「……では、確かに」
「よろしくお願いします」
書類にサインし、手渡す真耶にうなずくと、先方の担当者は運ばれていくコンテナへと視線を向けた。
あのコンテナの中に、今回の作戦の要――相手に“狙ってもらう”打鉄が“付属品”と共に収められている。
これからあのコンテナは専用の輸送トレーラーに積み込まれ、一夏や鷲悟達の直衛のもとIS学園まで運ばれることになる。
自らもしばしコンテナを見送ると、担当者に一礼してその場を辞する――すぐにインカムを耳に着け、告げる。
「織斑先生、ジュンイチくん……無事、受領しました」
「ん。とりあえずここまでは『計 画 通 り』だね♪」
一方、こちらはIS学園。
作戦指揮所になっているアリーナ管制室――ではなく、学園のシンボルにもなっている第一アリーナのメイン管制タワー。
その頂上に腰かけ、ジュンイチは真耶からの連絡に満足げにうなずいた。
「後は、これ見よがしに打鉄を運んで、“亡国機業”に出てきてもらうだけか。
姐さん、対空監視、厳にお願いしますよー♪」
〈言われなくてもやっている〉
ジュンイチにそう答えるのは、指揮所にいる千冬だ。
〈もっとも、本気で姿を隠そうとしているIS相手に、学園のレーダーでどこまで探れるか……という問題はあるがな〉
「ま、そこは否定しないよ。
忍のシルエット・ミラージュのステルスも見破れない程度のシロモノだし……束のヤツなんかステルスなしでも余裕でかいくぐれるぜ、間違いなく」
〈言い切ってくれるじゃないか〉
「“こっち”来てからずっと一緒に暮らしてきたんだ。そのくらいの技術を持ってることくらいは把握してるからねー」
〈まったく、アレを相手に物好きなことだ〉
「アンタらと違って、アイツのノリについていけますからねー」
答えて、カラカラと笑い――不意にその笑顔を引っ込めると、ジュンイチは真剣な表情で話を本来の流れに引き戻した。
「とにかく、だ。
とりあえず、ヤツらが出てきてもひとまずは鷲悟兄達に任せるからな。
こうしていつでも出られるように待機はしとくけど、アイツらで何とかなるようなら手は出さねぇ――仮に“傷だらけの勝利”ってヤツになろうともだ。
オレが手を出すのは死の危険が伴い始めて初めて……だ。そこは事前に言い含めておくからな。後で一夏が痛い目見て、『どうして出なかった』とか怒られても責任持たないからそのつもりで」
〈わかっている。
アイツらの成長のためには、そのくらいの方がちょうどいい〉
ジュンイチの言葉に千冬が答え――
〈でも……〉
不意に口を開いたのは真耶だった。
〈そもそも、“亡国機業”は出てくるんでしょうか……?
これがワナだとバレて、出てこない可能性だって……〉
〈確かに、その可能性も考えてはいるが……〉
真耶の疑問に千冬も同意して――
「――――来るよ」
対し、ジュンイチはキッパリと断言した。
〈やけに言い切るな。
目に見えて警備を強化しているんだぞ。戦力的な意味ではもちろん、あからさまな警備強化からワナだと見抜いて出てこない可能性だって……〉
「そこはあまり関係ないからね」
あっさりとジュンイチは千冬に答える。
「そう。ワナかどうかなんてこの際関係ない。
相手だって闇雲に突っ込んでくるワケじゃない。ちゃんとこっちの抵抗も前提条件に入ってるんだ――当然、こっちが襲撃者への対抗手段として何らかのワナを張ってる可能性もね。
最初から『ある』とわかって挑めば、ワナのワナとしての存在意義――“相手の不意をつく”という効果はないと思っていい」
〈確かに、道理ではありますけど……〉
ジュンイチの言葉に真耶がうめくが、
(それに……)
そんな彼女や千冬に告げず、ジュンイチは心の中だけで付け加えた。
(仮にワナが想定外だったとしても……)
(“想定外の戦力”を持ち出してくる可能性は、襲う側にだって言えることなんだからね)
「……どう考えても、ワナだな」
表示されたデータを見て、オータムはキッパリと言い切った。
「警備強化があからさますぎる。
前回こっちにしてやられて、警戒を強めた……と言えないこともねぇが、こうも一目でわかる警備の強化のされ方されちゃあなぁ。
『奪えるものなら奪ってみろ』って言ってるようなもんだ――明らかな誘いだぜ、こりゃ」
「えぇ、そうね。
先日打鉄を奪われたばかりだというのに、昨日の今日でまた新しい機体を運び込もうとしているところから見ても、あまりにもあからさますぎるわ」
そうオータムに答えるのは、薄い金色の髪をしたひとりの女性だった。
「スコールもそう思うか。
なら、わざわざ乗ってやることもないな。無視だ、無視」
スコールと呼ばれた女性もまた自分と同意見ということで、オータムはますます自分の意見に自信を持った。かまうことはないと話を打ち切ろうと言い出して――
「フンッ、臆病風に吹かれたか、オータム?」
「………………あん?」
かけられた声に、オータムの眉がつり上がった。
「どんな策を弄していようが、その策を実行するヤツらが雑魚じゃ、大した脅威にはならねぇよ。
オレ達々の性能をもってすれば、力ずくで突破することは十分に可能――せっかく相手が上等なエサをさらしてくれているのに、むざむざ見逃すこともねぇだろ。
それなのに、まさに今この場で見逃そうとしているてめぇの姿……臆病風に吹かれたと言われても文句は言えねぇだろう?」
「ンだと……?
言ってくれるな――ずいぶんな自信じゃねぇか、“白将”」
「『自信』?
違うな――コイツは『確信』だ」
答え、現れたのは――“白”だった。
白式と同じ、純白のIS――デザインも“第二形態移行”前の白式と非常に似通っており、高機動近接型だとわかる。白式との違いは、白将と呼ばれたこちらは全身装甲型のISだという点くらいだ。
「オレ達なら、あんなヤツら簡単に片づけてやるって言ってるんだ。
まぁ、慎重が過ぎて“臆病”の域に片足突っ込んでいるお前にはわからねぇんだろうけどな」
「てめぇ……っ!」
白将の言葉に、オータムのかもし出す空気に殺意が混じり――
「そこまでにしておけ、白将」
言いながら、新たな人物が姿を現した。
白将と同じ、全身装甲型のISだ。全身に重火器を装備した重装型で、白と黒の二色に塗られている。
「“ヴォイド”……」
「勇ましいのはいいことだが、それだけで相手を納得させられるものではあるまい。
増してや挑発までしてどうする。オータムが慎重が過ぎるのなら、貴様は好戦的が過ぎる」
白将をたしなめると、ヴォイドと呼ばれた白と黒のISはオータムやスコールへと向き直り、
「IS学園の保有する程度の戦力なら、我々の性能はあちらの数的有利を容易に覆すことが可能だ。
各国のしがらみが複雑に絡み合うIS学園に日本政府への増援要請ができるとも思えない。よって、想定外の戦力を保有している心配もしなくていいだろう」
「……それは“クリムゾン”のシミュレート?」
「無論だ」
スコールに答え、現れたのはまたしても全身装甲型IS――燃えるような紅に塗られた機体は、確かに“クリムゾン”の名を冠せられるに値するものがある。
「“パープル”、“サンシャイン”、“ノワール”、“ブラッディ”も準備は完了している。
後はGOサインさえ出してもらえれば、今夜にでもヤツらの運んでいる打鉄を持ってきてやろう」
「ずいぶんな自信ね……」
クリムゾンの言葉に、スコールはしばらく考えて、
「……いいわ。
そこまで言うのなら、あなた達の案を採用しましょう」
「スコール!」
「この子達の能力は確かなものよ、オータム」
声を荒らげるオータムに対し、スコールは彼女をなだめるようにそう答える。
「唯一の不安要素は稼働時間の短さだけど……それを補う実戦の機会という意味でも、今回相手の思惑にあえて乗るのは悪いこととは思えない。
何しろ、相手は天下のIS学園の教師達に、ひよっことはいえ各国の最新鋭の専用機……この子達の力を伸ばすには絶好の訓練相手だわ」
「けどなぁ……」
しかし、オータムはなおも納得がいかないようだ。スコールの言葉に訝しげな表情を見せるが、
「ずいぶんと不安が尽きないようだな」
暗がりの中から、新たな声がした。
「何なら、力を貸してやるのもやぶさかではないが?」
「あら、あなたも出てくれるの?」
「いい加減、世話になりっぱなしの身の上というのも心苦しいからな」
聞き返すスコールに対し、声の主は苦笑まじりにそう答えた。
「よく言うぜ。
『テロや金もうけには協力できない』とかほざいてたクセによぉ」
「だが、今回はそのどちらでもない」
対し、オータムの反応は冷ややかだ――嫌味をもらす彼女に、声の主は大して気分を害することもなくそう答えた。
「貴様らの悪事を容認するつもりはさらさらないが、この組織自体にはこの世界に対する有用性を見出している。
その“有用性”を逸脱しない限りは、力を貸してやる――最初に迎え入れてくれた際にそう取り決めを交わしたはずだが……つい先日のことだというのに、まさかもう忘れたか?」
「はっ、誰が忘れるかよ。
くだらねぇ奇麗事を堂々と並べ立てやがって……今でも思い出せるくらい、虫唾が走ってしょうがなかったんだからな、こっちは」
「それは悪いことをしたな」
「うげー」と吐き気を催したように告げるオータムに、声の主は暗がりの中で笑いながら答える。
「いずれにせよ、今回は出させてもらうぞ。
今言ったように、純粋に戦力強化と“ヴァルキリーズ”のテスト運用を目的とした今回の作戦には問題を感じないし……」
そして、声の主はそう言いながら、スコールの傍らのモニターに視線を移し――
「こちらとしても、ぜひ一度ヤツらと直接向き合っておきたい理由もあるしな……」
そう付け加えるその視線は――輸送チームの車列の上に佇む、一夏達専用機持ち達の映像を捉えていた。
第50話
作戦開始!
IS学園VS“亡国機業”
打鉄の受領、そして人知れず存在する“亡国機業”のアジトでのやり取りから数時間が経過――
「もうすぐ、学園が見えてくる頃だね」
「そうですわね。
ほら、鷲悟さん、そろそろ起きてください」
「…………んぁ……」
シャルロットに答えて、セシリアが声をかける――身体を揺すられ、護衛車両の屋根の上で仰向けに寝転んでいた鷲悟は夢の中から現実に戻ってきた。
「あー……そろそろ?」
「えぇ」
「ちゃんと支度する時間的猶予はある。すぐに着装しろ」
「へぇへぇ」
答えるセシリアやラウラの言葉に、鷲悟はブレイカーブレスを操作。“装重甲”を着装する。
「まったく、こんな時に昼寝とは、ずいぶんとたるんでいるぞ」
「まぁまぁ」
一方、そんな鷲悟の姿に「不真面目だ」と不快感を隠しもしないのが箒だ。そんな彼女をなだめながら、一夏はセシリア達へと視線を向け、
「けど……セシリア達も止めなかったのは珍しいな。
特にラウラなんか、そーゆーのカンカンになって怒りそうなものなのに」
「まぁ……ここまでは襲われる心配はないとわかっていましたから」
そう一夏に答えたのはセシリアだ。次いでシャルロットやラウラも説明する。
「あっちは個々の戦闘能力こそ油断できないけど、数で言えば圧倒的にこっちに負けてるからね。
いくら強くても、そんな戦力差で正面から攻めてくるとは考えにくい。必然的に、相手の取り得る戦法は奇襲に限定される」
「そうなると、いつ仕掛けてくるか……少なくとも、こちらが厳に警戒している間はないだろう。
となると、こちらの気が緩みやすくなってくる終盤……目的地である学園が見えてくる頃合がもっとも可能性が高い」
「あー、だからそれまではほっといても大丈夫と踏んだか……」
「まぁ、そういうことです。
それに……」
納得する一夏にうなずくと、セシリアは彼や箒に耳打ちするように、
「サイレント・ゼフィルスが出てくるかもしれない状況で、始終ピリピリした空気を発散されながらここまで来たかったですか?」
「……むしろそっちの方が本命の理由だろ」
小声で返す箒に、セシリアは答えない――しかし、その頬を流れた一筋の汗が、真相を雄弁に物語っていた。
そんな彼女達のやり取りに気づいているのかいないのか、鷲悟は特に彼女達に何か言うでもなく大きく背伸び。ここまで寝てきたために少なからずこり固まっていた身体をほぐしている。
「さて、と……
ここからは襲われる可能性が一気に跳ね上がるワケだし、ちったぁマジメにやりますかね」
「そうだな。
どこから襲われるかわからないワケだし、相手に先手を許さないようにしないと」
鷲悟の言葉にうなずき、返す一夏だったが、
「いや、あきらめた方がいいぞ、先手は」
「何だと? それはどういう――」
そんな一夏に、鷲悟はしごくあっさりとそう答えた。どういうことか尋ねようとする箒だったが、そんな彼女には忍が説明する。
「打鉄を受け取ってからここまで、これ見よがしに護衛を見せつけてきたんだ。相手には隊列のどこに誰がいるのかなどすべて把握されていると思っていい。
当然……『攻め入るならここ』という攻めどころも、な」
「で、あるからして、相手はその防御体制を抜くことを前提に攻めてくる――バッチリ対策済みな上で仕掛けられるんだ。先手はどうやったって譲るしかないんだよ」
言って、鷲悟は軽く肩をすくめて、
「もっとも、先手以上を許すつもりもないけどな。
止められない以上先手はくれてやる。けど、そこから先は、オレ達のターンだし……」
言って、鷲悟は右手に“力”を集束し、
「連中の思った通りの“許し方”をしてやるつもりもないんだよっ!」
一足飛びに護衛車両の上から飛び出した。何事かと一夏が声を上げるよりも早くビームが飛来。鷲悟が任意展開した力場によって阻まれる。
「やっぱり、初手は索敵範囲外からの砲狙撃できたか!
セシリア!」
「はいっ!」
索敵範囲外からの攻撃では、自分の武装や技では射程が足りない。迷わず名を呼ぶ鷲悟に答えて、セシリアがスターライトmkⅢをかまえる。
スコープ越しに今の砲撃の射線の先を確認――機影を捉え、引き金を引く。
瞬間、放たれたビームが目標に飛翔――かわされた。
もっとも、当のセシリアもこの程度の狙撃で墜とせるとは思っていなかったが、これでとりあえず第二射の機先は制した。引き続き牽制しようとスコープ越しに回避した相手の姿を探して――
「セシリア、危ない!」
気づいたシャルロットがカバーに入った。飛び込んできた影の繰り出した斬撃を、シールドによって受け止める。すぐに相手の姿を確認して――
「――――――っ!?
新型――!?」
それはまったく見たことのないタイプのIS――真紅の全身装甲型IS、クリムゾンの姿に驚きの声を上げるが、
「下がれ、クリムゾン!」
「――――――っ!?」
そんなシャルロットの耳が新たな声を捉える――同時、名を呼ばれたクリムゾンもまた素早く後退し、
「そいつは――私の獲物だ!」
「ぅわぁっ!?」
飛び込んできたのは、ラファール・リヴァイヴによく似た、オレンジ色の全身装甲型ISだった。全身での体当たりをまともにくらい、シャルロットが吹っ飛ばされる。
「サンシャインか……
ミッションプランに比して突入が3.52秒遅いぞ」
「そんなの許容範囲だろ。几帳面が過ぎるんだよ、お前は」
クリムゾンに答え、サンシャインと呼ばれたオレンジ色の全身装甲型ISはゆっくりとシャルロットへと向き直った。
「なら、そいつは任せたぞ、サンシャイン。
では私は……」
サンシャインがシャルロットとやり合うことに異論はないらしい。言いながら、クリムゾンは周囲をサーチして――
「はぁぁぁぁぁっ!」
「やはり来たか」
そこへ紅椿をまとった箒が飛び込んでくる――彼女の繰り出した二連斬撃を、すでに予見していたのかクリムゾンは余裕で回避する。
「猪武者の貴様のことだ。そろそろ突っ込んでくると思ったぞ」
「誰が猪武者だ!
…………って……」
クリムゾンの言葉に思わず言い返し――箒はふと気づいた。
「待て。
今の口ぶり……貴様、私のことを知っているのか?」
「貴様だけではないぞ、篠ノ之箒。
織斑一夏、柾木鷲悟、セシリア・オルコット、凰鈴音、シャルロット・デュノアにラウラ・ボーデヴィッヒ、柾木あずさ、更識簪……おや、彼女は不参加か? 反応がないが……」
名前を列挙しながら、同時にサーチもしていたのだろう。簪の姿を見つけられなかったらしく、クリムゾンは軽く首をかしげてみせる。
「なるほど。
我々のことは調査済みということか」
「敵を知り、己を知れば百戦危うからずと言うだろう。
これから襲撃する相手のことを調べておくのは当然のこと――それができていないから、貴様はそんな優秀なISを持っていながら無様に黒星を重ねるんだ」
「黙れ! 大きなお世話だ!」
クリムゾンに言い返し、箒は二刀流で再び突撃した。
「さて……いくか」
一方、最初に鷲悟を狙った狙撃の主――ヴォイドは狙撃に使った長距離砲撃ユニットを切り離していた。機密保持のためなのか、砲撃ユニットが自爆するのを尻目に、自身も戦場に向けて飛翔する。
「しゃらくせぇっ!」
そんなヴォイドの前に立ちふさがるのは鷲悟だ。全身の火器をヴォイドに向けて――
「フンッ」
そんな鷲悟を鼻で笑い――ヴォイドもまた、鷲悟と同様に全身の火器をかまえた。すでに起動させ、チャージまで終えていたそれを鷲悟に向ける。
(オレが出るのを読んでた……っ!?
――けどっ!)
「真っ向勝負はミスジャッジだな! 踏みつぶしてやるぜ!」
「やれるものならな」
言い放つ鷲悟にヴォイドが答え、両者が発砲――お互いの攻撃はちょうど中間で激突、どちらが押し勝つでもなく引き分け、相殺される。
そう――“仲間内で最大火力を誇る鷲悟の砲撃と”引き分けたのだ。
「こいつ……っ!?
火力でオレと、タメ張りやがるか!」
「いつまでも自分の頂点が安泰だと、思わないことだ!」
うめく鷲悟に答え、二人は空中を目まぐるしく飛び回りながら砲火を交える。
「鷲悟!」
「一夏、援護するわよ!」
そんな鷲悟のもとに向かい、援護しようとする一夏と鈴だったが、
「そうはいかないんだからっ!」
「――――――っ!?」
響いた声と同時、甲龍が鈴へともたらすロックオン警報――とっさにかまえた双天牙月に、飛び込んできた何者かの一撃が叩きつけられる。
そのままつばぜり合いに移行――するかと思われたが、鈴はムリに付き合うことなく相手を突き放した。力ずくで相手を押し返し、バックダッシュで距離を取る。
改めて相手の姿を確認――赤みがかかった紫色の、全身装甲型のISだ。全体的に武骨なデザインで、見た目からは近接パワー型のような印象を受ける。
と――
「ひとりで飛び出すな、パープル。
オレの獲物まで分捕るつもりかよ?」
「ふふん、早い者勝ちだよー♪」
言って、舞い降りてきたのは“亡国機業”のアジトでオータムを相手にタンカを切っていた白将だ。その言葉にパープルと呼ばれた赤紫のISが、その武骨な見た目とは裏腹な子供っぽい声色と口調で答える。
一方、そんな“亡国機業”側のやり取りをよそに、鈴と一夏は後から現れた白将の姿に思わず眉をひそめていた。
「アイツ……っ!」
「あのデザイン……まるで最初の頃の白式じゃない……っ!」
真っ白でスマートな装甲に、まるで鳥の翼のような非固定浮遊部位。そして手にした一振りの、雪片弐型によく似たビームコーティングブレード――“第二形態移行”前の白式にそっくりの白将の姿に、一夏も鈴も驚きを禁じえない。
「似ているのは姿だけじゃねぇぜ。
オレの名は“白将”……どうだ? 名前までそっくりだろう?」
「そして私はパープル様だぁーっ!」
困惑する一夏や鈴を挑発するように白将が名乗り、となりでパープルもまた便乗する形で名乗りを上げる。
「はんっ、上等よっ!
一夏! あのガキっぽいのはあたしが引き受けてあげるから、アンタはあのパチモンに、ニセモノは決して本物に勝てないってところを教えてあげなさいっ!」
「あぁ、わかってるさ!」
言って、一夏が白将に向けて飛び、白将もまたそれに応じる――ドッグファイトに突入、あっという間にその場から飛び去った一夏達にかまうことなく、鈴はパープルへと向き直った。
「さぁ、アンタの子守は、このあたしがしてあげるわよ!」
「むーっ、気に入らないなぁ、その上から目線」
言って、双天牙月をかまえる鈴に対し、パープルもまたその両手にハンドアックスをかまえた。
「何お姉さんぶってるのさ?
自分だって、じゅーぶん“お子様”なクセしてさ」
「ちょっと待て! アンタ今あたしのどこ見てそのセリフをほざいたーっ!」
パープルの返し、その中の一言で瞬時に怒りが沸点を超えた――怒りの咆哮と共に、鈴はパープルへと突撃した。
「貴様…………っ!」
「フンッ、また会ったな。ドイツの。
同じAIC使いとして、絶対私に目をつけてくると思っていたぞ」
一方、ラウラもまた、襲撃者のひとりと対峙していた。
それも、決して知らない相手ではない。学園祭の時の戦闘に先の打鉄強奪事件――“亡国機業”絡みの事件の度に自分達の前に立ちはだかってきた、あのAIC使いの黒い全身装甲型IS、ノワールである。
「そんなに私が気になるか?」
「貴様などに用はない。
だが、我が国の最高機密であるAICを搭載している点は見逃せない。
答えてもらうぞ――その技術、どこで手に入れた?」
「別に、どこでもないさ」
答え、肩のレールカノンの砲口を向けるラウラだったが、ノワールもまた動じることなくそう答えた。
「我々もまた開発に成功した――そういうことさ。
忘れたか? AICの元であるPICは、元々ISの標準装備であることを」
「ヘタな言い訳だな。
たとえ元が汎用技術であろうが、他の国がそう簡単に我が国の技術の最高峰にたどりつけるものか。
やはり後ろめたいルートからの入手のようだな――洗いざらい吐いてもらうぞ!」
言うと同時にレールカノンを発射。ラウラの放った砲弾を、ノワールはかざした右手を起点にAICを展開、受け止めて――
「もらった!」
その一瞬の刹那に、ラウラは“瞬時加速”でノワールの懐へ飛び込んでいた。
AICの発動、維持には意識を集中させる必要があり、多重展開は難しい。AIC搭載のISを駆り、その特性を知り尽くしたラウラならではの奇襲だったが――
「こちらがな」
淡々とノワールが返す――その瞬間、ラウラの動きが“止められた”。
まるで金縛りにあったかのように、指一本動かせない。そして、ラウラの眼前にかざされた“左手”。これは――
「AIC……!?
バカな、多重発動だと!?」
「おいおい、大切なことを忘れているな」
驚き、うめくラウラに対し、ノワールはあっさりと答えた。
「貴様のAICと私のAICは同時に開発に成功したワケではないんだぞ?
私のAICの方が後発だ――何かしら改善されている可能性くらい、最初に想定しておけ!」
言って、ノワールは砲弾を止めていた右手側のAICを解除、その右手でラウラを殴り飛ばした。防御もできず、まともに頬を殴られたラウラが吹っ飛ばされて――
「ラウラちゃんっ!」
それを受け止めたのは桜吹雪をまとったあずさだ。
だが――
「すまない、あず――っ、危ない!」
助けられた礼を言いかけたラウラが動く――自分を受け止めたあずさの腕を振り払うと彼女をかばうようにその眼前に飛び出し、飛び込んできた影の振り下ろした刃をプラズマ手刀で受け止める。
ノワールではない――まったくの初見となる、これまた全身装甲型のISである。
刃の部分をエネルギーコーティングした実体の大剣をたずさえた、オレンジ色の装甲の機体――いや、違う。
オレンジ色の装甲の下、濃い赤色の塗装が見える。つまり――
(あの斬撃戦装備はオートクチュールか……)
(桜吹雪と同じ、換装による全局面対応型……!?)
「貴様も来たか、ブラッディ」
「おー、来たぜー、ノワール」
警戒を強めるラウラとあずさに対し、乱入者とノワールは気楽なものだ。ノワールの言葉に乱入者ことブラッディが答え、両機は背中を預け合うラウラとあずさを挟撃するように位置取りする。
「……どうする? ラウラちゃん」
「別にそれぞれ一対一でやり合う理由もあるまい。
合わせろ、あずさ――連携で一機ずつ、確実に墜とす」
「りょーかい」
「そう簡単にいくかな?」
「なめんじゃねぇぞ、オラぁっ!」
打ち合わせるラウラとあずさに言い返し、ノワールとブラッディが飛翔した。
「私の相手は貴様か……オータム、だったか?」
「そういうお前の名前は何だっけか?――イタリアでエムとつるんでた“名無し”さんよ」
別の場所では、修復を終えたアラクネをまとったオータムがシルエット・ミラージュをまとった忍と対峙していた。忍の言葉に、オータムは負けじと挑発し返してくる。
「こうしてまた対峙することになるとは、何かと縁があるようだな。
もっとも……貴様とそのISにとってはいいことではないだろうが」
「言ってろ、小娘!」
反論と同時に先制攻撃――全装甲脚を銃撃モードで起動、斉射したオータムの攻撃を、すでに先読みしていた忍は冷静に回避する。
「こんなもんは序の口だ!
学園祭の時みたいにはいかねぇぞ!」
「ずいぶんな自信だな」
「当然だっ!
アラクネが治るまでの間、ヒマさえあればトレーニングに没頭してたからな!」
「ほほぉ、悪の組織の一員を自称するくせに、ずいぶんと勤勉じゃないか」
「似合わねぇのは百も承知だっつーのっ!
それだけ、てめぇらにやられて悔しかったんだと思っとけ!」
そんな会話とは裏腹に両者の攻防は激化の一途を辿っている――距離を詰め、離し、目まぐるしく間合いを切り替えて撹乱しようとする忍だったが、アラクネを駆るオータムは振り回されることもなく、装甲脚の各モード、近接と銃撃を間合いごとに冷静に切り替えて対応してくる。
学園祭の時にはできなかった芸当だ――本人の言う通り、確かに学園祭の時とは違うようだ。
「なるほどな。
腕を上げてきたというのは、本当のことらしいな」
「そういうこった!
なめてかかってると、痛い目見るぜ!」
「そのようだ。
ならば――」
「こっちも、最大戦力で叩かせてもらうわね♪」
「――――――っ!?」
その声が耳に届くと同時、半ば直感に従って頭上を防御――直後、格闘モードの装甲脚に強烈な衝撃が叩きつけられた。
楯無のミステリアス・レイディ、その槍による一撃だ。ハイパーセンサーが伝えてくる衝撃値の大きさに、もし防御が間に合わなかったらと考えるとゾッとする。
改めて、相手が学生だという前提は捨て去るべきだと再認識しながら、オータムは“瞬時加速”でその場から離脱。忍と楯無による挟撃状態から脱出する。
「あら、本当。
この間のあなただったら、今のでますますムキになって突撃してきたでしょうに――挟み撃ちにされても冷静さを保てるくらいには成長したみたいね」
「おかげさんでな」
楯無の軽口に対しても激昂することなく、オータムは答える――とはいえ、それでも多少は頭に来ていたのか、改めて深呼吸して自らを落ち着けている。
「まぁ、その方がこちらとしても退屈せずにすみそうだけど。
そっちの新顔さん、みんな一夏くん達の方に行っちゃうんだもの。お姉さん、少し寂しかったのよね」
「…………へぇ」
だが――続く楯無の言葉に、今度はオータムが余裕の笑みを浮かべる番だった。
「おい、生徒会長サマ。
そう思ってんなら……今すぐ護衛に戻った方がいいぜ」
「え………………?」
「何しろ――」
そう、オータムが楯無に答えかけた時だった。
轟っ!という音がここまで聞こえ、同時にハイパーセンサーが膨大な熱量の発生を確認――気づき、振り向いた楯無や忍の視線の先、護衛していた打鉄の輸送車列の目の前で巨大な火柱が立ち上っている。
それも、ただの炎ではない。自然界には存在しない青い炎――ガスバーナーの炎と同じく、通常の炎をはるかに上回る熱量を有している証拠だ。
「他にも別働隊がいた……!?」
「…………“行けよ”」
思わずうめく楯無だったが――そんな彼女に、オータムは意外な言葉を投げかけた。
「別に止めねぇよ――助けに行きたかったら行くがいいさ」
「ずいぶんな自信ね……あの炎を起こした犯人は、よっぽど強いってことかしら?
けど、まぁ……とりあえず今は、お言葉に甘えさせてもらいましょうか!」
言うと同時、楯無はきびすを返して収まりつつある火柱の方へと向かう――それを見送ると、オータムは改めて忍へと向き直った。
「んじゃ、続きと行こうか。
けど……あまり時間はかけたくねぇ。さっさと済ませて向こうに行きたいんでな」
「なんだ、結局更識楯無を行かせたことに不安があるんじゃないか」
オータムの言葉にそう軽口を返す忍――だったが、
「いや、そうじゃねぇさ」
対し、オータムは獰猛な笑みを浮かべてそう答えた。
「どうせなら、特等席で、生で見たいんだよ。
あのクソムカつく小娘が――」
「今度は何ひとつできないまま、無様にぶちのめされる姿をな」
「…………フン、未来のIS操縦者を育てるIS学園の教師のレベルはこんな程度か……
話にならんな」
しみじみと実感しながら、キッパリと断言する――しかし、その言葉に反論する声は上がらない。
――否、“上げられない”。その場にいる、戦う力を“持っていた”人間は皆身にまとっていたISを破壊され、全身を焼かれて倒れ伏し、苦悶の声を上げるばかりだ。
「…………ずいぶんと、ハデにやってくれたじゃない」
と、そこに楯無が到着――上空から舞い降り、襲撃者の姿を観察する。
今までの新手と同様の、青色の全身装甲型。非固定浮遊部位が見られないのが特徴と言えば特徴だが、すでに非固定浮遊部位なしの機体には前例がある。取り立てて異質というほどのものではないだろう。
少なくとも、外観的にはISと見ていいだろう――だが、彼女はその相手がISだとは素直に断言できなかった。
なぜなら――
(コアの反応が……ない……!?)
そう。今までの全身装甲型の新顔達と違い、目の前の相手からはISコアの反応が検知されないのだ。
忍の機体のようにステルスでコアの反応をごまかしているのかとも思ったが、サーモグラフィーや電磁波など、その他の反応は普通にハイパーセンサーで捉えられている。コアだけが反応をごまかされている、というのならその目的がわからない。
もしくは……
(“コアを持っていない”……!?
ISとは別種のシステムで動いているというの……?)
「敵を前にして――」
「――――――っ!?」
相手の声に、思考が現実に戻ってくる――だが、それは少し遅すぎた。
「考え事とはっ!」
その一言と同時、衝撃が彼女の腹を貫く――楯無の力を持ってしても反応しきれぬほどの速さで、フルパワーの絶対防御を持ってしても“拳を止めるだけで精一杯”というほどの重さを伴った拳が、彼女の腹に叩き込まれたのだ。
「……か……っ、は…………っ!?」
「余裕だな――IS学園、生徒会長!」
そして、言葉と攻撃、それぞれの続き――振り払うように放たれた裏拳が楯無の頬を張り、真横にブッ飛んだ楯無が護衛車両のひとつを“貫いて”吹っ飛ばされる。
轟音と共に、楯無の突っ込んだ地面が土煙を上げて砕け散る。そちらに向け、青いIS(?)が一歩を踏み出し――
「――――――っ、はぁっ!」
すでにその眼前には、立て直した楯無が飛び込んでいた。渾身の力でランスを繰り出す――が、青いIS(?)は半歩身体をずらしただけで、最小限の動きで楯無の攻撃をかわしてしまう。
さらに、そのままカウンターの形で楯無の顔面をその右手でつかむ――と、同時にミステリアス・レイディのハイパーセンサーが警告を発した。
(膨大な熱量の発生を確認――まずいっ!)
直感で危機を察し、青いIS(?)の脇腹に蹴りを一発、その手から脱出――次の瞬間、相手の周囲に炎が巻き起こり、青いIS(?)を包み込んでしまった。
もっとも、どうせ相手には何かしら自らの炎に対する防御手段があるのだろうが――あのまま捕まっていたらシールドバリアも絶対防御も関係ない。その内側で炎を燃やされ、自分ひとりが丸焼けになっていたところだと、イヤな仮想に一瞬眉をひそめて――
「次の対応が遅い」
淡々とした声と共に、再び視界が閉ざされる――先ほどと同じように顔面をつかまれたのだと理解した次の瞬間には、彼女は青いIS(?)に投げ飛ばされていた。
バウンドすら許されない。それほどまでに強烈な斜め下へのベクトルが、彼女の身体を地面をえぐるようにすべらせる――なんとか飛翔し、空中に逃れると、楯無は改めて青いIS(?)を見下ろすが、
「――――――っ!?
いな――きゃあっ!?」
『いない』。その一言すら言えないままに次の一撃――いつの間にか真上に回り込んでいた青いIS(?)が両手を合わせ、叩きつける。いわゆる“スレッジハンマー”と呼ばれる両手の打ち落としをまともにくらい、楯無は轟音と共に地面に突っ込んだ。
「っ、たぁ……っ!
女の子を相手に腹だの頬だの顔面だの、本当に容赦がないわね」
「『窮鼠猫をかむ』というだろう。
アリですら追い詰められれば象にかみつく――戦うからには全力をもって相手を叩きつぶすのは当然の話だ」
「へぇ……この私をアリ呼ばわりなんて、言ってくれるじゃない」
ガレキの中から身を起こせば、相手は悠然とこちらに向けて舞い降りてくるところ――青いIS(?)の答えにそう返し、更識が立ち上がり――
――がくんっ。
「――――――っ!?」
唐突に“ヒザが落ちた”――その事実に、楯無は意味するところを悟って戦慄する。
本来であれば、操縦者はたとえ絶対防御を抜かれ頭部に衝撃を受けたとしても、ISの保護機能に守られ、脳震盪などを起こすことはない。物理的な損傷でも受けない限り、意識が落ちることもなければめまいを起こすようなこともない。
にも拘らず、今自分のヒザが落ちた。すなわち――
(ISの保護機能ですら保護しきれないほどの衝撃……!?
こんなの、もしISなしで受けていたら……!?)
ハイパーセンサーの反応に、相変わらず目の前の相手からのコアの反応は捉えられていない――それどころか、反重力フィールドの性質やらエネルギー場の組成やら、その他のあらゆるデータが、目の前の相手が『ISではない』と主張している。
まさかジュンイチや鷲悟の同類かと一瞬考えるが、そのエネルギーの波形は彼らのものとも特徴が一致しないし、スキャンの結果判明した相手の装甲材質はごく一般的なIS装甲材。彼らのまとう“装重甲”と同種とは言いがたい。
では、いったい何者だというのか――考えるべきはそこではない。どう対処すべきかを考えろと冷静な部分が呼びかけているが、それでも疑問を押しのけることができない。
「あなた……何者?」
「貴様が知る必要はない」
淡々とした答えが返ってくる――声は男性のものに聞こえるが電子変換をかけられているようだ。女性がボイスチェンジャーで……という可能性も現段階では捨てきれない。
「確かなのは、これから貴様には二つの未来のどちらかが待っている、ということだ」
そう言いながら、青いIS(?)が右手を真横に向けた。
と、その右手の装甲がスライド式にすき間を開け、そこから噴き出した炎が渦を巻く――青い装甲を彩っていた赤い炎は見る見るうちにその温度を上げていき、やがて青色の炎へと変じていく。
「すなわち、抵抗して、痛い目を見る未来か……それでも抵抗して、殺される未来か」
「あら、『私が降伏する未来』とか『私が逃げる未来』っていうのはないの?」
「手合わせしてわかった。
貴様はそんな人間ではないとな」
「光栄、と思うべきなのかしらね、それは……」
青いIS(?)に答え、楯無は改めて立ち上がり、ランスをかまえた。
「少なくとも……あなたがとんでもない実力を持っているのは理解したわ――それこそ、私をアリ呼ばわりした、あの発言が決しておごりでも何でもないくらいに。
けど……ううん、だからこそ、あなたを織斑くん達にぶつけるワケにはいかない。あなたをぶつけるのは、あまりにも危険すぎる。
だから……あなたは、生徒達の長であるこの私が止めてあげる」
「………………いいだろう。
ならば全力で来い、IS学園生徒会長。こちらも全力で応じてやる」
「どうせなら名前で呼んでくれないかしら? 知ってるんでしょう?」
「呼ばせてみろ」
「上等っ!」
その言葉と同時――
“清き熱情”の爆発が、青いIS(?)を飲み込んだ。
「このぉっ!」
「フンッ」
鷲悟が全身から放つ砲火が一斉に迫る――が、ヴォイドにはただの一発も当たらない。そのすべてが、すべるようになめらかな機動でかわされていく。
目まぐるしく飛び回りながら砲火を交える両者だったが、お互いに未だ一発のクリーンヒットも許していない。かわし合い、相殺し合い――まったくの互角の戦いである。
だが、鷲悟はその“互角ぶり”にある種の違和感を覚えていた。
一言で言えば――あまりにも“できすぎている”。
相手の砲撃のタイミングや射線があまりにも“読みやすすぎる”――おかげで攻撃を予測しやすく、たやすく対応できてしまう。そしてそれは、どうやら相手も同じようだ。
回避はたやすく、ぶつけ合わせてもまったく同じ威力で相殺される――ここまでくると、現状の互角の状況にある種の作為すら感じてしまう。
だが――
「セシリア!」
「任せてください!」
それなら、自分以外の人間にこの均衡を崩してもらうまでだ。鷲悟の指示でセシリアがスターライトで狙撃。回避したヴォイドをさらにブルー・ティアーズのビットが追撃する。
自分を追ってくるビットに反撃の砲火を放つヴォイドを鷲悟が狙う――が、これもまたかわされる。やはり自分の攻撃は完全に読まれているようだ。
(どういうことだ、これ……!?)
ヴォイドと砲火を交えるたび、膨らむ疑念――鷲悟は内心で問いかけずにはいられなかった。
(どっちかが一方的に読まれてるだけなら、それだけ圧倒的な実力差として納得できる……
けど、この状況は何だ……こっちが読まれてるだけじゃない。オレも、相手の攻撃が“読めすぎてる”。
こんなの、まるで“自分自身と戦っているみたい”じゃないか……っ!)
思考をめぐらせながらも動きは止めない。もはや相殺されるのを前提の上で放った右のグラヴィティランチャーの砲撃を、ヴォイドは予想通り自らの砲撃で止めてくる。
そう――“回避ではなく相殺されるのを”前提の上で放ち、その読み通り相殺された。いったい、この読みの通りやすさは何だというのか――
「鷲悟!」
と、そんな鷲悟の元に一夏が合流してきた。彼と戦っていたのか、同じように飛来した白将もまたヴォイドと合流する。
「苦戦してるみたいだな」
「苦戦……苦戦、ねぇ……」
声をかける鷲悟に、一夏は何やら首をかしげている――それだけで、鷲悟は直感した。一夏達も、自分達と“同じ”なんだと。
とりあえず、その直感が外れていることを願いながら、確認がてらカマをかけてみる。
「こっちは明らかに手こずってる。
なんか、こっちの手の内がことごとく読まれてるっぽいんだよなぁ……どういうワケか、こっちもアイツらの攻撃が読めるおかげで、今のところ致命的なことにはなってないんだけど」
「鷲悟もか!?
いや、実はこっちもなんだ」
懸念的中。
「一夏さんも……?
どういうことですの? こちらの攻撃が相手に読まれているだけならまだしも、相手の攻撃も読めてしまうというのは……?」
「いや……とりあえず、そこを考えるのは後にした方がいいな」
やり取りに参加してくるセシリアに対し、鷲悟は話題を切り上げる――そう。後にした方がいい。
何しろ、敵側の合流した二名、ヴォイドと白将が、こちらに向けて戦意もあらわにかまえているから。
「今はとにかく、アイツらを墜とすことを考えよう。
とりあえず、お互いに手の内が読めすぎる今までの対戦カードは却下だ。ジリ貧が過ぎる。
オレと一夏がそれぞれの相手を入れ替えて当たる――けど、今までの流れからして、たぶんオレ達がそう出ることも読まれてると思っていい。
となると、入れ替わっても結局ジリ貧の可能性は残る。そこで……」
「入れ替わった上で、相手にない要素であるわたくしが援護して、均衡を崩す……ですわね?」
「そういうこと。
ただ、この手も読まれてないとは思わない方がいいな」
「そうなのか?」
「さっき、セシリアとの連携も仕掛けたんだけど、それもかわされてた――たぶん、“オレとの連携パターン”としてセシリアの動きも連中の知識の中にあるんだ」
セシリアに、そして一夏に答えると、鷲悟は改めてセシリアへと視線を向け、
「それでもセシリアをフォーメーションに組み込むのは、広域制圧力の高いブルー・ティアーズを投入することで“読まれたところで対処不能”って状況を作るためであって、相手の意表をつくためじゃない。
対処不能な攻撃で相手の余裕を崩して、オレ達で仕留める――セシリア、お前のプライド的には不服だろうけど、ここは牽制役に徹してくれ」
「お任せください。
このセシリア・オルコット、見事鷲悟さん達の道を切り拓いてみせますわ!」
鷲悟の作戦に異論はないらしい。セシリアも乗り気でそううなずいて――
「なるほど、悪くない作戦だな」
『――――――っ!?』
頭上から降ってきたその声は、三人を硬直させるには十分すぎた。
「ただし――“相手に増援が来る場合”を想定していない点を除けば、だが」
見上げる三人に対し、声の主は淡々と告げながら降下してくる。
薄い紫色の、ビット搭載型IS――サイレント・ゼフィルス。
「お前……っ!」
「まだ生きていたか、織斑一夏」
現れた因縁の相手に、一夏の表情が強張る。対し、エムは相変わらず冷淡な態度でそう告げて――
「…………サイレント、ゼフィルス……っ!」
「――――――っ!
いけない!」
小声で、だが確かに聞こえた声にハッとしたセシリアが振り向くが、それはすでに手遅れだった。
鷲悟の表情が、完全に憎悪一色に染まっている――怒りによって歪みに歪んだ凶悪な視線が、動じることなく佇むエムへと向けられる。
「待て、鷲g
「オォォォォォッ!」
同じく気づいた一夏が制止しようとするがそれも間に合わない。怒りの咆哮で一夏の声をかき消し、鷲悟が爆発的な加速と共にエムに向けて突撃する。
もちろん、ただ闇雲に突っ込むだけではない。突撃しながら、両手のグラヴィティランチャーを連射――しかし、対するエムもそれを余裕でかわしていく。
とはいえ、さすがに回避しながらでは鷲悟から逃げ切ることはできなかった。間合いを詰めた鷲悟がグラヴィティランチャーを放り出し、重天戟で斬りかかり――
「フンッ」
しかし、それすらもエムは余裕で回避してみせた。右半身を引くだけで最上段から振り下ろされた鷲悟の斬撃をやりすごし、逆にビットを射出、鷲悟を包囲にかかる。
「こなくそっ!」
自分の死角に回り込んでくるビットのビームをかわし、両肩のグラヴィティキャノンで迎撃しようとする鷲悟だったが、ビットは細やかな機動で鷲悟の砲撃をことごとくかわしていく。
威力重視で速射性に難のあるグラヴィティキャノンでビットの撃墜は難しい。グラヴィティランチャーを早々に放り出してしまった失策を悔やむが、今はそれどころではない。
「だとしてもっ!」
しかし、それなら別の攻撃手段で叩き墜とすまで。重天戟の一振りで周囲に多数の重力弾を生み出し、ビットに向けて撃ち放つ。
その狙いは正確で、飛び回るビットを次々に捉えていく――だが、ダメだ。ビット自身が展開したシールドを撃ち抜けず、ただ弾き飛ばすだけの結果に終わってしまう。
しかも、エム自身も攻撃に参加してきた。ライフルの連射で鷲悟を狙い、鷲悟もそれをかわしてエムに接近しようとするが、ビットからの援護射撃に阻まれてしまう。
それでもすかさずグラヴィティキャノンやバスターシールドでの砲撃に切り替える鷲悟だったが、威力と引き換えにスキの大きいそれらの砲撃ではエムには通用しない。放つ砲撃のことごとくがかわされていく――
(…………何だ……?)
と、そんな鷲悟の戦いの様子に、一夏はある違和感を抱いた。
(サイレント・ゼフィルスの対応が的確すぎる……
そりゃ、今までにも何度かぶつかってる相手だし、手の内を知っていてもおかしくないけど……)
威力の低い速射性の攻撃に対してはビットのシールドで対応し、大味な砲撃はスキが大きく防ぐまでもない。唯一スキらしいスキの見られない近接戦も、ビットを駆使して近づけなければ問題ない――見事に鷲悟の打つ手を封じているエムだが、いくらなんでも見事“すぎる”。
いくら手の内を知っていたとしても、鷲悟がそれをどう使ってくるか、そうした思考についての部分まではそうそう簡単に読めるものではない。だがエムはそうした部分についても的確に先読みし、対応してきている。
それはまるで――
(まるで、あの白将とかいうヤツみたいじゃないか……?)
そう。自分の打つ手打つ手をことごとく先読みしてきた、白将と名乗った全身装甲型ISのようではないか。
だとしたら、白将と同じように彼女も鷲悟のデータを周到に用意してきたということになるのだが――だとしても疑問は残る。
鷲悟と彼女が対峙したのはイタリアでの戦いの一回だけ。文化祭の時にも現れたと聞いたが、その時はジュンイチやセシリア達が対応したという。
そして、そのたった一回の対峙すら、彼女は実力で鷲悟を始終翻弄していた。こちらの出方をすべて読みきれるほどのデータなど用意しなくても、彼女の力なら鷲悟を圧倒できるはずなのだ。
必要もないのに万全すぎるほどに成されている対策。それが意味するのは――
(彼女が対策を立ててきたんじゃなくて……“誰かから対策を伝授された”……?)
だとしたら、その対策を伝授した人物は鷲悟の手の内を知り尽くしていることになる。だが、異世界生まれの鷲悟のことをそこまで知る人間が、この世界にいるというのか――
「――――っ!
いけない!」
そんな一夏の思考を断ち切ったのはセシリアの上げた声。どうしたのかと視線を上げて――その意味を理解した。
白将と共にいるヴォイドが、鷲悟に向けて狙いを定めている――鷲悟の怒気にのまれ、エムの動きから感じた違和感に気を取られ、彼らのことをすっかり失念していた自分を叱り飛ばしたくなるが、それどころではない。
「鷲悟!」
「――――――っ!?」
幸い頭に血が上っていた鷲悟にも一夏の上げた声は届いた。気づいた鷲悟がかろうじてヴォイドの砲撃を回避。さらに突っ込んできた白将の斬撃も重天戟で受け止める。
「オレ達だっているんだぜ! 無視してんじゃねぇぞ!」
「無視したいんだよっ! オレの狙いはお前らじゃねぇっ!」
言い返し、鷲悟は白将を押し返した。すかさずグラヴィティキャノンを連射するが、白将も素早く後退してその砲撃を回避する。
だが、そこにヴォイドが砲撃。鷲悟もまた白将と同じように後退してやりすごし――
「そこまでだ」
その後頭部に、冷たい塊が押しつけられた。
考えるまでもない――エムのかまえたライフル、その銃口だ。
「ずいぶんとジャマをしてくれたが……所詮は雑魚か。
もう相手をするのも面倒だ。これで――死ね」
「くっ…………!」
宣告され、歯がみする鷲悟だったが、エムはかまわずライフルの引き金に指をかけた。
指に力がこもり、引き金が引かれて――
その瞬間
鷲悟の身体を衝撃が襲い
鷲悟を突き飛ばしたセシリアが、放たれた閃光に撃ち抜かれていた。
目の前で
大事な人が
撃ち抜かれ……
次回予告
一夏 | 「一夏だ。 くそっ、鷲悟をかばって、セシリアが……っ!」 |
鷲悟 | 「何やってんだ、オレ……っ!」 |
あずさ | 「あー、鷲悟お兄ちゃん、こうなったらもろいからなぁ…… こうなったら、あたしががんばるしかないよね!」 |
鷲悟 | 「次回、IB〈インフィニット・ブレイカー〉! |
『あずさ覚醒! 解き放て“黄金の宝物庫”』」 | |
あずさ | 「見せてあげるよっ! 桜吹雪の、本当の力を!」 |
(初版:2014/01/11)