「んー、今日も平和で何より何より♪」
かみしめるのは久方ぶりの平穏な日々――クモコドクとの戦いによる街の被害や人心の動揺に対する事後処理もなんとか目処がつき、実に数日振りの「日中の自由」を手にしたジュンイチは、県庁内の庭をぼんやりと散策していた。
「県庁」といっても言わば街の最終防衛拠点だ――その造りはまさに城。日本の城に例えるなら差し詰め本丸であり、その規模はかなりのものがある。恥ずかしながらその内部をほぼ完全に把握できるようになったのはごくごく最近になってのことだった。
いや、やろうと思えばできたのだが、忙しい執務の間では城内をすべて見て回るような時間はなかなか取れず、結局ズルズルと先延ばしにしてしまっていたのだ。
(最初の頃は、執務室と厠と、あと厨房くらいしか位置関係を把握してなかったもんなぁ……)
なぜここで厨房が挙がるかと言えば――愛紗以下主要メンバーの食事はジュンイチがまかなっているからだ。元々実家でも家人の胃袋を一手に支えていたジュンイチは、当然のようにこちらでもその役どころに収まろうとしたのである。
当然、最初は「主君を厨房に入れるワケには」とほぼ全員(『ほぼ』なのは鈴々が傍観を決め込んだからだ)から猛反発を受けたが、「ならオレより腕のいい料理人を連れて来い!」と逆ギレしたジュンイチの一言がきっかけとなり【厨房スタッフ一同VSジュンイチ】の料理対決が勃発。レパートリーの差に助けられ見事全勝を収めたジュンイチの肩書きは一夜にして『県令』から『県令兼料理長』へと昇格(?)した。
とはいえ、当然県令としての職務をおろそかにするワケにもいかないため、自然と調理する量は限られ、結果として愛紗らに対象が絞られることとなっていた、というワケである。
たまに簡雍がたかりに来ているが――まぁ、自分の料理が『美味い』と言ってもらえるのは料理人としてうれしい限りなのでとやかく言うつもりはなかった。
閑話休題。
そんなこんなで自分の手にしたものの大きさを少々ズレた視点で実感しつつ、ジュンイチは中庭の散策を続ける。
元の世界でも訪中経験はあるが、やはり文明レベルの差が自然の美しさに反比例するのは悲しい現実のようだ。文明の利器がなくいろいろと不便な反面、やはりこの世界は空気が澄んでいる。人工的な庭園の中でここまで澄んだ空気は、元の世界ではなかなか味わえないものがある。
らしくもないことを実感しながら、中庭を散策することしばし――
「………………ん?」
風が木の枝を揺らす、サラサラと心地よい音の中――まるでそこに溶け込んでいるかのように座り込んでいるその姿を見て、ジュンイチは思わず足を止めた。
「…………気殺でも使ってんのか、アイツわ……」
気配探知には自信のある自分が、危うく見落とすところだった。
あまりにもそこにいるのが自然に思えてくる、それほどまでに気配を感じさせないその姿に、ジュンイチは思わず苦笑して声をかけた。
「朱里、木陰で読書もいいが、敷物くらいはしないとケツが汚れるぜ」
「はぅあ!?
……あ、ご主人様」
「相変わらずなんつー驚き方だよ」
飛び上がらんばかりに驚き、ようやくこちらに気づいた朱里のリアクションがおかしくて、ジュンイチは笑いながら応える。
オロオロと立ち上がろうとするのを手で制し――ふとちょうどいいものを持っていたのを思い出す。
「ほら、これ使え」
言って、懐から取り出したのは1枚の風呂敷だった。
「あ、でも……」
「いいよ、オレの、ってワケじゃないから。
午前中、簡雍が調味料を仕入れてきてくれただろ? その時の包みさ。
洗って干しておいたのを、さっき散歩のついでに取り込んできたんだ」
恐縮する朱里に答えると、ジュンイチは風呂敷を広げ――厚みから二つ折りくらいが妥当と判断し、半分に折って朱里のすぐとなりに敷いてやる。
「ささ、姫、どうぞこちらに♪」
「ひ、姫って、私ですか!?」
「他に誰がいるよ」
「あ、あわわわわ!
わ、私が姫なんて、えっと、そんな……!」
「ワハハ、少しからかいすぎたかな」
肩をすくめるジュンイチの言葉に、朱里もようやく遊ばれたのだと気づいたようだ。ぷぅと頬をふくらませる。
「そう怒るなよ。使っていい、ってのは本音なんだから」
「は、はい……
で、では……お言葉に甘えて……」
ジュンイチの言葉に、朱里は緊張しながら風呂敷の上へと移動し――そんな朱里の緊張によるスキを見逃さないのが我らがイタズラ大王ジュンイチである。
「じゃ、オレも失礼して」
実は風呂敷はもう1枚。手早く朱里のとなりに敷き、自らも腰を落とす。
「ご、ごごご、ご主人様!?」
「オレも休憩。
いいだろ? となり」
「ど、どうぞ!
どぞ……どぞ……」
極度の緊張から完全にパニクっている――未来の大軍師を手玉に取っている優越感に思わず顔がほころぶ。
そんな中、ふと気になったことを尋ねる。
「読書はいいが……何読んでるんだよ?」
言って、ジュンイチは彼女の手元をのぞき込み――
「あぅっ!? なんでもないんです……
うぅ、お恥ずかしい……ごめんなさいゴメンナサイ」
そんなジュンイチに対し、彼女はあわてて手元を隠し――我に返って平謝り。
「えっと……“呂氏春秋”です……
天地、万物の理などはとうにご存知の、“天”が遣わされたご主人様には簡単ですよね」
「でもないさ。
オレの知らないことなんてまだまだ山のようにある。現にその“呂氏春秋”だって、存在を知ってるだけで内容なんて読んだこともないし」
改めて告げる朱里の言葉に、ジュンイチはそう答えて肩をすくめて見せる。
「実際、これからのことだって手探り状態さ。
街の政務はもちろん、黄巾の乱、それからも続くだろう乱後の混乱、こないだの蠱毒獣……問題は山積みだ」
自分の元に朱里が――諸葛孔明が現れたこと。そして先日戦った蠱毒獣の出現。もはやこの世界が自分の知る史実のとおりに進む可能性は皆無に等しい。
正直なところ、細部はともかく大局的には史実に沿って進むと思っていたジュンイチにとって、これは大きな痛手であった。
実際、「先に起こりうることを事前に知っている」ということは備えを固める意味でも大きな武器になる――そんな、ある意味最大のアドバンテージを失ってしまったことになるのだから。
これから先は、完全に自分達の力で立ち向かわなければならない。さすがのジュンイチも気を引き締めずにはいられなかった。
「その辺、ウチの軍師殿はどうお考えかな?」
「そ、そうですね……」
尋ねるジュンイチの言葉に、朱里はやや時間を置いてなんとか緊張を抑え込み、軍師としての顔になった。しばし考え、ジュンイチに尋ねる。
「ご主人様は、実際は自分は“天の御遣い”ではない、とお考えなんですよね?」
「考え、というか『願い』かな、今は。
確かに特殊な“力”を持っちゃいるが、それでもオレはただの人間でいたい――“天の御遣い”なんてご大層な肩書き、一刻も早く投げ捨てたい気分さ。
“天の御遣い”としてのオレじゃない。オレはあくまでオレ――柾木ジュンイチだ。そういう立場でみんなを守っていきたい」
「そうですね……
では、それを踏まえてお答えすると……」
答えるその言葉に、朱里は改めてジュンイチに告げる。
「ご主人様という旗印の下、関羽将軍、張飛将軍……二人の一騎当千を擁し、正道を進まんとする我が軍には大きな可能性があります。
この大きな可能性――芽です。それを大切にしていくのが良いかと。
何も特別な策はいりません。民草に対してはありのままの慈愛を注いでください。そうすれば、民は奮ってご主人様の国を富ませてくれます。
“天の御遣い”じゃなく、とか、自分として、とか……そんな考えは持ち込まないのが得策でしょう。『自分は“天の御遣い”じゃないんだから』という意識は、ここではむしろ不必要な行動の温床になってしまいます」
「なるほど」
「蠱毒獣については――現状ではご主人様に頼るほかはありません。怪人態ならば関羽将軍、張飛将軍でも倒すことは可能でしょうが、巨大化されては、ご主人様の使役する――」
「ゴッドドラゴンのことか?
別に使役してるワケじゃないぞ。あくまで対等な戦友だ」
答えるジュンイチにうなずき、朱里は続ける。
「そう、その“ごっどどらごん”さんでしか、今のところ巨大化した蠱毒獣には対抗できません。
そういったことを考えると、事実上ご主人様しか対応できないのですが……ヘタに動き、ご主人様が戦っていることが知られてしまっては、ご主人様はますます“天の御遣い”として祭り上げられてしまいます。
それを避ける意味でも、正体を隠す方策を一刻も早く講じる必要があると思われます。
ついては、先日の戦いでご主人様がまとわれた鎧――あれは対蠱毒獣専用とし、戦では使用しないこと。鎧をまとわれている時は素顔を隠すこと――これが重要になります。
対応なさっている時の不在については、私の方で口裏を合わせますから」
「悪い、恩に着る」
朱里の提案に思わず素直に礼を言い、ジュンイチは彼女に向けて合掌、一礼する。
「確かに、愛紗みたいにオレを信じてついて来てくれる子がいるんだ。
“天の御遣い”の肩書きは迷わず捨てさせてもらうけど――逆に言えば、後ろ盾になる肩書きがなくなる分、がんばらないといけないんだよな。
蠱毒獣にもこの乱世にも、負けるワケにはいかない。アイツらのためにもな」
「はい。
私も、愛紗さんと同じ気持ちですよ。鈴々ちゃんも、みんな……ですよ」
「ぅわぁ、責任重大だぁ」
「そのセリフ、ちっともイヤそうじゃないですよ」
肩をすくめるジュンイチに苦笑し、朱里もまたそう答えて微笑んでみせる。
「がんばってください、ご主人様。
私達も――負けないくらいがんばっちゃいますから」
「ハハハ、頼もしいな」
朱里の言葉に苦笑し、ジュンイチは青空を見上げ――
「そうだよな……
何はともあれ、まずはがんばるところからだよな」
言って、ジュンイチは元気に腰を上げ、
「じゃ、まずは今日の昼飯の支度で、がんばらせていただくとしますか♪」
「はい、楽しみにさせていただきます♪」
顔を輝かせる朱里の言葉に片手を軽く挙げて応えると、ジュンイチは今日のメニューを吟味しながら厨房へと向かうのだった。
第伍幕
「禍ツの風に立ち向かえ」
紆余曲折を経て、朱里を軍師として迎えたジュンイチ達。
政務においても優れた手腕を発揮する彼女の参入によって、ジュンイチの仕事も大きく効率化されることになった。
おかげで、ジュンイチも時間のゆとりが取りやすくなり――
「ご主人様ぁっ!」
結果、愛紗の怒声が響くことも多くなった。
「まったく、何度言えばわかるのですか。
勝手に警邏に出るのはやめてくださいと毎回毎回……」
「いいじゃねぇか。ちゃんと仕事を終わらせてから出てんだし。
それに、勝手には出かけてねぇぞ。ちゃんと簡雍に断ってから――」
「おひとりで出かけられるのが問題なのです!」
県令室の真ん中で正座し、反論を試みるジュンイチに、愛紗はピシャリと言い放つ。
ジュンイチの脳天には大きなコブ。もちろん愛紗の仕業だ――主君であるはずのジュンイチに遠慮なく一撃を入れる辺り、愛紗も彼のことがわかってきたというところか。
「貴方は今やこの街の中心なんですよ! その身に何かありでもしたら――」
「あるワケねぇだろ。何があろうと返り討ちだっつーの」
「だからって街中でケンカを見かけるたびに乱入しないでください!」
ジュンイチに言い返し、愛紗は思わずため息をつく。
「まったく……ご主人様には県令としての自覚が足りなさ過ぎます」
「ンなコトぁねぇだろ。
これでも『気さくな県令様だ』ってご近所でも評判なんだぞ」
「えぇ、そうでしょうね。
この間も市で鈴々やブイリュウと3人そろって肉まん屋の主人からおすそわけをもらっていたようですし」
「何っ!? 簡雍のヤツ、バラしやがったか!?」
思わずジュンイチが声を上げた、その時――
「お兄ちゃん!」
「ジュンイチ!」
「大変ですぅ!」
口々に声を上げながら、鈴々とブイリュウ、朱里がその場に駆け込んできた。
とたん――
「ちょっと来い!」
ジュンイチはすぐさま鈴々とブイリュウを捕獲。部屋のすみへと連行し、二人に耳打ちする。
「ヤベぇぞ! この間の肉まんの一件がバレてやがる!」
「えぇっ!? バレちゃったの!?」
「むむっ、簡雍の兄ちゃん、裏切ったんだね!?」
「肉まん横流しして口止めしといたのに、なんて恩知らずだ!」
「そんなことしてたんですか……?」
顔をつき合わせて話す3人の言葉に朱里がつぶやくと、
「それより朱里、何があった?」
「はわわ、そうでした!」
尋ねる愛紗の言葉に我に返り、朱里はジュンイチに告げた。
「ご主人様、大変です!」
「どうした?
肉まんが売れすぎて値段が高騰したとか?」
「いい加減肉まんの話題から離れてください」
愛紗にツッコまれた。
「で? 実際のところはどうなんだ?」
「あ、はい……」
気を取り直し、改めて尋ねるジュンイチに、朱里は居住まいを正し、告げた。
「他県からの早馬の報告によると、黄巾党の大部隊が州内に入った、とのコトです!」
「大部隊だと!?
規模は!?」
「およそ2万ほど、とのコトですが……行軍の過程で州内の残党を次々に吸収しているようで……」
「正確なところは不明、か……」
朱里の答えに愛紗がうめくが――ジュンイチの視点は違った。眉をひそめて朱里に尋ねる。
「朱里。
今『行“軍”』って言ったか?」
「あ、はい……
敵は今までの部隊とは違い、組織として規律だった行軍を行っています。おそらく……」
「正規軍、か……
規模から考えても、可能性は高いな」
つぶやき、ジュンイチはしばし考え、
「……朱里。
確か、近くに官軍が野営してたよね?」
「はい。
北平の公孫賛の軍が、黄巾党討伐から領土に戻る途中で……」
「ならこのことを早馬で知らせて、足止めをお願いして」
そう朱里に告げ、ジュンイチは愛紗へと向き直り、
「オレ達も出陣だ。
公孫賛のことはオレも話に聞いてるけど――2万以上の大軍なんて、公孫家自慢の白馬陣でも手に負えないぜ。
それは当然オレ達もだ。撃退しようと思ったら、力を合わせないと……」
「そうですね」
うなずき、愛紗は息をつき、
「では、今のお話の続きは後ほどゆっくり」
サラリと告げられたその言葉に――ジュンイチ達3人は思わず視線をそらしていた。
「おぉ! お前がウワサの“天の御遣い”か!」
合流し、案内された公孫賛の天幕で、ジュンイチは公孫賛本人から熱烈な歓迎を受けていた。
関雲長=愛紗、張翼徳=鈴々、諸葛孔明=朱里――例にもれず公孫賛もまた女の子だった。赤毛が印象的な勝気そうな少女である。
「へぇ……パッと見た感じはそう強そうに見えないけど、さすが、っつーかスキがないねぇ。
からかいがてらちょっと打ち込んでみようかとも考えてたんだけど」
「愛紗達がブチキレるからヤメテ」
公孫賛の言葉に苦笑し、ジュンイチは周囲を見回し、
「にしても……もうけっこう兵力削られてるかと思って覚悟してきたんだけど……意外に被害受けてねぇな。
さすがは白馬陣の公孫賛だな」
「ハハハ、そんなにほめても何も出ないよ」
今度は公孫賛が苦笑する番だった。ジュンイチの言葉に肩をすくめ――
「…………チッ」
「待て。
お前ナニを狙ってた?」
もれた舌打ちを聞き逃さず、公孫賛はジト目でジュンイチをにらみつける。
が――そのまま文句を垂れるかと思われた公孫賛は突然ため息をつき、
「だいたいなぁ、被害が少なくて当たり前だよ。
何しろほとんど戦ってないんだからな」
「………………は?」
その言葉に、目を丸くしたジュンイチは思わず愛紗と顔を見合わせる。
「戦っていない……とは、どういうことですか?
2万以上もの軍勢が、ただ何もしないでにらみ合っている、と?」
「いや、何もしてない、ってワケでもないんだけど……」
尋ねる愛紗に公孫賛が答えると、
「ヤツらは、こちらのことなど完全に無視してくれているのだ」
そう告げたのは公孫賛ではなかった。
彼女の後ろに控えていた、槍を携えたひとりの少女である。
「お主は?」
「これは失礼。
姓は趙、名は雲。字は子龍――公孫賛殿の元で、客将として世話になっている」
尋ねる愛紗に答えた少女の言葉に、ジュンイチは思わず眉をひそめた。
「趙雲、って……まさか、以前袁紹んトコにいたっていう、あの常山の趙子龍か!?」
「いかにも。
彼女の元を見限り、諸国を巡っていたところ、公孫賛殿からお誘いを受けてな」
尋ねるジュンイチに、趙雲は自信に満ちた笑みと共にそう答える。
「そうか、お主があの……
我が名は関羽。字は雲長という」
「存じているよ。
そちらの小さい方が、張翼徳と諸葛孔明であろう?」
「むーっ! 鈴々はちっこくないのだ!」
「私だって、大人ですもん!」
「はいはい。ちょっとは成長してよね、二人とも」
趙雲に対し抗議の声を上げる鈴々や朱里を制すると、ジュンイチは公孫賛へと向き直り、
「で? 無視されてる、ってどういうこと?」
「連中、この先の山の上に陣を構えたんだけどさ……あたしらをほったらかしにして、そこから出てこようとしないんだ」
「山の上……ですか?
2万もの大軍を抱えているんですから、山頂だけでなく麓にも陣を張るのが定石だと思いますが……」
「あぁ……確かにおかしな話だな。
山頂に戦力を集中させたら、あっという間に包囲されてハイ、おしまい、だろうに……」
実際、三国志に登場する合戦の中にも1件、山頂に戦力を集中して陣を張ったがために包囲され、壊滅させられたおバカの事例がある――思わず眉をひそめ、ジュンイチは朱里に同意するが、
「そんなもの、実際にぶつかってみればわかることではないですか?」
いきなりそんなことを言い出したのは趙雲である。
「そういうワケにもいかないだろう。
もし敵が何らかの備えをしていた場合、甚大な被害を受けることになる」
「しかし、向こうが何も仕掛けてこない以上、こちらから挑んで相手を動かすしかあるまい?
敵が動かなければ、備えの内容もわからないのだし」
危険を伴う提案にやはり異論を挟む愛紗だが、趙雲もまた平然と返す。
「し、しかし……!
ご主人様、ご主人様からも言ってください!」
「って、オレに来るか!?」
いきなり話を振られ、思わずジュンイチは声を上げる。
もちろん、ジュンイチも趙雲の提案が乱暴だとは思うが――その前に確認すべきことは確認しておく。
「敵が陣取ってる、っていう山の地形は?」
「山頂に続く道は1ヶ所。切り立ったガケにはさまれた谷間だけだ。
敵さんも、さすがにそこには兵を置いてるけど……」
「なるほど……」
公孫賛の答えに、ジュンイチはしばし考え、
「すまん、愛紗。
オレも趙雲に賛成だ」
「ご主人様!?」
「どう動くにせよ、敵の出方がわからなければうかつなことはできないってことだ。
敵の手の内を知る意味でも、こちらから仕掛けるのもひとつの手だろ」
思わず声を荒らげた愛紗に答えると、ジュンイチは趙雲へと向き直り、
「とはいえ、愛紗の言うとおり仲間を危険にさらすワケにはいかない。
攻撃はする。けど、それは『これだけ連れてけば敵が動くだろう』っていう最小人員で、だ。
谷間という地形を考えれば、敵もそう大規模に部隊を展開できない。多少こっちの数が少なくても問題はないはずだ」
「ふむ……確かにな。
趙雲もそれでいいな?」
「うむ。よかろう」
確認する公孫賛の言葉に趙雲がうなずき、話のまとまった一同は出陣の準備のために一度解散となった。
「ご主人様……」
「言うな。オレだって慎重論に行きたいさ。
兵のみんなを危険にさらしたくない、って言うオレの基本方針は、以前も今も変わらないんだからさ」
こちらも陣に戻ろうと帰路に着いたが――やはり今回の作戦が不満なのか、眉をひそめる愛紗の言葉に、ジュンイチは肩をすくめてそう答える。
「けど、敵は2万以上の大軍。こっちは啄県の守備軍5千に公孫賛の軍が……見た感じ同じぐらいだから計1万、ってところか。
グズグズしてたら、それこそ数に物を言わせて踏み潰される――現状でオレ達が勝機を見出すには、敵陣に続く唯一の道である谷間を押さえて、数の不利を解消する以外にはない」
「ですが……」
「ま、心配すんな。
オレ達が出て、危ない分を少しでも多く引き受けてやればいいんだし」
なおも告げる愛紗に答え、ジュンイチは彼女の肩をポンと叩き、
「そんなワケだ。
愛紗、お前の大暴れにも期待してるぜ」
「は、はい!
ご主人様に期待していただけるとあっては、この関雲長、持てる力のすべてをもって戦い抜いてみせます!」
(うまく愛紗さんを乗せちゃいましたね……)
(ジュンイチ、あくどーい)
ジュンイチの言葉に奮起し、愛紗はまさに大張り切り――こちらに向けてこっそりVサインを見せるジュンイチに、朱里とブイリュウは内心でため息をついていた。
そして――
「あの谷か?」
「あぁ……
黄巾党の陣はあの谷を抜けた先――さっきも言ったとおり、あの谷以外に山頂に向かう道はない」
先遣隊を組織し、谷の入り口までやってきた一行の中で、尋ねるジュンイチに公孫賛はそう答える。
「うーん……ますますわかんないです……
あの谷しか出入り口がない、となれば、確かにあそこを抑えればあの山は天然の要害として機能しますけど……あの山に大軍を全部つぎ込んだ意味がわかりません。
あれだけの要害ともなれば多少の攻撃では落ちません。防衛のための兵のみを残して、残りは外での略奪や官軍との戦闘に向けるのが常道だと思われますが」
「確かになぁ……
2万以上の大軍なんて、普通に陣を張ってちゃそれだけでいっぱいいっぱいだ。万一攻め込まれても迎撃のために部隊を展開できないはずだ。
それをムリヤリ山頂に押し込めてる以上、あえてそうしてると思えない。何か理由があるんだと思うけど……」
つぶやく朱里に同意すると、ジュンイチは公孫賛へと向き直り、
「敵将についての情報はないのか? 指揮官とか」
「なーんにも。
何しろ敵さん、あそこに引きこもったまま出てこないからなぁ……」
尋ねるジュンイチの問いに公孫賛が肩をすくめると、
「ともかく、こちらも亀のように首を引っ込めたままでは始まりますまい。
そのためにここまで出てきたのでしょう?」
そう言い出すと、趙雲は手にした槍を肩にかつぎ、
「私は先に行こう――皆が来るまでに敵の情報を仕入れておく」
「あ、待て、趙雲!」
あわてて制止の声を上げる公孫賛だが――すでに趙雲は駆け出していた。制止の声も耳に届かず、あっという間に先行していってしまう。
「まったく、アイツは……」
「やれやれ、しょうがないね。
偵察、っつっても敵の前に身をさらすワケだし――見捨てるわけにもいかんか」
うめく公孫賛に答え、ジュンイチは“紅夜叉丸”を抜き放ち、
「オレ達も出るぞ。
普段と違って、戦闘能力の高いオレ達主要武将を前面に押し出す隊列で行く。いいな?」
「そんな……危険です!」
告げたその言葉に、当然のように声を上げる愛紗だったが、
「敵の情報のないところにこれから突っ込んでいくんだぜ。前面にいようが後ろにいようが危険度はさほど変わらないさ。違う?」
「そ、それは……」
ジュンイチはあっさりと反撃。愛紗の抗議を封じてしまう。
「同じ危険なら、戦闘能力の高いオレ達で前面を固めておけば、後ろに続くヤツらのための露払いにもなる。
適材適所にメンツを配置した結果だ。文句は言わせん」
「うぅ……」
うめく愛紗からはとりあえず視線を外すと、ジュンイチは朱里へと向き直り、
「とまぁ、そんなワケで自身の戦闘力がカケラもない朱里には後衛を任せる。
連中が何をしてくるかわかんねぇからな。後ろから観察して、分析してもらいたい」
「はい」
朱里がうなずくのを確認し、ジュンイチは愛紗や鈴々と共に先遣隊の先頭に立ち、趙雲の後を追う。
そのまましばし、彼らは何事もなく行軍し――
「…………あれ?」
ジュンイチの目が、前方で岩陰に身を潜めている趙雲の姿を捉えた。てっきり偵察どころか突撃までやらかしているんじゃないかと思っていたのだが――
「趙雲……?
どうしたんだよ?」
「おや、“天の御遣い”殿か。
あれをご覧ください」
声をかけるジュンイチに答え、趙雲は行く手に見える黄巾党の陣を指さした。
陣の中ではためく軍旗、その旗印は――
「……『宝』の字……?
まさか――張宝か!?」
「ちょーほー?」
「黄巾党の首領、張角の“妹”っスよ、張飛嬢ちゃん」
「まったく……自分の戦っている相手のことくらい、少しは知っておけ」
首を傾げる鈴々に、簡雍と愛紗はため息まじりにそう答え、
(ここでも性別反転かい……)
こちらも別の意味でため息――ある意味予想通り過ぎる展開に、ジュンイチは心なしか頭痛を覚えてこめかみを押さえ――
「………………ん?」
ふと違和感を覚えて顔を上げた。
いつの間にか風が出てきている。だが、これは――
(…………“力”の風……?
けど、これって……?)
胸中で首をかしげ、ジュンイチは眉をひそめ――
「ふははははっ!
やってきたわね、漢室の犬どもが!」
突然、辺りに高らかな笑い声が響いた。
見ると、黄巾党の陣の前に、兵を率いたひとりの女性の姿がある。
おそらくは彼女が――
「しかし! すでに我が術は成った!
この私、地公将軍、張宝の妖術の前にひれ伏すがいいわ!」
そう告げると同時――風が勢いを増した。強烈な突風となってジュンイチ達の方へと吹き荒れる。
「敵の妖術か!
ご主人様、お下がりを!」
「待て、愛紗!」
とっさにジュンイチを下がらせようとする愛紗だったが、ジュンイチはその手を振り払い、告げた。
「この風……どこかおかしい」
「当然です!
あの張宝が起こしている妖術なのですから……」
「いや――そういう意味じゃない。
この風……“術で起こしているからこそおかしい”んだ」
「どういうこと?」
愛紗に告げたジュンイチの言葉に鈴々が尋ねるが――
「――――――げっ!?」
ジュンイチに答える余裕などありはしなかった。張宝の背後の兵が、こちらに向けて一斉に弓を構えたからだ。
この強風の中で弓を射られたりしたら――
「――マズい!
全員隠れろ! 矢が来るぞ!」
ジュンイチの言葉に、愛紗達はあわてて岩陰に隠れるが、強風に動きを封じられ、隠れられない兵が数名。このままでは――
「ちぃっ!」
叩き落すしかない――舌打ちし、ジュンイチが鉄剣を抜き放ち、“紅夜叉丸”と共にかまえるのと、張宝の兵が矢を放ったのはほぼ同時だった。
強風に乗り、通常よりも大きく加速した矢が無数に飛来し――
「柾木流――気功技!」
――雷鳴斬!
ジュンイチの両手の刃からから雷光が放たれた。二振りの剣によって凝縮された雷光は強風を貫き、その流れを乱す。
当然、その風に乗っていた矢も軌道が乱れた。ジュンイチ達の脇を駆け抜け、あさっての咆哮に消えていく。
「っぶねぇな、おい!
いきなりなんて攻撃しやがる!」
すかさず抗議の声を上げるジュンイチだが、そんな彼に答えることなく、張宝はむしろ感嘆の声を上げた。
「あらあら、まさか今のをそんな方法で防いじゃうなんてね。
貴方の妖術もなかなかのものじゃない」
「よ、妖術だぁ!?」
張宝の言葉に、ジュンイチは思わず怒りの声を上げた。ビシッ! と張宝を指さし、言い返す。
「こいつぁ気功だ、気功!
てめぇのチャチな妖術と一緒にすんじゃねぇ!」
「な、何ですってぇ!?
私のこの妖術がチャチだなんて、どの口が言ってるのよ!? どの口が!」
反論したジュンイチのその言葉はさすがに聞き逃せなかったか、張宝もまたムキになって言い返し――
「ち、ちょっと、旦那!」
「そんなことやってる場合じゃないだろ!」
エキサイトしたジュンイチをあわててなだめるのは簡雍と公孫賛だ。
「あんな攻撃をされたんじゃ、こっちはまともに戦えない!
ここは一旦退くんだ!」
「退くだぁ!? 何ほざいてやがる!
オレはアイツをブッ飛ばす! せめて一発殴らせろぉっ!」
「って、さっきまで説いていた慎重論はどこへ行ってしまったんですか!?」
公孫賛に言い返すジュンイチに愛紗がツッコむが、それで自慢の技を妖術扱いされたジュンイチの怒りが収まるはずもない。
「仕方ない……
関羽! このまま担いで帰るぞ!」
「は、はい!
簡雍、鈴々、手伝え!」
「合点!」
「う、うん!」
「はぁなぁせぇ〜〜っ!
オレを戦場に解き放てぇ〜〜っ!」
なおもわめき散らすジュンイチを担ぎ上げ、愛紗達は戦闘をあきらめ撤退していく。
敵からの追撃はない。なぜなら――
向こうも、エキサイトする張宝をなだめるので必死だったから――
「被害は?」
「は、はい……
ご主人様が敵の攻撃を防いでくださったおかげで、事実上部隊は無傷です……」
そう答える朱里の声は怯えきっている――だがムリもない。何しろ尋ねる側の機嫌が最悪で、さっきから周囲にガンガン怒気をまき散らしているのだから。
「どうしたの?
ジュンイチ、なんかすっごく機嫌悪いけど」
「まぁ……いろいろあった、とだけ言っておこうか」
陣で留守番していたブイリュウが尋ねるが、なんだか説明するのもバカらしい気がして、愛紗はそう答えるに留めておく。
「しかし……張宝の妖術も、あながちバカにはできんな」
「あぁ。
あれがある限り、うかつには攻められないぞ」
ともかく、対策を立てなければ始まらない――つぶやく趙雲に公孫賛がうめくが、
「あんなの、カラクリがあるに決まってんだろ」
そう告げたのは、未だにムスッとしているジュンイチである。
「どういうことですか?」
「そういえば、さっきも言ってたよね。
『術で起こした風だから逆におかしい』って」
愛紗と鈴々の問いに、ジュンイチはようやく機嫌を直して二人に答えた。
「あの風が張宝の術で起こされたものだ、っつーのは、まず間違いない――ヤツの“力”を感じたからな。
ただ――弱すぎたんだよ」
「弱すぎる?
そんなことはないでしょう。あれほどの強風が――」
「あー、そうじゃなくてね」
反論しかけた愛紗を制し、ジュンイチは肩をすくめる。
「弱すぎた、っつーのは風じゃなくて、“力”の方さ。
あれだけの強風を起こしていたにしては――それを起こした張宝の“力”があまりにも弱すぎたんだ。
“力”を知覚できないお前らじゃわからない感覚なんだろうけど……そうだ、『安物の木の箸で豚の丸焼きを丸ごと持ち上げようとしている』ようなもの、って言えばわかるか?」
「なんとなくわかりますけど……」
「なんだかビミョーなたとえだね」
「たとえたオレもそー思う」
簡雍と鈴々の言葉に苦笑し、ジュンイチは続ける。
「とにかく、あれだけの風を起こすには、張宝の使った“力”はぜんぜん力不足だったんだ。
何か別の要因で、起こした風を強化していた、と考えるべきだ」
「別の要因、ですか……」
思わず眉をひそめ、愛紗が考え込んでいると、
「…………そういうことですか」
一同に先駆けて真相にたどり着いたのは案の定、と言うべきか――朱里だった。
「どうしてあんなところを拠点にしたのか……その辺りも含めて、全部わかっちゃいました」
「どういうことだ?」
「張宝さん達は、あの山の……というか、あの谷の地形を利用するために、あの山に陣を構えたんです」
ジュンイチにそう答えると、朱里は指示棒を取り出すと地面に図面を描き、説明を始めた。
「あの谷は、下の方の道こそ狭いですけど、上に進むほどに土地が開けていく構造になってます。
つまり――逆から見れば、山頂から降りていくほど道は狭くなっていくワケです」
「あ………………」
朱里の言葉に、ジュンイチも気づいた。ポンと手を叩いて納得する。
「そういうことか……
上の方から下っていくと、道はどんどん細くなる――つまり、下に向かっていくに連れて、その道を進んでいるものは人でも風でも次第に狭い範囲に集められていくことになる。
山頂じゃそよ風程度の風だったとしても、それが一点に集中する麓じゃ、強烈な突風になっちまう――張宝はそれを利用したんだ」
そうつぶやくと、ジュンイチは朱里から指示棒を受け取り、彼女の描いた図面に書き足す形で説明を始めた。
「カラクリはこうだ。
まず、張宝は陣を出て、谷の真ん中辺りの地点、自分達の陣が見えてくる辺りで敵を待ち受ける。
で、敵が現れたら妖術の出番。遠隔発動で山頂から吹き降りる形で風を起こし、それを地形を利用して突風にする。
それを自分の妖術に見せかけて、オレ達をビビらせていたんだ」
「では、2万の兵を山頂に固めたのは?」
「心理的な威圧のためです」
公孫賛に答えるのは朱里だ。それにうなずき、ジュンイチが続ける。
「まず立ちふさがるのは妖術で起こした突風。仮にそれを突破したとしても今度は2万の大軍――そうやって困難な条件を上積みすることでオレ達に心理的な圧力をかけ、突風のカラクリから眼をそらせるためだったんだ。
ついでに、2万の軍勢がいつ出撃してくるかもわからないとなれば、対峙する官軍だって気が気じゃない。このカラクリを見抜かない限り、ただにらみ合うだけでも神経をすり減らされることになるって寸法さ。
さらに付け加えるなら、『2万の兵と妖術に守られた鉄壁の要塞』としてウワサを広めれば他所にいる官軍への示威行為にもなるし、それでもひるまないような血気盛んな部隊は当然ここを落とそうと躍起になって攻めてくる――主力を引き寄せる囮としての役割も果たすワケだ。
2万の兵がちっとも出撃してこないのもコレで納得だ――連中にしてみればただ山頂にいて、そこを守りながら敵をビビらせる。それだけが仕事なんだから」
「つまり、守りが鉄壁なだけのハッタリか……なんだか拍子抜けだな」
「まぁ、普通は2万も軍勢を引き連れておいて、守りに徹するとは考えないからな」
「とはいえ、この戦法だって実際はかなりの脅威だぜ。
風のことを抜きにしても、こっちの倍の数の軍勢が攻撃すら捨てて守りに徹してる――こいつを破るのは、現実的な視点から見ても容易じゃない。
事実上、今のオレ達が真っ向勝負で落とすのは不可能だろうな」
公孫賛と趙雲に答え、ジュンイチは肩をすくめて、
「そこで、だ……」
改めてそう告げるその瞳には、まるでこれからイタズラをしかけようとでもしているかのような、ある種邪悪な輝きが宿っていた。
「オレは敵さんを背後からブスリと刺してやりたいと思うんだが」
「何をバカなことを……」
ジュンイチのその言葉に、愛紗は思わずため息をつき、
「あの谷以外に、山頂に向かう道はないんですよ。
それとも、他の場所からガケを登って行けとでも――」
「まさにその通りだけど?
ちなみに『行け』じゃない。オレも『行く』」
あっさりとジュンイチは答えた。「何を言い出すんだコイツわ」という思いを多分に含んだ視線を前に、苦笑まじりにそう告げる。
「オレの元いた所で、昔こんな戦があった。
受け手側は海岸線でガケを背にし、海側から押し寄せる攻め手の軍を迎撃していた。
三方をガケという天然の城壁に守られた難攻不落の布陣――それを破るために、攻め手の将はどうしたと思う?」
「まさか……背後のガケを下って?」
「正解♪」
尋ねる朱里に、ジュンイチは笑顔でうなずいた。
「攻め手側の将のひとりが敵陣の背後に回り込んで、ムリヤリガケを駆け下りて奇襲を仕掛けたんだ。
当然、そんなところから攻められると思ってなかった受け手側は背後の守りに兵を置いてなくて、どうすることもできずに大敗した。
考え方はそれと同じさ――背後のガケを登って、敵陣に奇襲をかけるんだ。
どーせ、他に登れるところがあったって守りを固められるに決まってる。それより、登れそうにないところから登ってこそ、奇襲としての意味がある」
「なるほど……それも道理か」
ジュンイチの言葉に納得し、趙雲は公孫賛へと向き直り、
「私も“御遣い”殿に賛成だ。
谷から攻められない以上、他所から攻めるしかあるまい」
「そうだな……
奇襲部隊を編成し、山の反対側から攻めよう」
趙雲の言葉に公孫賛が同意し――それを聞いて俄然張り切ったのはもちろんジュンイチである。
「よっしゃあ! そうと決まれば話は早い!
あのアマ、ボコボコにしてやる!」
「って、お前まさか、最初からそっち方面に話を持っていきたくて提案したのか!?」
「たりめーだ!
人の自慢の得意技を妖術呼ばわりしやがって! ギッタギタにしてやらねぇと気がすまねぇ!
待ってる張宝! 今吠え面かかせてやりに行くからなぁっ!」
声を上げる公孫賛にあっさりと開き直り、即答したジュンイチは「うがーっ!」と擬音がつきそうな勢いで咆哮し――
「いえ、今回はご主人様には本陣に残ってもらいます」
「なぬ!?」
「奇襲部隊の指揮は愛紗ちゃんと趙雲さん。副官は鈴々ちゃんと簡雍さんにお願いします」
思わず声を上げるジュンイチだが、朱里はかまわず各自の役割を分担する。
「ご主人様には愛紗さん達の奇襲が成功した後、本隊による駄目押しの突撃で敵の中核を粉砕してもらいます。
いくら奇襲によって有利にかたむく部分があるといってもこちらは寡兵。兵力差1万は容易には覆りません――ご主人様の攻撃範囲の広さは、その不利を補うために欠かすことのできない大きな要素のひとつですから」
「け、けどなぁ……」
「いずれにせよ、気功による派手な技の多いご主人様は奇襲部隊に組み込むには向いていませんし……
私だって適材適所に人材を配したんです。納得していただかないことには……」
「ぐぬぬ……」
朱里の言い分ももっともだ。その上先ほど自分が言った『適材適所』云々の話を持ち出されては、すでにジュンイチに勝ち目はない。
「……わかったよ。
今回は朱里の策に従おう」
言って、ジュンイチはため息をつき――それでもあきらめきれないのか、「朱里は軍師なんだから」と自らに繰り返し言い聞かせて納得を試みる。
「ではみなさん、さっそく準備に取り掛かってください」
そう告げる朱里の言葉に、愛紗達はすぐさま解散し――
「朱里」
そんな中、ジュンイチは朱里に声をかけていた。
「さて、と……お前さんの真意を聞かせてもらおうかな」
幽州軍の陣の一角――陣の天幕の陰に朱里を連れ込み、ジュンイチは開口一番そう尋ねた。
「お前のことだ。オレがこのまま引き下がるとは思ってねぇはずだ。
何か、オレを説き伏せられる材料を用意していると見たが?」
「フフフ、さすがはご主人様ですね」
ジュンイチの言葉に微笑み、朱里はジュンイチに告げた。
「実は……先日私達を襲った“蠱毒獣”について、少し調べてみたんです」
その言葉に、ジュンイチの表情が変わった。真剣な表情で先を促す。
「“蠱毒獣”というそのものズバリの言葉は見つかりませんでしたけど、“蠱毒”と呼ばれる呪法について、いくつかの記述を発見しました」
「それについてはオレも知ってる。
壷や瓶に放り込んだ虫を戦い合わせて、生き残った最後の一匹をガンダム・ザ・ガン……もとい、呪法の生贄に使う、ってヤツだろ?」
「はい……
おそらく、蠱毒獣というものは、そうして選ばれた生贄を触媒に、何者かが作り出した怪物なのではないでしょうか?」
「つまり……あのクモコドクを作った黒幕がいる……」
「私を襲った時も『主命により』って言ってましたから、間違いないと思います」
答える朱里だが――問題にすべきはそこではなかった。
「なるほど……
今その話題を振ってくる、ってことは……この作戦行動中に連中が仕掛けてくる、と?」
「前回、街中での真っ向勝負に敗れていますから、別の方向性を、と敵が考えてきたとすれば……」
「戦のドサクサにまぎれて、オレを狙ってくる可能性は十分にある、と……」
朱里の言葉につぶやき、ジュンイチは思わず考え込む。
「なるほど。それでオレを突撃側に回したのか。
奇襲はどうしても初撃の後で乱戦になる――敵にわざわざ襲撃の機会をくれてやることもないもんな」
そう納得するジュンイチだったが――
「あ、いえ、そうではなくて……」
「なぬ?」
意外にも否定の声を上げた朱里の言葉に、ジュンイチは思わず眉をひそめる。
「ご主人様には、愛紗さん達を守っていただきたいんです」
「愛紗達を……?」
意図を測りかね、ジュンイチは首をかしげ――ふとある可能性に気づいた。
「まさか……今度は愛紗達が狙われる、ってのか?」
「前回私が襲われたように、今回もご主人様の周りから攻めてくるとすれば、今回一番無防備になるのはガケを登ることになる愛紗さん達です。
それに対抗できるのは、変身することで空を飛べるご主人様だけですから……」
そう告げる朱里の表情は暗い――前々から決めていたこととはいえ、そして他に手段がないとはいえ、守るべき主君を戦力として組み込まなくてはならないのだから。
だから――
「気にするな、朱里」
言って、ジュンイチは彼女の頭をなでてやる。
「どちらにせよ、禍物である蠱毒獣はオレ達にしか倒せない――お前は最善の配置をしたんだ」
「ですが……」
「大丈夫だって。
心配しすぎなんだよ、お前も愛紗も。
オレだって戦う力を持ってるんだ。戦うべき時は、戦わないとな」
そう答えると、ジュンイチは張宝の布陣する山頂へと視線を向けた。
「黄巾党も蠱毒獣も関係ない。
オレの身内に手ェ出すヤツは――」
「誰であろうと、叩きつぶす。
このオレの、すべての力をもって、な……」
to be continued……
(初版:2007/04/10)