「では、行ってまいります」
「おぅ、気をつけてな」
奇襲部隊の編成も完了、出発の段階となり――告げる愛紗に、ジュンイチは軽く手を挙げ、笑顔で答える。
が――そんなジュンイチの姿に愛紗は眉をひそめた。訝しげな視線でこちらを見返してくる。
「…………どうした?」
思わずジュンイチが尋ねると――愛紗は逆にジュンイチへと聞き返した。
「ご主人様……
何か、私達に隠し事をしていませんか?」
「――――――っ!?
な、何でそんなこと聞くかな?」
「いえ……先ほどあれほど怒っていたのが、あまりにもあっさりと収まっているものですから、何かあったのでは、と……」
かろうじて動揺を抑え、尋ねるジュンイチに、愛紗は少し困惑気味にそう答える。
「何でもねぇよ。
朱里にいろいろ言われて説得されたんだよ」
「朱里に……?」
何とかごまかそうとするジュンイチの言葉に、愛紗はしばし考え――
「朱里」
「は、はいっ!?」
まさかバレたのか――突然声をかけられ、ビクリと肩をすくませる朱里だったが、そんな彼女の肩を叩き、愛紗は告げた。
「食事担当として舌の肥えたご主人様を餌付けするのは大変だろうが……がんばるんだぞ」
「あー、愛紗くん。
キミはオレを何だと思っているのかな?」
「では、これより出陣する!」
「あ、コラ! 無視すんな!」
思わずツッコんだその言葉もあえなくスルーされ、愛紗はそそくさと出陣していく。
「おにょれ、帰ってきたら覚えてろ。
軍関係の書簡全部押し付けてやる」
「まぁまぁ、ごまかせたみたいですし、よかったじゃないですか」
「代わりにいらん誤解を招いた気もするんだが……ま、そこはお前の手腕に期待するか」
なだめる朱里にそう答え、ジュンイチは進軍していく奇襲部隊へと視線を向けた。
「じゃ、アイツらのお守りに行くとしますか。
こっちの指揮とその他イロイロは任せたぜ」
「はい」
朱里の言葉に満足げにうなずくと、ジュンイチは愛紗達を追って本陣を後にした。
第陸幕
「山頂の死闘」
ジュンイチのにらんだとおり、黄巾党は山の裏側についてはまったくのノーマークだった。難なく山の裏側に回り込み、愛紗達はロッククライミングを開始した。
ロクにガケを登った経験などないだろうに、それでも愛紗達の手際は良かった。鈴々以下身の軽い者を先行させ、彼女達に足場を確かめさせた上で着実に登り、装具を引き上げていく。
その様子を、すでに追いついていたジュンイチは岩陰からこっそりと見守っていた。
「ふーん……オレが指揮するのが前提の策だったのに、なかなかどうして。
経験もなしのぶっつけ本番だってのに、やるじゃんか」
だが――気になることもないワケではなかった。
「にしても――なんで愛紗と趙雲が殿なんだ?」
少し考えれば、その理由が“微妙な女心”によるものだとわかりそうなものだが、あいにくジュンイチにそういったことを理解しろと言う方が無理な相談である。
結局答えは出ず、ジュンイチは『う〜ん』と首をかしげながら彼女達の真下へと身を潜め――
「――――――ブッ!?」
結局、“答え”を目の当たりにしてようやく悟った。真下から見上げたことで愛紗や趙雲の下着を直視してしまい――顔を真っ赤にしながらあわててその場を離れ、様子を伺う。
――――思わず吹き出してしまったが、気づかれてはいなかったようだ。思わず安堵の息をつき――
――――――
「――来たな」
その気配を感じ取り、ジュンイチは意識を切り替えて顔を上げた。
こちらに向けて高速で移動している気配。これは――
「半ば覚悟はしてたけど……やっぱ飛行タイプか!」
うめきながらブレイカーブレスをかまえ、着装。その全身に蒼を基本とした“装重甲”が装着され――
「――っと、朱里に顔は隠せって言われてたんだっけ」
飛び立とうとしたところでそのことを思い出した。ヘッドギアのバイザーを下ろして目元を、フェイスカバーを閉じて口元を隠すと、ジュンイチは改めて翼を広げた。
ガケは山頂まで続いているワケではなく、途中には奇襲部隊がそろって休息できるような中腹部分が存在した。鈴々がそこを見つけたことで、愛紗達は一度小休止をとることにした。
「むーっ、愛紗も趙雲も遅いのだ!」
「お前が速いんだ。周りの者のことも考えろ」
一番乗りし、待っていた鈴々の言葉に、趙雲と共に追いついてきた愛紗はたしなめるようにそう答えた。
「しかし、いざやってみると意外と登れるものだな」
「あぁ……
今のところ敵も気づいていないようだ。できればこのまま何事もなく登りきりたいところだが……」
つぶやく愛紗に趙雲が答えた、その時――にわかに兵達の間が騒がしくなった。
「どうした?」
「か、関将軍! アレを!」
尋ねる愛紗に答え、兵のひとりが指さした先には、何かがこちらに向けて飛んでくるのが見える。
鳥――ではない。あれは――
(人型……!?
まさか、蠱毒獣というヤツらか!?)
「鈴々! 皆を下がらせろ!
ヤツは先日の怪物の同類だ!」
すぐさま愛紗が指示を下し――同時、蠱毒獣がスピードを上げた。一直線に愛紗に向けて襲いかかる!
「くっ――――――!」
とっさに青龍偃月刀を振るう愛紗だが――その斬撃は虚しく空を薙いだ。
刃が届く直前、蠱毒獣が急激にその軌道を変え、愛紗の一撃をかわしたのだ。
その動きはまるで――
「なるほど……
貴様はトンボを媒介とした蠱毒獣か」
「いかにも。
我が名は蠱毒獣トンボコドク! 主命により、貴様らにはここで消えてもらう!」
「やれるものなら、やってみろ!」
名乗りを上げるトンボコドクに言い返し、青龍偃月刀をかまえて突っ込む愛紗だが、トンボコドクは無理に打ち合うことなく上空に離脱。逆に攻撃を外した愛紗に襲いかかる!
「く………………っ!」
対し、懸命に応戦する愛紗だが、不慣れな対空戦闘に加えトンボコドクのトリッキーな機動に振り回され、なかなか主導権を奪えない。
「愛紗!」
「かまうな、先に行け!」
助太刀しなければ――蛇矛を握り締めて声を上げる鈴々だが、そんな彼女に愛紗は鋭く言い放つ。
「我々の目的は黄巾党への奇襲だ! それを忘れるな!」
「で、でもぉ!」
どう見ても苦戦している愛紗の言葉に、鈴々は納得できずに反論を試みるが――
「わかった。
関羽殿、ここは任せるぞ」
そんな鈴々を制止し、趙雲は愛紗にそう告げる。
「趙雲!」
「関羽殿の言うとおりだ。
我々が果たすべき目的はあくまで黄巾党の撃退だ。あの怪物を倒すことではない。
彼女がヤツを抑えてくれている間に、我々は黄巾党を」
声を荒らげた鈴々に答え、趙雲は彼女を連れて部隊を指揮し、一足先に山頂を目指す。
「頼むぞ、鈴々、趙雲……!」
急ぎガケを登っていく彼女達を見送り、改めてトンボコドクと対峙する愛紗だが、決して彼女の不利が解消されたワケではない。むしろ空中から立て続けに襲いかかるトンボコドクの猛攻によって、次第にガケっぷちへと追い詰められていく。
「これまでだな、関雲長。
観念して主君に助けを求めたらどうだ?」
「断る!」
頭上から余裕の態度と共に告げるトンボコドクの言葉に、愛紗はキッパリと答えた。
「朱里から聞いている――貴様らの狙いはご主人様であろう!
そう簡単に思惑に乗ると思うな!」
「なるほどな……
ならば貴様に用はない――さっさと散れ!」
告げると同時に急加速、トンボコドクは愛紗へと突撃する!
とっさに身をひるがえし、かわそうとする愛紗だったが――その拍子に足元が崩れ、その身が空中に投げ出される!
(ここまでか……!
申し訳ありません、ご主人様!)
全身を包む落下感の中、覚悟を決めた愛紗は目を閉じ――
落下が止まった。
突然、何者かによって空中で抱き止められたのだ。
トンボコドクではあるまい。では誰が――不思議に思い、愛紗が眼を開けると、
「ケガはないか? 関雲長」
彼女を抱きかかえ、のぞき込んでいたのは、見たことのない相手だった。
体格、声からして男だろうか――蒼を基調とした鎧に身を包み、背中の翼の周囲に巻き起こる空気の流れがその身体を宙に浮かせている。
素顔は兜の覆面によって隠されているが、仮面越しに自分に向けられる視線に敵意は感じられない。
そう――着装し、素顔を隠したジュンイチである。
「お、お前は……!?」
「ヤツらの敵さ」
「ヤツらの……?
では、クモコドクを倒したのも……?」
正体がジュンイチだということも知らないまま、返ってきた答えにさらに問いを重ねる愛紗だったが、
「ひとつ追加だ」
そう答えるジュンイチの視線は、すでに愛紗には向いていなかった。トンボコドクをにらみつけ、告げる。
「クモコドクを倒し……これからヤツもブッ倒す」
だが、それも愛紗を下ろさなければ始まらない。さっきの中腹部分に下ろしてもいいが――
「…………手間を省くか」
言うと、ジュンイチは翼を広げて急上昇。あっさりとトンボコドクの目の前を素通りし、一気に山頂まで飛び上がる。
「す、すまない……」
「かまわないさ。
ヤツを倒すついでだ」
地上に下ろしてもらい、礼を言う愛紗にそう答えると、ジュンイチは再び上空に飛び立ち、追ってきたトンボコドクと対峙する。
「前回のクモコドクといい、ずいぶんとムカつくマネをしてくれるじゃねぇか」
「だが、効果的だろう?」
「否定はしないよ」
トンボコドクに答えると、ジュンイチはすでに“再構成”を済ませていた爆天剣をかまえ、
「だが――これ以上はやらせない!」
宣言と共に突撃、爆天剣を振るうが、トンボコドクはそれをかわして背後に回り込み、死角から急襲する。
が――ジュンイチとて死角からの攻撃には慣れている。たやすくかわしてカウンターの一撃を狙うが、トンボコドクもそれをかわし、両者はそのまま激しい機動戦に突入する。
その光景を、愛紗は地上から見守っていたが、
「愛紗ぁ〜っ!」
そんな彼女に飛びついてきたのは、ようやくガケを登りきった鈴々だ。その後ろには趙雲や奇襲部隊の面々も控えている。
「無事だったのか」
「あぁ」
趙雲に答え、愛紗は再び上空で戦うジュンイチとトンボコドクへと視線を向けた。
「何者なのだ? あの者は……」
「わからん……
蠱毒獣の一派とは敵対しているようだが……」
尋ねる趙雲に愛紗が答える。一瞬ジュンイチではないかとも考えるが――
(いや……ご主人様には朱里がついている)
まさかその朱里がジュンイチとグルだとは思わず、愛紗はその仮説を自ら否定するとこれからのことに意識を切り替えた。一同を見渡し、高らかに告げる。
「皆の者! あれを見たであろう!
我々には禍物を討ち払う天の加護がついている!
もはや張宝の妖術も恐るるに足りん! 思う存分に暴れてやるがいい!」
さすがは愛紗。正体を隠したジュンイチの乱入をも部下達の妖術に対する恐怖を取り除くためのプロパガンダに利用した。彼女の言葉に士気を高めた奇襲部隊は、張宝の陣に向けて一直線に突撃する!
「こなくそっ!」
気合と共に刃を一閃。斬りかかったジュンイチの斬撃は、トンボコドクによってまたしてもかわされてしまう。
それでもすかさずフェザーファンネルを飛ばすが――『精霊力による遠距離攻撃はできない』という問題は未だ解決していない。“再構成”ができるおかげでフェザーファンネル自体は作り出せるが、肝心の攻撃手段であるビームが撃てないのではあまり意味がない。せいぜいハッタリとけん制くらいにしか使えないのが現状だった。実際、今の攻撃もトンボコドクを後退させるくらいがせいぜいだ。
「ニャロウ、いい加減当たれよ!」
「悪いが、遠慮させてもらう!」
うめくジュンイチに答え、トンボコドクは間合いを取り、
「しかし、これではいつまで経っても終わらぬのもまた事実。
攻め方を――変えさせてもらう!」
言うなり、トンボコドクはジュンイチに向けて突撃。カウンターを狙ったジュンイチの斬撃をかいくぐるとその身体に飛びつき、一直線に急降下する!
(大地に叩きつけるつもりか!?)
とっさにジュンイチは落下先へと視線を向けるが、そこは地面ではなく――
(池!?
水中戦に持ち込もうってのか!?)
そんなことをしても、トンボコドクにだってメリットはないはず――意図が読めないジュンイチだったが、そんな彼を抱えたままトンボコドクは少し上流からの湧き水がたまってできていた池、その水面へと激突。水柱が上がった。
「あれは……?」
その空中戦の様子は、黄巾党の陣からも見えていた。急降下していくトンボコドクとジュンイチの姿を目撃し、張宝は眉をひそめた。
「官軍でしょうか?」
「バカね、そんなはずないでしょ。
あんなところに官軍がいるワケないじゃない。向こうには道なんてないのよ」
副官、厳政の言葉にそう答え、張宝は腕組みして考え込む。
(今のは間違いなく蠱毒獣だった……
だとしたら、戦っていた相手はもしかして……)
「取り急ぎ、姉上に報告すべきね……」
ポツリ、と張宝がつぶやいた、その時――突如、陣の後方が騒がしくなった。
「何事か!?」
声を上げる厳政の言葉には、駆けつけてきた部下が答えた。
「そ、それが……後方の兵が、突然斬り込んできました!」
「何ですって!?
まさか、裏切り者が!?」
張宝も、まさか今しがた否定したばかりの『敵が背後に現れる』という事態が実際に起きているとは考えつかない。当然、真っ先に部下達の反乱を疑うが――
「見つけたのだ!」
「あ、あなた達は!?」
そこに現れたのは愛紗達だった。先頭の鈴々の言葉に、張宝は思わず声を上げる。
「バカな、どうやって!?」
「そんなことは後よ!」
驚く厳政を一喝し、張宝は自らの周囲に風を巻き起こすが、
「フンッ、こんな開けた場所で貴様の風がどこまで通用する?」
「あの谷の地形を利用して風を強化していたカラクリは、すでにわかっているんだ」
「ついでに、お前の風がホントはぜんぜん大したことないっていうのもねー♪」
(キャ――ッ! 全部バレてる――っ!?)
愛紗、趙雲、鈴々の言葉に、張宝は胸中で思わず絶叫する。
「もはや貴様は無力! 覚悟しろ張宝!」
「きゃあっ!?」
咆哮し、斬りかかる愛紗の青龍偃月刀から、張宝はあわてて逃げ惑う。
と、その拍子に張宝が首から下げていた勾玉の首飾りが、かろうじてかわした刃によって断ち切られ――
ぼぅんっ! と音を立て、周囲が真っ白な煙に包まれた。
「煙幕か!?」
とっさに距離をとり、愛紗がうめくと――
「ケホッ、ケホッ……
やってくれたわね、関雲長!」
煙の中から聞こえてきたのは――聞き覚えのない少女の声だった。
そして、煙が晴れていき――
「せっかく姉上がかけてくれた術が解けちゃったじゃない!」
『………………は?』
姿を現した、ブカブカの服に身を包んだ少女――彼女の口ぶりから推察するなら張宝本人――の言葉に、愛紗達の眼はテンになっていた。
「く………………っ!」
とっさに刃を振るうが、水中ではうまく動けない――明らかにスピードの鈍ったジュンイチの斬撃はあっさりとかわされてしまう。
対し、トンボコドクの動きに鈍りはない――背中の羽をまるで水かきのように巧みに操り、水中を自由自在に動き回る。
フェイスガードに守られ、呼吸には問題はないものの、水中戦に移行したことで発生した歴然たる機動性の差に、ジュンイチは思わぬ苦戦を強いられていた。
「バカめ! トンボの幼体たるヤゴは水中の生物だぞ!
生体になったからといって、その本能が失われることはない!」
「だからってトンボが水に潜るかよ!?」
ツッコみ、刃を振るうがまたもやハズレ――トンボコドクに翻弄されながらも、ジュンイチは打開策を探るが、
(熱を奪って凍結――ダメだ。凍らせる前に逃げられる。
逆に沸騰――って、今の火力じゃムリか)
思いついた二つの案はどちらも却下――つくづく『できていたことができなくなる』ことの不便さを思い知る。
「せめて、この水がなくなれば……!」
思わず声に出してうめき――
(え………………?)
ふと気づいた。
(……『水をなくす』……?)
それを可能とする手段――単純に考えれば“再構成”で他の物質に作り変える、といったところだろうが、今の自分の出力ではこれほどの量の水を再構築するのは不可能だ。
だが――
「……やってみますか!」
その着眼点はジュンイチに思わぬ光明をもたらした。さっそく実行に移し、ジュンイチは意識を集中、周囲に“力”を放出し始める。
しかし、放たれているその“力”は、戦いに用いるにはあまりにも弱い。確かに戦闘出力まで高めなければ放出は可能だが、この程度の出力ではやはり“再構成”すらままなるまい。
だが――異変はその“力”が池全体に行き渡った瞬間に巻き起こり、一瞬にして終息した。
池を満たしていた大量の水が、一瞬にして消滅したのだ。
「なっ、何だと!?
貴様――何をした!?」
「何、大したことはしてないさ」
驚き、声を上げるトンボコドクに、ジュンイチはあっさりとそう答えた。
「お前、水の電気分解って知ってるか?
水は酸素と水素でできていて、電気を流すことでこの二つを分離させることができる。
それと同じことを“再構成”でやったのさ――分解と再構築、この二つのプロセスによって成り立つ“再構成”を、分解だけを行うことでね。
物質を作り変えるワケじゃなく、ただ組成ごとに分解するだけ――池ひとつ干上がらせるような荒業も、通常出力の“再構成”で十分に事足りたぜ」
告げるジュンイチの目の前で、トンボコドクはバランスを崩して墜落する。やはり禍物とはいえ生命体には違いない。フェイスガードをしているジュンイチと違って池の水を分解して発生した高濃度の酸素にさらされ、酸素中毒になったようだ。
「だ、だが……だからどうしたというんだ!
まだ戦いが振り出しに戻っただけだろうが!」
「おもいっきり中毒症状見せながら言うセリフじゃねぇよな」
その言葉に思わず苦笑し――ジュンイチはなんとか身を起こすトンボコドクに告げた。
「だいたいさぁ……こっちはもう王手をかけてんだけど」
「何………………?」
疑問の声を上げるトンボコドクにかまわず、ジュンイチは右手をかざし、
「…………焔の大佐っぽくやってみっか♪」
告げると同時、右手でパチンと指を鳴らし――次の瞬間、大爆発が巻き起こった。
いや――爆発と言うよりは超高速の燃焼だ。炎はすさまじい勢いで広がり、先ほどまで水がなみなみと注がれていた池は一瞬にして炎の池へと変貌する。
「……現代日本に生まれなかったのが不運だったな」
つぶやくジュンイチの目の前で、やがて爆発がおさまり――
「ちゃんと教育受けてりゃ、そーはならなかったろうにな」
そこにはトンボコドク“だったもの”があった。真っ黒に炭化したそれはジュンイチの目の前で静かに崩れ落ちる。
「……思い出すなー、中等部の時の科学の実験。
電気分解で酸素と水素を作って、そこにマッチの火を近づけてさ……
酸素は燃えるわ水素は爆発するわ――それをこんな規模で引き起こしちゃ、さすがのてめぇもひとたまりもなかったな」
そう、ジュンイチがやったことは他愛のないこと――指を鳴らしたのを合図に、トンボコドクの目の前にほんの少し、小さな炎を灯しただけだ。
だが――ジュンイチの“再構成”によって大量の酸素と水素の発生していたこの空間においては絶大な威力を発揮した。引火した酸素の燃焼と水素の爆発、双方が空間内で荒れ狂ったのだ。
そんな中にあっても、ジュンイチは平然としたものだ――元々ジュンイチの周囲に常時展開されている力場は、致命的なまでの物理防御力のなさと引き換えに桁外れの対エネルギー防御能力を持つ。このすさまじい爆発もその防御力の前にはまったくの無力なのだ。
「成仏しろよ」
心にもないことを言いながら、ジュンイチは目の前の炭の塊に対して合掌し――
「グオォォォォォッ!」
すんなりとは終わってくれなかった。おそらくは泰山の干吉の手によるものだろう、トンボコドクが巨大化、復活する!
「なるほど……
あの姿は、張角の幻術で貴様が化けていたのか」
「幻術!? 失礼ね!
姉上の術はそんな生易しいものじゃないわよ!」
あっけなく囚われの身となり、厳政と共に縛り上げられた状態で、張宝は愛紗の言葉にそう答えた。
周囲はまだ混乱が続いているが――この辺りは比較的静かなものだ。大将である張宝のいた辺りということで、下っ端の兵士達がほとんどいなかったため、戦闘エリアとならなかったのだ。
ともあれ――愛紗の言葉にムキになり、張宝はハッキリと彼女達に告げる。
「あの姿は、姉上の術で実際に私が成長した姿よ!
つまり、あれは私の未来の姿! 将来私はあんな美人に成長するというワケよ!」
縛り上げられているクセに、張宝の態度はずいぶんと偉そうだ。やはり女性である以上美しく成長するのが確定しているのはうれしいのだろう。
「貴方達がお肌の曲がり角で悩み苦しんでいる頃、私はより美しく成長しているのよ! 時の流れの残酷さに恐怖するがいいわ!」
勝ち誇った様子で張宝は言い放ち――次の瞬間、ズガァッ! と轟音を経て、その目の前に刃が突き立てられた。
青龍偃月刀だ。つまり犯人は――
「言ってくれるではないか……」
静かにそう告げる愛紗だが――その目は完全に据わっている。まぁ、張宝に言いたい放題言われた後ではムリもないが。
「『より美しくなる』だと?
ここで貴様が命を散らせばその未来も幻と消えるのがわからんか?」
「ち、ちょっと待ってくださいよ! 関羽嬢ちゃん!
張角の妹、張宝ともなれば大事な捕虜なんスから!」
怒りのオーラを立ち上らせる愛紗の姿に、簡雍があわてて声を上げると――
「グオォォォォォッ!」
突如として咆哮が響いた。振り向くと、先ほど自分達を襲ったトンボコドクが巨大化し、天に向かって咆哮している。
「さっきの蠱毒獣!」
「また巨大化したの!?」
思わず愛紗と鈴々が声を上げ――彼女達の注意のそれた一瞬のスキを張宝は見逃さなかった。
「今よ、厳政!」
「は、はいっ!」
「あぁっ! 逃げた!?」
連行するために手足を拘束していなかったことが裏目に出た。縛られたまま全力ダッシュで逃げ出す張宝と厳政の姿に簡雍が声を上げるが、
「グオォォォォォッ!」
二人を追うどころではなくなった――ジュンイチを狙っているのかいないのか、巨大トンボコドクがメチャクチャに暴れ始めたのだ。
「な、何だよ、アレ!?」
一方、こちらは谷側から張宝軍にトドメを刺すべく進軍していた北平、啄県連合軍――山頂に姿を見せた巨大トンボコドクを目の当たりにし、公孫賛が声を上げる。
が――そのとなりの朱里は冷静だった。従軍し、傍らに控えていたブイリュウに告げる。
「ブイリュウくん」
「うん、わかってる」
うなずき、ブイリュウはトンボコドクの出現で周囲がざわめく中、こっそりと告げる。
「オープン、ザ、ゲート……!」
小声で告げた宣言に応え、山の上空に空間の歪みが生まれ――
「グァォオォォォォォンッ!」
咆哮と共に、ゴッドドラゴンが歪みの向こうからその姿を現した。
「ぅわったぁ!?」
振り下ろされた拳をかわし、ジュンイチはなんとか着地すると頭上にそびえ立つトンボコドクの巨体をにらみつける。
上空に逃れることはしない――前回のクモコドクと違い、トンボコドクはむしろ空がホームグラウンドだ。飛び立ったが最後、圧倒的な対格差であっという間に叩きつぶされるのがオチだ。
今の自分にできるのは時間稼ぎだけ。そして――
「グァォオォォォォォンッ!」
それは功を奏した。飛来したゴッドドラゴンが、ジュンイチを守ってトンボコドクに襲いかかる!
「来たか、ゴッドドラゴン!」
待ちに待った援軍の登場に、ジュンイチは嬉々としてゴッドドラゴンの頭上に降り立ち、
「そんじゃ――反撃開始だ!」
「エヴォリューション、ブレイク!
ゴッド、ブレイカー!」
ジュンイチが叫び、ゴッドドラゴンが翔ぶ。
まず、両足がまっすぐに正され、つま先の2本の爪が真ん中のアームに導かれる形で分離。アームはスネの中ほどを視点にヒザ側へと倒れ、自然と爪もヒザへと移動。そのままヒザに固定されてニーガードとなる。
続いて、上腕部をガードするように倒れていた肩のパーツが跳ね上がり水平よりも少し上で固定され、内部にたたまれていた爪状のパーツが展開されて肩アーマーとなる。
両手の爪がヒジの方へとたたまれると、続いて腕の中から拳が飛び出し、力強く握りしめる。
頭部が分離すると胸に合体し直し胸アーマーになり、首部分は背中側へと倒れ、姿勢制御用のスタビライザーとなる。
分離した尾が腰の後ろにラックされ、ロボットの頭部が飛び出すと人のそれをかたどった口がフェイスカバーで包まれる。
最後にアンテナホーンが展開、額のくぼみに奥からBブレインがせり出してくる。
「ゴッド、ユナイト!」
ジュンイチが叫び、その身体が粒子へと変わり、機体と融合、機体そのものとなる。
システムが起動し、カメラアイと額のBブレインが輝く。
そして――ジュンイチが高らかに名乗りを上げる。
「龍神合身! ゴォォォッド! ブレイカァァァァァッ!」
「龍の力をその身に借りて、神の名の元悪を討つ!
龍神合身ゴッドブレイカー、絶対無敵に只今見参!」
合身を完了し、あふれ出すエネルギーで周囲がスパークする中、ゴッドブレイカーそのものとなったジュンイチが高らかに口上を述べる。
「よっしゃ、名乗りも済んだしサクサク行くぜ!」
告げると同時、ジュンイチは右半身を大きく引き――その右腕に光が集まり、拳を中心に激しく渦を巻き始める。
「クラッシャー、ナックル!」
その右拳を繰り出し、ジュンイチが咆哮――次の瞬間、右腕はヒジから先がまるでロケットのように撃ち出されてトンボコドクの腹部を直撃、その巨体をブッ飛ばす!
しかもそれで終わりではない。ジュンイチの遠隔操作で飛翔するクラッシャーナックルは再度トンボコドクを急襲。背後から襲いかかり、4枚の羽を根元から抉り取る!
「悪いが、てめぇの得意フィールドで戦ってやるつもりはねぇんだよ!」
言いながら右腕を回収し、ジュンイチは右足の収納からゴッドセイバーを抜き放ち、渾身の力でトンボコドクへと斬りつけ、
「すぐそばには愛紗達がいる――巻き込むワケにはいかねぇ!
速やかに――そこから落ちろ!」
姿勢の崩れたトンボコドクを、山頂から豪快に蹴落とし――
「下へ参りまぁす♪」
さらに追い討ち。落下するトンボコドクに追いつくとその勢いのまま腹に蹴りを一発。まるでトンボコドクの上に飛び乗ったかのような姿勢で、自身の重量と急降下の勢いも加えて大地に叩き落す!
「でもって――後は斬られて寝てろ!」
もはや戦いは一方的だった。ジュンイチは立ち上がったトンボコドクに襲いかかり、ゴッドセイバーで何度も斬りつける。
そして、ついに決定打――下からすくい上げるように放った一撃でブッ飛ばされ、トンボコドクは地響きを立てて大地に叩きつけられる。
「さて、そろそろトドメだ!」
「爆天剣!」
ジュンイチの叫びに呼応し、ゴッドセイバーは光の粒子となって霧散・再び収束して爆天剣へとその姿を変える。
「ブラスト、ホールド!」
続けて、ジュンイチの言葉に胸の龍が炎を吐き出し、その炎が爆天剣に宿り、さらに余ったエネルギーがトンボコドクを押さえつける。
そして――
「いっけぇっ!」
背中のバーニアをふかし、ジュンイチが一直線にトンボコドクへと突っ込み、
「紅蓮――両断!
カラミティ、プロミネンス!」
咆哮と共に刃を一閃。ジュンイチが、トンボコドクの身体を一刀両断する!
左右に断ち切られ、トンボコドクの身体が外側へとバランスを崩すと、その切り口に禍物の魂を浄化する“封魔の印”が現れ――次の瞬間、トンボコドクの身体は大爆発を起こし、焼滅した。
そして、ジュンイチはポーズを決め、勝ち鬨の声を上げる。
「爆裂、究極! ゴォッドォッ! ブレイカァァァァァッ!」
「張宝はどこだぁっ!」
トンボコドクを倒してジャマ者は消えた――すぐにでも張宝をぶん殴りに行きたかったが、正体がバレる危険性を考慮してぐっとガマン。公孫賛達と合流し、ジュンイチは改めて張宝の陣を襲撃した。
が――
「逃げられましたよ」
「にゃんですと!?」
告げられた愛紗の言葉に、ジュンイチは思わず声を上げた。
「なんで!? どうして!?
逃げた、って、どこから!? 谷はオレ達が抑えてたんだぜ!?」
「なんで、って……鈴々達にもわからないのだ……」
「相手は妖術使いですし、そもそも山頂がこの様子では……」
ジュンイチの問いに答え、鈴々と愛紗は山頂の様子を見回す――『絶対に襲撃されるはずがない』はずの背後からの襲撃を受けた黄巾党は完全に混乱。さらに第3勢力である巨大トンボコドクの出現も重なり、誰が敵で誰が味方かもわからなくなった彼らはあちこちで同士討ちを始め、この短時間で壊滅の憂き目にあっていた。
この混乱の中では、簡単なカモフラージュでもこちらの追撃をかわすことは容易だ。混乱に巻き込まれて命を落としたとも考えられるが、仮にそうだとしても探し出すのは不可能だろう。
「そんなぁ……」
ともあれ、張宝を仕留め損ねた、という事実は変わらない――ジュンイチは思わず肩を落とし、その場にへたり込んだ。
「せっかくいろいろがんばったのに、オチがこれかよ……」
ジュンイチにしてみれば、今回の作戦の最終目標は「張宝をブッ飛ばすこと」だったのだ。その張宝を取り逃がした以上、ジュンイチが落ち込むのもムリのない話だったが――
「――――いや! まだ遠くには行っていないはず!」
それで簡単にあきらめるジュンイチではなかった。唐突に顔を上げ、その瞳がギラリと危険な輝きを帯びる。
「こーなりゃローラー作戦だ!
朱里! 捜索隊を編成しろ! この陣はもちろん、道という道、街という街を徹底的に調べ尽くせ!」
「ご、ご主人様!?」
「オレをコケにしやがって、すんなり逃げられると思うなよ!
草の根分けても探し出せぇっ!」
「あー、もうっ!
ジュンイチ、少しは落ち着こうよぉっ!」
怒り心頭、といった感じでわめき散らすジュンイチをブイリュウがなだめ――そんな彼らを前に、公孫賛は愛紗の肩をポンと叩いた。
告げるのは、たった一言。
「…………くじけるなよ」
「はい…………」
それ以上、言葉はいらなかった。
「ここまで来れば、もう安心かしらね……」
つぶやき、張宝は自分達にかけていた隠れ蓑の妖術を解き、荒野に姿を現した。
無事落ち延びることができたのはわずか数百騎。残りは命を落としたか降伏したか、はたまた自分達とは別に落ち延びたか――ともかく2万の軍勢は完全に壊滅させられてしまった。
だが――真に憂うべきはそこではない。
(幽州軍の前に蠱毒獣が現れたということは――“突端の者”は幽州にいる、ということね……)
まさか、北平軍と組んでいた幽州軍が啄県の守備軍のみで編成されていたとは思いもしなかったが――ともかくそう仮説を立て、張宝は夜空を見上げた。
「となれば、これからは幽州が今後を占う重要な要所になるわね……」
「世界の“鍵”を手に入れる、絶好の機会なんだもの……」
Mission Complete……
(初版:2007/4/24)