「…………何?」
ジュンイチから話を聞き、千冬は眉をひそめた。
「私に……貴様を鍛えろというのか?」
「あぁ」
返ってくるジュンイチの回答は実にシンプルだった。
「束のところに身を寄せているお前が、いきなりやってきて何かと思えば……」
「突然の話で迷惑かけるのは重々承知だ。
けど……アンタしかいないんだ」
その言葉に、千冬は軽くため息をつき、
「……イタリアでの一件か?」
「――――っ」
「図星か」
放った一言でジュンイチが身を強張らせたのを見て、千冬はため息を重ねた。
「そんなに、ミフユを守りきれなかったのが悔しいのか?」
「それもあるけど……今のままじゃ、ダメだから……」
千冬に答えて、ジュンイチは視線を落とした。
「悔しいけど、あのビット使いの実力はオレより上だ。
能力面で足りない部分を技と智略で補う。それがオレのスタイルなのに……その一方、技で、完全に負けてる……っ!
あれが、この世界の『一流』……アンタ達のいるレベル……
そんなヤツらに、イタリアの時のような小競り合い程度じゃなく、本気で敵対されたら……今のオレじゃ、みんなのことを守りきれない」
「『みんな』……お前の兄妹や、織斑達のことか」
「あぁ」
「……お前にとって、アレらは未だ“守る対象”ということか……
アレらもまだまだ強くなっている最中だ。ひょっとしたら、自分よりも強くなるかもしれない……とは考えないのか?」
「ンなのは関係ないよ」
千冬の返しに、ジュンイチはキッパリと答えた。
「そう。関係ない――アイツらが強かろうが弱かろうが、そんなことはな。
たとえオレより強いヤツであっても、そいつがオレの“身内”であるのなら、オレはすべてを懸けてそいつを守る。
あぁ、そうさ。そこに危機があるというのなら……」
「アンタだろうが、守ってみせる」
一切の迷いなく、ジュンイチは堂々と宣言する――そこに彼の“本気”を見て、千冬は思わずきょとんとして――
「……ぷっ、あははははっ!」
次いで、盛大に吹き出した。
「こいつは傑作だ。
私を守るときたか。お前が、この私を」
「言ったはずだぜ。
相手が……」
「『自分より強かろうが弱かろうが関係ない』だったな」
先の言葉をくり返そうとしたジュンイチの先手を千冬が打つ。
「いいだろう。その貪欲さが気に入った。お前の面倒は学園で見てやろう。
……束の方が、心配ではあるがな」
「確かに、オレのいない間にハメ外さなきゃいいんだけど。
一応、おとなしくしているように釘は刺しといたんだけど……足りないかな?」
「いや、そこは心配していない」
千冬の目から見ても、束がジュンイチにベタ惚れなのは明らかだ。そのジュンイチに『おとなしくしていろ』と言われたのなら、嫌われたくない一心でおとなしくしていることだろう……少なくとも、対外的には。
「私が心配しているのはアイツ自身だ。
織斑達の話を聞く限り、最近のアイツのライフラインはお前に完全に依存していたようだからな。そのお前がいなくなると……」
「………………
……一応、週末とかこまめに様子を見に戻るわ」
「頼むぞ。
“あんな”でも、一応私の幼なじみだからな」
ジュンイチに答えて、千冬は軽く息をつく。
「さて、それはそうと、お前の訓練だが……あいにく、私もつきっきりで見てやれるようなヒマはないからな。
課題をくれてやる。その中で自分なりに自分を鍛えてみせろ」
「あぁ。さすがにそこまでぜーたくは言わねぇよ。オレが考えるよりもマシな訓練メニューをくれるだけでも十分だ。
で? 何しろって?」
「何、簡単な話さ――」
「………………ん」
急速に意識が浮上する――目を覚まし、ジュンイチはベッドの上で身を起こした。
「夢、か……」
頭をかきながら、現在地を確認――IS学園、3年生寮、その一室。
昨夜の内に荷解きを終え、整えられた室内を見回しながら、夢の内容を思い出す。
――否、夢ではない。アレは実際にあったことの記憶――
「……あのやり取りの果てに、一夏達の教官役を任されたんだよなぁ……」
千冬の意図はわかる。訓練にしろ教育にしろ、“人にものを教える”ということは、教える側にとっても何かしら得るものがあったりするものだ。
単に自分で自分を鍛えるだけの自主トレとは違う。人を教え、鍛えることで、今までとは違う角度から学べ――そういうことなのだろうが……
「……なんか、そことは別のところで面倒を背負わされているような気がする」
きっとそれは気のせいなどではないだろう。ジュンイチがため息をつき――
「あら、こんな美少女と同居できることになったのに、『面倒』とはごあいさつね――」
「男と同居してる自覚があるんなら服着て出てこんかぁぁぁぁぁっ!」
バスタオル一枚でシャワールームから出てきた楯無に対し、ジュンイチは自分のマクラ(低反発)を思い切り“蹴り込んだ”。
第47話
出し物投票、決着!
鷲悟と一夏はどこへ行く!?
「みなさん、先日の学園祭ではお疲れさまでした。
それではこれより、投票結果の発表を始めます」
やがて日は昇り、また“今日”が始まる――そしていよいよ一夏&鷲悟争奪戦の結果発表である。
「私達生徒会も出し物を出した側。公平を期すために、集計は先生方にお願いして、私達もまだ結果を知らないの。
どんな結果かは知らないけど……競い合った者同士、負けたくはないところね。
では、先生方、発表をお願いします!」
楯無がそう前置きし、いよいよトップ3の発表である。
「第三位……」
「生徒会主催、観客参加型演劇“シンデレラ”!」
まず挙がったのは生徒会の名。
「負けたくない」と宣言したところにいきなり3位確定――全員の視線が楯無に向くが、彼女の態度に変化はない。
しかし、広げた扇子の『無念』の二文字が、彼女の心情を物語っていた。
「第二位――」
「一年一組主催、“ご奉仕喫茶”!」
『――――――っ!?』
その結果に、一夏達は思わず顔を見合わせた。
クラスの出し物が二位。つまり、これで鷲悟の強制入部はなくなったことになる。
しかしまだ、一位の“賞品”である一夏が残っている。そもそも、自分達は一夏も鷲悟も、二人の強制入部、両方をつぶすため、一組と二&四組合同チームとでワンツーフィニッシュを狙っていたのに――
いったい一位はどこなのか。それ次第で一夏の命運が決まる。
「第一位――」
そしていよいよ第一位の発表だ。体育館に集まっていた全生徒がゴクリとツバを飲み込んで――
「臨時教員、柾木ジュンイチ主催、学祭総合案内所!」
『………………は?』
ぽかん、と全員が――ジュンイチも含めて――口を開く。
しかし、すぐに我に帰った全員の視線が、教師陣の列の中にいるジュンイチへと集まった。
「…………どういうことかしら?」
「い、いや、ちょっと待て。
オレだってワケわかんねぇよ。なんでウチが一位? いや、確かに“出し物”扱いだったワケだし、票が入ること自体はありえない話じゃないけど……えぇっ!?」
壇上から尋ねる楯無だったが、そのジュンイチも今回は予想外の結果だったらしく、珍しく本気で狼狽している。
「落ち着いてください、柾木くん。
えっと、まず、あの大量の票はどこから……?」
「んと……」
あの真耶に諭されるくらいなのだから、ジュンイチの混乱ぶりは推して知るべし――促され、ジュンイチは息をついて、
「とりあえず、その大量票の出所はわかってる。
マジメにウチに入れてくれた子の票以外は、全部浮動票だよ、コレ」
「浮動票……?」
「あぁ。
まず、この投票の大原則として、自分の所属するクラスや部活には投票できない――そんなのを認めたら、クラスの出し物や人数の大きな主要な部活がどうしても有利になっちまうからな。
けど、そんなこと言われたって、人間誰だって自分のトコをひいきしたいものだからな。他に投票する気にもならず、そうした票はどこにも流れずただ漂うだけの浮動票になる。
そして……オレはそれらに目をつけた。そうした浮動票を捕まえ、勝たせたい出し物に流すことを考えた」
「…………具体的には?」
「投票を呼びかけたのさ――」
「配布した案内アプリを使ってね」
楯無に答えたジュンイチの言葉に、多くの生徒が自分の携帯電話を取り出すのが見えた。
「段階として、まずダウンロード時にGPSのIDとして打ち込んでもらった投票整理番号を出し物投票の受付データベースと照合。随時ダウンロードした子の投票を監視する。
そして、学祭終了一時間前までに投票がされていなかった場合、投票を促すメッセージを表示。
それでも投票しない子に対しては、最終的にこちらへ投票を委任してくれないか打診。OKをもらったら晴れてこちらの好きに投票させてもらう……と、そういう仕組み」
順を追って説明していくジュンイチの話に、次第に各所から不満の声が上がり始める。
「卑怯! ズルイ! イカサマ!」
「そんなの、投票結果をいくらでも操作できるじゃないの!」
「私達がんばったのに!」
「はっ! やかましいわっ!」
そんな声に対し、ジュンイチもまた真っ向から受けて立った。
「何のために、委任を求める前に自分で投票するようアナウンスする段階をはさんでると思ってやがる!
こっちはちゃんと『自分の入れたいところに投票しろ』と呼びかけてる! 委任を受ける時にだってちゃんと本人の承認を得てからだ! 完全に同意が成立してんだよ!
そして何より――投票のルール上、投票権の委任を禁止してはいない!
よって、オレの策はまったくの合法! まったくの無問題! 文句を言われる筋合いないわっ!」
一同の不満を一蹴し――と、そこでジュンイチは動きを止めた。めんどうくさそうに頭をかき、
「とはいえ、だ……オレも正直、この投票結果は意外なんだわ。
プログラムのシステムとしては、委任をもらった浮動票は、全部一年一組と二&四組合同チームに振り分けるはずだったのに……なんで一括して案内所
に入ってんだ?」
「私に聞かれても困るわよ。私はキミの仕掛けを知らないんだから」
首をかしげるジュンイチに問われ、楯無もため息まじりに答える。
「プログラムのバグとかじゃないですか?」
「それこそないと思うんだけどなぁ……
デバッグは当然のこととして、動作確認だって徹底的に………………あ」
真耶に答えかけたジュンイチの動きが止まった。
その姿勢のまま、ダラダラと流れる冷や汗――クルリと背を向けるとウィンドウを展開。プログラムの一部をチェックして――
「………………投票先の指定……全部、動作確認の時に仮設定した案内所宛のままだった……
そ、そりゃ、浮動票全部こっちに来るわな、あはははは……
『あ、アホォォォォォッ!』
乾いた笑いを浮かべるジュンイチに、場の生徒全員からツッコミが入る。イカサマだけでもそうそうなのに、さらに凡ミスで一位をかっさらわれたのだからムリもない。
「た、楯無……今からでも委任受けた分、振り分け直しちゃダメ?」
「ダメに決まってるでしょ。それこそルール違反だわ」
壇上にまでやってきて耳打ちしてくるジュンイチだったが、楯無はあっさりと一蹴。意地の悪い笑みを浮かべ、
「それに、さっきキミが言ったのよね? 『この結果はルール上問題のない、正当なものだ』って。
自分で言ったことなんだから、観念して受け入れて……みんなから、怒られなさい?」
「そ、そんなぁ……」
楯無の言葉にジュンイチがガックリと肩を落として――かくして、一夏の部活の所属先はジュンイチに一任されることが決まり、投票結果発表会は幕を下ろしたのだった。
「……と、ゆーワケで。
オレが各方面からの突き上げから身を守るためにも、一夏の所属部活をなんとかしなきゃならなくなった。
お前ら、何かアイデア出せ」
「自分の保身しか考えてない上に他力本願だな、おい!?」
「しかも態度のデカさがムダにムカつくしっ!」
一年一組の教室、時は放課後――壇上でめんどくさそうに頬杖をつき、告げるジュンイチに一夏や清香がツッコミを入れた。
「ジュンイチはどう考えてるんだよ?
方向性くらいは、考えてるだろ?」
「んー、とりあえず、既存の部活は全面パスかな? どこに入れても角が立つのが目に見えてる。
となると……やっぱり、新規に部活を立ち上げてそこにブッ込むのがベストだろ」
鷲悟の問いに対し、そう答えて肩をすくめるジュンイチだったが、その場合問題になるのが“どんな部活にするか”だ。
それに、一夏も部活に対してそれほど乗り気ではない。というのも――
「って言われてもなぁ……
オレとしては、放課後はISの特訓に時間を割きたいしなぁ」
「だったら、そーゆー部活にするか?
『IS特訓部』とか言って」
「それ……申請通らないんじゃないかな?
この学校じゃ“やって当たり前”のことなんだから」
「だよなぁ……」
一夏に答えたジュンイチのアイデアはシャルロットにつぶされた。
「そう言うシャルロットは、何かアイデアはないのか?」
「ボク?
うーん……」
ラウラに問われ、シャルロットはしばし考え、
「…………ホスト部?」
「ネタ的にも実活動的にも危険な香りしかしないからやめときなさい」
鈴が速攻でツッコんだ。
「そもそも、申請が通ったとしても、『“ホスト”部』なんてこの学校じゃ最大二人しか部員集まらないじゃない」
「そっか……部活ってことを考えたら、織斑くん以外にもそれなりに部員をそろえなくちゃいけないんだよね」
「そこは心配しなくてもいいでしょ。
どーせ、イモヅル式にここにいるメンツの帰宅部組はみんな入ることになるだろうし」
癒子にそう答えると、あずさはジュンイチへと視線を戻し、
「とはいえ、他にも必要なものってあるよ。
部室や部費は申請が通れば学園側から用意してもらえるとは思うけど、顧問の先生とかはどうするの? お兄ちゃんがやるとしても、お兄ちゃんがここで教官やるのって期間限定なんだよね?」
「んー、まぁな。
とりあえず、オレがここにいる間はオレがやるさ。
で、その後の後任についても、一応話だけは通してる」
『あぁ……』
その言葉に、全員が納得する――自分達の傍らで、真耶が居心地悪そうにしている、その理由に。
ジュンイチが教官でなくなれば、彼女がその後を引き継ぐことになるのだろうが――
『………………不安だ』
「どういう意味ですか!?」
総じてダメ出しされた真耶が悲鳴を上げた。
「では、後は本当に何の部活にするか、だけなのか……」
「だな。
一夏にさっき話した通りの要望がある以上、できる限り両立できるものが望ましいよなー……
最悪名前だけ登録して活動には参加しない……って手もあるけど、一夏としちゃ本意じゃないだろ?」
「当たり前だ。ンな不誠実なマネができるか」
忍に答えたジュンイチからの確認に、一夏もキッパリと返す。
「やれやれ、マジメだことで」
「マジメというか……」
ジュンイチに言いながら、一夏は軽くため息をつき、
「現在進行形で部長から突き上げをもらってる幽霊部員を知ってるからな」
「う゛………………」
一夏の言葉に問題の“幽霊部員”がうめいているが、とりあえずは無視だ。
「というか、そもそもこの学園にどんな部活があるのか、ちゃんとわかってるの?
いざ決めて申請しても、『もうある』じゃ話にならないわよ」
「あー、そっか。それもあったな。
じゃあ……とりあえず楯無んトコにでも行って、部活動のリストもらってくるわ。生徒会室ならそーゆーのもあるだろ」
鈴の言葉にうなずくと、ジュンイチは軽く息をつき、
「じゃ、今日はもうこの辺で話し合いはお開きにするか。どんな部活があるかわからん内から根を詰めて話し合っててもどうしようもないし」
「そうだな。
じゃあ、一夏、アリーナ行くか? 今からならけっこう特訓とかできそうだ」
「あぁ、そうだな」
鷲悟の問いに一夏がうなずき、周りのメンツも「じゃあ私も」とばかりに次々立ち上がり――
「あー、簪」
そんな中、ジュンイチが簪を呼び止めた。
「…………? 何?」
「いや、今言った通り、これからお前の姉ちゃんのトコにいくからさ、何なら……」
「いい。
私達は作業室に行かなきゃならないから……あずさ、行こう」
「あ、ちょっ、簪ちゃん!?」
ジュンイチの提案を一蹴し、簪はあずさを伴って教室を出ていく――それを見送って、ジュンイチは軽くため息をつき、
「……あの二人、ホントにいつもベッタリだよな。
我が妹ながら、百合の道に走らないか心配だよ」
「って、心配するところ違わないかな!?」
「そで気にするなら、簪が会長を避けてるところでしょ!?」
「それを言い出したら、オレ達の周りって問題だらけだと思うんだけど?」
突っ込んでくるシャルロットと清香に、ジュンイチもそう返す――その意図するところに気づき、一同の表情が曇る。
「…………のほほんさんのこと……だよな……」
一夏が代表して口にする――そう。この場に本音の姿はない。
学園祭のお祭りムードにあてられて(目に見える限りは)落ち着きを取り戻した(ように見える)鷲悟と違い、本音はまだまだ復活にはほど遠い状態にあった。
それどころか、あの学園祭の明るい空気によってミフユとの短くも楽しかった時間を思い出してしまったようで、最近は生徒会室で姉、虚にベッタリの状態が続いていた。
「なんとかしてあげられればいいんだけど……」
「今オレ達にできることなんかタカが知れてるさ」
シャルロットのつぶやきをジュンイチが一蹴した。
「せいぜい、その場しのぎの気晴らしぐらいだよ。ヘタにつついても泥沼になるだけだ」
「じゃあ、ほっとけって言うの?」
「そうは言わないさ」
返す癒子に、ジュンイチはそう答えた。
「ヘタにつつくのがマズイなら、ヘタにつつかなきゃいい――動く時は慎重に、ってこと。
じゃ、生徒会室に行ってくらぁ」
そう言い残して、ジュンイチは教室を出ていく――それを見送り、一夏と鷲悟は思わず顔を見合わせるのだった。
「……こちらが、この学園の部活動の一覧になります」
「おぅ、サンキュ。
……んー、やっぱり定番どころは一通り押さえられてるなぁ……」
「まぁ、そこはむしろ当然ね。だってここは学園なんだもの」
虚からリストをもらい、軽く目を通してため息をつく――そんなジュンイチに、楯無はクスリと笑みをもらしてそう答えた。
「できれば、一夏の要望どおり時間の融通のつく部活にしたいんだけどなぁ……」
「かと言って、中途半端な部活じゃ申請は通せないわよ。
だって私は生徒会長だもの」
「わかってるよ」
楯無に答え、ジュンイチはなおもしばしリストとにらめっこ。そして――
「……ダメだー。いいのが浮かばねー……
しょうがない。こうなったら……」
「フフフ、あきらめてどこかの部活に放り込むのかしら?」
「バカ言え。そんな簡単に白旗揚げてたまるか」
楯無に答えて、ジュンイチは――
「こうなったら、秘策中の秘策――」
「保留っ!」
堂々と、問題を先送りにしてくれた。
「どーせ、思いつかねぇ時は何やっても思いつかねぇんだから、思いつきそうな時にまた考えるっ!
幸い明日から土日で休みだ。街に出て、気分転換兼ねてネタ探しでもしてくらぁ。そんじゃな!」
言って、ジュンイチはもらったリストを手に生徒会室を出てい――こうとしたが、
「あぁ、ちょっと待ってください」
ふと、虚がジュンイチを呼び止めた。
「ん? 何?」
「あの、こういうことはあなたよりも織斑くんに聞くべきなんでしょうけど……」
足を止めたジュンイチに対し、虚はそう言って何やら話を進め辛そうにしていたが、やがて意を決したように口を開いた。
「……あ、あの、織斑くんが学園祭で招待していた彼は……」
「あぁ、弾のこと?」
「弾、くん……?」
「そ。
五反田弾。一夏と鈴の、中学時代クラスメートなんだとよ」
「中学時代の……
つまり、織斑くんと同い年……
……二つも年下……」
「………………?」
ブツブツとつぶやく虚の様子に、何事かと首をかしげていたジュンイチだったが――察しがついたのか、その口元がニヤリと歪んだ。
「ほほぉ、なるほどなるほど。
つまり、虚さんは学園祭で出逢った弾のことが忘れられない、と。
いわゆる“一目ぼれ”ってヤツ?」
「ひ――――っ!?」
ジュンイチの指摘が図に当たったか、虚が耳まで真っ赤になった。
「ま、ままま、柾木くん、いったい何を――」
「オーケーオーケー! 皆まで言うな!
一夏からそれとなくアドレス聞き出しといてやる! 待て吉報! ぃやっほーいっ!」
しどろもどろになる虚に対して一方的にまくし立てると、ジュンイチは実に楽しそうに生徒会室を飛び出していった。
「……どう見ても、自分が楽しんでたわね、アレは」
その姿はまさに、新しいオモチャを見つけた子供のソレだった……クスリと笑みをもらし、楯無は独りつぶやいた。
「まったく、難儀な子よね。
あぁして人の恋愛には鼻が利くのに、どうして篠ノ之博士やカレンちゃんの気持ちに気づけないのか、正直理解に苦しむわ。
それに……」
そして、楯無は“そちら”へと視線を向け、
「週末の話も、何を考えているのかだいたい想像がつくしね……」
そう。楯無は見逃してはいなかった。
自分達とバカなやりとりを繰り広げてながらも、落ち込み、物置状態の本音の様子をチラチラとうかがっていたことを――
「……と、ゆーワケでっ!
やってきました、駅前商店街ぃ〜っ!」
「何が『と、ゆーワケで』だよ……」
モノレールを下車、商店街を前にテンションを上げるジュンイチに、となりに立つ鷲悟がため息まじりにツッコミを入れた。
「アイデアに詰まってたのお前だけだろ?
なんでオレ達まで――」
「オレだけじゃないぞー。
簪達もIS開発で詰まってたみたいだし、一緒に気晴らしじゃー♪」
「だとしても、オレ達やっぱり関係ないよな?」
「まぁまぁ、みんなで動いた方が楽しいし」
うめく鷲悟にそう答え、シャルロットは鷲悟に耳打ちする。
「それに、ほら、布仏さん」
「あぁ……」
うなずき、鷲悟はここまでついて来たはいいが、魂が抜けたように何に対しても反応を示さない本音へと視線を向けた。
「早く元気になってもらいたいじゃない。
だから、ここは布仏さんのためにも……ね?」
「あぁ。
あぁも近くでいつまでも沈んでいられると、気になってしょうがない」
「……そうだな。
簪さんのためと思えば、それもアリか」
ラウラも乗っかり、シャルロットは彼女と共に鷲悟を説得――そう折れて鷲悟は軽く息をつき、
(それに……オレもオレで、このシチュエーションは悪くない)
胸中でつぶやき、交互に見るのはジュンイチとセシリア。先日、二人がいるのを見かけた時の事を思い出す。
(セシリアは、ジュンイチのことが好き……なんだよな。
でなきゃ、あぁもしょっちゅう一緒にいないもんな)
自分の方が明らかに『いつも一緒にいる』のだが、そこは鷲悟。『同室なんだから当たり前』とあっさり自己完結してしまう。
(ったく、セシリアも水臭いよな。
オレの弟のことなんだし、ルームメイトのよしみで教えてくれてもいいのにさ)
軽く息をつき――鷲悟の腹は決まった。
(よし、そっちがそうならこっちもその気!
セシリアが相談してくれずに独りでアプローチをがんばろうっていうなら、オレだって独りでお前らをくっつけるためにがんばるまでだ!)
まず自分が相談しないせいでカン違いがどんどん加速していっているのだが、残念ながらそんな鷲悟の考えに気づいてツッコんでくれる救世主はいない。
(見てろ、セシリア!
未来の義兄が、お前に力を貸してやる!)
気合を入れて、拳を握りしめて――
――――ズキンッ。
心のどこかで、何かが痛みを発していた。
「う〜ん……」
所変わって、世界のどこか――ラボの自らのイスに腰かけ、束は軽くうなり声を上げていた。
「じゅんくんが女の子と同居じゅんくんが女の子と同居じゅんくんが女の子と同居じゅんくんが女の子と同居じゅんくんが女の子と同居じゅんくんが女の子と同居じゅんくんが女の子と同居じゅんくんが女の子と同居じゅんくんが女の子と同居じゅんくんが女の子と同居……」
悩みのタネはズバリジュンイチ――彼が、IS学園で楯無と同居することになったことである。
「いっくんをあの女の毒牙から守るためだったとはいえ、何も自分がその毒牙にかからなくてもいいのに……」
つぶやき、もう一度ため息をつく。
「そもそも、そんな大事なことなのに、メール一本で知らせてきて『ハイ、終わり』なんて、この束さんへの愛が足りないんだよ、愛が」
学園祭が終わり、ジュンイチ(と箒達)との別れを惜しみながらこのラボに帰還したところでいきなりメールで知らされるこちらの気持ちも考えてほしい。しかも『言い忘れてたけど』なんておざなり感バリバリのタイトルで。
「……うん! やっぱり心配だよ!
こうなったら、私もいざIS学園へ!」
そばにいられないこの状況がもどかしくてしょうがない。そう言って席を立つが――
「……でも、“この子達”のこともあるんだよねー……」
すぐにその元気もしぼんでしまった。ヘロヘロと花がしおれるように席に戻る。
そんな束の目の前のウィンドウに映るのは、学園祭の裏での対峙の際、エムを援護した全身装甲のISの一団である。
「じゅんくんの読み通り、やっぱり“ゆーれいくん”のところにいたんだね……
ま、この束さんの目を盗んで持ち込んでいられるような場所なんて、あそこくらいだけど」
ため息まじりにつぶやき――しかし、すぐにその口元に笑みが浮かんだ。
「けど、予想通りあそこにいてくれたおかげで、こっちもこっちで計画通りに事を進められるよ。
あの子達のシステムも装備も、ちゃんと設計通りに作られてるみたいだしね……」
画面に映るISの一団から計測されるデータの値は、まさに自分達の想定した、自分達の望む通りの値を示している。
「それにしても……フフッ、まさかこの束さんが、いっくんとか箒ちゃんとかちーちゃんとかじゅんくんとかあーちゃんとかしゅーくんとか……だけじゃなくて、もっといろんな子のために動く日が来るなんてね。
でも、そっちの方がアレとかコレとかおもしろくなりそうだし……よーし、がんばるぞーっ! おーっ!」
言って、軽く拳を宙に突き上げる束の視界の片隅に――
“デザインが一新され”、“取りつけられないはずの追加装備を装着した”白式の3Dモデルが表示されていた。
暗躍と
共に立てます
パワーアップフラグ
次回予告
鷲悟 | 「おぅ、鷲悟だ。 ジュンイチ達の気晴らしに付き合う形で、街に出たオレ達なんだけど……」 |
ジュンイチ | 「んー、見つからないなぁ、新部活のネタ……」 |
一夏 | 「頼むからまともなネタにしてくれよ……」 |
ジュンイチ | 「大丈夫。 邪教崇拝部とかよりはマシな部活にしてやるよ」 |
一夏 | 「それと比べたらたいがいの部活は『はるかにマシ』にならないか!?」 |
鷲悟 | 「次回、IB〈インフィニット・ブレイカー〉! |
『スタンダーズ誕生! やっぱり一夏はこうじゃなきゃ!』」 | |
ジュンイチ | 「さーて、どんな部活にしてやろうかなー?」 |
(初版:2012/02/16)