IS学園、文化部活棟。
 その名の通り、文科系の部活の部室が軒を連ねるその建物で、先日新たにひとつの空き部屋が埋まった。
 ひとつ、新規に部活が発足したためだ――その、新たに用意された部室の表札にはこう記されていた。
 IS運用・調査研究会Standers”と――


「部室もできて、いよいよそれっぽくなってきたね」
「まったくね。
 あー、落ちつくわー」
 さすがはIS学園。長机ひとつとってもかなりの高級品だし、部室の備品であるイスだって抜群の座り心地だ。イスのひとつに腰かけ、息をつくシャルロットのとなりで、同じように座った鈴がぐでーっ、と長机に突っ伏した。
「まったく……鈴さん、はしたないですわよ」
「フンッ、いいじゃない、別に。
 見られてマズイ人に見られてるワケでもあるまいし」
 たしなめるセシリアだが、鈴はどこ吹く風とばかりにそう答えて――
「ちーっス」
「あ、みんなやっぱりここにいたか」
「失礼する」
「ひゃうっ!?」
 “見られちゃマズイ人”、登場――鷲悟や、自分の護衛の職務に忠実な忍と共にやってきた一夏の声に、鈴はあわてて居住まいを正す。
「……別にいいんじゃなかったっけ?」
「うっ、うっさいわね!」
「…………?」
 その反応の意味するところは明白。好きな人相手には誰だってだらしない姿は見せたくないに決まってる――からかうあずさを鈴がにらみつけ、そんな二人に一夏が首をかしげていると、
「何を入り口で呆けている?
 私が入れないだろう」
「あぁ、悪い、ラウラ」
 自分達に遅れて部室にやってきたラウラに後ろから声をかけられ、一夏があわてて彼女に道を譲るが、
「すまない、一夏。
 さて、鷲悟。とりあえず座るとしようか」
「あ、あぁ……」
「って、何をさりげなく鷲悟さんを連れて行こうとしていますの!?」
「そうだよ、ズルイよ、ラウラ!」
 ちゃっかり鷲悟を誘導、となりに座ろうと目論むラウラの姿に、セシリアとシャルロットがあわてて待ったをかける。
「何やってるんだ、アイツらは……」
 そんなやり取りを見ながら、一夏は思わずため息をついて――
「い、一夏……」
 そこへ声をかけてきたのは箒だった。
「よ、よかったら、その……」
 騒いでいるセシリア達をチラチラ見ながら、なかなか切り出せずに口ごもる――セシリア達に触発され、あわよくば一夏ととなり同士で座ろうという魂胆だが、そこはこのメンバーの中でも一、二を争うツンデレ要員。素直に口に出すのもはばかられ、
「な、何でもない……」
 結局戦略的撤退。すごすごと引き下がった箒だが、そんな彼女の葛藤に気づかぬ一夏にしてみれば、そんな引き下がり方をされては気になるに決まっている。
「何だよ、箒。
 そんな様子で『何でもない』ワケないだろ――何かあったのか? オレでよかったら相談に乗るぞ?」
「い、いや……大丈夫だ。問題ない」
「そんな水臭いこと言うなって。
 オレとお前の仲じゃないか」
「わ、私と、お前の……?」
「あぁ。
 幼馴染同士、遠慮は無よぶびゃっ!?」
「そんなオチだろうと思ったわっ!」
 例によって例の如く。いつものようにオトしてくれた一夏を箒が殴り倒すと、
「……さっそくたまり場にして、さっそくバカやってんのな、お前ら……」
 最後に現れたジュンイチが、目の前のカオスにため息をついていた。

 

 


 

第49話

部活動スタート!
はてさて、最初のご依頼は?

 


 

 

「ま、さっそくたまり場にしてくれてるのは好都合ではあるけどな。
 依頼の度に呼び集める手間が省けるってもんだ」
「そこは当然だろう。
 活動の性質上、いつ依頼が来るかわからないのだからな」
 適当にイスのひとつに座り、「感心感心」と満足げなジュンイチに、ラウラもまたそれが当然とばかりにうなずいてみせる。
「でも、せっかくこういう部活を始めたワケだし、どうせならちゃんと依頼を受けて活躍したいわよね。
 集まってダベってるだけってのもいいけど、そればっかりじゃ退屈だしねー」
「まぁ……確かにちゃんとした活動、したいよな。
 何もせずにただ集まってるだけじゃ、本当にオレ達の所属部活をごまかすためだけの部活になっちまうからな」
 一方で物足りなさそうにしているのが鈴だ。理由は違えどそんな彼女に同意する一夏だったが、
「は? そんなのはどーでもいいのよ」
 一夏の意に反して、鈴は彼の言い分を一蹴した。
「なんか、こういうのって探偵っぽいじゃない。
 困ってる依頼人のためにクールに活躍! なんか燃えない? そーゆーの」
「うんうん! わかる! わかるよ!
 熱いハートでクールに戦う! ハードボイルドってヤツだね!」
「……学園内のよろず相談部に、そんなシテ○ハン○ーばりの依頼なんてそうそう舞い込んでくるとも思えないんだけどなー」
「というか、舞い込んできても間違いなくなんとかできちゃう戦力と人材がそろっちゃってるのが、何にも増しておっそろしい現実だよね……」
 鈴の言葉にすかさず食いついてきたのはシャルロットだ。盛り上がる二人の姿に、鷲悟やあずさが苦笑まじりにつぶやく。
「まぁ、そういう話も、依頼があってこそですけどね。
 ジュンイチさん。そういった話は入ってきてないんですの?」
「依頼の話か?
 うーん……そこまでの話じゃねぇが、一応頼まれごとを言付ことづかってきてるけど……」
「ホント!?」
「何ナニ? どんな依頼!?」 
 セシリアに答えたその言葉に、盛り上がっていた二人がさっそく食いついてきた。シャルロットに、鈴に詰め寄られ、ジュンイチは軽く息をつき、
「そいつぁな……」
『そいつは?』











「『篠ノ之さん剣道部に顔出して! by 剣道部部長』!」

「ぶっ!?」

 箒が思い切り吹き出した。











「え、えっと……それは……?」
「言ったろ? 『依頼ってほどの話じゃねぇ』って」
 とりあえず復活し、恐る恐る尋ねる箒に対して、ジュンイチはため息まじりにそう答えた。
「剣道部の部長に愚痴られたんだよ。
 マヂで強制連行を依頼されない内に、自分から顔出しとくことをオススメするよ」
「あ、あぁ……」
「ナニよ、どんな話かと思って身がまえてみれば、とんだ肩透かしだわ」
 “そう”なった時のことを創造したのだろう。素直にコクコクとうなずく箒のとなりで、鈴は深々とため息をついた。
「ねぇ、そんなどうでもいい箒の話なんかより、もっとマシな依頼はないの?」
「ないからこんなネタ振りしてんだろうが」
 明らかに物足りなさそうにしている鈴に、ジュンイチはキッパリとそう答えた。
「ま、発足したてじゃこんなもんさ。
 一夏と鷲悟兄の部活、って面が先行しすぎてる部分もあるしな――おかげで知名度はそれなりなんだけど、ここがよろず相談所的な部活だっていう、肝心要の情報がイマイチ浸透してないんだよな」
「気にすることもあるまい。
 知名度はあるんだろう? その内本来の意味も知れ渡り、依頼も来るようになるさ」
「それもそうだな」
 補足するジュンイチに忍が、ラウラがつぶやき――
「……ダメだよ」
 そう返してきたのはシャルロットだった。
「このままじゃ、いつまで経っても依頼なんか来やしないよ!
 もっと積極的に売り込んで、ボクらのやってることを知ってもらわないと!
 どんな仕事でも、大切なのは宣伝だよ! 知ってもらうことを放棄した者に、生き残る道なんてありはしないんだよ!」
「そ、そうなんですの……?」
「す、すごい説得力だな……」
「さすが、このメンツの中で唯一の企業所属操縦者……」
 拳を握りしめ、いつもとは明らかに違うテンションで力説するシャルロットの姿に、セシリアや一夏、あずさが圧倒され、うめく。
「まぁ……商売感覚でモノ言ってることの是非は別にしても、言ってることは正解だな」
 対し、冷静にそう返してくるのはジュンイチである。
「まずは、ウチの活動内容を知ってもらうのが第一だ。
 で、あるからして、当面はそのための宣伝活動が主になっちまうが、そこはしょうがないだろうな」
「簡単に言うけどさ、具体的にはどうするんだよ?」
 聞き返す鷲悟に対し、ジュンイチは口元に笑みを浮かべて、
「ま、とりあえず……オーソドックスな方法から攻めていこうか」
 どうやってしまっていたのか、その懐から、画用紙とペンを取り出した。



「さて……これからどうする?」
「うーん……今からアリーナに行ってもいっぱいだろうしなー……使用申請、しとけばよかったよ」
 尋ねる清香に対し、癒子は腕組みして考えながらそう返す――特に“Standersスタンダーズ”に名を連ねているワケではない二人は、現在放課後の自由時間を思い切り持て余していた。
「本音のところに行く?
 確か、今日はかんざしさんのところよね?」
「生徒会の仕事もないって言ってたから、たぶん……」
 先日の外出での一件以来、本音は少しずつではあるが以前の調子を取り戻しつつある。今は幼馴染のところに行っているであろう彼女について話しながら、二人は廊下の曲がり角を曲がって――
「あれ、相川さんに谷本さん」
『織斑くん……?』
 そこには一夏がいた。出くわした二人に気づき、声をかけてくる。
「織斑くん、今日は部活の初日じゃなかったっけ?」
「っていうか、その手に持ってる画用紙の束は……?」
「あぁ、アレだよ」
 二人の問いに対し、一夏は廊下の掲示板を指さして――それを見た二人は「あぁ」と納得していた。
 そこには、スタンダーズの名と『依頼求む!』とのメッセージが大々的に書かれた手製のポスターが貼られている。
「なるほど……宣伝か」
「そういうこと。
 さすがに、初日からいきなり依頼に恵まれてるような都合のいい展開はなかったってことだよ」
 つぶやく癒子に答え、一夏は手にした画用紙ポスターの束で自分の肩をポンポンと叩く。
「なんか大変そうだけど、がんばってね」
「じゃ、あたし達はこれで」
 そんな一夏を軽く労い、二人はその場を後にしようとする――何となく、巻き込まれそうな予感がしたからだ。いくらヒマとはいえ、こんな地味極まりない仕事に巻き込まれたくはない。
 だが――
「おーおー、ちょうどいいところにちょうどいいヤツらが現れたな」
 逃げ出すには少しばかり遅かったようだ。言いながら、ポンと肩を叩いてくるジュンイチの顔は――二人には、まるで死神のそれに見えたという。



「あ、やってますねー」
 真耶が様子を見にやってきたのは、それからすぐのことだった。
「うん、依頼がないからってだらけていないですね。感心感心。
 ……あぁ、相川さんや谷本さんも手伝ってくれてるんですか? ありがとうございます♪」
「……『巻き込まれた』って発想はないんですか……」
「まぁ、山田先生だし……」
 自分達がポスター貼りを手伝わされている件について、彼女の中では疑問のひとつも浮かばなかったらしい。ポンと手を叩いて笑顔を見せる真耶の言葉に、二人一組でポスターを貼っている清香と癒子はそろってため息をついた。
「他のみなさんは?」
「あぁ、えっと……」
 そんな二人のため息に気づかないまま問いを重ねる真耶に対し、自身もポスターを貼っていたジュンイチが手を止め、思い出す。
「とりあえず、ポスター貼りがここにいる面々だろ。
 で、鷲悟兄と鈴がそれとは別にチラシ配り。
 そのチラシとこのポスターを、箒とラウラと忍が随時追加製作」
「あぁ、道理で……」
 この「依頼求む!」などという直球ストレートな表現は彼女達のセンスかと納得する。
「それから、セシリアとシャルロットが、近々装備試験をこの学園で予定しているIS関連企業との交渉担当」
「企業と交渉……?」
「要するに、『試験運用引き受けますよ』ってこと。
 こっちとしてはIS装備開発の最前線を勉強できるし、企業側にしてみれば代表候補生クラスの優秀な操縦者にテストしてもらえる上に、個人的にパイプもつながる。
 お互いのメリットがうまくかみ合ってるワケだ」
 手を止め、話に加わってくる清香にそう答え、ジュンイチは「その手の交渉はあの二人の出番だろ」とも付け加える。
「後は、先輩連中や先生方の訓練相手とかも依頼として引き受けられたらなー、とも思うんだけど……」
「『だけど』……?
 何かあるのか?」
「いや、そういう話になるとしゃしゃり出てきそうなのが若干一名……」
 聞き返す一夏にジュンイチが答えると、
「話は聞かせてもらったわ!」
「どこでだ」

 廊下の窓を“外側から”ガラリと開け、“予想通り”顔を出してきた楯無にすかさずツッコむ。ちなみにここは三階だ。
「そんなことは気にしないの。
 まったく、ジュンイチくんも素直じゃないわね。このお姉さんの力を借りたいなら、素直にそう言ってくれればいいのn
 ぴしゃり。
 迷うことなくジュンイチは窓を閉めた。再び開けられる前に鍵をかけ、同様に前後の窓も一通り施錠する。
「オレが幻覚と幻聴に見舞われていたみたいだな。何もいなかったぞ」
『………………』
 明らかに窓の外に楯無がいるし、どう見てもジュンイチは彼女を認識した上で鍵をかけたはずなのだが――彼女の存在を“なかった”ことにして話を進めるジュンイチに、一夏も真耶も、そして清香や癒子も何もツッコめなくて――
「とぅりゃあっ!」
 向こうが強硬手段に打って出た。がしゃあーんっ!と窓を突き破って、楯無が廊下に突入してくる。
「あぁぁぁぁぁっ! なんてムチャを!」
「大丈夫ですよ、先生。生徒会長ですから!」
「生徒会長だからって危なくない根拠にはならないし、窓を突き破ってもいい理由にもなりませんっ!」
 ツッコむ真耶だが、残念ながらそんな理由でこの更識楯無という女が止まるワケもない。
「フフフ……さぁ、観念してお姉さんの気遣いを受け取りなさい。同室のよしみで!」
「大きなお世話じゃボケ。送料着払いで送り返したらぁ。後今の話に同室は関係ねぇだろ」
「だぁぁぁぁぁっ! 待て待て!」
 互いにかまえて一触即発。にらみ合うジュンイチと楯無の間に、一夏はあわてて割って入った。
「二人ともストップ!
 そんなレベルの低い理由で、こんなところでおっ始めないでくれよ!」
「何言ってるの?
 こんなところで本気で始めるワケがないじゃない」
「挑発と本気の区別もつかないなんて、教えてる身として情けないぞ、一夏」
「今まで再三ホントにおっ始めた前科持ちどもがンなこと言っても説得力ないんだよっ!
 つか何で一瞬で二人ともオレを責める側に回ってんだ!? 水と油なクセして息ピッタリだよな、相変わらずっ!」 
 止めに入ったはずがあっさりとあしらわれ、一夏は力いっぱいツッコミを返す。
「というか……マジメに依頼の話をしていいかしら?」
「それがマトモな依頼ならな。
 ま、そういうことなら部室に行くか。どうせここでするような話でもないんだろ?」
「えぇ、そうね」
 ジュンイチの返しに楯無がうなずき、二人は部室に向かおうときびすを返し――
「ちょっと待ってください!」
 そんな二人を真耶が呼び止めた。
「その前に、アレを片づけていってくださいよ!」
 言って、真耶が指さすのは、ジュンイチが施錠し、楯無が突き破った窓ガラスの残骸で――
『先生、ヨロシク』
「二人が片づけるんです!」

 本当に息の合った流れで押しつけにかかる二人に、真耶が全力でツッコんだ。



「さて、それじゃあ依頼の話をしましょうか」
「その前にえらく手間をはさんだけどな……誰かさんのせいで」
「えぇ、そうね。誰かさんのせいで」
「両方のせいだよっ!」
 窓ガラスの後始末を終え、部室へ戻る――宣伝に出ていた一同も呼び戻したが、相変わらずケンカ腰のジュンイチと楯無に一夏がツッコんだ。
「ジュンイチ。とりあえずお前は黙ってろ。話が進まないから。
 で……楯無先輩。依頼っていうのは……?」
「うん。
 みんな、当然覚えてるわよね――先日の、打鉄強奪事件のことは」
 鷲悟に答えた楯無の言葉に、場の空気が引きしまった。
「もう言うまでもないことだけど、あの事件は“亡国機業ファントム・タスク”の仕業。
 そう……文化祭の時、一夏くんを狙ってきた組織よ」
「その“亡国機業ファントム・タスク”が、また何かをしようとしている……と?」
「いいえ、違うわ。
 今度は、“してもらおう”と思ってね」
 聞き返す箒に答える楯無の口元に笑みが浮かぶ。
「いつもやられてばかりというのもシャクだもの。今度はこっちから仕掛けるの。
 奪われた打鉄の補充として、新たに一機、国内の開発メーカーから有償譲渡されることになったんだけど、その輸送計画を利用して連中を誘き出して、一撃入れてやろう――そういう話が先生方の間で持ち上がってね。
 うまくすればメンバーの捕獲もできるかも……そうなれば、あの組織の情報を手に入れる絶好のチャンスだし、奪われた打鉄を取り戻せる可能性だってある」
「つまり……私達にもその作戦に参加してほしい、と……」
「そういうこと」
 話の要点を理解し、うなずくラウラに楯無もまたうなずき返す。
「前回そのままの警備態勢じゃ、あからさますぎて怪しまれちゃうからね。ある程度の警備の強化は必要よ。
 その点、キミ達にお願いすれば戦力の増強はもちろん、目立つ専用機の投入によって容易に『警備を強化しましたよ』とアピールできるでしょ?」
「となると、オレ達の配置は運搬される打鉄の直接の警備か……
 当然、他にも戦力は増強されるだろ?」
「もちろん。
 人選はこれからだけど、先生方もこの作戦には多数参加される予定よ――当然、IS付きでね。
 …………何? ずいぶん詳しく知りたがってるけど、引き受けてくれるの?」
「そのための判断材料として情報を要求してるんだよ」
 答え、聞き返してくる楯無に、ジュンイチはため息まじりにそう答えた。
「同年代だからあんまり実感わかないかもしれないけど、一応オレはこの部活の顧問だからな。
 部員の安全を預かる身なんだ。コイツらの安全の保証されない作戦を引き受けるワケにはいかねぇよ」
「ふぅん、ちゃんと顧問として押さえるところは押さえてるのね」
「それに、参加するからには勝ちたいしな――負ける可能性の高いずさんな作戦だったら当然参加はノーだ」
「……で、自分の負けず嫌いも忘れてない、と」
 ジュンイチの言葉に、楯無は軽く肩をすくめて、
「大丈夫よ。私も作戦に参加するから。
 あなたが顧問としてなら、私は生徒会長として――この学園の生徒の無事は、ちゃんと保証してあげないとね」
「上等。
 ……さて、そうなると後はお前らの最終判断だ。
 どうする?――この依頼、受けるか否か」
「そ、そこであたし達に振る!?」
「当然だろ。
 お前らの部活なんだぜ――最終的な決定権はお前らにあるに決まってんだろ」
 いきなり話を振られて驚く鈴だったが、対するジュンイチの答えは「何言ってるんだ」と言わんばかりのものだった。
「……どうする? 一夏」
「強制はしないわ。
 臨海学校の時とは違うもの――あの時は有効な戦力がキミ達しかいなかったから選択肢はなかったかもしれないけど、今回は先生方や私もいる。
 それに……臨海学校の時は起きた事態に対処する、“守る”ための戦いだった。けど今回は、こっちから仕掛ける“攻め”の戦いだもの。
 みんなを守るために――それがキミの信念でしょう? その信念に反するようなら、断ってもらってもかまわないわ」
 箒が尋ね、楯無が補足する――対し、一夏は腕組みして考え込み、
「……受けよう」
 たっぷりと熟考した末に、そう答えた。
「どっちから仕掛けるとか、そんなの関係なく、“亡国機業ファントム・タスク”はほっとけない。
 それに……オレ自身、あの組織のヤツらには聞きたいことがある」
「かつての誘拐事件の、真相……か?」
 聞き返す鷲悟に、一夏はうなずいた。
「単なる千冬姉への妨害工作……ってだけの話じゃない気がするんだ。
 あのオータムって女は、あの事件のことを知っていた……オレが本当はどうして誘拐されたのか、真相を知るには、アイツらを追いかけるのが一番の近道だ」
 言って、一夏は一同を見回し、
「悪いな、みんな。
 オレのワガママに、みんなを巻き込むことになっちまうけど……」
「今さら、そんな野暮はナシですわよ、一夏さん」
 頭を下げる一夏に、笑いながらそう答えたのはセシリアだ。
「わたくしとしても、あの組織を追いかける理由がありますから。
 大丈夫。この戦い、一夏さんだけの問題ではありませんわ」
「私はお前の護衛だ。お前がこの作戦に加わるというのなら、私はお前を守るために戦うだけだ」
「だな。
 ヤツらを追いかけるため、お前や、セシリアの力になるために……理由はそれぞれかもしれないけど、オレ達みんな、この戦いに加わる理由がある」
 セシリアの言葉に、忍や鷲悟も追従。他の面々も一様にうなずいてみせる。
「……話はまとまったみたいね」
「らしいな」
 そんな一夏達の様子に楯無が笑みを浮かべ、ジュンイチも肩をすくめて同意する。
「で……確認するが、オレ達は打鉄の直衛につけばいいんだな?」
「えぇ、そうね。
 一番危険な役どころになるけど……大丈夫。先生方のサポートを信じなさい」
「一度オレに蹴散らされてる連中をあてにしろと言われてもなぁ」
「しょうがないじゃない。キミがアレすぎるのが悪いんだから」
「アレとか言うな」
「……今回は、専用機持ちじゃない私達の出番はなさそうだね」
「そうね。
 正規の部員ってワケでもないし、今回は退散しようか?」
 本格的に打ち合わせに入ろうとした一同の姿に、ポスター貼りを手伝わされた流れで同席していた清香や癒子はそう言いながらきびすを返し――
「まぁまぁ、そう言わないで」
「お前らにも頼みたい役目はあるから安心しろ」
『正規の部員じゃないって言ったよね!?』
 あっさりとジュンイチや楯無に捕まった。二人が悲鳴を上げるが、特に気にすることもなく楯無は一夏へと向き直り、
「それから、織斑くん……鷲悟くんでもいいかな?」
「はい……?」
「何スか?」
「二人に、ちょっと声をかけてきてほしい人がいるんだけど……」



「私達も……?」
「おりむー達を手伝うの……?」
「そう。
 簪さんにも、のほほんさんにも参加してほしい……そんな感じで、話が来てんだよ」
 打鉄弐式をいじる手を止めた簪、そして彼女を手伝っていた本音が聞き返し、一夏は若干恐縮しながらそう答えた。
 どこか及び腰なのは、自分の白式と打鉄弐式の因縁の件……だけではなく、この交渉の意味がわからないからだ。
 専用機持ちを輸送される打鉄の直衛につけることで、警備の強化をアピールする――それが自分達の役目だったはずだ。
 だが、簪や本音はその役割を果たせない。本音は元々専用機持ちではないし、簪もまた専用機持ちではあってもその専用機、打鉄弐式は見ての通り未だ未完成だ。
 したがって、二人が出るとしたら一般機での参加になる。専用機持ちに参加してほしい、という、自分達に回ってきた依頼の趣旨とは完全にかけ離れているのだ。
 それに――ジュンイチが反対しなかったことも気にかかる。
 普段から何かと楯無と張り合うことの多いジュンイチが何の迷いもなく同意したのだ。楯無共々清香や癒子を逃がさなかったことといい、彼なりに何か納得できるものがあった、ということなのだろうが、それは一体何だったのか――というか、
「……強制じゃ、ないんだよね?」
「あ、あぁ……」
「ウチにも、依頼って形で話が来てるし……」
「だったらやらない。この子を、早く完成させてあげなくちゃいけないから」
 そもそも、打鉄弐式の完成にわき目も振らずに邁進まいしんしている簪が素直に引き受けてくれるかどうか、その点からしてすでに問題があった。
 あっさりと拒否して、簪は打鉄弐式へと向き直る。もう話は終わりだと背中で主張するその姿に、一夏は簪のとなりの本音と顔を見合わせるしかなくて――

「…………断られた……
 ……拒絶された……」

「って、お前もお前で一撃で崩れ落ちてるんじゃねぇよ……」
 簪の拒絶にショックを受け、整備室の片隅でいじけ始めた鷲悟の姿に、ため息まじりにツッコミを入れるのだった。



 その後も説得を試みたが、結局簪が首を縦に振ることはなかった。
 ことこの一件に関しては、まだまだ譲るつもりはないようだ。今のところ手伝うことを認めているのがあずさと本音の二人だけという点からも、そんな彼女の心象がうかがえる。
 結局説得をあきらめた一夏が(断られる度に加速度的に沈んでいった鷲悟をひきずって)引き上げた後も、簪は本音に手伝ってもらいながら作業を続けていたが、
「……スラスターの内部圧力がおかしなことになってるな。
 ノーマルの打鉄に対して重量があるから高めに設定したんだろうが、この数値じゃむしろ高すぎだ――今のままだと吹かしたとたんにドカンといくぞ」
「え………………?」
 突然の指摘は本音のものではなかった――顔を上げると、ジュンイチが傍らのディスプレイに表示されたデータをのぞき込んでいた。
「あ、じゅんじゅん」
「……織斑くん達が断られたから、今度はキミ……?」
「そう邪険にしないでもらえるかな?
 この一件、お前にとっても悪い話じゃないと思ってるんだけど……あと本音ちゃん。その『じゅんじゅん』はヤメロ」
 簪に答えて、続けて本音にツッコむ――気を取り直して、ジュンイチは息をつき、
「煮詰まってるんだろ? 専用機作り」
「――――っ」
 あっさりと踏み込んできた。痛いところを突かれて、簪が顔をしかめる。
「あずさや本音ちゃんが手伝ってもなおコレって、相当なものだぞ。
 そういう状態だからこそ、初心に立ち返ってみるのも悪くないだろ」
「初心に……?」
「あぁ。
 更識簪。お前に頼みたいのは、ISをまとって戦うことじゃない――整備スタッフとして、先生方の使う打鉄やリヴァイヴの整備を任せたい」
 そのジュンイチの言葉に、簪はようやく自分が声をかけられた、その理由に思い至った。
「確かに、専用機の開発には難儀してるみたいだけど……“だからこそ”、お前はISをすみずみまで、試行錯誤しながらいじくってる。
 お前としちゃ成果が挙がっていない自分の腕前に自信が持てないんだろうが、むしろ逆だ。試行錯誤を続けてきたお前のその経験は、2年生、3年生の整備科のみなさんのそれよかよほど濃厚で、よほど得がたいものだ。
 自覚がないようだからハッキリ言ってやる。第二世代機に限って比較するなら、お前に整備の腕前で勝てるのは、オレの知る限り束くらいのものだ」
「そんな、私なんて……」
「お世辞のつもりは一切ないぞ。実力の評価において、身内びいきはしない主義なんだ。
 とにかく、そういうお前だからこそ、オレ達はお前の経験を頼りたい。
 お前としても、ドノーマルの打鉄をいじくることで基本に返ることができるし、リヴァイヴをいじることで本家射撃主体ISのシステム環境を勉強し直せる。お前の専用機作りの上で、今回のことは決してマイナスにはならないはずだ」
「………………」
 ジュンイチの言葉に、簪はうつむいて沈黙し、
「……本当に、私の腕前を買ってくれてるの?」
「もちろんだ」
 ジュンイチの答えに迷いはなかった。
「お前のことだ。大方楯無が何かしら口ぞえしたと思ってるんだろうが……ンなもん関係ねぇよ。
 確かにアイツが言い出しっぺだが、オレはあくまでオレ個人の意思でお前を誘ってる。むしろ、アイツが反対したって参加してほしいくらいだ。
 “更識楯無の妹”でも、“更識簪”でもない――“現行量産機を知り尽くした優秀な技術屋の卵”に、オレは頼みに来てるんだからな」
 改めてジュンイチが断言し、簪はメンテナンスベッドに収まった打鉄弐式を見上げた。
 そして――視線を打鉄弐式から動かさないまま、告げる。
「ここを片づけるから……少し待ってて。
 本音、手伝って」
「はいはーい」
「ん?」
「ここじゃ、詳しい話もできないでしょう?」
 そうジュンイチに答え、振り向いた簪はニッコリと微笑んでみせた。



「……と、いうワケで、簪と本音ちゃんも無事参加決定だ」
「そう、よかった」
 夜、寮の自室――報告するジュンイチの言葉に、楯無は満足げにうなずいた。
「一夏や鷲悟兄が徹底的に断られて帰ってきた時は手こずりそうだと思ったけど、なかなかどうして。ちゃんと向こうのメリットを話したらすんなりいったよ」
「それは当然よ。
 何たって私の妹なんだから。ちゃんと話せばわかってくれる、素直ないい子だってことは、ジュンイチくんだってわかってるでしょう?」
「妹がそうなのに、なんでアネキは“こんな”なんだか」
「あら、失礼ね。
 ともかく、織斑くん達が説得できなかったのは……まぁ、アレね。例の打鉄弐式の開発凍結の件で、まだしこりが残ってるんじゃないかしら。
 私としては、いい加減織斑くんと仲直りしてもいい頃だと思ったから二人に行かせたんだけど、まだまだこの件については時間がかかりそうね」
「あー、なるほど、ありえるな。
 一夏のヤツ、変な方向に責任感強いからなー。自分に責任があるとなったら、すんなり苦情を受け入れちまうところがあるし……そんなアイツが、簪に対して強く出られるはずもなし、か。
 鷲悟兄も鷲悟兄で交渉ごとは苦手だし……しくじるべくしてしくじった、ってことか」
 楯無の言葉に、ジュンイチは軽く肩をすくめた。
「とにかくこれで人材は確保。後は作戦をもっと詰めて、決行を待つばかりね。
 ……さて、うまくいくかしら?」
「さーて、ね」
 しかし――続く楯無ののつぶやきに対してはあっさりと回答を放り出した。
「こればっかりは、こっちの思惑だけじゃ動かないからなー。あちらさんが動いてくれなきゃ始まらない。
 悪ければ肩透かしだってありえるんだ。今回はハズレ、なんてケースも、頭に入れておくべきだろ」
「何度もできる作戦じゃないし、代替の作戦もない以上、できれば一発でキマってほしいところだけど……そこはしょうがないわね」
 ジュンイチの言葉に楯無が納得する……が、
(ま、実はそこについてはまったく心配してなかったりするけどな)
 内心では、ジュンイチは楯無に対してペロリと舌を出していた。
(出てくるかどうか、の話じゃない――“出てきてもらう”から。
 問題は『出てくるかどうか』じゃない。『誰が出てくるか』だ)
 そんなジュンイチの脳裏に思い浮かべるのは、先日の打鉄強奪事件の際に現れた黒いIS、シュヴァルツェア・レーゲンもどきの姿――
(オレや鷲悟兄はともかく、一夏達の現行戦力じゃ、“ヴァルキリーズ”の相手はまだまだ厳しいからな……
 とはいえ、アイツらの側もまだまだ本格投入には慎重みたいだし……エムのサイレント・ゼフィルスか、そろそろアラクネが復活する頃合のオータムあたりが大本命、か)
 そこまで考えて、我ながら希望的観測だと苦笑する。
(最悪のケースは、エムもオータムも……そして“ヴァルキリーズ”も総出で出てきた場合だ。
 もしそうなったら……)



(犠牲が出る事態だって、覚悟しておかなくちゃな……)





「……対“亡国機業ファントム・タスク”の作戦、か……」
 突然、ポツリとつぶやいた鷲悟の言葉に、風呂上がりの髪を丁寧に乾かしていたセシリアはふと顔を上げた。
「いきなりどうしたんですの?
 ひょっとして、今回の作戦に何か不安でも?――大丈夫ですわ。このセシリア・オルコットが、鷲悟さんのことをしっかり支えてみせますわ」
「『不安』……ね。
 まぁ、不安っちゃあ不安か」
 セシリアの言葉に、鷲悟は軽く息をつき、
「“亡国機業ファントム・タスク”を誘き出して叩く……ってことは、だ。
 ……出てくる可能性、あるよな……サイレント・ゼフィルスが」
「――――――っ」
 鷲悟の言葉に、彼の言いたいことを悟ったセシリアはその身を強張らせた。
「ミフユを殺した。布仏さんを悲しませた……
 アイツだけは……絶対に許さない」
 つぶやき、鷲悟は知らず知らずの内に拳を握りしめ――
「そんなに、気負わないでください」
 その鷲悟の手に、セシリアはそっと自分の手を重ねていた。
「気ばかり張っていては、討てる仇も討てなくなりますわ。
 わたくしも力になりますから……だから、そんなひとりで背負い込むようなことはしないでください」
「セシリア……
 ……ゴメン。確かに、ちょっとムキになってたかも」
「わかっていただければ、それで十分ですわ」
 深呼吸して、力を抜く鷲悟の言葉に、セシリアは安堵の笑みを浮かべる――が、内心では少しも安心していなかった。
(彼女の存在を思い出しただけでこんなになってしまうなんて……
 やっぱり、鷲悟さんは今でもサイレント・ゼフィルスを……)
 学園祭を経て少しは薄まったようだが、やはり鷲悟のサイレント・ゼフィルス――エムに対する憎悪はまだまだ激しいものがあるようだ。
 こんな状態で、もしまた両者が対峙するようなことがあれば……
(……そんなことは、させませんわ)
 そうなることを、セシリアは容認できなかった。
(鷲悟さんのあんな……憎悪に狂った姿など、もう見たくありませんもの。
 たとえ鷲悟さんに嫌われるようなことになろうと、サイレント・ゼフィルスと鷲悟さんを戦わせるワケにはいかない。
 ジュンイチさんには止められましたが、そのためには……)







(わたくしが、サイレント・ゼフィルスを討つしか……ない)







あなたには
  歩ませたくない
    修羅の道


次回予告

鷲悟 「おぅ、鷲悟だ。
 二回も先手を打たれた“亡国機業ファントム・タスク”に、今度はこっちから反撃だ!」
オータム 「ハッ! やってくれるじゃねぇか!
 この復活したアラクネの最初の獲物にしてやるぜ!」
一夏 「そうはいくか!
 この間の借りは返してやるぜ!」
鷲悟 「次回、IB〈インフィニット・ブレイカー〉!
   『作戦開始! IS学園VS“亡国機業ファントム・タスク”』
   
ジュンイチ 「出し抜き合いなら、負けやしないぜ!」

 

(初版:2012/05/31)