「えぇっ!?」
ブイリュウから事情を聞き、ライカは思わず声を上げた。
ジュンイチとエドワードが時空の歪みの奥に消えてしまったことを知らされたのだ。
「まったく、兄さんってば、また後先考えずに……!」
「とにかく、なんとか二人を探さないと……!」
アルフォンスの言葉にライカがうめき――すぐに決断した。
「ブイリュウ、すぐにみんなを呼び集めて! 当然龍牙さんにも連絡!
クロノスはあの歪みのデータを計測! みんながそろったらすぐにでも分析に取り掛かれるようにスタンバって!」
「うん!」
〈了解いたしました〉
「………………痛い」
後頭部をさすりながら、ジュンイチはそううめいて身を起こした。
状況を確かめようと周囲を見回すが――まったく見覚えのない場所だ。
どうやらあの空間の歪みの『向こう側』のようだが――今いるのが路地裏なおかげで、どこかに転送されたという事実以外何もわからないのが現状だ。
背後を振り向くとそこには空間の歪みが発生している。どうやらここから吐き出されたらしい。後頭部の痛みはその際にどこからぶつけたせいだろう。
「……しゃーない、か。
とにかくまずは……」
ため息をつくと立ち上がり、ジュンイチはクルリと振り向き、
「とっとと起きんかぁっ!」
すぐとなりで目を回していたエドワードを思いっきり蹴飛ばした。
第2話
「東方司令部」
「ってことは、お前の世界に間違いないんだな?」
「あぁ。
オレ達の世界のアメストリス国――イーストシティだ」
状況を見極めるために街に出て、周囲を見回して尋ねるジュンイチに、エドワードはそのとなりを歩きながら答える。
つまり、エドワード達は空間の歪みからジュンイチ達の世界に飛ばされ、その歪みに飲み込まれた自分達はその逆にエドワード達の世界に飛ばされたことになる。
ということは――この時空の歪みは自分達とエドワード達の世界とを、それも時間の経過に関わりなく、安定した形でつないでいるということだ。まぁ、多少吸引と排出が強力すぎるのが難点といえば難点か。
ともかく、エドワードにとっては無事帰れて万々歳――のはずなのに、その表情はどこか浮かないものがある。
「どうした? ヤケに機嫌悪いじゃないか。
アルフォンスが気になるのか?」
弟がまだジュンイチ達の世界に残されているからだろうか――そう考えて尋ねるジュンイチだったが、
「いや、それは大丈夫だろ。少し痛い思いして向こうに帰ればいいんだし。
けど……」
エドワードの答えは、彼の懸念が他にあることを示していた。
「……何か、他に心配事でも?」
その様子に眉をひそめ、尋ねるジュンイチにエドワードは答えた。
「あの歪みの持続性だ。
確かにオレ達の世界とお前らの世界との連結は安定してる。けど――それがいつまでもつか、ってことになると話は別だ。いつ限界が来てもおかしくない状況にあるんだ。
向こうにアルを迎えに戻っても、こっちに戻ってくる前に消えちまうかもしれないし、こうしている間にも消える可能性だってある」
「あ………………
だったらこんなことしてられねぇだろ! 早く帰らないと!」
エドワードの言葉に、ようやくそのことに思い至ったジュンイチが声を上げるが、
「いや。まだだ」
エドワードはキッパリと答えた。
「今言った通り、あの歪みはいつ消えるかわからない。
けど、逆に言えば、安定すればあの歪みをいつでも通って帰れるってことだ。
時間が限られてっつーなら、今はその時間を帰ることよりもその帰る道を確実に確保することにあてるべきだ」
そう言うと、エドワードは大きく背伸びしてつぶやいた。
「あんまり頼りたくないけど――この際ぜいたくは言ってられないか」
そして、エドワードはジュンイチを連れて街の中央にある巨大な施設へとやってきた。
「ここは?」
「軍の東方司令部だよ。
ここならこの辺の国家錬金術師の中でも選りすぐりがそろってる。なんとかなるかもしれない」
尋ねるジュンイチにエドワードが答えると、
「おや、鋼の」
突然声をかけられ――エドワードの表情が強張ったのをジュンイチは見逃さなかった。
エドワードがやたらと短気なのは初対面でイヤというほど味わったが、それを長々と引きずるタイプでないことも初対面で認識している。そのエドワードがここまでイヤそうな顔をするとは――
気になったジュンイチが声のした方へと振り向くと、そこには制服と思われる服装に身を包んだ長身の男が、同じデザインの制服の女性を連れて立っていた。胸の勲章から察して、男はかなり位の高い人間のようだ。
「弟が一緒じゃないとは珍しいな。
オマケに見ない顔まで一緒ときたか」
「……相変わらず、一言多いな、大佐」
「へぇ、大佐か……」
男の言葉に答えるエドワードの言葉に、ジュンイチは男を見ながらつぶやくと今度は女性へと視線を向け、
「アンタの階級章が大佐なら――そちらの女性はさしづめ中尉、ってトコか……」
「え………………?」
ジュンイチのその言葉に、エドワードは思わず眉をひそめた。
「お前、軍の制服見たことないだろ? なのになんでホークアイ中尉の階級わかったんだよ?」
「おや、正解だったか」
エドワードの言葉に、ジュンイチはそうつぶやいた後に男を指さし、
「あのオッサンが大佐なんだろ? つまりあの服が大佐クラスの制服ってコトだろ。
あとはあのねーちゃんとの服装のパターンの違いを対比して割り出したんだ」
「オッ……!」
ジュンイチの言葉――その中の『オッサン』の一言に、男は少なからずショックを受けたようだ。思わずうめくが、すぐに気を取り直してジュンイチに告げた。
「はっはっはっ、私はこれでもまだ30前だ。『オッサン』呼ばわりはないんじゃないかな?」
「『これでも』とか言うところを見ると、自覚はあるワケだ」
男の言葉にジュンイチはあっさりとやり返し、右手を差し出して平然と名乗った。
「柾木ジュンイチだ」
「……ロイ・マスタング。階級は大佐だ。
こちらはリザ・ホークアイ中尉」
ジュンイチの言葉に、男は自分とかたわらの女性を紹介しつつ彼の手を握り返した。
「スゴいな、お前……
あの大佐を口で負かすなんて……」
「得意分野らしくてな」
ロイの執務室で待たされながら、感心するエドワードにジュンイチは平然と答えた。
「昔から言われてるんだが……どうやら、オレは人の神経を逆なですることには人智を超えた才能を持ってるらしい」
「あぁ、それは初対面で思い知った」
ジュンイチの言葉にエドワードが思わず納得すると、
「待たせたな、鋼の」
言って、ホークアイを連れたロイが執務室に姿を現した。
それを聞き――ジュンイチはふと気になって尋ねた。
「ところで、なんでコイツのことを『鋼の』って呼ぶんだ?
ひょっとして、コイツの義手か?」
「いや、その鋼の手足はその呼び名の“出所の出所”だ」
そう言うと、ロイはジュンイチに尋ねた。
「キミも話くらいは聞いたことがあるだろう?
『鋼の錬金術師』の名くらいは」
「んにゃ」
迷わず即答するジュンイチに、ロイは思わず絶句した。
「悪いが、オレはこの街、この国はもちろん――この世界すら初めてなんだ」
「鋼の坊やのところに?」
「あぁ。
何か変なヤツが来てるみたいだよ」
暗闇の中、尋ねる女性の声に少年の声が答えた。
「しかも鎧の弟クンがいないみたいだし。
どうする?」
「……ちょっと、実力を試させてもらおうかしらね。
あの辺りに切り捨てられる研究所はある?」
「あぁ、あるよ。
ちょうど、焔の大佐に情報流して、あとは片付けてもらうのを待つばかり、ってヤツがね」
「なるほど。事情はわかった」
「あの空間の歪みを安定させたい。それも大至急に」
一連の話を聞き、納得するロイにジュンイチが言う。
「確かに、アルフォンス・エルリックも我々にとっては必要な人材だ。
よかろう。力を貸そう。
うまい具合にこちらには練成の際に発生するエネルギーが空間に与える影響を研究している錬金術師が多数いる。彼らの助力を仰ぐとしよう」
「そうか、恩に着る」
「いや、その必要はない」
礼を言うジュンイチに答えると、ロイは彼に告げた。
「今すぐその恩を返しに行ってもらおうか」
「……やり返されたかな?」
「これで1勝1敗だな」
闇夜の中、『目的地』を前に尋ねるジュンイチに、エドワードはそう答えて『目的地』を見上げた。
イーストシティの外れにある、廃棄された軍の研究所である。
何やら事故があったらしく、研究結果はおろかその内容すら軍に知らされないまま放置されているその施設を調査し、その研究内容を解明すること――それがロイが力を貸すことに対して提示した交換条件だった。
「ったく、また大佐に利用されたな」
「そう腐るな」
うめくエドワードに答え、ジュンイチは研究所の外壁を軽く数回叩き、
「ただこの施設を調べて帰るだけ。楽な仕事じゃんか。
さっさと済ませて帰れば済む話さ」
ジュンイチがそう言うと同時――彼に構造のほころびを的確に叩かれた壁があっさりと崩れ落ちた。
「………………ほぉ」
施設に足を踏み入れ、内部の空気をかぎとったジュンイチは思わず声を上げた。
「どうした?」
「……そうとう鼻が利かないと気づかないくらいにわずかだが、薬品のにおいがまだ残ってやがる……」
エドワードに答え、ジュンイチは床を調べ、
「……暗くてよく見えんが、この手触りは、乾いた血痕だ。
どうやら、ここで起きた『事故』ってのは、けっこう血なまぐさい類だったらしいな。
それも……」
そして、立ち上がったジュンイチが見たものはエドワードにも見えた。
壁に刻まれた、巨大な爪の跡である。
「……動物実験系の『化学事故災害』だと断定していいだろう」
さらに奥へと進むうち、内部の惨状はその悲惨さを増していった。
人体の一部とわかる腐乱した死骸が散乱し、壁はそのほとんどが返り血で赤く染まっている。
「……しばらく肉が食えなくなりそうだな」
「この程度で何言ってやがる。
アフガンでバイオハザードを処理した時はこんなもんじゃなかったぞ」
吐き気でももよおしたか、口を押さえてうめくエドワードにジュンイチは答えて先を急ぐ。
「けど、これで間違いないな……
ここは軍用の合成獣の研究所だな」
「なるほど、軍用の生物兵器か……」
気を取り直してつぶやくエドワードの言葉に、ジュンイチはふと視線を伏せ、つぶやいた。
「どこの世界も、科学者どもが考えることは一緒ってコトか……」
「ジュンイチ……?」
そのつぶやきの意味するところを量りかね、エドワードが眉をひそめるが――
「――ストップ」
そんなエドワードを、ジュンイチが静かに制止した。
「どうした?」
尋ねるエドワードに答えることなく、ジュンイチは腰にさした木刀に手をかけて――しばしの沈黙の後に告げた。
「……戦闘開始だ」
「何!?」
ジュンイチの言葉に、エドワードはとっさに前方を警戒し――
ドガァッ!
“背後の”壁を突き破り、ゴリラをベースにヤギと合成された合成獣が出現する!
そのまま、合成獣は反対側に出現されて反応が遅れたエドワードへと襲いかかり――
「遅ぇよ」
ジュンイチが静かに告げると同時――合成獣の首が振り上げられた両腕もろとも斬り飛ばされた。
一瞬にしてその命を奪われ、静かに崩れ落ちる合成獣を見下ろしながら、ジュンイチは手にした爆天剣についた鮮血を振り飛ばす。
一方、突然木刀から変化した爆天剣を見て目を丸くしたのはエドワードだ。
「なっ!?
お前、その剣……!?」
「ん? 爆天剣か?
『紅夜叉丸』――っつってもわからんか。オレの持ってる木刀を再構成して作ったんだ」
答えて、ジュンイチは爆天剣を構えなおし、
「ま、その説明は一段落してからでもいいだろ。
今は――『大掃除』が先だ」
「……だな」
ジュンイチの言葉にエドワードが答え――彼らの周囲を、姿を現した合成獣達が取り囲んだ。
が――
「どっせぇいっ!」
烏合の衆の合成獣軍団など、即席コンビとはいえ超一流の戦闘力を持つジュンイチとエドワードの敵ではなかった。咆哮と共にジュンイチの打ち込んだ拳が、ゴリラヤギを背後の壁もろともブッ飛ばし、エドワードの錬金術によって大地から発生した無数の錐がワニをベースにした合成獣をまとめて串刺しにする。
そしてこれにて戦闘終了。所要時間はわずか5分。
「弱すぎ。
エド、これが『こっち』の生物兵器のレベルか?」
「恥ずかしながらこの程度」
思った以上に手ごたえのない合成獣の戦闘力に思わずため息をつき、尋ねるジュンイチにエドワードは肩をすくめてそう答える。
それよりも、エドワードには気になることがあった。
「しっかし、なんでこんなに合成獣が……?」
そう。何年も前に廃棄されたはずのこの研究所に、なぜこれほどの合成獣が生存していたのか――だが、その問いにジュンイチはあっさりと答えた。
「簡単さ。
こいつらは、“できたてホヤホヤ“なんだからな」
「はぁ?」
「見てみろ、コイツの死骸」
エドワードに言って、ジュンイチは自分が両断した合成獣の死骸――その切断面を見せた。
「肉がずいぶんと若い。ベースの生物の年齢にもよるし、この世界での生物の合成技術がどのくらいかは知らないけど、それにしたって若すぎる。
おそらく、コイツらは作られてからそれほど経ってない。ヘタをすれば、作られてからまだ数時間しか経ってない――そう見立ててもいいくらいだ」
「ち、ちょっと待てよ!」
ジュンイチの言葉を、エドワードはあわててさえぎった。
「じゃあ、ここに人がいるってのか?」
「そう思うのが自然だけど――その可能性はないな」
そう言うと、ジュンイチは周囲を見回し、
「研究の形跡はおろか、人の行動の形跡がまったくない――少なくとも、ここに『人』はいない。
それに、まだ研究が続いているのならもっといろいろな種類の合成獣がいてもおかしくないが、ここにいたのはゴリラヤギとイノシシワニだけだ。しかもそろって同じ合成のされ方で……」
「どういうことだ?」
「つまり――」
エドワードに答え、ジュンイチは告げた。
「ここには、あの2種類の合成獣の無人プラントがあると考えられるワケだ」
ひしゃげて開かない扉を爆天剣で両断し、ジュンイチとエドワードは研究室へと足を踏み入れた。
「ここで何かわかればいいんだけどな……」
つぶやきながら、エドワードは机の上や床に散乱した書類を拾い集め、目を通していく。
と――
「……いきなりビンゴだな」
そうつぶやいたのは、同じく資料を調べに取りかかったジュンイチである。
「何かわかったのか?」
「あぁ」
エドワードに答え、ジュンイチは彼にその資料を見せた。
何かの設計図である。
「……すまん、機械は専門外なんだ」
「鋼の手足ぶら下げておいて、よく言うぜ」
あっさりと白旗を上げたエドワードに、ジュンイチはうめいて説明を始めた。
「簡単に言うと、コイツぁ自動で合成獣を作るための装置の設計図だ。
と言っても、その都度生物を合成するワケじゃない。合成された状態――合成獣そのものを一から作り出すものだ」
「ってことは、つまり――」
「あぁ。
オレ達が戦ったあの合成獣達は、ベースの生物を合成したものじゃなくて……ベースとなった合成獣をコピーした、複製生物だったんだ」
エドワードに答えると、ジュンイチは再び書類に視線を落とし、
「これによると、このシステムは拠点防衛用に研究されていたものらしいな。侵入者を感知装置で発見すると自動で作動し、迎撃のために合成獣を生産する……そんなところだ。
記録を見る限り、システム自体はすでに完成してるらしいな。テストにも成功、合成獣の製造も問題なくて……」
その先はエドワードにもわかった。テストの結果すべてのシステムが正常に作動し、合成獣を作り出し――その合成獣を制御できず、研究所が壊滅したのだろう。
「で、調査に訪れたオレ達に対してもシステムが作動して、さっきの『お出迎え』になったらしいな」
「ったく、迷惑な話だぜ」
ジュンイチの言葉にエドワードがため息をついて言うと、
「………………ん?」
ふとその気配を感じ取り、ジュンイチは顔を上げた。
すぐに再び視線を落とし、書類で自分の懸念を確認し――つぶやいた。
「……どうやら、オレ達以外にも『お客さん』がいらっしゃったらしいな」
「なんでそう思うんだ?」
尋ねるエドワードに、ジュンイチは左方の壁を指さして答えた。
「向こうに問題のシステムがあるらしいんだが……どーも動き出したらしいんだ、そのシステム」
「おやおや」
その光景を前に、少年はため息まじりにつぶやいた。
「新入りくんの力を見せてもらおうと思ってたら、意外なヤツが釣れたもんだね。
さぁて、どう出る? 新入りくん、鋼のオチビ?」
「……む?」
突然行く手に合成獣達の姿を見つけ、彼は眉をひそめた。
ここに『鋼の錬金術師』がいると聞き、今度こそと思ってやってきたのだが……
「あくまで行く手を阻むか。忌むべき錬金術で作り出されし異形の者よ。
……滅ぶべし」
男の右手に稲妻が走った。
一方、ジュンイチとエドワードもまた、彼のいるであろう入り口方面へと走っていた。
「間に合うか……!?」
誰かは知らないがマズい時に来たものだ――と歯噛みするエドワードだったが、
「………………ん?」
合成獣達の気によって現状を把握していたジュンイチが、何かに気づいて視線を上げた。
「どうした?」
「いや……どうも心配ないっぽいぞ」
尋ねるエドワードにジュンイチが答えると、
ドガァッ!
轟音と共にとなりの壁が吹き飛び、巨大な肉塊が飛び込んできた。
何かは推測するまでもない――合成獣の死骸である。
「な、何だ……?」
それを見てエドワードがうめいた、その時――
――ゾクッ!
そのエドワードの背筋を、強烈な悪寒が駆け抜けた。
自分に向けられた殺気だ。それも覚えがあるもの。これは――
「……アイツか……!」
その正体を確信し、エドワードがうめくと、
「見つけたぞ、鋼の錬金術師」
言って、その男は舞い上がる煙の中からその姿を現した。
褐色の肌に短い白髪、そして顔を穿った十字の傷跡――
そして、エドワードは彼の名をつぶやいた。
「……傷の男……!」
「すかー?」
どう聞いても人名には聞こえないその名にジュンイチは思わず首をひねる。通称なのだから当たり前なのだが、ジュンイチはその辺の事情を知らないのだから仕方がない。
「今度こそ、逃がしはしない……
異端なる錬金術を使う者――その頂に佇みし国家錬金術師よ。大いなる神イシュバラの代行者として、貴様に滅びを与える!」
だが、そんなジュンイチにかまわず、傷の男はエドワードへと突っ込み――
「――――――っ!?」
とっさの判断で後退したその眼前を、ジュンイチの振るった爆天剣が斬り裂いた。
「……何者だ?」
「ジャマ者」
あっさりと傷の男に答え、ジュンイチは彼に向けて爆天剣の切っ先を向ける。
「どこのドイツ人か知らないけど、オレの目の前でオレのお仲間に手ェ上げようたぁ、ずいぶんとゴージャスな根性してけつかるじゃねぇか。
そーゆー輩って、オレにとっちゃ真っ先に迎撃対象に挙がるんでね。オレがこの場にいたこと、運がなかったと思ってあきらめな」
「……神の裁きに逆らうか」
「神は信じちゃいるけど従うつもりはないんでね」
再びあっさりと答える。
「だいたいさぁ、神の意思だかなんだか知らないけど、その元に人を殺すって考えがまず理解できないな。
そんな自分の腹ひとつで人の生き死にを決めちまうような傲慢な神をあがめるほど、オレは愚かじゃないんでね」
「ムダだよ、コイツに何言っても」
告げるジュンイチに答えたのはエドワードだった。
「何だ、知り合い?」
「一度命を狙われた」
「ふーん……」
エドワードの言葉に、ジュンイチはうなずきながら振り向き――
「抹殺決定」
振り向ききった時には、傷の男への認識が『迎撃対象』から『抹殺対象』へと移行していた。
「あくまで手向かうか……
ならば、イシュバラの名の下に、貴様にも滅びを――」
「グダグダうるせぇぞ、エセ信徒!」
傷の男の言葉が終わるのを待ってやる義理などない――ジュンイチは炎をまとった右拳を打ち放ち、解放された炎が傷の男に向けて襲いかかる。
が――傷の男は真横に跳んでその炎をやりすごすとジュンイチに向けて間合いを詰め、右手でつかみかかる。
対して、ジュンイチは迎撃すべく腰を落とし――エドワードが叫んだ。
「ダメだ、かわせ!」
「――――――!?」
エドワードの言葉に、ジュンイチはとっさに後ろに跳び――
ドガァッ!
傷の男の一撃は床を大きく穿ち、クレーター状の大穴を開ける。
「な、何だ……!?」
予想外の攻撃を前に、ジュンイチは警戒の色を強める。と、背後からエドワードが告げた。
「気をつけろ、ジュンイチ。
アイツの右手……錬金術の『分解』だけを使う」
「分解……?」
「オレ達の錬金術による『練成』のプロセスは大きく分けて3つ。
物質を『理解』し、『分解』し、それを用いて『構築』する……」
「原理は違えど、オレ達の再構成とやるコトぁ一緒ってワケか……」
説明するエドワードの言葉に、ジュンイチは傷の男の動きを警戒しつつ納得し――気づいた。
「ちょっと待て。確かアイツ、さっき錬金術を『異端』って言ってなかったか?」
「なりふりかまってないんだよ、アイツ。
故郷のイシュバールを国家錬金術師に虐殺されて、復讐に燃えてるってワケさ。手段を選ばないほどにな」
「……なるほどね」
納得すると、ジュンイチは傷の男へと向き直り、
「つまりアンタは、国家錬金術師に対する『復讐者』ってワケか。
そりゃ、自分達の究める錬金術で殺されるんだ。当事者達にとっちゃ、これ以上屈辱な殺され方はないわな」
「……我を否定するか?」
「んにゃ」
傷の男の言葉に、ジュンイチは意外な答えを返した。
「別に復讐そのものを否定するつもりはないよ。
なんせ……オレも『復讐者』なんでね」
「え………………?」
ジュンイチの放った意外なその言葉に、エドワードは思わず呆けた視線を彼に向けるが、それは傷の男にとっても同じだったようだ。ジュンイチへと怪訝な視線を向け、尋ねる。
「貴様も、だと……?
ならばなぜ立ちふさがる? 貴様も復讐者ならば、我が無念もわかるだろう」
「わかるからこそ、だよ」
傷の男に答え、ジュンイチは爆天剣をかまえ、
「お前の無念がどれほど強いか、まではわかんねぇけど、思いの種類はおそらく同じだろう。
だからこそ、お前さんの末路が予想できる。だから、そうなることを止めたいんだ」
「無駄だ。
すべての国家錬金術師をこの世から抹殺するまで、私は止まらん!」
「あー、そうかい!」
言って地を蹴る傷の男の言葉に答え、ジュンイチもまた爆天剣をかまえて突っ込む。
間合いに入ると同時に横薙ぎに刃を振るい、身を沈めてかわした傷の男の顔面を蹴りで狙う。
が、傷の男もそのまま倒れ込むことでその蹴りをやりすごし、蹴りを空振ったジュンイチに右手を向ける。
(――ヤバい!)
とっさに跳躍し、ジュンイチは傷の男の右手を回避し――
「今だ!」
傷の男の姿勢が崩れているこのチャンスを狙い、エドワードが右手の義手――自動鎧をブレードへと練成し、傷の男へと斬りかかる。
が――ジュンイチは気づいた。
「やめろ、エド! そいつぁワナだ!」
「何っ!?」
ジュンイチの言葉にエドワードが驚きの声を上げるが――
「遅い!」
傷の男はジュンイチを狙っていたはずの手を素早くエドワードに向け――その右手の自動鎧をつかむ!
「しまった!」
「もう一度――壊させてもらうぞ!」
うめくエドワードに傷の男が告げ――
バギィッ!
金属が軋む音と共に、エドワードの右手の自動鎧が砕け散る!
「これで終わりだ!」
さらに追撃をかけるべく、身を起こした傷の男がエドワードに迫り――
「何勝手に標的変更してやがる!」
ジュンイチの叫びにとっさに後退、彼の振り下ろした爆天剣の刃をかわす。
「まだまだぁっ!」
しかし、ジュンイチも逃がしはしない。続けざまに炎を放ち、傷の男をさらに後退させる。
「チッ、ここで戦い続けるのはどうやら分が悪いらしいな。
この場は引かせてもらうぞ」
「逃がすか!」
言って、崩れた壁の向こうに消える傷の男をエドワードが追おうとするが、
「ストップ」
そんなエドワードをジュンイチが止めた。
「片手でどーやってヤツとやり合うつもりだ?」
「そ、それは……」
「撃退には成功したんだ。今回はそれでいいだろ。
一応、今回の依頼も果たせそうだし、な」
「……わかったよ」
ジュンイチの言葉に、エドワードはしぶしぶうなずいて引き下がる。
しかしまだまだ不満そうなエドワードに苦笑し、ジュンイチは胸中で付け加えた。
(どーも今の戦い、見てるヤツがいたっぽいからな……
わざわざ手の内を見せてやることもない、か……)
「あらら、もう終わりか」
ジュンイチのその読みは正解だった――戦いの一部始終を見物し、少年はひとりつぶやいた。
「もう少し、あの黒服の兄さんの戦いぶりを見たかったんだけど、ま、いっか」
そして、少年は最後に付け加えた。
「どうも、あの兄さんの力は錬金術とは違うみたいだし。
ひょっとしたらアイツも、『門』を開けられるかもな……」
(初版:2005/09/25)