「報告します。
 桜桑村には確かに劉玄徳なる少女が住んでいたようです。
 ただ……先日、街にむしろを売りに出かけた際、黄巾党の襲撃に巻き込まれたらしく、以来行方がわからなくなっております」
「そっか……」
 啄県の役所、県令室――愛紗からの報告に、ジュンイチはため息まじりにうなずいた。
 本来愛紗達の君主になるはずだった劉玄徳が行方不明――もしやそれがこの世界の歴史に歪みを生じさせ、彼女の果たすはずだった役どころに自分を組み込んだ要因なのでは――そんな可能性が脳裏をよぎる。
「すまなかったな、いきなりこんな調査させちゃって」
「いえ……
 初めてご主人様と出会った際にも挙がった名でしたから……気にかけていることは、なんとなく察していましたので……」
 ジュンイチの謝罪に答え、愛紗は改めて報告として上がってきた書簡に目を通し、
「とはいえ……さすがご主人様が気にかけるだけのことはありますね。
 学問に秀で、武芸もそれなりにこなすようです。
 ただ……将来の夢が『お嫁さん』というのは、将として迎えるにはいかがなものかと……」
「おや、関将軍にはなかったりするのか? 結婚願望とか」
「バ、バカにしておいでですか!?
 私とて女性です。あこがれないはずがありません!
 ですが……それを夢に据えるのはどうかと言っているのです!」
 わざと真名ではなく階級氏名で茶化すジュンイチに、愛紗は顔を真っ赤にして言い返す。
「夢というものは生涯をかけて追い求めるからこそ意義があるのです!
 それを『お嫁さん』などと……それでは結婚したら終わりではないですか!」
「びみょーに視点がズレてるような気がするんだけどな、ソレ……
 ま、現実的なお前さんらしくはあるんだけどさ」
 そんな愛紗の言葉にジュンイチは思わず笑みをもらし、それを見た愛紗はますます頬をふくらませるが――
「ですが……わかりません」
 突然怒りを収め、愛紗はふとそんなことを言い出した。
「何が?」
「とぼけないでください。
 劉玄徳と、そして――諸葛孔明のことです」
 その言葉に、ジュンイチは一瞬だけ動きを止めた。
 それを見逃す愛紗ではない。ため息まじりにジュンイチに告げる。
「確かに劉玄徳は見所のある人材です。
 ですが――だからと言って、飛び抜けて優れた人材でもありません。
 そんな彼女を捜索してまで迎えようとしているのに対し、孔明は試験までしておきながら不採用。
 私の意見としては――」
「玄徳よりも孔明を、だろう?」
 愛紗の機先を制し、ジュンイチはため息をつき、
「確かに、玄徳を迎えるよりも孔明を――朱里を迎えた方が利になるのはわかってる。
 けど……オレは朱里をオレ達の仲間に加えるのはまだ早いと思ってる」
 つぶやき、ジュンイチは窓の外に広がる青空へと視線を向けた。
 自分の知る史実では、朱里が――諸葛孔明が軍師として迎えられるのはまだまだ先の話。しかもそれは孔明から申し出たのではなく、主となる劉玄徳が『三顧の礼』と呼ばれる3回に渡る訪問を行った末のことだ。
 だが、『この世界』ではどうだ。諸葛孔明は黄巾の乱の真っ只中に、しかも向こうから現れた――元々別の次元世界の出来事である以上、ある程度の歪みは覚悟していたが、今回のそれは自分の知る史実に対する差異があまりにも大きすぎる。
 今となっては自分の三国志の知識も参考程度にしかなるまい。ひとつ読み違えれば、重大な危機を招く恐れもあるだろう。
 状況をしっかり見極めた上でなければ――
(みんなを、危険にさらすことになる……)
「やれやれ……
 またややこしいことになってきたね……」
 曇りのない、澄み切った青空がどこか恨めしかった。

 

 


 

第肆幕
三顧の礼」

 


 

 

 県庁で交わされた、そんなやりとりから数時間後――

「え……?
 じゃあ、県令様は……?」
「えぇ。
 旦那は今、鍛錬場の視察に出ちまってるんスよ」
 尋ねる朱里に、簡雍はため息まじりにそう答えた。
「すみませんね、せっかく来てもらったのに……」
「いえ……」
 謝罪する簡雍に答え、朱里は深々と一礼する。
「なんだったら、帰ってくるまで待ちますか?」
「いえ……また来ます……」
 簡雍にそう答えると、朱里は県庁を後にした。

 先日の戦いの後、朱里は他の難民達と別れ、未だ啄県に滞在していた。
 目的はもちろん、ジュンイチの元に仕官すること。
 一度はジュンイチに士官を断られた身だったが――朱里は未だあきらめてはいなかった。

 だが――
「はぁ………………」
 やはり、断られたショックは大きかったようだ。市街の茶屋で休息を取りながら、朱里は力なくため息をついた。
「どうして、断られちゃったんだろ……」
 その理由がわからない――あの戦いで自分は何か失敗してしまったのだろうか。
 ジュンイチが仕官を断った理由を知らない朱里にしてみれば、その原因は当然自分にあると思ってしまっていた。考えれば考えるほど気分は滅入ってきて――
「ここにいたのか」
「え………………?」
 突然声をかけられ、朱里が振り向くと、そこにいたのは――
「関羽、将軍……?」
「愛紗でいい。
 お前の力は確かなものだ――お前には、私が真名を許すほどの価値がある」
 声を上げた朱里に対し、愛紗は笑みを浮かべてそう答えた。

「……そうですか……」
「ご主人様は、別にお前に落ち度があって採用しなかったワケではない。
 何か……考えがあってのことのようだ」
 県庁でのやり取りを聞かされ、うなずく朱里に愛紗は息をついてそう答える。
「だから……まぁ、気を落とすな。
 時機が来れば、ご主人様はきっとお前を迎えてくれる」
「はい…………」
 しかし、答える朱里の姿はやはり力がない――そんな彼女の姿に、愛紗はため息をつき、口を開いた。
「ひとつ……聞いてもいいか?」
「はい?」
「どうして……ご主人様なのだ?」
 顔を上げる朱里に、愛紗はそう尋ねた。
「お前ほどの頭脳であれば、引く手あまたであろう。
 別にご主人様にこだわらずとも……」
 そんな愛紗の言葉に、朱里は市街を見渡し、答えた。
「この街並みを守っているのが……県令様だからです。
 人々には笑顔が満ち、充実した日々を生きていられる……これはすべて、県令様ががんばっているからこそです」
「……あぁ、その通りだ。
 ご主人様は皆が笑顔で暮らせる世を作るため、この乱世を正そうとしている」
 自分の主君をほめられ、まるで自慢するかのように答える愛紗の言葉に、朱里もうんうんとうなずき、
「この街を見ていれば、あの方がどれほどがんばっているかがよくわかります。
 だから……私は県令様に仕官したいんです」
「そうか……」
 決して“天の御遣い”のウワサに惹かれただけではない――ジュンイチ自身がこの街で成してきた成果そのものに目を向け、正当にジュンイチを評価する朱里の言葉に、愛紗は改めて満足げにうなずいた。
「そういうことならば、私からも少し話してみよう」
「いいんですか?」
「私としても、お前のような人材は大歓迎だ。
 ……ま、まぁ……ご主人様の周りに女性が増えるのは感心しないのではあるが……」
「………………?」
 小声でブツブツと付け加える愛紗の言葉に、朱里は不思議そうに首を傾げる――そんな彼女に対し、愛紗はコホンと咳払いしてそれをごまかし、
「と、とにかく。ご主人様には私から話しておく。
 お前は宿にでも戻り、吉報を待つがいい」
「はい、ありがとうございます!」
 礼を言い、朱里は一礼するとパタパタと駆けていく――その後姿を見て『妹が増えたみたいだな』などと考えつつ、愛紗は勘定を払うべく茶屋の奥へと入っていった。

「えへへ……♪」
 とりあえずは一歩前進――これでジュンイチの元への仕官の道が開けるかもしれない、と期待を抱き、朱里は宿への道を歩く。
 だが――そんな彼女を、近くの店の屋根の上から見つめている者がいた。
 人間と同じような体躯を持ち――だが背中に2対の触手を持ち、手足と合わせて見ればクモとも思える容貌を持つ異形の存在。
 泰山で干吉によって生み出された異形――“蠱毒獣”クモコドクである。
「あの娘……県庁に行っていた……
 関羽とも親しげに話していた……
 ならば……」
 人間とは明らかに違う形状の口――だが、その口元には――
「……あの男の関係者と、見るべきだろうな……」
 ハッキリとそうだとわかる笑みが浮かんでいた。
 

「……さて、と……」
 錬兵場の中央で、手にした木刀を――“紅夜叉丸”をクルクルと取り回し、ジュンイチは鈴々へと向き直った。
「どうする? 続ける?」
「とーぜんなのだ!」
 ジュンイチの問いにそう答え、鈴々は自慢の蛇矛をジュンイチに向けてかまえる。
 現在二人は1対1の鍛錬中――だが、鈴々の様子がおかしい。明らかにムキになっている。
 というのも――
「次負けると約束どおり10敗。オヤツの肉まんはお前のおごりで決定だけど」
「むむーっ! 負けないのだぁっ!」
 こういうことである。

 最初、ジュンイチは訓練の視察、お呼び個人技に関する簡単な助言のみで終わるつもりだった。が――それに鈴々が異を唱えたのだ。
 理由はある意味で些細なこと――以前手合わせし、惨敗を喫したことに対する雪辱戦を挑んだのである。
 当初は気乗りせず、のらりくらりとかわしていたジュンイチだったが、あまりにも鈴々が食い下がるので、条件付で承諾した。
 『勝敗は10勝先取。負けた方がオヤツの肉まんをおごる』という条件で――

 そして――
「はい、おごり決定♪」
 軽い口調と共に、まったく似つかわしくない速度と気迫による一撃――蛇矛の一撃をかいくぐられ、“紅夜叉丸”で思い切り打ち据えられた鈴々は、武舞台の端から端まで一直線にブッ飛ばされた。一度武舞台の上でバウンドし、その後場外へと落下する。
 女の子を相手にやりすぎでは、と言うことなかれ――愛紗や鈴々の場合、「女の子だから」と手を抜くと逆にこっぴどくしかられるのだ。
 現に鈴々相手にそれをやって機嫌を損ね、1週間肉まんをおごらされるハメになったのは記憶にも新しい。武人の誇りは男女共通、ということか。
「うーっ! 悔しいのだぁっ!」
「攻めの呼吸が単調すぎるんだ。
 速すぎるおかげでザコ相手じゃ気にはならないんだろうけど……オレみたいにそれに追いつけるヤツが相手だと、今みたいにあっという間に詰められるぞ。
 それでなくても、お前の場合は蛇矛の間合いが長い分、零距離戦は致命的なんだから」
 悔しがる鈴々に答え、ジュンイチが彼女に手を差し伸べてやると、
「ご主人様」
「ん?
 愛紗…………?」
 やってきた愛紗に、ジュンイチは怪訝な顔で振り向いた。
「どうした?
 今の時間は警邏のはずだろ?」
「その警邏の最中、孔明と会いましたよ」
 その言葉に、ジュンイチの表情が変わった。ため息をつき、鈴々に手を貸して助け起こす。
「またその話か……」
「彼女、落ち込んでいましたよ。
 『自分に何か落ち度があったんじゃないか』と……」
 その言葉に、ジュンイチは気まずそうに視線をそらした。
 自分だってわかっている。自信満々の成果を出しておきながらのダメ出し――それがどれだけ朱里の自信を傷つけてしまったか。
 だが――それでも慎重にならなければならない。うかつな行動はどんな波紋をもたらすかわかったものではないから。
「それについては完全にオレの落ち度だ。
 けど……朱里を迎えるには、まだ少し時間が欲しい」
「ですが……」
 ジュンイチの言葉に反論しようとする愛紗だったが――ふと、そのとなりからの視線に気づいた。
「…………どうした? 鈴々
 私のことを不思議そうに見て」
「だって、ホントに不思議なんだもん。
 ヤキモチ焼きの愛紗が、孔明の味方をするなんて不思議以外の何者でもないのだ」
「な………………っ!?
 だ、誰がヤキモチ焼きだ!? 誰が!?」
 鈴々のその指摘に、愛紗は顔を真っ赤にしてうろたえる――その光景を楽しそうに見守っていたジュンイチだったが――

 ――――――

「――――――っ!?」
 突然感じたその気配に、思わず表情をこわばらせた。
「ご主人様……?」
 不思議そうに眉をひそめる愛紗だが、ジュンイチは答えることはない――ただ周囲に意識をめぐらせる。
(禍物の気配、だと……!?
 ちょっと待て! なんで禍物が!?)
 驚愕するジュンイチだが――その近くに感じる気配に気づいてさらに目を見開いた。
「――――――くっ!」
「ご、ご主人様!?」
「お兄ちゃん!?」
 地面に転がしてあった“紅夜叉丸”を手に取り、駆け出すジュンイチに声を上げる愛紗と鈴々だが――ジュンイチは答えない。
 否――答える余裕がなかった。胸中で舌打ちし、さらに加速する。
(くそっ………………!
 なんで朱里が襲われてんだよ!?)
 

「きゃあっ!?」
 糸で絡め取られた荷車が、かめが次々に飛んでくる――繰り出される攻撃がすぐ脇をかすめ、朱里はたまらずひっくり返った。
 そんな彼女の前に、攻撃の主が――クモコドクが屋根の上から降り立った。
「な、何なんですか!? 何なんですかぁ!?」
 突然ワケのわからない異形に襲われ、さすがの彼女も思考は完全にパニック状態。武芸にも秀でていない彼女はただ逃げ惑うしかない。
 だが、クモコドクも逃がしはしない。逃げ出した彼女の目の前に自らの吐き放った糸で絡め取った荷車を放り投げ、その退路を奪ってしまう。
「悪いな。
 我が名は蠱毒獣クモコドク――主命により、貴様にはにえとなってもらう」
「に、贄……!?」
「それ以上は知る必要はない」
 聞き返す朱里に答えると同時、クモコドクは糸を吐き放って朱里を捕獲。壁にはりつけにしてしまう。
「とはいえ……このまま連れ去る必要もないか。
 貴様の役目はただの餌……抵抗できないよう、手足を落としておいてもよかろう」
「ひ――――――っ!」
 平然と残酷なことを告げるクモコドクの言葉に、朱里の顔が恐怖に染まる――だが、クモコドクの糸は強靭で、いくらもがいてもビクともしない。
 そんな彼女に向けて、クモコドクは右手の爪を振りかざし――

 

 その姿が消えた。
 

 突然の衝撃に全身を打ち据えられ、吹き飛ばされたのだ。
 その正体は、雷光を伴った強烈な衝撃波――
「まさか……」
 自分に降り注ごうとしていた一撃を止めた、その主に思い至った朱里が声を上げ――
「ウチの軍師候補に何しやがった! 言ってみろ!
 『じわじわミディアム』、『そこそこレア』、『一気にウェルダン』――好きな焼き具合で消し炭にしてやらぁ!」

 彼女をかばってクモコドクの前に立ちはだかり、ジュンイチは怒りの声を張り上げた。
 

 泰山の山頂、城砦の最深部――
「現れましたか……」
 クモコドクを吹き飛ばし、立ちはだかるジュンイチ――その光景を空間に投影し、干吉は満足げにうなずいた。
 と――
「…………ヤツが現れたか」
 言って、新たな人物が姿を現した。
 乱暴に整えられた短い髪は重力に逆らい、鋭い視線と小柄ながら鍛え上げられた体躯が彼の実力を暗に物語っていた。
「左慈ですか……
 えぇ。獲物は針に食いつきましたよ」
「フンッ。オレが出られれば、あんなヤツひとひねりにしてやるものを……!」
「仕方ありません。
 我々はまだ表に立つべき“時”を迎えてはない……今はまだ、傀儡や蠱毒獣を用いる以外に手段はありません」
「わかっている。
 わかっているからこそ、こうも苛立つのだろうが」
 干吉に答え、左慈と呼ばれたその少年は映像へと視線を向けた。
「心配しなくても、蠱毒獣は並の人間では倒せません。
 この外史世界の突端を開いた者に相応しく、それなりの“力”は持っているようですが……それまでです。
 “喰われて”いる今の彼では、クモコドクには太刀打ちできますまい」
「あぁ……」
 干吉の言葉にうなずく左慈だが――彼らの認識は間違っていた。
 ただひとつの、だが致命的な認識の違い。それは――

 ジュンイチを、『ただの人間』として定義してしまったことだった。
 

「やれやれ、こんなところでも禍物退治か。
 我ながらホント因果な星の下に生まれたもんだねぇ」
 言葉の内容は軽いものだが、その声色はずっと重い――朱里を危険にさらしたクモコドクに対し怒りを隠すこともなく、ジュンイチは彼を真っ向からにらみつける。
「何のつもりかは知らないが、朱里はウチで雇う予定の大事な人材だ。
 人がツバつけてんのに、後からしゃしゃり出てきてデカいツラすんじゃねぇよ」
「つ、ツバって……」
 後ろで困惑に満ちた声が上がるが無視。クモコドクに対して全開の怒気を向けるジュンイチだったが――
「現れたか、柾木ジュンイチ」
「………………?
 お前、オレの名を……?」
 明確に言葉を操り、自分の名を呼んだクモコドクの言葉に、ジュンイチは思わず眉をひそめる。
 だが――クモコドクがジュンイチの名を知っていたことで、彼の狙いに気がついた人物がいた。
「け、県令様!
 あの人、県令様を狙ってるみたいです!」
「オレを……?」
「はい……」
 振り向かず――クモコドクに対する警戒を解かないまま尋ねるジュンイチに、朱里は囚われたクモの糸の中でうなずく。
「あの人、言ってました……『私を贄にする』って――
 その『贄』が、人質のことだったとしたら……」
「なるほど。
 オレの名を知っていたことといい、今の『現れたか』ってセリフといい……コイツの狙いはオレだったワケか」
 そう納得する間も、視線はクモコドクから一瞬たりともそらさない。相手に対する警戒を最大限に保ったまま、尋ねる。
「で? お前は何者だ?
 どうしてオレ狙った?」
「これから死ぬ男に、どうして知る必要がある?」
「必要ならあるさ」
 告げるクモコドクに、ジュンイチはあっさりと答えた。
「何せ……」
 言いながら、帯に挿した“紅夜叉丸”を抜き放ち――
「死なないからな」
「――――――っ!?」
 そう告げた次の瞬間には、ジュンイチの身体はすでにクモコドクの眼前に飛び込んでいた。驚愕しながらも斬り上げるように繰り出された一撃をかわし、クモコドクはカウンターとばかりに背中の触手を繰り出す。
 だが、ジュンイチも素早く構えを戻して対応、クモコドクの一撃を“紅夜叉丸”で受け流すと身をひるがえし――

 ――雷光弾!

 限界まで身をひねった状態から渾身の一撃。攻撃を流され、バランスを崩していたクモコドクの腹を思い切り打ち据え、ブッ飛ばす!
 だが――
「カァッ!」
 そんな彼に向け、クモコドクが糸を吐き放った。ジュンイチの身体に巻きつけ、その動きを封じてしまう。
「県令様!」
「心配すんな!」
 声を上げる朱里に答え、ジュンイチは糸の中――自らの右手に炎を生み出す。
「こんな糸くらい――焼き払ってやる!」
 解放はできずとも、右手に炎をまとうぐらいならできる。右手に生み出した炎で、自らに絡まる糸を焼き切ろうとするジュンイチだったが――糸はジュンイチの炎にも耐え、なかなか焼き切れない。
 ジュンイチの力が発揮しきれないこともあるだろうが――
「くそっ、耐燃性か……!」
「フンッ、我が糸がそう簡単に解けるものか!
 貴様はここで死ぬんだよ!」
 うめくジュンイチに答え、クモコドクは右手の爪をかまえる。
「くっ…………!
 こうなったら……!」
 この状況を打開するには、この糸から脱出するしかない。だが――それを行うためには今自分が発揮できる以上の火力を生み出さなくてはならない。
 現状でそれを可能とする手段はひとつしかない――ジュンイチはブレイカーブレスへと“力”を集め――吼えた。

「ブレイク、アァップ!」
 ジュンイチが叫び、眼前にかまえたブレイカーブレスが光を放つ。
 その光は紅蓮の炎となり、ジュンイチの身体を包み込むとクモコドクの糸を焼き払い、人型の龍の姿を形作る。
 そんな中、ジュンイチが腕の炎を振り払うと、その腕には炎に映える蒼いプロテクターが装着されている。
 同様に、足の炎も振り払い、プロテクターを装着した足がその姿を現す。
 そして、背中の龍の翼が自らにまとわりつく炎を吹き飛ばし、さらに羽ばたきによって身体の炎を払い、翼を持ったボディアーマーが現れる。
 最後に頭の炎が立ち消え、ヘッドギアを装着したジュンイチが名乗りを上げる。
「紅蓮の炎は勇気の証! 神の翼が魔を払う!
 蒼き龍神、ウィング・オブ・ゴッド!」

「何だと!?」
「思ったとおり。
 変身の時に展開される火炎フィールドの火力なら、焼き払うのは簡単だったぜ」
 まさか脱出されるとは思っていなかった――驚愕するクモコドクの言葉に、ジュンイチは余裕の笑みと共にそう答え――
「け、県令様……!?」
「――――――あ」
 背後から聞こえた声に、ジュンイチは朱里の存在を思い出した。
(し、しまった……!
 “力”のことはバラさないように、と思ってたのに……!)
 モロに着装の瞬間を見せてしまった。自分のうかつな行動を呪いつつも、どうごまかすか、ジュンイチは必死に思考をめぐらせ――
「スキだらけだぞ、柾木ジュンイチ!」
「あ、危ない!」
 気づいた朱里が声を上げると同時、クモコドクがジュンイチへと襲いかかり――
「やかましいっ!」
 ジュンイチは決してクモコドクのことを忘れたワケではなかった。振り向きざまに拳を振り下ろし、直撃を受けたクモコドクは顔面から地面に突っ込む。
「ったく、人が深刻に悩んでるのをジャマしやがって……つくづく人を不快にさせてくれるヤツだな、お前わ」
 うめいて、ジュンイチは“紅夜叉丸”をかまえ、
「まぁ、いっか。
 朱里のことは後回し。まずは――お前をブッ倒させてもらうとしようか」
 告げると同時――“紅夜叉丸”は爆天剣へとその姿を変える。
「なめるな、人間風情が!」
 対し、クモコドクは余裕綽々なジュンイチの態度が気に入らなかったらしい。怒りの咆哮と共に飛び起き、ジュンイチに向けて糸を吐き放ち――
「はい、ムダな努力をご苦労さん♪」
 ジュンイチはそれらの糸を、ことごとく爆天剣でからめ取り、クモコドクとの引き合いに転じる。
「フンッ、これでその剣は使えまい!
 このまま引き寄せて――叩きつぶしてやる!」
 口から切り取った糸を力任せに引っ張り、クモコドクが吼え――
「………………なら!」
 対し、ジュンイチは糸をからめ取ったままの爆天剣を思いっきり振りかぶり――
「てぇりゃあっ!」
 投げつけた。
「な――――――っ!?」
 まさか、迷いもなく武器を手放すとは――驚くクモコドクだが、自分の引っ張っていた力とジュンイチの投力によってケタ外れの加速を遂げた爆天剣をかわすことはできなかった。斬れ味の鈍りなど関係なく、爆天剣はクモコドクの身体を貫き――
「オマケ!」
 『オマケ』と言うにはあまりにも大きなものが飛んできた。飛び込んできたジュンイチはクモコドクの腹に突き刺さった爆天剣に正確に蹴りを一発。そのままの勢いで壁に叩きつけ、まるで昆虫標本のように磔にしてしまう。
 そして、ジュンイチは爆天剣に手をかけ、
「朱里のこと磔にしやがったオシオキだ。
 そのまま――燃え尽きやがれ!」
 瞬間――爆天剣の刀身から炎が巻き起こった。クモコドクの身体を内側から焼き尽くし――全身の穴という穴から炎を噴出し、クモコドクの身体は炭化し、崩れ去っていった。
 

「信じられない……
 人の身でありながら、蠱毒獣を苦もなく……」
 その光景は、泰山の干吉達も目の当たりにしていた。いともたやすくクモコドクを撃破して見せたジュンイチの姿に、干吉の顔から余裕の色は完全に吹き飛んでいた。
「大したものだ……
 “喰われて”いてもあれほどの力とはな……」
 一方、左慈もジュンイチの勝利は予想外だった。褒め称えるかのようなその言葉も、声色は苛立ちに満ちている。
「さて……どうする? 干吉」
「安心してください、左慈」
 尋ねる左慈にそう答えると、干吉は両手を合わせ、胸元で印を結んだ。
「戦いは……まだ終わってはいません」
 

「最初に出てくるクモ怪人はザコだっつーのは、もはや世界によって定められたお約束なんだよ」
 冷たく言い放つと、ジュンイチは爆天剣を壁から抜き放った。そのまま朱里の元へと向かうと、刃を器用に使って彼女をクモコドクの糸から解放してやる。
「大丈夫?」
「あ、はい……」
 尋ねるジュンイチに答え、朱里はジュンイチを見上げ、
「えっと……県令様……
 その“力”は……?」
「あ…………いや、えっと……」
 飛び出してきたのは最も恐れていた質問――朱里の問いに、ジュンイチはどうごまかそうかと視線を泳がせ――
「――――――っ!?」
 気づいた。朱里をかばい、身構えるその目の前で、すっかり炭化し、崩れ落ちたはずのクモコドクの亡骸が突然震え始める。
「なっ、何ですか!?」
「こいつぁ……!」
 驚き、声を上げる朱里だが――ジュンイチには心当たりがあった。
 そして、その予感は的中――クモコドクの亡骸は一ヶ所に集まり、さらに巨大化。巨大クモコドクとして再生、復活する!
「………………また、このパターンですか……」
 怪人態が倒されたら巨大化復活――瘴魔といいこいつらといい、どうしてこうも“お約束”を守ってくれるのか。夢であってほしいこの現実に、ジュンイチは思わずため息をつき――
「――――――ちぃっ!」
 同時、クモコドクが足を振り上げた。朱里を抱きかかえて離脱し、クモコドクの踏み付けをかわす。
「朱里はどこかに隠れてろ!」
「け、県令様!」
 告げて、朱里を路地に下ろすジュンイチ――朱里が声を上げるが、かまわず背中の翼を広げ、クモコドクに向けて飛翔する。
「てめぇの狙いはオレだろ!
 だったらオレに向かって来い!」
 言い放ち――その翼が炎に包まれ、炎はやがて拳の一点に収束していく。
(放出系の攻撃ができない――なら、それ以外の攻撃を叩き込むまで!)
號拳龍炎ストライク・ギガフレア!」
 咆哮と共に突撃。拳にまとった炎を渾身の力で叩きつけ――
「――――――がぁっ!?」
 通じない。逆に触手で思い切り打ち据えられ、ブッ飛ばされる!

「何なんだ、あの怪物は!?」
 その様子は、飛び出していってしまったジュンイチの姿を懸命に探していた愛紗も気づいていた――もっとも、相手はあれだけの巨体だ。気づかない方がおかしいのだが。
 その正体はわからないが――少なくとも自分達に害を与える存在であることはわかった。すぐに振り向き、鈴々に告げる。
「鈴々、すぐに簡雍に連絡を!
 住人達を避難させるんだ!」
「うん!
 愛紗は!?」
「ご主人様を探す!」
 鈴々に答え、愛紗はクモコドクへと視線を向けた。
「もし、ご主人様があの怪物に気づいて飛び出していったのだとすれば……!」
 きっと、ジュンイチはあの近くにいる――青龍偃月刀を握る手に力を込め、愛紗は再び駆け出し――
「………………ん?」
 気づいた。
 自分とクモコドクを結ぶ延長線上――はるか前方の空から、こちらに向けて飛翔してくる存在に。
「あれは……?」

「ってぇ……!」
 すでに受けたカウンターの回数は10回を越えた――瓦礫の中から身を起こし、ジュンイチは口の中に入ったほこりをペッペッ、と吐き出した。
「効かないワケじゃないんだよなぁ……デカすぎて大したダメージにならないだけで」
 うめき、クモコドクを見上げ――とっさに横に跳んで振り下ろされた足をかわす。
「とはいえ、あきらめるワケにもいかないしね……」
 つぶやき、先程自分が一撃を叩き込んだ場所――クモコドクの顔面の焼け焦げた傷へと視線を向ける。
「再生の気配なし――回復力はそう高くはない、か……
 ブッ倒れるまで攻撃を叩き込めば、なんとかなるかな……」
 とてつもなく気の長い話になりそうで、ジュンイチは思わず苦笑し――
「県令様!」
「げ――――――っ!?」
 突然上がった声に思わずうめく。
 すぐそばに朱里がいる。たまらず出てきてしまったのか――いや――
(オレが、すぐそばに叩き落されちまったのか……!)
 舌打ちするが、それで事態が変わることはない。とっさに彼女の元へと飛び、その身体を抱きかかえて離脱を試みる。
 だが――それを許すクモコドクではなかった。口から糸を吐き放ち、ジュンイチ達をまとめて地面に縫い止めてしまう。
「きゃあっ!?」
「こっ、こら、動くな! キツいんだから!」
 あわてる朱里にジュンイチが声を上げるが、そんな彼らに向けてクモコドクは足を振り上げる。
「く――――――っ!」
 朱里が一緒では炎でムリヤリ焼き切ることもできない。どうすることもできないジュンイチと朱里に向け、巨大な足が振り下ろされ――

 

 次の瞬間、轟音が響いた。
 

 同時、頭上から影が消える――身動きの取れない中なんとか首だけを動かし、ジュンイチは何が起きたのかを確認し――
「――――――っ!?」
 そこにいた、意外な存在を見て目を見開いた。
 だが――同時に思い出す。
 自分をこの世界に“飛ばした”あの異変の際、その場にいたのは自分だけではなかった――“彼ら”もまた、あの場にいたのだ。
 驚愕しながらも――駆けつけてくれた心強い援軍の名を叫ぶ。
「…………ゴッドドラゴン!」
「グァオォォォォォッ!」
 その呼びかけに答えるかのように、蒼き龍神は天高く咆哮。倒れたクモコドクをにらみつける。
 そして――
「ジュンイチ!」
 ゴッドドラゴンがいるのなら、当然その分身である彼もいる。声を上げ、姿を見せたブイリュウがジュンイチの元へと舞い降り――
「………………お邪魔だった?」
「バカ言ってないで助けやがれ、この色ボケプラネル!」

 はたから見れば朱里と抱き合っている形だ――尋ねるブイリュウに、ジュンイチは力いっぱい言い返す。
 そうしている間にも、クモコドクは体勢を立て直していた。ゴッドドラゴンを前に、警戒もあらわにうなり声を上げる。
「ゴッドドラゴン! ヤツを街の外へ!」
 街を巻き込むワケにはいかない――告げるジュンイチの言葉に、ゴッドドラゴンはうなずくと同時翼を広げ――次の瞬間、爆発的な加速と共に突撃し、クモコドクをつかまえて街の外へと飛び出す!
 そのままクモコドクを放り出し、大地に叩きつけられたその巨体に口から放つ火球“ドラゴンブラスト”を連発。瞬く間にその身体が炎に包まれる。
 しかも――ただ考えなしに乱発しているワケではない。周囲への着弾で逃げ場を奪うと共に、直撃弾は的確に四肢や触手に叩き込み、クモコドクの動きを封じていく。
 逃げ場もなく、さらに全身を焼かれたクモコドクはついにその場にヒザをつき――ゴッドドラゴンが放ったとどめの一撃が、その頭部を吹き飛ばす!
 頭部のなくなったクモコドクの身体はゆっくりと大地に崩れ落ち――大爆発を起こし、その身体は四散、焼滅した。
「グァオォォォォォッ!」
 夕闇の迫る荒野に、ゴッドドラゴンの勝利の雄叫びが響き渡ったのは、その直後のことだった。

「……終わったみたいだな」
 クモコドクの焼滅は、ジュンイチも気配で感じていた。ブイリュウが牙で切ってくれた糸を身体から引きはがしながらつぶやく。
「大丈夫か? 朱里」
「あ、はい……」
 尋ねるその問いにうなずき――朱里はジュンイチに尋ねた。
「えっと……あの怪物は……?」
「ゴッドドラゴンが倒してくれたよ。
 正体については……とりあえず、バケモノ、としか言いようがないんだけどなぁ……結局どこのドイツかもわかんねぇままだし」
 自分が目的だとはわかったが、結局その出自はわからずじまいだ――困ったようにうなずき、ジュンイチは頬をかく。
「とにかく、今回のことは極力他言無用で頼む。
 あの怪物についてはまだごまかしが効くけど……オレの“力”については、これ以上“天の御遣い”だ何だと持ち上げられたくないからな」
「あ、はい……」
 うなずく朱里の頭を、ジュンイチはクシャクシャとなでてやり、
「じゃ、いろいろあってバタバタしちまったし、今日はもう休め。
 愛紗から話は聞いた――ちゃんと腹を割って話ができる機会を作るからさ」
「………………はい!」
 自分のその言葉に顔を輝かせ、改めて宿への帰路につく朱里をジュンイチは見送る――

 

 だが、ジュンイチは気づいていなかった。

 朱里の笑顔の、本当の意味に。

 

 

「もう、大変だったんだからね。
 あの時、変な光に飲み込まれたと思ったら、気づけばゴッドドラゴンと二人で荒野のド真ん中。
 その上ジュンイチもあまり“力”を使ってくれないからなかなか位置を特定できなかったし……」
「ったく、それについては謝ったろ。
 こっちだって使い勝手が悪いとわかった“力”をホイホイ使うほどヒマじゃねぇし――何より、この通り県令としてのお仕事が山盛りなんだよ」
 クモコドクの戦いから1夜明け――愚痴をこぼすブイリュウにジュンイチはそう答えると机の上の書簡の山を両手で指し示す。
 先日、帰ってからは一波乱――連れて帰ったブイリュウの出自は懸命にごまかしたものの、これで“天の御遣い”扱いがさらに加速することは避けられまい。
 その上、クモコドクについてもなんとかごまかさなくてはなるまい――考えれば考えるほど頭の痛くなったジュンイチは思わずため息をつき――その時、突然扉がノックされた。
「どーぞー」
「失礼します」
 ジュンイチの応答に答え、入ってきたのは愛紗だった。
「あぁ、愛紗か。
 昨日の怪物のことか?」
「はい」
 尋ねるジュンイチに答え、愛紗は手にした書簡へと視線を落とし、
「先日の怪物は――」
 

「孔明を――朱里を襲い、蠱毒獣、クモコドクと名乗ったそうです」
 

「………………はい?」
 彼女の口から放たれたのは予想外の報告――愛紗の言葉に、ジュンイチは今や口ぐせとなりつつある間の抜けた声を上げていた。
 自分をおびき出すためにクモコドクが朱里を襲ったことを知る者は限られている。なのになぜ愛紗が――
 目を丸くするジュンイチだったが、なおも愛紗は続ける。
「なお、クモコドクは駆けつけた何者かによって撃退。巨大化するも飛来した巨大な青い龍によって場外まで運ばれ、撃破されたとのことです」
「………………何だって?」
 それは別の意味で予想外――愛紗の口ぶりから、彼女は怪人態のクモコドクを倒したのが自分だとは気づいていないようだ。
 どういうことなのかとジュンイチは眉をひそめ――だが、彼女の後ろから姿を現した人物を見た瞬間、その疑問はことごとく氷解した。
 その人物とは――
(朱里、お前の仕業か……)
 つまりは彼女が口裏を合わせてくれた、ということで――目配せするジュンイチの意図を汲み取ると、ブイリュウは愛紗に街の案内をせがみ、そのまま県令室から連れ出していく。
 人払いはこれで完了――息をつき、ジュンイチは改めて朱里へと向き直った。
「口裏合わせ、感謝するよ」
「どういたしまして♪」
 まずは礼を言うジュンイチに、朱里は笑顔でうなずき――

「だって……本当のことがバレたら、いろいろと困るんですよね?」

 いい笑顔だ――ほんっとーにイイ笑顔だ。キラキラと輝くその笑顔を前に、ジュンイチは思わず天を――天井を仰いだ。
 『後日会う機会を』と言っておいたにも関わらず現れたこと、そして口裏合わせの意図――考えるまでもなかった。
 つまり、朱里は『“力”のことをバラされたくなければ自分を雇え』と言っているワケで――
「…………くそったれが。
 なかなかにしたたかじゃねぇか……」
「でなければ、軍師なんてできませんから♪」
 満面の笑みで答えてくれる。
「愛紗達といいこの街の連中といい、やってくれるぜ、まったく……」
 “天の御遣い”になること、啄県の県令となること、そして今回――なんだかここ最近、交渉関係では負け続きだ。戦乱の世における人の強さというものを痛感させられ、ジュンイチは改めて頭を抱える。
「どいつもこいつも……オレに選択権を与えないつもりか……?」
 そううめく間も、朱里の顔から笑顔が消えることはなく――ついにジュンイチは白旗を揚げた。
「わかったよ。
 お前は今日から、ウチの軍師だ」
「はい、ご主人様♪」
 元気に返事する朱里の姿に、ため息をつくジュンイチだったが――

「………………あ」

 気がついた。
 最初の出会いから数えて、朱里の訪問はこれが3回目。つまり――
「………………“三顧の礼”だ……」
「はい?」
「あぁ、なんでもない。こっちの話」
 聞き返す朱里に答え、ジュンイチは苦笑まじりに肩をすくめてみせる。
(ったく、逆に向こうが3回押しかけてくるパターンで来やがったか……)
 前回の“桃園の誓い”といい、またしても変則パターンだ――歴史を知っていても、なかなか主導権は握らせてもらえないらしい。
「やれやれ、だな……」
 先日同様に曇りのない青空を見上げるが――

 

「……ま、それも退屈しなくていっか♪」

 今日の太陽は、ひたすらに心地よく輝いていた。

 

 Mission Complete……


 

(初版:2007/03/27)