「はぁ……」
「ん?
どうした、山田先生?」
IS学園、職員室――ふとため息をもらした真耶に気づき、通りかかった千冬が声をかけた。
「あ、織斑先生……
いえ、織斑くん達、今日は部活のことでお出かけじゃないですか」
「あぁ……ネタに詰まって、気晴らしに出ると言っていたな」
「えぇ……
ゆくゆくは顧問を引き継ぐワケですし、私も行った方がよかったんじゃないかと……」
「心配ないだろう。
あれだけ専用機持ちが顔をそろえていれば、多少のことでは揺るがんよ」
「それはそうなんですけど……」
「あぁ、それに……柾木弟が面倒を見る相手をこれ以上増やすこともなかろう」
「私が見られる側ですか!?」
千冬の言葉に思わず声を上げて――と、不意に思い出したように、真耶は机の上のメモを一枚取り上げ、
「それはそうと……先ほど連絡がありました。
“モノ”の駅前への到着が予定より少し早くなりそうなので、警備の配置の前倒しをお願いします、と……」
「そうか、わかった」
真耶の言葉にうなずき返し――千冬はふと動きを止めた。
一夏の出かけた先、そして今の連絡……
(どちらも、同じ駅前か……)
「変にかち合わなければ、いいんだがな……」
思わず口に出すが――同時に「どうせかち合うんだろうな」と確信にも似た思いも抱いてしまい、イヤな予感が頭から離れない千冬は人知れずため息をつくのだった。
「……なぁ、ジュンイチ」
「んー?」
かけた声には生返事――思わずこめかみが引きつるのを感じながら、鷲悟は努めて冷静に続けた。
「オレ達……一夏の入る部活の内容を考えるのに煮詰まって、あのまま学園で考えていても埒があかないからって駅前に出てきたんだよな?」
「あぁ、そうだな」
「で……なんで現在地がカラオケ?」
「言ったはずだぞー、『まずは気晴らしだ』って」
あっさりとジュンイチが答える。
「完全に煮詰まっちまってたからな。こういう時は、思いっきり遊んで、頭ン中スッキリさせちまうのが一番さ。
……と、いうワケで一番っ! ガリレオ・ガリレイの『明日へ』! 柾木ジュンイチ、いきまーすっ!」
「あぁっ! ちょっと、ジュンイチ! 何さりげにマイク確保してんのよ!
それにそれ、あたしが歌いたかった曲ーっ!」
「ハァ…………」
大人げなくマイクの奪い合いを始めたジュンイチと鈴の姿に、ため息を抑えられない鷲悟であった。
第48話
スタンダーズ誕生!
やっぱり一夏はこうじゃなきゃ!
(くそっ、くそっ、くそっ!)
苛立ちを抑えきれず、オータムは内心で毒づき続けていた。
(このオータム様がバックアップだと!?
なんでこんなつまんねー仕事しなきゃならねーんだ!?)
いや、理屈としてはその理由はすでに理解している――原因は先日のIS学園学園祭での戦いである。
あの戦いで彼女のIS“アラクネ”は深く傷ついた。修復には少なからず時間がかかる。
そんな状態で、間髪入れずに決行することになったこの作戦のメインは務められない――それはわかる。
だが――理解はできても納得はできない。
そして何より不満なのが――
(サポートするのが……よりにもよってあの“ブリキ人形”かよ!?)
《不満か? “アラクネ”》
《当たり前だ!》
個人間秘匿回線でかけられた声に、すかさずオータムは切り返した。
《何が悲しくて、お前みたいなガラクタどもの面倒を見てやらなきゃならねぇんだ!?
スコールの指示でなきゃ、お前らなんぞ!》
《やれやれ、エムといい我々といい、貴様からはよほど不評を買っていると見える。
だが、その“スコールの指示”がある以上、やるべき仕事はやってもらうぞ》
「チッ……」
返され、舌打ちをもらし――オータムは不意に“それ”を見つけた。
その意味するところに気づき、口元が邪悪に歪む。
「…………おい」
《…………何だ?》
《多少……ミッションの難易度が上がるが、私の事情をはさんでもかまわねぇか?》
《いきなり何の話だ?》
《何…………》
《ちょっとした、意趣返しをな》
「……で、カラオケの後はゲーセンか。
とことん遊び倒すつもりだな……」
思う存分カラオケを堪能した後、一行が次にやってきたのはゲームセンター。騒がしい店内を見回し、一夏は「そういえば久しぶりだな」と少しばかりの懐かしさをかみしめる。
「よぅし、遊ぶぞーっ!
いこう、簪ちゃん!」
「え、あ、あずさ……!?」
さっそく張り切って簪を連れて駆け出すのはあずさだ。鷲悟が「店内では走るなよー」と注意するが、聞こえているのかいないか、そのまま店の奥の方へと消えていった。
「ここがゲームセンターですか……
わたくし、こういう場は初めてなんですが、ずいぶんと騒がしいんですのね」
「まぁ、筐体という筐体が『オレで遊べ!』って自己主張してるワケだしね」
一方、独特の喧騒に興味半分、わずらわしさ半分といった様子なのはセシリアだ。つぶやくその言葉に、清香が思わず苦笑する。
「フフフ、じゃあ、セシリアはボクがエスコートしてあげようかな?
たまにだけど、来たことがないワケじゃないから」
「え? そうなの?
シャルロットってゲームセンターに来るようなイメージないから、ちょっと意外……」
と、セシリアに声をかけるのはシャルロットだ。本当に意外そうに癒子がつぶやくと、
「出たばっかりのはずの『スマイルプリキュア』のキャラぬいぐるみがすでにフルコンプリートで部屋に飾られるくらい、『たまに』ねー」
「あ、あはは……」
鷲悟にすかさずツッコまれ、シャルロットの頬を流れる汗が一筋。
「ま、それはともかく。
こういう場所でのエスコートなら、やっぱコイツに頼むべきだろ――な、ジュンイチ?」
「は? オレ?」
「だって、このメンツの中で一番“ここに”通いつめてるの、間違いなくお前だぞ?」
「どうしてそう言い切れる?」
「見回してみろ――そして見ろ。各筐体のハイスコアを」
忍に答える鷲悟の言葉に、一同が思い思いに筐体へと視線を向ける――と、どの筐体もハイスコアランキングをひとつの名前が埋め尽くしているのがわかる。
曰く――『J.M』。この話の流れからして、誰を指しているのかは一目瞭然である。
「……ジュンイチくん、ちゃんとランキングに名前入れる人だったんだね……」
「って、ツッコむところそこじゃないでしょ。
アンタ、どれだけここで遊び倒してるのよ?」
「気にするな。オレは気にしない」
清香にツッコみ、にらみつけてくる鈴の視線を、ジュンイチはあっさりスルーする。
「まぁ……そういうことだから、セシリア。
モチはモチ屋。ジュンイチに任せておけば大丈夫だって」
「そ、そうなんですの……?
ですが、わたくし、その……し、鷲悟さんにエスコートしていただく方が……」
恥ずかしげにうつむき、ポツリ、と鷲悟を指名するセシリアだったが、そんな声ではゲームセンターの喧騒にかき消されて鷲悟の耳には届かない。
(この流れでジュンイチがセシリアに進めるゲームがあるとしたら、おそらく“アレ”で間違いない。
けど、それはこっちにとっても願ったり叶ったり! セシリアの絶技に感心するがいい、ジュンイチ!)
届かないからして、鷲悟はセシリアの想いの在り処をカン違いしたままで――「セシリアはジュンイチが好き」というカン違いのもと、彼女を自分にアピールしようと画策する鷲悟の思惑にはまるで気づかず、ジュンイチはしばし考え、
「……そうだな。
ゲーセン初心者のセシリアでも楽しめそうなもの、となると、やっぱりセシリアのスキルを最大限に活かせるものがいいよな……」
そうしてジュンイチが導き出した結論は――鷲悟の予想通りのものであった。
〈STAGE CLEAR!〉
「ふぅっ……」
ボスキャラの撃破とステージクリアを伝える声に、セシリアは息をついて銃型のコントローラを下ろした。
そう。ジュンイチがセシリアに紹介したのはガンシューティングゲーム――もちろん、セシリアのガンナーとしてのスキルからのチョイスであることは言うまでもない。
もちろん、そうやって見込まれるだけのスコアは叩き出していて――
「やっぱりすごいなぁ、セシリアは。
ここまでパーフェクトだよ」
「そういうシャルロットも、前にこのゲームでパーフェクトを出していなかったか?」
「まさか。タイムがぜんぜん違うよ。
タイムボーナスの分、セシリアの方が断然スコアで上を行ってるよ」
「なるほど……確かにそれは大したものだ」
そんなセシリアの技術に素直に感嘆の声を上げるのはシャルロットとラウラだ。
「くっ、剣術を活かせるゲームがあれば、私もあのくらい……っ!」
「まったくよ。
何で銃はアリで剣はナシなのよ?」
「アレ? 昔そういうのなかったっけ?
「んー、あったようななかったような……」
「あったはあったけど、あっという間にすたれていったんじゃなかったっけ?」
一方で自分達のスキルを活かせず、悔しがっているのは近接系の箒と鈴。そんな二人に、清香や一夏、癒子が在りし日のゲーセン事情を思い返す。
「ホント、大したもんだよ、セシリア。
な? ジュンイチもそう思うだろ?」
そんなセシリアのテクニックをジュンイチにアピールしようとする鷲悟だったが、
「ぅおっ!? 何だアイツ!?」
「二丁拳銃プレイでパーフェクトだと!?」
「クリアスピードもハンパねぇ!?」
「しかも見ろ!
1P側、2P側、スコアがピッタリそろってやがる!?」
「プロか!? プロなのか、アイツ!?」
当のジュンイチはそれ以上のスーパーテクでギャラリーをわかせていたりするワケで。
「………………」
と、そんな場の盛り上がりに気づいたセシリアは唐突にプレイをやめてしまった。たて続けに攻撃をくらい、あっという間にゲームオーバーになってしまう。
「セシリア……?」
「見ていてください、鷲悟さん」
声をかける鷲悟に答え、セシリアはコインを2プレイ分投入。2P側のコントローラを手に取る――二丁拳銃プレイの体勢だ。
「わたくし……負けませんから」
「お、おぅ……?」
いきなりやる気全開のセシリアの宣言に、鷲悟は思わずコクコクとうなずく。そして――
「セシリア・オルコット――乱れ撃ちますわ!」
ゲームスタートと同時、怒涛の連射――敵キャラ達は登場と同時に蹴散らされていく。
(……何か知らんが、やる気になってくれたみたいでよかったよかった)
とりあえず、これでジュンイチと競ってくれれば彼へのアピールにもなるだろう。それでジュンイチがセシリアに一目置くような展開にでもなってくれれば自分としても万々歳だ。
ひとまず思惑通りに事が進んでいることに満足し、鷲悟はうんうんとうなずいて――
――ズキンッ。
心のどこかで、何かが痛みを発していた。
「ハッ、のん気なもんだぜ。
これから一騒ぎあるってのによぉ」
そんな一行の様子を、オータムは人ごみに紛れ、カモフラージュにソフトドリンクを飲みながらうかがっていた。
《いきなりミッションの変更を申し立てて、何をするかと思ったら……
そんなに先日彼らに煮え湯を飲まされたのが気に入らないのか?》
「たりめーだ。
アイツらのおかげで、アラクネはズタボロでしばらく使えねぇんだ。
おかげでこの私がバックアップだ。嫌がらせのひとつもしてやらねぇと気がすまねぇ」
個人間秘匿回線で話しかけてくる、作戦ポイントで待機しているはずの通信相手にそう答えると、オータムは飲み終えたドリンクの紙コップを握りつぶし、ゴミ箱に放り込む。
「さて、そろそろ時間だ。
ターゲットは捕捉してるだろうな?」
《当然だ。
私を誰だと思っている?》
「はいはい。そーだったなー、ブリキ人形さんよ」
《………………っ》
オータムの言葉に、相手は気分を害したようだ。しかし、かまうことなくオータムは人ごみに紛れて歩き出す。
「さぁて……仕事はきっちりやりやがれよ。
きっちりやって……」
「ド派手な花火を頼むぜ、“ノワール”よ」
「………………」
「ジュンイチ……?」
「あ、あぁ、いや、何でもない」
よそ見していたところを一夏に声をかけられ、ジュンイチは我に返ってそう答える。
一行は現在、ゲームセンターを離れて通りに面したオープンカフェで一息入れていた。
そして、ジュンイチが何を察していたのかというと……
(今感じた気配は、確かに“亡国機業”のオータム……
ここに現れたってことは、狙いは……いや、でも、だとしたら今時分にこんなところでのんびりしてるとは思えないんだけど。
他に仲間が……? でも、それっぽい気配も感じないし……)
自分達を狙ってきたのか、とも考えるが、それにしては殺気がなさ過ぎたし、何を仕掛けるでもなく離れていってしまった。どういうことなのかと推理を巡らせようにも、現状では情報が少なすぎる。
「いやぁ、久々に遊んだ遊んだ」
「いい気晴らしになったね」
「うむ。兵士たる者、時には休息も必要だ」
そんなジュンイチをよそに、鷲悟達はすっかり休みを満喫していた。鷲悟の言葉に、シャルロットやラウラがうんうんとうなずき――
「…………で、部活の方はどうするの?」
『………………あ』
鈴の言葉に、三人が動きを止めた。
「……そういえば」
「す、すっかり忘れてたね……」
「不覚だ……」
「まったく……
そもそも、一夏の部活のアイデアが決まらないからってことで、気晴らしに出かけることになったんでしょうが」
「いくら気晴らしと言っても、本来の目的は頭の片隅くらいには留めておくべきだろう」
苦笑する鷲悟達に鈴や箒がため息をつくが、
「そういう二人は、何か思いついたのか?」
『う゛…………っ』
その二人も、忍にツッコまれて動きを止めた。
「あ、あたし達は考えてたからいいのよ! 思いつかなかっただけで!」
「そういうのを、“五十歩百歩”っていうんじゃないのか……?」
反論する鈴に一夏がツッコむが、その鈴にギロリとにらまれてあっけなく引き下がる。
「ま、まぁまぁ。
今日はみんな、気晴らしに専念、ってことで」
「部活のことは、帰ってから改めて……ってことでいいじゃない」
そんな彼らを清香や癒子がなだめていると、
「ってゆーかさぁ……」
不意にあずさが口を開いた。
「なんかさ、さっきからどうも街の様子が物々しくない?」
「うん。
何か、警備が厳重なような……」
そう。あずさや簪が指摘した通り、カフェから見渡せる範囲だけでも数多くの警官が歩き回り、ピリピリしている様子がうかがえる。
「あー、たぶんIS学園からの要請だよ」
何事かと首をかしげる一同にそう答えるのはジュンイチである。
「確か、外にオーバーホールに出してた打鉄が一機、今日返納されてくるはずだから」
「外に……?」
「整備だったら学園の整備課の先輩方が……」
「オーバーホールの意味、わかって言ってる?
全部バラして、一から組み直すんだぞ――そこまで大掛かりな整備になってくると、さすがのIS学園も人材いれども設備ナシ、ってこった」
シャルロットやセシリアに答えて、ジュンイチはホットココアをすする。
(そう……だから外注という形になった。そしてそれが戻ってきた。
オータムが狙ってるのも、それかと思ったんだけどなぁ……)
オータムの気配を改めて探る――やはり、予定輸送ルートに乱入できそうな位置にはいない。もちろん、自分達ともかなりの距離がある。
(ガチで今回の狙いは打鉄やオレ達じゃなかったのか……?)
そう思った、その時――
――――――
「――――っ!?」
それを感じ取り、ジュンイチの背筋を寒気が走った。
上空に突如出現した熱エネルギーの塊――
(熱源だと!?
でも気配は今でもぜんぜん……いや、今はそれどころじゃなくて!)
「くそっ、やられた!」
ジュンイチの上げた声に、一夏達が顔を上げ――
上空から打ち込まれたエネルギー砲弾が、周囲一帯に荒れ狂う大爆発を引き起こした。
「全員無事か!?」
「もちろん!」
「一般人のレスキューだって!」
「バッチリだよ!」
尋ねる一夏には箒が、鈴が、シャルロットが答える――突然の爆発の中、一同はとっさにISを展開。手近なところにいた一般市民を抱えて離脱していたのだ。
一方、専用機を持たない簪や清香達は――
「……フゥ、ギリギリセーフ」
あずさがカバーに入っていた。“ジェイソン”を装備した桜吹雪のシールドバリアで爆発をしのいでいた。
「けど、いったい何が……!?」
「アイツだよ!」
鷲悟に答え、ジュンイチがにらみつけたのは、自分達から少し離れた空中に佇む一機のISだ。
「――アイツは!?」
そして、その姿にラウラは見覚えがあった。
先日の学園祭、逃亡しようとするオータムを追い詰めた際に乱入してきた全身装甲ISの一団の内の一体。そして――
「アイツが攻撃してきたか!
何者だ、お前!」
「――っ! 待て、一夏!」
そんな正体不明のISに向けて、救助した一般人を下ろした一夏が突っ込む。ラウラが止めるも聞かずに雪片弐型を呼び出し、振り下ろして――
「な…………っ!?
身体が……!?」
止まった。
攻撃を受け止められたワケではない。一夏の身体が、まるで空中にぬいつけられたかのようにピタリと停止している。
これは――
「AICだと!?」
「その通りだ」
驚く一夏に淡々とした声が答え――飛び込んできた敵ISが一夏を地上へと蹴り落とす。
そう。敵ISは先日の対峙の際、AICでラウラのレールカノンの砲弾を受け止めた、あの一機だったのだ。
全身装甲型であることを除けば、シュヴァルツェア・レーゲンによく似ている――いや、“シュヴァルツェア・レーゲンを全身装甲型にしたらこうなった”、そんな印象すら受ける。
そんな敵ISは、一夏の乱入をあしらうと先の爆発の中心に向けて降下していく。
そこにあるのは――
「ISの輸送トレーラー!?」
「さっきの柾木の話にあった打鉄か!
――まさか、ヤツの狙いはそれか!?」
鈴と箒が声を上げ――その読みは正しかった。敵ISはトレーラーの外装をはがし、その中に収められていた打鉄を射出したワイヤーブレードで絡め取る。
「くそっ、させるか!」
このままでは打鉄を奪われる。阻止すべく地を蹴るジュンイチだったが、
「――――――っ!?」
気づき、急停止――そんなジュンイチの目の前で、路上駐車してあった車が爆発、炎上する。
オータムが爆薬を仕掛けていたのだ。かまわず突っ込んでいたら、いくらジュンイチでも無事ではすまなかったに違いない。
そうこうしている内に、敵ISは打鉄を抱えて上昇。一気に加速し、現空域からの離脱を図る。
「逃がすか!」
声を上げ、箒が紅椿を展開、その後を追おうとするが、
「そんなのほっとけ!」
それをジュンイチが呼び止めた。
「追っかけるには出遅れすぎた! 紅椿の高機動モードのスピードでも、今からじゃ追いつけるもんか!」
「そんなこと、やってみなければ……」
「わかるわ、そんなの!
向こうは単独作戦用に長距離移動用の高出力モータースラスター積んでんだぞ! 最高速度が紅椿の高機動モード以上のヤツをな! 根性とかでどうにかなる問題じゃねぇんだよ!」
そう言い返すと、ジュンイチは箒から視線を外し、
「それよりもこっちだ!
あんにゃろ、厄介な置き土産を残して行きやがって!」
うめいて、ジュンイチがにらみつけるのは、敵ISの攻撃によって爆発したトレーラー、その爆発が飛び火して周囲に起きた火災である。
幸運にも大きな建物や民家が燃えているワケではない。これなら中にいた一般人もすぐに逃げられたはず――
「ちょっ、お母さん、危ないですから!」
「放してください!
息子が! 息子が中に!」
――と思いたかった一同の希望は、ドラマなどでよく見る光景によって打ち砕かれた。
「すいません、IS学園の者です!
何かあったんですか!?」
「あぁ、この人が……」
「私の息子が! 息子がまだあのスーパーの中に!」
ジュンイチに答え、警官らに押し留められている女性が見るのは、道路に接する面が全面炎に包まれたスーパーだ。
どうやらトレーラーの爆発によって飛び散った引火済みの燃料をまともに被ってしまったらしく、その火の勢いは尋常ではない。
「あの子、まだ小さくて……きっと他の出口なんてわからず、中で泣いてます!
私が行ってあげないと!」
「だから、危ないからダメですって!」
再びスーパーに向けて駆け出そうとした母親を警官が制止していると、
「――――――っ!」
そんな中、弾かれるように突然スーパーに向けて駆け出した者がいた。
「ちょっ、本音!?」
「危ないって!」
そう、本音だ――ミフユの死以来日を追うごとに気力をなくしていたはずの彼女が、清香や癒子の制止も聞かずに炎を突破、スーパーの中に飛び込んでいってしまったのだ。
「のほほんさん!
くそっ!」
完全に不意討ちで対応できなかった。炎の中に消えた本音を追い、一夏も舌打ちまじりに走り出す。
「一夏! 白式!」
「あ、あぁ!
来い、白式!」
そんな一夏に鷲悟が声をかける――白式を展開、シールドバリアで身を守りながら、一夏は炎の中へと飛び込んでいった。
「ケホッ、ケホッ……!」
すでにスーパーの中は煙が充満している――袖で口元を覆い、それでも何度もせき込みながら、本音はスーパーの中を進んでいく。
(どこ……?
どこにいるの……?)
中にいるという男の子の声は聞こえない。「実はもう逃げていた」というオチならいいが、もし、“泣き声すら上げられない状態”だったとしたら……
熱気でノドをやられたのか、煙を吸って意識がないのか、それとも商品の下敷きに、いや、それが棚だったら最悪だ――そんなイヤな考えばかりが脳裏をよぎり――
(――――いたっ!)
商品棚に背中を預け、気を失っている男の子の姿を発見した。
どうやら避難の途中で他の客に弾かれ、棚に激突して気絶したようだ。軽く診てみたが頭は打っていないようだし、気絶して呼吸が浅かったのが幸いしたのか煙もさほど吸っていないようだ。
男の子のひとまずの無事を確認し、本音が安堵の息をつき――店の一角で爆発が起きた。
店内の商品のガスボンベに引火したのだ。爆発をモロに受け、炎に包まれた商品棚が吹き飛ばされ、本音と男の子に向けて飛んできて――
「でやぁぁぁぁぁっ!」
白式を身にまとい、飛び込んできた一夏が、雪片弐型で商品棚を両断した。
「…………おりむー……?」
「『おりむー?』じゃないっ!」
思わず呆然とつぶやく本音を、一夏は強い口調で叱り飛ばした。
「なんで飛び出したりしたんだ!
オレ達に任せてくれれば!」
「でも、この子が……あのお母さんが……っ!」
一夏の言葉に、本音は今にも泣き出しそうな顔で男の子を抱きしめて――それを見て、一夏は気づいた。
(重ねてるのか……
この子とあのお母さんに、ミフユと自分を……)
「守ってあげなくちゃ……っ!
この子やあのお母さんを、私達みたいには――」
「ふざけんな!」
気づけば、一夏は本音に向けて声を荒らげていた。
「それで炎に飛び込んで、オレ達がどれだけ心配したと思ってるんだ!
お前に何かあったら、オレは虚先輩に何て言えばいいんだ!?」
「おりむー……
……ごめんなさい……」
「わかってくれればいいんだ。
さぁ、早くここを出るぞ」
言って、一夏は雪片弐型を量子化すると本音の手を取り――その時、ちょうど真上の天井が音を立てて崩れ始める!
「ちょ――っ!?」
よりによって、雪片弐型をしまったこのタイミングで――とっさに本音と男の子の身に覆いかぶさり、その身を楯にする一夏だったが、
「………………?」
いつまで待っても、覚悟していた衝撃は降ってこなかった。不思議に思って顔を上げると、
「……セーフ……」
重天戟をかまえ、反重力によってガレキを空中に留めた鷲悟の姿がそこにあった。
「……とりあえず、あの母子が無事でよかったな」
病院へ搬送される男の子とそれに付き添う母親を乗せた救急車が発進する――それを見送り、一夏はひとまず安堵の息をついた。
「でも、打鉄、奪われちゃったね……」
「奪ったのは、やはり……」
「あぁ。
学園祭の時に白式を狙ってきた“亡国機業”だろうな」
あずさや忍に答え、ジュンイチは軽くため息をつく。
今回は完全に自分の落ち度だ。オータムの気配に気づきながら、その企みにまで読みが回らなかった。
「とりあえずお前らは何も悪くねぇよ。
追跡の断念はオレの指示だし、スーパーのレスキューは本音ちゃんの先走りがあったけど、それもよくフォローしてくれた。
何か問題視されるようなことがあったら、オレが矢面に立ってやるよ」
言って、ジュンイチが肩をすくめて――
『じゃあ、その時は夜露死苦』
「こういう時は息ピッタリだよな、お前ら!」
あっさりと自分を人身御供に差し出ことにした鷲悟達に、ジュンイチは力いっぱいツッコミを入れる。
と――
「……ジュンイチ」
ひとりだけ鷲悟達の輪に加わっていなかった者がいた。真剣な表情で、一夏がジュンイチに声をかけた。
「何だよ?」
「あー、部活の話なんだけどさ……」
聞き返すジュンイチに対し、一夏はそう前置きし、告げた。
「ひとつ……やりたいことができたんだ」
「“IS運用・調査研究会”……?」
「あぁ」
手にした部活の設立申請用紙に目を通し、聞き返す千冬に、ジュンイチは笑いながらうなずいた。
「千冬さんも聞いてるだろ? 今日の打鉄強奪事件」
「あぁ」
「それ以外にも、“福音・夜明事件”にイタリアでの一件……アイツらは、ISにまつわる様々な事件に関与してきた……
いろいろと暗部に触れて、アイツらなりに思うところでもあったんだろうな。で……コレ」
「活動内容は“学園内における各種相談とトラブル対処”となっているが……」
「そのまんまだよ。
要するに、『学園内におけるよろず相談お受けします』、ってワケだ」
そう答え、笑いながらジュンイチが続ける。
「代表候補生に最新鋭の専用機――この学園は、各国のIS分野の最先端が集まる、言わばIS界の縮図だ。
そこで起きる様々なトラブルや困りごとに対処していくことで、IS界の抱えるいろいろな問題を知り、その解決方法を模索していく……ってワケさ。
……もちろん、これは建前だけどな」
「だろうな。
本当のところは……単なる織斑の親切心、といったところか」
「正解。
決まってみれば、いつも通りのアイツらだった――そういうことだよ」
千冬の言葉に、ジュンイチは肩をすくめて苦笑した。
「結局、アイツはどこまでいっても“織斑一夏”だったってことさ。
どんだけ自分がバタバタしていても、目の前で誰かが泣いてたら、辛い思いしてたらほっとけない。見てられないんだ。
この部活は、アイツのそんな性格がモロに出たんだろうな」
「確かに、お人好しのアイツらしい案だな。
……しかし、そんな目的に対するには、“IS運用・調査研究会”という名前は堅苦しくてかなわんな。
活動の性質上、相談を受けて動くことになるんだろう? 申請の上ではこれでいいが、それとは別に、相談者の相談しやすいような、親しみやすい通称を考えた方がいいだろうな」
「あぁ、それなら大丈夫。
アンタから提案されるまでもなく、いろいろアイデア出たぜー。“よろず屋いっちゃん”とか“助っ人団”とか。
そんな中で採用になったのが――」
と、そこで一度言葉を切り、ジュンイチは改めて告げた。
「みんなの良き隣人。
すぐそばに立ち、見守る者。
ゆえに、その名は――」
「Standers」
名も決まり
いよいよスタート
新部活
次回予告
鷲悟 | 「おぅ、鷲悟だ。 ついに決まったオレ達の部活。みんなも入ってくれて、体制は万全っ!」 |
一夏 | 「どんな依頼もドンと来い、だ!」 |
ジュンイチ | 「演劇部からの一夏の出演依頼、とかでもか?」 |
一夏 | 「全力で断ってくれっ!」(←半泣き) |
ジュンイチ | 「お前……学園祭での『シンデレラ』はそんなにトラウマか……?」 |
鷲悟 | 「次回、IB〈インフィニット・ブレイカー〉! |
『部活動スタート! はてさて、最初のご依頼は?』」 | |
ジュンイチ | 「ほほぉ、これはこれは……」 |
(初版:2012/02/26)