「うーん…………」
 ため息をつき、ジュンイチは目の前の現状を改めて確認した。
 まず――自分がいるのは一面の荒野だ。
 そして、周囲に自分の知る顔はひとつもない。
 自分の周囲にいるのは――

 ギラついた凶器を持った、数人の男達だった。

 

 


 

第壱幕
「戦乱の世へ」

 


 

 

 さて、現状が把握できたところで次は経緯だ。
(確か……ブレイカーベースの地下空洞で、変な結晶体を見つけて……)
 そうだ――突然その結晶体が光を放ち、次いで衝撃――さすがに意識を失い、気がついたらこの男達に囲まれていたのだ。
 事態の原因は――
(あの結晶、だよな……どう考えても)
 つぶやき、右手に視線を落とすが――その手には何も握られてはいない。
 ともかく、これで現状とそこに至る経緯、二つの情報が整理できた。次は――
「この状況への対処、だな……」
 つぶやき、ジュンイチは自分を取り囲む男たちを見回した。
 時代外れの盗賊、とでも言えばいいだろうか。皆時代劇に――それも中国系の時代劇に出てくるような服装で、服装は黄色に統一。手には剣や槍――刃の照り返しでわかる。本物の凶器だ。
 左腰に意識を向け、そこにいつも挿している愛用の霊木刀“紅夜叉丸”があることを感覚で確認する。
 敵の数は――ざっと十四、五人といったところか。
「……所要時間、30秒もあればいいか」
 むしろそれでも長すぎるかな――そんなことを考えながら、“紅夜叉丸”へと手を伸ばし――

「待ていっ!」

 突然、凛とした声が彼らの間に割って入った。
 視線を向けると、そこにいたのはひとりの少女。
 吸い込まれるかのような錯覚を覚えるほどに澄んだ黒い瞳。
 腰まで届く艶やかな黒髪は頭の横で留めている。サイドテールっていうんだっけか、あれ、違ったっけ……?――などとうろ覚えの知識と格闘していたジュンイチだが、その一方で彼女が手にしている“それ”にも目を向けていた。
 薙刀だ――いや、あの芸術的ともいえる龍の装飾は――
(偃月刀、それも青龍偃月刀って言われるヤツか……)
 冷静に分析し、判断する。
 さて、閑話休題――突然の少女の乱入で、男達の間に動揺が走るが、
「なんだぁ!?」
「てめぇ、何者だ!」
「ジャマすんな!」
 しかし、それも一瞬のことだった。口々に言いながら、男達は少女の周りを取り囲む。
 どうやら彼女もターゲットに定めたらしい。女性ならば楽勝だとでも考えたのだろうが――
(………………バカが)
 そんな彼らの行動に、ジュンイチは内心でため息をついた。
 気配でわかる――彼女は強い。盗賊っぽい男達など、問題にならないくらい。
「下がれ下郎が!」
 案の定、少女の一喝で男達はビクリとその身をすくませている。
 だが――
「貴様らごとき下郎が、この御方に手を出すことはまかりならん!
 匪賊風情が、その身をわきまえろ!」
 そう言って、少女が視線を向けたのは――

「………………オレ?」

 自分にその視線が向いていることに気づき――思わず間の抜けた声を上げ、ジュンイチは自身を指さしていた。
 しかし、少女はかまわず男達へと視線を戻し、
「このまま立ち去るというのなら見逃してやろう。
 だが、もし刃向かうというのなら……」
 告げると同時、少女の視線に殺気が宿り――

 

「はい、そこまで」

 

 ジュンイチは無造作に距離を詰めると、少女が振るおうとした偃月刀を止めた。脇から偃月刀の柄、刃のすぐ手前の辺りをつかんで動きを封じる。
「な、何を!?」
「厚意には感謝するが、こいつはオレに降りかかった災難だ。
 っつーコトで、オレがなんとかするのがスジってもんだろ?」
 驚く少女にあっさりと答え、ジュンイチは少女の前に出て男達と対峙する。
「なんだぁ? てめぇひとりで相手するってのか!?」
「美人の前でカッコつけたいのはわかるけど、そいつぁちょっと無謀ってもんじゃねぇのか!?」
 だが、そんなジュンイチの行動は男達からすれば無謀にしか見えなかったようだ。笑い飛ばす彼らの言葉に、ジュンイチはため息をつき――
「――――――ッ!」
 次の瞬間には、先頭の頭領らしき男の懐に飛び込んでいた。男が反応するよりも早く、鋭い吐息と共に、補強された愛用のブーツのつま先を思い切り相手の足へと叩きつける。
 『父・龍牙特製の合金の仕込まれたブーツ』プラス『ブレイカーであるジュンイチのパワー』プラス『それがつま先に一点集中』イコール――
「のわぁっ!?」
 頭領は蹴られた勢いのままその場で風車のごとく高速回転。叩き折られた両足の骨が肉を突き破り、周囲に鮮血をまき散らす。
 瞬時に間合いを離し、回転の中央に拳を一発。頭領はプロペラ回転を続けたまま男達の中に飛び込み――
「はい次」
 そうジュンイチが告げた時には、すでに二人目がそのつま先であごを蹴り上げられていた。

 結局、ジュンイチが男達を締め上げるのに30秒もかからなかった。動ける者が動けない者を運び、男達はほうほうの体で逃げ去っていく。
 それを見送り――ジュンイチは改めて少女へと向き直った。
「余計なことしちゃったかな?」
「い、いえ……お見事です」
 気楽に声をかけるジュンイチに答え、少女はジュンイチの身体を足元から順に見上げていき、
「あなた様こそ、お怪我は……ないですね」
「見てたなら、わかってるだろ?」
 笑顔で答えると、ジュンイチは少し大げさに肩をすくめて見せる。
「ところで、キミは?」
 ともかく駆けつけてきてくれたのは事実だ。礼を言いたいところだが――いざ礼を言おうにも相手の名前がわからないのではどうしようもない。なんとなく、本当になんとなくジュンイチは少女の名を尋ね――
「これは失礼。申し送れましたね。
 私は――」

「姓は関、名は羽、あざなは雲長。
 あなた様をお迎えするために、幽州より参りました」

「………………はい?」
 気がつけば、間の抜けた声で聞き返していた。
「どうか……されましたか?」
「あ、いや……」
 尋ねる少女の言葉に、ジュンイチは戸惑いがちに応じ、
「……もう一度、名乗ってもらえるか?」
「はい……
 我が名は関羽。字は雲長。あなた様をお迎えに――」
「あー、そこから先は聞いてたからいい」
 関羽と名乗った少女を制止すると、ジュンイチは素早く思考を巡らせる。
(関羽雲長、だと……?
 商売の神様としても祭られてる、歴史上の名将じゃねぇか……)
 まず脳裏をよぎった可能性は『同姓同名の別人』――
「……ご両親は、誰かにあやかってその名を?」
「いえ……特に誰かに、ということはなかったようですが……」
 仮説崩壊。
「けど……日本じゃ字の風習はないし、そもそも偶然でダブるような名前でもねぇしな……」
 思わず声に出してつぶやき――
「あの……」
 そんなジュンイチに、関羽はおずおずと尋ねた。
「……『にほん』とは何ですか?」
「………………ナンダッテ?」
 再び目を丸くして聞き返す。
「あなたがおられた“天”のことを『にほん』というのですか?」
「あ、いや、ちょっと待て」
 彼女の言う“天”とやらも気になったが、とりあえず真っ先に聞くべき事は聞いておく。
「一応聞くが――ここはどこだ?」
「ここは幽州啄郡。遠方の稜線にそびえる五台山を見ていただいてもわかるとおりです。
 これより西に少し進んだところに村があり――っと、どうかなさいましたか?」
 説明を止め、尋ねる関羽に答えることなく、ジュンイチは今の彼女の説明で挙がった地名から現在位置をシミュレートする。
(『幽州』『啄郡』『五台山』――)
 結果は――
(……思いっきり中国北部の片田舎じゃねぇか……)
 だが、気になることはもうひとつ。
 今彼女が挙げた地名で現在位置を特定した際、必要としたのは地理の知識ではなかったということ。
 必要とした知識の原典は――
(三国志……)
 古代中国の戦国時代を描いた歴史巨編――『関羽雲長』も登場するその書物の名を改めて胸中でつぶやき、ジュンイチはため息をつく。
 幽州という地名も三国志の舞台となった時代のものであり、現在は北京の近辺にあたる。
 常識的に考えればありえない事態――だが、自分という存在自体がすでに常識の範疇から逸脱している身だ。その経験から、常識の枠を取り払って現状を鑑みて――
(タイムスリップ、アーンド次元跳躍……)
 たどり着いた結論がそれだった。

 史実の関羽が歴史上に存在していたのは1800年ほど前の話――当然、自分の生きる21世紀にはすでに存在しない人物だ。
 その上関羽は三国志を知らない者でもその名を知っているほどの有名人だ。目の前の少女の言うように親が意図せずしてその名をつけたということは考えづらい。
 第一、その理屈を通すなら目の前の少女からして史実の関羽を知らないのはおかしいし、そもそも史実の関羽は男性だ。
 そして何より――中国のド真ん中にいながら、自分達は日本語で話している。

 それらの事実と自分の身の周りで起きる非常識な事態の数々から、ここが自分の生まれた世界とは違う次元世界であり、彼女が“この次元世界”の関羽雲長本人である――そう仮説を立てることは可能だ。
 そしてその関羽が目の前にいるということは――“この次元世界”の三国時代に自分は存在している、ということになる。
 そう考える脳裏に続いて浮かんだのは、先ほどの野盗達。
 全員が服装を黄色で統一していた。この時代でそんなことをしていた野盗と言えば――
(黄巾党、だな……)
 中国史上初の宗教戦争にして、漢王朝衰退の決定打となった“黄巾の乱”――それを引き起こしたのが、黄巾党だ。
 当時、私利私欲に走った上層部によって腐敗の極みにあった漢王朝に対し、“大賢良師”を名乗った導師、張角が首魁となって形成された宗教団体が武装蜂起したのだ。
 彼らは頭を黄色い頭巾で覆ってトレードマークとしたため黄巾党と呼ばれ――平和ボケしていた官軍を次々に撃破。さらにそんな彼らの勢いに便乗した者達も加わり、結果として彼らの引き起こした戦乱は瞬く間に中国全土へと広がったのだ。
 そんな、“黄巾の乱”の真っ只中に今自分は立っている――
 今さらになって『ドッキリカメラか何かじゃねぇだろうな?』などと考えるが――肌に感じる空気がこれが現実であることを教えてくれていた。
 なんというか――ドッキリでは再現できないリアルを感じる。
「あのクソ結晶、オレをどこに飛ばしやがったんだ……?」
 思わず口に出して毒づくと、
「あの……」
 先ほどと同じような雰囲気で、再び関羽が声をかけてきた。
「あなた様の名前を、お聞かせ願えますか?」
「っと、そうだったな」
 よく考えたら、彼女に名乗らせておいて自分は名乗っていない――そのことにようやく思い至り、ジュンイチは改めて名乗った。
「姓は柾木、名はジュンイチ。ジュンイチでいいよ。
 改めて礼を言う――助けに来てくれてサンキュな」
「いえ……礼には及びません。
 天の御遣いであるあなた様をお守りするのは、我が使命ですから」
「『天の御遣い』……?」
 関羽の告げたその言葉に、ジュンイチは思わず眉をひそめた。
「何の話だ? それは」
「はい……
 実は先日、この戦乱を治めるために天から遣わされた方が落ちてくると、管輅かんろという占い師が言っていたのです。
 その場所こそがここ。そして私はあなたと出会った……
 あなた以外に誰が“天の御遣い”だというんですか」
「そんなこと言われてもねぇ……」
 つぶやき、ジュンイチは思わず空を見上げ――ふと場違いな感想が脳裏をよぎった。
「……その占いの通りなら、オレ、思いっきり落下してきたんだよな……
 たとえ“天の御遣い”云々が事実でも、そこだけは外れていてほしいもんだな」
「高いところは苦手ですか?」
「平気だが落下が好きなヤツなんていないだろう?」
 関羽に答え、ジュンイチは肩をすくめる。
 絶叫マシンとは話が違うんだからな――とのつぶやきは口の中に呑み込む。この世界にそんなものはないだろうから。
「まぁ、いずれにせよ、オレは“天の御遣い”なんて大層なものじゃないと思うよ。
 『選ばれた』とかいう説も論外だな――これでもなかなかに物騒な経歴の持ち主だからね、我ながら。
 そんなオレがンな大層なお役目に抜擢されるとは、正直思えないんだよねぇ……」
 ジュンイチがそうつぶやいた、その時――
「姉者ぁ――――――っ!」
 突然の声が彼らの間に割って入った。
 振り向くと、こちらに向けてひとりの女の子が駆けてきていて――少女を見た関羽の顔がほころんだ。
「おぉ、鈴々か。やっと追いついたな」
「ひどいのだー、鈴々を置いてくなんて……」
 告げる関羽の言葉に、鈴々と呼ばれた少女は思わず肩を落とす。
「何を言っている。
 そもそもお前が子犬と戯れているから悪いのではないか」
「むぅ、それはそうだけど……」
 関羽の言葉に頬を膨らませ――そこでようやく、鈴々はジュンイチに気づいた。
「ところで、このお兄ちゃんは誰?」
「こら、失礼な言い方をするな。
 このお方こそ、我らが探していた“天の御遣い”の方なのだぞ」
「へー、お兄ちゃんが天の遣いの人なんだ」
「本人は認めちゃいないがな」
 つぶやく鈴々に、ジュンイチは軽く肩をすくめてそう答える。
「じゃあ、自己紹介なのだ!
 鈴々はねー、姓は張! 名は飛! 字は翼徳! 真名まなは鈴々なのだ!」
「………………」
 ジュンイチは動かない――ただ胸中でため息をつく。
(関羽が女の子だと思ったら、こっちもか……)
 少なくとも、見た目は身長は自分の胸ほどしかない小さな女の子だ。そのクセ、そんな自分の背丈の倍以上もある蛇矛を軽々と担いでいるのを見れば、相応の実力者だということはわかるが――
(となると……“あとのひとり”も出てきたりしないだろうな……?)
 むしろ今はそちらの方が気にかかった。関羽へと向き直り、尋ねる。
「一応、確認として聞かせてもらう――知らないなら知らないでいい。
 劉玄徳という人を知っているか? 姓は劉、名は備、玄徳は字だ」
「いえ……聞いたことは、ありませんが……」
「そうか」
 少なくとも劉備はこの場に現れる心配はないらしい――そのことを確認し、ジュンイチは改めて鈴々へと向き直り、
「で……てめぇもオレが“天の御遣い”だと?」
「よくわからないけど、きっとそうなのだ!」
 ずいぶんとあいまいな断言だ。
 とりあえず彼女からの説明はあきらめた方がいいと判断。ジュンイチは関羽へと向き直った。
「とりあえず、オレが本当に“天の御遣い”かどうかは置いておくとして……じゃあ、次の質問。
 その“天の御遣い”の使命って、確か……」
「はい。
 この戦乱の世を鎮め、太平の世へと導くことです」
 こちらもこちらでずいぶんとハッキリ断言してくれる――思わずこめかみを押さえ、ジュンイチは深々とため息をつく。
「ど、どうかされましたか!?」
「大丈夫、お兄ちゃん!?」
「心配ない。
 自分の置かれている状況にあきれ返ってるだけだ」
 関羽と鈴々に答え、ため息をもう一発。
 一区切りついたとはいえ、瘴魔との戦いが終わったワケではないというのに、何が悲しくて異世界でのゴタゴタに巻き込まれなければならないのだろうか。
 いや――そもそもその瘴魔との戦いにしても、自分の『本来の目的』からすれば十分に横道にそれている。これだけ脱線だらけの人生に見舞われれば、疲れたとボヤいたところでそれを責める者などいはしない。
 ――いや、いないとは言い切れないだろうが、きっとそれも少数派だろう。少数派であってほしいなー……などとジュンイチが考えていると、
「あの……」
 そんなジュンイチに、関羽がおずおずと声をかけた。
「もしや……お嫌なのですか?」
「まー、気が進まない、ってのは確かかな」
 その問いに、ジュンイチは肩をすくめて答えた。
「お前さんの話じゃ、今は乱世の真っ只中なんだろ?
 つまりは殺し合いだ――“天の御遣い”だ何だと祭り上げられて、流されてやるべきものじゃない」
 つぶやき、ジュンイチは自身の右手へと視線を落とした。
 自分の手がすでに何十人、何百人もの命を奪ってきた、傭兵として血塗られたものであることは否定しない。
 だが――それも自分の立ち位置が定まっていたからこその話だ。それが定まらないままの戦いなど、ただの狂気でしかない。
 それを痛いほど理解しているからこそ、ジュンイチは“天の御遣い”だからと無条件に期待を向ける関羽達に応えることに引け目を感じていた。
 そして、そんなジュンイチの態度を拒絶と察したか、関羽もまた視線を落とし、
「……私は、黄巾党によって巻き起こる戦火に苦しむ庶人を救うため、鈴々と共に故郷を離れ、仰ぐべき主君……ひいてはこの乱世を鎮める力を持った方を探しておりました。
 ですが……その間にも戦火は広がり、戦う力のない者達が死んでいったのです。
 悔しかった……哀しかった……」
 その関羽の独白を、ジュンイチは黙って聞いている。
「そんな中、管輅と出会い、“天の御遣い”のお告げを聞き……私はようやく人々を救うことができると、そう思っていたのです。
 ですが……貴方が“天の御遣い”でないとなれば……私はどうすればいいのでしょうか……」
 そうつぶやく彼女の肩は震えている――それを見て、ジュンイチはため息をついた。
「まいったね、どーも」
 だが、それは先ほどまでのものとは違う意味を持っていた。
 なぜなら――
「合致しちゃったよ。オレの“戦う理由”と」
「え………………?」
 思わず顔を上げる関羽に、ジュンイチは大げさに肩をすくめて見せた。
「オレは自分が“天の御遣い”だなんて思ってないし、そもそもこの世界を守ろう! とか思ってるワケでもない。
 けど……」
 自分の“戦う理由”、それは――
「オレは、誰かが悲しむ顔を見たくない。
 すべての笑顔は守れなくても……目の前の笑顔くらいは、守りたい……」
「では……」
「あぁ」
 関羽の言葉に、ジュンイチはうなずいた。
「乱世を鎮めろ、とか言われてもピンとこないけどさ……そうすることでお前らが悲しい顔をしなくてもすむ、っていうなら……それでオレにとっては十分な理由になる。
 実際にそうかどうかはこの際置いておくとしても、“天の御遣い”って肩書きも、いろいろ動く上で一応の大義名分にはなるだろうし……
 だから……戦うよ、お前らと一緒に」
「……ありがとうございます!」
「ありがとうなのだ、お兄ちゃん!」
 そんなジュンイチの言葉に、関羽は思わずジュンイチの手を取り、鈴々もまたジュンイチの周りで元気いっぱいに飛び跳ねる。
「やはり、貴方こそ“天の御遣い”に相応しきお方!
 これよりは我らのことは真名でお呼びください!」
「真名……?」
 その場に恭しくひざまずき、告げる関羽の言葉につぶやき、ジュンイチは鈴々へと視線を向け、
「そーいや、張飛の『鈴々』ってのも真名なんだよな?」
「そうなのだ。
 真名っていうのは、自分が認めた相手にしか呼ばせちゃいけない、とっても大事なお名前なのだ!」
「はい。
 我が名は関羽。字は雲長。真名は愛紗――これからは愛紗とお呼びください」
「鈴々は鈴々なのだ!
 よろしくなのだ、お兄ちゃん!」
 そう言うと、関羽改め愛紗はすっくと立ち上がり、そのとなりで鈴々も元気に拳を突き上げて改めて名乗りを上げる。
「じゃ、オレもけじめや鈴々への自己紹介も含めて、改めて名乗らせてもらうぜ。
 姓は柾木。名はジュンイチ。この国の生まれじゃねぇから字と真名はない。
 これからよろしくな、愛紗、鈴々♪」
「はい!」
「おーっ! なのだ!」
 笑顔で告げる告げるジュンイチの言葉に、愛紗と鈴々は元気よくうなずく。
「よーし、ワクワクしてきたぞ!
 じゃあじゃあ、さっそく近くの黄巾党を退治しちゃおうよ!」
「そうだな。
 県境の谷に潜んでいるという話だし……近くの村で義勇兵を募り、一軍を形成するとしよう」
 意気揚々と告げる鈴々の言葉に答える愛紗の言葉もどこか弾んでいる――心からの笑顔を見せる二人に、ジュンイチはなんだか照れくさくなって頬をかいていたが――
「サンセー!
 じゃあすぐ行こう、早く行こう! 走って行こう!」
「あ、こら、鈴々!?」
 我に返り、あわてて制止の声を上げるが、すでに鈴々は元気に走り去っていってしまった後だった。
「やれやれ、気の早いことで……」
「少しせっかちなところもありますが……あれもあの子の良いところですよ」
 肩をすくめ、苦笑まじりにつぶやくジュンイチに、愛紗はまるで鈴々のことを慈しむような笑みと共にそう答える。
「では、私達も参りましょう、ご主人様!」
「おぅ」
 言って歩き出す愛紗に返事をし――ふとジュンイチは眉をひそめた。
 顔を上げ、愛紗に尋ねる。
「………………おい」
「何ですか?」
「今、サラッと聞き捨てならない言葉が放たれた気がするんだが」
「そうでしょうか?
 私が、何かご主人様の気分を害するようなことを言ってしまったんでしょうか……」
「それだぁぁぁぁぁっ!」
 思わず声に出し、ジュンイチは愛紗に人差し指を突きつけた。
「なんでオレがご主人様だ!?」
「おかしいですか?」
「おかしいって!
 いや、お前らにとってはおかしくないんだろうけど……少なくともオレ的にはすさまじくおかしい!
 『ご主人様』って呼び方もそうだし――そもそも、なんでいつの間にかオレが主ってことになってんだ!?」
「は、はぁ……
 ですが、ご主人様は“天の御遣い”です。そのような方を我らと同列とするワケにも……」
「だぁかぁらぁー、それはまだ未確認なんだ、っつってんでしょーが。
 本当にオレが“天の御遣い”なのかハッキリしてないし、仮にそうだとしたって肝心の当人オレにその自覚はないぞ」
「し、しかし……」
 なおも何か言いたそうにする愛紗を手で制し、ジュンイチは告げた。
「そして何より、だ――オレは人間関係に上下関係を持ち込みたくはないんだ。
 確かに組織を作るなら、指揮系統をハッキリするための序列は必要になる――けど、それだってあくまで役割の分担、そのための基準でしかないとオレは考える。
 これから、同じ目的のために一緒に戦うことになる――だから『君主・家臣』より、『仲間同士』でありたいんだ、オレは」
 言って、ジュンイチはまだ不満そうな愛紗を置いて歩き出す。
「おーい、ついてこないと置いてくぞー」
「あ、ま、待ってください! ご主人様!」
「『ご主人様』禁止ぃっ!」
 言い返すと同時――ジュンイチのデコピンが愛紗の額に炸裂した。

 

 to be continued……


 

(初版:2007/03/06)