「ほら、お前の大事なISならここにあるぜ」
「な!?」
オータムの手の中にあるのは、確かに白式のコア――あざ笑うオータムに対し、一夏はただ呆然とするしかなかった。
「さっきの装置はなぁ! “リムーバー”っつぅんだよ!」
「リムーバー……!?
――“剥離材”か!」
「あぁ! その通りさ!
その名の通り、ISを強制解除できるっつー秘密兵器だぜ。
生きてる内に見れて良かったなぁ!」
言って、オータムが一夏を蹴り飛ばす――さらに、立て続けのダメージで立ち上がれない一夏の顔を力いっぱい踏みつける。
「…………かえ……せ……」
「ん?
あぁ? 聞こえねぇよ」
「返せ! てめぇ、ふざけんな!」
ようやく動ける程度には回復した一夏がオータムの足を払いのけるが、
「だぁかぁらぁっ! 遅ぇんだよ!」
再びの蹴り。今度は横腹にもらい、背中から壁に叩きつけられる。
「が……は……っ!?」
衝撃で腹から空気が叩き出され、息が詰まる――叩きつけられた壁に背中を預け、ズルズルと崩れ落ちる。
「……く……そ……っ!」
しかし――それでも、一夏の目は死んではいなかった。
『第二回モンド・グロッソでお前を拉致したのはウチの組織さ!』
原因は、オータムから告げられたこの言葉だった。
あの時に思い知った――そして、白式を失った今、改めて思い知らされた。
いつだって――己は無力なのだと。
だが――
(……そんなのは許せねぇ!)
それこそがまさに“織斑一夏”という人間の原動力。自らの無力によって起きるすべての理不尽を許せない――それが、“織斑一夏”。
「オォォォォォッ!」
蹴りを入れてきたオータムの脚に腕を絡ませ、距離を詰める。彼女の持つ白式のコアに手を伸ばし――
「ムダなんだよ!」
現実は非情だ。アラクネの装甲脚によって殴られ、地面に倒れ込む。
「じゃあなぁ、ガキ。
お前にはもう用がないから、ついでに殺してやるよ!」
ニヤリと笑ったオータムがそう告げ、装甲脚のひとつが鋭利な爪を振りかざす。
そのまま、身動きひとつままならない一夏へとその爪を突き立てて――
「――なっ!?」
驚き、オータムは思わず眼を見開いた。
だが、それもムリはない。
なぜなら、爪を突き立て、貫いた一夏の身体が――
まるで瞬間移動でもしたかのように、一瞬で消えてしまったのだから。
「バカな……!?
どこだ!? いったいいつの間に!?」
確かに捉えていたはずの獲物の姿を探し、オータムが周囲を見回し――
「……貴様が『どこだ』と問うのなら、私は『ここだ』と答えよう」
「――――――っ!?」
いきなりの声に振り向くと、そこに彼女はいた。
「貴様が『いつの間に』と問うのなら、『彼をその装甲脚で殴り倒した後だ』と答えよう」
その足元には、えり首をつかまれ、中途半端に身体を起こされた一夏の姿もある。
「どうだ?――」
そして――
「刹那の夢の感想は?」
ISを身にまとった忍は、真っ向からオータムを指さしながら不敵にそう告げた。
第46話
白式を取り戻せ!
幻惑の影と霧纏の淑女
「てめぇ……何者だ?」
「名前などない。
どうしても呼びたければ……今は“織斑忍”の名を与えられている。そう呼べ」
眉をひそめるオータムに対し、忍はあくまでも淡々とそう告げた。
「し、忍……!?
どうして……!?」
「間に合ってよかった。
お前に何かあっては、私がここにいる意味がない」
うめく一夏に答え、忍は彼を守るようにオータムの前に立ちはだかる。
「てめぇ……どこの国の回し者だ!?」
「ふむ、今度は『どこ』ときたか。
一応……イタリアのIS委員会とIS学園……ということになるのだろうな」
もう一度尋ねるオータムに、忍はそう答えた。一夏へと振り向き、告げる。
「織斑一夏。
イタリアでお前達に敗れた後、私が司法取引によってこの学園に来ることになったことは話したな?」
「あ、あぁ……」
「実は、取引の内容はあの時話したものがすべてではない。もうひとつあったんだ。
そして、その“もうひとつ”こそが、私がIS学園に来ることになった本当の理由……」
うなずく一夏に答え、忍はオータムをにらみつけ、
「“織斑一夏の護衛”。
私は、お前を守るためにこの学園に派遣されてきたんだ」
「あ…………」
その言葉に、思い出した。
思えば、最初に楯無が一夏の部屋に押しかけてきた時も無関係、居合わせただけだったはずの忍はなんだかんだで騒ぎの最後まで一夏の部屋に残っていた。
その後も、何かとフォローしてくれたり騒ぎに介入してきたり……さっきの演劇の時も、箒から守ってくれた。
「そうか……そういうことだったのか」
「もっとも、肝心要、本命のこの場に居合わせられなかったのだから、まったく、笑い話にしかならないな」
「あーあー、そうかい。要するに、てめぇは邪魔者ってことかい」
一夏に答える忍に、オータムが苛立ちもあらわにそう告げる。
「せっかく気分よく終われるかと思ったのに水を差しやがって」
「それは悪かった。
悪かったついでに、その白式のコアも返してくれるとありがたいのだが」
「誰が!」
忍に答え、オータムが動く。一気に距離を詰めるとアラクネの装甲脚で殴りかかり――
「やれやれ……」
「一度幻惑されておきながら、同じ愚を繰り返すか」
その言葉と同時、忍の姿がかき消えた。そして――
「同じ手に二度も同じかかり方をするのは三流の仕事だぞ――“亡国機業”」
金属音と共に、装甲脚のひとつが砕け散り、忍がオータムの背後に姿を現す。
「っ、てめぇっ!」
すかさず振り向きざまに装甲脚を振るい、オータムが忍を追う――が、やはり忍は姿を消す。
「バカのひとつ覚えが!
それなら、逃げ場もないほどぶちまけるだけだ!」
もちろん、オータムも翻弄されてばかりでは終わらない。装甲脚のすべてを銃火器モードに切り替え、周囲に銃弾をばらまき――
「安心しろ。
私も、同じことをくり返すつもりはないからな――」
『今、姿を見せてやる』
その言葉と同時――宣言通り、忍は姿を現した。
ただし――“オータムの周囲に、何人も”。
「くそっ、消えたり増えたり、どうなってやがる!?
ハイパーセンサーも働かねぇし――てめぇのIS、ワケわかんねぇ能力使いやがって!」
『あぁ、そうだ。
これが私のIS“シルエット・ミラージュ”の能力。
ハイパーセンサーのサーチにジャミングをかけた上で、ホログラムとステルスを駆使して相手を幻惑する……
その特性上味方まで巻き込んでしまうのでな、集団戦ではジャミングを使えないなど、どうしても使いどころは限られてしまうが――それでも、貴様ひとりを相手にする分には十分だ。
一時の夢におぼれ――沈め』
「なめんな!」
何人もの忍に言い返し、オータムは装甲脚の銃口を忍達ひとりひとりに向けていく。
「どれかは本物なんだろう!?
だったら全部叩き落としてやらぁっ!」
言い放ち、発砲――放たれた銃弾が次々に忍達を撃ち抜いていくが、
「――甘い」
その声は、“忍達のいない方向から”――直後、虚空から飛び出してきたワイヤーが、装甲脚の内となり合う二本を絡め取り、しばり上げる。
「何っ!?」
「『ホログラムとステルスを駆使して』……そう言ったはずだ。
この二つを組み合わせて使えば、幻の私を配したまま姿を消すことも十分に可能」
「……っ、そがぁっ!」
淡々と告げる忍に対し、オータムはますます頭に血を上らせていく。
完全に忍がオータムを抑え込んでいる形だ――そんな戦いの様子を、一夏はただ見ていることしかできないでいた。
「くそっ、忍が戦ってるってのに、オレは……っ!」
自分の無力を改めてかみしめ、一夏がうめき――
「あら、いいのよ。
人にはそれぞれ、果たすべき役割があるのだから」
言って、一夏の肩をポンと叩くのは――
「楯無さん……!?」
「今戦うのは私達の役目であって、キミの役目じゃない――そういうことよ。
ここは私達に任せて、キミはキミの願いを強く持っていなさい」
「オレの……願い……!?」
楯無の言葉に一夏がうめき――
「あぁん? 何だ、てめぇは!
いきなり出てきて、ワケわかんねぇこと言ってんじゃねぇぞ!」
咆哮し、オータムが健在な装甲脚を楯無と一夏に向ける――もちろん、銃撃モードで。
「――――っ! させん!」
「遅ぇっ!」
忍が止めようとするが、彼女の手が届くよりも早く発砲。放たれた銃弾が一夏と楯無へと迫り――
「あらあら、よろしくないわね――」
「せっかちな子は、嫌われるわよ?」
楯無の言葉と共に――銃弾が“止まった”。
いや――“止められた”のだ。楯無や一夏の目の前にゆらめく、透明なヴェールのようなものに受け止められて。
そのヴェールの正体は――
「……水……!?」
「えぇ、そうよ。
ISのエネルギーを伝達するナノマシンによって制御しているの。すごいでしょ?
――そして」
一夏に答え――その言葉と共に、水のヴェールは楯無の周りに集中。 彼女の姿を覆い隠すように水竜巻を発生せ、
「これが私のIS――“ミステリアス・レイディ”よ――覚えておいてね」
水竜巻は内側から弾けた。そして、今まで一夏が見てきたどのISとも意匠の異なるISを身にまとった楯無が姿を現した。
実際に物質化しているISアーマーは最小限。代わりに自らの制御下にある水を膜状にして身にまとい、流麗なその姿はまるで水のドレスをまとっているかのようだ。
手にした大型のランスをオータムに向けてかまえ――その表面にも流れる水の螺旋がさながらドリルのように回転を始めた。
「けっ、覚えておく必要なんかねぇよ!
今ココで、ぶち殺してやる!」
「あら、それは困るわね。
だから……お引き取り願おうかしら?」
言って――楯無はオータムとの距離を詰め、ランスによる攻撃を開始する。
「私もいるのを――忘れるな!」
さらにそこへ忍も加わる。健在の五本の装甲脚と二本の腕で迎撃するオータムに対し、一本のランスと一対の小太刀のみで圧倒していく。
「くそっ、手の数じゃこっちが上だってのに!」
「そういうセリフは、ちゃんとすべての手をマニュアル操作してから言ってもらいたいものね」
「オートの動きが多い――機体に頼りすぎだ。
だからしなくてもいい反撃を誘われ――こうなる!」
うめくオータムに楯無が答え、忍が動く――彼女を狙って装甲脚が一撃を繰り出すが、それは攻撃を誘うフェイントだった。あっさりとかわされたその装甲脚を楯無がランスの一撃で粉砕する。
「ガキどもが……調子づくなぁっ!」
腰部装甲から二本のカタールを抜いたオータムは、先ほど忍に拘束された装甲脚に巻きつくワイヤーを切断か。自由になったその二本を含む六本の装甲脚と二本のカタールで二人に対し反撃に出る。
装甲脚四本が射撃を。残り二本と両腕で近接攻撃を行うカタールの猛攻に、次第に楯無と忍は追い詰められていく。
「手こずらせてくれたが、所詮はガキだなぁ!
これで終わりだァッ!」
装甲脚で楯無を弾き飛ばし、フォローに動こうとした忍を銃撃で牽制。楯無に向けて両手で編んだ蜘蛛の糸を放出し、動きを封じ込める。
「今度こそもらったぜ……!」
射撃モードの装甲脚四本の攻撃が忍を抑え、近寄らせない。カタールと、格闘モードの装甲脚に本をかまえ、ゆっくりと楯無に向けて歩を進め――
「ところで」
不意に楯無が口を開いた。
「この部屋暑くない?」
「あぁ?
「温度ってワケじゃなくてね、人間の体感温度が」
「何言ってやがる――?」
「不快指数っていうのは、湿度に依存するのよ――“ねぇ、この部屋って湿度が高くない”?」
「――――――っ!?」
その言葉に、ようやく気づく。
部屋一面が白い霧に包まれていることに――そして。、その中でも特に、自分の周りにより濃い霧が発生していることに。
「そう。その顔が見たかったの。
己の失策を知った、その顔をね」
にっこりと、女神のように楯無が微笑む――もっとも、オータムには神は神でも死神に見えているのだろうが。、
「ミステリアス・レイディ――“霧纏の淑女”を意味するこの機体はね、水を自在に操るのよ。
さっきも言ったように、エネルギーを伝達するナノマシンによってね」
「くっ、しまっ――」
「遅いわ」
オータムが動くよりも早く楯無が指を鳴らす――次の瞬間、オータムはいきなりの爆発に飲み込まれた。
「あはっ、何も露出趣味やイヤミでべらべらと自分の能力を明かしているワケじゃないのよ。
ハッキリそういわないと、驚いた顔が見られない――だからよ」
“清き熱情”――霧を形成するナノマシンがIS本体から送られてくるエネルギーを一気に熱へと転換。霧の中の水分を瞬時に気化させることで水蒸気爆発にも似た爆発を引き起こす大技である。
「ぐ……がはっ……!
まだ……まだだ……っ!」
絶対防御によって撃墜は免れたものの、今だ健在なオータムが煙の向こう側から姿を現す。
が――そんな彼女に楯無は告げた。
「いいえ、もう終わりよ」
「…………何?」
「そうでしょう? 一夏くん」
「………………っ!?」
この状況であえて彼の名前を挙げる。そこに意味がないはずがない――イヤな予感がして振り向いたオータムは、一夏が右手に意識を集中していることに気づいた。
(楯無さんは『願え』って言った――つまり、この状態でも白式は応えてくれるってことだ)
ならば、自分はそれを信じてただ叫ぶのみだ。
(そうだ。白式は応えてくれる。
オレが呼ぶ限り、何度でも……何度でも!)
「来い! 白式!」
その一言と共に、自分と“それ”がつながったような気がした。
否――実際につながったのだろう。
なぜなら、一夏の手には“それ”が――
白式のコアが“召還”されていたのだから。
「白式、緊急展開!
“雪片弐型”、最大出力!」
一夏の叫びに呼応し、コアは光の粒子へと変わり、一夏の身体にまとわりついていく。
それらの光が確かな形を成していくのを感じながら、一夏はごく自然に手の中に生まれた刃をかまえた。
(――いける!)
完全に展開を完了した白式を駆り、一夏はオータムに向けて突撃する。
「なぁっ!?
て、てめぇ、一体どうやって……!?」
「知るか! くらえ!」
「ちぃっ!」
六本の装甲脚を交差してかまえ、オータムは一夏の零落白夜を受け止める。
が――今の一夏の一撃を、そんな生やさしい防御で止められるはずもない。いともあっさりと装甲脚を斬り裂き、
「でぇりゃあっ!」
そこから“瞬時加速”+スラスター全開の蹴りを叩き込む。まともにくらい、オータムの身体は壁に叩きつけられた。
「く……そ……っ!」
うめき、身を起こそうとするオータムだったが、
「動くな」
言い放ち、忍が彼女ののど元に刃を突きつけた。
「ここまでだ。
さぁ、おとなしくしてもらおうか」
「く……っ!」
淡々と告げる忍に、オータムが歯がみして――
「――――っ!
忍! 離れろ!」
気づいた一夏が叫ぶと同時――オータムの背後の壁が爆発した。
巻き起こった爆発はすぐそばにいた忍をも巻き込み――
「……大丈夫か?」
「あ、あぁ……」
――いや、寸前のところで、一夏が“瞬時加速”で救出していた。
「しかし、一体何が……?」
「いや……オレにも何がなんだか……
いきなりハイパーセンサーに熱源反応が現れて……」
尋ねる忍に一夏が答えると、
「……どうやら、誰かが彼女の逃亡を手助けしたようね」
更衣室の壁が崩れ、オータムの姿がなくなっているのを見て、楯無が二人に答え――
「……そ、それはそうと、織斑一夏……」
「ん?」
「い、いい加減、放してくれないか……?」
忍を救出した際、一夏は彼女をしっかりと抱きかかえていた。
そのまま、今の忍は一夏に抱きしめられた状態で――
「あぁ、悪い悪い」
言われて、一夏は忍を放してやり――
「フフフ、一夏くん、実はちょっと名残惜しかったりするんじゃないの?」
「な……っ!?
い、いきなり何言い出すんですか!」
「そ、そうですよ、会長!」
楯無に突っ込まれ、一夏と忍はそれぞれ顔を真っ赤にして反論する。
「わ、私なんかを抱きしめたところで、織斑一夏がうれしいはずが……
女の子らしいことなど何もわからないし、肉だって薄いし……」
「あら、そんなことないわよ。
忍ちゃんだって十分に女の子らしいし、肉づきだって好みは人それぞれよ。
一夏くんだって、イヤじゃなかったでしょ?」
「え? あ、イヤ、その……」
「やはり、イヤだったんだ……っ!」
「あ、泣かした」
「い、いや、そういうつもりはなくてっ!
忍も十分かわいいから! 柔らかかったから!」
「かわ……っ!?」
「あ、熱暴走」
「どう答えてもアウトじゃないですかっ!」
真っ赤になって固まってしまった忍を前に一夏が楯無にツッコんで――
「ところで、これな〜んだ?」
対する楯無は“それ”を指に引っかけてクルクルと回してもてあそぶ。
「…………? 王冠ですけど」
そう。演劇の際に身につけ、女性陣のターゲットとなっていた王冠だ。
「うん、そう。
これをゲットした人がその持ち主の男子と同じ部屋に暮らせるっていう、素敵アイテム」
「はぁっ!?
……ま、まさか、それでみんな、あんな必死に!?」
「そういうこと♪」
「……何考えてるんですか……
だいたい、オレと暮らして楽しいワケないでしょう」
「そうかなー?
ま、何にしても、一夏くんのをゲットしたのはわ・た・し♪」
ため息をつく一夏に楯無が告げて――
〈ところがどっこい、残念無念♪〉
そんな言葉と共に、ウィンドウが展開された。
そこに映るのは――
「……ジュンイチ!?」
〈正しくは、データ領域内にもぐり込んでる一部、だけどね。
まぁ、分身のようなものだと思ってもらえばだいたい正解だよ〉
一夏に答えると、“ジュンイチ”は楯無へとウィンドウごと向き直り、
〈それより会長さん。
勝ち誇るのは、この映像を見てからにすることをオススメするよ〉
言って、“ジュンイチ”は新たに別のウィンドウを展開してそれを表示した。
先の演劇の際の映像だ。一夏のすぐ脇を駆け抜けたジュンイチが――
すれ違いざまに、自分と一夏の王冠をすり替える姿を。
「…………あぁっ!」
その映像を前に、楯無は改めて王冠を見た。
演劇後、誰が誰の王冠をゲットしたのか判別できるよう、王冠にはデザインに違いを持たせてある。ただ“王冠”として認識していなかったからさっきは気づかなかったが、言われて見てみれば確かに、自分が手にした王冠は最初ジュンイチの手に渡ったものだ。
自分が手渡したのだから、そうとわかって見れば見間違うはずがない。
〈例の電流の仕掛け、王冠さえ乗っていれば作動しないようになってたのが“本体”にとって幸運で、アンタにとっての失策だったんだよ。
正しい組み合わせでなければ電流が……なんて仕組みだったら、すり替えるのにもさらに一手間二手間かかってたところさ〉
「えっと……じゃあ……」
「会長がゲットしたのは……柾木ジュンイチの王冠……?」
一夏と忍が顔を見合わせる。ということは、楯無が同居権をゲットした相手とは――
〈大丈夫。“本体”はすでにその辺の覚悟を完了した上ですり替えを行ってるから。
ふつつかな“本体”ですが、どうぞよろしくお願いします……ってね♪〉
「……やられた……」
“ジュンイチ”の言葉に、さすがの楯無も肩を落として――
「………………ん?」
気づいた。
「ねぇ、分身くん」
〈ん? 何?〉
「今ココにキミが現れたってことは……“オリジナル”はどこにいるのかしら?」
〈…………ようやくお気づき?〉
笑いながら答える“ジュンイチ”の言葉に、楯無は理解した。
「なるほど……
つまり、彼女を逃がしたのは……」
(くそっ、くそっ、くそっ、くそっ!)
IS学園の敷地内を走りながら、オータムはただひたすらに心の中で毒づいていた。
(何が簡単な仕事だ! ふざけやがって、あのガキ!)
そもそも、今回の仕事はイレギュラーずくめで準備不足もいいところでの決行だった。本来なら寮の部屋にひとりでいるところを襲うはずだったのが、突然の同居人の登場で不可能となってしまった。結果、学園祭のドサクサを狙うことになり、この日に急ぎ間に合わせたのだ。
(だいたい、あのガキは組織に入ってきた時から気に入らなかったんだ……!)
あのガキ――“リムーバー”と今回の計画を用意してきた少女のことを思い出す。
「何がリムーバーだ! あんなふうに遠隔でコールできるなら、何の意味もないじゃねぇか!」
口に出してオータムが毒づき――
「そいつぁ違うな」
突然の声がオータムにそう答えた。
「あの装置は、一度でも使えば使われたISには耐性ができる。
それは、言い方を変えれば“使ったその時点で耐性ができる”ってことだ。
わかるか? “ひきはがす”リムーバーに対する耐性――そのための対策として、白式は遠隔コールを可能にした。
“遠隔コールが可能だからリムーバーが無効だった”んじゃない。“リムーバーによって遠隔コールが可能となり、リムーバーを無効化した”んだ」
「誰だ!?」
「オレだ」
うめくオータムに即答し、姿を見せたのはジュンイチだ。ただし……
「やれやれ、せっかく壁を壊して逃がしてやったってのに、厄介な方向へ逃げやがって。
屋台村抜けてくんじゃねぇよ。おかげでうまそうな食い物の誘惑を振り切って先回りするの大変だったんだぞ」
「いや、どー見ても振り切れてねぇだろ、その姿」
たこ焼きにたい焼き、大判焼きに鈴カステラ、わたがし、ドネルケバブにリンゴ飴etc……両手いっぱいに食べものを抱えたジュンイチの姿に、オータムは状況も敵対関係も忘れて思わずツッコんだ。
「しっかし……もぐもぐ……楯無もバカだね……はぐっ。
逃げ場もないまま追い詰めたって……はふはふっ……ネズミにかまれるだけだってのに……ごくんっ」
「ざけてんのか? 食うかしゃべるか、どっちかにしやがれ!」
「むしゃむしゃばくばくはむはむがつがつばりばり……」
「……私が悪かった。食うのをやめて話を進めてくれ」
迷わず食べ物の方を選んだジュンイチに対し、オータムは額を押さえてうめく。
今の内に逃げ出そうという気にはならない。こんなバカなやり取りをしながらも、目の前のジュンイチからは逃げられそうなスキを一切見出せないからだ。
そう――“逃げ出すスキ”は。
(だったら……ぶち殺して通るだけだ!)
傷ついたアラクネを再展開。ハイパーセンサーによって劇的に向上した反応速度のもと、ジュンイチに向けて地を蹴り――
「――――――っ!?」
止まった。
突如脚が虚空に“固定”された。バランスを崩し、オータムはその場に倒れ込む。
「ナーイスタイミング。
そろそろ来る頃だと思ったよ――ケバブいる? まだ手ェつけてないけど」
「いらん」
現れたラウラがジュンイチに即答する――そう。オータムの足を固定したのは、ラウラの専用機“シュヴァルツェア・レーゲン”の十八番、AICである。
「クソッ!」
「動くな。
すでに狙撃手がお前の額に狙いを定めている」
「セシリアも来てるのか……アイツにはリンゴ飴でいいかな?」
〈いりませんから〉
セシリアにも即答された。ジュンイチが肩をすくめる一方で、ラウラがオータムに向けて告げる。
「洗いざらい吐いてもらおうか。貴様らの組織について。
そもそも、お前のそのISはアメリカの第二世代型だな。どこで手に入れた。言え」
「言うワケねぇだろうが!」
ラウラの言葉にオータムが咆えた、その時――
〈離れて! 一機来ますわ!〉
「――――っ!?」
セシリアの警告と同時――その右肩がレーザーで撃ち抜かれた。
「ぐぅっ!?」
「ラウラ!?
――くっ!」
自分ですら反応できない内に撃ち込まれた一撃――ジュンイチはとっさに持っていた菓子類を今の狙撃の射線上にばらまいた。敵の視界を(おそらく)さえぎっている間に、ラウラが後退する。
しかし、ジュンイチにとってはそれ以上に優先すべき事項があった。
(今のはBTレーザー……)
「出やがったな……」
「サイレント・ゼフィルス!」
ジュンイチのその言葉と同時――彼女は飛来した。
イタリアで対峙して以来の因縁の相手。
決して、自分の兄に会わせてはいけない者――
サイレント・ゼフィルス――エム。
〈ジュンイチさん!〉
「下がってろ!
言ったはずだ――『ヤツからは手を引け』って!」
セシリアに言い返し、ジュンイチは瞬時に着装。サイレント・ゼフィルスへと向かう。
あいさつ代わりに放った炎はシールド・ビットによって防がれる。それならとフェザーファンネルを作り出し、放つが、相手も通常の射撃ビットで応戦してくる。
「援護しますわ!」
そこへ参戦するのはセシリアだ。自身のビットを放ち、ミサイルビットも続けて発射する。
それに合わせてジュンイチもフェザーファンネルを繰り出す。必中を確信するセシリアだったが――
「…………なっ!?」
次の瞬間、信じられないものを見た。
“ビームが自ら曲がり、こちらのビット類のことごとくを蹴散らしたのだ”。
これは――
(BT兵器の高稼働時に可能な偏光制御射撃!?
現在の操縦者の中ではわたくしがBT適正最高値のはず――そのわたくしですら未だにできずにいるというのに、どうして!?)
「バカ! 何してる!」
「――――っ!?」
ジュンイチの言葉に、我に返る――呆けている間に自分を狙ったレーザーはジュンイチが力場で防いでくれたが、その彼は続けて突っ込んできたビットそのものの体当たりを受け、吹っ飛ばされる。
「にゃろうっ!」
それでも、ジュンイチはすかさず反撃に転じた。すぐに立て直して再度突撃。放たれるビームを力場で防ぎつつ、強引、且つ一気に距離を詰めて斬りかかる。
銃剣で応戦するエムであったが、接近戦はジュンイチに分があるようで、次第に追い詰められていく。
そして――
「もらった!」
ついに彼女の手からライフルが弾かれた。これで終わりにすべく、ジュンイチが爆天剣で斬りかかり――
叩き落とされた。
突如突入してきた何者かの体当たりを受け、地面まで叩き落とされたのだ。
「く…………っ!」
なんとか受け身をとり、地面に叩きつけられるのは回避できたが――身を起こし、ジュンイチは乱入者の姿を確認する。
全身装甲タイプのIS――しかも体当たりしてきた一機だけではない。タイプ違いが、総勢五機。
「お前達、どうして……?」
「スコールの指示だ」
「そうそう。
『オータムの迎えに行ったエムが遊んでるようならさっさと連れ戻せ』ってね」
「お前、信用されてないよねー。アハハ!」
「まぁ、予想通りだったワケだしな」
「黙れ。お前達ガラクタ人形よりはマシだ」
「ムダ口はそこまでだ」
乱入者達とエムとのやり取りに口をはさむのは、ジュンイチを体当たりで吹っ飛ばした最初の乱入者だ。
「退くぞ」
「…………チッ」
舌打ちし――それでもエムは従った。オータムの手を取り、乱入者達と共に離脱を図る。
「させるか!」
そうはさせじと、ラウラがレールカノンを放つが、
「…………フンッ」
乱入者のひとりが手をかざし――レールカノンの砲弾は“空中でピタリと停止した”。
これは――
「バカな……!? 停止結界だと!?」
ラウラが思わず声を上げ――こちらが動揺している間に、敵機はその場から離脱していった。
「……チッ、やってくれたな……てて……」
敵が去ったことでダメージを改めて自覚した。背中を打ちつけた痛みに顔をしかめてジュンイチがうめく。
「大丈夫ですの?」
と、そんな彼のもとへと舞い降りてきたのはセシリアだ。
「大丈夫。問題ねぇよ」
「すみません。わたくしをかばっていただいて……思わず気が動転してしまって……」
答えるジュンイチに対し、セシリアが先の失態を詫びつつ頭を下げる――そんな彼女にため息をつきながら、ジュンイチは先の乱入者のことを思い出していた。
(さっきのヤツらは、まさか……
……そうか……ようやく“出てこれた”のか……)
(……“ヴァルキリーズ”……)
一方、その頃、第四アリーナでは――
「あいあ〜む、うぃなぁぁぁぁぁっ!」
『オォォォォォォォォォォッ!』
すでに演劇の体をなさなくなっていたバトルロイヤルは、並みいる挑戦者を薙ぎ払った鷲悟が勝利を収めていた。
「……うぅっ、鷲悟ってば、ボクらまで一緒くたに……」
「こっちがIS装備を使えないからって……っ!」
「うぅっ、一夏はどこへ行ってしまったんだ……?」
「鷲悟、後で覚えてなさいよ……っ!」
シャルロットやカレン、箒、鈴をも豪快に巻き込んで。
「……と、いうワケなのよ」
「はぁ……」
夜、寮の自室。
学園祭も終わり、一夏は忍を連れてやってきた楯無から事情の説明を受けていた。
最近になって、一夏を狙って妙な連中が動き出していたこと。忍の転入や楯無が一夏との同居を画策し、ジュンイチによって阻止された後も頻繁に出入りしていたのはその予防線のためだったこと。そして――
「さすがは更識家当主。
“対暗部用暗部”の肩書きは伊達じゃなかったか」
ジュンイチの語った、楯無の肩書きについて、等々……
「あら、そういうジュンイチくんこそ、気づいて独自に動いてたみたいじゃない。
疑似AIに校内を見張らせたりしちゃって」
「へっ、オレのはあくまで“ついで”だ。
確かに気づいて、対策を立てたりしたけど、オレがIS学園に来た本命の理由は別にあるんだからな」
楯無に答えて、ジュンイチはまとめた荷物をまとめ終え、
「オラ、引越し準備完了だ。さっさと部屋へ案内しやがれ」
「えぇ、わかってるわよ。
……私の下着とか物色してもいいけど、日常使う分は残しておいてね?」
「せんわっ!」
ぎゃあぎゃあと騒ぎながら、暗躍好き二名が退場――するかと思われたが、
「あ、そうそう」
不意に足を止め、ジュンイチは部屋に残っていた忍へと向き直り、
「忍、パース」
「…………?」
放り投げられた“それ”を、忍は困惑気味に受け取り――その正体に気づいた。
「こ、これは……!?」
「そう。
一夏の王冠だ――意味は、わかるよな?」
それは演劇の際に一夏がかぶり、ジュンイチによってすり替えられ、そのまま行方知れずになっていた王冠であった。
そして、この王冠には、所有者との同居の権利が付随していた。それを渡されたということは――
「正式な一夏の護衛はお前だからな。
で、あるからには、お前にこの王冠を託して、一夏のそばにおいておくのが最善ってもんだ」
「お、おい、ジュンイチ!?」
「じゃ、今度こそあばよ〜」
「こらーっ!」
一夏が声をあげるが、あっさり無視したジュンイチは今度こそ楯無と共に去っていった。
「……え、えっと……忍?」
こうなったら、忍本人の良識に期待するしかない。恐る恐る忍へと振り向いて――
「……織斑一夏」
「お、おぅっ!?」
「……これから共に暮らすのだから、もっと馴れ馴れしく『一夏』と呼んだ方がいいか?」
「……好きにしろよ」
もう、反論する気力も残っていない――真剣に尋ねる忍の言葉に、一夏はその場に崩れ落ちるのだった。
祭去り
新同居人
いらっしゃい
次回予告
鷲悟 | 「おぅ、鷲悟だ。 そういえば……例の出し物投票はどこが勝ったんだ?」 |
一夏 | 「そういえば……」 |
楯無 | 「私も参加者側だから、知らされてないのよね。 フフフ、ちょっと楽しみだわ」 |
ジュンイチ | 「いいのか? そんなこと言ってて。 なんか意外な結果が出たみたいだぜー」 |
鷲悟 | 「次回、IB〈インフィニット・ブレイカー〉! |
『出し物投票、決着! 鷲悟と一夏はどこへ行く!?』」 | |
ジュンイチ | 「さーて、これから忙しくなるぞーっ!」 |
(初版:2012/02/09)