七瀬八重は、荒野の中にいた。
「ここは……?」
つぶやき、八重は周囲を見回し――
「――きゃあっ!?」
突然、すぐそばで爆発が起きた。多数の光弾が飛来し、周囲に降り注ぐ中、驚き、その場にしゃがみ込んでしまう彼女の直ぐ脇を、何かが猛スピードで駆け抜けていく。
バイクに乗った、奇妙なライダースーツを身にまとった人物――それが何人も、爆発の中を同じ方向に向けて疾走する。
そんな中、また新たな爆発が起き――その爆煙の向こうから、二足歩行の非人間型ビークルに乗ったライダーが姿を現した。光弾の飛来した方向に向け、装備されたミサイルをばらまくように発射する。
その周囲には、やはり奇妙な、しかし統一されたデザインのスーツのライダー達――バイクには乗っておらず、各々に武器を携えて大型ビークルのライダーの後に続く。
そして、その頭上を駆け抜けるのは2匹の龍――赤い龍と黒い龍が空を駆け抜けていくが、そのどちらも光弾を受け、撃墜されてしまう。
しかし――空から戦いを挑んでいるのは龍達だけではない。飛行システムを備えたバックパックを背負った者、巨大な城と一体化したかのような姿のドラゴンに乗る者、天を駆け抜ける列車の上から、使役している異形に攻撃を放たせる者――様々なライダー達が空を駆け抜けていくが、彼らもまた飛来する光弾によって次々に撃ち落とされていく。
巨大な城のドラゴンもまた、その犠牲となり――近くの岩山に激突。崩落した岩山の向こうからも、巨大なサルのようなロボット(?)に乗ったライダーを先頭に新たな戦士の一団が姿を見せる。
だが――その誰もが、目標にはたどり着けない。天を駆ける列車も、巨大なサル型ロボットも、一斉に目標へと走るライダー達も、ことごとくが光弾の餌食となり――
気づけば、八重の周囲には打ち伏せられたライダー達が死屍累々と横たわっていた――最後に一際大きな爆発が起き、戦場は完全に沈黙する。
そして――彼女は見た。
静寂を取り戻した戦場に、ただひとり佇む者の姿を。
その姿は漆黒の影に包まれ、見えるのは腰に着けたベルトの、無骨な白いバックルだけだ。
しかし――自然と、彼女はその名を口にする。
「………………“ディケイド”……」
◇
「…………また、あの夢……」
意識が急速に浮上し、開いた瞳に飛び込んできたのは見慣れた天井――目が覚め、八重はゆっくりと身を起こした。
「……“ディケイド”、か……
何なんだろ……あの夢……」
もう何度も見た夢だが、なぜ自分がそんな夢を見るのか、心当たりがまったくない。
首をかしげる八重だったが、時計を見て時間に余裕があまり残されていないことに気づいた。登校する前に家族の朝食を準備すべく、あわてて自分の身支度を整える――
彼女は知らない。
自分の見ている夢が――
やがて、“いくつもの”世界の運命を左右することになるものであることを。
仮面ライダーディケイドDouble
ウソ(だったはずの)第1話
「オワルセカイ」
「ふぁ〜あ……」
あくびまじりに、柾木ジュンイチは自宅のリビングに顔を出した。
私立龍雷学園1年生。武道推奨校に通うだけあり超高校生級の実力を誇る武闘派高校生――というのは表の顔。裏では齢8歳にして傭兵の道へ進み、今では業界共通ランク“SSS”を取得。さらには太古の精霊の“力”を受け継ぐ転生系能力者“ブレイカー”として、これまでも幾多の戦いに首を突っ込m……もとい、参加している身の上でもある。
そんな彼も、“日常”の中では普通の少年だ。手馴れた様子でエプロンを身につけ、台所に入ると朝食を用意していく。
それはいつも通りの朝の光景だが――
「………………ん?」
不意に、何かを感じ取って顔を上げた。
「…………何だ……?」
いつも通りの自宅。いつも通りの台所に、いつも通りのリビング――しかし、ジュンイチはそこに確かな違和感を感じていた。
油断なく周囲を見回し――
――“ディケイド”――
「――――――っ!?」
突然、彼の頭の“中”に声が響いた。
――今日、あなたの世界が終わります――
「世界が……?
どういうことだ!?」
“声”の告げるその言葉に聞き返すジュンイチだったが――すでに“声”の気配も、部屋の中に感じた違和感も消えていた。
◇
「ふーん……
何なんやろな、その夢」
「うーん……」
その日一日が何事もなく終わろうとしている夕暮れ時――下校するその途上、自分の家に下宿する“同居人”のひとり、青野真紀子の言葉に、八重は首をかしげて考え込む。
「夢っちゅうのは、寝てる間に脳が記憶を整理してるせいで見るって、前に何かの番組で見たことがあるけどねー」
「きっと、七瀬が子供のころに見た子供番組のヒーローとかじゃないの?」
「そうでしょうか……?」
もうひとりの“同居人”由崎多汰美や彼女に同意する潦景子(通称“にわ”)の言葉に、八重はそう聞き返し――
――ィィィィィィンッ――
「…………え?」
何か――甲高い金属音のような音が聞こえてきた。音の発生源を探し、八重は思わず周囲を見回す。
「どうしたの?」
「何か聞こえません?」
「何か……?」
真紀子に答える八重の言葉に、にわは八重と同じように周囲を見回し、
「……何も聞こえないわよ?」
「そんな……
今も聞こえてるんですけど……」
「どんな音なん?」
「とても高い……金属音みたいな……」
「耳鳴りかなんかとは違うの?」
などと話す八重達だが――彼女達は気づいていない。
傍らのゴミ捨て場に置かれた割れた鏡――その中に、その場には存在しない、仮面を着けた赤い戦士の姿が映り込んでいることに。
結局、彼女達が気づかないまま、仮面の戦士は鏡の中から姿を消した。同時に音もやみ、八重は一体何だったのだろうかと首をひねる。
と――
「…………あぁっ!」
首をかしげた拍子に気づいた――八重の視線の先で、野良猫と思われる子猫が、今まさに道路を横断している。
あのままでは車にひかれてしまう――そんな恐れを八重が抱くと同時、今まさにそれを現実のものにしようと、1台のトラックが子猫に向けて突っ込んでくる!
「危ない!」
「あ、八重ちゃん!?」
「七瀬!?」
多汰美やにわが声を上げるが、二人の制止も聞かずに八重は車道へと飛び出した――子猫を自分の腕の中に抱きかかえるが、すでにトラックは目の前まで迫ってきている。
もはや衝突は避けられまい。誰もが悲劇を予感して視線をそらし――
次の瞬間、八重の身体は空中にあった。
トラックにひかれたのだろうか。しかし、痛みを何も感じなかった。
ひょっとしたら即死だったのか――そんなことを考えながら、八重は閉じていた目を開けて――
「……何勝手に死んだ気になってるんだ? お前」
すぐ目の前には見たこともない少年の顔――軽い口調でそう尋ねる少年の言葉に、八重はようやく、自分がまだ生きていることに気づいた。
そして、同時に気づく――この浮遊感は、少年が自分と子猫を抱きかかえて大きく跳躍しているからなのだと。
時間にすれば一瞬だっただろう。しかし、何秒にも感じられるその一瞬を経て、少年は歩道へと降り立った。八重を地面に下ろすと、少し先で停車した、今まさに八重をひきかけたトラックへと歩みよる。
あわてて出てきた運転手と二言三言言葉を交わす――八重達の無事を伝えたのだろう。何度も申し訳なさそうに頭を下げる運転手と別れ、少年は八重の元へと戻ってきた。
「危ないところだったな。
ったく、子猫にはオレも気づいてたけど、オレよりも先に飛び出すんだからな――正直肝が冷えたぞ」
「す、すみません……」
告げる少年に頭を下げ――八重は改めて目の前の少年を観察した。
年の頃は自分と同じぐらいか――顔立ちは年齢の割にやや童顔めいたところがあるが整っており、ハンサムでも不細工でもない、といった感じか。茶色がかった髪はあまり手入れされていない無造作ヘアー。そういうクセっ毛なのか、重力に逆らって無意味に逆立っている。
中肉中背のその身体を漆黒の武道着で包み、額にはバンダナをまるでハチマキのように着けている。服に合わせたのか、その色はやはり黒い。
「まぁ、いいや。次からは気をつけろよ」
言って、少年は八重の頭をクシクシとなでると、次いで八重の腕の中の子猫の頭をなでてやる。
「じゃ、オレは行くから」
「あ、あの!」
そして、路肩に止めてあった自らのバイクへ戻ろうと踵を返す少年に対し、八重はあわてて声を上げた。少年の右手をつかんで引き止める。
「礼ならいらねぇぞ。
オレが助けたいと思ったから助けた――オレの勝手でやったことで、礼を言われる覚えはねぇ」
「そ、そういうワケにはいきませんよ!」
振り払おうとする少年だが、八重もしっかりとその手をつかんで離さない――少年が手を上げても、ぶら下がる形でしっかりと捕まえている。
「あー、あきらめた方がえぇよ。
八重ちゃん、こう見えてかなり頑固やから」
「…………みたいだな」
真紀子の言葉にため息をつき、少年はため息まじりに八重を下ろした。なついてしまったのか、彼女が手放したことで自由になった子猫が八重の足にすり寄っているのを見て苦笑しつつ、八重に告げる。
「じゃあ、ご厚意に甘えようと思うけど……」
「『けど』……何ですか?」
「いや、名前教えとかないと、会話が不自由だろうと思ってさ」
八重にそう答え、少年は八重達に対して改めて名乗りを上げた。
「オレはジュンイチ。
柾木ジュンイチだ」
◇
「そりゃ、昔の記憶かなんかじゃないのか?」
八重の考える“お礼”とは、自分の手料理を振る舞うことだった――共に七瀬家へと向かう道中、八重の“夢”の話を聞いたジュンイチは愛車であるバイク“ゲイル”を押しながらそう答えた。
「ガキの頃は、子供番組とかって男向け、女向け関係ねぇからなー。
何かの時に見てたヒーローものの記憶でも蘇ってきたんじゃないか?」
「でも……」
告げるジュンイチだが、八重の表情は晴れない――ふと気になり、ジュンイチは尋ねた。
「何か……気になるのか?」
「はい……
いくら昔の記憶だからって……」
「“ディケイド”なんて名前、聞いた覚えありませんし……」
「………………っ!?」
その八重の言葉に、ジュンイチは思わず動きを止めた。
『――“ディケイド”――
――今日、あなたの世界が終わります――』
ジュンイチの脳裏に、今朝聞いた謎の声の言葉がよみがえる。
「………………?
どないしたん?」
難しい顔で考え込むジュンイチに、多汰美は首をかしげて疑問の声を上げ――
――――――
「――――――っ!?」
唐突に、ジュンイチの背筋を悪寒が駆け抜けた。
気配の出所は背後。あわてて振り向くジュンイチの動きに、八重達もまたそちらへと振り向いて――
「――な、何よ、アレ!?」
思わず上げたにわの声は、まさにその場の全員の気持ちを代弁したものだったからだ。
なぜなら――彼らは初めて見るから。
上空のあちこちに発生した、まるでカーテンのように揺らめく半透明の“何か”が、真下のビルをまるで押しつぶすかのように押さえつけ、接触面から分解していく光景など。
「黒い……オーロラ……!?」
その揺らめく“何か”の在り方から連想した光景をジュンイチはそう表現し――しかし、異変はそれだけに留まらなかった。“黒いオーロラ”によって分解された建物の残骸が次々に収束。怪物へと姿を変え、上空を飛び回り始めたからだ。
「何や、アイツら!?」
「ちぃっ!」
声を上げる真紀子の声を背後に聞きながら、ジュンイチはすかさず戦闘態勢に移行。襲いかかられてもすぐに迎撃できるよう、右手に自らの“力”を炎という形で発現させ――
炎が消えた。
「え――――――?」
突然、何の前触れもなく、自らの意思とは無関係のところで炎が消えた――戸惑い、再び“力”を高めるジュンイチだったが、その右手が再び炎に包まれることはない。
「どういうことだ……!?
“力”が、発現しない……!?」
いつもとまるで勝手の違う状況に、ジュンイチは自らの右手を見つめて困惑の声を上げ――
「き、来ましたよ!」
「――――――っ!
お前ら、そっち行け!」
それでも、八重の声に身体が反応した。急降下してくる異形の体当たりを、八重達を突き飛ばしてすき間を作ることでなんとか回避するが、異形の駆け抜けた後にも“黒いオーロラ”が発生。自分達の間を隔ててしまう。
「ジュンイチさん!」
「お前ら!」
声を上げる八重と共に、ジュンイチも“黒いオーロラ”へと近づく――通り抜けられないかと触れ、叩いてみるが、半透明の壁はビクともしない。
それどころか、次第に透明度を下げていき、八重達の姿が見えなくなっていく。
「ジュンイチさん! ジュン…チさ……! ……ンイ……ん!」
「おい! お前ら!」
次第に“向こう側”の声も聞こえなくなってきた――見えなくなっていく八重の姿に、ジュンイチは“黒いオーロラ”を何度も叩きながら呼びかけて――
「………………?」
ふと違和感を感じて周囲を見回した。
静かすぎる。
先ほどまで上空を飛び回っていた怪物達の姿もなく、周囲は不気味に静まり返っている。
それに――周りはいつの間にか真っ暗だ。夕暮れ時ではあったが、まだ“夜”と定義するには早い時間なのに。
「どうなってやがる? 次から次に……」
ともあれ今は状況の把握が最優先だ。今まで巻き込まれてきた数々の非常識な事件の知識を総動員し、ジュンイチは現状を整理しようと頭を働かせる――自分がどれだけ“平凡”とは程遠い人生を歩んできたのかを再認識させられ、ちょっぴり泣きたくもなったがそれはさておき。
と、その時――
「ディケイド」
「――――――っ!」
いきなりかけられた声に、ジュンイチは思わず身がまえた。
見れば、背後にあった公園の噴水のふちにひとりの青年が立っている――しかし、ジュンイチが気になったのは、むしろ青年の言葉、そしてその声だった。
「お前……今、オレを『ディケイド』って……
それに、その声……今朝の!」
「はい。
今日が“その日”です」
「どういうことだ?」
聞き返すジュンイチだったが、青年はかまわず彼に尋ねた。
「あなたの“バックル”と“カード”はどこです?」
「カード……?」
質問の意図が理解できず、思わず眉をひそめるジュンイチの姿に、青年はクルリときびすを返し、闇の中へと消えていく。
「待て!
お前……オレにいったい、何をさせたいんだ!?」
「世界を救うには、ディケイド“になった”あなたの力が必要です」
尋ねるジュンイチにも答えることなくそう告げ――次の瞬間、ジュンイチの身体は突然発生した“黒いオーロラ”に飲み込まれ、気づけば街の一角にポツンと取り残されていた。
◇
「何なの? ここ……」
一方、八重は逃げ惑う群衆の中、自分の居場所を把握しようと努めていた。
真紀子や多汰美、にわの姿はない――ここにたどり着くまでに何度も“黒いオーロラ”に飲まれ、その度に全く違う場所に飛ばされ――そうこうしている間に全員とはぐれてしまったのだ。
と――その時、
「ぐぅっ!?」
くぐもった悲鳴と共に、すぐそばにいたサラリーマン風の男がその場に倒れ伏した。
見ると、男の首筋には大きな牙のようなものが刺さっており、それがドクンッ、ドクンッ、と脈打つように震えるたび、男の姿はガラスのように透けていき――やがて、服だけを残して完全に消滅してしまう。
「な、何……!?」
自分と共に逃げ惑っていた群衆からの声が八重の耳に届き――そんな彼女達の前に現れた者がいた。
人型の――しかし、明らかに人ではない、まさに“怪人”と呼ぶにふさわしい容貌の異形達だ。次々に現れ、周囲の人々に襲いかかる!
あちこちで悲鳴が上がり、人々は再び逃げ惑う――そんな群衆の中、八重もまたその場を離れようと駆け出すが、
「きゃあっ!?」
再び、その身が“黒いオーロラ”に飲み込まれた。そして気づけば、八重はたったひとり、誰もいない荒野に放り出されていた。
――いや、“ひとり”ではない。
《お前の望みを言え》
そんな言葉と共に、周囲の砂が盛り上がり、地面から上半身を生やし、頭上に下半身をぶら下げた怪人へと姿を変えたからだ。
《お前の望みを言え》
《どんな願いも叶えてやる》
《お前の払う代償はたったひとつ……》
しかもそれは1体や2体ではない。何体も姿を現し、八重を取り囲んで口々に願いを求める。
「ね、願いなんかありません!
放っておいてください!」
思わず『元の場所に反してください』と頼もうかとも考えたが、古今東西、この手のウマイ提案についていってロクな目にあった話はない。目の前の砂の怪人を蹴散らし(突き飛ばそうとしたらあっさり崩れ、文字通り“蹴散らせた”)、八重はその場から逃れようと走りだす。
が――元々体力のない小柄な少女である八重はすぐに体力の限界を迎えてしまった。息を切らせて足を止めてしまい――再び“黒いオーロラ”に飲まれて別の場所へと飛ばされた。
今度はどこかのイベント会場のようだ。周囲に喧騒はなく、八重はホッと一息つく。
しかし、現実は甘くはなかった。近くの地面や建物を粉砕し、中から巨大な怪物達が姿を現したのだ。
彼らによって、周囲は瞬く間に破壊されていく――破壊から逃れようと、とっさにすぐそばの物陰に身をひそめる八重だったが、
「…………あれ?」
彼女は不意に、ガレキの下に何かが隠れているのに気づいた。
引っ張り出してみて――八重は“それ”に見覚えがあることに気づいた。
他でもない――今朝の夢に出てきた、仮面の戦士の腰に着けられていたベルトのバックルだ。他にも、バインダーファイルか本を思わせる形状のツールもある。
「これ、夢に出てきた……
何で……!?」
どうしてこれがこんなところにあるのか――思わず声を上げる八重だったが、
「おい! チビスケ!」
「え――――?」
聞き覚えのある声が自分を呼んだ。振り向くと、すぐそばの“黒いオーロラ”の壁の向こうにジュンイチの姿がある。
「ジュンイチさん!
無事だったんですか!?」
「一応無事だよ――“無難”じゃないがね」
声を上げ、駆け寄ってくる八重に対し、ジュンイチは軽口まじりにそう答え――
「…………え?」
ふと、その後ろにいる人物に気づいた。
「なぁ……
お前、実は双子だったりする?」
「え? 違いますよ?」
「だったら、その“後ろのそっくりさん”はどこのどちらさんだよ?」
「はい…………?」
そのジュンイチの言葉に、八重は不思議に思いながら振り向いて――そこにいた、“もうひとりの自分”の姿に思わず息を呑んだ。
と――“もうひとりの八重”の姿が突然緑色の異形へと変貌した。さらに異形の外郭が赤熱も熔解し、その中からよりスマートな虫型の異形が姿を現す。
「ちぃっ!」
このままでは八重が襲われる――なんとかして“黒いオーロラ”の向こうに行こうとするジュンイチだが、彼のパワーで思い切り殴りつけても、半透明の壁はビクともしない。
「こんなもんなのかよ……!
“力”を手に入れても、オレは結局守れないのかよ!?」
“黒いオーロラ”の向こうでは、今まさに八重が異形の手にかかろうとしている――どうすることもできない無力を突き付けられ、ジュンイチは思わず声を上げ――
「――――――え?」
気づいた。
八重の持っている。バックルと本型ツールに。
「ディケイ、ドライバー……!」
自然と、その名が口をついて出てきて――ジュンイチは先ほど謎の青年に言われたことを思い出した。
『あなたの“バックル”と“カード”はどこです?』
「…………それか……
おい! そいつを渡せ!」
「え? でも……」
「いいから!
考えてる時間はねぇだろ!」
戸惑う八重に、ジュンイチはさらにそう答え、
「……オレを信じろ――八重ちゃん」
「――――――っ」
ハッキリと告げた――ハッキリと自分の名を“初めて”呼んだジュンイチの言葉に、八重は決意を固めた。バックル“ディケイドライバー”とツールを差し出すと、それはあっさりと“黒いオーロラ”を突き抜け、ジュンイチの目の前に差し出される。
すぐにそれを受取るジュンイチだったが――
「きゃあっ!」
八重が異形に捕まった。なんとかその手をふりほどく八重だったが、異形はさらに数を増やし、八重を取り囲もうとする。
「八重ちゃん!
くそ……っ! こうなったら、ヤケクソだ!」
自分の“力”が使えない今、これを使うしか八重を救う方法はない――ジュンイチがディケイドライバーを腰にあてると、横からベルトが伸びて腰に完全に装着された。同時、本型ツールもベルトの左腰部分にマウントされる。
そして――
「世界を救う気はねぇが……お前らくらいは救ってやるよ!」
ベルトとして装着されたディケイドライバーの両脇のアームを左右に引っ張り、展開した。その動きと連動し、ディケイドライバーの中央部、バックル部分が90度回転。カードスロットの口を上方に向ける。
そして、ジュンイチは腰の本型ツール“ライドブッカー”から1枚のカードを取り出した。
それを正面にかざし――
「変身!」
咆哮と共にカードをスロットに押し込んだ。
《KAMEN-RIDE!》
ベルトから電子音声が響く中、左右のアームを中央に押し込み、バックル部分全体を元の位置に回転させ、
《“DECADE”!》
同時――ジュンイチの周囲にいくつもの人型の虚像が浮かび上がった。
数は9。それらが一斉にジュンイチの姿に重なり合い、実体化する。
幾何学的な模様の意匠があしらわれた、灰色のスーツに身を包んだ仮面の戦士に。
最後に、虚空から現れた何枚ものプレートがその仮面に突き刺さるかのようにはめ込まれていき、灰色だった部分が鮮やかなワインレッドに変色していく。
そんなジュンイチの“変身”に伴い、“黒いオーロラ”の壁に亀裂が走り、砕け散った。勢いよく弾き飛ばされた破片が異形達に降り注ぐ!
「オレの目の前でナマイキしてくれたな、ワームふぜいがよ。
懇切丁寧にボコ殴って、昆虫標本にしてやっから覚悟しろや」
なぜか、異形が“ワーム”と呼ばれる種であることが理解できた。そう告げて、ジュンイチはワーム達へと一歩を踏み出すが――まるでそれを合図にしたかのように、ワーム達は一気に散開してしまう。
しかも尋常なスピードではない。反応速度においては完全に人間をやめているジュンイチの目ですら追いかけるのがやっと、反応など夢のまた夢、と言い切れるほどのスピードだ。
これは――
「クロックアップ、ってヤツか……うざってぇ!」
吐き捨てるように言い放つと、ジュンイチはライドブッカーから再び1枚のカードを取り出した。展開し、再びスロットを上に向けたディケイドライバーのスロットに、それを迷わず装填し、
《KAMEN-RIDE!
“KABUTO”!》
再び先ほどの変身の要領でセット。同時――再びジュンイチのその姿が変化した。
赤い装甲の、カブトムシを思わせる意匠の戦士――“カブト”に。
そんな彼に、ワーム達は猛スピードで襲いかかり――
「えいっ」
ジュンイチは無造作に近くのコンクリートの柱を粉砕した。周囲に粉じんが舞い上がり――直後、ジュンイチの背後でワーム達が一斉に倒れ伏した。
見れば、彼らの体の前面には無数の穴が開いていて――
「どれだけ速く動こうが、所詮は物理現象の中での移動だ。
そんなスピードで突っ込んでくれば、舞い散る小石も散弾銃の弾同然だっつーの。
せっかく感覚まで加速してるんだ。ムリして突っ込んでこなくても、素直に迂回してりゃよかったんだよ」
全身に小さな穴を開けられ、激痛にのた打ち回るワーム達に言い放つと、ジュンイチは新たなカードをディケイドライバーに装填し、
「高速機動っつーのは、こうやってやるんだよ!」
《ATTACK-RIDE!
“CLOCK UP”!》
ジュンイチがカードをセット、発動させた瞬間――周囲の動きが変わった。何もかもがスローモーションのようにゆっくりとしたスピードで動いていく。
“クロックアップ”によって、自らの時間だけが加速した――その中を、ジュンイチはワーム達に向けて地を蹴った。同じくクロックアップを発動させたワーム達に対し、ジグザグの機動で狙いを絞らせず、一気に間合いを詰めると腰のライドブッカーを手に取った。
同時、ライドブッカーの側面が展開され、剣に変形――ソードモードとなったライドブッカーで次々にワームを斬りつけ、ジュンイチはあっという間にワームのすべてを叩き伏せてしまった。
「ま、ざっとこんなもんかな?」
クロックアップが終了し、すべてが元のスピードで動きだす――倒れたワームの亡骸が次々に爆発、消滅していく中、ジュンイチはライドブッカーを腰に戻してそうつぶやく。
と、突然ディケイドライバーからカブトのカメンライドカードが射出された。とっさにジュンイチがそれを手に取ると、自分の姿もカブトから元のディケイドへと姿を変える。
「にしても……なんでこのカードを選んだ……!?」
今の戦いで、自分は迷わずこのカードを手に取った。まるで、これが最善のカードであることをあらかじめ知っていたかのように。
不思議に思うジュンイチだったが――そんな彼の目の前で、突然カブトのカードから絵柄が消失してしまう。
「何だ…………?」
思わず眉をひそめてつぶやくと、そんなジュンイチの耳に聞き慣れたバイクのエンジン音が聞こえてきた。
「ゲイルか……?」
自分の愛車、ゲイルにはAI、すなわち人工知能が搭載されており、単独での自立走行も可能だ――振り向き、相棒の姿を探すジュンイチだったが、走ってくるそれを見て思わず言葉を失った。
オンロード系のスポーツバイクをベースデザインとしていたはずのゲイルだが、今のその姿は完全に一変。大型の一般道用のマシンへと姿を変え、前面にはディケイドの顔面のそれと同じ、プレート状の意匠が施されている。
しかし、ジュンイチは――いや、正確にはジュンイチの中の“何か”はそのバイクの名を知っていた。
「マシン、ディケイダー……
ゲイル、お前まで変身しちまったのか?」
尋ねるジュンイチの言葉に、マシンディケイダーへとその姿を変えたゲイルはまるで首肯するかのようにヘッドランプを明滅させる。
自分の相棒の変わり果てた姿にため息をつくものの、ジュンイチはともあれ八重と合流することにした。マシンディケイダーを走らせ、八重の目の前で停車する。
「乗れよ、八重ちゃん」
「の、乗れって……
どこに行くつもりですか?」
「とりあえず、お前を家に帰すのが先決だな。
他のヤツらを探しに行くにも、お前まで連れ回すのは危ないしな」
そう答えると、ジュンイチは八重が後ろに乗ったのを確認してディケイダーを走らせる。
と――再び前方に“黒いオーロラ”が現れた。それを駆け抜けると、今度は廃墟のような場所に飛ばされてしまう。
「ここは……?」
「心配するな。
景色は変わっても、場所はさっきの道路の延長だ」
なぜか理解できる――つぶやく八重に、ジュンイチは安心させるようにそう答え――
「きゃあぁぁぁぁぁっ!」
「――――――っ!?」
突然の悲鳴にディケイダーを停車させ、周囲を見回す。今の声は――
「ジュンイチさん、あそこです!」
先に気づいたのは八重だった。彼女の指さした先を見ると、全身が真っ白な怪人に連れ去られようとしている二人の少女の姿があった。
「真紀子さん! にわちゃん!」
「下がってろ、八重ちゃん!」
二人はまさに八重が探していた友人達――飛び出しかけた八重を制すると、ジュンイチは新たにライドブッカーからカードを取り出した。
カードの種別はカメンライド。内容は――
《KAMEN-RIDE!
“FAIZ”!》
ジュンイチがディケイドライバーにカードをセット、発動させると、再び彼の姿が変わった。
ディケイドの姿から、黒を基調とした装甲に金色の瞳を持つ仮面の戦士――ファイズに。
次いで、さらに1枚、アタックライドのカードをセットし、発動させる。
《ATTACK-RIDE!
“AUTO-BAJIN”!》
すると、今度はディケイダーの姿が変わる――スマートなオンロードバイク“オートバジン”へと姿を変え、さらにそれが人型へと変形、白い怪人――オルフェノク達へと襲いかかった。
手にした、前輪が変形した射撃楯“バスターホイール”からの射撃でオルフェノクを牽制。そのまま一気に真紀子とにわを抱きかかえ、離脱する。
「な、何よ? アンタ……」
「助けて、くれたん……?」
尋ねるにわと真紀子の問いにオートバジンがうなずくと、
「下がってろ、二人とも!」
駆け寄ってきたジュンイチがオートバジンからハンドルのグリップ部分を引き抜きつつそう告げる――グリップからは警棒の如くロッドが伸び、さらにそれがエネルギーの光に包まれ、半実体光刃“ファイズエッジ”となる。
「オートバジン、二人を八重ちゃんのところへ!」
告げるジュンイチの言葉に、オートバジンは真紀子とにわを守るように立ちかまえつつ、八重の隠れている場へと二人を誘導していく――それを確認すると、ジュンイチはオルフェノク達の群れへと猛然と突撃をしかけた。
こういった1対多の乱戦は得意分野だ。オルフェノク達の中に飛び込み、次々に斬りつけ、すぐに全滅させる。
しかし、災難はさらに続いた。
「ち、ちょう、来るな! 来んといてぇっ!」
「多汰美さん!?」
廃墟の向こうから懸命に逃げる姿を見せたのは多汰美だ――八重が声を上げると同時、今度は地下から次々に巨大な化け物が、多汰美を追って姿を現した。
それが“魔化魍”と呼ばれる存在であることをやはり“なぜか”理解すると、先ほどのカブトのカードのように今度はファイズのカードがディケイドライバーから弾き出された。ジュンイチの手の中で絵柄を失い、ブランクカードへと変わってしまう。
「チッ…………!
……まぁ、いい。魔化魍相手ならむしろ“コイツ”だ!」
言って、ジュンイチは新たなカメンライドのカードをディケイドライバーへとセットし、
《KAMEN-RIDE!
“HIBIKI”!》
再び変身。今度は全身が青い炎に包まれ、鬼を思わせる姿の戦士“響鬼”に変身する。
《ATTACK-RIDE!
“ON−GEKI−BOU REKKA”!》
続いてアタックライド。太鼓のバチのような打撃武器“音撃棒・烈火”を生み出し、魔化魍達に向けて火炎弾を解き放つ。
「お、こいつぁいい。
元々“炎”系のオレとは相性がいいぜ!」
言いながら、ジュンイチはさらに火炎弾を連射。魔化魍を次々に焼き払っていく。
「……にしても……」
周囲の魔化魍を一掃すると、ジュンイチは音撃棒を消滅させ、消し炭となった魔化魍の亡骸へと視線を向けた。
「どういうことだ……?
戦い方がわかる……この“力”のことを、オレは知っている……?」
しかし、自分がこんな力を持っていた覚えはない。どういうことかと思考を巡らせていると、響鬼のカメンライドカードが弾き出され、ブランクカードへとその絵柄を変えていった。
ともあれ、八重と一緒にいた友人一同は無事集合。その後も迫りくる怪物達をジュンイチが変身を駆使して蹴散らし、一行はようやく七瀬家のすぐそばまでたどり着いた。
だが――そのために支払った代償は大きかった。ディケイド以外のカメンライドカードはすべてその力を使い果たし、何の効果も持たないブランクカードとなってしまった。
今やジュンイチが変身できるのは、なぜかこれだけが使い減りのしないディケイドだけである。
「どういうことだ……!?
力が、長続きしない……!?」
家へと急ぐ八重達の後ろで、自分が押しているディケイダーのシートの上にブランクカードと化したカメンライドのカードを並べ、ジュンイチは思わずそうつぶやき――
――それは、本来の“ディケイド”がすべてを失ったからです――
「え………………?」
突然の声が、ジュンイチの頭の中に響いた。
先ほど夜の公園で出会った、あの青年の声である。その声の出所を探し、ジュンイチは周囲を見回し――
「――――あれは!?」
青年の姿は見つからなかったが――その代わり、街の中心地のビルに魔化魍を始めとする様々な怪人、怪物が集まり、互いに戦い合い、食い合っている光景に気づいた。
「な、何? あれ……」
「共食い、しとるんや……!」
そのグロテスクな光景に思わずうめくにわに真紀子が答え――そんな彼女達の目の前で、ビルの上空で戦っていたひときわ大きな魔化魍が、周りの怪物に食いつかれたままビルに落下した。
食いつかれたダメージと墜落のダメージが致命傷となり、その魔化魍が爆発する――が、それはさらに最悪の事態の引き金となった。ビルに取りついていた他の怪物達もそれに巻き込まれて次々に爆発。最終的に巨大な爆発へとふくれ上がり、一気に街を飲み込みにかかる!
「きゃあぁぁぁぁぁっ!」
「危ねぇ!」
悲鳴を上げる八重をかばい、ジュンイチは迫る炎の前に飛び出し――
炎の動きが止まった。
炎だけではない。逃げ惑う人々も、飛び散る破片も――自分達以外のすべてがその動きを止めている。
「ど、どないなってんの……?」
突然の事態に、もう思考が追いつかない――呆然と多汰美がつぶやくと、
「――――――っ!
てめぇ!」
炎の中から姿を現したのは、あの青年だった。駆け寄るジュンイチに対し、落ち着いた口調で告げる。
「大丈夫です。
まだ、少しは時間があります」
「どういうことですか?」
「何が起きているのか、知っとるんですか?」
八重や真紀子も駆け寄ってきて尋ねる――うなずき、青年がパチンッ、と指を鳴らすと、周囲が闇に包まれた。
――いや、闇ではない。星の瞬きを思わせる小さな光がそこらじゅうにある。どちらかと言えば『夜に包まれた』と言うべきだろうか。
と――そんな彼らの前に、次々に姿を現す、ひときわ大きな星があった。
「これ……まさか、地球?」
「地球が……こんなに?」
そう。八重やにわのつぶやいた通り、彼らの目の前に現れたいくつもの星は、そのどれもが自分達の暮らす地球、写真でよく見るそのままだった。
「どういうことだよ?
どうして、地球がこんなにたくさん……?」
尋ねるジュンイチに対し、青年はゆっくりと、ひとつひとつかみしめるかのように説明を始めた。
「九つの世界に、9人の“仮面ライダー”が生まれました。
それは独立した別々の物語……しかし今、物語は融合し、そのために世界はひとつになろうとしている……
このままでは、やがてすべての世界が消滅します。
それを防ぐために生まれた、10番目の世界の、10人目の“仮面ライダー”、それがディケイド……」
「そうか……
世界が崩壊しつつあるから……世界が死にかけていたから、オレのブレイカーとしての、精霊の力が使えなかったのか……」
これで自分の“炎”が使えなかった理由がわかった。青年の言葉にうなずいて――ジュンイチはふと、目の前の光景と青年の話との相違点に気づいた。
「おい……ちょっと待て。
お前今、『九つの世界』って言ったよな? 10番目……『ディケイド』の世界を含めても10。
でも……この映像の中の地球はもっと数が多い。ざっと数えて……」
「21あります」
ジュンイチの言葉にそう答え、青年は続ける。
「本来ならば、“本来の”ディケイドが他のライダー達の世界を巡り、世界の破壊を食い止めればよかった……しかし、そこで誤算が生じた。
ひとつになろうとする10の世界の動きに、他の、本来ならば関わるはずのなかった世界までもが、巻き込まれ始めてしまったのです。
この世界も、そんな世界のひとつです」
言って、青年はジュンイチと八重を交互に見つめ、
「柾木ジュンイチ、あなたのいた『勇者精霊伝ブレイカー』の世界。
七瀬八重、あなたのいた『トリコロ』の世界。
そして……ディケイドの旅の始まりとなったはずの10番目のライダーの世界。
あなた達は気づいていなかったでしょうが、この世界はその3つの世界が、住人達に気づかれることなく融合してしまっているのです。
その結果、それぞれの物語の登場人物がいくつかの“役割”を兼ねることとなった……」
「で、本来別のヤツがやるはずだった“ディケイド”を、オレがやるハメになっちまった、ってことか?」
「そうです。
本来のディケイドであった門矢士――彼はこの世界には存在しません。
より正確にいえば、『ブレイカー』の世界と『ディケイド』の世界が重なり合った際、あなたと存在が重なり――あなたの一部となったのです。
あなたは柾木ジュンイチであり、門矢士でもある――あなたがディケイドの力の使い方を知っていたのも、そのためです」
「つまり……他のライダーの世界でも、別の世界が重なって、登場人物達の“役割”が重なってる、ってことですか?」
聞き返す八重の問いにうなずくと、青年はジュンイチへと視線を戻し、
「しかし……門矢士は過去の記憶を始め、“すべて”をなくしていた。
そのために、ディケイドの力もまた、失われてしまった……」
「おいおいおい! ちょっと待て!」
青年の言葉に、ジュンイチはあわてて待ったをかけた。そのまま彼に詰め寄り、
「するってーと何か!? オレがディケイドの力をうまく使えねぇのは、そいつが“力”をなくしたせいだってのか!?
ジョーダンじゃねぇよ! なんでそいつのポカのせいで、オレが苦労しなきゃなんねぇのさ!?
人にモノをよこすんなら、完品でよこせ! 完品で!」
「い、いや……ボクに言われても……」
抗議の声を上げるジュンイチに若干気圧されながらもそう答え、青年は気を取り直してジュンイチに告げる。
「新たなる“ディケイド”――柾木ジュンイチ。
あなたは残りの9人のライダーのいる世界を――18の世界が重なり合った、九つの世界を旅しなければいけません。
それがこの世界を救う、たったひとつの方法です」
「なんでその役目がディケイドなん?
他の世界のライダーにしても他人事やないんやし、その人達にも頼めば……」
「ディケイドにしかできないからです」
手を挙げ、口をはさんできた真紀子の問いにも、青年は冷静にそう答えた。
「ディケイドは、すべてのライダーを破壊する存在。言ってみればある種のリセットスイッチです。
“創造”は“破壊”の中からしか生まれませんから。残念ですが……」
「は、破壊、って……」
青年の言葉に、八重は思わずジュンイチへと視線を向けた。
“すべてのライダーを破壊する存在”であるディケイドにしかこの役目は任せられない――それはつまり、逆を言えば“ライダーを破壊する必要のある事態も考えられる”ということでもある。
最悪、ライダー同士の戦いも覚悟しなければならない。さすがのジュンイチも――と考える八重だったが、
「ふーん……そーゆーことねー」
当のジュンイチはまったく動じていなかった。むしろ先のディケイドが力を失った原因のくだりを聞いた辺りから急速にやる気を失い、今では面倒くさそうに耳垢をほじりながら適当に聞き流している始末である。
「あの……あまり驚いてませんね?」
「当たり前だろ」
青年にそう答えると、ジュンイチはキッパリと告げる。
「今まで、『ブレイカー』と他の作品との多世界クロス作品がいくつ作られてると思ってんだよ?
『なのブレ』に、『GM異聞』に、『天ソラ』に……さらにウソ予告まで含めりゃゴマンとあるぞ。
その上、作者のモリビトだけじゃなくてtakkuさんとか他の作家さんもクロス書いてるワケで。
なのに『世界をめぐれ』とか言われても、それこそ今さらじゃねぇか」
「あの……いくら作者が連載する気ないからって、遠慮なくメタな話題振るのやめてもらえませんか?」
「てめぇだってたいがいメタなツッコみしてくれるじゃねぇか」
頬をひきつらせながら告げる青年の言葉も容赦なくぶった斬り、ジュンイチは面倒くさそうに頭をかき、
「ま、いいさ。
どの道、世界が崩壊するっつーなら、なんとかしなきゃ世界と心中だ。
やってやろうじゃねぇか。ディケイドの使命ってヤツをさ」
「わかりました」
ジュンイチの承諾の言葉を聞き、青年は改めてうなずき――自分達を包み込んだ“夜”はまるで霞のようにかき消えた。
そして、青年の姿も消えていて――最後に、声だけがジュンイチや八重達に告げた。
――あなた達が旅を終えるまで、ボクと、、ボクの仲間達が、もう少しだけこの世界を生き永らえさせておきます――
◇
「ただいまー」
「あら、お帰りなさい」
ともあれ、ジュンイチ達はとりあえず七瀬家で休息を取ることにした――先頭に立って日本家屋風の自宅へと帰宅した八重を出迎えたのは、どこか優しげな感じのする女性だった。
「……誰さん?」
「私のお母さんです」
尋ねるジュンイチに答えると、八重は母親にジュンイチのことを簡単に紹介する。
「あら……八重達を助けてくれたんですか?
それはどうも……八重の母の、七瀬幸江です」
「あ、ども……
柾木ジュンイチです……」
名乗る八重の母、幸江に答え、ジュンイチが彼女と握手を交わす。
そして、ジュンイチは七瀬家へと上がらせてもらい――
「…………ん?」
居間に入ると、奥から何かが飛んできた。バサバサと羽音を立ててジュンイチの頭の上に舞い降りたのは――
「…………鳩……か?」
「はい。
“ななせ”っていいます」
尋ねるジュンイチに答える八重だったが――ジュンイチはそんな彼女に改めて尋ねた。
「……もう一度聞く。
ほんっ、とーに、鳩か?」
「そうですけど……どうかしましたか?」
「いや……」
聞き返す八重の言葉に、ジュンイチは頭の上のななせを捕まえた。そのまま自分の目の前に持ってきて、自分の頭と同じくらいのサイズの巨体を前に改めて尋ねる。
「……デブり具合といい体重といい、明らかに鳩の領域を凌駕してると思うんだが」
「………………食いしん坊なもので」
ジュンイチの言葉に思わず視線をそらし、八重が尋ねると、
「ところで……」
不意に手を挙げ、多汰美がジュンイチに尋ねた。
「別のライダーの世界、って……どうやって行くん?」
「………………あ」
その言葉に、ジュンイチの動きが止まった。ななせが手の中から脱出しようともがく中、その額にダラダラと冷や汗が垂れていく。
しばしの沈黙の末――ようやく告げる。
「……ヤベ、聞いてねぇ」
「まさか、忘れたん!?」
「いや、マジで聞いてないんだよ。
っつーかお前らもあの場にいただろうが」
声を上げる真紀子にそう答えると、ジュンイチは面倒くさそうに頭をかき、
「あんのモヤシ……一番肝心なことを……!」
「大丈夫よ」
しかし、そんなジュンイチにそう告げたのは幸江だった。
「人はみんな旅人なんだから」
「あー、うまくまとめたつもりなんだろうけどさ、結局何の解決にもなってねぇよ、ぶっちゃけ」
幸江の言葉にジュンイチがツッコんだ、その時――
「………………?」
そんなジュンイチの懐に起きた異変に最初に気づいたのは八重だった。
「ジュンイチさん……
その、懐……」
「懐…………?」
八重の言葉に、ジュンイチはようやく自分の懐から何かが光を放っているのに気づいた。
取り出してみると、ライドブッカーの中から光がもれ出している――ライドブッカーを開くと、ジュンイチは光源である、強い光を放つ一枚のカードを取り出した。
上下のラインは緑色。他のカードでいう絵柄の部分が光を放っている。
「そのカードを使え、っていうことでしょうか……」
「どうだろうな……
とりあえず使ってみるか」
八重に答えると、ジュンイチはディケイドライバーを取り出すと腰に装着。読み取りモードに切り替えると光を放つカードをスロットに差し込――
「っつ――っ!?」
――もうとした瞬間、カードは火花を散らしてそれを拒んだ。驚き、ジュンイチは思わずカードを手放してしまう。
当のカードはクルクルと回りながら部屋のふすまに突き刺さる――かと思いきや、まるで吸い込まれるかのようにふすまに溶け込んでいった。
同時、カードの光がまるで水面に波紋が広がるかのように、となりの部屋とを隔てる4枚のふすま全体に広がっていく。
そして――光が収まった時、ふすまの絵柄は変化していた。
暗雲の立ち込めた空の下、中央に巨大な建造物がそびえ立つ街の風景に。
「これって……?」
つぶやき――ジュンイチはふと、“ある可能性”に思い至った。あわててきびすを返し、玄関から外に出て――
「…………やっぱり……」
外の風景は一変していた。
先ほどまでの、さまざまな異形が跋扈していた住宅街ではなく、どこかの商店街の一角――いつの間にか、七瀬家はその商店の列の中に組み込まれている。
「世界を越える、って、こういうことか……」
周囲の様子を注意深く観察し、ジュンイチがつぶやき――
〈警邏中の各移動に連絡〉
突然の“無線通信が”ジュンイチに呼びかけた。
声の出所はいつの間にか耳につけられたインカム――そこに来て、ジュンイチはようやく自分の服装も変化しているのに気づいた。
アーミージャケットのような、しかしそれでいて制服としての凛とした佇まいを兼ね備えた厚手のジャケット――いきなりの変化に戸惑うジュンイチをよそに、無線による連絡は続く。
〈旧市街区の廃倉庫にて、“未確認生命体”の出現を確認。
事件現場の指揮は、未確認生命体合同捜査本部が担当する。
現場にて対応する局員は、対策本部員の指示に従い、未確認への接近に注意。負傷事故等のないように十分に注意されたい。
繰り返す……〉
「未確認、生命体……?」
連絡の中にあった聞き慣れない単語に、ジュンイチは思わず眉をひそめ――すぐ脇の車道を物々しいデザインの車両が何台も駆け抜けていくのに気づいた。
彼らの走っていく方向へと視線を向けるジュンイチの耳元で、本部からの連絡が繰り返し流れていく。
〈旧市街区の廃倉庫にて、“未確認生命体”の出現を確認。
事件現場の指揮は、未確認生命体合同捜査本部、ゲンヤ・ナカジマ三佐が担当する――〉
◇
「撃てぇっ!」
現場の指揮官の指示で、一斉に光弾が放たれる――それらは狙いたがわず目の前の怪人を直撃するが、相手はまったく動じない。むしろ攻撃された怒りに任せ、“未確認生命体第7号”ことメ・ギャリド・ギは次々に手近な局員を捕まえ、投げ飛ばし、地面に叩きつけていく。
そんな中、新たな増援が到着した。対策本部の専用車両から出てきたのは――
「いくよ、マッハキャリバー!」
二等陸士、スバル・ナカジマ。
「クロスミラージュ!」
同じく、ティアナ・ランスター。
「ストラーダ!」
三等陸士、エリオ・モンディアル。
「ケリュケイオン!」
同じく、キャロ・ル・ルシエ。
「ブリッツキャリバー!」
そして――陸曹、ギンガ・ナカジマ。
それぞれに手にした待機状態の“相棒”に呼びかけつつ、一様にかまえ――
〈〈Stand by,Ready!〉〉
『Set up!』
“相棒”であるデバイスを起動。バリアジャケットを装着し、ギャリドと対峙する。
「よし、頼むぜ、お前ら!」
そして、最後に出てきたゲンヤ・ナカジマはスバル達にそう告げると車両の無線を起動し、
「未確認生命体7号を確認!
ノーヴェ、聞こえるか!?」
〈聞こえてるよ!〉
打てば響く、といった勢いで返事が返ってくる――振り向けば、倉庫街の一角、曲がり角の向こうからバイクに乗った少女が姿を見せたのに気づいた。
だが――それが油断につながった。すぐそばの壁を突き破って現れた新たな“未確認生命体”ラ・ドルド・グがゲンヤに襲いかかる!
「父さん!」
「スバル、油断しない!」
その光景に思わずスバルが声を上げるが、彼女達とて余裕はない。ティアナの叱責にすぐに気を引き締め、襲いかかってくるギャリドの拳をかわす。
しかし――ゲンヤの危機に助けに走った人物がいた。
「オッサン!
くそっ!」
バイクで駆けつけた少女――ノーヴェだ。ヘルメットを脱ぎ捨てたところでゲンヤが襲われているのに気づくと、腹部に両手を添えた。
と、そんな彼女の腹部に深紅の宝玉がはめ込まれたベルトが姿を現した。ゲンヤと彼を襲うドルドに向けて走りながら、気合いを入れるべくかまえをとり、咆哮する。
「変身!」
咆哮と同時にベルトの左腰のサイドバックルを下に押し込み――同時、彼女の姿が変わった。赤い鎧の戦士へと姿を変えたノーヴェは、局員達の包囲を飛び越え、ドルドへと殴りかかる!
◇
「戦いが……始まった……!」
その“力”のぶつかり合いは、ジュンイチもまた感じ取っていた。七瀬家の前で静かにつぶやく。
そして――同時に理解する。
「そうか。
ここは……」
「『クウガ』と……『なのは』の世界か……!」
to be continued……
次回、仮面ライダーディケイドDouble!
ジュンイチ | 「一等空士、柾木ジュンイチ…… これが、この世界でオレに与えられた役割らしい」 |
ノーヴェ | 「へっ、どうだよ、オッサン? 今日の変身」 |
ゲンヤ | 「ノーヴェ……お前は少し休んでろ」 |
ティアナ | 「未確認……10号……!?」 |
ジュンイチ | 「ちょっ、誰が未確認だ!? オレをグロンギと一緒にすんじゃねぇよ!」 |
ノーヴェ | 「聞いていた通りだな……悪魔!」 |
ジュンイチ | 「悪魔だぁ? 冗談じゃねぇ! 誰が悪魔だ!」 |
八重 | 「やめてください! このまま二人が戦ったら……!」 |
???? | 「ディケイド…… お前はこの世界にあってはならない……」 |
第2話「Rider & Lyrical」
A New Hero. A New Legend.
あとがき
と、ゆーワケで、『ウソ予告』ならぬ『ウソ第1話』。
本作は『ブレイカー』と『ディケイド』を中心とした多世界クロスオーバー、という位置づけ。ジュンイチが士の代わりとなり、ディケイドとして各世界をめぐっていく……というのが大体の流れ。
『クウガ』の世界が『なのは(正確にはStS)』の世界とクロスしているように、この先旅をしていく世界も様々な世界とクロスしている形です。実はいくつかの世界は組み合わせを思いついていたりもします。
『トリコロ』組は一見蛇足ですが、実はけっこう欠かせなかったりもします。『ブレイカー』組とは別に、“一般人としての視点”で物語を見つめていく、一種のストーリーテラー的な役割を担ってもらう役どころです。
正直、非日常に慣れきっている『ブレイカー』組ではこの役目は任せられないと思います(苦笑)。
当初は『らき☆すた』組に任せようとも思いましたが――よそに『ディケイド』と『らき☆すた』のクロスがあるので断念。日常系の作品の中で比較的メジャー(電撃大王で連載)であり、且つモリビトの中でお気に入り度の高い『トリコロ』の出馬となりました。
予告まで描いてますが、『ウソ第1話』なので今のところ連載の予定はなし。ジュンイチと青年=渡の会話のように、“続きを描かない”のを前提にしたネタもやってるワケですし。
続きを描くにしても『クウガ』編までがせいぜいでしょうかね。
2009/06/10追記
……ゴメンナサイ。続いてしまいました(汗)。
(初版:2009/05/06)
(第3版:2012/04/15)(書式修正)