「……なるほどな。
だいたいの事情はわかった」
エドワードに代わり報告を済ませたジュンイチに、ロイはため息をついてつぶやいた。
「やはり、生きていたか、傷の男め……」
「あんたらも知ってんだ、アイツのこと」
「当たり前だ。国家錬金術師は誰もがヤツの標的だ。
キミも実際に対峙してその実力は理解したはずだ」
「……まぁ、ね……
オレの攻撃をことごとくかわしやがったからな、アイツ……ま、こっちも全部かわしてやったからおあいこだけど」
「そういうことだ。
決してナメてかかれる相手ではない。キミも用心することだ」
ジュンイチにそう答えると、ロイは息をつき、
「ところで、キミ達からの依頼の件だが」
「あぁ、どうなった?」
「もうしばらくかかりそうだな。
だが、『歪み』のエネルギーは安定しており、しばらくは消滅の心配はない――少なくとも、向こう1ヶ月は大丈夫だろうとの報告を受けている」
「1ヶ月か……」
ロイの言葉に、ジュンイチはしばし思案し、
「……十分間に合う、かな?」
「む? 何かあるのか?」
「あぁ」
ロイに答え、ジュンイチは告げた。
「報告した通り、エドのヤツ傷の男に自動鎧ブッ壊されちまったからさ。アイツの専属整備士とやらのところに直しに行ってくる」
「そうか。
だが、まだ傷の男が鋼のを狙っている可能性もある」
「わかってるって。
だからオレも同行することになった」
「キミが?」
「あぁ」
ロイに答え、ジュンイチは言った。
「なんか知らんが、そちらさんから護衛を提供してもらうのはもうこりごりなんだそうだ」
「……なるほど」
第3話
「リゼンブールへ」
そんなワケで、ジュンイチはエドワードと共に、列車でリゼンブールへと向かうことになった。
「……ふむふむ。つまり、ジュンイチの錬金術は物質の組成による制限はないのか」
「錬金術じゃなくて再構成な」
列車の中で説明を聞き、納得するエドワードにジュンイチが答える。
「まぁ、組成に制限がないってだけで、後はお前らの錬金術と基本は変わらない。
作りたいものにできるだけ近い量の媒介が必要になる――まぁ、媒介がなくても放出した自身の精霊力や大気そのものを使う『無媒介形成』って手段もあるにはあるが、疲れるからできればパスだ。
それに、物質だけじゃなくてエネルギーを作り出すこともできるけど、物質でもエネルギーでもない存在である――たとえば『魂』や『気』、『魔力』のような生命エネルギーは作れない――つまり、人の身体は作れるけど、魂の宿った『生きた肉体』は作れない。
付け加えるなら、人の肉体は力場によって維持されていて、その力場の根源はそれらの生命エネルギーだ――死んで生命エネルギーを失った身体が急速に劣化していくのはそのためだな。
従って、生命の力である力場そのもののエネルギーも再構成することはできないから、他人の力場によって維持されている『生きた肉体』を再構成することはできない」
「つまり……錬金術と違って医療利用はできないのか」
「正解。まぁ、薬や医療器材を作るのがせいぜいかな。
理解が早くて助かるよ」
エドワードに答え、ジュンイチは手元の本へと視線を落とす。
先日の研究所で見た書類もそうだったが――いったい何がどうなっているのか、自分達は確かに日本語で話しているのに、文章は英語だ。まぁ元々アメリカ生まれのジュンイチには読むのに支障はまったくないが。
「……なるほど……
ぶっちゃけ言えば、この国は軍部の権限が最優先される軍事国家なワケか」
「あぁ。
昔はそうでもなかったらしいんだけど、ここんトコ内乱や国家間の小競り合い続きでさ」
ジュンイチのつぶやきにエドワードが答えると、
「………………ん?」
突然ジュンイチが顔を上げた。前の駅で買い、食べかけのまま置かれていた弁当をおもむろに手に取る。
「どうした?」
「しっかり踏ん張れ」
尋ねるエドワードにジュンイチが答えた、その時――
ズズゥンッ!
突然の衝撃が列車を襲い、その衝撃でエドワードが転倒、跳ね上がった彼の弁当をジュンイチは空いている手でキャッチする。
「てめぇ……! オレより弁当かい……!」
「お前がコケるのと弁当がぶちまけられるのと、後片付けが面倒なのは文句なしに後者だ」
身を起こし、うめくエドワードにジュンイチが答えると、車内に備えられたスピーカーから声が響いた。
〈我々は、反軍部・東部解放戦線である!
この列車は我々が占拠した! 我らの目的のため、諸君にはしばらくの間ご同行願いたい!
抵抗しなければこちらも手荒な真似はしないと約束しよう! 繰り返す――〉
「……またか……」
その放送の内容に、エドワードは思わずため息をついた。
彼はかつて、旅の中でイーストシティに向かう道中で一度、かつて傷の男と対峙した時に破壊された自動鎧を修理し終え、中央へ戻る道中でもう一度、トレインジャックに遭遇している。
つまりこれが3回目。何の因果でこうもトレインジャックに出くわさなければならないのか――
だが、過去の2回と違って今回自分は自動鎧を使えず、戦闘力は通常の人間と同じ――か少々高いか、くらいしかないだろう。あまり関わりたくないのだが――
エドワードがそんなことを考えている一方で、ジュンイチはふと床に落ちているそれに気づいた。
それが本来あったであろう場所を見て、それがそこから落ちたものであることを確認する。
――対処方針が決定した。
「お前はここにいろ」
そう言って立ち上がると、ジュンイチは大きく背伸びをして座りっぱなしで固まっていた筋肉をほぐす。
「ここにいろ、って……」
「弁当番」
あっさり答えると、ジュンイチは席に立てかけてあった『紅夜叉丸』を手に取り、言った。
「誰にケンカ売ったか教えてくる」
どこか殺る気マンマンなその態度に、エドワードは首をかしげ――足元に落ちているそれに気づいた。
タコさんウィンナーである。
確か自分の弁当に入っていたそれはもう食べたはずだ。ということは、これを食べるはずだったのはジュンイチだった、ということになる。
おそらく、先の衝撃で落ちたのだろう。
「……怖いんだなー、食い物の恨みは……」
それがエドワードの素直な感想だった。
トレインジャック一味はセオリーに則り、まず機関車を占拠し列車の主導権を握った。続いて、最後尾車両に控えさせていた仲間達と挟撃する形で客車内を掌握していく――という手はずだった。
そして、現在はその掌握の最中。後方の一味は最後尾の車両の掌握を終え、2両目へと移ろうとしていた。
だが、先頭の男がドアに手をかけた瞬間――
バギャァッ!
ドアが轟音と共に砕け散り、男は通路を一直線に後方へと弾き飛ばされ、天井に激突した後に床へと落下した。
「な、何だ!?」
それを見て別の男が声を上げ――
「遅い」
低い声と共に、彼やその近くにいた仲間達が次々に打ち倒された。
男達が状況を理解しようと頭を働かせる、が、そんな時間を与えるつもりなどジュンイチには毛頭なかった。そのままその身を高速でひるがえしながら『紅夜叉丸』を振るい、男達をひとり残らず、瞬時に叩き伏せていた。
先の攻撃を次の攻撃の予備動作に直結させ、舞うように流れる動きで間隙のない連撃を放つ――彼独自の戦闘技法のひとつ『螺旋演武』である。
瞬時に後方車両のトレインジャックを全滅させると、ジュンイチはすぐさまきびすを返して前方の車両へと向かう。
時間をかけるつもりはない――速攻で片づける。
と――ふと何かを思いつき、ジュンイチは足を止めると窓の外へと視線を向けた。
「何?」
「だから、先ほどから後部車両班との連絡がとれないんですよ」
部下からその報告を受け、トレインジャックのリーダーは眉をひそめた。
「何者かが抵抗しているのか……?」
しかしそれならば交戦の報告があってもいいはずだ。ならばなぜ――
報告する間もなく叩き伏せられたことなど思い至るはずもなく、リーダーが首をかしげていると、
――ヒュンッ。
彼らの眼前を何かが駆け抜けた。
そして――細切れにされた天井が砕け散り、爆天剣で天井を斬り裂いたジュンイチが彼らのド真ん中へと着地した。
「な、何だ!?」
驚いて、男達は一斉にジュンイチに剣や銃をかまえ――しかし、それがジュンイチに襲いかかることはなかった。
ジュンイチの振るった、瞬時に爆天剣から戻された『紅夜叉丸』によって、彼らの両手首が一様に打ち砕かれていたからだ。
『ぎゃあぁぁぁぁぁっ!』
「オレに殺意を向けるからだ」
絶叫する男達に淡々と言い放つと、ジュンイチは静かにリーダーへと向き直る。
「き、貴様……何者だ!?」
「事態を収拾しようとしてる一般人。
ま、もっとも、『穏便に』収拾するつもりはカケラもないがね」
笑顔で答えるジュンイチだが、その構えにはまったくスキはなく――ついでに言うなら殺気も出し惜しみなしの全開放。これだけでリーダーの男は完全にすくみ上がってしまった。
こんなずさんなテロしかできないトレインジャックのリーダーと元本職の傭兵であるジュンイチ、両者の実力差は歴然だった。
「くっ……くっそぉっ!」
うめいて、男がジュンイチに向けて銃を構え――
――ビシィッ!
鋭い打撃音と共に、ジュンイチの『紅夜叉丸』によって打ち据えられた男の手から銃が落ちる。
「はい、それまで♪」
続けてナイフを取り出そうとした男だったが、その眼前にジュンイチの『紅夜叉丸』が突きつけられた。
「くそっ……!
なんだよ、こんなヤツがいるなんて聞いてないぞ……!」
思わず毒づくリーダーだったが――ジュンイチは彼の言葉を聞き逃してはいなかった。
「……『聞いてない』……?
誰か、お前らに情報を与えたヤツがいるってことか?」
「そ、それは……」
尋ねるジュンイチに男が答えかけ――
――ズンッ!
男は答えることはできなかった。突如飛来した『何か』が男の胸を貫いたからだ。
「……命中。
さすがは『戦乙女』。たいした腕だ」
「ノブナガには負けるけどね」
その様子を遠く離れた高台の上で見つめ、女性は男の言葉にそう答えた。
「だが、作戦は失敗のようだな」
「でもないわよ。
あの“異界人”の実力は垣間見れた。収穫が少なかった、ってだけで概ねは成功ね」
「だが、やはり性分ではないな、こういうやり方は」
そう言うと、男は女性に背を向け、歩き出す。
「どうするの?」
「やはり直接叩かせてもらう。
実際に相対してみなければ、わからぬ強さもある」
「それもそうね。
じゃ、そっちは任せるけど――」
男の言葉にうなずくと、女性は彼に告げた。
「やるなら全力で速やかに殺ってよね。
後々脅威になるかもしれない――そんな予知が下された相手をいつまでもほっとくと、ノブナガやサイトーあたりがうるさいよ」
「わかっている」
女性の言葉に答え――男は姿を消した。
「やれやれ、お堅いわねー、相変わらず」
そんな男の態度につぶやき――女性はふと気づいてつぶやいた。
「そういえば……ジャックはドコ行ったのかしら?」
「あぁ、主犯は死んじまったが、トレインジャックは概ね解決だ。
生きてる犯人は一通りふん縛っておいた。リゼンブールの役所に引き渡しておくから、引き取りは夜露死苦」
〈そうか……〉
車載の無線機で報告するジュンイチに、ロイはそううなずいた。
〈主犯に死なれたのは痛いが、ご苦労だった。
だが……その主犯の男は、一体何で撃ち抜かれたんだ?〉
「さぁな。皆目見当もつかないよ。
じゃ、エドんトコに戻るから」
言って、ジュンイチは無線を切って送話器を置いた。
だが――実際のところ、ジュンイチにはその正体が何であるか直感で悟っていた。
ならばなぜロイに報告しなかったのか――? 答えは簡単。
確証がなかったからだ。それが『この世界』ではおよそありえない手段だったために。
(あれは、とてつもなく狭い範囲の衝撃波だった……
考えられるのは拳圧だが……ただの人間に、人の身体を打ち抜くほどの拳圧なんて撃てるはずがない……)
そう。あの衝撃波は人の拳くらいのごく狭い範囲の中で放たれたものだった。
逆に言えば、それだけの範囲に衝撃が一点集中したからこそ、この男の身体を打ち抜けたのだろうが――そこまでの拳を放てる人間など、ジュンイチの知る限り自分達ブレイカーぐらいだ。
だが――ブレイカーのいないこの世界で、それほどの力を持つ人間が果たしているのだろうか?
思考を巡らせるジュンイチだったが、その答えは出なかった。
そして――
「ここがリゼンブールねぇ……
みごとなくらいに『田舎町』の定番だな」
駅を出てその眼前に広がるのだかな光景を見回し、ジュンイチは素直な感想をもらした。
「で? 問題の自動鎧を直せるところっつーのはここから遠いのか?」
「いや、歩いて行っても十分だよ」
尋ねるジュンイチに答え、エドワードは彼を先導して歩き出す。
そして、そのまま牧場と思われるだだっ広い草原の間の道を歩くことしばし。ジュンイチ達の行く手に一軒の家が見えてきた。
「あそこか?」
「あぁ」
エドワードがジュンイチに答えた、その時――
「………………あ」
ジュンイチの視界にそれが映った。どうしようかと一瞬考え――この程度なら大丈夫だろうと結論付ける。
そして、
――スコーンッ!
飛来したスパナがエドワードの脳天に直撃。まともに喰らったエドワードはその場にひっくり返った。
「ってぇーっ!」
「すまん、エド。反応が遅れた」
真っ赤なウソである。
「にしても、このスパナ、どっから……?」
地面に落ちたスパナを拾い、ジュンイチが首をかしげると、
「ヤッホー、エド!」
そんな彼らに、目の前の家から声がかけられた。
見ると、そこには髪をバンダナでまとめ、作業服に身を包んだ女の子がひとり。
状況からして、スパナを投げたのは彼女だろうが――飛来したスパナの回転の安定さが、彼女にとってそれが手馴れたものだと物語っていた。
「アイツは?」
「ウィンリィ・ロックベル。幼馴染だ」
ジュンイチに答え、エドワードは立ち上がり、付け加えた。
「で、オレの自動鎧の専属整備士」
(初版:2005/10/30)