さて、いろいろありはしたが、ついにやってきた学園祭当日。
 一般に開放されるワケではないため大々的に花火が上がるようなことはないものの、そんなものは関係なしに生徒達のテンションはMAXぶっちぎりの様相を呈していた。
 “開始前から”コレでは、始まったらどうなってしまうのだろうか……そんなことをふと考える一夏だったが、
「いいか、お前ら!
 オレ(と一夏)の自由はこの一戦にあり!
 絶対に、勝つぞーっ!」
『オォォォォォッ!』
 正直、彼の後ろの連中も似たようなものであった。
 ちなみに、一夏と鷲悟の服装は厨房に入るということでコック服。それでも「オープンキッチンなんだから見栄えよく!」という女子の熱烈な主張によってきっちりと着こなしている。
 一方の女子はもちろんメイド服……ただし、
「……あのさ、鷲悟」
「ん?
 どーした、シャル?」
「なんで……ボクひとりだけ執事服?」
「需要がお前のメイド服を許さないんだそうだ」
 鷲悟にキッパリと即答され、ひとりだけ執事服姿のシャルロットはガックリとその場に崩れ落ちるのだった。



 一方、同じ頃、校舎正面玄関付近――
「……ん、準備完了♪」
 一通りの機材を準備し終え、ジュンイチは満足げにうなずいていた。
「すみません、案内所、お願いしちゃって……」
「あー、いいっスよ。
 入ったばかりの臨時教官を押し込めるには手ごろな窓際ポジションっスからねー、ココは」
 申し訳なさそうに頭を下げる真耶にジュンイチが答えると、校内放送で楯無による開会宣言。いよいよ学園祭のスタートである。
「始まりましたね……
 織斑くん達、張り切ってましたけど、大丈夫でしょうか……?」
「オレがブレーンについてんだ。負けやしねぇよ」
「フフフ、心強いですね。
 じゃあ、ここはお願いしますね――ヒマなようでしたら、柾木くんも学園祭を楽しんできてもらってもかまいませんし」
「ういうい。じゃーねー」
 こちらを気遣ってくれる真耶を見送ると、ジュンイチは軽く息をつき、
「心配しなくても、我に策ありじゃ。
 あのクソ会長には悪いけど――」



「最後に笑うのは、このオレだ」



 言って――取り出した携帯電話を開いた。

 

 


 

第44話

一世一代お祭り騒ぎ!
IS学園、学園祭!

 


 

 

 開始早々、一年一組の“ご奉仕喫茶”は大盛況。いきなり満席、長蛇の列といった破竹の勢いを見せていた。
 やはり、一夏と鷲悟、二人のネームバリューは大きかったようだ。「二人に接客してはもらえないのか」という声ももちろんあったが、そちらについても当初予想していたような大きな反感の声は上がらなかった。
 ジュンイチの思惑通り、『条件はみんな同じ』という公平間が反感を抑え込んだのだ。周りと同じだと安心する、人間の集団心理をうまくついた策である。
 反感が抑え込まれてしまえば後はセールスポイントがモノを言う。“男子二人の手料理が食べられる”と評判が評判を呼び、行列は途切れるどころか長くなる一方である。
 もっとも――そうなればその分忙しさも増すワケで。接客している面々はもちろん、厨房の男子二人は目の回るような忙しさに振り回されていた。常時満席であるがゆえに起きるほんのわずかなオーダーの途切れ、それだけが彼らの休息の時であった
「……料理、こんな本格的なヤツやらなきゃよかった……」
「あぁ……」
「『妥協したくない』とごねてメニュー選定全部引き受けたのはお前達二人だろうに」
 そして今、ちょうどその“オーダーの途切れ”がやってきた。深々と息をつく鷲悟や一夏に、箒が呆れ半分、といった様子でツッコむ。
「ホント、サラダとかならまだしも、中華に洋食……」
「“喫茶”って言うよりもう“ファミレス”かって勢いだものね」
「当然だろ。投票で勝つには、このくらいやらないと」
 同じく呆れた様子の清香や癒子に、鷲悟はそう答えて肩をすくめる。
「とはいえ、ここまで客の入りがすごくなるとは思わなかった……」
「当たり前でしょ。
 学園内で立った二人の男子――アンタ達二人の手作り弁当が食べられるんだから」
「あたし達はお弁当とかでしょっちゅうごちそうになってるけど、他のみんなにとっては延々並んででも食べたい一品……そういうことだよ」
「二人とも、少しは自分達のネームバリューの高さを実感すべきだと思う……」
 そう返してくるのは、お客の三人――鈴、あずさ、簪の別クラストリオだ。ちょうど今やってきたようだが……
「フフンッ、売り上げ向上に貢献してあげにきたわよ」
「そりゃどーも。
 ……お前らは二クラス共同で体感ゲームだっけ?」
「うん。
 筐体を私が作って、プログラムはあずさがジュンイチくんからもらってきて……」
 一夏の鈴への返しに簪が答える――それを聞いてギョッとしたのは鷲悟である。
「ち、ちょっと待て。
 あずさ、それって、まさか……」
「うん。
 お兄ちゃん特製のヴァーチャルシミュレーションプログラム。
 大丈夫だよ。人体に影響がないようにヴァーチャルレベルは落として使ってるから」
((人体に影響って……))
 兄妹二人のやり取りに周りの面々が冷や汗を流すがそれはさておき。
「おぅ、元気に忙殺されてっかー? お前ら」
 と、この企画の仕掛け人がここで登場――気楽にあいさつしながら、ジュンイチが姿を現した。
「む、ジュンイチ……?」
「そういえば、今朝から見てなかったけど……」
「……お前ら、オレが教官待遇で学園ここにいるってこと、忘れてるだろ。
 普通に先生方の準備の手伝いだよ――あと、窓際部署あんないじょも任されてるし。
 今こうしてここに来たのだって伝令だしな。放送じゃ聞きそびれるバカもいるだろう、ってことでな」
 ラウラやシャルロットに答えると、ジュンイチはコホンとせき払いして、
「じゃ、連絡事項伝えるぞー。客の子達も無関係じゃないから聞いとくように。
 『個人招待客の入場許可時間は今から30分後の午前11時から。誰かしら招待してる子は、忘れないようにちゃんと迎えに行ってやること。
 あと、学園内では招待客の所在確認に責任を持つこと。待ちぼうけくわせる程度ならともかく、迷子なんぞ発生させてオレの手をわずらわせやがったヤツは“アイアンメイデンの刑”に処す』……以上」
「間違いなく途中からアンタが付け足したでしょ。『アイアンメイデンの刑』って何よ」
 すかさず鈴がツッコんだ。
「ま、要するに招待した相手がいる子はちゃんとエスコートしてやりなさいよ、と、そういうこと。
 とりあえず、オレもこの後迎えに行くけど、お前らも忘れんじゃねぇぞ」
 ジュンイチがそう言って――止まったのは彼のお仲間ご一同である。
「……ジュンイチ。
 『迎えに行く』って、まさか……」
「ん? あぁ、束呼んだけど?」
「ね、姉さんを!?」
 当然のように一夏に答えるジュンイチの言葉にギョッとしたのは箒だ。
「仕方ねぇだろ。他に渡す相手なんかいないんだし。
 鷲悟兄なんて、正真正銘渡す相手いなくて、困り果てた末にアレクサンダーのおっちゃんだぜ?」
「アレクサンダーさん?
 じゃあ……アタシもカレンにチケット送ってるから、あそこは親子で来れるんだ……」
 ジュンイチの言葉に鈴がつぶやくと、
「カレンちゃんか……あの子もあの子でなかなかいい子よね。
 IS操縦者としても優秀だし……早く正式転入してきてくれないかしら?」
「やっぱり現れやがったな、クソ会長」
 姿を現し、感慨深げに言うのは楯無だ。『期待』と書かれた扇子を手につぶやく彼女に、ジュンイチがため息まじりにツッコんで――
「………………」
「って、簪ちゃん?」
 一方で、簪はそそくさとあずさの後ろ、楯無から死角になる位置に隠れてしまう。
 それはともかく――
「つか、なんで楯無までメイド服なんだよ?」
「あら、いけない?」
「それ着てるからには働いていけよ、てめぇ」
「なんで?」
「それはここで働く人間の着る服だからだ」
 しれっと応える楯無と即答するジュンイチとの間で火花が散る。「またか……」と周りがため息をついていると、
「どうもー、新聞部でーす。
 話題のご奉仕喫茶を取材に来ましたー」
「また騒がしいのが増えやがるし……」
 カメラを片手に飛び込んできたのは新聞部のエースこと黛薫子だった。ジュンイチが額を終えてうめくその傍らで、楯無が彼女に向けて手を振る。
「あ、薫子ちゃんだ。やっほー」
「わお! たっちゃんじゃない! メイド服も似合うわねー。
 あ、どうせなら織斑くんや柾木くんとツーショットとかスリーショットとかちょうだい」
 口調こそ頼んでいるが、すでに薫子はシャッターを切っている。楯無も楯無でピースサインで応じているし、この二人の間ではこのノリが当たり前なのかもしれない。
「そうそう、一夏くん、鷲悟くん。
 私がしばらく厨房を代わってて上げるから、校内をいろいろ見てきたら?」
「え…………?」
「いいんですか、楯無先輩?」
「うん、いいわよ。
 おねーさんの優しさサービス♪」
「い、いや、オレ達がいなくなるとクラスメイトからお叱りが……」
 楯無の言葉に、それでも遠慮を見せる一夏だったが――
「よっしゃ! じゃあお言葉に甘えて!
 よし行くぞ一夏! 今から行くぞ! すぐ行くぞ!」
「え!? あ、いや、ちょっ、鷲悟ぉぉぉぉぉっ!?」
 楯無の言葉に激しく反応したのは鷲悟だった。目をキラキラと輝かせた彼に引っ張られ、一夏はドップラー効果を残してその場から消えた。
「……し、鷲悟、はしゃぎすぎ……」
「ま、イタリアでの一件以来ここしばらくいろいろとため込んでたからなぁ……ここに来て一気に弾けたか」
 シャルロットの言葉にため息をつくと、ジュンイチは楯無へと視線を向けた。
「とりあえず……鷲悟兄にガス抜きの機会をくれたことには感謝しとくぜ」
「あら、そう?
 じゃあ、感謝ついでに今後私のジャマをしないでくれるとうれしいんだけど」
「それとこれとは話が別じゃ」
「そうなんだ」
「あぁ、そうだ」
『フフフフフ……』
「あーっ! そ、そうだっ!
 ジュンイチ、篠ノ之博士が来るんでしょ!? 迎えに行かなくていいの!?」
「っと、そうだな。
 じゃ、みんなも呼んだ相手の応対、忘れんじゃねぇぞ」
 怖い笑みをもらし始めた二人の姿にあわてて清香が割って入る――不穏な空気を収めると、ジュンイチはそう言い残して教室を出ていった。
「……じゃ、あたしもカレンを迎えに行くとしましょうか。
 あずさ、簪、アンタ達はどうする?」
「あ、あたしも行くー♪
 簪ちゃんは――」
「いい。誰も呼んでないから。
 じゃ、私は教室に戻るから」
 鈴に答えるあずさだったが、一方の簪はそう言うとそそくさと教室を出ていってしまった。
「…………?
 どうしたんだ? 簪は」
「……うーん……」
 首をかしげるラウラに答えかね、あずささは“そちら”へと視線を向け――
「あらら、逃げられちゃった」
 ふざけた口調だが、本当に残念そうに楯無は肩を落とした。
「何? まだかんちゃんとうまくいってないの?」
「ん、まぁ、私が何を言っても逆効果だしね」
「原因、先輩に対するコンプレックスですからねー」
 尋ねる薫子に楯無が答える――そんな楯無に告げると、あずさは簪の出ていった教室の出入り口へと視線を向けた。
「でもね……簪ちゃん。
 向き合うことをやめちゃったら、それこそ何も変えられないんだよ……」



「ちょっといいですか?」
「はい?」
 教室を飛び出しはしたものの、どこを見に行くか決めていたワケではない。とりあえず一夏がチケットを渡した相手を迎えに行こうということになったところで、一夏が突然声をかけられた。
「失礼しました。私、こういう者です」
 声をかけてきたのはスーツ姿の女性だった。慣れた手つきで名刺を取り出し、差し出してきた。
「えっと……IS装備開発企業“みつるぎ”渉外担当、巻紙礼子さん……?」
「はい。
 織斑さんにぜひ我が社の装備を使っていただけないかと思いまして」
(あぁ、また“こういう”話か)
 巻紙礼子と名乗った女性の言葉に、一夏は内心でため息をついた。
 現状、白式に装備提供を申し出てくる企業は後を絶たない。世界で唯一ISを使える男である一夏とその専用機である白式に装備を使ってもらえる、というのは、当事者達の思っている以上に広告効果が高いらしい。
(って言ってもなぁ。
 肝心の白式が嫌がる以上、オレにはどうしようもないんだけど)
 ISの後付武装に使用される拡張領域来パススロットは各機体の量子変換容量に依存する――が、それによって決まるのは主に装備の量や大きさだ。それ以外にも、コアにも相性、もっと言うなら“好み”のようなものがあり、使える装備の種類などはこちらによって決まるらしい。
 で、白式はその辺りどうなのかというと……まず射撃系は全滅。近接戦装備にしても楯も嫌がるし、“雪片弐型”、“雪羅”以外の格闘武器も受けつけない。
 あげく、追加装甲や補助推進系に至っては一切拒否。一夏が未だ標準装備のままがんばっているのも、こうした白式の“ワガママ”が原因であった。
 ……で、あるからして、巻紙を始めとするIS関連企業からのこうした勧誘は正直言って対処に困る部類の話であるワケで――
「あー、えーと、こういうのは、直接自分に言われても……
 とりあえず学園側に許可を取ってからお願いします」
「そう言わずに!」
 断ろうとする一夏の手を、巻紙は逃すまいとつかもうとして――
「はーいはいはい、そこまで!」
 割って入ってきた鷲悟に阻止された。
「他の会社を出し抜きたい気持ちはわからないでもないけどさ、一社許すと他も突撃かけてきて収拾つかなくなるんだから。
 ちゃんと他の会社と同じようにアポを取って――」
 言いかけた鷲悟の言葉が止まった。
「……鷲悟?」
「ん? あぁ、いや……
 とにかく! この話は今日はここまで! それじゃあ!」
「あ!」
 言うなり一夏を引っ張って、巻紙の追求を逃れてその場を離れる。
「悪い、助かった」
「いや、別にいいけどさ……」
 一夏に答える鷲悟だったが、その表情には困惑の色が強く現れていた。
 というのも――
(何だろう。
 一夏をかばったあの時――)

(一瞬、ものすごい勢いでにらまれたような気が……?)



「ふ、ふっ、ふっ……」
 IS学園の正面ゲート前で、ひとりの男子がチケットを片手に笑いをこらえていた。
「ついに、ついに、ついにっ!
 女の園、IS学園へと……来たぁぁぁぁぁっ!」
 一夏の友人(自称『親友』)にして夏祭りで出会った五反田蘭の兄、五反田弾である。トレードマークである赤い髪を振り乱し、歓喜の雄叫びを上げて――

「やかましい」

「がふっ!?」

 ほとんど通り魔同然の勢いで蹴り倒された。
「誰だ、こんなやかましいヤツ呼んだの……
 っと、それより束だ、束……どこで待ってんだ、アイツぁ……」
 芸術的にきれいなフォームで放たれたハイキックの主は、一夏達が巻紙に足止めされている間に先回りする形になったジュンイチだ――もっとも、姿を見ることなく撃沈された弾にはそのことを知る由もないが。
 黙らせた騒音のことなど一瞬にして忘れ去り、ジュンイチはすでに待っているはずの束の気配を探す。
「……お、いたいた。
 お〜い、束〜!」
「あ、じゅんく〜ん」
 すぐに束は見つかった。返ってくる声を頼りに正確な居場所を特定。人ごみをかき分けて束の前に進み出て――



 崩れ落ちた。



「ん? 何々? どしたの〜?」
 束の姿を見た瞬間、一瞬にして力が抜けた――不思議そうにしている束に対し、その原因についてツッコミを入れる。
「お、ま、え、なぁ……
 いったいなんつーカッコしとんじゃ25歳!」
「んー? 見ての通り、このガッコの制服だよ〜♪」
 そう。束が着ているのはIS学園の制服だった。頭のウサミミカチューシャだけはいつものままに、生徒に扮してやってきたのだ。
「いやはや、束さんは有名人だからねー。こうして目立たないように変装してきたワケだよ。
 ねぇねぇ、似合う? 似合う?」
「あー、はいはい。似合ってる似合ってる。
 つか、その制服はどっから手に入れたんだよ?」
「知ってる、じゅんくん?
 今のご時世、制服の注文もオンラインでチョチョイのチョイ、なんだよ」
「あー、いい。もうわかった。わかりすぎるくらいわかった」
 言って、ため息をつくジュンイチだったが、そんなジュンイチの顔を束がのぞき込み、
「でもねでもね、おかげで束さんは箒ちゃんのことがすっごく心配なんだよねー」
「はぁ?
 なんでその流れで箒が出てくるんだよ?」
「うん。
 この制服、『一応生徒の名義で注文しなきゃ怪しまれるかなー?』と思って、学園経由で、箒ちゃんの名義で注文したの。
 だから学園のデータにある箒ちゃんのサイズにあった制服のはずなんだけど……」
「妹のプライバシー尊重してやれよ」
「いいから聞いてよ。
 そうして届いた制服をこうして着てるんだけどねー」



「お胸のところがキツイの」



「………………は?」
「だぁかぁらぁ、お胸がキツイの。
 バインバインの箒ちゃんのサイズで注文したのに、だよ?」
 予想外のコメントに思わず呆けるジュンイチに、束は繰り返しそう答える。
「箒ちゃん、やせちゃったのかなぁ? 何かあったんじゃないかと束さんは心配だよ、うん」
「あー、安心しろ。そりゃ単にお前が育っただけだろうから。
 あと、それ絶対アイツらの前で言うなよ。若干数名が殺意の波動に目覚めそうだ」
 束に答え、ジュンイチはため息まじりに束の頭をぽむぽむとなでてやる。
「………………」
「ま、とにかくだ」
 そんなジュンイチの行動に、なでられた束が顔を赤くして停止するが、ジュンイチはかまわず立ち上がり、
「とりあえず……行こうか」
「………………」
「束?」
「う、うん、そうだね!
 よぅし! 今の束さんは機嫌がいいから、屋台の機材という機材を束さんスペシャルに改造してあげようじゃないかっ!」
「頼むからそれはヤメロ」




「……いてて、何だったんだ……?」
 一方、一瞬にして沈黙させられた弾はと言えば、襲撃犯ジュンイチ連れたばねと共に姿を消し、しばらくしてからようやく復活した。
 と――
「災難だったわね」
「は、はいっ!?」
 突然声をかけられ、驚きで飛び上がるように立ち上がる――振り向いた先に立っていたのは、眼鏡と手に持ったファイルがいかにも委員長キャラを演出している布仏虚であった。
「でも、その程度ですんでよかったわ。
 近しい人間の証言によれば、彼の行くところ、程度を問わずバイオレンスの嵐が吹き荒れるそうだから」
「は、はぁ……」
 ワケがわからないうちに昏倒させられた弾にはよく話が見えてこないが――少なくとも自分が昏倒させられたのが人災であることと、これについてのリベンジは考えない方が身のためだということはなんとなく理解できた。
「それより……あなた、誰かの招待?
 一応、チケットを確認させてもらってもいいかしら?」
「は、はいっ」
 虚に促され、弾はあたふたとチケットを手渡した。
 弾が握りしめていたためにくしゃくしゃになっていたチケットを虚は広げて確認し、
「配布者は……あら? 織斑くんね」
「え、えっと……一夏のことを知ってるんですか?」
「ここの生徒で、彼のことを知らない人はいないでしょう。
 はい、返すわね」
 言って、チケットを返す虚だったが、肝心の弾はそんな虚にすっかり見とれていた。
(こ、この人、ムチャクチャ美人……いや、カワイイ!
 なんとかお知り合いに……話題、話題……)
「あ、あの!」
「? 何かしら?」
「い、いい天気ですね!」
「そうね」
 会話終了。
(だぁぁぁぁぁっ! 何やってんだ、オレはぁぁぁぁぁっ!
 当たり障りがないにも程があるだろうがぁぁぁぁぁっ!)
「………………?」
 脳内イメージの中で頭を抱えてローリンググレイドルよろしく転げ回っている弾を不思議そうに眺めながら、虚は去っていった。
「……お、いたいた」
 鷲悟を連れた一夏がやってきたのは、それからすぐのことだった。
「おーい、弾!」
「おー……」
 声をかけるものの、己の失策を恥じに恥じている弾からは力のない返事が返ってくるのみだ。
「ど、どうした!? 何かあったのか!?」
「どうもしない……オレにはセンスがない……」
「なんだ、そんなことか」
「そんなことって、お前なぁ!」
「待て待て、暴れるな。追い出されるぞ」
「くっ……ここはおとなしくしていよう」
 一夏になだめられ、とりあえず復活した弾はひとまず矛を収め、
「……えっと……」
「あ、悪い、鷲悟。
 弾。コイツが前に話した、柾木鷲悟だ」
 会話に加われず、困っている鷲悟に気づき、一夏は彼を弾に紹介する。
「よ、よろしく……」
「あぁ、お前が一夏の言ってた特殊装備持ちか。
 五反田弾だ。よろしくな」
 いつもの威勢のよさはどこへ消えたか、おずおずと握手を求める鷲悟に、すっかり機嫌を直した弾は握手に応じ――
「よっしゃーっ! またひとり友達ゲットぉっ!」
「ぅわっ!? 何だなんだぁっ!?」
(あー、そういえばこのノリも久しぶりだなぁ……)
 一転、ガッツポーズで雄叫びを上げる鷲悟とそんな彼のリアクションに驚く弾の姿を見て、思わずそんな感想を抱く一夏であった。



「♪〜〜♪♪〜〜〜〜♪」
 男三人というある意味寂しい組み合わせではあったが、学園祭を見て回る内鷲悟のテンションは急上昇。すっかり学祭の空気にあてられて舞い上がってしまっていた。
 今も上級生のクラスでやっていた手作り“IS装甲材”アクセサリの店で買ったアクセサリ(仲間内・女性陣へのお土産用)の包みを手にご満悦――そんな鷲悟の姿に、弾は一夏に耳打ちした。
「なぁ……アイツ、いろんな意味ですごいな……
 学園祭をあそこまで楽しんでるヤツなんて初めて見るぞ」
「あー、まぁ、鷲悟にとっては生まれて初めての学園祭だしなぁ」
 答えて、一夏は先を行く鷲悟へと視線を戻した。
「けど……よかった。
 最近、いろいろあって少しふさぎ込んでたからな……一時的なものでも、元気になってくれるのはいいことだ、うん」
「……お前、なんか初孫を見守るじーさんみたいになってるぞ」
 などと話しながら校内を歩いていると、あちこちから声をかけられる。
「あ、織斑くんだ!」
「柾木くん、やっほ〜」
「後で絶対お店行くからね!」
「えへ、コック姿の二人を激写! げっと〜」
 本当に行く先々で声をかけられ、鷲悟も一夏もその応対でせわしない。
「……お前ら、ムチャクチャ人気あるじゃねぇか……」
「いやいや、ウーパールーパーみたいなもんだって」
「物珍しいから寄ってきてるだけみたいだぞ?」
「そうかぁ?
 たとえそうでもオレはうらやましいぞ。なぁ、どっちか入れ替わろうぜ」
「替われるんならそれでもいいけどな。
 IS訓練、大変だけどがんばれよ」
「はっはっはっ! 女子に囲まれるためなら、たとえ火の中水の中!」
「『弾の中』も入れとけ。
 ホントにそんな感じで命がけだぞ、IS実戦は」
「………………」
「いや、鷲悟の場合『弾の中』どころか『砲撃の中』じゃないか」
「……いのちをだいじに」
「どこのドラクエの作戦コマンドだよ」
「いや、やっぱ死にたくねーよ!」
「オレだって死ぬのはイヤだっつーの」
「普通はみんなそうなんだって」
 話しながら三人がやってきたのは、、美術部が出し物をやっている教室で――
「芸術は爆発だ!」
 ……いきなりイヤな予感全開である。
「と、いうワケで、美術部は爆弾解体ゲームをやってまーす」
「あぁっ! 織斑くんと柾木くんだ!」
「男友達も一緒だ!」
「さぁさぁ、爆弾解体ゲームをレッツ・スタート!」
 もはや自分達がプレイしていくことは確定らしい。強引に鷲悟と一夏に模擬爆弾を押しつけるのは『部長』と書かれた腕章を着けた女子だった。部長が“こんなの”な美術部の未来に一抹の不安を感じたりもしたがそれはさておき。
「えっと……まずはセンサー類を無効化するんだったな」
 配線を調べ、一夏は標的以外のコードのすき間からニッパーを差し込む。
 衝撃センサーにつながっている導線を見つけ出し、一気に切る。これでひとまず、うかつに衝撃を与えてアウト、という事態は避けられるはずだ。
「よし、ジャンパー線がなくても大丈夫なタイプだな。次は、と……」
「……一夏」
 手際よく解体を進めていく一夏に、弾が声をかけてきた。
「何だよ?」
「お前、そんなことまで学ぶのか?」
「あぁ。
 そもそもこの教室自体、コレの訓練用の教室だしな」
「安心していいよー。一夏だって最初からできたワケじゃないんだから。
 クラスに学生軍人のラウラって子がいてさ、その子に一から十まで教えられてようやく……って感じだったんだから。
 ……よし、終わり、と」
 鷲悟が口をはさんできて――彼の手の中で「ピンポンッ!」と音が鳴った。
「おぉっ! 柾木くん、クリアおめでとう!
 いやー、さすがのスピードだねぇ」
「はっはっはっ、まーねー♪」
「けど残念。
 もっと速いタイムでクリアした子がいるのよ」
「――って、え?」
「キミの弟くん。
 連れのお姉さん共々、あっという間に」
「あー、あの二人か。
 相変わらずこのテのイベントは逃さず荒らして帰っていくな、アイツは」
 鷲悟が部長とそんなことを話している間に、一夏は爆弾の解体を進めていく――
「……一夏」
「今度は何だよ、弾」
「……やっぱり、オレ普通の高校でいいや」
「? そうなのか?」
「あぁ……」
 一夏のよくわからない内に、弾はIS学園編入をあきらめたようだ。
「ま、どっちにしてもIS動かせないと話にならないんだけどな」
「それもそれでおかしいと思うんだけどねー。
 動かせなくても整備とかオペレータとか、関わっていける職種なんていくらでもあるんだから、そういうヤツら向けに学科とか作ってもいいと思うんだけど」
 一夏の言葉に鷲悟が口をはさむ――そうこうしている間に一夏の模擬爆弾も解体の最終段階に入っていた。
 最終段階、すなわち“爆弾の最終完全無力化段階”――要するに映画でよくある『青か赤か』というアレだ。ごていねいに、模擬爆弾のそれも青と赤のケーブルになっていて、正しい方を切ればクリア、間違えればゲームオーバー、という仕様である。
「弾、どっちだと思う?」
「お、オレに振るのか!?」
「まぁ、ゲームだし、好きな方を選べよ」
「う、お、おう……青か……赤か……」
 一夏から最後の選択を任され、弾がうめく……と、鷲悟は美術部の面々が自分達からけっこうな距離を置いて離れていることに気づいた。
 なんとなく“そう”思って、自分の解体した模擬爆弾をもう一段階、カバーをはがしてみる――予感的中。
 一夏に目配せして――気づいた一夏が「どうせならお前が切れよ」とニッパーを弾に渡し、二人で美術部と合流。
 彼女達から“耳栓と遮光グラス”を受け取り、装着――テンパっている弾はそんな一同の行動に気づいていない。
 やがて、弾は意を決して青のコードをパチンと切って――



 ゲームオーバーとなった模擬爆弾に仕込まれたスタングレネードが炸裂。閃光と轟音が完全防音の教室を満たした。





「あー、まだ耳がガンガンするし目がチカチカする……」
「災難だったなー」
「ちゃっかりガード固めてたヤツらにそれ言う資格ねぇよ! 特に一夏っ!」
 しれっと告げる鷲悟に弾が力いっぱい言い返す――現在、三人は美術部を後にして、いよいよ一年一組の教室へ移動中。
 そう。自分達のクラスへ移動中なのだが……
「……鷲悟」
「あぁ……」
 鷲悟と一夏、弾を案内する二人の表情は険しい。
「……どうなってると思う?」
「暴走してると思う」
「だよなぁ……」
「……いったいどういうクラスなんだ? お前らんトコは……」
 緊張した面持ちで話す二人のただならぬ様子に、思わず弾も冷や汗を流す。
「……まぁ、メンバーも予想される客も濃いヤツらばっかりだってことだよ」
「つか、むしろ薄いヤツなんていないんじゃないか?」
 自分達がその“濃いヤツら”の筆頭だという自覚はないらしい。一夏の言葉に付け加え、鷲悟はついにたどり着いてしまった教室のドアを開け――



「姉さん、恥ずかしいですから今すぐどこかで着替えてきてください!」
「えー? いーじゃんいーじゃん。じゅんくんも『似合ってる』ってほめてくれたよ?」
「柾木ジュンイチーっ!」
「えー? オレが悪いのかよ、これ?」

「わーい! 鈴ちゃん鈴ちゃん鈴ちゃん鈴ちゃんっ!」
「ちょっ!? カレン、いい加減、やめなさいって!
 つか、そのリアクション、ますますひどくなってない!?」

「まさか呼んでもらえるとは思わなかったぞ、シャルロット……
 今までの仕打ちから考えて、呼んでもらえないんじゃないかと……くっ……!」
「だ、大丈夫だよ、父さん。
 今までのことで怒ったりなんかしてないんだから……あああああ、もう、泣かないでよーっ!」

「お嬢様、そうではありません。
 メイドたる者、もっときびきびと、そしてそれでいて優雅に!」
「なるほど……
 ありがとうチェルシー! 勉強になりますわ!」
「いえいえ。
 まだこの程度、メイドの道、“メイ道”のほんの入り口にすぎませんっ!
 さぁ! 共にメイドの頂点を目指しましょう!」
「はい!」

「隊長、さすがです!
 その可愛らしさと凛々しさの同居した佇まい! さすがは私達の隊長です!」
「そ、そうか……?」
「そうですとも!
 ……そんなワケなので、もう少し写真いいですか? 部隊の皆も楽しみにしていますので」

「アレクサンダー・ヴィヴァルディ。当店では飲食物の持ち込みはお断りしている。
 おまけにそれは酒ではないか。自重してもらおうか」
「なぁに。気にするな。
 何も酌をしろと言っているワケではないのだ。このくらい軽く流せないようでどうする! はっはっはっ!」



 自分と同じ制服姿の束を必死に着替えさせようとする箒。

 大喜びで“鈴ちゃん成分”を補給しているカレンとその餌食になっている鈴。

 号泣する父をなだめるのにかかりきりになっているシャルロット。

 自分とチェルシーとの主従関係を見失いかけているセシリア。

 クラリッサによる写真撮影会のモデルにされているラウラ。

 忍の制止も何のその、持ち込んだワイン(たる)でセルフ酒盛りを始めるアレクサンダー。





 鷲悟と一夏の予想通り、彼らの予想以上のカオスが広がっていた。





学園祭
  バカタレどもが
    ここに集結


次回予告

鷲悟 「おぅ、鷲悟だ。
 学園祭も盛り上がってきたところで、オレ達に劇のお誘いがきた」
一夏 「演目は『シンデレラ』か……
 けど、劇の練習なんてまったくしてないのになぁ……」
楯無 「大丈夫大丈夫。
 二人ともアドリブで十分やっていけるから。
 さぁ、シンデレラのみんな! 準備はいい!?」
シンデレラ達 『オォォォォォッ!』
一夏 「って、シンデレラ何人いるんだよ!?」
鷲悟 「次回、IB〈インフィニット・ブレイカー〉!
   『真っ向勝負! 王子様VSシンデレラ!?』
   
一夏 「って、『勝負』って何――っ!?」

 

(初版:2012/01/25)