ブレイカーベースで見つけた謎の結晶体の力によって、別の次元世界、三国時代初期の中国へと飛ばされてしまったジュンイチ。
そこで出会ったのは後に名将として知られることになる関羽と張飛――だが、二人とも少女であり、真名として『愛紗』『鈴々』と名乗る。
ジュンイチのことを“天の御遣い”と言い、共に乱世を鎮めてほしいと頼まれるジュンイチ。
結果としてジュンイチはその申し出を受け、まずはすぐそばにあるという村へと向かうことにした。
だが――
第弐幕
「独・桃園の誓い」
「おいおい……ひどいな、コイツぁ……」
彼らを出迎えたのは、すっかり荒れ果てた村――いや、この規模では街と言った方が適切か――の風景だった。周囲を見回し、ジュンイチは沈痛な面持ちでつぶやく。
建物はどれも傷つき、あちこちで黒煙が上がっている。
「それも、この様子だとつい最近の出来事っぽいぞ……
いったい何があったんだ……?」
「わかりません。
とりあえず、先行した鈴々を探して事情を……」
つぶやくジュンイチに愛紗が答えかけた、その時――
「姉者ぁーっ! お兄ちゃぁーんっ!」
「おぉ、鈴々、無事だったか」
先に向こうがこちらを見つけてくれた。声を上げながらかけてくる鈴々に、心配をあらわにしていた愛紗の顔に安堵の色が浮かぶ。
「鈴々、こりゃ一体何があったんだ?
見たところ火事でも災害でもないみたいだけど……」
そんな愛紗のとなりからジュンイチが尋ね――その言葉に鈴々の表情が曇った。
「あのね……
鈴々が来る少し前に、例の黄巾党がこの街を襲ったんだって」
「そうか……少し遅かったか……」
「うん……」
鈴々の言葉に、愛紗の表情もまた沈んだものとなる。
ジュンイチもまた、久方ぶりに見る戦いの爪痕に渋い顔をするが――それでも確認すべき懸念を鈴々にぶつけた。
「それで……生存者は?」
「動ける人達は、酒家に集まってるのだ」
「よし、案内してくれ。
問題ないな? 愛紗」
「はい」
ジュンイチの言葉に愛紗がうなずき、彼らは鈴々の案内で生存者の集まってる酒家を目指すことにした。
酒家の中でジュンイチが見たのは予想通りの光景だった。
怪我をして、包帯を巻いている者。焼け出されてすすまみれになっている者――皆一様に顔を伏せている。
かつては自分もこの光景を作り出す側だった――ジュンイチは自分の胸の中に、どす黒い感情が渦巻くのを感じていた。
作り出す側だったからこそわかる――襲撃者達は、自分達の行いでこのように苦しんでいる者達がいることに何の感慨も抱いていない。軍人は任務遂行のため、野盗は自分達の欲望のため――形は違っても一様にそのことにしか目を向けず、結果として苦しむ者達のことなど気にも留めない。
傭兵として、復讐鬼として破壊と殺戮を繰り返したかつての自分とこの光景を作り出した黄巾党が重なり、ただ憤りだけが募っていく――
ジュンイチがそんな自分を感じていると、生き残った村人達をまとめていた、リーダー格らしき人物がジュンイチ達に気づいた。
「あんた達は……?」
「あ、あぁ……
とりあえずは『旅の者』ってところか……」
問いに答え、ジュンイチは肩をすくめて見せる。
「黄巾党のやってることを見過ごせなくてさ、なんとかしよう、って旅に出て……いきなりこの場に出くわした、ってワケ」
「あんた達が……黄巾党を……?」
当たり障りのないように、それでも自分達の目的を隠すことなく告げるジュンイチの答えに、リーダーはジュンイチ達を交互に見渡していく。
なんというか――信用されていない、というよりあてにされていないように感じる。
まぁ、見てくれはただの少年と少女二人にしか見えないのだから無理もない話ではあるが。
「ムリだよ……女子供に何ができるって言うんだ。
大の大人達でさえ、黄巾党にはかなわなかったんだ……」
「言うなよ……そもそも数が違いすぎる」
ヒソヒソと話す村人達の言葉に、ジュンイチのとなりで鈴々が彼らへと尋ねる。
「そんなに多かったの?」
「あぁ……四千は下らなかっただろうな。
その人数で押し寄せられたら、こんなちっぽけな村、落とされるしかなかったんだ……」
「アイツら……やりたい放題やって、また来る、なんて言って帰っていきやがった……」
「また来る、か……」
「あぁ……
オレ達はヤツらに『弱い街』だって目をつけられちまったんだ。
奪うものがなくなるまで、何度も押し寄せてくるに決まってる」
つぶやくジュンイチに村人のひとりが答え、その場に沈黙が落ちる。
その場に希望の色はない――ただ強者に蹂躙される弱者の苦しみの念だけが満ちていた。
と――
「……ひとつ、提案がある」
そう口を開いたのは愛紗だった。
「何だよ?
助かる方法があるってのか?」
「ないこともない……いや、ある。
だが……」
尋ねるリーダーに答えると、愛紗はぐるりと村人達を見回し、
「その前に、皆の覚悟を聞いておきたい。
皆……この街を守りたいか? 命を懸けて、守り抜きたいと心から思えるか?」
「当たり前だろ!」
「この街はオレ達のじいちゃんやばあちゃんが、汗水たらして作った街だ! 守りたいに決まってる!」
「オレだってそうだ!」
愛紗の問いと同時、次々に決意表明が挙がる――それが一通り鎮まるのを待って、愛紗は口を開いた。
「では……我らと共に戦おう!
力を合わせて戦い、ヤツらを追い払うのだ!」
「お、おい!
戦うったって……勝てるのか!? 四千の黄巾党を相手に」
思わずリーダーが声を上げるが――
「勝てる」
愛紗は迷わず断言した。そのままジュンイチへと視線を向け、
「我々には、天の加護がついている」
なんとなく、言いたいことは想像がつく――自分の立場を大義名分として利用することを告げたのはそもそも自分だ。ジュンイチは愛紗の言葉に無言でうなずくが――
「そうそう! んとね、鈴々達にはね、天の遣いで偉くてすごくて強いお兄ちゃんがいるんだよ♪」
「言いたいことはわかるが……その表現だと緊張感が砕け散るから黙っててくれ」
元気に告げる鈴々を苦笑まじりに制すると、ジュンイチは村人達の前に歩み出る。
そんなジュンイチにうなずき、愛紗は村人達に告げる。
「今その娘が言ったように、我々には天の遣いがついているのだ。
まだこの街には届いていないのか? あのウワサが」
「ウワサ……?」
「“天の御遣い”のウワサだ。
洛陽ではすでにこのウワサで持ちきりだ――この戦乱を鎮めるため、天より遣わされた英雄の話で」
(ほぉ……うまいな)
村人に告げる愛紗の言葉に、ジュンイチは内心で感嘆の声を上げた。
人間とは、自分と同じ意見の者達を無意識に欲する生き物だ――だが、相手の意見というものはそう簡単に変えられないから、相手の意見に自分の意見を併せようとする。
ウワサに対してもそうだ――それが本当かどうかもわからないのに、「みんなが言っているから」と鵜呑みにしてしまう――都市伝説なども元々はそうやって形作られたものだ。
愛紗はその心理を利用し、流れてもいない「“天の御遣い”のウワサ」で村人達の信を得ようというのだ。
まだ交通も通信も不便な時代だ。遠く離れた首都洛陽のウワサの真相など確かめられるはずもないからウソがばれる心配もない。なかなかに考えられている。
(で、“天の御遣い”役として生贄になるのが……)
「このお方こそそうだ!」
(オレってワケね……)
断言する愛紗に、ジュンイチは思わず苦笑する。
「この戦乱を鎮めるため、天より遣わされた方。
このお方がいる限り、黄巾党のような匪賊に遅れは取らん!」
(ただ……)
「このお方は孫子の兵法書から六韜三略をそらんじるほどの知識を持ち、さらに木の刀と体術のみで黄巾党を軽く追い払うほどの武技の持ち主だ」
(持ち上げすぎだとは、思うんだよね……)
そのくらい大げさに言わなければ信じてもらえそうにない、というのもあるが――さすがにここまで言われると背筋がかゆい。
事実(『木の刀と〜』の辺り)も若干混じっていることもあって一概に否定もできず、ジュンイチが見守る中、村人達はしだいに愛紗の話に呑み込まれていた。
「おぉ……」
「すげぇ……」
「オレ達……助かるかもしれないぞ!」
「助かる! 助かるんだ、オレ達!」
「そうだ!
だから皆――今こそ立ち上がろう! 自分達の街は、自分達の手で守るんだ!」
『おぉぉぉぉぉっ!』
愛紗の号令に村人達の歓声が上がるのを聞きながら――ジュンイチは内心でため息をついていた。
「さすがは関雲長。大した交渉手腕だな」
「……よしてください。
私は今、猛烈に自己嫌悪に陥っているのですから……」
後の世で商売の神様に祭り上げられるだけのことはある――感心して告げるジュンイチに、愛紗はため息まじりにそう答える。
「結果的に、とはいえ、私は村人達をだますことになってしまった……」
「気にするな。
大義名分としてオレを利用することは、オレ自身が提案したことだ。お前に罪はないよ」
落ち込む愛紗の肩をポンポンと叩き、ジュンイチは労いの言葉をかけてやる。
「心配するな。村人達はオレが守るよ」
言って、ジュンイチは酒家の外でその数を増やしつつある義勇軍への志願者達へと視線を向けた。
「そう……オレが必ず、守ってやる」
「…………はい!」
ジュンイチのつぶやきに、愛紗は元気を取り戻してうなずく。
その言葉の裏に秘められた、ジュンイチの真意に気づかぬまま――
明けて翌朝――
「鈴々」
「んにゃ?」
やってきた愛紗に声をかけられ、鈴々は不思議そうに振り向いた。
義勇軍を結成したからといって、すぐに戦えるワケではない。県令達が残していった武器をまとめ、武器ごとに部隊を編成、さらにそれなりに扱いを覚えてもらわなければならない。
そんなワケで、志願してきた義勇兵達に武器の扱いを教えていたのだが――
すぐに彼女の周りを見て、尋ねる。
「……お兄ちゃんは?」
「それが、姿を見かけないのだ。
いったい、どこに行ってしまわれたのか……」
鈴々の問いに愛紗がつぶやくと、
「た、大変です!」
声を上げ、駆け込んできたのは斥候を頼んでいた義勇兵のひとりだ。
「どうした?」
「こ、黄巾党です!
西の方から、こちらへと向かってきています!」
「何だと!?」
よりにもよって、ジュンイチのいないこんな時に――思わず歯噛みする愛紗だったが、続く報告にさらに目を見開いた。
「そ、それで……その黄巾党の迎撃に、あの“天の御遣い”の方が!」
「何ぃ!?」
「えぇっ!?」
鈴々共々思わず声を上げ――愛紗は気づいた。
昨日のジュンイチの言葉の意味に。
『オレが必ず、守ってやる』
その言葉の通りに、ジュンイチは動くつもりだ。
『“自分が”守る』、すなわち――
自分“だけで”。
「さて……いらっしゃったね……」
前方に見え始めた土ぼこりを眺め、ジュンイチはひとりつぶやいた。
完全に抜け駆けをした形だ――愛紗達には悪いことをしたとは思うが、この選択を後悔する気持ちはなかった。
この街を守るために立ち上がってくれた、その村人達の気持ちはとても尊いものだと思う。だが――それと結果は必ずしもイコールには結びつかない。
そもそも数が違いすぎる。気持ちだけでは――守りきれない。
だから――
「一番危険なところは、引き受けてやらないとな……」
つぶやき、ジュンイチは腰に挿した剣へと視線を落とした。
“紅夜叉丸”は確かに強力な霊木刀だが――悲しいかな所詮は木刀だ。剣を相手には心許ない、との愛紗の意見により、自衛のための武装として渡されたものだ。
だが――これを使うつもりはない。かまわず“紅夜叉丸”を抜き放ち、“気”を込める。
セオリー通りにいくなら、ザコにはかまわず頭領をつぶしたいところだが――
「この状況じゃ、マズいわな……」
組織だった連中ならまだしも、これから相手をするのは烏合の衆だ。ヘタに統率者を叩いてしまうと、散り散りになってしまいそれこそ何をしでかすかわかったものではない。
となれば――できるだけ派手に立ち回って連中の意識を自分に引きつけ、ひとりで全員を相手にするしかあるまい。
「さぁ……始めようか。
四千対1――押しつぶせるもんなら押しつぶしてみろ!」
そう告げると同時――ジュンイチは迫り来る黄巾党に向けて地を蹴った。
「すごいのだ、お兄ちゃん!
鈴々にも愛紗にも気づかれずに抜け出すなんて!」
「そういうことを言っている場合か!」
黄巾党の襲来は予想通りだったが――それに対しジュンイチがひとりで飛び出すとは思っていなかった。出陣の準備の進む中、感嘆の声を上げる鈴々を愛紗がたしなめる。
こうしている間にも、ジュンイチは黄巾党を相手にたったひとりで戦っているのだ。一刻も早く救援に向かわなければ――
「無事でいてください、ご主人様……!」
「オォォォォォッ!」
咆哮と同時、ジュンイチの姿は野盗達の視界から消えた。
静寂は一瞬――次の瞬間、すさまじい衝撃と共に、ジュンイチの一撃を食らった野盗達が吹き飛ばされていく。
続き、ジュンイチは“紅夜叉丸”を左手に持ち替えると右の拳を握り締め――
――雷光弾!
解き放たれた雷光が、難を逃れた野盗達に炸裂する。
吹っ飛ぶ野盗達にまぎれ、ジュンイチは“紅夜叉丸”を振りかぶり、
――雷鳴斬!
“紅夜叉丸”から放たれた第二派が、野盗達を薙ぎ払う!
「な、何なんだ、アイツは!」
「メチャクチャつえぇぞ!」
「くそっ、何してる!
相手はたったひとりだぞ! いつまでモタついてやがる!」
浮き足立つ配下の様子に、頭領らしき男が声を上げるが、全体に広がった動揺は大きなものだった。一喝したぐらいではなかなか体制は立て直せない――
人間離れした腕力と気功という超常の力――すでに人としてのスペックを大きく逸脱したジュンイチの戦闘力を前に、四千を超える黄巾党はまるで一軍を相手にしているかのような有様となっていた。
最初「たったひとり」とジュンイチを侮っていたのも災いした。最大出力、最大範囲の雷光弾で痛烈な先制打を浴び、完全に浮き足立ってしまっていた。
だが――
(よくねぇな、こいつぁ……!)
それでも、現状は決して有利と言えるものではなかった。ジュンイチは内心で歯噛みする。
と言っても、少なくとも自分の命に対する危機感はまったくしない――何といっても銃器を使われる心配がないのだ。それだけでも勝率は大きくこちらに傾いてくれる。
だが――それは『相手が全員こちらを狙ってくれた場合』の仮定だ。
今回の戦いはあくまでも『街を黄巾党から守る』ことを目的とした防衛戦だ。たとえ自分が討たれなくても、黄巾党の街への侵入を許してもアウトなのだ。
今のところは自分の異常な戦闘力に意識が向いているが、落ち着いてきたら自分達の目的を思い出す者達も現れるだろう。
そして、そんなジュンイチの懸念は的中しつつあった。敵集団の外れの方に、ジュンイチの相手を近くの面々に任せ、目ざとく街を目指す者達が現れ始めたのだ。
「くそっ、いらんところで知恵を回しやがって!」
うめき、街に向かう者達の追撃に移ろうとするジュンイチだったが、立ちふさがる野盗達がそれを阻む。
街に向かう一団の先頭は雷光弾――より射程の長い雷鳴斬でも届かない距離だ。すでにこの場からの攻撃は不可能だ。
(“力”を使うしかないか――!?)
この世界において自分の使う“力”がどこまで使えるかわからない以上、しばらくは使いたくはなかったが――
「――やるしかない!」
覚悟は決まった。ジュンイチは“力”を練り上げると右手に炎を生み出す。
振りかぶり、街を目指す野盗達へと解き放ち――
霧散した。
ジュンイチの手から放たれてすぐ、炎が“力”の安定を失い、消滅したのだ。
「な――――――!?」
驚きながらも再び炎を放つが、やはり自分の手を離れてすぐに消滅してしまう。
「“力”が……使えない……!?
そんな!? 気功は使えるのに、何で!?」
戸惑うが――今はそれどころではない。街を目指す野盗達は見る見るうちに遠ざかっていく。
追いかけたいが、それには目の前の野盗達を片付けなければ――
「くそっ、どけよ、てめぇら!」
こうなったら四の五の言っていられない。ついにジュンイチは腰の剣に手をかけ――
その瞬間、街を目指す集団の先頭に動揺が走ったのが見えた。
原因は街の方から向かってくる集団の存在。アレは――
「………………愛紗!? 鈴々!?」
愛紗と鈴々の率いる、義勇軍だった。
「総員突撃!
ご主人様をお救いするのだ!」
「お兄ちゃんを助けに行くよ!
みんな、鈴々に続けぇっ!」
すでに戦闘は始まっていた――ジュンイチが未だ討ち取られずに健在であることに驚きながらも、愛紗と鈴々は彼を救うべく号令をかける。
とたん、小規模ながらまるで雪崩のような勢いで義勇軍が突撃を開始した。
彼らの士気は旺盛だ。ジュンイチの圧倒的な力に萎縮している黄巾党など問題にならないほどに。
その源は――
「あの“天の御遣い”のお方は、オレ達のためにたったひとりで戦ってくれてるんだ!」
「オレ達の街を守ってくれる恩人を、見殺しになんかできるか!」
「みんなでお助けするんだ!
そして、オレ達の街を守るんだ!」
街を守るためにひとり戦った、ジュンイチの奮闘によるものだった。
もはや戦の勝敗は決定的だった。
ジュンイチの攻撃で崩れかけていた部隊に愛紗達が横撃をかける形となり、結果として黄巾党は総崩れとなっていく。
「だ、ダメです、持ちこたえられません!」
「くそっ、そろそろ引き上げねぇとここもヤベぇか……!」
告げる副将の言葉に頭領がうめくと、
「もう遅いぜ」
そう告げて、ジュンイチが彼らの前に立ちふさがった。
「今まで好き勝手やってきたんだ。今さら思い残すことなんかねぇだろ。
とっとと――消えろ」
「なめるな!
てめぇごとき、このケ茂様が片付けてやる!」
ジュンイチに言い返し、ケ茂と名乗った副将が馬上からジュンイチへと襲い掛かり――
「遅い」
次の瞬間、地を蹴ったジュンイチはケ茂の目の前にいた。素早く苦無を一閃。喉笛を斬り裂かれたケ茂は地に降り立ったジュンイチの背後で落馬、絶命する。
「ケ茂!
貴様ぁっ! よくもオレの部下を!」
一瞬にしてケ茂を撃破したジュンイチに、ついに頭領が動いた。怒りもあらわにジュンイチと対峙する。
「ワシがこの部隊の将、程遠志だ!
冥土の土産に覚えておけ!」
咆哮し、ジュンイチへと突撃し――ジュンイチは迷わず苦無を投げつけた。額に深々と突き刺さり――程遠志もまた、ジュンイチの背後で落馬した。
そんな彼らを背中越しに一瞥し――ジュンイチは告げた。
「オレの名前は教えねぇぞ。
てめぇらの冥土の土産にしてやるほど、安いと思ってないんでな」
ジュンイチによって将二人を討たれた後は早かった。
完全に統率を失った黄巾党は逃げ場を失い、愛紗達義勇軍によって完膚なきまでに叩きつぶされ、壊滅したのだった。
「………………」
周囲は累々と横たわる野盗達の屍――その中に戦死した村人達の骸を見かけ、ジュンイチは表情を暗くした。
“天の御遣い”を名乗った自分について行こうとし、その結果命を落とした――彼らを死なせた責任が自分にはある。
それに――ジュンイチの心に暗い影を落とすのは、彼らの死だけではなかった。
(……一歩間違ってたら、“戻ってた”な、ありゃ……)
胸中でつぶやき、ジュンイチは静かにため息をつく。
あの時――ほんのわずかな時間ではあったが、自分の中でざわついたものの存在がハッキリとわかった。
倒せ――
殺せ――
叩きつぶせ――
戦いに身を置く者として――かつて戦場を駆けた戦士としての自分がわめくのを、ハッキリと自分は感じていた。
だから剣を使わなかった――殺戮に狂う狂戦士とならないよう、不要な殺しを避けることで自らを縛った。
だが――その結果街は危機にさらされた。結果的に愛紗達が駆けつけてくれたおかげで最悪の事態は免れたが、もし、街に被害が及んでいたら――もし、村人達が傷つけられ、殺される様を目の当たりにしていたら――自分は間違いなく“戻っていた”はずだ。
ただ怒りと憎しみに従うだけの、狂鬼に――
(こんなオレに……乱世なんか鎮められるのか……?)
今になって、愛紗の言葉が重荷に感じられる――ジュンイチがそんなことを考えていると、
「ご主人様!」
そんな彼のもとに、当の愛紗が駆け寄ってきた。
その後ろには鈴々や、義勇軍となった村人達も続いている。
「ご無事でしたか……」
「あぁ……」
答えるジュンイチの視線をたどり――愛紗もまた彼の想いに気づいた。静かにしゃがみ込み、開かれたままの村人の瞳を閉じてやるジュンイチに声をかける。
「……悲しまれるお気持ちはわかります。
ですが……戦いの犠牲をなくすことなど、できはしません」
「あぁ……それはわかってる。
わかってるけど……生き残った者達は前に進まなくちゃならない。
だからこそ……せめて死んでいった者達のことを悲しんであげたい」
そう答えると、ジュンイチは立ち上がり、改めて愛紗達へと向き直り――
「――――――すまん!」
勢いよく頭を下げた。
「ご、ご主人様!?」
「オレ――正直うぬぼれてた。
オレひとりが出て行って、アイツらを圧倒すればなんとかなる――そう考えてた。
けど……結果として、オレひとりじゃ街を守れなかった」
自分がもう少しうまく戦えていたら――こうはならなかったかもしれない。そんな想いが胸を締め付ける中、ジュンイチは戸惑う愛紗に答える形で一同に告げる。
「戦うのは――殺し合いをするのはオレひとりでいい、そう考えてた。
そして、そんな甘い考えが街を危険にさらした――責められるべき責がオレにはある」
頭を下げたまま告げるジュンイチだったが――
「……ご主人様。
どうかお顔を上げてください」
そう告げる愛紗の言葉に、ジュンイチは顔を上げ――その額に衝撃が走った。
一瞬遅れて、それが愛紗によってデコピンされたからだとわかる。
「あ、愛紗……?」
「今のは、ご主人様のカン違いに対するおしおきです」
戸惑うジュンイチに、愛紗はイタズラっぽく笑みを浮かべて告げる。
「カン違い……?」
「皆を戦わせたくはないと考える、ご主人様のお考えはとても尊いものです。
ですが……彼らもまた、自分達の街を守りたくて刃を取ったのです。ご主人様が気に病まれる必要はありません」
愛紗の言葉に、村人達の間からも「そうだそうだ」と同意する声が上がる。どうやら、村人達の思いも愛紗と同じらしい。
「そんな、心優しいご主人様だからこそ、私達はついていくのです。
そのことを、どうか忘れないでください」
「…………そうか」
愛紗の言葉に、ようやくジュンイチの表情が和らいだ。まだ幾分か自嘲気味ではあるものの、その口元に笑みが浮かぶ。
「人の笑顔を――想いを守る、それがオレの選んだ戦い――
そんなこと、とっくにわかっていたはずなんだけどな……」
誰だって、好きで殺し合うワケじゃない――かつての世界では戦いが大好きなブレードのようなヤツもいたが、彼だって『戦いが好き』なのであって『殺しが好き』なワケではなかった。
みんな――戦うための理由があるからこそ戦うのだ。
人の想いを守ること――それは、誰かを守りたい、守るために戦いたいという想いも守ること――
守りたいという想いを、果たさせてあげること――
「ありがとう。少しは気持ちが楽になった」
「お役に立てて光栄です」
ジュンイチの言葉に愛紗がうなずき――その安堵による一瞬のスキをジュンイチは見逃さなかった。
「しっかし、愛紗がデコピンとはねぇ……
鈴々ならともかく、お前がやる、っつーのは少し意外だったかな?」
「あ、あれは、ご主人様が煮え切らないのが悪いんですからね!」
ニヤニヤと笑みを浮かべるジュンイチに、愛紗が顔を真っ赤にして答えた、その時――
「あ、あの……」
突然、村人のひとりが声をかけてきた――それが酒家で生存者をまとめていたリーダー格の男だと気づくのに、さほど時間はかからなかった。
「どうした?」
「オレ達さ……決めたんだ」
尋ねるジュンイチに、リーダーの男が答える。
「オレ達……あんたに、この街の県令になってもらいたいんだ!」
「………………はい?」
その言葉に、ジュンイチは思わず間の抜けた声を上げていた。
「元々この街にいた県令は、黄巾党が来た時にさっさと逃げ出しちまったんだ。
もう、朝廷なんか信用できない――オレ達の街はオレ達で守るんだ。
だから――あんたにこの街を治めて、みんなをまとめる柱になってもらいたいんだ」
「そ、そんなこと言われても……」
リーダーの言葉に、ジュンイチは困ったように愛紗や鈴々へと視線を向けるが、
「……かまわないのではないでしょうか」
「お兄ちゃん、遠慮しないで受けたらいいのだ」
(お前らまでもが退路を断つか……)
期待していた援軍は敵軍に寝返ってくれた。
「県令がいなくなった、っていうことは、街を守る軍隊もいなくなっちゃった、ってことだから……誰かが守ってあげないと、また黄巾党に襲われちゃうのだ」
「それに、こうして我々を押し立ててくれる人々がいるのを、無視していくことはできないでしょう?」
「むぅ……」
二人の言い分ももっともだ――だが、身軽な方がさまざまな事態に柔軟に動きやすいのも事実だ。それに――
「こんな……戦うぐらいしか能のないオレでも、いいのか?」
「あんたじゃなくちゃダメなんだ!
あんたや、関羽嬢ちゃんや張飛嬢ちゃんじゃなきゃ!」
「そうだよ!
一緒に戦ったあんた達だからこそ、この街を任せたいって思ったんだ!」
「あんたは街を守るためにたったひとりで黄巾党に立ち向かってくれた恩人だ!」
「それに黄巾のヤツらを吹っ飛ばしたあのすごい技――やっぱりあんたは“天の御遣い”だよ!」
リーダー以外からも声が上がる――もはや進退ここに窮まれり、といったところか。
だが――それは決して不快なものではなく――
「……仕方ないな」
気づけば、ジュンイチの胸のモヤモヤはすっかり晴れていた。茶化すかのように芝居がかった態度で告げる。
「そこまで期待されちゃ、断れないじゃないか。
どこまでできるかわからないけど……その話、引き受けさせてもらうよ」
とたん、歓声が上がる――大喜びの彼らをパンパンと手を叩いて制し、ジュンイチは彼らに告げる。
「さーて、そうと決まれば帰るぞ!
お前らの――いや、“オレ達の”街へ凱旋だ!」
『おぉぉぉぉぉっ!』
元気な答えが返ってくる中、ジュンイチは真っ青に晴れ渡った空を仰いだ。
街に帰ってからは大騒ぎだった。
絶望的だと思われていた黄巾党の搾取の手から守られたのだ。村人達は大喜びで、祝勝会は街をあげてのお祭り騒ぎとなった。
そんな中――
「ふぅ……」
息をつき、人の輪から抜け出したジュンイチは会場から少し離れた民家の屋根の上で夜空を眺めていた。
先ほどまでは自分を英雄視する村人達にもみくちゃにされていたのだが――彼が本気になれば村人達はもちろん、愛紗達ですらジュンイチを捕捉することは不可能である。
と言っても、別に今の状況がイヤになって逃げ出した、というワケではない。
ただ、何となく――ひとりになりたかった。
愛紗達は、自分のことを必要だと言ってくれた。
そして、この街の人達もまた――
自分は今まで単独行動、または数名のチーム単位での行動を基本としてきた。あれほどたくさんの人達に必要とされ、そのリーダーに祭り上げられたことなど初めてのことだ。
そんな自分がどこまでできるのかはわからないが――
「……ま、全力は尽くそうかな」
やってもいいか――なんとなく、そんな気分になっていた。
なぜこの世界に飛ばされたのかはわからない――
元の世界への、元の世界で自分が果たそうとしていたことへの未練だってある――
だが――今選んだこの道を後悔はしない。
自分を信じてくれている者達を、裏切りたくはないから――
「いるんなら、覚悟しとけよ、神サマ。
こちとら強欲張りだからな――あんたが何考えていようと、守りたいもの、全部守らせてもらうからな。
この世界でオレが倒れる時があるなら――それは愛紗達がくたばった時だ」
静かにそう告げて――ジュンイチはお茶の注がれた杯をかたむけ――
「………………ん?」
突然風が吹き――ジュンイチの元へと数枚の花びらを運んできた。なんとなく気になって、目の前に舞い降りてきたそれを手にとってみる。
雑学の一端として、ジュンイチとてそれなりに花の知識は学んでいる。これは――
「桃の花……か……?」
近くに桃の木でもあったのだろうか――そう考えていたその時、ジュンイチはふと思い出した。
三国志演義の冒頭部分、そこに記された重要なエピソードを。
「…………ひとりっきりの、“桃園の誓い”か……」
苦笑まじりに花びらを弾き、ジュンイチが見上げた夜空の中で桃の花びらは風に導かれ、いつまでも舞い踊っていた。
今、この世界は大きく動き始めようとしていた。
Mission Complete……
(初版:2007/03/20)