「…………ふぅん……」
一通りの確認を終え、ジュンイチは静かに息をついた。
場所は街を離れた山中。
時刻は夜中。
行っていたのは――
「“力”そのものは練れるんだよなぁ……」
先日の戦いでは不発に終わった、自身のブレイカーとしての能力。それが、この世界でどこまで使えるのか――その確認だった。
とりあえず、“天の御遣い”の肩書きを利用する決意は固めたが――それでも本当に“天の御遣い”になるつもりはない。そういう意味では、あまり“力”を使うのは避けた方がいい。“力”を使ったが最後、それこそ本当に“天の御遣い”にされてしまいかねない。
まぁ、気功に関してはすでに使ってしまっているが――これについては使い方さえ修行すればジュンイチでなくとも使える。むしろノウハウを皆に伝授した方がごまかせるだろう。
だが――ブレイカーとしての“力”などはそうもいかない。何しろ、使えるのが精霊力を扱える自分しかいないのだ。
そんなワケで、できれば使わないまますんでほしいのだが、だからと言って、どこまで使えるかわからないままにしておくつもりもない。
もしかしたら、この“力”を必要とする事態が訪れるかもしれない――確認し、把握しておくことはどうしても必要だった。
だが――その結果はあまり良いものとはいえなかった。
「精霊力は練成できる。炎も作れる。再構成も問題なし。
ただ――戦闘出力での開放ができない、か……」
そう。自分の能力の根幹たる熱エネルギーの制御は十分に行える。炎も生み出せるし、装重甲の着装だってできる。
だが――その“力”を放つことができない。日常生活で活用できる、くらいの力でなら放出できるのだが――それ以上の出力に高めた場合、放出系の攻撃として放つことができないのだ。
何かに阻害されている、というより――
(吸われてる……って感じなんだよなぁ……)
それが気にかかる。“力”を放つこと自体はできるのだが、まるでそれが吸い取られているかのように、放つそばから消失していくのだ。
不可解なことはまだある。
実際に『“力”が吸われている』のだと仮定しても――吸われている、その流れを特定できない。全身から“力”が吸い出され、空間に溶け込んでいくような感覚がするのだ。
まるで、世界そのものが自分の“力”を吸い取っているような――
「……まさかな」
いくらなんでもそれはないだろう――苦笑まじりに肩をすくめ、目的を果たしたジュンイチは屋敷に戻るべくその場を後にした。
第参幕
「早すぎる邂逅」
幽州啄郡啄県。
ジュンイチ達が県令として迎えられた地である。
県令になり、ジュンイチがまず真っ先に行ったのは、もちろん街の復興だった。
むろん、義勇軍を正式な街の自衛組織として訓練する必要もあったが――悪いと思いつつもそちらについては愛紗と鈴々に丸投げさせてもらった。
元々自分が得意としているのは個人レベルでの対組織戦だ。組織対組織の戦闘については実地の経験によって磨き上げたものに過ぎず、いささか感覚的な部分で覚えているところが大きい。
そんなワケだから、自分が戦場で指揮を執るならまだしも、組織戦を“教えろ”、と言われても白旗を揚げるしかないのが実情なのである。
その点、復興支援なら自分でもできる――県令としての事務仕事を行う傍ら、自ら率先して現場に赴き、作業に加わった。
もちろん、真面目な愛紗はすぐには納得してくれなかったが――最後はあらかじめ『鍛錬も兼ねているから』という大義名分を用意していたジュンイチに軍配が上がった。
ちなみに。
愛紗の自分に対する『ご主人様』呼ばわりは未だにそのままである。
ジュンイチとしてもなんとかやめてもらえないのかと懸命の説得を試みたのだが、「これが私のけじめですから」と言い切られてしまった。
「けじめ」で『ご主人様』呼ばわりというのは、武人の心得としてはかなり斜め上に脱線しているような気もしたが――結果こちらに関しては愛紗に軍配が上がる形となった。
…………往生際の悪いジュンイチはそれでも幾度となく説得を試みているが。
ともあれ――ジュンイチ達の活躍により、啄県は確実に復興へと向かっていた。
「……ふえぇ〜、いい天気だねぇ……」
今日も今日とて戦う相手は書簡の山――午前の分、として割り当てられたものを半分ほど片付けたところで、じっと座り続けていた身体が抗議の声を上げ始めた。こり固まった身体をほぐすべく、ジュンイチは城壁の通路を散歩がてら見回っていた。
いくら自分のすべきことが確認だけ、とはいえ、あの量は正直辛い。というよりこっちに伺いを立てる必要があまり感じられないようなものまであるのが余計にウンザリ感をかき立てる。
愛紗達が『天下に太平を』と叫んでいる以上、勢力拡大は視野に入れておくべきだ。何でもかんでも自分のところに持ってくる今の体制は、できるだけ早急に何とかする必要があるだろう――そんなことを考えながら、陽気の心地よい城壁を歩く。
城壁はこの街の歴史と共に歩んできたもの――さすがは石造り。手入れといえば掃除ぐらいしかしていないらしいが、3世代ほど前からのものとは思えないほど強度を保っている。
この時代の建築技術もあながち捨てたものではないな、と感心しながら城壁を歩いていると――城壁の上に、平原に向かって座る小さな背中を見つけた。
傍らには適当に立てかけられた愛用の獲物――常日頃から『自慢の』とか言ってる割には扱いがぞんざいだ。この間も手入れをサボッて愛紗に怒られていたのを思い出す。
クルクルと周囲を見回し――上に上がる梯子を見つけたがここからは少し遠い。あっさりとあきらめ――
「――よっ、と」
一気に跳躍。ヒラリと上の階層へと飛び移る。
そして――背中に向けて声をかける。
「おーい、チビスケ」
「むーっ! チビスケって言っちゃダメなのだ!」
案の定すぐに反応があった。振り向いた鈴々の顔は頬を膨らませていながらも隠しきれない笑みが見え隠れしている。
「どうしたの? お兄ちゃん。
鈴々は別に呼んでないよ」
「お前はオレを呼び出すぐらいならオレの部屋まで突撃してくるだろうが」
尋ねる鈴々に答え、ジュンイチは少し大げさに肩をすくめて見せる。
その言葉に対し、首を傾げる鈴々の仕草が年相応にかわいらしく、思わず苦笑しつつ本題に入る。
「で、だ……
『どうしたの?』はこっちのセリフだ――何してんだよ、こんなところで?」
「見張りのお仕事なのだ!」
「どーでもいいがふんぞり返るな」
城壁のフチの上で元気に仁王立ち――危ないのでジュンイチはすぐさまたしなめると鈴々の両脇を抱え、彼女を通路に下ろしてやる。
「で? 何だ? 見張りだって?」
つぶやき――周囲を見回す。
鈴々なら用意していそうなものがないことを確認し――尋ねる。
「その割にはおやつ持参じゃないんだな」
「愛紗に見つかったら怒られるのだ」
「なるほど」
疑問氷解。
「だが……お前が見張ってたって、どうにもならんと思うがな。
黄巾党がまた襲ってきたら、お前ひとりで戦うつもりか? ハッキリ言わせてもらえば――この間のオレの二の舞になるぞ」
たとえに用いるのは、この世界に来て初めての戦闘――敵を食い止めようと突出し、ものの見事に受け流されてしまった、集団戦における自分の限界を突きつけられたあの戦いだ。
だが、鈴々は平気なものだ。ドンと胸を叩き、
「だいじょーぶ!
ここにズバーッと立って……」
言うなり、城壁のフチにヒラリと飛び乗り、自慢の蛇矛を演舞よろしく振り回し、
「『燕人張飛、ここにあり! 蛇矛の露になりたいヤツはどいつだぁーっ!』なんつって。
ね、ね? 黄巾のヤツら、震え上がるよ!
どう? コレ、カッコイイでしょ!?」
「……その前に、罪もない民衆の方々が我先に逃げていくぞ」
「にゃ?」
「平時でさえ、この騒ぎだぞ」
首を傾げる鈴々に答え、ジュンイチは城壁の下――フチに立って大立ち回りをする鈴々を見上げ、あわてている住民達を指さした。
よく耳を澄ませてみると『飛び降りか!?』なんて声も聞こえる――鈴々の見栄も、彼らの耳には届いていなかったようだ。
「っつーワケで降りなさい。危ないから」
そう言うと、ジュンイチは再び鈴々を城壁から目の前に下ろしてやり、
「だいたい、その方法には問題点がある」
「なぁに?」
本気でわからないらしい――尋ねる鈴々に、ジュンイチは答えた。
「オレが黄巾党の指揮官なら、意気揚々と名乗りを上げるお前めがけて矢の雨を降らすぞ」
実際、元の世界の戦場でそんなことをしていたらあっという間にハチの巣だ。
「えー?
名乗りを上げてる武将さんはジャマしないのが武人としての礼儀だよ?」
「武人じゃない黄巾党が相手だってことを忘れとらんか? お前」
「むー、お兄ちゃん、ノリが悪いのだ!」
「ノリとか言うな」
鈴々の言葉に、ジュンイチは思わずため息をついた。
こういうところでも鈴々はマジメな愛紗と正反対だ。自分の知る歴史上の“張飛翼徳”と重ならないというか――
「……ぶっちゃけ、ガキなんだよなぁ……」
「それ、鈴々のこと!? 失礼しちゃうのだ!」
「失礼も何も……」
ムッとする鈴々に答えると、ジュンイチは彼女の頭をなでてやり、
「体型がすべてを物語ってる。少なくとも『大人扱い』はあきらめろ」
「むーっ! 小さくたって、鈴々は強いんだもん!」
「こないだオレにボロ負けしといてそういうこと言う?」
「あれはお兄ちゃんがズルいの!」
サラリと返すジュンイチに、鈴々はますますヒートアップ。ジュンイチの目の前まで詰め寄ってきて反論する。
「雷光弾とか雷鳴斬とか……あんなの撃たれたら近寄れないのだ!」
「ハッハッハッ、アレだって自分で修行して身につけた技だ。文句を言われる筋合いはねぇな♪」
対するジュンイチはあくまで余裕だ。ポカポカと胸を叩いてくる鈴々をあしらいながら答える。
「そんなに言うなら、お前も覚えりゃいいだろうが。
基本的なところくらいなら教えてやれるぞ――お前ができるかどうかは別だけど」
「にゃ? どういう意味なのだ?」
「オレが簡単に撃ってるせいで誤解してるんだろうが――アレ、慣れない内はけっこう集中力いるんだぞ。
まだまだお子ちゃまで集中力の足りないお前にゃまだムリ――でっ!?」
余裕綽々の言葉はムリヤリ断ち切られた――思い切りこちらの弁慶の泣き所を蹴り上げてくれた鈴々によって。
「ムリじゃないもん!
鈴々、もう立派に大人だもん! だからきっと使えるもん!」
そう言い出すところが一番子供なんだよ――とは思うが口には出さない。出したが最後第2撃が放たれるのは目に見えている。
そんなことを考えながら、涙目で蹴り上げられた場所をさするジュンイチだったが――
「鈴々はちゃんと大人だし、強いもん!
強い人には、責任があるんだよ――責任があるから、大人なの!」
「………………何?」
彼女の歳を考えたらあまりにも似つかわしくない――そんな鈴々の言葉には思わず声を上げていた。眉をひそめて聞き返す。
「スマン、何だって?」
「愛紗が言ってた。強い鈴々とか愛紗は弱い人の役に立たないといけないんだよ。
それが、強い人の責任なんだって」
「………………そうか」
思わず、ジュンイチは鈴々の言葉に真剣な表情を見せていた。
自分が鈴々くらいの歳の頃――自分はあの頃鈴々のように思えていただろうか?
答えは『否』だ。
自分の運命を変えた“8年前の事件”によって、その身に降りかかった災厄に悲しみ、怒り、憎み――齢8つにして復讐鬼と化した。
戦い方を学び、傭兵組合に入り、まだ幼い身の上で、いくつもの死体の山を築き上げた。
そして、その戦いの日々の積み重ねは、自分に一個人が持つにはあまりにも巨大な戦闘能力を与えると同時、一生消えることのない心の傷をもたらした。
一時の怒りに身を任せたばかりに、自分は一生かけてもつぐないきれない“罪”を背負うことになった。
そんな自分にとって――今の鈴々は、まぶしすぎた。
「鈴々は、偉いな……」
「えへへ……えっへんっ!」
目を細め、頭をなでてやるジュンイチの言葉に、鈴々は得意満面で笑みを浮かべ――
「けどやっぱり子供」
「むーっ! 子供じゃないのだ!」
素直にほめてやれない天邪鬼――それがジュンイチだ。一転してイタズラっぽい笑みで告げられ、鈴々は再び頬を膨らます。
「いーや、まだまだ子供だね。
だって――」
だが――ジュンイチはサラリと鈴々に告げた。
「オレと同レベルなんだからな、お前」
「え………………?」
「そうやって自分が何とかする、なんとかできる、なんて思ってる内は、まだまだガキなオレと同じところにいるっつってんだよ」
思わず動きを止める鈴々に、ジュンイチは苦笑しながら告げる。
「オレだってお前みたいに『自分がみんなを守らなきゃ』って思って、黄巾党に突撃していった――で、結果はお前も知っての通り。
オレは結局わかってなかった――いや、わかっていても、その事実から目を背けていた。
強いヤツには確かに責任がある。けど、だからってそれを自分だけで背負う必要はないんだ。
みんなで背負い合うから、人は強くなれる――それを忘れていたオレは、結局まだまだ子供だった、ってことさ」
「ニャハハ……お兄ちゃん、子供なのだ♪」
ジュンイチの言葉に、笑顔で告げる鈴々だったが――
「だから――そんなオレと同じコト考えてるお前もガキ決定」
「むむっ! お兄ちゃんは子供でも、鈴々は子供じゃないの! 大人なの!」
続いたその言葉に、鈴々はムキになって言い返し――
「ほほぉ……」
底冷えするかのようなその声は背後から――ジュンイチも、そして鈴々もビクリと肩をすくませる。
「ご主人様は部屋におらず、鈴々も部隊の訓練を放り出し……どこにいるかと思えば……」
放たれる言葉にはとてつもないプレッシャーが宿っていて――振り向くこともできず、ジュンイチはかがみ込んで鈴々に耳打ちする。
「じ、じゃあ、大人な鈴々さんは彼女のお相手を……」
「り、鈴々はまだ子供だから、そういうことはお兄ちゃんにお任せするのだ!」
「って、きたねぇぞ! てめぇ、こういう時だけガキに戻るか!?」
「だって鈴々子供だもーん」
詰め寄るジュンイチに鈴々が答えると、
「ご心配なく。
ちゃんと、二人平等にお話させていただきます」
背後の少女からその言葉が放たれると同時、自分達をからめ取るプレッシャーがさらにその強さを増す。
もはや難を逃れる手はひとつ――ジュンイチと鈴々は視線を交わす。
言葉など要らない――同時にすっくと立ち上がり、
「撤退!」
「なのだぁっ!」
「こ、こら、待ちなさぁいっ!」
全力疾走で逃げ出す二人の姿に、愛紗は思わず怒りの声を上げ――
「………………ん?」
逃亡の途についたジュンイチは、あわてて自分の方へと駆けてくる人物に気づいた。
ジュンイチ達がこの街を訪れた際、黄巾党に襲われたばかりの人々をまとめていたリーダー格――簡雍だ。
さすがにその様子を見ては見捨てる気にはなれなかった。愛紗から逃げるのをあきらめ、彼の前で急ブレーキをかけて停止する。
彼女も気づいたのだろう。怒気を収めて愛紗が駆けてくるのを気配で感じながら、簡雍に尋ねる。
「どうした? 簡雍」
「大変です、旦那!
黄巾党の大部隊が、県内に!」
「黄巾党が?」
簡雍の言葉に、ジュンイチのとなりで停止した鈴々が声を上げる。
「おかしいね。
こないだブッ飛ばしてから、ぜんぜん出てこなかったのに、いきなり大部隊で来たの?」
「そうっスよね……
ぜんぜん襲ってこなかったから、てっきりこんなちっぽけな街なんか無視してた、と思ってたんだけど……」
首を傾げる鈴々に簡雍が答え、二人はそろって考え込む――
そう――ジュンイチ達が街の復興に尽力していたその間、黄巾党の襲撃はなかった。
と言っても――別に鈴々達の言うとおり大人しくしていたワケではない。
ただ鈴々達が知らないだけで――今彼らのとなりで視線をそらしているジュンイチが愛紗達に隠れてアジトを捜索。先手を打って単身襲撃し、壊滅させていたから――というのが真相だったりする。
真っ向勝負と違い、奇襲はむしろジュンイチの得意分野だ。度重なるゲリラ戦は連戦連勝を重ね、つぶした敵アジトの数はすでに10を超えていた。
だが、あまりにも次々に叩いてしまったことが今回は逆に裏目に出てしまったのだ。
つまり――ジュンイチによってアジトを叩き出された黄巾党の各隊が寄り集まり、一大部隊を形成してしまったのである。
出来上がった大部隊は襲われた意趣返しとばかりに啄県に侵入――簡雍の報告では、隣県と合同で県境に配置していた守備隊はすでに壊滅したらしい。
「どうしますか? ご主人様」
告げる愛紗の言葉に、ジュンイチは頭をかきながらため息をつき、
「そんなの、迎撃するしかないだろ。
簡雍、部隊召集の連絡を。オレ達も出撃準備だ」
さすがに正式に報告として上がってきたものを『今は無視して後でこっそり壊滅』というワケにもいかない――指示を下すと、ジュンイチは自らの頬を叩いて気合を入れた。
こうして、ジュンイチ達は部隊を編成。黄巾党の大部隊を迎え撃つべく出陣した。
「さーて、オレ達が軍として正式に戦う初陣だ。気合を入れていかないとな」
戦場に向かう馬の上――行軍を続ける自軍の兵達を見渡し、ジュンイチは息をついてつぶやく。
と――となりで愛紗もうなずき、
「そうですね……
どこかの誰かが勝手に黄巾党を次々叩きつぶしていたおかげで、今まで出番もありませんでしたから」
「………………」
『どこかの誰か』など考えるまでもない――ひとり真相を正確に把握し、さらにはすでに犯人の目星までつけている愛紗の冷たい視線を受け、ジュンイチは思わず視線をそらす。
「ま、まぁ、部隊の出番がないのはいいことじゃないか。
ただでさえウチは人手不足なんだ。県内各地の黄巾党をツブしにいちいち出陣していたって、みんなの身がもたないって」
「うっ…………
それは……まぁ、そうですが……」
「どっちにしても、人手も人材も不足してるからなー、ウチは」
「何か、方法を考えないといけないねー」
うめく愛紗を尻目に、つぶやくジュンイチに鈴々が同意すると、ちょうどそこへ先行部隊からの伝令が駆けてきた。
「どうした?」
「はっ!
先行部隊のさらに前方二里のところに黄巾党の別働隊を確認!
どうやら、他県から逃れてきた農民達を襲うつもりのようです!」
「そうか……」
愛紗に答える伝令からの報告に、ジュンイチはしばし考え、
「……愛紗、オレの隊が先行するぜ」
「ご主人様!?」
「仕方ないだろ? オレの騎馬隊が一番進軍速度で優れてるんだから。
先行部隊と合流、敵に一当てして足を鈍らせるから、その間に農民達を避難させるんだ」
「し、しかし……」
ジュンイチの実力は良くわかる。黄巾党程度では彼を討ち取ることは不可能だろう――だが、それでも主君であるジュンイチを危険にさらすことにためらいを覚え、愛紗は反論しようと口を開き――
「愛紗」
ジュンイチが先手を打った。強めの口調で愛紗に告げる。
「今第一なのは農民達を守ること――そのためには、一番速い部隊を送るのが最上の手段だ。
そして、それができるのは――お前が手に入れた馬を優先的に回してくれたオレの本隊だけだ」
ジュンイチの言葉に、愛紗は思わず黙り込む。
「心配するな。オレは大丈夫だし、敵の足もきっちり止めてやる。
だから、お前達はお前達の役目をしっかり果たせ。
農民達の避難、任せたぜ!」
そう言うなり、ジュンイチは手綱で馬を打ち、一直線に駆け出した。
遅れて進軍することしばし――やがて愛紗達は、農民達の避難の行列を発見した。
そのさらに先では、戦いの土煙が上がっている――ジュンイチ率いる本隊は無事間に合ったようだ。
「よし、関羽隊は避難民を守り一時後退!
張飛隊はこのまま先行部隊、本隊と合流! ご主人様をお守りするのだ!」
「合点なのだ!」
愛紗の指示にうなずくと、鈴々はすぐさま自隊を率いて転進。そのまま戦場へと飛び込んでいく。
だが――
「………………あれ?」
そこにいるべき人物の姿がない――すぐに周囲を見回し、そこにいた簡雍へと声をかける。
「ねぇねぇ、簡雍の兄ちゃん!」
「あ、張飛嬢ちゃ……じゃない、張飛将軍!」
「お兄ちゃんは!?」
「それが……『逃げ遅れている人がいるから』とオレ達にここを任せて……!」
「はわわ、はわわ、はわわ、はわわ……!」
完全に戦闘に巻き込まれてしまった――あわてながらも少しでも安全な方向へと逃げようと、少女は懸命に老婆の手を引いて駆けていた。
「おばあさん、もう少しだからがんばって!」
懸命に励ますが、老婆の息は粗い――やはり年老いた彼女にこの強行軍はかなりこたえていたようだ。
「わしゃもうダメじゃ……お嬢ちゃんだけでも先に逃げなさい」
「はわわ〜、そんなのダメですよ!」
「しかし、このままじゃあお嬢ちゃんまで……!」
「そ、それでもダメなのです!」
しかし、少女は怯えながらもハッキリと拒絶の意を示した。
「わ、私は、弱い人を守るために塾を飛び出してきたんです! だからお婆さんを見捨てることなんてできないんです!」
告げる少女だが――現実は非情だ。戦場はすぐそばで、いつ自分達を呑み込むかわからない。
それに、もし黄巾党に自分達のことが気づかれたら、最悪人質にされることも――
脳裏に思い描いた最悪の構図に身震いする少女だったが――事態は確実にその“最悪の構図”へと向かっていた。
戦場の外れで戦っていた黄巾党が、少女達の存在に気づいたのだ。騎馬の何騎かが転進し、こちらにやってくるのがわかる。
捕まるか、殺されるか――恐怖で身を固め、抱き合う二人に黄巾党が迫り――
「どっ、せぇぇぇぇぇいっ!」
響いた咆哮はその反対側から――飛び込んできた黒い人影が、文字通り弾丸となって黄巾党側の騎馬、その先頭の騎兵を叩き落とす!
そして――
「着地成功、10点満点♪」
軽い口調と共に、彼は少女の前に着地した。
漆黒の武道着に身を包み、腰には木刀と剣が一振りずつ。そして――
「ゴメンね。
この子達、こっちで保護するから♪」
告げると同時、彼の――ジュンイチの放った雷光弾は超特大のカウンターとなって黄巾党の騎馬隊を薙ぎ払った。
「無事?」
「あ、はい……」
元々戦場の外れだったせいか、その場の戦いはあっという間に一区切り――パンパンと両手のほこりを払いながら尋ねるジュンイチに、少女は戸惑いもあらわにうなずいた。
なんというか――圧倒的すぎた。
通常、騎馬対歩兵は圧倒的に騎馬に有利だ。にもかかわらず、彼は迫ってきていた黄巾党の騎兵を何の問題もなく打ち倒してしまった。
それを可能にしたのが、彼の繰り出した拳から放たれた、雷光を伴った衝撃波――
「す、すごいですね……」
「“気”の扱いさえできれば規模こそ違えど誰でもできる――そんな基本技だよ」
感嘆の声を上げる少女にジュンイチが答えると、
「燕人張飛、只今サンジョー! なのだ!」
元気な声と共に追いついてきたのは鈴々だった。
「……って、あれ? 終わっちゃった?」
「ん。もうとっくに」
だが、せっかく名乗りを上げてもすでにこの場の戦闘は決着済み――肩をすくめてジュンイチが答えると、鈴々は少女に気づき、
「にゃ? まだ子供の女の子なのだ。
ケガとかしてないか?」
「してないですけど……あの、私、もう子供じゃありませんもん! 大人の女の子ですもん!」
「鈴々だって大人だもん!」
「ンな反応してる時点でどっちもどっちだ、チビスケどもが」
反論する少女とムキになる鈴々、二人に告げるとジュンイチは老婆に肩を貸し、
「とにかく、鈴々。戦場は任せていいか?
オレはこの二人を安全なところまで誘導するから」
「うん! 任せるのだ!」
答え、戦場へと駆けていく鈴々を見送ると、ジュンイチは追いついてきた鈴々の部下に老婆を預け、
「じゃあ、キミも」
「あ、はい、えっと……」
告げるジュンイチだったが、少女は何やら言いたそうにモジモジしている。
何か自分に話でもあるのだろうか――アイコンタクトで部下を先行させ、ジュンイチは少女へと尋ねた。
「……オレに話?」
「は、はい……」
予想的中――ジュンイチの問いに答えると、少女は勇気を振り絞って尋ねた。
「さっきのあの“力”……
もしや、あなたは啄県の県令様ですか!?」
「一応、な」
そう答えると同時、少女の顔が輝いた。
「やっぱり! “天の御遣い”の方なんですね!」
「あ、あぁ……」
急にテンションの上がった少女に面食らいながらも、ジュンイチはとりあえずうなずいておく。
どうやら彼女は自分が“天の御遣い”だというウワサを聞きつけてこの啄県へとやってきたクチらしい。最初は義勇兵を募るための方便だった“天の御遣い”のウワサだったが、いつの間にか本物のウワサとして一人歩きしているらしい。
そんなことを考えていると、少女は意を決し、ジュンイチに向けて告げた。
「あ、あの……えと!
が、がんばりましゅ!」
「………………」
思いっきりセリフをかんだ少女の言葉に、戦場に似つかわしくない微妙な沈黙が落ちる。
気まずい空気の中、ジュンイチができたのは――
「………………
…………何を?」
質問だけだった。
一方、少女もセリフをかんでしまったことでさっきまでのテンションがすっかりなえてしまったようだ。
というか――緊張感丸出しだ。
「はぅ……かんじゃった……
が、がんばりましゅから、その……
わ、私を仲間に入りぇてくだひゃい!……またかんじゃった……」
「あー、いいよ。言いたいことは伝わったから」
再びセリフをかんだ少女に、埒があかないと考えたジュンイチはため息まじりに彼女のリテイクを制止する。
「とりあえずは落ち着こうか。深呼吸でもして」
「は、はい! すっすっ、はっはっ、すっすっ、はっはっ!」
「何で長距離走の呼吸法なんだよ」
「あ、は、はいっ!」
思わずもらしたジュンイチのツッコミに、少女は驚き、ますます身を硬くしてしまう。
「……ダメだこりゃ」
これではまったく話が進まない――ジュンイチは心の底からため息をつくと少女の前にひざまずき、彼女と視線の高さをそろえた上で告げる。
「もう面倒だから、こっちから確認させてもらうぞ。
お前、オレ達の仲間として頑張りたいから、オレ達の仲間に入れてほしい、ってことだな?」
「は、はい……」
「一応聞くが……動機は?」
なんだかバイトの面接みたいだな――などと思ったのは内緒である。
「それは、その……私、水鏡先生っていう、有名な先生が開いてる私塾で勉強してて……
でも、こんな時代で、力のない人達が悲しい目にあってて、そういうのすごくイヤで……」
(水鏡、先生……?)
自分の三国志関係の知識に思いっきり該当者がヒットしたが――あえてツッコまず、無言で続きを聞く。
「だから私、自分の学問を少しでも力のない人達のために役立てたいって思って……そしたら、幽州に“天の御遣い”が降臨した、って聞いて、それで……」
「ウチに仕官するために、ここまできた、と……」
「はい!」
ものすごい勢いでうなずく。首がもげるんじゃないかと思うほどだ。
「…………まぁ、だいたいの事情はわかった。
けど、とりあえずその話は後回しだ。今は避難してくれ」
「で、でも……」
「自分の知識で弱い人達を助けたいと思うんなら――今はオレ達のところにいても出番はないってことだよ」
反論しかけた少女に、ジュンイチは肩をすくめて答える。
「試験代わりだ。お前に、難民の避難誘導を頼みたい」
そう言うと、ジュンイチは突然少女の顔を両手でつかんだ。
「はわわっ!?」
いきなり何を――尋ねようとした少女だったが、気づいた。
ジュンイチは自分の頭をつかんだのではなく――耳をふさいだのだ。
そして、ジュンイチは大きく息を吸い――
「かんよぉぉぉぉぉぉうっ!
こぉっち来ぉぉぉぉぉいっ!」
あらん限りの声で咆哮。大声が戦場に響き渡る。
待つことしばし――あまりの大音量に耳がやられたか、簡雍が頭をブンブンと振りながら姿を見せた。
「悪いな、いきなり呼びつけて」
「いえ、それは……
で、何を?」
「この子を頼む」
答える簡雍に告げ、ジュンイチは少女を彼に預ける。
「避難誘導は彼女に任せる。
お前は彼女の指示をオレの指示として徹底させてくれ」
「こ、この子に、ですか!?」
「そう。その子に」
あっさりと答えると、ジュンイチは少女へと視線を向け、
「じゃあ、頼むぞ。
えっと……」
「はい……?
あ、そういえば、まだ名乗っていませんでしたね」
首をかしげたジュンイチの姿に、少女はようやくそのことに気づいた。コホンと咳払いし、告げる。
「姓は諸葛、名は亮。
字は孔明です!」
………………
…………
……
「………………はい?」
少女の口から出てきたのは予想外の言葉――目をコレでもかというぐらいに丸くして、ジュンイチは思わず間の抜けた声を上げていた。
「えっと……
もう一回、名乗ってくれるかな?」
「はいっ!
あの、私の名前は諸葛亮っていって、字は孔明っていいます。
それで、えっと……真名は朱里って……って、どうしました? 突然地面に崩れ落ちて……」
思わず尋ねる少女――朱里だが、ジュンイチに答える余裕などなかった。
(諸葛亮……?
孔明……?
この子が……?)
認めたくない――愛紗達と出会った時以上にそんな想いにかられる。
というのも――
(オレの尊敬する、三国時代最強のスーパー軍師が、こんなちみっ子……?)
彼自身、三国志を読む中でファンになっていたから――自分の中の“諸葛孔明”のイメージがガラガラと音を立てて崩れていくのを感じる。
「……どうしました……?」
さすがにその様子に不穏なものを感じ、朱里はもう一度声をかけ――
「ダメだぁぁぁぁぁっ!」
「ひゃあっ!?」
突然絶叫したジュンイチの言葉に、朱里は思わず後ずさった。
だが――ジュンイチはかまいはしない。地面をダンダンと殴りつけながらわめき散らす。
「丞相はもっと知的なナイスミドルじゃなきゃダメなんだぁーっ!
羽扇持って水平移動しながら軍師ビーム乱射しなきゃダメなんだぁぁぁぁぁっ!」
「あ、あの……えっと……?」
「何か……旦那にとって触れちゃいけないものに触れちまったみたいですね……」
どう見ても心の底から号泣している――ワケがわからず困惑する朱里のとなりで、簡雍もまたため息まじりにつぶやいた。
「はぁぁぁぁぁっ!
たぁりゃあっ!」
咆哮と共に蛇矛を一閃。鈴々の一撃は周囲の黄巾党を一撃の下に薙ぎ払う。
「あと少しなのだ! みんな、がんばって!」
敵は自分達の攻勢に押され気味だ。後一歩で打ち破れる――再び蛇矛を構えて鈴々が仲間達にそう告げて――
「どわぁぁぁぁぁっ!?」
悲鳴と共に、戦場の一角の黄巾党が吹き飛ばされる!
「な、何なのだ!?」
突然の衝撃に、思わず鈴々はそちらへと振り向き――見た。
「そりゃさ、愛紗や鈴々と出会った時点で予想しておくべきではあったんだよ……」
もうもうと舞い上がる土煙の中――
「けどさ……やっぱ、現実であってほしくない一線ってものもあると思うんだよね……」
静かに、圧倒的な気迫を立ち上らせる――
「オレの理想の諸葛亮サマを――返せやこのヤロォォォォォッ!」
心の底から血涙を流す修羅の姿を。
結局、残りはジュンイチがほぼひとりで叩き伏せた。
「いったい……何があったんだ? ご主人様は」
「うーん……鈴々にもよくわからないのだ」
別働隊を壊滅させてもなお、ジュンイチが元気を取り戻すことはなかった――馬上で泣き崩れるその姿を前に、困惑気味に尋ねる愛紗に鈴々もまた首を傾げるしかない。
だが――ジュンイチも一応やるべきことは覚えていたようだ。泣きながらも愛紗に尋ねる。
「で……愛紗、状況は?」
「はい。
避難民の誘導は簡雍が行い、すでに完了しています。
ですが……」
「どうもこの先に、また別の黄巾党がいるみたいなのだ。
たぶん、それが本隊だと思うけど……」
付け加える鈴々の言葉に、さすがのジュンイチも泣くのをやめ、表情を引き締めた。
「数は?」
「1万ほどかと」
「い………………っ!?」
その報告は完全に予想の範疇を超えていた。悲嘆の色も一瞬にして吹き飛び、ジュンイチは思わず言葉を失った。
「ちょっと待て!
1万って何さ!? さっきの部隊の倍どころじゃねぇだろ!」
「えぇ……
ですが、残念ながら事実です」
「最悪じゃねぇか……
こっちは総動員したってせいぜい5千だぞ。オレ達ががんばれば、まぁ、勝てないとは言わねぇけど……こっちの被害もバカにならないぞ」
うなずく愛紗の言葉にジュンイチがうめくと、
「なら、被害が出る前にさっさと突撃、粉砕、勝利なのだ!」
「突撃じゃダメだって話をしてたんだろうが」
自分が蹴散らしてやるとばかりに意気込む鈴々に、ジュンイチはため息まじりにツッコミを入れ――
「第一それはオレの役だ」
「そういう問題でもありません!」
愛紗がすかさずツッコんでくる。
「なら、どうするんだよ?
そんな数、オレの気功をぶち込んだところで、ちょっとやそっとじゃひるんでくれないぜ」
「こっちの倍はいるんだもんねー……」
ジュンイチの言葉に鈴々がつぶやくと、
「あ、あのぉ……」
突然、そんな彼らに声がかけられた。
振り向くと、そこにいたのは簡雍と――
「戻ってきたんかい、お前……」
簡雍の傍らに控える朱里の姿を確認し、ジュンイチは涙ながらにつぶやく。
「どうしました? ご主人様」
「いや……かまうな。何も言うな。
耐え難きを耐え、忍び難きを忍んでるだけだから……!」
「はぁ……」
尋ねる愛紗だが、ジュンイチのイマイチ要領の得ない答えに首を傾げるばかり。
そんな彼女にかまわず、ジュンイチは今度は簡雍へと恨みがましさ全開の視線を向け、
「簡雍……てめぇもなんで連れて戻ってきたんだよ……
そのまま避難民の中に放り込んでくればいいじゃねぇか」
「いや……この子がどうしても、って言うものだから……」
抗議の声を上げるジュンイチに簡雍が答えると、
「あの……少しいいですか?」
そんな彼らに――と言うよりジュンイチに朱里が声をかけた。
「何だよ?」
尋ねて――ジュンイチは眉をひそめた。
「……何か、策でもあるのか?」
「は、はい……」
ジュンイチの問いに、朱里はおずおずと説明を始めた。
「今までの傾向を見る限り、敵は数を頼りにして陣形も組まず、ただ力押しで攻めてきています。
ならばこちらは方形陣で対応、一当てした上で中央部を後退、縦深陣に誘い込むのが良いと思います」
「ほぉ……確かにその方法なら、敵を一網打尽にできる。
大した慧眼だ」
朱里の言葉に、思わず感嘆の声を上げる愛紗だが――
「ムリだな」
ジュンイチはあっさりとそう答えた。
「その作戦、部隊そのものの動きの素早い切り替えが重要な要素になる。
残念ながら、ウチの守備軍にそこまでの錬度のある部隊はねぇよ」
「はぁ……」
ジュンイチの言葉に、朱里はもう一度考え込み、
「では……精鋭を選り、回り込んで横撃、というのが最善でしょうか……」
「ふむ……
……ご主人様、私もそれしかないと思いますが」
「同感。その案で行こう」
愛紗に答えると、ジュンイチは周囲を見回し、
「……鈴々、お前の部隊は正面から突撃。オレの騎馬隊が援護する。
で、その間に愛紗の隊で回り込んで奇襲。それでいいな?」
「私の部隊が奇襲……ですか?」
しかし、ジュンイチのその言葉に愛紗は思わず眉をひそめた。
「正面で敵の周囲を引きつけるのであれば、私の隊が出た方が……
鈴々の隊では、正面からぶつかって部隊の被害が大きくなりかねませんが」
「その辺りはオレや鈴々が突出すれば大丈夫だろ――オレ達が大暴れすれば、連中の注意もこっちに向くだろうし。
とにかく、この作戦じゃ奇襲役はお前の隊が一番適任なんだよ。オレの隊は騎馬隊だから目立つし……」
愛紗の言葉に、ジュンイチはため息まじりに答えた。
「あの鈴々が敵に見つからずコソコソ動けると思うか?」
「………………よくわかりました」
「みんな、いくよ!」
「ムリに突撃はするな! できるだけ目立つことを優先しろ!
関羽隊から注意を引き離すんだ!」
部隊に対して号令を下し、鈴々とジュンイチは黄巾党へと突撃する。
「鈴々、わかってるな!?」
「うん!
それじゃ――ハデにいくよぉっ!」
告げるジュンイチに答え、敵軍の真っ只中に飛び込んだ鈴々は手にした蛇矛を渾身の力で振り回し、手近な黄巾党の兵士をブッ飛ばす。
だが――それすらも彼らにとってはおとりにすぎない。本命はこの後――
「お兄ちゃん!」
「おぅよ!」
鈴々に答え、ジュンイチは拳を腰だめにかまえる。
独特の呼吸で練り上げた気が拳の周囲で高速振動。スパークを巻き起こし――
――雷光弾!
解き放たれた“気”は雷光を伴う衝撃波となり、鈴々の一撃で気圧された野盗達を吹き飛ばす!
威力はギリギリまで落とし、代わりに発動範囲を最大限に拡大した、言わば見かけだけの一撃――だが、それでも野盗達を驚愕させるには十分な効果があった。皆一様に畏怖の感情をその表情に浮かべている。
「な、何だ、アイツ!」
「近づくと危険だ!
弓だ! 弓で射殺せ!」
口々に言いながら、弓を射掛けるべき遠巻きに離れようとするが――
「はい、ご苦労さん♪」
距離をとっては逆にジュンイチの思うつぼだ。両手を腰だめにかまえ、右手が拳に、左手が貫手――手刀となる。
ジュンイチが“気”を練り上げ、両手に雷光が生まれ――
――雷光弾!
放たれた一撃は今までよりも収束率を高めた雷光弾――衝撃をまき散らすのではなく、一定の範囲を巻き込みながら一直線に突き進む。
そして――すかさず左手で次なる一撃。
――雷光矢!
放ったのは貫手で放つ雷光弾の変形。より鋭く修練された一撃はその名のとおり矢のごとく空を貫き、先の一撃に追いつき――
弾けた。
雷光矢を起爆剤として、先の雷光弾の“気”の渦が炸裂したのだ。
いや――この規模はもはや『爆裂』と言ってもいい。それほどの衝撃と熱量が放たれ、ジュンイチの正面の野盗達が吹き飛ぶ。
雷光弾2発分、と言うにはあまりにも大きな破壊力――だが、真に恐るべきは――
「ぶっつけ本番で加減が利かなかったとはいえ……思った以上の威力だな」
これほどの威力の攻撃が“思いつきで”放たれたという事実だ。今の一撃の威力をかみ締め、ジュンイチは平然とつぶやく。
「なー、鈴々。
今の、『雷光烈破』って名前にしようと思うんだが」
「うーん、いいんじゃないかな?」
尋ねるジュンイチの言葉に鈴々が答える――その間にもスキを見せないのはさすがだ。野盗達を薙ぎ払う蛇矛の動きには一切の乱れがない。
戦場の他の区画に目を向けても、簡雍を初めとしてみんなよく持ちこたえてくれている。奇襲部隊に人員を裂き、数の不利はさらに増しているはずなのに――
――と、ふと気づいた。
「…………なんか……オレ達の周りだけ、ぽっかりと仲間がいない空白地帯になってる気がするんだけど」
「あー、えーっと……」
ジュンイチの言葉に、鈴々はその口元に思わず苦笑を浮かべ、
「たぶん……おにいちゃんの攻撃に巻き込まれたくないからだと思うのだ」
「あぁっ! てめ、のん気に『自分は関係ないもーん♪』みたいな言い方してんじゃねぇよ!
巻き込まれた時の危険度は、オレの気功よかお前の蛇矛の方が上だろ!?」
「むーっ! 鈴々、お兄ちゃんみたいに広い範囲に攻撃しないのだ!」
「お前の場合、その分巻き込まれたら蛇矛の刃で即死だろうが!」
さすがにこれにはジュンイチと鈴々はにらみ合って火花を散らす――それをスキと見たか、黄巾党の野盗達は一斉に二人へと襲いかかり――
「ジャマ――」
「すんなぁぁぁぁぁっ!」
口ゲンカしていても、二人のコンビネーションが曇ることはなかった。鈴々の蛇矛が至近の野盗を薙ぎ払い、ジュンイチの雷光弾がその外側の敵を一掃する。
「こっちはお兄ちゃんと大事な話の最中なのだ!」
「ジャマするっつーなら、全員もれなくブッ壊す!」
怒りもあらわに咆哮する二人に、周囲の野盗達は皆一様に萎縮し――
その時、突然ドラの音が鳴り響いた。
それこそ――ジュンイチ達の待ちに待った合図である。
「お兄ちゃん!」
「愛紗のヤツ……ずいぶんともったいぶりやがって!」
声を上げる鈴々にジュンイチが応え――戦場の側面の丘の上に、愛紗と朱里の率いる奇襲部隊が姿を現した。
こうして、ジュンイチと鈴々の活躍や、二人に萎縮した敵が崩れかける寸前の絶妙なタイミングを見極め、とどめの横撃だけでなく、その後の動きまで事細かに、しかも的確な指示を下してくれた朱里――そして奇襲部隊を見事に指揮してみせた愛紗のおかげで、結果としてジュンイチ達は部隊に大した被害を出すことなく勝利することができた。
「フンッ、手ごたえのないヤツらだ」
「弱すぎて相手にならないのだ」
何やら愛紗と鈴々が言いたい放題言っている――朱里の用兵があってこその成果だとは思うが、今の二人に言ってもややこしいことになりそうなので黙っておく。
「で……被害は?」
「今後連戦になったとしても、支障が出るほどの損害はないみたいです」
尋ねるジュンイチに答えるのは朱里だ。
「それで……」
と、朱里は突然、不安そうにジュンイチに尋ねた。
「私は……合格なんでしょうか……?」
「ん………………?
……あぁ、そんな話だったっけな、そーいえば」
尋ねる朱里の言葉に、ジュンイチはようやくこの戦いが彼女の採用試験も兼ねていたことを思い出した。
「合格、でよろしいのではないでしょうか」
「鈴々、こんなスッキリした勝ち戦は初めてなのだ!」
愛紗と鈴々の意見は採用の方向のようだ。
簡雍へと視線を向けると――苦笑まじりに肩をすくめて見せる。どうやら彼も朱里を迎えることはやぶさかではないようだ。
だが、あくまで最終的に決めるのは自分だ。息をつき――ジュンイチは口を開く。
「朱里」
「は、はいっ!」
ビシッ! と『気をつけ』の姿勢をとる朱里に、ジュンイチは告げた。
「ブーッ、不合格」
「え………………?」
あっさりと――だがハッキリと断言され、朱里は信じられないといった表情でその目を見開いていた。
その戦いの場から、舞台はとある山中へと移る――
平原、濮陽、小沛 青州を一望する山、泰山――その山奥に建てられた城砦の中、男は眼鏡のズレを直しながらそれを見つめていた。
無数の蟲の死骸の入った壷――その中で唯一動く、1匹のクモを。
「最初はコイツか……」
つぶやき、そのクモを取り出すと、床に描かれた円形の図式の中央へと下ろす。
そして自らはその場を離れ、円の外に出た男は小さく呪文を唱え――それは始まった。
円形の図式――それを描き出しているラインが光を放ち、“力”を循環させていく。
それは次第に中央に下ろされたクモへと注ぎ込まれていき――次の瞬間、クモはまるで巨大化するかのように肥大。さらに形を変え、人型の異形へと姿を変えていた。
「ふむ……悪くない出来だな」
自らの作り出した異形の出来栄えに満足し、男は静かに異形へと告げる。
「さぁ……行け、蠱毒獣クモコドクよ。
あの男と、それに連なる者を抹殺し、我らの使命を果たすのだ」
「御意に」
答え、蠱毒獣と――クモコドクと呼ばれたその異形は恭しく一礼し、男に答える。
「すべては我が創造主――」
「干吉様の御心のままに……」
to be continued……
(初版:2007/03/22)