讐を遂げさせることの危険性くらいかな。
復讐者は、ただ復讐を遂げることだけ、そのためだけに己のすべてを注ぎ込む――だがだからこそ、復讐を遂げた後、復讐者には何も残らない。
あるのはただ、完全な……虚無だ。そこからまた這い上がることは、並大抵のことじゃない」
「わたくしの質問の答えになってませんわね。
ジュンイチさんは復讐を肯定なさいますの? 否定なさいますの?」
「両方」
あっさりとジュンイチはそう答えた。
「復讐を遂げさせることの危険性は先に語った通りだ。だからオレは復讐を否定する。
かと言って、止めることの危険性もわかる――お前が“サイレント・ゼフィルス”を奪還するため、その操縦者を討つことがそれとイコールであることもな。
だから止めるワケにもいかない――そういう意味では、復讐を肯定しているとも言える」
「そんな……
だったらどうすればいいとおっしゃいますの?」
「抜け道ならある」
声を上げるセシリアに対して、ジュンイチはあくまでも淡々と続けた。
「復讐を遂げさせるワケにはいかない。けど、止めれば止めた者に危険が向く。
だったらどうすればいいか? 答えは簡単だ。
“止めたことで生じる危険を、引き受けられる人間が止めればいい”」
「ジュンイチさん……
あなた、まさか……」
「お前にとっても悪いことするな。すまない」
そう答えて苦笑して――すぐに表情を引きしめて、ジュンイチは告げた。
「“サイレント・ゼフィルス”は……オレが討つ」
「……えっと……」
正直、鷲悟がそれを見かけたのは偶然だった。
セシリアとジュンイチ、二人が廊下の一角で話している――気になって、気配を殺して様子をうかがう。
ジュンイチのバケモノじみた気配察知から逃れるため、気配を消した状態でもかなりの距離を取らなければならない――オマケにジュンイチが力場を駆使して消音をかけているのか、二人の声を拾うこともできない。
しかし、セシリアの表情からそうとうに深刻な話をしていることはなんとなくわかった。
やがて話が終わったのか、セシリアは頭を下げてジュンイチから離れていく――ジュンイチも足早に去っていくのを見送って、鷲悟は息をついた。
なんとなくその場を離れる気にならなくて、壁に背を預けて、考える。
(……セシリア、真剣だったな……
あんな真剣なセシリア、初めて見た……)
今までの戦いの中ですら見たことのなかったような、セシリアの真剣な表情――ジュンイチへと向けられていたその表情が頭の片隅に引っかかる。
(オレには……あんな本気の顔、見せてくれたことなかったな……)
そこまで重大な状況が今までなかった、と言ってしまえばそれまでだろう。
しかし、セシリアが今まで“本気”を見せてくれていなかったのだと、なぜかそう思えて――言い知れない寂しさを覚え、鷲悟はもう一度、深々とため息をつくのだった。
自分とセシリアの密会を鷲悟に目撃されていたことにジュンイチが気づかないまま、時間は現在に戻り――
「そこのクソ会長の“突撃”の話を聞いて、(途中足止めされながら)来てみれば案の定……」
自分の剣で箒の斬撃を受け止めたまま、ジュンイチは軽くため息をついた。
「つか、篠ノ之箒、お前もお前だ。
いい加減、キレたら即ISで斬りかかるクセ、なんとかしろよ――感情で剣を振るって大ポカやらかした臨海学校での一件がまるで活きてないぞ」
「うるさいっ!
お前には関係な――」
「あるに決まってんだろ」
言い返した箒の視界からジュンイチの姿が消える――次の瞬間、箒の頬に冷たいものがあてられた。
「これから教える子に殺人なんぞやられたら、困るに決まってるだろ」
冷たい感触の正体はジュンイチの爆天剣の刃――その気になればいつでも殺せると言外に告げられ、箒は刀を手放して降参を示した。
「ったく、オレもいろいろやらかすクチだからあんまり言いたくないけどさ……会長、アンタの手口は少しタチ悪すぎ」
「あら、そう?
男の子だったら大喜びのシチュエーションだと思うんだけど」
「否定はしないが人にもよる。
少なくとも一夏はそれで素直に喜べるタイプの人間じゃねぇってこった……枯れてるし」
「なるほど。勉強になるわ。
つまり、枯れてる一夏くんに色仕掛けをするにはもう一工夫必要、と」
「『枯れてる』『枯れてる』ってうるさいよっ!
アンタら、ホントに仲悪いように見えてコンビネーションいいよなっ!」
ジュンイチと楯無のやり取りに、一夏が力いっぱい言い返す。
箒がジュンイチによって鎮圧された後、制服に着替えた楯無を交えた五人は箒の持ってきたいなり寿司をつまんでいた。
そう、五人――忍も自室に戻ることなくこの場に残っている。
「そもそも、何しに現れやがった、アンタ」
「んー、そうね。
箒ちゃんもいることだし、さくっと説明しちゃいましょうか」
「私……ですか?」
「そう。
紅椿のことでね」
ジュンイチへの答えのはずがいきなり話を振られ、戸惑う箒だったが、自身のISのことだとわかると表情を引きしめた。
「紅椿の“単一仕様能力”の“絢爛舞踏”、発動しないんだって?」
「そ、それは……」
チラリ、と箒は一夏を見る。『言ったのか?』と視線で追求され、一夏はぶんぶんと首を左右に振る。
「あー、その話か。
紅椿のデータベース上には、ちゃんとデータが残ってるんだろ?」
「あ、あぁ……」
ジュンイチもそのことは把握していたようだ。問われた箒は戸惑いながらもうなずいた。
「ふむ。
“単一仕様能力”は操縦者の精神状態がISと完全に同調した状態でなければ発動しないと聞くが……」
「えぇ、そうね。
忍ちゃんの言った通りよ――箒ちゃん、前に発動した時のこと、覚えてる?」
「え、えぇ、まぁ……」
「あの時の気持ちを再現できれば、ISは応えてくれるわよ」
「あ、あの時の気持ち、ですか……?」
あの時、“絢爛舞踏”は一夏への想いによって発動したようなものだ。恥ずかしそうに視線を泳がせ――ふと思った。
「――待ってください。
となると、“単一仕様能力”である“零落白夜”をポンポン撃っている一夏は……?」
『………………』
その言葉に、全員の視線が一夏に集まり――
『…………あぁ、主従そろって単純なのか』
「みんな実はオレのこと嫌いだろ!?」
声をそろえてこき下ろされ、先ほどからいぢられ役に置かれている一夏からツッコミの声が上がる。
「話を戻すけど、“単一仕様能力”が発現しても、発動させられないんじゃしょうがねぇな。
単体運用より集団運用向きの能力だけど、使えるに越したことはないし……箒の修行はその辺を考えて進めないといけないってことか……」
「あら、自信ないの?
だったら私が代わりに教えてあげようかしら?」
「るせぇ。
元々鷲悟兄と一夏の分しか指導宣言してねぇクセしてしゃしゃり出てくんな」
名乗りを上げる楯無をジュンイチが一蹴すると、今度は箒が楯無に対して尋ねた。
「ところで、あの……さっきから気になっていたのですが」
「ん?」
「この部屋、先輩の私物がありませんか……?」
「うん。しばらくここで暮らすから」
「なっ!?
ど、どうしてですか!?」
「んー、しばらく一夏くんと鷲悟くんの特別コーチをすることになったから、だね。
この二人の内、よりみっちりやらないといけないのは一夏くんの方――だから、一緒に生活することで一挙手一投足を観察して、より一夏くんのことを知ろう、とね」
驚く箒に答える楯無であったが、
「それについてなんだがな、楯無さんや」
そこへジュンイチが口をはさんできた。
「そのことは、ちゃんと取るべき許可を取ってやってるのか?」
「気にする事はないわ。
だって私は生徒会長。生徒達の長として必要ならどこにだって――」
「そっちが生徒会長権限なら、こっちは寮長権限じゃ」
答える楯無に言い放ち、ジュンイチが見せたのは紛れもなくこの部屋のカギだった。
「正式に千冬さんからこの部屋を割り当てられた――『男同士だから』ってね。
と、いうワケで、非公式に居座ろうとしている人には出てってもらおうか」
「むむっ、そう来たか。
教官役のことといい、本格的に織斑先生を味方につけてきたね」
「公式な許可は何にも勝る錦の御旗だからな。
わかったらとっとと出てけ居座り強盗」
「くっ……いいわ。今回は勝ちを譲ってあげる。
けど、次はこうはいかないんだからねっ!」
ジュンイチの言葉に、楯無は素直に負けを認めた。そう捨てゼリフを残して颯爽と部屋を後にしていき――
「……荷物持っていかない辺り、戻ってくる気マンマンだよなー」
「つか、『次』があるのか……?」
ツッコむジュンイチのとなりで、一夏は今後の波乱の予感を感じてその場に崩れ落ちるのだった。
波乱、その一。
「あー、一夏くん、お帰りー」
「来てたんですか、楯無先ぱぃいっ!?」
部屋に戻ってくるなり、当然のように上がり込んでいる楯無に気づいた一夏の声は一瞬にして悲鳴に化けた。
嫌がらせか何かなのか、ジュンイチのベッドでゴロゴロしてベッドメイクを乱しまくっている楯無だが――問題はその格好だった。
下着姿にワイシャツというラフな格好――思わずきびすを返す一夏だったが、廊下に逃げ出すとまた誰かしらに飛び火すると思い留まり、かろうじて洗面所に退避する。
「あれー? どうしたの、一夏くん」
「ど、ど、『どうしたの』じゃないですよ!
人の部屋でなんて格好してるんですか!」
「って言っても、着替えとかこっちに置きっぱなしだものねー」
「ジュンイチが再三言っても持って帰らないのは先輩じゃないですかっ!
つか、着替え目的ならなんでそんな格好のままなんですか!」
「んー、ついでに巧いと評判の一夏くんのマッサージをお願いしようかと思ってねー」
楯無の声と共に、トテトテという足音がドア越しに聞こえてきて――
「……ドアが開かない」
「当然です。オレが押さえてますから」
「むむっ、往生際が悪いなー。
さぁさぁ、観念して私に評判のマッサージゃっ!?」
楯無の言葉が途切れた。
「ほぉほぉ、マッサージをご希望か」
その声に一夏が扉を少しだけ開けると、こめかみをピクピクとひきつらせたジュンイチが背後から楯無の頭を鷲づかみにしていた。
「そういうことなら、オレがやってやろう。
オレのマッサージはよく効くぞー……“効く”だけだが」
「き、『効く“だけ”』って何かなー?
できればお姉さん、ソフトな方がご希望なんだけど……♪」
「良薬口に“殺し”!」
「『苦し』でしょそこは! 殺人級!?
いや、やっぱり私は一夏くんにぁあぁぁぁぁぁっ!」
勝敗……ジュンイチの勝ち。
波乱、その二。
「それでは、今日はここまでで」
四時限目の授業が終わり、教室内はにわかに騒がしくなってくる。
「一夏、学食行こうぜ」
「あぁ、そうだな」
いつものように鷲悟が声をかけてきて、セシリア達もそれに乗っかってくる。そのままみんなで学食へ……と思ったその時、
「お邪魔します」
「ちーっス」
教室の前後の扉が開く――入ってきたのは楯無とジュンイチだ。
「メシ作ってきたぞーっ!」
「たまには教室で食べましょうか」
などと口々に言うだけあって、二人の手には重箱らしき包みが握られていた。同時に一夏の机の上にそれを置くと、二人は競い合うように机とイスを会食モードにまとめていく。
あっという間に机とイスが整い、二人は弁当を広げていく――その内容に、周りで見ていた女子達からため息がもれる。
「ぅわ、会長の超豪華……」
「ジュンイチくんの、おいしそう〜……」
楯無の弁当は基本的に食材で攻めてきていた。伊勢エビやホタテなど、もはや“お弁当”ではすまないレベルの高級食材が顔をそろえている。
一方のジュンイチはオーソドックスなメニューばかり。楯無の弁当のような“華”はないものの、それだけに調理のレベルの高さが伝わってくる。作り手の腕で攻めるタイプの弁当だ。
「あら、映えのないお弁当ね。
学業の間の貴重な息抜き。やっぱり華がなくっちゃ」
「わかってないな、会長サマ。
貴重な息抜きだからこそ、実際食った時の充足感を追及すべきだろうが」
楯無とジュンイチ、二人の間でバチバチと火花が散り――次の瞬間、二人の視線が手近なところにいた鷲悟に向いた。
「鷲悟兄! オレの弁当の方がいいよな!?」
「あら、私の豪華なお弁当の方がいいわよね?」
言って、二人がまたバチバチと火花を散らす――なので、鷲悟はため息をつき、告げた。
「とりあえず……二人とも」
『ん?』
「食事は仲良く」
『…………はい』
勝敗……ドロー。
波乱、その三
(はぁ……今日も疲れた……)
ドタバタ的な意味でも、ISの訓練的な意味でも。
日常においては何かにつけて張り合うジュンイチと楯無だったが、ISの特訓についてはお互いの職業意識の高さのなせる業か、いざ始めてみると意外にお互いの住み分けをきっちりやっていて特にぶつかり合うこともなかった。ちなみに今日の教官役は楯無だ。
ただ、その分二人とも指導に全力を傾けてくるためかなり厳しい特訓となっていた。鷲悟達は元々のレベルの高さからなんとかこなせているが、一夏にしてみればついていくだけでも精一杯の状態だ。
とにかく、特訓の汗を流そうと脱衣所へと向かい――
「ハ〜イ、一夏くん♪
……むむっ、シャワー中かな? じゃ、お背中流してあげよっかなー?」
(げげっ!?)
部屋に楯無がやってきたようだ。とっさに息を殺して身を潜める。
幸いまだ制服は脱いでいないため、逃走は比較的容易と言える――今にもここにやってきそうな楯無から逃れられれば、の話だが。
さて、どうやりすごしたものかと考えをめぐらせて――気づいた。
入ってきた際には、直後に現れた楯無の登場に気を取られていたが――
「ハァイ、一夏くん♪
お背中流してあげるわよ〜♪」
上機嫌の楯無がシャワールームに突撃してきたのは、それからすぐのことだった。
その格好は学校指定のスクール水着で、紺色の布地にヒロインズの中でも一、二を争うナイスバディがなんとか押し込まれている、といった具合だが――
「……何血迷ってオレんトコに突撃してんだ、アンタ」
「あ、あれ……?」
シャワールームにいたのはジュンイチであった。
「おっかしいなぁ……?
確かに、一夏くんの気配がこっちからしたのに……」
「あぁ、一夏なら……」
ジュンイチが答えようとした時、脱衣所のドアが、そして部屋のドアが開き、閉じる音がした。考えるまでもなく一夏だろう。
そう。一夏が入ってきた時点で、すでにジュンイチがシャワーを使っていたのだ。なので一夏は脱衣所の扉の死角に身を潜め、そうとは知らない、“シャワールームにいるのは一夏”という先入観に捉われた楯無がシャワールームへと突撃したのを見計らって無事脱出……というワケだ。
「むむ、一夏くんもなかなかやるようになってきたものだね」
「ま、成長してるのはいいことだろ」
「それもそうね。
……で、それはそうとジュンイチくん」
「ん?」
改めて声をかけられ、首をかしげるジュンイチに対し、楯無は彼のある一点に注目し、
「……クスッ。かわいい♪」
「がはぁっ!?」
何についてのコメントかは、ジュンイチの名誉のためにも言わぬが華、であろう。
勝敗……楯無の勝ち。
「……あ〜……」
疲労困憊、といった様子で、一夏がテーブルに突っ伏す。それを、いつもの面々が苦笑まじりに見守っている。
夕食時の寮の食堂……なのだが、まったく食欲がわかない。
それほどまでに疲労感がすごかった――主に精神面の。
「一夏、お疲れさま」
「あー、シャルロットか……」
「お茶飲む? ごはんは食べられなくても、せめてそのくらいは」
「おぅ……サンキュー」
とりあえず顔だけは上げる――みんなそれぞれに夕食を食べていた。うまそうなのだが、それでも食欲がわいてこない。
「はい、一夏」
「サンキュー」
シャルロットからもらったお茶を飲む。適度にぬるくて、少しは気持ちが落ち着いた。
「とりあえず……今日は休むわ。
少しでも回復すれば、それなりに食欲もわくだろ」
「あぁ、ゆっくり休め」
「お疲れ、一夏」
箒と鈴の労いを受けながら、部屋に戻る。
今はとにかく、少しでも休みたい。そんなささやかな願いと共にドアを開け――
「お帰りなさい。
お風呂にします? ご飯にします? それともわ・た・し?」
「………………」
まったくこりることなくいつぞやの再現をかましてくれた楯無に、一夏は思わずその場にヒザをついたのだった。
「……鷲悟兄、最近お疲れみたいだな」
「そう思うなら、少しは鷲悟さんを振り回すのを自重なさったらどうなんですの?」
「それはあのクソ会長に言えってんだ」
並んで廊下を歩きながら、ジュンイチとセシリアが言葉を交わす――先日の密会以来、“サイレント・ゼフィルス”の関係で事情を抱えるもの同士、こうして会えば軽く話をするのが自然な流れになっていた。
「でも……安心もしてます。
おかげで鷲悟さん、復讐心とかも薄らいでるみたいで……」
「バーロー。あんなのちっとも薄まってねぇよ。
単にドタバタしててそれどころじゃないだけ――落ち着いてきたら簡単にまたぶり返すぞ」
「そ、そうなんですの……?」
「まぁ、とりあえず学園祭は復讐を忘れて楽しめそうで何よりだけどな」
「……えぇ……」
ジュンイチの言葉に、セシリアが息をつく――その様子に、ジュンイチは軽く肩をすくめ、
「心配なんだろ? ウチの兄貴が」
「当然ですわ」
迷うことなくそう答え――その上で、セシリアはジュンイチに尋ねた。
「ジュンイチさん……」
「ん?」
「本当に……“サイレント・ゼフィルス”を討つおつもりですの?
鷲悟さん達に恨まれることになるのを、承知の上で……」
「おぅともよ」
こちらも迷うことなくうなずいた。
「それなら、鷲悟達はオレへの怒りという形で意志を保っていられる……それを糧に、生きる活力を持ち続けられる。
“怒りは絶望よりも役に立つ”――某ターミネーターさんも言ってたことだぜ」
そう答えると、ジュンイチはセシリアと別れ、自室へと戻っていった。
「…………またか」
今日もまた、偶然だった。
偶然、ジュンイチとセシリアが一緒にいるのを目撃し――鷲悟は眉をひそめた。
「最近、よく一緒にいるよなー、あの二人。
……うん、一緒にいるよなー……」
なんとなくつぶやいて……言いようのない不安を感じる。
何の確証もない話だが、あんな姿を見た後ではどうしても考えてしまう。
「……ひょっとして、セシリアのヤツ……」
「……ジュンイチのことが、好きなのかな……?」
学祭を
前に誤解が
芽を出して……
次回予告
ジュンイチ | 「よっ。ジュンイチだ。 いろいろドタバタしながらも、いよいよ始まる学園祭!」 |
鷲悟 | 「生まれて初めての学園祭! 今日は思いっきり楽しむぞーっ!」 |
ジュンイチ | 「忘れてないだろうな? 楽しむのはいいけど……」 |
鷲悟 | 「あぁ。わかってるさ。 出し物投票、一位取るぞーっ! 次回、IB〈インフィニット・ブレイカー〉! |
『一世一代お祭り騒ぎ! IS学園、学園祭!』」 | |
一夏 | 「さぁ、張り切っていこうか!」 |
(初版:2012/01/18)