「やれやれ……みんなが集まればそれなりに騒ぎになるだろうとは思ってたけど、想像以上だな、こりゃ……」
束にチェルシー、デュノア父にクラリッサ。さらにはヴィヴァルディ親子――集結した“身内”の大暴走にそれぞれが振り回されているその光景に、鷲悟は思わずため息をつく。
「って、それより、止めないと……」
「え、いらないだろ?」
我に返ると共に場を収めようとする一夏に答え、鷲悟は周りを見回し、
「あはは、やれやれー」
「鈴ちゃん、早く逃げないと百合展開突入だよ〜」
「篠ノ之博士、カワイ〜♪」
「…………客には概ね好評だぞ?」
「いつもながらタフだよなー、この学園の生徒って……」
周囲でこのカオスを楽しそうに見物しているお客を前に、一夏が思わず苦笑する。
「とはいえ……ジュンイチ」
「ん?」
しかし、見過ごせない部分もある――鷲悟に声をかけられ、ジュンイチは何の用とばかりに顔を上げた。
「いや……お前、確か案内所任されてたんじゃなかったっけか?
そっちの方、戻らなくても大丈夫なのか?」
「んー、大丈夫ジョブJOB」
尋ねる鷲悟だったが、ジュンイチは手をヒラヒラと振りながら答える。
「オレが不在でもちゃんと回るように……」
「ちゃんと“オレ”を置いてきたからさ♪」
〈…………ん?
おーい、あずさ、簪!〉
「………………?」
よく知る、しかし通信越しのような、一枚フィルターのかかったような声――そんな声に、名を呼ばれ、簪と二人で校舎外の屋台群を冷やかしていたあずさは思わず足を止めた。
「この声……」
しかし、声の主は今頃校舎内を見て回っているはず。不思議に思って声のした方、つまり学園祭総合案内所へと足を向け――
〈よっ♪〉
そこには、据え置き端末のモニターに映るジュンイチの姿があった。
「ジュンイチくん……?
学園を回りながら、案内もしてるの……?」
映像内のジュンイチの姿にそう考える簪だったが、
「あー、違うよ、コレは」
となりでそれを否定したのはあずさだった。
「おかしいと思わない?
これが通信だとして……一緒にいるはずの、お兄ちゃんに甘えっぱなしな束さんが画面の外でおとなしくしてると思う?」
「あ……そういえば……」
気づき、声を上げる簪に苦笑に、あずさは尋ねる。
「お兄ちゃんの“本体”は、今頃束さんと一組の教室でしょ?」
〈あぁ。
今ちょうど鷲悟兄達も来たトコ〉
「あずさ、どういうこと……?
“本体”って……?」
完全に置いてきぼりをくっている簪に苦笑し、あずさは説明する。
「“コレ”もお兄ちゃんなの。
お兄ちゃんの能力のひとつ、“情報体侵入能力”――お兄ちゃん達は、その手で触れた情報体、つまりデータに干渉することができるの。
これはその応用。端末の中に自分の意識体の一部を送り込んで、AIみたいに自立稼動させてるの。
さっきお兄ちゃん……あ、“本体”の方ね。鷲悟お兄ちゃん達の居場所とか把握してたでしょ? 校内の監視システムにもぐり込んでるね――たぶん、警備システムも掌握してるんじゃないかな?」
〈正解。
今のオレが本気になれば、校舎はおよそ3秒で全警備システム全開、難攻不落の要塞に早変わりってワケ。すごいだろ〉
説明するあずさに乗っかり、映像の中のジュンイチが胸を張る。
〈――っと、それよりお仕事お仕事。
お前ら、アプリはいらんかね?〉
『アプリ……?』
〈あぁ。
ここのとなりのテントに、学祭案内用の特製アプリのダウンロード端末置いてんだ。
“オレ”とも連動してて、各出し物の混雑具合やイベントスケジュールなんかも随時案内の親切設計だぜ。
そんでもって、当然無料〉
「……どうする? 簪ちゃん」
「ん……じ、じゃあ……試しに、使ってみようか……?」
〈毎度アリ〜♪
じゃ、となりのテントの端末からダウンロードしてってくれや――ダウンロードキーは、出し物投票用紙の投票整理番号だから〉
「整理番号が……?」
〈せっかく学祭の間だけの番号が割り振られるんだぜ。GPSのIDにもってこいじゃないか〉
「あぁ、なるほど。
わかったよ。じゃあね」
簪に答える“ジュンイチ”の言葉にうなずき、あずさが簪を連れてその場を後にして――
〈…………ふぅっ〉
映像の中で、“ジュンイチ”はため息をもらした。
〈我が“オリジナル”の妹君は、相変わらず警戒心のないことで。
“その番号”をIDに指定した意味くらい、気づけないまでも考えるくらいはしてほしいもんだよね……〉
「…………とまぁ、そんな感じ」
「何つーか……もう“何でもアリ”だよな、お前」
軽く案内所の様子を説明するジュンイチの話に、一夏は思わず苦笑する。
「ねぇねぇ、そのアプリって案内所からしかダウンロードできないの?」
「んにゃ、そこかしこに出張所扱いでサブ端末置いてっから、そこからもダウンロードできるぜ。
ここからだと最寄は……」
一方、話を聞きつけた他の女子からの質問にジュンイチが応対していると、
「何の騒ぎだこれは?」
カオスの中に救世主降臨。騒ぎに騒ぐ“身内”の有様をどこかから聞きつけたのか、千冬が姿を現した。
「げげっ、千冬さん……」
その姿に、弾が思わずうめく――さすがは旧友。千冬とも面識があったようだ。ただしトラウマ的な意味で。
「せっかくの学園祭だ。騒ぐなとは言わないが、限度というものを――」
「あー、ちーちゃん!」
「……特にお前だ、束。
いい加減、追われている身だという自覚をぶっ!?」
「ちーちゃん?
いきなり吹き出したりして、何かツボった? ねぇ、何ナニ?」
救世主、撃沈。同い年の幼なじみの女子高生姿に吹き出し、うずくまって笑いをこらえる千冬の姿に、束は自分が原因とも知らず、ただ首をかしげるのみであった。
第45話
真っ向勝負!
王子様VSシンデレラ!?
束によって先制パンチをもらい、千冬はさらにラウラのメイド姿にも吹き出した。懸命にこらえた笑いの波がひとしきり過ぎ去った後、「あまりハメを外さないように」とだけ注意して去っていった。このままここにいても威厳を保てないとでも思ったのだろうか。
以後、それなりにカオスが保たれたまま(=弾の紹介がおざなりになったまま)お店を切り盛りすることしばし――
「……そろそろかしらね」
そう口を開き、手を止めたのは生徒会長として騒ぎを収めるよりも一ギャラリーとして騒ぎを見物することを選び、厨房で調理スタッフに加わったままだった楯無であった。
「一夏くん、鷲悟くん。
こうしてキミの教室を手伝ってあげたんだから、生徒会の出し物にも協力しなさい」
「疑問系じゃない!?」
「いいじゃない。手伝ってもらった恩返しだと思えば」
「せめて意思確認はしましょうか!」
ツッコむ一夏への答えに鷲悟がさらにツッコミを重ねて――
「勝手に決めんなボケ」
楯無の前に立ちふさがったのは案の定ジュンイチである。
「鷲悟兄や一夏にだって、こうして自分達の出し物の手伝いがあるんだ。いきなりンなこと言われて連れて行かれたら、クラスの残りのヤツらはどうなる?
増してや、勝手に押しかけて手伝っておいて、その恩返しは強制か? ふざけんな」
「あら、いいじゃない。その“手伝い”の恩恵は十分に享受したのだから」
「知ってるか? 悪徳商法でおなじみの“勝手に商品送りつけて後から代金請求”の手口――アレ、品物受け取っても金払う必要ないんだぜ」
楯無の反応にもすかさずそう切り返す。
「手伝ってほしいなら、まずは事前に話を通して、スケジュール合わせをしておくべきだろうが。
使う人間の管理もできねぇとは、ずいぶんとお粗末な会長さんだな」
「心配してもらわなくても大丈夫よ。
ちゃんとフォローできるもの――突発的な不測事態への対処もロクにできず、事前にいくつも計画に分岐を作って備えておくしかない“にわか”と一緒にしないでもらえるかしら?」
あっさりと楯無が答え、二人の間で火花が散り――
「……あのさ……」
不意に、鷲悟が口を開いた。
「そもそも……オレ達に手伝ってもらいたい出し物って……?」
「大丈夫。そう大したものじゃないわ」
尋ねる鷲悟に対し、楯無は不敵に笑い、
「ズバリ、演劇よ――趣向をこらして、観客も参加できる仕組みを整えた……ね」
「演劇!?」
それを聞いた瞬間、鷲悟の顔が輝いた。
「何ソレ すごい学祭っぽい!
やるやるやります何やってんだ一夏もジュンイチもほらほら早く行くぞ演劇ってことはアリーナですよねあそこ観客席ありますしあぁ案内見ればわかる話でしたねそれじゃ先行ってまーす!」
「ちょっ、ちょっと待て、鷲悟!」
「落ち着け! まずは詳細を聞いてからぁぁぁぁぁっ!?」
一夏とジュンイチの首根っこを捕まえ、当然のように巻き込みながら鷲悟退場。
「……予想以上の食いつきっぷりね」
さすがにこれは予想外だったか、楯無は苦笑しながら箒達へと向き直る。
「じゃあ、みんなも行きましょうか」
『はぁ!?』
「み、みんな、って……?」
「個人名を出すと箒ちゃん、鈴ちゃん、セシリアちゃん、シャルロットちゃん、ラウラちゃん、あとカレンちゃんに忍ちゃん」
聞き返すシャルロットに対し、楯無の答えに迷いはなかった。
「安心しなさい。みんなカワイイドレス着せてあげるわよ〜」
「それはいいですけど……演劇と言われましても、演目は……?」
「ふふん、その質問を待っていたわ」
楯無が、セシリアに答えて扇子をばっと開き――
「『シンデレラ』よ」
扇子には、『迫撃』の二文字が記されていた。
「三人とも、ちゃんと着たー?」
『………………』
「開けるわy――」
ちゅどーんっ!と、のぞき込んできた楯無目がけてジュンイチが炎を叩きつける。
第四アリーナの更衣室。普段は実習に際し男子の更衣室として使われているそこで、鷲悟達男子三人は演劇用の衣装、すなわち『シンデレラ』に登場する王子の衣装に着替えていた。
「いやぁ、さすがのお姉さんも今のはかわせなかったわ」
「の割には焦げ跡ひとつないように見えるんだがな?」
「はっはっはっ。気にしちゃダメだよ、気にしちゃ。
はい、王冠ね。ジュンイチくんも」
「……この王冠もだけどさ、鷲悟兄と一夏だけを誘いに来てたはずなのに、オレの分の衣装まで万全に準備されていた点には、ツッコむべきなのかね……?」
イマイチ釈然としないものを感じながら、それでもジュンイチは王冠を受け取る。少なくとも劇に出ないというつもりはないらしい。
「さて、そろそろ始まるわね」
「それはいいんですけど……」
と、口をはさんだのは一夏だ。
「脚本とか台本とか、一度も見てないんですけど」
「あぁ、それなら大丈夫。
基本的にこちらからアナウンスするから、その通りにお話を進めてくれればいいわ。
あ、もちろんセリフはアドリブでお願いね」
「おいおい、それで大丈夫なのかよ?」
「大丈夫よ。
お姉さんを信じなさいって」
「よし、それじゃあ信じないことにしよう」
「……とことん水と油なノリだよな、お前ら……」
ジュンイチと楯無のやり取りに鷲悟がため息をつき、一同は舞台袖へと移動する。
「さぁ、幕開けよ!」
その楯無の号令によって、ブザーが鳴り響き、観客席の照明が落ちる。
唯一照らし出されているアリーナ中央の舞台、それを覆っている布がするすると上がっていく。
〈むかしむかし、あるところにシンデレラという少女がいました〉
「あ、よかった。普通の出だしだ」
「つか、シンデレラ役って誰なんだろうな?」
「オレに聞くなよ。
このナレーションがあのバ会長だってことは、少なくもヤツじゃないってことだろうけど…」
楯無のナレーションが響く中、一夏や鷲悟、ジュンイチが次々につぶやいて――
〈否。それはもはや名前ではない。
幾多の舞踏会を潜り抜け、群がる敵兵をなぎ倒し、灰燼をまとうことすらいとわぬ地上最強の兵士達。
彼女達に相応しい称号……それが“灰被り姫”!〉
『………………え?』
続くナレーションに、三人の目がテンになった。
〈今宵もまた、血に飢えたシンデレラ達の夜が始まるぅ。
三人の王子の冠に隠された隣国の軍事機密を狙ぁい、舞踏会という名の死地に少女達が舞い踊ぉるぅ!〉
某若本氏風のイントネーションを交えつつ楯無がナレーションを読み上げる。どうでもいいところで力入れてやがると内心でツッコみながら、ジュンイチは一夏の首根っこをつかんで、自分の方へと引き寄せて――
「もらったぁぁぁぁぁっ!」
一夏のいた場所を、その一撃で貫かんばかりの勢いで飛び込んできた鈴の蹴りが踏みつけた。
攻撃を外し、こちらへと向き直る鈴の姿はいつもの制服ではなく白と銀のシンデレラ・ドレスだ。
「よこしなさいよ!」
「何をだっ!?」
いきなりの一言に一夏が返すが、鈴はかまわず何かを投げつけてくる。
飛刀――要するに中国版の手裏剣である。
「し、死んだらどうすんだよ!?」
「死なない程度に殺すわよ!」
「意味がわからん!」
鈴に言い返した一夏がたまらず防御に動いた。テーブルの上のティーセットをひっくり返し、そのトレーで飛刀を防ぐ。
「その程度……でっ!」
しかし、鈴は一夏の手にしたトレーを跳び上がりながら蹴り飛ばし、楯を失った一夏に向けてカカト落としを繰り出してくる。
「って、おいっ! ガラスの靴はいてんのかよ!?」
「大丈夫! 強化ガラスらしいから!」
「アホか! 危ねぇだろ! それで蹴られるオレが!」
そのまま鈴と格闘戦に入る一夏の姿を、鷲悟と一夏はまだ呆然と眺めたままだ。
「えっと……どういうこと? コレ」
「あのバ会長の仕込みに決まってんだろ。
つか、鈴が来たってことは……」
ジュンイチの言葉に鷲悟も“その可能性”に気づき、周囲を見回す――と、ふと赤い光線が揺らめいているのが見えた。
(何だ? アレ……
だんだんこっちに向かってきてるような……)
「バカ、よけろ!」
あわててジュンイチが鷲悟を蹴り飛ばし――銃弾が二人の間の床を叩いた。
「スナイパーライフル!?
――セシリアか!」
「だけじゃないわよ!」
気づいた鷲悟のとなりを駆け抜け、ジュンイチへと迫るのはカレンだ。
「お前もかよ!?」
「もらったぁっ!」
うめくジュンイチに向け、カレンが手を伸ばしてくる――ので、その手を取って投げ飛ばす。
さらに、鷲悟には再度の狙撃が襲いかかった。とっさにかわすが、サイレンサーを使っているのか銃声も聞こえなければマズルフラッシュも見えない。ジュンイチならともかく、鷲悟に今の状況でセシリアの居場所を特定するのはきわめて難しい。
「ちょっ、待っ、とぉっ!?」
しかも連射性に優れた銃を使っているのか、次々に銃弾が飛んでくる。これにはさすがの鷲悟も対応できず、防戦一方である。
「っていうかっ! そもそもなんでみんなして襲いかかってくるんだよっ!?
誰か説明しろーっ!」
叫ぶ鷲悟だったが――答えてくれる者はいなかった。
(くっ…………! やはり一筋縄ではいきませんわね……)
未だ戸惑ってはいるものの、そこはさすが鷲悟と言うべきか。自分の狙撃はことごとくが紙一重のところでかわされる――息をつき、セシリアはスコープから目を離した。
これ以上ここからの狙撃を続けていてはこちらの位置をつかまれる恐れがある、一旦攻撃をやめ、次の狙撃ポイントへと移動を開始する。
(今日は、何が何でも勝たせていただきますわ!)
ここまでセシリアが、そして他の参加者達がマヂになるのには理由がある。
女子組にだけ教えられた秘密のルール、それは“男子の王冠をゲットした子に、その王冠の持ち主との同室同居権を与える”というものであった。
ジュンイチがカレンに狙われているのもそのためだ。ジュンイチも今は寮で一夏と同居している身。十分にルールの対象となる――いずれ復学予定のカレンが、その時のために同居権を狙おうとするのもムリはない。
だが――このルールで一番厄介な立場にいるのがセシリアだ。何しろこの勝負で誰かが鷲悟の王冠を手にしてしまえば、今現在の自分と鷲悟の同居状態が解消されてしまうことになる。
そうならないようにするためにはどうすればいいか――答えは簡単。自分が鷲悟の王冠をゲットしてしまえばいい。
言ってみれば、今回のこの勝負、周りのメンバーが皆挑戦者であるのに対して、セシリアだけが防衛戦の立ち位置にいるのだ。
(鷲悟さんとの同居権……絶対に、誰にも渡しませんわ!)
シンデレラ・ドレスをなびかせて疾走。第二狙撃地点に到着したセシリアは改めて鷲悟に狙いをつける。
(IS装備以外なら何を使ってもいいとのこと。なら、スナイパーライフルを使う私の優位はゆるぎませんわ!
ここからなら、狙撃で王冠を外した後全力で走れば間に合いますし……)
「勝つのは、わたくしですわっ!」
「っととぉっ!?」
物陰に隠れて狙撃をやり過ごしていた鷲悟だったが、別角度からの狙撃を受けて物陰から追い出される。
「狙撃ポイントを変えやがったか……っ!」
うめき、別の物陰に走ろうとするが、セシリアの狙撃が足元を叩いて行く手を阻む。
身を隠すこともままならないまま、鷲悟はステージ上を駆け回る――その一方で、一夏は鈴と、ジュンイチはカレンと交戦を継続中。
「くそっ、こいつ……っ!」
投げ飛ばした瞬間、こめかみにヒジを入れられた。常人であれば意識を刈り取られていたであろう一撃に顔をしかめ、ジュンイチはカレンから距離を取る。
(くそっ、IS以外はドヘタレのはずだろ!?
なのに、なんで……っ!?)
自分の攻撃に、防御に、完全ではないもののことごとく対応してくるカレンに対し内心で毒づき――しかし、すぐに“カラクリ”に気づいた。
「てめぇ……ハイパーセンサー“だけ”使ってやがるな!?」
「大正解!
使っちゃダメって言われてるのはISの“装備”について……“基本機能”については言及ナシ!
忘れた? 私はね、“少しでもISが関係していれば”その状態では誰にも負けないんだよ!」
「クソッ、とんちみたいなマネでクソ厄介なことをっ!」
うめいて、ジュンイチはつかみかかってくるカレンの両手を受け流し――
「げげぇっ!? 行き止まり!?」
一方、鷲悟はセシリアの狙撃によってセットの袋小路に追い詰められていた。
今度こそ“決め”の狙撃が鷲悟を狙い――
「鷲悟、伏せて!」
そんな彼の前に飛び出したのは耐弾シールドを装備したシャルロットだった。
その服装はみんなと同じシンデレラ・ドレス――すなわち彼女も“参加者”なのだが、狙撃を阻んでもらった鷲悟にとってはまさに救いの女神の登場も同然であった。
「さ、サンキュー、シャル……」
「いいから、早く逃げて!」
「お、おぅっ!」
うなずき、鷲悟がきびすを返し――
「あ、え、えっと……ちょっと待って!」
シャルロットがそんな鷲悟を呼び止めた。
「ん? 何?」
「その、できれば王冠を置いて言ってくれるとうれしいなぁ……」
その言葉に――ふと気づく。
(そっか……この王冠がみんなの狙いなんだから、コレさえなかったら……)
「まぁ、そういうことなら……」
王冠をゲットした者と同居することになるルールを鷲悟は知らない。単純にこの状況からの脱出だけを考えて、王冠に手をかけ――そこに流れる楯無のアナウンス。
〈王子様にとって国とはすべて。
その重要機密が隠された王冠を失うと、自責の念によって――〉
〈電流が流れます〉
「…………はい?」
その言葉を認識した時には、鷲悟はすでに王冠を外していて――
『ぎゃあぁぁぁぁぁっ!?』
上がった悲鳴は二つ。
ひとつは言うまでもなく鷲悟。そしてもうひとつはシャルロットと鷲悟のやり取りを聞いていたのか、ほぼ同じタイミングで王冠を外した一夏だった。
電流が二人の身体を貫く――「痛い」とか「痺れる」とかを通りすぎて「熱い」。そのくらいのレベルのヤツが。
『――って、何じゃこりゃあっ!?』
ぶすぶすと服のあちこちが焼けて煙を上げる――ついでに驚きの声も上げる被害者二人に、楯無のアナウンスが告げる。
〈あぁ! なんということでしょう!
王子様の国を想う心はそうまでも重いのかっ!
しかし、しかしっ! 私達には見守ることしかできませんっ! なんということでしょう!〉
「やかましいっ!」
言い返し、鷲悟は王冠を被り直す。また電流を流されてはかなわない。
「すまん、シャル。
そういうことだから、王冠は外せない」
「えぇっ!?
そんな、困るよ!」
「こっちだって困りまくってるの、わかって!
とにかく! ここは任せた!」
「あ、鷲悟!」
「すまん、鈴っ!」
「こら、一夏!」
とにもかくにも、鷲悟はその場から逃げ出した。同じく鈴から逃げ出した一夏と合流して――
「一夏、そこに直れ!」
「鷲悟、お前の王冠は私がいただくっ!」
そこに現れたのは黒と銀のシンデレラ――箒とラウラだ。
日本刀が、二刀流のタクティカル・ナイフが、鷲悟と一夏を狙い――
「させない」
弾かれた。
飛び込んできた忍が、手にした小太刀で二人の攻撃を打ち、そらしたのだ。
「ジャマをするな、忍!」
「そうはいかない。
私には私の目的がある」
「フッ、おもしろい。ならば、まずはお前から排除してやろう!」
結果、箒達の狙いは忍へと向いた。忍も正面から受けて立ち、三人はそのまま三つ巴のバトルへと突入する。
「今の内逃げるぞ」
「異議なし」
ジュンイチが渦中に残されたままだが、どうせほっといたって平気だろうとあっさり見捨てて二人がうなずき――
〈さぁ、ただ今からフリーエントリー組の参加です!
みなさん、王子様の王冠目指してがんばってください!〉
『はいっ!?』
今まさに二人が逃げ出そうとしていたその方向から、ざっと見ても数十人以上のシンデレラがなだれ込んでくるのが見える。
しかも、その人数は現在進行形でどんどん増えている。
「ど、どうするんだよ、鷲悟!?」
完全に退路を断たれ――否、埋め尽くされた。思わず一夏が声を上げ――
「……って、鷲悟?」
声をかけた相手の様子がおかしいことに、一夏はようやく気づいた。
「んっふっふっ……」
笑っている。
それも、ヤケっぱちなどではない。本当に、楽しそうに。
「え、えっと……鷲悟?」
「なんとなく、わかってきたな……この演劇のルールがっ!」
言って、鷲悟は迫るシンデレラ達へと向き直る。
「要するに、王冠をゲットすれば、ゲットした女子の勝利。王冠を守りきればオレ達の勝利――そういうことだよな?
さらに言えば、みんな武装してたことを思うと各種戦闘行為も全面OK……」
つぶやくように確認する鷲悟へ、彼目当ての女子達が殺到し――
それは、避けようのない結果だった。
状況を把握させないままあれよあれよと舞台に放り込むため、楯無は彼らにルールをあえて説明しなかった。
そう。“説明を受けていない”。
つまり……今の彼らに“ルールによる行動の縛りは存在しない”。
それは、避けられた結末だった。
少なくとも、彼に近しい人間は察することができたはずだ。
彼が――鷲悟が今“どういう状態”か。
「だったら……」
彼女達は考慮すべきだったのだ。自分達の相手について。
自分達の前にいるのが――
「踏みつぶす♪」
復讐心と人生初の学園祭の高揚感。両極端な二つの感情の狭間でタガの外れた――ぶっちゃけ、学園祭に浮かれに浮かれて我を忘れ、「自重」の二文字をかなぐり捨てた鷲悟だということを。
満面の笑みで一言、次いですさまじい“力”が荒れ狂う――振るった右手の軌跡上にぶちまけられた重力の嵐が、一瞬にして迫り来るシンデレラ達を薙ぎ払った。
「って、ぅおぉいっ!?
鷲悟、何してんのぉっ!?」
突然の能力による広域攻撃――鷲悟の突然の“暴走”に思わず一夏が声を上げるが、もう薙ぎ払ってしまった後ではどうしようもない。
「さ、さすがにこれはやりすぎだろう!?
ケガ人とか出てたら――」
『……ま、負けるかぁぁぁぁぁっ!』
〈おぉっと! 王子の思わぬ反撃に一蹴されたかに見えたシンデレラ達! ここで執念の復活だぁっ!〉
「ウソぉっ!?」
鷲悟に説教しようとした矢先、ゾンビのように次々とよみがえるシンデレラ達――楯無のアナウンスも実にノリノリだ。
〈いったい何が彼女達にそこまでさせるのか! そんなに賞品の特権が欲しいかお前らっ!
でも、いいんですっ! 私は、そんなキミ達が大好きだぁぁぁぁぁっ!〉
「今何気に聞き捨てならないこと言いましたよね!?
『賞品の特権』って何の話ですか!?」
ようやく現状把握につながる核心に触れかけた一夏だったが、世の中そううまくはいかないものである。
「見つけたぞ、一夏!」
「げげっ、箒!?」
「織斑くん、おとなしくしなさい!」
「私と幸せになりましょう!」
「そいつを……よこせぇぇぇぇぇっ!」
「こっちも来たぁーっ!?」
箒に続いてフリーエントリー組のシンデレラ(一夏派)まで現れた。楯無への追求を続ける余裕はすでになく、一夏はステージ上を逃げ回るしかない。
「くそっ、どこかに逃げ道は――」
「こちらへ」
「へ?」
足を引かれて、一夏はセットの上から転げ落ちて――
「吹っ、飛べぇぇぇぇぇっ!」
直後、鷲悟の解き放った重力の嵐が、ステージ上のすべてを薙ぎ払った。
「着きましたよ」
「はぁ、はぁ……ど、どうも……」
誘導されるまま、一夏はセットの下を潜り抜けてアリーナの更衣室まで戻ってきていた。
「えっと……」
正直な話、無我夢中で誰が助けてくれたのかもわからないままだった。改めて救世主の姿を確認し――
「って、巻紙さん……?」
それは、先ほど名刺をくれた巻紙礼子その人であった。
「あ、あれ、どうして巻紙さんが……?」
「それはですね……」
「この機会に白式をいただきたいと思いまして」
「………………はい?」
いきなりの一言に、一夏の思考が停止した。
「いいから、とっととよこしやがれ、ガキ」
「えっと……あの、冗談ですか?」
「冗談でてめぇみたいなガキと話すかよ。マジでムカつくぜ」
いきなりの態度の急変に思考がついていかない――そんな一夏の腹を、巻紙は唐突に蹴飛ばした。
ちなみに、その表情は未だニコニコしたままだ。
「あ〜ぁ、クソったれが。
顔、戻らねぇじゃねぇかよ。この私の顔がよ」
「ゲホッ、ゲホッ!
あ、あなた一体……!?」
「あぁ? 私か?
見ての通り、企業の人間になりすました謎の美女だよ。オラ、うれしいか?」
言って、倒れている一夏に対しさらに蹴りを入れる――そこに至り、ようやく一夏は目の前の女が“敵”であることを理解した。
「くっ……白式!」
コールし、白式を緊急展開。ISスーツごと白銀の甲冑を構築する。
「待ってたぜ、それを使うのをよぉ……」
対し、巻紙――謎の女は、切れ長の目を邪悪なふうに歪める。まるで獲物を相手に舌なめずりする蛇のように。
「何しろ、ようやっとコイツの出番なんだからさぁ……“アラクネ”!」
スーツを引き裂いて、背後から“爪”が飛び出してきた――クモの足を思わせる、黄色と黒という禍々しい配色の、刃物のように鋭利な先端を持った八本の装甲脚だ。
「くらえ!」
「くそっ!」
装甲脚の先端が開き、中から銃口が現れる――文字通り八方から放たれた銃弾を、一夏はPICとスラスターの最大噴射を駆使して回避する。
「何なんだよ、アンタは!?」
クロウモードで雪羅を構築、反撃に出る――ビームクロウの一撃はバックステップでかわされる。
「あぁん? 知らねーのかよ、悪の組織のひとりだっつーの!」
「ふざけん――」
「ふざけてねぇっつの、ガキが!
秘密結社、“亡国機業”がひとり、オータム様って言えばわかるかぁ!?」
答えて、女――オータムは残りのISアーマーを構築。完全なIS展開状態になるとPICを器用に使って一夏の攻撃を回避。さらに装甲脚から実弾攻撃を放ってくる。
一夏もそれをかわし、雪片弐型を構築しながら斬りかかるが、装甲脚に防がれてしまう。
すかさず反撃が来る――バック宙の要領で装甲脚の爪をかわし、かわしきれそうになかった一本に蹴りを入れた勢いで距離を取る。
「ハハハ、やるじゃねぇかよ、ガキ!
このアラクネを相手に、よくがんばるもんだ!」
「うるせぇっ!」
障害物の多い更衣室に加えて狭所ではジャマにしかならない大型のウィング・スラスターを持つ白式――機動性において苦戦するかに見えた一夏だったが、楯無とジュンイチが(ケンカしながら)教えてくれた細やかなマニュアル操縦を駆使して器用に立ち回る。
確かにその身に刻まれたその技術がなければ、今頃ロッカーなり壁なりに激突して自滅しているところだ。
(けど……向こうだって機動性じゃ負けてない!)
対するアラクネは、背中から伸びる装甲脚それぞれに独立したPICを装備しているらしく、それらを連動させての細かい機動で一夏を翻弄してくる。
(落ちつけ……落ちついて、タイミングを待つ。
一瞬の勝機に、一気にたたみかけるんだ)
やがて来るであろう勝機を逃さずモノにするべく、心を平静に保とうとする一夏だったが――
「そうそう、ついでに教えてやんよ――
第二回モンド・グロッソでお前を拉致したのはウチの組織さ!
感動の対面だな! ハハハハハ!」
その努力もむなしく、オータムの一言で一夏の思考は一瞬にして沸騰していた。
「だったら、あの時の借りを返してやらぁっ!」
「ククク、やっぱりガキだな、てめぇ!
ちょっと挑発したぐらいで、こんな真正面から突っ込んできやがって……よぉっ!」
突っ込んでくる一夏に対し、オータムが何かを投げつけてくる――次の瞬間、それはエネルギー・ワイヤーで編まれた網へと変じて一夏に覆い被さってくる。
「くっ! このっ!」
とっさに雪羅と雪片で斬り裂こうとする――が、その糸は一夏の全身にがらみつき、動きを封じられてしまう。、
「ハハハハハッ! 楽勝だぜ、まったくよぉ!
クモの糸を甘く見るからそうなるんだぜ!」
動けなくなってしまった一夏に対し、オータムは余裕の態度で近づいていく――その手には、一夏の見たことのない四本足の装置があった。
「んじゃあ、お楽しみタイムといこうぜ」
脚を開いたそれを、一夏の、白式の胸に押し当てる。それは脚をとして一夏の身体を拘束した。
「お別れのあいさつは済んだかよ?」
「何のだよ……!?」
「決まってんだろ――」
「お前のISとだよ!」
その瞬間――電撃にもにた衝撃が一夏の身体を貫いた。
「があぁぁぁぁぁっ!?」
身を引き裂かれそうな激痛に思わず悲鳴を上げる。そんな一夏の姿に、オータムがさらに笑い声を上げる。
「さて、終わりだな」
と――オータムのそんなつぶやきと共に、唐突に電撃が止んだ。
同時、一夏を拘束していた装置のロックが外れ、エネルギー・ワイヤからも解放される。
(今だ――っ!)
「っ、のぉっ!」
ここから反撃に出てやる――そんな意気込みと共に、一夏は渾身の力でオータムに殴りかかる。
――が、
「当たらねぇよ、ガキ!
“ISのないお前じゃ”な!」
あっさりと打ち倒された。逆に腹を殴られ、ロッカーに叩きつけられる。
腹に残る痛みにせき込んで――気づく。
ISによる防御が働いていない――“白式がない”ことに。
「な、何が起きたんだ……!?
白式! おい!」
展開が解除されたのか――何度も呼びかけるが、何の反応もない。
「へっ、あわれなもんだな。まだ気づかないのか?」
そんな一夏を鼻で笑い、オータムは手にした“それ”を見せた。
「ほら、お前の大事なISならここにあるぜ」
「なっ!?」
オータムが手にしているのは、菱形立体のクリスタル。
一般的な球状のそれとは違うその形状は、そして他のものよりも強いその輝きは、どちらも第二携帯への進化の証。
そう、それは――
白式の、コアだった。
お祭りが
一転最悪
大ピンチ
次回予告
鷲悟 | 「おぅ、鷲悟だ。 くそっ、オレ達が演劇で浮かれてる間に一夏がピンチだ!」 |
オータム | 「このままぶち殺してやるよ、ガキが!」 |
???? | 「待ていっ!」 |
オータム | 「――――っ!? 誰だ!?」 |
忍 | 「天が呼ぶ、地が呼ぶ、人が呼ぶ! |
悪党しばけと私を呼ぶ! 美少女隠密、キューティーシノブ! 萌えの名のもと、オシオキよ♪ ……これでいいのか? 更識楯無」 |
|
楯無 | 「もう、ダメじゃない。 その確認がなきゃ完璧だったのに」 |
一夏 | 「あまりにもノリがおかしいと思ったらあなたの仕業ですかっ!」 |
鷲悟 | 「次回、IB〈インフィニット・ブレイカー〉! |
『白式を取り戻せ! 幻惑の影と霧纏の淑女』」 | |
一夏 | 「戻ってこい、白式!」 |
(初版:2012/02/02)